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  • 特許-ゴルフボール 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-02
(45)【発行日】2024-12-10
(54)【発明の名称】ゴルフボール
(51)【国際特許分類】
   A63B 37/00 20060101AFI20241203BHJP
   C08L 75/08 20060101ALI20241203BHJP
   C08L 53/02 20060101ALI20241203BHJP
【FI】
A63B37/00 314
A63B37/00 616
A63B37/00 324
C08L75/08
C08L53/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020192333
(22)【出願日】2020-11-19
(65)【公開番号】P2022081044
(43)【公開日】2022-05-31
【審査請求日】2023-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】592014104
【氏名又は名称】ブリヂストンスポーツ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山邊 将大
【審査官】仲野 一秀
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-238(JP,A)
【文献】特開2020-96762(JP,A)
【文献】特開2013-42957(JP,A)
【文献】特開平11-9721(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 37/00
C08L 75/08
C08L 53/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1層からなるコアに単層又は複数層のカバーが被覆されるゴルフボールであって、該カバーのうち少なくとも1層が、下記(I)~(III)成分、
(I)数平均分子量(Mn)が1900~2100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂、
(II)数平均分子量(Mn)が900~1100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂、及び
(III)芳香族ビニル系エラストマー
を含有し、上記(I)成分と上記(II)成分との配合割合が質量比で、(II)/(I)=0.01~1.10となる樹脂組成物により形成されると共に、上記(I)~(III)成分を含有した樹脂組成物により形成されるカバー層のマルテンス硬度をHMb[N/mm2]、該カバー層の弾性仕事回復率をηItb[%]としたとき、HMb及びηItbは、下記式(1)
2.00≦ηItb/HMb≦7.50 ・・・(1)
を満足し、且つ、上記(I)成分と上記(II)成分とからなる熱可塑性ポリウレタン樹脂材料のマルテンス硬度をHMa[N/mm 2 ]としたとき、
1.005≦HMa/HMb≦1.450 ・・・(2)
を満足することを特徴とするゴルフボール。
【請求項2】
上記式(1)について、その下限値が2.50であり、上限値が6.50である請求項1記載のゴルフボール。
【請求項3】
上記(I)成分と上記(II)成分との配合割合(質量比)が、(II)/(I)=0.05~0.8である請求項1又は2記載のゴルフボール。
【請求項4】
上記(III)成分の配合量は、上記(I)成分と上記(II)成分との合計100質量部に対して50質量部以下である請求項1~のいずれか1項記載のゴルフボール。
【請求項5】
上記(III)成分が水添芳香族ビニル系エラストマーである請求項1~のいずれか1項記載のゴルフボール。
【請求項6】
上記(III)成分が、芳香族ビニル化合物を主体とする重合体ブロック、および、芳香族ビニル化合物と共役ジエン化合物とのランダム共重合体ブロックからなる重合体を水添して得られるエラストマーである請求項1~のいずれか1項記載のゴルフボール。
【請求項7】
上記(III)成分が、スチレンからなる重合体ブロック、および、スチレンとブタジエンとのランダム共重合体ブロックからなり、両末端にスチレンからなる重合体ブロック、中間にランダム共重合体ブロックを有する重合体を水添して得られる水添芳香族ビニル系エラストマーである請求項1~のいずれか1項記載のゴルフボール。
【請求項8】
上記樹脂組成物の200℃・剪断速度243(1/sec)における溶融粘度が0.2×104~2.5×104(dPa・s)である請求項1~のいずれか1項記載のゴルフボール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コアとカバーとを具備するツーピース以上の多層ゴルフボールに関するものであり、更に詳述すると、アプローチショット時のスピン性能に優れると共に、耐擦過傷性及び成型性に優れたゴルフボールに関する。
【背景技術】
【0002】
ゴルフボールの要求特性は、主に飛距離の増大であるが、そのほかには、アプローチショット時にはボールが良く止まる性能や耐擦過傷性がある。即ち、今までは、ドライバー打撃時はよく飛び、アプローチショット時にはバックスピンが好適にかかるゴルフボールが多く開発されている。更に、ゴルフボールのカバー材料として、高反発であり且つ耐傷付き性の良いものが開発されてきた。
【0003】
このようなカバー材料としては、特にプロや上級者向きとして、アイオノマー樹脂材料に代わるものとしてウレタン樹脂材料を採用するものが多くなっている。しかしながら、プロや上級者からはアプローチ時に更にコントロールし易いゴルフボールを要望しており、より具体的には、グリーン周りにおけるサンドウエッジ(SW)等のショートアイアンでの操作性に優れ、より繊細にコントロールできることが要求される。このため、ウレタン樹脂材料をベース樹脂とするカバー材料の更なる改良が求められている。
【0004】
ウレタン樹脂材料をベース樹脂して、他の樹脂材料を混合させたポリマーブレンドのカバー材料がいくつか提案されている。例えば、特開平11-9721号公報には、カバー材の耐擦過傷性を改良するため、熱可塑性ポリウレタンとスチレンベースブロック共重合体のブレンド物をカバーの主材として用いることが提案されている。しかし、このブレンドのカバーは、反発弾性や耐擦過傷性の面で不充分であった。
【0005】
最近では、熱可塑性ウレタンエラストマーの諸物性はグレードアップしており、その一つとして耐擦過傷性が改良されている。従って、他の樹脂材料をブレンドする際、その樹脂の種類や配合量を適宜調整することによって、本来熱可塑性ウレタンエラストマーが持つ耐擦過傷性が低下しないことが望まれている。
【0006】
また、低硬度化を目的として、ウレタン樹脂材料を他の樹脂材料とブレンドする際、反発弾性の変化や成型性の悪化をできるだけ避けることも望まれる。
【0007】
さらに、特開2010-238号公報には、ポリウレタンを構成するポリオール成分として分子量分布に多峰性を有する多峰性ポリオールを用いることが提案されている。しかしながら、このゴルフボールの技術では、カバー硬度、反発性、成型性までを考慮したものではなく、アプローチ時のコントロール性および成型性が十分でないことが予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平11-9721号公報
【文献】特開2010-238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、ドライバーショット時の飛距離を落とすことなく、アプローチショット時のコントロール性に優れると共に、耐擦過傷性及び成型性が良好なゴルフボールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、コアとカバーとを具備するゴルフボールにおいて、上記カバーの材料として、熱可塑性ポリウレタンを主成分として用いる樹脂材料を更に改良すべく、熱可塑性ポリウレタンを構成するポリオール成分として比較的低い数平均分子量のものを用いること、具体的には、数平均分子量(Mn)が1900~2100のポリテトラメチレングリコールをポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂と、数平均分子量(Mn)が900~1100のポリテトラメチレングリコールと(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂の2種類のウレタン樹脂を所定範囲の配合比で用いた。さらに、上記2種類のウレタン樹脂に芳香族ビニル系エラストマーを配合させたカバー樹脂組成物を作製し、この樹脂組成物により形成されるカバー層のマルテンス硬度をHMb[N/mm2]、該カバー層の弾性仕事回復率をηItb[%]としたとき、HMb及びηItbは、下記式(1)
2.00≦ηItb/HMb≦7.50 ・・・(1)
を満足するようにゴルフボールを作製したところ、このゴルフボールは、アプローチ時のスピン量が多くなりコントロール性能に優れていると共に、耐擦過傷性及び成型性を良好に維持できることを知見し、本発明をなすに至ったものである。
【0011】
即ち、カバー層として、ポリウレタンを主成分として用いる樹脂組成物にて形成する場合、使用するポリウレタン樹脂が軟らかい樹脂になればなる程、アプローチ条件でのスピン性能は良いが、初速が高くなりアプローチ時のコントロー性能が難しくなる傾向にあるが、芳香族ビニル系エラストマーを任意の配合量で添加することでスピン量、耐擦過傷性を維持したまま、その初速コントロール性を良くすること(初速度を低く抑えてアプローチ時のコントロール性を良好に維持すること)ができることを知見した。しかしながら、芳香族ビニル系エラストマーの配合量を過剰に増量すると、耐擦過傷性が悪くなってしまう。そこで、本発明者は、用いるポリウレタン樹脂自体の配合設計に着目し、耐擦過傷性を良好に維持しつつ、更なる低反発化の実現を検討した。そこで、ポリウレタンを構成するポリオール成分に分子量の高いものを適用すると、ウレタンの結晶性が高くなり、反発は向上していくことになるが、このような従来から用いられるポリウレタン樹脂に対して、比較的分子量に低いポリオール成分のウレタン樹脂を所定範囲で添加することにより、結晶性を下げ、ウレタンそのもの低反発化を実現した。また、カバー層の成形性を良好に維持するために、全ウレタン樹脂に対する比較的分子量の低いポリオール成分の割合を特定範囲内に設定すると共に、このような低反発性カバー層のマルテンス硬度及び弾性仕事回復率について上記のように規定することにより、本発明を完成するに至ったものである。
【0012】
従って、本発明は、下記のゴルフボールを提供する。
1.少なくとも1層からなるコアに単層又は複数層のカバーが被覆されるゴルフボールであって、該カバーのうち少なくとも1層が、下記(I)~(III)成分、
(I)数平均分子量(Mn)が1900~2100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂、
(II)数平均分子量(Mn)が900~1100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂、及び
(III)芳香族ビニル系エラストマー
を含有し、上記(I)成分と上記(II)成分との配合割合が質量比で、(II)/(I)=0.01~1.10となる樹脂組成物により形成されると共に、上記(I)~(III)成分を含有した樹脂組成物により形成されるカバー層のマルテンス硬度をHMb[N/mm2]、該カバー層の弾性仕事回復率をηItb[%]としたとき、HMb及びηItbは、下記式(1)
2.00≦ηItb/HMb≦7.50 ・・・(1)
を満足し、且つ、上記(I)成分と上記(II)成分とからなる熱可塑性ポリウレタン樹脂材料のマルテンス硬度をHMa[N/mm 2 ]としたとき、
1.005≦HMa/HMb≦1.450 ・・・(2)
を満足することを特徴とするゴルフボール。
2.上記式(1)について、その下限値が2.50であり、上限値が6.50である上記1記載のゴルフボール。
3.上記(I)成分と上記(II)成分との配合割合(質量比)が、(II)/(I)=0.05~0.8である上記1又は2記載のゴルフボール。
.上記(III)成分の配合量は、上記(I)成分と上記(II)成分との合計100質量部に対して50質量部以下である上記1~のいずれかに記載のゴルフボール。
.上記(III)成分が水添芳香族ビニル系エラストマーである上記1~のいずれかに記載のゴルフボール。
.上記(III)成分が、芳香族ビニル化合物を主体とする重合体ブロック、および、芳香族ビニル化合物と共役ジエン化合物とのランダム共重合体ブロックからなる重合体を水添して得られるエラストマーである上記1~のいずれかに記載のゴルフボール。
.上記(III)成分が、スチレンからなる重合体ブロック、および、スチレンとブタジエンとのランダム共重合体ブロックからなり、両末端にスチレンからなる重合体ブロック、中間にランダム共重合体ブロックを有する重合体を水添して得られる水添芳香族ビニル系エラストマーである上記1~のいずれかに記載のゴルフボール。
8.上記樹脂組成物の200℃・剪断速度243(1/sec)における溶融粘度が0.2×104~2.5×104(dPa・s)である上記1~のいずれかに記載のゴルフボール。
【発明の効果】
【0013】
本発明のゴルフボールは、アプローチ時のコントロール性能に優れると共に、耐擦過傷性及び成型性を良好に維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施態様であるゴルフボールの概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明につき、更に詳しく説明する。
本発明のゴルフボールは、少なくとも1層からなるコアに単層又は複数層のカバーが被覆されるゴルフボールである。例えば、図1に示すように、コア1と、該コア1を被覆する中間層(内側のカバー層)2と、該中間層を被覆する最外層(外側のカバー層)3を有しているマルチピースソリッドゴルフボールGが挙げられる。なお、上記カバー層(最外層)3は、塗膜層を除き、ゴルフボールの層構造での最外層に位置するものである。上記カバー層(最外層)3の表面には、通常、空力特性の向上のためにディンプルDが多数形成される。また、カバー3の表面には、特に図示してはいないが、通常、塗膜層が形成される。
【0016】
上記コアは、公知のゴム材料を基材として形成することができる。基材ゴムとしては、天然ゴム又は合成ゴムの公知の基材ゴムを使用することができ、より具体的には、ポリブタジエン、特にシス構造を少なくとも40%以上有するシス-1,4-ポリブタジエンを主に使用することが推奨される。また、基材ゴム中には、所望により上述したポリブタジエンと共に、天然ゴム,ポリイソプレンゴム,スチレンブタジエンゴムなどを併用することができる。
【0017】
また、ポリブタジエンは、Nd触媒の希土類元素系触媒,コバルト触媒及びニッケル触媒等の金属触媒により合成することができる。
【0018】
上記の基材ゴムには、不飽和カルボン酸及びその金属塩等の共架橋剤,酸化亜鉛,硫酸バリウム,炭酸カルシウム等の無機充填剤,ジクミルパーオキサイドや1,1-ビス(t-ブチルパーオキシ)シクロヘキサン等の有機過酸化物等を配合することができる。また、必要により、市販品の老化防止剤等を適宜添加することができる。
【0019】
上記コアは、上記各成分を含有するゴム組成物を加硫硬化させることにより製造することができる。例えば、バンバリーミキサーやロール等の混練機を用いて混練し、コア用金型を用いて圧縮成形又は射出成型し、有機過酸化物や共架橋剤が作用するのに十分な温度として、100~200℃、好ましくは140~180℃、10~40分の条件にて成形体を適宜加熱することにより、該成形体を硬化させて製造することができる。
【0020】
本発明では、カバーのうち少なくとも1層は、下記(I)~(III)成分、
(I)数平均分子量(Mn)が1900~2100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂、
(II)数平均分子量(Mn)が900~1100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)をポリオール成分として用いる熱可塑性ポリウレタン樹脂、及び
(III)芳香族ビニル系エラストマー
を含有した樹脂組成物により形成される。以下、(I)成分,(II)成分及び(III)成分について詳述する。
【0021】
(I)熱可塑性ポリウレタン樹脂
ポリウレタンの構造は、長鎖ポリオールである高分子ポリオール(ポリメリックグリコール)からなるソフトセグメントと、ハードセグメントを構成する鎖延長剤及びポリイソシアネートからなる。本発明では、上記のとおり、少なくとも2種類の熱可塑性ポリウレタン樹脂(I)(II)が用いられる。
【0022】
高分子ポリオールとしては、数平均分子量(Mn)が1900~2100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)を用いる。このようなPTMGは結晶性の高いポリウレタン樹脂となり、従来よりゴルフボールのカバー層として汎用されるポリウレタン樹脂であり、低反発性、アプローチ時のスピン性や耐擦過傷性を良好に付与できる。
【0023】
上記の長鎖ポリオールの数平均分子量は、1,000~5,000の範囲内であることが好ましい。かかる数平均分子量を有する長鎖ポリオールを使用することにより、上記した反発性や生産性などの種々の特性に優れたポリウレタン組成物からなるゴルフボールを確実に得ることができる。長鎖ポリオールの数平均分子量は、1,500~4,000の範囲内であることがより好ましく、1,700~3,500の範囲内であることが更に好ましい。
【0024】
上記の数平均分子量とは、JIS-K1557に準拠して測定した水酸基価に基づいて算出した数平均分子量である(以下、同様。)。
【0025】
鎖延長剤としては、従来のポリウレタンに関する技術において使用されるものを好適に用いることができ、特に制限されるものではない。本発明では、イソシアネート基と反応し得る活性水素原子を分子中に2個以上有し、かつ分子量が2,000以下である低分子化合物を用いることができ、その中でも炭素数2~12の脂肪族ジオールを好適に用いることができる。具体的には、1,4-ブチレングリコール、1,2-エチレングリコール、1,3-ブタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール等を挙げることができ、その中でも特に1,4-ブチレングリコールを好適に使用することができる。
【0026】
ポリイソシアネートとしては、従来のポリウレタンに関する技術において使用されるものを好適に用いることができ、特に制限はない。具体的には、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4-トルエンジイソシアネート、2,6-トルエンジイソシアネート、p-フェニレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ナフチレン1,5-ジイソシアネート、テトラメチルキシレンジイソシアネート、水添キシリレンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ノルボルネンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、1,4-ビス(イソシアナトメチル)シクロヘキサン、ダイマー酸ジイソシアネートからなる群から選択された1種又は2種以上を用いることができる。ただし、イソシアネート種によっては射出成形中の架橋反応をコントロールすることが困難なものがある。
【0027】
また、上記ポリウレタン形成反応における活性水素原子:イソシアネート基の配合比は適宜好ましい範囲にて調整することができる。具体的には、上記の長鎖ポリオール、ポリイソシアネート化合物及び鎖延長剤を反応させてポリウレタンを製造するに当たり、長鎖ポリオールと鎖延長剤とが有する活性水素原子1モルに対して、ポリイソシアネート化合物に含まれるイソシアネート基が0.95~1.05モルとなる割合で各成分を使用することが好ましい。
【0028】
ポリウレタンの製造方法は特に限定されず、長鎖ポリオール、鎖延長剤及びポリイソシアネート化合物を使用して、公知のウレタン化反応を利用して、プレポリマー法、ワンショット法のいずれで製造してもよい。そのうちでも、実質的に溶剤の不存在下に溶融重合することが好ましく、特に多軸スクリュー型押出機を用いて連続溶融重合により製造することが好ましい。
【0029】
上述したポリウレタンとしては、エーテル系熱可塑性ポリウレタン材料であることが好適である。熱可塑性ポリウレタン材料としては、市販品を好適に用いることができ、例えば、ディーアイシーコベストロポリマー社製の商品名「パンデックス」や、大日精化工業社製の商品名「レザミン」などを挙げることができる。
【0030】
(II)熱可塑性ポリウレタン樹脂
【0031】
高分子ポリオールとして、数平均分子量(Mn)が900~1100のポリテトラメチレングリコール(PTMG)が用いられる。この比較的低い分子量のPTMGのポリウレタン樹脂を上記(I)成分と併用することにより、低反発性、アプローチ時のスピン性や耐擦過傷性を良好に付与できる。
【0032】
上記高分子ポリオール以外の熱可塑性ポリウレタン樹脂の説明は、上記(I)熱可塑性ポリウレタン樹脂の説明と同様である。
【0033】
上記(I)成分と上記(II)成分との配合割合は、質量比で、(II)/(I)=0.01~1.10となるように本発明では調整され、好ましい範囲は、0.05~0.8である。上記(II)成分の配合量が過剰となり、上記範囲を超えると、カバー層の成型時に樹脂材料の固化性が悪くなり、成型不良が生じるおそれがある。また、上記範囲を下回ると、上記(II)成分の配合量が少なすぎるため、樹脂自体の低反発性の実現が十分ではなく、アプローチでのコントロール性に欠けるおそれがある。
【0034】
上記(I)及び(II)成分の熱可塑性ポリウレタン樹脂は樹脂組成物の主材であり、該熱可塑性ポリウレタン樹脂が有する耐擦樹脂組成物の50質量%以上、好ましくは60質量%以上、より好ましくは70質量%以上、更に好ましくは80質量%以上、最も好ましくは90質量%以上である。
【0035】
(III)芳香族ビニル系エラストマー
次に(III)芳香族ビニル系エラストマーについて説明する。
芳香族ビニル系エラストマーは、芳香族ビニル化合物を主体とする重合体ブロック、および、芳香族ビニル化合物と共役ジエン化合物とのランダム共重合体ブロックからなる重合体(エラストマー)である。すなわち、芳香族ビニル系エラストマーは一般的に、SEBS等に代表されるように、ハードセグメントとして芳香族ビニル化合物の成分からなるブロックを両末端に、ソフトセグメントとして共役ジエン化合物の成分からなるブロックを中間に有している。最近の研究では、中間ブロックに、共役ジエン化合物の成分に加えて、芳香族ビニル系の成分をランダムに組み込んだポリマーも報告されている。芳香族ビニル系エラストマーの硬度は一般的に、ハードセグメントとなる芳香族ビニル含有量が減少するほど硬度が低下し、ソフトセグメント成分が増大するため反発弾性が上昇する。その一方、中間ブロックのソフト成分に対し芳香族ビニル成分をランダムに組み込んだ場合、硬度はあまり上昇せずに反発弾性が低下する。また、中間ブロックにランダムに組み込む芳香族ビニル化合物の代わりに、高Tgを示す共役ジエン化合物を用いることによっても同様な効果が得られる。特に、本発明では、上述した作用効果を十分に発揮させるために、(III)成分として、上記重合体(エラストマー)を水素添加処理されたものを用いることが好適である。
【0036】
上記重合体中の芳香族ビニル化合物としては、例えば、スチレン、α-メチルスチレン、p-メチルスチレン、ジビニルベンゼン、1,1-ジフェニルエチレン、N,N-ジメチル-p-アミノエチルスチレン、N,N-ジエチル-p-アミノエチルスチレン等が挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの群の中では、スチレンが好ましい。
【0037】
上記重合体中の共役ジエン化合物としては、例えば、ブタジエン、イソプレン、2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン、1,3-ペンタジエン、2-メチル-1,3-ペンタジエン、1,3-ヘキサジエン等が挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの群の中では、ブタジエン、イソプレンが好ましく、ブタジエンがより好ましい。
【0038】
なお、上記共役ジエン化合物に由来する単位、例えば、ブタジエンに由来する単位は、水素添加処理が施されることにより、エチレン単位又はブチレン単位となる。例えば、スチレン-ブタジエン-スチレンブロック共重合体(SBS)に対して、水素添加処理が施されることにより、スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体(SEBS)となる。
【0039】
上述したように(III)成分である芳香族ビニル系エラストマーとしては、水素添加処理されたもの、すなわち、水添芳香族ビニル系エラストマーを採用することが好適である。水添芳香族ビニル系エラストマーとしては、芳香族ビニル化合物を主体とする重合体ブロック、および、芳香族ビニル化合物と共役ジエン化合物とのランダム共重合体ブロックからなる重合体を水添して得られるエラストマーが好ましく、スチレンを主体とする重合体ブロックおよびスチレンとブタジエンとのランダム共重合体ブロックからなる重合体を水添して得られるエラストマーがより好ましく、スチレンを主体とする重合体ブロックおよびスチレンとブタジエンとのランダム共重合体ブロックからなり、特に、両末端にスチレンを主体とする重合体ブロック(特に両末端にスチレンのみから重合体ブロック)、中間にランダム共重合体ブロックを有する重合体を水添して得られるエラストマーが好ましい。この構造を有する共重合体を使用することで、低硬度化と低反発化を共に具備し、且つ成形後の固化速度が早いためタックが少なく、主成分である熱可塑性ポリウレタンとの相溶性に優れるためブレンドによる物性低下を最小限に抑制することができると考えられる。
【0040】
上記水添芳香族ビニル系エラストマーの具体例としては、例えば、スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体(SEBS)、スチレン-イソブチレン-スチレンブロック共重合体(SIBS)、スチレン-イソプレン-スチレンブロック共重合体(SIS)、スチレン-イソブチレンブロック共重合体(SIB)、スチレン-エチレン・プロピレン-スチレンブロック共重合体(SEPS)、スチレン-エチレン・エチレン・プロピレン-スチレンブロック共重合体(SEEPS)、スチレン-ブタジエン・ブチレン-スチレンブロック共重合体(SBBS)、スチレン-エチレン-プロピレンブロック共重合体(SEP)等が挙げられる。
【0041】
上記芳香族ビニル系エラストマーにおいて、芳香族ビニル化合物に由来する単位がその共重合体に占める割合(即ち、芳香族ビニル化合物含有量、好ましくはスチレン含有量)については、30質量%以上であることが好ましく、より好ましくは40質量%以上、さらに好ましくは50質量%以上、最も好ましくは60質量%以上である。このように、芳香族ビニル化合物含有量、好ましくはスチレン含有量を多く設定することで、(I)及び(II)成分である熱可塑性ポリウレタン樹脂との相溶性が良好となり、且つ、所望の硬度と成型性の悪化を防ぐことができる。なお、上記の芳香族ビニル化合物に由来する単位の含有量(好ましくはスチレン含有量)の測定は、H1-NMR測定により算出することができる。
【0042】
また、上記芳香族ビニル系エラストマーにおいて、動的粘弾性測定(DMA)により得られるtanδピーク温度で示されるガラス転移温度(Tg)が-20~50℃であることが好ましく、より好ましくは0℃以上、更に好ましくは5℃以上である。即ち、上記tanδピーク温度が、ゴルフボールが通常使用される温度付近に有することにより、ゴルフボールが通常使用される温度領域において樹脂組成物全体の反発弾性を低く抑えて本発明の所望の効果を高めることができると考えられる。
【0043】
(III)成分である芳香族ビニル系エラストマーとしては市販品を用いることができ、例えば、市販品としては、旭化成社製の「S.O.E.(商標名)」、「タフテック」及び「タフプレン」、或いは、DIC社製の「ディックスチレン」等を挙げることができる。
【0044】
(III)成分の反発弾性率は、JIS-K 6255規格の測定で40%以下であることが好ましくは、好ましくは30%以下、更に好ましくは25%以下である。このように反発弾性率を非常に低く抑えることにより、少ない添加量でゴルフボール物性に悪影響を及ぼすことなく、アプローチショット時のボール初速低下が実現できる。但し、その反発弾性率の下限値は、ドライバーショット時の反発低下及び飛距離の低減への影響をできるだけ抑制するために20%以上であることが好適である。
【0045】
(III)成分の配合量は、上記(I)成分と上記(II)成分との合計100質量部に対して50質量部以下であることが好適である。また上記配合量の下限値としては、好ましくは0.1質量部以上、より好ましくは0.2質量部以上、更に好ましくは0.5質量部以上であることが好ましい。(III)成分の配合量が多くなると、耐擦過傷性や成型性が悪化するおそれがある。一方、(III)成分の配合量があまりにも少ないと、カバー樹脂材料として低硬度且つ所望の反発弾性が得らなくなり、アプローチショット時のボール初速低下効果も少なくなる場合がある。
【0046】
上記(I)~(III)を含有する樹脂組成物には、上述した樹脂成分以外には、他の樹脂材料を配合してもよい。その目的は、ゴルフボール用樹脂組成物の更なる流動性の向上や反発性、耐擦過傷性等の諸物性を高めるなどの点からである。
【0047】
他の樹脂材料としては、具体的には、ポリエステルエラストマー、ポリアミドエラストマー、アイオノマー樹脂、エチレン-エチレン・ブチレン-エチレンブロック共重合体又はその変性物、ポリアセタール、ポリエチレン、ナイロン樹脂、メタクリル樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリアリレート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルイミド及びポリアミドイミドから選ばれ、その1種又は2種以上を用いることができる。
【0048】
また、上記樹脂組成物には、更に、活性のあるイソシアネート化合物を含むことができる。この活性イソシアネート化合物は、主成分であるポリウレタンと反応して、樹脂組成物全体の耐擦過傷性を更に向上させることができるほか、イソシアネートの可塑化効果により流動性を向上させて成型性を向上させることができる。
【0049】
上記のイソシアネート化合物としては、通常のポリウレタンに使用されているイソシアネート化合物であれば特に制限なく用いることができ、例えば芳香族イソシアネート化合物としては、2,4-トルエンジイソシアネート、2,6-トルエンジイソシアネート又はこれら両者の混合物、4,4-ジフェニルメタンジイソシアネート、m-フェニレンジイソシアネート、4,4’-ビフェニルジイソシアネートなどが挙げられ、これら芳香族イソシアネート化合物の水添物、例えばジシクロヘキシルメタンジイソシアネートなどを用いることもできる。また、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、オクタメチレンジイソシアネート等の脂肪族ジイソシアネート、キシレンジイソシアネート等の脂環族ジイソシアネートなどが挙げられる。更に、末端に2個以上のイソシアネート基を有する化合物のイソシアネート基と活性水素を有する化合物とを反応させたブロックイソシアネート化合物や、イソシアネートの二量化によるウレチジオン体などが挙げられる。
【0050】
上記のイソシアネート化合物の配合量は、主材である熱可塑性ポリウレタン樹脂100質量部に対して、好ましくは0.1質量部以上、より好ましくは0.5質量部以上であり、また、上限値としては、好ましくは30質量部以下、より好ましくは20質量部以下である。この配合量が少なすぎると、十分な架橋反応が得られず、物性の向上が認められない場合がある。一方、この配合量が多すぎると、経時、熱や紫外線による変色が大きくなり、あるいは、熱可塑性を失ってしまったり、反発の低下等の問題が生じる場合がある。
【0051】
更に、上記樹脂組成物には、任意の添加剤を用途に応じて適宜配合することができる。例えば、本発明のゴルフボール用材料をカバー材として用いる場合、上記成分に、充填剤(無機フィラー)、有機短繊維、補強剤、架橋剤、顔料,分散剤,老化防止剤,紫外線吸収剤,光安定剤などの各種添加剤を加えることができる。これら添加剤を配合する場合、その配合量としては、基材樹脂100質量部に対して、好ましくは0.1質量部以上、より好ましくは0.5質量部以上、上限として、好ましくは10質量部以下、より好ましくは4質量部以下である。
【0052】
上記樹脂組成物の反発弾性率については、この値が高すぎるとドライバーショット時の飛距離増大の効果はあるものの、アプローチショット時のボール初速も同様に高くなりコントロールしにくいものとなってしまうことから、JIS-K 6255規格の測定で65%以下であることが好ましい。但し、その反発弾性率の下限値は、ドライバーショット時の反発低下及び飛距離の低減をできるだけ抑制するために30%以上であることが好適である。
【0053】
また、上記樹脂組成物の材料硬度については、ゴルフボールとして得られるスピン特性や耐擦過傷性の点から、ショアD硬度で55以下であることが好ましく、より好ましくはショアD硬度で50以下、更に好ましくは48以下、最も好ましくは45以下である。また、その下限値としては、成型性の点からショアD硬度で20以上が好ましく、より好ましくはショアD硬度で30以上である。
【0054】
上記樹脂組成物の各成分の調製方法については、例えば、混練型(単軸又は)二軸押出機,バンバリー,ニーダー,ラボプラストミル等の各種の混練機を用いて混合することができ、或いは、樹脂組成物の射出成形時にドライブレンドにより各成分を混合しても良い。更に、上記の活性イソシアネート化合物を用いる場合には、各種混練機を用いて樹脂混合時に含有させてもよく、または、予め活性イソシアネート化合物やその他の成分を含有したマスターバッチを別途用意し、樹脂組成物の射出成形時にドライブレンドすることにより、各成分を混合しても良い。
【0055】
例えば、上記樹脂組成物によりカバー層を成形する方法としては、例えば、射出成形機に上述の樹脂組成物を供給し、コアの周囲に溶融した樹脂組成物を射出することによりカバー層を成形することができる。この場合、成形温度としては、主成分である(I)及び(II)の熱可塑性ポリウレタン樹脂等の種類によって異なるが、通常150~270℃の範囲である。
【0056】
本発明では、上記(I)~(III)成分を含有した樹脂組成物により形成されるカバー層のマルテンス硬度をHMb[N/mm2]、該カバー層の弾性仕事回復率をηItb[%]としたとき、HMb及びηItbは、下記式(1)
2.00≦ηItb/HMb≦7.50 ・・・(1)
を満足することを要する。
【0057】
上記式(1)の下限値は、2.00以上であり、好ましくは2.50以上、より好ましくは2.70以上であり、下限値は、7.50以下であり、好ましくは6.50以下、より好ましくは6.30以下である。上記式(1)の値が大きすぎると、成形時の離型性が悪くなったり、反発性が高くなるおそれがある、また、上記値が小さすぎると、耐擦過傷性が悪化するおそれがある。
【0058】
上記(I)~(III)成分を含有した樹脂組成物により形成されるカバー層のマルテンス硬度HMbは、下限値として、好ましくは8.00N/mm2以上であり、より好ましくは9.00N/mm2以上である。上限値としては、好ましくは28.00N/mm2以下、より好ましくは23.00N/mm2以下である。
【0059】
上記カバー層の弾性仕事回復率ηItbは、下限値として、好ましくは50%以上であり、より好ましくは55%以上である。上限値としては、好ましくは85%以下であり、より好ましくは80%以下である。
【0060】
また、上記(I)成分と上記(II)成分とからなる熱可塑性ポリウレタン樹脂材料のマルテンス硬度をHMa[N/mm2]とするとき、耐擦過傷性及び成型性を良好に維持しつつアプローチ時のコントロール性能を良好にする点から、下記式(1)を満たすことが好適である。
1.005≦HMa/HMb≦1.450 ・・・(2)
【0061】
上記式(2)の下限値は、1.005以上であることが好ましく、より好ましくは1.007以上、さらに好ましくは1.009以上であり、上限値は、1.450以下であることが好ましく、より好ましくは1.400以下、さらに好ましくは1.350以下である。上記式(2)の値が大きすぎると、耐擦過傷性及び成型性が悪くなり、一方、上記式(2)の値が小さすぎると、アプローチコントロール性が低くなるおそれがある。
【0062】
上記マルテンス硬度HMaは、下限値として、好ましくは10.00N/mm2以上であり、より好ましくは11.00N/mm2以上である。上限値としては、好ましくは30.00N/mm2以下、さらに好ましくは25.00N/mm2以下である。
【0063】
上記のマルテンス硬度HMa及びHMbは、ISO 14577 :2002「Metallic materials - Instrumented indentation test for hardness and materials parameters」に基づいて超微小硬度計により測定することができる。即ち、圧子に荷重をかけながら測定対象物に押し込むことにより求められる物性値であり、押し込み力[N] /受圧部の面積[mm2]で求められる。マルテンス硬度の測定は、例えば、超微小硬さ試験システムの商品名「Fischerscope HM2000」(フィッシャー・インストルメンツ社製)などを用いて行うことが可能である。この測定装置は、例えば、ステップ的に荷重を連続して加えながらカバーの硬さを測定することができ、設定条件としては、室温で、10秒間で印加荷重を50mNに設定することができる。
【0064】
また、カバーの表面を測定する際、該カバー表面に塗膜等が形成されている場合は、その特定が困難であり、また、カバー表面からボールの中心に向かって深い地点となると隣接層の硬度の影響を受けてしまうので、カバーの表面からボールの中心に向かって概ね0.3mmの地点であれば安定的にカバー固有のマルテンス硬度が得られるため、上記の位置でマルテンス硬度を測定することが望ましい。
【0065】
上記の弾性仕事回復率ηIta及びηItbは、上記範囲により、ゴルフボール表面に形成されるカバーが一定の硬度及び弾性を維持しながら自己修復回復機能が高くなりボールの優れた耐久性及び耐擦過傷性に寄与し得るものである。なお、マルテンス硬度が低くても、弾性仕事回復率が低過ぎる場合には、アプローチ時のスピン性能が良いが耐擦過傷性が悪くなる。上記の弾性仕事回復率の測定方法については後述する。
【0066】
上記の弾性仕事回復率は、押し込み荷重をマイクロニュートン(μN)オーダーで制御し、押し込み時の圧子深さをナノメートル(nm)の精度で追跡する超微小硬さ試験方法であり、カバー物性を評価するナノインデンテーション法の一つのパラメータである。従来の方法では最大荷重に対応した変形痕(塑性変形痕)の大きさしか測定できなかったが、ナノインデンテーション法では自動的・連続的に測定することにより、押し込み荷重と押し込み深さとの関係を得ることができる。そのため、従来のような変形痕を光学顕微鏡で目視測定するときのような個人差がなく、確実且つ精度高くなるカバー物性を評価することができると考えられる。このため、ゴルフボールのカバーがドライバーや各種のクラブの打撃より大きな影響を受け、当該カバーがゴルフボールの各種の物性に及ぼす影響は小さくないことから、該カバーを超微小硬さ試験方法で測定し、従来よりも高精度に行うことは、非常に有効な評価方法となる。
【0067】
また、上記樹脂組成物については、200℃・剪断速度243(1/sec)における溶融粘度が0.2×104~2.5×104(dPa・s)であることが好適である。この溶融粘度を有することにより、適度な流動性及び樹脂組成物の成型後に固化性を付与し、成型性(生産性)低下を抑制することができる。この溶融粘度は、ISO 11443:1995に準じて、温度条件200℃にてキャピログラフで測定したとき、せん断速度243(1/sec)における溶融粘度を示す。
【0068】
カバーの厚さは、好ましくは0.4mm以上、より好ましくは0.5mm以上、さらに好ましくは0.6mm以上であり、上限として、好ましくは3.0mm以下、より好ましくは2.0mm以下である。
【0069】
上記コアと上記との間に少なくとも1層の中間層を介在させることができる。この場合、中間層の材料としては、ゴルフボールのカバー材で使用される各種の熱可塑性樹脂、特にアイオノマー樹脂を採用することが好適であり、アイオノマー樹脂としては市販品を用いることができる。
【0070】
本発明のゴルフボールには、空気力学的性能の点から、最外層の表面に多数のディンプルが設けられる。上記最外層表面に形成されるディンプルの個数については、特に制限はないが、空気力学的性能を高め飛距離を増大させる点から、好ましくは250個以上、より好ましくは270個以上、さらに好ましくは290個以上、最も好ましくは300個以上であり、上限値として、好ましくは400個以下、より好ましくは380個以下、さらに好ましくは360個以下である。
【0071】
本発明では、カバー表面には塗膜層が形成される。この塗膜層を形成する塗料としては、2液硬化型ウレタン塗料を採用することが好適である。具体的には、この場合、上記2液硬化型ウレタン塗料は、ポリオール樹脂を主成分とする主剤と、ポリイソシアネートを主成分とする硬化剤とを含むものである。
【0072】
カバー表面に上記の塗料を塗装して塗膜層を形成する方法としては、特に制限はなく、公知の方法を用いることができ、エアガン塗装法や静電塗装法等、所望の方法を用いることができる。
【0073】
塗膜層の厚さについては、特に制限はないが、通常、8~22μm、好ましくは10~20μmである。
【0074】
なお、本発明のゴルフボールは、競技用としてゴルフ規則に従うものとすることができ、ボール外径は42.672mm内径のリングを通過しない大きさで42.80mm以下、質量は好ましくは45.0~45.93gに形成することができる。
【実施例
【0075】
以下、実施例と比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、実施例3~5,8~10及び比較例1~3,5,8は実際に測定した値であるが、その例外の実施例1,2,6,7,11~15及び比較例4,6,7については、同条件下において実施例3~5,8~10及び比較例1~3,5,8から推測された予測値である。
【0076】
〔実施例1~15、比較例1~8〕
表1に示す配合により、全ての例に共通するコア用のゴム組成物を調製・加硫成形することにより直径38.6mmのコアを作製する。
【0077】
【表1】
【0078】
上記コア材料の詳細は下記のとおりである。
・「cis-1,4-ポリブタジエン」JSR社製、商品名「BR01」
・「アクリル酸亜鉛」日本触媒社製
・「酸化亜鉛」堺化学工業社製
・「硫酸バリウム」堺化学工業社製
・「老化防止剤」商品名「ノクラックNS6」(大内新興化学工業社製)
・「有機過酸化物(1)」ジクミルパーオキサイド、商品名「パークミルD」(日油社製)
・「有機過酸化物(2)」1,1-ジ(tert-ブチルパーオキシ)シクロヘキサンとシリカの混合物、商品名「パーヘキサC-40」(日油社製)
・「ステアリン酸亜鉛」日油社製
【0079】
次に、全ての例に共通する中間層樹脂材料を配合する。この中間層樹脂材料は、酸含量18質量%のエチレン-不飽和カルボン酸共重合体のナトリウム中和物50質量部と、酸含量15質量%のエチレン-不飽和カルボン酸共重合体の亜鉛中和物50質量部との合計100質量部とするブレンド物である。この樹脂材料を、上記で得た直径38.6mmのコアの周囲に射出成形し、厚さ1.25mmの中間層を有する中間層被覆球体を製造する。
【0080】
次に、上記の中間層被覆球体の周囲に、下記表2及び表3に示すカバー材料を用い、同表に示す配合量で射出成形し、厚さ0.8mmのカバー層(最外層)を有する直径42.7mmのスリーピースゴルフボールを作製する。この際、各実施例、比較例のカバー表面には、特に図示してはいないが、共通するディンプルが形成される。
【0081】
カバー(最外層)の樹脂組成物の調製
樹脂組成物については、下記の表2及び表3に示す成分及び配合量でドライブレンドにより混合し、成形温度210~250℃で射出成型する。なお、表中の配合数字は質量部を示す。
【0082】
下記表2及び表3中の組成物中の含有成分の詳細は、以下の通りである。
・「TPU1」:ディーアイシーコベストロポリマー社製の商品名「パンデックス」、エーテルタイプ熱可塑性ポリウレタン(ポリオール成分:数平均分子量2000のPTMG)、ショアD硬度「43」
・「TPU2」:ディーアイシーコベストロポリマー社製の商品名「パンデックス」、エーテルタイプ熱可塑性ポリウレタン(ポリオール成分:数平均分子量1000のPTMG)、ショアD硬度「43」
・「TPU3」:ディーアイシーコベストロポリマー社製の商品名「パンデックス」、エーテルタイプ熱可塑性ポリウレタン(ポリオール成分:数平均分子量2000のPTMG)、ショアD硬度「47」
・「TPU4」:ディーアイシーコベストロポリマー社製の商品名「パンデックス」、エーテルタイプ熱可塑性ポリウレタン(ポリオール成分:数平均分子量1000のPTMG)、ショアD硬度「47」
・「S.O.E. S1611」:旭化成社製の水添芳香族ビニル系エラストマー(スチレン含有量:60wt%、ショアD硬度:23、及び反発弾性:20%)
【0083】
各実施例及び各比較例で用いた熱可塑性ポリウレタン(「TPU1」~「TPU4)の樹脂のマルテンス硬度(HMa)及び弾性仕事回復率(ηIta)を下記の方法により、それぞれ測定する。また、各実施例及び各比較例で用いたカバー層(最外層)の樹脂組成物について、マルテンス硬度(HMb)及び弾性仕事回復率(ηItb)をそれぞれ測定した。次に、これらのパラメータの下記の2つの関係式
式(1):ηItb/HMb、及び
式(2):HMa/HMb、
を計算する。これらの計算値を表2及び表3に示す。
【0084】
最外層(カバー層)のマルテンス硬度(HMb)
各例のゴルフボールにおいて、ボールを半分に切断し、そのボール断面から、カバーの表面からボールの中心に向かって0.3mmの地点を特定し、当該箇所におけるマルテンス硬度HMb[N/mm2]をフィッシャー・インスツルメンツ社製の商品名「Fischerscope HM2000」の超微小硬度試験計を用いて測定する。硬度測定の条件は、室温で印加荷重50mN/10sの下で、測定を行う。
【0085】
熱可塑性ポリウレタン樹脂材料のマルテンス硬度(HMa)
熱可塑性ポリウレタン樹脂材料のマルテンス硬度(HMa)についても、上記と同様に行う。
また、熱可塑性ポリウレタン(「TPU1」~「TPU4」)の各樹脂のマルテンス硬度は下記のとおりである。なお、これらの樹脂のマルテンス硬度の測定装置及び測定条件については、上記と同様である。
・TPU1のマルテンス硬度:14.3N/mm2
・TPU2のマルテンス硬度:13.8N/mm2
・TPU3のマルテンス硬度:22.1N/mm2
・TPU4のマルテンス硬度:22.0N/mm2
【0086】
カバー層(最外層)の弾性仕事回復率
カバー層の弾性仕事回復率の測定には、フィッシャー・インスツルメンツ社製の商品名「Fischerscope HM2000」の超微小硬度試験計を用いて測定する。測定条件は、室温で印加荷重50mN/10sの下で、カバーの戻り変形による押し込み仕事量Welast(Nm)と機械的な押し込み仕事量Wtotal(Nm)とに基づいて、下記数式によって弾性仕事回復率が算出される。
弾性仕事回復率=Welast / Wtotal × 100(%)
【0087】
樹脂材料の弾性仕事回復率
ポリウレタン(「TPU1」~「TPU4」)の各樹脂の弾性仕事回復率(%)は下記のとおりである。なお、これらの樹脂の弾性仕事回復率の測定装置及び測定条件については、上記と同様である。
・TPU1の弾性仕事回復率:72%
・TPU2の弾性仕事回復率:71%
・TPU3の弾性仕事回復率:57%
・TPU4の弾性仕事回復率:56%
【0088】
溶融粘度
ISO 11443:1995に準じて、温度条件200℃にてキャピログラフで測定したとき、各例の樹脂組成物のせん断速度243(1/sec)における溶融粘度を表2及び表3に示す。
【0089】
アプローチショット時のボール物性
得られた各実施例及び各比較例のゴルフボールについて、ゴルフ打撃ロボットにサンドウェッジ(SW)を装着し、ヘッドスピード(HS)20m/sで打撃した直後のボールの初速及びバックスピン量を初期条件計測装置により測定する。これらの測定値を表2及び表3に示す。
【0090】
また、アプローチ時のクラブの操作性についての官能評価を下記の方法により行い、その評価を表2及び表3に示す。
〔判定評価〕
〇 ・・・ 操作性に非常に優れる。
△ ・・・ 操作性に優れる。
× ・・・ 操作性に劣る。
【0091】
耐擦過傷性の評価
ボールを23℃に保温するとともに、スウィングロボットマシンを用い、クラブはピンチングウェッジを使用して、ヘッドスピード33m/sで各ボールを各5球ずつ打撃し、打撃傷を以下の基準で目視にて評価する。その評価を表2及び表3に示す。
〔判定評価〕
〇 ・・・ やや傷がついているか、ほとんど傷が目立たない。
△ ・・・ 表面がやや毛羽立っているか、ディンプルがやや欠けている。
× ・・・ ディンプルが完全に削り取られている。
【0092】
成型性(脱型性)の評価
カバー射出成形後の金型からの脱型性を以下の基準で各例のボールを評価する。その評価を表2及び表3に示す。
○ ・・・ 脱型時ランナー切れやピン付き等の外傷が生じない。
× ・・・ 脱型時ランナー切れやピン付き等の外傷が生じ、成型できない。
【0093】
【表2】
【0094】
表2の結果より、以下の点が考察される。
実施例1~5では、(III)成分を3質量部に固定し、(II)/(I)の比率を徐々に増加させると、成型性及び耐擦過傷性は維持した中で、アプローチでの実打初速が低下し、コントロール性は向上する。
実施例6~10では、実施例1~5と比べると、(III)成分を3質量部から50質量部へ増量することで、コントロール性が向上している。
比較例1は、実施例1と比べると、(III)成分を3質量部配合しているが、(II)成分である分子量1000のPTMGを配合していないため、アプローチでのコントロール性に欠ける。
比較例2は、(I)成分及び(III)成分を配合せず(II)成分のみの例であり、アプローチでのコントロール性は良好であるが、成型性が悪く、生産性不良が発生する。
比較例3は、(II)成分及び(III)成分を配合せず(I)成分のみの例であり、成型性及び耐擦過傷性は良好であるが、アプローチでのコントロール性に欠ける。
比較例4は、熱可塑性ポリウレタン樹脂としては(I)成分のみで、(III)成分を過剰に配合した例であり、アプローチでのコントロール性は良好であるが、耐擦過傷性が著しく悪くなる。
比較例5は、(II)/(I)の比率が3.00と大きいため、アプローチでのコントロール性は良好であるが、成型性が悪く、生産性不良が発生する。
【0095】
【表3】
【0096】
表3の結果より、以下の点が考察される。
実施例11~15は、用いられる熱可塑性ポリウレタン樹脂のショアD硬度が47であり、表2の実施例1~10の熱可塑性ポリウレタン樹脂よりも硬い例である。これらの実施例では、実施例1~5と同様、(III)成分を3質量部に固定し、(II)/(I)の比率を徐々に増加させると、成型性及び耐擦過傷性は維持した中で、アプローチでの実打初速が低下し、コントロール性は向上していく。
比較例6は、実施例11と比べると、(III)成分を3質量部配合しているが、(II)成分である分子量1000のPTMGを配合していないため、アプローチのコントロール性にやや欠ける。
比較例7は、(I)成分及び(III)成分を配合せず(II)成分のみの例であり、アプローチでのコントロール性は良好であるが、成型性が悪く、生産性不良が発生する。
比較例8は、(II)成分及び(III)成分を配合せず(I)成分のみの例であり、成型性及び耐擦過傷性は良好であるが、アプローチでのコントロール性に欠ける。
図1