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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-02
(45)【発行日】2024-12-10
(54)【発明の名称】アクリロニトリル系繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/18 20060101AFI20241203BHJP
   D01D 5/06 20060101ALI20241203BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20241203BHJP
【FI】
D01F6/18 E
D01D5/06 102Z
D01D5/06 103
D01F9/22
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020518555
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012328
(87)【国際公開番号】W WO2020196277
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2019063203
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田村 知樹
(72)【発明者】
【氏名】船越 祥二
(72)【発明者】
【氏名】川本 貴史
(72)【発明者】
【氏名】大島 郁人
(72)【発明者】
【氏名】合津 宏一
【審査官】川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/180188(WO,A1)
【文献】特開2000-355829(JP,A)
【文献】特開平02-091206(JP,A)
【文献】国際公開第2006/001324(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 6/18
D01D 5/06
D01F 9/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
紡糸原液を口金の複数の吐出孔から空気中に押し出した後、凝固浴に貯留された凝固浴液の中に下向きに進入せしめて凝固糸条とし、口金の下方の凝固浴液の中に配された方向転換ガイドで凝固糸条を折り返した後、凝固浴液の外に引き出すアクリロニトリル系繊維束の製造方法であって、次の1)~3)を満足するアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
1)凝固糸条が凝固浴液の液面から方向転換ガイドに向かう走行方向と、方向転換ガイドから凝固浴液の外に引き出される引取方向の両方向に対して垂直な方向に方向転換ガイドが軸方向を有する。
2)凝固浴液の液面から方向転換ガイドまでの凝固糸条の走行領域は、凝固糸条の走行方向に関して連続的に凝固糸条が存在する2つ以上の糸条存在領域と、凝固糸条の走行方向に関して連続的に凝固糸条が存在しない少なくとも1つの糸条非存在領域を有し、糸条非存在領域は2つの糸条存在領域に挟まれた間に存在する。
3)糸条非存在領域の少なくとも1つについて、凝固浴液の液面の位置での方向転換ガイドの軸方向の幅が、口金における最短の吐出孔間距離の4倍以上である。
【請求項2】
全ての糸条非存在領域について、凝固浴液の液面の位置での方向転換ガイドの軸方向の幅が、口金における最短の吐出孔間距離の4倍以上である請求項1に記載のアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
【請求項3】
口金における1mm当たりの吐出孔数が0.06個/mm以上である請求項1または2に記載のアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
【請求項4】
凝固浴液の液面から深さ40mmの位置であって、凝固糸条の走行領域のうち凝固糸条が凝固浴液の外に引き出される位置に最も近い位置から、凝固浴液の液面と平行に凝固糸条の引取方向へ20mm離れた位置において、凝固糸条に向かう凝固浴液の平均流速が14mm/秒以下である請求項1~3のいずれかに記載のアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
【請求項5】
単一の口金から紡糸原液を押し出す請求項1~4のいずれかに記載のアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
【請求項6】
口金における吐出孔数が1,000~60,000個である請求項1~5のいずれかに記載のアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
【請求項7】
凝固糸条を凝固浴液の外に引き出す引取速度が25~50m/分である請求項1~6のいずれかに記載のアクリロニトリル系繊維束の製造方法。
【請求項8】
紡糸原液を口金の複数の吐出孔から空気中に押し出した後、凝固浴に貯留された凝固浴液の中に下向きに進入せしめて凝固糸条とし、口金の下方の凝固浴液の中に配された方向転換ガイドで凝固糸条を折り返した後、凝固浴液の外に引き出すアクリロニトリル系繊維束の製造方法であって、次の1)~3)を満足するアクリロニトリル系繊維束の製造方法によりアクリロニトリル系繊維束を製造し、
次いで、そのアクリロニトリル系繊維束を、200~300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化処理し、次いで1,000℃以上の不活性雰囲気中で加熱する炭素繊維束の製造方法。
1)凝固糸条が凝固浴液の液面から方向転換ガイドに向かう走行方向と、方向転換ガイドから凝固浴液の外に引き出される引取方向の両方向に対して垂直な方向に方向転換ガイドが軸方向を有する。
2)凝固浴液の液面から方向転換ガイドまでの凝固糸条の走行領域は、凝固糸条の走行方向に関して連続的に凝固糸条が存在する2つ以上の糸条存在領域と、凝固糸条の走行方向に関して連続的に凝固糸条が存在しない少なくとも1つの糸条非存在領域を有し、糸条非存在領域は2つの糸条存在領域に挟まれた間に存在する。
3)糸条非存在領域の少なくとも1つについて、凝固浴液の液面の位置での方向転換ガイドの軸方向の幅が、口金における最短の吐出孔間距離の4倍以上である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維束の製造に適した、安定して高品質、品位のアクリロニトリル系繊維束を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維束の前駆体繊維束に用いられるアクリロニトリル系繊維束の製造においては、生産効率を高めることで製造原価を低減させることが重要である。この要求に応えるため、一錘あたりの口金に配置された孔数を増加させる方法や、錘数または糸条数を増加させる方法、更には糸条の走行速度を高速化させる方法等、多種多様の方法が採用されている。これらの方法のうち、一錘あたりの口金の孔数を増加(多ホール化、吐出孔の高密度配置)させたり、糸条走行速度を増加(高速化)させたりすることは、大幅な設備投資を伴わずに上述した要求に応えることができる点で大きな利点がある。
【0003】
特に、口金と凝固浴液の液面との間に空気層(エアギャップ)を設けた乾湿式紡糸法では、口金面から吐出された紡糸原液がエアギャップの空気抵抗が小さい区間において細化変形できることから、糸条走行速度を増加させるには優れた方法である。また、この紡糸法は、エアギャップを一定の距離に保つことにより、得られるアクリロニトリル系繊維束の品質・品位が安定化し、高い生産性を得ることができる。
【0004】
この乾湿式紡糸法では、一般的に、口金から空気中に紡糸原液を押し出した後は、紡糸原液が凝固浴液と接触することで得られる凝固糸条が、凝固浴液中の下方(凝固浴の底面)に向けて走行し、一定距離を走行した後に方向転換ガイドにて方向を転換し、斜め上方(凝固浴液の液面)に向けて走行し、最終的に凝固浴液中から空気中に抜け出した後に、次工程に搬送される。凝固糸条の走行により随伴流が発生することから、走行速度の高速化や多ホール化、吐出孔の高密度配置により、随伴流が増大していく。随伴流の増加によって、凝固糸条の周辺での凝固浴液の流速が増加するため、それにより凝固糸条の張力ムラ、物性ムラが発生し、アクリロニトリル系繊維束の品質・品位が低下する。また、凝固浴液の液流の流速の増加により、凝固浴液の液面変動が増大することから、紡糸性が低下し、ひいては生産効率の低下に繋がる。つまりは、この凝固浴液の流れを制御することが、アクリロニトリル系繊維束の品質・品位、ならびに生産効率の向上に極めて重要となる。
【0005】
そこで、凝固糸条周辺の凝固浴液の流れを制御する方法として、特許文献1に記載の方法が挙げられる。特許文献1の紡糸方法では、口金の吐出孔が複数個からなるブロックを形成し、そのブロックを2個以上に分割し、隣り合うブロック間との距離を、口金と凝固浴液の液面との距離の2倍以上とすることが記載されている。加えて、凝固浴液中の方向転換ガイドに突起物を設けて、凝固糸条の走行位置を変更することにより、凝固浴液の流れを制御、凝固糸条の紡糸性が向上できると記載されている。
【0006】
また、特許文献2の紡糸方法では、2つ以上の開口部を有する細管で凝固糸条及び凝固浴液を分離し、その下流側に複数の方向転換ガイドを配置し、凝固糸条を引き取り方向に複数に分割することにより、凝固浴液の液面部での凝固浴液の液流の乱れ、渦の発生を抑制することにより、高品質かつ、一定品質の凝固糸条が製造できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平2-91206号公報
【文献】特開平2-112409号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の紡糸方法には以下に述べる問題点がある。
【0009】
特許文献1の紡糸方法では、凝固浴液中における凝固糸条周辺での随伴流を十分に緩和できず、凝固糸条の紡糸性を向上できない場合がある。
【0010】
また、凝固糸条内の糸条同士が密集した状態で走行すると、随伴流が増大し、更に凝固浴液の液面近傍において、凝固糸条に向かう凝固浴液の液流の速度が増大、糸条同士の衝突が発生したり、凝固浴液の液面近傍にて局所的な渦(以降は局所渦と呼ぶ)が発生したりする。この局所渦が発生すると、口金と凝固浴液の液面との距離であるエアギャップが変動する。また、随伴流が増大することで、口金と方向転換ガイド間での凝固糸条の糸揺れが増大し、これらの要因で、凝固浴液の液面の変動が増大、糸切れが発生し、最悪の場合は紡糸が不可能となる場合がある。
【0011】
さらに、特許文献1の紡糸方法では、口金の吐出孔が複数個からなるブロックを設けて、そのブロック間同士の距離を長くするため、口金の幅が長尺となる。そして、凝固浴の幅も長くなる。凝固浴を多錘に併設する設備が基本となる中で、口金の幅、凝固浴の幅が長尺化することは、幅の広い設備が必要になり、設備費が増大する場合がある。
【0012】
次に、特許文献2の紡糸方法では、本発明者らの知見によると、特許文献1でも記載した通り、凝固浴液の中における凝固糸条の周りの随伴流を十分に緩和できず、凝固浴液の液流の乱れ、局所渦の発生、糸切れが発生し、ひいては紡糸が不可能となる場合がある。その結果、高品質かつ、一定品質の凝固糸条が製造できない場合がある。特に特許文献2の実施例に記載の通り、延伸後の巻取速度が400m/分(凝固浴液の中での引取速度は10m/分以下)と低速であり、また口金の吐出孔のホール数も400個と少ないため、随伴流の規模が小さく問題とならないが、高い引取速度(引取速度25m/分以上)、多ホール化(数千ホール)では、上記問題が顕在化する場合がある。
【0013】
また、特許文献2の紡糸方法では、凝固糸条を分割するために方向変換ガイドを複数設けることから、方向転換ガイドに各々通糸する必要があることから操業性悪化の要因となる場合がある。また、凝固浴の下に細管を設けて、凝固浴液の液流を凝固浴外に流す構成としているため、凝固浴液の液流の循環ラインや回収ラインが複数となることから設備が複雑化し設備費が増大する場合がある。
【0014】
以上のようにアクリロニトリル系繊維束を製造するにあたり、凝固糸条の周囲の凝固浴液の液流や凝固浴液の液面変動を制御することは、極めて重要な要素であるが、上記のように、種々の問題が残されており、アクリロニトリル系繊維束の製造の妨げとなってきた。従って、この問題を解決することは、工業上、重要な意味を有するのである。
【0015】
よって、本発明の目的は、乾湿式紡糸法において、アクリロニトリル系繊維束を製造するにあたり、生産効率を高めるために凝固糸条の走行速度を増加、または口金の吐出孔数を極大化させても、高品位、高品質のアクリルニトリル系繊維束を安定して製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、特許文献1、2の技術において凝固糸条の紡糸性を十分に向上できない理由として、それぞれ以下の仮説を設定した。
【0017】
特許文献1の技術においては、凝固糸条の走行速度を増速した際には、凝固糸条の走行領域において、随伴流が発生し、それを補うために、凝固糸条の周囲から凝固糸条に向かい凝固浴液の液流が生じ、凝固浴液の液面近傍において、その液流の速度が最も大きくなる。これに伴い、凝固糸条には、凝固糸条の走行方向に垂直な方向から大きな抗力がかかり、凝固糸条内の糸条同士が密集した状態となると考えられる。
【0018】
特許文献2の技術においては、凝固糸条を分割する方向が、凝固糸条に向かう凝固浴液の液流の方向Dcと同じであれば、凝固浴液の液流の衝突を避けることができないため、凝固糸条の引取速度を高速化した場合には、凝固糸条の走行領域において、随伴流が発生し、それに伴い、凝固糸条の周囲から凝固糸条に向かい凝固浴液の液流が生じ、凝固浴液の液面近傍において、その液流の速度が最も大きくなる。特に、周囲から凝固糸条に向かう凝固浴液の液流は、凝固糸条の走行方向に垂直な方向から衝突することから、これにより、凝固糸条内の糸条同士が密集した状態となると考えられる。
【0019】
以上の仮説に基づき、これらの問題点を解決すべく鋭意検討した結果、本願発明を想到したものである。
【0020】
すなわち、紡糸原液を口金の複数の吐出孔から空気中に押し出した後、凝固浴に貯留された凝固浴液の中に下向きに進入せしめて凝固糸条とし、口金の下方の凝固浴液の中に配された方向転換ガイドで凝固糸条を折り返した後、凝固浴液の外に引き出すアクリロニトリル系繊維束の製造方法であって、次の1)~3)を満足することを特徴とする。
【0021】
1)凝固糸条が凝固浴液の液面から方向転換ガイドに向かう走行方向と、方向転換ガイドから凝固浴液の外に引き出される引取方向の両方向に対して垂直な方向に方向転換ガイドが軸方向を有する。
【0022】
2)凝固浴液の液面から方向転換ガイドまでの凝固糸条の走行領域は、凝固糸条の走行方向に関して連続的に凝固糸条が存在する2つ以上の糸条存在領域と、凝固糸条の走行方向に関して連続的に凝固糸条が存在しない少なくとも1つの糸条非存在領域を有し、糸条非存在領域は2つの糸条存在領域に挟まれた間に存在する。
【0023】
3)糸条非存在領域の少なくとも1つについて、凝固浴液の液面での方向転換ガイドの軸方向の幅が、口金における最短の吐出孔間距離の4倍以上である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、乾湿式紡糸法において、凝固糸条の近傍の凝固浴液の液流制御性に優れ、高い生産効率(高速化(糸条の走行速度の増加)、多ホール化(口金の吐出孔数の増加)、高密度化(口金の吐出孔の配置密度の増加))の下で、高品位、高品質のアクリロニトリル系繊維束を安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の第1の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図2】(a)(b)(c)本発明の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の凝固浴の形状の例を示す概略断面図である。
図3】従来の乾湿式紡糸装置の凝固浴液の液流の形態を示した図である。
図4】本発明のアクリロニトリル系繊維束の製造方法に用いられる乾湿式紡糸装置の上面図であり、凝固浴液の液面における液流の態様を示した図である。
図5】本発明のアクリロニトリル系繊維束の製造方法に用いられる乾湿式紡糸装置の上面図であり、凝固浴液の液面における液流の態様を示した図である。
図6】本発明のアクリロニトリル系繊維束の製造方法に用いられる乾湿式紡糸装置の上面図であり、凝固浴液の液面における液流の態様を示した図である。
図7】従来の乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図8】乾湿式紡糸装置における、凝固浴液の中の流速の測定位置を示した図である。
図9】乾湿式紡糸装置における、凝固浴液の中の流速の測定位置を示した図である。
図10】乾湿式紡糸装置における、凝固浴液の中の流速の測定位置を示した図である。
図11】本発明の第2の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図12】本発明の第3の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図13】本発明の第4の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図14】本発明の第5の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図15】本発明の第6の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図16】本発明の第5の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図17】乾湿式紡糸装置における、凝固浴内での分繊幅の測定位置を示した図である。
図18】比較例2に係る乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図19】比較例5に係る乾湿式紡糸装置の概略断面図である。
図20】糸条比存在領域およびその周辺領域を模式的に示した凝固浴液の液面と平行方向の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照しながら、本発明のアクリルニトリル系繊維束の製造方法について詳細に説明する。
【0027】
図1は、本発明の第1の実施形態に用いられる乾湿式紡糸装置を示す概略断面図である。本発明では、図1に示すように、口金1、凝固浴2、凝固糸条3、方向転換ガイド4から構成され、凝固浴2には凝固溶液12が貯留されている。口金1の複数の吐出孔から空気中に紡糸原液を押し出した後に、凝固浴液の液面9に着液し、紡糸原液が凝固浴液と接触することで得られる凝固糸条3が凝固浴液の中に進入し、方向転換ガイド4にて折り返された後、凝固浴液の中を凝固浴液の液面9に向かい、空気中に引き出される走行経路を有している。ここで、凝固糸条3が凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4に向かう方向を走行方向Daとし、凝固糸条3が方向転換ガイド4から凝固浴液の液面9に向かう方向を引取方向Dbとする。そして、凝固糸条3の走行方向Daと凝固糸条3の引取方向Dbに対して垂直な方向に方向転換ガイド4が配置されている。凝固浴液の液面9と方向転換ガイド4の間の凝固糸条3の走行領域では、凝固糸条3の走行方向Daに関して連続的に凝固糸条3が存在する2つ以上の糸条存在領域24と、凝固糸条の走行方向Daに関して連続的に凝固糸条3が存在しない少なくとも1つの糸条非存在領域23とを有している。糸条非存在領域23は2つの糸条存在領域24に挟まれた間に存在する。この糸条非存在領域23にについて、凝固浴液の液面9の位置での方向転換ガイド4の軸方向の幅が、後ほど述べる一定以上の幅を有している。
【0028】
ここで、凝固糸条3の走行領域とは、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4までを走行する凝固糸条3の集合体のうち最も外側を走行する凝固糸条3よりも内側の領域のこととする。また、糸条非存在領域とは、図20に示す、凝固浴液の液面と平行方向の断面において、口金における最短の吐出孔間距離を直径とする仮想の円26が、その内側に凝固糸条中の単糸25の断面と重なりを有さずに存在できる位置の集合で表される領域23のことである。なお、口金1における最短の吐出孔間距離を直径とする仮想の円がその内側に凝固糸条中の単糸25の断面と重なりを有する位置とは、図20中の26’に示す位置をいう。本発明においては、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4までの凝固糸条3の走行方向Daにおける凝固糸条3の走行領域の各断面において、糸条非存在領域23が凝固糸条3の走行方向Daに関して連続的に存在する(すなわち、凝固糸条3の走行方向Daに関して凝固糸条3が連続的に存在しない)ことが特徴である。また、凝固糸条3の走行領域の中で糸条非存在領域23を除く領域のことを糸条存在領域24とする。
【0029】
なお、凝固浴2は、方向転換ガイド4で折り返された凝固糸条3の引取方向Dbに沿って底が浅くなる凝固浴底面6を備える形態が最良の形態であり、この場合、凝固浴2の容積を小さくでき、凝固浴液の容量を低減することができる。一方で、図2に示すように、凝固浴底面6は、凝固浴液の液面9と平行となる底の形状(図2(a))でもよく、方向転換ガイド4で折り返された凝固糸条3の走行方向Daに沿って底が深くなっている形状(図2(b))であってもよい。また、凝固浴底面6は、部分的に階段状となる底の形状(図2(c))であってもよい。この場合、凝固糸条3が空気中に引き出される位置と凝固浴後面8との間の凝固浴底面6においては、凝固浴液の液面9と平行となる底の形状とすることで、凝固糸条3の随伴流に起因した液流が流れ込む領域を大きく形成できることから、この液流の流速を低減し、凝固浴後面8での衝突を極力小さくでき、凝固浴液の液面9の変動を抑制することができる。凝固浴2の底の形状は、後述のとおり凝固浴液の主な流れに影響を与えないため、特に限定されない。
【0030】
本発明の最も重要なポイントである、高生産性を実現させるべく、
A.凝固糸条3の走行速度を増加
B.口金1の吐出孔の孔数を極大化
C.吐出孔の配置を高密度化
させても、高品位、高品質のアクリロニトリル系繊維束を安定して製造できる原理について説明する。なお、本明細書では、凝固浴内における凝固浴液の流れを液流と記し、液流のうち、凝固糸条3の走行に伴い凝固糸条3の走行方向Daおよび引取方向Dbにおいてそれぞれ凝固糸条3と併行して流れる液流を随伴流と定義する。
【0031】
まず、本発明の範囲外である、従来のアクリルニトリル系繊維束の製造方法にて生産性を高めるために上記の施策(A.~C.)を行うと、いずれも凝固浴内での随伴流が増大する。このメカニズムを図3にて説明する。凝固糸条3の走行に伴い、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4までの走行領域で走行方向Daに生じる随伴流と、方向転換ガイド4から凝固浴液の液面9までの走行領域で引取方向Dbに生じる随伴流とが発生する。そして、この随伴流の発生に伴い、口金1の下方の領域では、凝固糸条3に向かう液流が生じ、その液流の速度が凝固浴液の液面9の近傍において最大となる。特に、方向転換ガイド9の下流において、凝固糸条3を凝固浴液の液面9の外に向かい引き出す必要があることから、凝固糸条3の引取方向Dbに発生する随伴流に起因して、口金1の下方の領域に流入する液流の速度が非常に大きくなる。その結果、この液流が、凝固浴液の液面9と方向転換ガイド4の間の凝固糸条3に衝突し、凝固浴液の液面9の近傍では流速が速い分だけ衝突のエネルギーが大きくなる。これにより、凝固糸条3内での糸条が、外周部から中央部に引き寄せられるため、糸条同士が密集した状態となり、糸条間の接触や局所渦が発生し、紡糸性および品位、品質が著しく低下する。
【0032】
それに対して、本発明のアクリルニトリル系繊維束の製造方法では、高生産性を達成するための手段(A.~C.)を講じた場合においても、凝固糸条3に衝突する液流の速度を減速する効果を有しているのが特徴である。そのための具体的な方法としては、凝固糸条3に向かう液流の元となる随伴流を低減し、液流自体を減少させる方法と、凝固糸条3に向かう液流を分割し、液流に対する抵抗の低い糸条非存在領域23を形成することで凝固糸条3に衝突する液流の比率を減少させる方法がある。本発明の製造方法は、これらの2つの方法を同時に適用することが可能である。
【0033】
凝固糸条3に衝突する液流の速度を低減する方法について説明する。本発明の製造方法では、図1に示すように、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4までの凝固糸条3の走行領域において、凝固糸条3の走行方向Daに関して連続的に凝固糸条3が存在する2つ以上の糸条存在領域24と、凝固糸条3の走行方向Daに関して連続的に凝固糸条3が存在しない少なくとも1つの糸条非存在領域23を有する。糸条非存在領域23は2つの糸条存在領域24に挟まれた間に存在する。そして、糸条非存在領域23の凝固浴液の液面9での方向転換ガイド4の軸方向の幅を、口金1における最短の吐出孔間距離の4倍以上、好ましくは8倍以上としている。
【0034】
これにより、一つは凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4までの凝固糸条3を複数個の糸条群(図1では2つ)とすることで、従来の一つの糸条群と比べて、随伴流の発生方向が分散され、随伴流の規模自体が低減できる。かかる、糸条非存在領域23の凝固浴液の液面9での方向転換ガイド4の軸方向の幅について、糸条非存在領域が複数ある場合に、少なくとも1つが、上記口金1における最短の吐出孔間距離との関係を満たせば、本発明の効果を得ることができるが、複数の糸条非存在領域の全てにおいて、上記口金1における最短の吐出孔間距離との関係を満すこと本発明の効果がより顕著となることから好ましい。
【0035】
また、もう一つの大きな効果としては、図4に示すように、凝固浴液の液面9において、凝固糸条3が存在する糸条存在領域24と、凝固糸条3が存在していない糸条非存在領域23との二つの領域を有することで、糸条存在領域24と糸条非存在領域23との液流の通過抵抗差が生じる。その結果、糸条存在領域24と比べて糸条非存在領域23の方に液流が流れやすくなり、液流が分割され、凝固糸条3への液流の速度を低減することができる。
【0036】
そこで上記の効果を得るために重要になるのは、随伴流が生じ始める位置、そして凝固糸条3に衝突する液流が最大となる位置において糸条非存在領域23を設けることであり、すなわち凝固浴液の液面9において、存在領域24の間に糸条非存在領域23を設けることである。その際、引取方向Dbに発生した随伴流に起因した液流が方向転換ガイド4の軸方向に垂直な方向から口金1の下方領域に流れこむため、方向転換ガイド4の軸方向に一定間隔以上の幅(口金1の最短の吐出孔間距離の4倍以上)を有することが必要となる。
【0037】
一方で、本発明の範囲外となる図7に示す実施態様では、方向転換ガイド4を複数(図7では引取方向Db)に配置し、方向転換ガイド4ごとに凝固糸条3を分繊し、それにより糸条非存在領域23を形成しているが、上述のように、液流が方向転換ガイド4の軸方向に垂直な方向(図7では右側から左側に向かう方向)から口金1の下方領域に流れこむため、その液流が衝突する側面においては、糸条非存在領域23が無いため、液流の減速効果が得られない。特に、引取方向Dbに発生する随伴流が主たる凝固浴の形態においては、液流の減速効果が大幅に低下する。また、複数の方向転換ガイド4毎に凝固糸条3を通糸する作業負荷が極めて大きいため、操業性が低下する。
【0038】
また、凝固糸条3が糸条非存在領域23の方向転換ガイド4方向の幅は、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4までの間で連続的に口金1の最短の吐出孔間距離の4倍以上とするのが好ましい。それにより、随伴流の発生方向の分散効果がより高まり、凝固糸条3へ衝突する液流の低減効果がより顕著となる。また、複数の糸条非存在領域23、糸条存在領域24が有する場合に、方向転換ガイド4の軸方向の幅が一定であっても、可変であってもよい。
【0039】
また、凝固浴液の液面9での凝固糸条3の方向転換ガイド4の軸方向の最大幅S(方向転換ガイド4方向に最も外側にある糸条存在領域23の幅)に対して、方向転換ガイド4における凝固糸条3の方向転換ガイド4の軸方向の最大幅が1.2S以下となることが好ましい。その範囲とすることで、随伴流の発生方向が分散され、かつ口金1の吐出孔の幅を狭くできるため設備費を抑制することが可能となる。
【0040】
また、前述の通り、凝固浴を多錘に併設する設備が基本となる中で、凝固浴の幅Hを短くすることは、設備費の削減、ならびに凝固浴液の液量自体が低減できるため回収負荷の低減に繋がる。凝固浴の幅Hを短くするためには、凝固浴液の液面9での凝固糸条3の最大幅Sを短くすることと、比率S/Hを1に近づけることが有効であるが、0.5≦S/H≦0.95の範囲とすることが好ましい。ここで比率S/Hを1に近づけると、随伴流に伴う液流の流速が大きくなっていくが、本発明の製造方法を用いることによる液流の減速効果がより顕著となる。
【0041】
また、本発明の製造方法では、凝固糸条3へ衝突する液流の低減を目的としていることから、図8図9図10に示すように、凝固浴液の液面から深さ40mmの位置であって、凝固糸条の走行領域のうち凝固糸条が凝固浴外に引き出される位置に最も近い位置から、凝固浴液の液面と平行に凝固糸条の引取方向Dbへ20mm離れた位置において、凝固糸条に向かう凝固浴液の平均流速が14mm/秒以下であることが好ましい。
【0042】
次に、本発明の別の実施形態について詳細に説明する。凝固糸条3の糸条非存在領域23の数は図1に示すように1個であってもよいし、図11(本発明の第2の実施形態)に示すように2個以上の複数個であってもよい。凝固糸条3の糸条非存在領域の数を増加することで、凝固糸条3に衝突する液流の減速効果が得られる。一方で糸条非存在領域23の数が増えると、凝固浴2の幅拡大による設備費の増加、そして凝固糸条3の凝固浴液の液面9への着水角度が急峻となり紡糸性の低下が発生する恐れがあるため、糸条非存在領域23の数には限界がある。そのため、糸条非存在領域の数は4個以下であることが好ましい。
【0043】
本発明の製造方法において、凝固糸条3が糸条非存在領域23を形成する方法としては、図12(本発明の第3の実施形態)に示すように、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4の間に分繊用ガイド13を用いる方法がある。また、方向転換ガイド4に突起、または溝を形成し、凝固糸条3を分繊してもよく、分繊用ガイドと組み合わせてもよく、方法は特に限定されない。
【0044】
また、図13(本発明の第4の実施形態)に示すように、本発明の製造方法では、凝固浴液の液面9から方向転換ガイド4の間の糸条非存在領域23の方向転換ガイド4の方向の幅が可変であってもよい。漸減、または漸増していてもよい。また、図14(本発明の第5の実施形態)、図15(本発明の第6の実施形態)に示すように、糸条非存在領域23の幅が一定であってもよい。また、図16(本発明の第7の実施形態)に示すように、各糸条存在領域24をそれぞれに対応する別の口金から吐出する凝固糸条により形成してもよい。
【0045】
次に、本発明の製造方法に用いられる乾湿式紡糸装置に共通した各部材、各部材の形状について詳細に説明する。
【0046】
本発明の製造方法において用いられる口金1は、断面が矩形のものが最良の形態であるが、それに限定されず、断面が円形状、楕円、多角形であってもよい。また、口金1に配設された吐出孔は、矩形領域に配置されるのが最良の形態であるが、その限りではない。また、吐出孔の孔数としては、1,000~60,000個の範囲であることが好ましく、6,000~24,000の範囲であることが更に好ましく、この範囲であれば、本発明の効果を最大限に発現することができる。また、口金1の吐出面に配置される吐出孔の配置密度としては、口金1における1mm当たりの吐出孔数が0.06個/mm以上が好ましく、0.25個/mm以上が更に好ましい。
【0047】
また、本発明の製造方法において用いられる口金1は設備費の削減の点から単一の口金を使用することが好ましいが、2つ以上の口金1を凝固浴の幅方向に並べて凝固糸条3を吐出する構成でもよい。
【0048】
また、凝固糸条3の引取速度が増加になると凝固浴内の随伴流が増加し、凝固浴液の液面9の付近において口金1と方向転換ガイド4の間を走行する凝固糸条3へ向かう液流の速度も増加する。本発明の製造方法では、凝固糸条を凝固浴外に引き出す引取速度を50m/分以下にすることが好ましい。一方で生産効率の低下を抑制する点から、凝固糸条3を凝固浴外へ引き出す速度を25m/分以上にすることが好ましい。
【0049】
本発明の製造方法に用いられる凝固浴2では、凝固浴底面6に供給口10が配設されている形態が好ましく、供給口10は、液循環ポンプ(図示せず)に連通し、液循環ポンプから凝固溶液を供給している形態が好ましい。その場合、凝固浴2の凝固溶液は、凝固浴前面7、凝固浴後面8の上端縁より外部に流出している形態が好ましい。
【0050】
また、本発明の製造方法に用いられる方向転換ガイド4は、一段の構成にて凝固糸条3を折り返すことが好適であるが、その限りではなく、折り返しが急峻な角度となる場合は、2段以上の構成であってもよい。
【0051】
また、本発明の製造方法に用いられる紡糸原液は、アクリロニトリル系重合体が溶媒に溶解されてなるものを好適に使用できるが、特に限定されない。アクリロニトリル(AN)に共重合させるモノマーとしては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類等を採用することができる。
【0052】
また、本発明の製造方法に用いられる紡糸原液に用いる溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略記する)、またはジメチルホルムアミド等を用いることが可能である。
【0053】
また、本発明の製造方法にて紡糸し、凝固糸条3を空気中に引き出した後、浴中延伸を行うことが好ましい。なお、紡糸した凝固糸条3は、好ましくは浴中延伸後水洗するか、水洗後浴中延伸することによって、残存溶媒を除去しておく。浴中延伸後は、通常、油剤を付与し、ホットローラーなどで乾燥緻密化する。また、必要があればその後、スチーム延伸等の2次延伸を行う。本発明では、これらの工程を経て得られた複数のアクリロニトリル系繊維束を巻き取るかキャンなどに収納する前に集束用フリーローラーガイド群により合糸し、巻き取り機によりパッケージに巻き取られるかキャンに収納される。また別の態様として、巻き取ったアクリロニトリル系繊維束を複数本解舒するか、キャンから引き出して集束用フリーローラーガイド群により合糸を行うこともできる。かかるアクリロニトリル系繊維束を構成する単糸数は、好ましくは1,000以上、より好ましくは2,000以上である。また、単糸数の上限は特に制限がないが、通常100,000以下である。
【0054】
次に、本発明の製造方法により得られたアクリロニトリル系繊維束から炭素繊維束を製造する方法について説明する。
【0055】
前記したアクリロニトリル系繊維束の製造方法により製造されたアクリロニトリル系繊維束を、200~300℃の空気などの酸化性雰囲気中において耐炎化処理する。処理温度は低温から高温に向けて複数段階に昇温するのが耐炎化繊維束を得る上で好ましく、さらに毛羽の発生を伴わない範囲で高い延伸比で繊維束を延伸するのが炭素繊維束の性能を十分に発現させる上で好ましい。次いで得られた耐炎化繊維束を窒素などの不活性雰囲気中で1,000℃以上に加熱することにより、炭素繊維束を製造する。その後、電解質水溶液中で陽極酸化をおこなうことにより、炭素繊維表面に官能基を付与し樹脂との接着性を高めることが可能となる。また、エポキシ樹脂等のサイジング剤を付与し、耐擦過性に優れた炭素繊維束を得ることが好ましい。
【実施例
【0056】
次に、実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0057】
(1)液面付近での凝固浴液の平均流速
凝固浴中にマイクロバブル発生機(西山ポンプ社製BT-50-5)を用いてマイクロバブルを発生させた状態にて、超音波ドップラー流速計(SonTek社製10-MHZ ADV)を用いて凝固浴液の流速を測定(サンプリング周期25Hz、測定時間30秒)した。凝固浴液の流速の測定ポイントは、口金1の中心に対して、図8図9図10に示すように、凝固浴前面8の側に3箇所を設定した。測定ポイントの上下方向の位置は、凝固浴液の液面9から深さ方向に40mmの位置とし、測定ポイントの幅方向の位置は、凝固浴の幅方向において、口金1の中心に対して、両サイドに160mm離れた位置、および、その中心の位置とした。このように設定した3箇所で測定を実施した。各測定位置において、測定した値((サンプリング周期25個/秒)×連続測定時間30秒=750個)の時間平均値(絶対値)を算出した。
【0058】
(2)渦発生数
凝固浴前面8側に透明アクリルプレート製の水槽を設置し、ビデオカメラを用いて、凝固浴液の液面位置の撮影を実施した。凝固浴液の液面位置の撮影は、1分間行い、得られた映像を1秒毎の60コマの画像に切り取り、その中で各画像での局所渦の発生数をカウントし、1枚あたりにカウントされた渦の平均個数を算出した。
【0059】
(3)アクリロニトリル系繊維束の品位
アクリロニトリル系繊維束を巻き取る手前で1,000mのアクリロニトリル系繊維束の毛羽の数を数え、品位を評価した。評価基準は以下の通りである。
A:(毛羽本数/1繊維束・1,000m)≦1
B:1<(毛羽本数/1繊維束・1,000m)≦5
C:5<(毛羽本数/1繊維束・1,000m)<60
D:(毛羽本数/1繊維束・1,000m)≧60。
【0060】
(4)糸条分割
糸条の分割方向は方向転換ガイドの軸方向または凝固浴の後面から前面に向かう方向(以降、前後方向と記すこともある)である。また、糸条分割に伴う分割幅の測定位置は図17に示す3箇所であり、凝固浴液の液面の高さ、凝固浴液の液面と方向転換ガイドの中央の高さ、方向転換ガイド高さでの分割をそれぞれ上部分割20、中央部分割21、下部分割22とする。分割幅は各位置間を単調減少または単調増加して変化する。なお、糸条の分割方向が方向転換ガイドの軸方向である場合、分割幅は糸条非存在領域の幅である。
【0061】
[実施例1]
図13に示すように糸条の分割数を方向転換ガイドの軸方向に2個、分割幅を上部分割の分割幅を10mm、中央部分割の分割幅を5mm、下部分割の分割幅を5mmとして、口金における最短の吐出孔間距離が2mmである乾湿式紡糸装置を用いるとともに、口金から紡糸原液を、一旦空気中に押し出して、DMSO水溶液凝固浴液の中へ下方向に進入させ、方向転換ガイド4で角度65°で折り返して、凝固浴液の外に34m/分で引き出した後、水洗工程へ搬入した。その後、浴延伸工程で延伸させながらアミノシリコーンを主成分とする油剤を付与し、更に乾燥・後延伸工程を経て、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは8mm/秒であり、渦は0.3個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は良好であった。
【0062】
[実施例2]
実施例1の中央部、下部での糸条の分割幅を増加させたパターンとして、実施例2を説明する。図14に示すように糸条の中央部分割の分割幅を10mm、下部分割の分割幅を10mmとした以外は、実施例1と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは4mm/秒であり、渦は0.1個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は実施例1よりさらに良好であった。
【0063】
[実施例3]
実施例2の糸条の分割数を増加させたパターンとして、実施例3を説明する。図15に示すよう糸条の分割数を方向転換ガイドの軸方向に4個とし、各糸条の上部分割の分割幅を10mm、中央部分割の分割幅を10mm、下部分割の分割幅を10mmとした以外は、実施例2と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは3mm/秒であり、渦は0.1個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は実施例2と同様に実施例1よりさらに良好であった。
【0064】
[実施例4]
実施例1の口金を2個用いるパターンとして、実施例4を説明する。図16に示すように口金の個数を2個とした以外は実施例1と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは8mm/秒であり、渦は0.3個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は良好であった。
【0065】
[比較例1]
糸条を分割しないパターンとして、比較例1を説明する。糸条を分割しない以外は、実施例1と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは30mm/秒であり、渦は1.8個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は不良であった。
【0066】
[比較例2]
糸条を上部分割の位置で分割しないパターンとして、比較例2を説明する。図18で示すように上部分割の位置で糸条を分割しない以外は、実施例1と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは25mm/秒であり、渦は1.6個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は不良であった。
【0067】
[比較例3]
糸条を前後方向に分割するパターンとして、比較例3を説明する。図7で示すように糸条を方向転換ガイドの軸方向には分割せず、前後方向に2個に分割した以外は、実施例1と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは29mm/秒であり、渦は1.8個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は不良であった。
【0068】
[比較例4]
糸条の分割幅が本発明において規定する分割幅に満たないパターンとして、比較例4を説明する。糸条の上部分割の分割幅を5mm、中央部分割の分割幅を5mm、下部分割の分割幅を5mmとした以外は、実施例1と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは22mm/秒であり、渦は1.2個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は不良であった。
【0069】
[比較例5]
糸条の中央部を分割せず、糸条非存在領域が不連続である、パターンとして、比較例5を説明する。図19で示すように糸条の中央部を分割せず、糸条非存在領域が不連続である以外は、実施例2と同じ装置、条件にて、アクリロニトリル系繊維束を得た。凝固浴液の液面付近での凝固浴液の平均流速Vは20mm/秒であり、渦は1.0個/秒で発生し、得られたアクリロニトリル系繊維束の品位は不良であった。
【0070】
【表1】
【符号の説明】
【0071】
1 口金
2 凝固浴
3 凝固糸条
4 方向転換ガイド
5 引取ガイド
6 凝固浴底面
7 凝固浴前面
8 凝固浴後面
9 凝固浴液の液面
10 供給口
11 循環ポンプ
12 凝固浴液
13 分繊用ガイド
20 上部分割
21 中央部分割
22 下部分割
23 糸条非存在領域
24 糸条存在領域
25 凝固糸条中の単糸
26 口金における最短の吐出孔間距離を直径とする仮想の円
26’ 口金における最短の吐出孔間距離を直径とする仮想の円のうち、内側に凝固糸条中の単糸の断面と重なりを有するもの
S 凝固浴液の液面での凝固糸条の最大幅
T 方向転換ガイドでの凝固糸条の最大幅
H 凝固浴の幅
M 流速の測定ポイント
W 糸条非存在領域の幅
Da 走行方向
Db 引取方向
Dc 液流の方向
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20