(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-02
(45)【発行日】2024-12-10
(54)【発明の名称】ころ軸受用溶接保持器、保持器付きころ、および軸受用溶接保持器の検査方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/46 20060101AFI20241203BHJP
G01M 13/04 20190101ALI20241203BHJP
G01N 33/2045 20190101ALI20241203BHJP
【FI】
F16C33/46
G01M13/04
G01N33/2045
(21)【出願番号】P 2020159359
(22)【出願日】2020-09-24
【審査請求日】2023-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001586
【氏名又は名称】弁理士法人アイミー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土屋 将
(72)【発明者】
【氏名】山本 和之
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-249246(JP,A)
【文献】特開2007-270967(JP,A)
【文献】国際公開第2013/136956(WO,A1)
【文献】特開平10-090085(JP,A)
【文献】特開2014-074471(JP,A)
【文献】米国特許第05335416(US,A)
【文献】特開2013-119658(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/46
G01M 13/04
G01N 33/2045
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1対のリング部と、前記1対のリング部同士を結合する複数の柱部とを備え、前記リング部は、1周分の長さの金属素材を丸めて該金属素材の両端同士を溶融させて接合した溶融接合部を含む、溶接保持器において、
前記溶融接合部は、前記リング部の外径面から内径面に至るまで設けられ、
前記溶融接合部の周方向寸法は、該溶融接合部の最も内径側の部分から径方向中間部分を経て最も外径側の部分に至るまで、
徐々に大きくなり、あるいは、
徐々に小さくなり、あるいは、
前記最も内径側の部分から前記径方向中間部分に至るまで徐々に小さくなり、前記径方向中間部分から前記最も外径側の部分に至るまで徐々に大きくな
り、
前記溶融接合部の最も大きい部分の周方向寸法が、前記溶融接合部の最も小さい部分の周方向寸法の2倍以上であることを特徴とする、ころ軸受用溶接保持器。
【請求項2】
前記リング部は、前記柱部の端部から内径方向に張り出している、請求項1に記載のころ軸受用溶接保持器。
【請求項3】
前記溶融接合部は、前記最も内径側の部分から前記最も外径側の部分に至るまで徐々に大きく
なっており、
前記溶融接合部の前記外径面に沿う周方向寸法Ldと、前記内径面に沿う周方向寸法Lbに関し、前記周方向寸法Ldは前記周方向寸法Lbの2倍以上である、請求項2に記載のころ軸受用溶接保持器。
【請求項4】
1対のリング部と、前記1対のリング部同士を結合する複数の柱部とを備え、前記リング部は、1周分の長さの金属素材を丸めて該金属素材の両端同士を溶融させて接合した溶融接合部を含む、溶接保持器において、
前記溶融接合部の周方向寸法は、該溶融接合部の最も内径側の部分から
径方向中間部分を経て最も外径側の部分に至るまで徐々に大きく
なり、
前記リング部は、前記柱部の端部から内径方向に張り出しており、
前記溶融接合部は、前記リング部の外径面に設けられ、
前記リング部は、前記溶融接合部よりも内径側に拡散接合部をさらに含む、ころ軸受用溶接保持器。
【請求項5】
1対のリング部と、前記1対のリング部同士を結合する複数の柱部とを備え、前記リング部は、1周分の長さの金属素材を丸めて該金属素材の両端同士を溶融させて接合した溶融接合部を含む、溶接保持器において、
前記溶融接合部の周方向寸法は、該溶融接合部の最も内径側の部分から
径方向中間部分を経て最も外径側の部分に至るまで徐々に小さく
なり、
前記リング部は、前記柱部の端部から内径方向に張り出しており、
前記溶融接合部は、前記リング部の内径面に設けられ、
前記リング部は、前記溶融接合部よりも外径側に拡散接合部をさらに含む、ころ軸受用溶接保持器。
【請求項6】
1対のリング部と、前記1対のリング部同士を結合する複数の柱部とを備え、前記リング部は、1周分の長さの金属素材を丸めて該金属素材の両端同士を溶融させて接合した溶融接合部を含む、溶接保持器において、
前記溶融接合部の周方向寸法は、該溶融接合部の最も内径側の部分から径方向中間部分に至るまで徐々に小さくなり、前記径方向中間部分から最も外径側の部分に至るまで徐々に大きく
なり、
前記リング部は、前記柱部の端部から内径方向に張り出しており、
前記溶融接合部は、前記リング部の内径面と、前記リング部の外径面にそれぞれ設けられ、
前記リング部は、
内径側の前記溶融接合部と、
外径側の前記溶融接合部の間に、拡散接合部をさらに含む、ころ軸受用溶接保持器。
【請求項7】
1対のリング部と、前記1対のリング部同士を結合する複数の柱部とを備え、前記リング部は、1周分の長さの金属素材を丸めて該金属素材の両端同士を溶融させて接合した溶融接合部を含む、溶接保持器において、
前記溶融接合部の周方向寸法は、該溶融接合部の最も内径側の部分から径方向中間部分を経て最も外径側の部分に至るまで、
徐々に大きくなり、あるいは、
徐々に小さくなり、あるいは、
前記最も内径側の部分から前記径方向中間部分に至るまで徐々に小さくなり、前記径方向中間部分から前記最も外径側の部分に至るまで徐々に大きくなっており、
前記溶融接合部における旧オーステナイト結晶粒の平均粒径が、前記溶融接合部から熱影響を受けていない前記リング部の部分における旧オーステナイト結晶粒の平均粒径以下である、ころ軸受用溶接保持器。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載のころ軸受用溶接保持器と、
前記ころ軸受用溶接保持器に組み込まれたころとを具備する、保持器付きころ。
【請求項9】
請求項1~7のいずれかに記載のころ軸受用溶接保持器の検査方法であって、
溶接保持器を研削して溶接部を含む断面を露出させる工程と、
濃硝酸をアルコール溶媒に溶解した検査液を準備する工程と、
前記検査液に前記断面を漬け、3秒以上5秒以下の時間経過後に前記検査液から前記断面を取り出し、前記断面の色変化により溶接部の形状を判断する、溶接保持器の検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関し、特に転動体が円柱状であるころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
ころ軸受に組み込まれ、ころ同士の間隔を保持する保持器として、溶接保持器が知られている。溶接保持器は、帯状鋼板等の金属素材を保持器一周分の長さで準備し、これを丸めて両端を溶接により接合する(以下、溶接部、あるいは溶接箇所ともいう)。かかる溶接保持器として従来、特開2013-160263号公報(特許文献1)、特開2007-270967号公報(特許文献2)、および特開2013-108587号公報(特許文献3)がある。
【0003】
特許文献1では、溶接部に荷重が集中しない様、1対の環状部に切り欠きを設け、溶接部で分断し難くする。特許文献2では、保持器の外周側の表面が、溶接箇所を含む周方向位置で平坦面に形成される。特許文献3では、一方の環状部と他方の環状部の溶接箇所を異なる周方向位置とし、柱部にも溶接箇所を設けるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-160263号公報
【文献】特開2007-270967号公報
【文献】特開2013-108587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
自動車の自動変速機に組み込まれる遊星歯車組や、内燃機関のコンロッド等、公転中に様々な方向から大きな加速度を受ける部品を回転自由に支持するころ軸受にあっては、保持器に外力が作用するため、十分な強度を備える必要がある。
【0006】
しかし、特許文献1の溶接保持器は切り欠きを有するため、当該切り欠きで応力集中が生じ、疲労強度の不足が懸念される。また特許文献2の溶接保持器は、平坦面で保持器の断面積が小さくなるため、平坦部を設けない他の部分と比較して疲労強度が劣る。
【0007】
また引用文献3の溶接保持器は、多数の溶接部を含むところ、溶接部は母材よりも強度が弱いため、保持器の強度不足が懸念される。この点につき附言すると、溶接部は従来技術で挙げられている応力集中の他に、溶融金属の徐冷により溶接部の結晶粒が粗大化し、疲労強度が不足する問題があるためである。
【0008】
本発明は、上述の実情に鑑み、母材の疲労強度を損なわずに溶接部の疲労強度自体を向上させて、公転中に遠心力に基づく加速度を受ける等のころ軸受に好適な、従来よりも疲労強度に優れた溶接保持器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的のため本発明によるころ軸受用溶接保持器は、1対のリング部と、1対のリング部同士を結合する複数の柱部とを備え、リング部は、1周分の長さの金属素材を丸めて該金属素材の両端同士を溶融させて接合した溶融接合部を含む、溶接保持器において、溶融接合部の周方向寸法は、該溶融接合部の最も内径側の部分から径方向中間部分を経て最も外径側の部分に至るまで、徐々に大きくなり、あるいは、徐々に小さくなり、あるいは、最も内径側の部分から径方向中間部分に至るまで徐々に小さくなり、径方向中間部分から最も外径側の部分に至るまで徐々に大きくなることを特徴とする。
【0010】
かかる本発明によれば、溶融接合部が凝固する際、周方向寸法の大きな方に向かって熱移動が促進され、熱勾配を従来よりも大きくすることができる。したがって、結晶粒の大きさを小さくし得て、疲労強度が向上する。溶融接合部の周方向寸法につき、好ましくは、最も大きい部分の周方向寸法が、最も小さい部分の周方向寸法の2倍以上である。これにより、当該小さい部分から当該大きい部分に向かって径方向の抜熱が促進される。
【0011】
本発明の一局面としてリング部は、柱部の端部から内径方向に張り出している。かかる局面によれば、リング部が鍔状になることから強度が大きくなり、溶接保持器が公転して様々な方向から加速度が付与される場合であっても、耐久性が益々向上する。本発明の溶接保持器は、例えばM型保持器である。他の局面として、リング部の周方向寸法は特に限定されない。好ましい局面として、最も内径側の部分から最も外径側の部分に至るまで徐々に大きくなる場合に溶融接合部は、リング部の外径面から内径面に至るまで設けられる。そして溶融接合部の外径面に沿う周方向寸法Ldと、溶融接合部の内径面に沿う周方向寸法Lbに関し、周方向寸法Ldは周方向寸法Lbの2倍以上である。かかる局面によれば、溶融接合部において、外径側へ抜熱が促進されて結晶粒が微細化し、疲労強度が向上する。
【0012】
本発明の一局面として、最も内径側の部分から最も外径側の部分に至るまで徐々に大きくなる場合に、溶融接合部はリング部の外径面に設けられ、リング部は溶融接合部よりも内径側に拡散接合部をさらに含む。本発明の他の局面として、溶融接合部はリング部の外径面から内径面まで連続する。なお拡散接合部とは、溶融していない金属素材同士を接合した部分をいう。
【0013】
本発明の他の局面として、最も内径側の部分から最も外径側の部分に至るまで徐々に小さくなる場合に溶融接合部は、リング部の内径面に設けられ、リング部は溶融接合部よりも外径側に拡散接合部をさらに含む。
【0014】
本発明の一局面として、最も内径側の部分から径方向中間部分に至るまで徐々に小さくなり、径方向中間部分から最も外径側の部分に至るまで徐々に大きくなる場合に溶融接合部は、リング部の内径面と、前記リング部の外径面にそれぞれ設けられ、リング部は、内径側の溶融接合部と、外径側の溶融接合部の間に、拡散接合部をさらに含む。
【0015】
本発明の好ましい局面として、溶融接合部における旧オーステナイト結晶粒の平均粒径が、溶融接合部から熱影響を受けていないリング部の部分における旧オーステナイト結晶粒の平均粒径以下である。
【0016】
本発明の保持器付きころは、上述したころ軸受用溶接保持器と、当該ころ軸受用溶接保持器に組み込まれたころとを具備する。
【0017】
本発明の溶接保持器の検査方法は、溶接保持器を研削して溶接部を含む断面を露出させる工程と、濃硝酸をアルコール溶媒に溶解した検査液を準備する工程と、検査液に溶接部の断面を漬け、3秒以上5秒以下の時間経過後に検査液から断面を取り出し、断面の色変化により溶接部の形状を判断する。なお濃硝酸は濃度60~62重量%の範囲に含まれる所定濃度の硝酸溶液である。他の実施形態として、検査液はピクリン酸をアルコール溶媒に溶解したものであってもよい。
【発明の効果】
【0018】
このように本発明によれば、溶接部の疲労強度が向上する。これにより、本発明が公転する回転軸に取り付けられて、様々な方向から加速度を受ける場合であっても、耐久性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態になるころ軸受用溶接保持器を示す全体斜視図である。
【
図2】同実施形態の溶接個所を示す拡大斜視図である。
【
図3】同実施形態の溶接個所を示す拡大斜視図である。
【
図4】同実施形態の溶接個所をさらに拡大して示す斜視図である。
【
図5】ころ軸受用溶接保持器の製造工程のうち代表的な工程を表す概略図である。
【
図6】リング部素材のスラント端部同士を近づけた状態を示す拡大側面図である。
【
図7】検査液に所定時間浸漬された溶融接合部を表す写真である。
【
図8】本実施形態の溶融接合部を示す断面図である。
【
図10】本発明の第1変形例の溶融接合部を示す断面図である。
【
図11】本発明の他の実施形態を示す断面図である。
【
図12】本発明の第2変形例の溶融接合部を示す断面図である。
【
図13】本発明のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【
図14】本発明に係る試験体の溶融接合部を検査した断面を示す写真である。
【
図15】本発明に係る別な試験体の溶融接合部を検査した断面を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を、図面に基づき詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態になるころ軸受用溶接保持器を示す全体斜視図である。
図2は同実施形態のリング部を示す拡大斜視図であり、
図1中の丸囲みIIを表す。
図3および
図4は同実施形態のリング部を示す拡大斜視図であり、
図3は
図1中の丸囲みIIIを表し、
図4は
図3の中央部を取り出してさらに拡大したものである。本実施形態のころ軸受用溶接保持器(以下、単に保持器10ともいう)は、1対のリング部11,11と、前記1対のリング部11,11同士を結合する複数の柱部16とを備える。
【0021】
以下の説明において、保持器10の中心を軸線Oという。保持器10はM型保持器である。多数の柱部16に関し、柱部16の中央領域が内径側に位置して軸線Oと平行に延び、柱部16の両端部が外径側に位置して軸線Oと平行に延び、柱部16のうち中央領域と端部を結合する途中領域が軸線Oに対して斜めに延びている。リング部11は柱部16の両端部から内径側に張り出している。このようにリング部11は内向きフランジであることから、鍔部ともいう。つまり、軸線Oを含む平面で保持器10を切断すると、柱部16および1対のリング部11,11の断面はM字形状である。本実施形態のリング部11の内径面は、柱部16の中央領域よりも内径側に位置する。
【0022】
1対のリング部11,11と、周方向で隣り合う柱部16,16の間には、ポケット19が区画される。各ポケット19には、図示されないころが配置される。ころは、形状を特に限定されないが、例えば針状ころである。
【0023】
各柱部16のうちポケット19を区画するポケット面16mには、内径側ころ止め部17および外径側ころ止め部18が形成される。内径側ころ止め部17は、柱部16の中央領域に配列される。外径側ころ止め部18は柱部16の両端部に配列される。1つのポケット19を挟んで対向する2つのポケット面16m,16mにそれぞれ形成される内径側および外径側ころ止め部17,18は、ポケット19から脱落しないよう、ころを保持する。本実施形態は、1個のころ軸受用溶接保持器10に複数のころを組み込んだ保持器付きころであってもよい。
【0024】
ころ軸受用溶接保持器10は、例えば、サンギヤ、プラネタリギヤ、リングギヤ、およびキャリアを具備する遊星歯車機構に組み込まれる。具体的にはころ軸受用溶接保持器10を備えるころ軸受が、キャリアによって回転自在に支持されるプラネタリギヤの中心部に組み込まれる。キャリアが自転するに伴い、プラネタリギヤおよびころ軸受用溶接保持器10は公転する。
【0025】
次に本実施形態の製造工程につき説明する。
【0026】
図5は、ころ軸受用溶接保持器の製造工程のうち代表的な工程を表す概略図である。
【0027】
まず
図5(a)に示すように溶接保持器10の素材となる帯状の鋼板(以下、帯鋼あるいは帯板という)を準備する。帯鋼の材質は、冷間圧延鋼板や、JIS-S15Cなどの低炭素鋼や、JIS-S45Cなどの中炭素鋼を使用してもよい。更に、後述する溶融接合部13の結晶粒を微細化させるには、炭化物を形成する合金元素を含有した鋼材を使用し、ピン止め効果により結晶粒を微細化することが望ましい。
【0028】
次に
図5(b)に示すように帯鋼に対し、断面形状がM字状となるようにM型フォーム成型工程を行う。ここで、M字状とは、後述のように円筒状に丸められたときに、帯鋼の幅方向中央部と、帯鋼の両側縁とが、径方向に段差が設けられるように塑性変形させることをいう。M型フォーム成型工程は、中央部が凸状の上金型と、中央部が凹状の下金型とからなる成型ロールの間に帯鋼を挟みこみ、押圧することにより行う。このとき、帯鋼の幅方向両縁部が角を丸められ、面取部12が形成される。
【0029】
次に
図5(c)に示すように、断面M字形状の帯鋼に対し、ころを保持するポケットを形成するためのポケット抜き工程を行う。ポケット抜き工程は、打ち抜き刃を有するポンチを準備し、帯鋼の厚み方向にポンチの刃先を押し当てて当該帯鋼を打ち抜くことにより行われる。隣り合うポケット同士の間に残存する帯鋼部分は、保持器の柱部16を構成する。またポケットよりも幅方向外側に残存する帯鋼部分は、保持器のリング部素材11sを構成する。
【0030】
次に、柱部16の端部に、爪状の、外径側ころ止め部18を形成する爪形成工程を行う。爪形成工程は、柱部16の端部を固定し、内径側からプレスによって押圧することにより、柱部16の端部の外径側の周方向の幅寸法を広げるように成型し、形成する。
【0031】
その後、所定の長さとして保持器10の円周長さとなるように、帯鋼を切断する切断工程を行う。切断は、ポケット19を横断するように行われ、結果的に残る両側(リング部素材11s)が切断される。リング部素材11sの端部は、帯鋼厚み方向に対して斜めに切断され、帯鋼幅方向にみてスラント形状(
図6参照)にされる。これを以下、スラント端部13sという。切断工程により梯子状の保持器素材が切り出される。
【0032】
次に
図5(d)に示すように、1周分の長さに切断された帯鋼を丸めるよう、円筒状に折り曲げる曲げ工程を行う。丸められることにより、帯鋼の長手方向は保持器の周方向になり、帯鋼の厚み方向は保持器の径方向になり、帯鋼の幅方向は保持器の軸線方向になり、面取部12は外径側にされる。また曲げ工程により、互いに対向するポケット面16m, 16mの間隔は、柱部16の中央領域で狭くなる。結果的に柱部16の中央領域の内径側は、内径側ころ止め部17を構成する。ここで附言すると、
図6に示すように、スラントカットされた先端同士が、外径側で互いに対向する。切断面の傾斜角は、帯鋼の長手方向あるいは保持器10の周方向に対し30°以上80°以下の範囲に含まれる所定値である。周方向に連なっていない各柱部16の端部の外径面は、研削され、共通の円筒に属する曲面を構成する。
【0033】
次に
図5(e)に示すように、折り曲げられた鋼板の両端部(スラント端部13s,13s)を互いに接合する溶接工程を行う。これによりリング部素材の端部同士が溶接され、リング部11が作成される。
【0034】
次に、溶接で接合された円筒状の溶接保持器10の外径面を研削する第一研削工程を行う。ここで周方向に連なっているリング部11、11の外径面においては、滑らかな円筒状の曲面を呈する。
【0035】
その後、任意の熱処理工程として、浸炭焼入焼戻し処理を行ってもよい。この熱処理工程により、溶接保持器の強度を向上させる。保持器に焼入を施す場合、焼入時の急冷により結晶粒が微細化する。炭素の含有量が多い鋼の場合は、窒化処理、ズブ焼入れ処理等、他の熱処理工程を行ってもよい。低炭素鋼の場合は浸炭焼入や浸炭窒化焼入が好ましい。本実施形態のように、特に高い加速度を受ける保持器の場合、保持器の軽量化は疲労強度の向上に寄与する。この場合、JIS-SCM415やJIS-SCr415、高張力鋼などの帯板を用い、浸炭焼入焼戻または浸炭窒化焼入焼戻を施すことが望ましい。
【0036】
このようにして、
図1に示す溶接保持器10が製造される。次に、溶接保持器10の各ポケット19にころ(図略)を組み込んで、ころ軸受が製造される。
【0037】
前述した溶接工程につき詳細に説明する。
【0038】
図6は、1周分のリング部素材11sを丸め、金属からなるリング部素材11sのうちのスラント端部13s,13s同士を近づけた状態を示す拡大側面図である。リング部素材は前述した帯鋼の幅方向側縁である。本実施形態では、スラントカットされた端部の外径側同士が互いに近づき、端部の内径側同士が互いに遠くなるよう、向き合わされる。次に、互いに向き合った端部を接触させ圧力を掛けて互いに押し付け合わせて帯鋼に大電流を流すアプセット溶接により、帯鋼の両端部を溶融させて接合し、円形の保持器を作成する。かかる溶接箇所を溶融接合部13という。本実施形態の溶融接合部13は、帯鋼を母材とする。
【0039】
なお
図6中、スラント端部13s,13sのうち、先細形成される先端部分同士が互いに近い端部外径側で、スラント端部13sの溶融領域が大きい。これに対し、先端部から離れたスラント端部13s,13sの内径側では、スラント端部13sの溶融領域が小さい。
【0040】
図7は検査液に所定時間浸漬された溶融接合部を表す写真であり、
図8は溶融接合部13を示す断面図であり、
図7および
図8は軸線Oに直角な断面VII(
図2、
図4)を表す。
図8に矢Rで示すように、溶融接合部13が凝固する際、熱が主に幅広(周方向寸法Ld)の外径面に向かって放散する。換言すると矢Rは、熱の移動勾配の方向を表し、外径方向に指向する。これに伴い、矢Sで示すように、溶融接合部13の周方向中心へ指向するとともに外径方向に指向するよう、結晶粒が傾斜して成長する。本実施形態の理解を容易にするため
図8には、結晶粒の形状を模式的に表す。矢Rで示す本実施形態の熱の移動勾配は、後述する
図9に示す対比例の移動勾配よりも急勾配、つまり熱移動が速やかであり、結晶粒が粗大化し難い。
【0041】
なお
図3および
図4に示すように、溶接工程の完了時、溶融接合部13で面取12は消失する。この理由は、一端部における溶融した母材と、他端部における溶融した母材を接合する際、この溶接時に圧力を加えられてはみ出した溶融金属が面取12に流れ込み、当該箇所の面取12を埋めるように充足するためである。
【0042】
軸線O方向にみて溶融接合部13は台形である。本実施形態では、熱の移動勾配が大きくなるよう、周方向寸法Lcは周方向寸法Lbの1.2倍以上とされ、周方向寸法Ldは周方向寸法Lbの2倍以上とされる(Lc>1.2Lb、かつ、Ld>2Lb)。ここで好ましくは、周方向寸法Ldは周方向寸法Lbの3倍以上である。また大きい方の周方向寸法Ldは特に限定されないものの、上限値はリング部11の径寸法以下である。溶融接合部の体積は小さい方が好ましいためである。
【0043】
図8を参照して、円弧状の基準線Nは、リング部11の径方向中心を表す。基準線Nにおける溶融接合部13の周方向寸法Lcは、Lb<Lc<Ldの関係を満足する。つまり溶融接合部13の周方向寸法は、内径側から外径側に向かって徐々に大きくなる。
【0044】
本実施形態では、疲労限度の観点から、溶融接合部における旧オーステナイト結晶粒の平均粒度番号は、母材以上が望ましく、より望ましくは、JIS G 0551の定義による8番以上、つまり、平均結晶粒径は22μm以下である。なお母材とは、帯鋼のことをいう。
【0045】
溶融接合部13の周方向両側には、熱影響部14,14が生じる。熱影響部14,14は、溶融接合部13から熱を受けて、帯鋼が溶融しない程度の温度まで加熱され、組織の変性が生じた領域と理解されたい。溶融接合部13と熱影響部14の境界を二点鎖線で示す。またリング部11の残りは、非熱影響部15に該当する。熱影響部14と非熱影響部15の境界を二点鎖線で示す。
【0046】
本実施形態によれば、溶融接合部13の周方向寸法が、内径側から外径側に向かうほど徐々に大きくなる。そうするとリング部11の外径面または内径面またはその両方に沿って位置する溶融金属に対し、基準線Nを含む径方向中間部分の溶融金属が少なくなる。このようにすると、溶融金属の少ない側から冷却が進行するので、径方向中間部分の溶融金属が冷却されやすくなり、結晶粒の粗大化を防止できる。
【0047】
また本実施形態では、溶融金属が不足して溶接不良が生じない様、溶融金属が多い部位をリング部11の外径面、またはリング部11の内径面、またはその両方に配置する。この部位は、リング部11の外径面または内径面に隣接し大気中に放熱して冷却されやすいから、結晶粒が粗大化しにくい。
【0048】
本実施形態によれば、溶融金属が凝固する過程において、外径方向への熱移動が促進され、冷却し易くなり、従来よりも結晶粒が微細化されて、溶接箇所の疲労強度が向上する。
【0049】
本実施形態の効果の理解を深めるため、対比例につき対比説明する。
【0050】
図9は、対比例の溶融接合部を示す断面図であり、リング部11における溶融接合部103を表す。溶融接合部103のうち内径面の周方向寸法Lbと、中間部分の周方向寸法Lcと、外径面の周方向寸法Ldが同じ、あるいは略同じ、である。また対比例では、空孔や接合不良部が生じないよう周方向寸法Lb,Lc,Ldを十分に確保される。対比例の溶融接合部は、凝固するまでに時間を要し、特に基準線Nが通過する径方向中間部分において冷却し難い。つまり対比例の溶融接合部は、本実施形態よりも温度勾配が緩勾配であり、結晶粒が粗大化する。このため疲労強度において改善の余地がある。
【0051】
次に溶融接合部の検査方法につき説明する。
【0052】
まず、保持器のリング部の軸線方向端部を研削して、断面VII(
図2、
図4)を露出させる。なお断面VIIは、軸線O方向に指向する平面であればよく、軸線Oと略直角であれば足りる。試験体は、前述した
図5(e)に示す溶接工程の完了後であることは勿論であるが、焼入および焼戻し処理といった熱処理を施す前であることが好ましい。
【0053】
次に硝酸およびアルコールを含む検査液を準備する。検査液はナイタールであり、具体的には例えば、市販される濃硝酸濃度3体積%の硝酸エタノール溶液である。あるいは検査液は、濃度60~62重量%の範囲に含まれる所定濃度の濃硝酸を、濃度99.5重量%または体積%のエタノールで希釈して、作成される。あるいは検査液は、全体に対する濃硝酸の比率が3~10体積%の範囲に含まれる所定濃度の硝酸エタノール溶液である。なお検査液中のアルコールはメタノールであってもよい。あるいは検査液は、ピクリン酸アルコール溶液であってもよい。
【0054】
次に、室温のナイタールを検査液として用いる場合、検査液に保持器10の断面VIIを漬け、3秒以上5秒以下の時間経過後に検査液から断面VIIを取り出し、断面VIIの色変化により溶接部の形状を判断する。なお、室温のピクリン酸アルコール溶液を使用する場合、保持器10の断面VIIを30分浸漬することが望ましい。
【0055】
図14は本発明に係る試験体の溶融接合部の断面を検査液に浸して得られた色相を示す写真である。
図14の試験体は、溶接工程が完了し、熱処理されていない試験体である。
図14に示す熱処理前の試験体では、溶融接合部13および熱の影響を受けていない母材(以下、非熱影響部15という)は白色化し、熱影響部14は暗い色として現れる。本実施形態の検査方法によれば、溶融接合部13の形状を明確に知ることができる。
【0056】
ここで附言すると、母材のうち熱影響部14は、熱の影響を受けていない母材の残り(非熱影響部15)よりも暗い色として現れる。漬積時間が5秒を超える場合、溶融接合部13と熱影響部14と非熱影響部15の全体が暗い色になってしまい、溶融接合部13の形状の識別が困難になる。また漬積時間が3秒未満の場合、熱影響部14の色相があまり変化せず、溶融接合部13と熱影響部14の色相差が目立たないため、溶融接合部13の形状の識別が困難になる。
【0057】
本発明に係る別な試験体による検査結果を
図15に示す。
図15に示す本発明の試験体は、熱処理後である。
図15に示すように、熱処理後の試験体では、溶融接合部13と熱影響部14の色相差は顕著であるが、熱影響部14と非熱影響部15の色相差は殆ど見られなかった。
【0058】
次に本発明の変形例を説明する。
図10は本発明の変形例になる溶融接合部を示す断面図であり、
図2および
図4に示す断面VIIと同様、保持器の軸線方向に指向する平面で溶融接合部を切断した切断面を表す。この変形例につき、前述した実施形態と共通する構成については同一の符号を付して説明をなるべく省略し、異なる構成について以下に説明する。
【0059】
変形例のリング部11では、溶融接合部23の形状が三角形であり、その周方向寸法はLc<Ldの関係を満足し、溶融接合部13の周方向寸法は、内径側から外径側に向かって徐々に大きくなる点で、前述した
図8に示す実施形態と共通する。
【0060】
ただし
図10の変形例では、リング部11の内径側が拡散接合される。かかる拡散接合部22では、母材の溶融が生じないが、未接合が生じない様、溶融しない温度で加熱して接合される。
【0061】
図10の変形例でも、前述した
図8に示す実施形態のように、熱の移動勾配を急勾配にして、内径側から外径側への冷却を促すことができ、溶融接合部23の結晶粒を小さくして、疲労強度の増大を図ることができる。
【0062】
次に本発明の他の実施形態を説明する。
図11は本発明の他の実施形態を示す断面図であり、
図2および
図4に示す断面VIIと同様、保持器の軸線Oに直角な平面で溶融接合部を切断した切断面を表す。他の実施形態につき、前述した実施形態と共通する構成については同一の符号を付して説明をなるべく省略し、異なる構成について以下に説明する。
【0063】
他の実施形態では、溶融接合部33の形状が台形であり、その周方向寸法はLb>Lc>Ldの関係を満足し、溶融接合部13の周方向寸法は、内径側から外径側に向かって徐々に小さくなる点で、前述した
図8に示す実施形態と異なる。
【0064】
図11に示す他の実施形態によれば、溶融接合部33の周方向寸法が、内径側から外径側に向かうほど徐々に小さくなる(Lb>Lc>Ld)。そうするとリング部11の内径面に沿って位置する溶融金属に対し、基準線Nを含む径方向中央部分の溶融金属が少なくなる。このようにすると、溶融金属の少ない側から多い側へ内径方向に冷却が進行するので、径方向中央部分の溶融金属が冷却されやすくなり、結晶粒の粗大化を防止できる。
【0065】
また他の本実施形態では、溶融金属が不足して溶接不良が生じない様、溶融金属が多い部位をリング部11の内径面に配置する。この部位は、リング部11の外径面に隣接し冷却されやすいから、結晶粒が粗大化しにくい。
【0066】
他の実施形態によれば、溶融金属が凝固する過程において、内径方向への熱移動が促進され、冷却し易くなり、従来よりも結晶粒が微細化されて、溶接箇所の疲労強度が向上する。
【0067】
次に本発明の第2変形例を説明する。
図12は本発明の第2変形例になる溶融接合部を示す断面図であり、
図2および
図4に示す断面VIIと同様、保持器の軸線方向に指向する平面で溶融接合部を切断した切断面を表す。この第2変形例につき、前述した実施形態と共通する構成については同一の符号を付して説明をなるべく省略し、異なる構成について以下に説明する。
【0068】
第2変形例のリング部11では、溶融接合部43の形状が三角形であり、その周方向寸法はLb>Lcの関係を満足し、溶融接合部13の周方向寸法は、内径側から外径側に向かって徐々に小さくなる点で、前述した
図11に示す他の実施形態と共通する。
【0069】
ただし
図12の第2変形例では、リング部11の外径側が拡散接合される。かかる拡散接合部44では、母材の溶融が生じないが、未接合が生じない様、溶融しない温度で加熱して接合される。
【0070】
図12の第2変形例でも、前述した
図11に示す他の実施形態のように、熱の移動勾配を急勾配にして、外径側から内径側への冷却を促すことができ、溶融接合部43の結晶粒を小さくして、疲労強度の増大を図ることができる。
【0071】
次に本発明のさらに他の実施形態を説明する。
図13は本発明のさらに他の実施形態を示す断面図であり、
図2および
図4に示す断面VIIと同様、保持器の軸線Oに直角な平面で溶融接合部を切断した切断面を表す。さらに他の実施形態につき、前述した実施形態と共通する構成については同一の符号を付して説明をなるべく省略し、異なる構成について以下に説明する。
【0072】
さらに他の実施形態では、溶融接合部53の周方向寸法がLb>Lc<Ldの関係を満足する。具体的には溶融接合部53の周方向寸法は、基準線Nにおける径方向中間部分から内径側に向かって徐々に大きくなり、径方向中間部分から外径側に向かっても徐々に大きくなる。
【0073】
図13に示すさらに他の実施形態によれば、溶融接合部53の周方向寸法が、基準線Nが通過する径方向中央部で最も小さく、径方向中央部から外径側に向かうほど徐々に大きくなり、また径方向中央部から内径側に向かうほど徐々に大きくなる。そうするとリング部11の外径面および内径面の両方に沿って位置する溶融金属に対し、径方向中央部分の溶融金属が少なくなる。このようにすると、溶融金属の少ない側から冷却が進行するので、径方向中央部分の溶融金属が冷却されやすくなり、結晶粒の粗大化を防止できる。
【0074】
またさらに他の本実施形態では、溶融金属が不足して溶接不良が生じない様、溶融金属が多い部位をリング部11の外径面および内径面の両方に配置する。これらの部位は、リング部11の外径面または内径面に隣接し冷却されやすいから、結晶粒が粗大化しにくい。
【0075】
さらに他の実施形態によれば、溶融金属が凝固する過程において、外径方向および内径方向への熱移動が促進され、冷却し易くなり、従来よりも結晶粒が微細化されて、溶接箇所の疲労強度が向上する。
【0076】
以上、図面を参照して本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、図示した実施の形態のものに限定されない。図示した実施の形態に対して、本発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。例えば上述した1の実施形態から一部の構成を抜き出し、上述した他の実施形態から他の一部の構成を抜き出し、これら抜き出された構成を組み合わせてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、機械要素の分野において有利に利用される。
【符号の説明】
【0078】
10 溶接保持器、 11 リング部、 11s リング部素材、
13,23,33,43,53,103 溶融接合部、 13s スラント端部、
14 熱影響部、 15 非熱影響部、 16 柱部、
16m ポケット面、 17,18 ころ止め部、 19 ポケット、
22,44 拡散接合部、 Lb,Lc,Ld 周方向寸法、
N リング部の径方向中央を表す基準線、 O 保持器の軸線。