(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-02
(45)【発行日】2024-12-10
(54)【発明の名称】燃料電池性能推定装置
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04537 20160101AFI20241203BHJP
H01M 8/04664 20160101ALI20241203BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20241203BHJP
【FI】
H01M8/04537
H01M8/04664
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2022030457
(22)【出願日】2022-02-28
【審査請求日】2024-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】深谷 徳宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆男
(72)【発明者】
【氏名】山田 直幸
(72)【発明者】
【氏名】若山 直矢
(72)【発明者】
【氏名】川端 康平
【審査官】橋本 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-192458(JP,A)
【文献】国際公開第2011/036765(WO,A1)
【文献】特開2011-069765(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)少なくとも、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得し、前記V[i]及び前記I[i]をメモリに記憶させる第1手段と、
(B)少なくとも前記V[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出し、
前記Vcat[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池に含まれる貴金属系触媒粒子の有効な表面利用率θact[i]を算出し、
前記Vcat[i]及び前記θact[i]を前記メモリに記憶させる第2手段と、
(C)前記V[i]、前記Vcat[i]、及び/又は、前記固体高分子形燃料電池の発電の積算時間を用いて、前記時刻[i]における電極触媒表面積A
ECS[i]、及び、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出し、前記A
ECS[i]及び前記SA[i]を前記メモリに記憶させる第3手段と、
(D)前記θact[i]、前記A
ECS[i]、及び、前記SA[i]を用いて、前記I[i]と前記固体高分子形燃料電池の推定電圧Vest[i]との関係を表すIV特性の推定値IVest[i]を算出し、前記IVest[i]を前記メモリに記憶させる第4手段と
を備えた燃料電池性能推定装置。
【請求項2】
前記第2手段は、次の式(1)を用いて前記Vcat[i]を算出する手段を含む請求項1に記載の燃料電池性能推定装置。
【数1】
但し、N
cellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数。
【請求項3】
前記第1手段は、さらに前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池の高周波インピーダンスR[i]を逐次取得し、前記R[i]を前記メモリに記憶させる手段をさらに含み、
前記第2手段は、次の式(2)を用いて前記Vcat[i]を算出する手段を含む請求項1又は2に記載の燃料電池性能推定装置。
【数2】
但し、
N
cellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数、
A
cellは、前記セルの面積。
【請求項4】
前記第2手段は、次の式(3)、及び/又は、式(4)を用いて前記θact[i]を算出する手段を含む請求項1から3までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【数3】
但し、
θox1[i]は、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の被覆率、
θox2[i]は、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の被覆率、
θox3[i]は、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の被覆率、
Γは、単位表面積当たりの最大表面被覆酸素量(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
α
1~α
4、α
11~α
17、α
21~α
27、α
31~α
37は、それぞれ、適合係数。
【請求項5】
前記第3手段は、次の式(5)、式(6)、及び/又は、式(7)を用いて前記A
ECS[i]を算出する手段を含む請求項1から4までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【数4】
但し、
A
ECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
B
1、D
1、D
2、D
3、D
4は、それぞれ、適合係数。
【請求項6】
前記第3手段は、次の式(8)、及び/又は、式(9)を用いて前記SA[i]を算出する手段を含む請求項1から5までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【数5】
但し、
SA
0は、前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性の初期値(定数)、
A
ECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
B
2、B
3は、それぞれ、適合係数。
【請求項7】
前記第4手段は、次の式(10)で表される前記IVest[i]を算出する手段を含む請求項1から6までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【数6】
但し、
Vocvは、前記固体高分子形燃料電池の開回路起電圧、
I
0[i]は、交換電流密度、
Rgas[i]は、ガス拡散抵抗、
A
ECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
SA
0は、前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性の初期値(定数)、
C
1~C
9は、それぞれ、適合係数。
【請求項8】
前記第1手段は、さらに前記時刻iにおける前記固体高分子形燃料電池の高周波インピーダンスR[i]、温度T
FC[i]、カソードエア圧力Pca[i]、及び、カソードエアストイキSTca[i]を逐次取得し、これらを前記メモリに記憶させる手段をさらに含み、
前記第4手段は、次の式(11)で表される前記IVest[i]を算出する手段を含む請求項1から7までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【数7】
但し、
Vocvは、前記固体高分子形燃料電池の開回路起電圧、
I
0[i]は、交換電流密度、
Rgas[i]は、ガス拡散抵抗、
A
ECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
SA
0は、前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性の初期値(定数)、
C
4、C
6、C
7及びC
9、並びに、C
10~C
16は、それぞれ、適合係数。
【請求項9】
(E)前記IVest[i]を用いて前記固体高分子形燃料電池の故障判定を行う第5手段
をさらに備えた請求項1から8までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【請求項10】
前記第5手段は、前記時刻[i]における前記V[i]と、前記IVest[i]に前記I[i]を代入することにより得られる前記Vest[i]とを対比し、前記固体高分子形燃料電池が故障したか否かを判定する手段Aを含む請求項9に記載の燃料電池性能推定装置。
【請求項11】
前記手段Aは、
(a)前記V[i]と前記Vest[i]との差の絶対値が第1閾値ε
1を超えた時、又は、前記ε
1以上である時に故障と判断する手段A1、
(b)前記Vest[i]に対する前記V[i]の比(=V[i]/Vest[i])が第2閾値ε
2未満である時、又は、前記ε
2以下である時に故障と判断する手段A2、及び/又は、
(c)前記V[i]に対する、前記Vest[i]と前記V[i]との差の比率(=(Vest[i]-V[i])/V[i])が第3閾値ε
3を超えた時、又は、前記ε
3以上である時である時に故障と判断する手段A3
を含む請求項10に記載の燃料電池性能推定装置。
【請求項12】
前記第5手段は、前記V[i]及び前記Vest[i]を用いて、それぞれ、ある時間間隔ΔTにおける平均電圧Vm[T]及び平均推定電圧Vm_est[T]を算出し、算出された前記Vm[T]と前記Vm_est[T]とを対比し、前記固体高分子形燃料電池が故障したか否かを判定する手段Bを含む請求項9から11までのいずれか1項に記載の燃料電池性能推定装置。
【請求項13】
前記手段Bは、
次の式(12)を用いて前記Vm[T]を算出する手段と、
次の式(13)を用いて前記Vm_est[T]を算出する手段と
を含む請求項12に記載の燃料電池性能推定装置。
【数8】
但し、Isは、前記平均電圧Vm[T]及び前記平均推定電圧Vm_est[T]を算出する際の基準電流。
【請求項14】
前記手段Bは、
(a)前記Vm[T]と前記Vm_est[T]との差の絶対値が第4閾値ε
4を超えた時、又は、前記ε
4以上である時に故障と判断する手段B1、
(b)前記Vm_est[T]に対する前記Vm[T]の比(=Vm[T]/Vm_est[T])が第5閾値ε
5未満である時、又は、前記ε
5以下である時に故障と判断する手段B2、及び/又は、
(c)前記Vm[T]に対する、前記Vm_est[T]と前記Vm[T]との差の比率(=(Vm_est[T]-Vm[T])/Vm[T])が第6閾値ε
6を超えた時、又は、前記ε
6以上であるである時に故障と判断する手段B3
を含む請求項12又は13に記載の燃料電池性能推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池性能推定装置に関し、さらに詳しくは、経時劣化した固体高分子形燃料電池の正味の性能を推定することが可能な燃料電池性能推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の触媒粒子を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。
固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、通常、ガス拡散層が配置されている。ガス拡散層の外側には、さらにガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層、及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池を車載動力源として用いた場合、車両の走行状況に応じて固体高分子形燃料電池の電圧が大きく変動する。固体高分子形燃料電池が低負荷状態にある場合、発電効率は高くなるが、カソード触媒は高電位状態に曝されるためにカソード触媒から触媒成分が溶出しやすくなる。一方、固体高分子形燃料電池が高負荷状態にある場合、発電効率は低くなるが、カソード触媒は低電位状態に曝されるために溶出した触媒成分がカソード触媒の表面に再析出しやすくなる。そのため、カソード触媒が高電位状態と低電位状態に繰り返し曝されると、カソード触媒が次第に劣化するという問題がある。
【0004】
一方、固体高分子形燃料電池の性能は、このような触媒劣化に起因する定常的な電圧低下だけでなく、発電条件の変動に起因する一時的な電圧変動(すなわち、触媒表面における酸化被膜の形成・還元に起因する電圧変動)の影響も受ける。そのため、単に時々刻々と変化する固体高分子形燃料電池の電圧を監視するだけでは、現時点における固体高分子形燃料電池の真の性能を正確に推定することは難しい。
【0005】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)燃料電池発電システムの燃料電池スタック電圧を測定し、
(b)燃料電池スタック電圧にシミュレーションモデルのスタック電圧が追従するように、シミュレーションモデルの燃料電池セル有効電極面積を変化させ、
(c)シミュレーションモデルの燃料電池セル有効電極面積が正常範囲から外れた場合に異常と判断する
燃料電池発電監視システムが開示されている。
同文献には、
(A)このような方法により、燃料電池発電システム内部の劣化状況を正確に監視することができる点、及び、
(B)このようなシミュレーションモデルを用いると、現在の条件で運転を続けた場合の燃料電池セル有効電極面積の未来予測値を得ることができる点
が記載されている。
【0006】
特許文献2には、
(a)予め、発電を開始してから、酸化剤極の触媒に酸化被膜が形成されることによって電流-電圧特性の変化が生じるまでの時間(学習停止時間)を設定しておき、
(b)燃料電池の電流Xと電圧Yとの関係を一次式:Y=A×X+Bで近似し、発電を開始してから学習停止時間に達するまでの間に取得した電流X及び電圧Yを用いて、パラメータA、Bを更新し、
(c)更新されたパラメータA、Bを含む一次式に燃料電池の定格電流Imaxを代入することにより、Imaxに対して予想される電圧Vmin(=A×Imax+B)を算出し、
(e)Vmin が所定値以下となった時に、燃料電池の劣化と判断する
燃料電池システムの制御装置が開示されている。
【0007】
同文献には、
(A)酸化剤極の触媒に酸化被膜が生じると回復可能な特性変化が生じるが、回復可能な特性変化に基づいて劣化診断を行うと、誤った劣化診断を行うことになる点、及び、
(B)燃料電池の電流-電圧特性を一次式で近似する場合において、酸化剤極の触媒に酸化被膜が形成される前(学習停止時間に達する前)にパラメータA、Bを更新するための演算を停止させると、パラメータA、Bの更新に際して酸化被膜の形成に起因する特性変化が考慮されなくなるので、燃料電池の劣化の検出を精度良く行うことができる点
が記載されている。
【0008】
特許文献3には、
(a)燃料電池の電圧の初期値がV1、N回目の起動直後の電圧がV2n、N回目の起動から経過時間Tnが経過した後の電圧がV3n、N回目の運転を停止させた後、カソード触媒表面の酸化被膜がクロスオーバーした水素により還元された時の電圧がV4nである場合において、Tnに基づいてN回目の運転停止後における回復可能な電圧低下量(=V4n-V3n)を推定し、
(b)電圧の総低下量(=V1-V3n)から、回復可能な電圧低下量(=V4n-V3n)を差し引くことにより、回復不能な電圧低下量(=V1-V4n)を算出し、
(c)回復不能な電圧低下量が所定値以上になった時に燃料電池が劣化したと判定する
燃料電池システムが開示されている。
同文献には、このような方法により回復不能な電圧低下量を正確に推定することができる点が記載されている。
【0009】
さらに、特許文献4には、
(a)運転状態取得手段を用いて、燃料電池に用いられるPt触媒の酸化・還元反応速度と燃料電池の出力電圧又は温度との関係を取得し、
(b)特性推定手段を用いて、その取得した関係に基づいて、電流・電圧ヒステリシスHを求め、その求めた電流・電圧ヒステリシスHに基づいてIV特性を推定する
燃料電池システムが開示されている。
【0010】
特許文献1に記載の方法は、燃料電池セル有効電極面積が正常範囲から外れた時に異常と判断する方法であり、一時的なセル電圧の変動が考慮されていない。そのため、一時的なセル電圧の変動を燃料電池セル有効電極面積の変化として捉えて、シミュレーションモデルを補正することがある。その結果、正常であるにも関わらず、異常検出してしまうおそれがある。
【0011】
特許文献2に記載の方法は、学習停止時間を設定し、酸化物に起因する電圧の変動が生じた後のデータをパラメータA、Bの更新に使用しないようにすることで、誤った劣化診断を抑制している。しかしながら、燃料電池は、一般的に触媒表面に酸化物が付着している状態で発電することが多い。そのため、特許文献2に記載の方法では、発電中の大部分の期間において、正確な劣化診断ができなくなるという問題がある。
【0012】
特許文献3、4に記載の方法は、それぞれ、酸化物の影響を経過時間やヒステリシスで整理することで電流-電圧特性を補正し、補正された電流-電圧特性を用いて劣化の有無を判断している。しかし、車などで使用される燃料電池は、一定負荷で作動し続けることは希であり、通常、複雑なパターンで電流及び電圧が変化する。そのため、経過時間やヒステリシスを用いて電流-電圧特性を補正する方法では、劣化の推定精度が低下するおそれがある。
【0013】
さらに、燃料電池の性能は、触媒劣化に起因する定常的な電圧低下、及び、触媒表面における酸化被膜の形成・還元に起因する一時的な電圧変動だけでなく、故障に起因する電圧低下(触媒劣化以外の原因により偶発的に発生する不可逆的な電圧の低下)によっても変化する。しかしながら、定常的な電圧低下や一時的な電圧変動の影響を受けることなく、故障に起因する電圧低下を正確に判定することが可能な燃料電池の性能推定装置が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2007-305327号公報
【文献】特開2006-139935号公報
【文献】特開2006-147404号公報
【文献】国際公開第2011/036765号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、経時劣化した固体高分子形燃料電池の正味の性能を推定することが可能な燃料電池性能推定装置を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、故障の有無を正確に判定することが可能な燃料電池性能推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池性能推定装置は、
(A)少なくとも、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得し、前記V[i]及び前記I[i]をメモリに記憶させる第1手段と、
(B)少なくとも前記V[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出し、
前記Vcat[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池に含まれる貴金属系触媒粒子の有効な表面利用率θact[i]を算出し、
前記Vcat[i]及び前記θact[i]を前記メモリに記憶させる第2手段と、
(C)前記V[i]、前記Vcat[i]、及び/又は、前記固体高分子形燃料電池の発電の積算時間を用いて、前記時刻[i]における電極触媒表面積AECS[i]、及び、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出し、前記AECS[i]及び前記SA[i]を前記メモリに記憶させる第3手段と、
(D)前記θact[i]、前記AECS[i]、及び、前記SA[i]を用いて、前記I[i]と前記固体高分子形燃料電池の推定電圧Vest[i]との関係を表すIV特性の推定値IVest[i]を算出し、前記IVest[i]を前記メモリに記憶させる第4手段と
を備えている。
【0017】
本発明に係る燃料電池性能推定装置は、
(E)前記IVest[i]を用いて前記固体高分子形燃料電池の故障判定を行う第5手段
をさらに備えていても良い。
【発明の効果】
【0018】
時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得すると、少なくともV[i]を用いてカソードの触媒電位Vcat[i]を算出することができる。また、Vcat[i]が分かると、貴金属系触媒の有効な表面利用率θact[i]を算出することができる。θact[i]は、酸化被膜の形成・還元に起因する一時的な電圧変動と相関がある。
また、V[i]、Vcat[i]、又は、発電の積算時間が分かると、これらを用いて時刻[i]における電極触媒表面積AECS[i]、及び、時刻[i]における貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出することができる。AECS[i]及びSA[i]は、いずれも、触媒劣化に起因する定常的な電圧低下と相関がある。
【0019】
さらに、取得されたI[i]、並びに、算出されたθact[i]、AECS[i]及びSA[i]を用いると、時刻[i]における固体高分子形燃料電池のIV特性の推定値IVest[i]を算出することができる。このようにして得られたIVest[i]は、触媒劣化に起因する定常的な電圧低下の影響と、触媒表面における酸化被膜の形成・還元に起因する一時的な電圧変動の影響が排除された電流-電圧特性(すなわち、故障が発生していないと仮定した場合における電流-電圧特性の推定値)を表している。そのため、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の実際の電流-電圧特性IV[i]と、IVest[i]とを対比すれば、故障の有無を正確に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】酸化被膜が形成されたPt粒子の断面模式図である。
【
図2】電流-電圧特性の推定値IVest[i]の算出及び故障判定を行うためのフローチャートである。
【
図3】電流-電圧特性の推定値IVest[i]と、センサ値1(正常時における電流-電圧特性の実測値IV[i])と、センサ値2(故障時における電流-電圧特性の実測値IV'[i])との関係を示す図である。
【
図4】
図4(A)は、ある特定の発電条件下で発電を行った時の電流-電圧特性の模式図である。
図4(B)は、燃料電池(FC)車の運転時における電流の変動と電圧の変動の模式図である。
図4(C)は、
図4(B)に示す電流と電圧の関係を散布図にすることにより得られる電流-電圧特性の実測値の模式図である。
【
図5】電流-電圧特性の推定値IVest[i]を用いた故障判定の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池性能推定装置]
本発明に係る燃料電池性能推定装置は、
(A)少なくとも、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得し、前記V[i]及び前記I[i]をメモリに記憶させる第1手段と、
(B)少なくとも前記V[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出し、
前記Vcat[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池に含まれる貴金属系触媒粒子の有効な表面利用率θact[i]を算出し、
前記Vcat[i]及び前記θact[i]を前記メモリに記憶させる第2手段と、
(C)前記V[i]、前記Vcat[i]、及び/又は、前記固体高分子形燃料電池の発電の積算時間を用いて、前記時刻[i]における電極触媒表面積AECS[i]、及び、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出し、前記AECS[i]及び前記SA[i]を前記メモリに記憶させる第3手段と、
(D)前記θact[i]、前記AECS[i]、及び、前記SA[i]を用いて、前記I[i]と前記固体高分子形燃料電池の推定電圧Vest[i]との関係を表すIV特性の推定値IVest[i]を算出し、前記IVest[i]を前記メモリに記憶させる第4手段と
を備えている。
【0022】
本発明に係る燃料電池性能推定装置は、
(E)前記IVest[i]を用いて前記固体高分子形燃料電池の故障判定を行う第5手段
をさらに備えていても良い。
【0023】
[1.1. 第1手段]
第1手段は、少なくとも、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得し、V[i]及びI[i]をメモリに記憶させる手段である。
第1手段は、V[i]及びI[i]に加えて、さらに時刻[i]における固体高分子形燃料電池の高周波インピーダンスR[i]を逐次取得し、R[i]をメモリに記憶させる手段をさらに含むものでも良い。
さらに、第1手段は、V[i]及びI[i]に加えて、さらに時刻[i]における固体高分子形燃料電池の高周波インピーダンスR[i]、温度TFC[i]、カソードエア圧力Pca[i]、及び、カソードエアストイキSTca[i]を逐次取得し、これらをメモリに記憶させる手段をさらに含むものでも良い。
【0024】
第1手段における各種の物性値(すなわち、V[i]、I[i]、R[i]、TFC[i]、Pca[i]、及び、STca[i])の取得方法は特に限定されるものではなく、物性値の種類に応じて最適な方法を選択することができる。例えば、R[i]は、I[i]又はV[i]に高周波をFDC等で重畳して測定するのが好ましい。
また、本発明において、「固体高分子形燃料電池の温度TFC[i]」とは、厳密にはカソード触媒の温度を指すが、カソード触媒の温度を直接、測定できない時は、カソード触媒の温度と同視できる温度(例えば、固体高分子形燃料電池から排出される冷却水の温度)を測定するのが好ましい。この点は、他の物性値も同様であり、直接、測定するのが困難な物性値Xについては、その物性値Xと同視でき、かつ、測定が容易な他の物性値X'で代用しても良い。
【0025】
第1手段において取得されたこれらの物性値は、IV特性の推定値IVest[i]を算出するために必要な各種の物性値の算出に用いられる。
例えば、V[i]は、カソード触媒の触媒電位Vcat[i]の算出に用いられる。V[i]に加えて、I[i]、及び、R[i]もまた、カソード触媒の触媒電位Vcat[i]の算出に用いられる場合がある。算出されたVcat[i]は、さらにIV特性の推定値IVest[i]の算出に必要な他の物性値の算出に用いられる。
また、R[i]、TFC[i]、Pca[i]、及び、STca[i]は、より正確なIV特性の推定値IVest[i]の算出に用いられる場合がある。
【0026】
ここで、「電圧V[i]」とは、時刻[i]における燃料電池スタックの両端の電位差(すなわち、固体高分子形燃料電池の総電圧)をいう。
「カソード触媒の触媒電位Vcat[i]」とは、厳密には、各単セルのカソードの電位に内部抵抗に起因する電位降下を加えた値をいう。Vcat[i]は、厳密には、V[i]、I[i]、及びR[i]に基づいて算出されるが、R[i]を取得できない時には、V[i]のみを用いた近似計算により算出しても良い。Vcat[i]の算出方法の詳細については、後述する。
【0027】
[1.2. 第2手段]
第2手段は、
少なくとも前記V[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出し、
前記Vcat[i]を用いて、前記時刻[i]における前記固体高分子形燃料電池に含まれる貴金属系触媒粒子の有効な表面利用率θact[i]を算出し、
前記Vcat[i]及び前記θact[i]を前記メモリに記憶させる
手段である。
【0028】
[1.2.1. Vcat[i]の算出]
まず、少なくともV[i]を用いて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出する。算出されたVcat[i]は、メモリに記憶される。
【0029】
本発明において、Vcat[i]の算出方法は、特に限定されない。例えば、第2手段は、次の式(1)を用いてVcat[i]を算出する手段を含むものでも良い。
式(1)で表されるVcat[i]は、内部抵抗に起因する電位降下を無視したVcat[i]の近似式である。式(1)は、後述する式(2)に比べて計算精度に劣る。しかしながら、式(1)を用いると、I[i]及びR[i]を用いることなくVcat[i]を算出できるので、Vcat[i]の演算を簡略化することができる。
【0030】
【数1】
但し、N
cellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数。
【0031】
また、第2手段は、上述した式(1)に代えて、又は、これに加えて、次の式(2)を用いて前記Vcat[i]を算出する手段を含むものでも良い。
Vcat[i]は、厳密には式(2)で表される。式(2)中、右辺第1項は、単セルの両端の電位差(セル電圧)を表す。右辺第1項では、V[i]をNcellで割ることで、セル当たりの電位を計算している。右辺第2項は、単セル当たりの、内部抵抗に起因する電位降下を表す。右辺第2項では、I[i]とR[i]を、それぞれ、面積当たり又はセル当たりの値に換算している。式(2)を用いると、Vcat[i]を正確に算出することができる。IVest[i]を正確に算出するためには、Vcat[i]の算出には、式(2)を用いるのが好ましい。
【0032】
【数2】
但し、
N
cellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数、
A
cellは、前記セルの面積。
【0033】
[1.2.2. θact[i]の算出]
次に、Vcat[i]を用いて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池に含まれる貴金属系触媒粒子の有効な表面利用率θact[i]を算出する。算出されたθact[i]は、メモリに記憶される。
ここで、「有効な表面利用率θact[i]」とは、貴金属系触媒粒子の表面積に対する、酸素還元反応(ORR)に利用されている表面(すなわち、酸化被膜で覆われていない表面)の面積の割合をいう。
【0034】
[A. 貴金属系触媒粒子]
本発明において、「貴金属系触媒粒子(以下、単に「触媒粒子」ともいう)」とは、貴金属元素を含む金属又は合金からなる粒子であって、酸素還元反応(ORR)に対して活性を持つものをいう。
本発明において、触媒粒子の材料は、ORR活性を示す限りにおいて、特に限定されない。触媒粒子の材料としては、
(a)貴金属(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金
などがある。
【0035】
[B. 酸化物の種類]
カソード側の触媒粒子が高電位に曝されると、触媒粒子から触媒成分が溶出しやすくなる。一方、触媒粒子が高電位に曝されると、触媒粒子の表面に酸化被膜(水酸化物を含む)が形成され、触媒粒子からの触媒成分の溶出が抑制される。しかしながら、酸化被膜の形成速度は遅いため、急激にカソードの電位が変動すると、酸化被膜の形成が遅れ、触媒粒子から触媒成分が溶出しやすくなる。すなわち、急激な電位変動が繰り返される環境下で燃料電池を使用し続けると、触媒粒子がやがて劣化する。
換言すれば、カソード側の貴金属系触媒粒子の耐久性は、貴金属系触媒粒子の表面に存在する貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量に依存する。
一方、貴金属系触媒粒子の表面の内、酸化被膜で覆われている表面は、酸化被膜で覆われていない表面に比べてORR活性が低い。そのため、固体高分子形燃料電池のIV特性は、触媒粒子のθact[i]に依存する。
【0036】
貴金属系触媒粒子の表面に存在する貴金属酸化物は、
(a)貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物、
(b)貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物、及び、
(c)貴金属系触媒粒子の内部に酸素が拡散することによって、粒子の表面直下に形成された貴金属酸化物
に大別される。
【0037】
図1に、酸化被膜が形成されたPt粒子の断面模式図を示す。Pt粒子が高電位に曝されると、Pt粒子表面に酸化物(水酸化物を含む)が形成される。
この場合、Pt粒子表面の酸化物は、
(a)Pt粒子の表面に吸着しているPt水酸化物(PtOH
ad)、
(b)Pt粒子の表面に吸着しているPt酸化物(PtO
ad)、及び、
(c)Pt粒子の内部に酸素が拡散することによって、Pt粒子の表面直下の内部に形成されるPt酸化物(PtO
sub)
からなる。
【0038】
ここで、PtOHadのような貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の時刻iにおける被覆率をθox1[i]とする。θox1[i]は、貴金属系触媒粒子の表面積(S0)に対する、貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の面積(S1)の比率(=S1/S0)で表される。
同様に、PtOadのような貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の時刻iにおける被覆率をθox2[i]とする。θox2[i]は、S0に対する、貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の面積(S2)の比率(=S2/S0)で表される。
同様に、PtOsubのような貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の時刻iにおける被覆率をθox3[i]とする。θox3[i]は、S0に対する、貴金属系触媒粒子の内部に存在する貴金属酸化物の面積(S3)の比率(=S3/S0)で表される。
【0039】
なお、
図1に示すように、Pt粒子の表面にPtOH
ad又はPtO
adが吸着している領域の直下にPtO
subが形成される場合がある。そのため、Pt粒子全体の被覆率は、必ずしも、θox1[i]~θox3[i]の和に一致しない。
θox1[i]~θox3[i]は、それぞれ、反応速度式に基づく反応モデルを用いて逐次計算することにより求めることができる。また、θox1[i]~θox3[i]が分かると、これらを用いてθact[i]を算出することができる。
【0040】
[C. 反応モデル]
θact[i]の算出方法には、種々の方法がある。本発明において、θact[i]の算出方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を用いることができる。算出されたθact[i]は、メモリに記憶される。
特に、第2手段は、次の式(3)、及び/又は、式(4)を用いてθact[i]を算出する手段を含むものが好ましい。θact[i]の算出には、これらのいずれか一方を用いても良く、あるいは、目的に応じてこれらを使い分けても良い。
【0041】
【0042】
但し、
θox1[i]は、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の被覆率、
θox2[i]は、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の被覆率、
θox3[i]は、前記時刻[i]における前記貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の被覆率、
Γは、単位表面積当たりの最大表面被覆酸素量(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
α1~α4、α11~α17、α21~α27、α31~α37は、それぞれ、適合係数。
【0043】
Tsは、具体的には、時刻[i-1]から時刻[i]までの時間を表す。Tsの値は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を設定するのが好ましい。Tsは、通常、0.01s~100sの範囲で設定される。
α1~α37は、それぞれ、実際のIV特性やサイクリックボルタンメトリ(CV)で得られた試験結果に当てはまるように決定するのが好ましい。
v1~v3は、各酸化物又は水酸化物(MOad、MOHad、MOsub)の形成・消失の反応速度を表す。
G1~G3は、v1~v3の反応の自由エネルギーを表す。
【0044】
θox1[i-1]、θox2[i-1]、及びθox3[i-1]は、それぞれ、時刻[i-1]における被覆率であり、既にメモリに記憶されている。θox1[i-1]、θox2[i-1]、及びθox3[i-1]は、初期値が分かれば、逐次計算により算出することができる。また、初期値は、前回停止時の値を保持し、これを初期値として使用してもよい。一般的に、燃料電池の停止時には低電位で保持することが多く、その際、酸化物はすべて還元される。そのため、停止後の初期値は、θox1=θox2=θox3=0としても良い。
そのため、Vcat[i]を取得すれば、式(3)又は式(4)よりθact[i]を算出することができる。
【0045】
式(4)は、全表面(α1)から、それぞれの被覆率と係数(α2~α4)を乗じたものを差し引くことで、θact[i]を計算している。θox1[i]は1電子反応による水酸化物の被覆率を表す。θox2[i]及びθox3[i]は、それぞれ、2電子反応による酸化物の被覆率を表す。1電子反応当たり1つの白金表面サイトをつぶすと仮定すると、α1=1、α2=1、α3=2、α4=2となる。なお、実際に使用するにあたっては、白金表面は均一ではないため、α1~α4は、試験結果に当てはまるように決定される。
【0046】
しかし、式(4)は、表面の酸化種(被覆率θox1[i]、θox2[i])と、内部の酸化種(被覆率θox3[i])とが、同一の白金サイトで発生することを考慮しておらず、そのような場合では、過小にθact[i]を見積もる懸念がある。例えば、Vcat[i]が高い状態が連続的に続く場合においては、θox1[i]、θox2[i]、θox3[i]がそれぞれ大きくなることで、上記問題が顕著となり、精度低下が懸念される。
これに対し、式(3)は、表面の酸化種と内部の酸化種との比を取ることで、上記の場合においても精度良く推定できるメリットがある。他方、それ以外の場合では、式(3)は、式(4)に比べて精度の低下が懸念される。
【0047】
[1.3. 第3手段]
第3手段は、V[i]、Vcat[i]、及び/又は、固体高分子形燃料電池の発電の積算時間を用いて、時刻[i]における電極触媒表面積AECS[i]、及び、時刻[i]における貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出し、AECS[i]及びSA[i]をメモリに記憶させる手段である。
【0048】
[1.3.1. 電極触媒表面積AECS[i]の算出]
「電極触媒表面積AECS[i]」とは、時刻[i]における貴金属系触媒粒子の電気化学的有効表面積をいう。AESC[i]の算出方法には、種々の方法がある。本発明において、AECS[i]の算出方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を用いることができる。算出されたAECS[i]は、メモリに記憶される。
【0049】
第3手段は、次の式(5)、式(6)、及び/又は、式(7)を用いてAECS[i]を算出する手段を含むものが好ましい。AECS[i]の算出には、これらのいずれか一つを用いても良く、あるいは、目的に応じてこれらを使い分けても良い。
【0050】
【0051】
但し、
AECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
B1、D1、D2、D3、D4は、それぞれ、適合係数。
なお、AECS0、B1、D1、D2、D3、及び、D4は、それぞれ、予め別の発電試験を行い、その試験結果と適合するように設定するのが好ましい。
【0052】
式(5)は、固体高分子形燃料電池の発電の積算時間(=ΣTs)を用いてAESC[i]を算出するための算出式である。一般に、燃料電池の発電の積算時間が長くなるほど、触媒粒子の溶解・再析出の繰り返し数が増大するため、AECS[i]は積算時間と共に単調に減少する。式(5)は、このようなAECS[i]の変化を積算時間の一次関数で近似した近似式である。式(5)は、推定精度は低いが、計算コストを下げられるという利点がある。
【0053】
式(6)は、Ts、θact[i]、及び、Vcat[i]を用いてAECS[i]を算出するための算出式である。式(6)は、式(5)に比べ、AECS[i]をより厳密に計算している。式(5)では、Vcat[i]によらず触媒成分の溶解・析出が生じるものとしてAECS[i]を算出しているが、AECS[i]は、本来、Vcat[i]に依存すべきである。
式(6)では、溶解時の現象に着目し、溶出量が、eを底とし、Vcat[i]をべき指数とする指数関数に比例すると仮定している。また、触媒成分の溶解現象は、酸化物に覆われていない領域のみで生じると仮定し、上述した指数関数にθact[i]を乗じている。一方、式(6)は、式(5)に比べて、計算コストが高い欠点がある。
【0054】
式(7)は、Ts、θact[i]、及び、V[i]を用いてAECS[i]を算出するための算出式である。式(7)は、式(2)で表されるVcat[i]の算出に必要な高周波インピーダンスR[i]の測定が不要となるメリットがあるが、その分、精度が低下する欠点がある。
【0055】
式(6)~式(7)を用いたAECS[i]の計算は、その全部又は一部を、参考文献1に記載されているような、より精緻な物理モデルでの計算に置き換えてもよい。物理モデルでの計算を用いると、AECS[i]の推定精度を向上させることができる。
ここで、「物理モデル」とは、理論式を用いて電極触媒の経時劣化を推定し、推定された経時劣化に基づいて、AECS[i](及び、後述するSA[i])を推定することが可能なモデルをいう。例えば、参考文献2には、燃料電池の電極触媒の劣化予測方法が開示されている。同文献に記載の方法を用いると、時刻[i]におけるAECS[i]を推定することができる。このような物理モデルは、以下の参考文献3にも報告がなされている。
【0056】
[参考文献1]Darling, R.M. and J.P. Meyers(2003), "Kineti model of platinum dissolution in PEMFCs," Journal of the Electrochemical Society 150(11): A1523-A1527
[参考文献2]特開2010-236989号公報
[参考文献3]Sekine, S.(2020), "PtCo Catalyst Dissolution and Oxidation Modeling for Durability Improvement of Automotive Fuel Cell," ECS transaction
【0057】
[1.3.2. 活性SA[i]の算出]
「活性SA[i]」とは、時刻[i]における貴金属系触媒粒子の表面積当たりの活性をいう。SA[i]を算出する方法には、種々の方法がある。本発明において、SA[i]の算出式は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な算出式を用いることができる。算出されたSA[i]は、メモリに記憶される。
【0058】
第3手段は、次の式(8)、及び/又は、式(9)を用いてSA[i]を算出する手段を含むものが好ましい。SA[i]の算出には、これらのいずれか一方を用いても良く、あるいは、目的に応じてこれらを使い分けても良い。
【0059】
【0060】
但し、
SA0は、前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性の初期値(定数)、
AECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
Tsは、計算ステップ幅、
B2、B3は、それぞれ、適合係数。
なお、SA0、B2、及び、B3は、それぞれ、予め別の発電試験を行い、その試験結果と適合するように設定するのが好ましい。
【0061】
式(8)は、固体高分子形燃料電池の発電の積算時間(=ΣTs)を用いてSA[i]を算出するための算出式である。一般に、燃料電池の発電の積算時間が長くなるほど、触媒粒子の溶解・再析出の繰り返し数が増大するため、SA[i]は積算時間と共に単調に減少する。式(8)は、このようなSA[i]の変化を積算時間の一次関数で近似した近似式である。式(8)は、推定精度は低いが、計算コストを下げられるという利点がある。
【0062】
式(9)は、AECS[i]を用いてSA[i]を算出するための算出式である。式(9)は、SA[i]が白金表面積の維持率(AECS[i]/AECS0)と比例関係にあると仮定し、SA[i]を計算している。式(9)は、式(8)に比べて精度が良くなる利点があるが、計算コストが増加する欠点がある。
【0063】
AECS[i]の計算と同様に、式(8)~式(9)を用いたSA[i]の計算は、その全部又は一部を、より精緻な物理モデルでの計算に置き換えてもよい。物理モデルでの計算を用いると、SA[i]の推定精度を向上させることができる。物理モデルの詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0064】
[1.4. 第4手段]
第4手段は、θact[i]、AECS[i]、及び、SA[i]を用いて、I[i]と固体高分子形燃料電池の推定電圧Vest[i]との関係を表すIV特性の推定値IVest[i]を算出し、IVest[i]をメモリに記憶させる第4手段である。
Vest[i]の算出方法には、種々の方法がある。本発明において、Vest[i]の算出方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。算出されたVest[i]とI[i]との関係、すなわち、IVest[i]は、メモリに記憶される。
【0065】
第4手段は、次の式(10)で表されるIVest[i]を算出する手段を含むものでも良い。
Vest[i]は、厳密には、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の温度TFC[i]、高周波インピーダンスR[i]、カソードエア圧力Pca[i]、及び、カソードエアストイキSTca[i]にも依存する。式(10)は、これらを定数と見なしたVest[i]の近似式である。
式(10)は、後述する式(11)に比べて推定精度は劣るが、計算コストを下げられるという利点がある。
【0066】
【0067】
但し、
Vocvは、前記固体高分子形燃料電池の開回路起電圧、
I0[i]は、交換電流密度、
Rgas[i]は、ガス拡散抵抗、
AECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
SA0は、前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性の初期値(定数)、
C1~C9は、それぞれ、適合係数。。
なお、C1~C9は、予め別の発電試験を行い、その試験結果と適合するように設定するのが好ましい。
【0068】
式(10)中、右辺第1項は開回路起電圧を表し、右辺第2項は活性化過電圧を表し、右辺第3項は濃度過電圧を表し、右辺第4項は抵抗過電圧を表す。
また、式(10)中、「交換電流密度I0[i]」とは、酸化と還元現象が平衡状態にある時の電流密度であり、発電反応のしやすさを示している。
さらに、式(10)中、「ガス拡散抵抗Rgas[i]」とは、燃料/酸化ガスの拡散の困難性を示している。
【0069】
第4手段は、式(10)に代えて、又は、これに加えて、次の式(11)で表される前記IVest[i]を算出する手段を含むものでも良い。IVest[i]の算出には、式(10)又は式(11)のいずれか一方を用いても良く、あるいは、目的に応じてこれらを使い分けても良い。
式(11)は、Vest[i]の算出に際して、TFC[i]、R[i]、Pca[i]、及び、STca[i]が考慮されている。そのため、式(11)は、式(10)に比べて計算コストは増大するが、推定精度は向上する。
【0070】
【数7】
但し、
Vocvは、前記固体高分子形燃料電池の開回路起電圧、
I
0[i]は、交換電流密度、
Rgas[i]は、ガス拡散抵抗、
A
ECS0は、前記電極触媒表面積の初期値(定数)、
SA
0は、前記貴金属系触媒の表面積あたりの活性の初期値(定数)、
C
4、C
6、C
7及びC
9、並びに、C
10~C
16は、それぞれ、適合係数。
なお、C
4~C
16は、予め別の発電試験を行い、その試験結果と適合するように設定するのが好ましい。
【0071】
[1.5. 第5手段]
本発明に係る燃料電池性能推定装置は、
(E)前記IVest[i]を用いて前記固体高分子形燃料電池の故障判定を行う第5手段
をさらに備ていても良い。
【0072】
上述のようにして得られたIVest[i]は、触媒劣化に起因する定常的な電圧低下の影響と、触媒表面における酸化被膜の形成・還元に起因する一時的な電圧変動の影響が排除された電流-電圧特性(すなわち、故障が発生していないと仮定した場合における電流-電圧特性の推定値)を表している。そのため、IVest[i]を用いると、故障の有無を正確に判定することができる。
IVest[i]を用いた故障判定方法には、種々の方法がある。本発明において、IVest[i]を用いた故障判定方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択するくとができる。故障判定方法としては、具体的には、以下のような方法がある。
【0073】
[1.5.1. V[i]とVest[i]との対比:手段A]
第5手段は、時刻[i]におけるV[i]と、IVest[i]にI[i]を代入することにより得られるVest[i]とを対比し、固体高分子形燃料電池が故障したか否かを判定する手段Aを含むものでも良い。
VIest[i]にI[i]を代入すると、Vest[i]が得られる。固体高分子形燃料電池が故障していない場合、Vest[i]は、理想的にはV[i]に一致する。そのため、Vest[i]がV[i]から大きく乖離している時には、故障が発生したと推定することができる。
【0074】
V[i]とVest[i]とを対比するための手段Aは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な手段を選択することができる。手段Aとしては、例えば、
(a)V[i]とVest[i]との差の絶対値が第1閾値ε1を超えた時、又は、ε1以上である時に故障と判断する手段A1、
(b)Vest[i]に対するV[i]の比(=V[i]/Vest[i])が第2閾値ε2未満である時、又は、ε2以下である時に故障と判断する手段A2、
(c)V[i]に対する、Vest[i]とV[i]との差の比率(=(Vest[i]-V[i])/V[i])が第3閾値ε3を超えた時、又は、ε3以上である時である時に故障と判断する手段A3
などがある。
第5手段は、これらのいずれか1種の手段を備えているものでも良く、あるいは、2種以上の手段を備えているものでも良い。また、ε1~ε3の値は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。
【0075】
[1.5.2. Vm[T]とVm_est[T]の対比:手段B]
第5手段は、V[i]及びVest[i]を用いて、それぞれ、ある時間間隔ΔTにおける平均電圧Vm[T]及び平均推定電圧Vm_est[T]を算出し、算出されたVm[T]とVm_est[T]とを対比し、固体高分子形燃料電池が故障したか否かを判定する手段Bを含むものでも良い。
【0076】
電圧V[i]が分かると、これを用いて平均電圧Vm[T]を算出することができる。同様に、推定電圧Vest[i]が分かると、これを用いて平均推定電圧Vm_set[T]を算出することができる。固体高分子形燃料電池が故障していない場合、Vm_est[T]もまた、理想的にはVm[T]に一致する。そのため、Vm_set[T]がVm[T]から大きく乖離している時には、故障が発生したと推定することができる。平均値を用いる手段Bは、運転条件の変動に起因する過渡的な電圧変動が相殺されやすい。そのため、手段Bは、ある時刻[i]における推定値を用いる手段Aに比べて、推定精度が高い。
【0077】
ここで、「平均電圧Vm[T]」とは、ある時間間隔ΔTにおいて、I[i]が基準電流Isである時のV[i]を抽出し、これらを平均化することにより得られる電圧の平均値をいう。
「平均推定電圧Vm_est[T]」とは、ΔTにおいて、I[i]がIsである時のVest[i]を抽出し、これらを平均化することにより得られる推定電圧の平均値をいう。
「時間間隔ΔT」とは、Vm[T]及びVm_est[T]を算出するために必要なデータを抽出するための時間間隔をいう。
「基準電流Is」とは、V[i]及びVest[i]を抽出する際の基準となる電流(すなわち、平均電圧Vm[T]及び平均推定電圧Vm_est[T]を算出する際の基準となる電流)をいう。
【0078】
Vm[T]及びVm_est[T]の算出方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択するのが好ましい。
手段Bは、
次の式(12)を用いて前記Vm[T]を算出する手段と、
次の式(13)を用いて前記Vm_est[T]を算出する手段と
を含むものが好ましい。
【0079】
【数8】
但し、Isは、平均電圧Vm[T]及び平均推定電圧Vm_est[T]を算出する際の基準電流。
【0080】
ΔTは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な時間間隔を選択することができる。一般に、ΔTが短すぎると、値取得部へのノイズなどの影響により誤判定を生じる場合がある。従って、ΔTは、計算のステップ幅Tsの2倍以上が好ましい。ΔTは、さらに好ましくは、Tsの5倍以上、さらに好ましくは、Tsの10倍以上である。
一方、ΔTが長くなりすぎると、故障を判定するまでの時間が長くなる。従って、ΔTは、Tsの10000倍以下が好ましい。ΔTは、さらに好ましくは、Tsの1000倍以下、さらに好ましくは、Tsの100倍以下である。
【0081】
Vm[T]とVm_est[T]とを対比するための手段Bは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な手段を選択することができる。手段Bとしては、例えば、
(a)Vm[T]とVm_est[T]との差の絶対値が第4閾値ε4を超えた時、又は、ε4以上である時に故障と判断する手段B1、
(b)Vm_est[T]に対するVm[T]の比(=Vm[T]/Vm_est[T])が第5閾値ε5未満である時、又は、ε5以下である時に故障と判断する手段B2、
(c)Vm[T]に対する、Vm_est[T]とVm[T]との差の比率(=(Vm_est[T]-Vm[T])/Vm[T])が第6閾値ε6を超えた時、又は、ε6以上であるである時に故障と判断する手段B3
などがある。
第5手段は、これらのいずれか1種の手段を備えているものでも良く、あるいは、2種以上の手段を備えているものでも良い。また、ε4~ε6の値は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。
【0082】
[2. 燃料電池性能推定方法]
図2に、電流-電圧特性の推定値IVest[i]の算出及び故障判定を行うためのフローチャートを示す。
まず、ステップ1(以下、単に「S1」ともいう)において、各種センサを用いて、少なくとも、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得し、V[i]及びI[i]をメモリに記憶させる(第1手段)。この場合、V[i]及びI[i]に加えて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の高周波インピーダンスR[i]をさらに取得しても良い。さらに、これらに加えて、温度T
FC[i]、カソードエア圧力Pca[i]、及び、カソードエアストイキSTca[i]をさらに取得しても良い。
【0083】
次に、S2に進む。S2では、少なくともV[i]を用いて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池のカソードの触媒電位Vcat[i]を算出する。次いで、Vcat[i]を用いて、時刻[i]における固体高分子形燃料電池に含まれる貴金属系触媒粒子の有効な表面利用率θact[i]を算出する。さらに、得られたVcat[i]及びθact[i]をメモリに記憶させる(第2手段)。Vcat[i]及びθact[i]の算出方法の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
【0084】
次に、S3に進む。S3では、V[i]、Vcat[i]、及び/又は、固体高分子形燃料電池の発電の積算時間を用いて、時刻[i]における電極触媒表面積AECS[i]、及び、時刻[i]における貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出し、AECS[i]及びSA[i]をメモリに記憶させる(第3手段)。AECS[i]及びSA[i]の算出方法の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
【0085】
次に、S4に進む。S4では、θact[i]、AECS[i]、及び、SA[i]を用いて、I[i]と固体高分子形燃料電池の推定電圧Vest[i]との関係を表すIV特性の推定値IVest[i]を算出し、IVest[i]をメモリに記憶させる(第4手段)。IVest[i]の算出方法の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
【0086】
次に、S5に進む。S5では、IVest[i]を用いて固体高分子形燃料電池の故障判定を行う(第5手段)。故障判定方法の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。なお、IVest[i]の算出のみを行う場合には、S5を省略することができる。
次に、S6に進む。S6では、制御を続行するか否かが判断される。制御を続行する場合(S6:YES)には、S1に戻り、上述したS1~S6の各ステップを繰り返す。一方、制御を続行しない場合(S6:NO)には、制御を終了させる。
【0087】
[3. 作用]
[3.1. 正常時及び故障時における電流-電圧特性]
図3に、電流-電圧特性の推定値IVest[i]と、センサ値1(正常時における電流-電圧特性の実測値IV[i])と、センサ値2(故障時における電流-電圧特性の実測値IV'[i])との関係を示す。
【0088】
燃料電池が完成した直後において、ある特定の発電条件下で発電を行った場合、燃料電池の性能(初期評価時の性能)は、最大値を示す。しかし、燃料電池を長時間運転すると、触媒粒子が溶解・再析出を繰り返すために、発電の積算時間が長くなるほど燃料電池の性能が低下する。また、燃料電池を実際に運転する際には、運転中に発電条件が時々刻々と変化するために、触媒粒子が劣化していないにもかかわらず、燃料電池の性能が一時的に変動することがある。そのため、時刻[i]におけるセンサ値1(正常時における電流-電圧特性の実測値IV[i])は、初期性能から、定常的な電圧低下と一時的な電圧変動とを差し引いた値となる。
【0089】
一方、燃料電池が故障した場合、時刻[i]におけるセンサ値2(故障時における電流-電圧特性の実測値IV'[i])は、初期性能から、定常的な電圧低下及び一時的な電圧変動に加えて、故障による電圧低下を差し引いた値となる。そのため、IV[i]の経時変化を監視すれば、理想的には、故障の有無を判定できることになる。
しかしながら、実際には、故障による電圧低下や定常的な電圧低下が生じていない場合であっても、一時的な電圧変動が大きくなる場合がある。このような場合において、IV[i]の経時変化に基づいて故障判定を行うと、誤判定するおそれがある。
【0090】
これに対し、種々の方法を用いて定常的な電圧低下の推定値と一時的な電圧変動の推定値を算出することができれば、これらを初期性能から差し引くことにより、時刻[i]における電流-電圧特性の推定値IVest[i]を算出することができる。故障が生じていない場合、理想的には、IVest[i]は、IV[i]に一致する。一方、故障が生じた場合、IVest[i]は、IV[i]から大きく乖離する。そのため、IV[i]とIVest[i]とを対比すれば、故障の有無を正確に判定することができる。
【0091】
[3.2. 一時的な電圧変動]
図4(A)に、ある特定の発電条件下で発電を行った時の電流-電圧特性の模式図を示す。
図4(B)に、燃料電池(FC)車の運転時における電流の変動と電圧の変動の模式図を示す。
図4(C)に、
図4(B)に示す電流と電圧の関係を散布図にすることにより得られる電流-電圧特性の実測値の模式図を示す。
【0092】
「燃料電池の性能」とは、例えば、
図4(A)に示す電流-電圧特性(IV特性)における、任意の電流(基準電流Is)に対する電圧値が対応する。このIV特性は、発電中の履歴により変動する。例えば、
図4(B)に示すFC車での運転を考える。この場合、燃料電池の発電量が一定ではないため、電流や電圧は時間に対し変動する。この時の電流と電圧の関係を散布図にすると、
図4(C)に示すIV特性となる。これは、1本の線で描くことができた
図4(A)のIV特性と異なり、分布を持った曲線となる。この分布が「一時的な電圧変動」に対応する。この一時的な変動成分が高精度のIV推定を難しくしており、例えば、故障判定をするにあたっては、故障による電圧低下と一時的な電圧変動との差別化が困難となる場合がある。
【0093】
燃料電池の性能が一時的に変動する要因としては、以下のような要因がある。
(a)触媒の有効面積あるいは触媒活性の一時的な変動に起因する一時的な電圧変動。
(b)ガス供給状態(流量、圧力、湿度)や温度の変化等、発電条件の過渡的な変化に起因する一時的な電圧変動。
これらの内、(b)については、判定時に、ある時間間隔ΔTで平均化した平均値を使用することで、ある程度相殺することができる。しかし、(a)については、従来、有効なセンシング方法がなく、それまでの使用履歴により現在の状態が変化するため、一時的な電圧変動の推定が困難であった。
【0094】
[3.3. IVest[i]の算出]
本願発明者らは、反応速度式に基づく触媒表面/内部の酸化物の推定値θox1、θox2、及び、θox3と、それらを用いて計算した表面利料率θactに基づいて、上記の(a)の現象を表現できることを見出した。これにより、故障か一時的な性能の低下かについて判定できるようになり、従来より高い精度で故障検出が可能となる。
【0095】
すなわち、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の電圧V[i]及び電流I[i]を逐次取得すると、少なくともV[i]を用いてカソードの触媒電位Vcat[i]を算出することができる。また、Vcat[i]が分かると、貴金属系触媒の有効な表面利用率θact[i]を算出することができる。θact[i]は、酸化被膜の形成・還元に起因する一時的な電圧変動と相関がある。
また、V[i]、Vcat[i]、又は、発電の積算時間が分かると、これらを用いて時刻[i]における電極触媒表面積AECS[i]、及び、時刻[i]における貴金属系触媒の表面積あたりの活性SA[i]を算出することができる。AECS[i]及びSA[i]は、いずれも、触媒劣化に起因する定常的な電圧低下と相関がある。
【0096】
さらに、取得されたI[i]、並びに、算出されたθact[i]、AECS[i]及びSA[i]を用いると、時刻[i]における固体高分子形燃料電池のIV特性の推定値IVest[i]を算出することができる。このようにして得られたIVest[i]は、触媒劣化に起因する定常的な電圧低下の影響と、触媒表面における酸化被膜の形成・還元に起因する一時的な電圧変動の影響が排除された電流-電圧特性(すなわち、故障が発生していないと仮定した場合における電流-電圧特性の推定値)を表している。そのため、時刻[i]における固体高分子形燃料電池の実際の電流-電圧特性IV[i]と、IVest[i]とを対比すれば、故障の有無を正確に判定することができる。
【0097】
[3.4. 故障判定]
図5に、電流-電圧特性の推定値IVest[i]を用いた故障判定の模式図を示す。
図5に示すように、故障が発生するまでは、本発明に係る方法により算出されたVest[i]又はその平均値Vm_est[T]は、V[i]又はその平均値Vm[T]とほぼ一致する。一方、故障が発生した場合であっても、Vest[i]又はその平均値Vm_est[T]には、故障による電圧低下が反映されない。そのため、故障が発生した後、Vest[i]又はその平均値Vm_est[T]は、V[i]又はその平均値Vm[T]から大きく乖離する。そのため、例えば、両者の差がある閾値を超えた場合には、故障が生じたと判定することができる。
【0098】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明に係る燃料電池性能推定装置は、燃料電池自動車の現在の時刻における性能推定、及び、燃料電池の故障判定に用いることができる。