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特許7597914運転能力判定システムおよび運転能力判定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-02
(45)【発行日】2024-12-10
(54)【発明の名称】運転能力判定システムおよび運転能力判定方法
(51)【国際特許分類】
   G08G 1/00 20060101AFI20241203BHJP
   G08G 1/16 20060101ALI20241203BHJP
   B60W 40/09 20120101ALI20241203BHJP
   B60W 50/08 20200101ALI20241203BHJP
【FI】
G08G1/00 D
G08G1/16 F
B60W40/09
B60W50/08
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2023510198
(86)(22)【出願日】2021-10-15
(86)【国際出願番号】 JP2021038220
(87)【国際公開番号】W WO2022208954
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-09-29
(31)【優先権主張番号】P 2021056571
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154380
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100081972
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 豊
(72)【発明者】
【氏名】松野 俊文
(72)【発明者】
【氏名】岩間 大輝
(72)【発明者】
【氏名】井出 大介
(72)【発明者】
【氏名】後藤 紳一郎
【審査官】増子 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-176913(JP,A)
【文献】国際公開第2020/105094(WO,A1)
【文献】特開2014-174848(JP,A)
【文献】特開2013-199222(JP,A)
【文献】特開2020-159831(JP,A)
【文献】特開2015-219830(JP,A)
【文献】特開2015-141536(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G08G 1/00 - 99/00
B60W 10/00 - 10/30
B60W 30/00 - 60/00
G09B 23/00 - 29/14
B62D 6/00 - 6/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の操舵角の情報を含む走行データを取得する取得部と、
前記取得部により取得された前記走行データに含まれる前記操舵角の時間変化に基づいて、単位時間ごとの走行区間が、前記車両の運転者にかかる運転負荷が大きい高負荷区間であるか、前記高負荷区間以外の無負荷・低負荷区間であるかを判定するとともに、前記無負荷・低負荷区間のうち、前記車両の運転者にかかる認知負荷が大きい所定区間であるか否かを判定する区間判定部と、
前記取得部により取得された走行データのうちの前記無負荷・低負荷区間における走行データに基づいて、前記車両の運転者の操舵のぶれを表す第1評価値を算出する第1算出部と、
前記取得部により取得された走行データのうちの前記所定区間における走行データに基づいて、認知負荷がかかった状態での前記車両の運転者の操舵のぶれを表す第2評価値を算出する第2算出部と、を備えることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項2】
請求項1に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記所定区間は、走行時の視線移動が所定より多いものとして設定されている区間、交通信号機が設けられている区間、歩行者が所定より多いものとして設定されている区間、走行時の死角が所定より多いものとして設定されている区間、複数の道路が交わる区間のいずれか少なくとも1つであることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記無負荷・低負荷区間は、S字カーブ走行、クランク走行、および駐車走行を伴わない走行区間であることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記所定区間は、交差点において対向車線を越えて前記車両の進行方向を変更する区間であることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項5】
請求項4に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記所定区間は、右折区間であることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記第2算出部により算出された第2評価値に基づいて、前記車両の運転者の認知機能を評価する評価部をさらに備えることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項7】
請求項6に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記評価部による評価結果を出力する出力部をさらに備えることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項8】
車両の操舵角の情報を含む走行データを取得する取得ステップと、
前記取得ステップで取得された前記走行データに含まれる前記操舵角の時間変化に基づいて、単位時間ごとの走行区間が、前記車両の運転者にかかる運転負荷が大きい高負荷区間であるか、前記高負荷区間以外の無負荷・低負荷区間であるかを判定するとともに、前記無負荷・低負荷区間のうち、前記車両の運転者にかかる認知負荷が大きい所定区間であるか否かを判定する区間判定部と、
前記取得ステップで取得された走行データのうちの前記無負荷・低負荷区間における走行データに基づいて、前記車両の運転者の操舵のぶれを表す第1評価値を算出する第1算出ステップと、
前記取得ステップで取得された走行データのうちの前記所定区間における走行データに基づいて、認知負荷がかかった状態での前記車両の運転者の操舵のぶれを表す第2評価値を算出する第2算出ステップと、を含ことを特徴とする運転能力判定方法。
【請求項9】
請求項8に記載の運転能力判定方法において、
前記所定区間は、走行時の視線移動が所定より多いものとして設定されている区間、交通信号機が設けられている区間、歩行者が所定より多いものとして設定されている区間、走行時の死角が所定より多いものとして設定されている区間、複数の道路が交わる区間のいずれか少なくとも1つであることを特徴とする運転能力判定方法。
【請求項10】
請求項8または9に記載の運転能力判定方法において、
前記無負荷・低負荷区間は、S字カーブ走行、クランク走行、および駐車走行を伴わない走行区間であることを特徴とする運転能力判定方法。
【請求項11】
請求項8~10のいずれか1項に記載の運転能力判定方法において、
前記所定区間は、交差点において対向車線を越えて前記車両の進行方向を変更する区間であることを特徴とする運転能力判定方法。
【請求項12】
請求項11に記載の運転能力判定方法において、
前記所定区間は、右折区間であることを特徴とする運転能力判定方法。
【請求項13】
請求項8~12のいずれか1項に記載の運転能力判定方法において、
前記第2算出ステップで算出された第2評価値に基づいて、前記車両の運転者の認知機能を評価する評価ステップをさらに含むことを特徴とする運転能力判定方法。
【請求項14】
請求項13に記載の運転能力判定方法において、
前記評価ステップでの評価結果を出力する出力ステップをさらに備えることを特徴とする運転能力判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運転者の運転能力を判定する運転能力判定システムおよび運転能力判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置として、従来、運転者の安全運転能力を測定するようにした装置が知られている(例えば特許文献1参照)。この特許文献1記載の装置では、運転者に対し間欠的に音声出力による負荷を与えて注意力を分散させ、負荷状態と無負荷状態とで操舵のぶれを表すステアリングエントロピー値をそれぞれ算出し、負荷状態と無負荷状態とで算出されたぶれ評価値の差に基づいて運転者の安全運転能力を評価する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2014-174848号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1記載の装置では、運転者の安全運転能力を評価するために運転者に負荷を与える必要があるため、運転の支障になる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様である運転能力判定システムは、車両の操舵角の情報を含む走行データを取得する取得部と、取得部により取得された走行データに含まれる操舵角の時間変化に基づいて、単位時間ごとの走行区間が、車両の運転者にかかる運転負荷が大きい高負荷区間であるか、高負荷区間以外の無負荷・低負荷区間であるかを判定するとともに、無負荷・低負荷区間のうち、車両の運転者にかかる認知負荷が大きい所定区間であるか否かを判定する区間判定部と、取得部により取得された走行データのうちの無負荷・低負荷区間における走行データに基づいて、車両の運転者の操舵の特性を表す第1評価値を算出する第1算出部と、取得部により取得された走行データのうちの所定区間における走行データに基づいて、認知負荷がかかった状態での車両の運転者の操舵の特性を表す第2評価値を算出する第2算出部と、を備える
【0006】
本発明の別の態様である運転能力判定方法は、車両の操舵角の情報を含む走行データを取得する取得ステップと、取得ステップで取得された走行データに含まれる操舵角の時間変化に基づいて、単位時間ごとの走行区間が、車両の運転者にかかる運転負荷が大きい高負荷区間であるか、高負荷区間以外の無負荷・低負荷区間であるかを判定するとともに、無負荷・低負荷区間のうち、車両の運転者にかかる認知負荷が大きい所定区間であるか否かを判定する区間判定部と、取得ステップで取得された走行データのうちの無負荷・低負荷区間における走行データに基づいて、車両の運転者の操舵の特性を表す第1評価値を算出する第1算出ステップと、取得ステップで取得された走行データのうちの所定区間における走行データに基づいて、認知負荷がかかった状態での車両の運転者の操舵の特性を表す第2評価値を算出する第2算出ステップと、を含む
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、運転に支障をきたすことなく運転能力を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】走行区間と運転負荷ついて説明するための図。
図2】本発明の実施形態に係る運転能力判定システムの要部構成を例示するブロック図。
図3】車両の操舵角の変動について説明するための図。
図4】操舵のぶれの程度の度数表示を例示する図。
図5図2の演算部による処理の流れを説明するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図1図5を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明の実施形態に係る運転能力判定システムは、車両の運転者の運転能力を判定する。一般に、運転者の運転行動は、認知、判断、および操作の3要素で構成される。これらの要素のうちの認知、判断に関わる人の知的機能である「認知機能」に係る能力は、加齢に伴って徐々に低下することが知られている。認知機能が低下すると、車両を安全に運転することが難しくなる。
【0010】
そこで本実施形態では、運転者が車両を運転したときの走行データに基づいて運転能力、特に認知機能に係る運転能力を判定し、運転者自身やその家族が認知機能の低下傾向を把握することで安全運転を支援できるよう、以下のように運転能力判定システムを構成する。
【0011】
図1は、走行区間と運転負荷ついて説明するための図である。図1に示すように、車両が走行する走行区間は、運転行動によって運転者にかかる運転負荷がほとんどない直線などの無負荷区間、運転負荷が大きいS字カーブやクランク、駐車などの高負荷区間、その中間の低負荷区間に分類することができる。より具体的には、無負荷区間は、車両の移動量あたりに運転者に要求される操舵が少なく、車両の走行軌跡が単純な形状となる走行区間であり、高負荷区間は、車両の移動量あたりに運転者に要求される操舵が多く、車両の走行軌跡が複雑な形状となる区間である。このような高負荷区間では、操舵の頻度が高いことに加え、アクセルやブレーキの操作と連携してステアリングを操作する必要があり、車両感覚も要求されるなど、高い運転技能が必要となる。すなわち、高負荷区間での運転の安定性には、運転者の運転技能が大きく影響する。
【0012】
低負荷区間には、右カーブ、左カーブ、車線変更、右折、左折などの走行区間が含まれる。これらの低負荷区間のうち、交差点において対向車線を越えて車両の進行方向を変更する区間(車両の左側通行が採用されている国や地域では右折区間、右側通行が採用されている国や地域では左折区間。以下では、単に「右折区間」と称する。)では、運転者が車両の目標軌跡を認識するにあたり、前方の対向車線の状況を把握しつつ、右折した先の走行車線の状況を把握する必要が生じる。この場合、前方の対向車線と右折した先の走行車線との間での視線移動が発生することで運転者の心的活動が増え、他の低負荷区間に比して運転負荷、特に認知に係る認知負荷が高くなる。このため、右折区間での運転の安定性には、運転者の認知機能が大きく影響する。このような右折区間の走行データに基づいて運転の安定性を評価することで、運転者の認知機能に係る運転能力を判定することができる。
【0013】
運転者の認知機能が運転の安定性に影響する走行区間としては、右折区間のほか、例えば、標識が多く設けられている区間や対面通行区間などの視線移動が所定より多いものとして設定されている区間、交通信号機が設けられている区間、繁華街などの歩行者が所定より多いものとして設定されている区間、見通しの悪い交差点などの走行時の死角が所定より多いものとして設定されている区間、複数の道路が交わる区間などがある。したがって、このような区間の走行データを他の区間と識別可能な態様で取得し、その走行データに基づいて運転の安定性を評価することで、運転者の認知機能に係る運転能力を判定することもできる。車両の走行データに加え、時系列の位置情報を取得する場合、位置情報に基づいて、予め設定された特定の走行区間を識別することができる。
【0014】
図2は、運転能力判定システム(以下、システム)10の要部構成を例示するブロック図である。図2に示すように、システム10は、CPUなどの演算部11、ROM,RAMなどの記憶部12、およびその周辺回路などを有するコンピュータを含んで構成される。演算部11は、機能的構成として、情報取得部13と、区間判定部14と、α値算出部15と、Hp値算出部16と、認知機能評価部17と、情報出力部18とを有する。記憶部12には、演算部11が実行するプログラムや設定値などの情報が記憶される。システム10は、車両に搭載された車載装置として構成されてもよく、車両の外部に設けられたサーバ装置などとして構成されてもよい。
【0015】
情報取得部13は、運転者ごとの車両の走行データを取得する。例えば、高齢者講習用の専用車両で測定された高齢者講習時の走行データや、その運転者が日常的に運転する車両で測定された走行データを取得する。走行データには、少なくとも時系列の車両の操舵角θの情報が含まれる。走行データには、時系列の位置情報などが含まれてもよい。情報取得部13は、高齢者講習時の走行データに加え、高齢者講習時の認知機能検査の結果に関する情報を取得してもよい。
【0016】
区間判定部14は、情報取得部13により取得された走行データに基づいて走行区間を判定する。より具体的には、操舵角θの時間変化に基づいて単位時間ごとの走行区間が図1の無負荷・低負荷区間であるか、高負荷区間であるかを判定するとともに、無負荷・低負荷区間のうちの右折区間であるか否かを判定する。区間判定部14は、位置情報の時間変化に基づいて単位時間ごとの走行区間を判定してもよい。なお、情報取得部13により走行区間ごとの走行データが取得される場合は、区間判定部14による走行区間の判定を行わなくてもよい。
【0017】
図3は、車両の操舵角θの変動について説明するための図である。車両の運転が安定した状態では、操舵がぶれることなく滑らかに行われ、操舵角θの変動が小さくなる。一方、運転が不安定な状態では、操舵がぶれ、操舵角θの変動が大きくなる。α値算出部15は、情報取得部13により取得された無負荷・低負荷区間の走行データ(例えば、区間全体の走行データ)に基づいて、車両の運転者による操舵の特性を表す評価値であるα値を算出する。
【0018】
より具体的には、図3に示すように、特定の時点nの直前の時点n-3,n-2,n-1の実際の操舵角θ(n-3),θ(n-2),θ(n-1)に基づいて、時点(n-1)を中心とする2次テイラー展開により時点nの予測操舵角θp(n)を算出する。予測操舵角θp(n)は、操舵が滑らかに行われたと仮定した推定値であるため、実際の操舵が滑らかに行われた場合は、実際の操舵角θ(n)に一致し、実際の操舵がぶれた場合は、ぶれの程度に応じて実際の操舵角θ(n)から乖離する。このような、ぶれの程度は、下式(i)により算出される予測誤差e(n)として表すことができる。
e(n)=θ(n)-θp(n) ・・・(i)
【0019】
図4は、操舵のぶれの程度の度数表示を例示する図であり、予測誤差e(n)の度数表示の一例を示す。α値算出部15は、無負荷・低負荷区間の走行データに基づいて、各時点nの予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)を算出した後、図4に実線で示すような予測誤差e(n)の度数分布における90パーセンタイル値(α値)を算出する。操舵が滑らかで操舵のぶれが少ないほど、予測誤差e(n)の度数分布が、操舵のぶれがない“0°”を中心としたシャープな形状となり、α値が小さくなる。一方、操舵のぶれが多いほど、予測誤差e(n)の度数分布がブロードな形状となり、α値が大きくなる。操舵が多く、操舵のぶれに対する運転技能の影響が大きい高負荷区間を除外した無負荷・低負荷区間の走行データを利用することで、通常の状態での運転者の操舵のぶれを表すα値を適切に算出することができる。
【0020】
Hp値算出部16は、α値算出部15により算出されたα値と、当該α値の算出に用いた無負荷・低負荷区間のうちの所定区間としての右折区間の走行データとに基づいて、車両の運転者による操舵の特性を表すHp値を算出する。より具体的には、右折区間の走行データに基づいて、各時点nの予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)を算出した後、図4に破線で示すような予測誤差e(n)の度数分布をα値に基づいて9つの範囲P1~P9に分ける。すなわち、8つの基準値-5α,-2.5α,-α,-0.5α,0.5α,α,2.5α,5αに基づいて、9つの範囲P1(~-5α),P2(-5α~-2.5α),P3(-2.5α~-α),P4(-α~-0.5α),P5(-0.5α~0.5α),P6(0.5α~α),P7(α~2.5α),P8(2.5α~5α),P9(5α~)に分ける。そして、各範囲P1~P9の割合p1~p9に基づいて、下式(ii)によりステアリングエントロピー値(Hp値)を算出する。
Hp=-Σpi・log9pi ・・・(ii)
【0021】
Hp値は、操舵の滑らかさを表し、操舵のぶれが少なく予測誤差e(n)の度数分布がシャープになるほど小さい値となり、操舵のぶれが多く予測誤差e(n)の度数分布がブロードになるほど大きい値となる。視線移動が多く、操舵のぶれに対する認知機能の影響が大きい右折区間の走行データを利用することで、通常の状態に比して認知負荷がかかった状態での運転者の操舵のぶれを表すHp値を適切に算出することができる。
【0022】
認知機能評価部17は、Hp値算出部16により算出されたHp値に基づいて、車両の運転者の認知機能を評価する。すなわち、認知負荷がかかった状態での操舵のぶれを表すHp値を継続的に監視することで、その運転者の認知機能の低下傾向を評価することができる。例えば、定期的に行われる高齢者講習での走行データに基づいて講習回次ごとに算出されたHp値が増加傾向にある場合は、認知機能が低下傾向にあると評価する。高齢者講習での認知機能検査の得点を考慮してもよい。日常的な運転の走行データに基づいて定期的に算出されるHp値に基づいて同様の評価を行ってもよい。
【0023】
情報出力部18は、認知機能評価部17による評価結果を運転者本人や家族などのユーザ端末に送信する。例えば、事前に登録されたメールアドレス宛てに通知を送信することができる。この場合、通知をきっかけに、運転者本人や家族などが運転免許の返納や運転支援機能が充実した車両への代替えなどを検討することができる。走行データに基づく客観的な情報が提供されるため、運転者本人にとって自身の認知機能の現状を受け入れやすく、早期に適切な対応を検討することができる。
【0024】
図5は、システム10の演算部11による処理の流れを説明するフローチャートである。このフローチャートに示す処理は、例えばシステム10に高齢者講習時の走行データが入力されるたびに実行される。先ずステップS1で、時系列の走行データを取得する。次いでステップS2で、単位時間ごとの走行区間を判定する。次いでステップS3で、ステップS1で取得された走行データからステップS2で高負荷区間と判定された期間の走行データを除外し、ステップS4に進んでα値を算出する。ステップS4で算出された最新のα値は、記憶部12に記憶され、更新される。
【0025】
次いでステップS5で、ステップS1で取得された走行データからステップS2で右折区間と判定された期間の走行データを抽出し、ステップS6に進んで記憶部12に記憶された最新のα値に基づいてHp値を算出する。ステップS6で算出された最新のHp値は、記憶部12に記憶され、蓄積される。次いでステップS7で、記憶部12に記憶された最新のHp値を過去のHp値と比較し、運転者の認知機能に係る運転能力を判定する。次いでステップS8で、ステップS7の評価結果を事前に登録されたメールアドレス宛てに送信し、処理を終了する。
【0026】
このように、高齢者講習時の走行データなどの日常的な走行データに基づいて評価を行うため、運転に支障をきたすことなく車両の運転者の運転能力を判定することができる(ステップS1)。また、操舵のぶれに対する運転技能の影響が大きい高負荷区間を除外することで、通常の状態での運転者の操舵のぶれを表すα値を精度よく算出することができる(ステップS2~S4)。さらに、操舵のぶれに対する認知機能の影響が大きい区間の走行データを利用することで、通常の状態に比して認知負荷がかかった状態での運転者の操舵のぶれを表すHp値を精度よく算出することができる(ステップS2,S5~S6)。また、走行データに基づいて運転者の認知機能が自動的に評価され、評価結果が本人や家族に通知されるため、車両を運転する高齢者と離れて暮らす家族の見守り負担を軽減することができる(ステップS1~S8)。
【0027】
本実施形態によれば以下のような作用効果を奏することができる。
(1)システム10は、車両の走行データを取得する情報取得部13と、情報取得部13により取得された走行データに基づいて、車両の運転者の操舵の特性を表すα値を算出するα値算出部15と、情報取得部13により取得された走行データのうちの所定区間(例えば、右折区間)における走行データに基づいて、車両の運転者の操舵の特性を表すHp値を算出するHp値算出部16とを備える(図2)。α値算出部15は、情報取得部13により取得された走行データのうちの所定区間における走行データと、所定区間とは異なる無負荷・低負荷区間(例えば、直線区間、カーブ区間、車線変更区間、左折区間)における走行データとに基づいて、α値を算出する。
【0028】
これにより、例えば高齢者講習時の走行データなどの日常的な走行データに基づいて運転者の運転能力を判定するための指標となるα値およびHp値を算出できるため、運転に支障をきたすことなく運転能力を判定することができる。
【0029】
(2)所定区間は、走行時の視線移動が所定より多いものとして設定されている区間、交通信号機が設けられている区間、歩行者が所定より多いものとして設定されている区間、走行時の死角が所定より多いものとして設定されている区間、複数の道路が交わる区間のいずれか少なくとも1つである。このような操舵のぶれに対する認知機能の影響が大きい区間の走行データを利用することで、通常の状態に比して認知負荷がかかった状態での運転者の操舵のぶれを表すHp値を精度よく算出し、認知機能に係る運転能力を精度よく判定することができる。
【0030】
(3)所定区間および所定区間とは異なる無負荷・低負荷区間は、S字カーブ走行、クランク走行、および駐車走行を伴わない走行区間である(図1)。これらの走行を伴う高負荷区間では、操舵の頻度が高く、アクセルやブレーキの操作と連携してステアリングを操作する必要があり、車両感覚も要求されるなど、認知機能より運転技能が操舵のぶれに大きく影響する。このような高負荷区間の走行データを除外することで、通常の状態での運転者の操舵のぶれを表すα値を精度よく算出することができる。
【0031】
(4)所定区間は、交差点において対向車線を越えて車両の進行方向を変更する区間であり、車両の左側通行が採用されている国や地域では右折区間である(図1)。右折区間では、車両の目標軌跡を認識するにあたり、前方の対向車線と右折した先の走行車線との間での視線移動が発生するため、運転者の心的活動が増え、運転者にかかる認知負荷が高くなることに起因して、他の走行区間に比して操舵のぶれが大きくなる。このような右折区間の走行データを利用することで、通常の状態に比して認知負荷がかかった状態での運転者の操舵のぶれを表すHp値を精度よく算出することができる。
【0032】
(5)システム10は、Hp値算出部16により算出されたHp値に基づいて、車両の運転者の認知機能を評価する認知機能評価部17をさらに備える(図2)。例えば高齢者講習ごとなど、運転者個人の走行データを定期的に取得してHp値を算出し、Hp値に上昇傾向が見られた場合は、認知機能が低下しつつあると評価することができる。このように日常的な走行データを用いて認知機能の変化を継続的に監視することで、事故を起こすなどの具体的な事象が発生する前に、早期に認知機能の低下傾向を把握することができる。また、早い段階で認知機能の低下傾向を把握することで、車両の運転以外の生活全般を見直し、認知機能の維持や回復につなげることができる。
【0033】
(6)システム10は、認知機能評価部17による評価結果を出力する情報出力部18をさらに備える(図2)。例えば、事前に登録された運転者本人や家族のメールアドレス宛てに通知を送信することができる。この場合、通知をきっかけに、運転免許の返納や運転支援機能が充実した車両への代替えなどを検討することができる。このように、走行データに基づく客観的な情報が提供されるため、運転者本人にとって自身の認知機能の現状を受け入れやすく、早期に適切な対応を検討することができる。
【0034】
上記実施形態では、特定の運転者の走行データを継続的に監視する例を説明したが、車両の運転者の運転能力を判定する手法は、このようなものに限らない。例えば、高齢者講習を受講した複数の運転者の平均値など、所定の基準値と比較することで認知機能に係る運転能力を判定してもよい。
【0035】
以上では、本発明を運転能力判定システムとして説明したが、本発明は、運転能力判定方法として用いることもできる。すなわち、運転能力判定方法は、車両の走行データを取得する走行データ取得ステップS1~S3と、走行データ取得ステップS1~S3で取得された走行データに基づいて、車両の運転者の操舵の特性を表すα値を算出するα値算出ステップS4と、走行データ取得ステップS1で取得された走行データのうちの所定区間における走行データに基づいて、車両の運転者の操舵の特性を表すHp値を算出すHp値算出ステップS5~S6とを含む(図5)。α値算出ステップS4では、走行データ取得ステップS1~S3で取得された走行データのうちの、所定区間における走行データと、所定区間とは異なる無負荷・低負荷区間における走行データとに基づいて、α値を算出する。
【0036】
以上の説明はあくまで一例であり、本発明の特徴を損なわない限り、上述した実施形態および変形例により本発明が限定されるものではない。上記実施形態と変形例の1つまたは複数を任意に組み合わせることも可能であり、変形例同士を組み合わせることも可能である。
【符号の説明】
【0037】
10 運転能力判定システム(システム)、11 演算部、12 記憶部、13 情報取得部、14 区間判定部、15 α値算出部、16 Hp値算出部、17 認知機能評価部、18 情報出力部
図1
図2
図3
図4
図5