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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-03
(45)【発行日】2024-12-11
(54)【発明の名称】建築物のひずみ計測方法
(51)【国際特許分類】
   G01B 11/16 20060101AFI20241204BHJP
   E04G 23/02 20060101ALI20241204BHJP
   E04H 9/02 20060101ALI20241204BHJP
   F16F 15/04 20060101ALI20241204BHJP
【FI】
G01B11/16 Z
E04G23/02 C
E04H9/02 321Z
F16F15/04 P
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020207639
(22)【出願日】2020-12-15
(65)【公開番号】P2022094640
(43)【公開日】2022-06-27
【審査請求日】2023-12-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000222668
【氏名又は名称】東洋建設株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】500233049
【氏名又は名称】株式会社富士テクニカルリサーチ
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 聡
(72)【発明者】
【氏名】庄村 充弘
(72)【発明者】
【氏名】名取 孝
【審査官】國田 正久
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-178628(JP,A)
【文献】特開2001-249035(JP,A)
【文献】特開2003-065942(JP,A)
【文献】特開平04-368548(JP,A)
【文献】特開2018-189423(JP,A)
【文献】特開2006-145459(JP,A)
【文献】特開2001-050861(JP,A)
【文献】特開2011-226797(JP,A)
【文献】特表2008-523396(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 11/00-11/30
G01D 5/26-5/38
E04G 23/02
E04H 9/02
F16F 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設の建築物を対象とした工事において、前記建築物のひずみを計測する方法であって、
前記工事の内容に応じて、前記建築物にひずみの計測対象領域を設定し、
該計測対象領域で発生が想定されるひずみの方向と平行な配線ルートが含まれるように、前記計測対象領域の表面に沿って光ファイバを配線しながら、前記光ファイバを前記計測対象領域の表面へ密着させて取り付け、
前記光ファイバの一端を計測装置に接続し、
該計測装置により、前記光ファイバの前記計測対象領域に取り付けられた範囲の伸縮を全範囲で連続的に検出し、該検出結果に基づいて、ひずみの発生位置及び大きさを計測することを特徴とする建築物のひずみ計測方法。
【請求項2】
前記計測対象領域を複数設定し、複数本の前記光ファイバを複数の前記計測対象領域に取り付けると共に前記計測装置に接続して、前記計測装置により複数の前記計測対象領域を同時に計測することを特徴とする請求項1記載の建築物のひずみ計測方法。
【請求項3】
前記工事が、前記建築物の少なくとも一部分をジャッキアップして免震装置を交換或いは設置する工事であり、
少なくとも前記建築物のジャッキアップ時に、前記計測対象領域のひずみを計測することを特徴とする請求項1又は2記載の建築物のひずみ計測方法。
【請求項4】
前記計測対象領域がコンクリート製の部材で構成され、
前記計測対象領域に対して前記光ファイバを取り付ける際に、接着剤を利用して取り付けることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の建築物のひずみ計測方法。
【請求項5】
前記計測対象領域のコンクリート表面に、前記接着剤によるプリコーティングを施した後、前記接着剤を利用して前記光ファイバを取り付けることを特徴とする請求項4記載の建築物のひずみ計測方法。
【請求項6】
前記計測装置により、前記光ファイバに波長可変レーザを入射し、前記光ファイバ内で起きたレイリー散乱光を検出することで、前記光ファイバの伸縮を検出することを特徴とする請求項1から5のいずれか1項記載の建築物のひずみ計測方法。
【請求項7】
前記計測対象領域を構成する材料に応じてひずみの大きさの管理値を設定し、前記計測装置によるひずみの大きさの計測結果が前記管理値を超えるか否かを監視することを特徴とする請求項1から6のいずれか1項記載の建築物のひずみ計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設の建築物を対象とした工事において、その建築物のひずみを計測するひずみ計測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
既設の建築物を対象とした様々な工事では、建築物に対して意図しない影響が及ばないように、可能な限り注意を払う必要がある。一例として、既設の建築物のコンクリート構造体における免震装置を交換する工事(例えば特許文献1参照)では、免震装置の周囲などにジャッキを設置し、建築物の一部或いは全体をジャッキアップした状態で、免震装置の交換作業を行うため、その間に建築物に対して不健全な応力が入力しないように管理を行う。そのような管理を行う従来の方法には、隣接する柱間の構造体の水平変位に管理値を設け、その変化についてAIを利用して管理する方法や、応力の作用が想定される測定面にスプレーなどでパターンを塗布して三次元メッシュを生成し、その三次元メッシュの変形を検出してひずみなどを測定する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-084038号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述したAIを利用する方法では、水平変位=変形角としてコンクリートへの応力を机上で想定して管理値を設定するため、実際にコンクリート構造体に入力される応力とは相違があり、適正に管理が行われていなかった。又、三次元メッシュを利用する方法では、三次元メッシュを生成した測定面をカメラでモニターするため、測定箇所が限られてしまい、管理が不十分であった。
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、既設の建築物の工事において建築物の健全性の管理品質を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
(発明の態様)
以下の発明の態様は、本発明の構成を例示するものであり、本発明の多様な構成の理解を容易にするために、項別けして説明するものである。各項は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、発明を実施するための最良の形態を参酌しつつ、各項の構成要素の一部を置換し、削除し、又は、更に他の構成要素を付加したものについても、本発明の技術的範囲に含まれ得るものである。
【0006】
(1)既設の建築物を対象とした工事において、前記建築物のひずみを計測する方法であって、前記工事の内容に応じて、前記建築物にひずみの計測対象領域を設定し、該計測対象領域で発生が想定されるひずみの方向と平行な配線ルートが含まれるように、前記計測対象領域の表面に沿って光ファイバを配線しながら、前記光ファイバを前記計測対象領域の表面へ密着させて取り付け、前記光ファイバの一端を計測装置に接続し、該計測装置により、前記光ファイバの前記計測対象領域に取り付けられた範囲の伸縮を全範囲で連続的に検出し、該検出結果に基づいて、ひずみの発生位置及び大きさを計測する建築物のひずみ計測方法(請求項1)。
【0007】
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、既設の建築物を対象とした工事の内容に応じて、その既設の建築物に、例えば工事の影響で負荷がかかり易い箇所などを中心として、ひずみを計測する計測対象領域を設定する。そして、工事の影響で加わる外力の方向や大きさなどを考慮して、計測対象領域で発生するひずみの方向を想定し、このとき、計測対象領域の複数箇所でひずみの発生が想定される場合は、それらの各箇所でのひずみの方向を想定する。更に、想定したひずみの発生方向と平行な配線ルートが含まれるように、計測対象領域の表面に沿って光ファイバを配線しながら、光ファイバを計測対象領域の表面に密着させて取り付ける。
【0008】
そして、光ファイバの一端に計測装置を接続し、この計測装置によって、光ファイバの計測対象領域に取り付けられた範囲の伸縮を全範囲で連続的に検出する。すなわち、光ファイバは、想定されるひずみの発生方向と平行な配線ルートを含んで、計測対象領域の表面に密着して取り付けられているため、計測対象領域でひずみが発生すると、その影響を受けて伸縮するようになっている。このため、計測装置により、光ファイバでそのように発生した伸縮の位置や大きさを検出し、この検出結果から、建築物の計測対象領域で発生したひずみの位置及び大きさを計測するものである。
【0009】
上記のような構成により、既設の建築物に実際に発生するひずみがリアルタイムで計測されるため、机上計算のみでは分かり得なかった想定外の要因で発生したひずみなども計測されるものとなる。更に、光ファイバの、建築物の計測対象領域に取り付けられた全範囲でひずみが計測されるため、点ではなく線上に数mm間隔の位置で計測されるものとなり、建築物の健全性の管理品質が高められることとなる。しかも、計測のために建築物に行う施工は光ファイバの取り付けのみであり、計測自体は計測装置により行うため、計測後に建築物に影響を残すことなく、簡便にひずみが計測されるものである。これにより、コンクリート造などの近代的な建築物、電磁場や火気厳禁の環境を含む建築物、図面がなく机上想定が困難な建築物、文化的に重要な木造の建築物といった、様々な既設の建築物に適用されるものとなる。
【0010】
(2)上記(1)項において、前記計測対象領域を複数設定し、複数本の前記光ファイバを複数の前記計測対象領域に取り付けると共に前記計測装置に接続して、前記計測装置により複数の前記計測対象領域を同時に計測する建築物のひずみ計測方法(請求項2)。
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、既設の建築物に対して計測対象領域を複数設定し、これら複数の計測対象領域に複数本の光ファイバを取り付ける。このとき、計測対象領域の各々で発生が想定されるひずみに応じて、1つの計測対象領域に対して1本或いは2本以上の光ファイバを取り付けてもよく、2つ以上の計測対象領域に跨って1本の光ファイバを取り付けてもよい。そして、複数本の光ファイバの各々の一端を計測装置に接続し、複数の計測対象領域で発生するひずみを、計測装置によって同時に計測するものである。これにより、建築物の様々な位置で工事によるひずみの発生が想定される場合でも、計測装置によってそれらが同時に計測されるものとなるため、建築物の健全性の管理品質がより高められるものである。
【0011】
(3)上記(1)(2)項において、前記工事が、前記建築物の少なくとも一部分をジャッキアップして免震装置を交換或いは設置する工事であり、少なくとも前記建築物のジャッキアップ時に、前記計測対象領域のひずみを計測する建築物のひずみ計測方法(請求項3)。
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、既設の建築物の少なくとも一部分をジャッキアップして、免震装置を交換する工事、或いは、免震装置を新たに設置するレトロフィット工事などで適用されるものである。そして、この工事中の、少なくとも建築物がジャッキアップされているときに、ジャッキアップにより負荷がかかり易いと想定される箇所などに設定された計測対象領域において、ひずみを計測するものである。これにより、ジャッキアップ中に建築物に発生するひずみがリアルタイムで計測されるため、建築物の全体は勿論のこと建築物の一部分をジャッキアップする場合であっても、より安全性に配慮しながら工事が行われるものとなる。
【0012】
(4)上記(1)から(3)項において、前記計測対象領域がコンクリート製の部材で構成され、前記計測対象領域に対して前記光ファイバを取り付ける際に、接着剤を利用して取り付ける建築物のひずみ計測方法(請求項4)。
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、工事の内容に応じて設定されたひずみを計測する計測対象領域が、コンクリート製の部材で構成されており、その計測対象領域に対して光ファイバを取り付ける際に、接着剤を利用して取り付けるものである。これにより、光ファイバが計測対象領域のコンクリート表面に沿って密着して取り付けられ、計測対象領域で発生するひずみなどの変化が、より正確に光ファイバに伝わるものとなるため、ひずみの検出能力が向上されるものである。更に、光ファイバを広い計測対象領域や複数の計測対象領域に取り付ける場合であっても、接着剤により取り付け作業が容易になるものである。
【0013】
(5)上記(4)項において、前記計測対象領域のコンクリート表面に、前記接着剤によるプリコーティングを施した後、前記接着剤を利用して前記光ファイバを取り付ける建築物のひずみ計測方法(請求項5)。
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、コンクリート製の部材で構成された計測対象領域に光ファイバを取り付ける際に、計測対象領域のコンクリート表面に接着剤によるプリコーティングを施した後で、そこへ同じ接着剤を利用して光ファイバを取り付けるものである。これにより、計測対象領域のコンクリート表面に対する光ファイバの密着度を高めると共に、万が一コンクリートにヒビ割れなどが発生した場合に、光ファイバの断線防止を図るものである。
【0014】
(6)上記(1)から(5)項において、前記計測装置により、前記光ファイバに波長可変レーザを入射し、前記光ファイバ内で起きたレイリー散乱光を検出することで、前記光ファイバの伸縮を検出する建築物のひずみ計測方法(請求項6)。
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、計測装置により、光ファイバの一端から光ファイバに波長可変レーザを入射し、それによって光ファイバ内で起きたレイリー散乱光を検出することで、光ファイバで発生した伸縮の位置や大きさを検出するものである。すなわち、光ファイバ内のレイリー散乱光の波長分布は、各光ファイバの製造時の密度ムラや不純物によって決まるため、それを予め計測することによって、光ファイバで伸縮が発生していない通常時のレイリー散乱光の波長分布を把握する。そして、光ファイバで伸縮が発生した箇所ではレイリー散乱光の波長分布が変化するため、それを利用して、予め把握した通常時のレイリー散乱光の波長分布から、計測中にレイリー散乱光の波長分布が変化した位置及び変化の度合いを検出し、光ファイバの伸縮を検出するものである。これにより、光ファイバで発生した伸縮の検出精度、換言すれば、光ファイバを取り付けた計測対象領域で発生したひずみの検出精度が高められるため、建築物の健全性の管理品質がより一層高められるものである。
【0015】
(7)上記(1)から(6)項において、前記計測対象領域を構成する材料に応じてひずみの大きさの管理値を設定し、前記計測装置によるひずみの大きさの計測結果が前記管理値を超えるか否かを監視する建築物のひずみ計測方法(請求項7)。
本項に記載の建築物のひずみ計測方法は、計測対象領域を構成する材料に応じて、例えば異常が発生した場合の目安となるひずみの大きさの管理値を設定し、計測装置によって計測された計測対象領域のひずみの大きさが、設定した管理値を超えるか否かを監視するものである。これにより、計測装置の計測結果が管理値を超えた場合に、その計測対象領域で異常が発生したものとして、目視での確認やその結果に応じた対策が迅速に行われるものとなるため、工事中の建築物の管理体制が強化されるものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明は上記のような構成であるため、既設の建築物の工事において建築物の健全性の管理品質を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法の手順の一例を示すフロー図である。
図2】ジャッキアップ時の建築物のイメージ図であり、(a)がひずみの発生方向を想定したイメージ図、(b)が光ファイバの配線ルートを示すイメージ図である。
図3】光ファイバの接着イメージを示しており、(a)が光ファイバの取り付け面を側方から視た側面イメージ図、(b)が光ファイバの延在方向と直交する断面イメージ図である。
図4】本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法で利用する計測装置の構成の一例を示すブロック図である。
図5図4の計測装置により表示する演算結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態を、添付図面に基づき説明する。ここで、従来技術と同一部分、若しくは相当する部分については、詳しい説明を省略することとし、又、図面の全体にわたって、同一部分若しくは対応する部分は、同一の符号で示している。
本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、既設の様々な建築物を対象とした工事において、それらの建築物で発生するひずみを計測するものである。図1は、そのような建築物のひずみ計測方法の手順の一例を、コンクリート造の既設の建築物を対象とした免震装置の交換工事に適用した場合を例にして示したものであり、ここでは、図1のフロー図に沿って、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法を説明する。しかしながら、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、図1のフロー図に限定されるものではなく、例えば、建築物の種類や工事の内容などに応じて、図1に示した工程の一部が削除、変更、ないし適宜追加されたフローであってもよいものである。
【0019】
S10(計測対象領域設定):既設の建築物に対して行う工事の内容に応じて、ひずみを計測するための計測対象領域を建築物に設定する。すなわち、本実施形態では、例えば図2に示すように、コンクリート32造の既設の建築物10に対して、建築物10をジャッキアップしながら免震装置22の交換工事を行うことを考慮して、計測対象領域30を設定する。このため、ジャッキアップする箇所の近傍などの、ジャッキアップにより負荷がかかり易いと想定される箇所や、形状などがイレギュラーで応力のかかり方が他の箇所と異なると想定される箇所などを中心として、建築物10の規模などに応じて複数(或いは1つ)の計測対象領域30を設定する。
【0020】
S20(ひずみの発生方向検討):上記S10で設定した計測対象領域30の各々について、発生が想定されるひずみの方向を検討する。例えば図2(a)には、既設の建築物10において、上部構造体12と下部構造体14との間に設置された免震装置22を交換するために、ジャッキ20によって上部構造体12をジャッキアップする様子を示しており、上部構造体12のジャッキアップ箇所の近傍に、計測対象領域30が設定されている。このような計測対象領域30では、ジャッキ20による図中上方向の矢印で示す荷重や、上部構造体12の図中下方向の矢印で示す自重などにより、符号DLで示すようなたわみの発生が想定される。このため、符号SAで示す矢印の位置に、その矢印で示される図中上下方向のせん断によるひずみが想定され、符号CAで示す矢印の位置に、その矢印で示される図中左右方向の圧縮によるひずみが想定され、符号TAで示す矢印の位置に、その矢印で示される図中左右方向の引張によるひずみが想定される。なお、免震装置22の交換工事以外の工事についても、その工事によって加わる外力の方向や位置などに応じて、ひずみの発生方向を想定すればよい。
【0021】
S30(光ファイバ配線ルート検討):計測対象領域30に取り付けてひずみの計測に使用する、光ファイバ40の配線ルートを検討する。このとき、上記S20で想定した図2(a)に示すようなひずみの方向と平行な配線ルートが含まれるように、図2(b)に示すような光ファイバ40の配線ルートを検討する。すなわち、図2(a)及び(b)の双方を参照して、せん断によるひずみを示す矢印SAの近傍では、矢印SAの方向と平行な図中上下方向に沿った配線ルートを設定し、圧縮によるひずみを示す矢印CAの近傍では、矢印CAの方向と平行な図中左右方向に沿った配線ルートを設定し、引張によるひずみを示す矢印TAの近傍では、矢印TAの方向と平行な図中左右方向に沿った配線ルートを設定する。なお、ひずみの発生が想定される位置やその数量に応じて、2本以上の光ファイバ40を1つの計測対象領域30に取り付けるような配線ルートや、2つ以上の計測対象領域30に跨って1本の光ファイバ40を取り付けるような配線ルートを検討してもよい。
【0022】
S40(ひずみの管理値設定):計測対象領域30を構成している材料などに応じて、ひずみの管理値を設定する。図2に示す実施形態では、計測対象領域30がコンクリート32で構成されているため、例えば、このコンクリート32にヒビ割れなどの異常が発生することの目安となるような大きさで、ひずみの管理値を設定する。ひずみの管理値は、引張側のひずみの場合はプラスの値、圧縮側のひずみの場合はマイナスの値となる。ここで設定したひずみの管理値は、後述するS120において、計測対象領域30で発生したひずみの大きさを監視するために使用される。
【0023】
S50(プリコーティング実施):上記S30で検討した光ファイバ40の配線ルートを考慮して、計測対象領域30を構成するコンクリート32表面の、光ファイバ40を取り付ける範囲に、厚みを調整しながら接着剤によるプリコーティング52(図3(b)参照)を施工する。このプリコーティング52に使用する接着剤は、後述するS70で光ファイバ40の接着に使用する接着剤50(図3(b)参照)と同様のものである。なお、プリコーティング52の施工に先立ち、コンクリート32の素地を出す処理、コンクリート32表面を研磨して平らにする処理、コンクリート32表面の脱脂処理などを行ってもよい。
S60(光ファイバ配線及び仮止め):図2(b)に示すように、上記S30で検討した光ファイバ40の配線ルートに従って配線しながら、上記S50で施したプリコーティング52の上から、計測対象領域30にマスキングテープなどを利用して光ファイバ40を仮止めする。
【0024】
S70(光ファイバ接着):上記S60で仮止めした光ファイバ40を、図3(b)に示すように、プリコーティング52の上から計測対象領域30に接着剤50により接着する。ここでの接着やプリコーティング52にも使用する接着剤50には、計測対象領域30を構成する部材に何の影響も与えず、計測対象領域30のひずみなどの変形に追従しつつ、それ以外の要因では変化し難いものを選定する。更に、状況に応じて、接着剤50により接着した上から、ビニールテープ、液体ラバー、スポンジテープなどで光ファイバ40を更に覆って保護してもよい。
【0025】
又、本実施形態では、図2(b)及び図3(a)に示すように、光ファイバ40の一端40a側が、計測対象領域30に接着されずに外側へ延びており、その一端40aが、リモートモジュール46に接続され、他端40bが、適切な終端処理が施されて計測対象領域30に取り付けられている。更に、図3(a)では、計測ポイント42から計測ポイント44までの間が、光ファイバ40により計測を行う範囲として示され、計測ポイント42から他端40bまでが図3(b)のように接着され、計測ポイント42から一端40aまでが、テフロン(登録商標)管などで覆われつつ、その一部がステンレス製などの保護管48により更に覆われている。しかしながら、そのような保護に用いる部材の要否は任意である。
【0026】
S80(計測装置接続):光ファイバ40の一端40aに、本実施形態ではリモートモジュール46を介して、図4に示すような計測装置60を接続する。又、リモートモジュール46と計測装置60との間には、延長ケーブル54が介在しており、これによって、計測装置60は、計測対象領域30から離れた任意の位置に設置されるようになっている。図4の計測装置60は、光ファイバ40に対する光の送受信を行う送受信部62と、送受信部62の光の受信結果に応じてひずみの計測などの演算を行う演算部64と、演算部64の演算結果を表示する表示部66とを含んでいる。送受信部62は、複数本の光ファイバ40と接続可能になっており、それらと同時に光の送受信を行う。このような計測装置60は、パーソナルコンピュータなどを含む専用ハードウェアの組み合わせや、それらで実行される専用ソフトウェアによって実現される。
【0027】
S90(準備判定):上記S10で設定した全ての計測対象領域30について、上記S20~S80の各工程を実施したか否かを判定する。そして、全ての計測対象領域30について上記S20~S80の工程を実施した場合は、S100へ移行し、上記S20~S80の工程を実施していない計測対象領域30が残っている場合は、上記S20などに復帰してその計測対象領域30について未実施の工程を実施する。
S100(ジャッキアップ開始):図2に示すように、免震装置22を交換するために、既設の建築物10の上部構造体12を、ジャッキ20により徐々に上昇させてジャッキアップする。なお、図2(a)及び(b)には、ジャッキ20が1台のみ図示されているが、ジャッキ20は、建築物10に設置されている複数の免震装置22の各々の周囲などを含む、様々な位置に設置されており、それらが同時に建築物10をジャッキアップすることで、建築物10の全体或いは一部をジャッキアップするようになっている。
【0028】
S110(光ファイバの伸縮検出):建築物10のジャッキアップが開始されたら、計測装置60により、計測対象領域30の各々で発生している光ファイバ40の伸縮を検出する。具体的に、本実施形態では、送受信部62からそこに接続されている光ファイバ40の各々へ、波長可変レーザを継続的に入射する。そして、それによって各光ファイバ40内から戻ってくるレイリー散乱光を送受信部62で受信し、演算部64により、各光ファイバ40から受信したレイリー散乱光の波長と、予め取得している各光ファイバ40のレイリー散乱光の波長分布とを比較する。そして、その比較結果から、光ファイバ40が伸縮したことを示すレイリー散乱光の波長分布の変化を検出し、光ファイバ40の伸縮が発生した位置と伸縮の大きさとを、送受信部62に接続された光ファイバ40の各々について算出する。
【0029】
S120(ひずみ計測及び監視):計測装置60により、上記S110で検出した光ファイバ40の伸縮の発生位置及びその大きさから、計測対象領域30で発生したひずみの位置及び大きさを計測する。図5には、ある時点に光ファイバ40で発生した伸縮の大きさをひずみの大きさとして縦軸に、光ファイバ40の一端40aからの距離を横軸にした、表示部66により表示するグラフの一例を示している。例えば、図3(a)に示した計測ポイント42におけるひずみの計測結果は、光ファイバ40の一端40aから計測ポイント42までの、光ファイバ40に沿った距離が8mだと仮定すると、図5のようなグラフにおいて距離が8mの位置に表れることになる。
【0030】
又、光ファイバ40が図2(b)のように配線されている場合は、図2(a)のせん断によるひずみ(SA)、圧縮によるひずみ(CA)、及び引張によるひずみ(TA)の各々を計測するように配線された光ファイバ40の位置を、光ファイバ40の一端40aからの距離として把握することで、各ひずみの計測結果が図5のようなグラフの各距離の位置に表れることになる。このようにして、各光ファイバ40の距離位置(一端40aからの距離)と、計測対象領域30における各光ファイバ40の配線ルートとを紐付けることで、図5のような計測結果から、計測対象領域30で発生したひずみが計測されるものである。
【0031】
更に、本工程S120では、上記S40で設定したひずみの管理値を利用して、異常なひずみが発生しているか否かの監視を行う。一例として、図5には、これらの値に限定されるものではないが、引張側のひずみの管理値を+75μ、圧縮側のひずみの管理値を-250μとして、夫々の管理値を示す管理値ラインML1、ML2を図示している。このようにひずみの管理値を設定した場合は、計測したひずみの値が、管理値ラインML1を上回らないよう、かつ、管理値ラインML2を下回らないように、監視を行えばよい。それらの管理値ラインML1、ML2を超えるようなひずみが計測された場合に、計測装置60により、音声や表示などによる発報を行なうようにしてもよい。なお、図5のグラフからは、光ファイバ40の一端40aから20mまでの範囲において、ひずみの大きさが概ね±25μ内に収まっており、特に問題となるようなひずみが発生していないことが読み取れる。上記S110及び本工程S120を、少なくとも建築物10のジャッキアップ終了まで継続的に行うものとする。
【0032】
S130(ジャッキアップ終了):工事で予定していた全ての免震装置22の交換作業が終了したら、上部構造体12を徐々に下降させ、ジャッキ20による既設の建築物10のジャッキアップを終了する。又、本実施形態では、同時に計測装置60によるひずみの計測も終了となるが、状況に応じて、建築物10のジャッキアップが終了した後の任意の時間にわたって、計測装置60によるひずみの計測を継続してもよい。
ここまでの工程により、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法の一例の手順が終了となる。
【0033】
ここで、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、図1図5の構成に限定されるものではなく、例えば、計測対象領域30は、建築物10のジャッキアップ箇所の近傍に限らず、任意の材料で構成された任意の場所に設定してよい。又、既設の建築物10は、コンクリート造のものに限らず、木造や石造りなどであってもよい。計測対象領域30がコンクリート以外の材料で構成されている場合は、その材料に何の影響も与えずに、光ファイバ40を密着して取り付けることが可能な、適切な取り付け手段を用いるものとする。更に、計測装置60の表示部66によって表示する内容は、図5のグラフ以外にも、演算部64の演算結果を示す様々な内容であってよく、例えば、任意の計測ポイントのひずみの大きさを経時的に表示してもよい。又、図5のようなグラフにおいても、横軸の光ファイバ40の距離には、光ファイバ40の一端40aからの距離に限らず、任意の位置からの任意の距離範囲を表示するようにしてもよい。
【0034】
さて、上記構成をなす本発明の実施の形態によれば、次のような作用効果を得ることが可能である。すなわち、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、図2に示すように、既設の建築物10を対象とした工事の内容に応じて、その既設の建築物10に、例えば工事の影響で負荷がかかり易い箇所などを中心として、ひずみを計測する計測対象領域30を設定する(図1のS10参照)。そして、工事の影響で加わる外力の方向や大きさなどを考慮して、計測対象領域30で発生するひずみの方向を想定し、このとき、計測対象領域30の複数箇所でひずみの発生が想定される場合は、それらの各箇所でのひずみの方向を想定する(図1のS20参照)。更に、想定したひずみの発生方向と平行な配線ルートが含まれるように、計測対象領域30の表面に沿って光ファイバ40を配線しながら、光ファイバ40を計測対象領域30の表面に密着させて取り付ける(図1のS60及びS70参照)。
【0035】
そして、光ファイバ40の一端40a側に、例えば図4に示すような計測装置60を接続し(図1のS80参照)、この計測装置60によって、光ファイバ40の計測対象領域30に取り付けられた範囲の伸縮を検出する(図1のS110参照)。すなわち、光ファイバ40は、想定されるひずみの発生方向と平行な配線ルートを含んで、計測対象領域30の表面に密着して取り付けられているため、計測対象領域30でひずみが発生すると、その影響を受けて伸縮するようになっている。このため、計測装置60により、光ファイバ40でそのように発生した伸縮の位置や大きさを検出し、この検出結果から、建築物10の計測対象領域30で発生したひずみの位置及び大きさを計測するものである(図1のS120参照)。
【0036】
上記のような構成により、既設の建築物10に実際に発生するひずみをリアルタイムで計測することができるため、机上計算のみでは分かり得なかった想定外の要因で発生したひずみなども計測することができる。更に、光ファイバ40の、建築物10の計測対象領域30に取り付けられた全範囲でひずみを計測することができるため、点ではなく線上に数mm間隔の位置で計測することが可能となり、建築物10の健全性の管理品質を高めることができる。しかも、計測のために建築物10に行う施工は光ファイバ40の取り付けのみであり、計測自体は計測装置60により行うため、計測後に建築物10に影響を残すことなく、簡便にひずみを計測することが可能となる。これにより、コンクリート造などの近代的な建築物、電磁場や火気厳禁の環境を含む建築物、図面がなく机上想定が困難な建築物、文化的に重要な木造の建築物といった、様々な既設の建築物10に適用することができる。
【0037】
又、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、既設の建築物10に対して計測対象領域30を複数設定し、これら複数の計測対象領域30に複数本の光ファイバ40を取り付ける。そして、複数本の光ファイバ40の各々の一端40aを計測装置60に接続し、複数の計測対象領域30で発生するひずみを、計測装置60によって同時に計測するものである。これにより、建築物10の様々な位置で工事によるひずみの発生が想定される場合でも、計測装置60によってそれらを同時に計測することができるため、建築物10の健全性の管理品質をより高めることが可能となる。
【0038】
又、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、図2に示すように、既設の建築物10の少なくとも一部分をジャッキアップして、免震装置22を交換する工事や、免震装置22を新たに設置するレトロフィット工事などで適用されるものである。そして、この工事中の、少なくとも建築物10がジャッキアップされているときに(図1のS100及びS130参照)、ジャッキアップにより負荷がかかり易いと想定される箇所などに設定された計測対象領域30において、ひずみを計測するものである。これにより、ジャッキアップ中に建築物10に発生するひずみをリアルタイムで計測することができるため、建築物10の全体は勿論のこと建築物10の一部分をジャッキアップする場合であっても、より安全性に配慮しながら工事を行うことができる。
【0039】
更に、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、工事の内容に応じて設定されたひずみを計測する計測対象領域30が、コンクリート32製の部材で構成されており、その計測対象領域30に対して光ファイバ40を取り付ける際に、図3(b)に示すように接着剤50を利用して取り付けるものである。これにより、光ファイバ40を計測対象領域30のコンクリート32表面に沿って密着して取り付けることができ、計測対象領域30で発生するひずみなどの変化を、より正確に光ファイバ40に伝えることができるため、ひずみの検出能力を向上させることが可能となる。更に、光ファイバ40を広い計測対象領域30や複数の計測対象領域30に取り付ける場合であっても、接着剤50により取り付け作業を容易に行うことができる。
【0040】
又、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、コンクリート32製の部材で構成された計測対象領域30に光ファイバ40を取り付ける際に、計測対象領域30のコンクリート32表面に接着剤50によるプリコーティング52を施した後で(図1のS50参照)、そこへ同じ接着剤50を利用して光ファイバ40を取り付けるものである。これにより、計測対象領域30のコンクリート32表面に対する光ファイバ40の密着度を高めることができると共に、万が一コンクリート32にヒビ割れなどが発生した場合に、光ファイバ40の断線防止を図ることができる。
【0041】
更に、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、図2及び図4を参照して、計測装置60により、光ファイバ40の一端40aから光ファイバ40に波長可変レーザを入射し、それによって光ファイバ40内で起きたレイリー散乱光を検出することで、光ファイバ40で発生した伸縮の位置や大きさを検出するものである。すなわち、光ファイバ40内のレイリー散乱光の波長分布は、各光ファイバ40の製造時の密度ムラや不純物によって決まるため、それを予め計測することによって、光ファイバ40で伸縮が発生していない通常時のレイリー散乱光の波長分布を把握する。そして、光ファイバ40で伸縮が発生した箇所ではレイリー散乱光の波長分布が変化するため、それを利用して、予め把握した通常時のレイリー散乱光の波長分布から、計測中にレイリー散乱光の波長分布が変化した位置及び変化の度合いを検出し、光ファイバ40の伸縮を検出するものである。これにより、光ファイバ40で発生した伸縮の検出精度、換言すれば、光ファイバ40を取り付けた計測対象領域30で発生したひずみの検出精度を高めることができるため、建築物10の健全性の管理品質をより一層高めることが可能となる。
【0042】
加えて、本発明の実施の形態に係る建築物のひずみ計測方法は、計測対象領域30を構成する材料に応じて、例えば異常が発生した場合の目安となるひずみの大きさの管理値を設定し(図1のS40参照)、例えば図5に示したような管理値ラインML1、ML2を利用して、計測装置60によって計測された計測対象領域30のひずみの大きさが、設定した管理値を超えるか否かを監視するものである(図1のS120参照)。これにより、計測装置60の計測結果が管理値を超えた場合に、その計測対象領域30で異常が発生したものとして、目視での確認やその結果に応じた対策を迅速に行うことができるため、工事中の建築物10の管理体制を強化することができる。
【符号の説明】
【0043】
10:既設の建築物、22:免震装置、30:計測対象領域、32:コンクリート、40:光ファイバ、40a:一端、50:接着剤、52:プリコーティング、60:計測装置
図1
図2
図3
図4
図5