(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-03
(45)【発行日】2024-12-11
(54)【発明の名称】窒化ケイ素粉末、及び窒化ケイ素焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 21/068 20060101AFI20241204BHJP
C04B 35/587 20060101ALI20241204BHJP
【FI】
C01B21/068 D
C04B35/587
(21)【出願番号】P 2022512242
(86)(22)【出願日】2021-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2021013394
(87)【国際公開番号】W WO2021200868
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-06-12
(31)【優先権主張番号】P 2020059901
(32)【優先日】2020-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100185591
【氏名又は名称】中塚 岳
(72)【発明者】
【氏名】中村 祐三
(72)【発明者】
【氏名】宮下 敏行
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/005390(WO,A1)
【文献】特表2005-501176(JP,A)
【文献】Surface and Interface Analysis,1988年,Vol. 12,pp. 527-530
【文献】Materials Chemistry and Physics,1993年,Vol. 36,pp. 112-118
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 21/068
C04B 35/587
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化ケイ素の一次粒子を含み、
前記一次粒子は、表面の少なくとも一部に酸化膜を有し、
前記酸化膜の厚みが
6.0~20.0nm以下であ
り、
BET比表面積が13.0m
2
/g以下であり、
体積基準の累積粒度分布における90%累積径が1.40~2.00μmである、窒化ケイ素粉末。
【請求項2】
体積基準の累積粒度分布における90%累積径が
1.97μm以下である、請求項1に記載の窒化ケイ素粉末。
【請求項3】
BET比表面積が8.0m
2/g以上である、請求項1に記載の窒化ケイ素粉末。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の窒化ケイ素粉末を含む焼結原料を成形し焼成する工程を有する、窒化ケイ素焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、窒化ケイ素粉末、及び窒化ケイ素焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化ケイ素は、強度、硬度、靭性、耐熱性、耐食性、耐熱衝撃性等に優れた材料であることから、ダイカストマシン及び溶解炉等の各種産業用の部品、及び自動車部品等に利用されている。また、窒化ケイ素は、高温における機械的特性にも優れることから、高温強度、高温クリープ特性が求められるガスタービン部品に適用することが検討されている。例えば、特許文献1では、窒化ケイ素焼結体の高温特性を向上させる方法として、窒化ケイ素粉末の全酸素量を1.5質量%以下にして、焼結時に精製する粒界相を低減し、融点を高く維持して高温特性を向上することが検討されている。
【0003】
窒化ケイ素基板は、自動車及び工作機械等のパワーモジュール等の絶縁基板としての利用も検討されている。例えば、特許文献2では、アルミニウム-セラミックス接合基板に窒化ケイ素基板を用いることが提案されている。このような用途では、高い絶縁性及び放熱性を有することが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平7-206409号公報
【文献】特開2011-077546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、十分な曲げ強さを有し且つ熱伝導性に優れる焼結体を製造可能な窒化ケイ素粉末を提供することを目的とする。本開示はまた、十分な曲げ強さ、且つ優れた熱伝導性を発揮し得る窒化ケイ素焼結体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面は、窒化ケイ素の一次粒子を含み、上記一次粒子は、表面の少なくとも一部に酸化膜を有し、上記酸化膜の厚みが20.0nm以下である、窒化ケイ素粉末を提供する。
【0007】
上記窒化ケイ素粉末は、一次粒子の表面の少なくとも一部に所定の厚みの酸化膜を有することから、十分な曲げ強さを有し且つ熱伝導性に優れる焼結体を製造可能である。このような効果が得られる理由は以下のように考えられる。まず、窒化ケイ素粉末の焼結体を製造する際には、一次粒子の表面における酸化膜部分が優先的に溶融し液相を形成する。そして当該液相に窒化ケイ素が溶解し、その後再析出する過程で緻密な組織が形成される。当該作用は焼結助剤と同様であるが、上記窒化ケイ素粉末の場合、各一次粒子の表面に同様の機能を発揮し得る酸化膜を有することで、より一層均一に窒化ケイ素の溶融及び再析出を生じさせることができ、優れた焼結性を発揮し、得られる焼結体は優れた曲げ強さを発揮し得る。また、上記液相部分は焼結体においては粒界相を形成するが、上記窒化ケイ素粉末においては、酸化膜の厚みが所定範囲内であることによって、粒界相の形成割合も抑制され、従来の窒化ケイ素粉末よりも熱伝導性に優れた焼結体を提供し得る。
【0008】
上記窒化ケイ素粉末は、体積基準の累積粒度分布における90%累積径が2.00μm以下であってよい。
【0009】
上記窒化ケイ素粉末は、BET比表面積が8.0m2/g以上であってよい。
【0010】
本開示の一側面は、上述の窒化ケイ素粉末を含む焼結原料を成形し焼成する工程を有する、窒化ケイ素焼結体の製造方法を提供する。
【0011】
上記窒化ケイ素焼結体の製造方法は、上述の窒化ケイ素粉末を含む焼結原料を用いることから、焼結原料は焼結性に優れ、得られる焼結体は十分な曲げ強さを有し且つ優れた熱伝導性を発揮し得る。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、十分な曲げ強さを有し且つ熱伝導性に優れる焼結体を製造可能な窒化ケイ素粉末を提供できる。本開示によればまた、十分な曲げ強さ、且つ優れた熱伝導性を発揮し得る窒化ケイ素焼結体の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、実施例1で得られた窒化ケイ素粉末の高角散乱環状暗視野法による走査型透過電子顕微鏡(HAADF-STEM)写真である。
【
図2】
図2は、
図1中の破線で囲った領域Rの部分拡大図である。
【
図3】
図3は、
図2と同じ観測面におけるケイ素の分布を示す分布像である。
【
図4】
図4は、
図2と同じ観測面における酸素の分布を示す分布像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の実施形態について説明する。ただし、以下の実施形態は、本開示を説明するための例示であり、本開示を以下の内容に限定する趣旨ではない。
【0015】
本明細書において例示する材料は特に断らない限り、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。組成物中の各成分の含有量は、組成物中の各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。本明細書における「工程」とは、互いに独立した工程であってもよく、同時に行われる工程であってもよい。
【0016】
窒化ケイ素粉末の一実施形態は、窒化ケイ素の一次粒子を含む。上記一次粒子は、表面の少なくとも一部に酸化膜を有する。本明細書において、酸化膜とは上記一次粒子の表面における酸化された部分を意味する。上記酸化膜は、具体的には、上記一次粒子の内部よりも酸素原子の存在量が多い表層部分であり、広角散乱環状暗視野法による走査型透過電子顕微鏡法(HAADF-STEM)と、エネルギー分散型X線分析法(EDX)による元素分析とを用いることによって、決定することができる。酸化膜は、例えば、二酸化ケイ素を含む。
【0017】
上記酸化膜の厚みは20.0nm以下である。上記酸化膜の厚みの下限値は、例えば、5.0nm以上、5.5nm以上、6.0nm以上、又は6.5nm以上であってよい。上記酸化膜の厚みの下限値が上記範囲内であると、焼結性をより向上させることができる。上記酸化膜の厚みの下限値が上記範囲内であるとまた、窒化ケイ素を焼成させる際の粒成長を促進させることができ、窒化ケイ素焼結体の曲げ強さをより向上させることができる。上記酸化膜の厚みの上限値は、例えば、18.0nm以下、16.0nm以下、14.0nm以下、12.0nm以下、又は10.0nm以下であってよい。酸化膜の厚みの上限値が上記範囲内であると、焼結体を製造した際の粒界相をより十分に低減することができ、熱伝導率をより向上させることができる。なお、窒化ケイ素の一次粒子における酸化膜の厚みは必ずしも均一でなくてよく、酸化膜の厚みの最大値が上述の範囲内であればよい。上記酸化膜の厚みは上述の範囲内で調整することができ、例えば、5.0~20.0nm、5.5~14.0nm、又は6.5~10.0nmであってよい。酸化膜の厚みは、例えば、窒化ケイ素粉末の製造時における酸処理条件等を調整することで制御できる。
【0018】
窒化ケイ素粉末において、体積基準の累積粒度分布における90%累積径の上限値は、例えば、2.00μm以下、1.98μm以下、1.95μm以下、又は1.90μm以下であってよい。体積基準の累積粒度分布における90%累積径の下限値は、例えば、1.40μm以上、1.50μm以上、1.52μm以上、1.55μm以上、1.60μm以上、又は1.65μm以上であってよい。体積基準の累積粒度分布における90%累積径は上述の範囲内で調整でき、例えば、1.40~2.00μm、又は1.50~1.90μmであってよい。窒化ケイ素粉末の体積基準の累積粒度分布における90%累積径は、例えば、窒化ケイ素粉末の製造時における粉砕条件及び分級条件等を調整することで制御できる。
【0019】
本明細書における体積基準の累積粒度分布における90%累積径は、窒化ケイ素粉末に対するレーザー回折散乱法で粒度分布を測定したときの体積基準の累積粒度分布における累積値が90%となったときの粒子径(D90)を意味する。レーザー解析散乱法は、JIS Z 8825:2013「粒子径解析-レーザー回折・散乱法」に記載の方法に準拠して測定できる。測定には、レーザー回折散乱法粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、商品名:LS-13 320)等を使用することができる。
【0020】
窒化ケイ素粉末のBET比表面積の下限値は、例えば、8.0m2/g以上、8.5m2/g以上、又は8.7m2/g以上であってよい。窒化ケイ素粉末のBET比表面積の上限値は、例えば、15.0m2/g以下、13.0m2/g以下、12.0m2/g以下、11.0m2/g以下、10.0m2/g以下、9.5m2/g以下、又は9.2m2/g以下であってよい。窒化ケイ素粉末のBET比表面積は上述の範囲内で調整することができ、例えば、8.0~15.0m2/g、又は8.5~9.2m2/gであってよい。窒化ケイ素粉末のBET比表面積は、例えば、窒化ケイ素粉末の製造時における粉砕条件等を調整することで制御できる。
【0021】
本明細書におけるBET比表面積は、JIS Z 8830:2013「ガス吸着による粉体(固体)の比表面積測定方法」に記載の方法に準拠し、窒素ガスを使用してBET一点法により測定される値である。
【0022】
上述の窒化ケイ素粉末は、例えば、以下のような方法で製造することができる。窒化ケイ素粉末の製造方法の一実施形態は、ケイ素粉末を、窒素と、水素及びアンモニアからなる群より選択される少なくとも一種とを含む雰囲気下で焼成して焼成物を得る工程(以下、焼成工程ともいう)と、上記焼成物を粉砕して粉砕物を得る工程(以下、粉砕工程ともいう)と、上記粉砕物を酸で処理する工程(以下、酸処理工程ともいう)と、を有する。
【0023】
ケイ素粉末は、酸素量が0.40質量%以下であるケイ素粉末を用いる。ケイ素粉末の酸素量の上限値は、例えば、0.30質量%以下、又は0.20質量%以下であってよい。ケイ素粉末の酸素量を上記範囲内とすることで、得られる窒化ケイ素粉末の内部における酸素量をより低減できる。ケイ素粉末の酸素量の下限値は、例えば、0.10質量%以上、又は0.15質量%以上であってよい。ケイ素粉末の酸素量は上述の範囲で調整することができ、例えば、0.10~0.40質量%であってよい。
【0024】
本明細書におけるケイ素粉末の酸素量は、赤外線吸収法によって測定される値を意味する。
【0025】
ケイ素粉末は、市販の物を用いることもでき、別途調製したものを用いてもよい。ケイ素粉末の酸素量が高い場合には、例えば、フッ化水素酸を含む前処理液を用いて、ケイ素粉末に結合する酸素量を低減することができる。つまり、上記窒化ケイ素粉末の製造方法は、フッ化水素酸を含む前処理液を用いてケイ素粉末を前処理し、酸素量が0.40質量%以下であるケイ素粉末を得る前処理工程を更に有していてもよい。
【0026】
前処理液は、フッ化水素酸を含むが、例えば、塩酸等の酸との混酸であってもよく、フッ化水素酸のみからなってもよい。前処理工程における前処理液の温度は、例えば、40~80℃であってよい。また、前処理液とケイ素粉末とを接触させる時間は、例えば、1~10時間であってよい。
【0027】
焼成工程では、ケイ素粉末を、窒素と、水素及びアンモニアからなる群より選択される少なくも一種と、を含む混合雰囲気下で焼成して窒化ケイ素を含む焼成物を得る。混合雰囲気における水素及びアンモニアの合計の含有量は、混合雰囲気全体を基準として、例えば、10~40体積%であってよい。焼成温度は、例えば、1100~1450℃、又は1200~1400℃であってよい。焼成時間は、例えば、30~100時間であってよい。
【0028】
粉砕工程では、焼成工程で得られた上記焼成物を粉砕して粉砕物を得る。焼成物を粉砕し、粒度を調整することによって、後の酸処理工程における表面処理の制御が容易となり、窒化ケイ素の一次粒子における酸化膜の厚みの制御が容易なものとなる。焼成工程で得られる窒化ケイ素を含む焼成物が、塊状、インゴット状等になっている場合、粉砕工程を行う効果がより顕著である。
【0029】
粉砕工程における粉砕処理の時間(粉砕時間)の下限値は、例えば、5時間以上、6時間以上、7時間以上、又は8時間以上であってよい。粉砕時間の下限値を上記範囲内とすることで、粉砕物を十分に細かくすることができ、酸処理工程での酸処理効率をより向上させることができる。上記粉砕処理の時間の上限値は、例えば、15時間以下、14時間以下、13時間以下、又は12時間以下であってよい。粉砕時間の上限値を上記範囲内とすることで、焼成物を十分に粉砕することができ、また過剰な粉砕を防ぐことで製造コストを抑えることができる。粉砕時間は上述の範囲内で調整してよく、例えば、5~15時間、又は8~12時間であってよい。
【0030】
粉砕は、粗粉砕と微粉砕というように複数段階に分けて行ってもよい。粉砕は、湿式粉砕及び乾式粉砕のいずれでもよい。粉砕は、粒度の調整を容易とする観点から、好ましくは湿式粉砕である。湿式粉砕に使用される媒体は、例えば、水等であってよい。
【0031】
粉砕には、例えば、ボールミル等を用いることができる。ボールミルを使用する場合、容器へのボールの充填率は、目的とする窒化ケイ素粉末の粒度に合わせて調整することができる。容器へのボールの充填率の下限値は、容器の容積を基準として、例えば、40体積%以上、45体積%以上、又は50体積%以上であってよい。容器へのボールの充填率の上限値は、容器の容積を基準として、例えば、70体積%以下、65体積%以下、又は60体積%以下であってよい。
【0032】
粉砕物の酸素量は、1.0~8.0質量%に調整する。粉砕物の酸素量の上限値は、例えば、7.5質量%以下、7.0質量%以下、6.5質量%以下、又は6.0質量%以下であってよい。粉砕物の酸素量の上限値を上記範囲内とすることで、続く酸処理工程における酸処理時間を低減することができる。粉砕物の酸素量の下限値は、例えば、1.5質量%以上、2.0質量%以上、2.5質量%以上、又は3.0質量%以上であってよい。粉砕物の酸素量の下限値を上記範囲内とすることで、酸処理後の窒化ケイ素粉末における酸化膜の厚みの調整が容易となり得る。粉砕物の酸素量は上述の範囲で調整することができ、例えば、1.5~7.5質量%、又は2.0~7.0質量%であってよい。粉砕物の酸素量は、例えば、ケイ素粉末の酸素量、焼成工程における雰囲気の成分、並びに、粉砕時間等の調整によって制御できる。
【0033】
本明細書における「酸素量」とは、窒化ケイ素粉末の全酸素量を意味する。全酸素量は以下の手順で求めることができる。窒化ケイ素粉末の酸素量及び窒素量は、酸素・窒素分析装置を用いて分析する。測定用の試料を、ヘリウムガスの雰囲気中、8℃/秒の昇温速度で20℃から2000℃まで昇温する。昇温に伴って脱離する酸素を検知する。昇温当初は、窒化ケイ素粉末の表面に結合している酸素が脱離する。脱離する酸素を定量することで表面酸素量が求められる。その後、温度が1400℃近傍に到達すると、窒化ケイ素が分解をし始める。窒化ケイ素の分解開始は、窒素が検出され始めることによって把握することができる。窒化ケイ素が分解をし始めると、窒化ケイ素粉末の内部にある酸素が脱離する。この段階で脱離する酸を定量することで、内部酸素量が求められる。このようにして得られた表面酸素量と、内部酸素量との合計値が全酸素量である。
【0034】
酸処理工程では、粉砕物を酸と接触させて処理する。酸としては、例えば、フッ化水素、及び塩化水素等が挙げられる。酸は、フッ化水素と塩化水素との混酸であってもよく、フッ化水素又は塩化水素のいずれか単独であってもよいが、好ましくはフッ化水素を含む。酸は、水溶液(例えば、フッ化水素酸又は塩酸)であってよい。
【0035】
酸(例えば、フッ化水素酸)は、10~40質量%の濃度であるものを用いる。酸の濃度の上限値は、例えば、38質量%以下、35質量%以下、又は30質量%以下であってよい。酸の濃度の上限値を上記範囲内とすることで、窒化ケイ素粉末における酸化膜の厚みの調整が容易となり得る。酸の濃度の下限値は、例えば、12質量%以上、又は15質量%以上であってよい。酸の濃度の下限値を上記範囲内とすることで、酸化膜の厚みを容易且つ十分に低減させることができる。酸の濃度は上述の範囲内で調整してよく、例えば、12~38質量%、又は15~35質量%であってよい。
【0036】
粉砕物と酸との接触の手段は、例えば、酸中に粉砕物を分散させる方法であってよい。
【0037】
酸処理工程における酸(例えば、水溶液)の温度は、40~80℃に設定する。酸処理工程における酸の温度の下限値は、例えば、45℃以上、50℃以上、又は60℃以上であってよい。酸処理工程における酸の温度の上限値は、75℃以下、又は70℃以下であってよい。酸処理工程における酸の温度は上述の範囲内で調整してよく、例えば、45~75℃、又は50~70℃であってよい。
【0038】
酸処理工程において、焼成物又は焼成物を粉砕して得られる粉砕物と酸と接触させる時間(酸処理時間)は、1.0~10.0時間に設定する。上記酸処理時間の下限値は、例えば、1.2時間以上、1.5時間以上、又は2.0時間以上であってよい。酸処理時間の下限値を上記範囲内とすることで、酸化膜の厚みを容易且つ十分に低減させることができる。上記酸処理時間は、例えば、9.7時間以下、9.5時間以下、9.0時間以下、8.5時間以下、又は8.0時間以下であってよい。酸処理時間の上限値を上記範囲内とすることで、窒化ケイ素粉末における酸化膜の厚みの調整が容易となり得る。上記酸処理時間は上述の範囲内で調整してよく、例えば、1.2~9.7時間、又は2.0~8.0時間であってよい。
【0039】
上述の製造方法によって得られる窒化ケイ素粉末は焼結性に優れる。すなわち、上述の窒化ケイ素粉末は焼結体原料に好適に用いることができる。
【0040】
窒化ケイ素焼結体の製造方法の一実施形態は、上述の窒化ケイ素粉末を含む焼結原料を成形し焼成する工程を有する。
【0041】
焼結原料は窒化ケイ素粉末の他に、酸化物系焼結助剤を含んでいてもよい。酸化物系焼結助剤としては、例えば、Y2O3、MgO及びAl2O3等が挙げられる。焼結原料における酸化物系焼結助剤の含有量は、例えば、3~10質量%であってよい。
【0042】
上記工程では、上述の焼結原料を例えば3.0~30.0MPaの成形圧力で加圧して成形体を得る。成形体は一軸加圧して作製してもよいし、CIPによって作製してもよい。また、ホットプレスによって成形しながら焼成してもよい。成形体の焼成は、窒素ガス又はアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気中で行ってよい。焼成時の圧力は、0.7~1.0MPaであってよい。焼成温度は1860~2100℃であってよく、1880~2000℃であってもよい。当該焼成温度における焼成時間は6~20時間であってよく、8~16時間であってよい。焼成温度までの昇温速度は、例えば1.0~10.0℃/時間であってよい。
【0043】
得られる窒化ケイ素焼結体は、粒界相が低減されており、緻密な組織を有することから、優れた曲げ強さ及び熱伝導率を発揮し得る。
【0044】
窒化ケイ素焼結体の曲げ強さは、例えば、550MPa以上、570MPa以上、590MPa以上、又は610MPa以上とすることができる。本明細書における窒化ケイ素焼結体の曲げ強さは、JIS R 1601:2008に準じて強度測定用の試験片を作製し、室温において測定される3点曲げ強さを意味する。
【0045】
窒化ケイ素焼結体の熱伝導率は、例えば、90W/(m・K)以上、95W/(m・K)以上、100W/(m・K)以上、又は105W/(m・K)以上とすることができる。本明細書における窒化ケイ素焼結体の熱伝導率は、レーザーフラッシュ法(JIS R 1611に準拠)によって熱拡散率と比熱容量を測定し、焼結体の密度、熱拡散率及び比熱容量の積を算出して得られる値を意味する。
【0046】
以上、幾つかの実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に何ら限定されるものではない。また、上述した実施形態についての説明内容は、互いに適用することができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例及び比較例を参照して本開示の内容をより詳細に説明する。ただし、本開示は、下記の実施例に限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)
<窒化ケイ素粉末の調製>
市販のケイ素粉末(比表面積:3.0m2/g)を、60℃に温度調整した、塩化水素及びフッ化水素を含む混酸中に浸漬して、60℃に維持し、2時間、前処理を施した。上記混酸は、市販の塩酸(濃度:35質量%)とフッ化水素酸(濃度:55質量%)とを、10:1の質量比で混合したものを用いた。その後、混酸からケイ素粉末を取り出して水で洗浄し、窒素雰囲気下で乾燥した。乾燥後のケイ素粉末の酸素量は、0.3質量%であった。この酸素量は、赤外線吸収法によって測定した。
【0049】
乾燥後のケイ素粉末を用いて成形体(嵩密度:1.4g/cm3)を作製した。得られた成形体を電気炉内に静置し、1400℃で60時間かけて焼成し窒化ケイ素を含む焼成体を作製した。焼成時の雰囲気として、窒素と水素との混合ガス(N2とH2とを標準状態における体積比で80:20となるように混合した混合ガス)を供給した。得られた焼成体を粗粉砕した後、ボールミルで湿式粉砕した。湿式粉砕は、容器に対するボールの充填率を60体積%とし、溶媒として水を用い、粉砕時間を8時間とした。得られた粉砕物の酸素量は5.0質量%であった。
【0050】
湿式粉砕して得られた上記粉砕物を、温度70℃のフッ化水素酸(フッ化水素酸濃度:30質量%)中に2時間浸漬して酸処理した。その後、フッ化水素酸から粉砕物を取り出して水で洗浄し、窒素雰囲気下で乾燥した。こうして窒化ケイ素粉末を得た。
【0051】
<窒化ケイ素粉末の評価:酸化膜の厚みの測定>
窒化ケイ素の一次粒子における酸化膜の厚みを測定した。まず、窒化ケイ素粉末をエポキシ樹脂と混合し当該エポキシ樹脂を硬化させた後、収束イオンビーム(FIB)加工を利用するマイクロサンプリング装置にて、試験片を切り出した。切り出した試験片にタングステン膜(W膜)をコーティングし、FIB加工によってW膜の膜厚を透過型電子顕微鏡観察が可能な厚さまで薄膜化して測定サンプルを調製した。加工には、株式会社日立製作所製の収束イオンビーム加工観察装置(商品名:FB2000A)及びFEI社製のDualBeam装置(FIB/SEM)システムNova200を用い、加速電圧は、粗加工時に30kVとし、仕上げ加工時に10kVとした。
【0052】
上述のように調製した測定サンプルを対象として、高角散乱環状暗視野法による走査型透過電子顕微鏡(HAADF-STEM)観察を行った。HAADF-STEM写真を
図1及び
図2に示す。また、上記HAADF-STEM写真と同視野において、エネルギー分散型X線分析法(EDX)によって観察面におけるケイ素及び酸素の元素分布を確認した。エネルギー分散型X線分析の結果を
図3及び
図4に示す。
図2、
図3及び
図4は同視野である。なお、電子顕微鏡観察には、日本電子株式会社製の電界放出形透過電子顕微鏡(商品名:JEM-2100F)、日本電子株式会社製の走査像観察装置(商品名:24541SIOD)、Gatan社製のスペクトルイメージングシステム(商品名:777 STEMPack)、Gatan社製のイメージングフィルター(商品名:863 GIF Tridiem)を用いた。X線分析には、日本電子株式会社製のエネルギー分散型X線分析装置(商品名:JED-2300T)を用いた。
【0053】
図3は、観測面におけるケイ素の分布を示す分布像であり、視野右下の方が左上に比べてケイ素の分布が多いことが確認できる。当該ケイ素の分布は、
図2に示したHAADF-STEM写真における窒化ケイ素の一次粒子の位置によく対応している。また
図4は、観測面における酸素の分布を示す分布像であり、
図2及び
図3で示される窒化ケイ素の一次粒子の表面に相当する領域に酸素原子が多く局在化していることが確認できる。そして、この酸素原子が局在化している領域を酸化膜と捉え、視野中における厚みの大きな位置10点でその厚み(例えば、
図2中、Tで示す長さ)を計測し、その最大値を酸化膜の厚みとした。参考のため、
図2において、2本の破線で酸化膜を示した。結果を表1に示す。
【0054】
<窒化ケイ素粉末の評価:D90の測定>
窒化ケイ素粉末の体積基準の累積粒度分布における90%累積径(D90)を、JIS Z 8825:2013「粒子径解析-レーザー回折・散乱法」に記載の方法に準拠してレーザー解析散乱法で測定した。測定には、レーザー回折散乱法粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、商品名:LS-13 320)を用いた。また、測定サンプルは、純水200ccに、ヘキサメタリン酸ナトリウムの20%水溶液2mLを混ぜた水溶液を用意し、当該水溶液に窒化ケイ素粉末60mgを投入し、超音波ホモジナイザー(日本精機製作所製、商品名:US-300)で3分間分散させて調製し、得られた測定サンプルを対象として測定を行った。結果を表1に示す。
【0055】
<窒化ケイ素粉末の評価:BET比表面積の測定>
BET比表面積は、JIS Z 8803:2013に準拠し、窒素ガスを使用してBET一点法によって測定した。結果を表1に示す。
【0056】
<窒化ケイ素粉末の評価:焼結性>
[窒化ケイ素焼結体の製造]
容器に、調製した窒化ケイ素粉末を90質量部、平均粒径が1.5μmであるY2O3粉末を5質量部、及び、平均粒径が1.2μmであるYb2O3粉末を5質量部、測り取り、メタノールを加えて、4時間湿式混合した。その後、乾燥して得た混合粉末(焼成原料)を10MPaの圧力で金型成形し、その後、更に25MPaの圧力で冷間等方圧加圧(CIP)成形した。得られた成形体を、窒化ケイ素粉末及びBN粉末の混合粉末からなる詰め粉とともにカーボン製坩堝にセットし、1MPaの窒素加圧雰囲気下、温度1900℃で10時間焼成して窒化ケイ素焼結体を製造した。
【0057】
<窒化ケイ素焼結体の評価:曲げ強さ>
窒化ケイ素焼結体から、JIS R 1601:2008に準じて強度測定用の試験片を作製し、室温における3点曲げ強さを測定した。結果を表1に示す。
【0058】
<窒化ケイ素焼結体の評価:熱伝導率>
窒化ケイ素焼結体を研削加工して、熱伝導率測定用の10mmφ×3mmの円盤体を作製した。レーザーフラッシュ法(JIS R 1611に準拠)により熱拡散率と比熱容量を測定し、焼結体の密度、熱拡散率及び比熱容量の積を算出して、室温における熱伝導率とした。結果を表1に示す。
【0059】
(実施例2)
ケイ素粉末の酸素量、粉砕物の酸処理条件を表1に示すとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様にして、窒化ケイ素粉末を調製した。調製した窒化ケイ素粉末について実施例1と同様に評価を行った。結果を表1に示す。
【0060】
(実施例3)
ケイ素粉末の酸素量、粉砕物の酸処理条件を表1に示すとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様にして、窒化ケイ素粉末を調製した。調製した窒化ケイ素粉末について実施例1と同様に評価を行った。結果を表1に示す。
【0061】
(比較例1)
ケイ素粉末の酸素量、粉砕物の酸処理条件を表1に示すとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様にして、窒化ケイ素粉末を調製した。調製した窒化ケイ素粉末について実施例1と同様に評価を行った。結果を表1に示す。
【0062】
【0063】
表1に示されるとおり、実施例で得られた窒化ケイ素粉末を用いて調製された窒化ケイ素焼結体は、比較例で得られた窒化ケイ素粉末を用いて調製された窒化ケイ素焼結体に比べて、曲げ強さと熱伝導率とをより高水準で両立できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本開示によれば、十分な曲げ強さを有し且つ熱伝導性に優れる焼結体を製造可能な窒化ケイ素粉末を提供できる。本開示によればまた、十分な曲げ強さ、且つ優れた熱伝導性を発揮し得る窒化ケイ素焼結体の製造方法を提供できる。