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特許7598538SARS-CoV-2由来のアミノ酸配列およびその利用
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  • 特許-SARS-CoV-2由来のアミノ酸配列およびその利用 図1
  • 特許-SARS-CoV-2由来のアミノ酸配列およびその利用 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-04
(45)【発行日】2024-12-12
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2由来のアミノ酸配列およびその利用
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/165 20060101AFI20241205BHJP
   C07K 16/10 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
C07K14/165 ZNA
C07K16/10
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021012663
(22)【出願日】2021-01-29
(65)【公開番号】P2022116482
(43)【公開日】2022-08-10
【審査請求日】2023-11-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度~令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造事業[細胞外微粒子](課題名:シグナルペプチド:細胞外微粒子機能の新規マーカー)の委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003034
【氏名又は名称】東亞合成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 道子
(72)【発明者】
【氏名】ベイリー小林 菜穂子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 徹彦
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2023-518821(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111647054(CN,A)
【文献】国際公開第2017/130716(WO,A1)
【文献】Microbial Pathogenesis,2020年,Vol.148, No.104459,pp.1-14
【文献】Cellular and Molecular Immunology,2020年,Vol.17,pp.1095-1097
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/00
C07K 16/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種の哺乳類に対して抗原として認識される合成ペプチドであって、
以下のアミノ酸配列:
LNESLIDLQELGKYEQYIKWP(配列番号1);
から成る、合成ペプチド。
【請求項2】
少なくとも一種の哺乳類に対して抗原として認識される部分を含む組成物であって、
以下のアミノ酸配列:
LNESLIDLQELGKYEQYIKWP(配列番号1);
から成る合成ペプチドと、キャリアタンパク質と、
を備えた、組成物。
【請求項3】
前記合成ペプチドを構成するアミノ酸配列のC末端側またはN末端側に、所定の架橋剤を介して前記キャリアタンパク質が結合している、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
抗SARS-CoV-2抗体を生産する方法であって、
該抗体を生産するための抗原として、以下のアミノ酸配列:
LNESLIDLQELGKYEQYIKWP(配列番号1);
から成る合成ペプチドを含む組成物をヒト以外の生物に投与することを含む、抗体生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2, severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)の感染拡大の防止および治療に寄与し得る新規合成ペプチドとその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
SARS-CoV-2はヒトに感染しCOVID-19(COronaVIrus Disease 2019)を発症させるウイルスであり、急速に重篤な肺炎等の症状を引き起こし、感染者を死に至らしめることもある病原性のウイルスである。2019年12月から2020年初期にかけてこのウイルスによる感染症が発見されて以来、その感染は世界全体に広がり、従来知られているSARSやMERS等と同様に、世界の経済や人命に重篤な影響を与えるウイルス感染症となっている。
【0003】
非特許文献1にはSARS-CoV-2のゲノム配列が公開されており、NCBI(National Center for Biotechnology Information)が公開するデータベースで閲覧することができる。該データベースによると、SARS-CoV-2のゲノム上には10の遺伝子が存在すると予測されており、ウイルス学、遺伝学、生化学、薬学など多様な分野の科学者が急速に研究を進めている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Wu, F., et al., Nature, Vol. 579, No.7798 (2020), pp. 265-269
【文献】Xia, S., et al., Cellular & Molecular Immunology, Vol 17 (2020), pp. 765-767
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、現状では、SARS-CoV-2に対する有効なワクチンや抗ウイルス剤の開発に至っていない。そのため、感染者の治療が対症療法に限られており、SARS-CoV-2に対するワクチンや抗ウイルス剤の開発が急務となっている。また、SARS-CoV-2の変異株が複数確認されており、今後インフルエンザウイルスのように多様な変異株が感染拡大する可能性がある。そのため、かかる感染拡大に備えて、SARS-CoV-2及びその変異株に対する多様なワクチンや抗ウイルス剤の開発が望まれている。
【0006】
そこで、本発明は、上述した現状を鑑みてなされたものであり、SARS-CoV-2由来のタンパク質に対する抗体を生産するためのアミノ酸配列を含む合成ペプチドを提供することを主な目的とする。また、別の側面として、かかる合成ペプチドを備えた組成物を提供することを他の目的とする。さらに、上記合成ペプチドまたは組成物を用いた抗SARS-CoV-2抗体を生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者が鋭意検討を行った結果、SARS-CoV-2由来のスパイクタンパク質(以下、「Sタンパク質」ともいう。)の一部のアミノ酸配列を有するペプチドを抗原とした場合に、非常に高い抗体価を有する抗体を得られることを見出した。かかるアミノ酸配列は、Sタンパク質が備える宿主細胞の細胞膜とウイルスのエンペロープとを融合する機能に関わるS2サブユニットの一部である。具体的には、S2サブユニットが備えるheptad repeat 2(HR2:1163番目~1213番目のアミノ酸配列)の一部であり、膜貫通領域(1214番目~1237番目のアミノ酸配列)と隣接した1193番目~1213番目の計21のアミノ酸残基から成るアミノ酸配列である(非特許文献2参照)。
【0008】
即ち、ここで開示される合成ペプチドは、少なくとも一種の哺乳類に対して抗原として認識される合成ペプチドであって、以下のアミノ酸配列:
LNESLIDLQELGKYEQYIKWP(配列番号1);
を含み、 総アミノ酸残基数が25以下である。
これによれば、かかる合成ペプチドは配列番号1に示すアミノ酸配列を有している。該アミノ酸配列は、SARS-CoV-2由来のSタンパク質が備えるHR2の一部の配列であるため、哺乳類に外来性の異物(抗原)として容易に認識される。そのため、哺乳類はかかるアミノ酸配列に対して優れた抗体価を有する抗体を産生することができる。
【0009】
また、別の側面として、ここで開示される組成物は、少なくとも一種の哺乳類に対して抗原として認識される部分を含む組成物であって、上記配列番号1に示すアミノ酸配列を含み、総アミノ酸残基数が25以下である合成ペプチドと、キャリアタンパク質とを備えている。
かかる構成によると、キャリアタンパク質はサイズが大きく複雑性が高いため、免疫原性を高めることができる。
【0010】
また、ここで開示される組成物の好ましい一態様は、上記合成ペプチドを構成するアミノ酸配列のC末端側またはN末端側に、所定の架橋剤を介して上記キャリアタンパク質が結合している。
かかる構成によると、合成ペプチドがキャリアタンパク質の表面から、より離れた状態となるため、上記合成ペプチドを認識する抗体が産生される確率を向上させることができる。
【0011】
また、上記目的を実現すべく、抗SARS-CoV-2抗体を生産する方法を提供する。即ち、ここで開示される抗SARS-CoV-2抗体を生産する方法は、該抗体を生産するための抗原として、上記配列番号1に示すアミノ酸情報を利用する。これにより、SARS-CoV-2由来のSタンパク質を認識する抗体を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】配列番号1のアミノ酸配列からなる合成ペプチドと、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)とを備える組成物を第一のウサギに複数回投与する工程で得られた、免疫前血清、1回目および2回目評価用血清の配列番号1のアミノ酸配列からなる合成ペプチドに対する抗体価を評価したグラフである。
図2】配列番号1のアミノ酸配列からなる合成ペプチドと、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)とを備える組成物を第二のウサギに複数回投与する工程で得られた、免疫前血清、1回目および2回目評価用血清の配列番号1のアミノ酸配列からなる合成ペプチドに対する抗体価を評価したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本明細書において特に言及している事項(例えばここで開示される合成ペプチドの一次構造や鎖長)以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えばペプチドの化学合成方法、組成物の調製に関するような一般的事項)は、細胞工学、生理学、医学、薬学、有機化学、生化学、遺伝子工学、タンパク質工学、分子生物学、遺伝学等の分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、以下の説明では、場合に応じてアミノ酸をIUPAC-IUBガイドラインで示されたアミノ酸に関する命名法に準拠した1文字表記(但し配列表においては3文字表記)で表す。
また、本明細書中で引用されている全ての文献の全ての内容は本明細書中に参照として組み入れられている。
【0014】
本明細書において「合成ペプチド」とは、そのペプチド鎖がそれのみで独立して自然界に安定的に存在するものではなく、人為的な化学合成あるいは生合成(即ち遺伝子工学に基づく生産)によって製造され、所定の系(例えばアジュバントを含む組成物)の中で安定して存在し得るペプチド断片をいう。
ここで「ペプチド」とは、複数のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーを指す用語であり、ペプチド鎖に含まれるアミノ酸残基の数によって限定されないが、典型的には全アミノ酸残基数が概ね100以下(好ましくは80以下、より好ましくは70以下、例えば60以下)のような比較的分子量の小さいものをいう。
また、本明細書において「アミノ酸残基」とは、特に言及する場合を除いて、ペプチド鎖のN末端アミノ酸およびC末端アミノ酸を包含する用語である。
また、本明細書において「コンジュゲート」とは、上記合成ペプチドにキャリアタンパク質およびその他の成分(例えば架橋剤、Cys残基、スペーサー等)が結合することで構成される生成物であり、ここに開示される組成物に包含される。
なお、本明細書中に記載されるアミノ酸配列は、常に左側がN末端側であり右側がC末端側である。
【0015】
ここで開示される合成ペプチドは、NCBIに公開されているSARS-CoV-2のゲノムにコードされるSタンパク質の一部のアミノ酸配列を含んでいる。即ち、以下のアミノ酸配列: LNESLIDLQELGKYEQYIKWP(配列番号1)を含む。典型的には、ここで開示される合成ペプチドは配列番号1に示すアミノ酸配列のみから構成されている。また、配列番号1に示すアミノ酸配列の一部がエピトープとなる限りは、かかるアミノ酸配列の改変配列を包含する。ここで、「改変配列」とは、1個または数個(典型的には2個又は3個)のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加(挿入)されて形成されたアミノ酸配列(改変アミノ酸配列)である。そのような軽微な改変配列は、ここで開示される情報に基づいて当業者にとって容易に利用され得るため、ここで開示される技術的思想としての「合成ペプチド」に包含される。
【0016】
配列番号1のアミノ酸配列は、SARS-CoV-2由来のSタンパク質(NCBI上で「surface glycoprotein」としても登録)の1193番目~1213番目の計21のアミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。かかるアミノ酸配列は、Sタンパク質が備えるS2サブユニット内にあるHR2(1163番目~1213番目のアミノ酸配列)の一部であり、膜貫通領域(1214番目~1237番目のアミノ酸配列)と隣接する。即ち、配列番号1に示すアミノ酸配列は、ウイルスのエンベロープの外側に露出した部位である。そのため、かかるアミノ酸配列をエピトープとする抗体は、天然に存在するSARS-CoV-2が備えるSタンパク質を認識し得る。
【0017】
また、少なくとも一種の哺乳類に抗原として認識される限り、ここで開示される合成ペプチドは、配列番号1に示すアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を含み得る。特に限定するものではないが、例えば、配列番号1に示すアミノ酸配列のN末端側に連続して、SARS-CoV-2のSタンパク質の1192番目のアミノ酸残基が付加されていてもよく、さらに、順番に1191番目残基、1190番目、1189番目のアミノ酸残基が付加されていてもよい。これらのアミノ酸残基がN末端側に付加されたアミノ酸配列は、天然に存在するSタンパク質のアミノ酸配列の一部である。そのため、かかるアミノ酸配列をエピトープとする抗体は、天然に存在するSタンパク質を認識することができ得る。なお、これらのアミノ酸残基は、例えばNCBIで公開されているSタンパク質のアミノ酸配列のデータベースで確認することができる。
【0018】
また、ここで開示される合成ペプチドのアミノ酸配列のN末端またはC末端側にCys残基が付加されていることが好ましい。配列番号1に示すアミノ酸配列にはCys残基が含まれていないため、チオール基(SH基)が含まれていない。そのため、配列番号1に示すアミノ酸配列にCys残基を付加することにより、チオール基(SH基)を選択的に付加することができる。これにより、チオール基とマレイミドとを選択的に反応させることができるため、例えば、マレイミドを有する架橋剤を所望の位置に結合させることができる。
【0019】
ここで開示される合成ペプチドは、総アミノ酸残基数は25以下が適当である。これ以上多い場合、哺乳類などの生物に投与した際、配列番号1に示すアミノ酸配列以外をエピトープとする抗体が産生される可能性が高くなる。また、エピトープとなる部位を限定する観点から、総アミノ酸残基数は24以下、23以下、22以下、21以下であってもよい。
【0020】
また、ここで開示される合成ペプチドのN末端のアミノ基はN-アセチル化されていてもよい。N末端のアミノ酸残基がN-アセチル化されていることにより、合成ペプチドの溶解性を向上させることができる。
【0021】
ここで開示される合成ペプチドは、一般的な化学合成法に準じて容易に製造することができる。例えば、従来公知の固相合成法または液相合成法のいずれを採用してもよい。アミノ基の保護基としてBoc(t-butyloxycarbonyl)あるいはFmoc(9-fluorenylmethoxycarbonyl)を適用した固相合成法が好適である。
【0022】
あるいは、遺伝子工学的手法に基づいて合成ペプチドを生合成してもよい。すなわち、所望する合成ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(ATG開始コドンを含む。)のポリヌクレオチド(典型的にはDNA)を合成する。そして、合成したポリヌクレオチド(DNA)と該アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメント(プロモーター、リボゾーム結合部位、ターミネーター、エンハンサー、発現レベルを制御する種々のシスエレメントを包含する。)とから成る発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。
一般的な技法によって、この組換えベクターを所定の宿主細胞(例えばイースト、昆虫細胞、植物細胞)に導入し、所定の条件で当該宿主細胞または該細胞を含む組織や個体を培養する。このことにより、目的とするペプチドを細胞内で発現、生産させることができる。そして、宿主細胞(分泌された場合は培地中)からペプチドを単離し、必要に応じてリフォールディング、精製等を行うことによって、目的の抗ウイルス性ペプチドを得ることができる。
なお、組換えベクターの構築方法および構築した組換えベクターの宿主細胞への導入方法等は、当該分野で従来から行われている方法をそのまま採用すればよく、かかる方法自体は特に本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0023】
あるいは、無細胞タンパク質合成システム用の鋳型DNA(即ち合成ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む合成遺伝子断片)を構築し、ペプチド合成に必要な種々の化合物(ATP、RNAポリメラーゼ、アミノ酸類等)を使用し、いわゆる無細胞タンパク質合成システムを採用して目的のポリペプチドをインビトロ合成することができる。無細胞タンパク質合成システムについては、例えばShimizuらの論文(Shimizu et al., Nature Biotechnology, 19, 751-755(2001))、Madinらの論文(Madin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97(2), 559-564(2000))が参考になる。これら論文に記載された技術に基づいて、本願出願時点において既に多くの企業がポリペプチドの受託生産を行っており、また、無細胞タンパク質合成用キット(例えば、日本の(株)セルフリーサイエンスから入手可能)が市販されている。
【0024】
ここで開示される合成ペプチドをコードするヌクレオチド配列および/または該配列と相補的なヌクレオチド配列を含む一本鎖または二本鎖のポリヌクレオチドは、従来公知の方法によって容易に製造(合成)することができる。すなわち、設計したアミノ酸配列を構成する各アミノ酸残基に対応するコドンを選択することによって、合成ペプチドのアミノ酸配列に対応するヌクレオチド配列が容易に決定され、提供される。そして、ひとたびヌクレオチド配列が決定されれば、DNA合成機等を利用して、所望するヌクレオチド配列に対応するポリヌクレオチド(一本鎖)を容易に得ることができる。さらに得られた一本鎖DNAを鋳型として用い、種々の酵素的合成手段(典型的にはPCR)を採用して目的の二本鎖DNAを得ることができる。また、ポリヌクレオチドは、DNAの形態であってもよく、RNA(mRNA等)の形態であってもよい。DNAは、二本鎖または一本鎖で提供され得る。一本鎖で提供される場合は、コード鎖(センス鎖)であってもよく、それと相補的な配列の非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。
こうして得られるポリヌクレオチドは、上述のように、種々の宿主細胞中でまたは無細胞タンパク質合成システムにて、合成ペプチド生産のための組換え遺伝子(発現カセット)を構築するための材料として使用することができる。
【0025】
ここで開示される合成ペプチドは、少なくとも1種の哺乳類に対して抗原として認識され、当該合成ペプチドを認識する抗体(IgM、IgG等)の産生を促し得る。なお、合成ペプチドは少なくとも一種の哺乳類に抗原として認識される限り、塩の形態であってもよい。例えば、常法に従って通常使用されている無機酸又は有機酸を付加反応させることにより得られ得る該ペプチドの酸付加塩を使用することができる。あるいは、少なくとも一種の哺乳類に抗原として認識される限り、他の塩(例えば金属塩)であってもよい。本明細書及び特許請求の範囲に記載の「ペプチド」は、かかる塩形態のものを包含する。
【0026】
ここで開示される合成ペプチドは、キャリアタンパク質を備えた組成物の一部としても提供される。即ち、ここで開示される組成物は、少なくとも一種の哺乳類に対して抗原として認識される部分を含む組成物であって、アミノ酸配列:LNESLIDLQELGKYEQYIKWP(配列番号1)を含み、総アミノ酸残基数が25以下である合成ペプチドと、キャリアタンパク質と、を備えている。
【0027】
キャリアタンパク質の種類は特に限定されるものではないが、例えば、抗原性刺激のあるKLH(Keyhole limpet hemocyanin)またはOVA(ovalbumin)あるいはBSA(Bovine Serum Albumin)等をいずれも好適に用いることができる。
【0028】
ここで開示される組成物は、上記合成ペプチドのC末端側またはN末端側に、所定の架橋剤を介してキャリアタンパク質が結合していることが好ましい。
架橋剤としては、ペプチドの架橋に通常用いられているホモ二官能性基またはヘテロ二官能性基を有するものを使用し得る。架橋剤が有する一般的な官能基としては、N-ヒドロキシスクシンイミド活性化エステル(NHSエステル)、マレイミド、アジドおよびヨードアセトアミドが挙げられる。また、かかる架橋剤の官能基と反応する好ましい反応性官能基としては、各種アミン含有化合物(例えば第1級アミン)、チオまたは他の硫黄含有基、カルボキシルおよびヒドロキシルが挙げられる。上記NHSエステルは、アミンと中性以上のpHで効率良く反応し、非常に安定なアミド結合を形成することができる。また、上記マレイミドは、反応がSH基選択的で、中性ではアミンに比べSH基との反応性に優れる。
【0029】
ホモ二官能性基を有する好適な架橋剤としては、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)、ジスクシンイミジルスベレート(DSS)、ビス(スルホスクシンイミジル)スベレート(BS3)、ジチオビス(スクシンイミジルプロピオネート)(DSP)、ジチオビス(スルホスクシンイミジルプロピオネート)(DTSSP)、エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシネート)(EGS)、エチレングリコールビス(スルホスクシンイミジルスクシネート)(スルホ-EGS)、ジスクシンイミジル酒石酸塩(DST)、ジスルホスクシンイミジル酒石酸塩(スルホ-DST)等が挙げられる。特に、ビス(スルホスクシンイミジル)スベレート(BS)を好ましく使用し得る。
【0030】
また、ヘテロ二官能性基を有する好適な架橋剤としては、O-[N-(3-マレイミドプロピオニル)アミノエチル]-O’-[3-(N-スクシンイミジルオキシ)-3-オキソプロピル]ヘプタコサエエチレングリコール等のエチレングリコール(PEG)誘導体や、N-(6-マレイミドカプロイルオキシ)スクシンイミド(EMCS)、m-マレイミドベンゾイル-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)、スクシンイミジル4-[マレイミドフェニル]ブチレート(SMPB)、スクシンイミジル4-(マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレート(SMCC)、N-(γ-マレイミドブチロキシ)スクシンイミドエステル(GMBS)、m-マレイミドプロピオニックアシド-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル(MPS)及びN-スクシンイミジル(4-ヨードアセチル)アミノベンゾエート(SIAB)等を好ましく用いることができる。特に、反応性官能基にNHSエステルおよびマレイミドを備えたPEG誘導体やEMCSを好ましく用いることができる。
【0031】
合成ペプチドと架橋剤とが結合する位置は、特に限定されるものではないが、N末端側またはC末端側が好ましい。これにより、合成ペプチドがキャリアタンパク質の表面からより離れた状態となり、合成ペプチドを認識する抗体が産生される確率が向上する。例えば、N末端側またはC末端側にCys残基が存在しているアミノ酸配列に、マレイミドを有する架橋剤が付加された組成物を好適に用いることができる。
【0032】
PEGは水とヒト体液への溶解性を向上させるのに加え、免疫原性をほとんど示さない性質を有する。さらに、PEGはヒト体内の液体中で分解され難い性質を有する。そのため、PEGは、架橋剤としてだけでなく、合成ペプチドの溶解性を向上させるためのスペーサーとしても好適に利用することができる。スペーサーとしてのPEGを導入する方法としては、上記架橋剤と同様にしてもよい。また、上述した一般的な化学合成法に準じた合成ペプチドの製造方法と同様にしてもよい。例えば、一端にカルボキシル基、他端に保護基(例、Boc、Fmoc等)を備えたアミノ基を有するPEGを用いることにより、通常のアミノ酸と同様に取り扱うことができるため、例えば、固相合成法によりアミノ酸配列の所望の位置にPEGをスペーサーとして導入することができる。これにより、例えば、スペーサーとしてのPEGのカルボキシル基側にCys残基を結合させることができ、かかるCys残基と、キャリアタンパク質と結合した架橋剤とを結合させることにより、合成ペプチドにPEG、架橋剤およびキャリアタンパク質が結合した組成物を調製することができる。
PEGの長さとしては、従来からスペーサーまたは架橋剤として使用されているものを使用すればよく、例えば、PEGユニット(-CH-CH-O-)が2~24個繰り返されたものを使用することができる。
【0033】
ここで開示される配列番号1に示されるアミノ酸配列を含む合成ペプチドまたは組成物は、抗SARS-CoV-2抗体を生産するために使用することができる。配列番号1に示されるアミノ酸配列を含む合成ペプチドまたは組成物は、哺乳類にとって抗原性が高いため、より抗体価の高い抗体の産生に使用することができる。
典型的な使用方法の一例として、ワクチンが挙げられ、上記合成ペプチドおよび組成物をSARS-CoV-2に対する予防接種や治療薬等に使用することができる。また、他の典型例として、上記合成ペプチドおよび組成物を抗原として哺乳類等の生物に投与し、当該合成ペプチドを認識する抗体を生産することが挙げられる。
免疫する哺乳類は、モルモット、ラット、マウス、ウサギ、ヒツジ等の実験動物が用いられるが、モノクローナル抗体あるいはポリクローナル抗体を得るためには、ラット、マウス、ウサギが好適である。免疫方法は、例えば、皮下、腹腔内、静脈内、筋肉内、皮内等のいずれの投与経路を用いてもよいが、主として、皮下、皮内、腹腔内、静脈内に注入するのが好ましい。また、免疫間隔、免疫量等も特に制限なく種々の方法を用いることが可能であるが、例えば、2週間隔で約2~10回免疫し、最終免疫後、約1~5回、好ましくは約2~7日後に生体内から検体を採取する方法がよく用いられる。また、免疫量は1回に投与するペプチド量を限定するものではいが、例えば、ウサギ1羽当たり50~300μg程度を用いることが好ましい。また、特に限定するものではないが、初回は合成ペプチドと、キャリアタンパク質とを備えるコンジュゲートをアジュバント(例えば、FCA(Freund’s complete adjuvant))とよく混合してマウスの腹腔内に投与し、細胞を増殖させ、2週間隔で再び該コンジュゲートをアジュバント(例えば、FCAまたはFIA(Freund’s incomplete adjuvant))をよく混合して腹腔内に投与し、腹水を採取することにより、上記合成ペプチドへの抗体価の高いモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体を効率良く取得することができる。なお、目的のモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体の精製は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過法、硫安塩析法等の公知の方法により行うことができる。
【0034】
ここで開示される合成ペプチドおよび組成物は、該合成ペプチドが少なくとも一種の哺乳類に抗原として認識されれば、使用形態に応じて薬学(医薬)上許容され得る種々の担体を含み得る。例えば、希釈剤、賦形剤等としてペプチド系医薬において一般的に使用される担体を適用し得る。
上記担体を含む合成ペプチドおよび組成物の用途や形態に応じて適宜異なり得るが、上記担体として、典型的には、水、生理学的緩衝液、種々の有機溶媒が挙げられる。また、適当な濃度のアルコール(エタノール等)水溶液、グリセロール、オリーブ油のような不乾性油であり得る。あるいはリポソームであってもよい。また、上記組成物に含有させ得る副次的成分としては、種々の充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、表面活性剤、色素、香料、アジュバント等が挙げられる。
上記担体を含む合成ペプチドおよび組成物の典型的な形態として、液剤、懸濁剤、乳剤、エアロゾル、泡沫剤、顆粒剤、粉末剤、錠剤、カプセル、軟膏、水性ジェル剤等が挙げられる。また、注射等に用いるため、使用直前に生理食塩水または適当な緩衝液(例えばPBS)等に溶解して薬液を調製するための凍結乾燥物、造粒物とすることもできる。
なお、合成ペプチド(主成分)および種々の担体(副成分)を材料にして種々の形態の組成物(薬剤)を調製するプロセス自体は従来公知の方法に準じればよく、かかる製法自体は本発明を特徴付けるものでもないため詳細な説明は省略する。処方に関する詳細な情報源として、例えばComprehensive Medicinal Chemistry, Corwin Hansch監修,Pergamon Press刊(1990)が挙げられる。この書籍の全内容は本明細書中に参照として援用されている。
【0035】
以下、本発明に関するいくつかの試験例を説明するが、本発明を係る試験例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0036】
<ペプチドの合成>
市販のペプチド合成機を用いて配列番号1に示すアミノ酸配列から成るペプチドのC末端にスペーサーとしてのPEG、Cys残基とが結合したPEG含有合成ペプチドを製造した。即ち、通常のアミノ酸配列と同様、左側をN末端側、右側をC末端側として、以下の配列:
(配列番号1からなる合成ペプチド)-(PEG)-(Cys残基)
となるように合成した。かかる合成は、ペプチド合成機のマニュアルに従い、固相合成法(Fmoc法)で実施した。なお、ペプチド合成機の使用態様自体は本発明を特徴づけるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0037】
<ペプチドを用いたコンジュゲートの作製>
得られたPEG含有合成ペプチドに、キャリアタンパク質であるキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)を架橋剤であるN-(6-マレイミドカプロイルオキシ)スクシンイミド(EMCS)を用いて結合し、コンジュゲートを作製した。これらを結合させる反応自体は本発明を特徴づけるものではないため詳細な説明は省略するが、簡単に説明すると、まず、KLHが有するアミノ基と、EMCSが有するNHSエステルを反応させることでKLHの表面にEMCSを結合させた。その後、かかるEMCSが有するマレイミドと、上記PEG含有合成ペプチドのC末端側に存在するCys残基のチオール基とを反応させ結合させることで、上記PEG含有合成ペプチドとKLHとが架橋剤を介して結合したコンジュゲートを作製した。
【0038】
<コンジュゲートを抗原とした抗体産生>
得られたコンジュゲートを日本白色種のウサギ2羽(以下、ウサギ個体を区別するときには、これらウサギをそれぞれ第一のウサギ、第二のウサギともいう。)に投与することにより、上記合成ペプチドに対する抗体を作製した。また、後述する抗体価の評価のために適宜上記ウサギの採血を行った。具体的には、1日目(以下、この日を基準とした日数を記載する)にコンジュゲートを投与する前に5mlの試採血を行い、免疫前血清の調製を行った。また、同日に上記コンジュゲート0.15mgと、等容量のFCAとを混合した組成物を上記ウサギに皮内投与(1回目皮内投与)を行った。15日目、上記コンジュゲート0.3mgと、等容量のFCAとを混合した組成物を上記ウサギに皮内投与(2回目皮内投与)を行った。29日目、上記コンジュゲート0.3mgと、等容量のFCAとを混合した組成物を上記ウサギに皮内投与(3回目皮内投与)を行った。36日目、上記ウサギから5mlの試採血を行い、1回目評価用血清を調製した。43日目、上記コンジュゲート0.3mgと、等容量のFCAとを混合した組成物を上記ウサギに皮内投与(4回目皮内投与)を行った。50日目、上記ウサギから5mlの試採血を行い、2回目評価用血清を調製した。なお、調製した免疫前血清、1回目評価用血清および2回目評価用血清には調製時にアジ化ナトリウムを0.09%となるように添加し保存した。
【0039】
<血清の抗体価評価>
ELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)法により、免疫前血清、1回目評価用血清および2回目評価用血清の抗体価を評価した。
まず、上記合成した合成ペプチドを5μg/mlとなるようにpH7.2のPBS(Phosphate-Buffered Saline)に溶解し、マイクロプレート(NalgeNunc社製、cat#442404、平底96ウェル)の各ウェルに100μlずつ添加し、室温で2時間インキュベートした。次に、各ウェル中の液を除去後、0.2%Tween-20(Polyoxyethylene(20) Sorbitan Monolaurate、富士フィルム和光純薬株式会社製)を含むPBS(洗浄液)で3回洗浄した。その後、当該洗浄液を各ウェルに添加し、4℃で一晩インキュベートした。インキュベート後、0.05%Tween-20を含むPBS(希釈液)を用いて、免疫前血清、1回目評価用血清および2回目評価用血清をそれぞれ1000倍、2000倍、4000倍、8000倍、16000倍、32000倍、64000倍、128000倍希釈を行い、各ウェルの上記洗浄液を除去後、各希釈液100μlをそれぞれ別のウェルに添加し、37℃で30分間インキュベートした後、さらに室温で15分間インキュベートした。各ウェルの液を除去後、上記洗浄液で3回洗浄を行い、goat f(ab)’2 anti rabbit IgG’s HRP conjugate(MP Biomedicals,LLC-Cappel Products社製)を上記希釈液で5000倍希釈したものを、各ウェルに100μlずつ添加し、37℃で30分間インキュベートした後、さらに室温で15分間インキュベートした。各ウェルの液を除去後、上記洗浄液で3回洗浄を行い、OPD(O-phenylene diamin、SIGMA社製)10mgをクエン酸-リン酸緩衝液25mlに溶解し過酸化水素5μl添加した基質液を各ウェルに100μlずつ添加した。その後、室温で20分間発色を行い、1Mの硫酸を100μlずつ各ウェルに加えることで発色を停止させた後、Immno Readerを用いて各ウェルの490nmの吸光度を測定した。その結果を図1および図2に示す。なお、評価基準として、490nmの吸光度が0.5以上である場合に、抗体価が担保された抗体であるとする。また、上記吸光度がImmno Readerの測定上限を超えた場合(上記吸光度が3.0を超えた場合)は吸光度3.0として示している。
【0040】
図1および図2に示すように、第一のウサギおよび第二のウサギのいずれにおいても、1回目評価用血清および2回目評価用血清は、いずれの希釈率においても吸光度0.5よりも高い吸光度を示した。また、希釈率が16000倍であっても、Immno readerの測定上限を超える高い吸光度を示した。これらの結果から、配列番号1からなる合成ペプチドを備えた組成物を用いることにより、かかる合成ペプチドに対して優れた抗体価を有する抗体が得られることがわかる。
【0041】
以上、本発明の具体例を詳細に示したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
上述したように、ここで開示される合成ペプチドおよび組成物(例えばコンジュゲート)を哺乳類に投与することにより、該合成ペプチドを認識する抗体価の高い抗体を哺乳類に産生させることができる。このため、本発明によって提供される合成ペプチドおよび組成物は、SARS-CoV-2に対するワクチンとして用いられ得る。また、産生した抗体はSARS-CoV-2に対する抗ウイルス剤になり得る。さらに、SARS-CoV-2検出やラベリング等にも用いられ得る。
【配列表フリーテキスト】
【0043】
配列番号1 合成ペプチド
図1
図2
【配列表】
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