(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-04
(45)【発行日】2024-12-12
(54)【発明の名称】立方晶窒化硼素焼結体及び被覆立方晶窒化硼素焼結体
(51)【国際特許分類】
C04B 35/5831 20060101AFI20241205BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20241205BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
C04B35/5831
B23B27/14 B
B23B27/14 A
B23B27/20
(21)【出願番号】P 2022105210
(22)【出願日】2022-06-30
【審査請求日】2023-03-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】工藤 貴英
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-069859(JP,A)
【文献】国際公開第2013/069657(WO,A1)
【文献】特開2014-214065(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110541102(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/583-35/5835
B23B 27/00-27/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素と結合相とを含む立方晶窒化硼素焼結体であって、
前記立方晶窒化硼素の含有量は、前記焼結体の総量に対して81体積%以上95体積%以下であり、
前記結合相の含有量は、前記焼結体の総量に対して5体積%以上19体積%以下であり、
前記結合相に含まれるAlの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0.5質量%以上5質量%以下であり、
前記結合相に含まれるWの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上10質量%以下であり、
前記結合相に含まれるVの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上8質量%以下であり、
前記結合相に含まれるCrの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上5質量%以下であ
り、
前記結合相において、Wを含む化合物からなる第1材料S1、及び、Wを含まず、Vを含む化合物からなる第2材料S2の合計含有量(体積%)に対する前記第1材料S1の含有量(体積%)の割合(S1/(S1+S2))は、0.35以上1以下である、立方晶窒化硼素焼結体
。
【請求項2】
前記第1材料S1及び前記第2材料S2の合計含有量(体積%)が、前記結合相の総量に対し35体積%以上97体積%以下である、請求項
1に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項3】
前記立方晶窒化硼素の平均粒径が、0.5μm以上3.0μm以下である、請求項1
又は2に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載の立方晶窒化硼素焼結体と、該立方晶窒化硼素焼結体の表面に形成された被覆層と、を備え、
前記被覆層の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下である、被覆立方晶窒化硼素焼結体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立方晶窒化硼素焼結体及び被覆立方晶窒化硼素焼結体に関する。
【背景技術】
【0002】
立方晶窒化硼素(以下「cBN」ともいう。)は、ダイヤモンドに次ぐ高い硬度と優れた熱伝導性を持つ。また、立方晶窒化硼素は、ダイヤモンドに比べて鉄との親和性が低いという特徴を持つ。そのため、立方晶窒化硼素と、金属やセラミックスの結合相とからなる立方晶窒化硼素焼結体は、切削工具や耐摩耗工具などに用いられている。
【0003】
焼結金属は成形性が高く、複雑な形状を有していることが多いため、工具によって加工した場合に、熱衝撃によって工具に欠損が生じ易い。また、焼結金属は硬質粒子を含むことがあるため、工具が摩耗し易い。そのため、焼結金属の加工には立方晶窒化硼素が用いられることが多く、特に、立方晶窒化硼素含有率の高い立方晶窒化硼素焼結体について多くの検討がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、cBNは40~80面積%で、結合相はα相とβ相を有し、α相は、(Ti1-xVx)(C1-yNy)で平均組成は、x=0.30~0.70、y=0.00~0.50で、結合相中に70~97面積%、β相は、平均粒径が0.05~0.40μmのAlの酸化物、窒化物、硼化物の一種で、結合相中に3~20面積%、α相は、A領域とB領域を有し、A領域は、(Ti1-xAVxA)(C1-yANyA)で、xA=0.10~0.30、yA=0.00~0.50で、B領域は、(Ti1-xBVxB)(C1-yBNyB)で、xB=0.70~0.90、yB=0.00~0.50で、A領域、B領域の和がα相の50面積%以上のcBN焼結体について開示されている。
【0005】
また、例えば、特許文献2には、(Ti1-x Vx )(C1-y Ny )(x:0.1~0.4、y:0.1~0.5):10~40容量%、Tiの炭化物、窒化物、および炭窒化物の内の1種または2種以上:2~10容量%、Vの炭化物、窒化物、および炭窒化物の内の1種または2種以上:2~10容量%、ただし、B成分+C成分:6~20容量%、A成分/B成分+C成分=1.5~7となるように含有し、残りが立方晶窒化硼素からなる高強度cBN基焼結体であって、前記(1)cBN基焼結体製切削工具に、さらに、Al2 O3 、AlNおよびAlB2 の内の1種または2種以上:1~10容量%を含有したcBN基焼結体について開示されている。
【0006】
さらに、例えば、特許文献3には、立方晶窒化硼素:85~95体積%と、結合相および不可避的不純物:5~15体積%とから構成され、結合相は、Al、V、Cr、Mn、Co、Ni、NbおよびMoから成る群より選択された元素の炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された3種以上の化合物とからなり、立方晶窒化硼素焼結体に含まれるアルミニウム元素量は立方晶窒化硼素焼結体の全質量に対して0.5~5質量%であり、但し、結合相中に金属単体および合金は含まれないことを特徴とする立方晶窒化硼素焼結体について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2021-151943号公報
【文献】特開平09-136203号公報
【文献】国際公開第2013/069657号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年は、切削加工においてさらに高能率化が求められているため、高速化、高送り化、及び深切込み化が一層顕著になっている。このような傾向に伴い、焼結金属の高速加工においても、耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、長い工具寿命を有することのできる立方晶窒化硼素焼結体が求められている。
【0009】
このような背景において、特許文献1に記載の立方晶窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素焼結体中の立方晶窒化硼素の割合が低く耐摩耗性が未だ十分ではない。また、特許文献2に記載の立方晶窒化硼素基焼結体及び特許文献3に記載の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相がTi及びV以外の金属元素として、Wを含まないため、靭性が十分でない場合があり、耐欠損性が低下しやすい。
【0010】
本発明は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる立方晶窒化硼素焼結体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、工具寿命の延長について研究を重ねたところ、立方晶窒化硼素焼結体を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]立方晶窒化硼素と結合相とを含む立方晶窒化硼素焼結体であって、
前記立方晶窒化硼素の含有量は、前記焼結体の総量に対して81体積%以上95体積%以下であり、
前記結合相の含有量は、前記焼結体の総量に対して5体積%以上19体積%以下であり、
前記結合相に含まれるAlの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0.5質量%以上5質量%以下であり、
前記結合相に含まれるWの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上10質量%以下であり、
前記結合相に含まれるVの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上8質量%以下であり、
前記結合相に含まれるCrの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上5質量%以下である、立方晶窒化硼素焼結体。
[2]
前記結合相において、Wを含む化合物からなる第1材料S1、及び、Wを含まず、Vを含む化合物からなる第2材料S2の合計含有量(体積%)に対する前記第1材料S1の含有量(体積%)の割合(S1/(S1+S2))は、0.35以上1以下である、[1]に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
[3]
前記第1材料S1及び前記第2材料S2の合計含有量(体積%)が、前記結合相の総量に対し35体積%以上97体積%以下である、[2]に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
[4]
前記立方晶窒化硼素の平均粒径が、0.5μm以上3.0μm以下である、[1]~[3]のいずれか1つに記載の立方晶窒化硼素焼結体。
[5]
[1]~[3]のいずれか1つに記載の立方晶窒化硼素焼結体と、該立方晶窒化硼素焼結体の表面に形成された被覆層と、を備え、
前記被覆層の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下である、被覆立方晶窒化硼素焼結体。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる立方晶窒化硼素焼結体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0015】
[立方晶窒化硼素焼結体]
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素(以下、「cBN」ともいう。)と結合相とを含む立方晶窒化硼素焼結体であって、cBNの含有量は、焼結体の総量に対して81体積%以上95体積%以下であり、結合相の含有量は、焼結体の総量に対して5体積%以上19体積%以下であり、結合相に含まれるAlの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0.5質量%以上5質量%以下であり、結合相に含まれるWの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上10質量%以下であり、結合相に含まれるVの含有量は、上記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上8質量%以下であり、結合相に含まれるCrの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上5質量%以下である。
【0016】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、上記の構成とすることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、工具寿命を延長することができる。
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体が、工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させ、工具寿命の長いものとする要因は、詳細には明らかではないが、本発明者はその要因を下記のように考えている。ただし、要因はこれに限定されない。すなわち、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、cBNの含有量が81体積%以上であることにより、結合相の割合が相対的に少なくなるため、硬さが向上し、耐摩耗性に優れる。一方、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、cBNの含有量が95体積%以下であることにより、cBN粒子の脱落を抑制することができ、耐摩耗性に優れる。さらに、切削加工において、被加工物の加工面の表面粗さが小さくなり、加工後の外観も良好となる傾向にある。
また、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相の含有量が5体積%以上であることにより、cBN粒子の脱落を抑制することができ、耐摩耗性に優れる。一方、立方晶窒化硼素焼結体は、結合相の含有量が19体積%以下であることにより、相対的にcBNの含有割合を多くし、硬さが向上した結果、耐摩耗性に優れる。
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相に含まれるAlの含有量が0.5質量%以上であることにより、Al元素がcBN粒子表面の酸素原子と反応することにより、cBN粒子の脱落が抑制される。また、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相に含まれるAlの含有量が5質量%以下であることにより、Al窒化物及びAl硼化物の形成を抑制し、耐摩耗性に優れる。本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相に含まれるWの含有量が2質量%以上であることにより、結合相の靭性が向上するため、耐欠損性に優れる。一方、立方晶窒化硼素焼結体は、Wの含有量が10質量%以下であることにより、結合相の硬度の低下が抑制されるため、耐摩耗性に優れる。さらに、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相に含まれるVの含有量が2質量%以上であることにより、W元素が結合相全体へ拡散することを促進でき、結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる。一方、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、Vの含有量が8質量%以下であることにより、立方晶窒化硼素焼結体の焼結性が向上する。本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相に含まれるCrの含有量が0質量%以上であることにより、Crを含有する場合、立方晶窒化硼素焼結体の焼結性が向上する効果を得る。一方、立方晶窒化硼素焼結体は、Crの含有量が5質量%以下であることにより、結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる。
上述した効果が相俟って、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させ、工具寿命を延長することができる。
【0017】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、cBNと結合相とを含む。cBNの含有量は、焼結体の総量に対して81体積%以上95体積%以下である。結合相の含有量は、焼結体の総量に対して5体積%以上19体積%以下である。なお、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、cBNと結合相との合計の含有量は100体積%となる。
【0018】
[立方晶窒化硼素(cBN)]
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、cBNの含有量が81体積%以上であることにより、結合相の割合が相対的に少なくなるため、硬さが向上し、耐摩耗性に優れる。一方、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、cBNの含有量が95体積%以下であることにより、cBN粒子の脱落を抑制することができ、耐摩耗性に優れる。同様の観点から、cBNの含有量は、83体積%以上93体積%以下であることが好ましく、85体積%以上91体積%以下であることがより好ましい。
【0019】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、cBN及び結合相の含有量(体積%)は、任意の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影し、撮影した組織写真を市販の画像解析ソフトで解析することで求めることができる。具体的には、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0020】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、cBNの平均粒径は、0.5μm以上3.0μm以下であることが好ましい。立方晶窒化硼素焼結体は、cBNの平均粒径が0.5μm以上であることにより、cBN粒子の脱落を抑制することができ、また、cBNの平均粒径が3.0μm以下であることにより、機械的強度が向上し、耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、cBNの平均粒径は、0.5μm以上2.5μm以下であることがより好ましく、0.5μm以上2.0μm以下であることが更に好ましい。
【0021】
本実施形態において、cBNの平均粒径は、例えば、以下のように求めることができる。
立方晶窒化硼素焼結体の断面組織をSEMによって撮影する。撮影した組織写真を解析することでcBN粒子の面積を求め、この面積と等しい面積の円の直径をcBNの粒径として求める。
複数のcBN粒子の粒径の平均値を、cBNの平均粒径として求める。cBNの平均粒径は、立方晶窒化硼素焼結体の断面組織の画像から、市販の画像解析ソフトを用いて求めることができる。具体的には、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0022】
[結合相]
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相の含有量が5体積%以上であることにより、cBN粒子の脱落を抑制することができ、耐摩耗性に優れる。一方、立方晶窒化硼素焼結体は、結合相の含有量が19体積%以下であることにより、相対的にcBNの含有割合を多くし、硬さが向上した結果、耐摩耗性に優れる。同様の観点から、結合相の含有量は、7体積%以上17体積%以下であることが好ましく、9体積%以上15体積%以下であることがより好ましい。
【0023】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、結合相に含まれるAlの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0.5質量%以上5質量%以下であり、結合相に含まれるWの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上10質量%以下であり、結合相に含まれるVの含有量は、前記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上8質量%以下であり、結合相に含まれるCrの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上5質量%以下である。
【0024】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、結合相に含まれるAlの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0.5質量%以上であることにより、Al元素がcBN粒子表面の酸素原子と反応することにより、cBN粒子の脱落が抑制される。また、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、結合相に含まれるAlの含有量が5質量%以下であることにより、Al窒化物及びAl硼化物の形成を抑制し、耐摩耗性に優れる。同様の観点から、結合相に含まれるAlの含有量は、0.5質量%以上3.5質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以上2質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、結合相に含まれるWの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上であることにより、結合相の靭性が向上するため、耐欠損性に優れる。一方、立方晶窒化硼素焼結体は、Wの含有量が10質量%以下であることにより、結合相の硬度の低下が抑制されるため、耐摩耗性に優れる。同様の観点から、結合相に含まれるWの含有量は、2質量%以上9質量%以下であることが好ましく、2質量%以上8質量%以下であることがより好ましい。
【0026】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、結合相に含まれるVの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上であることにより、W元素が結合相全体へ拡散することを促進でき、結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる。一方、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、Vの含有量が8質量%以下であることにより、立方晶窒化硼素焼結体の焼結性が向上する。同様の観点から、結合相に含まれるVの含有量は、2.5質量%以上8質量%以下であることが好ましく、3質量%以上8質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、結合相に含まれるCrの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上であることにより、Crを含有する場合、立方晶窒化硼素焼結体の焼結性が向上する効果を得る。一方、立方晶窒化硼素焼結体は、Crの含有量が5質量%以下であることにより、結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる。同様の観点から、結合相に含まれるCrの含有量は、0質量%以上4.4質量%以下であることが好ましく、0質量%以上3.8質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、結合相に上記以外のその他の元素を含んでいてもよい。その他の元素の具体例としては、特に限定されないが、例えば、Ti、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Mn、Fe、Co、Ni等が挙げられ、Ti、Mo、Ta、Co、Niが好ましく、Ti、Coがより好ましい。
これらのその他の元素は、例えば、ボールミル用のシリンダーやボール、充填に用いる高融点金属カプセルなどに由来し、不可避的に含まれていてもよく、意図的に添加してもよい。また、上記その他の元素の含有量は、特に限定されないが、例えば、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上10質量%以下であってもよい。
【0029】
本実施形態に用いる結合相において、Wを含む化合物からなる第1材料S1、及び、Wを含まず、Vを含む化合物からなる第2材料S2の合計含有量(体積%)に対する上記第1材料S1の含有量(体積%)の割合(S1/(S1+S2))は、0.35以上1以下であることが好ましい。立方晶窒化硼素焼結体は、(S1/(S1+S2))が0.35以上であることにより、結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、上記割合(S1/(S1+S2))は、0.40以上1以下であることがより好ましく、0.45以上1以下であることが更に好ましく、0.76以上1以下であることがより更に好ましい。
ここで、第1材料S1及び第2材料S2を構成する化合物としては、炭化物、窒化物、硼化物、酸化物及びこれらの固溶体からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、炭化物、窒化物、硼化物及びこれらの固溶体からなる群から選択される少なくとも1種を含むことがより好ましく、炭化物、窒化物及びこれらの固溶体からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが更に好ましい。
【0030】
本実施形態に用いる結合相において、上記第1材料S1及び上記第2材料S2の合計含有量(体積%)は、結合相の総量に対し35体積%以上97体積%以下であることが好ましい。立方晶窒化硼素焼結体は、第1材料S1及び第2材料S2の合計含有量が35体積%以上であることにより、結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる傾向にある。また、立方晶窒化硼素焼結体は、上記合計含有量が97体積%以下であることにより、製造が容易になる傾向にある。同様の観点から、第1材料S1及び第2材料S2の合計含有量は、45体積%以上97体積%以下であることがより好ましく、50体積%以上97体積%以下であることが更に好ましく、74体積%以上97体積%以下であることがより更に好ましい。
なお、結合相は、第1材料S1及び第2材料S2に加え、さらにその他の材料を含んでいてもよく、第1材料S1、第2材料S2及びその他の材料の合計含有量は100体積%となる。例えば、第1材料S1及び第2材料S2の合計含有量が35体積%である場合、残りの65体積%はその他の材料となる。その他の材料は、W及びVを含有しない金属及び化合物のいずれか1種、または2種からなる。
【0031】
Wを含む化合物からなる第1材料S1の具体例としては、特に限定されないが、例えば、WC、Co3W3C、W2Co21B6、CoWB、W2C、WB等が挙げられ、WCが好ましい。また、(S1/(S1+S2))を大きくすることにより結合相の靭性が向上し、耐欠損性に優れる傾向にあるため、Wを含む化合物からなる第1材料S1としては、前記の第1材料S1の具体例として挙げた化合物に、さらにVが固溶している材料が好ましい。さらに、これら以外の第1材料S1としては、特に限定されないが、例えば、Wが固溶しているVC、VN、V(C,N)、VBが挙げられ、Wが固溶しているVC、VN、V(C,N)が好ましい。
また、Wを含まず、Vを含む化合物からなる第2材料S2の具体例としては、特に限定されないが、例えば、VC、VN、V(C,N)、VB等が挙げられ、VC、VNが好ましい。
また、その他の材料の具体例としては、特に限定されないが、例えば、Al、AlN、AlB2、Al2O3、CrN、Cr2N、Cr3C2、Cr7C3、Cr23C6、Cr2O3、CrB2、TiN、TiC、Ti(C,N)、TiB2、Co、Co5.47N、CoN等が挙げられ、Al2O3、Cr2N、Cr3C2、TiN、Coが好ましい。
【0032】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体において、立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)は、走査電子顕微鏡(SEM)で撮影した立方晶窒化硼素焼結体の組織写真から、市販の画像解析ソフトで解析して求めることができる。より具体的には、立方晶窒化硼素焼結体を、その表面に対して直交する方向に鏡面研磨する。次に、SEMを用いて、鏡面研磨して現れた立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面の反射電子像を観察する。この際、SEMを用いて1,000~20,000倍に拡大した立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面を反射電子像にて観察する。SEMに付属しているエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いることにより、黒色領域を立方晶窒化硼素と、灰色領域及び白色領域を結合相と特定することができる。その後、SEMを用いて立方晶窒化硼素の上記断面の組織写真を撮影する。市販の画像解析ソフトを用い、得られた組織写真から立方晶窒化硼素及び結合相の占有面積をそれぞれ求め、その占有面積から含有量(体積%)を求める。
【0033】
また、本実施形態において、結合相における各元素の含有量(質量%)は、上述の立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)を求めるために走査電子顕微鏡(SEM)で撮影した立方晶窒化硼素焼結体の組織写真と同じ観察視野において、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を使用することで求めることができる。より具体的には、上記の拡大した鏡面研磨面の観察視野全体においてEDS分析を行い、立方晶窒化硼素焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%としたときの、各元素の含有割合(質量%)を算出する。
【0034】
ここで、立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面とは、立方晶窒化硼素焼結体の表面又は任意の断面を鏡面研磨して得られた立方晶窒化硼素焼結体の断面である。立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面を得る方法としては、例えばダイヤモンドペーストを用いて研磨する方法を挙げることができる。
【0035】
結合相の組成は、市販のX線回折装置を用いて同定することもできる。例えば、株式会社リガク製のX線回折装置(製品名「RINT TTRIII」)を用いて、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中光学系のX線回折測定を、下記条件で測定すると、結合相の組成を同定することができる。ここで、測定条件としては、例えば、以下のようなものであるとよい。
<測定条件の例>
・出力:50kV、250mA
・入射側ソーラースリット:5°
・発散縦スリット:1/2°
・発散縦制限スリット:10mm
・散乱スリット:2/3°
・受光側ソーラースリット:5°
・受光スリット:0.15mm
・BENTモノクロメータ
・受光モノクロスリット:0.8mm
・サンプリング幅:0.02°
・スキャンスピード:1°/min
・2θ測定範囲:30~90°
なお、本実施形態において、立方晶窒化硼素及び結合相の含有量、並びに結合相の組成は、後述の実施例に記載の方法により測定することもできる。具体的には、結合相の組成は、X線解析装置による測定の結果と、EDSを用いた元素マッピング結果とを解析することにより特定することができる。
【0036】
[被覆立方晶窒化硼素焼結体]
本実施形態の被覆立方晶窒化硼素焼結体は、上述した立方晶窒化硼素焼結体と、該立方晶窒化硼素焼結体の表面に形成された被覆層と、を備える。
立方晶窒化硼素焼結体の表面に被覆層が形成されることによって、立方晶窒化硼素焼結体の耐摩耗性がさらに向上する。被覆層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含むことが好ましい。また、被覆層は、単層構造、又は、2層以上を含む積層構造を有してもよい。被覆層がこのような構造を有する場合、本実施形態の被覆立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性が一層向上する。
【0037】
被覆層を形成する化合物の例として、特に限定されないが、例えば、TiN、TiC、TiCN、TiAlN、TiSiN、及び、AlCrNなどを挙げることができる。中でも、TiCN、TiAlN、及び、AlCrNが好ましい。被覆層は、組成が異なる複数の層を積層した構造を有してもよい。この場合、各層の平均の厚みは、例えば、0.3μm以上4.5μm以下であることが好ましい。
【0038】
被覆層全体の平均厚さは、0.5μm以上5.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆立方晶窒化硼素焼結体は、被覆層全体の平均厚さが0.5μm以上である場合、耐摩耗性が向上する傾向があり、一方、被覆層全体の平均厚さが5.0μm以下である場合、剥離を起因とした欠損の発生を抑制することができる傾向がある。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは、0.5μm以上4.0μm以下であることがより好ましく、1.0μm以上3.0μm以下であることが更に好ましい。
【0039】
被覆層を構成する各層の厚さ及び被覆層全体の厚さは、被覆立方晶窒化硼素焼結体の断面組織から光学顕微鏡、SEM、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、被覆立方晶窒化硼素焼結体における各層の平均厚さ及び被覆層全体の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所以上の断面から、各層の厚さ及び被覆層全体の厚さを測定して、その平均値を計算することで求めることができる。
【0040】
また、被覆層を構成する各層の組成は、被覆立方晶窒化硼素焼結体の断面組織から、EDSや波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0041】
本実施形態の被覆立方晶窒化硼素焼結体における被覆層の製造方法は特に限定されるものではないが、例えば、化学蒸着法や、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と立方晶窒化硼素焼結体との密着性に一層優れるので、更に好ましい。
【0042】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体又は被覆立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れるため、切削工具や耐摩耗工具として使用されると好ましく、その中でも切削工具として使用されると好ましい。本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体又は被覆立方晶窒化硼素焼結体は、焼結金属用切削工具や鋳鉄用切削工具として使用されると更に好ましい。本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体又は被覆立方晶窒化硼素焼結体を切削工具や耐摩耗工具として用いた場合、従来よりも工具寿命を延長することができる。
【0043】
本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体は、例えば、以下の方法によって製造することができる。
原料粉末として、cBN粉末、Al粉末、WC粉末、VC粉末、VN粉末、Cr2N粉末、Cr3C2粉末、TiN粉末、及びCo粉末を準備する。ここで、原料のcBN粉末の平均粒径を適宜調整することにより、得られる立方晶窒化硼素焼結体におけるcBNの平均粒径を上記特定の範囲に制御することができる。また、各原料粉末の割合を適宜調整することにより、得られる立方晶窒化硼素焼結体におけるcBN及び結合相の含有量を上記特定の範囲に制御することができる。次に、準備した原料粉末を、超硬合金製ボールと溶媒とパラフィンとともにボールミル用シリンダーに入れて混合する。ボールミルで混合した原料粉末を、Ta製の高融点金属カプセル内に充填し、粉末の表面に吸着している水分及びその他の付着成分を除去するため、カプセルを開放したまま真空熱処理を行う。
次に、カプセルを密封し、カプセルに充填されている原料粉末を高圧で焼結させる。カプセル内に充填を行う際に、その底面に超硬合金からなる基材を入れることが好ましい。これにより、超硬合金からなる基材を有する立方晶窒化硼素焼結体を作製することができ、工具の耐摩耗性及び/又は耐欠損性が一層向上する傾向にある。高圧焼結の条件は、例えば、圧力:7.0~8.0GPa、温度:1900~2050℃、焼結時間:30~50分である。
【0044】
本実施形態に用いる結合相において、Wを含む化合物からなる第1材料S1、及び、Wを含まず、Vを含む化合物からなる第2材料S2の合計含有量(体積%)に対する上記第1材料S1の含有量(体積%)の割合(S1/(S1+S2))を大きくする方法としては、特に限定されないが、例えば、立方晶窒化硼素焼結体の製造工程において、原料粉末を充填するカプセルに超硬合金からなる基材を入れる方法、焼結温度を上げる方法、cBNの含有割合を少なくする方法、cBNの平均粒径が大きくなるようにする方法、Alの含有量を多くする方法、及び、Crを含む場合はCrの含有量を少なくする方法等が挙げられる。
また、上記第1材料S1及び上記第2材料S2の合計含有量(体積%)を多くする方法としては、特に限定されないが、例えば、立方晶窒化硼素焼結体の製造工程において、原料粉末を充填するカプセルとして、超硬合金からなる基材を入れたカプセルを用いる方法、焼結温度を上げる方法、cBNの含有割合を少なくする方法、cBNの平均粒径が大きくなるようにする方法、Wの含有量を多くする方法、及び、Crを含む場合はCrの含有量を少なくする方法等が挙げられる。
【0045】
また、本実施形態の立方晶窒化硼素焼結体をワイヤ放電加工機やレーザーカット加工機などにより所定の形状に加工して、立方晶窒化硼素焼結体を備えた切削工具又は耐摩耗工具を製造することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例1)
[原料粉末の調製]
立方晶窒化硼素粉末、Al粉末、WC粉末、VC粉末、VN粉末、Cr2N粉末、Cr3C2粉末、TiN粉末、及びCo粉末を、表1に示す割合で混合した。cBN粉末、VC粉末、及びVN粉末の平均粒径は、表1に示すとおりであった。また、Al粉末、WC粉末、Cr2N粉末、Cr3C2粉末、TiN粉末、及びCo粉末の平均粒径は、それぞれ順に、1.8μm、2.0μm、6.0μm、6.0μm、1.5μm、1.5μmであった。原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sizer、FSSS)により測定した。なお、表1において「-」は、記載されている欄に対応する原料を含んでいないため、値が得られないことを示す。
【0048】
【0049】
[混合工程]
原料粉末を、ヘキサン溶媒と、パラフィンと、超硬合金製ボールとともにボールミル用のシリンダーに入れてさらに混合した。
【0050】
[充填工程及び乾燥工程]
混合した原料粉末を、Ta製の高融点金属の円盤状カプセル内に充填した。また、原料粉末を充填する際、発明品3~5及び比較品1については、底面に超硬合金からなる基材を入れたカプセルを用い、それ以外については、超硬合金からなる基材を入れていないカプセルを用いた。超硬合金からなる基材としては、93.5WC-6.0Co-0.5Cr3C2(以上質量%)の組成を有するものを用いた。次いで、カプセルを開放したまま真空熱処理を行い、粉末の表面に吸着している水分及びその他の付着成分を除去した後、カプセルを密封した。
【0051】
[高圧焼結]
その後、カプセルに充填されている原料粉末を高圧で焼結させた。高圧焼結の条件を、表2に示す。
【0052】
【0053】
[測定・分析]
高圧焼結によって得られた立方晶窒化硼素焼結体について、立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)を、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した立方晶窒化硼素焼結体の組織写真から、市販の画像解析ソフトで解析して求めた。より具体的には、立方晶窒化硼素焼結体を、その表面に対して直交する方向に鏡面研磨した。次に、SEMを用いて、鏡面研磨して現れた立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面の反射電子像を観察した。この際、SEMを用いて、立方晶窒化硼素の粒子が100個以上400個以下含まれるように選択した倍率で拡大した立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面を反射電子像にて観察した。SEMに付属しているエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いることにより、黒色領域を立方晶窒化硼素と、灰色領域及び白色領域を結合相と特定した。その後、SEMを用いて立方晶窒化硼素の上記鏡面研磨面の組織写真を撮影した。市販の画像解析ソフトを用い、得られた組織写真から立方晶窒化硼素及び結合相の占有面積をそれぞれ求め、その占有面積から含有量(体積%)を求めた。
ここで、立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面とは、立方晶窒化硼素焼結体の表面又は任意の断面を鏡面研磨して得られた立方晶窒化硼素焼結体の断面とした。立方晶窒化硼素焼結体の鏡面研磨面(以下、「断面」ともいう。)を得る方法は、ダイヤモンドペーストを用いて研磨する方法とした。
【0054】
また、結合相の組成は、株式会社リガク製のX線回折装置(製品名「RINT TTRIII」)を用いて同定した。具体的には、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中光学系のX線回折測定を、下記条件で測定して得られた結果と、EDSを用いた元素マッピング結果とを解析することにより結合相の組成を同定した。
<測定条件>
・出力:50kV、250mA
・入射側ソーラースリット:5°
・発散縦スリット:1/2°
・発散縦制限スリット:10mm
・散乱スリット:2/3°
・受光側ソーラースリット:5°
・受光スリット:0.15mm
・BENTモノクロメータ
・受光モノクロスリット:0.8mm
・サンプリング幅:0.02°
・スキャンスピード:1°/min
・2θ測定範囲:30~90°
【0055】
具体的には、上述の方法のX線回折測定により、得られた立方晶窒化硼素焼結体が以下の材料を含むことを特定した。
・Co3W3C、W2Co21B6及びCo5.47N
・WC(発明品3、発明品4、発明品5及び比較品1を除く)
・VC(比較品12を除く)
・VN(発明品2及び発明品3)
・TiN及びTiB2(発明品21及び比較品12)
また、W元素及び/又はV元素を含む化合物については、EDSを用いた元素マッピングにより、得られた立方晶窒化硼素焼結体が更に以下の材料を含むことを特定又は推察した。
・Co3W3C及びW2Co21B6と推察される化合物がさらにV元素を含む材料(比較品12を除く)
・WCと推察される化合物がさらにV元素を含む材料(発明品3、発明品4、発明品5、比較品1及び比較品12を除く)
・VCと推察される化合物がさらにW元素を含む材料(比較品12を除く)
・VNと推察される化合物がさらにW元素を含む材料(発明品2及び発明品3)
さらに、Al元素を含む化合物及びCr元素を含む化合物については、X線回折測定において明瞭なピークが得られなかったため、EDSを用いた元素マッピングにより同定した。その結果、得られた立方晶窒化硼素焼結体が更に以下の材料を含むことを特定又は推察した。
・AlN、AlB2及びAl2O3(比較品5を除く)
・Cr3C2、Cr7C3及びCr23C6と推察されるCr炭化物と、これらCr炭化物がさらにCo元素を含む材料(発明品12、発明品14、比較品9を除く)
・CrN及びCr2Nと推察されるCr窒化物と、これらCr窒化物がさらにCo元素を含む材料(発明品12、発明品14、発明品20、比較品9を除く)
・上記のCr炭化物及びCr窒化物が相互に固溶したCr炭窒化物と推察される材料(発明品12、発明品14、発明品20、比較品9を除く)
【0056】
上記のcBN及び結合相の含有割合を求めるために用いた組織写真を得た観察視野において、EDSを用いた元素マッピングを行い、W及びVの分布を確認した。得られたマッピング像を画像解析することで、Wを含む化合物からなる第1材料S1、及び、Wを含まず、Vを含む化合物からなる第2材料S2の占める面積を算出し、結合相全体の含有量100体積%に対するS1及びS2それぞれの含有量(体積%)を算出した。S1及びS2の合計含有量に対するS1の含有量の比(S1/(S1+S2))、及びS1及びS2の合計含有量を表3に示す。
【0057】
また、上記SEMで撮影した立方晶窒化硼素焼結体の組織写真の画像解析により、cBN粒子の面積を求め、この面積と等しい面積の円の直径をcBNの粒径とした。次いで、下記式の関係を満たす値をD50として算出し、該D50を立方晶窒化硼素焼結体におけるcBNの平均粒径とした。
(D50以下の粒径を有するcBN粒子が占める面積)/(全てのcBN粒子が占める面積)=0.5
さらに、上述したとおり、上記断面をSEMにて観察し、SEMに付属するEDSを用いて、結合相における各元素の組成を求めた。
また、結合相における各元素の含有量(質量%)は、上述の立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)を求めるためにSEMで撮影した立方晶窒化硼素焼結体の組織写真と同じ観察視野において、EDSを使用することで求めた。具体的には、上記の拡大した鏡面研磨面の観察視野全体においてEDS分析を行い、立方晶窒化硼素焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%としたときの、各元素の含有割合(質量%)を算出した。
これらの測定結果を合わせて表4に示す。
【0058】
【0059】
【0060】
[切削工具の作製]
得られた立方晶窒化硼素焼結体を、ワイヤ放電加工機を用いてISO規格CNGA120408で定められたインサート形状の工具形状に合わせて切り出した。切り出した立方晶窒化硼素焼結体を、超硬合金からなる台金にろう付けにより接合した。その際、発明品3~5及び比較品1は、得られる立方晶窒化硼素焼結体と上述した超硬合金からなる基材がともに台金にろう付けした。ろう付けした工具にホーニング加工を施して、切削工具を得た。
【0061】
[切削試験]
得られた切削工具を用いて、下記の条件で切削試験を行った。
・被削材:SMF5040浸炭焼入れ金属(HRA70)
・被削材形状:ギア形状、φ45mm(歯たけ8mm)×30mm
・切削速度:150m/min
・送り:0.1mm/rev
・切り込み深さ:0.2mm
・クーラント:なし(乾式切削加工)
・評価項目:逃げ面の摩耗幅が0.15mmに至ったとき、あるいは、切削工具が欠損したときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。また、工具寿命に至ったときの損傷形態をそれぞれSEMで観察した。損傷形態が「チッピング」であるのは、微小な欠けが生じていたが、切削工具が欠損する前に逃げ面の摩耗幅が0.15mmに至ったことを意味する。測定結果を表5に示す。
【0062】
【0063】
表5に示された結果より、立方晶窒化硼素焼結体が、立方晶窒化硼素と結合相とを含み、立方晶窒化硼素の含有量は、焼結体の総量に対して81体積%以上95体積%以下であり、結合相の含有量は、焼結体の総量に対して5体積%以上19体積%以下であり、結合相に含まれるAlの含有量は、上記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0.5質量%以上5質量%以下であり、結合相に含まれるWの含有量は、上記焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上10質量%以下であり、結合相に含まれるVの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して2質量%以上8質量%以下であり、結合相に含まれるCrの含有量は、焼結体に含まれる全ての元素の合計100質量%に対して0質量%以上5質量%以下である発明品の方が、そうでない比較品より優れた切削性能を有し、長い工具寿命を有することがわかった。
【0064】
(実施例2)
次に、表6に示すとおり、実施例1で得られた発明品1、発明品4、発明品6、及び発明品7の立方晶窒化硼素焼結体の表面に、イオンボンバードメント処理を施した後、アークイオンプレーティング法により、被覆層を形成した。第1層及び第2層を形成した場合、立方晶窒化硼素焼結体の表面にこの順で形成した。それぞれの処理条件は、以下のとおりとした。また、被覆層の組成及び平均厚さは、表6に示すとおりとした。なお、表6において「-」は、該当する層が形成されていないことを示す。
【0065】
[イオンボンバードメント処理の条件]
・基材の温度:500℃
・圧力:2.7PaのArガス雰囲気
・電圧:-400V
・電流:40A
・時間:30min
【0066】
[被覆層形成条件]
・基材の温度:500℃
・圧力:3.0Paの窒素(N2)ガス雰囲気(窒化物層)、又は3.0Paの窒素(N2)ガスとアセチレンガス(C2H2)ガスとの混合ガス雰囲気(炭窒化物層)
・電圧:-60V
・電流:120A
【0067】
【0068】
表面に被覆層が形成された被覆立方晶窒化硼素焼結体を用いて、実施例1と同様に切削試験を行った。その結果を表7に示す。
【0069】
【0070】
表7に示された結果より、立方晶窒化硼素焼結体は、表面に被覆層が形成されると、さらに切削性能に優れ、長い工具寿命を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。