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特許7598567結晶性ポリエステル樹脂水分散体、塗料組成物、塗膜及び金属缶
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  • 特許-結晶性ポリエステル樹脂水分散体、塗料組成物、塗膜及び金属缶 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-04
(45)【発行日】2024-12-12
(54)【発明の名称】結晶性ポリエステル樹脂水分散体、塗料組成物、塗膜及び金属缶
(51)【国際特許分類】
   C08G 63/127 20060101AFI20241205BHJP
   B65D 65/42 20060101ALI20241205BHJP
   C08J 3/03 20060101ALI20241205BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20241205BHJP
   C09D 167/00 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
C08G63/127
B65D65/42 B
C08J3/03 CFD
C09D5/02
C09D167/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2024522689
(86)(22)【出願日】2023-12-21
(86)【国際出願番号】 JP2023045870
【審査請求日】2024-04-16
(31)【優先権主張番号】P 2023010496
(32)【優先日】2023-01-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】722014321
【氏名又は名称】東洋紡エムシー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103816
【弁理士】
【氏名又は名称】風早 信昭
(74)【代理人】
【識別番号】100120927
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 典子
(72)【発明者】
【氏名】三枝 弘幸
(72)【発明者】
【氏名】杉本 幹太
(72)【発明者】
【氏名】濱野 栄美
(72)【発明者】
【氏名】三上 忠彦
【審査官】藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】特許第7517628(JP,B1)
【文献】国際公開第2022/202832(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/168910(WO,A1)
【文献】特開昭59-078234(JP,A)
【文献】特開2019-137790(JP,A)
【文献】国際公開第2015/045633(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 63/127
B65D 65/42
C08J 3/03
C09D 5/02
C09D 167/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)~(3)の要件を満たす結晶性ポリエステル樹脂(A)を含むことを特徴とする結晶性ポリエステル樹脂水分散体。
(1)融点が120~160℃
(2)80℃で10分間のエージング処理をした後、示差走査熱量測定(DSC)を用いて-50℃から200℃まで20℃/分で昇温したときに、75℃~115℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有し、121℃~160℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有する
(3)酸価が180eq/ton以上
【請求項2】
請求項1に記載の結晶性ポリエステル樹脂水分散体を含有し、前記水分散体中の結晶性ポリエステル樹脂(A)(固形分)の100質量部に対し、硬化剤含有量が1質量部未満である塗料組成物。
【請求項3】
請求項2に記載の塗料組成物から得られる塗膜。
【請求項4】
請求項3に記載の塗膜を有する金属缶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性ポリエステル樹脂水分散体に関する。詳しくは缶用塗料に好適な結晶性ポリエステル樹脂に関し、さらに詳しくは飲料や食品(以下、合わせて飲食料という)を収容する缶の内面を被覆するのに好適な結晶性ポリエステル樹脂と、それを含む水分散体、塗料組成物、ならびに塗膜とその塗膜を有する金属缶に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料缶、食品缶などの金属缶には食品による金属の腐食防止(耐食性)、内容物のフレーバー、風味を損なわない(フレーバー性)ために有機樹脂によるコーティングがなされている。このコーティングによる塗膜に対して、ボトル缶における口金部の成形工程においては、ネック加工やネジ加工など負荷の高い加工が行われる。よって、塗膜は、このような後加工への耐久性が必要である(加工性)。さらに金属素材に対する密着性、硬化性等も要求される。また用途によっては、レトルト殺菌等の高温高湿度条件下に賦される場合もあり、そのような場合にも、塗膜が金属素材との密着性を維持することはもちろん、塗膜に白化が生じない(耐レトルト性)ことも要求される。
【0003】
従来、上記した耐食性、フレーバー性、缶の成形加工に耐えうる塗料として、エポキシ-フェノール系塗料、エポキシ-アミノ系塗料、エポキシ-アクリル系塗料等のエポキシ系塗料や、ポリエステル-フェノール系塗料、ポリエステル-アミノ系塗料、ポリエステル-イソシアネート系塗料等のポリエステル系塗料、及び塩化ビニル系塗料が広く使用されている。しかし、最近の研究でエポキシ樹脂の原料であるビスフェノールAがエストロゲン作用や胎児、乳幼児の脳に影響を与える可能性があるとの報告がなされている。また塩化ビニル系塗料においては、安定剤の問題や焼却時にダイオキシンが発生する問題がある。フェノール樹脂やアミノ樹脂等の原料として用いられ、塗料中に残存するホルムアルデヒドは、発ガン性など人体への有害性があり、また内容物のフレーバー性へ悪影響を与えることが知られている。同様に、イソシアネート樹脂についても発ガン性等の人体への有害性が知られている。さらには有機溶剤を使用することによる環境汚染や作業環境への影響も懸念されている。
【0004】
このような各種人体への悪影響の懸念から、これら原料を用いない水性塗料が市場から要望されているが、缶用途として満足する性能が得られないのが実情である。また、水性塗料であっても、樹脂を水分散体化する工程において有機溶剤を必要とするが、環境汚染等への影響の懸念から、その使用量は少量で済むものが求められる。
【0005】
このような観点から、金属容器或いは金属蓋用の樹脂組成物として、例えば、エチレン性二重結合を樹脂端部に持つポリエステル樹脂に重合性不飽和モノマー成分をグラフト重合してなるアクリル変性ポリエステル樹脂と、β-ヒドロキシアルキルアミド架橋剤とが水性媒体中に分散されてなる水性塗料組成物が提案されている(特許文献1)。
【0006】
特許文献2では、結晶性ポリエステル樹脂水性分散体の製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2020-79393号公報
【文献】特開2018-123249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の高酸価のアクリル変性ポリエステル樹脂を用いた場合には、充分な加工性を得ることができなかった。加えて、β-ヒドロキシアルキルアミド架橋剤の未反応物が塗膜中に残存し、耐レトルト性が低下する問題があった。特許文献2に記載の結晶性ポリエステル樹脂はいずれも融点が低いため、耐レトルト性が劣ることが分かった。また、耐レトルト性を向上させるため、結晶性ポリエステル樹脂の融点を高くすると溶剤溶解性が悪化し、結晶性ポリエステル樹脂水分散体を得ることができない問題があった。
【0009】
本発明の目的は、溶剤溶解性に優れるため水分散体化に用いる有機溶剤の量が少量であり、なおかつ加工性及び耐レトルト性の特性に優れた塗膜を形成可能な結晶性ポリエステル樹脂水分散体、並びにそれを含む塗料組成物、塗膜及び金属缶を提供することである。また、硬化剤を含有しないため、ビスフェノールAやホルムアルデヒドなどの有害物質を排除した塗料を得ることも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記について種々検討したところ、特定のエージング処理で異なる吸熱ピークを示す結晶性ポリエステル樹脂を用いることで、ビスフェノールAやホルムアルデヒドなどの有害物質の残存がなく、水分散体化の際の樹脂の溶剤溶解性および得られる塗膜の加工性に優れ、耐レトルト性が著しく改善されることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は以下の構成から成る。
【0011】
[1]下記(1)~(3)の要件を満たす結晶性ポリエステル樹脂(A)を含むことを特徴とする結晶性ポリエステル樹脂水分散体。
(1)融点が120℃~160℃
(2)80℃で10分間のエージング処理をした後、示差走査熱量測定(DSC)を用いて-50℃から200℃まで20℃/分で昇温したときに、75℃~115℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有し、121℃~160℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有する
(3)酸価が180eq/ton以上
[2][1]に記載の結晶性ポリエステル樹脂水分散体を含有し、前記水分散体中の結晶性ポリエステル樹脂(A)(固形分)の100質量部に対し、硬化剤含有量が1質量部未満である塗料組成物。
[3][2]に記載の塗料組成物から得られる塗膜。
[4][3]に記載の塗膜を有する金属缶。
【発明の効果】
【0012】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体は、前記水分散体中の結晶性ポリエステル樹脂が所定の組成で構成されているため、水分散体化の際の溶剤溶解性に優れ、硬化剤を含有しなくても加工性及び耐レトルト性の特性に優れた塗膜を形成可能であり、ビスフェノールAやホルムアルデヒドなどの有害物質を排除することができる。このため、飲料缶、食品缶用途の塗料組成物、塗膜及び金属缶に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】:80℃、10分間のエージング処理後の結晶性ポリエステル樹脂(合成例(h))のDSCチャート(差走査熱量測定(DSC)を用いて―50℃から200℃まで20℃/分で昇温)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
<結晶性ポリエステル樹脂(A)>
<要件(1)>
要件(1)について説明する。本発明における融点(Tm)は、結晶性ポリエステル樹脂を100℃で30時間のエージング処理を行った後、示唆走査型熱量計(DSC)を用いて、-50~200℃まで20℃/分で昇温し、該昇温過程にて融解熱量が最も大きい吸熱ピーク(最大吸熱ピーク)の頂点の温度である。
本発明における吸熱ピークとは、融解熱量が0.01J/g以上の吸熱ピークのことを指す。
【0015】
要件(1)において、融点(Tm)の範囲は120~160℃であり、好ましくは125~155℃、より好ましくは130~150℃、さらに好ましくは135~145℃である。融点を前記下限値以上とすることで、結晶性が良好となり、優れた耐レトルト性を発現することができる。また、融点を前記上限値以下とすることで、優れた加工性と溶剤溶解性を発現することができる。
【0016】
要件(1)において、融点(Tm)の最大吸熱ピークにおける融解熱量としては、15~30J/gが好ましい。より好ましくは18~25J/gの範囲であり、さらに好ましくは20~23J/gの範囲である。前記範囲内にあることで、耐レトルト性に優れた塗膜を得ることができる。
【0017】
<要件(2)>
要件(2)について説明する。本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)は、80℃で10分間のエージング処理をした後、示差走査熱量測定(DSC)を用いて-50℃から200℃まで20℃/分で昇温したときに、70℃~120℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有し、121℃~160℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有することを特徴とする。70℃~120℃の間の吸熱ピーク、121℃~160℃の間の吸熱ピークはそれぞれ一つずつ有するものがより好ましい。この複数の吸熱ピークは本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)の結晶性の違いによるものであり、高温側(121℃~160℃)の吸熱ピークは安定な結晶が生じていることに由来するものと考えられる。すなわち、121℃~160℃に吸熱ピークを持つ場合、耐熱性に優れることを意味し、その結果、耐レトルト性に優れる傾向にあることを本発明では見出したものである。一方、低温側(70℃~120℃)に少なくとも一つ有する吸熱ピークは、不安定な結晶が生じていることに由来するものと考えられる。すなわち、70℃~120℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有する場合、不安定な結晶が部分的に生じているため、主鎖がほぐれやすく、溶剤溶解性に優れることを意味する。その結果、安定した結晶性ポリエステル樹脂水分散体を得やすい傾向にあることを本発明では見出したものである。これら複数の吸熱ピークの温度範囲を制御することで、耐レトルト性と溶剤溶解性を両立させることが可能となる。
【0018】
要件(2)の低温側の吸熱ピークの範囲は、75~115℃の範囲であり、より好ましくは80℃~110℃、さらに好ましくは85℃~105℃の範囲である。70℃以上とすることで、耐レトルト性が良好となる。また、120℃以下とすることで、溶剤溶解性が良好となるため、安定した結晶性ポリエステル樹脂水分散体を得ることができる。
【0019】
要件(2)において、低温側の吸熱ピークの融解熱量としては、0.1~4J/gが好ましい。より好ましくは0.3~3J/gの範囲であり、さらに好ましくは0.5~2J/gの範囲である。前記範囲内にあることで、溶剤溶解性が良好となる。
【0020】
<要件(3)>
要件(3)について説明する。本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)の酸価は180eq/ton以上を有することが必要である。好ましくは200eq/ton以上であり、より好ましくは220eq/ton以上であり、さらに好ましくは240eq/ton以上である。酸価が前記下限値以上とすることで十分な水分散安定性を確保することができる。酸価の上限値は特にないが、酸付加反応時の酸成分の未反応物やオリゴマー量を少なくするためには、400eq/ton以下が好ましい。
【0021】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)は、任意の方法で酸価を付与することができる。酸価を付与する方法としては重縮合後期に分子内に多価カルボン酸無水物基を有する化合物を付加反応させる方法、プレポリマー(オリゴマー)の段階でこれを高酸価とし、次いでこれを重縮合し、酸価を有するポリエステル樹脂を得る方法などがあるが、操作の容易さ、目標とする酸価を得易いことから前者の付加反応させる方法が好ましい。
【0022】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)に酸価を付与するための分子内に多価カルボン酸無水物基を有する化合物のうち、カルボン酸モノ無水物としては、たとえば、無水フタル酸、無水コハク酸、無水マレイン酸、無水トリメリット酸、無水イタコン酸、無水シトラコン酸などが挙げられ、これらの中から1種または2種以上を選び使用できる。その中でも、汎用性、経済性の面から無水トリメリット酸が好ましい。
【0023】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)に酸価を付与するための分子内に多価カルボン酸無水物基を有する化合物のうち、カルボン酸ポリ無水物としては、たとえば、無水ピロメリト酸、1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸二無水物、1,2,3,4-シクロペンタンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、エチレングリコールビストリメリテート二無水物、2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物などがあり、これらの中から1種または2種以上を選び使用できる。その中でも、汎用性、経済性の面からエチレングリコールビストリメリテート二無水物が好ましい。
【0024】
前記の酸価を付与するための分子内に多価カルボン酸無水物基を有する化合物は、カルボン酸モノ無水物とカルボン酸ポリ無水物をそれぞれ単独で使用することもできるし、併用して使用することもできる。
【0025】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)は、多価カルボン酸と多価アルコールとの重縮合物によって得ることのできる化学構造からなり、多価カルボン酸と多価アルコールはそれぞれ1種または2種以上の選択された成分からなるものである。
【0026】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)は、分子の平面性や対称性を部分的に崩すことのできるモノマーを選択し、共重合比率を調整することで、樹脂の融点を大きく下げることなく、80℃で10分のエージング処理条件下において、吸熱ピークを70℃から120℃の間に少なくとも一つ有するように調整できる。
【0027】
本発明に用いる多価カルボン酸成分は特に限定されないが、例えば以下に示す多価カルボン酸又はそれらのエステル、及びそれらの無水物を使用できる。
【0028】
本発明に用いる多価カルボン酸成分は、環構造を有し該環がベンゼン環の場合はパラ位にカルボン酸基を有し、該環がナフタレン環の場合は2,6位にカルボン酸基を有し、該環がシクロヘキシル環の場合は1,4位にカルボン酸基を有するジカルボン酸(a)(以下、(a)成分とする。)を用いることが出来る。(a)成分のカルボン酸基は環構造に直接結合していることが好ましい。(a)成分としては、例えば、テレフタル酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、1,4-シクロヘキサンジカルボン酸等が挙げられる。また、これらを1種または2種以上使用することができる。
【0029】
多価カルボン酸成分は、(a)成分を含有した場合、ポリエステル樹脂の結晶性が高くなり、塗膜の耐レトルト性に優れる。また、より好ましくは(a)成分の中でも立体障害が小さく結晶性が特に高いことから、環構造がベンゼン環でありパラ位にカルボン酸基を有するジカルボン酸または環構造がナフタレン環であり2,6位にカルボン酸基を有するジカルボン酸であり、さらに好ましくは構造上の立体障害がより小さいことから、環構造がベンゼン環でありパラ位にカルボン酸基を有するジカルボン酸である。
【0030】
多価カルボン酸成分として(a)成分を用いる場合、後述する多価カルボン酸成分中の(b)の共重合比率は(a)成分の共重合比率よりも低いことが好ましい。
【0031】
多価カルボン酸成分の合計量を100モル%とした場合、(a)成分の共重合比率(モル%)は45~95モル%であることが好ましく、より好ましくは50~90モル%、さらに好ましくは55~85モル%である。45モル%以上とすることで、結晶性が高くなり、塗膜の耐レトルト性が向上する。また、95モル%以下とすることで、得られるポリエステルの溶剤溶解性が良好となるため、ポリエステル樹脂の凝集を防ぎ、安定した結晶性ポリエステル樹脂水分散体を得ることができる。
【0032】
本発明に用いる多価カルボン酸成分は、環構造を有し、(a)成分を除くジカルボン酸(b)(以下、(b)成分とする。)が挙げられる。(b)成分の環構造はベンゼン環、フラン環、ナフタレン環、シクロヘキシル環であることが好ましい。(b)成分のカルボン酸基は環構造に直接結合していることが好ましい。(b)成分としては、例えば、オルトフタル酸、イソフタル酸、1,2-ナフタレンジカルボン酸、1,3-ナフタレンジカルボン酸、1,4-ナフタレンジカルボン酸、1,5-ナフタレンジカルボン酸、1,6-ナフタレンジカルボン酸、1,7-ナフタレンジカルボン酸、1,8-ナフタレンジカルボン酸、2,3-ナフタレンジカルボン酸、2,7-ナフタレンジカルボン酸、5-スルホイソフタル酸ナトリウム、2,5-フランジカルボン酸、1,2-シクロヘキサンジカルボン酸、1,3-シクロヘキサンジカルボン酸、ヘキサヒドロフタル酸等が挙げられる。また、これらを1種または2種以上使用することができる。中でも、溶剤溶解性及び耐レトルト性の両立に特に優れる点から、(b)成分の環構造はベンゼン環が好ましく、より好ましくは(b)成分はオルトフタル酸である。
【0033】
多価カルボン酸成分として(b)成分を用いる場合、ポリエステル樹脂の結晶性は部分的に崩され、溶剤溶解性に優れる。多価カルボン酸成分の合計量を100モル%とした場合、(b)成分の共重合比率は50モル%以下であることが好ましい。より好ましくは45モル%以下、さらに好ましくは40モル%以下である。50モル%以下とすることで、得られるポリエステルの耐レトルト性が良好となる。
【0034】
本発明に用いる多価カルボン酸成分は、(a)成分または(b)成分以外の脂肪族多価カルボン酸、脂環族多価カルボン酸、芳香族多価カルボン酸等も使用することができる。例えば脂肪族多価カルボン酸としては、フマル酸、アジピン酸、セバシン酸、マロン酸、コハク酸等、脂環族多価カルボン酸や芳香族多価カルボン酸としては三官能以上のものが挙げられる。また、これらを1種または2種以上使用することができる。
【0035】
本発明に用いる多価アルコール成分は特に限定されないが、例えば以下に示す多価カアルコールを使用できる。
【0036】
本発明に用いる多価アルコール成分は、側鎖を有する多価アルコール(c)(以下、(c)成分とする。)を用いることができる。(c)成分は側鎖を有するジオールであることが好ましい。(c)成分における側鎖とは、2個の水酸基をつなぐ炭化水素基(炭素鎖)を主鎖とし、該主鎖から枝分かれしている原子または原子団をいう。(c)成分における側鎖は、アルキル基であることが好ましい。前記アルキル基の炭素数が1~50であることが好ましく、より好ましくは2~40であり、さらに好ましくは3~35である。側鎖の数は1であってもよく、2以上であってもよい。5以下が好ましく、より好ましくは4以下、さらに好ましくは3以下である。前記アルキル基は直鎖であってもよいし、側鎖を有してもよい。(c)成分としては、例えば、1,2-プロピレングリコール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、ネオペンチルグリコール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、2-メチル-1,3-ヘキサンジオール、2-メチル-2-エチル-1,3-プロパンジオール、2,2-ジエチル-1,3-プロパンジオール、2-エチル-2-n-プロピル-1,3-プロパンジオール、2,2-ジn-プロピル-1,3-プロパンジオール、2-n-ブチル-2-エチル-1,3-プロパンジオール、2,2-ジn-ブチル-1,3-プロパンジオール、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオール、2-エチル-1,3-ヘキサンジオール、マンニトール、ソルビトール、ダイマージオール、ポリプロピレングリコール、ペンタエリスリトール等が挙げられる。前記(c)成分は1種または2種以上を使用しても構わない。
【0037】
多価アルコール成分として(c)成分を含有した場合、ポリエステル樹脂の結晶性が部分的に崩れ、溶剤溶解性に優れる。多価アルコール成分の合計量を100モル%とした場合、(c)成分の共重合比率は30モル%以下であることが好ましい。より好ましくは20モル%以下、さらに好ましくは10モル%以下である。30モル%以下とすることで、得られるポリエステルの溶剤溶解性と耐レトルト性を両立させることができる。
【0038】
多価カルボン酸成分として(c)成分を用いる場合、後述する多価アルコール成分中の(d)成分または(e)成分の共重合比率は、(c)成分の共重合比率よりも低いことが好ましい。
【0039】
本発明に用いる多価アルコール成分は、直鎖構造の多価アルコール(d)(以下、(d)成分とする。)を用いることができる。(d)成分としては、例えば1、3-プロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1、5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,8-オクタンジオール等が挙げられ、これらを1種または2種以上使用することができる。中でも、溶剤溶解性、耐レトルト性及び加工性の両立に特に優れることから、1,4-ブタンジオールが好ましい。
【0040】
多価アルコール成分として(d)成分を用いる場合、ポリエステル樹脂の結晶性が高くなり、塗膜の耐レトルト性に優れる。多価アルコール成分の合計量を100モル%とした場合、(d)成分の共重合比率は50モル%以上であることが好ましい。より好ましくは60モル%以上、さらに好ましくは70モル%以上である。50モル%以上とすることで、得られるポリエステルの耐レトルト性を向上させることができる。
【0041】
本発明に用いる多価アルコール成分として、芳香環骨格または脂環骨格を有する多価アルコール(e)(以下、(e)成分とする。)を用いることが出来る。(e)成分としては、1,4-シクロヘキサンジメタノール、トリシクロデカンジメタノール、ヒドロキノン、カテコール、レゾルシノール等が挙げられ、これらを1種または2種以上使用することができる。
【0042】
(e)成分を用いる場合、多価アルコール成分の合計量を100モル%とした時、(e)成分の共重合比率は30モル%以下であることが好ましく、より好ましくは20モル%以下、さらに好ましくは10モル%以下であり、0モル%であっても差し支えない。30モル%以下とすることで、得られるポリエステルの溶剤溶解性と耐レトルト性を両立させることができる。
【0043】
本発明に用いる多価アルコール成分として、イソソルビドを使用する場合、その共重合比率は多価アルコール成分の合計量を100モル%とした時、5モル%未満であることが好ましく、より好ましくは1モル%未満であり、イソソルビドを含まないことが最も好ましい。5モル%未満とすることで、得られるポリエステルの溶剤溶解性および耐レトルト性を向上させることができる。
【0044】
本発明に用いる多価アルコール成分として、エチレングリコールを使用する場合、その共重合比率は多価アルコール成分の合計量を100モル%とした時、40モル%未満であることが好ましく、より好ましくは30モル%未満であり、さらに好ましくは20モル%未満であり、0モル%であっても差し支えない。40モル%未満とすることで、得られるポリエステルの溶剤溶解性及び加工性が良好となる。
【0045】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)の共重合比率(モル%)は、全多価カルボン酸成分と全多価アルコール成分をそれぞれ100モル%とした時、(a)成分と(d)成分の合計は140モル%~175モル%であることが好ましい。より好ましくは150モル%~170モル%、さらに好ましくは155モル%~160モル%である。140モル%以上とすることで、耐レトルト性が良好となる。また、175モル%以下とすることで溶剤溶解性が良好となる。
【0046】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)の共重合比率(モル%)は、全多価カルボン酸成分と全多価アルコール成分をそれぞれ100モル%とした時、(b)成分、(c)成分の合計は15モル%~55モル%であることが好ましい。より好ましくは20モル%~50モル%、さらに好ましくは30モル%~45モル%である。5モル%以上とすることで、溶剤溶解性が良好となる。また、55モル%以下とすることで、耐レトルト性が良好となる。
【0047】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)の共重合比率(モル%)は、全多価カルボン酸成分と全多価アルコール成分をそれぞれ100モル%として、各成分の共重合比率(モル%)の値を下記式にあてはめたとき、式の値が95モル%以上145モル%未満となることが好ましい。
式:((a)成分(モル%)+(d)成分(モル%))-((b)成分(モル%)+(c)成分(モル%))
上記の範囲の値とすることで、溶剤溶解性、塗膜の加工性及び耐レトルト性が特に良好な結晶性ポリエステル樹脂となる。前記性能がさらに向上することから、より好ましくは98モル%以上であり、さらに好ましくは100モル%以上であり、とりわけ好ましくは110モル%以上である。140モル%以下がより好ましく、135モル%以下がさらに好ましく、特に好ましくは130モル%以下であり、とりわけ好ましくは120モル%以下である。
【0048】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)を構成する多価カルボン酸成分および多価アルコール成分には、バイオマス資源から誘導された原料を用いることができる。バイオマス資源とは、植物の光合成作用で太陽の光エネルギーがデンプンやセルロースなどの形に変換されて蓄えられたもの、植物体を食べて成育する動物の体や、植物体や動物体を加工してできる製品等が含まれる。この中でも、より好ましいバイオマス資源としては、植物資源であるが、例えば、木材、稲わら、籾殻、米ぬか、古米、とうもろこし、サトウキビ、キャッサバ、サゴヤシ、おから、コーンコブ、タピオカカス、バガス、植物油カス、芋、そば、大豆、油脂、古紙、製紙残渣、水産物残渣、家畜排泄物、下水汚泥、食品廃棄物等が挙げられる。さらに好ましくは、とうもろこし、さとうきび、キャッサバ、サゴヤシである。
【0049】
バイオマス資源から誘導された多価カルボン酸原料の具体例としては、例えば、アジピン酸、セバシン酸、フマル酸、イタコン酸、テレフタル酸および2,5-フランジカルボン酸等が挙げられる。これらは単独でも2種以上の混合物としても使用してもよい。
【0050】
バイオマス資源から誘導された多価アルコール原料の具体例としては、例えば、エチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、1,3-プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,4―ブタンジオールおよび1,4-シクロヘキサンジメタノール等が挙げられる。これらは単独でも2種以上の混合物としても使用してもよい。
【0051】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)は、分岐構造を有していることが好ましい。分岐構造を有するとは、ポリエステルの主鎖中に分岐構造を有することを言い、ポリエステルにおいて分岐構造を導入するには、ポリエステルの重縮合反応において、多価カルボン酸成分および/または多価アルコール成分の一部として3官能以上の成分を共重合する方法が例として挙げられる。3官能以上の多価カルボン酸成分としては、以下に示す多価カルボン酸又はそれらのエステル、及び多価カルボン酸無水物を使用できる。具体的には、例えばトリメリット酸、ピロメリット酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸などが挙げられる。3官能以上の多価アルコール成分としては、グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、マンニトール、ソルビトール、ペンタエリスリトールなどが挙げられ、これらを1種または2種以上使用することができる。結晶性ポリエステル樹脂(A)が分岐構造を有することにより、得られる塗膜の加工性が良好となる。
【0052】
3官能以上の多価カルボン酸成分および/または3官能以上の多価アルコール成分は、結晶性ポリエステル樹脂(A)全体を100モル%としたとき、好ましくは0.1モル%以上であり、より好ましくは0.5モル%以上であり、さらに好ましくは1モル%以上である。また、好ましくは5モル%以下であり、より好ましくは3モル%以下であり、さらに好ましくは2モル%以下であり、特に好ましくは1.5モル%以下である。多価カルボン酸成分および/または多価アルコール成分を上記範囲とすることで、結晶性ポリエステル樹脂(A)の結晶性が適度な高さとなり、耐レトルト性が良好であり、ポリエステル重合時のゲル化を防止することができる。
【0053】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)のスルホン酸金属塩の濃度は50eq/ton未満であることが好ましい。より好ましくは20eq/ton以下であり、さらに好ましくは10eq/ton以下であり、特に好ましくは5eq/tonである。50eq/ton未満とすることで、得られるポリエステルの親水性が低下し、耐レトルト性が向上する。
【0054】
次に本発明の結晶性ポリエステル樹脂(A)の製造方法について説明する。エステル化/交換反応では、全モノマー成分および/またはその低重合体を加熱熔融して反応させる。エステル化/交換反応温度は、180~250℃が好ましく、200~250℃がより好ましい。反応時間は1.5~10時間が好ましく、3時間~6時間がより好ましい。なお、反応時間は所望の反応温度になってから、つづく重縮合反応までの時間とする。重縮合反応では、減圧下、220~280℃の温度で、エステル化反応で得られたエステル化物から、多価アルコール成分を留去させ、所望の分子量に達するまで重縮合反応を進める。重縮合の反応温度は、220~280℃が好ましく、240~275℃がより好ましい。減圧度は、130Pa以下であることが好ましい。減圧度が不十分だと、重縮合時間が長くなる傾向があるので好ましくない。大気圧から130Pa以下に達するまでの減圧時間としては、30~180分かけて徐々に減圧することが好ましい。
【0055】
エステル化/交換反応および重縮合反応の際には、必要に応じて、テトラブチルチタネートなどの有機チタン酸化合物、二酸化ゲルマニウム、酸化アンチモン、オクチル酸スズなどの有機錫化合物を用いて重合をおこなう。反応活性の面では、有機チタン酸化合物が好ましく、樹脂着色の面からは二酸化ゲルマニウムが好ましい。
【0056】
本発明における結晶性ポリエステル樹脂(A)のガラス転移温度は耐水性、特に塗膜の耐レトルト性の点から10℃以上が好ましく、15℃以上がより好ましい。また加工性の観点から50℃以下が好ましく、40℃以下がより好ましい。
【0057】
本発明における結晶性とは、ポリエステル樹脂を前記条件で測定したときに融点(Tm)を示すものを指す。また、結晶性が高いとは即ち、ポリエステル樹脂の融点が高いということである。
【0058】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂(A)の還元粘度は、0.2~0.8dl/gが好ましく、0.4~0.8dl/gがより好ましく、0.6~0.8dl/gがさらに好ましい。還元粘度が0.2dl/g以上では、塗膜の強靭性、加工性が良好となる。一方、還元粘度が0.8dl/g以下とすると、溶剤溶解性が良好となる。
【0059】
<結晶性ポリエステル樹脂水分散体>
本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体は、上述した結晶性ポリエステル樹脂(A)を含有する水分散体である。
【0060】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体は、結晶性ポリエステル樹脂(A)を結晶性ポリエステル樹脂(A)が溶解する水溶性有機溶剤に溶解し、必要に応じて塩基性化合物、水を逐次加え分散する方法(i)、結晶性ポリエステル樹脂(A)と水、結晶性ポリエステル樹脂(A)を溶解する水溶性有機溶剤、必要に応じて塩基性化合物を加え、加熱し分散する方法(ii)等により作製することができる。また、有機溶剤を減量したい場合、あるいは完全に除去して水分散体化したい場合は100℃以下の沸点を有する有機溶剤を用いて溶解、分散した後、加熱、もしくは減圧下で溶剤を抜き取ることも可能である。結晶性ポリエステル樹脂の場合は、造膜性の点から前者の方法(i)で行うことが好ましい。
【0061】
この場合、結晶性ポリエステル樹脂(A)の溶解の際の温度は40~160℃が好ましく、50~140℃がより好ましく、60~130℃がさらに好ましく、70~100℃が最も好ましい。40℃以上では、結晶性ポリエステル樹脂(A)が十分に溶解し、分子鎖同士の絡み合いを防ぐことが可能であり、160℃以下では結晶性ポリエステル樹脂(A)の熱劣化を抑えることが出来る。40~160℃の温度範囲で加熱することにより結晶性ポリエステル樹脂(A)が溶解しうる有機溶剤としては、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、1,2-ヘキサンジオール、メチルセロソルブ、ブチルセロソルブ、エチルカルビトール、ブチルカルビトール、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテルなどが挙げられる。このうち、メチルエチルケトンやブチルセロソルブ、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテルなどが好ましい。
【0062】
結晶性ポリエステル樹脂(A)を100℃以上で溶解した場合は、結晶性ポリエステル樹脂溶液の温度を100℃以下に冷却してから該樹脂溶液を攪拌しながら水及び必要に応じて塩基性化合物を逐次添加して相転換を行うことにより水分散体を得ることが好ましい。
【0063】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体100質量部のうち、有機溶剤の含有量は20質量%以下で作製することが好ましい。より好ましくは15質量%以下であり、さらに好ましくは13質量%以下である。20質量%以下とすると有機溶剤由来の引火点の発現を防止することができる。
【0064】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂(A)を水分散体化する際に使用する塩基性化合物としては、塗膜形成時の乾燥や焼付工程で揮散する化合物が好ましく、アンモニアおよび/または沸点が250℃以下の有機アミン化合物等を使用する。好ましくは、例えばトリエチルアミン、N,N-ジエチルエタノールアミン、N,N-ジメチルエタノールアミン、アミノエタノールアミン、N-メチル-N,N-ジエタノールアミン、イソプロピルアミン、イミノビスプロピルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、3-エトキシプロピルアミン、3-ジエチルアミノプロピルアミン、sec-ブチルアミン、プロピルアミン、メチルアミノプロピルアミン、ジメチルアミノプロピルアミン、メチルイミノビスプロピルアミン、3-メトキシプロピルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モルホリン、N-メチルモルホリン、N-エチルモルホリン等を挙げることが出来る。これら塩基性化合物は結晶性ポリエステル樹脂(A)のカルボキシ基に対して、少なくとも部分中和し得る量を必要とし、具体的にはカルボキシル基当量に対して0.5~1.5当量を添加することが望ましい。
【0065】
本発明にかかる結晶性ポリエステル樹脂水分散体の平均粒子径は塗膜外観、保存安定性に大きく影響するので非常に重要であり、30~300nmが好ましい。さらに好ましくは50~250nmであり、特に好ましくは70~200nmである。平均粒子径が300nm以下では安定して分散し、また造膜性も良好であるため得られる塗膜の外観も良好である。また30nm以上とすることで、分散体同士の融合や凝集を防止することができる。
【0066】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体は、10~45質量%の樹脂固形分濃度で作製することが好ましい。より好ましくは15~40質量%であり、さらに好ましくは20~35質量%の範囲である。樹脂固形分濃度が45質量%以下であると、水分散体の粘度が適当であり、また樹脂粒子間の凝集を防止できるため分散安定性が良好である。また10質量%以上とすることで製造面、用途面の双方から実用化しやすくなる。
【0067】
本発明の塗料組成物は少なくとも、上述の結晶性ポリエステル樹脂水分散体を含有する。また前記水分散体中の結晶性ポリエステル(A)を主剤として含有する。塗料組成物においては、塗料組成物中の塗膜を形成する固形成分(水や有機溶剤などの揮発する物質を除いた不揮発成分)の中で、最も含有量(質量割合)が多い成分を、主剤として定義する。
【0068】
本発明の塗料組成物は、硬化剤を配合せずとも結晶性ポリエステル樹脂水分散体単独で塗膜を形成することが可能である。そのため、本発明の塗料組成物には実質的に硬化剤を含有しないことが好ましく、即ち水分散体中の結晶性ポリエステル樹脂(A)の100質量部(固形分換算)に対し、硬化剤含有量が1質量部未満(固形分換算)であることが好ましい。
【0069】
本発明の塗料組成物において、硬化剤の含有量は、結晶性ポリエステル樹脂(A)(固形分)質量100質量部に対して、1質量部未満であることが好ましい。0.5質量部未満がより好ましく、0.1質量部未満が更に好ましく、硬化剤を含まないことが最も好ましい。上記範囲よりも硬化剤の含有量が少ない場合には、経済性に優れ、硬化剤同士の自己縮合反応による加工性低下、ブロック剤の揮発やホルムアルデヒドなどの有害なアウトガスの発生を防止し、また長期保存の安定性に優れる。
【0070】
ここで硬化剤とは、ポリエステル樹脂と反応し架橋構造を形成する既知の硬化剤を指し、架橋構造の形態は、例えば、ポリエステル樹脂中の不飽和二重結合をラジカル付加反応、カチオン付加反応、またはアニオン付加反応等によって反応させ、分子間炭素-炭素結合を生成させる反応や、ポリエステル樹脂中の多価カルボン酸基、多価アルコール基との縮合反応、重付加反応、またはエステル交換反応等による分子間結合の形成等が挙げられる。硬化剤としては、例えば、フェノール樹脂、アミノ樹脂、イソシアネート化合物、エポキシ化合物、またはβ-ヒドロキシルアミド化合物、不飽和結合含有樹脂などを挙げることができる。
【0071】
本発明の塗料組成物は、食品や飲料用缶の塗料に最適である。食品や飲料用缶の塗料にするためには、目的に応じて各種の添加剤を配合する場合がある。有機溶剤への溶解性向上のための可塑剤、塗布性や塗膜の平滑性、外観を向上させるためのレベリング剤や界面活性剤、塗膜のキズ防止のための潤滑剤、更に着色顔料や場合によっては本発明の結晶性ポリエステル樹脂以外のポリエステル樹脂、ポリエステル樹脂以外の樹脂、例えばアクリル樹脂エマルジョンやポリウレタン樹脂エマルジョンなどを食品衛生性やフレーバー性など本発明の目的を損なわない範囲で配合することができる。
【0072】
本発明の塗料組成物には、塗膜の可撓性、密着性付与などの改質を目的としたその他の樹脂を配合することができる。その他の樹脂の例としては、非晶性ポリエステル、結晶性ポリエステル、エチレン-重合性不飽和カルボン酸共重合体、及びエチレン-重合性カルボン酸共重合体アイオノマーを挙げることができ、これらから選ばれる少なくとも1種以上の樹脂を配合することにより塗膜の可撓性および/または密着性を付与できる場合がある。
【0073】
本発明の塗料組成物は、アルミニウムやステンレススチール、ブリキなどの缶用の金属基材にグラビアロールコーターやコンマコーター、スプレイ法などによって塗装することができる。膜厚は特に制限はないが通常乾燥膜厚で3~18μm、更には5~15μmの範囲であることが好ましい。塗膜の焼付条件は通常、約180~260℃の範囲で約20秒~1時間の程度であり、さらには約200~240℃の範囲で、約30秒~10分の程度が好ましい。
【0074】
本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体からなる塗膜は上記範囲で焼き付けを行った後、エージング処理を行うことが好ましい。エージング処理を行うことで塗膜中の結晶化がさらに進み、耐レトルト性が良好となる。
【0075】
本発明の塗膜とは、基材に結晶性ポリエステル樹脂水分散体をコーティングしたもの(基材/結晶性ポリエステル樹脂水分散体の2層)である。また、その他の樹脂からなる層を結晶性ポリエステル樹脂水分散体層の上下いずれかに重ね合わせた構成をとってもよい。その場合、その他の樹脂からなる層はコーティング層であることを指す。本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体を、常法に従い、各種基材上に積層すること、およびさらに他の樹脂層を積層することにより、本発明の塗膜を得ることができる。
【0076】
本発明の金属缶とは、前記塗膜を有する。金属缶は、例えば、飲料缶、缶詰用缶、その蓋、キャップ等に用いることができる金属素材からなる金属板に対し、その片面あるいは両面に、また必要であれば端面にも塗装することにより得ることができる。前記金属素材としては、例えばブリキ、ティンフリースティール、アルミニウム等を挙げることができる。これらの金属素材からなる金属板にはあらかじめリン酸処理、クロム酸クロメート処理、リン酸クロメート処理、その他の防錆処理剤による防食処理、塗膜の密着性向上を目的とした表面処理を施したものを使用しても良い。
【実施例
【0077】
以下に実施例によって本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。種々の特性の評価は下記の方法に従った。単に部とあるのは質量部を示し、%とあるのは質量%を示す。
【0078】
<結晶性ポリエステル樹脂(A)>
(1)樹脂組成の測定
結晶性ポリエステル樹脂の試料を、重クロロホルムに溶解し、VARIAN社製 核磁気共鳴(NMR)装置400-MRを用いて、1H-NMR分析を行った。その積分値比より、モル比を求めた。
【0079】
(2)還元粘度(単位:dl/g)の測定
結晶性ポリエステル樹脂の試料0.1gをフェノール/テトラクロロエタン(質量比6/4)の混合溶媒25ccに溶解し、30℃でウベローデ粘度菅を用いて測定した。
【0080】
(3)融点(Tm)、吸熱ピーク、融解熱量(J/g)、およびガラス転移温度(Tg)の測定
セイコーインスツルメンツ(株)製の示差走査型熱量計(DSC)DSC-220を用いて測定した。結晶性ポリエステル樹脂2gをクロロホルム8gに溶解させ、ポリプロピレンフィルム(東洋紡株式会社製、P2162)の非コロナ処理面に乾燥後の膜厚が10μmとなるように塗工し、80℃で10分間のエージング処理を行った。処理後の塗膜をフィルムから剥がし、試料5mgをアルミニウム製の抑え蓋型容器に入れて密封し、窒素ガスを30ml/minで流し、窒素雰囲気下とした後、液体窒素を用いて-50℃まで冷却し、次いで200℃まで20℃/分にて昇温させた。この過程にて得られる最大吸熱ピークの頂点の温度を融点(Tm、単位:℃)、最大吸熱ピークからベースラインを差し引いた積分値を最大吸熱ピークの融解熱量(J/g)とした。また、融点以外のピークの頂点を吸熱ピーク(単位:℃)、吸熱ピークからベースラインを差し引いた積分値を吸熱ピークの融解熱量(J/g)として求めた。積分値の計算はDSC-220に付属ソフトにて自動計算により実施した。また、前記測定装置を用いて、同条件で200℃まで昇温した後、-50℃まで急冷し、再度200℃まで20℃/分にて昇温させた。この過程にて得られる吸熱曲線において、吸熱ピークが出る前のベースラインと、吸熱ピークに向かう接線との交点の温度をガラス転移温度(Tg、単位:℃)とした。
【0081】
(4-1)酸価の測定
結晶性ポリエステル樹脂の試料0.2gを40mlのクロロホルムに溶解し、0.01Nの水酸化カリウムエタノール溶液で滴定し、ポリエステル樹脂10gあたりの当量(eq/ton)を求めた。指示薬にはフェノールフタレインを用いた。
【0082】
(4-2)スルホン酸金属塩濃度の測定
結晶性ポリエステル樹脂の試料0.5gを白金製るつぼに秤量し、ホットプレート上で400℃の予備炭化を行った後、電気炉(ヤマト化学社製電気炉FO610型)で550℃、8時間の灰化処理を行った。灰化処理後、残渣を1.2Nの塩酸20mLに溶解させ、測定溶液とした。続いて、高周波誘導結合プラズマ発光分析装置(日立ハイテクサイエンス社製、SPECTROBLUE)を用いて、プラズマ出力1400W、プラズマガス流量12L/minの条件で測定溶液中のナトリウム濃度を測定し、スルホン酸金属塩濃度とし、mgKOH/g単位に換算した。
【0083】
(5)溶剤溶解性の評価
結晶性ポリエステル樹脂2gをシクロヘキサノン8gに溶解させ、100℃で3時間加温(静置)した時の結晶性ポリエステル樹脂の溶解状態を目視で以下のように判定した。
(判定)
◎:ほぼ全て溶解(80%以上溶解)
○:わずかに溶け残りあり(70%以上溶解)
△:少量の溶け残りあり(60%以上溶解)
×:溶け残りあり(50%未満)
【0084】
(6)平均粒子径
ポリエステル樹脂水分散体の平均粒子径を測定した。測定には、レーザー回折・散乱法粒度分布測定装置(ベックマン社製コールターカウンターLS13 320)を用いた。そして、本装置により粒子分布を体積基準で作製し、平均径の値を平均粒子径とした。
【0085】
(7)保存安定性の評価
ポリエステル樹脂水分散体を25℃で24時間静置した後の分散状態を目視で以下のように判定した。
(判定)
◎:外観変化なし
○:沈降物あり
×:固化している
【0086】
<試験片の作製>
ブリキ板(JIS G 3303(2008) SPTE、70mm×150mm×0.3mm)の片面にバーコーターで、結晶性ポリエステル樹脂水分散体を乾燥後の膜厚が10±2μmになるように塗装し、焼付条件200℃×30秒間として焼き付け、次いで、120℃×1時間のエージング処理を行い、これを試験片とした(以下、試験片という)。
【0087】
(8)塗膜外観の評価
得られた試験片の塗膜外観を目視で以下のように判定した。
(判定)
◎:ひび割れおよび凝集物の発生なし。
○:ひび割れまたは凝集物が出ている。
△:塗膜が一部剥がれている。
×:塗膜が全体的に剥がれている。
【0088】
(9)加工性の評価
得られた試験片を、塗膜が外側となる方向に180°折り曲げ加工を施し、折り曲げ部に発生する塗膜の割れについて、通電値を測定することにより評価した。なお、折り曲げ加工は、間に何も挟み込まず(いわゆる0T)に折り曲げた。アルミ板製の電極(幅20mm、奥行き50mm、厚さ0.5mm)の上に1%NaCl水溶液に浸したスポンジ(幅20mm、奥行き50mm、厚さ10mm)を載せたものを用意し、スポンジの20mmの辺と平行になるように試験片の折り曲げ部の中央部付近をスポンジに接触させた。アルミ板電極と試験板の裏面の非塗装部との間に5.0Vの直流電圧をかけ、通電値を測定した。通電値が小さい方が折り曲げ特性が良好であることを意味する。
(判定)
◎:0.5mA未満
○:0.5mA以上1.0mA未満
△:1.0mA以上2.0mA未満
×:2.0mA以上
【0089】
(10)耐レトルト性の評価
試験片を立ててステンレスカップに入れ、これにイオン交換水を試験片の半分の高さになるまで注ぎ、これをレトルト試験機(トミー工業(株)製 ES-315)の圧力釜の中に設置し、125℃×30分のレトルト処理を行なった。処理後の評価は一般的に塗膜に対してより厳しい条件にさらされることになると思われる蒸気接触部分で行い、硬化膜の白化、ブリスターの状態を目視で以下のように判定した。
(判定)
◎:良好(白化、ブリスターともになし)
○:わずかに白化はあるがブリスターはない
△:若干の白化および/または若干のブリスターがある
×:著しい白化および/または著しいブリスターがある
【0090】
結晶性ポリエステル樹脂の合成例(1)
テレフタル酸510質量部、オルトフタル酸220質量部、1,4-ブタンジオール800質量部、触媒としてテトラ-n-ブチルチタネート(以下、TBTと略記する場合がある)0.4質量部(全酸成分に対して0.03モル%)を3L四つ口フラスコに仕込み、3時間かけて250℃まで徐々に昇温しながら、エステル化反応を行った。エステル化反応終了後、系内を徐々に減圧していき、1時間かけて10mmHgまで減圧重合を行った後、さらに1mmHg以下の真空下で120分間後期重合を行なった。重縮合反応終了後、窒素雰囲気下で220℃に冷却し、次いで無水トリメリット酸を所定量投入し、窒素雰囲気下、220℃、30分攪拌を継続することで実施した。反応終了後、これを取り出し結晶性ポリエステル樹脂(合成例(1))を得た。得られた結晶性ポリエステル樹脂の還元粘度は0.60dl/g、ガラス転移温度(Tg)は15℃、結晶融点(Tm)は155℃、酸価は320eq/tonであった。
【0091】
合成例(2)~(16)
合成例(1)と同様に但し仕込み組成を変更して、合成例(2)~(16)について樹脂組成が表1に示されるようなポリエステル樹脂を製造した。
【0092】
【表1】
【0093】
実施例1~11、比較例1~5
得られた結晶性ポリエステル樹脂を使用して溶剤溶解性の評価を実施した。結果を表2,表4に示す。
【表2】
【表4】
【0094】
実施例12
結晶性ポリエステル樹脂水分性散体(B-1)の製造
以下の手順に従い、結晶性ポリエステル樹脂(1)の水分散化を行った。攪拌機、コンデンサー、温度計を具備した反応容器に結晶性ポリエステル樹脂(1)20質量部、プロピレングリコールモノプロピルエーテル15質量部を仕込み、130℃にて2時間かけて樹脂を溶解した。溶解後に110℃まで降温し、ジメチルアミノエタノール0.5質量部を投入し30分撹拌を行った。次いで温水65部を投入し、1時間攪拌を行った。その後内温を室温まで降温し、結晶性ポリエステル樹脂水性分散体(B-1)を得た。各種特性評価をおこなった結果を表3に示す。
【0095】
実施例13~実施例22、比較例6~10
実施例12と同様にして得られた結晶性ポリエステル樹脂水分散体(B-2)~(B-16)を使用して、加工性および耐レトルト性の評価を実施した。各種特性評価をおこなった結果を表3、表5に示す。
【表3】
【表5】
【0096】
表2~表3で明らかなように、本発明の結晶性ポリエステル樹脂水分散体から得られる塗膜は、その溶剤溶解性、加工性、耐レトルト性のいずれもが優れている。一方、表4、表5で示されるように比較例1では結晶性ポリエステル樹脂の要件(1)の融点が低く、要件(2)の吸熱ピークの温度も所定範囲より低いため耐レトルト性に劣る。比較例2では要件(1)の融点が高く、要件(2)の吸熱ピークの温度も所定範囲より高いため、溶剤溶解性に劣り水分散体とすることができなかった。比較例3では要件(2)の吸熱ピークの温度が所定範囲より低いため、耐レトルト性に劣った。比較例4では、要件(2)の吸熱ピークの温度が所定範囲より高いため、溶剤溶解性に劣り水分散体とすることができなかった。比較例5では結晶性ポリエステル樹脂の酸価が低いため、水分散体とすることができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明品は、溶剤溶解性、加工性、耐レトルト性に優れた結晶性ポリエステル樹脂水分散体、およびこれを含有する塗料、塗膜であり、食品、および飲料用金属缶等に塗装される塗料の主剤として好適である。
【要約】
本発明の目的は、溶剤溶解性に優れるため水分散体化に用いる有機溶剤の量が少量であり、なおかつ加工性及び耐レトルト性の特性に優れた塗膜を形成可能な結晶性ポリエステル樹脂水分散体、並びにそれを含む塗料組成物、塗膜及び金属缶を提供することである。また、硬化剤を含有しないため、ビスフェノールAやホルムアルデヒドなどの有害物質を排除した塗料を得ることも目的とする。下記(1)~(3)の要件を満たす結晶性ポリエステル樹脂(A)を含むことを特徴とする結晶性ポリエステル樹脂水分散体。
(1)融点が120~160℃
(2)80℃で10分間のエージング処理をした後、示差走査熱量測定(DSC)を用いて-50℃から200℃まで20℃/分で昇温したときに、70℃~120℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有し、121℃~160℃の間に少なくとも一つの吸熱ピークを有する
(3)酸価が180eq/ton以上
図1