(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-05
(45)【発行日】2024-12-13
(54)【発明の名称】フルオレニリデン-アクリダン誘導体、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の製造方法、メカノクロミズム材料、電荷輸送材料、及び電子デバイス
(51)【国際特許分類】
C07D 219/02 20060101AFI20241206BHJP
C07D 409/14 20060101ALI20241206BHJP
C07D 219/04 20060101ALI20241206BHJP
C07D 219/08 20060101ALI20241206BHJP
【FI】
C07D219/02 CSP
C07D409/14
C07D219/04
C07D219/08
(21)【出願番号】P 2020089914
(22)【出願日】2020-05-22
【審査請求日】2023-05-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「圧力により吸収色が変わる分子の圧電素子および面圧センサーへの応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】松尾 豊
【審査官】松澤 優子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-132642(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107652969(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107759593(CN,A)
【文献】特開昭63-244042(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0130566(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第110642666(CN,A)
【文献】SUZUKI,T. et al.,CHEMICAL SCIENCE,2018年,Vol.9,pp.475-482
【文献】MATSUO,Y. et al.,Angew.Chem.Int.Ed.,2019年,Vol.58,pp.8762-8767
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】
(ここで、R
1~R
16
は、水素原子、アルキル基、ヘテロアルキル基、アルケニル基、ヘテロアルケニル基、アルキニル基、ヘテロアルキニル基、シクロアルキル基、ヘテロシクロアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、アルコキシ基、カルボキシ基、シアノ基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、ニトロ基、又はハロゲンであり、R
1
~R
8
のうち少なくとも1個は、アルキル基、チエニル基、アミノ基、ヒドロキシ基、及びアルコキシ基のうちいずれかの電子供与基であり、R
17は
、アルキル基、ヘテロアルキル基、アルケニル基、ヘテロアルケニル基、アルキニル基、ヘテロアルキニル基、シクロアルキル基、ヘテロシクロアルキル基、アルコキシ基、カルボニル基、カルボキシ基、シアノ基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、イミノ基、ニトロ基、ハロゲン、又は、非置換若しくは1以上の置換基を有する芳香環基である。)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体。
【請求項2】
R
9~R
17のうち少なくとも1個は、
カルボキシ基、ニトロ基、及びハロゲンのうちいずれかの電子求引基である請求項
1に記載のフルオレニリデン-アクリダン誘導体。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を製造する方法であって、
アクリドン又はフルオレンに有機基を導入するステップと、
アクリドンとフルオレンのクロスカップリング反応により式(1)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップと、
を備える方法。
【請求項4】
前記フルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップは、
アクリドンをチオアクリドンに変換するステップと、
フルオレンをジアゾ化するステップと、
チオアクリドンとジアゾフルオレンとの反応により式(1)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップと、
を含む請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
請求項1
又は2に記載のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含むメカノクロミズム材料。
【請求項6】
請求項1
又は2に記載のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む電荷輸送材料。
【請求項7】
請求項
5に記載のメカノクロミズム材料又は請求項
6に記載の電荷輸送材料を備える電子デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体、フルオレニリデン-アクリダン誘導体を含むメカノクロミズム材料、電荷輸送材料、及び電子デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
押すなどの機械的な外部刺激により色が変化する材料は、メカノクロミック材料と呼ばれ、センサーやスイッチなどに応用可能な新しい機能性材料として注目されている。本発明者らは、機械的刺激により吸収色を大きく変える物質を合成することに成功した(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】「A fluorenylidene-acridane that becomes dark in color upon grinding . ground state mechanochromism by conformational change」、Chem. Sci.、2018、第9巻、第475-482頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者は、更に高い特性を有する材料の研究を進め、本発明に想到した。
【0005】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、優れた特性を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示のある態様は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体である。このフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、下記の式(1)
【化1】
(ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。)の構造を有する。
【0007】
本開示の別の態様は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の製造方法である。この方法は、上記のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を製造する方法であって、アクリドン又はフルオレンに有機基を導入するステップと、アクリドンとフルオレンのクロスカップリング反応により式(1)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップと、を備える。
【0008】
本開示の更に別の態様は、メカノクロミズム材料である。このメカノクロミズム材料は、上記のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む。
【0009】
本開示の更に別の態様は、電荷輸送材料である。この電荷輸送材料は、上記のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む。
【0010】
本開示の更に別の態様は、電子デバイスである。この電子デバイスは、上記のメカノクロミズム材料又は上記の電荷輸送材料を備える。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、優れた特性を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】フルオレニリデン-アクリダンの分子構造を模式的に示す図である。
【
図2】実施例1~6のフルオレニリデン-アクリダン誘導体5a~5fを合成するスキームを示す図である。
【
図3】実施例のフルオレニリデン-アクリダン誘導体のUVスペクトルを示す図である。
【
図4】フルオレニリデン-アクリダン誘導体の様々なクロミズムを示す図である。
【
図5】フルオレニリデン-アクリダン誘導体のUVスペクトルを示す図である。
【
図6】フルオレニリデン-アクリダン誘導体のプロトン化を示す図である。
【
図7】フルオレニリデン-アクリダン誘導体の自由エネルギーダイアグラムを示す図である。
【
図8】フルオレニリデン-アクリダン誘導体の単結晶X線構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、フルオレニリデン-アクリダンの分子構造を模式的に示す。フルオレニリデン-アクリダン(9-(9H-フルオレン-9-イリデン)-9,10-ジヒドロアクリジン)は、フルオレン部位とアクリダン部位の対向する位置の水素原子同士の干渉により、分子全体が平面構造を取ることができず、面外に歪んだ分子構造を取る。
図1(a)は、折れ曲がり型の立体配座を示し、
図1(b)は、ねじれ型の立体配座を示す。
図1(a)に示す折れ曲がり型のフルオレニリデン-アクリダンは黄色を呈し、
図1(b)に示すねじれ型のフルオレニリデン-アクリダンは濃い緑色を呈する。ねじれ型の濃い緑色は、電子ドナーとしての性質を有するアクリダン部位から電子アクセプターとしての性質を有するフルオレン部位への電荷移動吸収に由来する。
【0014】
フルオレニリデン-アクリダンは、通常、固体中では折れ曲がり型で存在するが、外部からの機械的刺激によってねじれ型に変化する。これにより、黄色を呈していた固体が濃い緑色に変化する。ねじれ型に変化したフルオレニリデン-アクリダンは、溶媒蒸気に晒したり、加熱したりすることにより、元の折れ曲がり型に戻る。折れ曲がり型とねじれ型の間の変化は可逆的であり、何度も繰り返し変化させることができる。後述するように、折れ曲がり型とねじれ型との間で色だけでなく電気的特性も異なることが分かっている。したがって、フルオレニリデン-アクリダンは、このような可逆的な色及び電気的特性の変化を利用して、圧力や応力などを検知するためのセンサ、押圧することによりオンオフすることが可能なスイッチ、押圧することにより色が変わるタッチパネル、複写紙、知育玩具、メモ用具などに応用することができる。また、吸光係数の高い電荷移動吸収を利用して、太陽電池などの電子デバイスに応用することができる。
【0015】
このようなアプリケーションにおいて、機械的刺激が印加される前の色、吸光度、電気的特性、機械的刺激が印加された後の色、吸光度、電気的特性、折れ曲がり型とねじれ型との間の変化に必要な機械的刺激の程度などを調整するために、本発明者は、フルオレニリデン-アクリダンのフルオレン部位又はアクリダン部位に様々な置換基を導入してフルオレニリデン-アクリダン誘導体を合成し、それらの特性を評価した。
【0016】
本開示に係るフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、下記の構造を有する。
【化2】
ここで、R
1~R
16のうち少なくとも1個は有機基であり、残りは水素原子又は有機基であり、R
17は水素原子又は有機基である。
【0017】
有機基は、例えば、アルキル基、ヘテロアルキル基、アルケニル基、ヘテロアルケニル基、アルキニル基、ヘテロアルキニル基、シクロアルキル基、ヘテロシクロアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、アルコキシ基、カルボニル基、カルボキシ基、シアノ基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、イミノ基、ニトロ基、ハロゲン、又はそれらの組合せなどであってもよい。
【0018】
R17は、非置換又は1以上の置換基を有する芳香環基であってもよい。芳香環は、例えば、ベンゼン環や、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレンなどの縮合環や、フラン、チオフェン、ピロール、ピラゾール、イミダゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジンなどの複素環などであってもよい。芳香環は、アルキル基、ヘテロアルキル基、アルケニル基、ヘテロアルケニル基、アルキニル基、ヘテロアルキニル基、シクロアルキル基、ヘテロシクロアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、アルコキシ基、カルボニル基、カルボキシ基、シアノ基、ヒドロキシ基、チオール基、アミノ基、イミノ基、ニトロ基、ハロゲンなどの任意の置換基を有していてもよいし、置換基を有しなくてもよい。
【0019】
上記のようなアプリケーションにおいて、押圧した箇所のみの色及び電気的特性が変化し、押圧していない箇所と明確に区別できるようにするためには、折れ曲がり型がねじれ型に対してより安定になるような分子構造が好ましい。ねじれ型は、電子ドナーとしての性質を有するアクリダン部位から電子アクセプターとしての性質を有するフルオレン部位への部分的な電荷移動により双性イオン性を有しており、双極子-双極子相互作用が安定化に寄与していると考えられる。したがって、アクリダン部位に電子求引基を導入し、又は、フルオレン部位に電子供与基を導入することにより、アクリダン部位からフルオレン部位への電荷移動を弱め、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の双性イオン性を低くすれば、ねじれ型の安定性を相対的に低くし、折れ曲がり型の安定性を相対的に高くすることができると考えられる。したがって、R1~R8のうち少なくとも1個は、アミノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基などの電子供与基であってもよく、R9~R17のうち少なくとも1個は、カルボニル基、カルボキシ基、ニトロ基、ハロゲンなどの電子求引基であってもよい。なお、R1~R17に導入される置換基の種類や数などによっては、ねじれ型の方が折れ曲がり型よりも安定となる場合もある。このような場合、R1~R8のうち少なくとも1個に電子求引基を導入し、又は、R9~R17のうち少なくとも1個に電子供与基を導入することにより、ねじれ型の安定性をより高めてもよい。機械的刺激が印加される前の色、吸光度、電気的特性、機械的刺激が印加された後の色、吸光度、電気的特性、折れ曲がり型とねじれ型との間の変化に必要な機械的刺激の程度などを調整するために、フルオレン部位又はアクリダン部位に導入される電子供与基又は電子求引基の種類、数、位置などが設計されてもよい。
【0020】
図2は、実施例1~6のフルオレニリデン-アクリダン誘導体5a~5fを合成するスキームを示す。式(1)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、例えば、アクリドン又はフルオレンに有機基を導入するステップと、アクリドンとフルオレンのクロスカップリング反応により式(1)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップによって製造できる。フルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップは、アクリドンをチオアクリドンに変換するステップと、フルオレンをジアゾ化するステップと、チオアクリドンとジアゾフルオレンとの反応により式(1)のフルオレニリデン-アクリダン誘導体を生成するステップとを含んでもよい。
【0021】
アクリドン又はフルオレンに有機基を導入するステップは、導入する有機基の種類、数、位置などに応じて、適切な合成方法が選択されて実行されればよい。
【0022】
アクリドンをチオアクリドンに変換するステップは、例えば、非置換又は置換されたアクリドンに、ローソン試薬(ラヴェッソン試薬:2,4-ビス(4-メトキシフェニル)-1,3,2,4-ジチアジホスフェタン-2,4-ジスルフィド)を作用させることにより、カルボニル基をチオカルボニル基に変換するステップを含んでもよい。このステップは、テトラヒドロフラン(THF)などの溶媒中でアクリドンとローソン試薬を環流させることにより実行されてもよい。
【0023】
フルオレンをジアゾ化するステップは、フルオレンにヒドラジンを作用させることによりフルオレノンヒドラゾンを生成するステップと、フルオレノンヒドラゾンを酸化することによりジアゾフルオレンを生成するステップを含んでもよい。フルオレノンヒドラゾンを生成するステップは、エタノールなどの溶媒中でフルオレンとヒドラジンを環流させることにより実行されてもよい。ジアゾフルオレンを生成するステップは、水酸化カリウムを含むエタノールやジクロロメタンなどの溶媒中で、酸化銀(I)でフルオレノンヒドラゾンを酸化することにより実行されてもよい。
【0024】
チオアクリドンとジアゾフルオレンのクロスカップリング反応は、バートン・ケロッグ(Barton-Kellogg)反応により実行されてもよい。
【0025】
本開示のメカノクロミズム材料は、式(1)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む。これにより、特性の優れたメカノクロミズム材料を提供することができる。
【0026】
本開示の電荷輸送材料は、式(1)の構造を有するフルオレニリデン-アクリダン誘導体を含む。これにより、特性の優れた電荷輸送材料を提供することができる。
【0027】
本開示の電子デバイスは、上記のメカノクロミズム材料又は上記の電荷輸送材料を備える。電子デバイスは、例えば、有機半導体、有機太陽電池などであってもよい。これにより、特性の優れた電子デバイスを提供することができる。
【0028】
[実施例1~6の全般的手順]
10-フェニルアクリジン-9(10H)-チオン(化合物4、1当量)とトリフェニルホスフィン(1当量)をシュレンクボトルに入れ、ゴム栓をした。反応系は、シュレンクラインを使用することにより、常圧の窒素雰囲気下に保たれるように設計される。反応を開始させるために、無水キシレン4mL/mmolをボトルに注入し、滴下漏斗を用いてジアゾフルオレン(化合物3、1当量)を追加した。混合物を1時間環流した。減圧蒸留により溶媒を除去した後、混合物をシリカゲルショートカラムにチャージし、ジクロロメタンを通して不純物を除去した。つづいて、トリエチルアミン/ジクロロメタン混合溶媒(1/1~1/5)を通して生成物をシリカゲルから溶出し、暗緑色又は青色の化合物を回収した。トリエチルアミンで前処理した2段階目のシリカゲルカラムクロマトグラフィーを、石油エーテル/ジクロロメタン(10/1)を溶出液として実行し、目的化合物5を収率35.70%で得た。
【0029】
[実施例1:9-(3,6-ジメチル-9H-フルオレン-9-イリデン)-10-フェニル-9,10-ジヒドロアクリジン(5a)の合成]
上記の手順にしたがって、フェニルチオアクリダン(287.0mg、1.0mmol)をジアゾフルオレン3a(236.0mg、1.0mmol)と反応させた。2回のクロマトグラフィーと、溶媒の除去により、暗青色の固体5aを単離収率53%(222.3mg)で得た。
【0030】
[実施例2:9-(3,6-ジフルオロ-9H-フルオレン-9-イリデン)-10-フェニル-9,10-ジヒドロアクリジン(5b)の合成]
上記の手順にしたがって、フェニルチオアクリダン(287.0mg、1.0mmol)をジアゾフルオレン3b(228.0mg、1.0mmol)と反応させた。2回のクロマトグラフィーと、溶媒の除去により、暗青色の固体5aを単離収率57%(253.3mg)で得た。
【0031】
[実施例3:9-(3,6-ジメトキシ-9H-フルオレン-9-イリデン)-10-フェニル-9,10-ジヒドロアクリジン(5c)の合成]
上記の手順にしたがって、フェニルチオアクリダン(287.0mg、1.0mmol)をジアゾフルオレン3c(252.3mg、1.0mmol)と反応させた。2回のクロマトグラフィーと、溶媒の除去により、暗青色の固体5cを単離収率64%(306.5mg)で得た。
【0032】
[実施例4:9-(2,7-ジブロモ-9H-フルオレン-9-イリデン)-10-フェニル-9,10-ジヒドロアクリジン(5d)の合成]
上記の手順にしたがって、フェニルチオアクリダン(287.1mg、1.0mmol)をジアゾフルオレン3d(350.0mg、1.0mmol)と反応させた。2回のクロマトグラフィーと、溶媒の除去により、暗青色の固体5dを単離収率51%(294.5mg)で得た。
【0033】
[実施例5:9-(2,7-チオフェン-9H-フルオレン-9-イリデン)-10-フェニル-9,10-ジヒドロアクリジン(5e)の合成]
上記の手順にしたがって、フェニルチオアクリダン(287.1mg、1.0mmol)をジアゾフルオレン3e(356.5mg、1.0mmol)と反応させた。2回のクロマトグラフィーと、溶媒の除去により、暗青色の固体5eを単離収率58%(338.2mg)で得た。
【0034】
[実施例6:9-(2,7-ジニトロ-9H-フルオレン-9-イリデン)-10-フェニル-9,10-ジヒドロアクリジン(5f)の合成]
上記の手順にしたがって、フェニルチオアクリダン(287.1mg、1.0mmol)をジアゾフルオレン3f(282.2mg、1.0mmol)と反応させた。2回のクロマトグラフィーと、溶媒の除去により、暗青色の固体5fを単離収率47%(239.2mg)で得た。
【0035】
[結晶構造]
単結晶X線回折により、フルオレニリデン-アクリダン誘導体5a~5eの結晶構造を解析した。5b及び5cは、折れ曲がり型の結晶であり、5dは、ねじれ型の結晶であった。5a及び5eは、折れ曲がり型とねじれ型が共存しており、とくに、5aは、1つの単位格子中に折れ曲がり型とねじれ型が含まれていた。なお、5fは良好な結晶が得られなかった。
【0036】
[紫外可視吸収スペクトル]
図3は、実施例のフルオレニリデン-アクリダン誘導体のUVスペクトルを示す。
図3(a)は、5aのDMF中におけるUVスペクトルの温度変化を示し、
図3(b)は、5bのDMF中におけるUVスペクトルの温度変化を示し、
図3(c)は、5cのDMF中におけるUVスペクトルの温度変化を示し、
図3(d)は、5eのDMF中におけるUVスペクトルの温度変化を示し、
図3(e)は、5eのファントホッフプロットを示し、
図3(f)は、5eのUVスペクトルのガウス曲線フィッティングを示し、
図3(g)は、ねじれ型と折れ曲がり型の平衡の概念図を示す。
【0037】
430nm付近の吸収帯は、ねじれ型と折れ曲がり型の双方の吸収を含む。この吸収におけるそれぞれの立体配座の寄与を分析するために、紫外可視吸収スペクトルの温度変化を測定した。
図3(a)~(d)に示すように、温度を30℃から110℃に上昇させると、ねじれ型の減少により680nm付近の吸収が減少した。しかし、短波長領域では、減少と増加の双方が観測され、この領域の吸収には双方の立体配座が寄与していることが示された。
【0038】
温度を上昇させると、平衡がねじれ型から折れ曲がり型に移動した。ルシャトリエの原理から、この平衡におけるねじれ型から折れ曲がり型への変化は吸熱反応であることが示された。溶液を110℃から30℃に冷却し、スペクトルの可逆性を確認したところ、スペクトルは加熱前と同様であった。
【0039】
5eの紫外可視吸収スペクトルは、短波長領域における吸収のオーバーラップが他の化合物よりも少ないので、より明確な解析が可能である。温度を上昇させると、5eのスペクトルは、3つのピーク(680nm、360nm、及び310nm付近)の強度の増加と、1つのピーク(430nm)の強度の減少を示した。固体の紫外可視吸収スペクトル、ねじれ型の単結晶の色、及び5eのDFT計算の結果に基づいて、680nm付近の吸収帯をねじれ型にアサインした。また、質量保存の法則により、310nm、360nm、及び430nm付近の3つの吸収帯を、それぞれ、ねじれ型、ねじれ型、及び折れ曲がり型にアサインした。
【0040】
ガウス曲線フィッティングを用いて、5eの430nm付近の吸収における折れ曲がり型による吸収の割合を算出したところ、92.5%であり、ほぼ折れ曲がり型の吸収であることが分かった。したがって、5eのねじれ型と折れ曲がり型の間の平衡を、紫外可視吸収スペクトルの430nm付近の吸収に基づいて調査した。質量保存の法則及びランベルトベールの法則に基づいて連立方程式を立式し、測定されたモル吸光係数などを代入することにより、30℃における折れ曲がり型のねじれ型に対する存在比(すなわち平衡定数)は、3.86と算出された。すなわち、折れ曲がり型の方がねじれ型よりもかなり優勢であることが分かる。劣勢であるねじれ型の色が観測される場合があるのは、ねじれ型の吸光係数が折れ曲がり型よりも大きいからである。
【0041】
エンタルピー、エントロピー、及びギブス自由エネルギーの変化を算出するために、ファントホッフプロットを作成した。エンタルピーの変化は、ΔH=4.21kJ/molと算出された。これは、ねじれ型から折れ曲がり型への変化が吸熱的であることを示す。自由エネルギーの変化は、ΔG=-3.43kJ/molと算出された。これは、折れ曲がり型の方がより安定であることを示し、算出された平衡定数の値とも合致する。エントロピーの変化は、ΔS=0.0252kJ/molと非常に小さい値であった。これは、この変化が立体配座の変換のみを含む分子内の変化であることを示す。
【0042】
[クロミズム]
5a、5c、及び5eは、固体状態において折れ曲がり型の方が優勢であるので、様々な種類のクロミズム(外部刺激による可逆的な色調変化)が可能である。メカノクロミズム、サーモクロミズム、ソルバトクロミズム、ベイポクロミズム、及びプロトン誘起クロミズムの実験を行った。
【0043】
図4は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の様々なクロミズムを示す。
図4(a)は、メカノクロミズムを示し、
図4(b)は、DCMの蒸気による緑色から黄色へのベイポクロミズムを示し、
図4(c)は、70℃におけるサーモクロミズムとDSC曲線を示し、
図4(d)は、DCMへの溶解により誘起される色調変化と固体状態におけるUVスペクトルを示し、
図4(e)は、365nmの励起下で描画した後の5aを示し、
図4(f)は、5a(粉末)、5b、5c、5e(吸収された紙)のフォトルミネッセンスの写真を示す。
【0044】
機械的刺激により誘起されるクロミズムを
図4(a)に示す。ねじれ型の5aを吸収させた紙を60℃に加熱して、立体配座の変換を誘起することにより、折れ曲がり型の5aが吸収された紙を作製した。この紙に、鉄のロッドで描画した。
【0045】
蒸気により誘起されるクロミズムを
図4(b)に示す。緑色の描画物を、25℃のDCMの蒸気で満たされた密閉容器に置くと、3分以内に描画が徐々に消失する。これは、溶媒蒸気により誘起された微結晶化による色変化であると推測される。
【0046】
緑色から黄色への色の変化は、熱誘起クロミズムによっても誘引される。70℃のホットプレート上に描画物を置くと、
図4(c)に示すように、20秒で描画が消失する。本実施例のフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、フルオレン部位に電子供与基を、又は、アクリダン部位に電子求引基を導入することにより、折れ曲がり型を安定化しているので、メカノクロミズムにより折れ曲がり型からねじれ型に変化したフルオレニリデン-アクリダン誘導体を、熱により折れ曲がり型に戻しやすくすることができる。
【0047】
描画と消去の繰り返しのロバスト性を調査し、少なくとも50回は繰り返し可能であることを確認した。この描画/消去繰り返し試験の後に
1H NMRを測定したところ、望まない反応の痕跡は見られなかった。これらの特性を利用して、インクを使わずに圧力を印加することにより印刷可能であり、描画物を熱により消去可能な、環境に優しい印刷材料を提供することができる。この現象は、ガラス転移温度(約70℃)以上の温度における折れ曲がり型への再結晶化により説明できると考えられる。
図4(c)に示すように、5aの示差走査熱量測定(DSC)は、この温度付近でブロードな吸熱ピークを示しており、この説明と合致する。他の実施例の化合物においては、この吸熱ピークは67℃から75℃の範囲に見られる。
【0048】
図4(d)に示すように、黄色の粉末にDCMを追加すると、青みがかった緑色の溶液が生成する。この色調変化は、DCM溶液中における折れ曲がり型とねじれ型の間の平衡の形成に起因する。黄色の粉末は、溶解によっても緑色への色調変化を示す。紙を約210℃のホットプレートに置くと、融解が観察された。これは、DSCの約210℃における吸熱ピークと対応している。
【0049】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、発光ピエゾクロミズムも示す。フルオレン部分に置換器を導入することにより、フォトルミネッセンススペクトルのバンドが60nmの広範囲で調整された。365nmの励起下における5a-c及び5eのフォトルミネッセンスを
図4(f)に示す。小さい圧力であっても、圧力を印加した後には、
図4(e)に示すように、非常に弱い発光しか観察されなかった。この現象は、圧力印加と、折れ曲がり型からねじれ型へのエネルギー遷移により、発光性の折れ曲がり型から発光性でないねじれ型へ立体配座が変化したためであると考えられる。圧力印加前には折れ曲がり型の集合があるが、圧力印加により少量のねじれ型が形成され、折れ曲がり型の集合から離脱する。ねじれ型のエネルギーギャップは折れ曲がり型よりも小さく、部分的な電荷移動により発光しない。その結果、少量のねじれ型は、発光ピエゾクロミズムにおいて蛍光を消失させるように機能する。このような特性により、フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、有機発光ピエゾクロミズムの材料として期待される。
【0050】
[置換基及び溶媒の効果]
図5は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体のUVスペクトルを示す。
図5(a)は、DCM中におけるフルオレニリデン-アクリダン誘導体の正規化された吸収スペクトルを示し、
図5(b)は、異なる溶媒中における5cの正規化された吸収スペクトルを示し、
図5(c)は、異なる溶媒中における5eの正規化された吸収スペクトルを示し、
図5(d)は、異なる比のDCM/氷酢酸中における同じ濃度の5cの吸収スペクトルと、異なる比のDCM/氷酢酸中の5cを示す。
【0051】
5a-fのDCM溶液中における折れ曲がり型とねじれ型の間の平衡定数に対する置換基の効果を調査するために、紫外可視吸収スペクトルを測定した。フルオレン部位に6種類の置換基を導入することにより、電荷移動バンドの吸収ピークが620nm~750nmの広い範囲にわたって調整された。5fでは、5a及び5cに比べてレッドシフトが観察された。このレッドシフトは、非常に強い電子求引基であるニトロ基のためにアクリダン部位からフルオレン部位への電荷移動が増加したことによるものと考えられる。5a及び5cは、それぞれ、フルオレン部位の3,6-位、2,7-位に2つの電子供与基を有しており、それらの電荷移動バンドは短波長側(630-640nm)にシフトしている。300-400nmの範囲における5a-fの紫外可視吸収は、フルオレン部位の置換基の存在を反映して、互いにかなり異なっている。例えば、チエニル基を有する5e及びニトロ基を有する5fは、それぞれS原子及びO原子の孤立電子対を含むため、n→π*の遷移に起因する300-350nm付近の特有の吸収を示す。
【0052】
広範囲の溶媒極性パラメータ値(ET(30)が31.0から55.4)を有する9種の溶媒を選択し、溶媒の極性と、折れ曲がり型とねじれ型の立体配座の吸収比との関係を分析した。ET(30)と、670nm付近と430nm付近の吸収の比との間には、正の相関が認められた。これは、溶媒の極性が増加すると折れ曲がり型からねじれ型に平衡が移動することを示唆している。さらに、溶媒の極性が増加するとレッドシフトが生じることが明らかになった。メタノールは例外であるが、これは、凝集の効果と、フルオレニリデン-アクリダン誘導体とメタノール付加物との間の平衡の効果によるものと考えられる。吸光度の増加と、ねじれ型の吸収バンドのレッドシフトの双方により、立体配座の変換により誘起されるソルバトクロミズムが提供される。フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、このような色の変化を利用して、新しいソルバトクロミズムの染料としても期待される。
【0053】
図5(d)から分かるように、5cは、溶媒の酸性度が増加するとプロトン化される。
図6は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体のプロトン化を示す。
図6(a)は、5aの求核性と、酢酸によるプロトン化の機構を示し、
図6(b)は、5aの求電子性と、メタノールの付加の機構を示す。部分的に双性イオン化されたねじれ型のフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、アクリダン部位からフルオレン部位への電荷移動を伴う混みすぎた構造からの変形により形成される。フルオレニリデン-アクリダン誘導体の分子が、極性を有する酢酸により囲まれると、分子内の電荷移動が更に促進されてフルオレン部位がプロトン化され、明るい黄色のプロトン化された5aが形成される。このプロセスは、トリエチルアミンなどの有機塩基が追加されると逆に進む。
【0054】
5aの中央の二重結合に対するメタノールの付加を通じて求電子性も分析した。メタノール付加物6aは、
図6(b)に示した機構により形成される。反応は、わずかにカチオン性を帯びたアクリダン部位に対するメタノールの孤立電子対によるアタックにより開始される。その後、フルオレン部位がプロトン化される。6aのX線構造は、
図8に示される。メタノール付加物は、結晶状態にない限り、容易に5aに戻って消失する。
【0055】
[電気化学特性]
5a-eのDCM中(Fc/Fc+基準)におけるサイクリックボルタモグラムは、可逆な1電子参加及び1電子還元を示した。5a-5eの酸化ポテンシャルは、Fc/Fc+基準で-0.24から-0.10Vの範囲であった。5aは、負の最小の酸化ポテンシャルを示した。これは、フルオレン部位の電子供与性のメチル基のために、フェロセンに比べて酸化が容易であることを示す。逆に、5dは、フルオレン部位の電子求引性のブロモ基のために、かなり高い酸化ポテンシャル(Fc/Fc+基準で-0.10V)を示した。5a-eの還元ポテンシャルは、Fc/Fc+基準で-1.59から-1.86Vの範囲であった。5つの化合物の中で、ブロモ基及びチエニル基をそれぞれ有する5d及び5eのバンドギャップは、1.69V(5d)及び1.87V(5e)であり、他の化合物よりも小さかった。5aのバンドギャップ(2.08V)が最も大きかった。また、5a-eの非常に小さい還元が-0.9V付近で観測され、折れ曲がり型の還元にアサインした。
【0056】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体の電荷キャリア輸送特性を空間電荷制限電流(SCLC)法により測定した。正孔及び電子デバイスを、それぞれ、ITO/PEDOT:PSS/フルオレニリデン-アクリダン誘導体/MoO3/Al、及びITIO/ZnO/フルオレニリデン-アクリダン誘導体/Alの構成により製作した。5a、5c、5d、及び5eの正孔移動度は、それぞれ、6.6×10-7、1.1×10-7、1.1×10-6、及び6.3×10-7cm2V-1s-1であった。5bは、高い結晶性のために測定できなかった。5a、5c、及び5dの電子移動度は、それぞれ、2.5×10-8、1.4×10-6、及び7.7×10-9cm2V-1s-1であった。これらの両極性の輸送特性は、正及び負の電荷キャリアとしてそれぞれ機能するアクリジニウムカチオンとフルオレニルアニオンの寄与による。上記のデータから、電気的特性と正孔移動度の間に良好な関連性が見られる。電子求引基(ブロモ基)を有する化合物の正孔移動度は、電子供与基(メチル基、メトキシ基、及びチエニル基)を有する化合物の正孔移動度よりも高かった。これは、分子内の電荷移動の増大により、ねじれ型の立体配座が安定化され、正孔移動度が増加することを示唆する。置換基の変更により得られる電荷キャリア移動度の向上により、これらの半導体分子の特性を向上させることができる。
【0057】
[動的立体化学及びX線構造分析]
立体配座変換の機構を理解するために、5a及び5eの立体配座異性体における折れ曲がり型とねじれ型及び2つの遷移状態の自由エネルギーの差を計算した。フルオレン部位に置換基が対称的に導入されるので、折れ曲がり型及びねじれ型はCS及びC2対称性を有する。B3LYP/6-31G(d)におけるGaussian09パッケージを使用して計算した。
【0058】
5a及び5eの2つの立体配座間の自由エネルギーの差は、それぞれ、2.8、5.7kJ/molと算出された。これは、B3LYP計算において、ねじれ型の方が折れ曲がり型よりも熱力学的に安定であることを示す。しかし、立体配座間の自由エネルギーの差は小さく、ほぼ同じエネルギーと考えることができる。
【0059】
図7は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の自由エネルギーダイアグラムを示す。折れ曲がり型とねじれ型の間の立体配座変換のためのC9=C9’の周りの芳香環の相対回転が、主要な立体配座変換プロセスである。5eにおいて、折れ曲がり型の極小とねじれ型の最小の間のエネルギー障壁は26.1kJ/molと低く、これらの2つの立体配座の間の変換が容易に起こりうることが示された。ねじれ型の2つの最小の間の変換のエネルギー障壁は42.8kJ/molであった。
【0060】
次に、折れ曲がり型とねじれ型の双方の立体配座について、分子軌道の分布、HOMO-1、HOMO、LUMO、LUMO+1のエネルギーレベル、バンドギャップ(Eg=HOMO-LUMO)を計算した。分子軌道の分布の分析において、いくつかのケースを除いて、HOMO及びLUMOの明確な空間的分離は見られなかった。5c及び5eの折れ曲がり型は例外であり、電子供与性のメトキシ基及びチエニル基のために、HOMOはフルオレン部位に存在した。別の例外は5dであり、折れ曲がり型とねじれ型の双方において、強い電子求引性のニトロ基のために、LUMOは主にフルオレン部位に存在した。フルオレニリデン-アクリダン誘導体への置換基の導入が、分子軌道の分布を大きく変化させる効果を有することが確認された。さらに、HOMO-LUMO遷移は、分子内電荷移動とπ-π*遷移の双方に寄与しうることが結論づけられた。
【0061】
【表1】
表1に示されるように、ねじれ型は、折れ曲がり型に比べて、-5.54から-4.73eVのより高いHOMOレベルと、-2.04から-2.73eVのより低いLUMOレベルを有し、折れ曲がり型よりも小さいバンドギャップを有する。ねじれ型の5fは、バンドギャップEgが最も小さく、6つの化合物の中で最も深いHOMO及びLUMOを有する。5fにおいて、LUMOはニトロ基に分布している。
【0062】
図8は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体の単結晶X線構造を示す。
図8に示すように、5f以外のフルオレニリデン-アクリダン誘導体の構造を単結晶X線回折により決定した。5a及び5eは、折れ曲がり型とねじれ型の双方の結晶構造が得られた。驚くべきことに、5aでは、1つの単位セルに折れ曲がり型とねじれ型の立体配座異性体が1:1の比で存在した。これは、1つの結晶に双方の立体配座異性体を含むビス三環芳香族エン(BAE)の最初の例である。メタノール付加物6aの構造も決定した。
【0063】
混みすぎたBAEのフィヨルド領域における立体障害を緩和するための既知の方法は2つある。1つはねじれであり、1つは折れ曲がりである。
【表2】
【0064】
ねじれにより、ねじれ角ωが生じる。表2に示すように、中央の二重結合の両側の2つの部位は、ω=40°から57°にねじられる。ねじれ型の5eの場合、ωが56.7°と高く、平面のエチレン構造からかなり変形していることが分かる。
【0065】
折れ曲がりにより、2種類の二面角が生じる。1つは、フルオレン部位内(A-C)及びアクリダン部位内(D-F)の二面角であり、もう1つは、フルオレン部位とアクリダン部位の間(ABC-DER)の二面角である。5c及び5eの折れ曲がり型において、DとFの間の二面角は、それぞれ、46.06°、45.49°である。また、A-Cの折れ曲がり角は、一般に、D-Fの折れ曲がり角よりも大きい。これは、アクリダン部位の折れ曲がりが、より大きな折れ曲がりで立体障害の緩和により大きく寄与していることを示唆する。これは、平面のフルオレン部位がかなり強固であることも意味する。アクリダン部位の折れ曲がりにより、フィヨルド領域の立体障害が更に緩和される。
【0066】
折れ曲がり型において、C9とC9’の間の結合長は1.352Åから1.369Åであり、一般的なC=C結合長(1.34Å)よりもやや長い。それに対して、ねじれ型においては、C9とC9’の間の結合長は1.397Åから1.414Åである。アクリダン部位からフルオレン部位への部分的な分子内電荷移動がC9=C9’結合を長くすると考えられる。
【0067】
フルオレニリデン-アクリダン誘導体のフィヨルド領域を分析するために、折れ曲がり型の5eを選択した。フィヨルド領域における非結合原子間の距離は、C1…C1’(3.000Å)、C8…C8’(3.055Å)、C1…H1’(2.318Å)、C8…H8’(2.216Å)、及びH8…H8’(2.306Å)であり、14.0%、12.1%、23.8%、4.1%、及び24.3%の浸入を示唆する(炭素原子及び水素原子のファンデルワールス半径は、それぞれ、1.71Å、1.15Åである)。
【0068】
本実施例のフルオレニリデン-アクリダン誘導体の結晶性は一般に高い。これは、フルオレン部位に置換基を導入することにより分子間の双極子-双極子相互作用がより強まったためと考えられる。また、溶媒を蒸発させた後に得られたフルオレニリデン-アクリダン誘導体の粉末が、更に乾燥させると青みがかった緑色のねじれ型から黄色の折れ曲がり型に変化することにより示されるように、折れ曲がり型の結晶性は一般にねじれ型の結晶性よりも高い。これは、折れ曲がり型の強固な構造の間の結晶充填力により説明されよう。本実施例のフルオレニリデン-アクリダン誘導体は、フルオレン部位に電子供与基を、又は、アクリダン部位に電子求引基を導入することにより、折れ曲がり型を安定化しているので、折れ曲がり型の結晶性をさらに向上させることができる。折れ曲がり型のねじれ型よりも高い結晶性は、フルオレニリデン-アクリダン誘導体のメカノクロミズム挙動の基礎となる。フルオレニリデン-アクリダン誘導体は、圧力、熱、及びその他の種類のセンサにおけるスマート材料として利用することができる。
【0069】
以上、本開示を、実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。