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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-05
(45)【発行日】2024-12-13
(54)【発明の名称】氷再結晶化抑制剤
(51)【国際特許分類】
   C07H 15/203 20060101AFI20241206BHJP
   A23L 3/37 20060101ALI20241206BHJP
   C12N 5/00 20060101ALI20241206BHJP
   A01N 1/02 20060101ALI20241206BHJP
【FI】
C07H15/203
A23L3/37 A
C12N5/00
A01N1/02
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021084662
(22)【出願日】2021-05-19
(65)【公開番号】P2021183603
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-12-12
(31)【優先権主張番号】P 2020089592
(32)【優先日】2020-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】長岡 康夫
(72)【発明者】
【氏名】河原 秀久
(72)【発明者】
【氏名】冨士 剛宏
【審査官】▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/175299(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/026339(WO,A1)
【文献】特開平10-245542(JP,A)
【文献】Peng Zhang, et.al.,Study of anti-inflammatory activities of a-D-glucosylated eugenol,Archives of Pharmacal Research,2013年,Vol.36,pp.109-115
【文献】Ramaiah Sivakumar, et.al.,Glycosylation of vanillin by amyloglucosidase in organic media,Tetrahedron Letters,2006年,Vol.47, No.5,pp.695-699
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07H,A23L,A01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)で表される化合物を有効成分として含む、氷再結晶化抑制剤。
【化1】
化学式(1)中、Rはアルキル基または水素であり、Rは不飽和炭化水素基またはアシル基であり、Rは単糖類または多糖類である。
【請求項2】
上記単糖類が、グルコース、マンノースもしくはガラクトースであり、上記多糖類が、グルコース、マンノースおよびガラクトースからなる群より選ばれる1種以上の単糖類から構成される多糖類である、請求項1に記載の氷再結晶化抑制剤。
【請求項3】
が水素または(CHCH(nは0~3の整数)である、請求項1または2に記載の氷再結晶化抑制剤。
【請求項4】
がメチル基であり、Rがアルデヒド基またはアリル基であり、Rがグルコースであり、化学式(1)中のR-Oがα-1-Oグリコシド結合またはβ-1-Oグリコシド結合を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の氷再結晶化抑制剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の氷再結晶化抑制剤と、溶媒とを含有する冷凍保存用液。
【請求項6】
上記氷再結晶化抑制剤の濃度が2mM超である、請求項5に記載の冷凍保存用液。
【請求項7】
細胞、生体組織、臓器または食品における氷の再結晶を抑制するために使用される、請求項5または6に記載の冷凍保存用液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は氷再結晶化抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
氷は、氷点下の環境下でも、時間の経過と共に多数の小粒径の氷結晶が少数の大粒径の氷結晶へと成長してゆく、再結晶化と呼ばれる現象を生ずる。上記再結晶が冷凍した生鮮食品もしくは医療用の臓器、および細胞組織等で生じると、組織または細胞を破壊するため、これらの品質を著しく低下させる。したがって、食品の品質保持および臓器、組織の保存にとって、再結晶化の抑制は大きな課題であった。
【0003】
上記再結晶化を抑制する物質として、氷再結晶化抑制剤が使用されている。現在、氷再結晶化抑制剤としては、高分子である不凍タンパク質、または不凍多糖が使用されており、これらは氷の結晶表面に結合して氷の成長を抑制する。
【0004】
近年では、低分子化合物も氷再結晶化抑制剤として用いられている。例えば非特許文献1には、氷再結晶化抑制剤として、p-メトキシ-O-グリコシルフェノールが開示されている。
【0005】
また、特許文献1には、n-アルキル-エリロンアミド、アリル基を含む配糖体、アリル基を含むアルドアミド、およびその組合せからなる群から選択される少なくとも1つの氷再結晶化抑制剤が開示されている。
【0006】
特許文献2には、移植の過程において、組織および臓器保存のために用いられる抗酸化組成物等が開示されており、フェニルグリコシドが上記抗酸化組成物の一例として記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許2015/0157010号
【文献】国際公開第2012/139148号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Poisson et al.,Langmuir 2019, 35(23),7452-7458.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述した不凍タンパク質および不凍多糖は分子が大きいため、細胞の内部には取り込まれず、細胞内の氷の再結晶化は抑制できなかった。特に、不凍タンパク質には免疫原性等の問題もあるため、実用上、使用に制約があるという問題もある。
【0010】
また、特許文献1に開示の低分子化合物は、細胞毒性および高浸透圧を有するため、添加量の低減の観点から改善の余地があった。
【0011】
さらに、特許文献2には、フェニルグリコシドの抗酸化組成物としての機能は記載されているが、氷再結晶化抑制剤としての機能は何ら記載されておらず、一切不明であった。
【0012】
以上の状況から、細胞内にも移行することが可能な、低分子であり、かつ非タンパク質である氷再結晶化抑制剤が望まれてきた。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは鋭意検討した結果、特定の構造を有する低分子の配糖体が少量でも氷再結晶化抑制剤として強く作用することを見出し、本発明を完成するに至った。従来技術では、本発明の一態様に係る配糖体の一部が、抗酸化剤として用いられている(例えば、特許文献2)のみであり、これらがIRI活性を有することは驚くべきことである。
【0014】
すなわち、本発明は以下の構成を含む。
<1>下記化学式(1)で表される化合物を有効成分として含む、氷再結晶化抑制剤。
【0015】
【化1】
【0016】
化学式(1)中、Rはアルキル基または水素であり、Rは不飽和炭化水素基またはアシル基であり、Rは単糖類または多糖類である。
<2>上記単糖類が、グルコース、マンノースもしくはガラクトースであり、上記多糖類が、グルコース、マンノースおよびガラクトースからなる群より選ばれる1種以上の単糖類から構成される多糖類である、<1>に記載の氷再結晶抑制剤。
<3>Rが水素または(CHCH(nは0~3の整数)である、<1>または<2>に記載の氷再結晶抑制剤。
<4>Rがメチル基であり、Rがアルデヒド基またはアリル基であり、Rがグルコースであり、化学式(1)中のR-Oがα-1-Oグリコシド結合またはβ-1-Oグリコシド結合を有する、<1>~<3>のいずれか一項に記載の氷再結晶抑制剤。
<5><1>~<4>のいずれか一項に記載の氷再結晶化抑制剤と、溶媒とを含有する冷凍保存用液。
<6>上記氷再結晶化抑制剤の濃度が2mM超である、<5>に記載の冷凍保存用液。
<7>細胞、生体組織、臓器または食品における氷の再結晶を抑制するために使用される、<5>または<6>に記載の冷凍保存用液。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一態様によれば、少量でも高いIRI活性を有する低分子の氷再結晶化抑制剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤に該当する化合物のIRI活性を示す、氷結晶の光学顕微鏡像である。
図2】本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤に該当する化合物を添加後、氷の再結晶化を開始させてからの時間と、氷結晶の平均最大粒子径との相関を示すグラフである。
図3】本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤に該当する化合物の濃度と氷の平均最大粒子径との相関を示すグラフである。
図4】本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤に該当する化合物の濃度と、細胞凍結保護試験後の赤血球残存度との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、記述した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0020】
なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意図する。本明細書において「IRI活性」とは、冷凍した物品において、氷の再結晶化を抑制し、氷の平均粒子径を増加させない効果を意味する。
【0021】
〔1.氷再結晶化抑制剤〕
本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤は、下記化学式(1)で表される化合物を有効成分として含む。
【0022】
【化2】
【0023】
化学式(1)中、Rはアルキル基または水素であり、Rは不飽和炭化水素基またはアシル基であり、Rは単糖類または多糖類である。
【0024】
上記化合物は、糖類と芳香族化合物である非糖部(アグリコン)とが0-グリコシド結合をしている配糖体であると言える。実施例にて後述するように、化学式(1)中のアグリコンがバニリンもしくはオイゲノールである配糖体が優れたIRI活性を有するという結果が示されている。化学式(1)で表される化合物は、上記配糖体と基本骨格が共通するため、同様に優れたIRI活性を有すると考えられる。
【0025】
上記単糖類としては、例えば、プシコース、ソルボース、タガトース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、フコース、フクロース、ラムノース、グルコース、ガラクトース、フルクトース、キシロース、アラビノース、エリトルロース、エリトロース、トレオース、ヘプツロース、ヘキシロース、ペンツロース等が挙げられるが、これらに限定されない。上記Rが単糖類である場合、Rは1種の単糖類1つからなることになる。
【0026】
また、上記Rは、上記単糖類を構成単位として組み合わせた糖鎖からなる多糖類であってもよい。多糖類としては、例えば、二糖、オリゴ糖、三糖、四糖またはそれ以上の多糖が挙げられる。構成単位の単糖類が2つ以上連なる場合は、各々の単糖類同士の間は、例えば、グリコシド結合による脱水縮合によって結合している。多糖類は、ホモ多糖であってもよく、ヘテロ多糖であってもよい。
【0027】
多糖類の具体例としては、例えば、セルロース、セルロース誘導体(ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース等)、スクロース、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、ラクトースプルラン、カードラン、ザンタン、キチン、キトサン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0028】
上記単糖類は、グルコース、マンノースもしくはガラクトースであることが好ましい。また、上記多糖類が、グルコース、マンノースおよびガラクトースからなる群より選ばれる1種以上の単糖類から構成される多糖類であることが好ましい。上記好ましい多糖類としては、例えばアミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、セルロース、ラクトース、等が挙げられる。
【0029】
上記構成によれば、化学式(1)で表される化合物の構造が、実施例で用いた上記配糖体と同一またはより一層類似した構造となる。それゆえ、高いIRI活性を有する氷結晶化抑制剤を得る観点から好ましい。
【0030】
また、上記化合物は、細胞等の内部で氷結晶化抑制剤として機能することが必要とされるため、できるだけ低分子であることが好ましい。それゆえ、上記構成は、上記化合物の分子量を抑制する観点からも好ましい。
【0031】
上記アルキル基の炭素数は、化学式(1)で表される化合物の分子量を抑制する観点から、1~10であることが好ましく、1~6であることがさらに好ましく、1~4であることがさらに好ましい。上記アルキル基は、直鎖状であってもよく、分岐を有していてもよい。
【0032】
アルキル基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n-ヘキシル基、イソヘキシル基、n-ヘプチル基、4,4-ジメチルペンチル基、n-オクチル基、2,2,4-トリメチルペンチル基、ノニル基、デシル基等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
上記不飽和炭化水素基の炭素数は、化学式(1)で表される化合物の分子量を抑制する観点から、1~10であることが好ましく、1~6であることがさらに好ましく、1~4であることがさらに好ましい。
【0034】
不飽和炭化水素基の具体例としては、アリル基、アリール基、ベンジル基等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
上記アシル基の炭素数としては、化学式(1)で表される化合物の分子量を抑制する観点から、1~10であることが好ましく、1~6であることがさらに好ましく、1~4であることがさらに好ましい。
【0036】
アシル基の具体例としては、アルデヒド基、アセチル基、エチルカルボニル基、n-プロピルカルボニル基、イソプロピルカルボニル基、n-ブチルカルボニル基、イソブチルカルボニル基、tert-ブチルカルボニル基、n-ペンチルカルボニル基、イソペンチルカルボニル基、ネオペンチルカルボニル基、n-ヘキシルカルボニル基、n-ヘプチルカルボニル基、n-オクチルカルボニル基、n-ノニルカルボニル基、n-デシルカルボニル基等の、置換基を有していないアシル基が挙げられる。
【0037】
本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤は、化学式(1)で表される化合物を一種類のみ含んでいてもよく、複数種類含んでいてもよい。
【0038】
また、上記化合物は、天然由来の化合物であってもよく、合成品であってもよい。また、市販品であってもよい。上記化合物自体は公知であるため、上記化合物の取得方法は特に限定されるものではなく、合成する場合も、従来公知の有機合成の方法によることができる。一方、上記化合物がIRI活性を有することは、本発明者が初めて見出した知見である。
【0039】
としては、上記化合物の分子量を小さくし、氷再結晶化抑制剤のIRI活性を高くしやすいため、水素または(CHCH(nは0~3の整数)であることが好ましい。
【0040】
(CHCH(nは0~3の整数)としては、直鎖アルキル基がさらに好ましい。上記直鎖アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、またはブチル基が挙げられる。
【0041】
本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤は、Rがメチル基であり、Rがアルデヒド基またはアリル基であり、Rがグルコースであり、化学式(1)中のR-Oがα-1-Oグリコシド結合またはβ-1-Oグリコシド結合を有することが最も好ましい。
【0042】
すなわち、化学式(1)中の非糖部が、バニリンおよびその誘導体、または、オイゲノールであることが最も好ましい。具体的には、下記化学式(2)で示される化合物もしくはその誘導体、または、下記化学式(3)で示される化合物であることが最も好ましい。上記バニリン誘導体としては例えば、バニリン酸、バニリルアルコール等が挙げられる。
【0043】
【化3】
【0044】
【化4】
【0045】
上記構成であれば、実施例に示すように、氷再結晶化抑制剤が、特に優れたIRI活性を有する。また、Rがアルデヒド基であると、氷再結晶化抑制剤が特に優れた水溶性を示す。
【0046】
通常であれば、水が凍結した後、0℃以下の環境下であっても、前述したように、小粒径の氷結晶が粗大化する。その結果、上記水が、例えば冷凍保存中の細胞内の水である場合、冷凍保存中の生体組織内の水である場合等は、前述したように、粗大化した大粒径の氷の結晶によって、細胞、組織等の損傷が生じる。
【0047】
一方、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤は、上記化学式(1)で表される化合物が氷の再結晶化を抑制する有効成分として機能する。つまり、上記化合物は、タンパク質のような高分子ではなく、低分子であり、かつ、水溶性が高いため、細胞膜を透過しやすく、円滑に細胞内に取り込まれる。細胞内への取り込まれやすさという観点から、上記化合物の分子量は500以下であることが好ましい。
【0048】
そして、上記細胞、組織等が冷凍されると、細胞内に取り込まれた上記化合物、組織中の細胞内等に取り込まれた上記化合物は、当該細胞内外に存在する氷の表面を被覆し、当該氷の小粒径の結晶の粗大化を抑制するものと考えられる。
【0049】
本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤は、有効成分以外の成分を一種類以上含んでいても良い。当該有効成分以外の成分は、氷再結晶化抑制剤のIRI活性を阻害しない成分であれば特に限定されるものではない。例えば、従来公知の緩衝剤、pH調整剤、等張化剤、防腐剤、賦形剤、担体、希釈剤、可溶化剤、安定剤、抗酸化剤、充填剤、結合剤、界面活性剤、および、安定化剤を挙げることができる。
【0050】
本発明の一実施形態に係る再結晶化抑制剤に含まれる有効成分以外の成分の量は、特に限定されないが、好ましくは、再結晶化抑制剤全体を100重量%とした場合に、10重量%以下であることが好ましく、0重量%であってもよい。
【0051】
〔2.冷凍保存用液〕
本発明の一実施形態に係る冷凍保存用液は、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤と、溶媒とを含有する。
【0052】
上記構成によれば、上記氷再結晶化抑制剤が、細胞内外における氷の小粒径の結晶の粗大化を抑制するため、細胞、生体組織、臓器、生鮮食品、加工食品などの損傷および劣化を防止することができる。
【0053】
本発明の一実施形態に係る冷凍保存用液は、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤の濃度が2mM超であることが好ましく、3mM~30mMであることがより好ましく、4mM~20mMであることがさらに好ましく、5mM~10mMであることが最も好ましい。
【0054】
上記濃度が2mM以上であればIRI活性が高くなるため好ましく、上記濃度が30mM以下であれば、細胞毒性を低減する上で好ましい。
【0055】
上記溶媒としては、水、リン酸緩衝溶液、生理食塩水、細胞培養用の培地、組織培養用の培地、臓器の保存液等を挙げることができる。本発明の一実施形態に係る冷凍保存用液は、例えば、上記溶媒に、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤の濃度が2mM超となるように添加し、混合することによって調製することができる。
【0056】
上記冷凍保存用液は、細胞、生体組織、臓器または食品における氷の再結晶を抑制するために使用されることが好ましい。
【0057】
細胞としては、例えば、がん細胞、血球細胞、臓器細胞、骨細胞、皮膚細胞、生殖細胞、胚性幹細胞、iPS細胞等を用いることができる。生体組織としては、例えば、上皮組織、毛根、網膜等を用いることができる。臓器としては、例えば、心臓、肝臓、肺、膵臓、腎臓等を用いることができる。食品としては、例えば、冷凍生鮮食品、冷凍加工食品、アイスクリーム、氷菓子等を用いることができる。
【0058】
上記冷凍保存用液を、例えば細胞または生体組織の冷凍保存に用いるのであれば、細胞培養用の培地または組織培養用の培地を溶媒として調製した上記冷凍保存用液に細胞または生体組織を必要量添加し、所望の温度にて冷凍することにより、細胞または生体組織における氷の再結晶化を抑制することができる。
【0059】
また、上記冷凍保存用液を、例えば臓器の冷凍保存に用いるのであれば、臓器の保存液を溶媒として調製した上記冷凍保存用液に臓器を浸漬し、所望の温度にて冷凍することにより、臓器における氷の再結晶化を抑制することができる。
【0060】
上記冷凍保存用液を、例えば食品の保存に用いるのであれば、水を溶媒として調製した上記冷凍保存用液を食品に注入、または、上記冷凍保存用液に食品を浸漬し、所望の温度にて冷凍することにより、食品における氷の再結晶化を抑制することができる。
【0061】
このように、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤を、上記溶媒と混合することによって上記冷凍保存用液を調製する工程と、上記冷凍保存用液に冷凍保存の対象を添加もしくは浸漬する工程、または上記冷凍保存用液を冷凍保存の対象に注入する工程と、を備えることにより、冷凍保存の対象における氷の再結晶化を抑制することができる。
【0062】
なお、上記冷凍保存用液を冷凍して氷とし、冷凍対象が浸漬されている溶液に当該氷を加えてもよく、既に冷凍されている対象に上記冷凍保存用液または氷を添加してもよい。効率的に氷の再結晶化を抑制する観点から、対象が冷凍される前に上記冷凍保存用液を添加等することが好ましい。
【0063】
上記冷凍保存用液は、〔1.氷再結晶化抑制剤〕で記載した有効成分以外の成分に加えて、さらに凍結保護剤を含んでいてもよい。上記冷凍保存用液における凍結保護剤の含有量は、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤および上記凍結保護剤全体の重量を100重量%としたときに、5重量%以上10重量%以下であることが好ましい。
【0064】
上記凍結保護剤としては、ジメチルスルホキシド、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセロール、ポリビニルピロリドン、ソルビトール、デキストラン、トレハロース等が挙げられる。
【0065】
〔4.氷再結晶化抑制剤の製造方法〕
上記氷再結晶化抑制剤の製造方法は、上記化学式(1)で表される化合物自体は、前述したように公知であるため、特に限定されるものではない。例えば、上記氷再結晶化抑制剤は、糖類と、芳香族化合物とを反応させること等により得られる。
【0066】
例えば、上記化学式(2)で表される化合物は、具体的には以下の方法により合成され得る。まず、2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-グルコピラノシルブロマイド(1.34g 3.28mmol)を、アセトン等の有機溶媒に溶解し、水酸化リチウムの水溶液等に溶解させたバニリンを加えて、室温で撹拌する。次いで有機溶媒をエバポレータにより除去した後、水を加える。ジクロロメタンにて抽出を行い、有機層を回収した後、水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、さらに水でpHが中性になるまで洗浄をする。
【0067】
洗浄後、硫酸マグネシウム等で乾燥させ、溶媒を減圧留去して残渣を得る。得られた残渣を有機溶媒中で再結晶することで、前駆体化合物が得られる。得られた前駆体化合物を、メタノールに溶解し、ナトリウムメトキシドを加え、室温で撹拌する。反応が完了後、プロトン型陽イオン交換樹脂を通過させて中和し、エバポレータで溶媒を減圧留去する。残渣を少量の水に溶解させて冷凍乾燥させることで、前述した化学式(2)で表される配糖体(実施例で後述する化合物1)が得られる。
【0068】
上記有機溶媒としては、アセトン、ベンゼン等を用いることができる。上記水溶液としては、水酸化リチウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液等を用いることができる。撹拌の反応時間は、好ましくは5時間~30時間、より好ましくは10時間~20時間である。
【0069】
上記氷再結晶化抑制剤の製造方法としては、糖類と芳香族化合物との反応を、酵素を用いて進行させる方法(酵素法)を挙げることもできる。
【0070】
上記化学式(2)の化合物を酵素法により製造する場合を例に取ると、例えば以下の方法を挙げることができる。すなわち、スクロースを緩衝液等に溶解し、有機溶媒に溶解させたバニリンを加えて、室温でよく撹拌する。撹拌終了後、酵素を添加し、バニリンのフェノール性ヒドロキシ基の部分に対して、糖転移反応を行う。反応終了後、反応液を凍結乾燥して得られた残渣に酢酸エチルを加えて抽出を行い、回収した有機層に対してさらに水で抽出を行う。水層を凍結乾燥させることにより、前述した化学式(2)で表される配糖体(実施例で後述する化合物1)が得られる。
【0071】
上記酵素法において使用する原料は安価なスクロース(糖)およびバニリンであり、かつ1段階の反応により上記有効成分を製造できるため、上述した2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-グルコピラノシルブロマイドを用いる方法に比べて安価である。
【0072】
バニリンを溶解させる有機溶媒としては、DMSO及びエタノール等の水溶性有機溶媒または、酢酸エチル等の非水溶性有機溶媒が挙げられる。
【0073】
酵素法において使用可能な酵素としては、糖転移反応が可能な酵素であれば特に限定されないが、フェノール性水酸基へ糖を転移させる酵素が好ましく、そのような酵素としては例えばスクロースホスホリラーゼ、転移型α-アミラーゼ、及びハイドロキノン配糖化酵素等が挙げられる。
【0074】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0075】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
[IRI活性の測定]
IRI活性は、文献Charles A. Knight, John Hallett, A. L. DeVries (1988), Solute effects on ice recrystallization: An assessment technique, Cryobiology, 25 (1), 55-60に基づき、スプラットアッセイ法により測定した。
【0077】
まず、円形のスライドガラスを、光学機器用冷却加熱ステージ(リンカム社製)にセットし、-80℃に冷却した。次に、PBS(NaCl:0.9%(w/v)、KCl:0.02%(w/v)、NaHPO:0.02%(w/v)、NaHPO:0.115%(w/v))に溶解させた試料10μLを、空のカラムを用いて、1.2mの高さからスライドガラスに滴下し、氷ウェハを作製した。
【0078】
なお、前記試料は、溶質として、後述するパラメトキシ-フェニルグリコシド(PMPGlc)、化合物1、化合物2を用い、後述する試験1、試験2では、濃度は22mMとした。対照としてはPBSのみを用いた。後述する試験3では、化合物1の濃度を、図3の横軸に示すように種々の濃度とした。
【0079】
その後、即座に装置の蓋を閉め、-6.5℃に急速昇温しつつ、顕微鏡観察下に氷ウェハを置いた。-6.5℃に達した時点を0minとして、ストップウォッチで測定し、1、10、20、30分時点での氷結晶をカメラで一度撮影した。結晶径は、撮影した画像内の結晶を大きいものから10個選択して、それらの長径のpixel数と、直径に対して垂直な短径のpixel数とを、画像編集ソフト(Adobe photoshop)によって計測した。pixel数を上記画像編集ソフトによってμmに変換した後、それらの平均値をとり、その値を平均最大粒子径(Mean Largest Grain Size, MLGS)とした。
【0080】
[細胞凍結保護試験]
馬由来脱繊維血(コージンバイオ製)を15mLファルコンチューブに3mL入れ、遠心分離機(himac CF16RX(HITACHI製)、ローター(T11A21))を用いて、遠心分離(3300g 10min 4℃)した。
【0081】
上清をピペッティングにて除き、ペレットにPBS(NaCl:0.9%(w/v)、KCl:0.02%(w/v)、NaHPO:0.02%(w/v)、NaHPO:0.115%(w/v)、赤血球の洗浄および懸濁に用いる場合はさらにデキストロース:0.2%(w/v))を加え、撹拌して洗浄した。
【0082】
洗浄を2回行った後、ペレットをPBSに懸濁して3mLとした溶液を、RBC液とした。冷凍保存用液は、試験を行う化合物1と、凍結保護剤であるグリセロールとをPBSに溶解させて作製した。冷凍保存用液における化合物1の濃度は、1.4mM、2.8mM、5.5mM、11mM、22mMとし、各冷凍保存用液にグリセロールを7.5重量%含有させた。冷凍保存用液の対照としては、化合物1を含有せず、グリセロールのみをPBSに7.5重量%または10.0重量%含有させた液を用いた。また、冷凍保存用液を加えず、RBC液のみを用いた試験区も設けた。
【0083】
RBC液150μLと、各冷凍保存用液150μLとを1.5mLエッペンチューブ中で混和した溶液を、10分室温で静置した。
【0084】
静置後、撹拌して、ローター(T15AP21)を用いて遠心分離(3300×g、5min、4℃)した。その後、上清のヘモグロビン(Hb)濃度を血液検査用ヘモグロビンキット(ヘモグロビンB-テストワコー、富士フィルム和光純薬)を用いて定量した。
【0085】
定量後、溶液を攪拌して、全血のHb濃度を定量し、凍結前の溶血度および赤血球残存度を下記式(4)によって算出した。
【0086】
【数1】
【0087】
さらに溶液の入ったエッペンチューブを液体窒素によって急速冷凍後、-80℃のディープフリーザー中で保存した。一週間後、37℃の湯浴にて急速解凍し、凍結前と同様にして、解凍後の溶結度および赤血球残存度を、下記式(5)によって算出した。
【0088】
【数2】
【0089】
[化合物1の合成]
2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-グルコピラノシルブロマイド(1.34g 3.28mmol)をアセトン40mLに溶解し、水酸化リチウム水溶液(0.21g 8.9mmol)に溶解したバニリン(1.5g 9.9mmol)を加え、室温で一晩撹拌した。
【0090】
TLCで反応を確認した後、エバポレータでアセトンを減圧留去し、水5mLを加えた。ジクロロメタン30mLで3回抽出を行い、有機層を回収した後、10%水酸化ナトリウム水溶液30mLで3回洗浄し、水30mLでpHが7になるまで洗浄した。
【0091】
硫酸マグネシウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。得られた残渣を2-プロパノール10mL中で再結晶し、下記化学式(6)で表される、化合物P1(0.9972g 60.2%)を無色結晶として得た。化合物P1は、4-ホルミル‐2-メトキシフェニル-2,3,4,6-テトラ-O-アセチル‐β-D-グルコピラノシドである。
【0092】
【化5】
【0093】
化合物P1のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0094】
H NMRδ(CDCl):9.90 (1H,s),7.44-7.41(2H,m),7.22(1H,dd,J=8.0Hz),5.35-5.29(2H,m),5.21‐5.16(1H,m),5.12-5.10(1H,m),4.28 (1H,dd,J=12.4, 5.1 Hz),4.19(1H,dd,J =12.3,2.4Hz),3.89(3H,s),3.87-3.83(1H,m),2.08(3H,s),2.07(3H,s),2.05(3H,s),2.05(3H,s)
13C NMRδ(CDCl3):190.84,170.48,170.20,169.37,169.22,151.14, 151.07,132.90,125.32,118.30,110.93,99.77,72.45,72.32,71.10,68.33,61.93,56.15,20.67,20.59
ESI-HRMS m/z:calcd.for:C2226NaO12(M+Na)505.1316 obsd.for:(M+Na)505.1228
なお、NMRの帰属は、文献Shusheng Wang, Dan Liu, Xu Zhang, Shengyu Li, Yongxu
Sun, Jia Li, Yifa Zhoua, and Liping Zhanga (2007), Study on glycosylated prodrugs of toxoflavins for antibody-directed enzyme tumor therapy, Carbohydrate Research, 342, 1254-1260、および、Shiqiang Yan Sumei Ren Ning Ding Yingxia Li (2018),
Concise total synthesis of acylated phenolic glycosides vitexnegheteroin A and ovatoside D, Carbohydrate Research, 460, 41-46を参照した。
【0095】
P1(241mg,0.5mmol)をメタノール20mLに溶解し、ナトリウムメトキシド(108mg,2mmol)を加え、TLCで反応完了を確認するまで室温で撹拌した。反応が完了した後、プロトン型陽イオン交換樹脂を通過させて中和し、エバポレータで溶媒を減圧留去した。残渣を少量の水に溶解させて冷凍乾燥し、下記化学式(2)で表される、化合物1を白色粉体(145.6mg、92.7%)として得た。化合物1は、4-ホルミル‐2-メトキシフェニル-O-β-D-グルコピラノシドである。
【0096】
【化6】
【0097】
また、化合物1は酵素法によっても製造した。具体的には、以下の方法による。スクロース(1.0g)を0.1M HEPES緩衝液(pH7.5)2mLに溶解させて得た溶液に、バニリンのDMSO溶液(バニリンの濃度は100mg/mL)を0.20mL加えて、よく攪拌した。撹拌終了後、スクロースホスホリラーゼ(ロイコノストック メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)由来、オリエンタル酵母)の0.1M HEPES緩衝液溶液(500units/mL)を0.1mL加えて、42℃で24時間反応させ、反応液を得た。反応液を凍結乾燥後、得られた残渣に3mLの水と3mLの酢酸エチルを加えて混合し、水層と酢酸エチル層とを分離した。水層はさらに、2回、酢酸エチル(各1mL)によって抽出した。抽出した酢酸エチル層を収集した後、水(3mL)によって3回抽出した。抽出終了後に水層を凍結乾燥させて、上記化学式(2)で表される、化合物1を白色粉体(15.9mg、38.6%)として得た。
【0098】
化合物1のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0099】
H NMRδ(DMSO-d):9.84(1H,s),7.51(1H,dd,J=8.3,1.7Hz),7.42(1H,d,J=1.5Hz),7.26(1H,d,J=8.5Hz),5.36(1H,d, J=3.2Hz),5.13(1H,s),5.07(2H,m),4.58(1H,t,J=5.1Hz),3.83(3H,s),3.66(1H,dd,J=11.7,2.4 Hz),3.29-3.24(2H, m),3.18‐3.16(1H,m)
13CNMRδ(DMSO-d):192.30,152.44,150.02,131.25,126.03,115.30,111.31,100.13,77.82,77.49,73.79,70.27,61.31,56.39
ESI-HRMSm/z:calcd.for:C151910(M+HCOO)359.0984 obsd.for:(M+HCOO)359.0989
なお、NMRの帰属は化合物P1と同じ文献を参照した。
【0100】
[化合物2の合成]
2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-グルコピラノシルブロマイド(617mg,1.5mmol)をアセトン20mLに溶解し、水酸化リチウム水溶液(170mg
4.05mmol/5mL-HO)に溶解したオイゲノール(739mg 4.5mmol)を加えて、室温で一晩撹拌した。
【0101】
TLCで反応を確認した後、エバポレータでアセトンを減圧留去したのちに水10mLを加えた。クロロホルム30mLで3回抽出を行い、有機層を回収した後、10%水酸化ナトリウム水溶液30mLで3回洗浄し、水30mLでpHが7になるまで洗浄した。
【0102】
硫酸マグネシウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。得られた残渣を2-プロパノール10mL中で再結晶し、下記化学式(7)で表される、化合物P2(159mg,21.5%)を無色結晶として得た。化合物P2は、4-アリル‐2-メトキシフェニル-2,3,4,6-テトラ-O-アセチル‐β-D-グルコピラノシドである。
【0103】
【化7】
【0104】
化合物P2のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0105】
H NMRδ(CDCl):7.04(1H,d,J=8.0Hz),6.72(1H,d,J=2.0Hz),6.69(1H,dd,J=8.3,1.9Hz),5.94(1H,m),5.30-5.23(2H,m),5.20-5.13(1H,m),5.11-5.06(2H,m),4.94-4.89(1H,m),4.28(1H,dd,J=12.2,5.1Hz),4.16(1H,dd,J=12.2,2.4Hz),3.80(3H,s),3.77-3.72(1H,m),3.34(2H,d,J=6.6Hz),2.08(6H,s),2.03(6H,s)
ESI-HRMSm/z:calcd.for:C2430NaO11(M+Na)
517.1680 obsd.for:(M+Na)517.1570
なお、NMRの帰属は文献Thiago Belarmino de SouzaMarina OrlandiLuiz Felipe Leomil CoelhoLuiz Cosme Cotta MalaquiasAmanda Latercia Tranches DiasRoberta Ribeiro
de CarvalhoNaiara Chaves SilvaDiogo Teixeira Carvalho (2014), Synthesis and in vitro evaluation of antifungal and cytotoxic activities of eugenol glycosides, Medicinal Chemistry Research, 23, 496-502を参照した。
【0106】
P2(146mg 0.3mmol)をメタノール12mLに溶解し、ナトリウムメトキシド(64.8mg 1.2mmol)を加え、TLCで反応完了を確認するまで室温で撹拌した。
【0107】
反応が完了した後、プロトン型陽イオン交換樹脂を通過させて中和し、エバポレータで溶媒を減圧留去した。残渣を少量の水に溶解させて冷凍乾燥し、下記化学式(3)で表される化合物2を白色粉体(90.4mg,92.4%)として得た。化合物2は、4-アリル‐2-メトキシフェニル-O-β-D-グルコピラノシドである。
【0108】
【化8】
【0109】
化合物2のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0110】
H NMRδ(DMSO-d):7.06(1H,d,J=8.1Hz),6.86(1H,d,J=1.5Hz),6.73(1H,dd,J=8.2,1.1Hz),6.04(1H,ddt,J=16.0,10.0,6.8Hz),5.24(1H,d,J=4.2Hz),5.16-5.07(3H,m),5.04(1H,d,J=4.9Hz),4.90(1H,d,J=7.1Hz),4.57(1H,s),3.80(3H,s),3.72(1H,d,J=11.1Hz),3.52-3.28(1H,m),3.36(1H,d,J=7.1Hz),3.32-3.30(2H,m),3.24-3.20(1H,m)
13C NMRδ(DMSO-d):148.96,144.92,137.93,133.62,120.41,115.69,115.60,113.08,100.39,77.00.76.87,73.31,69.80,60.77,55.75
ESI-HRMS m/z:calcd.for:C1723(M+HCOO)371.1348 obsd.for:(M+HCOO)371.1347
なお、NMRの帰属は、化合物P2と同じ文献を参照した。
【0111】
〔試験1〕
上記化合物1および化合物2と、パラメトキシ-フェニルグリコシド(PMPGlc)のIRI活性の有無をそれぞれ調べた。
【0112】
結果を図1に示す。図1は、上記[IRI活性の測定]に記載した、-6.5℃に達してから30分経過した時点での氷結晶を倍率1×10倍で観察した結果である。
【0113】
図1より、PMPGlcを添加した氷と比較して、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤に該当する化合物1を添加した氷は、結晶径が明確に小さいことがわかる。したがって、化合物1は氷の再結晶化を抑制する、非常に強いIRI活性を有することが示された。
【0114】
また、化合物2を添加した氷の結晶径は、PMPGlcを添加した氷と比較すると大きかったが、対照と比較すると十分に小さかった。よって、化合物2は、化合物1より弱いものの、強いIRI活性を有することが分かった。
【0115】
〔試験2〕
化合物1、化合物2、およびPMPGlcのIRI活性を、上記[IRI活性の測定]に記載した方法に基づき、氷結晶の平均最大粒子径を比較することにより測定した。
【0116】
図2に結果を示す。図2は、上記化合物を添加後、氷の再結晶化を開始させてからの時間と、氷結晶の平均最大粒子径との相関を示すグラフである。図中、「PBS」は、対照としてPBSのみを試料として用いた結果を示し、「PMPGlc」はパラメトキシ-フェニルグリコシド、「1」は化合物1、「2」は化合物2をそれぞれ溶質とした試料を用いた結果を示す。
【0117】
図2より、化合物1を添加した氷は、氷の再結晶化を開始させてから(-6.5℃に達してから)30分経過後も平均最大粒子径が増加しないことがわかる。また、化合物2を添加した場合でも、PBSのみを添加した場合と比較して、平均最大粒子径が小さいことがわかる。したがって、化合物1および2が共にIRI活性を有することが示された。
【0118】
〔試験3〕
化合物1の濃度を変化させた場合のIRI活性の変化を調べた。
【0119】
図3に測定結果を示す。図3は、化合物1の濃度を変化させ、[IRI活性の測定]に記載した試験を行って、-6.5℃に達してから30分経過した時点での氷の平均最大粒子径をプロットした結果である。
【0120】
図3より、化合物1の濃度が2mMを超えると、氷の平均最大粒子径が急激に減少し、5mM以上の溶液を添加した氷は、再結晶化が完全に抑制されることが示された。
【0121】
〔試験4〕
化合物1を用いて、上記[細胞凍結保護試験]に示す細胞凍結保護試験を行った。
【0122】
図4に結果を示す。図4より、化合物1を添加した冷凍保存用液と混和した赤血球は、冷凍保存用液における化合物1の濃度が1.4mM、5.5mM、11mMのとき、グリセロールの濃度が同じ7.5mMで、化合物1を含有しない対照よりも高い赤血球残存率を示した。また、化合物1の濃度が5.5mMの溶液が最も高い効果を示すことがわかった。したがって、化合物1は、膜毒性を示さず、IRI活性による、細胞凍結保護効果を有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0123】
本発明は、培養細胞、生体組織、臓器および食品等の冷凍保存用液の成分または食品添加物として好適に利用することができる。
図1
図2
図3
図4