(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-05
(45)【発行日】2024-12-13
(54)【発明の名称】固体電解質及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 1/10 20060101AFI20241206BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20241206BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20241206BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20241206BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20241206BHJP
H01M 4/139 20100101ALI20241206BHJP
【FI】
H01B1/10
H01B1/06 A
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/62 Z
H01M4/139
(21)【出願番号】P 2023505510
(86)(22)【出願日】2022-03-04
(86)【国際出願番号】 JP2022009502
(87)【国際公開番号】W WO2022191080
(87)【国際公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-05-30
(31)【優先権主張番号】P 2021039746
(32)【優先日】2021-03-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】市木 勝也
(72)【発明者】
【氏名】高橋 司
【審査官】遠藤 尊志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/213340(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/054433(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 1/10
H01B 1/06
H01M 10/0562
H01M 10/052
H01M 4/62
H01M 4/139
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びX元素(Xは少なくとも1種のハロゲン元素を表す。)を含み、
CuKα1線及びCuKα2線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.6±0.8°の範囲、30.2±0.8°の範囲、及び31.6±0.8°の範囲のうちの少なくともいずれかの範囲における回折パターンをピーク分離したときに、ピークP
1及びピークP
2を有し、
前記ピークP
1及び前記ピークP
2は、それぞれ異なる相に由来する、固体電解質。
【請求項2】
CuKα1線及びCuKα2線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.6±0.8°の範囲、30.2±0.8°の範囲、及び31.6±0.8°の範囲における回折パターンをピーク分離したときに、前記ピークP
1及び前記ピークP
2を有する、請求項1に記載の固体電解質。
【請求項3】
前記X元素が少なくとも塩素(Cl)を含む、請求項1又は2に記載の固体電解質。
【請求項4】
前記リン(P)元素に対する前記X元素のモル比(X/P)が1.0よりも大きい、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項5】
前記ピークP
1と前記ピークP
2との角度差Δ2θが0.04°以上である、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項6】
アルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含む、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか一項に記載の固体電解質の製造方法であって、
リチウム(Li)元素源、リン(P)元素源、硫黄(S)元素源及びハロゲン(X)元素源を混合して原料組成物を得る工程と、
前記原料組成物を
不活性ガス雰囲気下、540℃以上660℃以下で
、2時間以上6時間以下焼成する工程と、を有する固体電解質の製造方法。
【請求項8】
請求項1ないし6のいずれか一項に記載の固体電解質と活物質とを含む、電極合剤。
【請求項9】
請求項1ないし6のいずれか一項に記載の固体電解質を含有する、固体電解質層。
【請求項10】
正極層と、負極層と、前記正極層及び前記負極層の間の固体電解質層とを有する電池であって、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の固体電解質を含有する、電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多くの液系電池に用いられている電解液の代わりとして、固体電解質が注目されている。固体電解質を用いた固体電池は、可燃性の有機溶媒を使用した液系電池に比べて安全性が高く、更に高エネルギー密度を兼ね備えた電池として実用化が期待されている。
【0003】
固体電解質に関する従来の技術としては例えば特許文献1に記載のものが知られている。このような固体電解質に関しては、近年、一層優れた性能を得るための研究が盛んである。例えば、イオン伝導性が高い固体電解質について様々な検討がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】US2016/156064A1
【文献】EP3026749A1
【発明の概要】
【0005】
本発明の課題は、より優れたイオン伝導性を有する固体電解質を提供することにある。
【0006】
本発明は、リチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びX元素(Xは少なくとも1種のハロゲン元素を表す。)を含み、
CuKα1線及びCuKα2線を用いたX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.6±0.8°の範囲、30.2±0.8°の範囲、及び31.6±0.8°の範囲のうちの少なくともいずれかの範囲における回折パターンをピーク分離したときに、ピークP1及びピークP2を有し、
前記ピークP1及び前記ピークP2は、それぞれ異なる相に由来する、固体電解質を提供するものである。
【0007】
また本発明は、リチウム(Li)元素源、リン(P)元素源、硫黄(S)元素源及びハロゲン(X)元素源を混合して原料組成物を得る工程と、
前記原料組成物を500℃超700℃未満で焼成する工程と、を有する固体電解質の製造方法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1(a)は、単一相からなる従来の固体電解質を対象とした、X線回折装置により測定されるX線回折パターンの一例を示す図であり、
図1(b)は、
図1(a)に示すX線回折パターンを2つのピークに分離した図である。
【
図2】
図2(a)は、本発明の固体電解質を対象とした、X線回折装置により測定されるX線回折パターンの一例を示す図であり、
図2(b)は、
図2(a)に示すX線回折パターンを2つのピークに分離した図である。
【
図3】
図3は、実施例2及び比較例2で得られた固体電解質のX線回折パターンを示す図である。
【
図4】
図4は、実施例3及び比較例3で得られた固体電解質のX線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の固体電解質は、少なくともリチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素、ハロゲン(X)元素を含有するものである。
【0010】
本発明の固体電解質に含まれるX元素は少なくとも1種のハロゲン元素であり、更に詳しくは塩素(Cl)元素、臭素(Br)元素及びヨウ素(I)元素から選択される少なくとも1種の元素が用いられる。X元素は、これらの元素のうちの1種であってもよく、あるいは2種以上の組み合わせであってもよい。
本発明の固体電解質のリチウムイオン伝導性を高める観点から、固体電解質は、X元素として少なくともCl元素を含有することが好ましい。特に、X元素としてCl元素のみを含有する場合には、以下に述べる、2種以上の異なる相を含む固体電解質が得られやすいので好ましい。
【0011】
本発明の固体電解質は、2種以上の異なる相を含む点に特徴の一つを有する。2種以上の異なる相はいずれも結晶質の相である。2種以上の異なる相を含むことに起因して、本発明の固体電解質は、従来よりも一層優れたイオン伝導性を発現するものとなることが本発明者の検討の結果判明した。この理由は完全に明らかではないが、本発明者は以下の理由ではないかと考えている。尤も本発明の範囲は、かかる理論に拘束されるものではない。2種以上の異なる相はいずれも結晶質の相であり、それらが1つの結晶粒中に存在していると考えられる。1つの結晶粒中に存在している複数の結晶相はいずれもLi元素、P元素、S元素及びX元素を含有するものであるが、組成が互いに相違している。そして、1つの結晶粒中に存在している複数の結晶相のうちの少なくとも1つが高イオン伝導相になっていることに起因して、固体電解質全体としてのイオン伝導性が高くなるのではないかと考えられる。あるいは、1つの結晶粒中に存在している複数の結晶相間での界面抵抗が小さいことに起因して、固体電解質全体としてのイオン伝導性が高くなるのではないかと考えられる。
【0012】
本発明の固体電解質が、2種以上の異なる相を含むことは、X線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンに基づき確認できる。詳細には、XRDの線源として異なる2つの波長のX線を用いたX線回折パターンに基づき、2種以上の異なる相を含むことを確認できる。異なる2つの波長のX線源としては、CuKα1線及びCuKα2線を用いることが簡便である。CuKα1線は波長が0.1540562nmであり、CuKα2は波長が0.1544390nmである。CuKα1線とCuKα2線とはその強度比が理論上約2:1である。したがってXRDの測定対象となる固体電解質が単一相からなる場合、CuKα1線及びCuKα2線を同時に該固体電解質に照射した場合、得られるX線回折パターンは
図1(a)に示すとおり、CuKα1線に由来する回折線と、CuKα2線に由来する回折線とが、2:1の強度で重畳したものとなる。
図1(a)に示す重畳した回折パターンを、最小二乗法によって数学的にピーク分離すると、
図1(b)に示すとおり同一の位置にピークトップを有するピークP
1及びP
2に分離される。本発明において、ピークとはCuKα1線に由来する回折線と、CuKα2線に由来する回折線とが、2:1の強度で重畳したものを指す。
【0013】
なお、後述する実施例において説明するとおり、XRDによって実際に取得される回折強度のデータは離散的なものであることから(例えば
図2(b)に示す横軸2θのステップ幅は0.02°である。)、上述した最小二乗法によって数学的に分離された2つのピークP
1及びP
2のピークトップの位置は厳密には同じにはならず、ピークトップの位置に若干のずれが生じる場合がある。つまり、理論的には、分離されたピークのピークトップの位置は同じであるが、数学的に分離されたピークのピークトップの位置は若干相違する場合がある。そこで、本明細書においては、分離された2つのピークP
1及びP
2のピークトップの位置の差の絶対値(Δ2θとする)が0.04°以下である場合には、該2つのピークのピークトップの位置は同一であると見なす。
【0014】
一方、本発明の固体電解質に対してCuKα1線及びCuKα2線を同時に照射した場合には以下に述べるとおりとなる。なお簡便のために、以下の説明では本発明の固体電解質が2種の異なる結晶相を含む場合を例に挙げる。
2種の異なる結晶相をA
1相及びA
2相とした場合、A
1相及びA
2相を含む本発明の固体電解質に対してCuKα1線及びCuKα2線を同時に照射すると、
図2(a)に示すとおり、A
1相に関して、CuKα1線に由来する回折線P
11と、CuKα2線に由来する回折線P
12とが2:1の強度で観察され、且つ、A
2相に関して、CuKα1線に由来する回折線P
21と、CuKα2線に由来する回折線P
22とが2:1の強度で観察される。つまり4つの回折線P
11、P
12、P
21及びP
22が重畳した回折パターンが観察される。
図2(a)に示す回折線が重畳した回折パターンを、最小二乗法によって数学的に2つにピーク分離すると、
図2(b)に示すとおり、異なる位置にピークトップを有する2つのピークP
1及びP
2に分離される。本明細書において、ピークP
1は回折線P
11及びP
12が重畳したものであり、ピークP
2は回折線P
21及びP
22が重畳したものである。なお、
図2(b)のP
1のようにピークトップが2つ存在する場合には、最も高い強度をピークトップとする。
【0015】
以上のとおり、固体電解質に対してCuKα1線及びCuKα2線を同時に照射して得られる任意の回折パターンを2つのピークに分離したときに、分離により得られた2つのピークのピークトップの位置が異なる場合には、該固体電解質は、2種以上の異なる結晶相を含むと判断できる。
【0016】
本発明の固体電解質においては、CuKα1線及びCuKα2線を用いたXRDにより測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.6±0.8°の範囲(以下、この範囲を「第1範囲」ともいう。)、30.2±0.8°の範囲(以下、この範囲を「第2範囲」ともいう。)、及び31.6±0.8°の範囲(以下、この範囲を「第3範囲」ともいう。)のうちの少なくともいずれかの範囲における回折パターンをピーク分離したときに、ピークP1及びピークP2を有し、ピークP1及びピークP2はそれぞれ異なる相に由来することが、固体電解質のイオン伝導性を更に高める観点から好ましい。特に、第1範囲ないし第3範囲のうちの少なくとも2つの角度範囲における回折パターンをピーク分離したときに、それぞれ異なる相に由来するピークP1及びピークP2を有することが、固体電解質のイオン伝導性を一層高める観点から好ましく、第1範囲ないし第3範囲のすべてにおける回折パターンをピーク分離したときに、それぞれ異なる相に由来するピークP1及びピークP2を有することが更に一層好ましい。
なお、本発明の固体電解質には、上述した第1範囲ないし第3範囲以外の角度にも回折パターンが観察される場合がある。強度で比較すると、第1範囲ないし第3範囲に観察される回折パターンが非常に強いことから、これらの範囲に観察される回折パターンを対象としてピーク分離を行うこととした。
【0017】
上述のとおり、本発明の固体電解質は2種以上の異なる相を含むものである。当該相は、組成が異なりそのことに起因して格子定数が異なっている。その結果、上述したとおり、XRDの回折パターンを複数のピークに分離する操作を行うと、ピークトップの位置が異なる複数のピークが得られる。異なる相に由来する2種以上のピークを低角度側から順にP1及びP2としたとき、P1のピークトップ位置での角度2θ1とP2のピークトップ位置での角度2θ2の角度差Δ2θ(=2θ2-2θ1)が0.04°以上であると、固体電解質のイオン伝導性が更に一層高まるので好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、角度差Δ2θは、0.10°以上であることが更に好ましく、0.11°以上であることが一層好ましい。一方、角度差Δ2θの上限値は1.6°以下であることが好ましい。
【0018】
第1範囲ないし第3範囲の回折パターンを2つのピークP1及びP2に分離した場合、ピークP1の強度が、ピークP2の強度よりも高い場合があり、またその逆の場合もある。固体電解質のリチウムイオン伝導性を一層高める観点からは、ピークP1の強度I1と、ピークP2の強度I2との比率であるI1/I2の値は0.8以下であることが好ましく、0.4以下であることが更に好ましい。本明細書にいうピークP1及びピークP2の強度I1及びI2は最小二乗法で回折パターンピーク分離した際に得られるパラメータである。なお、ピークが複数存在する場合には、複数あるピークのうち、最も高いピーク強度が前記条件を有することが好ましい。
【0019】
ところで、単一組成を有する第1の相からなる固体電解質と、単一組成を有する第2の相からなる固体電解質との混合物についてXRD測定を行った場合に、測定によって得られる回折パターンをピーク分離する処理を行うと、ピークトップの位置が異なる複数のピークが得られる。しかし、この混合物はリチウムイオン伝導性が高いものとはならない。その理由は、混合物を用いた場合には2相間での界面抵抗を低下させることができないからである。つまり本発明の固体電解質は単一物からなり(換言すれば混合物でなく)且つ2相以上の異なる結晶相を有するものである。尤も、本発明の固体電解質を他の固体電解質と混合して使用することは何ら妨げられない。
【0020】
上述のとおり、本発明の固体電解質は、Li元素、P元素、S元素及びX元素を含むものであるところ、該固体電解質の例としては、Li2S-P2S5-LiX(Xは少なくとも一種のハロゲン元素である。)などが挙げられるが、これに限られない。
【0021】
特に、上述した元素を含有する固体電解質は、組成式LiaPSbXc(Xは少なくとも一種のハロゲン元素である。aは3.0以上6.0以下の数を表す。bは3.5以上4.8以下の数を表す。cは0.1以上3.0以下の数を表す。)で表される化合物を含有することが、固体電解質のリチウムイオン伝導性を高める観点から好ましい。
【0022】
前記の組成式において、Li元素のモル比を示すaは、例えば3.0以上6.0以下の数であることが好ましく、3.2以上5.8以下の数であることが更に好ましく、3.4以上5.4以下の数であることが一層好ましい。なお、aは、5.4未満であってもよい。
前記の組成式において、S元素のモル比を示すbは、例えば3.5以上4.8以下の数であることが好ましく、3.8以上4.6以下の数であることが更に好ましく、4.0以上4.4以下の数であることが一層好ましい。なお、bは、4.4未満であってもよい。
前記の組成式において、cは、例えば0.1以上3.0以下の数であることが好ましく、0.2以上2.5以下の数であることが更に好ましく、0.4以上2.0以下の数であることが一層好ましい。a、b及びcがこの範囲内である化合物は、そのリチウムイオン伝導性が十分に高いものとなる。
【0023】
特に、本発明の固体電解質においては、P元素に対するX元素のモル比であるX/Pの値が1.0よりも大きいことが、リチウムイオン伝導性を一層高める観点から好ましい。この観点から、X/Pの値は1.2以上であることが好ましく、1.6以上であることが更に好ましい。X/Pは、アルジロダイト構造を安定的に維持することが好ましい観点から、2.0以下であることが好ましい。
【0024】
本発明においては、仕込み量がLiaPSbXcとなるようにして得られた化合物は、Li元素、P元素、S元素及びX元素以外の元素を含んでいてもよい。例えば、Li元素の一部を他のアルカリ金属元素に置き換えたり、P元素の一部を他のプニクトゲン元素に置き換えたり、S元素の一部を他のカルコゲン元素に置き換えたりすることができる可能性がある。
【0025】
本発明の固体電解質は特にアルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含むことが、固体電解質のリチウムイオン伝導性を高め得る点から好ましい。アルジロダイト型結晶構造とは化学式:Ag8GeS6で表される鉱物に由来する化合物群が有する結晶構造である。本発明の固体電解質がアルジロダイト型結晶構造の結晶相を有しているか否かは、XRDによる測定などによって確認できる。例えばCuKα1線を用いたXRDによって測定される回折パターンにおいて、アルジロダイト型結晶構造の結晶相は、2θ=15.3°±1.0°、17.7°±1.0°、25.6°±1.0°、30.2°±1.0°、31.6°±1.0°及び44.7°±1.0°に特徴的な回折ピークを示す。また、固体電解質を構成する元素種によっては、前記回折ピークに加えて、2θ=47.2°±1.0°、51.7°±1.0°、58.3°±1.0°、60.7°±1.0°、61.5°±1.0°、70.4°±1.0°及び72.6°±1.0°に特徴的な回折ピークを示す場合もある。アルジロダイト型結晶構造に由来する回折ピークの同定には、例えばPDF番号00-034-0688のデータを用いることができる。
【0026】
本発明の固体電解質は、固体の状態においてリチウムイオン伝導性を有するものである。本発明の固体電解質のリチウムイオン伝導度は、例えば、室温、すなわち25℃で、0.5mS/cm以上であることが好ましく、1.0mS/cm以上であることが更に好ましく、中でも1.5mS/cm以上、とりわけ4.0mS/cm以上であることが好ましい。リチウムイオン伝導率は、後述する実施例に記載の方法を用いて測定できる。
【0027】
本発明の固体電解質は、好適には以下に述べる方法で製造することができる。原料としては、Li元素源の化合物、P元素源の化合物、S元素源の化合物及びX元素源の化合物を用いる。Li元素源化合物としては例えば硫化リチウム(Li2S)を用いることができる。P元素源化合物としては例えば五硫化二リン(P2S5)を用いることができる。S元素源化合物としては、Li元素源化合物及び/又はP元素源化合物が硫化物である場合には、当該硫化物をS元素源化合物として利用できる。X元素源化合物としては、化合物B(LiX)を用いることができる。これらの原料を、Li元素、P元素、S元素及びX元素が所定のモル比となるように混合する。そして混合された原料組成物を、不活性ガス雰囲気下で焼成するか、又は、硫化水素ガスを含有する雰囲気下で焼成する。
特に、焼成温度として、後述する温度範囲を採用する場合には、焼成雰囲気として不活性ガス雰囲気、例えば窒素雰囲気やアルゴン雰囲気を用いることで、1つの結晶粒中に複数の結晶相が存在する固体電解質を首尾よく得ることが可能となる。
【0028】
特に本製造方法においては、上述の焼成条件を調整することで、1つの結晶粒中に複数の結晶相が存在する固体電解質を得ることが可能となる。具体的には、焼成温度として、これまで採用されている温度、例えば特許文献1で採用されている温度よりも高い温度で焼成を行うことで、複数の結晶相が生成することが本発明者の検討の結果判明した。この観点から、焼成温度は500℃超に設定することが好ましい。一方、焼成温度を過度に高くするとリチウムイオン伝導性の妨げとなる異相が生成する可能性があることから、焼成温度は700℃未満に設定することが好ましい。以上の観点から、焼成温度を540℃以上660℃以下に設定することが更に好ましく、580℃以上620℃以下に設定することが一層好ましい。
【0029】
焼成時間に関しては、焼成温度が上述の範囲内であることを条件として、1時間以上7時間以下に設定することが好ましく、2時間以上6時間以下に設定することが更に好ましく、3時間以上5時間以下に設定することが一層好ましい。
【0030】
このようにして得られた焼成物を所定の粉砕工程に付す。焼成物を粉砕する場合、乾式粉砕及び湿式粉砕のいずれを行ってもよく、あるいは両者を組み合わせて行ってもよい。
【0031】
乾式粉砕には、例えばジェットミル、ボールミル、ロッドミル、振動ボールミル、遊星ミル、ディスクミルなどを用いることができる。一方、湿式粉砕には、各種のメディアミルを用いることができる。メディアミルとしては、ボールミル、ビーズミル、ペイントシェーカー、ホモジナイザーなどを用いることができる。
【0032】
湿式粉砕を行う場合には、湿式粉砕後に、固体電解質の粉末と溶媒とを分離する。両者を分離するには、例えば固体電解質の粉末と有機溶媒とを含むスラリーを、自然ろ過、遠心分離、加圧ろ過、減圧ろ過等による固液分離処理に付すことが好ましい。あるいはそれらの操作をせずに熱風乾燥や減圧乾燥に付してもよい。
【0033】
以上の方法で得られた固体電解質は、固体電解質層、正極層又は負極層を構成する材料として用いることができる。具体的には、正極層と、負極層と、正極層及び負極層の間の固体電解質層とを有する電池に、本発明の固体電解質を用いることができる。つまり固体電解質は、いわゆる固体電池に用いることができる。より具体的には、リチウム固体電池に用いることができる。リチウム固体電池は、一次電池であってもよく、あるいは二次電池であってもよい。電池の形状に特に制限はなく、例えばラミネート型、円筒型及び角型等の形状を採用することができる。「固体電池」とは、液状物質又はゲル状物質を電解質として一切含まない固体電池のほか、例えば50質量%以下、30質量%以下、10質量%以下の液状物質又はゲル状物質を電解質として含む態様も包含する。
【0034】
固体電解質層に本発明の固体電解質が含まれる場合、該固体電解質層は、例えば固体電解質とバインダー及び溶剤からなるスラリーを基体上に滴下し、ドクターブレードなどで擦り切る方法、基体とスラリーとを接触させた後にエアーナイフで切る方法、スクリーン印刷法等で塗膜を形成し、その後加熱乾燥を経て溶剤を除去する方法等で製造できる。あるいは、粉末状の固体電解質をプレス等によって圧粉体とした後、適宜加工して製造することもできる。固体電解質層の厚さは、短絡防止と体積容量密度とのバランスから、典型的には5μm以上300μm以下であることが好ましく、中でも10μm以上100μm以下であることが更に好ましい。
【0035】
本発明の固体電解質は、活物質ともに用いられて電極合剤を構成する。電極合剤における固体電解質の割合は、典型的には10質量%以上50質量%以下である。電極合剤は、必要に応じて導電助剤やバインダー等のほかの材料を含んでもよい。電極合剤と溶剤とを混合してペーストを作製し、アルミニウム箔等の集電体上に塗布、乾燥させることによって、正極層及び/又は負極層などの電極層を作製できる。
【0036】
正極層を構成する正極材としては、リチウムイオン電池の正極活物質として使用されている正極材を適宜使用可能である。例えばリチウムを含む正極活物質、具体的にはスピネル型リチウム遷移金属酸化物及び層状構造を備えたリチウム金属酸化物等を挙げることができる。正極材として高電圧系正極材を使用することで、エネルギー密度の向上を図ることができる。正極材には、正極活物質のほかに、導電化材を含ませてもよく、あるいは他の材料を含ませてもよい。
【0037】
負極層を構成する負極材としては、リチウムイオン電池の負極活物質として使用されている負極材を適宜使用可能である。本発明の固体電解質は電気化学的に安定であることから、リチウム金属又はリチウム金属に匹敵する卑な電位(約0.1V対Li+/Li)で充放電する材料であるグラファイト、人造黒鉛、天然黒鉛、難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)などの炭素系材料を負極材として使用できる。それによって固体電池のエネルギー密度を大きく向上させ得る。また、高容量材料として有望なケイ素又はスズを活物質として使用することもできる。一般的な電解液を用いた電池では、充放電に伴い電解液と活物質が反応し、活物質表面に腐食が生じることに起因して電池特性の劣化が著しい。このこととは対照的に、電解液の代わりに本発明の固体電解質を用い、負極活物質にケイ素又はスズを用いると、上述した腐食反応が生じないので電池の耐久性の向上を図ることができる。負極材についても、負極活物質のほかに導電化材を含ませてもよく、あるいは他の材料を含ませてもよい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0039】
〔実施例1〕
以下の表1に示す組成となるように、Li2S粉末と、P2S5粉末と、LiCl粉末とを、全量で5gになるように秤量した。これらの粉末を、ヘプタンを用いた湿式ボールミルを用いて粉砕混合して混合組成物を得た。混合組成物を焼成して焼成物を得た。焼成は管状電気炉を用いて行った。焼成の間、電気炉内に純度100%の窒素ガスを流通させた。焼成温度は600℃に設定し、4時間焼成した。
得られた焼成物を乳鉢及び乳棒を用いて解砕した。引き続き、ヘプタンを用いた湿式ボールミルで粉砕した。
粉砕された焼成物を、真空引きによって乾燥させて、ヘプタンを除去した。乾燥後の焼成物を目開き1mmの篩で篩い分けして、目的とする固体電解質の粉末を得た。得られた固体電解質は、アルジロダイト型結晶構造を有することを確認した。
【0040】
〔実施例2及び3並びに比較例1ないし3〕
表1に示す組成となるように前記粉末を混合し且つ同表に示す焼成条件を採用した以外は実施例1と同様にして固体電解質の粉末を得た。得られた固体電解質は、アルジロダイト型結晶構造を有することを確認した。
【0041】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた固体電解質について以下の条件でXRD測定を行った。そして、第1範囲ないし第3範囲のそれぞれについて、以下の方法でピークを2つに分離する操作を行った。実施例2及び3並びに比較例2及び3で得られた固体電解質のXRDパターンを
図3及び
図4に示す。また、実施例及び比較例で得られた固体電解質について以下の方法でリチウムイオン伝導率を測定した。それらの結果を以下の表1に示す。
【0042】
〔XRD測定〕
株式会社リガクの粉末X線回折装置「SmartLab SE」を用いて、大気非暴露で測定を行った。測定条件は以下のとおりである。
・管電圧:40kV
・管電流:50mA
・X線:Cu Kα線(CuKα1線とCuKα2線が2:1の強度比で含まれる)
・光学系:集中ビーム法
・検出器:一次元検出器
・測定井範囲:2θ=10-120°
・ステップ幅:0.02°
・スキャンスピード:1°/分
【0043】
〔ピーク分離〕
得られたXRDパターン(IXRD(2θ)と表す)の第1範囲ないし第3範囲の回折パターンを2つのピークP1、P2及び回折パターンのバックグラウンドを表すBGに分離した。すなわち、
IXRD(2θ)=P1+P2+BG
となるようなP1、P2及びBGを導出した。ピーク分離は、ソフトウェア「Microsoft Excel for Office 365」のソルバー機能を用いて、最小二乗法によるカーブフィッティングで行った。ここで、ピークP1及びP2は2θの関数として、以下の式で表した。
【0044】
【0045】
またBGは、第1範囲ないし第3範囲において、各対象範囲の両端2点のデータ点を直線で結んだ一次関数で表した。
【0046】
ここで、I1及びI2はそれぞれ、ピークP1及びP2の強度を表す正の定数である。P11及びP12はそれぞれ、ピークP1を構成するCuKα1線及びCuKα2線に由来する回折線を表す。同様に、P21及びP22はそれぞれ、ピークP2を構成するCuKα1線及びCuKα2線に由来する回折線を表す。カーブフィッティングにおいて、回折線P11及びP12並びにP21及びP22を、半値幅の等しいローレンツ型関数とガウス型関数の重み付きの和である擬Voigt関数を用いて以下のように表した。
【0047】
【0048】
ここで、η11、η12、η21、η22はそれぞれP11、P12、P21、P22におけるローレンツ型成分の割合を表す0以上1以下の定数である。
また、2θ11、2θ12、2θ21、2θ22はそれぞれP11、P12、P21、P22のピークトップ位置を表す正の定数である。
更に、w11、w12、w21、w22はそれぞれP11、P12、P21、P22のピーク幅を表す正の定数である。
【0049】
すなわち、カーブフィッティングでP1及びP2を導出する上でのフリーパラメータは
I1、η11、η12、θ11、θ12、w11、w12
I2、η21、η22、θ21、θ22、w21、w22
である。
ただし、同一相に対するCuKα1線及びCuKα2線に由来する回折線は同じ形状でなければならないとの観点から、
η11=η12、w11=w12、η21=η22、w21=w22
との制約を設けた。
また、η11、η12、η21、η22に対して0以上1以下の制約を設けた。
【0050】
更に、第1範囲ないし第3範囲におけるCuKα1線及びCuKα2線に由来する回折線の位置の差は理論的に0.06°以上0.08°以下となることから、ピーク分離の簡易化のために
2θ12=2θ11+0.07、2θ22=2θ21+0.07
との制約も設けた。
最小二乗法の妥当性の指標は、R<10とした。
カーブフィッティングより、P1とP2の角度差Δ2θは
Δ2θ=2θ21-2θ11として得られる。
【0051】
〔リチウムイオン伝導率〕
実施例及び比較例で得た固体電解質を、十分に乾燥されたArガス(露点-60℃以下)で置換されたグローブボックス内で、約6t/cm2の荷重を加え一軸加圧成形し、直径10mm、厚み約1mm~8mmのペレットからなるリチウムイオン伝導率の測定用サンプルを作製した。サンプルのリチウムイオン伝導率を、東陽テクニカ株式会社のソーラトロン1255Bを用いて測定した。測定は、温度25℃、周波数0.1Hz~1MHzの条件下、交流インピーダンス法によって行った。
【0052】
【0053】
表1に示す結果から明らかなとおり、各実施例で得られた固体電解質においては、XRDの回折パターンにおける第1範囲ないし第3範囲における回折パターンをピーク分離したときに、異なる2つのピークが観察されることが分かる。このことから、各実施例で得られた固体電解質には、異なる2種の相が存在することが分かる。そして、異なる2種の相が存在する各実施例で得られた固体電解質は、比較例の固体電解質に比べてリチウムイオン伝導率が高いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、これまでよりもイオン伝導性が高い固体電解質が提供される。