(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】細胞培養足場材料
(51)【国際特許分類】
C12M 3/02 20060101AFI20241209BHJP
C09D 101/00 20060101ALI20241209BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20241209BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20241209BHJP
C12N 5/074 20100101ALI20241209BHJP
C12N 5/0775 20100101ALI20241209BHJP
C12N 5/0789 20100101ALI20241209BHJP
C12N 5/0797 20100101ALI20241209BHJP
C12N 5/09 20100101ALI20241209BHJP
C12P 19/04 20060101ALN20241209BHJP
【FI】
C12M3/02
C09D101/00
C12N5/071
C12N5/0735
C12N5/074
C12N5/0775
C12N5/0789
C12N5/0797
C12N5/09
C12P19/04 C
(21)【出願番号】P 2020013649
(22)【出願日】2020-01-30
【審査請求日】2023-01-10
【微生物の受託番号】NITE P-1495
(73)【特許権者】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504073126
【氏名又は名称】草野作工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 竜弘
(72)【発明者】
【氏名】安藤 英紀
(72)【発明者】
【氏名】草野 貴友
(72)【発明者】
【氏名】松島 得雄
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-530104(JP,A)
【文献】国際公開第2015/111686(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/111734(WO,A1)
【文献】特許第5752332(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養のための足場材料であって、水である液体媒体、並びに、細菌により生産されたバクテリアセルロース及び分散剤からなる固形分を含有し、前記細菌がグルコンアセトバクター インターメディウス(Gluconacetobacter intermedius)SIID9587株(受託番号NITE P-01495)であり、下記(a
)の物性を有する足場材料:
(a)固形分濃度0.1±0.006%(w/v)で波長500nmの光の透過率が35%以上である
。
【請求項2】
前記バクテリアセルロースが、前記細菌により、砂糖、砂糖を製造する際に生じるスクロースを含有する副産物及びこれらの加水分解物、並びに異性化糖からなる群から選択される1又は2以上を資化して生産されたものである、請求項1に記載の足場材料。
【請求項3】
前記バクテリアセルロースがグルコース、フルクトース、及び糖蜜からなる群から選択される1又は2以上を資化して生産されたものである、請求項1又は2に記載の足場材料。
【請求項4】
前記培養が静置培養である、請求項1~3のいずれか一項に記載の足場材料。
【請求項5】
前記培養が浮遊培養である、請求項1~3のいずれか一項に記載の足場材料。
【請求項6】
前記培養が3次元培養である、請求項1~3のいずれか一項に記載の足場材料。
【請求項7】
前記細胞が癌細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の足場材料。
【請求項8】
前記細胞が幹細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の足場材料。
【請求項9】
前記細胞が初代培養細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の足場材料。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の足場材料を含有する培地組成物。
【請求項11】
細胞培養容器のコーティング剤であって、請求項1~9のいずれか一項に記載の足場材料を含有するコーティング剤。
【請求項12】
細胞のスフェロイドを製造する方法であって、請求項1~9のいずれか一項に記載の足場材料の存在下で細胞を培養する工程を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養足場材料及びこれに関連する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養足場材料として、マトリゲル(Matrigel(商標) Basement Membrane Matrix、CORNING、NY、USA)が汎用されている(非特許文献1)。マトリゲルは、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出したものであり、ラミニンを主成分とし、他にIV型コラーゲン、ヘパリン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン/ニドゲン、及び数々の成長因子を含んでいる。このように、マトリゲルは動物由来の成分を含有するため、その使用が制約されるという問題がある。
【0003】
また、脱アシル化ジェランガムを含有する培地を用いて細胞を培養することによりスフェロイド(凝集塊)を形成することも知られている(特許文献1)。しかし、この方法では、スフェロイドの形成効率が十分ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Gravesら, Breast Cancer Research (2016) 18:11 1~17頁
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、細胞培養に好適に用いられる足場材料を提供することを1つの課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討した結果、細菌により生産されたバクテリアセルロースが細胞培養足場材料として好適であることを見出した。例えば、本発明者らは、バクテリアセルロースを細胞培養足場材料として用いると、各種細胞のスフェロイド(凝集塊)を簡便に形成することができ、培養時間の経過に伴ってスフェロイドを成長(例えば、数及び/又は大きさを増大)させることができることを見出した。また、本発明者らは、バクテリアセルロースを用いた場合、マトリゲルを用いた場合と同じようにスフェロイドの成長速度に優れること、ジェランガムを用いた場合に比べてスフェロイドの形成効率に優れることを見出した。さらに、本発明者らは、肝がん細胞について、バクテリアセルロースの存在下での培養物(スフェロイド)は、バクテリアセルロースの非存在下での培養物と比べて、各種薬物代謝酵素(CYP)の活性が上昇することを見出した。さらにまた、本発明者らは、幹細胞(例えば、iPS細胞)について、バクテリアセルロースの存在下で培養すると、未分化のままスフェロイドを形成することができ、各種細胞(例えば、内皮細胞)に分化誘導することが可能であることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいて、更に検討を重ねて本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下の態様を包含する。
[1]細胞培養のための足場材料であって、細菌により生産されたバクテリアセルロースを含有し、下記(a)の物性を有する足場材料:
(a)固形分濃度0.1±0.006%(w/v)で波長500nmの光の透過率が35%以上である。
[2]前記バクテリアセルロースが、前記細菌により、砂糖、砂糖を製造する際に生じるスクロースを含有する副産物及びこれらの加水分解物、並びに異性化糖からなる群から選択される1又は2以上を資化して生産されたものである、[1]に記載の足場材料。
[3]前記バクテリアセルロースがグルコース、フルクトース、及び糖蜜からなる群から選択される1又は2以上を資化して生産されたものである、[1]又は[2]に記載の足場材料。
[4]前記細菌がグルコンアセトバクター インターメディウス(Gluconacetobacter intermedius)である、[1]~[3]のいずれか一項に記載の足場材料。
[5]前記細菌がグルコンアセトバクター インターメディウス(Gluconacetobacter intermedius)SIID9587株(受託番号NITE BP-01495)である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の足場材料。
[6]前記培養が静置培養である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の足場材料。
[7]前記培養が浮遊培養である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の足場材料。
[8]前記培養が3次元培養である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の足場材料。
[9]前記細胞が癌細胞である、[1]~[8]のいずれか一項に記載の足場材料。
[10]前記細胞が幹細胞である、[1]~[8]のいずれか一項に記載の足場材料。
[11]前記細胞が初代培養細胞である、[1]~[8]のいずれか一項に記載の足場材料。
[12][1]~[11]のいずれか一項に記載の足場材料を含有する培地組成物。
[13]細胞培養容器のコーティング剤であって、[1]~[11]のいずれか一項に記載の足場材料を含有するコーティング剤。
[14]細胞のスフェロイドを製造する方法であって、[1]~[11]のいずれか一項に記載の足場材料の存在下で細胞を培養する工程を含む方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、細胞培養に好適に用いられる足場材料が提供される。本発明の足場材料を用いると、例えば、各種細胞のスフェロイドを簡便に形成することができ、培養時間の経過に伴ってスフェロイドを成長(例えば、数及び/又は大きさを増大)させることができる。また、本発明の足場材料は、スフェロイドの成長速度及び形成効率の点で優れている。さらに、本発明の足場材料の存在下で肝がん細胞を培養すると、各種薬物代謝酵素(CYP)の活性を増大させることができる。さらにまた、本発明の足場材料の存在下で幹細胞(例えば、iPS細胞)を培養すると、未分化のままスフェロイドを形成することができ、各種細胞(例えば、内皮細胞)に分化誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、各種がん細胞を実施例の足場材料上で培養した場合と前記足場材料を用いることなく培養した場合で、スフェロイドの形成の有無を観察した顕微鏡写真である。
【
図2】
図2は、各種がん細胞を実施例の足場材料上で培養した場合における、スフェロイドの大きさ又は数の経時変化を示したグラフである。
【
図3】
図3は、MCF-7ヒト乳がん細胞を実施例の足場材料上で培養した後、免疫染色した場合の顕微鏡写真である。
【
図4】
図4は、MCF-7ヒト乳がん細胞を実施例の足場材料上で培養した場合とマトリゲル上で培養した場合で、スフェロイドの成長速度を比較した顕微鏡写真である。
【
図5】
図5は、HepG2ヒト肝がん細胞を実施例の足場材料上で培養した場合と前記足場材料を用いることなく培養した場合で、CYP分子種の活性を比較した図である。
【
図6】
図6は、各種がん細胞を、実施例の足場材料を含有する培地組成物中で浮遊培養した場合の顕微鏡写真である。
【
図7】
図7は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を実施例の足場材料上で培養した場合と前記足場材料を用いることなく培養した場合で、スフェロイドの形成の有無を観察した顕微鏡写真である。
【
図8】
図8は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を実施例の足場材料上で培養した場合と前記足場材料を用いることなく培養した場合で、未分化マーカーの発現を観察した顕微鏡写真である。
【
図9】
図9は、分散剤濃度の異なる足場材料を用いて3次元培養した場合の顕微鏡写真である。
【
図10】
図10は、分散剤濃度の異なる足場材料を用いて浮遊培養した場合の顕微鏡写真である。
【
図11】
図11は、各種がん細胞を、実施例の足場材料又はジェランガムを含有する培地組成物中で浮遊培養した場合の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[細胞培養のための足場材料]
細胞培養のための足場材料(以下、単に「足場材料」という場合がある。)は、細菌により生産されたバクテリアセルロース(以下、単に「バクテリアセルロース」という場合がある。)を含有する。
【0012】
細胞としては、特に制限はなく任意の細胞を用いることができ、例えば、動物又は植物に由来する細胞を用いることができる。細胞は、動物に由来する細胞であることが好ましい。動物としては、例えば、哺乳類が挙げられ、哺乳類の具体例としては、例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、サルなどが挙げられる。
【0013】
細胞は、いずれの組織又は臓器に由来する細胞であってもよい。組織又は臓器としては、例えば、皮膚、骨、軟骨、血管組織、筋肉、脳、眼、神経、肺、胸腺、乳腺、胃、結腸、小腸、大腸、心臓、膵臓、腎臓、脾臓、肝臓、子宮、卵巣、精巣、膀胱、前立腺、口腔粘膜などが挙げられる。
【0014】
一実施態様において、細胞は、生殖細胞、体細胞、幹細胞、及びがん細胞から選択される一種であることが好ましい。細胞は、初代培養細胞(例えば、初代肝細胞;初代ES細胞、初代iPS細胞などの初代幹細胞)であってもよく、継代培養細胞であってもよく、株化細胞であってもよく、改変(例えば、遺伝子改変)された細胞であってもよい。
【0015】
生殖細胞としては、例えば、卵原細胞、卵母細胞、精原細胞、精母細胞などが挙げられる。
【0016】
体細胞としては、例えば、繊維芽細胞、骨髄細胞、免疫細胞(Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、マクロファージ、単球など)、臓器由来の細胞(肝細胞、脾細胞、膵細胞、腎細胞、胚細胞など)、筋組織系細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、筋芽細胞、心筋細胞など)、神経細胞、グリア細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、表皮細胞、間質細胞、脂肪細胞、及びこれらの前駆細胞などが挙げられる。
【0017】
幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞、胚性生殖幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞などが挙げられる。
【0018】
がん細胞において、がんの種類としては、例えば、脳腫瘍、舌がん、喉頭がん、肺がん、乳がん、胃がん、大腸がん(結腸がん、直腸がんなど)、食道がん、膵臓がん、扁平上皮細胞がん、腎臓がん、肝がん、胆管がん、子宮頸がん、子宮内膜がん、卵巣がん、精巣がん、前立腺がん、膀胱がん、白血病、骨肉種などが挙げられる。
【0019】
細胞の培養方法は、細胞の種類などに応じて、適宜選択することができる。培養は、静置培養であってもよく、浮遊培養であってもよい。培養は、フィーダー細胞及び/又は細胞接着タンパク質を用いない培養であることができる。培養は、2次元培養(平面培養)であってもよく、3次元培養であってもよいが、3次元培養であることが好ましい。足場材料は、スフェロイドの形成、さらにはスフェロイドの成長(例えば、数及び/又は大きさの増大)のために特に好適に用いることができる。
【0020】
培養の開始時に播種する細胞数は、例えば1×103個/cm2或いは1×103個/mL以上、好ましくは1×104個/cm2或いは1×104個/mL以上であり、例えば1×106個/cm2或いは1×106個/mL以下、好ましくは1×105個/cm2或いは1×105個/mL以下である。
【0021】
培養温度は、特に制限されないが、例えば36~38℃であり、好ましくは約37℃である。
【0022】
培養雰囲気は、特に制限されないが、例えば、空気と炭酸ガスの混合ガスであってもよい。混合ガス中の炭酸ガスの割合は、例えば、約5%(v/v)であってもよい。
【0023】
培養期間は、特に制限されないが、例えば1~15日、好ましくは2~10日である。
【0024】
足場材料とは、細胞培養において細胞の足場として機能する材料又は基材を意味する。足場材料は、培地と共に用いられる材料であり、培地とは別々に存在させて(例えば、細胞培養容器に足場材料及び培地をこの順で混合しないように添加する等により、足場材料と培地が別々の層として存在する形態で)用いられる材料であってもよく、培地中に混合又は分散させて用いられる材料であってもよい。
【0025】
足場材料は、通常、バクテリアセルロースに加えて、液体媒体を含有する。液体媒体としては、例えば、水、有機溶媒が挙げられる。有機溶媒としては、例えば、アルコール(例:メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール)、エーテル(例:テトラヒドロフラン)、ケトン(例:アセトン)、アミド(例:ジメチルホルムアミド)、ニトリル(例:アセトニトリル)などが挙げられる。液体媒体は、1種単独であってもよく2種以上を組み合わせてもよい。足場材料の形態は、例えば、液体、ゲルなどの形態であることができる。
【0026】
足場材料中の固形分の割合は、例えば、0.1%(w/v)以上、好ましくは0.5%(w/v)以上であり、例えば、2.5%(w/v)以下、好ましくは2%(w/v)以下である。足場材料中の固形分の割合は、例えば、足場材料の絶対乾燥状態の重量を測定することにより、算出することができる。足場材料中のバクテリアセルロースの割合も同様の範囲から選択することができる。
【0027】
足場材料は、固形分濃度0.1±0.006%(w/v)で波長500nmの光の透過率が35%以上の物性(a)を有している。ここで、固形分濃度0.1±0.006%(w/v)で波長500nmの光の透過率としては、35%以上のほか、例えば、36%以上、37%以上、38%以上、39%以上、40%以上、35%以上99%以下、36%以上99%以下、37%以上99%以下、38%以上99%以下、40%以上99%以下、35%以上95%以下、36%以上95%以下、37%以上95%以下、38%以上95%以下、40%以上95%以下、35%以上90%以下、36%以上90%以下、37%以上90%以下、38%以上90%以下、40%以上90%以下、35%以上85%以下、36%以上85%以下、37%以上85%以下、38%以上85%以下、40%以上85%以下、35%以上80%以下、36%以上80%以下、37%以上80%以下、38%以上80%以下、40%以上80%以下などを挙げることができる。
【0028】
前記透過率は、例えば、足場材料の固形分濃度を0.1±0.006%(w/v)となるように調整した後、セルに1mLずつ加えて、分光光度計(U-2001形ダブルビーム分光光度計;株式会社日立製作所)に供することにより、測定することができる。なお、セルにはポリスチレン製ディスポーザブルキュベット(セミミクロ、光路長10mm、光路幅4mm)を使用し、リファレンスには超純水を使用することができる。
【0029】
バクテリアセルロースは、パルプ由来セルロースナノファイバーなどの植物由来のセルロースと比較して大きい平均分子量を有していてもよい。セルロースの平均分子量は、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィーのクロマトグラムを指標として測定することができ、前記クロマトグラムのピークトップの保持容量が大きいほど平均分子量が小さく、保持容量が小さいほど平均分子量が大きいという関係が成り立つ。すなわち、バクテリアセルロースは、下記i)~vi)の条件下で行うゲル浸透クロマトグラフィーのクロマトグラムのピークトップの保持容量が2.5mL以上3.0mL未満である物性を有していてもよい。
i)カラムが粒子径9μmのメタクリレートポリマーを充填した内径6.0mmおよび長さ15cmであること、
ii)ガードカラムが内径4.6mm、長さ3.5cmであること、
iii)カラム温度が35℃であること、
iv)送液速度が0.07mL/分であること、
v)溶離液が40~42%(w/w)水酸化テトラブチルホスホニウム水溶液であること、
vi)溶離液における固形分の終濃度が0.2%(w/v)であること。
【0030】
バクテリアセルロースは、パルプ由来セルロースナノファイバーなどの植物由来のセルロースと比較して高いアスペクト比を有し得る。一実施態様において、バクテリアセルロースのアスペクト比は、500以上、1000以上、2000以上、3000以上、4000以上、5000以上、6000以上、7000以上、8000以上、9000以上、又は10000以上であってもよい。
【0031】
バクテリアセルロースの繊維幅は、例えば1~1000nm、好ましくは2~500nm、より好ましくは3~100nm、さらに好ましくは5~70nmである。一実施態様において、バクテリアセルロースは、繊維幅20~30nmの割合が80%以上(例えば、85~95%)、好ましくは90%以上であるバクテリアセルロースであってもよい。繊維幅は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察することにより測定することができる。
【0032】
バクテリアセルロースは、例えば、微細なネットワーク構造を形成することができ、高強度である。また、バクテリアセルロースは、高い保水性、高い生体適合性を有することができる。
【0033】
バクテリアセルロースは、例えば、炭素源を含有する培地中で細菌を培養してバクテリアセルロースを生産させることにより製造することができる。
【0034】
炭素源としては、例えば、グルコース、フルクトースなどの単糖、スクロース、マルトース、ラクトースなどの二糖、オリゴ糖、砂糖、砂糖を製造する際に生じるスクロースを含有する副産物、これらの加水分解物、異性化糖、澱粉加水分解物などの糖類やマンニトール、エタノール、酢酸、クエン酸、グリセロールなどを挙げることができ、細菌の種類や培養条件、製造コストなどにより適宜設定することができる。
【0035】
砂糖とは、スクロースを主成分とする甘味料をいい(広辞苑第6版)、化学合成されたものでもよく、サトウキビや甜菜(砂糖大根)、サトウカエデ、サトウヤシ(オウギヤシ)、スイートソルガム(サトウモロコシ)などの天然物を原料として製造されたものでもよい。砂糖としては、例えば、黒砂糖や白下糖、カソナード(赤砂糖)、和三盆、メープルシュガーなどの含蜜糖や、粗糖や精製糖などの分蜜糖を挙げることができる。精製糖としては、例えば、白双糖や中双糖、グラニュー糖などのザラメ糖、上白糖や三温糖などの車糖、角砂糖や氷砂糖、粉砂糖、顆粒糖などの加工糖のほか、液糖などを挙げることができる。
【0036】
砂糖を製造する際に生じるスクロースを含有する副産物とは、砂糖の製造工程において生じる副産物のうちスクロースを含有するものをいい、具体的には、例えば、上述のサトウキビや甜菜などの天然物原料の絞りかすや、糖蜜、濾過やイオン交換樹脂による精製工程で生じる残渣を挙げることができる。
【0037】
二糖やオリゴ糖、砂糖、砂糖を製造する際に生じるスクロースを含有する副産物の加水分解物とは、二糖やオリゴ糖、砂糖、砂糖を製造する際に生じるスクロースを含有する副産物に対して、酸性溶液中で加熱するなどの加水分解処理を施して得られる物をいう。
【0038】
炭素源は、グルコース、フルクトース、及び糖蜜から選択される少なくとも一種であることが好ましい。
【0039】
培地中の炭素源の割合は、例えば1%(w/v)以上、好ましくは5%(w/v)以上であり、例えば10%(w/v)以下、好ましくは5%(w/v)以下である。
【0040】
炭素源以外の培地の成分は、分散剤を含有することが好ましい。培地としては、例えば、炭素源、分散剤、窒素源、無機塩類、その他必要に応じてアミノ酸、ビタミンなどの有機微量栄養素を含有する培地を挙げることができる。
【0041】
分散剤としては、CMC(カルボキシメチルセルロース)などの親水性分散剤、HEC(ヒドロキシエチルセルロース)、HPC(ヒドロキシプロピルセルロース)などの両親媒性分散剤を挙げることができる。これらのうち、スフェロイドの形成及び成長の点から、HEC、HPCなどの両親媒性分散剤が好ましい。
【0042】
培地中の分散剤の割合は、例えば0.1%(w/v)以上、好ましくは0.5%(w/v)以上、より好ましくは1%(w/v)以上、さらに好ましくは1.5%(w/v)以上であり、例えば3%(w/v)以下、好ましくは2.5%(w/v)以下である。
【0043】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウムなどのアンモニウム塩、硝酸塩、尿素、ペプトンなどの有機又は無機の窒素源を挙げることができる。
【0044】
培地中の窒素源の割合は、例えば0.1%(w/v)以上、好ましくは0.5%(w/v)以上であり、例えば2%(w/v)以下、好ましくは1%(w/v)以下である。
【0045】
無機塩類としては、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩などを挙げることができる。
【0046】
培地中の無機塩類の割合は、例えば0.005%(w/v)以上、好ましくは0.01%(w/v)以上、より好ましくは0.05%(w/v)以上、さらに好ましくは0.1%(w/v)以上、特に好ましくは0.2%(w/v)以上であり、例えば1%(w/v)以下、好ましくは0.5%(w/v)以下である。
【0047】
有機微量栄養素としては、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸、核酸、さらには、これらの栄養素を含むペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆蛋白加水分解物などを挙げることができる。生育にアミノ酸を要求する栄養要求性変異株を用いる場合には、要求される栄養素をさらに補添することができる。
【0048】
細菌としては、バクテリアセルロースを生産することができる細菌であれば特に限定されないが、撹拌培養や通気培養によりバクテリアセルロースを生産することができる細菌が好ましい。具体的には、例えば、アセトバクター属細菌やグルコンアセトバクター属細菌、シュードモナス属細菌、アグロバクテリウム属細菌、リゾビウム属細菌、エンテロバクター属細菌などを挙げることができ、より具体的には、Gluconacetobacter intermediusやGluconacetobacter hansenii、Gluconacetobacter swingsii、Acetobacter pasteurianus、Acetobacter aceti、Acetobacter xylinum、Acetbacter xylinum subsp.sucrofermentans、Acetbacter xylinum subsp.nonacetoxidans、Acetobacter ransens、Sarcina ventriculi、Bacterium xyloides、Enterobacter sp.などを挙げることができるが、これらのうち、Gluconacetobacter intermediusが好ましい。よりさらに具体的には、Gluconacetobacter intermedius SIID9587株(NEDO-01株)(受託番号NITE BP-01495)、Gluconacetobacter xylinus ATCC53582株、Gluconacetobacter hansenii ATCC23769株やGluconacetobacter xylinus ATCC700178(BPR2001)株、Gluconacetobacter swingsii BPR3001E株、Acetobacter xylinum JCM10150株、Enterobacter sp.CJF-002株などを挙げることができ、これらのうち、Gluconacetobacter intermedius SIID9587株(NEDO-01株)(受託番号NITE BP-01495)が好ましい。
【0049】
培養方法としては、例えば、静置培養、撹拌培養などを挙げることができる。撹拌培養としては、具体的には、ファーメンターを用いた通気を行わない培養(無通気撹拌培養)、ファーメンターを用いた通気を行う培養(通気攪拌培養)、羽根付きフラスコを用いた左右に揺れる培養(振とう培養)、羽根付きフラスコを用いた回転式培養(旋回培養)などを挙げることができる。また、培養条件は上述の細菌の培養に用いられる公知の培養条件とすることができ、例えば、通気量1~10L/分、回転数100~800rpm、温度20~40℃、培養期間1日~7日間の培養条件を挙げることができる。
【0050】
バクテリアセルロースの製造においては、必要に応じて、炭素源の前処理工程、前々培養工程、前培養工程、バクテリアセルロースの精製、乾燥、懸濁工程などを行うことができる。バクテリアセルロースは、例えば、特許第5752332号、Cellulose (2013) 20:2971-2979などの記載に従って製造することができる。
【0051】
足場材料には、通常、バクテリアセルロースの製造に用いられた分散剤が含まれ、足場材料の固形分は、通常、バクテリアセルロース及び分散剤からなる。足場材料の固形分に対する分散剤の割合は、例えば1%(w/w)以上、好ましくは3%(w/w)以上であり、例えば40%(w/w)以下、好ましくは35%(w/w)以下、さらに好ましくは30%(w/w)以下である。このような割合に調整することにより、適度な疎水性及び/又は親水性を有し、スフェロイドの形成効率を高くすることができる。なお、足場材料の固形分に対する分散剤の割合は、慣用の方法により測定することができ、例えば、分散剤がCMCの場合、医薬品添加物規格 結晶セルロース・カルメロースナトリウムのカルメロースナトリウムの定量方法に従って測定することができ、分散剤がHPCの場合、日本薬局方 ヒドロキシプロピルセルロースの定量方法に従って測定することができる。
【0052】
[培地組成物]
培地組成物は、前記バクテリアセルロース又は前記足場材料を含有する限り、特に制限されない。培地組成物の培地は、通常、炭素源、窒素源、無機塩類、及びビタミンを含有する基礎成分が挙げられる。このような基礎成分としては、例えば、MEM(Minimum Essential Medium)、BME(Basal Medium Eagle)、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)、EMEM(Eagle’s Minimal Essential Medium)、α-MEM(Minimum Essential Medium alpha Modification)、IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、GMEM(Glasgow Minimum Essential Medium)、F12(Ham’s F12 Medium)、DMEM/F12、RPMI1640、L-15、McCoy’s 5A、199、リヒターCM、リプロセル社の製品(例えば、Primate ES Cell Medium、ReproStem、ReproFF、ReproFF2、ReproXF)、プロモセル社の製品(例えば、hPSC Growth medium DXF)などが挙げられる。基礎成分には、他の成分(例えば、ウシ胎児血清(FBS)などの血清;FGFなどの成長因子;ペニシリン、ストレプトマイシンなどの抗生物質;Y-27632)を添加してもよい。
【0053】
培地組成物中の足場材料(固形分)の割合は、例えば0.05%(w/v)以上、好ましくは0.1%(w/v)以上であり、例えば1%(w/v)以下、好ましくは0.5%(w/v)以下である。培地組成物中のバクテリアセルロースの割合も同様の範囲から選択することができる。
【0054】
培地組成物は、滅菌されたものであってもよい。培地組成物は、高温耐久性があり、オートクレーブ滅菌又は乾熱滅菌に供したとしても分解しないため、オートクレーブ滅菌又は乾熱滅菌されたものであってもよい。
【0055】
[細胞培養容器のコーティング剤]
細胞培養容器のコーティング剤は、前記バクテリアセルロース又は前記足場材料を含有する限り、特に制限されない。コーティング剤は、通常、細胞培養容器の細胞培養面に適用され、細胞培養の足場を形成するために用いられる。
【0056】
細胞培養容器の形状としては、例えば、ディッシュ、マルチウェルプレート、フラスコ、セルインサート、メンブレンなどが挙げられる。
【0057】
細胞培養容器の材質としては、例えば、ポリマー、ガラス、改質ガラス、セラミックス、金属などが挙げられる。ポリマーとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネート、トリアセチルセルロース、ポリイミド、ナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルスルホン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクタンなどが挙げられる。
【0058】
コーティング剤中の足場材料(固形分)の割合は、例えば0.1%(w/v)以上、好ましくは0.5%(w/v)以上であり、例えば2.5%(w/v)以下、好ましくは2%(w/v)以下である。コーティング剤中のバクテリアセルロースの割合も同様の範囲から選択することができる。
【0059】
コーティング剤は、滅菌されたものであってもよい。コーティング剤は、高温耐久性があり、オートクレーブ滅菌又は乾熱滅菌に供したとしても分解しないため、オートクレーブ滅菌又は乾熱滅菌されたものであってもよい。
【0060】
[細胞のスフェロイドの製造方法]
細胞のスフェロイドを製造する方法は、前記バクテリアセルロース又は前記足場材料の存在下で細胞を培養する工程を含む。細胞及び培養条件は、足場材料に記載したものから選択することができる。
【0061】
スフェロイドの直径(円相当径)は、特に制限されないが、例えば40μm以上、好ましくは50μm以上であり、例えば1,500μm以下、好ましくは1,000μm以下である。スフェロイドの数は、特に制限されないが、例えば100個/cm2或いは100個/mL以上、好ましくは200個/cm2或いは200個/mL以上であり、例えば2,000個/cm2或いは5,000個/mL以下、好ましくは1,500個/cm2或いは3,000個/mL以下である。
【実施例】
【0062】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0063】
細胞懸濁液の調製
Colon26マウス結腸がん細胞(RIKEN BRC、RCB2657)、HepG2ヒト肝がん細胞(RIKEN BRC、RCB1648)、MCF-7ヒト乳がん細胞(RIKEN BRC、RCB1904)、4T1マウス乳がん細胞(JCRB細胞バンク、JCRB1447)、MKN45ヒト胃がん細胞(RIKEN BRC、RCB1001)をそれぞれディッシュ上に播種し、5% CO2濃度、37℃のインキュベーター内で培養した。その後、1.0×105 cells/mLとなるようにRPMI培地(10% FBSおよびペニシリン/ストレプトマイシン含有)を加えて細胞懸濁液を調製した。なお、細胞懸濁液中の細胞数は、Countess II Automated Cell Counter(Thermo Fisher Scientific、MA、USA)を用いて計測した。
【0064】
足場材料の調製
前培養および本培養には、HS(Hestrin-Schramm)培地(組成:bacto pepton 0.5w/v%、yeast extract 0.5w/v%、Na2HPO4 0.27w/v%、クエン酸 0.115w/v%、炭素源2w/v%)に2w/v%のCMCを添加したものを調製して使用した。
まず、HS培地(炭素源:グルコース)を用いてNEDO-01株(G.intermedium SIID9587株)の前培養を行い、菌体を増殖させた。次に、前培養液を5 LのHS培地(炭素源:糖蜜)に植菌して、ファーメンター(高杉製作所製)を用いて、通気量1vvm、回転数100-250rpm、温度30℃の条件下で通気撹拌培養を50-72時間行うことにより本培養を行った。本培養を行って得られた培養液(本培養液)に1.0w/v% NaOH水溶液を加えて70℃、100rpmで2時間撹拌することにより菌体成分を除去した。溶菌はAFMで観察し残存菌体の有無を確認した。そこに純水を加えて遠心分離を行った後、上清を除去する操作を、湿潤状態で沈殿物のpHが7以下となるまで繰り返し行うことにより生産物を精製し、固形分濃度1.0w/v% NFBC-CMCを作製した。当該濃度は、NFBC-CMC(ゾル)を105℃で2時間加熱した後(絶対乾燥状態)の重量を測定し、NFBC-CMC(ゾル)を水で希釈することにより調整した。1.0w/v% NFBC-CMCを高圧蒸気滅菌(121℃、20分間)した。滅菌処理したNFBC-CMCを超純水で希釈することで、0.5w/v% NFBC-CMCを調製した(固形分中のCMC濃度:13.6±0.3w/w%)。また、CMCをHPCに代えた以外は同様にして0.5w/v% NFBC-HPCを作製した(固形分中のHPC濃度:12.7±2.9w/w%)。これらのNFBC-CMCおよびNFBC-HPCについて、波長500 nmの光の透過率を次の方法により測定した。
【0065】
(透過率の測定)
NFBC-CMC又はNFBC-HPCの固形分最終濃度を0.1±0.006w/v%となるように調整した後、セルに1 mLずつ加えて、分光光度計(U-2001形ダブルビーム分光光度計;株式会社日立製作所)に供して波長500 nmの光の透過率を測定した。セルにはポリスチレン製ディスポーザブルキュベット(セミミクロ、光路長10 mm、光路幅4 mm)を使用し、リファレンスには超純水を使用した。透過率は上記測定を3回繰り返して平均することにより求めた。
【0066】
(透過率の結果)
NFBC-CMCの透過率は72.3±4.0%、NFBC-HPCの透過率は70.9±1.8%であった。
【0067】
NFBC-HPCを用いた細胞の3次元培養
0.5w/v% NFBC-HPCを12 well plateまたは24 well plateにそれぞれ500 μLまたは250 μLずつ加えて静置した。細胞懸濁液(1.0×105cells/mL)をそれぞれ1 mLまたは500 μLずつ、NFBC-HPC上にゆっくりと滴下した。その後、37℃、5% CO2環境下で数日間培養し、HSオールインワン蛍光顕微鏡BZ-9000(KEYENCE、大阪、日本)またはルーチン倒立顕微鏡Primo Vert(ZEISS、Oberkochen、Germany)を用いてスフェロイドの観察および撮影を行った。
【0068】
結果
がん種(Colon26、HepG2、MCF-7、4T1、およびMKMN45)の全てにおいて、NFBC-HPC上で培養(3次元培養)することでスフェロイドを形成した(
図1)。NFBC-HPCを加えることなく細胞懸濁液のみで培養(平面培養)した場合、いずれの細胞においても横方向の増殖しか示さず、スフェロイドは形成されなかった。
【0069】
スフェロイドの大きさおよび数の定量
作製したスフェロイドの大きさおよび数を画像処理ソフト(ImageJ)を用いて定量化した。40 μm以上の大きさの細胞塊をスフェロイドとして評価した。
【0070】
結果
作製したスフェロイドの成長を、スフェロイドの大きさ(直径)と数の変化で評価した(
図2)。HepG2およびColon26のスフェロイドは、培養日数依存的にスフェロイド径も大きくなる傾向を示した。スフェロイドの数(直径40 μm以上のスフェロイド)は、HepG2、Colon26、4T1、およびMCF-7のいずれのスフェロイドにおいても、培養日数依存的に増える傾向を示した。
【0071】
スフェロイドの免疫染色
0.5w/v% NFBC-CMCを24 well plateに250 μLずつ加えて静置した。MCF-7細胞懸濁液(1.0×105 cells/mL)を500 μLずつ、NFBC-CMC上にゆっくりと滴下し、37℃、5% CO2環境下で数日間培養した。リン酸緩衝液(PBS (-))を各ウェルに1 mLずつ加え、ゆっくりとピペッティングを行った後、全量を15 mLチューブ(Thermo Fisher Scientific)に移し、遠心分離(1,000 rpm、4℃、5分~15分間)した。PBS (-)で細胞を洗い、4%パラホルムアルデヒドを1 mL加えて細胞を懸濁し、1時間室温静置することで細胞を固定した。PBS (-)で細胞を洗い、0.5 μg/mLのα-Tubulin Monoclonal Antibody(Thermo Fisher Scientific)を1 mL加えて再懸濁し、ROTARY MIXER NRC-20D(NISSIN、東京、日本)にセットして回転させながら24時間室温で反応させた。PBS (-)で細胞を洗い、10 μg/mLのHoechst 33342(DOJINDO、熊本、日本)を1 mL加えて再懸濁し、2時間室温で静置することで反応させた。PBS (-)で細胞を洗い、PBS (-)を1 mL加えて再懸濁した。調製したスフェロイド懸濁液をIWAKI GLASS BASE DISH(AGCテクノグラス株式会社、静岡、日本)に160 μL滴下し、カバーガラス(松浪硝子工業株式会社、大阪、日本)を被せ、共焦点レーザー顕微鏡LSM700(ZEISS)を用いて観察、撮影した。
【0072】
結果
青色が細胞核、緑色が細胞骨格のα-Tubulinをそれぞれ示している(
図3)。作製したスフェロイドは青色で示した核が複数存在することから、幾つかの細胞が集まって構成されていることを示した。また、作製したスフェロイドでは、通常の細胞と同様に、α-Tubulinのような細胞骨格タンパク質も発現した。
【0073】
マトリゲルを用いた3次元培養との比較検討
0.5w/v% NFBC-CMCを24 well plateに250 μLずつ加えて静置した。MCF-7細胞懸濁液(1.0×105 cells/mL)を500 μLずつ、NFBC-CMC上にゆっくりと滴下し、37℃、5% CO2環境下で数日間培養した。マトリゲル(Matrigel(商標) Basement Membrane Matrix、CORNING、NY、USA)は推奨プロトコルに従い、24 well plateにコートした上にMCF-7細胞懸濁液(1.0×105 cells/mL)を500 μLずつ滴下し、37℃、5% CO2環境下で数日間培養した。
【0074】
結果
NFBC-CMC上でMCF-7細胞を培養したところ、培養日数依存的にスフェロイド数が顕著に増加する様子が認められた(
図4)。またこの増殖速度は、3次元培養で汎用されるマトリゲルを使った場合と比較して、ほぼ同程度であった。
【0075】
HepG2細胞の3次元培養とCYP分子種の活性評価
0.5w/v% NFBC-HPCを24 well plateに250 μLずつ加えて静置した。HepG2細胞懸濁液(1.0×105 cells/mL)を500 μLずつ、NFBC-HPC上にゆっくりと滴下し、37℃、5% CO2環境下で7日間培養した。培養上清を除去し、PBS (-)を500 μL加えて細胞を洗った。上清を除去した後、各CYP分子種(CYP3A4、CYP2C9、およびCYP2C19)の活性を測定した。CYP活性の評価はP450-Glo-CYP3A4-Assay-and-Screening-System(プロメガ、東京、日本)、P450-Glo-CYP2C9-Assay-and-Screening-System(プロメガ)、またはP450-Glo-CYP2C19-Assay-and-Screening-System(プロメガ)を用い、推奨プロトコルに従って以下の通りに評価した。CYP3A4、CYP2C9、CYP2C19の基質となる試薬をDMEMでそれぞれ1,000倍、50倍、1,000倍に希釈し、細胞を培養した各ウェルに300 μLずつ添加した。この時、バックグラウンドとして空のウェルにも希釈した各基質を等量添加した。その後、37℃、5% CO2環境下でそれぞれ1時間、4時間、2時間反応させた。96 well white plate(Greiner Bio One、Cremsmunster、Austria)に培養上清25 μLと反応試薬25 μLを加え、室温で20分間静置した。その後、EnSpire(PerkinElmer、MA、USA)を用い、発光強度を測定することでCYP活性を評価した。
【0076】
結果
作製したHepG2スフェロイドを用い、CYP活性を評価した(
図5)。CYP分子種(CYP3A4、CYP2C9、およびCYP2C19)において、平面培養した細胞では活性が全く認められなかった。一方、NFBC-HPCを用いて作製したHepG2スフェロイドでは、いずれのCYP分子種活性も顕著に上昇した。
【0077】
浮遊培養によるスフェロイド形成
NFBC-HPCの固形分最終濃度が0.1w/v%となるようにRPMI培地(10% FBSおよびペニシリン/ストレプトマイシン含有)と混合し、NFBC-HPC含有培地を調製した。HepG2あるいはColon26の細胞懸濁液を調製し、1.0×104cells/mLとなるようにNFBC-HPC含有培地に加え、NuncTM EasYFlaskTM25cm2(Thermo Fisher Scientific)を用いて、37℃、5% CO2環境下で数日間培養した。培養中、ルーチン倒立顕微鏡Primo Vert(ZEISS)を用い、観察および撮影を行った。
【0078】
結果
0.1w/v% NFBC-HPCを含む培地中において、HepG2細胞あるいはColon26細胞を浮遊培養したところ、いずれの細胞を用いても直径200~300 μm程度のスフェロイドを作製可能であった(
図6)。NFBC-HPCゲル上で培養した時と比較し、NFBC-HPC含有培地中で浮遊培養させた方が一度に大量にスフェロイドを作製可能であった。
【0079】
iPS細胞の3次元培養
フィーダー細胞SL10(REPROCELL、神奈川、日本)およびiPS細胞201B7(RIKEN BRC、HPS0063)をそれぞれ液体窒素中で保存した。ゼラチンコートした60 mmディッシュにSL10を播種し、37℃、5%CO2環境下で一晩培養した。iPS細胞を液体窒素中から取り出し、速やかにSL10培養ディッシュに播種した後、37℃、5% CO2環境下で培養することでiPS細胞を平面培養した。継代のタイミングで分化したiPS細胞を除去し、回収したiPS細胞コロニーに1 mLのiPS用培地(Repro Stem(REPROCELL、神奈川、日本)、10 μg/mL bFGF(REPROCELL)、10 mM Y-27632(FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation、大阪、日本)を2,000:1:2(容量比)の割合で混合した培地)を加え、コロニーの大きさが100~200 μm程度となるようにピペッティングすることで、iPS細胞懸濁液を調製した。0.9w/v% NFBC-HPCを24 well plateに250 μLずつ加えて静置し、iPS用培地480 μLをゆっくりと添加した後に、iPS細胞懸濁液20 μLを添加して、37℃、5% CO2環境下で数日培養した。培養中、ルーチン倒立顕微鏡Primo Vert(ZEISS)を用い、観察および撮影を行った。
【0080】
結果
iPS細胞の平面培養(オンフィーダー培養)と比較し、NFBC-HPC上でiPS細胞を培養することで立体的なiPSスフェロイドを形成することを示した(
図7)。また、作製したiPSスフェロイドは培養日数依存的に成長した。
【0081】
iPSスフェロイドの未分化性の評価
NFBC-HPC上で培養したiPSスフェロイドを回収し、PBS (-)で細胞を洗った後に、4% パラホルムアルデヒドを1 mL加え、15分間室温静置することで細胞を固定した。PBS (-)で細胞を洗った後、0.1% Triton X-100溶液を1 mL添加して室温で15分間回転混和(ROTARY MIXER NRC-20D)し、さらに3% BSA溶液を1 mL加えて室温で3時間回転混和した。PBS (-)で細胞を洗い、PBS (-)で500倍希釈したAnti Oct3/4 antibody(FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation)を300 μL添加して細胞を懸濁し、室温で8時間回転混和した。PBS (-)で3回細胞を洗い、PBS (-)で500倍希釈した2次抗体Alexa FluorTM 488 goat anti-rabbit IgG (H+L)(Thermo Fisher Scientific)を300 μL添加して細胞を懸濁し、遮光して室温で1時間回転混和した。 PBS (-)で細胞を洗い、1,000倍希釈したHoechst 33342(DOJINDO)を200 μL添加して細胞を懸濁し、室温で10分間回転混和した。PBS (-)で細胞を洗い、PBS (-)を300 μL添加して細胞を懸濁することでiPSスフェロイド懸濁液を調製した。iPSスフェロイド懸濁液をIWAKI GLASS BASE DISH(AGCテクノグラス株式会社)に160 μL添加し、カバーガラス(松浪硝子工業株式会社)を被せ、共焦点レーザー顕微鏡LSM700(ZEISS)を用いて観察、撮影した。
【0082】
結果
NFBC-HPCを用いて作製したiPSスフェロイドの未分化性を評価するため、未分化マーカー(Oct3/4)の発現を免疫染色法で観察した(
図8)。未分化を維持させた平面培養のiPS細胞でOct3/4の発現が認められ、NFBC-HPCを用いて作製したiPSスフェロイドでも同様にOct3/4の発現が認められた。
【0083】
分散剤濃度の異なるNFBC-HPCを用いた細胞の3次元培養
NFBC-HPC調製時における培地中の分散剤濃度を1.0%、または2.0%とし、それぞれの条件でNFBC-HPCを作製した。固形分濃度が0.5w/v%となる各NFBC-HPCを24 well plateに250 μLずつ加えて静置した。Colon26細胞懸濁液(1.0×105 cells/mL)を500 μLずつ、NFBC-HPC上にゆっくりと滴下した。その後、37℃、5% CO2環境下で4日間培養し、ルーチン倒立顕微鏡Primo Vert(ZEISS)を用いてスフェロイドの観察および撮影を行った。
【0084】
結果
分散剤濃度1.0%のNFBC-HPC上で培養したところ、一部スフェロイド形成が認められたが、残部はウェル底まで落ちて平面培養していた(
図9)。一方、分散剤濃度2.0%のNFBC-HPC上で培養したところ、細胞がNFBC-HPC上に長時間保持されることで、より多くのスフェロイド形成が認められた。
【0085】
分散剤濃度の異なるNFBC-HPCを用いた細胞の浮遊培養
NFBC-HPC調製時における培地中の分散剤濃度を1.0%、または2.0%とし、それぞれの条件でNFBC-HPCを作製した。各NFBC-HPCの固形分最終濃度が0.1w/v%となるように培地と混合し、NFBC-HPC含有培地を調製した。Colon26の細胞懸濁液を調製し、1.0×104cells/mLとなるようにNFBC-HPC含有培地に加え、NuncTM EasYFlaskTM25cm2(Thermo Fisher Scientific)を用いて、37℃、5% CO2環境下で4日間培養し、ルーチン倒立顕微鏡Primo Vert(ZEISS)を用いて観察および撮影を行った。
【0086】
結果
分散剤濃度1.0%のNFBC-HPC含有培地で培養したところ、一部スフェロイドの形成は認められたが、残部はフラスコの底面まで落ちてしまっている様子が観察された(
図10)。一方、分散剤濃度2.0%のNFBC-HPC含有培地で培養したところ、形成したスフェロイドのほとんどが培地中に浮遊して培養されている様子が認められた。
【0087】
ジェランガムを用いた浮遊培養との比較検討
NFBC-HPCの固形分最終濃度が0.1w/v%となるように培地と混合し、NFBC-HPC含有培地を調製した。また、FCeM(R) Preparation Kit 500(日産化学工業、日本)を用いてジェランガム含有培地を調製した。MCF-7あるいはHepG2の細胞懸濁液を調製し、1.0×104cells/mLとなるようにNFBC-HPC含有培地あるいはジェランガム含有培地に加え、NuncTM EasYFlaskTM25cm2(Thermo Fisher Scientific)を用いて、37℃、5% CO2環境下で3~9日間培養し、ルーチン倒立顕微鏡Primo Vert(ZEISS)を用いて観察および撮影を行った。
【0088】
結果
MCF-7細胞の浮遊培養において、NFBC-HPC含有培地では直径200 μm以上のスフェロイド形成が認められたのに対し、ジェランガム含有培地ではスフェロイドの形成は見られなかった(
図11)。また、HepG2細胞の浮遊培養において、NFBC-HPC含有培地では100 μm前後のスフェロイドが数多く見られたのに対し、ジェランガム含有培地では形成されるスフェロイドの数が顕著に少ないことが明らかとなった。