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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】電磁波遮蔽材
(51)【国際特許分類】
   H05K 9/00 20060101AFI20241209BHJP
   D06M 15/63 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
H05K9/00 W
D06M15/63
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021504095
(86)(22)【出願日】2020-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2020008779
(87)【国際公開番号】W WO2020179756
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2019038103
(32)【優先日】2019-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103160
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 光春
(72)【発明者】
【氏名】鳥光 慶一
【審査官】佐久 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-243993(JP,A)
【文献】特開2010-080911(JP,A)
【文献】特開2006-205524(JP,A)
【文献】特開2005-216791(JP,A)
【文献】国際公開第2017/146247(WO,A1)
【文献】園部達真,フレキシブルシルク電極による生体電位計測,第75回応用物理学会秋季学術講演会 講演予稿集(2014秋 北海道大学),17p-A3-12,日本,応用物理学会,2014年09月17日,p.137
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 9/00
D06M 15/63
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の全部又は一部に、PEDOT-pTS(poly(3,4-ethylene-dioxythiophene)-p-toluenesulfonate)が付着している、電磁波遮蔽材。
【請求項2】
基材は、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、これらの合成繊維のセリシン被覆材、紙、及び、絹、からなる1種又は2種以上を含有する基材である、請求項1に記載の電磁波遮蔽材。
【請求項3】
基材は、紙を含有する基材、絹、又は、ポリエステルである、請求項1に記載の電磁波遮蔽材。
【請求項4】
前記紙は、和紙である、請求項3に記載の電磁波遮蔽材。
【請求項5】
前記基材は、布地である、請求項1-4のいずれか1項に記載の電磁波遮蔽材。
【請求項6】
前記布地は、編物又は織物である、請求項5に記載の電磁波遮蔽材。
【請求項7】
遮蔽される電磁波の周波数領域は、1-60GHzから選ばれる任意の領域を含んでいる、請求項1-6のいずれか1項記載の電磁波遮蔽材。
【請求項8】
請求項1-7のいずれか1項に記載の電磁波遮蔽材を含む、電磁波遮蔽体。
【請求項9】
PEDOT-pTS(poly(3,4-ethylene-dioxythiophene)-p-toluenesulfonate)が、全部又は一部に付着している基材を電磁波に晒して、当該電磁波を減弱する、電磁波の減弱方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波遮蔽手段に関する発明であり、さらに具体的には、電磁波遮蔽材、これを用いる電磁波遮蔽体、さらに電磁波の減弱方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
近年、電磁波を情報通信媒体とした様々な側面からの利用が進んでいる。
【0003】
例えば、Vバンド(IEEEにより与えられた規格名)として定義される、40-75GHzの周波数領域の電磁波は、ミリ波レーダーに用いられており、自動車走行における衝突予防システム等に応用されている。また、携帯電話やインターネット通信網が段階的にグレードアップするにつれて、より高容量・高速度の送受信が可能な周波数帯域として、このバンドの積極的な活用が期待されている。
【0004】
このような電磁波の利用に際しては、誤認防止や感度向上の観点から、ノイズとなる不要な電磁波を可能な限り排除することが重要であり、電磁波を吸収又は反射して遮蔽を行う、種々の電磁波遮蔽体が提供されている。
【0005】
例えば、特許文献1の技術は、60-90GHzの周波数帯域において、帯域幅が2GHz以上の電磁波吸収体に関するものである。
【0006】
また、本発明に関連するPEDOT-pTS(poly(3,4-ethylene-dioxythiophene)-p-toluenesulfonate)は、導電性高分子の中でも、導電性能が高いことが知られている。そしてその一方で、PEDOT-pTSを付着させることができる基材の種類は限定されている。本発明者らは、PEDOT-pTSを付着させる基材として絹を用いる発明を行い、既に特許出願を行った(特許文献2、特許文献3)。
【0007】
また、PEDOT-PSS(poly(3,4-ethylenedioxythiophene)-polystyrenesulfonate)も、所定の性能を有する導電性高分子として知られている(特許文献4、特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2018-98367号公報
【文献】WO2016/148249号 国際公開パンフレット
【文献】WO2016/031872号 国際公開パンフレット
【文献】国際公開WO2013/073673号 国際公開パンフレット
【文献】特開2014-108134号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の技術は、60-90GHzの周波数帯域における電磁波吸収の帯域幅を広げているが、誘電体層、抵抗層、及び導電層の3層構造を構築する必要があり、その電磁波吸収体の誘電体層の厚さや素材等によって異なる、吸収電磁波波長の明らかなピークが存在し、具体的な利用目的に対応した規格や組合せを構築する必要があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、導電性高分子である上記のPEDOT-pTSの性質を検討する過程で、これを繊維素材に対して付着させることで、数百-1kΩ程度の電気抵抗を有する、導電性のハイブリット素材となり、さらに、形状を自由に変形可能なフレキシブル素材として活用可能であるだけでなく、驚くべきことに、広範囲帯域幅で電磁波遮蔽特性をラジオ波において、具体的には、最低でも1-60GHzの幅広い、マイクロ波(UHF)からミリ波(SHF)の範囲で有することを見出した。具体的には、上記導電性高分子を付着させた素材は1GHz以上の電磁波に対して電磁波吸収能を有し、特に8GHz以上であれば、最低でも60GHz程度まで、大きなピーク無しに所定の電磁波遮蔽をすることが可能であることが明らかになった。しかも、他の素材との積層構造や、ピラミッド型構造等の複雑な構造を設けなくても、上記の付着素材そのものに広範囲帯域幅のラジオ波における電磁波遮蔽能が認められ、さらに付着素材同士を単純に重ねることにより、当該電磁波遮蔽能を増強することが可能である。上記重ね合わせの際、付着材同士間に導電体を有しない基材やフィルム、紙類等の絶縁体を挟むのが好適である。
【0011】
本発明は、基材の全部又は一部に、PEDOT-pTS(poly(3,4-ethylene-dioxythiophene)-p-toluenesulfonate)、又は、PEDOT-PSS(poly(3,4-ethylenedioxythiophene)-polystyrenesulfonate)が付着している、電磁波遮蔽材(以下、本発明の電磁波遮蔽材ともいう)を提供する。電磁波遮蔽は、電磁波吸収と電磁波反射の双方を含む概念であるが、本発明の電磁波遮蔽材の主要な電磁波遮蔽手段は、電磁波吸収である。
【0012】
上記基材の素材は、PEDOT-pTS、又は、PEDOT-PSSを付着させることができる素材であれば特に限定されず、例えば、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、これらの合成繊維のセリシン被覆材、紙、及び、絹、からなる1種又は2種以上を含有する基材を例示することができる。少なくとも、紙を含有する基材、絹、又は、ポリエステルが好適であることが判明しているが、これらに限定されるものではない。そして、上記の「紙を含有する基材」は和紙であることがさらに好適である。
【0013】
また、上記基材は、明視距離での目視によっては「目」(隙間)が認められないシートであることも可能であるが、「布地」であることが好適であり、布地としては、編物、織物、組物、ネット等が挙げられるが、編物、織物又はネット等の網状布が特に好適であり、編物又は織物であることが極めて好適であり、編物が最も好適である。編物は、原則として1本の糸の連続構成物であることが好適である理由と推定される。
【0014】
上述のように、本発明の電磁波遮蔽材が吸収可能な周波数の範囲は、最低でも1-60GHzの幅広い、マイクロ波(UHF)からミリ波(SHF)の範囲(ラジオ波に含まれる)であり、本発明の電磁波遮蔽材は、この範囲から選ばれる任意の領域を含んで電磁波遮蔽能を示すことが特徴であり、少なくとも当該周波数の範囲が8-60GHzであれば、大きなピーク無し所定の電磁波遮蔽をすることが可能である。
【0015】
本発明は、本発明の電磁波遮蔽材を含む、電磁波遮蔽体(以下、本発明の電磁波遮蔽体ともいう)を提供する。本発明の電磁波遮蔽体は、本発明の電磁波遮蔽材以外の非本質的部分を含んでいてもよい。当該非本質的部分としては、導電材、絶縁材、誘電材、導電コネクタ、本発明の電磁波遮蔽材を覆うためのカバー材、当該電磁波遮蔽材を別の対象に付着させるための接着材、当該電磁波遮蔽材を保護するためのクッション材や充填材等が挙げられる。
【0016】
さらに本発明は、PEDOT-pTS(poly(3,4-ethylene-dioxythiophene)-p-toluenesulfonate)、又は、PEDOT-PSS(poly(3,4-ethylenedioxythiophene)-polystyrenesulfonate)が、全部又は一部に付着している基材を電磁波に晒して、当該電磁波を減弱する、電磁波の減弱方法(以下、本発明の電磁波減弱方法ともいう)を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、電磁波をラジオ波領域で幅広く吸収・遮蔽可能な電磁波遮蔽材と、これを含む電磁波遮蔽体が提供され、当該電磁波遮蔽材を用いる電磁波の減弱方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1(1)】本実施例で用いた測定系の簡便な見取り図である。
図1(2)】本実施例で用いた、1-10GHzの測定環境での測定系の概観である。
図1(3)】本実施例で用いた、40-60GHzの測定環境での測定系の概観である。
図2】1-10GHzの電磁波遮蔽特性を検討した結果を示す図面である。
図3】40-60GHzの電磁波遮蔽特性を検討した結果を示す図面である。
図4】動体センサを用いた電磁波遮蔽試験2(1)の試験系を示す略図である。
図5】動体センサを用いた電磁波遮蔽試験2(1)の結果を示すグラフである。
図6】動体・距離センサを用いた電磁波遮蔽試験2(2)の試験系を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1.基材
本発明の電磁波遮蔽材に用いられる基材は特に限定されないが、「紙を含有する基材」であることが好適である。「紙を含有する基材」とは、「紙からなる基材」であってもよいし、「紙と紙以外の素材が混じり合っているもの」ものであってもよい。「紙と紙以外の素材が混じり合っているもの」とは、例えば、紙糸において撚糸によって組み合わされた構成繊維の中に、紙以外の繊維が存在する場合が挙げられる。また、基材が布地の場合において、前記紙糸と他の種類の糸が組み合わさって布地、すなわち、編物、織物等を構成する場合も挙げられる。「紙を含有する基材」における紙の含有比率は、当該基材全体に対して紙が10質量%以上であり、100質量%であってもよい。特に、紙の存在を強調する場合には、同20質量%以上が好適である。
【0020】
このように本発明の電磁波遮蔽材の基材の主要な素材となる「紙」は、植物繊維、さらに必要に応じてその他の繊維を膠着させて製造したものであり、その製造方法は公知であり、植物繊維を叩解等により得て水等に分散させてすき上げ、乾燥させて製造することが基本である。植物繊維としては、綿等の種毛繊維;亜麻、大麻、黄麻、コウゾ、ミツマタ、ガンピ等の靱皮繊維;トウヒ、モミ、マツ、カラマツ等の針葉樹繊維;ポプラ、カバ、ブナ、ヤナギ、ユーカリ、ニレ等の広葉樹繊維;アバカ(マニラ麻)等の葉繊維;稲わら、麦わら等の稲科繊維;その他、エスパルト、アシ、竹、笹、クマザサ等が挙げられる。その他の繊維としては、ナイロン等のポリアミド繊維、PET等のポリエステル繊維、アクリル繊維、アラミド繊維、ポリウレタン繊維、炭素繊維、ガラス繊維等が挙げられ、その繊維の性質に応じて紙の構成成分として加えられる。また、繊維以外の紙において通常含有されている成分、例えば、タルク、クレー、炭酸カルシウム、二酸化チタン等の填料、糊等も、一体として紙の成分として、本発明では定義する。上記の「紙とは別個に『紙を含有する基材』において質量計算される『紙以外の素材』」は、「一体として構成されている紙」に対して「外的に組み合わされている素材」であり、この「一体として構成されている紙の内部に含有される成分」とは異なる。紙を、ガラス繊維等を添加した難燃性紙とすることが好適な場合もある。例えば、自動車レーダー等の電磁波遮蔽に用いる場合には、電磁波の吸収に伴う発熱や自動車自体の熱に耐えられるような難燃性を有していることが好適である。そのような技術の例として、特開2013-2003号に記載された難燃紙(セルロース繊維、ガラス繊維、水酸化アルミニウム粉末、リン酸グアニジン難燃剤を所定量含有する難燃紙)が挙げられる。
【0021】
本発明の電磁波遮蔽材の基材の主要な素材となる「紙」の中でも、和紙は、使用素材として優れた吸湿性を有しており、さらに構成繊維が長く繊維同士の絡まり状態が適度であるゆえ、PEDOT-pTS、又は、PEDOT-PSSの定着性に優れているという点において好ましい。本発明における和紙とは、実質的に靭皮繊維を構成繊維とする紙である。和紙は、本来、靱皮繊維(上記)を原料とし、ねり(植物粘液)を用いて手すき法によって作られた紙であるが、本発明においては機械すき法によって作られたものも、本発明の「和紙」に含める。また、靭皮繊維と植物性のねり以外の成分、例えば、ねりに代わる化学物質や、他の植物性成分、例えば、クマザサの繊維等が混合しているものも本発明の「和紙」に含める。
【0022】
編物や織物を構成する紙糸は、既に製造されたシート状の紙を細断してスリット化を行い、スリット化された紙の撚糸を行うことによって製造することができる。撚糸の際に、紙以外の繊維又は糸、例えば、絹、レーヨン、綿糸等と交撚することも可能であり、心材として他の種類の糸を用いることも可能であるが、少なくとも糸表面の全面又は一部に紙が露出していることが必要である。
【0023】
紙糸の太さは特に限定されず、0.1μm-3mm程度の範囲で必要に応じて選択することができるが、通常は1μm-1mm程度である。
【0024】
例えば、導電性高分子としてPEDOT-pTSを選択した場合における「紙を含有する基材」以外の素材としては、絹、PET(ポリエチレンテレフタレート)繊維等のポリエステル繊維、ポリアミド(ナイロン)繊維、ポリウレタン繊維等が挙げられる。また、絹の構成成分であるセリシンが被覆されたもの(特開2003-171874号公報)であってもよい。
【0025】
絹は、生糸であってもよいし、セリシンをはじめ、その他の不純物を除く工程である「精練」が行われたものであってもよい。精練には、セッケン精練、アルカリ精練、セッケン・アルカリ精練、酵素精練、高温・高圧精練、酸精練等が挙げられ、いずれの精練方法も用いることができる。さらに、絹と他の繊維との混紡撚糸、例えば、絹-アセテート混紡撚糸、絹-ナイロン混紡撚糸、絹-ポリエステル混紡撚糸、絹-ポリウレタン混紡繊維を用いることも可能であり、混紡の組合せはこれらに限定されない。また、絹は、通常の家蚕糸や野蚕糸、蜘蛛や蜂由来の天然絹の他、遺伝子組み換え技術を用いて得られる絹、例えば、蛍光タンパク質をコードする遺伝子を組み込んだ蚕から得られる「光る絹」等を用いることも可能である。
【0026】
セリシン被覆糸のセリシンを被覆する対象となる素材としては、ナイロン等のポリアミド繊維、PET等のポリエステル繊維、アクリル繊維、アラミド繊維、ポリウレタン繊維、炭素繊維等の合成繊維;綿、麻、ジュート等の植物性繊維;上記の絹の他、羊毛、コラーゲン繊維等の動物性繊維;或いは、これらの混合繊維を用いることが可能である。ポリエステル繊維は、PET(ポリエチレンテレフタレート)繊維の他、PEN(ポリエチレンナフタレート)繊維、PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)繊維、PBT(ポリブチレンテレフタレート)繊維等も用いることができる。ストレッチ性が付与されたポリエステル糸の形態は、フィラメント糸(長繊維)であっても、紡績工程を経た糸であってもよい。上述のように他の繊維と組み合わせた混紡糸として用いることもできる。ポリアミド繊維は、ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン11、ナイロン12等を用いてストレッチ性が付与された糸とすることが可能であり、上述のように他の繊維と組み合わせた混紡糸として用いることもできる。
【0027】
他方、PEDOT-PSSを選択した場合における、紙以外の繊維又は糸の素材は、高分子(ポリマー)からなるものであれば特に制限されず、例えば、合成繊維、植物性の繊維、動物性の繊維等が用いられる。単一の材料からなってもよいが、混合物であっても良い。
【0028】
当該合成繊維としては、例えばナイロン繊維、ポリエステル繊維、アクリル繊維、アラミド繊維、ポリウレタン繊維、炭素繊維等が挙げられる。当該植物性の繊維としては、例えば綿、麻、ジュート等が挙げられる。当該動物性の繊維としては、例えば絹、羊毛、コラーゲン、動物組織を構成する弾性繊維等が挙げられる。
【0029】
上記の紙糸以外の糸の太さは特に限定されず、1μm-3mm程度の範囲で必要に応じて選択することができるが、通常は10μm-1mm程度である。
【0030】
本発明の電磁波遮蔽材の一態様である、紙糸により構成される布地は、上記の紙糸を基にする布地に、PEDOT-pTS、又は、PEDOT-PSSが付着した形態の布地であり、布地の種類は、好適には、編物又は織物であり、最も好適には編物であることは、上述した通りである。
【0031】
編物又は織物は、単層であっても、複層であってもよい。単層であっても、編み方や織り方により、厚さ方向における糸同士の重なり合いを設けることが可能である。
【0032】
編物(ニット)は、基本的には一本の糸からなる布地であり、糸のループに、糸を次々と引っかけて、連続して形成された糸のループ(編み目)からなる布地である。織物のように、縦糸と横糸は用いない。上記のように、この構成糸が、原則として一本であることが、編物が本発明における基材として好適である理由の一つであると推測される。
【0033】
本発明において用いられる編物は、特に限定されず、機械編み(横編機、経編機、丸編機、トリコット編機、ラッシェル編機、ミラニーズ編機、ゴム編機、インタロック編機等による)、棒針編み、鉤針編み、アフガン編み等のいずれの編み方で作成されたものであってもよい。編みの組織も限定されず、例えば、平編、鹿の子編、ゴム編、パール編、タック編、移し編、方あぜ編、両あぜ編、両面編、振り編、ペレリン編、浮き編、パイル編、添え糸編、縄編、インターシア、ラップ編、ノンラン組織、鎖編、シングルトリコット編、シングルコード編、シングルアトラス編、二目編、シングルサテン編、シングルベルベット編、プレーントリコット編、ダブルアトラス編、ダブルコード編、ハーフトリコット編、逆ハーフ、クインズコード編、サテントリコット編、ダブルトリコット編、ベルベット編、シェル編、ノップ編、つづれ編、たて糸挿入編、マーキーゼット、落下板組織、ネット編、ミラニーズ編、たてよこ糸挿入編、よこ糸挿入編等が挙げられる。
【0034】
織物は、縦糸に横糸を組み合わせて作られる布地である。本発明において用いられる織物の組織は特に限定されない。例えば、平織り、綾織り、朱子織り、の三原組織として用いることができる。さらに、三原組織を変化させ、又は、組み合わせた変化組織であってもよく、一重特別組織や紋織り組織であってもよい。さらに、経二重織物、緯二重織物、経緯二重織物、パイル織物、タオル織物、搦み織物等の多重の織物であってもよい。
【0035】
織物は、縦糸に組み合わせて作られる布地である。本発明において用いられる織物の組織は特に限定されない。例えば、平織り、綾織り、朱子織り、の三原組織として用いることができる。さらに、三原組織を変化させ、又は、組み合わせた変化組織であってもよく、一重特別組織や紋織り組織であってもよい。さらに、経二重織物、緯二重織物、経緯二重織物、パイル織物、タオル織物、搦み織物等の多重の織物であってもよい。上記のように多重の織物は、厚さ方向における糸同士の重なり合いを設けることが可能である。
【0036】
一般的に織物は、編物と比べると縦糸と横糸同士が引っ掛かり、糸同士が引っ張り合って布としての平面バランスをとっており、元々糸同士の接点が多い。
【0037】
編み目ないし織り目は均等であることが、電磁波に対して全面等しい吸収性を得るために好ましいが、例えば、糸のほつれを防ぐために、必要に応じて閉じ編み(耳)を編物ないし織物において、外縁等に設けることも可能である。また、編み目ないし織り目は、電磁波に対して適切な感受性を得るために、頻度ないし大きさを調節することができる。
【0038】
編み目の大きさは、特に限定されず、明視距離での目視では容易に確認することができない程度の細かい編み目であっても許容されるが、通常は、10cm幅で100-5目、100-5段(編み目の大きさで1mm-4cm)程度である。
【0039】
織り目の大きさは、特に限定されず、明視距離での目視では容易に確認することができない程度の細かい織り目であっても許容されるが、通常は、織り目の大きさで0.2mm-2mm程度である。
【0040】
2.基材へのPEDOT-pTSの付着
PEDOT-pTS(poly(3,4-ethylene-dioxythiophene)-p-toluenesulfonate)は、pTS(p-toluenesulfonate)とEDOT(3,4-ethylenedioxythiophene)を重合反応させて形成される導電性高分子であり、例えば、第1の付着方法として、酸化成分とpTSを含有する有機溶媒性溶液と、EDOTの混合液の、基材(主にはシート状の基材又は糸状の基材)への接触による付着を浸漬又は印刷等にて行い、その後に重合促進処理を当該接触箇所に施すことにより、PEDOT-pTSの付着を行うことができる(特許文献2に開示された方法又はその変法)。第2の付着方法として、(a)酸化成分とpTSとを含むpTS溶液を、基材(主にはシート状の基材又は糸状の基材)に付着させる付着工程、(b)付着工程(a)において酸化成分とpTSを付着させた前記基材に、さらにEDOTを付着させて、これらにおいてPEDOT-pTSを生成する重合反応を進行させることにより、PEDOT-pTSの付着を行うことができる(第2の付着方法:特許文献3に開示された方法)。
【0041】
<PEDOT-pTSの第1の付着方法>
第1の付着方法において、pTS溶液とEDOTを混合することにより、EDOTの重合反応がpTS-EDOT混合液中において進行し、高分子ポリマーであるPEDOT-pTSが形成される。この重合反応は、下記式に従い、温度上昇に従って重合速度は大きくなり、冷蔵庫レベルの低温で保存すれば重合速度を低下させて、付着工程の時間確保に資することができる。酸化成分としてFe3+が例示されているが、これに限定されるものではない。
【0042】
【化1】
【0043】
第1の付着方法において「その後に」とは、pTS-EDOT混合液が基材に接触するタイミングに関連させた「同時以後」のタイミングで重合促進処理を行うことを意味する。具体的には、両タイミングは事実上同時であっても良く、pTS-EDOT混合液が基材に接触するタイミングからタイムラグを設けて、重合促進処理を行っても良い。また、例えば基材上において重合促進処理を行う状態を継続的に保ちつつ、その上にpTS-EDOT混合液の接触を行い、当該タイムラグを実質的に設けない態様も、第1の付着方法における「その後」に含まれる。第1の付着方法におけるpTS溶液とEDOTの混合比は、容積比でpTS溶液:EDOT=10:1-100:1、好適には20:1-40:1である。
【0044】
pTSは、パラトルエンスルホン酸化合物(パラトルエンスルホン酸(トシル酸)との塩やエステル)として知られており、市販もなされている。pTS溶液の溶媒となり得る有機溶媒は、pTSと酸化成分等を溶解することが可能であり、かつ、好適には水性溶媒との相溶性が良好であるものである。具体的には、炭素原子数が1-6の1価の低級アルコール、具体的には、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブタノール、ペンタノール、又は、ヘキサノールが挙げられる。これらの1価の低級アルコールを構成する炭素原子の骨格は、直鎖状、分枝状、環状のいずれであってもよく、1種のみならず2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、適宜水で希釈して用いてもよい。これらの中で、炭素原子数が1-4の1価の低級アルコール、具体的には、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、又は、ブタノール、がpTS溶液の有機溶媒として好適である。
【0045】
pTS溶液中に含有させる酸化成分は、pTS-EDOT混合液におけるPEDOT-pTSへの重合反応を活性化することが可能である限り特に限定されず、遷移元素、ハロゲン等が例示される。
【0046】
遷移元素としては、鉄、チタン、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、亜鉛等の第一遷移元素;モリブデン、銀、ジルコニウム、カドミウム等の第二遷移元素;セリウム、白金、金等の第三遷移元素が例示される。これらの遷移元素は、金属単体としても、金属塩として用いてもよい。これらの中でも、鉄、亜鉛等の第一遷移元素を用いることが好適である。
【0047】
pTS溶液中の酸化成分の含有量は、用いる酸化成分の種類によっても異なり、上記の重合反応を活性化できる量であれば特に限定されない。例えば、第二鉄イオン(Fe3+)であれば、塩化第二鉄として、当該溶液に対して1-10質量%であることが好適であり、特に好適には3-7質量%である。この含有量が多すぎると重合反応の進行は速いが、後工程での鉄の除去が困難になり、少ないと重合反応の進行が遅くなる。
【0048】
pTS溶液中のドーパントとして働くpTSの含有量は、当該溶液に対して0.1-10質量%が好適であり、さらに好適には0.15-7質量%、特に好適には1-6質量%、最も好適には2-5質量%である。
【0049】
EDOTは、3,4-エチレンジオキシチオフェンとして公知であり、市販もなされている。EDOTは、常温で液体で、かつ、水溶性であり、適宜水等の水性溶媒に希釈して用いることも可能である。
【0050】
pTS溶液に、pTS-EDOT混合液の基材への付着性と、出来上がった導電性材における導電性能を実質的に損なわない等、本発明の効果を量的又は質的に損なわない限り、他の成分を必要に応じて配合することができる。
【0051】
当該他の成分としては、例えば、グリセロール、ポリエチレングリコール-ポリプレングリコールポリマー、エチレングリコール、ソルビトール、スフィンゴシン、及び、フォスファチジルコリン、好ましくはグリセロール、ポリエチレングリコール-ポリプレングリコールポリマー、及び、ソルビトール、からなる1種又は2種以上が挙げられる。
【0052】
その他、第4級アルキルアンモニウム塩、ハロゲン化アルキルピリジニウム等のカチオン性界面活性剤;アルキル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、脂肪酸塩等のアニオン性界面活性剤;ポリオキシエチレン、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等の非イオン性界面活性剤;キトサン、キチン、グルコース、アミノグリカン等の天然多糖類;糖アルコール、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。
【0053】
室温において、pTS-EDOT混合液では上記重合反応による液のゲル化が進行する。そのために、基材に付着した余分なゲル化ポリマーを除去する工程を、当該混合液との接触後に行うことが好ましい。例えば、当該混合液から分離した基材を、振動、送風、ローラーとの接触等の物理的な手段により除くことができる。重合反応を行った後に、この余分なゲル化ポリマーの除去工程を行わない場合は、当該混合液の調製後、基材と混合液との接触を短時間で行うこと、及び、混合液の調製後短時間で当該接触を行うべきとの制約が生じる。具体的には、pTS-EDOT混合液の調製後5分以内、さらに好ましくは1分以内に上記接触による付着を完了すべきである。上記の余分なゲル化ポリマーの除去工程を行う場合には、室温下であってもこの接触による付着工程の時間的な制約は事実上認められず、pTS-EDOT混合液の調製後、好適には10分以上、さらに好適には15分以上の付着工程時間を取って、基材に対するPEDOT-pTSの付着を十分なものとすることが可能である。40分以上の付着工程の時間を取っても、ゲル化の進行により、長時間の工程に見合った付着促進効果は認められない。
【0054】
第1の付着方法における接触による付着は、滴下、噴霧、浸漬、転写、又は、塗布により行われることが好適である。
【0055】
第1の付着方法における重合促進処理としては加熱処理が挙げられる。当該加熱処理としては、(α)重合促進部分における50-90℃の放熱体との接触、(β)重合促進部分が50-90℃になるように設定された熱風との接触、(γ)恒温槽等における50-90℃の加熱雰囲気との接触等が挙げられる。
【0056】
上記(α)の50-90℃の放熱体の接触は、3-10分間の加熱時間が好適であり、特に好適には3-6分間であり、最も好適には4-6分間である。
【0057】
上記(β)の重合促進部分が50-90℃になるように設定された熱風との接触である場合は、3-10分が好適であり、特に好適には4-6分である。
【0058】
上記(γ)の50-90℃になるように設定された加熱雰囲気である場合は、3-10分が好適であり、特に好適には4-6分である。
【0059】
上記加熱処理の後、溶液から基材を取り出し、好ましくは水、さらに好適には蒸留水または脱イオン水で洗浄した後、恒温槽、熱風若しくは温風、天日等により乾燥させる。
【0060】
さらに例えば第1の付着方法において、pTS-EDOT混合液の、基材への接触による付着部分を、基材平面上の一部における描画デザインとすることにより、「付着部分が滲みにくい」という第1の付着方法の特徴を活かすことができる。描画デザインとは、単純な一面付着とは異なるものであり、丸、三角等の単純な図形から、動植物画、人物画等の各種描写図、文字、模様等を包含するものである。
【0061】
第1の付着方法を行うに際して、マスク処理又はスプレー噴霧を行って、基材上の特に描画デザインの作成をより緻密に行うことができる。マスク処理とは、予め、導電性高分子の付着を行わない部分をマスクで覆う処理を行うことある。このマスク処理態様は、第1の付着方法において、pTS-EDOT混合液の、基材への接触による付着を行う前に、当該付着予定箇所を除く部分にマスク処理を行った後、少なくとも当該付着予定箇所において当該混合液との接触を行い、さらに重合促進処理を行った後に、上記マスクを除去するものである。
【0062】
マスク処理の具体例としては、例えば、マスク剤として防染糊又はミツロウの塗布が挙げられる。防染糊としては、正麩糊、コーンスターチ糊、さつまいもデンプン糊等のデンプン糊;ゴム糊;ふのり等の海藻糊;その他各種の型糊が挙げられる。防染糊としては、デンプン糊が好適である。使用時の防染糊の濃度(糊粉末質量/水質量)は、特に限定されないが、概ね3-5質量%ある。防染糊の除去は水洗により行うことができる。ミツバチの巣由来の蝋であるミツロウも好適である。使用時は通常、直接加温して融解させて用いる。またミツロウの除去は加温により再び融解させて行う。
【0063】
<PEDOT-pTSの第2の付着方法>
第2の付着方法では、まず、有機溶媒性溶液に、酸化成分と、ドーパントとしてのpTSとを溶かし、その有機溶媒性溶液(pTS溶液)に基材を浸漬する。
【0064】
pTSの溶媒となり得る有機溶媒と、これに含有させる酸化成分は、上述した「第1の付着方法のpTS溶液の有機溶媒と酸化成分」と同一である。また、当該pTS溶液に含有させることができる「他の成分」も、上述した「第1の付着方法のpTS溶液における他の成分」と同一である。
【0065】
pTS溶液中の酸化成分の含有量は、用いる酸化成分の種類によっても異なり、上記の重合反応を活性化できる量であれば、特に限定されない。例えば、第二鉄イオン(Fe3+)であれば、塩化第二鉄として、pTS溶液に対して1-10質量%が好適であり、さらに好適には3-7質量%である。この含有量が多すぎると重合反応の進行は速いが、後工程での鉄の除去が困難になり、少なすぎると重合反応の進行が遅くなる。
【0066】
pTS溶液中のドーパントとして働くpTSの含有量は、当該溶液に対して0.1-10質量%が好適であり、さらに好適には0.15-7質量%、特に好適には1-6質量%、最も好適には2-5質量%である。
【0067】
第2の付着方法では、次に、上記の基材が浸漬されているPTS溶液に、モノマーのEDOTを添加した後、50-100℃で、好ましくは10分-60分間、さらに好ましくは50-80℃、10-40分間、極めて好ましくは60-80℃、10-30分間の加熱を行う。加熱後、溶液から基材を取り出し、好ましくは水、さらに好適には蒸留水または脱イオン水で洗浄した後、恒温槽、熱風若しくは温風、天日等により乾燥させる。
【0068】
この工程におけるpTS溶液とEDOTの使用量比は、容積比でpTS溶液:EDOT=10:1-100:1、好適には20:1-40:1である。
【0069】
3.基材へのPEDOT-PSSの付着
PEDOT-PSS(poly(3,4-ethylenedioxythiophene)-polystyrenesulfonate)は、PEDOT-PSSを含む導電性の溶液に、基材を浸漬し、当該基材を導電性の溶液から垂直に引き上げながら電極間で走行させて通電することにより、当該基材に付着したPEDOT-PSSを電気化学的に重合固定する、いわゆる電解重合法により付着させることができる(特許文献4)。また、PEDOT-PSSとバインダー樹脂とを混合した樹脂組成物をストレッチ性が付与された糸に付着させ、乾燥、加温、加熱等により固化又は重合させることにより付着させることができる(特許文献5)。あるいは、微粒子化(平均粒径は10ミクロン程度)したPEDOT-PSSを溶液/溶媒中に分散させた水溶性/溶媒分散液を基材に吸着させることで、当該基材を導電性化することが可能である。
【実施例
【0070】
[試料]
本発明の導電性材の基材として、太さ240デニール(22番手)の和紙糸(上撚りが甘撚の双糸)を用いて鹿の子編み(網目幅3111μmの疎編み基材と1783μmの密編み基材)にした伸縮性を有する布地(50cm×50cm)2種類を入手した。一方は、網目幅3111μmの「疎編み基材」であり、他方は網目幅1783μmの「密編み基材」である。
【0071】
また、織り目の幅が620μmの絹布(タンパク質分解酵素による酵素精錬がなされた絹糸からなる平織りの絹織物:50cm×50cm)を入手した。
【0072】
pTS溶液としては、遷移金属の鉄(III)イオンとpTSとを含むブタノール溶液(Heraeus社製 CLEVIOS C-B 40 V2:p-トルエンスルホン酸鉄(III)として、約4質量%である:「CLEVIOS」は登録商標)を用いた。EDOTとしては、EDOTの水溶液(Heraeus社製CLEVIOS MV2、EDOT約98.5質量%である:「CLEVIOS」は登録商標)を用いた。
【0073】
上記のpTS溶液にEDOTを混合した混合液を調製して4℃程度に冷やし、上記基材を当該混合液に室温下で20分間浸漬した。その後、浸漬基材を当該混合液から取り出し、その一辺の2点をクリップで挟んで懸垂し、扇風機の風(強風)に5-10分間晒して基材を風で振動させつつ、乾燥を行い、さらにローラーでこすって、これらの工程により基材に付着した余分なゲル化ポリマーを除去した。
【0074】
次に、70℃の恒温槽に、このゲル化ポリマーの除去を行った基材を入れて、5分間加熱を行い、PEDOT-pTSへの重合を行なった。次いで、当該重合基材に対して2回水洗いを繰り返し、次いで90℃で乾燥を行い、2種類の「PEDOT-pTSが付着した紙製の編物」を得た。これらを、それぞれ、「疎編み基材」と「密編み基材」ともいう。また、絹織物の付着基材も得た。これを、「絹基材」ともいう。これらを試料として用いた。
【0075】
[電磁波遮蔽試験1]
1.電磁波遮蔽作用の測定
試料である付着基材を非破壊、非接触で、被験電磁波の吸収量・遮蔽量の測定を行う「自由空間法」のうち、2ホーンアンテナを偏波面が一致するように対向させ、当該2ホーンアンテナの間に試料を挿入して、「被験電磁波の遮蔽量」を、「(試料が無い場合の被験電磁波の透過量)-(試料が有る場合の被験電磁波の透過量)」としてネットワークアナライザ(VNA)により算出した。この測定系の略図を図1(1)-(3)に示す。図1(1)は、測定系の簡便な見取り図である。発信側と受信側にそれぞれホーンアンテナを、算出された第一フレネルゾーン断面を埋めるように電波吸収体で囲んで固定設置された試料(シート状の電磁波遮蔽材)に対向させて、所定の位置に配置して、所定電磁波の発信と受信を行い、上式に従って電磁波の遮蔽量を算出した。試料面とホーンアンテナの向き(電磁波照射方向と受信方向)の角度は直交(90度)であることを基本とした。
【0076】
被験電磁波として、(1)1-10GHz、(2)40-60GHzを選択した。
【0077】
(1)1-10GHzの測定環境と結果
この測定系の概観は、図1(2)に示した。正面にある黒い構造物はピラミッド型の構造単位を有する超高域電磁波吸収体である。その中央部に窓を設けてこの窓面と平行になるように試料面を合わせて、試料が当該窓近傍に配置されている。
【0078】
ベクトルネットワークアナライザ(VNA)は、Keysight Field Microwave Analyzer N9916Aを用い、校正はアンテナの入力端で行った。ホーンアンテナは、Schwarzbeck Mess Electronik,BBHA9120B、を用い、試料・アンテナ間距離(D)を2300mm(>遠方界条件2208mm)で垂直方向(90度)とし、試料サイズは、それぞれ50cm×50cmであり、試料はそれぞれ1枚ずつである。結果を図2に示す。図2の横軸は測定周波数(GHz)であり、縦軸は測定電磁波の遮蔽量(dB)である。図2により、実質的な電磁波遮蔽作用は、紙糸の編物(疎編み基材と密編み基材)に認められ、最も密編みの絹基材ではわずかであった。紙糸の編物の電磁波遮蔽作用は、1-8GHzにおいては右肩上がりで、それ以降は平坦化傾向が認められた。
【0079】
(2)40-60GHzの測定環境と結果
この測定系の概観は、図1(3)に示した。基本的な方式は図1(2)に準じている。
【0080】
ベクトルネットワークアナライザ(VNA)は、Rohda&Schwarz ZVA67(-67GHz)を用い、ホーンアンテナは、SAGE,MN:SAR-2309-19-52(40-60GHz)を用い、試料・アンテナ間距離(D)を500mm(>遠方界条件約460mm)で垂直方向(90度)とし、試料サイズは、それぞれ50cm×50cmとし、試料はそれぞれ1枚ずつである。結果を図2(40-60GHz)に示した。これらと上記図2の結果と併せて、10GHzから、少なくとも60GHzまでは、そのまま5-8db程度の良好かつ安定した周波数遮蔽特性が、紙糸の編物において認められることが分かった。
【0081】
なお、試料を互いに導通しないように2枚以上重ねると、重ねた枚数に応じて上記電磁波遮蔽性能が向上し、また、ホーンアンテナからの電磁波照射角度を45度にした場合が、同じ枚数の基材における電磁波遮蔽性能が最も優れていた。
【0082】
2.電気抵抗値の測定
上記の紙糸の編物(疎編み基材と密編み基材)における電気抵抗値を、各サンプル布から糸を1本5cmで5本切り取り、1本のみではテスターの端子との接触が安定しないため、5本束ねて測定した。繊維を安定させて真っ直ぐな状態で測定するため、平板上に粘着テープを糸の長さ方向に沿って貼り付けた状態で測定した。測定は各3回行った。テスターは、FLUKE115 True RMS Multimeterを用いた。
【0083】
上記測定の結果、粗編み基材の電気抵抗値は、29±5.3kΩ(糸1本当たり5.8kΩ)であり、密編み基材の電気抵抗値は、116±16kΩ(糸1本当たり23.2kΩ)であった。
【0084】
[電磁波遮蔽試験2]
上記の電磁波遮蔽試験1の結果より、5dB前後の電磁波遮断効果が見込まれる10-40GHzの周波数帯における、上記基材の電磁波遮蔽効果についての確認を、動体センサ(10GHz近傍)と動体・距離センサ(24GHz近傍)を用いて行った。
【0085】
(1)動体センサを用いた試験(10GHz近傍)
10GHz近傍の電磁波遮断効果を検討するための、動体センサを用いた試験系は、図4に示す通りである。筒の外側と内側をアルミ箔で覆った筒状体1の一端側に、上記の試料2(疎編み基材)を、当該端の開口部近傍に筒状体1の中心長手方向軸に対して直角となる位置を基本の位置として固定し、他端側近傍に、動体センサ3を、その発信電磁波が筒状体1の中心長手方向軸方向に発信されるように固定した。筒状体1の長さは、100mm、150mm、200mmと3種類を用い、これらを「試料のセンサからの距離」として扱った。
【0086】
動体センサとして(DS-XDMA:有限会社浅草ギ研)を用いた。発信電磁波の周波数は「10.525GHz」である。試料を筒状体の開口部面と並行するように上下又は左右に動かして、発信波と受信波との強度の差をパラメータとして上記電磁波の遮蔽率(%)を算出した。その結果を、図5に示す。これにより、いずれの距離からも上記電磁波の周波数(10GHz近傍)における電磁波遮蔽効果が認められた。センサからの距離が大きい方が、発信電磁波が試料と接触する際の強度が弱くなる分、遮蔽効果は大きかった。これを基に、当該周波数における試料の電磁波遮蔽効果は6-8(dB)であった。また、試料を紙等の非導電性基材や、絶縁フィルム等の絶縁体を挟んで重ねた場合に、さらに遮蔽効果があがることを確認した。
【0087】
(2)動体・距離センサを用いた試験(24GHz近傍)
24GHz近傍の電磁波遮断効果を検討するための、動体・距離センサを用いた試験系は、図6に示す通りである。動体・距離センサ30の発信電磁波の発信ポイントの直近に、上記の試料20(疎編み基材)を、発信電磁波の中心進行方向に対して垂直に遮断するように載置して、6m離れたコンクリート製の壁面40からの反射電磁波を、動体・距離センサにより検知した。
【0088】
動体・距離センサとして(NJR4233D1:新日本無線株式会社)を用いた。発信電磁波の周波数は「24.05-24.25GHz」である。検出に用いた手法は、FMCW(周波数連続変調)方式であり、時間に対して周波数が直線的に増加するように変調を行った電波を送信する方式で、これによる距離計測の検出感度を指標に遮蔽効果を評価した。その結果、当該周波数における試料の電磁波遮蔽効果は5.4-6.7(dB)であった。
【0089】
上記の試料20を、疎編み基材(和紙糸)に代えて、絹糸による編物(絹糸は、「21中3本」を用いた鹿の子編みによる編物:大きさは50cm×50cm、網目は、上記密編み基材よりも細かい)を用いて、上記と同様の「動体・距離センサを用いた試験」を行い、24GHz近傍の電磁波遮蔽効果を検討したところ、上記の疎編み記載を用いた系以上の電磁波遮蔽効果が確認された。
【0090】
同じく、上記の試料20を、疎編み基材(和紙糸)に代えて、ポリエステル糸による編物(網目は稠密、50cm離れたところからの目視での網目の確認は困難:大きさは50cm×50cm)を用いて、上記と同様の「動体・距離センサを用いた試験」を行い、24GHz近傍の電磁波遮蔽効果を検討したところ、上記の疎編み記載を用いた系に比較すると劣るものの、無視できない程度の電磁波遮蔽効果が確認された。
【0091】
このように、上記の電磁波遮蔽試験1に加えて、電磁波遮断試験2によって、本発明の電磁波遮蔽材のラジオ波領域における優れた電磁波遮蔽効果が、複数の種類の素材や、様々な編目の大きさの編物において確認された。
図1(1)】
図1(2)】
図1(3)】
図2
図3
図4
図5
図6