(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】過酸化水素の製造法
(51)【国際特許分類】
C01B 15/027 20060101AFI20241209BHJP
B01J 31/06 20060101ALI20241209BHJP
B01J 35/39 20240101ALI20241209BHJP
C08G 61/02 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
C01B15/027
B01J31/06 M
B01J35/39
C08G61/02
(21)【出願番号】P 2021548382
(86)(22)【出願日】2020-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2020028394
(87)【国際公開番号】W WO2021059716
(87)【国際公開日】2021-04-01
【審査請求日】2023-06-02
(31)【優先権主張番号】P 2019175028
(32)【優先日】2019-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】305061771
【氏名又は名称】国際先端技術総合研究所株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】弁理士法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西出 宏之
(72)【発明者】
【氏名】岡 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】ウインザー-ジェンセン ビヨーン
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】韓国登録特許第1563346(KR,B1)
【文献】特開2018-089589(JP,A)
【文献】特開2019-130523(JP,A)
【文献】特開2019-039048(JP,A)
【文献】国際公開第2013/002188(WO,A1)
【文献】FAN, Wenjun et al.,Efficient hydrogen peroxide synthesis by metal-free polyterthiophene via photoelectrocatalytic dioxy,Energy Environ. Sci.,2019年11月26日,2020, 13,238-245.,DOI: 10.1039/c9ee02247c
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 15/00 - 15/16
B01J 35/39
B01J 31/06
C08G 61/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオフェン重合体からなる光吸収および酸素還元触媒層(以下、光吸収酸素還元触媒層と記載する。)に、水の酸化触媒(以下、水酸化触媒と記載する。)を組み合わせ、これをアルカリ水に浸漬し、前記光吸収酸素還元触媒層に光照射することを含む、過酸化水素の製造方法。
【請求項2】
前記チオフェン重合体が、下記式(I)で表される構造単位を有するチオフェンと芳香族化合物との共重合体(以下、チオフェン共重合体と記載する。)であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法;
【化1】
ただし、
Aは芳香族化合物由来の構成単位を表し、
xおよび1-xは、共重合体の構成単位の組成比を表し、
0<x≦1である。
【請求項3】
前記光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板を、前記水酸化触媒の層(以下、水酸化触媒層と記載する。)を表面に形成した導電性薄板と導線で連結し、アルカリ水に浸漬し、光照射することを含む、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
導電性薄板に対して、前記光吸収酸素還元触媒層を片面上に、前記水酸化触媒層を他面上に形成してなる薄板を、アルカリ水に浸漬し、光照射することを含む、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項5】
水酸化触媒の微粒子の表面の過半を、チオフェン共重合体で被覆してなる微粒子を、アルカリ水に浸漬し、光照射することを含む、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記チオフェン共重合体を得るにあたり、下記一般式(II)または(III)で表されるチオフェンと芳香族化合物の2量体または3量体を予め合成し、これを重合してチオフェンと芳香族化合物との共重合体を得ることを特徴とする、請求項2~5のいずれか1項に記載の製造方法;
【化2】
【化3】
ただし、BおよびCは、芳香族化合物を表す。
【請求項7】
前記水酸化触媒が、酸化マンガン、酸化コバルトまたは酸化ルテニウムで構成されることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記光照射の光源として太陽光、疑似太陽光または紫外ないし可視光を使用することを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項6において合成された2量体または3量体を導電性薄板上に塗布し、これをヨウ素蒸気に曝し、前記チオフェン共重合体を得ることを特徴とする、光吸収酸素還元触媒層の調製方法。
【請求項10】
導電性薄板に対して、
チオフェン重合体からなる光吸収酸素還元触媒層を片面上に、水酸化触媒層を他面上に形成された過酸化水素の製造のための薄板。
【請求項11】
水酸化触媒活性を有する水酸化触媒の表面に
チオフェン重合体からなる光吸収酸素還元触媒層が形成された過酸化水素の製造のための微粒子。
【請求項12】
チオフェン重合体からなる光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板と、水酸化触媒層を表面に形成した導電性薄板とを組み合わせ、これらを導線で連結した、過酸化水素の製造のための導電性薄板組合わせ体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素の製造方法等に関する。より具体的には、本発明は、光照射下で、光吸収および酸素還元触媒層(以下、光吸収酸素還元触媒層と記載する。)に水の酸化触媒(以下、水酸化触媒と記載する。)を組合わせ;光吸収酸素還元触媒層となるチオフェン重合体層を表面に形成した導電性薄板と、水酸化触媒の層(以下、水酸化触媒層と記載する。)を表面に形成した導電性薄板とを導線で連結した導電性組合わせ体と:光吸収酸素還元触媒層と水酸化触媒層を導電性薄板を介して挟んで構成される薄板と;光吸収酸素還元触媒層を被覆した水酸化触媒活性を有する微粒子と;並びに、前記組合わせ体、前記薄板または前記微粒子を用いる過酸化水素の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、製紙・パルプ工業において漂白剤として、排水等環境分野での処理剤として、化学工業において酸化剤などとして幅広く工業利用され(非特許文献1)、その使用量は世界規模で年々増大し(2024年6 Mt/年予測、非特許文献2)、産業上きわめて重要な化合物である。また、最近では水素と比較して、同じくクリーンなエネルギー源や燃料電池の燃料(非特許文献3)として検討、試験され、また一部は実用されている。例えば、3%過酸化水素水は消毒液など日常用品や有機合成の酸化剤などとして汎用されている。
【0003】
過酸化水素の製造方法としては、水素と酸素を圧力下で反応させる直接合成法、酸素の電解還元法などあるが、工業的には現在、アントラキノンを用いた自動酸化法が主に用いられている。しかし、ベンゼン等の反応に用いる有機溶媒と、生成する過酸化水素の抽出工程や、高圧水素とその触媒、また水素の原料は化石資源であるなど、必ずしも現在および将来的にも有利な製造法ではない(非特許文献1)。
【0004】
触媒への光照射により、水に溶存する酸素を還元して過酸化水素と生成する研究は、簡便で環境に適合した理想的な方法として、いくつか報告されている。メラムと酸化タングステン(IV)、グラファイトカーボンナイトライドを光吸収および酸素還元の触媒として、光照射下での過酸化水素の生成を計測している報告などである(非特許文献4、5、6)。しかし、これらの報告は、400 nm以下の紫外光照射、純酸素の吹き込みで検討されており、また技術の健であり過半を占める触媒は環境適合ではない。かつ、過酸化水素の生成が極めて遅く(10 μg過酸化水素/mg触媒/時間)、光照射のもと空気下の水から過酸化水素を製造する方法には程遠いのが現状である。
【0005】
一方、本発明者らは、永年に亘り水の光電気化学的分解と水素発生について研究を積み重ねてきており(非特許文献7)、最近、純度高いチオフェン重合体層をヨウ素蒸気による独自の重合法により得て、これを水中に浸して、光を照射すると0.5 V程度の印加電圧で(または印加なしでも反応速度は低いものの)水の分解により、水素ガスが発生してくることを報告した(非特許文献8、9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Campos-Martin, J. M., et al., Angew. Chem. Int. Ed. 45, 6962-6984 (2006)
【文献】Global Industry Analysts, Inc., "Hydrogen peroxide", A Global strategic business report, MCP-2080, https://www.strategyr.com/pressMCP-2080.asp
【文献】Fukuzumi, S., et al., Electrochim. Acta 82, 493-511 (2012)
【文献】Jin, Z., et al., Appl. Catal. B 205, 569-575 (2017)
【文献】Shiraishi, Y., et al., Angew. Chem. Int. Ed. 53, 13454-13459 (2014)
【文献】Wei, Z., et al., Energy Environ. Sci. 11, 2581-2589 (2018))
【文献】C. H. Ng, O. Winther-Jensen, et al., J. Mater. Chem. A, 2015, 3, 11358.
【文献】Oka, K., et al., Energy Environ. Sci. 11, 1335-1342 (2018).
【文献】Oka, K., et al., Adv. Energy Mater. 9, 1803286, (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
光の吸収に適した触媒のエネルギー準位とバンドギャップ(すなわち最高被占軌道の準位(HOMO)と最低空軌道の準位(LUMO)の差)を有し、酸素を還元して過酸化酸素を生成するに適したLUMO準位を有し、かつ酸素還元反応と対をなし、補償反応である、水を酸化して酸素を生成する反応の触媒を酸化再生するに適したHOMO準位を有する有機高分子化合物を模索し、これが上記反応で作動し、かつ簡便な条件を確立し、新規で環境適合であり、かつ効率が極めて高い過酸化水素の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の本発明者らが国内外で先駆ける光照射による水分解の知見と、独自のチオフェン重合体層の形成方法をもとに、水からの、まったく新しい光照射による過酸化水素の簡便な製造法の開発に向け鋭意研究を重ねた結果、純有機物であるチオフェン重合体の層が光照射により、空気下の水でも効率が極めて高く水と酸素から過酸化水素を生成する光吸収および酸素還元触媒となり、かつこれが汎用廉価な水の酸化触媒層が有効な高いpHでも作動することを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
具体的には、本発明は、チオフェン重合体からなる光吸収および酸素還元触媒層(以下、光吸収酸素還元触媒層と記載する。)に、水の酸化触媒(以下、水酸化触媒と記載する。)を組合わせ、これをアルカリ水に浸漬し、前記光吸収酸素還元触媒層に光照射することを含む、過酸化水素の製造方法を提供する。
【0010】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記チオフェン重合体が、下記式(I)で表される構造単位を有するチオフェンと芳香族化合物との共重合体(以下、チオフェン共重合体と記載する。)である場合がある;
【化1】
ただし、
Aは芳香族化合物に由来する構成単位を表し、
xおよび1-xは、共重合体の構成単位の組成比を表し、
0<x≦1である。
【0011】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板を、前記水酸化触媒層を表面に形成した導電性薄板と導線で連結し、アルカリ水に浸漬し、光照射する場合がある。
【0012】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板が、透明な導電性薄板である場合がある。
【0013】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板を複数枚連結する場合がある。
【0014】
本発明の過酸化水素の製造方法において、導電性薄板に対して、前記光吸収酸素還元触媒層を片面上に、前記水酸化触媒層を他面上に形成してなる薄板を、アルカリ水に浸漬し、光照射することを含む場合がある。
【0015】
本発明の過酸化水素の製造方法において、水酸化触媒の微粒子の表面の過半を、チオフェン共重合体で被覆してなる微粒子を、アルカリ水に浸漬し、光照射することを含む場合がある。
【0016】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記チオフェン共重合体を得るにあたり、下記一般式(II)または(III)で表されるチオフェンと芳香族化合物の2量体または3量体を予め合成し、これを重合してチオフェンと芳香族化合物との共重合体を得る場合がある;
【化2】
【化3】
ただし、BおよびCは、芳香族化合物を表す。
【0017】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記水酸化触媒が、酸化マンガン、酸化コバルトまたは酸化ルテニウムで構成される場合がある。
【0018】
本発明の過酸化水素の製造方法において、前記光照射の光源として太陽光、疑似太陽光または紫外ないし可視光を使用する場合がある。
【0019】
また、本発明は、合成された前記の2量体または3量体を導電性薄板上に塗布し、これをヨウ素蒸気に曝し、前記チオフェン共重合体を得る光吸収酸素還元触媒層の調製方法を提供する。
【0020】
さらに、本発明は、導電性薄板に対して、光吸収酸素還元触媒層を片面上に、水酸化触媒層を他面上に形成された過酸化水素の製造のための薄板を提供する。
【0021】
また、本発明は、水酸化触媒活性を有する水酸化触媒の表面に光吸収酸素還元触媒層が形成された過酸化水素の製造のための微粒子を提供する。
【0022】
また、本発明は、光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板と、水酸化触媒層を表面に形成した導電性薄板とを組み合わせ、これらを導線で連結した、過酸化水素の製造のための導電性薄板組合わせ体を提供する。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、新規で環境適合かつ効率極めて高い過酸化水素の製造法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の、チオフェン重合体を光吸収および酸素還元触媒とし、水の酸化触媒を組合せて成る、アルカリ水から光照射により過酸化水素を製造する方法につき、要件となるエネルギー準位図である。
【
図2】チオフェンと芳香族化合物の共重合体からなる光吸収および酸素還元触媒層を表面に形成した薄板(好ましくは透明薄板)を、水酸化触媒層を形成した薄板と導線で連結し、アルカリ水に浸漬、光照射により過酸化水素を製造する方法を表す。
【
図3】光吸収および酸素還元触媒と水酸化触媒層とで導電性薄板を挟んだ薄板を水中に設置してなる光照射下での簡便な反応槽を表す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
1.過酸化水素の製造方法
本発明の実施形態の1つは、過酸化水素の製造方法である。
【0026】
より具体的には、チオフェン重合体からなる光吸収および酸素還元触媒層(以下、光吸収酸素還元触媒層と記載する。)に、水の酸化触媒(以下、水酸化触媒と記載する。)を組み合わせ、これをアルカリ水に浸漬し、前記光吸収酸素還元触媒層に光照射する工程を含む、過酸化水素の製造方法である。
【0027】
本明細書において、「からなる」の用語は「から形成される」との意味で用いられ、「のみからなる」の意味で使用されるものではない。すなわち、「チオフェン重合体からなる」とは、「チオフェン重合体から形成される」との意味であり、「チオフェン重合体のみからなる」の意味を表すものではない。
【0028】
また、本明細書において、光吸収酸素還元触媒層は光吸収活性および酸素還元触媒活性の両活性を有する材料からなる層を意味するものであり、光吸収活性を有する材料と酸素還元活性を有する別の材料とを重層又は混合させて形成させた層は含まない。
【0029】
以下、本発明の光照射により過酸化水素を製造する方法について、添付した図面を参照しながら詳細に説明する。
【0030】
本発明の、チオフェン重合体を光吸収酸素還元触媒とし、水酸化触媒を組み合せて成る、アルカリ水から光照射により過酸化水素を製造する方法につき、要件となるエネルギー準位を、
図1に示した。
【0031】
図1の右側から説明する。水に溶存する酸素を還元(すなわち2電子を供与)して過酸化水素を生成する電位は、反応式O
2 + 2H
2O + 2e
- → H
2O
2 + 2OH
- (中性)で、酸化還元電位が銀/塩化銀電極を参照電極とする値(以下、対銀/塩化銀と記載)で - 0.21 V、または、過酸化水素の前駆体である過酸化水素アニオンを生成する反応式O
2 + H
2O + 2e
- → HO
2
- + OH
- (アルカリ性)で - 0.15 V対銀/塩化銀である。なお、過酸化水素アニオンは大気開放下で中和して反応式HO
2
- + H
+ →H
2O
2 に従って自動的に過酸化水素となる。
【0032】
本発明の最重要な構成物は、
図1の右側2列目の有機高分子層であり、光を吸収し電荷分離し、励起電子を触媒的に酸素の還元に供する役割を果たす。そのために同層はπ共役有機高分子からなるが、(1) 光の吸収係数が高く、かつ(2) 最低空軌道(LUMO)の準位が酸素の還元電位より適度に高い共役有機高分子が要件となる。(1)についてはバンドギャップが2.0 eV程度であることが望ましい。合わせて、同層は(3) 電荷分離により生じた電子とホールを左右の界面まで拡散させる電荷輸送性、(4) 水の酸化触媒にホールを注入できる適度に低い最高被占軌道(HOMO)の準位も要件となる。さらに(5) 酸素への電子注入効率が高い、いわば触媒能が要求される。加うるに(6) この触媒能が水のpHによらず、例えば水の酸化触媒が効率高く作動するアルカリ性でも保持されていることが望まれる。
【0033】
図1の右側3列目の水酸化触媒は、光照射下の有機高分子層からホールを受け取り、触媒的に水の酸化に供する役割を果たす。汎用廉価で活性が高い触媒としては酸化マンガンが代表例であるが、これらの触媒はアルカリ水で作用する。4列目の水を酸化(すなわち4電子を引き出し)して酸素を生成する電位は反応式4OH
- → O
2 + 2H
2O + 4e
- (アルカリ水)で+ 0.32 V対銀/塩化銀である。酸化マンガンの電位は+ 0.5 V対銀/塩化銀にあるが、共役有機高分子のHOMO準位がおよそ+ 1.0 V対銀/塩化銀にあれば、理想的な電子(またはホール)の授受が連鎖して作動するカスケードが成り立つ。
【0034】
以下に、本発明の過酸化水素の製造方法における構成物について具体的に説明する。
【0035】
光吸収酸素還元触媒層となるチオフェン重合体の例としては、下記一般式(I)に示す構造単位を有する共重合体(以下、チオフェン共重合体と記載する。)が挙げられる。
【化4】
ただし、
Aは芳香族化合物由来の構成単位を表し、
xおよび1-xは、共重合体の構成単位の組成比を表し、
0<x≦1であり、好ましくは1/2≦x≦2/3であり、より好ましくはx=2/3である。
【0036】
前記チオフェン共重合体の好ましい重合度は、2~30の範囲であり、より好ましくは4~15の範囲であり、好ましい平均分子量としては500~7500の範囲であり、より好ましくは1000~4000の範囲である。
【0037】
チオフェンと結合し、チオフェン重合体を形成する芳香族化合物の例としては、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、フラン、チオフェン、フルオロチオフェン、3,4-ジフルオロチオフェン、3,4-ジメチルチオフェン、ピロール、ピラゾール、イミダゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、トルエン、エチルベンゼン、クメン、フェノール、ベンジルアルコール、アニソール、ベンズアルデヒド、安息香酸、アセトフェノン、ベンゼンスルホン酸、ニトロベンゼン、アニリン、チオフェノール、ベンゾニトリル、スチレン、キシレン、クレゾール、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノン、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、サリチル酸、トルイジンなどが挙げられる。
【0038】
また、前記チオフェン重合体を得るに供するチオフェンおよびチオフェン誘導体は下記一般式(II)または下記一般式(III)で示される。
【化5】
【化6】
ただし、BおよびCは、芳香族化合物を表す。
【0039】
前記チオフェン誘導体の例としては、2-フェニルチオフェン、ターチオフェン、3,4-エチレンジオキシチオフェン、1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン、1,4-ジ(2-チエニル)ピロール、1,4-ジ(2-チエニル)ピリジン、1,4-ジ(2-チエニル)ビぺリジン、1,4-ジ(2-チエニル)ナフタレン、1,4-ジ(2-チエニル)-2-フルオロベンゼン、3-フェニル-ターチオフェンなどが挙げられる。その多くはチオフェンと比較して電子吸引性のπ共役分子をもち、得られるチオフェン重合体のHOMO、LUMO、また両者の差であるバンドギャップが上記機能を満足するものである。また水に接して作動する触媒層として、親水性を付与できるものが好ましい。合わせて、後述の重合時の反応性および重合条件に適した溶媒溶解性、融点、並びに、薄層形成能も条件となる。
【0040】
チオフェン重合体を得る方法の例としては、気相重合、電解重合、および化学酸化重合などがある(高分子学会編、高分子の合成・反応(2) 縮合系高分子の合成 新高分子実験学3、共立出版株式会社、1996年)。代表例としては、ヨウ素気相重合であり、他の重合法と比較して、(1) 金属触媒を用いず残存もない、(2) 簡易な重合容器、(3) 容易な精製工程、および(4) 大スケール化が容易、等の優位性がある。
【0041】
また、光吸収触媒層を形成させる薄板の例としては、グラッシーカーボン、カーボンペーパー、導電性ガラス(例えばITO(酸化インジウムスズ)で表面被覆された透明ガラス)、導電性透明プラスチックフィルム(例えば導電性のPSS(ポリ(4-スチレンスルホン酸)をドープしたPEDOT(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン))で表面被覆されたポリエチレンテレフタレートフィルム)が挙げられる。
【0042】
水酸化触媒の例としては、酸化マンガン、イリジウム、酸化イリジウムおよび酸化ルテニウム、ニッケル/コバルト/鉄が挙げられる。代表例の酸化マンガンは、酢酸マンガンのイオン液体中での電解酸化により調製される(Zhou, F., et al, Advanced Energy Materials 2, 1013-1021, (2012))。
【0043】
反応液のpHは、中性ないしアルカリ性であり、好ましくはアルカリ性であり、反応液は、例えば、pH8以上、より好ましくはpH11以上であり、さらに好ましくはpH12前後のアルカリ水である。アルカリ水の例としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液およびリン酸緩衝液が挙げられる。
【0044】
光照射する光源としては、紫外ないし可視光を供するものであればいずれでもよく、太陽光が経費および効率の上で最も有効であり、疑似太陽光も使用できる。
【0045】
チオフェンと芳香族化合物の共重合体からなる光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した薄板(好ましくは透明薄板)を、水酸化触媒層を形成した薄板と導線で連結し、アルカリ水に浸漬、光照射により過酸化水素を製造する(
図2参照)。なお、光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した透明薄板は複数枚が好ましい。
【0046】
または導電性薄板に対して、チオフェンと芳香族化合物の共重合体からなる光吸収酸素還元触媒層を片面上に、水酸化触媒層を他面上に形成して成る薄板を、アルカリ水に浸漬し、光照射により過酸化水素を製造する(
図3参照)。
【0047】
前記導線の例としては、一般的に使用される導線を使用でき、例えば、銅線が挙げられる。
【0048】
また、本発明は、水酸化触媒の微粒子の表面の過半を、チオフェン共重合体で被覆してなる微粒子を、アルカリ水に浸漬し、光照射することを含む製造方法で過酸化水素を製造することができる。
【0049】
このときの微粒子としては、例えば、酸化マンガン微粒子(好ましくは粒径0.1ないし1 μm)の表面の一部を化学酸化重合法によりチオフェン重合体により被覆したものである。
【0050】
2.光吸収酸素還元触媒層の調製方法
本発明のもう1つの実施形態は、光吸収酸素還元触媒層の調製方法である。
【0051】
より具体的には、前記「1.過酸化水素の製造方法」で説明した前記チオフェン共重合体を得るにあたり、前記一般式(II)または(III)で表されるチオフェンと芳香族化合物の2量体または3量体を予め合成し、これを導電性薄板上に塗布し、これをヨウ素蒸気に曝し、前記チオフェン共重合体を得ることを特徴とする、光吸収酸素還元触媒層の調製方法である。
【0052】
さらに具体的には、前記「1.過酸化水素の製造方法」および下記実施例に記載した方法で実施することができる。
【0053】
3.過酸化水素製造用の薄板
本発明のもう1つの実施形態は、過酸化水素製造用の薄板である。
【0054】
より具体的には、導電性薄板に対して、光吸収酸素還元触媒層が片面上に、水酸化触媒層が他面上に形成された過酸化水素の製造のための薄板である。
【0055】
導電性薄板の種類、光吸収酸素還元触媒層の製造方法等、水酸化触媒層の製造方法等、過酸化水素製造用の薄板の製造方法等、および、これらを用いて過酸化水素を製造する方法等については、前記「過酸化水素の製造方法」で詳細に説明した。また、下記実施例で実際に実施した例を記載した。
【0056】
そこで、前記「1.過酸化水素の製造方法」および下記実施例の記載に基づいて、過酸化水素製造のための薄板を製造し、過酸化水素の製造に使用することができる。
【0057】
4.過酸化水素製造用の微粒子
本発明のもう1つの実施形態は、過酸化水素製造用の微粒子である。
【0058】
より具体的には、水酸化触媒活性を有する水酸化触媒の表面に光吸収酸素還元触媒層が形成された過酸化水素の製造のための微粒子である。
【0059】
本実施形態に使用する、水酸化触媒活性を有する水酸化触媒の微粒子の種類および微粒子サイズ等、光吸収酸素還元触媒層の製造方法等、水酸化触媒の表面に光吸収酸素還元触媒層を形成する方法等、並びに、該微粒子を使用する過酸化水素の製造方法等について、前記「1.過酸化水素の製造方法」に説明し、具体的に実施した例を下記実施例に記載した。
【0060】
そこで、前記「1.過酸化水素の製造方法」および下記実施例の記載に基づいて、過酸化水素製造のための微粒子を製造し、過酸化水素の製造に使用することができる。
【0061】
5.過酸化水素製造用の導電性薄板組合わせ体
本発明のもう1つの実施形態は、過酸化水素製造用の導電性薄板組合わせ体である。
【0062】
より具体的には、光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板と、水酸化触媒層を表面に形成した導電性薄板とを組み合わせ、これらを導線で連結した過酸化水素の製造のための導電性薄板組合わせ体である。
【0063】
光吸収酸素還元触媒層を表面に形成した導電性薄板と、水酸化触媒層を表面に形成した導電性薄板とを組み合わせ、これらを導線で連結した、過酸化水素の製造方法については、前記「1.過酸化水素の製造方法」で説明し、実際に実施した具体例を下記実施例に記載した。
【0064】
そこで、前記「1.過酸化水素の製造方法」および下記実施例の記載に基づいて、過酸化水素製造のための導電性薄板組合わせ体を製造し、過酸化水素の製造に使用することができる。
【0065】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例1】
【0066】
<チオフェン重合体としてポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)を、導電性薄板としてグラッシーカーボンを使用した過酸化水素の製造>
グラッシーカーボン薄板上に、チオフェンがベンゼンの1,4位に結合した3量体(下記式(III)のCが1,4-ベンゼン基)である 1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンをヨウ素蒸気による重合反応(下記で詳細に記載する。)によって光吸収および酸素還元触媒層として形成した薄板を、グラッシーカーボン薄板上に水酸化触媒層を形成した別の薄板と導線で連結し、アルカリ水に浸漬し、光照射により過酸化水素を製造した。
【0067】
【0068】
以下で詳細に説明する。
【0069】
(1) 1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンの合成
下記反応式により1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンを合成した。
【0070】
【0071】
1,4-ジブロモベンゼン(東京化成工業株式会社、製品コード:D0170) 1.18 g、2-チオフェンボロン酸ピナコール(東京化成工業株式会社、製品コード:T2924) 2.36 g、炭酸カリウム(東京化成工業株式会社、製品コード:P1748) 1.55 g、[1,1′-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]ジクロロパラジウム(II) (東京化成工業株式会社、製品コード:B2064) 0.204 gを、テトラヒドロフラン 25 mLと水 3.5 mLの混合溶媒に溶解、窒素ガス雰囲気下、60°Cで24時間還流した。酢酸エチル/水にて分液し、その酢酸エチル溶液をとりだし、シリカゲル充填カラム(トルエン、溶出溶媒)にて1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンを分取した。トルエンによる再結晶して、1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン 0.957 gを黄色結晶として得た。得られた結晶はクロロホルム、ジクロロメタン、THF、トルエン等に可溶であった。融点206℃, 1H-NMR(CD2Cl2, 500 MHz, ppm): δ = 7.64 (s, 4H), 7.37 (d, J = 4.0 Hz, 2H), 7.32 (d, J = 5.2 Hz, 2H), 7.11 (dd, J = 4.4, 3.2 Hz, 2H), 質量分析値 m/z = 242.2, (計算値)m/z = 242.4
【0072】
(2) グラッシーカーボン薄板上での1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンのヨウ素蒸気による重合
1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン 100 mgをクロロベンゼン 10 mLに溶解させ、同溶液4 mLを、グラッシーカーボン薄板(ALLIANCE Biosystems Inc.製)10 cm角にスピンコート(3秒間、1500 回転毎分、次いて20秒、3秒間)した。これをベルジャー内に設置、同じく別シャーレ上に置いたヨウ素 0.5 gとともに密閉して70℃、2時間加熱した。薄板の1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン塗布面をアセトニトリル200 mLで3回洗浄した。
【化9】
【0073】
塗布層の紫外可視赤外吸収は、300~600 nmの光波長域に強い吸収帯をもった。近赤外域での吸収は無く、ドープされていない純粋なチオフェン重合体であることを示した。MALDI-TOF質量分析法では、最大分子量約3,400の高分子量体であり、主な成分の分子量と重合度はそれぞれ、962、4であった。ラマン分光測定(励起波長532 および785 nm)では、1222 cm-1に強い吸収があり、直鎖状高分子の生成が支持された。汎用多機能X線回折装置(RINT-Ultima III型、株式会社リガク製)による測定(斜入射平行法での4°からの測定)では、幅広スペクトルで非晶質な高分子の生成が示された。
【0074】
0.1 M過塩素酸テトラブチルアンモニウムのアセトニトリル溶液を電解液として、薄層のサイクリックボルタモグラム(掃引速度 50 mV/s)から、最高被占軌道の準位を-5.5 eVと算出した。さらに紫外吸収スペクトルより算出したバンドギャップから最低空軌道の準位を-3.3 eVと算出した。
【0075】
(3) グラッシーカーボン薄板への酸化マンガン薄層の形成
酸化マンガン薄層は、公知の文献(Zhou, F., et al., Advanced Energy Materials 2, 1013-1021, doi:10.1002/aenm.201100783 (2012))に記載されている手順に従って作製した。簡潔には、200 mLのエチルアミンを4 Mの希硝酸で中和し、続いて70℃で2時間、ロータリーエバポレーターを用いて減圧下で水を除去することによって、硝酸エチルアンモニウムを調製した。1:9の水:硝酸エチルアンモニウム混合液100 mLに0.2 gの酢酸マンガンを溶解し、電解液を調製した。0.25 mLの4 Mの希硝酸を添加して酸性とした。 10 cm角のグラッシーカーボン薄板を電解液中に設置し、白金を対極として、200 μA/cm2の定電流密度で5分間、120℃で通電した。グラッシーカーボン薄板に堆積した酸化マンガン薄層を、蒸留水で十分洗浄した。
【0076】
(4) 光照射による過酸化水素の製造
前記1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンのヨウ素蒸気による重合によって得られたチオフェン重合体を用い、該チオフェン重合体の薄層で被覆されたグラッシーカーボン10 cm角薄板と酸化マンガン薄層で被覆されたグラッシーカーボン10 cm角板の両者を銅線でつなぎ、該チオフェン重合体の薄層で被覆されたグラッシーカーボン薄板を照射面として幅12 cm、深さ10 cm、奥行0.3 cm(各内寸)の水槽に設置し、30 mLのpH12の水酸化ナトリウム水溶液で満たし、光照射(疑似太陽光、放射照度量として1000W/m2、朝日分光株式会社製)した。
【0077】
なお、過酸化水素の量は、常法(Naga, A. et al., Anal. Chim. Acta, 204, 349-353 (1988))に従って定量した。簡潔には、過剰の2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリンの存在下での過酸化水素による銅(II)イオンの還元による銅(I)錯体の形成することによる過酸化水素を定量法である。1 gのネオクプロインを100 cm3のエタノールに溶解して2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリンのエタノール溶液を調製した。10 cm3メスフラスコで、0.01 M 硫酸銅(II)水溶液と2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリンのエタノール溶液をそれぞれ1 cm3混ぜた。過酸化水素サンプル溶液を8 cm3を追加した。銅(I)-DMP錯体の最大吸収波長454 nmの吸収強度から定量した。市販の35wt%の過酸化水素水(東京化成工業株式会社、製品コード:H1222)標準液を用いて0~120 μMの5点で検量線を作成した。過酸化水素を含む水溶液を、希硫酸水溶液を蒸留水で希釈し用いることにより、pH9に調整した。
【0078】
光照射開始から10時間後に、濃度0.9 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。さらに、光照射開始から24時間後では、濃度2.0 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。光照射10時間後での過酸化水素の製造速度は、類似法での公知の値を2桁以上上回る1.1 mg過酸化水素/mg触媒/時間であった。
【実施例2】
【0079】
<PEDOT/PSSを被覆した導電性薄板を使用した過酸化水素の製造>
導電性のPSS(ポリ(4-スチレンスルホン酸)をドープしたPEDOT(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン))(以下、PEDOT/PSSと略する)で表面被覆されたガラス薄板を以下のように作製した。PEDOT/PSS水分散液(Aldrich-Sigma Inc.、製品コード:483095)をガラス薄板上にスピンコート成膜(1000 rpm、60 sec)し、120℃で15分間加熱乾燥することでPEDOT/PSSを被覆した。PEDOT/PSS被覆板を耐酸性テープで固定し、硫酸(純正化学株式会社、製品コード:83010-2550)に常温で1分間浸漬させた。超純水で2回洗浄後、90℃で10分間加熱乾燥し、酸処理した。この薄板の表面抵抗を測定したところシート抵抗、層厚、導電率はそれぞれ89 Ω/sq, 110nm, 1048 S/cmになった。
【0080】
前記実施例1(2)に従ってチオフェン重合体層を、PEDOT/PSSで表面被覆されたガラス薄板上に形成した。この薄板2枚を連結し、さらに銅線で酸化マンガン薄層で被覆されたグラッシーカーボン薄板とつなげた(
図2参照)。
【0081】
実施例1と同様に過酸化水素を製造したところ、光照射開始から5時間後に、濃度0.7 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。光照射開始から18時間後、濃度1.9 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。
【実施例3】
【0082】
<チオフェン重合体としてポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ナフタレン)を使用した過酸化水素の製造>
グラッシーカーボン薄板の片面上に、水酸化触媒層として電解酸化法により酸化マンガンの薄層を形成した。この薄板の反対面上に、チオフェンと1,4-ナフタレンの3量体 1,4-ジ(2-チエニル)ナフタレンをヨウ素蒸気による重合によって光吸収酸素還元触媒層としてポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ナフタレン)を形成した。得られた薄板をアルカリ水に浸漬し、光照射により過酸化水素を製造した。ヨウ素蒸気による重合法などは実施例1に従って実施した。同3量体からなる重合体層のHOMO、LUMO準位は、1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンの重合体のそれらより共に0.1 eV低下した。
【0083】
実施例1と同様の方法で過酸化水素を製造したところ、光照射開始から18時間後に濃度3.1 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。
【実施例4】
【0084】
<チオフェン重合体としてポリ(2-フルオロ-1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)を使用した過酸化水素の製造>
実施例3と同様にグラッシーカーボン薄板の片面上に、水酸化触媒層として電解酸化法により酸化マンガンの薄層を形成した。この薄板の反対面上に、チオフェンとフルオロベンゼンの3量体 (2-フルオロ-1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)をヨウ素蒸気による重合によって光吸収酸素還元触媒層としてポリ(2-フルオロ-1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)を形成した。
【0085】
実施例3と同様の方法で過酸化水素を製造したところ、光照射開始から24時間後に濃度1.6 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。
【実施例5】
【0086】
<チオフェン重合体としてポリターチオフェンを使用した過酸化水素の製造>
実施例3と同様にグラッシーカーボン薄板の片面上に、水酸化触媒層として電解酸化法により酸化マンガンの薄層を形成した。この薄板の反対面上に、チオフェン3量体 ターチオフェンをヨウ素蒸気による重合によって光吸収酸素還元触媒層としてポリターチオフェンを形成した。
【0087】
実施例3と同様の方法で過酸化水素を製造したところ、光照射開始から24時間後に濃度1.2 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。
【実施例6】
【0088】
<ポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)の形成法を改変した過酸化水素の製造>
実施例1において、ポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)を得るにあたり、電解重合した。 すなわち、100 mgの1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼンを0.1 M過塩素酸テトラブチルアンモニウムのアセトニトリル溶液 10 mLに溶解させた。グラッシーカーボン薄板を同溶液に浸漬させ、0-1.2 V 対銀/銀イオンでサイクリックボルタモグラム(掃引速度 50 mV/s)で1サイクル掃引し、ポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)薄層を形成した。エタノールもしくはアセトニトリルにさらすことで残渣を取り除くことが可能であった。
【0089】
これを実施例1と同様の方法で30 mLのpH12の水酸化ナトリウム水溶液の水槽で満たし、光照射(疑似太陽光、放射照度量して1000 W/m2、朝日分光株式会社製)したところ、光照射開始から24時間後に濃度2.1 wt%の過酸化水素水約30 mLを得た。
【実施例7】
【0090】
<水酸化触媒層として微粒子を使用した過酸化水素の製造方法>
酸化マンガン微粒子(粒径: 50 μm)の表面の一部を化学酸化重合法によりチオフェン重合体によりコーティングした微粒子を、アルカリ水に分散させ、光照射により過酸化水素を製造した。以下で詳細に説明する。
【0091】
(1) 酸化マンガン微粒子表面でのポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)層の形成
酸化マンガン(II,III) (Aldrich-Sigma Inc.、製品コード:377473-100G) 200 mgを、50 mlのクロロベンゼンおよび1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン(500 mg)を含むフラスコに分散させた後、200 mlフラスコに添加し、混合物を超音波浴で20分間処理して、十分に分散させた。酸化剤である無水塩化鉄(III) (7.8 g)を50 mlのクロロベンゼンに溶解し、室温で混合物に滴下した。室温で24時間撹拌した。暗灰色の沈殿物を濾過により回収し、メタノールで24時間抽出して、残留塩化鉄(III)を除去した。メタノールで数回洗浄し、真空オーブンで加熱乾燥した後、表面にポリ(1,4-ジ(2-チエニル)ベンゼン)層を被覆した酸化マンガンを得た。
【0092】
(2) 光照射による過酸化水素の製造
500 mLビーカーに(1)で調製した微粒子を50 mg加え、100 mLのpH12の水酸化ナトリウム水溶液で満たし、撹拌しながら、光照射(疑似太陽光:放射照度量して1000W/m2、朝日分光株式会社製)した。
【0093】
光照射開始から9時間後に濃度1.8 wt%の過酸化水素水約100 mLを得た。
【0094】
以上の結果より、本発明による過酸化水素の製造法は、次に列記する特徴を有する。
(1) 光照射により作動する。これは光吸収酸素還元触媒層となり得、かつ、水酸化触媒層に対しても補償的な水の酸化触媒活性を作動させることが可能な両者のエネルギー準位を満足したチオフェン重合体を、芳香族化合物との共重合体とするなどして見出したことによる。
(2) 過酸化水素の製造速度が十分に大きい(類似法での公知の値を2桁以上上回る>0.1 mg過酸化水素/mg触媒/時間)。これはLUMO準位が酸素を還元して過酸化水素を生成するに対して充分に高く、強い駆動力を有することに合わせ、チオフェン重合体、特に芳香族化合物との共重合体の部位が触媒活性点として働く可能性による。結果として、酸素の吹き込み等で酸素濃度を高めた水を用いなくても、空気下の水で充分に作動する。
(3) 中性水ないしアルカリ水で(好ましくはアルカリ水で)、例えばpH 8以上、より好ましくはpH 11以上で作動する。これは本発明での補償反応である水酸化触媒層において、汎用廉価な酸化マンガン、酸化コバルト、および、酸化ルテニウムなどが作動する最適pH条件であり、一般的には公知の光吸収酸素還元触媒には不適当な条件であるところを、本発明で見出したチオフェン重合体がはじめて可能にした。
(4) 光吸収酸素還元触媒を形成した導電性薄板と水酸化触媒層を形成した導電性薄板を導線で連結してなる(
図2)、光吸収酸素還元触媒と水酸化触媒層とで導電性薄板を挟んでなる(
図3)、または微粒子表面を他者が被覆してなることによって、これらを水中に設置または懸濁させて成る光照射下での簡便な反応槽を可能にしている。