(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】繁殖のための新規な過排卵誘起方法
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20241209BHJP
A61P 15/08 20060101ALI20241209BHJP
A01K 67/02 20060101ALI20241209BHJP
C07K 16/26 20060101ALN20241209BHJP
C12N 5/16 20060101ALN20241209BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20241209BHJP
【FI】
A61K39/395 N ZNA
A61P15/08
A01K67/02
C07K16/26
C12N5/16
C12P21/08
(21)【出願番号】P 2022069228
(22)【出願日】2022-04-20
【審査請求日】2024-08-14
(31)【優先権主張番号】P 2021072666
(32)【優先日】2021-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年4月23日、第68回日本実験動物学会総会抄録集にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年5月19日~5月28日、第68回日本実験動物学会総会(オンデマンド配信)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年9月5日、日本実験動物技術者協会総会 第55回総会抄録集にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年9月21日、The Journal of Reproduction and Development,vol.67,Suppl.,September 2021、第114回日本繁殖生物学会 大会講演要旨掲載号にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年9月23日、第114回日本繁殖生物学会大会(WEB開催)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年10月14日~10月16日、日本実験動物技術者協会総会 第55回総会(WEB配信)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和4年4月2日、Biology of Reproduction,ioac068(Online公開)にて発表(公開アドレス:https://doi.org/10.1093/biolre/ioac068)
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03503
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小倉 淳郎
(72)【発明者】
【氏名】持田 慶司
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 歩未
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-072370(JP,A)
【文献】中原 達夫,牛の性周期同調,農林省家畜衛生試験場研究報告,1971年,第62号,Pages 174-188
【文献】Kelly E. Mayo et al.,Inhibin A-subunit cDNAs from porcine ovary and human placenta,Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,1986年,Vol.83, No.16,Pages 5849-5853
【文献】Jie Zhu et al.,Inhibin α-Subunit N Terminus Interacts with Activin Type IB Receptor to Disrupt Activin Signaling,The Journal of Biological Chemistry,2012年,Vol.287, No.11,Pages 8060-8070
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/395
C07K 16/26
A01K 67/02
C12N 5/16
C12N 5/075
A61P 15/08
C12P 21/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起する方法であって、雌の非ヒト哺乳動物に抗インヒビン抗体を投与することを含み、
抗インヒビン抗体の投与時及び投与後において、
性腺刺激ホルモンによる処置を含まず、
前記抗インヒビン抗体が抗インヒビンモノクローナル抗体であり、
前記抗インヒビン抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列又は配列番号14で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドに特異的に結合するものであり、
前記抗インヒビン抗体が、マウスを用いた過排卵テストにおいて15~40個/個体の過排卵を誘起するものである、
前記方法。
【請求項2】
前記抗インヒビンモノクローナル抗体が、NITE P-03503の受託番号が付与されたハイブリドーマにより産生される抗体である、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
雌の非ヒト哺乳動物が、性周期を同期化させた雌の非ヒト哺乳動物である、請求項
1又は2に記載の方法。
【請求項4】
性周期の同期化が、プロゲステロン、プロスタグランジンF2α、及びLH-RH化合
物からなる群から選ばれるいずれか1以上による処置で行われる、請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
非ヒト哺乳動物の繁殖方法であって、請求項
1又は2に記載の方法により非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起し、前記非ヒト哺乳動物を人工授精又は交配させて産子を得ることを含む、前記繁殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗インヒビン抗体を使用した新規な過排卵誘起方法、及び前記方法を利用した非ヒト哺乳動物の繁殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繁殖能力を高めるための研究は、古くから家畜を中心に行われており、繁殖と選抜を繰り返すことで、高い繁殖能力と良好な成長を持つ品種が主流となっている。しかし、胎児数の増加は必然的に母体への負担を増加させ、その結果、仔の成長や出生後の蘇生率が悪くなったり、離乳率が低下する傾向がある。標準的な過排卵処置である、馬絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)およびヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)の投与は、排卵数は多くなるが、処置個体の妊娠率が低下し、産子数の増加にはつながらないことが報告されている(非特許文献1など)。
【0003】
動物種や系統毎の排卵数や産子数は、内因性の卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌量によって調節されている。内因性FSHの分泌はインヒビンによってフィードバック制御されるが、インヒビンに対する抗血清(AIS)を使用して過排卵を誘起する方法が知られている(特許文献1、及び非特許文献2~4)。また、AISをeCGと同時投与することで、良好な成績が得られることも報告されている(特許文献2及び非特許文献5)。しかし、AISとeCGの同時投与は、系統による効果の相違が大きく、また高週齢では効果がないという問題がある。
【0004】
発明者らは、性周期を同期化したマウスにAIS処置とhCGによる処置を行うことで、多くの系統において、eCG/hCGを用いた従来法よりも多くの正常卵子が得られること、また高齢マウスにおいても2倍以上の卵子が得られることを報告している(非特許文献6)。しかし、抗血清の利用は、均一性の問題やSPFマウスに適用できないなどの制限がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平8-229624号公報
【文献】特開2016-155793号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Ito et al., Relationships between numbers of ovulated ova and implantation sites in mice following superovulation treatment. Jap J Anim Reprod 1974; 19: 153-159.
【文献】Wang et al., Superovulation, fertilization and in vitro embryo development in mice after administration of an inhibin-neutralizing antiserum. Reproduction 2001; 122:809-816.
【文献】Hasegawa et al. Efficient production of offspring from Japanese wild-derived-strains of mice (Mus musculus molossinus) by improved assisted reproductive technologies. Biol Reprod 2012; 86:167.
【文献】Mochida et al., Devising assisted reproductive technologies for wild-derived strains of mice: 37 strains from five subspecies of Mus musculus. PLoSOne 2014; 9:e114305.
【文献】Takeo and Nakagata, Superovulation using the combined administration of inhibin antiserum and equine chorionic gonadotropin increases the number of ovulated oocytes in C57BL/6 female mice. PLoSOne 2015; 10:e0128330.
【文献】Hasegawa et al., Ogura A. High-yield superovulation in adult mice by anti-inhibin serum treatment combined with estrus cycle synchronization. Biol Reprod 2016; 94:1-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、改良された過排卵誘起方法と、それを利用した動物の繁殖方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、抗インヒビン抗体を作製し、性周期を同期化させたマウスに投与して、妊娠への影響を調べた。その結果、抗インヒビン抗体投与後にhCGを投与せずに排卵させることで、着床前後の発生阻害を防止し、正常な妊娠・出産の確立を向上できることを見いだした。とくに、過排卵効果が適正な範囲にある抗インヒビン抗体、特に抗インヒビンモノクローナル抗体を使用することで、より高い妊娠率及び産子数を実現できることを見出した。
【0009】
本発明は上記知見に基づくものであり、以下の[1]~[16]に関する。
[1]非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起する方法であって、雌の非ヒト哺乳動物に抗インヒビン抗体を投与することを含み、抗インヒビン抗体の投与時及び投与後において、馬絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)及びヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)のいずれによる処置も含まないことを特徴とする、前記方法。
[2]非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起する方法であって、雌の非ヒト哺乳動物に抗インヒビン抗体を投与することを含み、前記抗インヒビン抗体が抗インヒビンモノクローナル抗体である、前記方法。
[3]前記抗インヒビン抗体の投与時において、馬絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)による処置を含まない、[2]に記載の方法。
[4]抗インヒビン抗体の投与時及び投与後において、馬絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)及びヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)のいずれによる処置も含まない、[2]に記載の方法。
[5]抗インヒビンモノクローナル抗体が、NITE P-03503の受託番号が付与されたハイブリドーマにより産生される抗体である、[2]に記載の方法。
[6]雌の非ヒト哺乳動物が、性周期を同期化させた雌の非ヒト哺乳動物である、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]性周期の同期化が、プロゲステロン、プロスタグランジンF2α、及びLH-RH化合物、並びにこれらの誘導体からなる群から選ばれるいずれか1以上による処置で行われる、[6]に記載の方法。
[8]抗インヒビン抗体が、マウスを用いた過排卵テストにおいて40個/個体以下の過排卵を誘起するものである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[9]抗インヒビン抗体が、マウスを用いた過排卵テストにおいて15~40個/個体の過排卵を誘起するものである、[8]に記載の方法。
[10]抗インヒビン抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列又は配列番号14で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むペプチドを免疫原として作製されたものである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[11]非ヒト哺乳動物の繁殖方法であって、[1]~[5]のいずれかに記載の方法により非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起し、前記非ヒト哺乳動物を人工授精又は交配させて産子を得ることを含む、前記繁殖方法。
[12]抗インヒビンモノクローナル抗体の作製方法であって、非ヒト哺乳動物をインヒビン又はその断片を含むペプチドで免疫してハイブリドーマを取得し、前記ハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体を含む試料を雌マウスに投与して過排卵テストを実施し、15~40個/個体の過排卵を誘起する抗インヒビンモノクローナル抗体を目的の抗体として選択することを含む、前記方法。
[13]前記ペプチドが、配列番号1で示されるアミノ酸配列又は配列番号14で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むペプチドである、[12]に記載の抗インヒビンモノクローナル抗体の作製方法。
[14]抗インヒビンモノクローナル抗体を含む、非ヒト哺乳動物の繁殖用試薬。
[15]抗インヒビンモノクローナル抗体が、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含むペプチドを抗原とし、マウスを用いた過排卵テストにおいて15~40個/個体の過排卵を誘起するものである、[14]に記載の試薬。
[16]抗インヒビンモノクローナル抗体が、NITE P-03503の受託番号が付与されたハイブリドーマにより産生される抗体である、[14]に記載の試薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、抗インヒビン血清(AIS)やeCG/hCGを利用した過排卵誘起方法に比べて、正常な卵子が数多く得られ、着床数・産子数が改善される。また、抗インヒビンモノクローナル抗体は均一性が高いため、安定した効果が得られ、動物個体を用いる必要もなく、微生物学的問題もないため、SPF動物にも利用できる。本発明の方法は、高齢動物においても有効であり、多くの系統において効果が期待できるため、従来法より汎用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1-1】ブタ、ウシ、ヒト及びラットのインヒビンαサブユニットのアミノ酸配列のアラインメントである。
【
図1-2】ブタ、ウシ、ヒト及びラットのインヒビンβAサブユニットのアミノ酸配列のアラインメントである。
【
図1-3】ブタ、ウシ、ヒト及びラットのインヒビンβBサブユニットのアミノ酸配列のアラインメントである。
【
図2-1】AIMA注入後の過排卵テストによるスクリーニング試験の結果を示すグラフである。クローンごとに1-2匹の雌から採取した卵子の数(数/個体)を灰色のバーで示した。黒いバーは標準的な過排卵法(eCG)の結果を示す。
【
図2-2】#14と#19のクローンからのAIMAの過排卵テストの結果を示す。各AIMAを注入した雌から採取した卵子の数を示すグラフである。プロゲステロン注射で性周期を同期化した後、#14と#29クローンのAIMAをそれぞれ2匹の雌に注射した。
【
図3】マウスの過排卵処理の実験スキームである。eCGとhCG又はGnRHを用いた過排卵を行う処置(A)と、プロゲステロン(P4)注射による性周期の同期化後に、AIS又はAIMAを注射する処置(B)を模式的に示した。処置した雌は、それぞれ3日目(A)、4日目(B)に雄と交配し、4日目(A)と5日目から8日目(B)に膣栓の存在を観察した。なお、AIS投与群の一部には6日目(*)にGnRHを投与した。
【
図4】雄との連続交配による交配率の分布を示すグラフである。雌にプロゲステロン(P4)を注射し、1/4AIS/GnRH(A)又は1/4AIS(B)又は1/6AIS(C)又はAIMA(D)を投与した。棒グラフ内の値は、交配した雌の総数のうち、膣栓があった雌の数である。
【
図5-1】(A,B)着床数と蘇生した仔の数を示すグラフである(*P<0.05;**P<0.01(Mann-whitey U検定))。
【
図5-2】(C)処置後、および過剰数の胚移植後の、帝王切開時の仔の平均体重(Mann-whitey U検定)を示すグラフである。(D)着床数と仔の累積数を示すグラフである。アスタリスクは、全体に対する着床部位の数の比率が有意に高い場合を示す(Fisherの正確確率検定)。(E)出生体重の範囲別の蘇生した仔の割合を示すグラフである。(F)各処置後の全仔の出生体重の分布を示すグラフである。
【
図6】数回の処置を行った後の、処置した雌1匹あたりの蘇生した仔の総数(1個体あたりの平均数)を示すグラフである。
【
図7】高齢マウスにおける、AIMA処置による着床数及び生存産子数を示すグラフである。
【
図8】ICRマウスにおける、AIMA処置による生存産子数を示すグラフである。
【
図9】シリアンハムスターにおける、AIMA処置、AIS処置及び無処置マウスのi-GONAD処理後の平均生存産子数を示すグラフである。図中のアスタリスクは、対照群とAIMA投与群の産子数のMann-whitey U検定において、P<0.05となったことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.インヒビン
インヒビンは、雌の卵巣又は雄の精巣より分泌される性腺ホルモンの一種である。インヒビンは、卵胞刺激ホルモン(FSH)の働きでその分泌が促進される一方で、下垂体前葉ではアクチビンアンタゴニストとして作用して、FSHの分泌を抑制することが知られる。インヒビンは、α鎖及びβ鎖で構成され、これらがサブユニットとしてジスルフィド結合で共有結合している。βサブユニットには、βAサブユニットとβBサブユニットの2種類があり、それぞれαサブユニットと結合してインヒビンA及びインヒビンBを構成する。インヒビンの構造は、動物種による種差が小さい、すなわち、種間の配列同一性が高いことが知られる。
図1-1に、ブタ、ウシ、ヒト及びラットのインヒビンαサブユニットのアミノ酸配列のアラインメントを示す。配列番号2はブタのインヒビンαサブユニット(NCBI参照番号:NP_999354.1)、配列番号3はウシのインヒビンαサブユニット(NCBI参照番号:NP_776519.2)、配列番号4はヒトのインヒビンαサブユニット(NCBI参照番号:NP_002182.1)、配列番号5はラットのインヒビンαサブユニット(NCBI参照番号:NP_036722.1)のアミノ酸配列を示す。
図1-2に、インヒビンβAサブユニットのアミノ酸配列のアラインメントを示す。配列番号6はブタのインヒビンβAサブユニット(NCBI参照番号:NP_999193.1)、配列番号7はウシのインヒビンβAサブユニット(NCBI参照番号:NP_776788.1)、配列番号8はヒトのインヒビンβAサブユニット(NCBI参照番号:NP_002182.1)、配列番号9はラットのインヒビンβAサブユニット(NCBI参照番号:NP_058824.1)のアミノ酸配列を示す。
図1-3に、インヒビンβBサブユニットのアミノ酸配列のアラインメントを示す。配列番号10はブタのインヒビンβBサブユニット(NCBI参照番号:NP_001158314.1)、配列番号11はウシのインヒビンβBサブユニット(NCBI参照番号:NP_789822.2)、配列番号12はヒトのインヒビンβBサブユニット(NCBI参照番号:NP_002184.2)、配列番号13はラットのインヒビンβBサブユニット(NCBI参照番号:NP_542949.1)のアミノ酸配列を示す。表1に、ブタのインヒビンの各サブユニットのアミノ酸配列に対する、他種の相当するアミノ酸配列の配列同一性を示す。表1に示す通り、インヒビンのβサブユニットは種間のアミノ酸配列の配列同一性が非常に高く、αサブユニットにおいても80%超の配列高い同一性が見られる。
【0013】
【0014】
本明細書において、「インヒビン」とは、配列番号2のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するαサブユニットと、配列番号6のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するβAサブユニット又は配列番号10のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するβBサブユニットとを有し、かつ、アクチビンアンタゴニストとしての機能を有するタンパク質を指す。
【0015】
本明細書において「配列同一性」は、BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)やFASTA(http://www.genome.jp/tools/fasta/)によるタンパク質又は遺伝子の検索システムを用いて、ギャップを導入して、又はギャップを導入しないで、決定することができる(Zheng Zhang et al., 2000, J. Comput. Biol., Vol. 7, p. 203-214; Altschul S. F. et al., 1990, Journal of Molecular Biology, Vol. 215, p. 403-410; Pearson W. R. et al., 1988, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., Vol. 85, p. 2444-2448)。
【0016】
2.非ヒト哺乳動物の過排卵誘起方法
本発明は、非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起する方法であって、雌の非ヒト哺乳動物に抗インヒビン抗体を投与することを特徴とし、動物に過剰な負担をかけない条件下で過排卵を誘起する。具体的な実施形態は下記のとおりである。
【0017】
第1の実施形態において、本発明の方法は、雌の非ヒト哺乳動物に抗インヒビン抗体を投与することを含み、抗インヒビン抗体の投与時及び投与後において、馬絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)及びヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)のいずれによる処置も含まないことを特徴とする。
【0018】
インヒビン抗血清(AIS)を用いた従来の過排卵誘起方法では、eCGをAISと同時投与したり、AIS投与後にhCGを投与することで排卵を誘起していた。本発明では、抗インヒビン抗体の投与時及び投与後にeCGやhCGを使用しないことを特徴とする。抗インヒビン抗体を投与した雌の非ヒト哺乳動物は、必要であれば、雄と同居させることで、whitten効果を利用して排卵を促してもよい。hCGを使用しない方法は、着床前後の発生阻害を回避できるため、後述する繁殖方法において好適である。
【0019】
雌の非ヒト哺乳動物は性周期を同期化させた動物を使用することが好ましい。性周期を同期化する方法は特に限定されず、例えば、プロゲステロン、プロスタグランジンF2α、及びLH-RH化合物(Honda et al., 2019, Scientific Report)などのこれらの誘導体等を用いて実施することができる。
【0020】
抗インヒビン抗体の投与のタイミングは、特に限定されない。好ましくは、同期化処置完了後24時間~72時間後、より好ましくは40時間~56時間後、例えばプロゲステロン投与の場合であれば、2回のプロゲステロン投与完了から約48時間後に抗インヒビン抗体を投与する。
【0021】
本発明の抗インヒビン抗体は、マウスを用いた過排卵テストにおいて40個/個体以下の過排卵を誘起するものであることが好ましく、15~40個/個体の過排卵を誘起するものがより好ましい。従来の抗血清(AIS)の排卵数は40個/個体、あるいは50個/個体を超える。本発明では、排卵数が多すぎない抗体を使用することで、妊娠への影響が少なく、産子数を増大することができる。
【0022】
本明細書において、「過排卵テスト」とは、下記の方法で実施するテストを指す。すなわち、無作為に選んだ成熟雌マウスに対して、2mg/匹のプロゲステロンを24時間間隔で2日間投与し、その48時間後に試験対象の抗体を0.5mg/匹投与し、その48時間後に5IU/匹のhCGを投与する。hCG投与の16時間後に卵管から卵子を採取して排卵数を評価する方法である。過排卵テストに使用するマウスは、Mus musculusであれば特に限定されず、入手容易な種をいずれも使用できる。例えば、ICRマウスや交雑系マウス等を使用することができる。
【0023】
抗インヒビン抗体は、インヒビン又はその断片を免疫原として、当該分野で公知の方法により作製することができる。インヒビンは、上記の通り、種間のアミノ酸配列同一性が高いため、得られる抗インヒビン抗体は、抗原と異なる種に由来するインヒビンに対しても交差反応しやすい。そのため、抗体産生に使用する免疫原としてのインヒビンの由来は、必ずしも該抗体を投与する対象と同じ種の動物である必要はない。免疫原としてのインヒビンは、特に限定されず、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、ヤギ、ブタ、ヒツジ、ヒトなど、いずれの哺乳動物由来のインヒビンを使用してもよい。免疫原としてインヒビンの断片を使用する場合、使用する断片ペプチドは、インヒビン分子の表面に露出している部分のアミノ酸配列を含むことが好ましい。例えば、配列番号1で示されるブタインヒビン由来のアミノ酸配列を含むペプチドを免疫原として使用することができる(Mayo et al., PNAS 1986, Vol. 83, pp. 5849-5853)。
【0024】
抗インヒビン抗体は、好適には抗インヒビンモノクローナル抗体である。抗インヒビンモノクローナル抗体は、後述する抗インヒビンモノクローナル抗体の作製方法に記載の方法を用いて、新たに作製したモノクローナル抗体であってもよい。
【0025】
より好適には、抗インヒビンモノクローナル抗体は、NITE P-03503の受託番号が付与されたハイブリドーマにより産生される抗体である。NITE P-03503の受託番号が付与されたハイブリドーマは、2021年8月3日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、NITE P-03503の受託番号で、ブダペスト条約に基づく国際寄託がなされたものである。当該ハイブリドーマは、後述する抗インヒビンモノクローナル抗体の作製方法に記載の方法を用いて、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するペプチドをラットに免疫して得られた脾細胞より調製されたハイブリドーマである。
【0026】
抗インヒビン抗体は、インヒビンのαサブユニット、βサブユニット(βAサブユニット又はβBサブユニット)のいずれに結合する抗体であってもよいが、好ましくはαサブユニットの表面に露出する部分に結合する抗体であることが好ましい。例えば、配列番号1の2~27番目のアミノ酸配列を有するブタインヒビンαサブユニットの部分ペプチドに結合する抗体とすることができる。あるいは、配列番号14で表されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む部分ペプチドに結合する抗体とすることができる。配列番号14のアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列のうち、特に他種動物由来のインヒビンの対応する部分との配列同一性が高い部分(7~24番目のアミノ酸)である。
【0027】
第2の実施形態において、本発明の方法は、雌の非ヒト哺乳動物に抗インヒビンモノクローナル抗体を投与することを含む。雌の非ヒト哺乳動物は性周期を同期化させた動物を使用することが好ましい。性周期を同期化する方法は前述した方法を用いることができる。
【0028】
第2の実施形態において、抗インヒビンモノクローナル抗体の投与時にはeCGを同時投与しないことが好ましく、抗インヒビンモノクローナル抗体の投与時及び投与後には、eCGやhCGのいずれによる処置も含まないことがより好ましい。
【0029】
本発明の過排卵誘起方法は、マウス、ラット、マーモセット、ハムスター、ウサギ、ウシ、ウマ、ヤギ、ブタ、ヒツジなど、ヒト以外のいずれの哺乳動物にも適用できる。哺乳動物であれば特に限定されず、自然排卵動物(マウス、ラット、ハムスター、ウシ、ブタ、ヤギ、イヌ、霊長類等)であっても、交尾排卵動物(ウサギ、ネコ、フェレット等)であってもよい。特に自然排卵動物とすることが好ましい。マウス、ラット、ハムスター等の不完全性周期動物であってもよい。自然排卵動物は、性周期が明瞭であるため、卵胞が発育するタイミングで抗インヒビンモノクローナル抗体を投与して、より効率よく排卵数を増加させることができる。一方、交尾排卵動物の場合は、性周期が不明瞭であるため、投与のタイミングが分かりづらく1回投与では過排卵を生じさせることが難しいが、複数回投与することで、過排卵を生じさせることが可能である。
【0030】
例えば、マウスの場合、対象とする系統は特に限定されず、C57BL/6、BALB/c、ICR、B6D2F1、A、C57BL/10、C3H/He、DBA/2、FVB、B6C3F1、NOD、CBAなどいずれの系統であってもよい。
【0031】
例えば、ラットの場合、対象とする系統は特に限定されず、F344、Wistar、BN、SD、LE、THAなどいずれの系統であってもよい。
【0032】
例えば、ハムスターの場合、対象とする種は特に限定されず、シリアンハムスター、チャイニーズハムスター、ジャンガリアンハムスターなどいずれの種であってもよい。
【0033】
3.非ヒト哺乳動物の繁殖方法
本発明は、上記した過排卵誘起方法を利用した、非ヒト哺乳動物の繁殖方法も提供する。本発明の繁殖方法は、上述した方法により非ヒト哺乳動物において過排卵を誘起し、当該非ヒト哺乳動物を人工授精又は交配させて産子を得ることを含む。好ましくは、非ヒト哺乳動物は自然交配により産子を得る。
【0034】
人工授精の場合には、例えば、抗インヒビンモノクローナル抗体の投与から40~72時間後に精管結紮した雄と同居する。交配が確認された又は確認されるであろう雌へ、抗インヒビンモノクローナル抗体の投与後40~90時間の間に精子液を経腟もしくは経子宮もしくは開腹手術により卵管内へ直接注入することにより妊娠させて産子を得る。
【0035】
自然交配の場合には、抗インヒビンモノクローナル抗体を投与後の雌を雄と同居させればよい。
【0036】
本発明の方法では、ホルモン投与による過排卵処置に比べて、正常な卵子が数多く得られ、母体に過剰な負担がかからないため、着床率も高く、生存産子数も多い。得られる仔は正常体重を有し、生存率が高く、成長もよい。
【0037】
4.抗インヒビンモノクローナル抗体の作製方法
本発明は、本発明で使用される抗インヒビンモノクローナル抗体の作製方法も提供する。前記方法は、非ヒト哺乳動物をインヒビン又はその断片を含むペプチドで免疫してハイブリドーマを取得し、前記ハイブリドーマが産生する抗インヒビンモノクローナル抗体を含む試料(例えば、ハイブリドーマの培養上清又はマウスへの移植による腹水)を雌マウスに投与して過排卵テストを実施し、15~40個/個体の過排卵を誘起する抗インヒビンモノクローナル抗体を目的の抗体として選択することを含む。
【0038】
ハイブリドーマは、公知の方法(例えば、Kohler and Milstein, Nature (1975) 256, p.495-497)に従って、インヒビン又はその断片を免疫原として非ヒト哺乳動物(例えば、前述した非ヒト哺乳動物、好ましくはウサギ、マウス又はラットなどの齧歯類、好ましくはラット)を免疫し、得られた抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることによりハイブリドーマを樹立することができる。
【0039】
得られたハイブリドーマは、ELISAを用いてインヒビンへの結合性を評価するとともに、上述したマウスを用いた過排卵テストを実施し、約15~40個/個体の過排卵を誘起するものを選択する。
【0040】
免疫原として使用するペプチドは、インヒビン又はその断片を含むペプチドであれば特に限定されないが、インヒビンの断片を使用する場合は、特に、インヒビン分子の表面に露出している部分のアミノ酸配列を含むことが好ましい。インヒビン又はその断片の由来は特に限定されず、いずれの哺乳動物由来のインヒビン又はその断片を使用してもよい。このような免疫原としては、例えば、配列番号1のアミノ酸配列を含むペプチドが挙げられる。配列番号1の2番目から27番目のアミノ酸配列を有するペプチド、すなわち、ブタインヒビン由来のアミノ酸配列を含むペプチドであり、配列番号1のアミノ酸配列は、配列番号2のアミノ酸配列の231番目から256番目に相当するアミノ酸配列のN末端にシステインを付加した配列である。また、免疫原は、配列番号3のアミノ酸配列の234番目から259番目、配列番号4のアミノ酸配列の233番目から258番目、またが配列番号5のアミノ酸配列の234番目から259番目のアミノ酸配列を含むペプチドであってもよい。あるいは、免疫原は、配列番号14で表されるアミノ酸配列と90%以上、特に94%以上又は100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む部分ペプチドとすることができる。
【0041】
5.繁殖用試薬(過排卵誘起用試薬)
上記のようにして作製された抗インヒビンモノクローナル抗体は、非ヒト哺乳動物の繁殖用試薬、あるいは、非ヒト哺乳動物の過排卵誘起用試薬として使用され、本発明はそのような非ヒト哺乳動物の繁殖用試薬又は過排卵誘起用試薬(以下、本発明の試薬)も提供する。
【0042】
本発明の試薬の剤形は特に限定されないが、例えば、点滴を含む注射剤、経膣投与剤、坐剤、経鼻剤、舌下剤、経皮吸収剤などを挙げることができる。
【0043】
本発明の試薬の投与量は、対象とする動物によって適宜決定される。例えば、マウスの場合であれば、通常は0.25~1.0mg/雌で投与する。
【0044】
本発明の試薬は、抗インヒビンモノクローナル抗体のほかに、薬理学的に許容しうる担体を含んでいてもよい。例えば、希釈剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、安定化剤、防腐剤、等張化剤、湿潤剤、pH調整剤等が挙げられる。
【0045】
希釈剤としては、精製水、生理的食塩水、リン酸緩衝液などが挙げられる。
【0046】
溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0047】
懸濁化剤あるいは乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのセルロース類、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。
【0048】
等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリン、尿素などが挙
げられる。
【0049】
安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、その他のアミノ酸類などが挙げられる。
【0050】
防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。
【0051】
緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等が挙げられる。
【0052】
湿潤剤としては、例えばプロピレングリコールモノステアレート、ソルビタンモノオレエート、ジエチレングリコールモノラウレート、ポリオキシエチレンラウリルエーテルが挙げられる。
【0053】
本発明の試薬は、モノクローナル抗体を有効成分とするため、従来の抗血清に比べて、動物個体を用いる必要がなく、微生物学的にクリーンで、均一性が高く、安価に製造できる。また、高齢動物においても有効で、多くの系統での安定した効果が得られる。さらに、抗血清(48時間投与間隔)より長い72時間間隔投与が可能になるため、作業面での利点も大きい。
【0054】
6.本発明の利用
本発明は、ZFN、Talen、CRISPR/Cas9などを利用したゲノム編集技術や他の遺伝子改変技術と組み合わせることで、得られる子孫数を増大することができ、より効率的な遺伝子改変が可能になる。実験動物におけるゲノム編集としては、例えば、マウスの場合は、受精卵にCRISPR/Cas9等のゲノム編集試薬を注入した後、これを培養して形成した胚を雌個体に移植して出産させる手法がとられる。この方法に本発明を組合せることで、雌マウスの排卵数が増大するため、より効率よく受精卵を取得することが可能である。一方、例えば、シリアンハムスターは、受精卵が実験環境において脆弱であるため、胚培養・胚移植といった手法をとることが困難である。このような動物に対しては、受精卵をin vitroで操作することなく、受精卵を含む卵管内に直接ゲノム編集試薬を注入し、卵管ごと電気穿孔を行ってゲノム編集を行い、その後出産させる手法をとりうる(i-GONAD法)。この方法に本発明を組合せることで、産子数が増大するため、より効率よくゲノム編集された仔を取得することが可能である。とくに、本発明は、母体に負担が少ない方法であるため、組み合わせる技術の効果に影響を与えることなく、その効率を向上させることが可能である。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
実施例1:マウスにおける過排卵誘起及び産子数増大
1.材料と方法
動物
標準近交系マウスであるC57BL/6JJcl(B6;日本クレア社)の10~13週齢の雌と11~64週齢の雄を、すべての過排卵および交配実験に使用した。また、胚移植実験のための偽妊娠雌マウスの調製には、10~20週齢のICR(日本クレア社)の雌マウスと、3~12ヶ月齢の精管切除雄マウスを用いた。
【0057】
抗インヒビンモノクローナル抗体(AIMA)の作製
成熟した雌のラット(Wistar;日本クレア)にブタのインヒビンαサブユニットのペプチド抗原(前掲Mayo et al., PNAS 1986, Vol. 83, pp. 5849-5853)にCysを付加したもの(27AA(配列番号1))を注射して免疫し、その脾臓細胞を骨髄腫細胞(P3U1)と融合してハイブリドーマを作製した。これらの細胞の上清液中のモノクローナル抗体を、ペプチド抗原を用いたELISAと過排卵試験の両方で評価した。最後に、選択したクローン細胞を増殖させ、凍結保存した。生理食塩水に溶解した5×106個/mLの細胞をヌードマウス(BALB/cAJcl-nu、日本クレア)に腹腔内投与し、1~2ヶ月後に腹水を回収し、Protein G Sepharoseカラム(Cytiva)で精製した後、AIMA(5.0mg/mL)として過排卵実験に使用した。
【0058】
過排卵処置後のMII期卵子の採取
標準的な過排卵法として、C57BL/6JJclマウスに5IUの馬絨毛性ゴナドトロピン(eCG、PMSA;日本全薬工業)を夕方に腹腔内投与した後、48時間後に5IUのヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG、ゴナトロピン;あすか製薬)を注射した。もう一方の投与群では、プロゲステロン(P4、Progehormon;持田製薬)2mg(雌1匹あたり0.08mL)を1日1回夕方に2日間(1日目、2日目とする)皮下投与し、雌の発情周期を同期化した。4日目にeCGの代わりにAIS(それぞれ1/1、1/2、1/4、1/8濃度に希釈)又はAIMA(雌1匹あたり0.5mg/0.1mL)又は生理食塩水(コントロール)を投与した。AIS又はAIMAの投与から48時間後に5IU/匹のhCGを投与した。hCGの投与から16~17時間後に、80μLの体外受精用培地(mHTF)を用いて投与針で雌の卵管膨大部を穿刺し、成熟したMII期の卵子を採取した。形態学的に正常な卵子と異常な卵子をそれぞれ実体顕微鏡でカウントした。
【0059】
過排卵処置後の交配試験
交配試験は、eCG/hCG注射群では、雌マウスにeCGを5IU、hCGを5IU又は1IU、あるいはゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アゴニスト(酢酸ブセレリン:和光純薬工業)を0.6mg、48時間間隔で夕方に腹腔内注射し、性経験のある雄のケージに入れた。AISおよびAIMA注射群では、プロゲステロン 2mgを1日1回夕方に2日間(1日目、2日目)皮下投与して発情周期を同期化した。その後、4日目にAIS(1/4および1/6希釈液)又はAIMA(雌1匹あたり0.5mg/0.1mL)をマウスの腹腔内に注射した後、48時間の間隔でGnRHなし又はGnRHありの注射を行った。その後、4日目に雌と雄を交配させた。交尾のタイミングを把握するために、毎朝4日間、膣栓が見つかるまで膣栓の有無を観察した。
【0060】
対照群として、C57BL/6の雌の膣の外観を調べ、膣に隙間があり、膣の周囲の組織が赤ピンクに腫れている雌を発情前期とした。これらの雌を一晩雄とペアにし、翌朝(1日目)に膣栓の有無を観察した。見た目で妊娠していると判断できる雌には、自然分娩を避けるため、18日目と19日目の夕方にプロゲステロン 2mgを皮下注射した。20日目の朝に、これらの雌を帝王切開して着床と胎仔の数と異常の有無を調べた。帝王切開時に生きていた胎仔を生存産子とし、蘇生過程で肺が白くなり、呼吸がリズミカルになった胎仔を蘇生産子とした。また、授乳前の健康状態を評価するために、仔の体重を測定した。
【0061】
体外受精
体外受精で作製した過剰数の胚を移植し、最大産子数を確認することを試みた。体外受精は以下のようにして行った。雌のC57BL/6マウスに、上述したようにAIS/hCG注射を用いて過排卵を行い、hCG注射の16-17時間後に、雌の卵管からMII期の卵子を採取し、ヒポタウリン(0.11mg/mL,Merck Millipore)と0.3%のウシ血清アルブミン(BSA, Calibochem,Merck Milipore)を含むHTF培地を添加し、1.25mMの還元型グルタチオンを加えた。雄マウスの精巣上体尾部から採取した精子を、BSAの代替として1mg/mLポリビニルアルコール[PVA]と0.4mMメチル-βシクロデキストリンおよびを含むHTF培地に懸濁し、5%CO2、37℃のインキュベータ中で約60分間培養した。媒精の際には、事前に培養した精子を200~400精子/μLの終濃度で、卵母細胞を含む80μLの受精液に移した。3-4時間後、卵母細胞をCZB培養液に移し、一晩培養した。翌日、2細胞期の胚をカウントし、ガラス化により保存した。
【0062】
ガラス化による胚の凍結保存
前述のように、高浸透圧ガラス化(HOV)溶液を用いて、2細胞の胚を凍結保存した。簡単に説明すると、室温で少量の培地を入れた滅菌ガラスキャピラリー(直径φ100~120m)を用いて、約20~30個の胚を50μLの平衡溶液(PB1中の5%ジメチルスルホキシドと5%エチレングリコール)の表面に置いた。3分後、底に沈んだ胚を拾い上げ、50μLのガラス化液(PB1に42.5%(v/v)エチレングリコール、17.3%(w/v)フィコール、1.0Mスクロースを加えた)を入れたクライオチューブ(MS-4501;住友ベークライト株式会社)に移した。1分後、クライオチューブを-196℃の液体窒素(LN2)に入れた。胚移植当日、クライオチューブを回収し、キャップを素早く外してLN2を蒸発させた。チューブを室温で2分間放置した後、室温で850μLの0.75Mスクロース-PB1を静かに加えた。4分後、チューブ内の溶液を穏やかなピペッティングで5回混合した。その後、溶液の全量を空のプラスチックディッシュに移した。1~3分後、胚を回収し、0.25Mスクロース-PB1に移した。1~3分間平衡化した後、回収した胚をさらに0.25Mスクロース-PB1で洗浄し、CZB培地に移した。正常な形態(すなわち、無傷の細胞膜と明瞭な細胞質)を有する胚は、生存とみなした。生存胚は、胚移植まで(<3時間)、37℃の加湿空気中5%CO2下で培養した。
【0063】
胚移植
精管切除したICR雄との交配後、凍結融解した14個又は7個の2細胞胚を、第1日目の偽妊娠ICR雌の各卵管に移植した。自然分娩を避けるため、18日目と19日目の夕方に、すべてのレシピエント雌に2mgのP4を皮下注射した。20日目の朝、レシピエントの雌を帝王切開し、胎仔の数と生存性を調べた。
【0064】
統計解析
統計解析を行い、対照データと治療群を比較した。卵子数、産子数、着床数、蘇生仔数は、Mann-whitey U検定を用いて解析した。妊娠、着床、蘇生した仔の割合は、Fisher正確確率検定を用いて分析した。確率がP<0.05の場合、統計的に有意とした。
【0065】
2.結果
AIMAの作製と過排卵テスト
40クローンのハイブリドーマから抽出した細胞上清の各サンプルについて、#40のサンプル以外は、過排卵テストに供した(
図2-1)。C57BL/6JJclマウスにプロゲステロン(P4、Progehormon;持田製薬)2mg/匹(0.08mL)を1日1回夕方に2日間皮下投与した。4日目に各サンプル0.5mg/匹(0.1mL)を投与した。サンプルの投与から48時間後に5IU/匹のhCGを投与し、hCGの投与から16~17時間後に、80μLのmHTFを用いて投与針で雌の卵管膨大部を穿刺し、成熟したMII期の卵子を採取し、卵子数を実体顕微鏡でカウントした。各サンプルについて、得られた卵子数を
図2-1に示す。併せて、サンプルに代えてeCG7.5IU/匹を投与して得られた卵子数も示す。
【0066】
上記のテストでMII期卵子数が多かったマウスについて、ハイブリドーマ細胞の#14と#29から得られたサンプルを1/2倍量(0.05mL)、1倍量(0.1mL)、2倍量(0.2mL)にして、再度過排卵テストを行った(
図2-2)。その結果、#29から得られたサンプルが、1/2倍量でも31.3個の卵子が得られ、投与量に関わらず安定して卵子を得ることができた。#29のサンプルを選択して、AIMAとして以下の実験に使用した。#29のハイブリドーマは、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに国際寄託し、2021年8月3日付でNITE P-03503の受託番号が付与された。
【0067】
様々な処置による過排卵試験の結果
標準的な過排卵法としてeCGおよびhCGを投与したところ、雌1匹あたりの形態学的に正常な平均排卵数は17.1個で、雌の排卵率は89%(33/37)であった(表2)。一方、プロゲステロンを投与して性周期を同期化し(表中、2P4)、その48時間後に希釈AIS又はAIMA、更にhCGを48時間後に投与したところ、AISと1/2希釈AISで最も多くの正常卵子(51~52個)が得られた。AIMAでは24.6個の正常卵子が得られたが、これは1/4倍のAISと同様であり、異常卵子はほとんど観察されなかった。性周期同期群のコントロールとして、生理食塩水を投与した場合の卵子数は6.2個であった。
【0068】
【0069】
各種処置後の交配テストの結果
膣外観の色の変化を観察して発情前期の雌を性経験のある雄と同居させたところ、32%が翌日に交配確認され、妊娠率は100%であった(表3)。eCG/hCG投与群では、交配率は60~63%であったが、妊娠率は40~50%と低い傾向であった(
図3A)。また、hCGの代わりにGnRHを投与した群では、交配率が有意に高かった。発情周期を同期させた後、AIMA又はAISの1/4希釈液を投与した後に雄と同居した場合、交配率は合計4日間で71~100%に向上した(
図3B)。交配のタイミングは6~8日目に分布しており、AIS群では7日目が最も多く、AIMA群では7日目から8日目が最も多かった(
図4)。
【0070】
蘇生した仔の大きさと数への影響
無処置の対照群では、雌1匹あたりの産子数(リターサイズ)は8.6で、着床数に対する産子率(97%、62/64)、帝王切開による蘇生率(100%)も非常に高かった(表3、
図5)。一方、eCG/hCG投与群では着床数は増加せず、雌1匹あたりの生存産子数は0.5~5匹と低かった(
図5B)。hCGの代わりにGnRHを投与した場合、eCG、AISともに交配率は高かったが、帝王切開後の蘇生率が低下し、蘇生した仔の数も少ない傾向にあった(
図5B)。AIS群では、着床数は多かったものの、生存している仔の数は対照群を上回らなかった(
図5A、B)。一方、AIMA群では、着床数と生存産子の数が対照群に比べて有意に多く(それぞれ16.3個、11.9個)、これらの仔は形態的にも正常であった(
図5A、B)。追加実験として、雌にAIMAの半量(0.25mg)を投与したところ、交配率(79%)、着床数(13.8個)、生存産子数(11.3匹)を含む結果の効率は同等であった。
【0071】
【0072】
胚移植による最大産子数の検討
C57BL/6の母体で発育する仔の最大数を知るために、過剰数の胚の移植を試みた。体外受精で作製した2細胞期の胚をガラス化して回収後に移植したところ、1卵管あたり7個の胚を移植した場合(14個/個体)、出生率は68%、生存産子数は雌1匹あたり9.6匹であった(表4)。1卵管あたり14個と過剰数の胚(28個/個体)を移植した場合、出生率は51%、生存産子数は13.3匹であった(表4、
図5)。この生存産子数は、AIMAを投与した場合の11.9匹と同等であった。
【0073】
【0074】
仔の体重の評価
出生時の仔の体重は、すべての処置群で対照群に比べて有意に低かった(
図5C)。AIMA投与群では、過剰数の胚を移植した場合の仔の体重と同等であった。着床後の発生率は、AIS群と胚移植群において発生しない確率が高い傾向にあった(
図5D)。また、生まれた全仔の体重と蘇生失敗率を調べたところ、体重が0.8g未満の仔の約2/3が蘇生に失敗していた(
図5E)。各処置群で生まれた全産子の体重比を調べたところ、着床後の発生率が有意に低い群(eCG/hCG(1IU)、2P4-1/4AIS/GnRH、2P4-1/4AIS、2P4-1/6AIS)では、20%以上の仔が0.8g未満であった(
図5F)。処置した雌1匹あたりの産子数を比較すると、AIS群とAIMA群では対照群よりも産子数が増加し、AIMAは対照群の2.4倍の効果があった(
図6)。
【0075】
3.考察
AIMAの使用によりマウスの産子数を増加させ得ることが確認された。標準的なeCG/hCG処置では、妊娠率が低く、着床数も増加せず、胎児の体重も軽いことが知られている。一方、eCGの代わりにAISを投与した場合、より多くの正常な卵子が得られ、交配率及び妊娠率・着床数も増加するが、排卵数が多いほど、仔の出生体重は低くなり、生存率も増加しない。これに対し、AIMA処置は交配率や着床数、産子数の改善に加えて、胎仔の体重、蘇生率、離乳率から、母体への過剰な負担がないことが示唆される。以上のことから、AIMAは既存の過排卵試薬とは異なり、着床や妊娠への悪影響が少なく、繁殖用の試薬として有効であり、近交系マウスや繁殖がうまく進まないケースへの応用が期待される。
【0076】
実施例2:高齢マウスに対する効果
40~50週齢のC57BL/6J雌マウスを用いて、eCG/hCGによる標準法とAIMA処置による効果を比較した。結果を下表及び
図7に示す。
【0077】
【0078】
表5及び
図7に示すとおり、高齢マウスにおいても、AIMAは標準法に比較して交配率、妊娠率、着床数、生存産子数の良好な改善を示した。
【0079】
実施例3:ICRマウスにおける産子数の増大
ICRマウスに対するAIMAの産子数に対する効果を、実施例1と同様の条件で検討した。結果を
図8に示す。AIMAの投与により、通常のICRマウスよりも産子数が有意に増加することが確認できた。
【0080】
実施例4:A系統マウスにおける産子数の増大
A系統マウスに対するAIMAの産子数に対する効果を、実施例1と同様の条件で検討した。結果を表6に示す。AIMAの投与により、通常のA系統マウスよりも産子数が有意に増加することが確認できた。
【0081】
【0082】
実施例5:AIMA投与のF344ラット産子数への影響
発情後期又は休止期の8週齢以上の雌のラットF344/Jcl 10匹に、それぞれ0.2mL/匹のAIMAを腹腔内投与した(1日目)。2日目に雄のラット F344/Jclと同居させて交配を行った。翌日より毎朝膣栓の確認を行い、膣栓が確認できた個体は雄個体と分離した。妊娠が確認された個体は8匹であった。膣栓確認19日目から21日目まで毎日プロゲステロンを0.5mL/匹皮下投与して、安楽死させた後、帝王切開により産子を確認した。結果を表7に示す。表中の対照は、通常のF344ラットの産子数を示す。AIMAの投与により、通常のF344ラットよりも産子数が2倍近く増加することが確認できた。
【0083】
【0084】
実施例6:AIMA投与のシリアンハムスター産子数への影響
発情後期の雌のシリアンハムスター8匹に、0.25mL/匹のAIMAを腹腔内投与した(1日目)。発情後期は、膣からの粘液の分泌の有無により判定した。3日目に同数の雄のシリアンハムスターと同居させ、交配させた。4日目に交配を確認した後、雄と分離した。交配確認15日目に安楽死させた後、帝王切開により産子を確認した。結果を表8に示す。表中の対照は、AIMAに代えて生理食塩水を投与した以外は同様の処置を行ったシリアンハムスターの結果を示す。AIMA投与群と対照群を比較して、AIMA投与群で平均産子数が多い傾向にあった。
【0085】
【0086】
実施例7:シリアンハムスターを用いたi-GONAD法によるゲノム編集マウスの産子数へのAIMA投与の影響
実施例6と同様にして、雌のシリアンハムスターにAIMAを投与し、雄と交配させた。交配が確認された各雌個体について、卵管にCRISPR/Cas9ゲノム編集試薬を注入し、電気穿孔を行った(i-GONAD法:詳細な条件はGurumurthy C.B., et al., Nature protocol, 2019, Vol. 14, pp.2452-2482を参照)。上記処理後に自然分娩させ、分娩から2-3日後に、出生仔数を確認した。結果を表9及び
図9に示す。表及び図中の「AIS」は、AIMAに代えてAIS 0.2mLを投与した群、対照はAIMA、AISの投与を行わなかった群の結果を示す。図中のアスタリスクは、対照群とAIMA投与群の産子数のMann-whitey U 検定において、P<0.05となったことを示す。実際は図中に示す通りP=0.04となった。表9及び
図9に示す通り、AIMA投与群で、i-GONAD処理後の産子数が、対照群よりも有意に多くなることが確認された。これにより、ゲノム編集した実験動物の取得において、AIMAによる産子数増加効果が有用であることが示された。
【0087】
【0088】
インヒビンは、
図1、表1等に示す通り、動物種間でのアミノ酸配列の同一性が非常に高いことから、AIMAは多様な動物種のインヒビンと反応可能であり、多様な動物種において機能し得る。実施例5~7において、AIMAが多動物種において産子数を増大させることが可能であることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明によれば、より多くの正常な卵子が得られ、産子数が改善される。本発明の過排卵誘起方法及び繁殖方法は、実験動物や家畜、特に従来繁殖がうまくいかった系統における繁殖率の改善に有用である。
【0090】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。
【配列表】