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特許7599752面直通電型巨大磁気抵抗素子及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】面直通電型巨大磁気抵抗素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H10N 50/10 20230101AFI20241209BHJP
   G11B 5/39 20060101ALI20241209BHJP
   G11B 5/31 20060101ALI20241209BHJP
   G01R 33/09 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
H10N50/10 M
H10N50/10 Z
G11B5/39
G11B5/31 G
G11B5/31 A
G01R33/09
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023510698
(86)(22)【出願日】2022-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2022008645
(87)【国際公開番号】W WO2022209531
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-08-23
(31)【優先権主張番号】P 2021061205
(32)【優先日】2021-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 裕一
(72)【発明者】
【氏名】桜庭 裕弥
(72)【発明者】
【氏名】三浦 良雄
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 泰祐
(72)【発明者】
【氏名】宝野 和博
【審査官】長谷川 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/122078(WO,A1)
【文献】特開2004-146480(JP,A)
【文献】特開2017-103419(JP,A)
【文献】特開2017-027647(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0335377(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 50/10
G11B 5/39
G11B 5/31
G01R 33/09
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン基板よりなる基板と、
前記基板に積層された下地層と、
前記下地層に積層された第1の非磁性層と、
下部強磁性層、下部ホイスラー合金層、第2の非磁性層、上部ホイスラー合金層、及び上部強磁性層を有する積層体層を少なくとも一つ有する巨大磁気抵抗効果層と、
を備える、面直通電型巨大磁気抵抗素子であって、
前記シリコン基板はSi(001)単結晶基板であり、
前記下地層は、Cr、Fe又はCoFeからなる群から選ばれた少なくとも一種からなる、面直通電型巨大磁気抵抗素子
【請求項2】
前記下地層は、膜厚が10nm以上200nm未満である、請求項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項3】
前記第1の非磁性層はAg、Cr、Fe、W、Mo、Au、Pt、Pd、Rh、Ta、NiFe、及びNiAlからなる群から選ばれた少なくとも一種であり、
前記下部強磁性層は、Fe、CoFeから選ばれた少なくとも一種からなり、
前記下部ホイスラー合金層は、Co基ホイスラー合金であり、
前記第2の非磁性層はAg、Cu、Al、及びAgZnの一種からなる群から選ばれた少なくとも一種からなり、
前記上部ホイスラー合金層は、Co基ホイスラー合金であり、
前記上部強磁性層は、Fe、CoFeから選ばれた少なくとも一種からなる、請求項1又は2に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項4】
前記Co基ホイスラー合金は、式CoYZで表されると共に、
式中、YはTi、V、Cr、Mn及びFeからなる群から選ばれた少なくとも一種からなり、ZはAl、Si、Ga、Ge、及びSnからなる群から選ばれた少なくとも一種からなる、請求項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項5】
前記第1の非磁性層は、膜厚が0.5nm以上100nm未満であり、
前記下部強磁性層は、膜厚が0.2nm以上7nm未満であり、
前記下部ホイスラー合金層は、膜厚が1.0nm以上7nm未満であり、
前記第2の非磁性層は、膜厚が1nm以上20nm未満であり、
前記上部ホイスラー合金層は、膜厚が1.0nm以上7nm未満であり、
前記上部強磁性層は、膜厚が0.2nm以上7nm未満であって、
前記下部強磁性層と前記下部ホイスラー合金層の合計した膜厚が1.2nm以上14nm未満であり、
前記上部強磁性層と前記上部ホイスラー合金層の合計した膜厚が1.2nm以上14nm未満である、請求項1からのいずれか一項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項6】
磁気抵抗比は20%以上であり、
抵抗変化面積積(ΔRA)は7mΩμm以上である、請求項1からのいずれか一項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項7】
前記巨大磁気抵抗効果層は、結晶方向を示すミラー指数で(001)、(110)、又は(211)方位のエピタキシャル結晶方位を有する単結晶構造である、請求項1からのいずれか一項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項8】
前記巨大磁気抵抗効果層は、多結晶構造である、請求項1からのいずれか一項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子。
【請求項9】
請求項1からのいずれか一項に記載の面直通電型巨大磁気抵抗素子を用いたデバイス。
【請求項10】
前記デバイスは、記憶素子上で使用される読み出しヘッド、磁界センサ、スピン電子回路、及びトンネル磁気抵抗(TMR)デバイスのいずれか一つである、請求項に記載のデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は面直通電型巨大磁気抵抗素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブの磁気ヘッド、磁気センサ、及びスピントルク発振器などの磁気デバイスを高性能化させる技術として、面直通電型巨大磁気抵抗(CPP-GMR;Current-. Perpendicular-to-Plane Giant Magnetoresistance)素子が注目されている。基本的なCPP-GMR素子は、強磁性(FM;ferromagnetic)層/非磁性(NM;non-magnetic)層/強磁性(FM)層の構造を有しており、その積層薄膜をサブミクロン以下の径のピラー形状に加工することで作製される。
面直通電型巨大磁気抵抗素子の動作においては、ピラーに対して積層構造中の界面に垂直な方向に電流を流し、2つの強磁性層の磁化の相対的な向きが平行時と反平行時とで積層構造の電気抵抗が変化することを利用する。
【0003】
CPP-GMR素子の性能向上のためには、性能指標である磁気抵抗(MR)比と抵抗変化×ピラー面積積(ΔRA)を向上するための技術開発が必要となる。強磁性層の材料として従来材料のCoFeを用いた場合、MR比は3%程度しかなく[非特許文献1]、実際の磁気デバイスに搭載するには不十分であるという課題があった。
【0004】
MR比とΔRAを向上させるためには、強磁性層のバルクのスピン偏極率(β)と層同士の界面のスピン非対称性(γ)が高い材料系の選択が重要となる。これまで、強磁性層に高いβを有するCo基ホイスラー合金(Co(Fe0.4Mn0.6)Si、CoFe(Ga0.5Ge0.5)など)を適用し非磁性層として格子整合性の良好なAgやAgZnをスペーサー材料に用いた(001)配向のホイスラー合金/Ag(又はAgZn)/ホイスラー合金エピタキシャルCPP-GMR素子が開発され、30-60%のMR比とΔRA=8-20mΩμmが実現された[特許文献1-2、非特許文献2-4]。
【0005】
さらに最近、ホイスラー合金/Ag界面に極薄(0.21nm)のNiAl層を挿入した、ホイスラー合金/NiAl/Ag/NiAl/ホイスラー合金エピタキシャル構造のCPP-GMR素子において、非常に高いMR比(82%)とΔRA(31mΩμm)が達成された[特許文献3]。これは、ホイスラー合金/NiAl界面の高いγを利用したものであるが、0.21nmもの極薄挿入層の均質性の問題から、素子性能のばらつきに課題がある。
一方、より実用的な多結晶磁気抵抗素子においても、ホイスラー合金CoMn0.6Fe0.4GeとAgSnスペーサーやAgInZnO前駆体スペーサーを用いたCPP-GMR素子において、それぞれ18%、54%のMR比が観測されている[特許文献4]。しかし、後者の大きなMR比は電流狭窄構造スペーサーによってもたらされるものであり、こちらも素子性能のばらつきに課題がある。これらの成果を踏まえ、単結晶と多結晶の双方のデバイスで、大きなMR比やΔRAを素子ばらつき少なく安定に実現するための新規なアイデアが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-103419号
【文献】WO2017/017978A1
【文献】特開2017-097935号
【文献】WO2019/193871A1
【非特許文献】
【0007】
【文献】S. Yuasa et al., J. Appl. Phys. 92, 2646 (2002)
【文献】Y. Sakuraba et al., Appl. Phys. Lett. 101, 252408 (2012)
【文献】S. Li et al., Appl. Phys. Lett. 103, 042405 (2013)
【文献】Y. Du et al., Appl. Phys. Lett. 107, 112405 (2015)
【文献】J. W. Jung et al., Appl. Phys. Lett. 108, 102408 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまで、強磁性層/非磁性層界面のスピン非対称性(γ)は様々な組み合わせにおいて検証されており、前述の通り、ホイスラー合金/NiAl/Ag/NiAl/ホイスラー合金エピタキシャル構造を形成し、ホイスラー合金/NiAlの高いスピン非対称性(γ)を利用してCPP-GMR素子の性能を向上した報告がある[非特許文献5]。
しかしながら、この構造では、サブナノメートルオーダーのNiAl挿入層の膜厚制御が要求され、製品の歩留まりに影響するという課題もある。
【0009】
そこで、高いスピン偏極率(β)と層同士の界面のスピン非対称性(γ)を利用可能で、かつ膜厚設計も容易な積層構造を有する面直通電型巨大磁気抵抗素子の探索が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を進めた結果、ホイスラー合金の高いスピン偏極率(β)と強磁性層/ホイスラー合金層界面のスピン非対称性(γ)を利用する積層構造膜を用いることにより、CPP-GMR素子の性能を向上させることができるのではないかと着想し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
[1]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子は、シリコン基板よりなる基板11と、基板11に積層された下地層と、前記下地層に積層された第1の非磁性層13a、13bと、下部強磁性層14a、下部ホイスラー合金層14b、第2の非磁性層15、上部ホイスラー合金層16b、及び上部強磁性層16aを有する積層体層を少なくとも一つ有する巨大磁気抵抗効果層17と、を備えるものである。
[2]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]において、好ましくは、前記シリコン基板はSi(001)単結晶基板であるとよい。
[3]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]又は[2]において、好ましくは、前記下地層は、Cr、Fe又はCoFeからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。
[4]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[3]において、好ましくは、前記下地層は、膜厚が10nm以上200nm未満であるとよい。
【0012】
[5]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子は、例えば図1に示すように、MgO基板よりなる基板11と、基板11に積層された第1の非磁性層13a、13bと、下部強磁性層14a、下部ホイスラー合金層14b、第2の非磁性層15、上部ホイスラー合金層16b、及び上部強磁性層16aを有する積層体層を少なくとも一つ有する巨大磁気抵抗効果層17と、を備えるものである。
[6]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[5]において、好ましくは、前記MgO基板は(001)単結晶基板であるとよい。
[7]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[6]において、好ましくは、
前記第1の非磁性層13a、13bはAg、V、Cr、W、Mo、Au、Pt、Pd、Ta、Ru、Re、Rh、NiO、CoO、TiN、CuNからなる群から選ばれた少なくとも一種であり、
前記下部強磁性層は、Fe、Co、Ni、又はこれらの2元及び3元合金からなり、
前記下部ホイスラー合金層は、Co基ホイスラー合金であり、
前記第2の非磁性層はAg、Cu、Al、AgZn、及びAgSnからなる群から選ばれた少なくとも一種からなり、
前記上部ホイスラー合金層は、Co基ホイスラー合金であり、
前記上部強磁性層は、Fe、Co、Ni、又はこれらの2元及び3元合金からなるとよい。
[8]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[7]において、好ましくは、前記Co基ホイスラー合金は、式CoYZで表されると共に、
式中、YはTi、V、Cr、Mn及びFeからなる群から選ばれた少なくとも一種からなり、ZはAl、Si、Ga、Ge、In及びSnからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。
【0013】
[9]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[8]において、好ましくは、
前記第1の非磁性層13a、13bは、膜厚が0.5nm以上100nm未満であり、
前記下部強磁性層は、膜厚が0.2nm以上7nm未満であり、
前記下部ホイスラー合金層は、膜厚が1.0nm以上7nm未満であり、
前記第2の非磁性層は、膜厚が1nm以上20nm未満であり、
前記上部ホイスラー合金層は、膜厚が1.0nm以上7nm未満であり、
前記上部強磁性層は、膜厚が0.2nm以上7nm未満であって、
前記下部強磁性層と前記下部ホイスラー合金層の合計した膜厚が1.2nm以上14nm未満であり、
前記上部強磁性層と前記上部ホイスラー合金層の合計した膜厚が1.2nm以上14nm未満であるとよい。
[10]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[9]において、好ましくは、磁気抵抗比は20%以上であり、抵抗変化面積積(ΔRA)は7mΩμm以上であるとよい。
[11]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[10]において、好ましくは、巨大磁気抵抗効果層は、結晶方向を示すミラー指数で(001)、(110)、又は(211)方位のエピタキシャル結晶方位を有する単結晶構造であるとよい。
[12]本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[10]において、好ましくは、前記巨大磁気抵抗効果層は、多結晶構造であるとよい。
【0014】
[13]本発明のデバイスは、面直通電型巨大磁気抵抗素子[1]から[12]のいずれかを用いたものである。
[14]本発明のデバイスにおいて、好ましくは、前記デバイスは、記憶素子上で使用される読み出しヘッド、磁界センサ、スピン電子回路、及びトンネル磁気抵抗(TMR)デバイスのいずれか一つであるとよい。
【0015】
[15]本発明の面直通電型単結晶巨大磁気抵抗素子の製造方法は、シリコン基板を準備する工程と、
前記シリコン基板に、単結晶構造を持つ下地層を成膜する工程と、
前記下地層を成膜したシリコン基板に、第1の非強磁性材料を0℃以上1000℃以下の基板温度で成膜する工程と、
前記第1の非強磁性材料を成膜した前記シリコン基板に、下部強磁性材料の層、下部ホイスラー合金層、第2の非強磁性材料の層、上部ホイスラー合金層、及び上部強磁性材料の層を有する積層体層を少なくとも一つ有する巨大磁気抵抗効果層を成膜する工程と、
前記巨大磁気抵抗効果層を成膜した前記シリコン基板を0℃以上1000℃以下で熱処理する工程と、を有することができる。
[16]本発明の面直通電型単結晶巨大磁気抵抗素子の製造方法は、MgO基板を準備する工程と、
前記MgO基板上に、第1の非強磁性材料を0℃以上1000℃以下の基板温度で成膜する工程と、
前記第1の非強磁性材料を成膜した前記MgO基板に、下部強磁性材料の層、下部ホイスラー合金層、第2の非強磁性材料の層、上部ホイスラー合金層、及び上部強磁性材料の層を有する積層体層を少なくとも一つ有する巨大磁気抵抗効果層を成膜する工程と、
前記巨大磁気抵抗効果層を成膜した前記MgO基板を0℃以上1000℃以下で熱処理する工程と、を有することができる。
【0016】
[17]本発明の面直通電型多結晶巨大磁気抵抗素子の製造方法は、シリコン基板、ガラス基板、アルミナ基板、ゲルマニウム基板、ヒ化ガリウム基板、イットリア安定化ジルコニア基板、又はAlTiC基板を準備する工程と、
前記基板上に、多結晶電極となる下地層を成膜する工程と、
前記下地層を成膜した前記基板上に第1の非強磁性材料を成膜する工程と、
前記第1の非強磁性材料を成膜した前記基板に、下部強磁性材料の層、下部ホイスラー合金層、第2の非強磁性材料の層、上部ホイスラー合金層、及び上部強磁性材料の層を有する積層体層を少なくとも一つ有する巨大磁気抵抗効果層を成膜する工程と、
前記巨大磁気抵抗効果層を成膜した前記基板を0℃以上500℃以下で熱処理する工程と、を有することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の面直通電型巨大磁気抵抗素子によれば、強磁性/ホイスラー合金/非磁性/ホイスラー合金/強磁性積層構造において、ホイスラー合金層の高いスピン偏極率(β)と強磁性層/ホイスラー合金層界面の高いスピン非対称性(γ)により、CPP-GMR素子のMR比とΔRAを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の第1の実施形態を示す巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子の構成断面図である。
図2】本発明の第1の実施形態を示すシリコン基板を用いた巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子10の製造方法を説明するフローチャートで、(A)は全体の概括工程図、(B)は巨大磁気抵抗効果層の成膜工程の詳細図である。
図3】本発明の第2の実施形態を示すMgO基板を用いた巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子の製造方法を説明するフローチャートで、(A)は全体の概括工程図、(B)は巨大磁気抵抗効果層の成膜工程の詳細図である。
図4】本発明の一実施形態を示す面直通電型巨大磁気抵抗素子の積層構造を示す図である。
図5】本発明の一実施形態を示す面直通電型巨大磁気抵抗素子の要部断面透過型電子顕微鏡像を示す図である。
図6】本発明の一実施形態を示す低倍率作製したCPP-GMR素子構造と磁気抵抗測定配置を示す図である。
図7】本発明の一実施形態を示す低倍率作製したCPP-GMR素子構造のMR観測曲線を示す図である。
図8】本発明の一実施形態の特性を示すもので、(A)はMR比の膜厚tに対する依存性を示す図、(B)はΔRAの膜厚tに対する依存性を示す図である。
図9】本発明の一実施形態を示すもので、(A)はMR比の膜厚t=4nm及びt=7nmの場合、(B)はΔRAの膜厚t=4nm及びt=7nmの場合の計算結果を示している。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の第1の実施形態を示す巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子の構成断面図である。図において、本実施形態の巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子10は、基板11、この基板11に積層された第1の非磁性層13a、13b、巨大磁気抵抗効果層17、及びキャップ層18a、18bを有している。
巨大磁気抵抗効果層17は、下部強磁性層14a及び上部強磁性層16a、並びに当該下部強磁性層14aと当該上部強磁性層16aの間に設けられた第2の非磁性層15を有すると共に、下部強磁性層14aと第2の非磁性層15の間には第1のホイスラー合金の挿入層(下部ホイスラー合金層)14bが設けられ、上部強磁性層16aと第2の非磁性層15の間には第2のホイスラー合金の挿入層(上部ホイスラー合金層)16bが設けられている。また、下部強磁性層14aと第1のホイスラー合金の挿入層14bの合計した合計膜厚は、1.2nm以上14nmの範囲内から選択され、このように選択された合計膜厚を一定とする範囲で、第1のホイスラー合金の挿入層14bの膜厚を調整してもよい。上部強磁性層16aと第2のホイスラー合金の挿入層16bの合計した合計膜厚は、1.2nm以上14nmの範囲内から選択され、このように選択された合計膜厚を一定とする範囲で、第2のホイスラー合金の挿入層16bの膜厚を調整してもよい。なお、第1のホイスラー合金の挿入層14bと第2のホイスラー合金の挿入層16bは、両者の膜厚が等しくてもよく、また異なっていてもよい。
【0020】
基板11は、MgO基板又はシリコン基板であるとよい。基板11がシリコン基板の場合には、汎用の8インチなどの大口径のSi基板を用いることができる。基板11がシリコン基板の場合には、シリコン基板と第1の非磁性層13a、13bとの間に下地層12を設けるとよい。下地層12は、例えばNiAl、CoAl、FeAlの一種からなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。基板11がMgO基板の場合には、下地層12を設ける必要はないが、設けてもよい。
【0021】
第1の非磁性層13a、13bは、下部電極層としても作用するもので、Ag、Cr、Fe、W、Mo、Au、Pt、Pd、Rh、Ta、NiFe及びNiAlからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。第1の非磁性層13a、13bは、実施例のように下地層も兼ねたCr層と、下部電極層も兼ねたAg層の二層構造としてもよいが、これに限定されず単層構造でもよい。第1の非磁性層13a、13bは、膜厚が0.5nm以上100nm未満であるとよい。第1の非磁性層13a、13bが100nm未満である場合、表面ラフネスが悪化しにくく、また0.5nm以上の場合、連続的な膜を成して下地層としての効果が得られやすく、本用途での必要な磁気抵抗比が得られることがさらに期待される。
【0022】
下部強磁性層14aは、Fe、CoFeから選ばれた少なくとも一種からなるとよい。下部強磁性層14aは、膜厚が0.2nm以上7nmであるとよい。下部強磁性層14aが10nm未満の場合、強磁性層中でのスピン緩和の影響が小さく、また0.2nm以上の場合、原子層の厚さとして1個分(ML)に相当するため、連続的な膜を成しやすい点で好ましい。なお、下部強磁性層14aの組成材料にホイスラー合金は含まれない。
【0023】
第1のホイスラー合金の挿入層14bはCo基ホイスラー合金からなるとよい。第1のホイスラー合金の挿入層14bは、膜厚が1.0nm以上7nm未満であるとよい。膜厚が1.0nm以上の場合は、ホイスラー合金の挿入層のバルクのスピン散乱の寄与が小さくなりにくく、磁気抵抗比の低下を招きにくい点で技術的にさらに有利である。膜厚が7nm未満の場合は、スピン緩和の影響が大きくなりにくく、本用途での必要な磁気抵抗比が得られることがさらに期待される。
上記のCo基ホイスラー合金は、式CoYZで表されると共に、式中、YはTi、V、Cr、Mn及びFeからなる群から選ばれた少なくとも一種からなり、ZはAl、Si、Ga、Ge及びSnからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。
【0024】
第2の非磁性層15はAg、Cu、Al、AgZnの一種からなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。第2の非磁性層15は、膜厚が1nm以上20nm未満であるとよい。第2の非磁性層15の膜厚が20nm未満の場合、非磁性層中でのスピン緩和の影響が大きくなりにくく、また1nm以上の場合、上部強磁性層16aと下部強磁性層14aの磁気的な結合が生まれにいので磁化相対角度が小さくなりにくく、本用途での必要な磁気抵抗比が得られることがさらに期待される。
第2のホイスラー合金の挿入層16bはCo基ホイスラー合金からなるとよい。第2のホイスラー合金の挿入層16bは、膜厚が1.0nm以上7nm未満であるとよい。膜厚が1.0nm以上の場合は、ホイスラー合金の挿入層のバルクのスピン散乱の寄与が小さくなりにくく、磁気抵抗比の低下を招きにくい点で技術的にさらに有利である。膜厚が7nm未満の場合は、スピン緩和の影響が大きくなりにくく、本用途での必要な磁気抵抗比が得られることがさらに期待される。
【0025】
上部強磁性層16aは、Fe、CoFeから選ばれた少なくとも一種からなるとよい。上部強磁性層16aは、膜厚が0.2nm以上7nm未満であるとよい。上部強磁性層16aが7nm未満の場合、強磁性層中でのスピン緩和の影響が大きくなりにくく、また0.2nm以上の場合、強原子層の厚さとして1個分(ML)に相当するため、連続的な膜を成しやすい。
キャップ層18a、18bは、Ag、Cr、W、Mo、Au、Pt、Pd、Ta、Ru及びRhからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるとよい。キャップ層18a、18bは、膜厚が1nm以上20nm未満であるとよい。キャップ層18a、18bは、実施例のように、上部電極層も兼ねたAg層と保護層も兼ねたRu層との二層構造としてもよいが、これに限定されず単層構造でもよい。
【0026】
次に、このように構成された装置の製造工程について説明する。
図2は、本発明の第1の実施形態を示すシリコン基板を用いた巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子10の製造方法を説明するフローチャートで、(A)は全体の概括工程図、(B)は巨大磁気抵抗効果層の成膜工程の詳細図である。図2(A)において、シリコン基板11上に、第1の非磁性材料を0℃以上1000℃以下の基板温度で成膜する(S100)。次に、第1の非磁性材料を成膜したシリコン基板11に、下部強磁性材料の層14a、第1のホイスラー合金の挿入層(下部ホイスラー合金層)14b、第2の非磁性材料の層15、第2のホイスラー合金の挿入層(上部ホイスラー合金層)16b及び上部強磁性材料の層16aをこの順で有する巨大磁気抵抗効果層17を成膜する(S102)。この工程において、第1及び第2のホイスラー合金の挿入層14b、16bの膜厚は1.0nm以上7nm未満とするのがよい。また、下部強磁性材料の層14a及び上部強磁性材料の層16aは、膜厚が0.2nm以上7nmであるとよい。巨大磁気抵抗効果層17の積層体は単一でもよく、また複数個設けてもよい。次に、巨大磁気抵抗効果層17を成膜したシリコン基板の上にキャップ層18a、18bを成膜する。最後に、巨大磁気抵抗効果層17とキャップ層18a、18bを成膜したシリコン基板を0℃以上1000℃以下でポストアニールとして熱処理する(S104)。ポストアニールはキャップ層18a、18bを成膜する前に成膜装置内で行ってもよい。熱処理温度は、好ましくは200℃以上600℃以下であるとよい。
【0027】
続いて、図2(B)を参照して、巨大磁気抵抗効果層の成膜工程の詳細を説明する。巨大磁気抵抗効果層17の成膜工程では、最初に下部強磁性材料の層14を成膜する(S122)。次に、第1のホイスラー合金の挿入層(下部ホイスラー合金層)14bを成膜する(S124)。そして、第2の非強磁性材料の層15を成膜する(S126)。続いて、第2のホイスラー合金の挿入層(上部ホイスラー合金層)16bを成膜する(S128)。最後に、上部強磁性材料の層16を成膜する(S130)。このようにして積層体としての巨大磁気抵抗効果層17の成膜が完了する。なお、巨大磁気抵抗効果層17を複数個設ける場合には、図2(B)の工程を適宜に繰り返すとよい。
【0028】
図3は、本発明の第2の実施形態を示すMgO基板を用いた巨大磁気抵抗効果層を有する磁気抵抗素子の製造方法を説明するフローチャートで、(A)は全体の概括工程図、(B)は巨大磁気抵抗効果層の成膜工程の詳細図である。図3(A)において、まずMgO基板上の表面洗浄をする(S200)。次に、MgO基板の基板温度を300℃以上で加熱洗浄する(S202)。そして、加熱洗浄したMgO基板上に、第1の非強磁性材料を0℃以上1000℃以下の基板温度で成膜する(S204)。
次に、第1の非磁性材料を成膜したMgO基板に、下部強磁性材料の層14a、第1のホイスラー合金の挿入層14(下部ホイスラー合金層)b、第2の非磁性材料の層15、第2のホイスラー合金の挿入層(上部ホイスラー合金層)16b及び上部強磁性材料の層16aをこの順で有する巨大磁気抵抗効果層17を成膜する(S206)。この工程において、第1及び第2のホイスラー合金の挿入層14b、16bの膜厚は1.0nm以上7nm未満とするのがよい。また、下部強磁性材料の層14a及び上部強磁性材料の層16aは、膜厚が0.2nm以上7nmであるとよい。巨大磁気抵抗効果層17の積層体は単一でもよく、また複数個設けてもよい。次に、巨大磁気抵抗効果層17を成膜したMgO基板の上にキャップ層18a、18bを成膜する。最後に、巨大磁気抵抗効果層17とキャップ層18a、18bを成膜したMgO基板を0℃以上1000℃以下でポストアニールとして熱処理する(S208)。熱処理温度は、好ましくは200℃以上600℃以下であるとよい。
【0029】
続いて、図3(B)を参照して、巨大磁気抵抗効果層の成膜工程の詳細を説明する。巨大磁気抵抗効果層17の成膜工程では、最初に下部強磁性材料の層14を成膜する(S222)。次に、第1のホイスラー合金の挿入層(下部ホイスラー合金層)14bを成膜する(S224)。そして、第2の非強磁性材料の層15を成膜する(S226)。続いて、第2のホイスラー合金の挿入層(上部ホイスラー合金層)16bを成膜する(S228)。最後に、上部強磁性材料の層16を成膜する(S230)。このようにして積層体としての巨大磁気抵抗効果層17の成膜が完了する。なお、巨大磁気抵抗効果層17を複数個設ける場合には、図3(B)の工程を適宜に繰り返すとよい。
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例
【0030】
実施例として、Co50Fe50/Co(Fe0.4Mn0.6)Si/Ag/Co(Fe0.4Mn0.6)Si/Co50Fe50エピタキシャル積層構造を有するCPP-GMR素子を作製・測定し、強磁性層/ホイスラー合金層界面を有しないCo(Fe0.4Mn0.6)Si/Ag/Co(Fe0.4Mn0.6)Siエピタキシャル積層構造のCPP-GMR素子よりもMR比とΔRAが向上した結果を以下に示す。以下では、Co50Fe50をCF、Co(Fe0.4Mn0.6)SiをCFMSと表記することとする。
【0031】
図4に作製した積層構造を示す。具体的にはMgO(001)基板/Cr(20nm)/Ag下地層(80nm)/CF(7-tnm)/CFMS(tnm)/Ag中間層(5nm)/CFMS(tnm)/CF(7-tnm)/Agキャップ層(5nm)/Ru(8nm)であり、(001)配向の単結晶積層膜である。CFMS膜厚tについて、t=0(CFMS層なし)、0.75、1.5、3、4、5、及び7(CF層なし)(nm)の構造を作製した。Ag下地層堆積後に300℃、30分、t=0nmの試料では各CF層堆積後、その他の試料では各CFMS層堆積後に450℃、2分の熱処理を行なった。図5に示す透過型電子顕微鏡像(TEM)により、Ag中間層への原子拡散や層界面の顕著な凹凸のないエピタキシャル積層構造の形成を確認した。
【0032】
図6にCPP-GMR素子の概略図を示す。図4の積層構造をサブミクロンオーダーの径のピラー形状に微細加工した。ピラーの面内方向に磁場を印加し直流4端子配置で抵抗変化を測定した。図7にt=4nmのCPP-GMR素子において、室温で観測された代表的なMR曲線を示す。ピラーサイズは約0.03μmである。磁化配置が平行時と反平行時とで、ピラーの抵抗が変化する。抵抗変化量をΔRとし、平行配置での抵抗値をRとする。
【0033】
図8(A)、(B)は平均化されたMR比とΔRAのtに対する依存性を示す。MR比は、図7に示したようなMR曲線を様々なサイズの多数のピラーで測定し、観測されたMR曲線から抽出されるΔRのRに対する傾きである。またΔRAは平均化されたR×Aの値をMR比に乗ずることで見積もられる。t=3、4、及び5nmの構造において、t=7nm(CFMS/Ag/CFMS積層構造)に比べて明確にMR比とΔRAが向上していることがわかる。特にt=4nmでは、MR比が49%、ΔRAが19mΩμmであり、t=7nmの場合(25%、9mΩμm)に比べて大幅に向上している。
【0034】
図9(A)、(B)はCPP-GMR素子のスピン依存伝導に関する理論[T. Valet and A. Fert, Phys. Rev. B 48, 7099 (1993), N. Strelkov et al., J. Appl. Phys. 94, 3278 (2003)]に基づいて計算された、t=4nmとt=7nmにおけるMR比とΔRAを示す図である。CF/CFMS界面のγはバンド整合性の理論計算によって得られた値(0.97)を用いている。t=4nmでどちらも明確に向上することが計算結果からも示された。
【0035】
以上の結果から、強磁性/ホイスラー合金/非磁性/ホイスラー合金/強磁性積層構造はMR比とΔRAの向上、すなわちCPP-GMR素子の性能向上に有効であり、その機能発現のための膜厚制御はナノメートルオーダーで可能であることが実証された。
【0036】
なお、本発明の実施の形態では、主に単結晶CPP-GMR素子を製作した場合について説明してきたが、本発明はこれに限られるものではなく、CPP-GMR素子は単結晶ばかりでなく多結晶でも同様な効果が得られる。また、CPP-GMR素子の非磁性中間層としてAg層を用いる場合を示しているが、本発明はこれに限られるものではなく、汎用のCu層やAl層等の非磁性金属層でもよい点は上述したとおりである。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の磁気抵抗素子は、磁気ハードディスクの読取ヘッド等の実デバイスへ応用するのに必要とされる磁気抵抗特性が良好なホイスラー合金を用いた巨大磁気抵抗素子であり、磁気ヘッド、磁界センサ、スピン電子回路、トンネル磁気抵抗デバイスなどの実用デバイスに用いて好適である。
【符号の説明】
【0038】
11 シリコン基板、MgO基板
12 下地層
13、13a、13b 第1の非磁性層(下部電極層)
14a 下部強磁性層
14b ホイスラー合金の挿入層(下部ホイスラー合金層)
15 第2の非磁性層
16b ホイスラー合金の挿入層(上部ホイスラー合金層)
16a 上部強磁性層
17 巨大磁気抵抗効果層
18a、18b キャップ層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9