(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】複合電解質
(51)【国際特許分類】
H01B 1/06 20060101AFI20241209BHJP
H01M 8/1051 20160101ALI20241209BHJP
C25B 13/08 20060101ALI20241209BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20241209BHJP
【FI】
H01B1/06 A
H01M8/1051
C25B13/08 302
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2021026945
(22)【出願日】2021-02-24
【審査請求日】2023-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】津坂 恭子
(72)【発明者】
【氏名】北野 直紀
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 数馬
(72)【発明者】
【氏名】篠原 朗大
(72)【発明者】
【氏名】森本 友
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 真一
(72)【発明者】
【氏名】加藤 時穂
【審査官】間宮 嘉誉
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-159343(JP,A)
【文献】特開2005-19232(JP,A)
【文献】特開2009-211991(JP,A)
【文献】特開2006-338912(JP,A)
【文献】特開2007-165006(JP,A)
【文献】特開2005-93234(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/14
C25B 1/00- 9/77
C25B 13/00-15/08
H01B 1/00- 1/24
H01B 13/00-13/016
H01B 13/34
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
H01M 12/00-16/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた複合電解質。
(1)前記複合電解質は、
固体高分子電解質と、
前記固体高分子電解質内に分散しているタングステン酸化物と、
前記固体高分子電解質内に分散している金属元素を含む化合物及び/又は前記固体高分子電解質に含まれる酸基のプロトンとイオン交換している前記金属元素のイオンと
を備えている。
(2)前記複合電解質は、次の式(1)及び式(2)の関係を満たす。
0.0001≦W/A<0.25 …(1)
0.0005≦M/A≦0.15 …(2)
但し、
W/Aは、前記酸基のモル数(A)に対する、前記タングステン酸化物に含まれるタングステンのモル数(W)の比、
M/Aは、前記酸基のモル数(A)に対する、前記金属元素のモル数(M)の比。
(3)前記金属元素は、Ce、Ag、Cs、Sn、及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素を含む。
【請求項2】
次の式(1’)の関係を満たす請求項1に記載の複合電解質。
0.0002≦W/A≦0.10 …(1’)
【請求項3】
次の式(2’)の関係を満たす請求項1又は2に記載の複合電解質。
0.001≦M/A≦0.10 …(2’)
【請求項4】
前記タングステン酸化物は、WO
x、及び、WO
x・nH
2O(但し、2≦x≦3、0<n<3、x及びnはそれぞれ非整数を含む。)からなる群から選ばれるいずれか1以上を含む請求項1から3までのいずれか1項に記載の複合電解質。
【請求項5】
前記タングステン酸化物は、WO
3、WO
2、及びWO
2.5からなる群から選ばれるいずれか1以上の酸化物を含む請求項1から4までのいずれか1項に記載の複合電解質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合電解質に関し、さらに詳しくは、固体高分子電解質の劣化を引き起こすラジカルの発生を抑制する作用、及び/又は、ラジカルを消去する作用がある添加物を含む複合電解質に関する。
【背景技術】
【0002】
ソーダ電解装置、水電解装置、燃料電池などにおいて、電気化学反応を生じさせる部位に膜電極接合体(MEA)が用いられている。MEAは、酸素と水素の直接反応若しくは電気化学反応によって直接的に生成するラジカル、又は、過酸化水素を経て生成するラジカルにより、電解質が攻撃され劣化すると言われている。
例えば、燃料電池においては、ラジカル攻撃により電解質膜の抵抗増加、クロスリークの増加、薄膜化による短寿命化などが起こることが知られている。さらには、ラジカル攻撃により生成する劣化生成物により触媒被毒が起こり、電解性能や電池性能が低下するおそれがある。
【0003】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)ナフィオン(登録商標)中のスルホン酸基のモル数に対して0.25倍モルのH2WO4、及び、0.05倍モルのCe(NO3)3を添加した触媒インク、又は、
(b)ナフィオン(登録商標)中のスルホン酸基のモル数に対して0.25倍モルのH2WO4、及び、0.05倍モルのMn(NO3)3を添加した触媒インク
を用いて作製されたMEAが開示されている。
同文献には、劣化抑制剤(H2WO4、Ce(NO3)3、Mn(NO3)3)を含む触媒インクを用いて作製されたMEAは、劣化抑制剤を含まない触媒インクを用いて作製されたMEAに比べて、固体高分子電解質の分子量維持率が高い点が記載されている。
【0004】
特許文献2には、パーフルオロスルホン酸樹脂と、一次粒子径が10nmであるジルコニアとを含み、ジルコニアの質量(B)に対するパーフルオロスルホン酸樹脂の質量(A)の比(=A/B比)が99/1である高分子電解質膜が開示されている。
同文献には、
(A)パーフルオロスルホン酸樹脂に過酸化水素を接触分解するジルコニアを添加する場合において、ジルコニアの一次粒子径を1nm~50nmに調整すると、ジルコニアの比表面積が増加し、過酸化水素分解反応点が飛躍に増加する点、及び
(B)これによって、高分子電解質膜の劣化が抑制される点
が記載されている。
【0005】
さらに、特許文献3には、
(a)ナフィオン(登録商標)からなる電解質膜を0.1Mのタングステン酸ナトリウム水溶液に90℃で30分間浸漬し、
(b)次いで、電解質膜を水溶液から取り出して水洗し、
(c)さらに、電解質膜を0.5Mの硫酸に90℃で30分間浸漬する
ことにより得られる遷移金属酸化物含有固体高分子電解質膜が開示されている。
同文献には、
(A)このような方法により、2wt%の酸化タングステン水和物を含む遷移金属酸化物含有固体高分子電解質膜が得られる点、及び、
(B)酸化タングステン水和物を含む電解質膜は、酸化タングステン水和物を含まない電解質膜に比べて、フッ素溶出速度が小さくなる点
が記載されている。
【0006】
特許文献1~3に記載されているように、固体高分子電解質にある種の劣化抑制剤を添加すると、固体高分子電解質の耐久性が向上する。一般に、劣化抑制剤の添加量が多くなるほど、固体高分子電解質の耐久性が向上すると考えられる。
しかしながら、固体高分子電解質に劣化抑制剤を添加する場合において、劣化抑制剤の添加量が多くなるほど、劣化抑制剤の粒子が電解質のプロトン伝導を物理的に阻害するため、伝導度が低下する。また、劣化抑制剤の添加量が過剰になると、劣化抑制剤の沈殿、凝集によって電解質膜内又は触媒層内における劣化抑制剤の分布が不均一となり、電解質膜又はMEA作製時などにおいて、膜や触媒層が割れたり、剥離するおそれがある。一方、これらの問題を回避するために、劣化抑制剤の添加量を減らすと、耐久性が不十分となる場合が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第5194448号公報
【文献】特許第5354935号公報
【文献】特許第4326271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、劣化抑制剤の含有量が相対的に少なく、かつ、高い劣化抑制作用を示す複合電解質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明に係る複合電解質は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記複合電解質は、
固体高分子電解質と、
前記固体高分子電解質内に分散しているタングステン酸化物と、
前記固体高分子電解質内に分散している金属元素を含む化合物及び/又は前記固体高分子電解質に含まれる酸基のプロトンとイオン交換している前記金属元素のイオンと
を備えている。
(2)前記複合電解質は、次の式(1)及び式(2)の関係を満たす。
0.0001≦W/A<0.25 …(1)
0.0005≦M/A≦0.15 …(2)
但し、
W/Aは、前記酸基のモル数(A)に対する、前記タングステン酸化物に含まれるタングステンのモル数(W)の比、
M/Aは、前記酸基のモル数(A)に対する、前記金属元素のモル数(M)の比。
【発明の効果】
【0010】
固体高分子電解質に対し、タングステン酸化物と、ある種の金属化合物及び/又は金属イオンとを同時に添加すると、これらの添加量が相対的に少量であっても、高い耐久性が得られる。これは、
(a)タングステン酸化物は、過酸化水素を分解して無害化する作用があり、その添加量が少量であっても、高い過酸化水素分解効果を示すため、
(b)ある種の金属化合物及び金属イオンは、ラジカルを消去する作用があるため、
(c)タングステン酸化物と、ある種の金属化合物及び/又は金属イオンとを共存させると、タングステン酸化物の過酸化水素分解効果が向上するため、及び、
(d)タングステン酸化物により分解されなかった過酸化水素からラジカルが発生しても、金属化合物及び/又は金属イオンがラジカルを効果的に消去するため、
と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1(A)は、WO
3又はWO
3+Ceを含む電解質膜(M/A=0.015)のW/A比とフッ素イオン排出速度(FER)との関係を示す図である。
図1(B)は、WO
2又はWO
2+Ceを含む電解質膜(M/A=0.015)のW/A比とフッ素イオン排出速度(FER)との関係を示す図である。
【
図2】W/A=0.0043である時の、M/A比とフッ素イオン排出速度(FER)との関係、及び、M/A比と伝導度低下率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 複合電解質]
本発明に係る複合電解質は、
固体高分子電解質と、
前記固体高分子電解質内に分散しているタングステン酸化物と、
前記固体高分子電解質内に分散している金属元素を含む化合物及び/又は前記固体高分子電解質に含まれる酸基のプロトンとイオン交換している前記金属元素のイオンと
を備えている。
【0013】
[1.1. 固体高分子電解質]
本発明において、固体高分子電解質の材料は、特に限定されない。固体高分子電解質は、フッ素系電解質又は炭化水素系電解質のいずれであっても良い。複合電解質には、これらのいずれか1種の固体高分子電解質が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
また、固体高分子電解質の酸基の種類についても、特に限定されない。酸基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基等がある。固体高分子電解質には、これらの酸基のいずれか1種類のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0014】
フッ素系電解質としては、例えば、ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)、アシプレックス(登録商標)などがある。
フッ素系電解質は、高分子の構造内にC-H結合を含まない全フッ素系電解質の他に、高分子の構造内にC-H結合とC-F結合とを含む部分フッ素系電解質も含まれる。
【0015】
炭化水素系電解質としては、例えば、
(a)スルホン酸基などの酸基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリフェニレン、ポリアミド、ポリアミドイミド、又は、これらの誘導体からなる全芳香族炭化水素系電解質、
(b)脂肪族炭化水素系電解質の高分子鎖の一部に芳香環を有する部分芳香族炭化水素系電解質、
などがある。
【0016】
[1.2. タングステン酸化物]
タングステン酸化物は、固体高分子電解質内に分散している。
「分散」とは、
(a)タングステン酸化物の一次粒子、又は二次粒子などの高次粒子の周囲が固体高分子電解質で囲まれた状態、又は、
(b)タングステン酸化物の一次粒子、又は二次粒子などの高次粒子の周囲の一部に固体高分子電解質が存在している状態
をいう。
タングステン酸化物は、主として、過酸化水素を分解して無害化する作用がある。そのため、固体高分子電解質に適量のタングステン酸化物を添加すると、固体高分子電解質の劣化を抑制することができる。
【0017】
本発明において、タングステン酸化物の種類は、特に限定されない。タングステン酸化物としては、例えば、
(a)WO3、WO2、WO2.5などのWOx(2≦x≦3、xは非整数を含む。)で表される種々の酸化物、
(b)WOxの水和物(WOx・nH2O)(2≦x≦3、0<n<3、x及びnはそれぞれ非整数を含む。)、
などがある。複合電解質は、これらのいずれか1種のタングステン酸化物が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
タングステン酸化物は、特に、WO3、WO2、及びWO2.5からなる群から選ばれるいずれか1以上が好ましい。これは、これらはいずれも酸性下で安定であるためである。
【0018】
[1.3. 金属元素を含む化合物及び/又はイオン]
ある種の金属元素を含む化合物及びイオンは、主として、ラジカルを消去する作用がある。そのため、固体高分子電解質に適量の金属元素を含む化合物及び/又はイオンを添加すると、固体高分子電解質の劣化を抑制することができる。
【0019】
金属元素としては、例えば、Ce、Ag、Cs、Sn、Mn、Ti、Co、Ni、Zn、Zr、Ru、Rh、Pd、Pt、Prなどがある。複合電解質には、これらのいずれか1種の金属元素が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
金属元素は、特に、Ce、Ag、Cs、Sn、及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素が好ましい。これは、これらはいずれもラジカルの生成を抑制する作用、又は、ラジカルを消去する作用が大きいためである。
【0020】
金属化合物は、水溶性の化合物であっても良く、あるいは、難溶性の化合物であっても良い。水溶性の金属化合物を用いた場合、複合電解質内において金属化合物が解離し、固体高分子電解質の酸基のプロトンの一部が金属イオンに置換される。一方、難溶性の金属化合物を用いた場合、金属化合物は、固体高分子電解質内に分散した状態となる。
金属化合物としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、蟻酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、塩化物、フッ化物、水酸化物、アセチルアセトネート化合物などがある。
【0021】
[1.4. 組成]
本発明に係る複合電解質は、次の式(1)及び式(2)の関係を満たす。
0.0001≦W/A<0.25 …(1)
0.0005≦M/A≦0.15 …(2)
但し、
W/Aは、前記固体高分子電解質に含まれる酸基のモル数(A)に対する、前記タングステン酸化物に含まれるタングステンのモル数(W)の比、
M/Aは、前記固体高分子電解質に含まれる前記酸基のモル数(A)に対する、前記金属元素のモル数(M)の比。
【0022】
[1.4.1. 式(1)]
式(1)は、W/A比の範囲を表す。W/A比が小さくなりすぎると、固体高分子電解質の劣化を抑制する効果が小さくなる。従って、W/A比は、0.0001以上である必要がある。W/A比は、好ましくは、0.0002以上、さらに好ましくは、0.0004以上である。
【0023】
一方、W/A比が大きくなりすぎると、固体高分子電解質の伝導度が低下したり、タングステン酸化物が凝集し、膜が割れたりする場合がある。従って、W/A比は、0.25未満である必要がある。W/A比は、好ましくは、0.10以下、さらに好ましくは、0.05以下である。
【0024】
複合電解質は、特に、次の式(1’)の関係を満たしているものが好ましい。
0.0002≦W/A≦0.10 …(1’)
【0025】
[1.4.2. 式(2)]
固体高分子電解質にタングステン酸化物のみを添加した場合であっても、固体高分子電解質の劣化を効果的に抑制することができる。しかしながら、タングステン酸化物に加えて、ある種の金属化合物及び/又は金属イオンをさらに添加すると、これらの相乗効果により、固体高分子電解質の劣化がさらに抑制される。このような効果を得るためには、M/A比は、0.0005以上である必要がある。M/A比は、好ましくは、0.001以上、さらに好ましくは、0.005以上である。
【0026】
一方、M/A比が大きくなりすぎると、固体高分子電解質の伝導度が低下する場合がある。従って、M/A比は、0.15以下である必要がある。M/A比は、好ましくは、0.10以下、さらに好ましくは、0.05以下、さらに好ましくは、0.04以下、さらに好ましくは、0.03以下である。
【0027】
複合電解質は、特に、次の式(2’)の関係を満たしているものが好ましい。
0.001≦M/A≦0.10 …(2’)
【0028】
[2. 複合電解質の製造方法]
本発明に係る複合電解質は、
(a)固体高分子電解質が溶媒に溶解又は分散している溶液(A)を調製し、
(b)溶液(A)に、タングステン酸化物及び金属化合物をさらに溶解又は分散させて溶液と(B)とし、
(c)溶液(B)から溶媒を除去する
ことにより製造することができる。
【0029】
また、本発明に係る複合電解質を含む各種部材は、種々の方法により製造することができる。例えば、複合電解質からなる電解質膜は、溶液(B)を適当な基板表面にキャストし、溶媒を除去することにより製造することができる。
あるいは、電解質膜をタングステン酸塩の水溶液に浸漬してタングステン酸塩を電解質膜内に導入し、酸処理することにより、電解質膜内にタングステン酸化物を固定しても良い。また、電解質膜をタングステンアルコキシドの溶液に浸漬してタングステンアルコキシドを電解質膜内に導入し、電解質膜内においてタングステンアルコキシドを縮合させても良い。
【0030】
さらに、本発明に係る複合電解質を用いて電解質膜を作製する場合、電解質膜は本発明に係る複合電解質のみからなるものでも良く、あるいは、複合電解質と補強材との複合体であっても良い。この場合、補強材の種類は、特に限定されない。
補強材としては、例えば、
(a)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、エチレンテトラフルオロエチレンコポリマー(ETFE)などのフッ素系樹脂の多孔膜や不織布、
(b)ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)などの炭化水素系樹脂の多孔膜や不織布、
などがある。
【0031】
複合電解質を含む触媒層は、溶液(B)にさらに電極触媒を分散させて溶液(C)とし、溶液(C)を適当な基板表面にキャストし、溶媒を除去することにより製造することができる。
あるいは、電解質膜の表面に溶液(C)を塗布や又はスプレーし、溶媒を除去することにより触媒層を形成しても良い。
【0032】
[3. 作用]
タングステン酸化物、及び、ある種の金属元素を含む化合物又はイオンは、いずれも、固体高分子電解質の劣化を抑制する作用がある。しかしながら、これらをそれぞれ単独で固体高分子電解質に添加した場合、耐久性の向上効果に限界があった。また、相対的に高い耐久性を得るためには、これらの添加物を相対的に多量に添加する必要があった。
【0033】
これに対し、固体高分子電解質に対し、タングステン酸化物と、ある種の金属化合物及び/又は金属イオンとを同時に添加すると、これらの添加量が相対的に少量であっても、高い耐久性が得られる。これは、
(a)タングステン酸化物は、過酸化水素を分解して無害化する作用があり、その添加量が少量であっても、高い過酸化水素分解効果を示すため、
(b)ある種の金属化合物及び金属イオンは、ラジカルを消去する作用があるため、
(c)タングステン酸化物と、ある種の金属化合物及び/又は金属イオンとを共存させると、タングステン酸化物の過酸化水素分解効果が向上するため、及び、
(d)タングステン酸化物により分解されなかった過酸化水素からラジカルが発生しても、金属化合物及び/又は金属イオンがラジカルを効果的に消去するため、
と考えられる。
【実施例】
【0034】
(実施例1~14、比較例1~3)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1~13]
電解質溶液(D2020、ナフィオン(登録商標)分散溶液、1000EW、20wt%、ケマーズ(株)製)に、1-プロパノール、超純水、金属塩水溶液、及び、FeSO4水溶液(ドライフェントン試験用のラジカル発生剤)を加えて混合し、第1溶液を得た。電解質溶液、1-プロパノール、及び、水(超純水、金属塩水溶液、及び、FeSO4水溶液に含まれる水の総量)の配合比(質量比)は、電解質溶液:1-プロパノール:水=10:7:3とした。
【0035】
金属塩には、Ce(NO3)3、AgNO3、CsNO3、SnSO4、又は、Mn(NO3)2を用いた。金属塩水溶液の配合量は、M/A比が0.015又は0.029となる量とした。FeSO4水溶液の配合量は、電解質酸基のFe2+イオンによる置換率が1%となる量とした。
【0036】
次に、第1溶液にタングステン酸化物を加え、超音波を10分間照射して分散させることにより、キャスト溶液を得た。タングステン酸化物には、WO3又はWO2を用いた。タングステン酸化物の配合量は、W/A比が0.0043、0.0047、0.043、又は0.047となる量とした。
【0037】
キャスト溶液:1.50gをφ35mmのフラットシャーレに採取し、恒温室雰囲気(25℃)で数日放置して乾固させ、キャスト膜を得た。次いで、キャスト膜をアニール(140℃、15分間)した。さらに、超純水でキャスト膜の取り出しとすすぎを行い、キャスト膜をろ紙に挟んで風乾させた。
【0038】
[1.2. 実施例14]
電解質膜(NR211、ケマーズ(株)製)を加熱真空乾燥(80℃、2時間)し、グローブボックス内で電解質膜の乾燥重量を測定した。
次に、グローブボックス内において、脱水エタノールにW(OEt)5(アヅマックス(株)製)を加え、0.01mass%のタングステン化合物溶液を調製した。このタングステン化合物溶液に乾燥させた電解質膜を浸漬した。タングステン化合物溶液の量は、W/A比が0.0045となる量とした。浸漬後、電解質膜を取り出し、風乾させた。
【0039】
次に、電解質膜を加熱真空乾燥(130℃、2時間)することによりW(OEt)5の縮合を行い、電解質膜中にWO2.5を生成させた。加熱真空乾燥後、電解質膜をエタノールに浸漬して洗浄し、風乾させた。さらに、電解質膜を加熱真空乾燥(80℃、2時間)し、グローブボックス内でWO2.5を含有する電解質膜の乾燥重量を測定した。
【0040】
次に、得られた電解質膜をCe(NO3)3水溶液に浸漬し、電解質膜にCeイオンを添加した。Ceの添加量は、Ce/SO3H比が0.015となる量とした。次いで、電解質膜をFeSO4水溶液に浸漬し、電解質膜にドライフェントン試験用のラジカル発生剤としてFeイオンを添加した。Fe添加量は、電解質酸基のFe2+イオンによる置換率が1%となる量とした。浸漬後、電解質膜を超純水ですすぎ、ろ紙に挟んで風乾させた。さらに、電解質膜を加熱真空乾燥(80℃、2時間)し、グローブボックス内で電解質膜の乾燥重量を測定した。
【0041】
[1.3. 比較例1~6]
Ceイオン及びWO3の添加を行わなかった以外は、実施例1と同様にして、電解質膜を作製した(比較例1)。
WO3の添加を行わなかった以外は、実施例1同様にして、電解質膜を作製した(比較例2)。この場合、Ceイオンの添加量は、Ce/SO3H比が0.015となる量とした。
さらに、Ceイオンの添加を行わなかった以外は、実施例1と同様にして電解質膜を作製した(比較例3)。また、Ceイオンの添加を行わなかった以外は、実施例2と同様にして電解質膜を作製した(比較例4)。
WO3の添加量W/Aを0.43とした以外は、比較例3と同様にして電解質膜を作製した(比較例5)。さらに、WO2の添加量W/Aを0.23とした以外は、比較例4と同様にして電解質膜を作製した(比較例6)。
【0042】
[2. 試験方法]
[2.1. ドライフェントン試験]
真空乾燥(80℃、2時間)させた電解質膜に対して過酸化水素水蒸気の暴露試験(ドライフェントン試験)を行った。
3mass%の過酸化水素水を0.12mL/minの速さで170℃に加熱したポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製の蒸発器に滴下し、全量を気化させた。これにN2を0.3L/min加えて希釈した。加熱真空乾燥後、乾燥重量を測定した電解質膜をPTFE製の網に固定し、95℃に加熱したPTFE製の内筒内に入れ、N2で希釈した過酸化水素蒸気を導入して、5時間暴露した。本条件で、95℃における相対湿度は、約38%と計算された。
【0043】
試料を通過した過酸化水素蒸気を、PE(ポリエチレン)製容器(周りを氷冷却)に入れた超純水100mLにバブリングして回収した。その回収水中に検出されたF-の量をサーモフィッシャーサイエンティフィック社製のフッ素複合電極で計測し、電解質の質量と試験時間から単位時間、単位電解質質量当たりのF-排出速度FER(μg/mg/hr)を求めた。
【0044】
[2.2. 伝導度低下率]
以下の手順に従い、電解質膜の抵抗を測定し、伝導度低下率を算出した。すなわち、電解質膜を2端子セルにセットし、交流インピーダンス法により抵抗を測定した。さらに、電解質膜の膜厚と膜幅を求め、電解質膜の伝導度を算出した。測定温度は25℃、相対湿度はRH20%とした。金属元素M添加無しの膜の伝導度に対する、金属元素M添加の場合の伝導度低下分の割合を伝導度低下率とした。
【0045】
[3. 結果]
[3.1. ドライフェントン試験]
表1に、結果を示す。なお、表1には、各試料の組成も併せて示した。
図1(A)に、WO
3又はWO
3+Ceを含む電解質膜(M/A=0.015)のW/A比とフッ素イオン排出速度(FER)との関係を示す。
図1(B)に、WO
2又はWO
2+Ceを含む電解質膜(M/A=0.015)のW/A比とフッ素イオン排出速度(FER)との関係を示す。表1及び
図1より、以下のことが分かる。
【0046】
(1)W/A比が0.1を超えると、タングステン酸化物の種類によらず、FERが増大した。
(2)WO3のみを含む電解質膜(比較例3)の場合、FERは、0.079μg/mg/hrであった。一方、WO3とCeを含む電解質膜(実施例1)の場合、FERは、0.034μg/mg/hrであった。
(3)WO2のみを含む電解質膜(比較例4)の場合、FERは、0.026μg/mg/hrであった。一方、WO2とCeを含む電解質膜(実施例2)の場合、FERは、0.007μg/mg/hrであった。
【0047】
(4)タングステン酸化物がWO2.5である場合、及び、金属元素MがAg、Cs、Sn、又はMnである場合も同様であり、タングステン酸化物のみを添加した場合(比較例3)、あるいは、Ceのみを添加した場合(比較例2)に比べて、極めて少量の添加でFERが大幅に低下した。
【0048】
【0049】
[3.2. 伝導度低下率]
図2に、W/A=0.0043である時の、M/A比とフッ素イオン排出速度(FER)との関係、及び、M/A比と伝導度低下率との関係を示す。なお、
図2中、M/A>0.029の領域はシミュレーション結果を表す。
図2より、以下のことが分かる。
(1)M/A比が大きくなるほど、FERは低下した。しかしながら、M/A比が大きくなるほど、伝導度低下率が増加した。これは、M/A比が大きくなるほど、電解質に含まれる酸基のプロトンが金属元素Mのイオンで置換される割合が高くなるためである。
(2)低いFERと、低い伝導度低下率を両立させるためには、M/A比は、0.15以下にする必要がある。また、M/A比を0.10以下にすると、伝導度低下率を最小限に抑制することができる。
【0050】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係る複合電解質は、固体高分子形燃料電池や固体高分子形水電解装置の電解質膜、触媒層アイオノマなどに用いることができる。