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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】地磁気センサ校正システム
(51)【国際特許分類】
   G01C 17/38 20060101AFI20241209BHJP
   G01R 33/02 20060101ALI20241209BHJP
   G01R 35/00 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
G01C17/38 J
G01R33/02 X
G01R35/00 M
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020157272
(22)【出願日】2020-09-18
(65)【公開番号】P2022051031
(43)【公開日】2022-03-31
【審査請求日】2023-09-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000104652
【氏名又は名称】キヤノン電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松岡 京
【審査官】篠原 将之
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-252808(JP,A)
【文献】特開2013-072643(JP,A)
【文献】特開2013-057552(JP,A)
【文献】特開2021-092427(JP,A)
【文献】特開2016-061766(JP,A)
【文献】特開2015-169619(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0072155(US,A1)
【文献】国際公開第2014/141631(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01C 17/38
G01R 33/02
G01R 35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
地磁気センサと加速度センサとを備えた装置の校正に用いられるシステムであって、
球座標rθφのθφを複数の区間に分割したとき、前記加速度センサが検知する重力ベクトルが、分割されたどの区間に属するかを判定する区間判定部と、
前記重力ベクトルが属する前記区間区間情報と、各区間に対応した前記地磁気センサの出力値を、対にして測定情報として保存する記憶部と、
前記記憶部に保存された前記測定情報をもとに、前記地磁気センサの補正値を推測する補正推測部と、
前記補正推測部で推測した補正値をもとに、前記地磁気センサの出力値を補正するデータ補正部と
を有することを特徴とする地磁気センサ校正システム。
【請求項2】
前記データ補正部で補正された出力値の妥当性を評価する精度評価部を有することを特徴とする請求項1に記載の地磁気センサ校正システム。
【請求項3】
前記測定情報として対にして保存される前記加速度センサおよび前記地磁気センサの出力値が同じタイミングで取得されることを特徴とする請求項1または2に記載の地磁気センサ校正システム。
【請求項4】
前記区間判定部が判定する区間は、前記装置の使用状態において前記重力ベクトルが示す方向付近の区間が、それ以外の区間に比べて狭いことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の地磁気センサ校正システム。
【請求項5】
前記補正推測部は、前記区間のうち、一部の区間に含まれる前記測定情報を用いて前記補正値を推測することを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の地磁気センサ校正システム。
【請求項6】
前記補正推測部は、前記装置に対するユーザの操作入力に基づいて前記補正値の推測を実行することを特徴とする請求項からのいずれか一項に記載の地磁気センサ校正システム。
【請求項7】
前記精度評価部は、前記データ補正部で補正された出力値が所定の精度に満たないと評価した場合に、前記補正推測部に対して、前記補正値の推測処理の実行を要求することを特徴とする請求項2に記載の地磁気センサ校正システム。
【請求項8】
地磁気センサと加速度センサとを備えた装置の校正に用いられるシステムであって、
前記加速度センサが検知する重力ベクトルが、空間内のどの領域に属するかを判定する領域判定部と、
前記重力ベクトルが属する前記領域の領域情報と、各領域に対応した前記地磁気センサの出力値を、対にして測定情報として保存する記憶部と、
前記記憶部に保存された前記測定情報をもとに、前記地磁気センサの補正値を推測する補正推測部と、
前記補正推測部で推測した補正値をもとに、前記地磁気センサの出力値を補正するデータ補正部と
を有し、
前記領域判定部が判定する前記領域は、前記加速度センサが検知する重力ベクトルが描く曲面上を所定の間隔で分割した領域であることを特徴とする地磁気センサ校正システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、携帯機器などに搭載される地磁気センサのキャリブレーション方法、およびそのアルゴリズムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から地磁気センサは、周囲に存在する磁場の強度と方向を検知することにより、製品の姿勢や方角を特定する手段として、携帯機器を中心に幅広く応用されている。地磁気センサの姿勢ごとの出力値を距離に換算した点の集合は、周囲にノイズなどが存在しない理想的な環境下では、図1(a)のように、センサ座標系の原点を中心とした球面を描く。
【0003】
しかし現実的には、製品内外に存在する磁性体による磁気ノイズによって、センサの出力値は大きく影響を受け、図1(b)のように、一般的に原点がずれた楕円面を描くことになる。その結果、周囲に存在する磁場の強度と方向を正確に検知することができなくなる。そのため、地磁気センサを搭載する製品上では、前記の原点がずれた楕円面を、本来の原点を中心とした球面に補正する処理の実装が必要不可欠である。
【0004】
磁気ノイズは大別して、2種類に分類される。1つは、センサ近傍に存在する硬磁性体に起因する磁気ノイズである。この磁気ノイズは、センサの出力値をすべて一定にシフトさせる影響があり、本来描くべき球面の中心は原点からずれることになる。この現象はハードアイロン効果と呼ばれている。この影響を取り除くためには、ホスト側で原点からのシフト量(以下、オフセット補正値と呼ぶ)を推測して、センサの出力値を原点基準に補正する必要がある。
【0005】
もう1つは、センサ近傍に存在する軟磁性体に起因する磁気ノイズである。この磁気ノイズは、センサの出力値を方向によって異なる比率で伸縮させる影響があり、本来描くべき球面は楕円面に変形することになる。この現象はソフトアイロン効果と呼ばれている。この影響を取り除くためには、ホスト側でセンサの出力値が描く楕円面の形状を推測して、楕円面から本来の球面に補正する必要がある(以下、球面補正変換と呼ぶ)。
【0006】
前記の補正値をそれぞれ求めるためには、製品をあらゆる方向に向けた時の地磁気センサの出力値をホスト側でデータとして管理し、得られたデータ群をもとに、最小二乗法などの手法によって推測する必要がある。これらの補正値をより正確に推測するためには、できる限り多くの独立したデータ、すなわち、異なる姿勢でのセンサの出力値をホスト側で判別して、補正値を推測するための元データ(以下、補正データと呼ぶ)として取捨選択することが求められる。従来、そのための手法、アルゴリズムが提案されてきた。
【0007】
特許文献1では、地磁気センサとは別に姿勢検出センサを搭載し、その出力値をもとに所定の角度以上の姿勢変化が起こったと判断できた場合に、地磁気センサの出力値を補正データとして採用し、球面のオフセット補正値を推測する手法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2012-242267号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1の手法では、姿勢検出センサの出力値の相対的な角度変化にもとづいて、補正データの独立性を判別しているため、補正データの数が多い場合には、独立性の判定が大変複雑である。たとえば、100個の独立な補正データが必要な場合、100個の中から2個を選び出す4950通りすべての組み合わせについて相対角度を確認する必要があり、非常に膨大な処理となる。また、地磁気センサから新しい出力値が得られる度に、上記オーダーの数の確認処理を実行するのは非現実的である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明にかかる地磁気センサ校正システムは、上記を鑑み、
地磁気センサと加速度センサとを備えた装置の校正に用いられるシステムであって、
球座標rθφのθφを複数の区間に分割したとき、前記加速度センサが検知する重力ベクトルが、分割されたどの区間に属するかを判定する区間判定部と、
前記重力ベクトルが属する前記区間区間情報と、各区間に対応した前記地磁気センサの出力値を、対にして測定情報として保存する記憶部と、
前記記憶部に保存された前記測定情報をもとに、前記地磁気センサの補正値を推測する補正推測部と、
前記補正推測部で推測した補正値をもとに、前記地磁気センサの出力値を補正するデータ補正部と
を有することを特徴とする。
また、本発明にかかる地磁気センサ校正システムは、
地磁気センサと加速度センサとを備えた装置の校正に用いられるシステムであって、
前記加速度センサが検知する重力ベクトルが、空間内のどの領域に属するかを判定する領域判定部と、
前記重力ベクトルが属する前記領域の領域情報と、各領域に対応した前記地磁気センサの出力値を、対にして測定情報として保存する記憶部と、
前記記憶部に保存された前記測定情報をもとに、前記地磁気センサの補正値を推測する補正推測部と、
前記補正推測部で推測した補正値をもとに、前記地磁気センサの出力値を補正するデータ補正部と
を有し、
前記領域判定部が判定する前記領域は、前記加速度センサが検知する重力ベクトルが描く曲面上を所定の間隔で分割した領域であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、必要な補正データの数が多い場合でも、独立性の判定を簡易に行うことができ、効率的に独立な補正データ群を収集することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】磁気ノイズの有無による地磁気センサの出力値の差異を示す図。
図2】本発明の一実施形態に係るシステムの内部構成を示すブロック図。
図3】本発明の一実施形態に係るシステムの領域判定部で使用する領域を示す図。
図4】本発明の一実施形態に係るシステムの具体的な領域構成方法を示す図。
図5】本発明の一実施形態に係るシステムの動作フローチャート。
図6】本発明の実施系である、距離測定装置の外観図。
図7】本発明の実施系である、距離測定装置の2点間距離測定を示す図。
図8】本発明の実施系である、距離測定装置の領域判定部の構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
(第1実施形態)
<内部構成>
図2は、本発明の一実施形態にかかる地磁気センサ校正システム1の内部構成を示したものである。図2に示すように、地磁気センサ校正システム1は大きく分けて、センサ部10と、制御部20と、記憶部30から構成される。本実施形態に係る地磁気センサ校正システム1が搭載される装置としては、後述する距離測定装置100などが好適に用いられる。
【0015】
センサ部10は、地磁気センサ11と、加速度センサ12から構成される。各センサは、通信インターフェースを介して制御部20と接続されており、各センサの出力値をリアルタイムに制御部20へ出力することができる。
【0016】
地磁気センサ11では、周囲に存在する磁場の強度と方向を表すベクトル(以下、磁気ベクトル)を検知して、制御部20へ出力する。前述のように、地磁気センサ11は近傍に存在する磁性体に起因する磁気ノイズも併せて検知するため、その出力値は本来知りたい磁気ベクトルに、磁気ノイズの成分が重畳したベクトルである。このベクトルは一般的に、地磁気センサ11をあらゆる方向に向けることで、原点がずれた楕円面(長球面)を描く。
【0017】
加速度センサ12では、センサに印加される重力の方向を表すベクトル(以下、重力ベクトル)を検知して、制御部20へ出力する。また、加速度センサ12は自身の運動に伴う加速度の大きさと方向も併せて検知するため、その出力値は本来知りたい重力ベクトルに、加速度の成分が重畳したベクトルである。
【0018】
地磁気センサ11と加速度センサ12は、それぞれ製品上に固定されている。すなわち、製品の姿勢変化と連動して、各センサの出力値が変化する構成となっており、各センサは製品の姿勢に対応した出力を行う。
【0019】
制御部20は、データ取得部21と、フィルタ処理部22と、領域判定部23と、データ入出力部24、補正推測部25と、データ補正部26、精度評価部27から構成される。制御部20の例として、マイクロコントローラ(以下、MPUと呼ぶ)が挙げられ、制御部20の各構成要素はMPU上で動作するプログラムである。なお、制御部20の各構成要素をMPUとは異なる電装部品上で動作するプログラムや回路構成によって実現しても良い。
【0020】
データ取得部21は、地磁気センサ11、および加速度センサ12から、通信インターフェースを介して、それぞれの出力値を取得する。各センサの出力値を取得する時間間隔は、できる限り短く設定することが望ましい。これにより、各センサの出力値の微小な変化を捉えることができるため、効率的に補正データを収集することができる。
【0021】
フィルタ処理部22では、データ取得部21で取得した各センサの出力値の平滑化処理を行う。一般的に各センサの出力値は、電気的なノイズによって多少のバラつきを伴うため、1回の取得値だけではその妥当性が得られない。そのため、フィルタ処理を施すことで、各出力値を平滑化する必要がある。フィルタ処理の例として、移動平均フィルタなどが挙げられる。
【0022】
特に加速度センサ12は、前述のように、自身の運動に伴う加速度成分を重畳して出力するため、そのままでは正確な重力方向を把握することができない。そのため、出力値に対してローパス・フィルタをはじめとしたフィルタ処理を施すことで、加速度成分を除去する手法が広く使われている。以下では、フィルタ処理部22により、加速度センサ12の出力値は加速度成分が除去され、重力ベクトルのみ抽出されたものとする。
【0023】
領域判定部23では、加速度センサ12の出力値である重力ベクトルが空間内のどの領域に属するかの判定を行う。ここで空間内の領域とは、加速度センサ12がもつセンサ座標系の原点を中心として、重力ベクトルが描く球面上に、仮想的に設定した領域である。本領域の詳細については後述するが、重力ベクトルがどの領域に属するかを判定することにより、地磁気センサ11の出力値の独立性を保証することができる。なお、重力ベクトルが描く球面と説明したが、実際には加速度センサ12からの出力にはバラつきやノイズが重畳するため、球面に近い曲面となることがある。
【0024】
データ入出力部24は、通信インターフェースを介して記憶部30と接続されており、記憶部30とデータの入出力を行う。入出力の対象データは、地磁気センサ11の出力値、および領域判定部23の判定結果であり、記憶部30にはこれらのデータが対となって測定情報として保存される。補正値を推測するための補正データは、すべて記憶部30に保存される。
【0025】
補正推測部25では、記憶部30に保存された補正データ群をもとに、地磁気センサ11の出力値が描く楕円面の形状を推測する。また、推測した楕円面の形状をもとに、前述のオフセット補正値と、球面補正変換の係数をそれぞれ算出する。
【0026】
データ補正部26では、補正推測部25で算出したオフセット補正値と、球面補正変換の係数をもとに、地磁気センサ11の出力値の補正処理を行う。これにより、磁気ノイズの影響で原点がずれた楕円面を描いていた地磁気センサ11の出力値は、本来の原点を中心とした球面を描くようになり、周囲に存在する磁場の強度と方向を正確に検知できるようになる。
【0027】
精度評価部27では、データ補正部26による補正後のデータの妥当性を評価する。評価の結果、補正誤差が大きいと判断した場合は、補正推測部25に対して補正値を推測し直すよう要求する。精度評価部27を通過したデータは、本システムを実装した製品側のメイン制御部へ受け渡され、製品の姿勢検出などに応用される。
【0028】
記憶部30は、前述のように、制御部20から通信インターフェースを介して、自由にデータを保存・参照することができる場所であり、HDDやSSDなどに代表される記憶装置から構成される。補正値を推測するための補正データ群は、すべて記憶部30に保存され、通電が途絶えてもすべてのデータを保持できるものとする。
【0029】
上記において、記憶部30は制御部20の外部にある構成としたが、この限りではない。たとえば、制御部20として使用するMPU上に、データ・フラッシュ・メモリ領域などの内部記憶領域がある場合には、それを記憶部30として代用する構成としても良い。
【0030】
また、MPU上のRAM領域に補正データ群を格納する変数を用意する構成としても良い。ただし、RAM領域のデータはMPUへの通電が途絶えると消失するため、通電中に変数に格納された補正データ群をすべて記憶部30や、MPU上のデータ・フラッシュ・メモリ領域などに保存する必要がある。
【0031】
<領域判定部の構成方法>
以下では、領域判定部23の構成方法について説明する。前述のように、地磁気センサ11と加速度センサ12は、それぞれ製品上に固定されているため、製品の姿勢に対応した出力を行う。そこで、地磁気センサ11の出力値と、加速度センサ12の出力値を、同じタイミングで取得することにより、両者を同じ姿勢での出力値として1対1に対応させることができる。これにより、地磁気センサ11の出力値の独立性の判定を、加速度センサ12の出力値の独立性の判定で、代用することができる。
【0032】
加速度センサ12の出力値は、地磁気センサ11の出力値とは異なり、製品内外に存在する磁性体による磁気ノイズの影響を受けない。また前述のように、フィルタ処理部22によって加速度センサ12自体にかかる加速度成分を除去しているため、その出力値はセンサ座標系の原点を基準として重力ベクトルを捉えている。すなわち、加速度センサ12の出力値は、センサをあらゆる方向に向けることで、センサ座標系の原点を中心、重力の大きさ(重力加速度)を半径として球面を描く。
【0033】
そこで、図3(a)に示すように、加速度センサ12の出力値(すなわち、重力ベクトル)が描く球面上を分割することで、複数の仮想的な領域R(R1、R2、・・・、Rn)を定義する。この領域の大きさや形状、分割数はまったく任意に設定することができるが、後述するように、分割数は領域の大きさが小さくなりすぎないように設定することが望ましい。
【0034】
上記の定義から分かるように、重力ベクトルの終点は前記の球面上に常に必ず存在し、また前記の領域のいずれかに属することになる。ここで、任意の異なるタイミングで取得した2つの重力ベクトルG1、G2を考え、それぞれの重力ベクトルが属する領域をR1、R2とする。もし、図3(b)に示すように、R1とR2が異なる領域であれば、重力ベクトルG1とG2は、互いに異なる方向を向いていると考えることができ、2つの重力ベクトルは独立であると判断することができる。
【0035】
一方、図3(c)に示すように、R1とR2が同じ領域であれば、重力ベクトルG1とG2は、互いに同じ方向を向いているとみなし、2つの重力ベクトルは独立でないと判断することができる。すなわち、重力ベクトルが前記の球面上のどの領域に属するかを確認することで、重力ベクトルの独立性を判定することができる。それはまた、前述したように、地磁気センサ11の出力値の独立性を判定することと同じである。
【0036】
そこで、地磁気センサ11の出力値と、同じタイミングで加速度センサ12から取得した重力ベクトルが属する領域の情報を、対にして記憶部30へ保存し、データとして管理する。すると、地磁気センサ11から新しく出力値を取得した際、同じタイミングで取得した重力ベクトルがどの領域に属するかを確認することで、記憶部30に保存されているデータ群との独立性を、容易に判定することができる。
【0037】
同じ領域に属するデータが得られた場合は、古いデータを新しいデータで上書きする。これにより、各領域には最新の周囲環境にもとづいて得られた1つのデータが常に保持されることになる。各領域のデータはすべて独立性が保証されているため、記憶部30に保存されているすべてのデータ(地磁気センサ11の出力値)を補正データ群として、最小二乗法などを適用することにより、補正値を正確に推測することができる。
【0038】
上記のことから分かるように、上記の方法によって得られる独立な補正データの数は、前記領域の分割数に等しい。そのため、補正値を推測するために必要な補正データの数にもとづいて、領域の分割数を決定する必要がある。補正値の推測手段として最小二乗法を使用する場合は、一般的に独立な補正データの数が多いほど、推測精度は向上する。
【0039】
しかし、領域の分割数が多ければ多いほど、各領域の大きさは小さくなり、後述するように、重力ベクトルが各領域に属する確率は低くなる。すなわち、各領域のデータが更新されにくくなるため、新しい環境での補正値の推測精度を悪化させる危険性がある。したがって、補正値の推測に必要な補正データの数を鑑みて、領域の大きさが小さくなりすぎないように、分割数を決定することが望ましい。
【0040】
また、重力ベクトルは製品の姿勢変化に応じて、前記の球面上を動き回るが、球面上のすべての場所を同じ頻度で訪れると仮定すると、領域の大きさが大きいほど、その領域に属する確率は高くなる。逆に、領域の大きさが小さいほど、その領域に属する確率は低くなり、その領域のデータは取得しにくくなる。すなわち、各領域のデータを平等に取得するためには、各領域の大きさが均等になるように定義することが望ましい。
【0041】
しかし、製品によっては、重力ベクトルが球面上のすべての場所を同じ頻度で訪れない場合がある。たとえば、タブレット端末などの場合は、表示部を上にして使用することが多い。そのため、重力ベクトルは表示部を上にした製品の使用状態であるときに指し示す領域の近傍を訪れる頻度が高くなる。このような場合は、製品の使用状態において重力ベクトルが示す方向付近の領域の大きさを、重力ベクトルが訪れる頻度が低い領域の大きさに比べて小さく定義し、重力ベクトルが訪れる頻度が低い領域の大きさを相対的に大きく定義することで、データを取得しやすくすることが望ましい。
【0042】
上記において、領域ごとに保持するデータの個数は1つとしているが、この限りではない。領域ごとに複数のデータを保持する構成としても良い。また、領域ごとに保持するデータの個数を可変としても良い。たとえば、上記のように、重力ベクトルが訪れる頻度によって領域の大きさを調整して定義する場合、領域ごとに保持するデータの個数を1つに限定すると、大きな領域ほどその近傍の独立なデータは少なくなる。そのため、大きな領域ほど保持できるデータ数を多く設定することが望ましい。
【0043】
1つの領域で複数のデータを保持する場合は、同じ領域に属するデータ同士で、対応する重力ベクトルが含まれる領域による判別方法(第1の方法)以外の方法で独立性の確認を行うことが望ましい。これにより、同じ領域内で独立でないデータを保持することを回避することができ、補正値の推測精度を向上させることができる。この独立性を確認するためには、たとえば、ベクトルの内積計算によって2つのベクトルがなす角度θを算出し、所定の角度以上であることを確認すれば良い(第2の方法)。具体的には、2つのベクトルr、rに対し、角度θは次式により算出することができる。
【数1】
【0044】
また、上記において、定義した領域はすべて使用するものとして説明したが、この限りではない。定義した全領域のうち、一部の領域だけを使用する構成としても良い。たとえば、前述のタブレット端末などの場合、重力ベクトルが訪れる頻度の低い領域についてまでデータを保持すると、その領域のデータは周囲環境が変化しても更新されずに残り続けるため、新しい環境での補正値の推測精度を悪化させる危険性がある。そこで、重力ベクトルが訪れる頻度の高い領域についてのみ、データを保持する構成とすることで、上記の危険性を回避することができる。
【0045】
しかし、使用する領域を狭めすぎても、地磁気センサ11の出力値が描く楕円面の全体像が捉えられなくなり、補正値の推測精度を悪化させることになる。そのため、楕円面の全体像が捉えられるだけの領域は最低限、確保する必要がある。たとえば、後述する最小二乗法によって推測を行う場合は、重力ベクトルが少なくとも半球面を描く程度の領域を確保することが望ましい。
【0046】
以下では、上記の領域判定部23の構成方法について具体例を示す。加速度センサ12から得られる重力ベクトルを重量ベクトルGとすると、重量ベクトルGはセンサ座標系XYZの原点を中心、絶対値|G|(重力加速度)を半径とする球面を描き、重量ベクトルGの終点は常にこの球面上に存在する。そこで、図4(a)に示すように、センサ座標系XYZから球座標rθφへの座標変換を考え、重力ベクトルGを球座標rθφで表す。
【0047】
重力ベクトルGの、センサ座標系XYZでの座標成分をG、G、G、球座標rθφでの座標成分をr、θ、φとすると、両者の間には次式の関係が成り立つ。
【数2】
【0048】
上式から分かるように、rは重力ベクトルGの絶対値|G|に等しいため、一定である。このように、球座標rθφを利用すると重力ベクトルGが描く球面上の点は、2つの角度θ、φで表すことができる。θ、φが取り得る値の範囲はそれぞれ、0≦θ≦π、0≦φ≦2πである。
【0049】
ここで、θの範囲を4等分、φの範囲を8等分すると、両者が取り得る値の範囲は、幅がπ/4の区間に分割される。この状況を図示すると、図4(b)に示すように、球の表面はθ、φによって、それぞれπ/4間隔で刻まれた32個の領域(区間)に分割されることになる。この32個の領域を、領域判定部(区間判定部)23で使用する領域(区間)として定義する。
【0050】
上記32個の各領域に対して、地磁気センサ11の出力値を1つずつ対応させることで、32個の独立な補正データ群を収集することができる。すなわち、重力ベクトルGが上記32個の各領域に属するタイミングで、地磁気センサ11の出力値を取得することで、32個の補正データの独立性を保証することができる。この補正データ群を、記憶部30に保存して管理する。
【0051】
重力ベクトルGが、現在どの領域に属しているかを判定するためには、式2を利用してθ、φをそれぞれ算出し、θが前記の4等分した区間のどこに属するか、また、φが前記の8等分した区間のどこに属するか、を記憶部30に記憶された補正データ群に対して確認すれば良い。記憶部30における補正データ群は、θ、φに対応するテーブルなどによって管理することができる。
【0052】
上記のように、θ、φの範囲をそれぞれ等分割して領域を定義している場合は、式2で算出したθ、φを、それぞれの分割幅(本実施形態の場合、両者π/4)で割り、その結果の整数部を確認すれば、最初の区間を0番目として何番目の区間に属するかを簡易に判定することができる。このように、球座標rθφを利用することで、領域の定義、および判定を簡易に行うことができる。
【0053】
上記の例について、記憶部30に保存する補正データ群の一例を表1に示す。ただし、i番目の補正データをAで表し、そのX、Y、Z成分をx、y、zとする。
【表1】
【0054】
上記において、θ、φの範囲をそれぞれ4等分、8等分としたが、この限りではない。補正値を推測するために必要な補正データの数に応じて、θ、φの分割数を増減しても良い。上記の手法によって得られる補正データの数は、θ、φそれぞれの分割数の積である。たとえば、θ、φの範囲をそれぞれ10等分、15等分すれば、150個の補正データが得られる。
【0055】
θ、φの分割幅は必ずしも等分割である必要はない。前述したように、重力ベクトルGが訪れる頻度によって、区間の幅(角度)を拡大・縮小することで、各領域の大きさを調整しても良い。また、前述したように、領域ごとに保持するデータの個数は1つである必要はなく、領域ごとに複数のデータを保持する構成としても良い。また、前述したように、上記32個の領域をすべて使用する必要はなく、一部の領域だけを使用しても良い。
【0056】
<補正推測部の処理方法>
以下では、補正推測部25で実行される、補正値の推測処理について説明する。補正値の推測手法として、最小二乗法を使用した例を説明するが、この限りではない。補正値を正確に推測できる手法であれば、どのような手法に置き換えても良い。
【0057】
これまで述べてきたように、地磁気センサ11の出力値は一般的に原点がずれた楕円面を描く。すなわち、領域判定部23の処理によって記憶部30に保存された補正データ群は、すべてこの楕円面上の点を表していると考えられる。
【0058】
楕円面は幾何学的には二次曲面に分類され、その一般的な表式は9個のパラメータaxx、ayy、azz、axy、ayz、azx、a、a、aによって、次式のように表される。
【数3】
【0059】
したがって、記憶部30に保存された補正データ群をもとに、上記の9個のパラメータをすべて求めれば、楕円面の形状を決定することができる。
【0060】
記憶部30に保存された補正データ群は、上記の楕円面上の点を表しているため、すべての補正データAが式3を満たしているはずである。しかし、前述したように、各センサの出力値は電気的なノイズなどによって多少のバラつきを伴うため、補正データの中には楕円面上から外れている、すなわち、式3を満たしていないものも存在する。そこで、各補正データAについて、式3からの二乗誤差を考え、その総和(累積誤差)が最小となるように9個のパラメータを決定する。この手法を最小二乗法と呼ぶ。
【0061】
i番目の補正データA(X、Y、Z成分をx、y、zとする)について、式3からの誤差をδとし、式4で表す。
【数4】
【0062】
上記誤差の二乗δ を、すべての補正データA(i=1~N)について求め、足し合わせた総和を累積誤差Δとして式5のように定義する。
【数5】
【0063】
このΔが最小となるように、9個のパラメータを決定する必要がある。
【0064】
上記のΔは、9個のパラメータをそれぞれ変数と考えたとき、各パラメータについての二次関数である。また、各パラメータの二次の係数は正であることが保証されているため、下に凸の関数形となり、各パラメータについてΔの最小値が存在する。そこで、各パラメータについてΔが最小となる条件を考える。それは、Δの各パラメータについての偏微分係数がゼロになることである。したがって、次の9つの条件式が得られる。
【数6】
【0065】
上式を展開して、行列の形に整理すると、次式のようにまとめることができる。
【数7】
【0066】
ここで、Mは9×9の行列、mは9×1のベクトルとして、それぞれ次のように定義した。
【数8】
【0067】
上記行列Mの逆行列M-1を求め、式7の両辺に左から掛ければ、次式のように、9個のパラメータaxx、ayy、azz、axy、ayz、azx、a、a、aについて解くことができる。
【数9】
【0068】
これが、累積誤差Δを最小にする9個のパラメータである。そして、この9個のパラメータによって表される式3の二次曲面が、記憶部30に保存された補正データ群をもっとも良く近似する楕円面、すなわち、地磁気センサ11の出力値が描く楕円面の形状である。
【0069】
しかし、式3の表式のままでは、楕円面の形状が明確ではないため、オフセット補正値、および球面補正変換を求めることができない。そこで以下では、式3を楕円面の標準形としてよく知られる、次式の形に書き直す方法について説明する。
【数10】
【0070】
式10の形に書き直すことができれば、楕円面の中心座標はx’、y’、z’と分かり、直ちにオフセット補正値を求めることができる。また、X’、Y’、Z’軸方向の各径はそれぞれr、r、rと分かるため、球面補正変換に必要なスケーリング情報(変換係数)を得ることができる。
【0071】
式3の左辺は、二次形式と呼ばれる次の形に書き直すことができる。
【数11】
【0072】
ここで、行列A、ベクトルx、bはそれぞれ次のように定義した。
【数12】
【0073】
また、文字の左上にある添え字tは、行列やベクトルに対する転置操作を表す。
【0074】
9個のパラメータのうち、行列Aの非対角成分であるaxy、ayz、azxは、楕円面の3次元空間における回転を表している。この3つのパラメータがゼロでないことは、楕円面の各径がセンサ座標系XYZの各軸方向に沿っていないことを意味する。すなわち、式3を式10の形にするためには、楕円面の各径が各軸方向に沿うような(行列Aの非対角成分がゼロとなる)別の座標系を探し、その座標系へ変換する必要がある。この変換は主軸変換と呼ばれている。
【0075】
主軸変換は、以下のように求めることができる。まず、式12の行列Aについての固有値問題を解く。固有値問題とは、次の方程式を満たす固有値λと、固有ベクトルeの組を見つけることである。
【数13】
【0076】
一般的に、行列AがN×N行列の場合、式13を満たす固有値λと、固有ベクトルeの組はN個存在する。式12の行列Aは3×3行列のため、3組の固有値λと、固有ベクトルeが存在する。そこで、3個の固有値をλ、λ、λとし、それぞれの固有値に対応する固有ベクトルをe、e、eとする。ただし、e、e、eはそれぞれの長さが1となるように正規化されているとする。
【数14】
【0077】
上記の固有値λと、固有ベクトルeの組を、プログラム上で求めるアルゴリズムは多く提案されている。特に、行列Aが対称行列の場合には、ヤコビ法が知られており、式12の行列Aにも適用することができる。また、行列Aが対称行列の場合は、その固有値λはすべて実数であり、異なる固有値λに対応する固有ベクトルeは、互いに直交することが知られている。すなわち、固有ベクトルe、e、eは正規直交系をなす。
【0078】
上記を踏まえて、式14の3式は、次のようにまとめることができる。
【数15】
【0079】
ここで、固有ベクトルe、e、eを横に並べた行列(e)を定義し、Tとおいた。上述のように、固有ベクトルe、e、eは正規直交系をなすため、Tは直交行列であり、3次元空間における回転変換を表す。したがって、Tの逆行列は自身の転置行列Tに等しく、次の関係が成り立つ。
【数16】
【0080】
式16において、Iは対角成分がすべて1の単位行列である。また、転置行列Tも明らかに直交行列であり、3次元空間における回転変換(Tの逆回転)を表す。
【0081】
そこで、式15の両辺に左からTを掛けることにより、次の関係が得られる。
【数17】
【0082】
すなわち、行列Aは固有ベクトルe、e、eを横に並べた行列Tと、その転置行列Tによって、固有値λ、λ、λを対角成分にもつ対角行列にすることができる。
【0083】
式16、および式17の関係を用いると、式11は次のように変形することができる。
【数18】
【0084】
ここで、x’、b’はそれぞれ次式で定義した。
【数19】
【0085】
前述したように、Tは直交行列のため、式19はセンサ座標系XYZから、別の座標系X’Y’Z’(センサ座標系XYZを回転した座標系)への変換を表す。
【0086】
式18の最終的な形から分かるように、座標系X’Y’Z’から見ると、行列の非対角成分はゼロとなる。すなわち、楕円面の各径は座標系X’Y’Z’の各軸の方向に沿っていることを意味している。このことから、式19のTが求めるべき主軸変換であることが分かる。
【0087】
そこで、x’の成分をx’、x’、x’、b’の成分をb’、b’、b’として、式18を展開・整理すると、次式のようになる。
【数20】
【0088】
式20は、もともと式3の左辺を変形したものであるから、結局、式3は座標系X’Y’Z’において、楕円面の標準形として次のように表せることになる。
【数21】
【0089】
式21を式10と比較すると、楕円面の中心座標x’、y’、z’、およびX’、Y’、Z’軸方向の各径r、r、rは、それぞれ次式で与えられることが分かる。
【数22】
【0090】
前述したように、式22のx’、y’、z’は楕円面の中心座標であり、オフセット補正値に相当するが、座標系X’Y’Z’から見た座標値であるため、元のセンサ座標系XYZから見た座標値に変換する必要がある。そのためには、式19の主軸変換の逆変換を行えば良い。すなわち、式19の両辺に左から行列Tを掛けて得られる次式によって、座標系X’Y’Z’からセンサ座標系XYZへ変換すれば良い。
【数23】
【0091】
したがって、センサ座標系XYZから見た楕円面の中心座標x、y、zは、式22のx’、y’、z’を式23で変換することにより、次のように求めることができる。
【数24】
【0092】
このx、y、zが、求めるべきオフセット補正値である。
【0093】
また、球面補正変換は以下のようにして求めることができる。地磁気センサ11の出力値が本来描くべき球面は、磁気ノイズの影響によって、座標系X’Y’Z’の各軸方向に沿って伸縮し、その結果、各径が式22のr、r、rになったと考えられる。地磁気センサ11の出力値は、周囲に磁気ノイズやその他の磁性体が存在しなければ、地球を取り巻く地磁気が装置に及ぼす磁場の大きさBを半径として球を描く。このことから、座標系X’Y’Z’の各軸方向に伸縮し直すことで、それぞれの径がすべてBとなるスケーリング行列Sを見つければ良い。このスケーリング行列Sは、明らかに次式で表すことができる。
【数25】
【0094】
地磁気センサ11から得られる出力値は、センサ座標系XYZ基準のものであるため、この出力値に対して球面補正を行うためには、(1)出力値を座標系X’Y’Z’に変換して、(2)スケーリング行列Sによって座標系X’Y’Z’の各軸方向に伸縮し、(3)もとのセンサ座標系XYZに変換する必要がある。上記の(1)~(3)を式で表すと次式のようになる。
【数26】
【0095】
したがって、求めるべき球面補正変換Pは式26の(1)~(3)を合成することにより、次式で与えられる。
【数27】
【0096】
補正推測部25で実行する上記処理の実行タイミングは、任意に設定することができる。たとえば、本システムを実装した製品に対する、ユーザの特定の操作をトリガーとしても良いし、地磁気センサ11から新規に補正データを取得するたびに実行しても良い。
【0097】
しかし、初回電源ON時など、記憶部30に補正値の推測のために必要な補正データ数が存在しない場合は、補正値を正確に推測することができない。したがって、記憶部30に所定の補正データ数が存在していることを確認した上で、実行する必要がある。
【0098】
記憶部30に所定の補正データ数が存在しない場合は、補正値を推測することができないため、オフセット補正値x、y、z、および球面補正変換Pは未定となる。そこで、オフセット補正値x、y、z、および球面補正変換Pに対して、それぞれ初期値を与えておき、記憶部30に所定の補正データ数が保存されるまでの間、初期値で代用する。
【0099】
もっともシンプルな初期値の例として、次式が挙げられる。
【数28】
【0100】
この場合、オフセット補正値はゼロ、球面補正変換Pは単位行列の恒等変換のため、地磁気センサ11の出力値が、そのまま補正後の出力値となる。
【0101】
式28の初期値は一例であり、この限りではない。たとえば、周囲環境などの条件により、オフセット補正値x、y、z、および球面補正変換Pをある程度予測できる場合は、その値を初期値として採用しても良い。
【0102】
データ補正部26では、補正推測部25で得られたオフセット補正値x、y、z、および球面補正変換Pを用いて、地磁気センサ11の出力値の補正処理を行う。具体的には、地磁気センサ11の補正前の出力値をx、y、z、補正後の出力値をx、y、zとすると、次式によって補正処理を行うことができる。
【数29】
【0103】
この補正後の出力値x、y、zは、地磁気センサ11のセンサ座標系の原点を中心として、球面を描くようになる。したがって、この補正後の出力値を使うことで、周囲に存在する磁場の強度と方向を正確に検知できるようになる。
【0104】
式29によって得られる補正後の出力値x、y、zは、上記で推測したオフセット補正値x、y、z、および球面補正変換Pが正確であれば、前述のように、本来の球面を描く。しかし、推測した各補正値が不正確であった場合や、周囲の環境変化によって、現状の補正値では正確に補正できなくなった場合には、補正後の出力値x、y、zは、球面上から再び外れることになる。
【0105】
そこで、精度評価部27では、補正後の出力値x、y、zが、球面上からどの程度外れているかを確認する。前述したように、球面の半径は地球を取り巻く地磁気が装置に及ぼす磁場の大きさBである。したがって、補正後の出力値x、y、zは、次の条件を満たしていることが求められる。
【数30】
【0106】
ここで、Rthreshは許容誤差のしきい値である。この値は、求める補正精度にもとづいて任意に設定することができる。
【0107】
補正後の出力値x、y、zが、式30の条件を満たさない場合は、補正誤差が大きいと判断し、補正推測部25に対して補正値の推測処理の実行を要求する。補正推測部25は、上記の要求を受け、最新の補正データ群にもとづいて、補正値の推測を行う。
【0108】
上記において、地球を取り巻く地磁気が装置に及ぼす磁場の大きさBを基準に、球面補正および精度評価を行うこととしたが、この限りではない。たとえば、地磁気センサ11で磁場の強度を正確に検出する必要がなく、磁場の方向のみを検出できれば十分である場合、上記の磁場の大きさBの代わりに、任意の正の定数αで置き換えても良い。この結果、式25のスケーリング行列Sはαを基準に伸縮することになり、式29によって得られる補正後の出力値x、y、zは、半径αの球面を描くようになる。
【0109】
たとえば、後述の実施例においては、磁場の強度を正確に検出する必要がないため、上記の磁場の大きさBの代わりに、式22に示した楕円面の各径r、r、rのうちの最大値を採用している。その最大値がrであったとすると、B=α=rとして、補正後の出力値x、y、zは、半径rの球面を描くことになる。この場合、式30におけるBも同様にrで置き換えて、補正精度が許容誤差Rthresh以下であることを確認すれば良い。
【0110】
上記において、精度評価部27での評価方法を式30によるものとしたが、この限りではない。補正後の出力値x、y、zの妥当性を、適切に評価できる方法であれば、他の処理に置き換えても良い。
【0111】
また、補正誤差が大きいと判断した場合、精度評価部27から補正推測部25に対して補正値の推測処理の実行を要求するものとしたが、この限りではない。たとえば、補正誤差が大きいことを、ユーザインタフェースを通してユーザへ警告し、ユーザの判断にもとづいて、補正値の推測処理を実行する構成としても良い。
【0112】
<制御フロー>
以下では、地磁気センサ校正システム1で実行する処理全体の流れについて説明する。地磁気センサ校正システム1の動作フローチャートを、図5に示す。まず、ステップS1においてデータ取得部21は、地磁気センサ11、および加速度センサ12からそれぞれの出力値を同じタイミングで取得する。この処理は一定の時間間隔で実行する。
【0113】
取得した各センサの出力値は、フィルタ処理部22において各種フィルタ処理が適用され、平滑化される。特に加速度センサ12の出力値は、自身の運動に伴う加速度成分が除去され、重力ベクトルのみ抽出される(ステップS2)。
【0114】
次にステップS3において、前記の重力ベクトルが、定義領域全体のうち、どの部分に属しているかを、領域判定部23で判定する。その領域情報と、前記の地磁気センサ11の出力値を対にして、データ入出力部24を経由して、記憶部30へ保存する(ステップS4)。
【0115】
ステップS5では、記憶部30に保存されている補正データの数を確認する。その数が、補正推測部25での補正値推測処理に必要なデータ数(N個とする)に満たない場合は、後述のステップS10へ進む。
【0116】
記憶部30にN個以上の補正データが存在していれば、ステップS6において、補正値推測処理の実行要求があるかを確認する。この実行要求は、後述のステップS12において、データ補正部26による補正結果の誤差が大きいと判断した場合に、精度評価部27から発行されるものである。実行要求がある場合は、後述のステップS8へ進む。
【0117】
実行要求がない場合は、ステップS7において、補正処理の実行条件を満足しているかを確認する。この条件は、前述したように、任意の条件を設定することができ、たとえば、本システムを実装した製品の操作部などに対する、ユーザの特定の操作入力などが挙げられる。この実行条件を満足していない場合は、後述のステップS10へ進む。
【0118】
ステップS7の実行条件を満足している場合とステップS6で実行要求があると判断した場合には、補正推測部25はデータ入出力部24を経由して、記憶部30から補正データ群を取得し、補正値の推測処理を実行する(ステップS8)。その結果、記憶部30の補正データ群にもとづいた、最新のオフセット補正値と、球面補正変換がそれぞれ得られる。
【0119】
ステップS9では、データ補正部26で使用するオフセット補正値と、球面補正変換の係数を、それぞれステップS8で得られた補正値に更新する。これ以降、データ補正部26では、ステップS8で得られた最新の補正値にもとづいて、地磁気センサ11の出力値を補正する。
【0120】
ステップS10では、データ補正部26によって、最新のオフセット補正値と球面補正変換の係数にもとづいて、地磁気センサ11の出力値を補正する。この補正後の出力値は、地磁気センサ11のセンサ座標系の原点を中心として、球面を描くようになる。
【0121】
ステップS11では、ステップS10によって得られた補正後の出力値の、補正精度を確認する。補正精度が、所定の許容誤差の範囲内であれば、後述のステップS13へ進む。
【0122】
補正精度が、所定の許容誤差の範囲を超えている場合は、補正推測部25に対して、補正値推測処理の実行要求を発行する(ステップS12)。この実行要求は、前述したようにステップS6にて参照されることになる。
【0123】
ステップS13では、ステップS10によって得られた補正後の出力値を、本システムが実装された製品側のメイン制御部へ受け渡す。製品側のメイン制御部は、この補正後の出力値をもとにして、製品の姿勢検出などへ応用する。なお、図5のフローチャートにおいては、ステップS11において、補正精度が所定の許容誤差の範囲内であればステップS12、ステップS1と進むことにより、補正後の出力値を製品側へ受け渡さない態様となっているが、これに限られず、ステップS11において補正精度が所定の許容誤差の範囲を超える場合にも補正後の出力値を製品側へ受け渡すように構成しても良い。
【0124】
以降、上記のステップをステップS1から繰り返し行うことで、効率的に地磁気センサ11の独立な補正データ群を収集することができ、また、製品の使用環境の変化に対する補正値の追従性を向上させることができる。
【0125】
<実施例:距離測定装置>
以下では、地磁気センサ校正システム1の具体的な実施例として、距離測定装置100を説明する。距離測定装置100は、装置から対象物までの直線距離を測定できるほか、空間内の任意の2点間距離を測定することができることを特徴とする。
【0126】
図6は、本実施例に係る距離測定装置100の外観を示す斜視図である。筐体の天面部には、測定対象物に向けてレーザー光を投射、また測定対象物からの反射光を受光することで、距離測定装置100から対象物までの直線距離を測定することができる、測定部101が設けられている。
【0127】
また、筐体の正面部には距離の測定や各種設定の変更を行うための操作部102と、測定結果や各種設定項目を表示するための表示部103が設けられている。距離測定装置100は、ユーザが手に持って使用することを想定しており、操作部102と表示部103はそれぞれ、距離測定装置100を手に持った状態で操作がしやすく、かつ表示が見やすい位置に配置されている。
【0128】
また、距離測定装置100は、地磁気センサと加速度センサを搭載しており、両者の出力値をもとにして、空間内での自身の姿勢を検出することができる。2点間距離を測定する場合は、図7に示すように、姿勢検出機能によって、対象の2点を測定する際のそれぞれの姿勢を把握し、2つの姿勢方向がなす角度ψを算出することで、2点間距離Dを測定することができる。
【0129】
したがって、自身の姿勢を把握するために、地磁気センサの正確な出力値が求められる。しかし、これまでに述べてきたように、地磁気センサの周囲に存在する磁性体に起因する磁気ノイズによって、そのままの出力値では、周囲の磁場の強度と方向を正確に検知することができない。そこで、本発明に係る地磁気センサ校正システム1を適用することができる。
【0130】
空間内の姿勢を把握するためには、空間の絶対的な基準となる2つの独立な方向が必要である。その2つの独立な方向として、地磁気センサによる周囲の磁場方向と、加速度センサによる周囲の重力方向を採用することが一般的である。したがって、距離測定装置100のように姿勢情報をもとに制御を行う系において、地磁気センサと加速度センサを搭載することは、本発明に係る地磁気センサ校正システム1の構成と相性が良い。
【0131】
ユーザは距離の測定を行う際、レーザー光を対象物に照射するため、距離測定装置100の天面部を対象物の方向へ向けることになる。また、測定結果を確認したり、各種設定の変更をしたりする際は、表示部103が見やすいように正面部を自身の顔の方向へ向けることになる。
【0132】
一方、地磁気センサ校正システム1のデータ取得部21は、各センサから出力値を常に一定の時間間隔で取得している。すなわち、ユーザが距離測定装置100を操作する中で、ユーザとしては無意識に、周囲環境にもとづいたあらゆる方向の地磁気センサの補正データが、随時更新・蓄積されることになる。すなわち、ユーザに対して意識的に製品をあらゆる方向へ向ける動作を要求することなく、補正データを収集することができる。
【0133】
上記の構成から分かるように、本実施例に係る距離測定装置100は表示部103を上にして使用することが多い。そのため、表示部103が下を向く場合の補正データが得られる確率は低く、また、得られてもなかなか更新されないため、周囲環境の変化に対する補正値の追従性を悪化させる可能性が高い。
【0134】
そこで領域判定部23では、図8に示すように、重力ベクトルが訪れる頻度の高い領域、すなわち、表示部103が上を向く場合に、重力ベクトルが指し示す領域近傍についてのみ、データを保持する構成とすることが望ましい。これにより、周囲環境の変化に対する補正値の追従性を向上させることができる。図8においては、表示部103の法線が鉛直方向を向く際の重力ベクトルを中心とした半球状の領域に含まれるデータのみを保持する状態を例示している。
【0135】
補正値の推測処理の実行条件として、ユーザが2点間距離を測定する際の、測定操作を対応させても良い。これにより、ユーザは地磁気センサの補正値の推測処理について、一切意識する必要がなくなる。また、距離測定装置100を操作(使用)する中で、無意識のうちに補正データが周囲環境に合わせて更新され続け、2点間距離の測定を行うたびに補正値が更新されるため、環境変化に対する追従性を向上させることができる。
【0136】
上記の実行条件は一例であり、この限りではない。たとえば、前述したように、各センサから出力値を取得するたびに、補正値の推測処理を実行することとしても良い。ただし、補正推測部25での推測処理は、前述したように多くの計算量を伴い、MPUの制御を一定時間独占してしまうため、他の処理への影響が出ないように配慮する必要がある。
【0137】
以上説明した実施形態によれば、従来のように補正値を推測する場合に再度独立な補正データを取得しなおす必要がない。すなわち、距離測定装置100の使用中に、各領域に対応した補正データの取得が可能であり、ユーザに対して意識的に製品をあらゆる方向へ向ける動作を要求する必要がなく、ユーザへの負担を低減することができる。また、製品上においてユーザに対して補正データの再取得を催促するような画面などの報知手段を実装する必要がなくなり、装置構成を簡易にすることができる。
【0138】
本発明は、以上説明した各実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術範囲を逸脱しない範囲において、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0139】
1 地磁気センサ校正システム
10 センサ部
11 地磁気センサ
12 加速度センサ
20 制御部
21 データ取得部
22 フィルタ処理部
23 領域判定部
24 データ入出力部
25 補正推測部
26 データ補正部
27 精度評価部
30 記憶部
100 距離測定装置
101 測定部
102 操作部
103 表示部




図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8