(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】銀薄膜付き基材の製造方法、銀薄膜付き基材、及び銀薄膜層の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 20/04 20060101AFI20241209BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20241209BHJP
B32B 37/24 20060101ALI20241209BHJP
C23C 24/08 20060101ALI20241209BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20241209BHJP
B22F 7/04 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
C23C20/04
B32B15/01 E
B32B37/24
C23C24/08 B
C23C28/00 A
B22F7/04 A
(21)【出願番号】P 2021014501
(22)【出願日】2021-02-01
【審査請求日】2023-12-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】100100480
【氏名又は名称】藤田 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100201455
【氏名又は名称】横尾 宏治
(72)【発明者】
【氏名】谷川 智子
(72)【発明者】
【氏名】口山 崇
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2003/056574(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/156675(WO,A1)
【文献】特開2005-200604(JP,A)
【文献】特開2015-191180(JP,A)
【文献】特開2004-058466(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 20/04
B32B 15/01
B32B 37/24
C23C 24/08
C23C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に銀薄膜層を形成する銀薄膜付き基材の製造方法であって、
粉末状の酸化銀に対して前処理する前処理工程と、
前記前処理した前記酸化銀を還元剤と混合し、混合物を形成する混合工程と、
前記混合物を前記基材上に塗布する塗布工程と、
前記混合物を塗布した前記基材を第1加熱温度で加熱する加熱工程とをこの順に含み、
前記還元剤は、ヒンダードアミン系光安定剤であり、
前記前処理工程では、前記酸化銀を前処理溶媒に漬けて前記第1加熱温度よりも沸点が低い有機溶媒である前処理溶媒に前記酸化銀を晒す浸漬工程と、前記前処理溶媒の一部又は全部を除去する除去工程を含み、
前記加熱工程では、前記酸化銀を前記還元剤によって還元して前記基材上に前記銀薄膜層を形成し、さらに前記還元剤の由来の成分によって形成された保護層によって前記銀薄膜層の表面を覆う、銀薄膜付き基材の製造方法。
【請求項2】
前記前処理溶媒は、揮発性の有機溶媒である、請求項
1に記載の銀薄膜付き基材の製造方法。
【請求項3】
前記前処理溶媒は、アセトン、トルエン、エタノール、
及びアセトニトリ
ルからなる群から選ばれる少なくとも1種の溶媒である、請求項1
又は2に記載の銀薄膜付き基材の製造方法。
【請求項4】
前記還元剤は、1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基の少なくとも1種を2つ以上有し、且つ、分子量が700以下であるヒンダードアミン化合物を含む、請求項1~
3のいずれか1項に記載の銀薄膜付き基材の製造方法。
【請求項5】
前記第1加熱温度は、200℃未満である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の銀薄膜付き基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀薄膜付き基材の製造方法、銀薄膜付き基材、及び銀薄膜層の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、銀薄膜層を形成する方法として真空蒸着法がある(例えば、特許文献1)。
一般的に真空蒸着装置を用いて銀薄膜層を形成する場合、蒸発室又は製膜室内で蒸着源の銀を蒸発させて気体状にし、製膜室内の基材と対向するノズルから気体状の銀をガラス基板の表面に蒸着することで、基材上に銀薄膜層を形成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、真空蒸着法を使用して銀薄膜層を製膜する場合、基材を交換するごとに製膜室内を真空状態まで減圧しなければならないため、製膜に時間がかかる問題がある。
また、真空蒸着法で形成した銀薄膜層は、基材との結着性が悪く、層の強度が弱いため、基材から簡単に剥がれやすい問題がある。
さらに、真空蒸着法で形成した銀薄膜層は、光や熱によって酸化されやすく、腐食して変色しやすい問題がある。
【0005】
そこで、本発明は、従来に比べて短時間で銀薄膜を形成できる銀薄膜付き基材の製造方法、従来に比べて基材との結着性及び耐腐食性に優れた銀薄膜付き基材、及び従来に比べて短時間で形成できる銀薄膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した課題を解決するために、本発明者は、酸化銀と還元剤を混合して加熱し、酸化銀を直接銀に還元することで、真空蒸着法に比べて短時間で製膜できるとともに、銀薄膜層の密度が向上し、膜強度が向上すると考えた。
本発明者が酸化銀を還元する方法について鋭意検討したところ、酸化銀に所定の前処理を施すことで、単純に酸化銀を還元剤と混ぜて加熱する場合に比べて還元反応の速度が向上することを発見した。
【0007】
上記の発見のもと導き出された本発明の一つの様相は、基材上に銀薄膜層を形成する銀薄膜付き基材の製造方法であって、粉末状の酸化銀に対して前処理する前処理工程と、前記前処理した前記酸化銀を還元剤と混合し、混合物を形成する混合工程と、前記混合物を前記基材上に塗布する塗布工程と、前記混合物を塗布した前記基材を第1加熱温度で加熱する加熱工程とをこの順に含み、前記前処理工程では、前記第1加熱温度よりも沸点が低い前処理溶媒に前記酸化銀を晒す、銀薄膜付き基材の製造方法である。
【0008】
本様相によれば、酸化銀と還元剤を混合して加熱することで、酸化銀を還元して銀薄膜層を形成するため、真空蒸着法で銀薄膜層を形成する場合に比べて、装置が複雑にならず、容易に銀薄膜層を形成できる。
本様相によれば、前処理工程において、酸化銀を沸点が第1加熱温度よりも低い前処理溶媒に晒すので、前処理工程を行わない場合に比べて、短時間で銀薄膜を形成でき、加熱工程において溶媒の残渣が残りにくい。
【0009】
好ましい様相は、前記前処理工程は、前記酸化銀を前記前処理溶媒に漬ける浸漬工程と、前記前処理溶媒の一部又は全部を除去する除去工程を含むことである。
【0010】
本様相によれば、前処理溶媒の粘度が低かったり、前処理溶媒が還元剤と分離したりする場合であっても、前処理溶媒を除去するので、前処理溶媒の存在が基材への混合物の塗布の妨げになりにくく、混合物を基材に塗布しやすい。
【0011】
好ましい様相は、前記前処理溶媒は、揮発性の有機溶媒であることである。
【0012】
本様相によれば、常温でも前処理溶媒を除去でき、反応時間もより短縮できる。
【0013】
好ましい様相は、前記前処理溶媒は、アセトン、トルエン、エタノール、アセトニトリル、及び水からなる群から選ばれる少なくとも1種の溶媒であることである。
【0014】
本様相によれば、加熱工程において前処理溶媒の残渣が残りにくい。
【0015】
好ましい様相は、前記還元剤は、ヒンダードアミン系光安定剤であることである。
【0016】
本様相によれば、従来に比べて、銀薄膜に表面腐食抑制効果を持たせることができる。
【0017】
好ましい様相は、前記還元剤は、1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基の少なくとも1種を2つ以上有し、且つ、分子量が700以下であるヒンダードアミン化合物を含むことである。
【0018】
本様相によれば、従来に比べて低温で銀薄膜層を形成できる。
【0019】
ここで、通常の酸化銀の分解開始温度は、200℃程度と言われており、200℃未満の温度では酸化銀は分解しにくいことが知られている。
【0020】
そこで、より好ましい様相は、前記第1加熱温度は、200℃未満であることである。
【0021】
本様相によれば、通常の酸化銀の分解開始温度よりも低い温度で銀薄膜層を形成できる。
【0022】
好ましい様相は、前記加熱工程では、前記酸化銀を前記還元剤によって還元して前記基材上に前記銀薄膜層を形成し、さらに前記還元剤の由来の成分によって形成された保護層によって前記銀薄膜層の表面を覆うことである。
【0023】
ここでいう「還元剤の由来の成分」には、還元剤によって酸化銀を還元するにあたって生じる反応生成成分だけでなく、未反応の還元剤の成分も含む。
【0024】
本様相によれば、加熱工程において還元剤の残渣が銀薄膜層の表面でブリードアウトして還元剤の由来の成分をもつ保護層が形成されて銀薄膜層を覆うため、保護層によって層強度が補強され、より基材から剥がれにくい。
【0025】
本発明の一つの様相は、基材上に銀薄膜層と保護層を有し、前記保護層が前記銀薄膜層の表面を覆う断面構造を備え、前記保護層は、2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基及び1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基の少なくとも1種を有する化合物を含む、銀薄膜付き基材である。
【0026】
本様相によれば、銀薄膜層の表面が保護層に覆われているため、層強度が補強され、より基材から銀薄膜層が剥がれにくい。
本様相によれば、銀薄膜層の表面が2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基又は1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基を有した化合物を含む保護層に覆われているため、銀薄膜層が露出する場合に比べて、表面腐食抑制効果があり、耐腐食性に優れている。
【0027】
好ましい様相は、前記銀薄膜層上に、前記銀薄膜層の平均膜厚よりも平均粒径が大きい銀粒子をさらに有することである。
【0028】
好ましい様相は、前記銀薄膜層の平均膜厚は、500nm以下であることである。
【0029】
本様相によれば、配線等の用途で使用しやすい。
【0030】
本発明の一つの様相は、被製膜面に対して形成された銀薄膜層の製造方法であって、粉末状の酸化銀に対して前処理する前処理工程と、前記前処理した前記酸化銀を還元剤と混合し、混合物を形成する混合工程と、前記混合物を前記被製膜面上に塗布する塗布工程と、前記被製膜面上に塗布された前記混合物を第1加熱温度で加熱する加熱工程を含み、前記前処理工程では、前記第1加熱温度よりも沸点が低い前処理溶媒に前記酸化銀を晒す、銀薄膜層の製造方法である。
【0031】
本様相によれば、酸化銀と還元剤を混合して加熱することで、酸化銀を還元して形成するため、真空蒸着法によって銀薄膜層を形成する場合に比べて、装置が複雑にならず、容易に形成できる。
本様相によれば、前処理工程において、酸化銀を沸点が第1加熱温度よりも低い前処理溶媒に晒すので、短時間で形成でき、加熱工程において溶媒の残渣が残りにくい。
【発明の効果】
【0032】
本発明の銀薄膜付き基材の製造方法によれば、従来に比べて、短時間で銀薄膜を形成できる。
本発明の銀薄膜付き基材によれば、従来に比べて、耐腐食性に優れている。
本発明の銀薄膜層の製造方法によれば、従来に比べて、短時間で形成できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明の第1実施形態の銀薄膜付き基材の斜視図である。
【
図2】
図1の銀薄膜付き基材の説明図であり、(a)は
図1のA-A断面図であり、(b)は
図1のB-B断面図である。
【
図3】実験例1のSEM観察の結果であり、(a)は実験例1のSEM画像であり、(b)は(a)をトレースした図面である。
【
図4】実験例1,3,4の反応時間に対する抵抗及び温度のグラフである。
【
図5】実験例5のSTEM観察の結果であり、(a)は実験例1の透過電子像であり、(b)は(a)をトレースした図面である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0035】
本発明の第1実施形態の銀薄膜付き基材1は、有機ELディスプレイ、液晶ディスプレイ等の反射フィルム、配線、電極等の導電性材料、装飾材料、記録材料、抗菌材料等に好適に用いられるものである。
銀薄膜付き基材1は、
図1のように、基材2上に銀薄膜層3が積層されたものであり、局所的に銀粒子層5が形成されている。
また、銀薄膜付き基材1は、
図2のように、銀薄膜層3の表面に保護層6が覆う断面構造を備えており、保護層6が銀薄膜層3の表面から銀薄膜層3上に積層された銀粒子層5の表面に跨り、銀粒子層5を構成する銀粒子10の表面を覆っている。
【0036】
基材2は、
図1のように、面状に広がりをもち、銀薄膜層3を支持する支持基材である。
基材2は、板状又はフィルム状であり、第1主面(被製膜面)と第2主面を有している。
基材2としては、特に限定されるものではなく、ガラス基板やポリイミドフィルム等の絶縁基材や銅等の金属基板や金属フィルム等の導電性基材などが使用できる。
【0037】
銀薄膜層3は、銀によって構成される薄膜層である。
銀薄膜層3の平均膜厚は、1μm以下であり、十分な導電率を確保する観点から、50nm以上500nm以下であることが好ましく、150nm以上300nm以下であることがより好ましい。
なお、銀薄膜層3の平均膜厚は、例えば、銀薄膜層3の断面を走査電子顕微鏡(SEM)像や透過型電子顕微鏡(TEM)像によって観察し、任意の三箇所での算術平均値を算出することで求めることができる。
【0038】
銀粒子層5は、銀粒子10が堆積した粒子堆積層である。銀粒子層5は、銀粒子10が基材2に対して交差する方向に結晶成長し、銀粒子10が立体的に積重したものである。
銀粒子層5を構成する銀粒子10の平均粒径は、銀薄膜層3の平均膜厚よりも大きく、10μm以下であることが好ましい。
なお、平均粒径は、一次粒子が凝集した二次粒子の数平均粒子径をいい、一次粒子が凝集した二次粒子が存在しない場合は一次粒子をいう。
銀粒子10の平均粒径は、例えば、SEM像やTEM像によって観察し、SEM像やTEM像に現れる任意の10個以上銀粒子の粒径の算術平均によって算出することができる。なお、銀粒子の粒径は、SEM像やTEM像において銀粒子10を包含する最小包含円の直径をいう。
【0039】
保護層6は、光安定性と熱安定性を有し、銀薄膜層3を保護する層である。
本実施形態の保護層6は、後述する銀薄膜付き基材1の製造方法において銀薄膜層3の形成に使用する還元剤に由来する層であり、酸化剤と反応した還元剤の生成物又は未反応の還元剤によって構成されている。
本実施形態の保護層6は、2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基及び1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基の少なくとも1種を有する化合物を含むである。
この化合物における1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基の個数は特に限定されない。
また、この化合物を構成する1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基におけるアルキル基の炭素数は、それぞれ独立に1~4であることが好ましい。
【0040】
保護層6の平均膜厚は、1nm以上20nm以下であることが好ましい。
保護層6の平均膜厚は、例えば、保護層6の断面を走査電子顕微鏡(SEM)像や透過型電子顕微鏡(TEM)像によって観察し、任意の三箇所での算術平均値を算出することで求めることができる。
【0041】
続いて、本実施形態の銀薄膜付き基材1の製造方法について説明する。
【0042】
まず、酸化銀に前処理溶媒により前処理を施す前処理工程を行う。
前処理工程は、浸漬工程と除去工程をこの順に行って実施される。
浸漬工程では、粉末状の酸化銀と前処理溶媒を密閉容器に入れ、酸化銀を前処理溶媒に漬けて攪拌する。
【0043】
このときに密閉容器に導入される酸化銀の最大粒径は、0.5μm以上10μm以下であることが好ましい。
酸化銀の最大粒径は、既知の開口径を有するふるいにかけて、開口径よりも径が大きい粒子を除外することで規定できる。
前処理溶媒は、後述する加熱工程における第1加熱温度よりも低い沸点を有するものであれば、特に限定されるものではない。
前処理溶媒として、第1加熱温度よりも低い沸点のものを使用することで、たとえ、除去工程で前処理溶媒が十分に除去できなかったとしても、加熱工程で気化することができ、溶媒が銀薄膜層3に残りにくい。
前処理溶媒は、例えば、アセトン、トルエン、エタノール、アセトニトリル、及び水からなる群から選ばれる少なくとも1種の溶媒が使用できる。
前処理溶媒は、沸点が50℃以上120℃以下の溶媒であることが好ましい。
また、前処理溶媒は、常温で揮発性を有することが好ましい。常温で揮発性を有する有機溶媒を使用することで後述する除去工程において自然乾燥でも乾燥させることができる。
【0044】
続いて、密閉容器内で前処理溶媒に浸かった酸化銀から前処理溶媒の大部分を酸化銀から分離させて除去する(除去工程)。
本実施形態では、1又は複数回デカンテーションを行って、前処理溶媒の大部分を除去し、その後、乾燥機に入れて所定の乾燥温度で乾燥して前処理溶媒を実質的に除去する。
【0045】
このときの乾燥温度は、前処理溶媒が揮発する温度であれば特に限定されるものではない。乾燥温度は、酸化銀の凝集を抑制する観点から、100℃以下であることが好ましい。
【0046】
前処理工程が実行され、酸化銀の前処理が終了すると、前処理が施された酸化銀を還元剤と混合して混合物を形成する(混合工程)。
【0047】
このとき、還元剤は、アミン系還元剤であり、1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基の少なくとも1種を有するヒンダードアミン系光安定剤であることが好ましく、N-CH3型又はN-H型のヒンダードアミン系光安定剤であることがより好ましい。
N-CH3型のヒンダードアミン系光安定剤としては、Bis(1,2,2,6,6-pentamethyl-4-piperidyl) sebacateなどが使用できる。
N-H型のヒンダードアミン系光安定剤としては、例えば、Tetrakis(1,2,2,6,6-pentamethyl-4-piperidyl) butane-1,2,3,4-tetracarboxylate、Tetrakis(2,2,6,6-tetramethyl-4-piperidyl) butane-1,2,3,4-tetracarboxylate、Bis(2,2,6,6-tetramethyl-4-piperidyl) sebacateなどが使用できる。
また、別の観点から視ると、還元剤は、2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基及び1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基の少なくとも1種を2つ以上有し、且つ、分子量が700以下であるヒンダードアミン化合物を含むことが好ましい。
このヒンダードアミン化合物は、1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基又は2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基のピペリジン環の4位の炭素がカルボン酸とエステル結合を構成していることが好ましい。
このヒンダードアミン化合物における1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基の個数は特に限定されない。
また、1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基及び2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基におけるアルキル基の炭素数は、それぞれ独立に1~4であることが好ましい。
還元剤は、常温で固体であっても液体であってもよいが、融点が後述する加熱工程における第1加熱温度未満であることが好ましい。
これらアミン化合物の融点が第1加熱温度未満であれば、後述する加熱工程において酸化銀とともに加熱する際に、還元剤が固体であっても、第1加熱温度に至る前に、還元剤が融解して液体状となるので、酸化銀との接触面積が大きくなり、酸化銀の還元を効率良く行うことができる。
本実施形態では、還元剤として下記の構造式(1)を有したアミン化合物を含んでいる。
【0048】
【0049】
上記構造式(1)において、R1とR2は、それぞれ独立に水素原子又はメチル基であり、pは1以上18以下の正の整数である。
【0050】
続いて、混合工程により、混合された混合物を基材2の第1主面上の任意の範囲に塗布する(塗布工程)。
【0051】
このときの塗布方法については、特に限定されるものではない。例えば、キャスト法、ロールコート法、バーコート法、ダイコート法、スピンコート法、スプレーコート法、ディップコート法などが挙げられる。
【0052】
続いて、混合物が塗布された基材2を加熱装置に入れ、第1加熱温度で加熱し、酸化銀を還元剤で還元して基材2上に銀薄膜層3を形成する(加熱工程)。
【0053】
このときの第1加熱温度は、酸化銀と還元剤との反応が進行する温度であれば、特に限定されるものでないが、短時間で酸化銀を還元する観点から、100℃以上200℃未満であることが好ましく、120℃以上180℃以下であることがより好ましい。
【0054】
銀薄膜層3が形成された基材2を洗浄溶媒で洗浄する(洗浄工程)。
【0055】
このとき使用される洗浄溶媒は、銀と実質的に反応しないものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、アセトンなどの揮発性の有機溶媒が使用できる。
【0056】
本実施形態の銀薄膜付き基材1の製造方法によれば、酸化銀と還元剤を混合して加熱することで、酸化銀を還元して銀薄膜層3を形成するため、真空蒸着法で銀薄膜層を形成する場合に比べて、装置が複雑にならず、容易に銀薄膜層3を形成できる。
本実施形態の銀薄膜付き基材1の製造方法によれば、前処理工程において、酸化銀を沸点が第1加熱温度よりも低い前処理溶媒に漬けるので、前処理工程を行わない場合に比べて、短時間で銀薄膜層3を形成でき、加熱工程において溶媒の残渣が残りにくい。
【0057】
本実施形態の銀薄膜付き基材1の製造方法によれば、前処理工程は、酸化銀を前処理溶媒に漬ける浸漬工程と、前処理溶媒の一部又は全部を除去する除去工程を含む。そのため、前処理溶媒の粘度が低かったり、前処理溶媒が還元剤と分離したりする場合であっても、前処理溶媒を除去するので、前処理溶媒の存在が基材2への混合物の塗布の妨げになりにくく、混合物を基材2に塗布しやすい。
【0058】
本実施形態の銀薄膜付き基材1によれば、銀薄膜層3の表面が保護層6に覆われているため、層強度が補強されるとともに基材2との結着性が向上し、より基材2から銀薄膜層3が剥がれにくい。
本実施形態の銀薄膜付き基材1によれば、銀薄膜層3の表面が2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基又は1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基を有した化合物を含む保護層6に覆われているため、銀薄膜層3が露出する場合に比べて、熱や光に対する表面腐食抑制効果があり、耐腐食性に優れている。
【0059】
上記した実施形態では、基材2として板状体又はフィルム状体を使用し、基材2の第1主面に銀薄膜層3を形成したが、本発明はこれに限定されるものではない。パソコン等の筐体の表面等の被製膜面に銀薄膜層3を形成してもよい。
【0060】
上記した実施形態では、基材2の第1主面に銀薄膜層3を形成したが、本発明はこれに限定されるものではない。基材2の両面に銀薄膜層3を形成してもよい。すなわち、基材2の第1主面上及び第2主面上に銀薄膜層3を形成してもよい。
【0061】
上記した実施形態では、除去工程においてデカンテーションによって前処理溶媒の大部分を除去し、その後、乾燥機で乾燥して前処理溶媒を実質的に除去したが、本発明はこれに限定されるものではない。前処理溶媒を除去する方法は特に限定されない。例えば、前処理溶媒が揮発性の溶媒である場合には、乾燥機による乾燥のみで除去してもよいし、常温で大気中や真空室内で揮発させて除去してもよい。
【0062】
上記した実施形態では、酸化銀を前処理溶媒に漬けて攪拌することによって酸化銀を前処理溶媒に晒していたが、本発明はこれに限定されるものではなく、酸化銀を前処理溶媒に晒す方法は特に限定されない。例えば、酸化銀に前処理溶媒を吹き付けることで酸化銀に前処理溶媒に晒してもよい。
【0063】
上記した実施形態は、本発明の技術的範囲に含まれる限り、各実施形態間で各構成部材を自由に置換や付加できる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例として各実験例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実験例により限定されるものではない。
【0065】
(実験例1)
実験例1は、前処理工程として、密閉容器にトルエン密閉容器にトルエン(和光株式会社製、超脱水)と酸化銀粉末(富士フィルム和光純薬株式会社製、酸化銀特級、最大粒径10μm)とを入れて攪拌した。
その後、デカンテーションを3回行ってトルエンを抽出し、その後、乾燥機に入れて100℃で酸化銀を乾燥し、トルエンを揮発させて実質的に除去した。
続いて、トルエンを除去した酸化銀100重量部と、液体状のセバシン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)(株式会社ADEKA製、アデカスタブLA-72)100質量部を混合してペースト状の混合物を得た。
得られた混合物をガラス基板上の5cm×5cmの範囲に塗布し、150℃で60分間保持した。その後、基材上の混合物の表面をアセトンで洗浄し、基板に接着した銀膜を得た。
このようにして得られた銀薄膜付き基材を実験例1とした。
【0066】
(実験例2)
実験例1において、還元剤として、固体状のセバシン酸ビス(2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジル)(株式会社ADEKA製、アデカスタブLA-77Y、融点82℃~87℃)を使用したこと以外は同様にして、これを実験例2とした。
【0067】
(SEM観察)
実験例1,2の銀薄膜付き基材に対して、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)(日本電子株式会社製、JSM6700F)による断面のSEM観察を行った。
【0068】
実験例1におけるSEM画像を
図3(a)に示し、
図3(a)のSEM画像をトレースしたものを
図3(b)に示す。
実験例1では、
図3のように、220nm~280nm程度の均一な銀薄膜層が確認されるとともに、局所的に数μm程度の銀粒子が堆積した銀粒子層が確認された。
実験例2においても同様に、SEM観察を行ったところ、銀薄膜層が確認されるとともに、局所的に数μm程度の銀粒子が堆積した銀粒子層が確認された。
これらの結果から、N-CH3型のヒンダードアミン系光安定剤又はN-H型のヒンダードアミン系光安定剤を還元剤として使用することで、ガラス基板上の酸化銀を還元してナノオーダーの銀薄膜層を形成できることが確認された。
また、局所的に数μm程度の銀粒子が堆積した銀粒子層が確認されたことから、一定以上の粒径をもつ酸化銀の粒子では、融解して銀薄膜層にならず、形状を維持したまま銀に還元され、結晶成長することが示唆された。
【0069】
(実験例3)
実験例1において、前処理溶媒として蒸留水を使用したこと以外は、同様にして、これを実験例3とした。
【0070】
(実験例4)
実験例1において、前処理工程を実施しなかったこと以外は、同様にしてこれを実験例4とした。
【0071】
(反応時間試験)
実験例1、3、4において、加熱工程における温度変化及び抵抗変化を測定し、加熱開始時間からの反応時間とその抵抗値の変化を観察した。
なお、抵抗変化は、三菱化学アナリテック社製ロレスタGP(MCP-T610)を用い、4端子4端針方式で測定を行った。
【0072】
反応時間試験の結果を
図4に示す。
実験例1では、
図4のように、反応時間が約1090秒で抵抗値がほぼ0になり、酸化銀が分解して銀薄膜層が形成されたことが示唆された。また、実験例1では、加熱温度が約143℃に昇温した段階で銀薄膜層が形成されたことが示唆された。
実験例3では、反応時間が約1680秒で抵抗値がほぼ0になり、酸化銀が分解して銀薄膜層が形成されたことが示唆された。
実験例4では、反応時間が約1760秒で抵抗値がほぼ0になり、酸化銀が分解して銀薄膜層が形成されたことが示唆された。
有機溶媒によって前処理した実験例1では、銀薄膜層が生成するまでの時間が、前処理を行わなかった実験例4に比べて約38%程度短縮され、水によって前処理した実験例3では、銀薄膜層が生成するまでの時間が、前処理を行わなかった実験例4に比べて約5%程度短縮された。
また、有機溶媒によって前処理した実験例1では、銀薄膜層が生成するまでの時間が、水によって前処理した実験例3に比べて約35%程度短縮された。
これらのことから、前処理溶媒に酸化銀を漬けることで、酸化銀の表面の不純物が除去され、酸化銀に前処理を施さない場合に比べて銀粒子の成長開始時刻が前倒しになり、全体として銀薄膜層が形成される速度が向上することがわかった。特に前処理溶媒として有機溶媒を使用することで銀薄膜層が形成される速度が飛躍的に向上することがわかった。
また、前処理溶媒として有機溶媒を使用することで、より低い加熱温度で銀薄膜層を形成できることが示唆された。
【0073】
(実験例5)
実験例1において、基材として、ガラス基板の代わりに銅基板を使用したこと以外は同様にして、これを実験例5とした。
【0074】
(STEM観察)
集束イオンビーム(FIB)による断面加工を行い、走査透過型電子顕微鏡(STEM)(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、HD-2700)によって断面のSTEM観察及びエネルギー分散型X線分析(EDX)による元素分析を行った。
【0075】
実験例5におけるSTEMによる透過電子像(以下、TE像ともいう)を
図5(a)に示し、
図5(a)のTE像をトレースしたものを
図5(b)に示す。
実験例5において、
図5のように高倍率のTE像を観察したところ、銅基板と銀薄膜層との間に銀と銅の合金層が確認され、銀薄膜層の表面に還元剤に由来する数nm~十数nmの保護層が確認された。また、合金層と銀薄膜層の間に軽元素層が確認された。
図5(b)に示される測定点1~3においてEDXによる元素分析を行ったところ、銀薄膜層の位置に対応する測定点2では、銀のピークが検出され、窒素のピークが検出されなかったのに対して、保護層の位置に対応する測定点1では、銀のピークだけではなく、炭素及び窒素のピークが検出された。また、合金層に対応する測定点3では、銀及び銅のピークが検出されたものの窒素のピークが検出されなかった。
測定点1の結果において、窒素のピークと炭素のピークが検出されたことから、加熱によって還元剤の残渣が銀薄膜層の表面でブリードアウトし、銀薄膜層上に還元剤に由来する1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基を有した保護層が形成されていると推定された。
【0076】
(実験例6)
真空度1×10-4Pa以上の減圧真空下で、蒸着速度約0.1~0.3nm/secの速さでガラス基板上に銀を蒸着し、銀薄膜層を形成した。
このようにして得られた銀薄膜付き基材を実験例6とした。
【0077】
(耐腐食性試験)
実験例1と実験例6に対して、大気中において、190℃で1時間加熱して、その前後の変化を確認した。
【0078】
実験例6では、端部に変色が見られたのに対して、実験例1では変色が見られなかった。このことから、実験例1では、還元剤に由来する1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基を有した保護層の存在により、表面の腐食が抑制されたと考えられる。
また、実験例6の銀薄膜付き基材を爪で削ったところ、簡単に銀薄膜がガラス基板から剥がれたのに対して、実験例1の銀薄膜付き基材を爪で同程度の力で削ったところ、銀薄膜はガラス基板から剥がれなかった。
このことから、保護層の存在により、銀薄膜層とガラス基板との密着性が向上するとともに銀薄膜層の層強度が向上したと考えられる。
【0079】
以上をまとめると以下の通りの結果となった。
(1)SEM観察の結果から、1,2,2,6,6-ペンタアルキルピペリジニル基を有するN-CH3型のヒンダードアミン系光安定剤や2,2,6,6-テトラアルキルピペリジニル基を有するN-H型のヒンダードアミン系光安定剤を還元剤として使用することで、ガラス基板上の酸化銀を還元してナノオーダーの銀薄膜層を形成できることがわかった。
(2)反応時間試験の結果から、加熱工程の前に前処理溶媒による前処理を行うことで、銀薄膜層の形成の反応時間が短縮されることがわかった。特に前処理溶媒として有機溶媒を使用することで大幅に反応時間が短縮されることがわかった。
(3)STEM観察の結果から、ヒンダードアミン系光安定剤を還元剤として使用することで、ガラス基板上の酸化銀を還元して銀薄膜層を形成できるとともに銀薄膜層の表面に保護層が形成されることが確認され、EDX分析の結果から、銀薄膜層の表面の保護層が還元剤由来であることが示唆された。
(4)耐腐食性試験の結果から、ヒンダードアミン系光安定剤を還元剤として使用することで、真空蒸着によって形成された銀薄膜層に比べて耐腐食性の高い銀薄膜が形成されることがわかった。
【符号の説明】
【0080】
1 銀薄膜付き基材
2 基材
3 銀薄膜層
5 銀粒子層
6 保護層
10 銀粒子