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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】金属疲労評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/205 20180101AFI20241209BHJP
   G01N 23/2055 20180101ALI20241209BHJP
【FI】
G01N23/205
G01N23/2055 310
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021105456
(22)【出願日】2021-06-25
(65)【公開番号】P2023004005
(43)【公開日】2023-01-17
【審査請求日】2023-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(73)【特許権者】
【識別番号】000130259
【氏名又は名称】株式会社コベルコ科研
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100111453
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 智
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼嶋 康人
(72)【発明者】
【氏名】杵渕 雅男
(72)【発明者】
【氏名】高枩 弘行
(72)【発明者】
【氏名】種子島 亮太
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-056742(JP,A)
【文献】特開2014-013188(JP,A)
【文献】特開2014-013203(JP,A)
【文献】特開2015-145862(JP,A)
【文献】特開2017-083325(JP,A)
【文献】特開2018-087738(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/205
G01N 23/2055
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の評価対象における金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価方法であって、
前記評価対象に回折する性質を持つビームを照射することによって形成された回折環を表す回折環データを取得するデータ取得工程と、
前記データ取得工程で取得した回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標処理工程とを備え、
前記データ取得工程は、前記ビームの入射角を0度以上65度以下で照射し、かつ、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒が3000個以下となるように、または、前記ビームの入射角を0度以上65度以下で照射し、かつ、前記ビームのスポット径が3mm以下となるように、照射する、
金属疲労評価方法。
【請求項2】
前記評価指標は、前記回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標である、
請求項1に記載の金属疲労評価方法。
【請求項3】
前記均一性指標は、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差、または、方位角に対する半価幅分布における標準偏差である、
請求項に記載の金属疲労評価方法。
【請求項4】
前記評価指標は、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差を前記回折環におけるピーク強度分布の平均値で除算した除算結果、または、方位角に対する半価幅分布における標準偏差を前記回折環における半価幅分布の平均値で除算した除算結果である、
請求項1に記載の金属疲労評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回折環を用いて金属疲労の程度を評価する金属疲労評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属疲労による装置の損傷は、プロセスの不意な停止や事故等に繋がる虞があるため、金属疲労の程度を評価することは、重要であり、要望されている。この金属疲労の程度を評価する技術は、例えば、特許文献1に開示されている。
【0003】
この特許文献1では、マルテンサイトへの組織変化による腐食部を観察によって特定した疲労部についてX線回折が行われ、マルテンサイトの半価幅の変化量および残留オーステナイトの変化量が測定され、その測定結果から疲労度が求められている。
【0004】
一般に、結晶の周期性が高い場合、その周期間隔および周期方向で規定される方向に強い回折波(ブラッグ反射波)が発生する。一方、金属疲労は、金属結晶中に転位を生成するので、金属結晶の格子の周期性を乱す。このため、ブラッグ反射波の反射方向に広がりが生じる結果、回折波の半価幅(ピーク位置からの広がり)が変化する。よって、結晶格子でのブラッグ反射による回折波の半価幅を評価することで、前記特許文献1のように、金属疲労の程度が評価できると推察される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2009-41993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、金属疲労は、一般に、数年ごとに評価され、経年変化で評価される場合がある。一方、金属疲労の評価は、評価環境の整った実験室で実施されるだけでなく、現場での実施も望まれている。このような場合では、各評価環境が異なる場合が生じる虞があり、評価結果の信頼性に疑義が生じる場合がある。
【0007】
本発明は、上述の事情に鑑みて為された発明であり、その目的は、より信頼性の高い評価結果を得ることができる金属疲労評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、種々検討した結果、上記目的は、以下の本発明により達成されることを見出した。すなわち、本発明の一態様にかかる金属疲労評価方法は、金属の評価対象における金属疲労の程度を表す評価指標を求める方法であって、前記評価対象に回折する性質を持つビームを照射することによって形成された回折環を表す回折環データを取得するデータ取得工程と、前記データ取得工程で取得した回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標処理工程とを備え、前記データ取得工程は、前記ビームの入射角を0度以上65度以下で照射し、かつ、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒が3000個以下となるように、または、前記ビームのスポット径が3mm以下となるように照射する。
【0009】
このような金属疲労評価方法は、回折環データを取得する際に、前記ビームの入射角を0度以上65度以下で照射し、かつ、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒が3000個以下となるように、または、前記ビームのスポット径が3mm以下となるように照射するので、より適切な評価環境(評価条件)で回折環データを得ることができ、より信頼性の高い評価結果を得ることができる。
【0010】
なお、後述のように、金属疲労が進行すると、転位増殖に伴う結晶粒の微細化(セル組織化)によって結晶粒の数が増えるが、請求項における結晶粒の個数は、金属疲労の進行によって増加する前の個数である。
【0011】
他の一態様では、上述の金属疲労評価方法において、前記評価指標は、前記回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標である。
【0012】
金属の評価対象が初期状態である場合、X線照射領域における結晶粒の数が不足するため、回折環は、スポッティな形状であるが、金属疲労が進行すると、転位増殖に伴う結晶粒の微細化(セル組織化)によって結晶粒の数が増え、回折環は、均一化する。上記金属疲労評価方法は、回折環データに基づいて前記回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標を、金属疲労の程度を表す評価指標として求めるので、より適切に金属疲労の程度を評価できる。
【0013】
他の一態様では、上述の金属疲労評価方法において、前記均一性指標は、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差、または、方位角に対する半価幅分布における標準偏差である。
【0014】
これによれば、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差、または、方位角に対する半価幅分布における標準偏差を前記均一性指標、すなわち、前記評価指標として求める金属疲労評価装置が提供できる。
【0015】
他の一態様では、上述の金属疲労評価方法において、前記評価指標は、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差を前記回折環におけるピーク強度分布の平均値で除算した除算結果、または、方位角に対する半価幅分布における標準偏差を前記回折環における半価幅分布の平均値で除算した除算結果である。
【0016】
このような金属疲労評価方法は、前記標準偏差を前記平均値で除算するので、ビームの照射時間のばらつきによる評価指標への影響を軽減できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明にかかる金属疲労評価方法は、より信頼性の高い評価結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施形態における金属疲労評価装置の構成を示すブロック図である。
図2】前記金属疲労評価装置におけるデータ取得部の一例の構成を示すブロック図である。
図3】金属疲労の進行に伴う回折環の変化の様子を説明するための図である。
図4】一例として、回折環、前記回折環の方位角に対するピーク強度分布、その平均値およびその標準偏差を示す図である。
図5】評価指標に与えるビームの入射角の影響を説明するための図である。
図6】評価指標に与えるビームのスポット径の影響を説明するための図である。
図7】評価指標に与えるビームの照射時間の影響を説明するための図である。
図8】前記金属疲労評価装置の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の1または複数の実施形態が説明される。しかしながら、発明の範囲は、開示された実施形態に限定されない。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、適宜、その説明を省略する。本明細書において、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。
【0020】
実施形態における金属疲労評価方法は、金属の評価対象における金属疲労の程度を表す評価指標を求める方法である。この金属疲労評価方法は、前記評価対象に回折する性質を持つビームを照射することによって形成された回折環を表す回折環データを取得するデータ取得工程と、前記データ取得工程で取得した回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標処理工程とを備える。そして、前記データ取得工程は、前記ビームの入射角を0度以上65度以下で照射し、かつ、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒が3000個以下となるように、または、前記ビームのスポット径が3mm以下となるように照射する。このような金属疲労評価方法について、以下、より具体的に説明する。
【0021】
図1は、実施形態における金属疲労評価装置の構成を示すブロック図である。図2は、前記金属疲労評価装置におけるデータ取得部の一例の構成を示すブロック図である。図2Aは、全体的な構成を示し、図2Bは、撮像部15と評価対象Obとの関係を示す。図3は、金属疲労の進行に伴う回折環の変化の様子を説明するための図である。図4は、一例として、回折環、前記回折環の方位角に対するピーク強度分布、その平均値およびその標準偏差を示す図である。図4Aは、回折環を示し、図4Bは、図4Aに示す回折環における方位角αに対するピーク強度分布(回折環の周方向における各位置でのピーク強度の分布)、その平均値μおよびその標準偏差σを示す。図4Bの横軸は、0°から360°までの方位角α[deg]であり、その縦軸は、回折強度(Diffraction Intensity[counts])のピーク値である。
【0022】
実施形態における金属疲労評価装置Dは、例えば、図1に示すように、データ取得部1と、制御処理部2と、記憶部3と、入力部4と、出力部5と、インターフェース部(IF部)6とを備える。
【0023】
データ取得部1は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、金属(合金を含む)の評価対象に回折する性質を持つビームを照射することによって形成された回折環を表す回折環データを取得する装置である。より具体的には、例えば、本実施形態では、データ取得部1は、前記ビームを照射する照射部と、前記評価対象に前記照射部によって前記ビームを照射することによって形成された回折環を撮像し、前記回折環を表す回折環データを生成する撮像部とを備える。
【0024】
より詳しくは、データ取得部1は、図2に示すように、高圧電源11、冷却部12、制御部13、X線照射部14および撮像部15を備える。高圧電源11は、電子線加速用の高電圧をX線照射部14に供給する装置である。冷却部12は、X線照射部14を冷却する装置である。制御部13は、データ取得部1全体の動作を制御する装置である。なお、制御部13は、制御処理部2に機能的に構成される後述の制御部21と兼用されてよい。
【0025】
X線照射部14は、電子線をターゲットに衝突させてX線を発生させるX線発生装置と、発生したX線を細束のX線ビームとして評価対象Obに照射するX線照射管とを備える。前記X線発生装置は、例えば、電子線を高電圧で加速して陽極に衝突させCrKα特性X線を発生させるためのX線管球(真空管)である。前記X線照射管は、例えば、発生したX線を細い平行ビームに絞り照射するピンホールコリメータである。
【0026】
なお、評価対象Obに対し回折する性質を持つビーム(回折光)として、ここでは、X線を用いる例を説明するが、回折の性質を持つビームには、X線に限らず、電磁波(可視光、紫外線、γ線を含む)、中性子線、電子線等が含まれる。
【0027】
撮像部15は、評価対象ObにX線照射部14によってビームを照射することによって形成された回折環を撮像し、前記回折環を表す回折環データを生成する装置である。撮像部15は、例えば、いわゆるイメージングプレートを備えて構成される。このイメージングプレートには、輝尽性蛍光発光現象が利用されている。大略、輝尽性蛍光体を塗布したフィルムがX線によって露光され、露光されたフィルムにレーザ光を照射して生じた蛍光の発光量が計測される。蛍光は、X線の露光量に応じた発光量で発光するので、発光量を計測することで、X線像が得られる。
【0028】
このようなデータ取得部1を用いて回折環データを取得する際の条件(評価条件、評価環境)については、後述する。
【0029】
図1に戻って、入力部4は、制御処理部2に接続され、評価開始を指示するコマンド等の各種コマンド、および、例えば金属疲労評価装置Dによって評価される評価対象の名称(例えばシリアル番号等)等の、金属疲労評価装置Dの稼働を行う上で必要な各種データを金属疲労評価装置Dに入力する装置であり、例えば、所定の機能を割り付けられた複数の入力スイッチ、キーボードおよびマウス等である。出力部5は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、入力部4から入力されたコマンドやデータ、データ取得部1で取得された回折環データで表される回折環、および、金属疲労評価装置Dによって求められた評価指標等を出力する装置であり、例えばCRTディスプレイ、LCD(液晶表示装置)および有機ELディスプレイ等の表示装置やプリンタ等の印刷装置等である。
【0030】
IF部6は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、例えば、外部の機器との間でデータを入出力する回路であり、例えば、シリアル通信方式であるRS-232Cのインターフェース回路、Bluetooth(登録商標)規格を用いたインターフェース回路、および、USB規格を用いたインターフェース回路等である。また、IF部6は、例えば、データ通信カードや、IEEE802.11規格等に従った通信インターフェース回路等の、外部の機器と通信信号を送受信する通信インターフェース回路であっても良い。
【0031】
記憶部3は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、各種の所定のプログラムおよび各種の所定のデータを記憶する回路である。前記各種の所定のプログラムには、例えば、制御処理プログラムが含まれ、前記制御処理プログラムには、金属疲労評価装置Dの各部1、3~6を当該各部の機能に応じてそれぞれ制御する制御プログラムや、データ取得部1で取得した回折環データに基づいて、金属疲労の程度を表す評価指標を求める指標処理プログラム等が含まれる。前記各種の所定のデータには、例えば前記回折環データ等の、これら各プログラムを実行する上で必要なデータが含まれる。このような記憶部3は、例えば不揮発性の記憶素子であるROM(Read Only Memory)や書き換え可能な不揮発性の記憶素子であるEEPROM(Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)等を備える。そして、記憶部3は、前記所定のプログラムの実行中に生じるデータ等を記憶するいわゆる制御処理部2のワーキングメモリとなるRAM(Random Access Memory)等を含む。なお、記憶部3は、比較的大容量となる学習データを記憶するために、大容量を記憶可能なハードディスク装置を備えてもよい。
【0032】
制御処理部2は、金属疲労評価装置Dの各部1、3~6を当該各部の機能に応じてそれぞれ制御し、評価対象における金属疲労の程度を表す評価指標を求めるための回路である。制御処理部2は、例えば、CPU(Central Processing Unit)およびその周辺回路を備えて構成される。制御処理部2には、前記制御処理プログラムが実行されることによって、制御部21および指標処理部22が機能的に構成される。
【0033】
制御部21は、金属疲労評価装置Dの各部1、3~6を当該各部の機能に応じてそれぞれ制御し、金属疲労評価装置D全体の制御を司るものである。
【0034】
指標処理部22は、データ取得部1で取得した回折環データに基づいて、金属疲労の程度を表す評価指標を求めるものである。前記評価指標には、一般的な、回折環の半価幅が用いられてよいが、本実施形態では、回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標が用いられる。
【0035】
図3には、一例として、金属疲労の進行に伴う回折環の変化の様子が示されている。図3には、引っ張りと圧縮とを交互に繰り返す引張圧縮繰返し試験によって、損傷度0[%]、10[%]、30[%]、50[%]および100[%]それぞれの疲労損傷を与えた各試料に対し、CrKαのX線を入射角0度で入射したX線回折が行われ、その結果得られた各回折環画像が示されている。前記引張圧縮繰返し試験には、通常の振動荷重印加の疲労試験機が用いられ、破断したときのサイクル数が損傷度100[%]とされ、損傷度0[%]、10[%]、30[%]および50[%]は、これに対するサイクル数の比率である。試料は、一例として、ボイラ管に使用される一般規格の鋼管材料である。図3の上段は、電解研磨処理を実施していない各試料の各回折環画像であり、その下段は、電解研磨処理を実施している各試料の各回折環画像である。平面視にて、左から右へ順に、損傷度0[%]、10[%]、30[%]、50[%]および100[%]の各試料の各回折環画像である。
【0036】
図3を左から右へ順に観察すると、回折環は、ピーク強度が周方向の各位置で異なるスポッティ状の初期状態の形状から、金属疲労の増加に伴い徐々に前記ピーク強度が周方向の各位置で略均一な形状に変化している様子が分かる。この変化をTEM(透過型電子顕微鏡)の観察結果(不図示)と対比すると、疲労損傷の蓄積に伴う転位増殖によって微細なセル組織が数多く形成されていく過程と、回折環が均一化する変化とが関連しているものと推察される。
【0037】
一般に、X線の照射領域に十分な数の結晶粒が存在している場合、均一な回折環が得られる。図3に示す結果は、初期状態において、X線照射領域における結晶粒の数が不足する結果、スポッティ状の回折環の形状であったものが、転位増殖に伴う結晶粒の微細化(セル組織化)によって結晶粒の数が増えたため、回折環の均一化に寄与したものと推察される。残留応力測定を含むX線回折を用いた評価手法において、測定精度の低下を避けるために、試料の平均結晶粒径は、30[μm]以下であることが推奨されているが、この指針と比較すると、図3の試料の初期状態におけるフェライト粒径は、大きいもので50~60[μm]程度であり、X線回折の計測的には、粗大な部類に入り、上記考察と合致する。
【0038】
以上から、疲労損傷の蓄積に伴う回折環の均一化現象は、第1に、転位増殖(セル組織形成)による組織微細化、および、第2に、その微視組織の方位変化の2点に起因するものと結論づけることができ、回折環の凹凸は、その微視組織変化を端的に表す物理量と考えられ、回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標は、金属疲労の程度を表す新たな評価指標として用いることができる。
【0039】
前記均一性指標(=評価指標の一例)は、例えば、回折環の方位角に対する最大ピーク強度と最小ピーク強度との差や、ピークの半値幅の変化(例えば方位角に対するピークの半価幅分布における標準偏差)等を用いてもよいが、本実施形態では、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差が前記均一性指標として用いられる。その一例が図4に示されている。図4Aは、回折環を示し、図4Bは、図4Aに示す回折環における方位角αに対するピーク強度分布(回折環の周方向における各位置でのピーク強度の分布)、その平均値μおよびその標準偏差σを示す。図4Bの横軸は、0°から360°までの方位角α[deg]であり、その縦軸は、回折強度(Diffraction Intensity[counts])のピーク値である。方位角αは、図4Aに示すように、回折環の中心位置Oを通るベースライン(Baseline)を基準0°とした場合に、時計回りに回折環の周方向に、前記ベースラインからの角度である。評価対象Obは、ボイラ管に使用される一般規格の鋼管材料の一例であるSTBA21であり、電解研磨処理が実施されている。回折角2θは、156.396[度]である。前記均一性指標としての標準偏差σが相対的に大きい場合には、回折環の周方向における各位置でのピーク強度は、ばらついており、金属疲労は、相対的に小さい。一方、前記標準偏差σが相対的に小さい場合には、回折環の周方向における各位置でのピーク強度は、略均一であり(ばらつきが小さく)、金属疲労は、相対的に大きい。
【0040】
これら制御処理部2、記憶部3、入力部4、出力部5およびIF部6は、例えば、デスクトップ型やノート型やタブレット型等のコンピュータによって構成可能である。なお、データ取得部1がインターフェース回路や通信インターフェース回路である場合には、IF部6は、データ取得部1と兼用できるので、データ取得部1も含めて、金属疲労評価装置Dは、コンピュータによって構成可能である。
【0041】
次に、評価条件(評価環境)について説明する。図5は、評価指標に与えるビームの入射角の影響を説明するための図である。図5の横軸は、損傷度であり、その縦軸は、回折環におけるピーク強度分布の標準偏差の変化率(ピーク強度の不均一度変化率)である。図6は、評価指標に与えるビームのスポット径の影響を説明するための図である。図6Aは、平均スポット径が1.7~3[mm]である場合を示し、図6Bは、平均スポット径が2[mm]未満に限定した場合を示す。図6Aおよび図6Bの横軸は、損傷度であり、それらの縦軸は、方位角に対する回折環におけるピーク強度分布の標準偏差σを前記回折環におけるピーク強度分布の平均値μで除算した除算結果σ/μである。図7は、評価指標に与えるビームの照射時間の影響を説明するための図である。図7Aは、評価指標(均一性指標)が方位角に対する回折環におけるピーク強度分布の標準偏差である場合を示し、図7Bは、評価指標が方位角に対する回折環におけるピーク強度分布の標準偏差を前記回折環におけるピーク強度分布の平均値で除算した除算結果である場合を示す。図7Aの横軸は、損傷度であり、その縦軸は、前記標準偏差である。図7Bの横軸は、損傷度であり、その縦軸は、前記除算結果である。
【0042】
回折環は、入射角Ψ、スポット径、評価対象との距離Lおよびビームの照射時間によって変化する。このため、評価指標としての、回折環の半価幅または回折環の均一性指標(例えばピーク強度分布の標準偏差や半価幅分布の標準偏差)は、これらに影響される虞がある。なお、スポット径は、コリメータ径、評価対象との距離Lおよび入射角Ψによって決まる。このため、評価条件は、入射角Ψ、コリメータ径、評価対象Obとの距離Lおよびビームの照射時間で定義される。
【0043】
まず、入射角Ψの影響について検討する。評価条件は、コリメータ径φが1.0[mm]であり、評価対象との距離Lが62[mm]であり、ビームの照射時間が33~116[秒]である。このような評価条件下で、前記評価条件の他の1つである入射角Ψを1~65[度]の範囲で変化させた各場合について、回折環データが取得され、評価指標の一例として、回折環におけるピーク強度分布の標準偏差σが求められた。その結果が変化率で図5に示されている。回折環におけるピーク強度分布の標準偏差の変化率(ピーク強度の不均一度変化率)は、標準偏差の値を疲労損傷していない損傷度0[%]の値で除算したものである。図5では、入射角Ψが1[度]である場合の結果は、○で図示され、入射角Ψが30[度]である場合の結果は、△で図示され、入射角Ψが45[度]である場合の結果は、□で図示され、入射角Ψが60[度]である場合の結果は、◇で図示され、入射角Ψが65[度]である場合の結果は、●で図示されている。図5から分かるように、入射角Ψが65[度]以下の場合、損傷度0[%]と損傷度10[%]以上とを比較すると、前記変化率は、明確に区別できる。入射角Ψが65[度]である場合でも、損傷度0[%]と損傷度10[%]を比較すると約0.65倍となっており、前記変化率は、明確に区別できる。特に損傷度30[%]以上が重要であるが、入射角Ψが65[度]である場合、損傷度0[%]と損傷度30[%]を比較すると約0.6倍となっており、前記変化率は、より明確に区別できる。上述では、実施の都合上、最も小さい入射角Ψは1[度]であるが、X線回折の下限は、一般に、0[度]である。したがって、ビームの入射角Ψは、0度以上65度以下であることが好ましい。入射角Ψが60度以下である場合、損傷度0[%]と損傷度30[%]を比較すると約0.5倍となっていることから、ビームの入射角Ψは、60度以下であることがより好ましく、入射角Ψが45度以下である場合、疲労損傷度が大きいほど前記変化率が小さくなることから、ビームの入射角Ψは、45度以下であることがさらにより好ましい。
【0044】
次に、スポット径について検討する。一般に、X線照射領域に充分な数の結晶粒が存在していると、均一な回折環が得られる。一方、金属疲労の蓄積に伴う回折環の均一化現象は、上述したように、第1に、転位増殖(セル組織形成)による組織微細化、および、第2に、その微視組織の方位変化の2点に起因するものと考えられる。このため、この微視組織の変化を捉えるためには、結晶粒径に合わせた適切な照射面積が存在する。すなわち、X線照射域に存在する結晶粒が多すぎると、微視組織構造にかかわらず均一な回折環が得られることとなってしまい、好ましくない。一方、結晶粒が少なすぎると回折環が不連続となってしまい、好ましくない。回折環全体の情報を利用する均一性指標では、金属疲労の評価精度が低下してしまう。
【0045】
評価条件は、入射角Ψが45[度]であり、コリメータ径φが1.0[mm]である。このような評価条件下で、前記評価条件の他の1つであるスポット径を変化させるために、評価対象との距離Lを20~93[mm]の範囲で変化させた各場合について、回折環データが取得され、評価指標の一例として、方位角に対する回折環におけるピーク強度分布の標準偏差σを前記回折環におけるピーク強度分布の平均値μで除算した除算結果σ/μが求められた。その結果が図6に示されている。スポット径は、感光紙を用いて実測された。なお、この除算結果σ/μは、後述のように、ビームの照射時間の違いによる評価指標への影響が軽減できる。スポット径が、1.7[mm]、1.9[mm]、2.1[mm]、2.5[mm]、2.8[mm]、および、3[mm]である各場合について、回折環データが取得され、評価指標が求められた。その結果が図6に示されている。図6Aに示すように、前記除算結果σ/μは、損傷度と相関関係にあり、損傷度0[%]と損傷度10[%]以上とを比較すると、損傷度0[%]の場合における前記除算結果σ/μは、約0.4~0.65である一方、損傷度10[%]の場合における前記除算結果σ/μは、約0.06~0.3であり、前記除算結果σ/μは、明確に区別できる。特に損傷度0[%]と損傷度30[%]を比較すると、損傷度30[%]の場合における前記除算結果σ/μは、約0.1~0.25であり、前記除算結果σ/μは、より明確に区別できる。この例では、評価対象の平均結晶粒径は、55[μm]であったため、スポット径3[mm]を結晶粒の個数に換算すると、約3000(≒2981≒((3/2)×3.14)/((0.055/2)×3.14)となる。よって、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒は、3000個以下であることが好ましい。一方、スポット径を2[mm]未満に限定すると、図6Bに示すように、前記除算結果σ/μは、図6Aに示す場合よりばらつきが低減され、より損傷度と対応している。したがって、スポット径は、2[mm]未満であることがより好ましい。スポット径2[mm]を結晶粒の個数に換算すると、約1324.9(≒((2/2)×3.14)/((0.055/2)×3.14)となる。よって、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒は、1300個以下であることがより好ましい。
【0046】
なお、このスポット径を換算した結晶粒の個数は、金属疲労の進行によって増加する前の個数である。
【0047】
一方、例えば、日本機械学会論文集(A編)63巻607号には、平行ビーム法でコリメータ径φ1.0[mm]の場合おける回折環による残留応力の測定結果が開示されており、これには、結晶粒径が50[μm]以下では単点照射で連続的な回折環が得られ、100[μm]では不連続となったとの報告がある。これから、結晶粒の個数の下限は、100~400個の間であることが分かる。したがって、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒は、400個以上であることが好ましい。
【0048】
次に、評価対象との距離Lについて検討する。評価対象との距離Lは、回折環の半径に影響するが、回折環のピーク強度には、影響しない。したがって、評価対象との距離Lは、所望のスポット径に応じて適宜に調整される。また、回折環の半径は、評価対象との距離Lに比例するため、データ取得部1における撮像部15のサイズに応じて適宜に設定される。
【0049】
次に、ビームの照射時間について検討する。照射時間は、回折強度に影響し、データ取得部1における撮像部15に応じた適切な回折強度が得られるように、照射時間は、一連の評価では、適宜に設定される。回折強度が比較的小さい場合には、測定誤差が大きくなるため、照射時間が長くされ、回折強度が比較的大きい場合には、撮像部15の定格を超えないように、照射時間が短くされる。
【0050】
一方、金属疲労は、経年劣化で評価されることが多く、一般に、適宜な期間ごとに評価される。このため、ビームの照射時間が異なってしまう場合があり、このような場合でも安定的に損傷度を評価できる評価指標が望まれる。
【0051】
評価条件は、入射角Ψが45[度]であり、コリメータ径φが1.0[mm]であり、評価対象との距離Lが65[mm]である。このような評価条件下で、前記評価条件の他の1つである照射時間が、4[秒]、5[秒]、10[秒]、30[秒]、および、180[秒]である各場合について、回折環データが取得され、評価指標が求められた。その結果が図7に示されている。
【0052】
ビームの照射時間が長くなるとピーク強度の絶対値は、大きくなる。このため、評価指標(均一性指標)としての、回折環におけるピーク強度分布の標準偏差σは、図7Aに示すように、いずれの損傷度においても、ビームの照射時間に依存してばらついている。一方、回折環におけるピーク強度分布の標準偏差σを前記回折環におけるピーク強度分布の平均値μで除算した除算結果σ/μは、図7Bに示すように、いずれの損傷度においても、ビームの照射時間の差によるばらつきが軽減され、一義的に損傷度と対応している。したがって、無次元化した前記除算結果σ/μは、評価指標として、より好ましい。
【0053】
半価幅は、角度で標記されるため、ビームの照射時間による標準偏差への影響は、小さいため、平均値で除算する必要性が少ないが、前記回折環における半価幅分布の標準偏差を、前記回折環における半価幅分布の平均値で除算した除算結果も、上述同様に説明できる。
【0054】
次に、本実施形態の動作について説明する。図8は、前記金属疲労評価装置の動作を示すフローチャートである。
【0055】
このような構成の金属疲労評価装置Dは、その電源が投入されると、必要な各部の初期化を実行し、その稼働を始める。制御処理部2には、その制御処理プログラムの実行によって、制御部21および指標処理部22が機能的に構成される。
【0056】
評価開始が入力されると、図8において、まず、金属疲労評価装置Dは、上述の評価条件下でデータ取得部1によって回折環データを取得し、この回折環データをデータ取得部1から取得し、記憶する(S1)。より具体的には、本実施形態では、データ取得部1は、上述の評価条件下において、制御部13の制御によりX線照射部14から評価対象ObにX線ビームを照射し、制御部13の制御により撮像部15で回折環を撮像し、前記回折環を表す回折環データを生成する。そして、データ取得部1は、この回折環データを制御処理部2へ出力する。
【0057】
次に、金属疲労評価装置Dは、制御処理部2の指標処理部22によって、前記均一性指標を、評価対象Obの評価指標として求め、記憶する(S2)。より具体的には、本実施形態では、指標処理部22は、方位角αに対する回折環の強度分布における標準偏差σを前記均一性指標、すなわち、前記評価指標として求める。あるいは、指標処理部22は、方位角αに対する半価幅分布における標準偏差σを前記均一性指標(前記評価指標)として求める。あるいは、指標処理部22は、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差を前記回折環におけるピーク強度分布の平均値で除算した除算結果を前記均一性指標(前記評価指標)として求める。あるいは、指標処理部22は、方位角に対する半価幅分布における標準偏差を前記回折環における半価幅分布の平均値で除算した除算結果を前記均一性指標(前記評価指標)として求める。
【0058】
そして、金属疲労評価装置Dは、制御処理部2によって、この求めた評価指標を出力部5から出力し、本処理を終了する(S3)。なお、必要に応じて、前記評価指標は、IF部6から外部の機器へ出力されてもよい。
【0059】
以上説明したように、実施形態における金属疲労評価方法は、回折環データを取得する際に、前記ビームの入射角を0度以上65度以下で照射し、かつ、前記ビームの照射面積内に存在する結晶粒が3000個以下となるように、または、前記ビームのスポット径が3mm以下となるように照射するので、より適切な評価環境(評価条件)で回折環データを得ることができ、より信頼性の高い評価結果を得ることができる。
【0060】
上記金属疲労評価方法は、回折環データに基づいて回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標を、金属疲労の程度を表す評価指標として用いるので、より適切に金属疲労の程度を評価できる。
【0061】
上記金属疲労評価方法は、評価指標として、前記標準偏差を前記平均値で除算した除算結果を用いる場合では、ビームの照射時間のばらつきによる評価指標への影響を軽減できる。
【0062】
本発明を表現するために、上述において図面を参照しながら実施形態を通して本発明を適切且つ十分に説明したが、当業者であれば上述の実施形態を変更および/または改良することは容易に為し得ることであると認識すべきである。したがって、当業者が実施する変更形態または改良形態が、請求の範囲に記載された請求項の権利範囲を離脱するレベルのものでない限り、当該変更形態または当該改良形態は、当該請求項の権利範囲に包括されると解釈される。
【符号の説明】
【0063】
D 金属疲労評価装置
1 データ取得部
2 制御処理部
11 高圧電源
12 冷却部
13、21 制御部
14 X線照射部
15 撮像部
22 指標処理部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8