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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】光学部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/111 20150101AFI20241209BHJP
   C23C 28/04 20060101ALI20241209BHJP
   C23F 1/00 20060101ALI20241209BHJP
   C25D 11/18 20060101ALI20241209BHJP
   C25D 11/22 20060101ALI20241209BHJP
   C25D 11/26 20060101ALI20241209BHJP
   G02B 1/14 20150101ALI20241209BHJP
【FI】
G02B1/111
C23C28/04
C23F1/00 Z
C25D11/18 305
C25D11/22 A
C25D11/26 302
G02B1/14
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021562505
(86)(22)【出願日】2020-10-29
(86)【国際出願番号】 JP2020040655
(87)【国際公開番号】W WO2021111780
(87)【国際公開日】2021-06-10
【審査請求日】2022-04-13
【審判番号】
【審判請求日】2023-11-15
(31)【優先権主張番号】P 2019217700
(32)【優先日】2019-12-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 章
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 毅士
(72)【発明者】
【氏名】中野 耕一
【合議体】
【審判長】橿本 英吾
【審判官】本田 博幸
【審判官】神谷 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-213695(JP,A)
【文献】特開2005-76092(JP,A)
【文献】特開平4-341581(JP,A)
【文献】特開2017-179479(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0261033(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0019035(US,A1)
【文献】特開2010-49050(JP,A)
【文献】特表2014-522906(JP,A)
【文献】特開2012-68654(JP,A)
【文献】特開2018-49043(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B1/111,1/10
C01B33/12
C23C26/00,28/04
C25D11/22,11/26
G03F1/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材と、
前記金属基材の表面に形成された低反射率処理層と、
前記低反射率処理層の表面に形成されたシリカ層と、を有し、
前記シリカ層は、熱CVD法、プラズマ誘起CVD法、光CVD法、大気圧CVD法、減圧CVD法及びこれらの組合せによって形成されたものであり、
前記シリカ層の層厚が0.5~1.5μmであり、
前記シリカ層の硬度が250HV以上であり、
可視光の反射率が3~10%であり、
90℃の純水100mlに3時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、表面積50cm あたりの純水100ml中への溶出濃度が、酢酸イオン100ppb以下、ギ酸イオン200ppb以下、塩素イオン10ppb以下、硝酸イオン10ppb以下、亜硝酸イオン10ppb以下、及びアンモニウムイオン10ppb以下であること、
を特徴とする光学部材。
【請求項2】
前記金属基材がアルミニウム又はアルミニウム合金からなること、
を特徴とする請求項1に記載の光学部材。
【請求項3】
前記金属基材がチタン又はチタン合金からなること、
を特徴とする請求項1に記載の光学部材。
【請求項4】
前記シリカ層による可視光の反射率の増加が5%以下であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の光学部材。
【請求項5】
陽極酸化皮膜への染色処理、陽極酸化皮膜への電解着色処理、陽極酸化処理、低反射率膜の被覆処理、又はフッ化物イオン、ホウフッ化物イオン及びケイフッ化物イオンよりなる群から選択される1種又は2種以上のイオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いたエッチング処理、のいずれかを施して、金属基材の表面に低反射率処理層を形成させる低反射率処理工程と、
熱CVD法、プラズマ誘起CVD法、光CVD法、大気圧CVD法、減圧CVD法及びこれらの組合せによって前記低反射率処理層の表面に厚さが0.5~1.5μmで硬度が250HV以上のシリカ層を形成させる表面被覆処理と、を有し、
前記金属基材が、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン及びチタン合金のうちのいずれかからなり、
可視光の反射率を3~10%とすること、
を特徴とする光学部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面の反射率低下が求められる光学部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタルカメラ、デジタルビデオカメラ及びカメラ付き携帯電話等の光学機器を構成する各種光学部品(筐体、筐体内部の各種支持部、シャッター羽根及び絞り等)に使用される光学部材は、軽量かつ高剛性であることに加えて、表面の光反射率が低いことが要求され、表面の黒色度を高くすることが一般的である。ここで、対象となる光は様々な波長を有していることから、光学部材の光反射率は特定波長に対して最小化されることが望ましい。
【0003】
また、リソグラフィ工程で使用される光学部品であるペリクル用のペリクルフレームに関しては、表面を黒色又は暗色とすることで、使用前の異物不着検査等をより容易かつ確実に行うことができる。即ち、検査性の観点からも、ペリクルフレームの表面は黒色又は暗色であることが求められる。
【0004】
加えて、近年のLSIのパターン微細化に伴い、露光光源の短波長化が進んでいる。これらの短波長の露光光源は高出力であり、光のエネルギーが高いことから、ペリクルフレーム表面の陽極酸化皮膜に硫酸やリン酸等の無機酸が残存すると、露光雰囲気中に残存するアンモニア等の塩基性物質と反応して硫酸アンモニウム等の反応生成物(ヘイズ)を形成し、当該反応生成物がペリクルにくもりを生じさせてパターン転写像に影響を与える問題がある。
【0005】
更に、光学部材は摺動するものも多く、表面に優れた耐摩耗性を付与すると共に、発塵を厳密に抑制する必要がある。即ち、光学部材には、軽量性、高い剛性、低い反射率、光の照射に対する安定性、耐環境性及び耐摩耗性等の多くの特性が求められる。
【0006】
これに対し、例えば、特許文献1(特開2010-237282号公報)においては、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材で形成され、光学的薄膜体を備えてペリクルとして使用されるペリクル用支持枠の製造方法であって、酒石酸を含んだアルカリ性水溶液を用いた陽極酸化処理によりアルミニウム材の表面に陽極酸化皮膜を形成し、有機系染料を用いて染色処理した後、水蒸気により封孔処理すること、を特徴とするペリクル用支持枠の製造方法、が開示されている。
【0007】
上記特許文献1に記載のペリクル用支持枠の製造方法においては、ヘイズの最大原因物質である硫酸を用いることなく、酒石酸を含んだアルカリ性水溶液を用いてアルミニウム材を陽極酸化することで、耐食性及び耐久性に優れながら、ヘイズの発生を可及的に低減したペリクル用支持枠を得ることができる、とされている。
【0008】
また、特許文献2(特開平07-43892号公報)においては、ペリクル枠の側面又は全面に、電着塗装法により塗料をコーティングしてなることを特徴とするペリクル、が開示されている。
【0009】
上記特許文献2に記載のペリクルにおいては、ペリクル枠の側面又は全面に電着塗装法で塗料をコーティングしていることから、当該塗膜はアルマイト層のような凹凸や多孔質ではなく、コーティング表面は均一で滑らかであることから、ペリクルの輸送や移動による発塵が完全に防止される、とされている。
【0010】
更に、特許文献3(特開2016-177120号公報)においては、枠形状に形成されたペリクルフレームであり、ヤング率が150GPa以上で、かつビッカース硬度が800以上の焼結体からなり、枠形状におけるコーナー部は直線部の幅以上の幅を確保し、コーナー部のうちの少なくとも1つの幅は直線部の幅より広いペリクルフレームであって、当該ペリクルフレームはセラミックス、超硬合金又はサーメット製とすることが開示されている。
【0011】
上記特許文献3に記載のペリクルフレームにおいては、高いヤング率およびビッカース硬度の焼結体を用いているので、ペリクルフレームにペリクル膜を張設した際に発生する膜張力により、ペリクルフレームが変形するのを抑制できる。しかも、少なくとも一つのコーナー部の幅が直線部の幅より広いので、コーナー部の強度が高くでき、ペリクルフレームの変形や損壊を、更に抑制できる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2010-237282号公報
【文献】特開平07-43892号公報
【文献】特開2016-177120号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記特許文献1に記載されているペリクルフレームは優れた耐食性、耐久性及び光照射に対する安定性を有し、上記特許文献2に記載されているペリクル枠は発塵性が改善されているが、低い反射率や最表面(塗料自体)の耐摩耗性については考慮されていない。
【0014】
また、上記特許文献3に記載されているペリクルフレームは高い強度及び剛性が付与されているが、低い反射率、光照射に対する安定性及び耐摩耗性を兼ね備える方法については検討されていない。即ち、多岐にわたる要求を満足する適当な光学部材は存在していないのが実情である。
【0015】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、比較的安価に製造できる軽量な光学部材であって、低い反射率、光照射に対する安定性及び耐摩耗性を具備する光学部材及びその効率的な製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、光学部材について鋭意研究を重ねた結果、金属基材の表面に適当な低反射率処理層を形成させ、当該低反射率処理層の表面にシリカ層を形成させること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0017】
即ち、本発明は、
金属基材と、
前記金属基材の表面に形成された低反射率処理層と、
前記低反射率処理層の表面に形成されたシリカ層と、を有すること、
を特徴とする光学部材、を提供する。
【0018】
本発明の光学部材においては、最表面に存在するシリカ層によって、優れた耐摩耗性が付与されると共に、低反射率処理層が脆い場合であっても、当該低反射率処理層からの発塵を効果的に抑制することができる。
【0019】
また、従来一般的な光学部材においては、電着塗装等を用いて最表面にポリイミドやアクリル等の樹脂層が形成されることが多いが、樹脂層は硬度が低く、十分な耐摩耗性を付与することができない。これに対し、セラミックスであるシリカ層は光学部材に要求される耐摩耗性を実現するために十分な硬度を有している。
【0020】
また、シリカ層を形成させても、低反射率処理層による低い反射率を維持することができることに加え、ヘイズの原因となる成分が外部に放出されることを抑制することができる。即ち、金属製の光学部材において、最表面に緻密なシリカ層を設けることが、本発明の光学部材の最大の特徴である。
【0021】
本発明の光学部材においては、前記シリカ層の層厚が0.1~10μmであること、が好ましい。シリカ層の層厚を0.1μm以上とすることで、均質かつ厚さの揃ったシリカ層を形成することができ、シリカ層の層厚を10μm以下とすることで、シリカ層への欠陥の導入を抑制でき、靭性を担保することができる。また、より好ましいシリカ層の膜厚は0.5~1.5μmである。ここで、本発明の効果を損なわない限りにおいて、シリカ層の形成方法は特に限定されないが、例えば、化学蒸着法(CVD)を好適に用いることができる。
【0022】
また、本発明の光学部材においては、前記金属基材がアルミニウム又はアルミニウム合金からなること、が好ましい。金属基材をアルミニウム又はアルミニウム合金とすることで、光学部材の軽量性を担保できることに加え、これらの金属は優れた成形性及び切削加工性を有していることから、複雑形状を有する安価な光学部材を実現することができる。
【0023】
また、本発明の光学部材においては、前記金属基材がチタン又はチタン合金からなること、が好ましい。チタン又はチタン合金はアルミニウムと比較して線膨張係数が低く、昇温時の歪みが効果的に抑制される。また、チタン又はチタン合金は鋼や超硬合金と比較して比重が小さく、光学部材を軽量とすることができる。加えて、チタン又はチタン合金は金属材であり、セラミックスや超硬合金と比較して優れた靭性を有していることからハンドリングが容易である。更に、良好な加工性を有していることから製造コストを低減することができることに加え、光学部材に高い寸法精度を付与することができる。
【0024】
また、本発明の光学部材においては、前記低反射率処理層が多孔質層であること、が好ましい。低反射率処理層を多孔質層とすることで、金属基材に含まれる元素以外の添加元素を使用する必要がなく、耐候性や光照射に対する安定性等に関して、更なる手当てを施す必要がない。ここで、多孔質層では一般的に発塵が問題になるが、本発明の光学部材においては最表面に形成したシリカ層によって、極めて効果的に発塵が抑制されている。
【0025】
更に、本発明の光学部材においては、前記シリカ層による可視光の反射率の増加が5%以下であること、が好ましい。シリカ層による可視光の反射率の増加を5%以下とすることで、光学部材の反射率を10%以下とすることができる。
【0026】
また、本発明は、
陽極酸化皮膜への染色処理、陽極酸化皮膜への電解着色処理、陽極酸化皮膜の膜厚制御、低反射率膜の被覆処理、又はフッ化物イオン、ホウフッ化物イオン及びケイフッ化物イオンよりなる群から選択される1種又は2種以上のイオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いたエッチング処理、のいずれかを施して、金属基材の表面に低反射率処理層を形成させる低反射率処理工程と、
化学蒸着法によって前記低反射率処理層の表面に厚さが0.1~10μmのシリカ層を形成させる表面被覆処理と、を有すること、
を特徴とする光学部材の製造方法、も提供する。
【0027】
本発明の光学部材の製造方法においては、低反射率処理工程で、陽極酸化皮膜への染色処理、陽極酸化皮膜への電解着色処理、陽極酸化皮膜の膜厚制御、低反射率膜の被覆処理、又はフッ化物イオン、ホウフッ化物イオン及びケイフッ化物イオンよりなる群から選択される1種又は2種以上のイオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いたエッチング処理、のいずれかを施すことで、簡便に金属基材の表面に低反射率処理層を形成させることができる。ここで、特に、金属基材がチタン又はチタン合金の場合、フッ化物イオン、ホウフッ化物イオン及びケイフッ化物イオンよりなる群から選択される1種又は2種以上のイオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いたエッチング処理を施すことで、ヘイズの原因物質が導入されることを抑制しつつ、多孔質の低反射率処理層を形成させることができる。
【0028】
また、本発明の光学部材の製造方法においては、化学蒸着法(CVD)を用いることで、低反射率処理層の表面に厚さが0.1~10μmの均質かつ緻密な欠陥の少ないシリカ層を形成させることができる。ここで、本発明の効果を損なわない限りにおいて、化学蒸着法の種類やプロセス条件は特に限定されず、0.1~10μmの良好なシリカ層が形成される条件を適宜調整すればよい。化学蒸着法としては、例えば、熱CVD法、プラズマ誘起CVD法、光CVD法、大気圧CVD法、減圧CVD法及びこれらの組合せを用いることができる。その他、シリカ層の形成には、物理蒸着法(PVD)、浸漬法、スピンコート法、及びスプレー塗装法を使用することができる。
【0029】
また、本発明の光学部材の製造方法においては、前記シリカ層の層厚によって、所望の波長に応じた可視光の反射率を10%以下に調整すること、が好ましい。本発明者が本発明の光学部材に関して、全反射率と光の波長の関係を評価したところ、特定の条件で得られる光学部材の全反射率は波長によって異なり、縦軸を全反射率、横軸を光の波長とすると、上下に波打ったグラフとなることが明らかとなった。また、当該曲線は、シリカ層の膜厚によって横軸(光の波長)方向にシフトする現象が認められた。当該結果は、シリカ層の層厚によって、任意の波長の全反射率を低い値に調整できることを示している。
【0030】
また、本発明の光学部材の製造方法においては、前記金属基材が、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン及びチタン合金のうちのいずれかからなること、が好ましい。金属基材をアルミニウム又はアルミニウム合金とすることで、光学部材の軽量性を担保できることに加え、これらの金属は優れた成形性及び切削加工性を有していることから、複雑形状を有する安価な光学部材を実現することができる。また、チタン又はチタン合金は良好な加工性を有していることから製造コストを低減することができることに加え、光学部材に高い寸法精度を付与することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、比較的安価に製造できる軽量な光学部材であって、低い反射率、光照射に対する安定性及び耐摩耗性を具備する光学部材及びその効率的な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】実施形態の光学部材の概略断面図である。
図2】実施光学部材1の反射率を示すグラフである。
図3】実施光学部材2の反射率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照しながら本発明の光学部品及びその製造方法についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。また、実施形態における構成要素は、一部又は全部を適宜組み合わせることができる。なお、以下の説明では、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0034】
1.光学部材
光学部材は多種多様な形状及びサイズを有しているが、単純な板状の場合に関して、図1に概略断面図を示す。光学部材1は、金属基材2、低反射率処理層4及びシリカ層6を有しており、低反射率処理層4は金属基材2の表面に形成され、シリカ層6は低反射率処理層4の表面に形成されている。
【0035】
金属基材2の材質は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の金属材を用いることができるが、軽量性、成形性及び価格等の観点からはアルミニウム又はアルミニウム合金とすることが好ましく、昇温時の歪み抑制、剛性及び寸法精度等の観点からはチタン又はチタン合金を用いることが好ましい。
【0036】
ここで、金属基材2をアルミニウム又はアルミニウム合金とする場合、1000系アルミニウムとしては、JIS規格に記載のA1050、A1050A、A1070、A1080、A1085、A1100、A1200、A1N00及びA1N30を例示することができ、3000系アルミニウム合金としては、JIS規格に記載のA3003、A3103、A3203、A3004、A3104、A3005及びA3105を例示することができ、5000系アルミニウム合金としては、JIS規格に記載のA5005、A5N01、A5021、5N02及びA5042を例示することができ、6000系アルミニウムとしては、JIS規格に記載のA6101、A6003、A6005、A6N01、A6151及びA6063を例示することができ、7000系アルミニウム合金としては、A7001、A7003、A7005、A7010、A7020、A7049、A7050、A7075、A7090、A7091、A7178、A7475及びA7N01を例示することができる。
【0037】
また、金属基材2をチタン又はチタン合金とする場合、各種工業用純チタン(1~4種)、Ti-6Al-4V合金、Ti-6Al-6V-2Sn合金、Ti-6Al-2Sn-4Zr-6Mo合金、Ti-10V-2Fe-3Al合金、Ti-7Al-4Mo合金、Ti-5Al-2.5Sn合金、Ti-6Al-5Zr-0.5Mo-0.2Si合金、Ti-5.5Al-3.5Sn-3Zr-0.3Mo-1Nb-0.3Si合金、Ti-8Al-1Mo-1V合金、Ti-6Al-2Sn-4Zr-2Mo合金、Ti-5Al-2Sn-2Zr-4Mo-4Cr合金、Ti-11.5Mo-6Zr-4.5Sn合金、Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金、Ti-15Mo-5Zr-3Al合金、Ti-15Mo-5Zr合金、又はTi-13V-11Cr-3Al合金等を挙げることができる。
【0038】
低反射率処理層4は、金属基材2がアルミニウム又はアルミニウム合金の場合は、例えば、金属基材2の表面に適当な陽極酸化皮膜を形成し、電解着色や有機系染料等を用いた染色を施せばよい。また、低い反射率を有する低反射率膜を適当な方法で被覆してもよい。金属基材2がチタン又はチタン合金の場合は、例えば、金属基材2の表面の多孔質化や、適当な膜厚を有する陽極酸化皮膜の形成による光干渉を利用した低反射率処理層4を用いることができる。また、低い反射率を有する低反射率膜を適当な方法で被覆してもよい。即ち、低反射率処理層4によって低い反射率を実現する必要があるが、金属基材2の種類や製造コスト等の観点から適当なものを形成させればよい。
【0039】
シリカ層6は低反射率処理層4の表面に形成され、層厚は0.1~10μmであることが好ましい。シリカ層6の層厚を0.1μm以上とすることで、均質かつ厚さの揃った状態とすることができ、層厚を10μm以下とすることで、シリカ層6への欠陥の導入を抑制することができ、靭性を担保することができる。
【0040】
また、シリカ層6が光学部材1の耐摩耗性や耐スクラッチ性を決定するため、シリカ層6の硬度は250HV以上であることが好ましく、300HV以上であることがより好ましく、350HV以上であることが最も好ましい。ここで、シリカ層6の硬度は、光学部材1の表面からマイクロビッカース硬度計にて測定した値を用いればよい。より具体的には、例えば、圧子の印加荷重を0.05g、保持時間を15秒として得られる硬度を採用することができる。
【0041】
光学部材1の反射率は、対象となる光に関して10%以下とすることが好ましく、8%以下とすることがより好ましい。反射率を10%以下とすることで、各種光学機器やペリクルフレーム等における光反射を十分に抑制することができる。これらの反射率は、光学部材の用途に応じて必要となる光の波長に対して満足することが好ましく、例えば、LED光を対象とする場合は500~550nmの範囲において満足することが好ましい。また、可視光を含む反射光を抑制することで、カメラを用いた光学部材の光学観察を良好に行うことができる。なお、本明細書において、反射率とは、実施例に記載の方法によって測定される値をいう。
【0042】
また、光学部材1の明度指数(L値:ハンターの色差式による明度指数)は、50以下とすることが好ましく、40以下とすることがより好ましい。表面の明度指数L値を50以下とすることで、各種光学部品の光反射を十分に抑制することができる。また、ペリクルフレームの場合は、使用前の異物不着検査等を容易かつ確実に行うことができる。なお、本明細書において、明度指数L値とは、実施例に記載の方法によって測定される値をいう。
【0043】
更に、光学部材1は、シリカ層6によって表面が被覆されていることから、光学部材1からのイオンの溶出は極微量となる。ここで、光学部材1を90℃の純水100mlに3時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、表面積50cmあたりの純水100ml中への溶出濃度が、酢酸イオン100ppb以下、ギ酸イオン200ppb以下、塩素イオン10ppb以下、硝酸イオン10ppb以下、亜硝酸イオン10ppb以下、及びアンモニウムイオン10ppb以下であること、が好ましい。これらのイオンの溶出量を制御することで、ヘイズの発生を可及的に低減することができる。
【0044】
光学部材1としては、例えば、ペリクルフレーム、レンズホルダー、バレル、シェード、リフレクター等が挙げられる。
【0045】
2.光学部材の製造方法
本発明の光学部材の製造方法は、金属基材2に、陽極酸化皮膜への染色処理、陽極酸化皮膜への電解着色処理、陽極酸化皮膜の膜厚制御、低反射率膜の被覆処理、又はフッ化物イオン、ホウフッ化物イオン及びケイフッ化物イオンよりなる群から選択される1種又は2種以上のイオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いたエッチング処理、のいずれかを施して、金属基材2の表面に低反射率処理層4を形成させる低反射率処理工程(S01)と、化学蒸着法によって低反射率処理層4の表面に厚さが0.1~10μmのシリカ層6を形成させる表面被覆処理(S02)と、を有している。
【0046】
(1)低反射率処理工程(S01)
低反射率処理工程(S01)の目的は、金属基材2の表面に低反射率処理層4を形成させ、金属基材2表面の反射率を低下させることである。
【0047】
本発明の効果を損なわない限りにおいて、低反射率処理の方法は特に限定されず、従来公知の種々の処理方法を用いればよい。ここで、金属基材2がチタン又はチタン合金である場合、フッ化物イオン、ホウフッ化物イオン及びケイフッ化物イオンよりなる群から選択される1種又は2種以上のイオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いたエッチング処理によって金属基材2の表面に多孔質層を形成することができ、反射率の低下と黒色化を達成することができる。
【0048】
また、低反射率処理の前処理として、金属基材2表面の粗化や化学研磨を施してもよい。例えば、粗化には適当なメディアを用いたショットブラスト処理等を用いることができ、化学研磨には適当なエッチング溶液を用いたエッチング処理を用いることができる。
【0049】
(2)表面被覆処理(S02)
表面被覆処理(S02)の目的は、光学部材1の最表面にシリカ層6を形成し、光学部材1に優れた耐摩耗性及び耐スクラッチ性を付与すると共に、内部からのイオン溶出を抑制することにある。また、この際、低反射率処理工程(S01)によって低下させた反射率と明度指数が増加することを抑制する必要がある。
【0050】
化学蒸着法(CVD)を用いることで、低反射率処理層4の表面に厚さが0.1~10μmの均質かつ緻密な欠陥の少ないシリカ層6を形成させることができる。ここで、本発明の効果を損なわない限りにおいて、化学蒸着法の種類やプロセス条件は特に限定されず、0.1~10μmの良好なシリカ層6が形成される条件を適宜調整すればよい。化学蒸着法としては、例えば、熱CVD法、プラズマ誘起CVD法、光CVD法、大気圧CVD法、減圧CVD法及びこれらの組合せを用いることができる。その他、シリカ層6の形成には、物理蒸着法(PVD)、浸漬法、スピンコート法、及びスプレー塗装法を使用することができる。
【0051】
また、上述のとおり、光学部材1の反射率は、シリカ層6の厚さによって調整することができる。シリカ層6の厚さはCVD条件によって容易に変化させることができ、例えば、処理時間、処理温度及び処理雰囲気等によって調整すればよい。ここで、CVD法を用いてレンズ等にシリカ層6を形成させる場合、シリカ層6の層厚は数十nm~数百nm程度に留まることが多いが、シリカ層6の層厚は0.1~10μmであり、従来一般的なCVD条件と比較して、例えば、処理時間を長くする必要がある。
【0052】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0053】
<実施例1>
A7075アルミニウム合金からなる50mm×50mm×3mmの板材に対して、0.1MPaの圧力でステンレス鋼製メディアを吹き付け、表面粗化処理を施した。その後、酒石酸を含む溶液を用いて陽極酸化皮膜を形成させた後、染色処理によって低反射率処理層を形成させた。陽極酸化処理については、酒石酸ナトリウム2水和物(Na・2HO)を53g/L、及び水酸化ナトリウム4g/Lが溶解したアルカリ性水溶液(pH=13.0)を電解液として、浴温度5℃、電解電圧40Vの定電圧電解を20分間施した。そして、純水にて洗浄した後、A7075アルミニウム合金板材の表面に形成された陽極酸化皮膜を渦電流式膜厚計(株式会社フィッシャー・インストルメンツ社製)にて確認したところ、膜厚6.6μmであった。
【0054】
また、染色処理については、陽極酸化処理したA7075アルミニウム合金板材に対して、有機染料(奥野製薬製TAC411)を濃度10g/Lで含有した水溶液に入れ、温度55℃にて10分間浸漬した。
【0055】
次いで、化学蒸着法(プラズマCVD法)を用いて低反射率処理層の表面にシリカ層を形成させた。具体的には、シラン化合物、酸素及びラジカル捕捉剤を含むガス状前駆物質混合物をA7075アルミニウム合金板材近傍に流通させ、A7075アルミニウム合金板材の表面でガス状前駆物質混合物を約600℃で反応させ、層厚が1μmのシリカ層を形成させて、実施光学部材1を得た。
【0056】
<実施例2>
工業用純チタン(2種)からなる50mm×50mm×1mmの板材に対して、実施例1と同様にして表面粗化処理を施した。その後、フッ化物イオンと極性非プロトン性溶媒を含有する水溶液を用いて240秒のエッチング処理を施し、多孔質の低反射率処理層を形成させた。
【0057】
次いで、実施例1と同様にして、低反射率処理層の表面に層厚が1μmのシリカ層を形成させて、実施光学部材2を得た。
【0058】
<比較例1>
表面粗化処理の後、実施例1と同様にして、低反射率処理層を形成させた。次いで、電着塗装によって低反射率処理層の表面にポリイミド層を形成させ、比較光学部材1を得た。ここで、電着塗装の条件は、処理電圧を200Vとし、処理時間を3分とした。
【0059】
<比較例2>
電着塗装によって低反射率処理層の表面にアクリル層を形成させた以外は比較例1と同様にして、比較光学部材2を得た。ここで、電着塗装の条件は、処理電圧を100Vとし、処理時間を3分とした。
【0060】
<比較例3>
シリカ層を形成させなかったこと以外は実施例1と同様にして、比較光学部材3を得た。
【0061】
<比較例4>
シリカ層を形成させなかったこと以外は実施例2と同様にして、比較光学部材4を得た。
【0062】
[評価]
1.明度指数
明度測定器(日本電色工業社製、NF777)を用いて、実施光学部材1,2及び比較光学部材1の明度指数Lを測定した。得られた結果を表1に示す。
【0063】
【表1】
【0064】
表1に示さているとおり、シリカ層を形成させた実施光学部材1,2では樹脂層(ポリイミド層)を形成させた比較光学部材1と比較するとL値が増加しているものの、40以下の値が得られていることが分かる。
【0065】
2.反射率
反射率測定器(PerkinElmer社製、Lambda750)を用いて実施光学部材1,2の反射率を測定した。実施光学部材1の測定結果を図2に、実施光学部材2の測定結果を図3に示す。なお、実施光学部材1については同様の条件で作製した8試料についてそれぞれ測定すると共に、比較としてシリカ層を形成させる前の状態についても測定を行っている。また、実施光学部材2についても、同様の条件で作製した4試料についてそれぞれ測定すると共に、比較としてシリカ層を形成させる前の状態についても測定を行っている。
【0066】
図2に示すように、実施光学部材1の反射率は対象光の波長や測定試料間におけるばらつきが小さく、10%前後の低い値となっている。また、シリカ層の形成による反射率の増加は殆ど認められない。
【0067】
また、図3に示すように、実施光学部材2の反射率は対象光の波長に対して値が変化しており、5~30%の範囲で増減している。また、当該増減の状況は測定試料によって異なっているが、これはシリカ層の膜厚に依存しており、シリカ層の膜厚を僅かに変化させることによって、特定の波長に対する反射率を低い値(10%以下)に調整することができる。また、当該観点からは、シリカ層の形成による反射率の増加は殆ど認められない。
【0068】
3.発塵性の評価
実施光学部材1,2及び比較光学部材3,4に関し、発塵性の評価を行った。具体的には、これらを純水中に浸漬し、1分間の超音波洗浄を行った後、当該純水3L中のパーティクル数をパーティクルカウンター(日本電色工業製NP500T)で測定した。粒径が0.5μm以上のパーティクルの数に関して、相対比較として表2に示す。ここで、実施光学部材1と比較光学部材3、実施光学部材2と比較光学部材4は、それぞれシリカ層の有無が差異となっていることから、シリカ層の影響を明確にするために、比較光学部材3のパーティクル数を1とした場合の実施光学部材1のパーティクル数の相対値、比較光学部材4のパーティクル数を1とした場合の実施光学部材2のパーティクル数の相対値を、それぞれ示している。
【0069】
【表2】
【0070】
表2に示されているとおり、粒径が0.5μm以上のパーティクルの数はシリカ層の形成によって顕著に減少しており、実施光学部材1と比較光学部材3の比較では3割減、実施光学部材2と比較光学部材4の比較では4割減となっている。
【0071】
4.イオン溶出量
実施光学部材1,2及び比較光学部材2に関し、イオン溶出量の評価を行った。具体的には、これらを100mlの純水中に浸漬し、90℃で3時間の加熱処理を施した。その後、溶出液(純水)のイオン量をイオンクロマトグラフにて測定した。純水100ml当たりのイオン溶出量を表3に示す。なお、イオン溶出量の単位はppbである。
【0072】
【表3】
【0073】
表3に示されているとおり、実施光学部材1,2からのイオン溶出量は全体的に少なく、硫酸イオンやNHイオンについても問題ない値となっている。ここで、最表面の形成層が異なること以外は同様の構成を有する実施光学部材1と比較光学部材2を比較すると、最表面をシリカ層とする実施光学部材1では酢酸及びギ酸の溶出が効果的に抑制されていることが分かる。
【0074】
5.硬度測定
マイクロビッカース硬度計(ミツトヨ社製、HM-221)を用い、印加荷重0.05g、保持時間15秒の条件で実施光学部材1,2及び比較光学部材1,2,4の表面の硬度を測定した。硬度測定は5回とし、得られた結果を表4に示す。
【0075】
【表4】
【0076】
表4に示されているとおり、A7075アルミニウム合金板材を基材とする実施光学部材1、比較光学部材1及び比較光学部材2でビッカース硬度の平均値を比較すると、実施光学部材1は333Hv、比較光学部材1は299Hv、比較光学部材2は256Hvとなっており、最表面にシリカ層を設けることで優れた耐摩耗性が付与されていることが分かる。
【0077】
また、工業用純チタン(2種)板材を基材とする実施光学部材2と比較光学部材4のビッカース硬度の平均値を比較すると、実施光学部材2は288Hv、比較光学部材4は197Hvとなっており、最表面にシリカ層を設けることで優れた耐摩耗性が付与されていることが分かる。
【0078】
ここで、最表面にシリカ層を設けた実施光学部材1と実施光学部材2のビッカース硬度の平均値を比較すると、A7075アルミニウム合金板材を基材とする実施光学部材1でより高い硬度となっており、今回の測定条件では、最表面にシリカ層を設けた場合であっても基材の機械的性質がビッカース硬度に影響していることが分かる。
【符号の説明】
【0079】
1・・・光学部材、
2・・・金属基材、
4・・・低反射率処理層、
6・・・シリカ層。
図1
図2
図3