IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本板硝子株式会社の特許一覧

特許7600246イージークリーンコーティング付きガラス物品
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】イージークリーンコーティング付きガラス物品
(51)【国際特許分類】
   C03C 17/23 20060101AFI20241209BHJP
   C09K 3/18 20060101ALI20241209BHJP
   C09D 5/16 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
C03C17/23
C09K3/18 101
C09D5/16
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022544025
(86)(22)【出願日】2021-08-20
(86)【国際出願番号】 JP2021030656
(87)【国際公開番号】W WO2022039268
(87)【国際公開日】2022-02-24
【審査請求日】2023-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2020140042
(32)【優先日】2020-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004008
【氏名又は名称】日本板硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004314
【氏名又は名称】弁理士法人青藍国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 瑶子
【審査官】有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-543833(JP,A)
【文献】特表2007-532462(JP,A)
【文献】特表2014-500163(JP,A)
【文献】特開2019-123872(JP,A)
【文献】特開2015-116731(JP,A)
【文献】特開2008-119924(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 15/00-23/00
C09D 1/00-10/00
C09K 3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材と、前記ガラス基材のイージークリーンコーティングとを備え、
前記コーティングは、主成分としてセリウム酸化物を含み、
前記コーティングは、単層膜又は複層膜であって、前記複層膜である場合は最上層としてセリウム酸化物を含む層を備え、
前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である、
コーティング付きガラス物品。
ただし、前記コーティングは、セリウム酸化物と有機弗素化合物との有機無機ハイブリッド膜、及び、Ca、Y、K、Li、Mg、Sr又はGdのいずれかの少なくとも1つの金属カチオンを含むものを除く。
【請求項2】
前記ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後の前記接触角が60°以上130°以下である、
請求項1に記載のガラス物品。
【請求項3】
前記セリウム酸化物がCeO2を含む、
請求項1又は2に記載のガラス物品。
【請求項4】
前記コーティングが10質量%以上のセリウム酸化物を含む、
請求項1~3のいずれか1項に記載のガラス物品。
【請求項5】
前記ガラス基材と前記コーティングとの間に下地層が介在している、
請求項1~4のいずれか1項に記載のガラス物品。
【請求項6】
可視光透過率が65%以上の範囲にある、
請求項1~5のいずれか1項に記載のガラス物品。
【請求項7】
前記コーティングの厚さが5~500nmの範囲にある、
請求項1~6のいずれか1項に記載のガラス物品。
【請求項8】
前記ガラス基材が強化ガラスである、
請求項1~7のいずれか1項に記載のガラス物品。
【請求項9】
建築物用ガラス、輸送機用ガラス、店舗用ガラス、家具用ガラス、家電用ガラス、サイ
ネージ用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれ
る少なくとも1つに該当する、請求項1~8のいずれか1項に記載のガラス物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イージークリーンコーティング付きガラス物品に関する。
【背景技術】
【0002】
各種基材の表面には、イージークリーンコーティング(Easy to clean coating)と呼ばれる被膜が形成されることがある。イージークリーンコーティングにより、基材の表面に付着した汚れは除去しやすくなる。イージークリーンコーティングは、典型的にはフッ素含有有機化合物を含む。イージークリーンコーティングが形成される代表的な基材はガラス基材である。ガラス基材の表面には、例えば、フルオロアルキル基含有シリコンアルコキシドを含む市販のコーティング液が塗布され、イージークリーンコーティングが形成される。
【0003】
特許文献1には、ガラス基材とイージークリーンコーティングとの間に接着促進剤層を設ける技術が開示されている。接着促進剤層は、具体的にはケイ素混合酸化物層であり、イージークリーン特性の持続性を改善する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2014-522433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のイージークリーンコーティングでは、フッ素含有有機化合物による高い撥水性によって汚れの付着が抑制される。しかし、本発明者の検討によると、フッ素含有有機化合物によるイージークリーン性には改善の余地がある。
【0006】
本発明は、改善されたイージークリーン性を有するコーティング付きガラス物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記コーティングは、セリウム酸化物を含み、
前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である、
コーティング付きガラス物品、を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、改善されたイージークリーン性を有するコーティング付きガラス物品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】親水性の表面における水滴の蒸発の進行を説明する模式的な断面図である。
図2】フッ素含有有機化合物により撥水性が付与された表面における水滴の蒸発の進行を説明する模式的な断面図である。
図3】実施例1で作製したコーティング付きガラス物品を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す図である。
図4】実施例2で作製したコーティング付きガラス物品をSEMで観察した結果を示す図である。
図5】実施例4で作製したコーティング付きガラス物品をSEMで観察した結果を示す図である。
図6】実施例5で作製したコーティング付きガラス物品をSEMで観察した結果を示す図である。
図7】実施例10で実施した汚れ付着試験/水道水の観察結果を示す図である。
図8】実施例11で実施した汚れ付着試験/水道水の観察結果を示す図である。
図9】比較例4で実施した汚れ付着試験/水道水の観察結果を示す図である。
図10】比較例5で実施した汚れ付着試験/水道水の観察結果を示す図である。
図11A】実施例12で実施した汚れ付着試験/ハンドソープの流水洗浄前の観察結果を示す図である。
図11B】実施例12で実施した汚れ付着試験/ハンドソープの流水洗浄後の観察結果を示す図である。
図12A】比較例6で実施した汚れ付着試験/ハンドソープの流水洗浄前の観察結果を示す図である。
図12B】比較例6で実施した汚れ付着試験/ハンドソープの流水洗浄後の観察結果を示す図である。
図13A】比較例7で実施した汚れ付着試験/ハンドソープの流水洗浄前の観察結果を示す図である。
図13B】比較例7で実施した汚れ付着試験/ハンドソープの流水洗浄後の観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下の本発明の実施形態についての説明は、本発明を特定の形態に制限する趣旨ではない。本明細書において、「主成分」は、質量基準で、含有率が50%以上、特に60%以上の成分を意味する。「実質的に含まない」は、質量基準で、含有率が1%未満、さらに0.1%未満であることを意味する。「実質的に平坦」は、SEMで観察したときに当該表面上の微粒子及び微粒子状の凸部を除いて高さ又は深さ500nm以上の凹凸が確認されないことを意味する。「常温」は、5~35℃、特に10~30℃の範囲の温度を意味する用語として使用する。
【0011】
本実施形態により提供されるコーティング付きガラス物品は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記コーティングは、セリウム酸化物を含み、
前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である。
【0012】
本実施形態により提供されるコーティング付きガラス物品は、例えば、
ガラス基材上に、セリウム酸化物を固形分として含有するコーティング液、又は、キレート化されたセリウムイオンを含有するコーティング液を塗布して前記ガラス基材上に塗膜を形成する工程と、
前記塗膜を乾燥させてイージークリーンコーティングを形成する工程と、を具備し、
前記セリウム酸化物がCeO2を含む、製造方法により提供できる。
【0013】
これまで、イージークリーンコーティングについては、水の接触角の高さがイージークリーン性の尺度となることが前提とされてきた。このため、使用されるコーティング材料は、フッ素含有有機化合物に代表される高い接触角を実現できる有機材料であった。しかし現実には、フッ素含有有機化合物により撥水性が付与された表面には、そこに付着した水滴の蒸発に伴って、散点状の汚れが残りやすい。この汚れは、付着した水滴に含まれていた微粒子又は溶質が微量領域にスポット状に集まって形成されたものである。コーティングが形成されていないガラスの表面においても、汚れの偏在はよく観察される。親水性のガラス表面にリング状に残る汚れは、「コーヒーリング」と呼ばれることがある。スポット又はリング状に集中して残る汚れは、目立ちやすく、その集中の程度によっては容易に除去できないこともある。
【0014】
汚れがリング状に残るメカニズムは図1により理解できる。ガラス基材20の親水性表面21に付着した水滴10は、水分の蒸発の進行に伴って収縮し、やがては消失する。蒸発が進行する間、水滴10は親水性表面21との接触面積を維持しながら収縮する傾向がある。このため、水滴10の中央部は周縁部よりも大きく収縮する。この収縮に伴い、収縮していく水滴11の内部では、基材20の表面21近傍において中央部から周縁部11pに向かう流れ31が生じる。この微小な流れ31により、水滴11に含まれていた異物や析出した溶質である微粒子は周縁部11pに集まり、リング状に析出することになる。
【0015】
汚れがスポット状に残るメカニズムは図2により理解できる。ガラス基材20の撥水性表面22に付着した水滴10は、水分の蒸発の進行に伴って収縮し、やがては消失する。フッ素含有有機化合物により撥水性が付与された表面22上では、水滴10は、表面22との高い接触角を維持しながら収縮する傾向がある。このため、より小さい水滴11へと収縮していく水滴10の内部では、基材の表面22近傍において周縁部から中央部11cに向かう流れ32が生じる。この微小な流れ32により、水滴に含まれる微粒子は中央部11cに集まり、スポット状に析出することになる。
【0016】
意外なことに、セリウム酸化物を含み、水の接触角が60°以上130°以下、特に70°以上110°以下であるコーティング上では、水滴の蒸発に伴って表出する汚れが集中しない傾向にあることが見い出された。言い換えると、このコーティング上では、水滴の蒸発後、特定の部位に偏って水滴に由来する汚れが付着する傾向が緩和される。また、このコーティング上で相対的に広がって付着した汚れは、集中して付着した汚れと比較して、除去が容易であることも確認された。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、付着する汚れの偏在を緩和し、これによって改善されたイージークリーン性を有し得る。水の接触角が上記と同じ60°~130°となるようにフッ素含有有機化合物により撥水性を付与した表面では、汚れがスポット状に残存する。この点を考慮すると、本実施形態によるイージークリーン性の発現には、接触角のみならずセリウム酸化物が寄与していると考えられる。さらに、本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、付着した有機物を洗い流しやすくもする。セリウム酸化物は、付着した有機物に対するイージークリーン性の改善にも寄与していると考えられる。
【0017】
セリウム酸化物は、アルミニウム酸化物、シリコン酸化物等と異なり、撥水性の材料として機能し得る。本発明者の検討によると、セリウム酸化物による撥水性は、水の接触角により表示して75°以上、80°以上、さらには85°以上にまで到達し得る。この程度の接触角は、これまでは有機物である撥水剤を用いた表面処理により実現されてきた。有機物である撥水剤は、通常、300℃程度までに加熱する過程で分解するが、セリウム酸化物はより高温に加熱しても安定して存在する。
【0018】
本実施形態では、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後のコーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下、特に70°以上110°以下であり得る。熱処理に曝した後の水の接触角は、75°以上、80°以上、さらには85°以上にまで到達し得る。ただし、本実施形態において、コーティングの表面上の水の接触角は、熱処理直後には一時的に低下することがあるため、熱処理から期間を置いて測定されるものであってもよい。接触角の回復には数十日間を要することがある。したがって、上記接触角は、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝し、さらに、常温の大気中で40日間保管した後に測定されたものであってもよい。
【0019】
以下では、本実施形態のコーティング付きガラス物品を構成するガラス基材及びコーティングを説明し、引き続き本実施形態により達成され得る特性及び物品の用途についても説明し、最後に本実施形態の製造方法について説明する。
【0020】
(ガラス基材)
ガラス基材を構成するガラスの種類に特に制限はない。ガラス基材は、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸ガラス、無アルカリガラス、石英ガラス等と呼ばれている各種のガラスにより構成されていてもよい。ガラス基材はSiO2を主成分としていてもよい。ガラス基材のサイズ及び形状にも特段の制限はない。ガラス基材は、ガラス板、ガラス容器、ガラス蓋、ガラス管、ガラスバルブ、ガラスレンズその他の成形体であってもよい。ガラス容器は、例えばガラスバイアル、ガラスアンプル、ガラス瓶であるが、トレイ、シャーレ等と呼ばれるその他の形状を有していてもよい。ガラス蓋は、蓋として機能する限り、その形状に制限はなく、例えば調理器具の蓋として使用可能な形状を有していてもよい。
【0021】
ガラス板は、平板状であってもよいが、曲げ加工処理により付与された曲げ形状を有していてもよい。ガラス板の厚みは、特に制限されないが、例えば0.5~12mmの範囲内である。ガラス板は、建築物、車両等の窓ガラスとしての使用に適するように処理されていてもよい。ガラス板には、例えば強化処理が施されていてもよい。言い換えると、ガラス板は、強化ガラスであってもよい。強化処理としては、加熱後に急冷して表面に圧縮応力層を生じさせる風冷強化と、アルカリ金属イオンのイオン交換により表面に圧縮応力層を生じさせる化学強化とが知られている。ガラス板は、合わせ加工及び/又は複層加工により別のガラス板と一体化されていてもよい。ガラス板の表面には、撥水性以外の特性の付与又は制御のために、被膜が形成されていてもよい。被膜としては、Low-E膜、導電膜、反射抑制膜、着色膜等を例示できる。着色膜は、例えば、セラミックコーティングである。セラミックコーティングは、装飾性の付与、一部領域の不透視化等のために形成される。
【0022】
ガラス板の上述の処理には、ガラス板の加熱を伴うものが多い。例えば、ガラス板の曲げ加工処理は、ガラス板を加熱して軟化させる工程を含む。強化処理に加え、合わせ加工処理や複層加工処理も、ガラス板の間に挟持される樹脂膜、又はガラスの間の空間を封止するために使用される封止材の種類に応じ、ガラス板は高温に加熱されることがある。これらの加熱を経ると、有機物によるイージークリーンコーティングは、その撥水性が大きく低下し、イージークリーン性も損なわれる。このため、コーティングの形成は、ガラス板の加熱を伴う処理の後に実施する必要があった。このような工程上の制限は、量産の効率化を阻害することがある。例えば、曲面にコーティング液を均一に塗布することは、平板の表面上における塗布と比較すると、その難易度は格段に高い。切断されて個々に曲面を有するように加工される前の平坦な帯状ガラスに塗布液を塗布する工程は、格段に効率よく実施できる。
【0023】
加熱を伴う処理による撥水性低下の問題は、ガラス板に限らず、ガラス基材全般において生じる。これに対し、本実施形態によれば、有機物に頼ることなく撥水性が発現しているため、加熱に伴う撥水性の低下は抑制され得る。したがって、本実施形態による方法では、コーティングを形成した後に、コーティングが形成されたガラス基材を加熱してガラス基材の各種の処理を実施することができる。各種の処理は、ガラス板について例示すると、加熱を伴う曲げ加工処理(加熱曲げ処理)、風冷強化処理、化学強化処理、合わせ加工処理、複層加工処理、及び被膜形成処理からなる群より選ばれる少なくとも1つ、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。すなわち、本実施形態では、ガラス基材が、加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を受けたガラス板であってもよい。以上の熱処理に適用される温度は、通常は、高くても760℃程度以下である。
【0024】
従来は、ガラス板を所定の形状に切断してから加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理を実施し、その後にイージークリーンコーティングを形成するためのコーティング液をガラス板の主面に塗布していた。このため、コーティング液の一部がガラス板の端面に付着し、端面の少なくとも一部にもコーティングが形成されていた。これに対し、本実施形態によれば、平板状のガラス板の主面にコーティング液を塗布してイージークリーンコーティングを形成し、その後にガラス板に対して加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を実施できる。この形態により提供されるガラス板は、その少なくとも一方の主面上にコーティングを備え、ガラス板の端面にはコーティングを有さないものとなり得る。コーティング液が溜まりやすい端面には局部的に厚いコーティングが形成されることがある。したがってこれを回避できることは、製品の美観の確保等の点で利点がある。こうした品質の向上だけでなく、切断前の大面積のガラス板に連続的にコーティング処理を施すことができるため、最終製品のコストダウンに寄与する。
【0025】
(コーティング)
イージークリーンコーティングはセリウム酸化物を含む。コーティングは、セリウム酸化物を、10質量%以上、30質量%以上含んでいてもよく、さらに主成分として含んでいてもよい。コーティングは、セリウム酸化物以外の成分を実質的に含まない膜であってもよい。コーティングは、セリウム酸化物が露出した表面を有していてもよい。セリウム酸化物は、CeO2、すなわち4価のセリウムの酸化物を含むことが好ましい。CeO2は、Ce23、すなわち3価のセリウムの酸化物よりもイージークリーン性を高める観点からは望ましい成分である。ただし、コーティングには、セリウム酸化物としてCe23が含まれていてもよい。例えば、セリウム酸化物の供給源として3価のセリウムを含む化合物を用い、その一部を4価のセリウムに酸化した場合は、CeO2と共に、残部の3価のセリウムがCe23としてコーティングに含まれる。
【0026】
ガラス等の基材上のイージークリーンコーティングは、下地を提供する金属酸化物層と、有機化合物のオーバーコート層との複層構成を有することが通常であった。オーバーコート層は、金属酸化物層と強く結合させるために、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物により構成されることが多い。加水分解性有機ケイ素化合物は、撥水性の向上に適した有機化合物、典型的にはフルオロアルキル基含有化合物である。これに対し、本実施形態では、コーティングが、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物を実質的に含まなくてもよい。また、コーティングは、フッ素含有有機化合物、特にフルオロアルキル基含有化合物を実質的に含まなくてもよい。
【0027】
コーティングは、単層膜であっても、複数層により構成された複層膜であってもよいが、単層膜が量産コストを削減する上では有利である。本実施形態のイージークリーンコーティングは、単層膜であってもイージークリーン性を提供できる。複層膜である場合、コーティングは、複層膜の最上層として、セリウム酸化物を含む層を備えることが望ましい。言い換えると、本実施形態ではガラス基材とコーティングとの間に下地層が介在していてもよい。下地層は、例えば金属酸化物層であり、具体的には、セリウム酸化物の質量基準の含有率が表層のコーティングよりも低い、さらにはセリウム酸化物を実質的に含まない層であってもよい。下地層は、シリコン酸化物、アルミニウム酸化物、ジルコニウム酸化物及びチタン酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。望ましい下地層の一例は、シリコン酸化物を主成分とする層である。下地層は、それ自体が複数層であってもよい。複層膜である下地層は、例えば、Low-E膜であってもよい。
【0028】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、60°以上、65°以上、70°以上、75°以上、さらに80°以上、85°以上、場合によっては90°以上の水の接触角を提供することができる。水の接触角の上限は、特に制限されないが、例えば130°以下、120°以下、110°以下、105°以下、さらに100°以下、95°以下である。水の接触角は、4mg(約4μL)の精製水をコーティングの表面に滴下することにより測定できる。
【0029】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、高温、例えば500℃、さらには760℃にまで加熱しても、その撥水性を完全に消失しない。本実施形態のコーティングは、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後にも、60°以上、65°以上、70°以上、75°以上、さらに80°以上、85°以上、場合によっては90°以上であって、130°以下、120°以下、110°以下、105°以下、さらに100°以下、95°以下である、水の接触角を提供し得る。
【0030】
理由の詳細は不明であるが、本実施形態のイージークリーンコーティングの撥水性は、高温で加熱された後に一時的に低下することがある。また、成膜の直後には測定値が安定せず低い値を示すことがある。しかし、これらの場合も、大気に曝して常温で保管しておくだけで、水の接触角は徐々に上昇し、さらに安定して、上述した程度の接触角を示すようになる。本発明者の検討によると、回復及び安定に要する期間は、概ね30~40日程度である。したがって、高温で熱処理した後の接触角の測定は、所定期間、常温の大気中で保管した後に測定することが望ましい。
【0031】
イージークリーンコーティングは、有機成分を含んでいてもよい。有機成分は、有機化合物であっても、膜を構成する酸化物等と結合した有機基であってもよい。コーティングにおける有機成分の含有率は、特に制限されないが、質量基準で0.01%以上、さらに0.1%以上であってよく、10%以下、さらに1%以下であってよい。高温の熱処理に曝されていないコーティングは、相対的に高い含有率の有機成分を含み得る。ただし、コーティングは、有機成分を実質的に含まなくてもよい。
【0032】
イージークリーンコーティングに含まれる有機基は、エポキシ基を含んでいてもよい。エポキシ基は、後述する製造例における使用に適した好ましい官能基である。後述するように、エポキシ基は他の成分、具体的には酸、と反応して消費されていくが、過剰に添加されたエポキシ基はコーティングに残存し得る。コーティングに残存しているエポキシ基は、特に熱処理の際に架橋剤として機能し、膜の構造に影響を及ぼし得る。
【0033】
イージークリーンコーティングは、セリウム酸化物以外の無機化合物を含んでいてもよい。セリウム酸化物以外の酸化物としては、シリコン酸化物、アルミニウム酸化物、ジルコニウム酸化物、チタン酸化物、ルテニウム酸化物、セリウムを除く希土類の酸化物を例示できる。セリウム酸化物は、希土類の酸化物の中では入手が容易で安価でもある。コーティングは、セリウム酸化物以外の希土類の酸化物を含まなくてもよい。無機化合物は、酸化物以外、例えば窒化物、炭化物等であっても構わない。
【0034】
イージークリーンコーティングの膜厚は、例えば2~1000nmであり、特に5~500nmである。コーティングの膜厚は、7nm以上、さらに10nm以上であってもよく、300nm以下、さらに200nm以下であってもよい。
【0035】
イージークリーンコーティングは、緻密な構造を有していてもよいが、内部に孔を有していてもよい。コーティングの気孔率は、例えば、20%以上、25%以上、30%以上、場合によっては40%以上であってもよく、85%以下、70%以下、60%以下、場合によっては50%以下であってもよい。適切な気孔率を有するコーティングは、優れた光学特性を有し得る。具体的には、気孔率の制御によって、コーティングによって生じ得る干渉色の排除、可視光透過率及び反射率の改善等が可能になる。
【0036】
イージークリーンコーティングは、その表面上に複数の微粒子を有していてもよい。微粒子は、セリウム酸化物微粒子であってもよい。言い換えると、コーティングに含まれるセリウム酸化物は、その一部が微粒子として膜の表面に露出した微粒子として含まれていてもよい。コーティングの表面は実質的に平坦であってもよい。上述したとおり、実質的に平坦か否かは、微粒子を除いた表面の平坦性に基づいて、すなわち微粒子により付与された凹凸を除いて判断する。セリウム酸化物微粒子の粒径は、100nm~1.5μm、さらに250nm~1μmの範囲にあってもよい。微粒子の粒径は、SEM観察により測定することができる。コーティングの表面において、上記粒径を有する微粒子は、膜表面5μm四方において1~100個、さらに2~20個の範囲の密度で存在してもよい。微粒子の存在は、微小凹凸の発達を通じて、撥水性の向上に寄与し得る。
【0037】
イージークリーンコーティングに含まれる酸化セリウム微粒子の結晶子サイズは、特に制限されないが、例えば1~100nm、さらに2~20nmの範囲にあってもよい。
【0038】
なお、ガラス基材がガラス板である場合、イージークリーンコーティングは、ガラス板の一方の主面のみに形成されていても、ガラス板の両方の主面に形成されていてもよい。ただし、可視光透過率の低下を防ぐためには、ガラス板の一方の主面上のみにコーティングを形成することが望ましい。
【0039】
(特性)
本実施形態のガラス物品が提供し得る撥水性は上述したとおりである。これに加え、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の光学特性を有し得る。可視光透過率は、65%以上、70%以上、80%以上、さらに85%以上であってよい。可視光透過率の上限は、特に制限されないが、例えば95%である。可視光反射率は、20%以下、15%以下、10%以下、さらに8%以下であってよい。可視光反射率の下限は、特に制限されないが、例えば2%である。ここで、可視光反射率は、コーティングが形成された面についての可視光反射率、言い換えると、ガラス物品の外部からコーティングを通してガラス基材に到達する可視光の反射率である。ヘイズ率は、例えば20%以下であるが、好ましくは10%以下、さらに5%以下、特に4%以下である。本実施形態によれば、1%以下、さらに0.5%以下のヘイズ率も達成できる。
【0040】
可視光透過率、可視光反射率、ヘイズ率の好ましい範囲は、以下のとおりである。カッコ内はさらに好ましい範囲である。
可視光透過率:80~95%(85~95%)、
ヘイズ率:5%以下(4%以下)、
コーティングが形成されたガラス基材の面についての可視光反射率:2~20%(2~8%)
【0041】
(物品の用途)
本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、各種用途に供し得るが、特に、水滴が付着する環境で使用されるガラス物品としての使用に適している。水滴は、通常、雨、霧等の自然水、又は水道水から供給される。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、具体的には、建築物用ガラス、輸送機用ガラス、店舗用ガラス、家具用ガラス、家電用ガラス、サイネージ用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する物品であってもよい。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、窓ガラス、屋根ガラス、浴室用ガラス、鏡、店舗用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する物品であってもよい。窓ガラスは、例えば、建築物又は輸送機の窓ガラスであり、屋根ガラスも同様である。建築物は、家屋、ビルディングに限らず、温室、アーケードその他土地に固定された建造物を含む。輸送機は、車両、船舶及び航空機を含む。車両は、例えば自動車又は鉄道車両である。浴室用ガラスは、例えば、浴室のガラスパーティション及びガラスドアである。鏡は、例えば、浴室及び洗面化粧台の鏡である。店舗用ガラスは、例えば、ショーウインドウ、カウンター、テーブル、冷蔵又は冷凍ケースのガラスドア、食品等のショーケースである。モバイルデバイス用ガラスは、例えば、スマートフォン、タブレット型PC等のモバイルデバイスの表示部を覆うガラスであり、場合によってはモバイルデバイスの筐体を構成するガラスである。太陽電池用ガラスは、例えば、太陽電池の光入射側に配置されるカバーガラスである。特に人体への安全を確保する必要がある場合、上述の各用途では強化ガラスが使用されることが多い。
【0042】
(製造方法)
次に、本実施形態のガラス物品の製造方法を説明する。ただし、本実施形態のガラス物品は、以下の製造方法以外の方法によって製造されたものであってもよい。
【0043】
本実施形態の製造方法は、ガラス基材上に、セリウム酸化物を固形分として含有するコーティング液を塗布してガラス基材上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備し、セリウム酸化物がCeO2を含んでいる。なお、固形分としての「セリウム酸化物」は、コーティングにセリウム酸化物を供給できる成分である限り、完全な酸化物として存在している必要はなく、脱水縮合後にセリウム酸化物を供給し得るセリウム酸水酸化物及びセリウム水酸化物も包含する。
【0044】
この製造方法は、コーティング液を調製する工程をさらに具備していてもよい。コーティング液は、極性溶媒、特に炭素数5以下の低級アルコールを溶媒として含んでいてもよい。低級アルコールは、メタノール及び/又はエタノールであってもよい。コーティング液を調製する工程は、3価のセリウムを含むセリウム化合物を加水分解することを含んでいてもよい。加水分解可能なセリウム化合物は、極性溶媒に溶解する化合物であることが好ましく、具体的には水溶性セリウム化合物から選択するとよい。セリウム化合物は、例えば、ハロゲン化セリウム及び硝酸セリウムからなる群より選ばれる少なくとも1つであってもよい。ハロゲン化セリウムは、例えば塩化セリウム(III)、臭化セリウム(III)である。硝酸セリウム(III)を含め、ここに例示したように、好ましいセリウム化合物は、3価のセリウムの化合物である。ただしこれに限らず、セリウム化合物は、4価のセリウムを含んでいてもよい。
【0045】
一般的なゾルゲル法では、金属化合物の加水分解を促進するために、コーティング液には酸又はアルカリが添加される。本実施形態の製造方法においても、酸又はアルカリを添加してもよい。ただし、より好ましい添加剤は、酸スカベンジャーとして機能する有機化合物、具体的にはエポキシ基含有有機化合物、特に水溶性エポキシドである。水溶性エポキシドは、20℃の水への溶解度が1g/100mL以上のエポキシ基含有化合物である。水溶性エポキシドは、単官能エポキシドでも多官能エポキシドであってもよい。単官能の水溶性エポキシドは、例えば、プロピレンオキシド(1,2-エポキシプロパン)、1,2-エポキシブタン等のエポキシ基含有アルカンに加え、ラウリルアルコールEO付加物グリシジルエーテル、フェノールEO付加物グリシジルエーテル等であってもよい。多官能の水溶性エポキシドは、例えば、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールジグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテルである。
【0046】
上述したように、本実施形態の製造方法では、好ましくは、水溶性エポキシドの存在下でセリウム化合物が加水分解される。セリウム化合物を水溶性エポキシドの存在下で加水分解すると、セリウム化合物の加水分解により生じる酸が消費され、加水分解反応が促進される。また、水溶性エポキシドを過剰に添加したコーティング液では、3価のセリウムから4価のセリウムが生じやすくなる。この現象は、pHが高い領域では4価のセリウムの安定性が向上することによると考えられる。
【0047】
調製されたコーティング液はガラス基材上に塗布される。コーティング液の塗布は、例えば、スピンコーティング、バーコーティング、スプレーコーティング、ノズルフローコーティング、ロールコーティング等の公知の手法により実施できる。
【0048】
本実施形態の製造方法は、塗膜に洗浄及び乾燥から選択される少なくとも1つの処理を施す工程をさらに含んでいてもよい。塗布されたままの湿潤状態にある塗膜には、コーティング液に含まれていた有機化合物、例えば水溶性エポキシド及びその開環反応生成物がセリウム酸化物と共に含まれている。湿潤状態にある塗膜中の有機化合物の少なくとも一部は、洗浄及び/又は乾燥である処理、特に洗浄によって塗膜から除去される。洗浄に使用する溶剤は、有機溶剤、特に炭素数5以下の極性有機溶剤が適している。好ましい洗浄の一例は、低級アルコールとケトンとを順次用いて実施される。ここで、低級アルコールは、上述したとおり、炭素数5以下のアルコールである。好ましいケトンは、炭素数が7以下、5以下、さらに3以下のケトンである。有機化合物の除去により、乾燥後のコーティング中には気孔が形成され、その表面には微小凹凸が形成され得る。気孔率と微小凹凸の大きさは、有機化合物の添加量その他により制御できる。上記に例示した製造方法は、所望の気孔率及び微小凹凸を有するイージークリーンコーティングの形成に特に適している。
【0049】
上述した3価のセリウムの4価のセリウムへの酸化には時間を要する場合がある。したがって、本実施形態の製造方法は、コーティング液及び湿潤状態にある塗膜から選ばれる少なくとも1つを所定時間だけ保持する工程をさらに含んでいてもよい。この工程は、例えば、調製したコーティング液及び湿潤状態にある塗膜から選ばれる少なくとも1つを温度5~80℃及び0.5~48時間保持することによって実施できる。この工程によって、コーティング液又は塗膜は、いわば「エージング」が進行し、4価のセリウムの比率が高くなる。エージングする対象としては、コーティング液が好ましい。例えば、コーティング液は、4価のセリウムへの転換が進むにつれて、4価のセリウムに起因する発色が観察されるようになる。3価のセリウムのみが含まれているコーティング液は、その他に着色の要因となる材料が含まれていなければ無色である。コーティング液は、4価のセリウムが生成するにつれて、典型的には、まず茶色系に、その後さらに黄色系に着色され得る。保持している間に、十分な量の4価のセリウムを生成させるためには、コーティング液のpHは低くなり過ぎないように維持することが望ましい。pHの制御のためには、例えば、酸スカベンジャーとして作用する水溶性エポキシドの添加量を適切に調整するとよい。
【0050】
4価のセリウムの生成の過程は、紫外域から可視域にかけての吸収スペクトルによりモニタリングすることが可能である。例えばコーティング液の紫外域の吸収端は、4価のセリウムが生成するにつれて長波長域へと移動する。この吸収端が、例えば、350nm以上、特に360nm以上の領域に存在するまでエージングを継続すると、イージークリーンコーティングの生成に十分な量の4価のセリウムが生成する。
【0051】
なお、好ましい水溶性エポキシドの添加量は、その種類等によって相違する。水溶性エポキシドがプロピレンオキシドの場合、セリウム化合物に含まれるセリウム(III)とプロピレンオキシドとの混合比は、モル比により表示して、1:10~1:90、1:15~1:80、さらに1:20~1:70、特に1:25~1:50の範囲とするとよい。
【0052】
セリウム化合物の加水分解後に、水溶性エポキシド等のエポキシ基含有有機化合物をさらに供給してもよい。エポキシ基含有有機化合物は、膜の洗浄を兼ねて膜に供給してもよい。加水分解後のエポキシ基含有有機化合物の供給は、成膜後の水の接触角の早期安定化に寄与し得る。また、熱処理後の水の接触角の向上にも寄与し得る。
【0053】
本実施形態の製造方法は、ガラス基材上にイージークリーンコーティングを形成した後に、ガラス基材に加熱を伴う処理を実施する工程をさらに具備していてもよい。加熱を伴う処理は、上述した例からなる群より選ばれる少なくとも1つであり、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。もっとも、本実施形態のガラス基材は、このような処理を受けることなく使用に供することも可能である。
【0054】
本実施形態における製造方法は、ガラス基材上に、キレート化されたセリウムイオンを含有するコーティング液を塗布してガラス基材上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備する方法としても実施できる。セリウムイオンをキレート化するためには、EDTA、アセチルアセトン等の一般的なキレート剤を特に制限なく使用できる。コーティング液におけるセリウムイオンは、3価のセリウムであってもよい。キレート化された3価のセリウムイオンは、コーティング液が塗布された後の乾燥工程、さらには加熱処理工程において、少なくともその一部が4価に酸化されやすくなる。キレート化を利用する製造方法は、水溶性エポキシドのような酸スカベンジャーによる作用は必須としないが、この点を除いては、上述した方法と同様に実施することができる。
【0055】
(その他の製造方法)
本実施形態のイージークリーンコーティング付きガラス物品は、上記で例示した液相成膜法により製造されるものに限定されない。本実施形態のイージークリーンコーティング付きガラス物品は、例えば、スパッタリング法に代表される減圧成膜法を用いて製造することも可能である。
【0056】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、以下の実施例も本発明を特定の形態に制限する趣旨で提示するものではない。
【0057】
まず、特性の測定方法を説明する。
(気孔率)
エリプソメーター(溝尻光学社製、DVA-FL型)を用い、反射光のスペクトル分析を行って、膜の光学パラメータを求めた。それに際し、コーティング付きガラス板の積層構造をガラス板(屈折率1.52)/コーティング(屈折率2.2;気孔率0の場合)と設定し、コーティングの屈折率と膜厚とをフィッティングにより算出し、気孔率を算出した。
【0058】
(光学特性)
可視光透過率及び可視光反射率は分光光度計(日立社製、330型)で測定した可視紫外吸収スペクトルから求め、ヘイズ率はヘイズメータ(スガ試験機社製、HZ-V3型)を用いて測定した。
【0059】
(水の接触角)
水の接触角は、接触角測定機(共和界面科学社製、DMs-401型)を用い、4mgの精製水をコーティング表面に滴下して測定した。ただし、水の接触角は、コーティングの成膜後、常温の大気中に20日間放置した後に実施した。熱処理後の水の接触角は、熱処理後にコーティング付きガラス板を常温の大気中で40日間放置した時点で実施した。
【0060】
(熱処理)
コーティング付きガラス板を、760℃に設定した電気炉内で4分加熱し、炉から取り出してセラミックウールで包んで熱割れしない冷却速度で室温まで冷却した。熱処理後にも、水の接触角等を測定した。
【0061】
(汚れ付着試験/水道水)
コーティング付きガラス板をその主面が鉛直方向となる姿勢で、コーティング表面に水道水を噴霧した。次いで、ガラス板を70℃の雰囲気中で10分間保持し、コーティング表面に付着した水滴を蒸発させた。その後、コーティング付きガラス板の端面からLED光源からの光を入射させて、コーティング表面を観察した。
【0062】
(汚れ付着試験/ハンドソープ)
コーティング付きガラス板のコーティング表面に、20質量%の濃度に水で希釈した市販のハンドソープ(商品名:ライオン製キレイキレイ薬用泡ハンドソープ)を滴下した後、主面が鉛直方向に向くようにガラス板の姿勢を変えて液滴をコーティング面に沿って流下させた。その後、この表面に水道水を5秒間流し、液滴が流下した跡がどの程度薄くなったかを確認した。コーティング表面の観察は、上記と同様、コーティング付きガラス板の端面からLED光源からの光を入射させて実施した。
【0063】
(実施例1)
塩化セリウム(III)七水和物(シグマアルドリッチ社製、99.9%)0.168gを2mLの無水メタノール(シグマアルドリッチ社製)に溶解し、無色透明な塩化セリウム(III)溶液を得た。この溶液中には、塩化セリウム(III)が9.6質量%含まれている。次に、塩化セリウム(III)溶液1.75gと、プロピレンオキシド(TIC社製、≧99.0%)0.859gを混合し、原液を得た。この原液において、Ceとプロピレンオキシドのモル比は1:33.0である。原液2.609gをエタノール(関東化学社製、99.5%)2.37gで希釈し、コーティング液を得た。このコーティング液において、CeCl3の濃度は0.075mmol/Lである。次に、コーティング液を室温で一晩攪拌し続けてエージングした。エージング中において、コーティング液は、無色透明から白濁、茶色を経て薄黄色を呈した。エージング途中のコーティング液の可視紫外吸収スペクトルの評価から、3価のセリウムイオンの少なくとも一部が4価に酸化されたことが確認された。
【0064】
高透過ガラス(日本板硝子社製、オプティホワイト(登録商標)3mm厚)を10cm角に切断し、洗浄及び乾燥させ、ガラス基板を準備した。エージング済みのコーティング液をガラス基板に塗布した。塗布はスピンコータ(ミカサ株式会社製、1H-360S型)を用い、基板回転数1000rpm、塗布後の回転保持時間10秒で行った。コーティング液を塗布して得た湿潤膜をイソプロピルアルコールで洗浄し、さらにアセトンで洗浄した。洗浄後の湿潤膜を60℃に設定した電気乾燥機に保持し、コーティング付きガラス板を得た。
【0065】
(実施例2)
アセトンによる洗浄に代えて、シクロヘキセンオキシド(富士フィルム社製、95%)の38%エタノール溶液による洗浄を実施したことを除いては、実施例1と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0066】
(実施例3)
実施例1の原液におけるCeとプロピレンオキシドのモル比を1:65.7としたことを除いては、実施例1と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0067】
(実施例4)
実施例1で用いたガラス基板の表面に、CeO2ターゲットを用いたマグネトロンスパッタリングにより、CeO2膜を成膜し、コーティング付きガラス板を得た。
【0068】
(実施例5)
エタノールを主体とする混合溶剤(双葉化学薬品製、ファインエターA-10)268.8gに硝酸セリウム(III)6水和物4.04g(富士フィルム和光純薬製)を加え、続いてアセチルアセトン(東京化成工業製)67.2g、プロピレングリコール60g(富士フィルム和光純薬製)を加えて40℃の恒温槽内で24時間攪拌し、コーティング液を得た。
【0069】
洗浄した高透過ガラス(日本板硝子社製、オプティホワイト(登録商標)3mm厚)20cm×30cmを準備し、ガラス基板とした。コーティング液をスプレーコーティング法によりガラス基板に塗布した。風乾後、250℃にセットしたオーブンで10分間乾燥させた後、760℃にセットしたマッフル炉で4分間焼成し、コーティング付きガラス板を得た。
【0070】
実施例5では、実施例1~3とは異なり、コーティング液のエージングを実施していない。しかし、実施例5では、アセチルアセトンでセリウムがキレート化されているため、10分間の乾燥及び4分間の焼成の間にセリウムが酸化され4価のセリウムが生成した。4価のセリウムの生成は、例えばコーティング膜をX線光電子分光法(XPS)により分析することにより確認できる。
【0071】
(実施例6)
実施例5より薄いコーティングとなるようにスピンコーティング法を実施したことを除いては、実施例5と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0072】
(実施例7)
実施例6よりさらに薄いコーティングとなるようにスピンコーティング法を実施したことを除いては、実施例5と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0073】
(実施例8)
ガラス基板としてSiO2層が形成されたガラス板(ピルキントン社製、OptiShower;SiO2層厚み15nm)を用い、SiO2層の上にコーティングを形成したことを除いては、実施例5と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0074】
(実施例9)
ガラス基板としてLow-E膜が形成されたガラス板を用い、Low-E膜の上にコーティングを形成したことを除いては、実施例5と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。Low-E膜は、ガラス板側から順に、厚さ25nmのSnO2層、厚さ25nmのSiO2層、厚さ340nmのフッ素がドープされたSnO2層が積層された多層膜であった。このLow-E膜は、CVD法を用いた公知の手法により成膜されたものである。
【0075】
(比較例1)
実施例1の原液におけるCeとプロピレンオキシドのモル比を1:6.7としたことを除いては、実施例1と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0076】
(比較例2)
実施例1の原液におけるCeとプロピレンオキシドのモル比を1:0としたことを除いては、すなわちプロピレンオキシドを添加しないことを除いては、実施例1と同様にして、コーティング付きガラス板を得た。
【0077】
(比較例3)
実施例1で用いたガラス基板をそのまま用いた。すなわち比較例3はコーティングのないガラス板そのものである。なお、本比較例における水の接触角は、ガラス板の洗浄後に常温の大気中に20日間放置した後、及び前述の熱処理後に常温の大気中で40日間放置した時点で実施した。
【0078】
【表1】
【0079】
実施例4からはピンク色の干渉色が観察されたが、その他の実施例からはコーティングによる干渉色は観察されなかった。実施例1では、成膜直後の水の接触角は70°を下回っていたが、徐々に上昇した。これに対し、実施例2では、成膜直後から70°以上の接触角が測定された。また、各実施例において、成膜及び熱処理から100日経過後にも水の接触角を測定したところ、いずれの場合も測定値は70°以上でかつ安定していた。なお、100日目までの保管も常温の大気中で実施した。
【0080】
実施例2及び3においても、実施例1と同様、エージング中にコーティング液の吸収スペクトルの吸収端は長波長側に移動した。一方、比較例1及び2では、エージング中に、吸収端の長波長側への変化は観察されなかった。
【0081】
実施例1、2、4及び5について、熱処理後に、SEMを用いてコーティングの表面を観察した。結果を図3(実施例1)、図4(実施例2)、図5(実施例4)及び図6(実施例5)に示す。実施例1及び2のコーティングの表面は、実質的に平坦であったが、その表面に存在する酸化セリウム微粒子により微小凹凸が付与されていた。実施例2(図4)の膜表面には、実施例1(図3)よりも多くの酸化セリウム微粒子が存在していることが確認できる。
【0082】
SiO2層等が下地層として形成されたガラス板を用いた実施例8及び9からは、ガラス板の表面にコーティングを直接形成した実施例5と比較して、水の接触角が低下した。これは、ガラス板からコーティングへのガラス成分の拡散移動が抑制されたためと考えられる。
【0083】
X線回折法を用いて熱処理後の酸化セリウムの結晶子サイズを測定したところ、実施例1について4.85nm、実施例2について2.10nmであった。実施例2では、追加されたエポキシ基含有有機化合物(シクロヘキセンオキシド)により、結晶子の成長が阻害されたと考えられる。
【0084】
(実施例10)
実施例1(熱処理前)で作製したコーティング付きガラス板について、汚れ付着試験/水道水を実施した。結果を図7に示す。
【0085】
(実施例11)
実施例4(熱処理前)で作製したコーティング付きガラス板について、汚れ付着試験/水道水を実施した。結果を図8に示す。
【0086】
(比較例4)
比較例3(熱処理前)のガラス板、すなわちコーティングを形成していないガラス板について、汚れ付着試験/水道水を実施した。結果を図9に示す。
【0087】
(比較例5)
実施例1で使用したガラス基板の表面に防汚コーティング剤を用いてコーティングを形成した。具体的には、ダイキン工業社製「オプツールDSX-E」を溶剤(スリーエム社製「Novec7200」)で0.1質量%に希釈したコーティング剤を調製し、これをガラス基板の表面に噴霧し、乾燥させてコーティング付きガラス板を得た。なお、「オプツールDSX-E」は、フルオロアルキル基含有化合物を撥水成分として20質量%の濃度で含んでいる。得られたコーティングの表面における水の接触角は93°であった。このコーティング付きガラス板について、汚れ付着試験/水道水を実施した。結果を図10に示す。
【0088】
(実施例12)
実施例4(熱処理前)で作製したコーティング付きガラス板について、汚れ付着試験/ハンドソープを実施した。水道水による洗浄前の観察結果を図11Aに、洗浄後の観察結果を図11Bにそれぞれ示す。
【0089】
(比較例6)
比較例3(熱処理前)のガラス板、すなわちコーティングを形成していないガラス板について、汚れ付着試験/ハンドソープを実施した。水道水による洗浄前の観察結果を図12Aに、洗浄後の観察結果を図12Bにそれぞれ示す。
【0090】
(比較例7)
比較例5で作製したコーティング付きガラス板について、汚れ付着試験/ハンドソープを実施した。水道水による洗浄前の観察結果を図13Aに、洗浄後の観察結果を図13Bにそれぞれ示す。
【0091】
比較例4ではリング状の汚れ(図9)が、比較例5ではスポット状の汚れ(図10)が観察された。これらの汚れは、コーティング表面の特定の部位に集中しているため、目立って観察される。一方、実施例10及び11では、水滴の蒸発に伴って残存する汚れの集中の程度が緩和され、視認しにくくなった(図7及び8)。実施例10及び11で残存した汚れは、綿布で拭えば容易に除去できたが、比較例4及び5の汚れは、綿布で拭っても残存していた。
【0092】
比較例6のガラス表面及び比較例7のフッ素含有有機化合物によるコーティング上では、有機物(ハンドソープに含まれる界面活性剤等)による汚れ(図12A及び13A)を水道水による流下のみでは洗い流すことができなかった(図12B及び13B)。一方、実施例12では、有機物の付着による汚れ(図11A)が水道水を流しただけでほぼ除去された(図11B)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11A
図11B
図12A
図12B
図13A
図13B