(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる電池用絶縁部材および製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 50/588 20210101AFI20241210BHJP
C08K 5/54 20060101ALI20241210BHJP
C08L 23/00 20060101ALI20241210BHJP
C08L 81/02 20060101ALI20241210BHJP
H01M 50/593 20210101ALI20241210BHJP
H01M 50/586 20210101ALI20241210BHJP
【FI】
H01M50/588
C08K5/54
C08L23/00
C08L81/02
H01M50/593
H01M50/586
(21)【出願番号】P 2020140802
(22)【出願日】2020-08-24
【審査請求日】2023-06-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】井砂 宏之
(72)【発明者】
【氏名】平瀬 智大
(72)【発明者】
【氏名】東原 武志
【審査官】松嶋 秀忠
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-002920(JP,A)
【文献】特開2020-083943(JP,A)
【文献】特開2003-331797(JP,A)
【文献】特開2011-029167(JP,A)
【文献】特開2011-029166(JP,A)
【文献】国際公開第2015/030137(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 50/10-598
H01M 6/02-18
H01M 10/04-39
C08K 5/54
C08L 23/00
C08L 81/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電池用絶縁部材であって、前記絶縁部材が(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂、および(b)有機シラン化合物を含有するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなり、
(b)有機シラン化合物がイソシアネート基含有アルコキシシラン化合物であり、(b)有機シラン化合物の含有量が前記樹脂組成物の合計100重量部に対して0.2~5重量部であり、前記樹脂組成物を射出成形して得られる試験片(ISO527-2-1A)を、フッ化水素酸(50%水溶液)に60℃条件下で500時間浸漬した後の引張試験(ISO527-1,2)において、5%以上の引張破断伸びを有
し、前記樹脂組成物のゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)の測定から得られる分子量分布において、ポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より遅く検出される成分の重量平均分子量が50000~95000である電池用絶縁部材。
【請求項2】
請求項1に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる試験片(ISO527-2-1A)をフッ化水素酸(50%水溶液)に60℃条件下で500時間浸漬した際の浸漬前後の重量変化率が2%以下である電池用絶縁部材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる、標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、23℃、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験において、応力-ひずみ曲線の曲線下面積で表される抗張積が100MPa・%以上である電池用絶縁部材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか
1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる、標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、23℃、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験において、引張破断伸びが3.0%以上である電池用絶縁部材。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか
1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる
、標線間中央部にウェルド部が形成された
厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、80℃
、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験時において、引張強さが45MPa以上である電池用絶縁部材。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物が(a)PPS樹脂100重量部に対して、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の含有量が1重量部未満である電池用絶縁部材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物の溶融粘度(測定条件は温度320℃、剪断速度2432/s)が250Pa・s以下である電池用絶縁部材。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物のゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)の測定から得られる分子量分布において、ポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より早く検出される成分の割合が0.4~8.5%で
ある電池用絶縁部材。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物中の(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂の割合が95重量%以上である電池用絶縁部材。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、ウェルドラインを有する電池用絶縁部材。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材の製造方法であって、前記樹脂組成物を射出成形する電池用絶縁部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐フッ化水素酸性、耐かしめ性、ウェルド部の靱性、耐熱性を兼ね備えたポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる電池用絶縁部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電池には、内部短絡の防止を目的として各種の絶縁部材が設けられている。従来の絶縁部材には、実使用時の安全性を確保するために、耐電解液性と靭性を持つポリエチレン樹脂やポリプロピレン樹脂等のポリオレフィン系樹脂が用いられてきた。近年、電子機器の小型化や電気自動車の普及から、特に2次電池において、高容量化やエネルギー密度の向上が進んでいる。そのため2次電池において、異常発生時に絶縁部材はより高温に晒されるようになり、絶縁部材には耐熱性も必要とされている。このような背景から、ポリエチレン樹脂やポリプロピレン樹脂等のポリオレフィン系樹脂に代わり、靭性、高温剛性、成形加工性、耐熱性を兼ね備えた新たな樹脂材料を素材とする絶縁板などの絶縁部材の創出が求められている。ポリオレフィン系樹脂以外の樹脂を用いた絶縁部材として、例えば、特許文献1では、絶縁板にガラスクロスを基材とし無機添加剤を含んだフェノール樹脂の積層板を用いることで、過充電時の熱によるフェノール樹脂の硬化収縮を抑制し、正極板と負極板、セパレータを介してなる極板群の変形を防止できる旨が記載されている。
【0003】
一方、リチウムイオン二次電池においては、一般に、例えば特許文献2に記載の通り、非水電解質としてプロピレンカーボネート、エチレンカーボネートなどの環状カーボネートとジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジエチルカーボネートなどの鎖状カーボネートとの混合溶媒が用いられ、支持塩としてLiPF6、LiBF4などのフッ素化合物が用いられる。しかしながら、フッ素化合物を使用すると、電池内の微量な水分と反応してフッ化水素酸(HF)が発生し、発生したHFが絶縁部材をはじめとする周辺部材を劣化させる課題がある。そのため、例えば特許文献3には、非水電解質への耐性と耐フッ化水素酸性に優れるテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)からなる封口ガスケットが記載されている。
【0004】
また、電池用絶縁部材の製造方法として、量産性に優れる射出成形が広く用いられているが、絶縁板などの絶縁部材などは端子をはめ込むための開口部や貫通孔を有するため、射出成形法による造形の場合、環状のキャビティ内で2つ以上の樹脂の流れが生じて、これらの樹脂の流れ同士が合流したところで脆弱なウェルドラインが生じる。例えば、特許文献4に記載されているように、電池の製造工程においては、絶縁板などの絶縁部材を嵌合する際に接合部を押し付けるまたは締め付けるいわゆる「かしめ工程」を経ることが知られているが、ウェルド部分を有する絶縁部材やガスケットをかしめた場合には、荷重によりウェルド部分での亀裂が生じ、絶縁部材やガスケットとして役割を果たさない課題がある。また、電池使用時に生じる内圧の上昇に伴う電池の膨れに伴う絶縁部材の変形に対して、ウェルド部が追従出来ず、ウェルド部での亀裂や破断が生じ、絶縁部材やガスケットの役割を果たさないおそれがある。これに対して、特許文献4では、押出成形にて得た筒体を切断およびフレア加工によりウェルドラインを発生させないガスケットの製造方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献5では、シート状にしたPFAを成形品形状に打ち抜いた後、熱圧と冷圧処理を施す製造工程が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2002-231314号公報
【文献】特開平8-321326号公報
【文献】特開2006-147159号公報
【文献】特開2007-48582号公報
【文献】国際公開第2014/129413号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の材料は、フッ化水素酸に対する耐性を有さない課題がある。また、打ち抜き加工により生産されるためウェルド部分は生じないものの、ガラスクロスの基材にフェノール樹脂を含浸させた後、加熱硬化させて積層板を作成し、更に打ち抜き加工を経るため、生産性の観点で難がある。
【0008】
特許文献3~5は、いずれも高価な樹脂であるPFA樹脂を用いており、コスト的に好ましくない。また、特許文献4に記載の製造方法は、押出成形にて筒状の成形品を得た後、ガスケット形状に加工する工程を経るためウェルド部分は生じないものの、射出成形に比べ、生産性の観点で好ましくない。
【0009】
また、特許文献5に記載の製造方法は、シートを作成した後、成形品に打ち抜き、更に熱圧と冷圧を施す工程を経るためウェルド部分は生じないものの、射出成形に比べ、生産性の観点で好ましくない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく検討を行った結果、(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂と、(b)有機シラン化合物を含有するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、フッ化水素酸に対し優れた耐性を示す特性を見出し、当該樹脂組成物を用いた絶縁板などの絶縁部材が優れた耐薬品性、耐かしめ性、ウェルド部の靱性、および耐熱性を有することを見出すに至った。すなわち、本発明は上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態として実施可能である。
(1)電池用絶縁部材であって、前記絶縁部材が(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂、および(b)有機シラン化合物を含有するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなり、前記樹脂組成物を射出成形して得られる試験片(ISO527-2-1A)を、フッ化水素酸(50%水溶液)に60℃条件下で500時間浸漬した後の引張試験(ISO527-1,2)において、5%以上の引張破断伸びを有する電池用絶縁部材。
(2)(1)に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる試験片(ISO527-2-1A)をフッ化水素酸(50%水溶液)に60℃条件下で500時間浸漬した際の浸漬前後の重量変化率が2%以下である電池用絶縁部材。
(3)(1)または(2)に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる、標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、23℃、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験において、応力-ひずみ曲線の曲線下面積で表される抗張積が100MPa・%以上である電池用絶縁部材。
(4)(1)~(3)のいずれかに記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる、標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、23℃、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験において、引張破断伸びが3.0%以上である電池用絶縁部材。
(5)(1)~(4)のいずれかに記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物を射出成形して得られる標線間中央部にウェルド部が形成された試験片の、80℃雰囲気下での引張試験時において、引張強さが45MPa以上である電池用絶縁部材。
(6)(1)~(5)のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物が(a)PPS樹脂100重量部に対して、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の含有量が1重量部未満である電池用絶縁部材。
(7)(1)~(6)のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物の溶融粘度(測定条件は温度320℃、剪断速度2432/s)が250Pa・s以下である電池用絶縁部材。
(8)(1)~(7)のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物のゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)の測定から得られる分子量分布において、ポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より早く検出される成分の割合が0.4~8.5%であり、かつポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より遅く検出される成分の重量平均分子量が50000~95000である電池用絶縁部材。
(9)(1)~(8)のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、前記樹脂組成物中の(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂の割合が95重量%以上である電池用絶縁部材。
(10)(1)~(9)のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材であって、ウェルドラインを有する電池用絶縁部材。
(11)(1)~(10)のいずれか1項に記載の電池用絶縁部材の製造方法であって、前記樹脂組成物を射出成形する電池用絶縁部材の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、優れた耐フッ化水素酸性、耐薬品性、耐かしめ性、ウェルド部の靱性、および耐熱性を兼ね備えたポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる電池用絶縁部材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】耐かしめ性の評価に用いた成形品の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0014】
(1)(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂
本発明で用いられる(a)PPS樹脂は、下記構造式で示される繰り返し単位を有する重合体であり、
【0015】
【0016】
耐熱性の観点からは上記構造式で示される繰り返し単位を含む重合体を70モル%以上、更には90モル%以上含む重合体が好ましい。また(a)PPS樹脂はその繰り返し単位の30モル%未満程度が、下記の構造を有する繰り返し単位等で構成されていてもよい。
【0017】
【0018】
かかる構造を一部有するPPS共重合体は、PPSの一般的な融点である280℃に対して融点が低くなるため、このような樹脂組成物は成形加工性の点で有利となる。
【0019】
本発明で用いられる(a)PPS樹脂の重量平均分子量に特に制限はないが、より優れた機械物性を得る意味から重量平均分子量は30000~150000が好ましく、40000~130000が更に好ましく、45000~110000がより好ましく、50000~90000がより好ましい。重量平均分子量が小さい場合は、PPS樹脂自体の機械物性が低下するため、30000以上が好ましい。一方、重量平均分子量が150000を超える場合には、溶融粘度が著しく大きくなるため、成形加工において好ましくない傾向である。
【0020】
なお、本発明における重量平均分子量は、センシュー科学製ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて、ポリスチレン換算で算出した値である。
【0021】
以下に、本発明に用いる(a)PPS樹脂の製造方法について説明するが、上記特性を有する(a)PPS樹脂が得られれば下記方法に限定されるものではない。
【0022】
まず、製造方法において使用するポリハロゲン化芳香族化合物、スルフィド化剤、重合溶媒、分子量調節剤、重合助剤および重合安定剤の内容について説明する。
【0023】
[ポリハロゲン化芳香族化合物]
ポリハロゲン化芳香族化合物とは、1分子中にハロゲン原子を2個以上有する化合物をいう。具体例としては、p-ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼン、o-ジクロロベンゼン、1,3,5-トリクロロベンゼン、1,2,4-トリクロロベンゼン、1,2,4,5-テトラクロロベンゼン、ヘキサクロロベンゼン、2,5-ジクロロトルエン、2,5-ジクロロ-p-キシレン、1,4-ジブロモベンゼン、1,4-ジヨードベンゼン、1-メトキシ-2,5-ジクロロベンゼンなどのポリハロゲン化芳香族化合物が挙げられ、好ましくはp-ジクロロベンゼンが用いられる。また、カルボキシル基の導入を目的に、2,4-ジクロロ安息香酸、2,5-ジクロロ安息香酸、2,6-ジクロロ安息香酸、3,5-ジクロロ安息香酸などのカルボキシル基含有ジハロゲン化芳香族化合物、およびそれらの混合物を共重合モノマーとして用いることも好ましい態様の1つである、また、異なる2種以上のポリハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて共重合体とすることも可能であるが、p-ジハロゲン化芳香族化合物を主要成分とすることが好ましい。
【0024】
ポリハロゲン化芳香族化合物の使用量は、加工に適した粘度の(a)PPS樹脂を得る点から、スルフィド化剤1モル当たり0.9から2.0モル、好ましくは0.95から1.5モル、更に好ましくは1.005から1.2モルの範囲が例示できる。
【0025】
[スルフィド化剤]
スルフィド化剤としては、アルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
【0026】
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化ナトリウムが好ましく用いられる。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。
【0027】
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化ナトリウムが好ましく用いられる。これらのアルカリ金属水硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。
【0028】
また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物からアルカリ金属硫化物を調製し、これを重合槽に移して用いることができる。
【0029】
あるいは、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素からアルカリ金属硫化物を調製し、これを重合槽に移して用いることができる。
【0030】
仕込みスルフィド化剤の量は、脱水操作などにより重合反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
【0031】
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができ、アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0032】
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいが、この使用量はアルカリ金属水硫化物1モルに対し0.95から1.20モル、好ましくは1.00から1.15モル、更に好ましくは1.005から1.100モルの範囲が例示できる。
【0033】
[重合溶媒]
重合溶媒としては有機極性溶媒を用いるのが好ましい。具体例としては、N-メチル-2-ピロリドン、N-エチル-2-ピロリドンなどのN-アルキルピロリドン類、N-メチル-ε-カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミド、ジメチルスルホン、テトラメチレンスルホキシドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、およびこれらの混合物などが挙げられ、これらはいずれも反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでも、特にN-メチル-2-ピロリドン(以下、NMPと略記することもある)が好ましく用いられる。
【0034】
有機極性溶媒の使用量は、スルフィド化剤1モル当たり2.0モルから10モル、好ましくは2.25モルから6.0モル、より好ましくは2.5モルから5.5モルの範囲が選ばれる。
【0035】
[分子量調節剤]
生成する(a)PPS樹脂の末端を形成させるか、あるいは重合反応や分子量を調節するなどのために、モノハロゲン化合物(必ずしも芳香族化合物でなくともよい)を、上記ポリハロゲン化芳香族化合物と併用することができる。
【0036】
[重合助剤]
比較的高重合度の(a)PPS樹脂をより短時間で得るために重合助剤を用いることも好ましい態様の一つである。ここで重合助剤とは、得られる(a)PPS樹脂の粘度を増大させる作用を有する物質を意味する。このような重合助剤の具体例としては、例えば有機カルボン酸塩、水、アルカリ金属塩化物、有機スルホン酸塩、硫酸アルカリ金属塩、アルカリ土類金属酸化物、アルカリ金属リン酸塩およびアルカリ土類金属リン酸塩などが挙げられる。これらは単独であっても、また2種以上を同時に用いることもできる。なかでも、有機カルボン酸塩、水、およびアルカリ金属塩化物が好ましく、更に有機カルボン酸塩としてはアルカリ金属カルボン酸塩が、アルカリ金属塩化物としては塩化リチウムが好ましい。
【0037】
上記アルカリ金属カルボン酸塩とは、一般式R(COOM)n(式中、Rは、炭素数1~20を有するアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基またはアリールアルキル基である。Mは、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムから選ばれるアルカリ金属である。nは1~3の整数である。)で表される化合物である。アルカリ金属カルボン酸塩は、水和物、無水物または水溶液としても用いることができる。アルカリ金属カルボン酸塩の具体例としては、例えば、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、プロピオン酸ナトリウム、吉草酸リチウム、安息香酸ナトリウム、フェニル酢酸ナトリウム、p-トルイル酸カリウム、およびそれらの混合物などを挙げることができる。
【0038】
アルカリ金属カルボン酸塩は、有機酸と、水酸化アルカリ金属、炭酸アルカリ金属塩および重炭酸アルカリ金属塩よりなる群から選ばれる一種以上の化合物とを、ほぼ等化学当量ずつ添加して反応させることにより形成させてもよい。上記アルカリ金属カルボン酸塩の中で、リチウム塩は反応系への溶解性が高く助剤効果が大きいが高価であり、カリウム、ルビジウムおよびセシウム塩は反応系への溶解性が不十分であると思われるため、安価で、重合系への適度な溶解性を有する酢酸ナトリウムが最も好ましく用いられる。
【0039】
これらアルカリ金属カルボン酸塩を重合助剤として用いる場合の使用量は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、通常0.01モル~2モルの範囲であり、より高い重合度を得る意味においては0.1モル~0.6モルの範囲が好ましく、0.2モル~0.5モルの範囲がより好ましい。
【0040】
また水を重合助剤として用いる場合の添加量は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、通常0.3モル~15モルの範囲であり、より高い重合度を得る意味においては0.6モル~10モルの範囲が好ましく、1モル~5モルの範囲がより好ましい。
【0041】
これら重合助剤は2種以上を併用することももちろん可能であり、例えばアルカリ金属カルボン酸塩と水を併用すると、それぞれより少量で高分子量化が可能となる。
【0042】
これら重合助剤の添加時期には特に指定はなく、後述する前工程時、重合開始時、重合途中のいずれの時点で添加してもよく、また複数回に分けて添加してもよいが、重合助剤としてアルカリ金属カルボン酸塩を用いる場合は前工程開始時或いは重合開始時に同時に添加することが、添加が容易である点からより好ましい。また水を重合助剤として用いる場合は、ポリハロゲン化芳香族化合物を仕込んだ後、重合反応途中で添加することが効果的である。
【0043】
[重合安定剤]
重合反応系を安定化し、副反応を防止するために、重合安定剤を用いることもできる。重合安定剤は、重合反応系の安定化に寄与し、望ましくない副反応を抑制する。副反応の一つの目安としては、チオフェノールの生成が挙げられ、重合安定剤の添加によりチオフェノールの生成を抑えることができる。重合安定剤の具体例としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ土類金属水酸化物、およびアルカリ土類金属炭酸塩などの化合物が挙げられる。そのなかでも、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、および水酸化リチウムなどのアルカリ金属水酸化物が好ましい。上述のアルカリ金属カルボン酸塩も重合安定剤として作用する。また、スルフィド化剤としてアルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいことを前述したが、ここでスルフィド化剤に対して過剰となるアルカリ金属水酸化物も重合安定剤となり得る。
【0044】
これら重合安定剤は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。重合安定剤は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対して、通常0.02~0.2モル、好ましくは0.03~0.1モル、より好ましくは0.04~0.09モルの割合で使用することが好ましい。この割合が少ないと安定化効果が不十分であり、逆に多すぎても経済的に不利益であったり、ポリマー収率が低下したりする傾向となる。
【0045】
重合安定剤の添加時期には特に指定はなく、後述する前工程時、重合開始時、重合途中のいずれの時点で添加してもよく、また複数回に分けて添加してもよいが、前工程開始時或いは重合開始時に同時に添加することが容易である点からより好ましい。
【0046】
次に、本発明に用いる(a)PPS樹脂の好ましい製造方法について、前工程、重合反応工程、回収工程、および後処理工程と、順を追って具体的に説明するが、勿論この方法に限定されるものではない。
【0047】
[前工程]
(a)PPS樹脂の製造方法において、スルフィド化剤は通常水和物の形で使用されるが、ポリハロゲン化芳香族化合物を添加する前に、有機極性溶媒とスルフィド化剤を含む混合物を昇温し、過剰量の水を系外に除去することが好ましい。
【0048】
また、上述したように、スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで、あるいは重合槽とは別の槽で調製されるスルフィド化剤も用いることができる。この方法には特に制限はないが、望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温~150℃、好ましくは常温から100℃の温度範囲で、有機極性溶媒にアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を加え、常圧または減圧下、少なくとも150℃以上、好ましくは180~260℃まで昇温し、水分を留去させる方法が挙げられる。この段階で重合助剤を加えてもよい。また、水分の留去を促進するために、トルエンなどを加えて反応を行ってもよい。
【0049】
重合反応における、重合系内の水分量は、仕込みスルフィド化剤1モル当たり0.3~10.0モルであることが好ましい。ここで重合系内の水分量とは重合系に仕込まれた水分量から重合系外に除去された水分量を差し引いた量である。また、仕込まれる水は、水、水溶液、結晶水などのいずれの形態であってもよい。
【0050】
[重合反応工程]
有機極性溶媒中でスルフィド化剤とポリハロゲン化芳香族化合物とを200℃以上290℃未満の温度範囲内で反応させることにより(a)PPS樹脂を製造する。
【0051】
重合反応工程を開始するに際しては、望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温~240℃、好ましくは100℃~230℃の温度範囲で、有機極性溶媒とスルフィド化剤とポリハロゲン化芳香族化合物を混合する。この段階で重合助剤を加えてもよい。これらの原料の仕込み順序は、順不同であってもよく、同時であってもさしつかえない。
【0052】
かかる混合物を通常200℃~290℃未満の範囲に昇温する。昇温速度に特に制限はないが、通常0.01~5℃/分の速度が選択され、0.1~3℃/分の範囲がより好ましい。
【0053】
一般に、最終的には250~290℃未満の温度まで昇温し、その温度で通常0.25~50時間、好ましくは0.5~20時間反応させる。
【0054】
最終温度に到達させる前の段階で、例えば200℃~260℃で一定時間反応させた後、270℃~290℃未満に昇温する方法は、より高い重合度を得る上で有効である。この際、200℃~260℃での反応時間としては、通常0.25時間から20時間の範囲が選択され、好ましくは0.25時間~10時間の範囲が選ばれる。
【0055】
なお、より高重合度のポリマーを得るためには、複数段階で重合を行うことが有効である場合がある。複数段階で重合を行う際は、245℃における系内のポリハロゲン化芳香族化合物の転化率が、40モル%以上、好ましくは60モル%に達した時点であることが有効である。
【0056】
なお、ポリハロゲン化芳香族化合物(ここではPHAと略記)の転化率は、以下の式で算出した値である。PHA残存量は、通常、ガスクロマトグラフ法によって求めることができる。
【0057】
(A)ポリハロゲン化芳香族化合物をアルカリ金属硫化物に対しモル比で過剰に添加した場合
転化率=〔PHA仕込み量(モル)-PHA残存量(モル)〕/〔PHA仕込み量(モル)-PHA過剰量(モル)〕。
【0058】
(B)上記(A)以外の場合
転化率=〔PHA仕込み量(モル)-PHA残存量(モル)〕/〔PHA仕込み量(モル)〕。
【0059】
[回収工程]
(a)PPS樹脂の製造方法においては、重合終了後に、重合体、溶媒などを含む重合反応物から固形物を回収する。回収方法については、重合反応終了後、徐冷して粒子状のポリマーを回収する方法を採用することが必須である。この際の徐冷速度には特に制限は無いが、通常0.1℃/分~3℃/分程度である。徐冷工程の全工程において同一速度で徐冷する必要はなく、ポリマー粒子が結晶化析出するまでは0.1~1℃/分、その後1℃/分以上の速度で徐冷する方法などを採用してもよい。
【0060】
[後処理工程]
(a)PPS樹脂は、上記重合、回収工程を経て生成した後、酸処理、熱水処理、有機溶媒による洗浄、アルカリ金属やアルカリ土類金属処理を施されたものであってもよい。
【0061】
酸処理を行う場合は次のとおりである。(a)PPS樹脂の酸処理に用いる酸は、(a)PPS樹脂を分解する作用を有しないものであれば特に制限はなく、酢酸、塩酸、硫酸、リン酸、珪酸、炭酸およびプロピル酸などが挙げられ、なかでも酢酸および塩酸がより好ましく用いられるが、硝酸のような(a)PPS樹脂を分解、劣化させるものは好ましくない。
【0062】
酸処理の方法は、酸または酸の水溶液に(a)PPS樹脂を浸漬せしめるなどの方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。例えば、酢酸を用いる場合、pH4の水溶液を80~200℃に加熱した中にPPS樹脂粉末を浸漬し、30分間撹拌することにより十分な効果が得られる。処理後のpHは4以上、例えばpH4~8程度となってもよい。酸処理を施された(a)PPS樹脂は残留している酸または塩などを除去するため、水または温水で数回洗浄することが好ましい。洗浄に用いる水は、酸処理による(a)PPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を損なわない意味で、蒸留水、脱イオン水であることが好ましい。
【0063】
熱水処理を行う場合は次のとおりである。(a)PPS樹脂を熱水処理するにあたり、熱水の温度を100℃以上、より好ましくは120℃以上、更に好ましくは150℃以上、特に好ましくは170℃以上とすることが好ましい。100℃未満では(a)PPS樹脂の好ましい化学的変性の効果が小さいため好ましくない。
【0064】
熱水洗浄による(a)PPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を発現するため、使用する水は蒸留水あるいは脱イオン水であることが好ましい。熱水処理の操作に特に制限は無く、所定量の水に所定量の(a)PPS樹脂を投入し、圧力容器内で加熱、撹拌する方法、連続的に熱水処理を施す方法などにより行われる。(a)PPS樹脂と水との割合は、水が多い方が好ましいが、通常、水1リットルに対し、(a)PPS樹脂200g以下の浴比が選ばれる。
【0065】
また、処理の雰囲気は、末端基の分解が好ましくないので、これを回避するため不活性雰囲気下とすることが望ましい。更に、この熱水処理操作を終えた(a)PPS樹脂は、残留している成分を除去するため温水で数回洗浄するのが好ましい。
【0066】
有機溶媒で洗浄する場合は次のとおりである。(a)PPS樹脂の洗浄に用いる有機溶媒は、(a)PPS樹脂を分解する作用などを有しないものであれば特に制限はなく、例えばN-メチル-2-ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、1,3-ジメチルイミダゾリジノン、ヘキサメチルホスホラスアミド、ピペラジノン類などの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、スルホランなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、パークロルエチレン、モノクロルエタン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、パークロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒およびベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などが挙げられる。これらの有機溶媒のうちでも、N-メチル-2-ピロリドン、アセトン、ジメチルホルムアミドおよびクロロホルムなどの使用が特に好ましい。また、これらの有機溶媒は、1種類または2種類以上の混合で使用される。
【0067】
有機溶媒による洗浄の方法としては、有機溶媒中に(a)PPS樹脂を浸漬せしめるなどの方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。有機溶媒で(a)PPS樹脂を洗浄する際の洗浄温度については特に制限はなく、常温~300℃程度の任意の温度が選択できる。洗浄温度が高くなる程洗浄効率が高くなる傾向があるが、通常は常温~150℃の洗浄温度で十分効果が得られる。圧力容器中で、有機溶媒の沸点以上の温度で加圧下に洗浄することも可能である。また、洗浄時間についても特に制限はない。洗浄条件にもよるが、バッチ式洗浄の場合、通常5分間以上洗浄することにより十分な効果が得られる。また連続式で洗浄することも可能である。
【0068】
アルカリ金属、アルカリ土類金属処理する方法としては、上記前工程の前、前工程中、前工程後にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法、重合工程前、重合工程中、重合工程後に重合釜内にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法、あるいは上記洗浄工程の最初、中間、最後の段階でアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法などが挙げられる。中でももっとも容易な方法としては、有機溶剤洗浄や、温水または熱水洗浄で残留オリゴマーや残留塩を除いた後にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法が挙げられる。アルカリ金属、アルカリ土類金属は、酢酸塩、水酸化物、炭酸塩などのアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンの形でPPS中に導入するのが好ましい。また過剰のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩は温水洗浄などにより取り除く方が好ましい。上記アルカリ金属、アルカリ土類金属導入の際のアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン濃度としてはPPS1gに対して0.001mmol以上が好ましく、0.01mmol以上がより好ましい。温度としては、50℃以上が好ましく、75℃以上がより好ましく、90℃以上が特に好ましい。上限温度は特にないが、操作性の観点から通常280℃以下が好ましい。浴比(乾燥PPS重量に対する洗浄液重量)としては0.5以上が好ましく、3以上がより好ましく、5以上が更に好ましい。
【0069】
本発明においては、滞留安定性の優れたポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を得る観点から、有機溶媒洗浄と80℃程度の温水または前記した熱水洗浄を数回繰り返すことにより残留オリゴマーや残留塩を除いた後、酸処理もしくはアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩で処理する方法が好ましく、特にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩で処理する方法が更に好ましい。
【0070】
その他、(a)PPS樹脂は、重合終了後に酸素雰囲気下においての加熱および過酸化物などの架橋剤を添加しての加熱による熱酸化架橋処理により高分子量化して用いることも可能である。
【0071】
熱酸化架橋による高分子量化を目的として乾式熱処理する場合には、その温度は160~260℃が好ましく、170~250℃の範囲がより好ましい。また、酸素濃度は5体積%以上、更には8体積%以上とすることが望ましい。酸素濃度の上限には特に制限はないが、50体積%程度が限界である。処理時間は、0.5~100時間が好ましく、1~50時間がより好ましく、2~25時間が更に好ましい。加熱処理の装置は通常の熱風乾燥機でもよいし、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置であってもよいが、効率よく、しかもより均一に処理する場合は、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置を用いるのがより好ましい。
【0072】
また、熱酸化架橋を抑制し、揮発分除去を目的として乾式熱処理を行うことも可能である。その温度は130~250℃が好ましく、160~250℃の範囲がより好ましい。また、この場合の酸素濃度は5体積%未満、更には2体積%未満とすることが望ましい。処理時間は、0.5~50時間が好ましく、1~20時間がより好ましく、1~10時間が更に好ましい。加熱処理の装置は通常の熱風乾燥機でもよいし、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置であってもよいが、効率よく、しかもより均一に処理する場合は、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置を用いるのがより好ましい。
【0073】
但し、本発明の(a)PPS樹脂は、優れた靱性を発現する観点から、熱酸化架橋処理による高分子量化を行わない実質的に直鎖型のPPS樹脂であるか、軽度に酸化架橋処理した半架橋型のPPS樹脂であることが好ましく、実質的に直鎖型のPPS樹脂がより好ましい。また本発明では、溶融粘度の異なる複数の(a)PPS樹脂を混合して使用してもよい。
【0074】
本発明の(a)PPS樹脂は、(b)有機シラン化合物との反応性向上の観点から、カルボキシル基を25~400μmol/g含むことも好ましい態様として挙げられる。カルボキシル基含有量は25~250μmol/gが更に好ましく、30~150μmol/gが更に好ましく、30~80μmol/gが更に好ましい。PPS樹脂のカルボキシル基量が25μmol/gを下回る場合は、(b)有機シラン化合物との反応性が低下する傾向にあるため好ましくない。一方、PPS樹脂のカルボキシル基含有量が400μmol/gを超える場合は、加工工程における揮発成分量が増加するため好ましくない。
【0075】
(a)PPS樹脂中に、カルボキシル基を導入する方法としては、カルボキシル基を含むポリハロゲン化芳香族化合物を共重合する方法や、カルボキシル基を含む化合物、例えば無水マレイン酸、ソルビン酸などを添加して、(a)PPS樹脂と溶融混練しながら反応せしめることにより導入する方法などを例示できる。
【0076】
(2)(b)有機シラン化合物
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物には、(b)有機シラン化合物を配合することが必須である。有機シラン化合物の具体例としては、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリエトキシシランなどのメルカプト基含有アルコキシシラン化合物、γ-ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ-ウレイドプロピルトリメトキシシラン、γ-(2-ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシランなどのウレイド基含有アルコキシシラン化合物、γ-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルトリクロロシランなどのイソシアネート基含有アルコキシシラン化合物、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシランなどのアミノ基含有アルコキシシラン化合物などの有機シラン化合物を挙げることができ、中でも反応性の観点から、エポキシ基含有アルコキシシラン化合物、アミノ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアネート含有アルコキシシラン化合物が好ましく、イソシアネート基含有アルコキシシラン化合物が特に好ましい。反応性に優れることは、フッ化水素酸処理後の優れた靭性の発現に繋がることを意味する。
【0077】
かかる有機シラン化合物の添加量は、PPS樹脂組成物の合計100重量部に対して、0.2~5重量部が好ましく、特に0.2~3重量部が好ましい。更に0.2~2重量部が好ましい。有機シラン化合物の添加量を0.2重量部以上とすると、フッ化水素酸処理後の優れた靭性が十分に得られる上に、成形加工時のバリの発生や金型汚れの発生を抑制できる。有機シラン化合物の添加量を5重量部以下とすることで、靭性向上効果が得られながらも、ガス発生量を抑制できるため金型汚れが発生せず、溶融粘度の著しい増加も抑制できるため薄肉形状の電池用絶縁部材であっても、容易に射出成形が可能であり、好ましい。
【0078】
(3)(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物には、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の含有量が1重量部未満とすることが好ましい。
【0079】
例えば、ポリオレフィン単量体としてポリエチレンを配合すること、射出成形時の離型性が向上することで成形サイクルの短縮に繋がり、成形加工性の向上が期待できる。一方で、配合量を1重量部以上とした場合には、成形加工時のガスの発生や金型汚れに繋がるため好ましくない。ポリオレフィン単量体としては、ポリエチレンに加えて、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリイソブチレン、ポリペンテン、ポリメチルペンテンなどのアルケンの重合物が例示できる。
【0080】
また、一般に(a)PPS樹脂の靭性を改良する目的で、ポリオレフィン共重合体の一種である熱可塑性エラストマーを配合することが行われている。しかし、本発明においては、ポリオレフィン共重合体の配合を極力避けることが、良好な耐かしめ性や、ウェルド部での靱性、成形加工性を得る上で好ましい。ポリオレフィン共重合体は、PPS樹脂からなる海相に対し、島成分として存在するが、島成分となるPPS樹脂以外の樹脂成分の存在がウェルド部での密着性低下に寄与し、靱性の低下を招くと考えられるため、(c)成分の配合量は上記範囲にすることが好ましい。
【0081】
かかるポリオレフィン共重合体としては、エチレン-ブテン共重合体、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-ヘキセン共重合体、エチレン-オクテン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-アクリル酸メチル共重合体、エチレン-アクリル酸エチル共重合体、エチレン-グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン-ブチルアクリレート共重合体、エチレン-メチルアクリレート共重合体、エチレン-スチレン共重合体、エチレン-アクリル酸メチル-グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン-アクリル酸エチル-グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン-酢酸ビニル-グリシジルメタアクリレート共重合体等が例示できる。
【0082】
本発明で用いられるポリオレフィン共重合体は、(a)PPS樹脂との分子間の結合を形成する観点から反応性官能基を含有することも好ましい態様として挙げられる。
【0083】
ポリオレフィン共重合体が有する反応性官能基は特に限定されるものではなく、具体的にはビニル基、エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基、エステル基、アルデヒド基、カルボニルジオキシ基、ハロホルミル基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、水酸基、スチリル基、メタクリル基、アクリル基、ウレイド基、メルカプト基、スルフィド基、イソシアネート基、加水分解性シリル基などを例示できるが、中でも水酸基、エポキシ基、カルボキシル基、アミノ基、酸無水物基、イソシアネート基が好ましく、これら反応性官能基が2種以上含まれていてもよい。
【0084】
本発明において、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の含有量は、(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して、1重量部未満であるであることが好ましく、0.8重量部未満であることがより好ましく、0.5重量部未満であることが更に好ましい。またポリオレフィン共重合体を配合しないことが特に好ましい。ポリオレフィン共重合体の含有量が1重量部を超えると、PPS樹脂組成物の加熱溶融時の揮発性成分が増加し、耐電解液性や成形加工性の観点で好ましくない。
【0085】
(4)(d)その他の添加剤
更に、本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物には本発明の効果を損なわない範囲において、(a)PPS樹脂、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体以外の樹脂を添加配合してもよい。
【0086】
その具体例としては、ポリアミド、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリケトン、液晶ポリマー、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン-テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE))が例示できるが、これらに限定されるものではない。 かかる樹脂の添加量は、PPS樹脂組成物の合計100重量部に対して、15重量部未満が好ましく、10重量部未満がより好ましく、特に5重量部未満が好ましい。島成分となるPPS樹脂以外の樹脂成分の存在がウェルド部での密着性低下に寄与し、靱性の低下を招くと考えられるため、その他の樹脂の配合量は上記範囲にすることが好ましい。
【0087】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物には、(a)PPS樹脂100重量部に対して、リンのオキソ酸金属塩の配合量が0.01重量部未満であることが好ましく、0.005重量部未満であることがより好ましい。リンのオキソ酸金属塩の配合により、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の酸化分解を抑制し、成形加工時の金型汚れを抑制することできる一方で、配合量が0.01重量部以上であるとPPS樹脂組成物の溶融粘度が著しく増加するため、薄肉形状である電池用絶縁部材の成形加工においては好ましくないためである。リンのオキソ酸金属塩を含まないことが最も好ましい。
【0088】
リンのオキソ酸金属塩としては次亜リン酸、亜リン酸、リン酸、ホスフィン酸、ホスホン酸、二リン酸、三リン酸が挙げられる。具体的には次亜リン酸カリウム、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カルシウム、ホスフィン酸カリウム、ホスフィン酸ナトリウム、ホスフィン酸カルシウム、ホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸アルミニウム、ホスフィン酸亜鉛、ホスフィン酸マグネシウムなどが挙げられる。
【0089】
また、改質を目的として、以下のような化合物の添加が可能である。ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重縮合物、シリコーン系化合物などの離型剤、その他、水、滑剤、紫外線防止剤、着色防止剤、着色剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。上記化合物は何れも組成物全体の10重量部を超えると本発明のPPS樹脂組成物本来の特性が損なわれるため好ましくなく、5重量部以下、更に好ましくは1重量部以下の添加がよい。
【0090】
また、本発明においては、各樹脂間の相溶性を高める目的で相溶化剤を併用することが可能である。具体的には、エポキシ樹脂を例示できる。エポキシ樹脂の具体例としては、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、臭素化エポキシ樹脂、ビフェニル骨格やナフタレン骨格等を有する特殊骨格2官能エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型やトリスフェノールメタン型、ジシクロペンタジエン型等の多官能エポキシ樹脂などに代表されるグリシジルエーテル型エポキシ樹脂、芳香族アミン型やアミノフェノール型等に代表されるグリシジルアミン型エポキシ樹脂、ヒドロフタル酸型やダイマー酸型に代表されるグリシジルエステル型エポキシ樹脂を挙げることができる。
【0091】
かかるエポキシ樹脂の添加量は、PPS樹脂組成物の合計100重量部に対して、0.1~5重量部が好ましく、特に0.2~3重量部が好ましい。
【0092】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物には、必須成分ではないが、本発明の効果を損なわない範囲で無機フィラーを配合して使用することも可能である。かかる無機フィラーの具体例としてはガラス繊維、炭素繊維、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、チタン酸カリウムウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、炭酸カルシウムウィスカー、ワラステナイトウィスカー、硼酸アルミニウムウィスカ、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、石コウ繊維、金属繊維などの繊維状充填材、あるいはフラーレン、タルク、ワラステナイト、ゼオライト、セリサイト、マイカ、カオリン、クレー、パイロフィライト、シリカ、ベントナイト、アスベスト、アルミナシリケートなどの珪酸塩、酸化珪素、酸化マグネシウム、アルミナ、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化鉄などの金属化合物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイトなどの炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムなどの硫酸塩、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウムなどの水酸化物、ガラスビーズ、ガラスフレーク、ガラス粉、セラミックビーズ、窒化ホウ素、炭化珪素、カーボンブラックおよびシリカ、黒鉛などの非繊維状充填材が用いられ、なかでもガラス繊維、シリカ、炭酸カルシウムが好ましく、更に炭酸カルシウムやシリカが、防食材、滑材の効果の点から特に好ましい。またこれらの無機フィラーは中空であってもよく、更に2種類以上併用することも可能である。また、これらの無機フィラーをイソシアネート系化合物、有機シラン系化合物、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物およびエポキシ化合物などのカップリング剤で予備処理して使用してもよい。中でも炭酸カルシウムやシリカ、カーボンブラックが、防食材、滑材としての観点から好ましい。
【0093】
かかる無機フィラーの配合量は、PPS樹脂組成物の合計100重量部に対して、30重量部未満の範囲が選択され、10重量部未満の範囲が好ましく、5重量部未満の範囲がより好ましく、1重量部以下の範囲が更に好ましい。下限は特に無いが0.0001重量部以上が好ましい。無機フィラーの配合は材料の強度向上に有効である反面、30重量部を超えるような配合は靱性の低下をもたらすため、好ましくない。
【0094】
(5)樹脂組成物の製造方法
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物を製造する方法としては、溶融状態での製造や溶液状態での製造等が使用できるが、簡便さの観点から、溶融状態での製造が好ましく用いられる。溶融状態での製造については、押出機による溶融混練や、ニーダーによる溶融混練等が使用できるが、生産性の観点から、連続的に製造可能な押出機による溶融混練が好ましく用いられる。押出機による溶融混練については、単軸押出機、二軸押出機、四軸押出機等の多軸押出機、二軸単軸複合押出機等の押出機を少なくとも1台使用できるが、混練性、反応性、生産性向上の点から、二軸押出機、四軸押出機等の多軸押出機が好ましく使用でき、二軸押出機による溶融混練が最も好ましい。
【0095】
溶融混練する更に具体的な方法としては、必ずしもこれに限定されるものでは無いが、L/D(L:スクリュー長さ、D:スクリュー直径)が10以上、好ましくは20以上であり、ニーディング部を2箇所以上、好ましくは3箇所以上有する二軸押出機を使用することが好ましい。L/Dの上限については特に制限しないが、60以下が経済性の観点から好ましい。また、ニーディング部の数の上限についても特に制限しないが、生産性の観点から10箇所以下であることが好ましい。スクリュー全長に対するニーディング部の割合は、15%以上が好ましく、20%以上がより好ましく、30%以上が更に好ましい。スクリュー全長に対するニーディング部の割合が15%を下回る場合は、混練力が劣るため、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の数平均分散径が粗大化し、所望の物性も発現し難い。一方、スクリュー全長に対するニーディング部の割合の上限については、混練時の過剰な剪断発熱の発生による樹脂の劣化を防ぐ観点から、70%以下が好ましい。
【0096】
スクリュー回転数については150~1000回転/分、好ましくは300~1000回転/分、より好ましくは350~800回転/分の条件で混練する方法が好ましい。スクリュー回転数が150回転/分を上回る場合は、混練力が十分であるため、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体の数平均分散径が微細化し、所望の靭性の発現に繋がる。(b)有機シラン化合物を添加した場合も反応が十分に起こるため、所望の靭性、金型汚れ性の発現に繋がる。スクリュー回転数が1000回転/分を上回る場合は、混練時の過剰な剪断発熱による樹脂や添加剤の劣化が発生し、靭性の低下や金型汚れ性の低下、溶融粘度の低下によるバリの発生などの成形加工性の低下にも繋がるため好ましくない。また、この範囲内でスクリュー回転数を大きく設定することで、靭性を維持しながら溶融粘度を小さくすることができるため、薄肉形状である電池用絶縁部材の射出成形時の流動性が向上し、成形加工性の観点で好ましい傾向である。
【0097】
好ましいシリンダー温度(℃)の範囲は、(a)PPS樹脂の融点である250~280℃に対して、+5~100℃の温度範囲が望ましく、具体的には280~400℃の範囲であり、280~360℃の範囲がより好ましく、280~330℃の範囲が更に好ましい。
【0098】
溶融混練する際の原料の混合順序については特に制限されるものではないが、全ての原材料を配合後上記の方法により溶融混練する方法、一部の原材料を配合後上記の方法により溶融混練し、これと更に残りの原材料を配合し溶融混練する方法、あるいは一部の原材料を配合後、2軸の押出機により溶融混練中にサイドフィーダーを用いて残りの原材料を混合する方法など、いずれの方法を用いてもよい。
【0099】
(6)PPS樹脂組成物
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物は、射出成形して得られる試験片(ISO527-2-1A)を、フッ化水素酸(50%水溶液)に60℃条件下で500時間浸漬した後の引張試験(ISO527-1、2)において、引張破断伸びが5%以上であることを特徴とする(実験条件は、23℃、引張速度50mm/min、チャック間距離114mmとする)。6%以上がさらに好ましく、7%以上がより好ましい。試験片のフッ化水素酸浸漬後の引張試験の引張破断伸びが5%以上であることは、PPS樹脂組成物からなる電池用絶縁部材の、フッ化水素酸への耐性が優れることを意味し、電池用絶縁部材の実用時に生じるフッ化水素酸に晒されても材料の劣化を抑制でき、絶縁性を維持することができるため、安全性確保の観点から必須である。フッ化水素酸浸漬後の引張試験の引張破断伸びの上限については、高い値ほど好ましく、特に制限は無いが、実質的に上限は200%程度である。この様なフッ化水素酸浸漬後の引張破断伸びを有するPPS樹脂組成物を得るためには、PPS樹脂に対して有機シラン化合物を添加する方法や、有機シラン化合物以外のその他の成分を極力添加しない方法が好ましい方法として例示できる。
【0100】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物は、射出成形して得られる標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、23℃、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験(以降、このようなウェルド部を有する試験片を用いた引張試験を、ウェルド引張試験と表す場合がある)において、応力-ひずみ曲線の曲線下面積で表される抗張積が100MPa・%以上が好ましい。150MPa・%以上がさらに好ましく、200MPa・%以上がより好ましい。抗張積とは、引張試験での応力-ひずみ曲線の曲線下面積で表され、引張試験における破断点までのひずみ破壊エネルギーとして用いることができ、いわゆる靱性の指標となる。具体的には、例えば、応力-ひずみ曲線の曲線下の面積を、伸び率0.04%毎にその伸び状態での応力値を積分することで抗張積を算出できる。ウェルド引張試験の抗張積が100MPa・%以上であることは、ウェルド部分の靱性が優れることを意味し、電池用絶縁部材の形状とした場合は、電池製造時のかしめ工程での破損と、実使用時の破損を抑制し、絶縁性を維持することができるため、安全性確保の観点から好ましい。ウェルド引張試験の抗張積の上限については、高い値ほど好ましく特に制限は無いが、実質的に上限は1000MPa・%程度である。この様な抗張積を有するPPS樹脂組成物を得るためには、PPS樹脂に対して有機シラン化合物を添加する方法や、有機シラン化合物以外のその他の成分を極力添加しない方法が好ましい方法として例示できる。
【0101】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物は、射出成形して得られる標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、23℃、引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験において、引張破断伸び(%)が3.0%以上であり、4.0%以上が好ましく、5.0%以上がより好ましい。ウェルド引張試験での引張破断伸びが3.0%以上であることは、ウェルド部分の靱性が優れることを意味し、電池用絶縁部材の形状とした場合は、電池製造時のかしめ工程にて荷重を加え引き延ばされた際に破損が抑制されるので、生産工程での歩留まり向上や、実使用環境での安全性を確保する観点から好ましい。ウェルド引張試験の引張破断伸びの上限については、高伸度ほど好ましく、特に制限は無いが、実質的に上限は100%程度である。また、同試験における引張強さは、60MPa以上が好ましく、65MPa以上がより好ましく、70MPa以上が更に好ましい。ウェルド引張試験での引張強さが60MPa以上であることは、成形品中で最も脆弱となるウェルド部の破損を抑制できることを意味し、部材の設計において成形品の薄肉化や複雑化にも対応できるため好ましい。ウェルド引張試験の引張強さの上限については、高強度ほど好ましく、特に制限は無いが、実質的に上限は300MPa程度である。
【0102】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物は、射出成形して得られる標線間中央部にウェルド部が形成された厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mmの試験片の、80℃雰囲気での引張速度10mm/minの条件で測定した引張試験において、引張強さは45MPa以上であることが好ましく、50MPa以上がより好ましい。80℃雰囲気下でのウェルド引張試験における引張強さが45MPa以上であることは、電池の実使用時の高温環境においても電池用絶縁部材としての強度が保たれ、変形および破損を抑制できるため好ましい。80℃雰囲気下でのウェルド引張試験における引張強さの上限については、高強度ほど好ましく、特に制限は無いが、実質的に上限は200MPa程度である。
【0103】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物の溶融粘度(温度320℃、剪断速度2432/s)は250Pa・s以下が好ましく、200Pa・s以下がより好ましく、180MPa が更に好ましい。溶融粘度が250Pa・s以下であることは、薄肉形状である電池用絶縁部材の成形加工性の観点から好ましい。溶融粘度が250Pa・sを超えると、成形加工性の低下に繋がる。溶融粘度の下限については、成形加工時のバリの発生に繋がるため10Pa・s以上が好ましい。このような溶融粘度を有するPPS樹脂組成物を得るためには、特定の範囲の分子量を有するPPS樹脂を原料に用いることや、PPS樹脂と有機シラン化合物の溶融混練時に高回転速度で混練する方法が例示できる。
【0104】
また、本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物の流動性は、スパイラルフロー金型における流動長(1mm厚み、シリンダー温度320℃、金型温度140℃、射出速度230mm/sec、射出圧力98MPa、射出時間5sec、冷却時間15sec)が、100mm以上が好ましく、115mm以上がより好ましく、130mm以上が更に好ましい。この値が大きいほど、流動性に優れることを意味する。流動長が100mm以上であることは、薄肉形状である電池用絶縁部材の成形加工性の観点から好ましい。流動長が100mmを下回ると、成形加工性の低下に繋がる。流動長の上限については、高い値ほど好ましく、特に制限は無いが、実質的に上限は300mm程度である。
【0105】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物は、前記樹脂組成物のゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)の測定から得られる分子量分布において、ポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より早く検出される成分(以下、成分(X)とすることがある)の割合が0.4~8.5%でかつ、ポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より遅く検出される成分(以下、「成分(Y)」とすることがある)の重量平均分子量が50000~95000であることが好ましい。成分(X)の割合と成分(Y)の重量平均分子量を上記の範囲にすることで、電池用絶縁部材の優れた靭性の発現と、薄肉形状の成形加工に適した溶融粘度の発現の両立に繋がるため好ましい。成分(X)の割合は0.5~8.0%であることが好ましく、0.5~7.5%であることが更に好ましい。成分(Y)の重量平均分子量は60000~90000であることが好ましく、65000~85000であることが更に好ましい。成分(X)の割合と成分(Y)の重量平均分子量はいずれも押出機内の反応で得られる高分子量体の生成量の指標であり、成分(X)の割合が8.5%を上回ると、PPS樹脂と含有するPPS樹脂以外の成分との反応が過剰であるため、溶融粘度が著しく大きくなり、成形加工性の低下に繋がる。0.4%未満であると、所望の靭性の発現が困難であったり、成形加工時のバリの発生や低分子量成分による金型汚れの発生に繋がったりする。成分(Y)の重量平均分子量が50000未満であると、PPS樹脂組成物中のPPS樹脂の分子量が小さすぎることを意味し、所望の靭性の発現が難しく、95000を上回ると、PPS樹脂組成物中のPPS樹脂の分子量が大きすぎるため、溶融粘度が高いことを意味し、成形加工性の低下に繋がる。成分(X)の割合と成分(Y)の重量平均分子量を上記の範囲にするためには、PPS樹脂と有機シラン化合物との二軸押出機を用いた溶融混練において重量平均分子量が50000~90000のPPS樹脂を用いて、高回転速度で混練する方法が例示できる。
【0106】
ここで、「分子量750000に対応する溶出時間より早く検出される成分の割合」とは、GPC溶出曲線の全エリア面積を100%とした場合の、ポリスチレン換算の分子量750000以上の分子量を有する成分に相当するエリア面積の割合である。
【0107】
本発明の電池用絶縁部材を構成するPPS樹脂組成物は、PPS樹脂組成物中の(a)PPS樹脂の割合が95重量%以上であることが、ウェルド部の靱性と成形加工性の観点で好ましく、97重量%以上であることがより好ましく、98重量%以上であることが更に好ましい。
【0108】
(7)電池用絶縁部材
本発明のPPS樹脂組成物から構成される電池用絶縁部材は、1次または2次電池用の絶縁部材のことを指し、1次または2次電池における一対の端子間の内部短絡を防止するために用いられるものである。1次または2次電池としては、アルカリマンガン乾電池、ガルバニ電池、ニッケル系1次電池、リチウム電池、マンガン乾電池、水銀電池、全固体電池等の1次電池、鉛蓄電池、リチウム・空気電池、リチウムイオン2次電池、リチウムイオンポリマー2次電池、リン酸鉄リチウムイオン電池、リチウム・硫黄電池、ニッケル・カドミウム蓄電池、ニッケル・水素充電池、ニッケル・リチウム電池、ニッケル・亜鉛電池、全固体電池等の2次電池が挙げられる。
【0109】
電池用絶縁部材としては、絶縁板、ガスケット、端子ホルダー、ケース、絶縁リング、絶縁チューブ等が挙げられる。本発明のPPS樹脂組成物から構成される電池用絶縁部材は、射出成形等で生じるウェルド部においても優れた靱性を有するため、ウェルド部で破損が発生するリスクを大きく低減できるので、絶縁板、ガスケット、端子ホルダー、ケースへの適用が好ましく、内部短絡へ直結するリスクの観点から絶縁板への適用が特に好ましい例として挙げられる。
【0110】
本発明の電池用絶縁部材は、射出成形、押出成形、圧縮成形、吹込成形、射出圧縮成形など、各種成形手法により成形可能であるが、中でも射出成形が生産性の面から好ましい。ただし、射出成形にて電池用絶縁部材を成形した場合には、端子や蓋などをはめ込む開口部等に環状の溶融樹脂の流れが生じ、2つ以上の樹脂の流れが合流する部分にウェルドと呼ばれる脆弱部分が形成される。電池製造時には電池の正負極の端子と蓋およびガスケットや絶縁板を組み付ける嵌合の工程が設けられ、嵌合には接合部を打ち付けるまたは締め付けるいわゆる「かしめ工程」が用いられるが、射出成形法にて得たウェルド部分を有する絶縁板やガスケットを用いた場合には、嵌合時のかしめ工程における成形品への荷重によりウェルド部分に亀裂が生じ、絶縁板やガスケットの役割を果たさないおそれがある。この様な製造工程に対して、本発明は、電池用絶縁部材においてウェルド部分を有する場合には、該ウェルド部が引き延ばし等の変形に対して追随しても破損が生じない抗張積(ひずみ破壊エネルギー)の特性が重要であることを見出した。
【0111】
本発明のPPS樹脂組成物から構成される絶縁板などの絶縁部材は、耐かしめ性に優れることが好ましい。耐かしめ性の評価は以下の通りの方法で行うことができる。射出成形により
図1に示す開口部を有する電池用絶縁部材を射出成形し、ウェルドラインを中心線として、電池用絶縁部材を90度屈曲させた際の破損状況を以下の基準にて評価し、耐かしめ性の指標とする。10検体の評価を行った際に、破断および亀裂がゼロの水準は◎、破断はゼロおよび亀裂が1検体以上、3検体以下の水準は○、破断がゼロおよび亀裂が4検体以上、10検体以下の水準は△、1検体でも破断が生じた検体は×と判定する。
【0112】
本発明のPPS樹脂組成物から構成される電池用絶縁部材は、フッ化水素酸に対する耐性が優れる。フッ化水素酸に対する耐性の評価は以下の通り実施することができる。射出成形により試験片(ISO527-2-1A)を成形し、フッ化水素酸(50%水溶液)に60℃条件下で500時間浸漬した際の浸漬前後の重量変化率を以下の式により求め、評価する。重量変化率は、絶対値として算出し評価する。
重量変化率(%)=|(処理後の成形品重量-処理前の成形品重量)/処理前の重量|×100(%)
フッ化水素酸への浸漬前後の重量変化率は2%以下が好ましく、1.5%以下がさらに好ましく、1.2%以下がより好ましい。フッ化水素酸への浸漬前後の重量変化率が2%以下であることは、電池用絶縁部材の劣化抑制の観点から好ましい。フッ化水素酸への浸漬前後の重量変化率が2%を超える場合には、樹脂材料の劣化や分解または膨潤が生じ、電池用構造部材としての機械特性が低下することを意味し、好ましくない。フッ化水素酸への浸漬前後の重量変化率の下限については、変化量が小さいほど好ましく、特に制限は無いが、実質的に下限は0.001%程度である。
【実施例】
【0113】
以下に実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。ここで、実施例1~6が本発明の実施例であり、その他は参考実施例である。
【0114】
実施例および比較例において、(a)PPS樹脂、(b)有機シラン化合物、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体、(d)その他の添加物として以下のものを用いた。
【0115】
[(a)PPS樹脂(a-1、a-2)]
a-1:直鎖型PPS樹脂 重量平均分子量:70000、数平均分子量:23000、カルボキシル基量:33μmol/g、融点:280℃
a-2:直鎖型PPS樹脂 重量平均分子量:42000、数平均分子量:16000、カルボキシル基量:42μmol/g、融点:280℃
【0116】
[(b)有機シラン化合物(b-1、b-2、b-3)]
b-1:γ-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン(信越化学工業社製、KBE-9007N)。
b-2:γ-アミノプロピルトリエトキシシラン(信越化学工業社製、KBE-903)
b-3:2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン(信越化学工業社製、KBM-303)
【0117】
[(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体(c-1、c-2)]
c-1:ポリエチレン(プライムポリマー社製、PE7000FP)、融点130℃
c-2:エチレンーグリシジルメタクリレート共重合体(住友化学社製オレフィン樹脂、ボンドファーストE、融点103℃、MFR:3g/10分(190℃、21.2N荷重))、反応性官能基量:12重量%
【0118】
[(d)その他の添加物(d-1、d-2、d-3)]
d-1:ポリエーテルスルホン樹脂(住友化学社製、スミカエクセルSE4800G)、ガラス転移温度:225℃
d-2:ガラス繊維(日本電気硝子(株)社製T-747)、平均繊維直径13μm
d-3:ホスフィン酸ナトリウム一水和物(和光純薬工業社製)
以下の実施例において、材料特性については次の方法により評価した。
【0119】
[フッ化水素酸浸漬後の引張試験]
射出成形機(住友重機製:SE75DUZ)を用いてシリンダー温度320℃、金型温度140℃の条件でISO527-2-1Aに準拠した試験片を成形した。得られた試験片を、PFA容器内でフッ化水素酸(50%水溶液)に浸漬させ、60℃条件下で500時間処理した。浸漬処理した試験片に対して、雰囲気:23℃、引張速度:50mm/min、チャック間距離114mmの条件で引張試験(ISO527-1、2)を行い、引張破断伸び(呼びひずみ)を評価した。
【0120】
[ウェルド引張試験]
射出成形機(住友重機製:SE75DUZ)を用いて、シリンダー温度300℃、金型温度150℃の条件で射出成形し、両端にゲートを有し、中央部にウェルドを形成した引張ダンベル片(平行部形状:厚み1.6mm、幅6mm、標線間距離50mm)を得た。得られた試験片を用いて、温度23℃、引張速度:10mm/minの条件で引張試験を行い、引張破断伸び、引張強さ、および抗張積を評価した。抗張積は応力-ひずみ曲線の曲線下の面積を、伸び率0.04%毎に応力値を積分して算出した。
【0121】
[80℃でのウェルド引張試験]
上記ウェルド引張試験に用いたものと同様の方法で作製した引張ダンベル片について、温度80℃、引張速度:10mm/minの条件で引張試験を行い、引張強さを評価した。
【0122】
[溶融粘度]
PPS樹脂組成物の溶融粘度は、320℃、剪断速度2432/sの条件下、東洋精機製キャピログラフを用いて測定した値である。測定には、長さ10mm、口径1mmのキャピラリーを用いた。
【0123】
[GPC測定]
ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて、ポリスチレン換算で算出したPPS樹脂組成物およびPPS樹脂の重量平均分子量と数平均分子量、およびPPS樹脂組成物のポリスチレン換算の分子量750000に対応する溶出時間より早く検出される成分(X)の割合と、分子量750000に対応する溶出時間より遅く検出される成分(Y)の重量平均分子量を求めた。、GPCの測定条件を以下に示す。
装置:SSC-7110(センシュー科学)
カラム名:Shodex UT806M×2
溶離液:1-クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL(スラリー状:約0.2重量%)。
【0124】
[PPS樹脂のカルボキシル基量]
PPS樹脂のカルボキシル基含有量は、フーリエ変換赤外分光装置(以下、FT-IRと略す)を用いて算出した。
【0125】
まず、標準物質として安息香酸をFT-IRにて測定し、ベンゼン環のC-H結合の吸収である3066cm-1のピークの吸収強度(b1)とカルボキシル基の吸収である1704cm-1のピークの吸収強度(c1)を読み取り、ベンゼン環1単位に対するカルボキシル基量(U1)、(U1)=(c1)/[(b1)/5]を求めた。次に、PPS樹脂を320℃にて1分間溶融プレスした後、急冷して得られた非晶フィルムのFT-IR測定を行った。3066cm-1の吸収強度(b2)と1704cm-1の吸収強度(c2)を読み取り、ベンゼン環1単位に対するカルボキシル基量(U2)、(U2)=(c2)/[(b2)/4]を求めた。PPS樹脂1gに対するカルボキシル基含有量を以下の式から算出した。
PPS樹脂のカルボキシル基量(μmol/g)=(U2)/(U1)/108.161×1000000。
【0126】
[流動性(スパイラルフロー)]
1mm厚みのスパイラルフロー金型を用いて、シリンダー温度320℃、金型温度140℃、射出速度230mm/sec、射出圧力98MPa、射出時間5sec、冷却時間15secの条件で成形し、流動長測定を行なった(使用射出成形機:住友重機製”SE-30D”)。
【0127】
[耐かしめ性]
シリンダー温度:320℃、金型温度:130℃、射出速度:100mm/sとして、充填時間が0.4秒となるよう、射出圧力を50~80MPa内で設定して射出成形を行い(使用成形機:住友重機械工業製“SE75DUZ-C250”)、
図1に示す開口部を有する電池用絶縁部材(サイズ;長さ:55mm、幅:20mm、厚み:2mm、開口部サイズ:6mmφ、ウェルドライン:2mm)を得た。
【0128】
得られた電池用絶縁部材のウェルドラインを中心線として、電池用絶縁部材を90度屈曲させた際の破損状況を以下の基準にて評価した。10検体の評価を行った際に、破断および亀裂がゼロの水準は◎、破断はゼロおよび亀裂が1検体以上、3検体以下の水準は○、破断がゼロおよび亀裂が4検体以上、10検体以下の水準は△、1検体でも破断が生じた検体は×と判定した。
【0129】
[耐フッ化水素酸性(フッ化水素酸浸漬前後の重量変化率)]
射出成形機(住友重機製:SE75DUZ)を用いてシリンダー温度320℃、金型温度140℃の条件でISO527-2-1Aに準拠した成形品を成形した。得られた成形品の重量を測定し、処理前の重量とした。その後、成形品をPFA容器内でフッ化水素酸(50%水溶液)に浸漬させ、60℃条件下で500時間処理した。処理後、表面の水溶液を除去した後、成形品の重量を測定し、処理後の重量とした。重量変化率は、(処理後の成形品重量-処理前の成形品重量)/処理前の重量×100(%)の絶対値として算出した。
【0130】
[実施例1~4、6~8、比較例1、3~7]
(a)PPS樹脂、(b)有機シラン化合物、(c)オレフィン成分を80wt%以上含むポリオレフィン単量体またはポリオレフィン共重合体、(d)その他の添加物を表1に示す割合でドライブレンドした後、真空ベントを具備した日本製鋼所製TEX30α型二軸押出機(30mmφ、L/D=45)を用い、スクリューアレンジをニーディング部3箇所、スクリュー全長に対するニーディング部の割合を30%とし、シリンダー温度は320℃、スクリュー回転数を300rpmに設定して溶融混練した。この条件による溶融混練方法をAとする。その後、ストランドカッターによりペレット化した。得られたペレットを130℃で一晩乾燥した後、溶融粘度、GPCの測定に用いた。また得られたペレットを射出成形に供し、フッ化水素酸浸漬試験、ウェルド特性、成形性、耐かしめ性の評価を行った。結果は表1および表2に示す通りであった。
【0131】
[実施例5]
スクリュー回転数を500rpmに設定して溶融混練した以外は、実施例1と同様の条件にて溶融混練し、樹脂組成物ペレットを得、各種特性評価を行った。この条件による溶融混練方法をBとする。結果は表1に示す通りであった。
【0132】
[比較例2]
スクリュー全長に対して45%の位置にサイドフィーダーを設置し、サイドフィーダーを用いてガラス繊維を投入した以外は、実施例1と同様の条件にて溶融混練し、樹脂組成物ペレットを得、各種特性評価を行った。この条件による溶融混練方法をCとする。結果は表2に示す通りであった。
【0133】
【0134】
【0135】
上記実施例と比較例の結果を比較して説明する。
【0136】
実施例1~8では、(a)PPS樹脂と(b)有機シラン化合物を含有するPPS樹脂組成物とすることで、フッ化水素酸浸漬処理後において優れた引張破断伸びと、実用特性であるフッ化水素酸浸漬処理前後の重量変化の小ささを発現した。また、ウェルド引張試験でも優れた抗張積が発現し、特に比較例に比べてウェルド部の引張破断伸びが向上する傾向が見られた。実施例は、ウェルド部の特性が優れているため、絶縁部材として耐かしめ性が良好な結果であった。
【0137】
(C)オレフィン系共重合体やその他の添加物を添加した実施例3、4は、実施例1、2に比較して、フッ化水素酸処理前後の重量変化が大きくなる傾向が見られた。また、ウェルド引張試験での抗張積およびウェルド引張破断伸びが低下し、耐かしめ性が低下する傾向であった。
【0138】
一方、比較例1~6はいずれもフッ化水素酸浸漬処理後の引張破断伸びが小さく、耐フッ化水素酸性に劣る結果を示した。比較例2は浸漬処理後に試験片の形状をとどめなかったため測定できなかった。
【0139】
また、比較例1~6はいずれもウェルド引張試験での抗張積が100MPa・%以下と小さく、靱性も低く、耐かしめ性試験においてはいずれも成形品が破断する結果となった。このような結果となった理由について、比較例1では有機シラン化合物を用いなかったためと推定される。比較例2ではガラス繊維を用いたため、極端に靱性が低下した。分子量の低いPPS樹脂を用いた比較例3~5は、GPC測定での成分(X)の割合が低く、成分(Y)の重量平均分子量も小さい結果となった。有機シラン化合物を0.1重量部配合した比較例5は、有機シラン化合物の添加効果がほとんど見られなかった。一方、有機シラン化合物を10重量部配合した比較例7は樹脂組成物が著しく増粘し、射出成形により成形品を成形することができなかった。
【符号の説明】
【0140】
1.耐かしめ性評価用成形品
2.ゲート
3.開口部
4.ウェルドライン