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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】微生物の糖鎖型判別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20241210BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20241210BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N27/62 V
C12Q1/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020198354
(22)【出願日】2020-11-30
(65)【公開番号】P2022086390
(43)【公開日】2022-06-09
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(74)【代理人】
【識別番号】100173532
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 彰文
(72)【発明者】
【氏名】寺本 華奈江
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-090228(JP,A)
【文献】特開2018-044803(JP,A)
【文献】藤原永年,非結核性抗酸菌症における臨床分離株の血清型分布と糖ペプチド脂質の構造,手塚山大学現代生活学部紀要,日本,2015年,Vol.11,Page.1-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 27/60-27/70
G01N 27/92
C12Q 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)微生物を含有する被検試料を精密質量情報が取得可能な質量分析計を用いて質量分析することにより質量スペクトルを取得し、質量スペクトルに検出された各ピークの質量情報を取得する質量分析工程、
(2)想定される微生物の糖鎖構造の繰り返し単位化学構造に基づき、質量分析法により得られた分析結果の解析により微生物の血清型を判別する判別工程と、
(3)前記判別工程から判別された結果を血清型に対応して異なる位置にバンドが表示される表示形式で表示する表示工程、
とを含む微生物の血清型判別方法であって、
前記判別工程は、
(i)前記想定される微生物の糖鎖構造の繰り返し単位化学構造に基づき、想定される各微生物に対して繰り返し質量情報を指定する繰り返し質量情報指定工程、
(ii)前記質量分析工程で得られた各ピークの質量情報に対して、前記指定された各繰り返し質量情報に基づき、繰り返し単位質量の整数変換係数を乗じるKendrick質量変換演算処理を行い、各ピークのKM値を取得するKM値取得工程、
(iii)前記KM値からNKM値を求めるNKM値取得工程、
(iv)前記NKM値とKM値からKMD値を取得するKMD値取得工程、前記NKM値を前記繰り返し単位の整数値で割り算して得られた値の余りの値であるRKM値の情報を取得するRKM値取得工程、
(v)前記質量分析工程で得られた各ピークについて、前記NKM値と繰り返し単位の整数質量との各組合せにより得られた前記RKM値とKMD値を二次元平面にプロットする解析工程、および
(vi)前記解析工程で、前記KMD値が特定の前記RKM値に対してのみ分布するような、繰り返し単位質量の整数変換係数を選定する選定工程
を含み、
前記選定工程で選定された繰り返し単位質量の整数変換係数から、糖鎖構造の単位化学構造に基づき微生物の血清型を判別し、
前記選定工程では、想定される各種糖鎖の繰り返し単位質量の変換係数が試料の糖鎖構造解析に適しているかどうかをプロット分散パターンに基づき学習させた学習モデルを取得し、係る学習モデルを用いて得られたRKM値とKMD値からなる2次元プロットを判別し、特定のRKM値に対してのみKMD値が分布する血清型を判別する、微生物の血清型判別方法。
【請求項2】
前記解析工程で、x軸にRKM値、y軸にKMD値をプロットする請求項1に記載の血清型判別方法。
【請求項3】
前記解析工程で、特定のRKM値に対して複数のKMD値が群を生成し、y軸に平行な複数の直線上にすべての点が並ぶか否かを判定し、その結果を出力することを特徴とする請求項2に記載の血清型判別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の糖鎖型判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品を摂取した際に、種々の原因により中毒を起こすことを食中毒といい、このうち細菌が原因となる食中毒を細菌性食中毒と呼ぶ。細菌性食中毒の件数は食中毒全体の約70~90%を占めており、細菌性食中毒の原因となる細菌として、サルモネラ、腸管出血性大腸菌等、数多くの細菌が知られている。
【0003】
例えば腸管出血性大腸菌の感染症は、ベロ毒素を産生するO157のような大腸菌の感染によって引き起こされ、その症状は消化器症状が主体となる。典型的な症状としては、吐き気や腹痛を起こし、下痢を伴うことが多い。したがって、このような症状が発症し食中毒の可能性がある場合、その原因を特定し、細菌が原因である場合には、その細菌を迅速かつ正確に特定することは患者の治癒とともに二次感染の予防のために極めて重要である。
【0004】
病原となる細菌を特定するための方法としては、免疫学的検査と遺伝子検査の二つの方法が知られている。
細菌やウィルスなどの微生物に感染すると、体内では微生物の構成成分や関連毒素、代謝物質などが抗原刺激となり、微生物に対する抗体が作られる。すなわち感染者の体内には微生物関連抗原と、それらに対する抗体が存在する。免疫学的検査とは抗原抗体反応を利用して、体内に存在する抗原や抗体を検出することにより、 直接的あるいは間接的に細菌等の存在を調べる方法である(例えば特許文献1)。
【0005】
一方、遺伝学的検査としては、PCR を基礎とするマルチプレックス PCR 法(E.coli O-genotyping PCR)およびwzx/wzyとwzm/wztの配列セットを用いたBLAST 検索による方法(SerotypeFinder)が知られている(例えば非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-304275号公報
【文献】特開201790228号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】日本細菌学雑誌 71(4):209-215,2016
【文献】J.Am.Soc.Mass Spectrom.25:1346-1355(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら免疫学的検査では偽陰性や偽陽性という結果が得られることは避けられない。特に、感染症検査ではこの偽陰性や偽陽性の結果が患者にとって重大な事態を招くことにもなりかねない。
また遺伝子検査においてはゲノム情報がまだ十分に明らかになっていない場合もある。
【0009】
一方、質量分析法により、単位化学構造を有する高分子を測定し、得られた質量分析の結果から、単位化学構造および末端の構造を解析する手法が提案されている(例えば非特許文献2および特許文献2)。細菌は単位化学構造を有する糖鎖を有していることから、細菌の糖鎖を質量分析することにより、従来の免疫学的検査では避けることができない偽陰性や偽陽性の結果を排除することが可能となる。
【0010】
しかしながら、質量分析に精通した分析者でないと、質量分析の結果の解析は難しく、その結果から簡単に細菌等の血清型を識別する方法が求められていた。
【0011】
本発明者らは、質量分析法により得られた分析結果を解析することで、病原となる細菌等の微生物の糖鎖のくり返し構造を明らかにし、抗原抗体反応に依らず、直接、細菌の血清型を特定し、その結果を分かりやすく表示する血清型判別方法を見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち本発明は
(1)微生物を含有する被検試料を精密質量情報が取得可能な質量分析計を用いて質量分析することにより質量スペクトルを取得し、質量スペクトルに検出された各ピークの質量情報を取得する質量分析工程、
(2)想定される微生物の単位化学構造に基づき、微生物の血清型を判別する判別工程と、
(3)前記判別工程から判別された結果を血清型に対応して異なる位置にバンドが表示される表示形式で表示する表示工程、
とを含む微生物の血清型判別方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、質量分析法により得られた分析結果の解析により、病原となる細菌等の微生物の糖鎖のくり返し構造を明らかにし、抗原抗体反応に依らず、直接、細菌の血清型を特定するとともに、その結果を分かりやすく表示することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の血清型判別方法の工程を示す模式図である。
図2】本発明において、選定工程の好ましい一形態を示す模式図である。
図3】被検試料に含まれていた微生物のMALDIマススペクトルである。
図4】実施例において、被検試料に含まれていた微生物の血清型をO26と仮定して得られる単位化学構造を用いてRKM値に対してKMD値をプロットした図である。
図5】実施例において、被検試料に含まれていた微生物の血清型をO103と仮定して得られる単位化学構造を用いてRKM値に対してKMD値をプロットした図である。
図6】実施例において、被検試料に含まれていた微生物の血清型をO111と仮定して得られる単位化学構造を用いてRKM値に対してKMD値をプロットした図である。
図7】実施例にて得られた被検試料に含まれていた微生物の血清型をO157と仮定して得られる単位化学構造を用いてRKM値に対してKMD値をプロットした図である。Kendrick質量情報KMが特定の前記RKMに対してのみ分布している。
図8】本発明において表示形式の一つを表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
微生物とは、肉眼でその存在が判別できず、顕微鏡などによって観察できる程度以下の大きさの生物を一般に指すが、本発明の血清型判別方法はこのような微生物の中でも、真正細菌、古細菌、真核生物に好適に適用できる。なかでも大腸菌のような真正細菌に本発明の血清型判別方法を適用することで、食中毒等の診断に有効に活用することができる。
【0016】
大腸菌の多くは無害であるが、特に強い病原性を示すものは病原性大腸菌とよばれる。病原性大腸菌には、腸管病原性大腸菌、腸管侵入性大腸菌、毒素原性大腸菌、腸管出血性大腸菌、腸管拡散付着性大腸菌、腸管凝集性大腸菌等の腸管内での病気の原因となる腸管内病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)と、尿路病原性大腸菌、髄膜炎/敗血症起因大腸菌等の腸管外での病気の原因となる腸管外病原性大腸菌がある。
【0017】
本発明の血清型判別方法は、前記病原性大腸菌のなかでも腸管出血性大腸菌に好適に適用することができる。腸管出血性大腸菌は、ベロ毒素を産生する大腸菌であり、例えば、O抗原として、O1、O2、O5、O18、O25、O26、O55、O74、O91、O103、O104、O105、O111、O113、O114、O115、O117、O118、O119、O121、O128、O143、O145、O153、O157、O161、O165、O172が挙げられ、中でもO26、O103、O111、O157に対して、本発明の血清型判別方法を好適に適用することができる。
【0018】
本発明の血清型判別方法は図1に模式的に示したように、前記微生物を含有する被検試料を、精密質量情報が取得可能な質量分析計を用いて質量分析することにより質量スペクトルを取得し、質量スペクトルに検出される各ピークの質量情報を取得する質量分析工程を含む。
【0019】
質量情報が取得可能な質量分析計は、例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)と飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry)とを組み合わせた、MALDI-TOFMSによる質量分析計が挙げられる。MALDI-TOFMSによる質量分析計として、島津製作所製のAXIMA(商標登録)シリーズが挙げられる。
【0020】
前記精密質量情報が取得可能な質量分析計を用いて、微生物を含有する被検試料の質量分析が行われ、質量スペクトルデータを取得し質量スペクトルデータに出現する各ピークの精密質量情報が取得される。
【0021】
本発明の血清型判別方法は前記質量分析工程に続き、想定される微生物の単位化学構造に基づき、微生物の血清型を判別する判別工程、および前記判別工程から判別された結果を血清型に対応して異なる位置にバンドが表示される表示形式で表示する表示工程を含む。
【0022】
前記判別工程は、以下の(i)から(vi)の工程を経て検体試料中の微生物の血清型を判別するのが好ましい。
(i)前記想定される微生物の単位化学構造に基づき、想定される各微生物に対して繰り返し質量情報を指定する繰り返し質量情報指定工程、
(ii)前記質量分析工程で得られた各ピークの質量情報に対して、前記指定された各繰り返し質量情報に基づき、繰り返し単位質量の整数変換係数を乗じるKendrick質量変換演算処理を行い、各ピークのKM値を取得するKM値取得工程、
(iii)前記KM値からNKM値を求めるNKM値取得工程、
(iv)前記NKM値とKM値からKMD値を取得するKMD値取得工程、
前記整数NKM値を前記繰り返し単位の整数値で割り算して得られた値の余りの値RKM値の情報を取得するRKM値取得工程、
(v)前記質量分析工程で得られた各ピークについて、前記NKM値と繰り返し単位の整数質量との各組合せにより得られた前記RKM値とKMD値を二次元平面にプロットする解析工程、および
(vi)前記解析工程で、前記KMD値が特定の前記RKM値に対してのみ分布するような、繰り返し単位質量の整数変換係数を選定する選定工程
前記(1)から(6)の工程を経て、前記選定工程で選定された繰り返し単位質量の整数変換係数から、糖鎖構造の単位化学構造に基づき微生物の血清型を判別される。
【0023】
前記繰り返し質量情報指定工程では、想定される微生物の単位化学構造に基づき、想定される各微生物に対して繰り返し質量情報を指定する繰り返し質量情報指定工程が行われる。微生物が有する糖鎖は血清型により種類が異なる構成糖からなるくり返し構造が存在する。したがって、想定される各微生物に対して、予め想定される微生物の糖鎖から決定される繰り返し質量情報が指定される。
【0024】
例えば、腸管出血性大腸菌の代表的な血清型に対して、下表1のような繰り返し質量情報が得られる。
【0025】
【表1】
【0026】
繰り返し質量情報指定工程において、前記得られた繰り返し質量情報を各血清型および糖の種類に対して指定する。
【0027】
前記KM値取得工程にて、前記質量分析工程で得られた各ピークの精密質量情報に対して、前記指定された各繰り返し質量情報に基づき、Kendrick質量変換演算処理を行い、各ピークのKM値が取得される。
【0028】
Kendrick質量変換演算処理とは、メチレン基(CH)単位の繰り返し構造を持つ飽和炭化水素の元素組成解析を行うためにKendrick氏等により提案されたものである。繰り返し単位がCHの場合、CHのIUPAC質量スケールの精密質量(理論値:14.01565)をKendrick質量(KM)=14と定義され、マススペクトルに出現した各ピークの観測精密質量(観測(IUPAC)質量)は次式に従ってKendrick mass(KM値)に変換される。
KM値=観測(IUPAC)質量×14.00000/14.01565
【0029】
繰り返し単位構造はCHに限られず、例えば試料がポリマーの場合には、モノマーを単位構造とすることができる。従って前記式は、一般的には、
KM=各ピークの観測(IUPAC)質量×単位構造の整数質量/単位構造のIUPAC質量・・・・(1)
と表される。以下、「単位構造の整数質量/単位構造のIUPAC質量」を「繰り返し単位質量の整数変換係数」と称する場合がある。
【0030】
前記繰り返し質量情報指定工程において指定された、想定される微生物の糖鎖の繰り返し質量情報に基づき、前記質量分析工程で得られた質量スペクトルデータに出現する各ピークに対して、前記式(1)によるKendrick質量変換演算処理を行うことで、KM値取得工程にて各ピークのKM値が得られる。
【0031】
さらに前記KM値取得工程にて得られたKM値に最も近い整数を、NKM値としてNKM値を求める前記NKM値取得工程、得られたNKM値とKM値との差分から、KMD値を得る前記KMD値取得工程にて、NKM値とKMD値が得られる。
なお、KMD値は次式(2)により定義される。
KMD値=KM値-NKM値・・・・(2)
【0032】
また前記RKM値取得工程にてNKM値を単位構造の整数質量で除し、得られた余りの値であるRKM値が取得される。前記例えば上述した腸管出血性大腸菌の代表的な血清型の単位構造の整数質量を、表1中に示した。
【0033】
前記のKM値取得工程、NKM値取得工程、KMD値取得工程およびRKM値情報取得工程は、前記質量分析工程で得られた各ピークの質量情報に対して、繰り返し単位の質量情報指定工程にて指定された、想定される微生物の全質量情報に対して実施される。したがって、前記質量分析工程で得られた各ピークに対して、想定される微生物の各質量情報に対して、それぞれ、KM値、NKM値、KMD値およびRKM値が得られる。
【0034】
前記解析工程では、想定される微生物の各質量情報に基づき、前記質量分析工程で得られた各ピークのRKM値とそれに対するKMD値が二次元平面にプロットされる。二次元平面にプロットする場合、例えばRKMをx軸に、KMD値をy軸にプロットするのが、各点の傾向が分かりやすく、好ましい。
【0035】
検体試料中にはない微生物の質量情報に基づき、前記解析工程を行った場合、RKM値とKMD値は何ら相関関係を有さず、二次元平面上にランダムに分布する。しかしながら、検体試料中に含まれる微生物の質量情報に基づき、前記解析工程を行った場合、特定のRKM値に対してのみKMD値が分布するプロットが得られる。
【0036】
なお、「特定のRKM値に対してのみKMD値が分布する」とは、同じRKM値を有する複数のKMD値の群が存在することであり、群を形成する異なるKMD値は-1から1である。また同じRKMの値を有するKMD値の群の数、すなわち異なるRKMの数は、各微生物が有する糖鎖を構成する単糖の数に依存するが、水素や塩類が付加あるいは脱離する場合があるので構成単糖数から構成単糖数の2倍程度になることが多い。
【0037】
前記選定工程では、前記解析工程で得られたプロットから特定のRKMに対してのみKMDが分布するプロットが得られれば、そのようなプロットを与える繰り返し単位質量の整数変換係数を選定する。
【0038】
前記選定工程で選定された繰り返し単位質量の整数変換係数から分析対象微生物の糖鎖の化学構造を特定することで、被検試料に含まれていた微生物の血清型を判別することができる。
【0039】
前記選定工程では、例えば、目視にて特定のRKMに対してのみKMDが分布するプロットを選定してもよい。また図2に模式的に示したように、想定される各種糖鎖の繰り返し単位質量の変換係数が試料の糖鎖構造解析に適しているかどうかをプロット分散パターンに基づき学習させた学習モデルを取得し、係る学習モデルを用いて得られたRKM値とKMD値からなる2次元プロットを判別し、特定のRKM値に対してのみKMD値が分布する血清型を判別してもよい。過去のデーターを用いた機械学習により、学習モデルを取得してもよいし、特定のRKM値に対してのみKMD値が分布する二次元プロットについて、閾値等を予め設定しておき、閾値を満たす二次元プロットを選別し、血清型を判別してもよい。
【0040】
前記判別工程にて判別された血清型は、所定の表示形式で表示する表示工程を経ることで、質量分析に精通していない測定者にも簡単に血清型を判別することを可能する。
【0041】
表示形式は例えば、予め血清型に対した色、図形または文字を決めておき、判別工程にて判別された血清型を色、図形または文字で表示する形式、既存の検査方法と同様な表示形式で表示する形式、等がある。既存の検査方法と同様な表示形式としては、例えば、抗体抗原反応に基づく検査で行われるイムノクロマトグラフィーによる表示形式が挙げられる。例えば、腸管出血性大腸菌の血清型を判別する場合、図1に示したように、血清型がO26、O103、O111、O157に対応して異なる位置に線が表示される表示形式とすることで、抗体抗原反応に基づく検査に精通した分析者にも容易に血清型を判別することができる。
【0042】
本発明の血清型判別方法は前記の質量分析工程、繰り返し単位質量の整数変換係数指定工程、KM取得工程、NKM取得工程、KMD取得工程、RKM取得工程、RKM情報取得工程、解析工程、選定工程、判別工程および表示工程を含む。
【実施例
【0043】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
【0044】
被検試料に含まれる微生物として血清型O157である大腸菌を用い、被検試料の質量分析を行った。
【0045】
前記被検試料を質量分析した結果、図3に示すMALDIマススペクトルが得られた。
【0046】
想定される微生物の血清型がO26、O103、O111、O157として、各血清型に対応する糖鎖の繰り返し単位質量の整数変換係数を表2に示した。
【0047】
【表2】
【0048】
前記表2の繰り返し単位質量の整数変換係数を観測質量に掛けて算出した、KM値、KM値を四捨五入して求めたNKM値等を用いて図3に示したMALDIマススペクトルの各ピークに対して得られるRKM値とKMD値を、x軸にRKM値、y軸にKMD値として二次元平面にプロットした。
微生物の血清型をO26として前記二次元辺面のプロット行ったところ、図4に示したように、各点はランダムに二次元平面に分散し、RKM値とKMD値の間には何ら相関がなかった。O103(図5)またはO111(図6)としても同様に各点はランダムに二次元平面に分散した。
【0049】
一方、微生物の血清型をO157としてRKM値とKMD値を同様に二次元平面にプロットしたところ、特定のRKMに対していくつかのKMD値が群を生成し、y軸に平行ないくつかの直線上にすべての点が並んだ(図7)。
【0050】
前記の結果から、被検試料に含まれる微生物は血清型O157の大腸菌であることがわかった。前記の結果に基づき、図8に示したO157の表示形式である一番右の線を表示させた。
【0051】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0052】
[1]
(1)微生物を含有する被検試料を精密質量情報が取得可能な質量分析計を用いて質量分析することにより質量スペクトルを取得し、質量スペクトルに検出された各ピークの質量情報を取得する質量分析工程、
(2)想定される微生物の糖鎖構造の繰り返し単位化学構造に基づき、質量分析法により得られた分析結果の解析により微生物の血清型を判別する判別工程と、
(3)前記判別工程から判別された結果を血清型に対応して異なる位置にバンドが表示される表示形式で表示する表示工程、
とを含む微生物の血清型判別方法であって、
前記判別工程は、
(i)前記想定される微生物の糖鎖構造の繰り返し単位化学構造に基づき、想定される各微生物に対して繰り返し質量情報を指定する繰り返し質量情報指定工程、
(ii)前記質量分析工程で得られた各ピークの質量情報に対して、前記指定された各繰り返し質量情報に基づき、繰り返し単位質量の整数変換係数を乗じるKendrick質量変換演算処理を行い、各ピークのKM値を取得するKM値取得工程、
(iii)前記KM値からNKM値を求めるNKM値取得工程、
(iv)前記NKM値とKM値からKMD値を取得するKMD値取得工程、前記NKM値を前記繰り返し単位の整数値で割り算して得られた値の余りの値であるRKM値の情報を取得するRKM値取得工程、
(v)前記質量分析工程で得られた各ピークについて、前記NKM値と繰り返し単位の整数質量との各組合せにより得られた前記RKM値とKMD値を二次元平面にプロットする解析工程、および
(vi)前記解析工程で、前記KMD値が特定の前記RKM値に対してのみ分布するような、繰り返し単位質量の整数変換係数を選定する選定工程
を含み、
前記選定工程で選定された繰り返し単位質量の整数変換係数から、糖鎖構造の単位化学構造に基づき微生物の血清型を判別し、
前記選定工程では、想定される各種糖鎖の繰り返し単位質量の変換係数が試料の糖鎖構造解析に適しているかどうかをプロット分散パターンに基づき学習させた学習モデルを取得し、係る学習モデルを用いて得られたRKM値とKMD値からなる2次元プロットを判別し、特定のRKM値に対してのみKMD値が分布する血清型を判別する、微生物の血清型判別方法。
【0053】
[2]
前記解析工程で、x軸にRKM値、y軸にKMD値をプロットする前[1]に記載の血清型判別方法。
【0054】
[3]
前記解析工程で、特定のRKM値に対して複数のKMD値が群を生成し、y軸に平行な複数の直線上にすべての点が並ぶか否かを判定し、その結果を出力することを特徴とする前記[2]に記載の血清型判別方法。
【0056】
前記発明[1]から[]によれば、質量分析法により得られた分析結果の解析により、病原となる細菌等の微生物の糖鎖のくり返し構造を明らかにし、抗原抗体反応に依らず、直接、細菌の血清型を特定するとともに、その結果を分かりやすく表示することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8