(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】ダイカストマシン、ダイカストマシン用の制御装置およびプログラム、並びに鋳造方法
(51)【国際特許分類】
B22D 17/32 20060101AFI20241210BHJP
【FI】
B22D17/32 B
B22D17/32 A
B22D17/32 J
(21)【出願番号】P 2020211346
(22)【出願日】2020-12-21
【審査請求日】2023-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】300041192
【氏名又は名称】UBEマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004347
【氏名又は名称】弁理士法人大場国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100100077
【氏名又は名称】大場 充
(74)【代理人】
【識別番号】100136010
【氏名又は名称】堀川 美夕紀
(74)【代理人】
【識別番号】100130030
【氏名又は名称】大竹 夕香子
(74)【代理人】
【識別番号】100203046
【氏名又は名称】山下 聖子
(72)【発明者】
【氏名】若林 英正
【審査官】中村 泰三
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-128174(JP,A)
【文献】特開平10-085918(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102017219966(DE,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0247777(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 17/00-32
B29C 45/00-84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイカストマシンの射出装置の設定および制御に用いられる制御装置であって、
前記射出装置に備わるプランジャは、キャビティに溶湯を射出する射出ストロークにおける複数の速度切替位置で速度が変化し、
前記制御装置は、
前記複数の速度切替位置、および前記複数の速度切替位置にそれぞれ対応する前記速度を特定可能な射出パターンと、
前記キャビティへの前記溶湯の射出および充填を行う射出充填から、前記キャビティの前記溶湯の圧力を増加させる増圧への切り替えの位置に相当する増圧切替位置と、
前記充填の完了から前記増圧の開始までの切り替えに要する遅延時間と、に基づいて、
前記増圧切替位置から、前記遅延時間に対応する前記プランジャの変位量としての遅延変位量を遡った先行切替位置を設定可能であり、
前記制御装置は、
前記増圧切替位置から、前記増圧切替位置の直前の前記速度切替位置までの長さが前記遅延変位量よりも短い場合には、前記増圧切替位置から、1つ以上の前記速度切替位置を超えて遡る前記先行切替位置を設定し、前記射出ストロークにおける前記先行切替位置で、前記増圧を開始する指令を出
力し、
かつ、
前記制御装置は、
前記増圧切替位置から、前記先行切替位置を算出する先行切替位置演算部を備え、
前記先行切替位置演算部は、
前記増圧切替位置から、前記複数の速度切替位置の各々まで遡った遡及時間を前記速度切替位置毎に算出する遡及時間算出部と、
前記遡及時間および前記遅延時間から、前記先行切替位置の直前の前記速度切替位置である直前位置を特定する直前位置特定部と、
前記直前位置から前記先行切替位置までの時間を前記先行切替位置に換算する先行切替位置算出部と、を含む、
ダイカストマシン用制御装置。
【請求項2】
前記射出ストロークは、前記複数の速度切替位置により区分される複数の区間を含み、
前記射出ストロークは、前記区間として、移動中の前記プランジャを第1速度から加速させる加速区間と、前記加速区間を経て第2速度で移動させる高速区間と、を含み、
前記増圧切替位置は、前記高速区間に存在し、
前記増圧切替位置から前記高速区間の始点に相当する前記速度切替位置までの長さは、前記遅延変位量よりも短い、
請求項1に記載のダイカストマシン用制御装置。
【請求項3】
前記射出ストロークは、前記複数の速度切替位置により区分される複数の区間を含み、
前記射出ストロークは、前記区間として、移動中の前記プランジャを第1速度から加速させる加速区間と、前記加速区間を経て第2速度で移動させる高速区間と、前記高速区間に次ぐ減速区間と、前記減速区間を経て第3速度で前記プランジャを移動させる充填完了前低速区間と、を含み、
前記増圧切替位置は、前記充填完了前低速区間に存在し、
前記増圧切替位置から前記充填完了前低速区間の始点に相当する前記速度切替位置までの長さは、前記遅延変位量よりも短い、
請求項1に記載のダイカストマシン用制御装置。
【請求項4】
前記制御装置は、データを記憶する記憶部を備え、
前記制御装置は、前記射出装置に用いられる複数の前記射出パターン毎に前記先行切替位置を取得すると、前記先行切替位置を前記射出パターンと紐付けて前記記憶部にデータとして記憶させる、
請求項1から3のいずれか一項に記載のダイカストマシン用制御装置。
【請求項5】
請求項1から
4のいずれか一項に記載のダイカストマシン用制御装置と、
前記射出装置と、
前記射出装置の駆動に用いられる油圧回路と、を備える、
ダイカストマシン。
【請求項6】
ダイカストマシンの射出装置に備わるプランジャの速度を前記プランジャの射出ストロークにおける複数の速度切替位置で変化させながらキャビティへの溶湯の射出および充填を行う鋳造方法であって、
前記複数の速度切替位置、および前記複数の速度切替位置にそれぞれ対応する前記速度を特定可能な射出パターンと、前記キャビティへの前記溶湯の射出および充填を行う射出充填から、前記キャビティの前記溶湯の圧力を増加させる増圧への切り替えの位置に相当する増圧切替位置と、前記充填の完了から前記増圧の開始までの切り替えに要する遅延時間と、に基づいて、前記増圧切替位置から1つ以上の前記速度切替位置を超えて、前記遅延時間に対応する前記プランジャの変位量としての遅延変位量を遡った先行切替位置を設定する
第1ステップと、
前記射出ストロークにおける前記先行切替位置で、前記増圧を開始する指令を出力する
第2ステップと、を備
え、
前記第1ステップにおいて、
前記増圧切替位置から、前記複数の速度切替位置の各々まで遡った遡及時間を前記速度切替位置毎に算出し、
前記遡及時間および前記遅延時間から、前記先行切替位置の直前の前記速度切替位置である直前位置を特定し、
前記直前位置から前記先行切替位置までの時間を前記先行切替位置に換算する、
鋳造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイカストマシン、ダイカストマシンの射出装置の設定および制御に用いられる制御装置およびプログラム、並びに鋳造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカストマシンを用いる鋳造は、射出装置のプランジャを前進させることでスリーブ内の溶湯を押し出してキャビティに充填する射出充填工程と、キャビティの全体に充填された溶湯をプランジャで押圧することで溶湯圧力(鋳造圧力)を増大させ、規定の圧力を溶湯に付与する増圧工程とを経て行われる。
プランジャは、プランジャロッドに接続された射出シリンダ(油圧シリンダ)により駆動される。
【0003】
特許文献1には、油圧シリンダ、アキュムレータ(蓄圧器)、および複数のバルブを含む油圧回路が記載されている。アキュムレータから射出シリンダのヘッド側に作動油を流入させることで、油圧を駆動力としてプランジャが前進して溶湯が射出される。その後、油圧回路に含まれるバルブを動作させて射出充填用の系統から増圧用の系統に切り替えると、増圧用系統からの射出シリンダへの作動油の流入によりプランジャを介して溶湯に規定の圧力が印加されるため、溶湯への気体の巻き込みによる空間が圧壊されるとともに、溶湯凝固に伴う収縮分、キャビティに溶湯が補充される。
【0004】
特許文献2に記載された射出装置の制御装置は、充填完了から昇圧開始(増圧開始)までのタイムラグを管理することを目的として、射出シリンダにゲート抵抗が生じた時点から、鋳造圧力が設定圧力に到達した時点までの時間に相当する充填昇圧完了時間TCを計測し、計測結果に基づいて、充填昇圧完了時間TCが目標値となるように射出シリンダの動作を制御している。
具体的には、射出シリンダにゲート抵抗が生じた時点から、充填を完了し、射出シリンダにサージ圧が生じた時点までの充填時間と、射出シリンダにサージ圧が生じた時点から、鋳造圧力が上昇を開始した時点までのタイムラグと、鋳造圧力が上昇を開始した時点から鋳造圧力が設定圧力に到達した時点までの昇圧時間とをそれぞれ計測する。それらの計測結果に基づいて、充填昇圧完了時間TCが目標値となるように、制御装置は、プランジャの速度や、油圧回路のバルブの開度に係る制御パラメータを補正し、それによって充填時間および昇圧時間が補正される。
【0005】
つまり、特許文献2は、タイムラグを含む充填昇圧完了時間TCの管理を通じて、想定以上の値を取りうるタイムラグを管理対象に含めつつ、管理の一元化を図っている。
特許文献2によれば、射出シリンダにサージ圧が検出された、あるいはプランジャが所定位置に到達したことにより昇圧開始条件が成立すると、充填時間の計測を終了するとともにタイムラグの計測を開始し、かつ、油圧回路のバルブに対して昇圧開始を指令することで昇圧動作を開始する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6582834号公報
【文献】特開2007-245231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2では、キャビティへの充填完了により射出シリンダにサージ圧が生じたことで制御装置により昇圧開始の指令が油圧回路のバルブに対して発せられた時から、油圧によりプランジャが押されて鋳造圧力が上昇を開始した時までのタイムラグ、すなわち昇圧開始の遅れが許容されている。
かかるタイムラグは、信号伝送、制御上の処理、バルブの動作、および作動油の移動等に要する時間の分、不可避的に生じる。
しかしながら、充填が完了したならば直ちに昇圧を開始し、溶湯が凝固しないうちにキャビティの全域に亘り十分に圧力を伝搬させながら鋳造圧力を規定の設定圧力に至らしめて良品を得るためには、昇圧開始の遅れを極力解消したい。
【0008】
ここで、昇圧開始の遅れを解消するため、プランジャの位置を検出しつつ、充填完了に先行してタイムラグ分、遡った位置にプランジャが到達したときに昇圧処理に切り替えようとしても、プランジャの位置に対応するプランジャの速度に基づいて先行切替位置が設定されるため、鋳造条件によっては、必ずしも適切な位置に先行切替位置が設定されない。先行切替位置が意図しない位置に設定されたとすると、鋳造条件に対応する速度および圧力の波形を実現することができない。
以上より、本発明は、適切な先行切替位置が設定されることにより、充填完了から増圧が開始されるまでの遅れの解消や、鋳造条件に対応する速度および圧力の波形を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者は、増圧開始の遅れを解消するため、種々の鋳造条件について、充填完了に先行して増圧処理に切り替える先行切替位置の設定を試行した。
ダイカストマシンの制御装置は、リニアエンコーダ等によりプランジャの位置を検出しつつ、プランジャの速度や鋳造圧力を含む所定の鋳造条件に基づいて射出装置を制御する。具体的に、制御装置は、プランジャの移動する速度を所定の射出速度に制御し、バルブによる射出充填系統から増圧系統への切り替えに伴い、速度制御から圧力制御へと移行する。
プランジャを刻々と移動させながら、プランジャの速度とタイムラグとから求められる変位量分、充填完了時の位置から遡った先行切替位置にプランジャが到達したことが検出されたならば、制御装置から油圧回路のバルブに対して切替指令を出力するとよい。
しかしながら、プランジャの速度の変化に伴い先行切替位置が変化するため、本発明の発明者は、以下に述べるように、一部の鋳造条件について設定される先行切替位置に不都合を見出した。
【0010】
プランジャによる射出動作は、典型的には、溶湯への空気の巻き込みを避けるため、射出充填工程の途中までプランジャの移動速度を低速に抑え、射出充填工程の終盤でプランジャの移動速度を増加させることで行われる。
近年は、射出ストロークの高速区間における高速化を背景として、高速区間が短くなる傾向にある。そのため、高速区間における充填完了に先立ち、プランジャの速度に基づいて規定のタイムラグ分遡った先行切替位置が射出ストロークの低速区間に設定されるほど、高速区間が短い場合がある。つまり、増圧開始の遅れに相当するプランジャの変位量に対して高速区間が短い。こうした鋳造条件においては、低速区間でプランジャ速度に基づき規定のタイムラグ分遡った先行切替位置が高速区間に設定され、低速区間から高速区間に切り替われば、低速区間に先行切替位置が設定されてしまう。そうすると、充填完了に先立ち、先行切替位置で増圧開始を発令しようとも、当該先行切替位置は、既に通過した低速区間にあるから、増圧開始の遅れを解消する術がない。この場合、低速区間から高速区間に切り替わった直後に増圧開始を発令する他ない。
高速区間は短くなくとも、タイムラグが長ければ、上記と同様に、高速区間における充填完了に先立ち、プランジャの速度に基づいて規定のタイムラグ分遡った先行切替位置が射出ストロークの低速区間に設定され得る。この場合も、低速区間から高速区間に切り替わった時点で、意図せず、過ぎ去った先行切替位置が設定されてしまう。
【0011】
さらに、射出ストロークの低速区間および高速区間の後にプランジャを減速させる鋳造条件であって、充填完了に先立ち、プランジャの速度に基づいて設定される先行切替位置が、増圧開始の遅れの解消に必要な変位量以上に遡った位置に設定される場合があり得る。その場合は、当該先行切替位置への到達後、タイムラグを経て、充填が完了する前に油圧回路が増圧系統に切り替わってしまう。そうすると、充填完了前であるためプランジャの速度が急激に上昇するので、増圧用の油圧が速度上昇に費やされる分、鋳造圧力の低下を招く。
【0012】
上記に例示した鋳造条件のいずれも、意図しない位置に先行切替位置が設定されるため、鋳造条件に対応する速度・圧力の波形を実現できず、良品を得ることが難しい。
その他、キャビティ内に溶湯が到達したことを圧力センサ等により検知した時点で、増圧開始の指令を出力することも考えられるが、溶湯到達の状態の検知が遅れに繋がるから、やはり、充填完了に対する増圧開始の遅れを十分に解消することが難しい。
【0013】
本発明は、以上に述べた新たな知見に基づいて想到された。
本発明は、ダイカストマシンの射出装置の設定および制御に用いられる制御装置である。
射出装置に備わるプランジャは、キャビティに溶湯を射出する射出ストロークにおける複数の速度切替位置で速度が変化する。
制御装置は、複数の速度切替位置、および複数の速度切替位置にそれぞれ対応する速度を特定可能な射出パターンと、キャビティへの溶湯の射出および充填を行う射出充填から、キャビティの溶湯の圧力を増加させる増圧への切り替えの位置に相当する増圧切替位置と、充填の完了から増圧の開始までの切り替えに要する遅延時間と、に基づいて、増圧切替位置から、遅延時間に対応するプランジャの変位量としての遅延変位量を遡った先行切替位置を設定可能である。
制御装置は、増圧切替位置から、増圧切替位置の直前の速度切替位置までの長さが遅延変位量よりも短い場合には、増圧切替位置から、1つ以上の速度切替位置を超えて遡る先行切替位置を設定し、射出ストロークにおける先行切替位置で、増圧を開始する指令を出力する。
【0014】
本発明のダイカストマシン用制御装置において、射出ストロークは、複数の速度切替位置により区分される複数の区間を含み、射出ストロークは、区間として、移動中のプランジャを第1速度から加速させる加速区間と、加速区間を経て第2速度で移動させる高速区間と、を含み、増圧切替位置は、高速区間に存在し、増圧切替位置から高速区間の始点に相当する速度切替位置までの長さは、遅延変位量よりも短いことが好ましい。
【0015】
本発明のダイカストマシン用制御装置において、射出ストロークは、複数の速度切替位置により区分される複数の区間を含み、射出ストロークは、区間として、移動中のプランジャを第1速度から加速させる加速区間と、加速区間を経て第2速度で移動させる高速区間と、高速区間に次ぐ減速区間と、減速区間を経て第3速度でプランジャを移動させる充填完了前低速区間と、を含み、増圧切替位置は、充填完了前低速区間に存在し、増圧切替位置から充填完了前低速区間の始点に相当する速度切替位置までの長さは、遅延変位量よりも短いことが好ましい。
【0016】
本発明のダイカストマシン用制御装置は、データを記憶する記憶部を備え、制御装置は、射出装置に用いられる複数の射出パターン毎に先行切替位置を取得すると、先行切替位置を射出パターンと紐付けて記憶部にデータとして記憶させることが好ましい。
【0017】
本発明のダイカストマシン用制御装置は、先行切替位置を算出する先行切替位置演算部を備え、先行切替位置演算部は、増圧切替位置から、複数の速度切替位置の各々まで遡った遡及時間を速度切替位置毎に算出する遡及時間算出部と、遡及時間および遅延時間から、先行切替位置の直前の速度切替位置である直前位置を特定する直前位置特定部と、直前位置から先行切替位置までの時間を先行切替位置に換算する先行切替位置算出部と、を含むことが好ましい。
【0018】
本発明のダイカストマシンは、上述のダイカスト用制御装置と、射出装置と、射出装置の駆動に用いられる油圧回路と、を備える。
【0019】
また、本発明は、ダイカストマシンの射出装置の設定および制御に用いられるプログラムである。射出装置に備わるプランジャは、キャビティに溶湯を射出する射出ストロークにおける複数の速度切替位置で速度が変化する。
本発明のプログラムは、複数の速度切替位置、および複数の速度切替位置にそれぞれ対応する速度を特定可能な射出パターンと、キャビティへの溶湯の射出および充填を行う射出充填から、キャビティの溶湯の圧力を増加させる増圧への切り替えの位置に相当する増圧切替位置と、充填の完了から増圧の開始までの切り替えに要する遅延時間と、に基づいて、増圧切替位置から、遅延時間に対応するプランジャの変位量としての遅延変位量を遡った先行切替位置を設定可能である。
さらに、当該プログラムは、増圧切替位置から、増圧切替位置の直前の速度切替位置までの長さが遅延変位量よりも短い場合には、増圧切替位置から、1つ以上の速度切替位置を超えて遡る先行切替位置を設定し、射出ストロークにおける先行切替位置で、増圧を開始する指令を出力する。
【0020】
そして、本発明は、ダイカストマシンの射出装置に備わるプランジャの速度をプランジャの射出ストロークにおける複数の速度切替位置で変化させながらキャビティへの溶湯の射出および充填を行う鋳造方法であって、複数の速度切替位置、および複数の速度切替位置にそれぞれ対応する速度を特定可能な射出パターンと、キャビティへの溶湯の射出および充填を行う射出充填から、キャビティの溶湯の圧力を増加させる増圧への切り替えの位置に相当する増圧切替位置と、充填の完了から増圧の開始までの切り替えに要する遅延時間と、に基づいて、増圧切替位置から1つ以上の速度切替位置を超えて、遅延時間に対応するプランジャの変位量としての遅延変位量を遡った先行切替位置を設定するステップと、射出ストロークにおける先行切替位置で、増圧を開始する指令を出力するステップと、を備える。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、増圧切替位置、遅延時間、および射出パターンに基づいて、増圧切替位置から1つ以上の速度切替位置を超えて、遅延時間に対応するプランジャの遅延変位量を遡る先行切替位置を算出して制御装置に設定することができる。設定された先行切替位置で増圧切替指令が出力されることにより、充填完了時に対する増圧開始の遅れや早まりを解消し、鋳造条件に対応する速度・圧力の波形を実現して良品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施形態に係るダイカストマシンの射出装置と、射出装置の設定および制御に用いられる制御装置と、金型とを模式的に示す図である。
【
図2】鋳造時のプランジャ速度および鋳造圧力の一例を示すグラフである。
【
図3】
図2と同様の鋳造条件に対応する射出パターンを示すグラフである。
【
図4】
図1に示された射出装置を駆動する油圧回路の一例の模式図である。
【
図5】(a)は、
図1に示された制御装置の概要の構成を示すブロック図である。(b)は、プログラムの設定モジュールの内部構成を示す模式図である。(c)は、記憶部に保持された射出パターンの一例を示す図である。
【
図6】
図3に示された射出パターンに適合する先行切替位置の算出手順を説明するための図である。
【
図7】別の射出パターンの一例を示すグラフである。
【
図8】
図7に示された射出パターンに対応するプランジャ速度および鋳造圧力を示すグラフである。
【
図9】
図7に示された射出パターンに適合する先行切替位置の算出例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。
図1に示すダイカストマシン1は、固定金型2および可動金型3が形成するキャビティ4へアルミニウム合金等の溶湯を射出する射出装置10と、固定金型2および可動金型3に型締め力を与える型締装置5と、射出装置10を駆動する油圧回路20(
図4)と、射出装置10の設定および制御に用いられる制御装置30とを備えている。
型締装置5は、固定プラテン51と、図示しない可動プラテンおよびタイバーとを備えている。
【0024】
(射出装置)
射出装置10は、固定プラテン51に設けられ、内側に溶湯が供給されるスリーブ11と、スリーブ11に対して進退可能に駆動されるプランジャ12とを備えている。
プランジャ12は、キャビティ4に向けて溶湯13を押し出すチップ121と、チップ121を支持するロッド122とを備えている。ロッド122は、油圧回路20を構成する射出シリンダ21に備わるピストンロッド210Rに対して、カップリング123を介して結合している。
【0025】
プランジャ12は、射出シリンダ21のピストンヘッド210H側の圧力とピストンロッド210R側の圧力とから定まる圧力を駆動力として、所定の鋳造条件に従って駆動制御されながら、キャビティ4に向けて前進することで溶湯13を射出する。プランジャ12は、原点位置から、キャビティ4の全体への溶湯の充填完了に伴い停止するまで前進する。プランジャ12が前進する移動範囲を射出ストロークと称する。
【0026】
プランジャ12により射出された溶湯は、ランナ6を通じてゲート7からキャビティ4に充填される。キャビティ4の全体への溶湯の充填完了に伴い、射出シリンダ21に接続される油圧源が切り替えられることで、射出および充填を行う射出充填工程から、プランジャ12によりキャビティ4の溶湯の圧力を増加させる増圧工程へと移行する。
このとき、プランジャ12の駆動制御が、プランジャ12の速度に基づく制御から、キャビティ4の溶湯の圧力(鋳造圧力)に相関する値、典型的には、射出シリンダ21のピストンヘッド210H側の圧力とピストンロッド210R側の圧力とに基づく制御へと切り替えられる。例えば、ピストンヘッド210H側の圧力とピストンヘッド側面積210HSとの積からピストンロッド210R側の圧力とピストンロッド側面積210RSとの積を引いた値をチップ面積121Sで除して算出される値をプランジャ12の駆動制御に用いることができる。
【0027】
(鋳造プロセス)
ダイカストマシン1は、鋳造条件に従い、型締、注湯、射出充填、増圧、冷却、型開、製品取り出し、金型への離型剤供給等の処理からなる鋳造サイクルを繰り返し実施可能である。
図2は、ダイカストマシン1を用いた鋳造のプロセスにおけるプランジャ12の速度および鋳造圧力の一例を示している。射出充填工程A1から増圧工程A2への切り替え時に相当する射出ストローク上の位置を増圧切替位置P
vpと称する。
図2において、プランジャ12の速度を破線で示し、鋳造圧力を実線で示している。鋳造圧力は、射出シリンダ21のヘッド側の圧力(太い一点鎖線)とロッド側の圧力(二点鎖線)とを用いて算出される圧力に相当する。
図2の圧力レンジは、鋳造圧力の方がヘッド側圧力よりも大きい。
図8でも同様である。
【0028】
図2に点線で示す鋳造圧力と、細い一点鎖線で示すヘッド側圧力とは、本実施形態に対する比較例1を示している。比較例1の鋳造圧力が増加し始める時(増圧開始時t
s)は、キャビティ4の全体に亘り溶湯が充填された充填完了時t
fに対し、遅延時間T
dだけ遅れている。比較例1に対し、本実施形態は、充填完了時t
fから増圧開始時t
sまでの遅れの解消を実現する。
遅延時間T
dは、例えば、信号伝送、制御上の処理、油圧回路20の弁の動作、および作動油の移動等に要する時間に相当する。
【0029】
射出充填工程A1では、プランジャ12の位置および速度に係る射出パターンにプランジャ12の移動を追従させる制御が行われる。
図2および
図3には、黒丸のプロットを繋ぐ実線により射出パターンを示している。
プランジャ12の位置および速度を検出するため、例えばピストンロッド210Rに設置されたリニアエンコーダ等のセンサ8(
図1)を用いることができる。
【0030】
増圧工程A2では、射出シリンダ21のヘッド側の圧力とロッド側の圧力とに基く制御の下、プランジャ12により溶湯を押圧することで、凝固による溶湯の収縮分をキャビティ4に補充しつつ、溶湯に規定の鋳造圧力を付与する。増圧工程A2においては、鋳造圧力を規定値まで増加させた後、増圧工程A2の終了時まで規定値に保ちながら(保圧)、キャビティ4の溶湯を凝固させる。その後、金型2,3を開いてキャビティ4から製品を取り出すとともに、プランジャ12を原点位置まで後退させ、鋳造の次のサイクルへと移行する。
【0031】
(射出パターン)
図3は、一の鋳造条件に基づく射出パターンを示している。
図3の横軸は、射出ストローク上のプランジャ12の位置を示し、縦軸は、プランジャ12の移動速度を示している。射出ストロークにおける複数の速度切替位置P
1,P
2,P
3でプランジャ12の速度が切り替えられる。射出パターンによれば、速度切替位置P
1,P
2,P
3、および速度切替位置P
1,P
2,P
3にそれぞれ対応するプランジャ12の速度を特定可能である。先行切替位置P
pは、後述するように、増圧切替位置P
vp、遅延時間T
d、および射出パターンに基づいて設定される。
プランジャ12の射出ストロークは、速度切替位置P
1,P
2,P
3により区分される複数の区間S1,S2,S3,S4を含んでいる。
【0032】
射出充填工程A1の開始から途中までは、溶湯への空気の巻き込みを抑えるため、プランジャ12を相対的に低速で移動させていても、速度切替位置P2でプランジャ12を急加速させて射出を行い、溶湯が熱いうちに充填を短時間で完了することが望ましい。速度切替位置P2は、例えば、ゲート7に溶湯が到達した時のプランジャ12の位置に相当する。
【0033】
図3に示す射出パターンによると、速度切替位置P
0においてプランジャ12の前進を開始し、プランジャ12を所定の加速度で目標の第1速度V
1まで加速させたならば(第1区間S1)、速度切替位置P
1から速度切替位置P
2まではプランジャ12の速度を第1速度V
1に維持する(第2区間S2)。その後、速度切替位置P
2でプランジャ12の目標速度を第2速度V
2に切り替え、プランジャ12を第1速度V
1から第2速度V
2まで所定の加速度で加速させると(第3区間S3)、引き続き、プランジャ12を第2速度V
2で移動させる(第4区間S4)。第4区間S4は、速度切替位置P
3から、射出ストロークの終端の位置P
4までに相当する。第4区間S4におけるプランジャ12の実際の挙動としては、
図2に示すように、溶湯の充填完了(t
f)に伴い、プランジャ12は速度の減少を経て停止する。充填完了時t
fのプランジャ12の位置をP
fとすると、P
f<P
4である。
【0034】
(油圧回路)
図4は、油圧回路20の構成の一例を示している。油圧回路20は、射出装置10のプランジャ12を油圧により駆動する射出シリンダ21と、充填用アキュムレータ22および増圧用アキュムレータ23と、油圧ポンプ24と、射出シリンダ21に供給される作動油の流量を調整可能な流量調整弁25と、適時に開閉される開閉弁261~264と、油圧ポンプ24への作動油の逆流を防ぐチェック弁27と、作動油を貯留する貯留タンク28とを備えている。
【0035】
射出シリンダ21は、シリンダ本体211と、ピストン210と、ピストンヘッド210H側の流入油室C1と、ピストンロッド210R側の排出油室C2とを備えている。流入油室C1は、開閉弁261,262が開閉されることにより、充填用アキュムレータ22と増圧用アキュムレータ23とに切り替え可能に接続される。
排出油室C2は、サーボモータ25Aによりスプールが駆動される流量調整弁25を介して貯留タンク28に接続されている。排出油室C2からの作動油の排出流量を流量調整弁25により調整することを通じて、プランジャ12の移動速度が制御される。
【0036】
充填用アキュムレータ22および増圧用アキュムレータ23は、各々のシリンダ内のピストン22A,23Aよりも上方の区画に図示しないガス供給源から窒素ガス等の不活性ガスを給気可能に構成されている。充填用アキュムレータ22は、蓄えた圧力により流入油室C1に作動油を供給する。増圧用アキュムレータ23も同様である。
【0037】
充填用アキュムレータ22に圧力を蓄える際は、開閉弁261,263を開き、開閉弁262,264を閉じた状態で、プランジャ12を射出充填工程A1に十分で且つ急加速して高速で射出させるために必要な所定値に充填室22Bの作動油の圧力が到達するまで、貯留タンク28の作動油を油圧ポンプ24により充填用アキュムレータ22に圧送する。充填用アキュムレータ22への圧力蓄積が終了したならば、開閉弁261,263が閉じられる。
【0038】
増圧用アキュムレータ23に圧力を蓄える際は、開閉弁262,263を開き、開閉弁261,264を閉じた状態で、キャビティ4の溶湯に規定の鋳造圧力を付与するために必要な所定値に充填室23Bの作動油の圧力が到達するまで、貯留タンク28の作動油を油圧ポンプ24により増圧用アキュムレータ23に圧送する。
増圧用アキュムレータ23への圧力蓄積が終了したならば、開閉弁262,263が閉じられる。
充填用アキュムレータ22および増圧用アキュムレータ23にそれぞれ圧力を蓄えた状態で射出充填工程A1が開始される。射出充填工程A1および増圧工程A2を終えたならば、油圧回路20の図示しない系統により排出油室C2にポンプで作動油を送ると共に、流入油室C1の作動油をタンクに抜くことで、プランジャ12を後退させる。
【0039】
油圧回路20に代えて、公知の種々のダイカスト用油圧回路を用いることができる。油圧回路20に代替可能な油圧回路は、例えば、特許第6582834号公報に記載されている。
油圧回路20は、必ずしも射出充填用および増圧用の2つのアキュムレータ22,23を備えている必要はなく、射出充填時に必要な速度および増圧時に必要な圧力を射出シリンダ21からプランジャ12に与えるために切り替え可能な射出充填系統および増圧系統を備えていれば足りる。
【0040】
(制御装置)
制御装置30は、
図5(a)にハードウェア構成の一例を示すように、制御装置本体31と、制御装置本体31に接続されたモニタ32および外部記憶媒体33とを備えている。
制御装置本体31は、コンピュータ装置等からなり、CPU(Central Processing Unit)等の演算部311と、メモリ312と、設定値等のデータやプログラムを記憶する記憶部313(記憶媒体)と、入出力部314とを備えている。
【0041】
制御装置30は、製品に応じて設定される鋳造条件に従い、ダイカストマシン1に備わる種々の装置のうち少なくとも、射出装置10のプランジャ12と、プランジャ12を駆動する油圧回路20とを制御する。この制御装置30は、鋳造プロセス全体に亘り、射出装置10および油圧回路20に加え、型締装置5、図示しない給湯装置、製品取出機構、真空吸引装置等をも連携させてダイカストマシン1の動作を制御する制御装置の一部を構成していてもよい。
【0042】
制御装置30は、いずれも制御に必要な設定値としての増圧切替位置Pvp、先行切替位置Pp、および遅延時間Tdを設定し、記憶部313に保持することができる。
増圧切替位置Pvpおよび遅延時間Tdとしては、例えば、試験やシミュレーションの結果に基づいてオペレータが入出力部314を用いて入力した値を制御装置30に設定することができる。そのとき、増圧切替位置Pvpとして、例えば、射出シリンダ21のピストンヘッド210H側の圧力が規定の圧力に到達した時のプランジャ12の位置を採用することができる。
遅延時間Tdは、使用するダイカストマシン1に固有の値である。同一構成のダイカストマシン1であっても個体差により遅延時間Tdの値がばらつく場合がある。
先行切替位置Ppとしては、制御装置30に搭載されたコンピュータ・プログラム(以下、プログラム)の実施により算出された値を制御装置30に設定することができる。
【0043】
また、制御装置30は、搭載されたプログラムに基づいて、油圧回路20の流量調整弁25や開閉弁261~264に対して制御指令を発し、それらの弁を動作させることで、プランジャ12に駆動力を与えて射出充填工程A1および増圧工程A2を実施する。
制御装置30に搭載のプログラムは、少なくとも、先行切替位置P
pの算出および設定が可能な算出・設定モジュール(先行切替位置演算部)と、油圧回路20の弁の操作を通じてプランジャ12を駆動制御する駆動制御モジュールとを含んでいる。設定モジュールは、
図5(b)に示すように、遡及時間算出部315と、直前位置特定部316と、先行切替位置算出部317とを含んでいる。
【0044】
記憶部313には、いずれも設定値としての増圧切替位置P
vp、先行切替位置P
p、および遅延時間T
dと、プランジャ12の位置および速度に係る射出パターン(
図5(c))と、先行切替位置P
pの設定およびプランジャ12の駆動制御に用いられるプログラムと、プログラムの実施に必要なデータ等が記憶されている。
【0045】
射出パターンは、
図5(c)に一例を示すように、プランジャ12の速度が切り替えられる位置P
1,P
2,P
3、射出パターンの始端の位置P
0および終端の位置P
4と、各位置にそれぞれ対応する速度V
0,V
1,V
2,V
3とを少なくとも含むデータからなる。射出パターンは、射出開始後、少なくとも2つの位置で速度が切り替えられるものとする。以下、射出パターンの始端の位置P
0および終端の位置P
4を含め、位置P
0~P
4のことを速度切替位置と称する。
射出パターンは、プランジャ12の複数の速度切替位置、および複数の速度切替位置にそれぞれ対応する速度を特定可能な情報を含んでいれば足りる。例えば、射出パターンが、速度切替位置と、射出ストロークの始端位置からの経過時間とからなるものであってもよい。
【0046】
記憶部313には、ダイカストマシン1に使用される種々の鋳造条件に対応可能な複数の射出パターンが、テーブルデータ等の適宜なデータ形式で記憶されている。増圧切替位置Pvpおよび先行切替位置Ppは、射出パターン毎に設定されており、特定の射出パターンと紐付けられた状態で記憶部313に記憶されている。
【0047】
制御装置30は、射出充填工程A1の開始時に開閉弁261,264を開いて射出シリンダ21の流入油室C1に充填用アキュムレータ22から作動油を供給するとともに、プランジャ12の速度の目標値である第1速度V1に応じた開度を流量調整弁25に与える。その後、速度切替位置P1で第2速度V2に相応の開度を流量調整弁25に与えることでプランジャ12を急加速させて溶湯をキャビティ4に射出する。
制御装置30は、設定された先行切替位置Ppにプランジャ12が到達したことがセンサ8等により検知されたならば、増圧を開始する増圧開始指令を発生させることにより、開閉弁261を閉じて開閉弁262を開き、射出シリンダ21に接続される油圧源を充填用アキュムレータ22から増圧用アキュムレータ23へと切り替える。
【0048】
キャビティ4における溶湯の充填状態が完了に近づくと、
図2に示すように、鋳造圧力は上昇カーブを描く。この上昇カーブを鋳バリが発生しない程度に急峻に立ち上げ、昇圧に要する時間を最小化することが望ましい。溶湯が凝固しないうちにキャビティ4の全域に亘り十分に圧力を伝搬させることで、溶湯中の空気が圧壊されて製品の緻密化が図られる。そのため、充填状態が完了に至る時(t
f)を捉えて直ちに増圧を開始するとよい。
但し、充填完了時t
fのプランジャ12の位置に相当する増圧切替位置P
vpで制御装置30から増圧開始指令が発せられたとしても、プランジャ12が当該位置に到達したことの検知に要する時間や、増圧開始指令が発せられてから開閉弁261が閉じて開閉弁262が開くまでの応答時間、さらに、増圧用アキュムレータ23から流入油室C1に作動油が供給され、射出シリンダ21によりプランジャ12が移動するまでに要する時間、その他、検知信号や制御指令の信号伝送や制御上の処理に要する時間の分、充填完了時t
fに対して増圧開始時t
sが遅れる。遅延時間T
dは、こうした電気的および機械的な遅れが累積した時間に相当する。
【0049】
上記のような遅れが存在するため、増圧切替指令を増圧切替位置Pvpに対して先行した先行切替位置Ppで発生させる必要があり、その先行切替位置Ppは、増圧切替位置Pvpから、遅延時間Tdに対応するプランジャ12の変位量を遡った位置に設定される必要がある。そのため、制御装置30は、増圧切替位置Pvpおよび遅延時間Tdに加え、射出パターンに基づいて先行切替位置Ppを算出する。
【0050】
(先行切替位置の算出・設定)
図6および
図3を参照し、射出パターンに適合する先行切替位置P
pを算出し、設定する手順の一例を説明する。制御装置30は、射出装置10に用いられる複数の射出パターン毎に先行切替位置P
pを算出して設定する。
図6は、射出パターンの速度切替位置P
0~P
4と、速度切替位置P
1~P
3により区分された射出ストロークの第1区間S1、第2区間S2、第3区間S3、および第4区間S4を表形式で示している。速度切替位置に係る添字としてn(0,1,2・・・)を使用している。
図3に示された射出パターンの特徴は、プランジャ12が急加速されて高速で充填が行われるため、速度切替位置P2で速度が高速に切り替えられてから充填完了時t
fまでの長さ(プランジャ12の変位量)が遅延時間T
dに対して短いことにある。
【0051】
こうした射出パターンにおいては、充填完了時tfに対応する増圧切替位置Pvpから、増圧切替位置Pvpの直前の速度切替位置P3までの長さが、遅延時間Tdに対応するプランジャ12の変位量(遅延変位量)よりも短い。この場合において、仮に、遅延時間Tdと、移動中のプランジャ12の現在の速度(V1またはV2)との積の値だけ増圧切替位置Pvpから先行するように先行切替位置Ppを設定するとする。そうすると、当該先行切替位置Ppは、プランジャ12の速度が大きいほど、射出ストロークの後方側(キャビティ4から離れる側)へと変位するので、プランジャ12の速度が低速から高速に切り替わった時点で、過去の先行切替位置Ppが設定されてしまう。低速から高速に切り替わった後の区間S3や区間S4で増圧切替指令が発せられたとしても、充填完了に対する増圧開始の遅れは十分には解消されない。
【0052】
図3に示す射出パターンのように、充填完了時t
fに対応する増圧切替位置P
vpから、増圧切替位置P
vpの直前の速度切替位置P
3までの長さがプランジャ12の遅延変位量よりも短いという要件(以下、要件A)に該当する場合でも、例えば以下の手順により、遅延時間T
dを正しく反映した先行切替位置P
pを取得して設定することが可能である。
制御装置30は、少なくとも、鋳造実施にあたり選択される射出パターンが、要件Aに該当する場合には、下記に示す如く、増圧切替位置P
vpから、1つ以上の速度切替位置P
nを超えて遡る先行切替位置P
pを設定する。そして、予め設定された先行切替位置P
pで増圧開始指令を出力する。
制御装置30は、選択される射出パターンが上記要件Aに該当するか否かを判定し、該当する場合に、先行切替位置P
pを例えば手順1~6により算出して設定する。
【0053】
手順1:
射出パターンの第1~第4区間S1,S2,S3,S4のそれぞれの時間Tn(T1~T4)を計算する。
射出パターンの速度より、第2区間S2および第4区間S4はプランジャ12が一定の速度で移動する等速区間に該当し、第1区間S1および第3区間S3は、プランジャ12を一定の加速度で加速させる等加速区間に該当する。
等速区間の時間は式(1)により求める。
【0054】
【0055】
等加速区間の時間は、等加速度直線運動の基本式に基づいて式(2)により求める。
【0056】
【0057】
なお、第1区間S1および第3区間S3の加速度は必ずしも一定である必要はない。例えば、位置P0,P2の前後で速度が緩やかに切り替わっていてもよい。その場合でも、例えば速度の変曲点としての速度切替位置を定め、隣り合う速度切替位置の間の区間の時間を適宜な演算により求めることができる。
【0058】
手順2:
隣り合う速度切替位置PnとPn+1とを比較することで、増圧切替位置Pvpが、速度切替位置P1~P4の隣り合ういずれの位置の間に存在するのか、特定する。
本実施形態では、速度切替位置P3とP4との間に増圧切替位置Pvpが存在する。増圧切替位置Pvpが存在する区間SA(ここでは第4区間S4)の欄に丸印(○)を付している。
【0059】
手順3:増圧切替位置Pvpから各区間S1~S4の始点(速度切替位置Pn)までの遡及時間Tbnを計算する。
ここで、増圧切替位置Pvpが存在する区間SAについて、増圧切替位置Pvpから直前の速度切替位置Pnまでの時間を、等加速区間の場合、式(3)のTvpと置くものとする。区間SAが等速区間である場合、式(4)のTvpと置くものとする。
【0060】
【0061】
なお、式(3)は、等加速度運動の基本式(5)を変形したものである。VInは初速度である。
【0062】
【0063】
増圧切替位置P
vpから、増圧切替位置P
vpが存在する第4区間S4の始点P3までの遡及時間T
b3は、式(4)のT
vpである。
増圧切替位置P
vpから、第3区間S3の始点P
2までの遡及時間T
b2は、遡及時間T
b3と、手順1で求めた区間の時間T
3との和であるから、T
b3+T
3である。
同様に、第2区間S2の始点P
1までの遡及時間T
b1は、T
b2+T
2であり、第1区間S1の始点P
0までの遡及時間T
b0は、T
b1+T
1である。
手順1~3の処理は、算出・設定モジュールの遡及時間算出部315(
図5(b))により行われる。
【0064】
手順4:
増圧切替位置Pvpから各区間の始点(速度切替位置Pn)までの遡及時間Tbnと、遅延時間Tdとから、先行切替位置Ppが含まれる区間を特定する。つまり、増圧切替位置Pvpから遅延時間Tdに相当する遅延変位量だけ遡った位置(先行切替位置Pp)と、各遡及時間Tbnとを比較すると、先行切替位置Ppの存在する区間を特定することができる。先行切替位置Ppが存在する区間SB(ここでは第2区間S2)の欄に二重丸(◎)を付している。
手順4の処理は、算出・設定モジュールの直前位置特定部316により行われる。手順4により、先行切替位置Ppの直前の速度切替位置Pn(直前位置)が特定される。
【0065】
手順5:
手順4で求めた区間SBの始点(直前位置)から先行切替位置P
pまでの時間T
pを式(6)により計算する。
【数6】
【0066】
手順6:
手順5で求めた時間Tpから先行切替位置Ppを算出する。
手順5,6の処理は、算出・設定モジュールの先行切替位置算出部317により行われる。
区間SBが等速区間である場合、式(7)を用いる。区間SBが等加速区間である場合、式(8)を用いる。
【0067】
【0068】
以上の手順1~6によれば、射出パターンに基づいて、増圧切替位置Pvpから1つ以上の速度切替位置Pn(ここではP3,P2)を超えて、遅延時間Tdに対応するプランジャ12の遅延変位量だけ遡る先行切替位置Ppが算出される。
制御装置30は、算出した先行切替位置Ppを射出パターンと紐付けつつ、記憶部313における設定領域にデータとして記憶させる。
【0069】
なお、鋳造実施にあたり選択される射出パターンが要件Aに該当しない場合にも、上記の手順1~6と同様にして先行切替位置Ppを算出することができる。その場合は、増圧切替位置Pvpが存在する区間SAと、先行切替位置Ppが存在する区間SBとが同一となる。
【0070】
制御装置30は、要件Aに該当しない場合には、上記の手順1~6によらず、充填完了時tfのプランジャ12の速度と遅延時間Tdとの積としての先行切替位置Ppを設定することができる。あるいは、プランジャ12の移動中に刻々変化する速度に基づいて、速度と遅延時間Tdとの積としての先行切替位置Ppを随時更新することによっても、適切な先行切替位置Ppを設定することができる。
制御装置30は、先行切替位置Ppの取得にあたり要件Aに該当するか否かを判定し、該当する場合に手順1~6により先行切替位置Ppを設定する第1設定モードと、該当しない場合にプランジャ12の速度と遅延時間Tdとの積により簡易に先行切替位置Ppを設定する第2設定モードとを備えていてもよい。
【0071】
(先行切替位置Ppの設定による作用および効果)
制御装置30は、例えば手順1~6により、増圧切替位置Pvp、遅延時間Td、および射出パターンに基づいて先行切替位置Ppを算出および設定するステップ(先行切替位置設定ステップ)を終えたならば、記憶部313の設定領域から、鋳造条件に応じて選択されている射出パターンに紐づいた先行切替位置Ppを読み出し、プランジャ12の位置をセンサ8等で検知しつつ、射出充填工程A1を実施する。このとき、先行切替位置Ppへのプランジャ12の到達が検知された時点で増圧切替指令を出力する(増圧切替指令出力ステップ)。増圧切替指令の出力により、開閉弁261が閉じて開閉弁262が開くことで、増圧用アキュムレータ23から流入油室C1に作動油が流入し、プランジャ12に規定の鋳造圧力が付与される。
【0072】
図2に比較例1の鋳造圧力を点線で示しているように、充填完了時t
fに増圧開始指令が出力された場合は、充填完了時t
fから、実際に増圧が開始される時まで遅延時間T
dが発生するところ、本実施形態によれば、充填完了時t
fに先立ち先行切替位置P
pで増圧切替指令が出力されることにより、先行切替位置P
pへの到達時から遅延時間T
dが経過した充填完了時t
fに増圧が開始されることとなるから、充填完了時t
fに対して増圧開始の遅れが発生しない。
図2に実線で示しているように、本実施形態の鋳造圧力は、射出充填工程A1の終盤から増圧工程A2にかけて連続して上昇する。
【0073】
遅延時間Tdには、プランジャ12の位置の検知、および検知信号の伝送に要する時間をも含めておくことができ、その遅延時間Tdに基づいて算出された先行切替位置Ppで増圧切替指令が出力されるならば、プランジャ12の位置の検知に係る遅れすら生じないから、充填完了から増圧開始までの遅れは解消される。仮に、鋳造サイクル毎の遅延時間Tdがばらつくとしても、遅延時間Tdのばらつきによる遅れは許容限度内に収まるから、充填完了に対する増圧開始の遅れを十分に解消することができる。
【0074】
充填完了から増圧開始までの遅れが解消されることにより、溶湯の昇圧に要する時間を短縮しつつ、鋳造条件に対応する速度・圧力の波形を実現して良品を製造することができる。また、サイクルタイムの短縮により生産性を向上させることができる。
【0075】
(別の射出パターン)
図7~
図9を参照し、別の射出パターンに対応する先行切替位置P
pの設定、およびそれに基づく射出装置10の制御について説明する。
図7に示された射出パターンの特徴は、プランジャ12が第2速度V
2まで急加速された後、充填完了に伴うプランジャ12の自然減速に先立ち、流量調整弁25の開度を減少させることでプランジャ12を制動して減速させることにある。この点を除いて、
図7に示された射出パターンは、
図3に示された射出パターンと同様である。
プランジャ12は、第2速度V
2にて移動中に速度切替位置P
4で減速に転じ、減速に要する第5区間S5(減速区間)を経て、第6区間S6(充填完了前低速区間)で第3速度V
3に制御される。
【0076】
図3に示された射出パターンと同様、
図7に示された射出パターンも、充填完了時t
fに対応する増圧切替位置P
vpから、増圧切替位置P
vpの直前の速度切替位置P
5までの長さが、遅延時間T
dに対応するプランジャ12の変位量(遅延変位量)よりも短いので、上述の要件Aに該当する。
図7に示す射出パターンが選択される場合に、仮に、遅延時間T
dと、移動中のプランジャ12の現在の速度(V
2)との積の値だけ増圧切替位置P
vpから先行するように先行切替位置P
pを設定するのならば、充填完了前の速度V
3に鑑みて必要以上に遡った位置に先行切替位置P
pが設定されてしまう。その先行切替位置P
pで発せられる増圧切替指令により開始される増圧開始が、充填完了時t
fに対して早いならば、
図8の比較例2に示す如く、射出パターンにプランジャ12の移動を追従させる制御が難しく、射出シリンダ21の油圧および鋳造圧力にも影響が及ぶ。
【0077】
図8に点線で示す鋳造圧力と、細い一点鎖線で示すヘッド側圧力と、細い二点鎖線で示すロッド側圧力と、細い破線で示すプランジャ12の速度とは、本実施形態に対する比較例2を示している。
図8には、下記で参照するB1~B4が示されている。
比較例2では、充填完了時t
fよりも早い時点で出力された増圧切替指令に基づいて増圧用アキュムレータ23から射出シリンダ21のヘッド側(流入油室C1)に作動油が流入する。このとき、充填が完了していないため、プランジャ12に前進の余地がある。そのため、プランジャ12の速度が急上昇し(B1参照)、プランジャ12の急加速に伴い射出シリンダ21のロッド側(排出油室C2)の作動油が過剰に圧縮された後、急速に減圧される(B2参照)。
ロッド側の圧力が減少に転じた後、鋳造圧力が急激に上昇するも、増圧用アキュムレータ23から射出シリンダ21に供給された圧油がプランジャ12の速度上昇に費やされた分、鋳造圧力は規定値に対して不足する(B3参照)。また、ロッド側圧力は、典型的には鋳造圧力の上昇と同時に降下するが、比較例2においてはプランジャ12の急加速に伴い過剰な圧力まで上昇したために、ロッド側圧力の降下に余分に時間を要する(B4参照)。
比較例2とは異なり、本実施形態によれば、鋳造条件に対応する速度および圧力の波形を実現することができる。
【0078】
制御装置30によれば、
図3の射出パターンに対応する先行切替位置P
pの算出および設定と同様に、
図7の射出パターンに対応する先行切替位置P
pの算出および設定を行うことができる。
図9を参照して手順の一例を簡単に説明する。
手順1:
射出パターンの第1~第6区間S1~S6のそれぞれの時間T
n(T
1~T
6)を計算する。
手順2:
増圧切替位置P
vpが、速度切替位置P
1~P
6の隣り合ういずれの位置の間に存在するのか、特定する。本例では、速度切替位置P
5とP
6との間であり、増圧切替位置P
vpが存在する区間SA(第6区間S6)の欄に丸印(○)を付している。
【0079】
手順3:増圧切替位置Pvpから各区間S1~S6の始点(速度切替位置Pn)までの遡及時間Tbnを計算する。増圧切替位置Pvpが存在する区間SAについて、増圧切替位置Pvpから直前の速度切替位置Pnまでの時間をTvpと置くものとする。
手順4:
増圧切替位置Pvpから遅延時間Tdに相当する遅延変位量だけ遡った位置(先行切替位置Pp)と、各遡及時間Tbnとを比較することで、先行切替位置Ppの存在する区間を特定する。先行切替位置Ppが存在する区間SB(第4区間S4)の欄に二重丸(◎)を付している。
【0080】
手順5:
区間SBの始点(速度切替位置Pn)から、先行切替位置Ppまでの時間TpをTbn-Tdにより計算する。
手順6:
手順5で求めた時間Tpから先行切替位置Ppを算出する。
【0081】
以上により、増圧切替位置P
vpから、遅延時間T
dに対応するプランジャ12の遅延変位量を遡った先行切替位置P
pを算出し、制御装置30に設定することができる。
制御装置30は、鋳造条件に応じて選択されている射出パターンに紐づいた先行切替位置P
pを記憶部313から読み出し、射出充填工程A1を実施する。このとき、充填完了時t
fに先立ち先行切替位置P
pで増圧切替指令が出力されることにより、先行切替位置P
pへの到達時から遅延時間T
dを経て、充填完了時t
fと同時に溶湯に対する増圧が開始されることとなる。このとき、キャビティ4への溶湯の充填が完了しているから、ヘッド側の流入油室C1への作動油の流入に伴いプランジャ12の速度が上昇することがなく、ロッド側圧力が過剰に上昇することもない。
図8に実線で示しているように、鋳造圧力は、射出充填工程A1の終盤から増圧工程A2にかけて連続して上昇する。
【0082】
以上で説明したように、増圧切替位置Pvp、遅延時間Td、および射出パターンに基づいて設定される先行切替位置Ppで増圧切替指令が出力されることにより、充填完了時tfに対する増圧開始の遅れ、早まりによる鋳造品質および生産性の低下を避けて、良品を提供することができる。
【0083】
上記以外にも、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0084】
1 ダイカストマシン
2 固定金型
3 可動金型
4 キャビティ
5 型締装置
6 ランナ
7 ゲート
8 センサ
10 射出装置
11 スリーブ
12 プランジャ
13 溶湯
20 油圧回路
21 射出シリンダ
22 充填用アキュムレータ
22A,23A ピストン
22B,23B 充填室
23 増圧用アキュムレータ
24 油圧ポンプ
25 流量調整弁
25A サーボモータ
27 チェック弁
28 貯留タンク
30 制御装置
31 制御装置本体
32 モニタ
33 外部記憶媒体
51 固定プラテン
121 チップ
121S チップ面積
122 ロッド
123 カップリング
210 ピストン
210H ピストンヘッド
210HS ピストンヘッド側面積
210R ピストンロッド
210RS ピストンロッド側面積
211 シリンダ本体
261~264 開閉弁
311 演算部
312 メモリ
313 記憶部
314 入出力部
315 遡及時間算出部
316 直前位置特定部
317 先行切替位置算出部
A 要件
A1 射出充填工程
A2 増圧工程
C1 流入油室
C2 排出油室
Pn,Pn-1,Pn+1,P0~P6 速度切替位置
Pp 先行切替位置
Pvp 増圧切替位置
S1 第1区間
S2 第2区間
S3 第3区間(加速区間)
S4 第4区間(高速区間)
S5 第5区間(減速区間)
S6 第6区間(充填完了前低速区間)
SA,SB 区間
t,Tn,T1~T6 時間
Tbn,Tb0~Tb5 遡及時間
Td 遅延時間
Tp,Tvp 時間
VIn 初速度
Vpn,Vp0~Vp6 速度
tf 充填完了時
ts 増圧開始時
α,αn,αn+1,α1~α6 加速度