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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241210BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20241210BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241210BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/06
C22C38/60
C21D8/02 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023523653
(86)(22)【出願日】2023-01-26
(86)【国際出願番号】 JP2023002491
(87)【国際公開番号】W WO2023162571
(87)【国際公開日】2023-08-31
【審査請求日】2023-04-18
(31)【優先権主張番号】P 2022027290
(32)【優先日】2022-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195556
【弁理士】
【氏名又は名称】柿沼 公二
(72)【発明者】
【氏名】安田 恭野
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 和彦
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-193374(JP,A)
【文献】国際公開第2020/067210(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/067209(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/181564(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/179512(WO,A1)
【文献】特開2020-193375(JP,A)
【文献】特開2013-139630(JP,A)
【文献】特開2008-025014(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.0170.162%、
Si:0.01~0.39%、
Mn:0.722.28%、
Al:0.010~0.048
N:0.0023%以上0.0100%以下、
P:0.020%以下、
S:0.0100%以下および
O:0.0100%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有する鋼板であって、
前記鋼板の表面から0.5mm深さの位置において、平均硬さが218HV0.1以下で、硬さのばらつきが24HV0.1以下であり、かつ、板厚方向の硬さの最大値が鋼板の表面から1.0mm以上板厚1/4以下の位置に在り、当該板厚方向の硬さのばらつきが70HV1以下である硬さ特性と、
前記鋼板の表面から0.5mm深さの位置におけるベイナイト組織の体積率が90%以上である金属組織と、を有する、
降伏強度YSが450MPa以上、引張強度TSが570MPa以上、均一伸びuElが10%以上およびvTrsが-30℃以下である、鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~2.00%、
Cr:0.01~1.00%、
Sn:0.01~0.50%、
Sb:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%および
W:0.01~1.00%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
V:0.01~1.00%、
Co:0.01~1.00%、
B:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0200%および
REM:0.0005~0.0200%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、請求項1または請求項2に記載の鋼板。
【請求項4】
質量%で、
C:0.0170.162%、
Si:0.01~0.39%、
Mn:0.722.28%、
Al:0.010~0.048
N:0.0023%以上0.0100%以下、
P:0.020%以下、
S:0.0100%以下および
O:0.0100%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有する鋼素材について、圧延終了温度をAr変態点以上として熱間圧延を行い、次いでAr変態点以上の冷却開始温度からの加速冷却を行い、次いで再加熱を行う、鋼板の製造方法であって、
前記加速冷却では、冷却停止温度を200~600℃の範囲とし、かつ、鋼板の板厚の1/4位置における冷却速度を20~120℃/sとし、
前記再加熱は、鋼板の板厚の1/4位置における到達温度を500℃以下として、鋼板の表面から0.5mm深さの位置における到達温度が400~680℃の範囲となるまで行う、前記鋼板の表面から0.5mm深さの位置において、平均硬さが218HV0.1以下で、硬さのばらつきが24HV0.1以下であり、かつ、板厚方向の硬さの最大値が鋼板の表面から1.0mm以上板厚1/4以下の位置に在り、当該板厚方向の硬さのばらつきが70HV1以下である硬さ特性と、前記鋼板の表面から0.5mm深さの位置におけるベイナイト組織の体積率が90%以上である金属組織と、を有する、降伏強度YSが450MPa以上、引張強度TSが570MPa以上、均一伸びuElが10%以上およびvTrsが-30℃以下である、鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記鋼素材の成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~2.00%、
Cr:0.01~1.00%、
Sn:0.01~0.50%、
Sb:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%および
W:0.01~1.00%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、請求項4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記鋼素材の成分組成が、さらに、質量%で、
V:0.01~1.00%、
Co:0.01~1.00%、
B:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0200%および
REM:0.0005~0.0200%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、請求項4または請求項5に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、靭性および耐食性に優れた高強度鋼板、特に低温かつ液体アンモニア環境下で使用する、タンクなどの構造用部材に好適な、低温靱性および耐液体アンモニア応力腐食割れ性に優れた高強度低温用鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年のエネルギー需要の増加に伴い、エネルギー輸送船による液化ガスの輸送が盛んに行われている。エネルギー輸送船の効率的な運用のため、タンクにはLPGだけでなく液体アンモニアが共に運搬される場合がある。
また、最近では、かかる液体アンモニアの水素キャリアや液体アンモニア燃料の利用が進められているため、液化アンモニアの輸送や貯蔵用タンクの大型化が図られている。
【0003】
ここで、液化アンモニアを取り扱う炭素鋼製の配管、貯槽、タンク車、ラインパイプなどにおいては、液体アンモニアによる応力腐食割れ(以下、アンモニアSCC(Stress Corrosion Cracking)を引き起こすことが知られている。このため、液体アンモニア環境下で使用される鋼材に対しては、アンモニアSCC感受性の低い鋼材の適用や、アンモニアSCCを抑制するエンジニアリング措置が講じられてきた。
【0004】
例えば、アンモニアSCCの発生については、材料の強度と相関があることが知られており、炭素鋼の使用にあたっては、440MPa以下の降伏強度(YS)に制御すること
で、アンモニアによる応力腐食割れの回避が図られている。その一方で、近年のタンク大型化、鋼材使用量の削減の観点から、鋼板の高強度化の要求が高まっている。
【0005】
また、LPGや液体アンモニアといった液化ガスは低温で輸送および貯蔵されるため、これらの液化ガスの貯蔵用タンクに使用される鋼板は、優れた低温靱性が要求される。
【0006】
前述したような、液化ガス貯蔵用タンクに必要な、低温靱性と所定の強度範囲とを満たすための技術が、特許文献1および2に開示されている。これらの文献に記載の技術では、熱間圧延後冷却した厚鋼板を数回熱処理する、あるいは熱間圧延後水冷した厚鋼板を数回熱処理するという方法にて、高い低温靱性および所定の強度特性を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平10-140235号公報
【文献】特開平10-168516号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の特許文献1および2に記載された方法では、複数回の熱処理を行う必要があり、そのための設備やエネルギーにかかるコストが大きいという経済的な問題があった。
【0009】
本発明は、上記の問題を解決し、エネルギー輸送船において液化ガスの収容に使用される貯蔵用タンク等に供する、耐アンモニアSCC性および低温靭性に優れる高強度の鋼板並びにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、TMCPプロセスとオンライン誘導加熱装置とを用いて、鋼板の低温靱性、強度特性に対する各種要因について、鋭意検討を重ねた。その結果、鋼板に対し、C、Si、Mn、Al等の元素を所定量含有させ、前記鋼板の表面から0.5mm位置におけるベイナイト組織の体積率が90%以上となるように金属組織を制御し、前記鋼板の表面から0.5mm深さ位置において、平均硬さを230HV0.1以下、硬さのばらつきを30HV0.1以下とし、さらに、板厚方向の硬さの最大値が鋼板の表面から1.0mm以上かつ板厚1/4以下の位置に存在するようにし、当該板厚方向の硬さのばらつきを70HV1以下とすることで、液体アンモニア環境下での耐SCC性が効果的に得られ、コストがかかる複数回の熱処理が省略できることを知見した。
【0011】
すなわち、本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、本発明の要旨は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.010~0.200%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.50%、
Al:0.010~0.060%、
N:0.0010%以上0.0100%以下、
P:0.020%以下、
S:0.0100%以下および
O:0.0100%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有する鋼板であって、
前記鋼板の表面から0.5mm深さの位置において、平均硬さが230HV0.1以下で、硬さのばらつきが30HV0.1以下であり、かつ、板厚方向の硬さの最大値が鋼板の表面から1.0mm以上板厚1/4以下の位置に在り、当該板厚方向の硬さのばらつきが70HV1以下である硬さ特性と、
前記鋼板の表面から0.5mm深さの位置におけるベイナイト組織の体積率が90%以上である金属組織と、を有する鋼板。
【0012】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~2.00%、
Cr:0.01~1.00%、
Sn:0.01~0.50%、
Sb:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%および
W:0.01~1.00%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、前記1に記載の鋼板。
【0013】
3.前記成分組成が、さらに、質量%で、
V:0.01~1.00%、
Ti:0.005~0.100%、
Co:0.01~1.00%、
Nb:0.005~0.100%、
B:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0005~0.0200%、
Mg:0.0005~0.0200%および
REM:0.0005~0.0200%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、前記1または2に記載の鋼板。
【0014】
4.質量%で、
C:0.010~0.200%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.50%、
Al:0.010~0.060%、
N:0.0010%以上0.0100%以下、
P:0.020%以下、
S:0.0100%以下および
O:0.0100%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有する鋼素材について、圧延終了温度をAr変態点以上として熱間圧延を行い、次いでAr変態点以上の冷却開始温度からの加速冷却を行い、次いで再加熱を行う、鋼板の製造方法であって、
前記加速冷却では、冷却停止温度を200~600℃の範囲とし、かつ、鋼板の板厚の1/4位置における冷却速度を20~120℃/sとし、
前記再加熱は、鋼板の板厚の1/4位置における到達温度を500℃以下として、鋼板の表面から0.5mm深さの位置における到達温度が400~680℃の範囲となるまで行う、鋼板の製造方法。
【0015】
5.前記鋼素材の成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~2.00%、
Cr:0.01~1.00%、
Sn:0.01~0.50%、
Sb:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%および
W:0.01~1.00%
のうちから選ばれる1種以上を含有する、前記4に記載の鋼板の製造方法。
【0016】
6.前記鋼素材の成分組成が、さらに、質量%で、
V:0.01~1.00%、
Ti:0.005~0.100%、
Co:0.01~1.00%、
Nb:0.005~0.100%、
B:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0005~0.0200%、
Mg:0.0005~0.0200%および
REM:0.0005~0.0200%のうちから選ばれる1種以上を含有する、前記4または5に記載の鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、低温での靭性すなわち低温での耐衝撃特性および耐アンモニアSCC性に優れ、低温かつ液体アンモニア環境下で使用されるタンクなどの構造用部材に好適な高い強度を有する鋼板を、安価な工程で提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施形態を説明する。なお、以下の成分(元素)の含有量を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0019】
(1)成分組成について
以下、鋼板の成分組成(化学成分)について説明する。
【0020】
C:0.010~0.200%
Cは、本発明に従う冷却によって製造される鋼板の強度を高めるために最も有効な元素である。かかる効果を得るため、C含有量を0.010%以上に規定する。さらに、他の合金元素の含有量を少なくし、より低コストで製造するという観点からは、C含有量は0.013%以上とすることが好ましい。一方、C含有量が0.200%を超えると鋼板の靭性および溶接性の劣化を招く。従って、C含有量を0.200%以下に規定する。さらに、C含有量は、靭性および溶接性の観点から、0.170%以下とすることが好ましい。
【0021】
Si:0.01~0.50%
Siは、脱酸のため添加する。かかる効果を得るため、Si含有量を0.01%以上に規定する。さらに、0.03%以上とすることが好ましい。一方、Si含有量が0.50%を超えると鋼板の靭性や溶接性の劣化を招く。従って、Si含有量を0.50%以下に規定する。さらに、Si含有量は、靭性および溶接性の観点から、0.40%以下とすることが好ましい。
【0022】
Mn:0.50~2.50%
Mnは、鋼の焼入れ性を増加させる作用を有する元素であり、本発明のように高強度を満足するためには添加が必要になる重要な元素の1つである。かかる効果を得るため、Mn含有量を0.50%以上に規定する。さらに、他の合金元素の含有量を少なくし、より低コストで製造するという観点からは、Mn含有量は0.70%以上とすることが好ましい。一方、Mn含有量が2.50%を超えると、鋼板の靭性や溶接性が低下することに加えて、合金コストが過度に高くなってしまう。従って、Mn含有量を2.50%以下に規定する。さらに、Mn含有量は、靭性および溶接性の低下を抑制する観点から、2.30%以下とすることが好ましい。
【0023】
Al:0.010~0.060%
Alは、脱酸剤として作用する。かかる効果を得るため、Al含有量を0.010%以上に規定する。一方、Al含有量が0.060%を超えると、酸化物系介在物が増加して清浄度が低下すると共に、靭性が低下する。従って、Al含有量を0.060%以下に規定する。さらに、Al含有量は、靭性劣化をより一層防止する観点から、0.050%以下とすることが好ましい。
【0024】
N:0.0010~0.0100%
Nは、組織の微細化に寄与し、鋼板の靭性を向上させる。かかる効果を得るため、N含有量を0.0010%以上に規定する。好ましくは、0.0020%以上である。一方、N含有量が0.0100%を超えると、かえって靭性の低下を招く。従って、N含有量を0.0100%以下に規定する。さらに、N含有量は、靭性や溶接性の低下をより一層抑制する観点から、0.0080%以下とすることが好ましい。なお、Nは、Tiが存在する場合には、そのTiと結合して、TiNとして析出し得る。
【0025】
P:0.020%以下
Pは、粒界に偏析することによって靱性や溶接性を低下させるなど、悪影響を及ぼす。そのため、P含有量は、できる限り低くすることが望ましいが、0.020%以下であれば許容できる。なお、P含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、通常、Pは工業的には鋼中に残存し得る元素であるため、0%超であってよい。また、過剰の低減は精錬コストの高騰を招くため、コストの観点からはP含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
【0026】
S:0.0100%以下
Sは、MnS等の硫化物系介在物として鋼中に存在し、破壊の発生起点となって鋼板の靭性を低下させるなど、悪影響を及ぼす元素である。そのため、S含有量は、できる限り低くすることが望ましいが、0.0100%以下であれば許容できる。なお、S含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、通常、Sは工業的には鋼中に残存し得る元素であるため、0%超であってもよい。また、過剰の低減は精錬コストの高騰を招くため、コストの観点からはS含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
【0027】
O:0.0100%以下
Oは、酸化物を形成し、破壊の発生起点となり、鋼板の靭性を低下させるなど、悪影響を及ぼす元素であることから、0.0100%以下に制限する。O含有量は、0.0050%以下とすることが好ましく、0.0030%以下とすることがより好ましい。一方、O含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、通常、Oは工業的には鋼中に残存し得る元素であるため、0%超であってよい。また、過剰の低減は精錬コストの高騰を招くため、コストの観点からはO含有量を0.0010%以上とすることが好ましい。
【0028】
本発明の鋼板の成分組成において、上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、上記成分組成は、必要に応じて、以下に記載する元素を含有することができる。
【0029】
Cu:0.01~0.50%、Ni:0.01~2.00%、Cr:0.01~1.00%、Sn:0.01~0.50%、Sb:0.01~0.50%、Mo:0.01~0.50%、およびW:0.01~1.00%のうちから選ばれる1種以上
Cu、Ni、Cr、Sn、Sb、MoおよびWは、強度や耐アンモニアSCC性を向上させる元素であり、これらのうちの1種以上を含有させることができる。かかる効果を得るため、Cuを含有させる場合には、Cu含有量を0.01%以上に、Niを含有させる場合には、Ni含有量を0.01%以上に、Crを含有させる場合には、Cr含有量を0.01%以上に、Snを含有させる場合には、Sn含有量を0.01%以上に、Sbを含有させる場合には、Sb含有量を0.01%以上に、Moを含有させる場合には、Mo含有量を0.01%以上に、また、Wを含有させる場合には、W含有量を0.01%以上に、それぞれ調整するのが好ましい。一方、Niを過剰に含有させると、溶接性の劣化や合金コストの上昇を招く。また、Cu、Cr、Sn、Sb、MoおよびWを過剰に含有させると、溶接性や靱性が劣化し、合金コストの観点からも不利になる。従って、Cu含有量を0.50%以下に、Ni含有量を2.00%以下に、Cr含有量を1.00%以下に、Sn含有量を0.50%以下に、Sb含有量を0.50%以下に、Mo含有量を0.50%以下に、また、W含有量を1.00%以下に、それぞれ調整するのが好ましい。より好ましくは、Cu含有量を0.40%以下に、Ni含有量を1.50%以下に、Cr含有量を0.80%以下に、Sn含有量を0.40%以下に、Sb含有量を0.40%以下に、Mo含有量を0.40%以下に、また、W含有量を0.80%以下に、それぞれ調整する。
【0030】
V:0.01~1.00%
Vは、鋼板の強度を向上させる作用を有する元素であり、任意に添加することができる。かかる効果を得るため、Vを添加する場合には、V含有量を0.01%以上とするのが好ましい。一方、V含有量が1.00%を超えると、溶接性の劣化や合金コストの上昇を招く。従って、Vを添加する場合には、V含有量を1.00%以下とするのが好ましい。より好ましくは、V含有量の下限が0.05%であり、上限が0.50%である。
【0031】
Ti:0.005~0.100%
Tiは、窒化物の形成傾向が強く、Nを固定して固溶Nを低減する作用を有する元素であり、任意に添加することができる。また、Tiは、母材および溶接部の靭性を向上させることができる。かかる効果を得るため、Tiを添加する場合には、Ti含有量を0.005%以上とするのが好ましい。さらに、0.007%以上とすることがより好ましい。一方、Ti含有量が0.100%を超えると、かえって靭性が低下する。従って、Tiを添加する場合には、Ti含有量を0.100%以下とするのが好ましい。さらに、Ti含有量は、0.090%以下とすることがより好ましい。
【0032】
Co:0.01~1.00%
Coは、鋼板の強度を向上させる作用を有する元素であり、任意に添加することができる。かかる効果を得るため、Coを添加する場合には、Co含有量を0.01%以上とするのが好ましい。一方、Co含有量が1.00%を超えると、溶接性の劣化や合金コストの上昇を招く。従って、Coを添加する場合には、Co含有量を1.00%以下とするのが好ましい。より好ましくは、Co含有量の下限が0.05%であり、上限が0.50%である。
【0033】
Nb:0.005~0.100%
Nbは、炭窒化物として析出することで旧オーステナイト粒径を小さくし、靭性を向上させる効果を有する元素である。かかる効果を得るため、Nbを添加する場合には、Nb含有量を0.005%以上とするのが好ましい。さらに、0.007%以上とすることがより好ましい。一方、Nb含有量が0.100%を超えるとNbCが多量に析出し、靭性が低下する。従って、Nbを添加する場合には、Nb含有量を0.100%以下とするのが好ましい。さらに、0.060%以下とすることがより好ましい。
【0034】
B:0.0001~0.0100%
Bは、微量の添加でも焼入れ性を著しく向上させる作用を有する元素である。すなわち、鋼板の強度を向上させることができる。かかる効果を得るため、Bを添加する場合には、B含有量を0.0001%以上とするのが好ましい。一方、B含有量が0.0100%を超えると溶接性が低下する。従って、Bを添加する場合には、B含有量を0.0100%以下とするのが好ましい。より好ましくは、B含有量の下限が0.0010%であり、上限が0.0030%である。
【0035】
Ca:0.0005~0.0200%
Caは、Sと結合し、圧延方向に長く伸びるMnS等の形成を抑制する作用を有する元素である。すなわち、Caを添加することにより、硫化物系介在物が球状を呈するように形態制御し、溶接部等の靭性を向上させることができる。かかる効果を得るために、Caを添加する場合には、Ca含有量を0.0005%以上とするのが好ましい。一方、Ca含有量が0.0200%を超えると、鋼の清浄度が低下する。清浄度の低下は、靭性の低下を招く。従って、Caを添加する場合、Ca含有量を0.0200%以下とするのが好ましい。より好ましくは、Ca含有量の下限が0.0020%であり、上限が0.0100%である。
【0036】
Mg:0.0005~0.0200%
Mgは、Caと同様、Sと結合し、圧延方向に長く伸びるMnS等の形成を抑制する作用を有する元素である。すなわち、Mgを添加することにより、硫化物系介在物が球状を呈するように形態制御し、溶接部等の靭性を向上させることができる。かかる効果を得るために、Mgを添加する場合には、Mg含有量を0.0005%以上とするのが好ましい。一方、Mg含有量が0.0200%を超えると、鋼の清浄度が低下する。清浄度の低下は、靭性の低下を招く。従って、Mgを添加する場合には、Mg含有量を0.0200%以下とするのが好ましい。より好ましくは、Mg含有量の下限が0.0020%であり、上限が0.0100%である。
【0037】
REM:0.0005~0.0200%
REM(希土類金属)は、CaやMgと同様、Sと結合し、圧延方向に長く伸びるMnS等の形成を抑制する作用を有する元素である。すなわち、REMを添加することにより、硫化物系介在物が球状を呈するように形態制御し、溶接部等の靭性を向上させることができる。かかる効果を得るために、REMを添加する場合には、REM含有量は0.0005%以上が好ましい。一方、REM含有量が0.0200%を超えると、鋼の清浄度が低下する。清浄度の低下は、靭性の低下を招く。従って、REMを添加する場合、REM含有量は0.0200%以下が好ましい。より好ましくは、REM含有量の下限が0.0020%であり、上限が0.0100%である。
【0038】
(2)硬さ特性および金属組織について
本発明の鋼板は、上記成分組成を有することに加えて、鋼板の表面から0.5mm深さの位置(本発明において0.5mm位置ともいう)における平均硬さが230HV0.1以下で、0.5mm位置における硬さのばらつきが30HV0.1以下であり、かつ、板厚方向の硬さの最大値が鋼板の表面から1.0mm以上板厚1/4以下の位置に在り、当該板厚方向の硬さのばらつきが70HV1以下である硬さ特性を有する。
さらに、本発明の鋼板は、0.5mm位置におけるベイナイト組織(以下、単にベイナイトともいう)の体積率が90%以上である金属組織を有する。
鋼板の硬さ特性および金属組織を上記のように限定する理由を、以下に説明する。
【0039】
[0.5mm位置において、平均硬さが230HV0.1以下で、硬さのばらつきが30HV0.1以下]
0.5mm位置において、平均硬さを230HV0.1以下とし、かつ、硬さのばらつきを30HV0.1以下とする。鋼板の極表層、具体的には鋼板の表面から0.5mm位置に高硬度領域が存在すると、液体アンモニア環境中での応力腐食割れが助長されてしまう。また、局所的な高硬度領域が存在した場合、鋼板に応力が付与された際に、応力集中が生じ、応力腐食割れが助長されてしまう。そこで、本発明の鋼板では、0.5mm位置において、平均硬さを230HV0.1以下とし、かつ、硬さのばらつきを30HV0.1以下として硬さ特性を調整することによって、優れた耐アンモニアSCC性を確保することができる。なお、0.5mm位置における平均硬さの下限は、特に限定されないが、130HV0.1程度が好ましい。また0.5mm位置における硬さのばらつきの下限は、0HV0.1であって良いが、工業的には10HV0.1程度である。
ここで、上記平均硬さは、0.5mm位置におけるビッカース硬さを複数箇所(例えば、100点)測定して算出することができる。また、硬さのばらつきは、平均硬さを求めるために測定したビッカース硬さの標準偏差を意味する。
【0040】
[板厚方向の硬さの最大値が鋼板の表面から1.0mm以上板厚1/4以下の位置に在る]
鋼板の硬さの最大値が表面からある程度離れた位置に存在すると、鋼板の大部分の硬さを維持しつつ、表層のみの硬さを低減させることができる。すなわち、鋼板の強度を維持しつつ、優れた耐アンモニアSCC特性を確保することができることになる。
具体的に、かかる最大値が鋼板の表面から1.0mm未満の位置に在ると、0.5mm位置での硬さを十分に低減することができない。一方、かかる最大値が鋼板の表面から板厚1/4を超える位置に在ると、鋼板自体の十分な強度を確保することができない。よって、本発明の鋼板において、板厚方向の硬さ(ビッカース硬さ(HV1))の最大値は、鋼板の表面から1.0mm以上板厚1/4以下の位置に在るものと規定する。
【0041】
[板厚方向の硬さのばらつきが70HV1以下]
板厚方向の硬さのばらつきが大きい場合、鋼板の均一伸びが低下するばかりか、加速冷却で導入される内部応力に起因する残留応力が大きくなるため、耐アンモニアSCC特性の劣化が懸念される。よって、本発明では、板厚方向の硬さのばらつきは70HV1以下に規定する。
ここで、上記ばらつきは、板厚方向に、0.5mmピッチでビッカース硬さ(HV1)を測定し、その最大値と最小値の差を求めることにより算出する。
【0042】
[0.5mm位置におけるベイナイトの体積率が90%以上]
強度特性や耐アンモニアSCC性を満足させるためには、0.5mm位置における組織を、ベイナイトの体積率が90%以上とする必要がある。表層部は、マルテンサイト組織や島状マルテンサイト(MA)組織等の硬質相が生成すると、表層硬さが上昇し、鋼板内の硬さのばらつきが増大して材質均一性が阻害される。すなわち、ベイナイトの体積率が90%未満であると、これ以外の組織、すなわちフェライト、島状マルテンサイト組織、マルテンサイト組織、パーライト組織、オーステナイト組織の体積分率が増加することになり、十分な強度/または耐アンモニアSCC性が得られない。
【0043】
ここで、ベイナイトは、変態強化に寄与する加速冷却時あるいは加速冷却後に変態するベイニティックフェライトまたはグラニュラーフェライトと称される組織、またそれらが焼き戻された組織を含むものとする。
【0044】
体積率で10%以下を占める残部組織には、フェライト、パーライト組織およびオーステナイト組織の他、マルテンサイト組織が含まれていてもよい。残部組織における各組織の分率は特に限定する必要はないが、残部組織はパーライト組織であることが好ましい。
なお、各種金属組織の体積率は、後述の実施例に記載した方法で測定することができる。
【0045】
(3)製造条件について
本発明における製造方法は、鋼板について前述したものと同様の成分組成を有する鋼素材について、加熱し熱間圧延を行った後、加速冷却を行い、次いで再加熱を行うものである。以下に、鋼板の製造条件の限定理由について説明する。
まず、鋼素材の製造条件は、特に限定する必要はないが、例えば、前述した成分組成を有する溶鋼を、転炉等の公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の公知の鋳造方法にて、所定寸法のスラブ等の鋼素材とすることが好ましい。なお、造塊-分解圧延法により、所定寸法のスラブ等の鋼素材としても何ら問題はない。
【0046】
かようにして得られた鋼素材は、冷却することなく直接熱間圧延するか、あるいは再度加熱してから熱間圧延する。熱間圧延は、圧延終了温度をAr変態点以上として行い、次いで、Ar変態点以上の冷却開始温度からの加速冷却を所定条件で行い、次いで、再加熱を所定条件で行う。
【0047】
鋼素材の加熱温度は特に限定されないが、加熱温度が低すぎると変形抵抗が高くなって、熱間圧延機への負荷が増大し、熱間圧延が困難になるおそれがある。一方、1300℃を超える高温になると、酸化が著しくなって酸化ロスが増大し、歩留りが低下するおそれが増える。このような理由から、加熱温度は、950℃以上1300℃以下にすることが好ましい。
【0048】
(熱間圧延)
[圧延終了温度:Ar変態点以上]
本発明では、鋼素材を上記温度に加熱後、熱間圧延を開始して、Ar3変態点以上で当
該熱間圧延を終了する。
圧延終了温度がAr3変態点未満となると、フェライトが生成し、鋼板表層部での材質
均一性が阻害され、硬さのばらつきが増大するため、耐アンモニアSCC性が劣化する。また、生成したフェライトが加工の影響を受けるため、靭性が悪化することになる。さらには、熱間圧延機への負荷が大きくなる。
従って、本発明における熱間圧延における圧延終了温度は、Ar3変態点以上とする。
上記圧延終了温度は、より好ましくは、Ar3変態点+10℃以上である。一方、圧延終
了温度が950℃を超えると、組織が粗大化し靭性が劣化するおそれがあるため、圧延終了温度は、950℃以下とすることが好ましい。
ここで、Ar3変態点(℃)は、次式で求めることが可能である。
Ar3(℃)=910-310×C-80×Mn-20×Cu-15×Cr-55×N
i-80×Mo
ただし、各元素は当該元素の鋼中含有量(質量%)を示す。
【0049】
(加速冷却)
[冷却開始温度:Ar変態点以上]
次に、熱間圧延後の鋼板について、Ar3変態点以上の冷却開始温度からの加速冷却を
行う。冷却開始温度がAr3変態点未満では、フェライトが過剰に生成し、また、冷却速
度が大きくなるため、強度差が大きいマルテンサイト組織あるいはベイナイトと共存することになる結果、強度不足や靭性の劣化が生じ、さらには耐アンモニアSCC性が劣化する。そのため、冷却開始温度はAr3変態点以上とする。
【0050】
[鋼板の板厚の1/4位置における冷却速度:20~120℃/s]
鋼板の板厚の1/4位置における冷却速度を20℃/s以上で行う加速冷却は、高強度で高靱性の鋼板を得るために不可欠なプロセスであり、高い冷却速度で冷却することで変態強化による強度上昇効果が得られる。よって、かかる効果を得るため、本発明に従う加速冷却時の上記鋼板の板厚の1/4位置における冷却速度を20℃/s以上に規定する。一方、上記冷却速度が120℃/sを超えると、マルテンサイトの体積率が多くなりすぎてしまい、靭性が低下する。従って、上記鋼板の板厚の1/4位置における冷却速度は、120℃/s以下に規定する。
なお、上記の冷却速度は、水冷等の積極的な冷却操作により高めることができ、また、適宜上記冷却操作を間欠的に行う(冷却操作を停止する期間を設ける)ことで、制御可能である。また、上記鋼板の板厚の1/4位置における温度は、物理的に直接測定することは困難である。しかし、放射温度計にて測定された冷却開始時の表面温度と目標の冷却停止時の表面温度とをもとに、例えばプロセスコンピューターを用いて差分計算を行うことにより、板厚断面内の温度分布、特には板厚の1/4位置における温度を、リアルタイムに求めることができる。
【0051】
[冷却停止温度:200~600℃]
本発明では、熱間圧延の終了後に、200~600℃の範囲で任意に設定した冷却停止温度まで所定の加速冷却を行うことにより、板厚中心部にてフェライトおよびベイナイトを所定の体積率にすることができ、強度や靭性を良好に向上させることができる。
ここで、上記冷却停止温度が200℃未満では、島状マルテンサイトの組織の体積率が多くなりすぎてしまい、靭性が低下する。一方、上記冷却停止温度が600℃を超えると、フェライトやパーライトの組織が過剰に生成して、強度不足や靭性の劣化を招く。従って、冷却停止温度は200~600℃の範囲に規定する。また、本発明における冷却停止温度は、鋼板の板厚の1/4位置における温度である。
【0052】
(再加熱)
[表面から0.5mm位置における到達温度が400~680℃]
本発明では、前記加速冷却の後、再加熱する必要がある。厚鋼板を加速冷却すると、鋼板表層部の冷却速度が速くなり、また鋼板内部に比べかかる鋼板表層部が低い温度まで冷却される。そのため、鋼板表層部は、マルテンサイトなどの硬い組織が生成しやすく、耐アンモニアSCC性が劣化するおそれがある。よって、本発明では、加速冷却後に鋼板表層部を再加熱する。表層部の硬さを低下することが可能となるからである。好ましくは、加速冷却の後、直ちに再加熱を行う。
ここで、かかる表面から0.5mm位置における再加熱の温度が、400℃未満であると硬さの低下が十分ではない一方、680℃を超えると、鋼板全体の強度の低下が生じるため、所定の強度を得ることが困難となる。
従って、加速冷却後の再加熱時の表面から0.5mm位置における到達温度は、400~680℃の範囲に規定する。
【0053】
[鋼板の板厚の1/4位置における到達温度が500℃以下]
なお、再加熱時に鋼板の板厚の1/4位置における到達温度が500℃を超えた場合、強度の低下や靭性の劣化が生じる。従って、再加熱時の鋼板の板厚の1/4位置における到達温度は、500℃以下に規定する。
【0054】
加速冷却後における、前記再加熱の手段としては、誘導加熱を用いることが好ましい。特に、加熱が鋼板表層部に集中するよう、高周波誘導加熱を用いることが好ましい。また、再加熱後には、適宜、冷却を行うことができる。再加熱後の冷却については特に限定しないが、板厚40mm程度を超えるような厚鋼板において、冷却速度が遅くなり、炭化物の凝集粗大化による靭性劣化が懸念される場合がある。かかる場合には、再加熱処理後に水冷やミストによる冷却を行ってもよい。
【0055】
上記した成分組成を有する鋼素材を、上記した製造条件に従って製造することによって、本発明に従う成分組成並びに硬さ特性および金属組織を有する鋼板を得ることができる。かくして得られた鋼板は、優れた強度特性と靭性とを備え、耐アンモニアSCC性に優れた鋼板になる。ここで、優れた強度特性とは、降伏強さYS(降伏点があるときは降伏点YP、ないときは0.2%耐力σ0.2):450MPa以上、引張強さ(TS):57
0MPa以上および均一伸び(uEl):10%以上である。また、優れた靭性とは、J
IS Z 2241に準拠するvTrsが-30℃以下である。そしてこれらの特性を有する鋼板が、本発明の耐アンモニアSCC性に優れた鋼板である。
【0056】
なお、本発明に従う製造方法では、本明細書に記載のない項目は、いずれも常法を用いることができる。
【実施例
【0057】
表1に示す成分組成の鋼(鋼種A~AI、残部はFeおよび不可避的不純物)を連続鋳造法によりスラブとし、表2に示す条件で、熱間圧延、加速冷却、再加熱を順次行い、板厚30mmの厚鋼板(No.1~50)を得た。得られた鋼板について、板厚の鋼板表面から0.5mm位置における金属組織の組織分率の測定、硬さ特性の評価、強度特性および靭性の評価、耐アンモニアSCC性の評価を実施した。各試験方法は次のとおりである。また、これらの結果を、表2に併記する。
【0058】
[鋼板表面から0.5mm位置における金属組織の組織分率]
各鋼板より、その0.5mm位置が観察面となるように、サンプルを採取した。次いで、かかるサンプルを鏡面研磨し、さらにナイタール腐食をした後、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて10mm×10mmの範囲を倍率:500~3000倍で撮影した。そして、撮影された像について、画像解析装置を用いて解析することによって、ミクロ組織の面分率(金属組織の組織分率)を求めた。ミクロ組織の異方性が小さい場合、面分率は体積率に相当するため、本発明では面分率を体積率と見なした。
【0059】
なお、本実施例において、サンプルの金属組織の分率を求める際の判別は、次のとおりに行った。
すなわち、上述の撮影された像において、ポリゴナル状のフェライトをフェライトと判別し、また細長く成長したラス状のフェライトを有し、円相当径で0.05μm以上の炭化物を含む組織をベイナイト(表2におけるB)と判別した。
【0060】
[硬さ特性]
各鋼板の圧延方向に垂直な断面について、JIS Z 2244に準拠して、0.5mm位置において100点のビッカース硬さ(HV0.1)を測定し、その平均値を求めた。また、かかる100点のビッカース硬さの標準偏差を求め、0.5mm位置における硬さのばらつきとした。ここで、通常、鋼板の硬度測定に用いられるHV10に代えてHV0.1を用いたのは、HV0.1で測定することにより圧痕が小さくなるので、より表面に近い位置での硬さ情報や、よりミクロ組織に敏感な硬さ情報を得ることが可能となるからである。
また、板厚方向でビッカース硬さ(HV1)を測定し、その最大値が在る板厚方向の位置(表面からの距離)を測定した。さらに、かかる測定でのビッカース硬さ(HV1)の最大値と最小値の差を算出し、板厚方向の硬さのばらつきとした。
【0061】
[強度特性]
各鋼板の全厚から、圧延方向に直角の方向が試験片長手方向となるようにJIS Z 2201の1B号試験片を採取して、JIS Z 2241に記載の要領で引張試験を行い、降伏強さYS(降伏点があるときは降伏点YP、ないときは0.2%耐力σ0.2)、
引張強さ(TS)および均一伸び(uEl)を測定した。そして降伏強さが450MPa以上、引張強さが570MPa以上および均一伸びが10%以上のものを強度特性に優れ
た鋼板と評価した。
【0062】
[靭性]
各鋼板の表面側から1mm削った部位から、圧延方向が試験片長手方向となるようにJIS Z 2202のVノッチ試験片を採取して、JIS Z 2242の要領でシャルピー衝撃試験を行い、vTrs(破面遷移温度)を測定した。そして、かかるvTrsが-30℃以下のものを、靭性に優れた鋼板と評価した。
【0063】
[耐アンモニアSCC性]
耐アンモニアSCC性は、試験溶液内で4点曲げ試験を実施し、腐食を促進させるため定電位アノード電解した促進試験により評価した。
具体的には、以下の手順で実施した:
鋼板表面から、5mm厚×15mm×115mmの試験片を採取して、アセトン中で超音波脱脂を5分間行い、4点曲げにより各鋼板の降伏強さに等しい応力を負荷した。かかる4点曲げの試験片を設置した試験セルに、カルバミン酸アンモニウム12.5gと液体アンモニア1Lとを混合した溶液を充填した後、ポテンショスタットにより、試験片に+2.0V vs Ptの電圧を印加し、室温(25℃)で浸漬した。168時間の浸漬後に、割れが認められない場合を、耐アンモニアSCC性が「良」と判定し、また割れが発生した場合を、耐アンモニアSCC性が「不良」と判定した。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
表1および表2から分かるように、発明例は、いずれも、450MPa以上の降伏強度YSと570MPa以上の引張強度TSと10%以上の均一伸びuElをもち、vTrsが-30℃以下であり、低温での靭性および耐アンモニアSCC性に優れた鋼板が得られている。
【0067】
一方、No.31~39は、成分組成が本発明の範囲内であるものの、製造方法が本発明の範囲外であるため、所望の金属組織および/または硬さ特性が得られていない。その結果、降伏強度YS、引張強度TS、低温での靱性、あるいは耐アンモニアSCC性のいずれかが劣っている。
【0068】
また、No.40~50は、鋼の成分組成が本発明の範囲外であるため、降伏強度YS、引張強度TS、低温での靱性、あるいは耐アンモニアSCC性のいずれかが劣っている。なお、本発明では、鋼の成分組成は、そのまま鋼板の成分組成と考えてよい。