(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】質量分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20241210BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20241210BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20241210BHJP
【FI】
H01J49/00 500
H01J49/04 860
G01N27/62 G
(21)【出願番号】P 2023554264
(86)(22)【出願日】2022-07-11
(86)【国際出願番号】 JP2022027219
(87)【国際公開番号】W WO2023062896
(87)【国際公開日】2023-04-20
【審査請求日】2024-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2021168706
(32)【優先日】2021-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 和也
【審査官】藤田 健
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/240908(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/053865(WO,A1)
【文献】特開2017-191737(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料成分由来のプリカーサイオンとラジカルを反応室で反応させることにより該プリカーサイオンからプロダクトイオンを生成して質量分析する方法であって、
原料ガスからラジカルを
所定の生成条件で生成するステップと、
前記ラジカルを前記生成条件で生成する際に前記原料ガスが前記反応室に流入することによって生じる該反応室の温度変化を補償するために、前記反応室に設けられた温度制御部に対して供給する必要がある電力の量を、前記生成条件に応じて決定するステップと、
前記ラジカルの
前記生成条件に応じた量の電力を前
記温度制御部に供給した状態で
前記ラジカルを生成し、該反応室に
該ラジカル及びプリカーサイオンを導入するステップと、
前記反応室で前記プリカーサイオンから生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離し検出するステップと
を含む質量分析方法。
【請求項2】
測定開始前及び/又は測定終了後の時間帯に、前記温度制御部に所定量の電力を供給して前記反応室を予め決められた温度に維持し、測定中の一部または全部の時間帯に、前記温度制御部に供給する電力量を、前記ラジカルの生成条件に応じた量に変更する、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項3】
前記ラジカル
の生成条件が、前記原料ガスの種類、該原料ガスから生成するラジカルの種類、及び該原料ガスの流量を含む、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項4】
前記反応室に前記ラジカルが導入される時間帯に、前記プリカーサイオンの導入の有無に関わらず、前記ラジカルの生成条件に応じた量の電力を前記温度制御部に供給する、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項5】
プリカーサイオンが導入される反応室と、
前記反応室に設けられた温度制御部と、
前記温度制御部に電力を供給する給電部と、
原料ガスからラジカルを
所定の生成条件で生成して前記反応室に導入するラジカル生成部と、
前記ラジカルを前記生成条件で生成する際に前記原料ガスが前記反応室に流入することによって生じる該反応室の温度変化を補償するために、前記温度制御部に対して供給する必要がある電力の量が、前記生成条件に対応付けられて保存された記憶部と、
前記給電部及び前記ラジカル生成部の動作を制御するものであって、前記反応室に前記ラジカルが導入される時間帯に
、前記記憶部に保存された、前記生成条件に応じた量の電力を前記温度制御部に供給する測定制御部と、
前記反応室で前記プリカーサイオンから生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、
前記質量分離部で分離された後のイオンを検出するイオン検出部と
を備える質量分析装置。
【請求項6】
前記反応室がコリジョンセルである、請求項5に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中の高分子化合物成分を同定したりその構造を解析したりするために、試料成分由来のイオンから特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別し、そのプリカーサイオンを解離させて生成した種々のプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離し検出する質量分析法が広く利用されている。
【0003】
高分子化合物の多くは炭化水素鎖を主たる骨格とする有機物である。高分子化合物の特性を知るには、炭素原子の不飽和結合の有無、特徴的な官能基の有無などの情報を得ることが有効である。そこで、最近では、タンパク質やペプチドである試料成分由来のプリカーサイオンにラジカルを付着させることにより特定の官能基の位置でプリカーサイオンを解離させたり、炭素原子の不飽和結合を含む炭化水素鎖を有する試料成分由来のプリカーサイオンにラジカルを付着させることにより該不飽和結合の位置でプリカーサイオンを解離させたりするラジカル付着解離法が提案されている。例えば、特許文献1及び2並びに非特許文献1には、プリカーサイオンに水素ラジカルを付着させることによりペプチド結合の位置で選択的にプリカーサイオンを解離させることが記載されている。また、特許文献3及び4には、プリカーサイオンに酸素ラジカルやヒドロキシルラジカルを付着させることにより炭化水素鎖に含まれる不飽和結合の位置で選択的にプリカーサイオンを解離させることが記載されている。
【0004】
プリカーサイオンとラジカルの反応効率は、プリカーサイオンやラジカルが持つ運動エネルギーの大きさによって異なる。そのため、プリカーサイオン及びラジカルが導入される反応室の温度が相違すると、同種のプリカーサイオン及びラジカルを反応させても生成されるプロダクトイオンの種類や量が異なる。そこで、従来、反応室に取り付けたヒータで反応室を所定の温度(例えば約130℃)に加熱し維持することにより所望のプロダクトイオンを生成することが試みられている。また、反応室を加熱することにより、該反応室を構成する部材に試料成分やラジカルに由来する物質が付着して汚染されるのを抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/133259号
【文献】国際公開第2018/186286号
【文献】国際公開第2019/155725号
【文献】国際公開第2020/240908号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Takahashi, Hidenori, et al. "Hydrogen Attachment/Abstraction Dissociation (HAD) of Gas-Phase Peptide Ions for Tandem Mass Spectrometry." Analytical chemistry 88.7 (2016): 3810-3816.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2及び3には、イオントラップにプリカーサイオンを捕捉しておき、原料ガスをラジカル生成室に導入して該原料ガスのプラズマを発生させることにより生成したラジカルを反応室(イオントラップ)に導入してプリカーサイオンとラジカルを反応させることが記載されている。特許文献4には、上記同様に生成したラジカルを反応室(コリジョンセル)の内部に導入しつつ、該イオントラップにプリカーサイオンを導入してプリカーサイオンとラジカルを反応させることが記載されている。上記のように原料ガスのプラズマを発生させるラジカル生成部では、ラジカル生成室に導入された原料ガスの一部はプラズマとラジカルのいずれにもならず未反応のまま残り、ラジカルととともに反応室に導入される。通常、ラジカル生成室に導入される原料ガスの温度は反応室内の温度よりも低いため、ラジカル生成室から原料ガスが導入されると反応室内の温度が低下する。その結果、反応室内でプリカーサイオンが冷却されて運動エネルギーが低下し、所望のプロダクトイオンを生成することができない、あるいは生成されたとしても生成効率が低下してしまうという問題があった。
【0008】
また、非特許文献1には、2000℃の高温に加熱したタングステンキャピラリ内に水素ガスを導入して熱分解することにより水素ラジカルを生成し、それを反応室に導入してプリカーサイオンと反応させることが記載されている。この場合には、高温に加熱された未反応の水素ガスが流れ込むことにより反応室が加熱される。その結果、反応室内のプリカーサイオンが加熱されて運動エネルギーが増大し、プリカーサイオンがペプチド結合以外の位置でも解離してしまうため、所望のプロダクトイオンの生成効率が悪いという問題があった。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、試料成分由来のプリカーサイオンにラジカルを照射して分析するイオン分析装置において、ラジカル供給時の反応室の温度変化を抑制することができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明の一態様は、試料成分由来のプリカーサイオンとラジカルを反応室で反応させることにより該プリカーサイオンからプロダクトイオンを生成して質量分析する方法であって、
原料ガスからラジカルを生成するステップと、
前記ラジカルの生成条件に応じた量の電力を前記反応室に設けられた温度調整部に供給した状態で該反応室に前記ラジカル及びプリカーサイオンを導入するステップと、
前記反応室で前記プリカーサイオンから生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離し検出するステップと
を含む。
【0011】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
プリカーサイオンが導入される反応室と、
前記反応室に設けられた温度調整部と、
前記温度調整部に電力を供給する給電部と、
原料ガスからラジカルを生成して前記反応室に導入するラジカル生成部と、
前記給電部及び前記ラジカル生成部の動作を制御するものであって、前記反応室に前記ラジカルが導入される時間帯に前記ラジカル生成部におけるラジカル生成条件に応じた量の電力を前記温度調整部に供給する測定制御部と、
前記反応室で前記プリカーサイオンから生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、
前記質量分離部で分離された後のイオンを検出するイオン検出部と
を備える。
【発明の効果】
【0012】
前記温度調整部は、通常、ヒータであるが、加熱された原料ガスが反応室に導入されるなど、反応室を冷却する必要がある場合にはペルチェ素子とヒータの両方を備えたものなど、加熱と冷却の両方の機能を有するもの用いてもよい。前記ラジカル生成部には、例えば、原料ガスのプラズマからラジカルを生成させるものや、原料ガスを熱解離してラジカルを生成させるものを用いることができる。前記ラジカル生成条件にはラジカル生成方法、原料ガスの供給量、及び原料ガスの種類が含まれうる。
【0013】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置では、プリカーサイオンが導入される反応室にラジカルが導入される時間帯に、ラジカル生成条件に応じた量の電力を温度調整部に供給する。例えば、ラジカルとともに、低温の原料ガスが反応室に流入する場合には、温度調整部(ヒータ等)に供給する電力量を大きくする。一方、ラジカルとともに上記所定の温度よりも高温の原料ガスが反応室に流入する場合には、温度調整部(ヒータ)に供給する電力量を小さくする。あるいは、さらに高温の原料ガスが反応室に流入する場合には温度調整部(例えばペルチェ素子)に電力を供給して反応室を冷却する。
【0014】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置では、反応室にラジカルを供給する際に該ラジカルの生成条件に応じた量の電力を温度調整部に供給することによって、ラジカルとともに反応室に流入する原料ガスによる反応室の温度変化を補償することにより、ラジカル供給時の反応室の不所望の温度変化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施例を含む液体クロマトグラフ質量分析装置の要部構成図。
【
図2】本実施例の質量分析装置が有するラジカル生成部の構成図。
【
図3】本実施例の質量分析装置及び質量分析方法で用いられるヒータ電力情報の一例。
【
図4】本発明に係る質量分析方法の一実施例のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る質量分析装置及び質量分析方法の実施例について、以下、図面を参照して説明する。
【0017】
図1は、本実施例の質量分析装置1を液体クロマトグラフ2と組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置100の要部構成図である。
【0018】
液体クロマトグラフ2は、移動相が収容された移動相容器20、移動相を送液する送液ポンプ21、インジェクタ22、及びカラム23を備えている。また、インジェクタ22には複数の液体試料を所定の順番でインジェクタに導入するオートサンプラ24が接続されている。
【0019】
質量分析装置1は、略大気圧であるイオン化室10と真空チャンバで構成される本体と制御・処理部7を備えている。真空チャンバの内部には、イオン化室10の側から順に、第1中間真空室11、第2中間真空室12、第3中間真空室13、及び分析室14を備えており、この順に真空度が高くなる多段差動排気系の構成を有している。
【0020】
イオン化室10には、液体試料に電荷を付与して噴霧するエレクトロスプレイイオン化プローブ(ESIプローブ)101が設置されている。ESIプローブ101には、液体クロマトグラフ2のカラム23で分離された試料成分が順次、導入される。
【0021】
イオン化室10と第1中間真空室11は細径の加熱キャピラリ102を通して連通している。第1中間真空室11には、イオンの飛行方向の中心軸であるイオン光軸Cを取り囲むように、複数のロッド電極で構成されたイオンガイド111が配置されている。イオン化室10から第1中間真空室11に進入したイオンは、イオンガイド111により形成される電場によってイオン光軸Cの近傍に収束される。
【0022】
第1中間真空室11と第2中間真空室12は頂部に小孔を有するスキマー112で隔てられている。第2中間真空室12にも、イオン光軸Cを取り囲むように、複数のロッド電極が配置されている。第1中間真空室11から第2中間真空室12に進入したイオンは、イオンガイド121により形成される電場によってイオン光軸Cの近傍に収束される。
【0023】
第3中間真空室13には、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ131、多重極イオンガイド133を内部に備えたコリジョンセル132、及びイオンガイド134が配置されている。コリジョンセル132の内部には、該コリジョンセル132の内部の温度を測定するための温度センサ1321が配置されている。
【0024】
イオンガイド134は、コリジョンセル132から放出されたイオンをイオン光軸Cの近傍に収束させつつ後段に輸送する。多重極イオンガイド133には、通常、金属性のものが用いられる。多くの場合、ステンレス製のものが用いられる。好ましくは、金メッキや白金メッキされた金属製のものが用いられる。また、多重極イオンガイド133には、該多重極イオンガイド133を加熱するためのヒータ1331が接続されている。温度センサ1321及びヒータ1331はそれぞれ、コリジョンセル132の内部の温度を測定する目的と、コリジョンセル132の内部を所定の温度に加熱する目的を達成できる限りにおいて適宜の場所に配置すればよい。
【0025】
コリジョンセル132には、ラジカル供給部5が接続されている。
図2にラジカル供給部5の詳細な構成を示す。ラジカル供給部5は、内部にラジカル生成室51が形成されたラジカル源54と、ラジカル生成室51を排気する真空ポンプ(図示略)と、ラジカルの原料となるガス(原料ガス)を供給する原料ガス供給源52と、高周波電力供給部53とを備えている。原料ガス供給源52からラジカル生成室51に至る流路には、原料ガスの流量を調整するためのマスフローコントローラ(MFC)56が設けられている。原料ガスには、例えば水蒸気、酸素ガス、窒素ガス、水素ガス、二酸化炭素、空気など、生成しようとするラジカルの種類に応じたものを用いればよい。
【0026】
ラジカル源54は、誘電体からなる管状体541を有しており、その内部空間がラジカル生成室51となる。管状体541は、中空筒状の磁石544の内部に挿入された状態でプランジャー545により固定される。管状体541のうち、磁石544の内側に位置する部分の外周にはスパイラルアンテナ542(
図2における破線)が巻回されている。
【0027】
また、ラジカル源54には、高周波電力投入部546が設けられている。高周波電力投入部546には高周波電力供給部53から高周波電力が供給される。さらに、ラジカル源54は、該ラジカル源54の先端部分を固定するためのフランジ547を備えている。フランジ547の内部には、磁石544と対を成す、該磁石544と同径の中空筒状の磁石548が収容されている。磁石544、548により管状体541の内部(ラジカル生成室51)に磁場が発生し、その作用によりプラズマの発生及び維持が容易になる。
【0028】
ラジカル源54の出口端には、ラジカル生成室51内で生成されたラジカルをコリジョンセル132に輸送するための輸送管58が接続されている。輸送管58は、好ましくは絶縁管であり、例えば石英ガラス管やホウケイ酸ガラス管を用いることができる。
【0029】
分析室14には、第3中間真空室13から入射したイオンを輸送するためのイオン輸送電極141、イオンの入射光軸(直交加速領域)を挟んで対向配置された1組の押出電極1421と引込電極1422からなる直交加速電極142、該直交加速電極142により飛行空間に送出されるイオンを加速する加速電極143、飛行空間にイオンの折り返し軌道を形成するリフレクトロン電極144、イオン検出器145、及び飛行空間の外縁を規定するフライトチューブ146を備えている。分析室14に進入したイオンの進行方向は、直交加速電極142により飛行空間の側に偏向される。進行方向が偏向されたイオンは加速電極143によって加速されて飛行空間に進入し、各イオンの質量電荷比に応じた飛行時間で折り返し軌道を飛行したあと、イオン検出器145で検出される。
【0030】
制御・処理部7は、上記各部の動作を制御するとともに、イオン検出器145で得られたデータを保存し、クロマトグラムやマススペクトルを作成及び解析する機能を有する。制御・処理部7は、記憶部71を備えており、さらに機能ブロックとして測定条件設定部72、測定制御部73を備えている。制御・処理部7の実体は一般的なコンピュータであり、上記の機能ブロックは、予めインストールされた質量分析用プログラムをプロセッサで実行することにより具現化される。また、制御・処理部7にはマウスやキーボードなどからなる入力部8と、液晶ディスプレイ等で構成される表示部9が接続されている。
【0031】
記憶部71には、複数の目的化合物のそれぞれについて、当該目的化合物を測定する際の測定パラメータ(目的化合物の保持時間、使用するラジカルの種類及び生成条件、プリカーサイオンの質量電荷比等)を記載したメソッドファイルが保存されている。ラジカルの生成条件には、当該ラジカルの生成に使用する原料ガスの種類や流量等が含まれる。また、複数種類のラジカルのそれぞれについて、当該ラジカルを生成する際に使用する原料ガスの流量と、当該流量で原料ガスを供給する際にヒータ1331に供給する電力量と、その電力量の供給を開始及び終了するタイミングを対応付けた情報(ヒータ電力情報)が保存されている。
図3はヒータ電力情報の一例である。上記電力量の供給を開始するタイミングは、原料ガスの供給開始時、及び供給終了時に対して設定される。具体的には、例えば、上記電力量の供給を開始してから第1時間(例えば30秒)経過後に原料ガスの供給を開始する、上記電力量の供給を終了してから第2時間(例えば1分)経過後に原料ガスの供給を停止する、のように設定される。
【0032】
次に、本発明に係る質量分析方法の一例として、本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置100を用いた分析の手順を説明する。
図4は、分析の手順を示すフローチャートである。なお、本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置100では、本体の電源が投入されている間、分析を行わない時間帯(待機時間)にも電源137からヒータ1331に電力が供給され、コリジョンセル132の内部が所定の温度(例えば130℃)に維持されるように制御(Proportional-Integral-Differential Control: PID制御)されている(ステップ1)。この時に供給される電力量を、以下ではPID電力量とも呼ぶ。なお、PID電力量は温度センサ1321により測定される温度と上記所定の温度の差に応じて変化する。
【0033】
使用者が所定の入力操作により分析開始を指示すると、測定条件設定部72は、測定条件を設定するための画面を表示部9の画面に表示する。使用者が、その画面を通じて目的化合物を指定すると、測定条件設定部72は、当該目的化合物の測定パラメータを記憶部71から読み出し、そこに含まれるラジカルの種類及び生成条件(原料ガスの種類、流量等)に対応するヒータ電力情報(ヒータ1331に供給する電力量及び該電力量の供給を開始及び終了するタイミング)とともに表示部9の画面に表示する。使用者は、表示された内容を確認し、必要に応じて測定パラメータやヒータ1331に供給する電力量を変更する。使用者が測定パラメータ及び電力量を含む測定条件を決定すると(ステップ2)、測定条件設定部72は、それらの情報を反映したバッチファイルを作成して記憶部71に保存する。なお、過去に同じ測定パラメータ等を用いた測定が行われている場合には、使用者に記憶部71に保存されたバッチファイルを指定させてもよい。ここで決定された電力量を、以下ではガス供給時電力量とも呼ぶ。ここでは、測定パラメータやヒータ1331に供給する電力量を含む測定条件をユーザに確認及び決定させる構成としたが、ユーザによる確認及び決定の工程を省略し、予め保存されたものをそのまま用いてバッチファイルを作成してもよい。
【0034】
その後、使用者がオートサンプラ24に液体試料をセットして測定開始を指示すると(ステップ3)、測定制御部73は、バッチファイルに記載された内容に基づいて、各部の動作を制御して以下のように測定動作を実行する。
【0035】
まず、電源137からヒータ1331に供給する電力量をPID電力量からガス供給時電力量に変更する(ステップ4)。ここでは、PID電力量からガス供給時電力量に変更する、と表現したが、実際上は、ガス供給時にもPID制御自体は継続して行いつつ、ガス供給時に、ガス供給時電力量に応じてPID電力量から所定の電力量を増減(オフセット)した量の電力をヒータ1331に供給することが考えられる。つまり、ガス供給時にPID制御を解除する場合には、ガス供給時電力量を絶対値として設定すればよく、あるいはガス供給時にもPID制御を継続する場合には、ガス供給時電力量を、PID電力量からのオフセット量として設定すればよい。
【0036】
ガス供給時電力量に変更したあと、バッチファイルに記載された第1時間が経過すると(ステップ5でYES)、原料ガス供給源52から原料ガスをラジカル生成室51に導入するとともに、高周波電力供給部53からスパイラルアンテナ542に高周波電力を投入する(ステップ6)。これにより、ラジカル生成室51の内部でプラズマが発生し、原料ガスからラジカルが生成される。ラジカル生成室51で生成されたラジカルは、輸送管58を通ってコリジョンセル132へと流入する。
【0037】
続いて、オートサンプラ24にセットされた液体試料を液体クロマトグラフ2のインジェクタ22に導入する(ステップ7)。インジェクタ22に導入された液体試料は、移動相の流れに乗ってカラム23に導入され、該カラム23の内部で化合物毎に分離され、順次、ESIプローブ101に導入される。
【0038】
ESIプローブ101で生成された目的化合物のイオンはイオン化室10と第1中間真空室11の圧力差により、加熱キャピラリ102を通って第1中間真空室11に引き込まれる。第1中間真空室11ではイオンガイド111によってイオンがイオン光軸Cの近傍に集束される。また、第1中間真空室11で集束されたイオンは続いて第2中間真空室12に進入し、再びイオンガイド121によってイオン光軸Cの近傍に集束されたあと、第3中間真空室13に進入する。第3中間真空室13では、四重極マスフィルタ131によって、目的化合物から生成されたイオンの中からプリカーサイオンが選別される。四重極マスフィルタ131を通過したプリカーサイオンはコリジョンセル132に導入される(ステップ8)。
【0039】
コリジョンセル132の内部では、輸送管58を通じてラジカル生成室51から供給されるラジカルが、プリカーサイオンに付着する。これによってラジカル付着反応が生じ、プリカーサイオンが解離してプロダクトイオンが生成される。あるいは、ラジカルが付着したアダクトイオンが生成される場合もある。以降の説明では、アダクトイオンを含めてプロダクトイオンと呼ぶ。
【0040】
分析室14に進入したプロダクトイオンはイオン輸送電極141によって直交加速電極142に輸送される。直交加速電極142には所定の周期で電圧が印加され、イオンの飛行方向がそれまでと略直交する方向に偏向される。飛行方向が偏向されたイオンは、加速電極143によって加速されて飛行空間に送出される。飛行空間に送出されたイオンは、リフレクトロン電極144とフライトチューブ146で規定された所定の飛行経路を、各イオンの質量電荷比に応じた時間で飛行して相互に分離し、イオン検出器145で検出される(ステップ9)。
【0041】
イオン検出器145はイオンが入射する毎にイオンの入射量に応じた大きさの信号を出力する。イオン検出器145からの出力信号は順次、記憶部71に保存される。記憶部71には、イオンの飛行時間とイオンの検出強度を軸とする測定データが保存される。
【0042】
バッチファイルに記載された測定(複数の測定が記載されている場合はそれらすべての測定)を完了すると(ステップ10でYES)、測定制御部73は、電源137からヒータ1331に供給する電力量をガス供給時電力量からPID電力量に変更する(ステップ11)。ヒータ1331に供給される電力量をPID電力量に変更したあと、バッチファイルに記載された第2時間が経過すると(ステップ12でYES)、原料ガス供給源52からの原料ガスの供給及びスパイラルアンテナ542への高周波電力の供給を停止する(ステップ13)。バッチファイルに記載されている測定に未実行のものがある場合には(ステップ10でNO)、ステップ7に戻る。なお、ここでは、全ての試料の測定に同じ種類のラジカルを同じ条件で使用する場合を想定しているが、試料毎に異なる種類のラジカルを照射する、あるいは同じラジカルを異なる条件で照射する場合には、ステップ4(
図4に破線で表示)に戻ればよい。
【0043】
本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置100では、ヒータ電力情報に基づいて、電源137からヒータ1331に供給する電力量をPID電力量からガス供給時電力量に変更し、それから第1時間経過後に、原料ガスをラジカル生成室51に供給するとともにスパイラルアンテナ542に高周波電力を投入してラジカルを生成する。また、測定終了後には、電源137からヒータ1331に供給する電力量をPID電力量に戻し、そこから第2時間経過後に、ラジカル生成室51への供給と、スパイラルアンテナ542への高周波電力の投入を停止する。
【0044】
原料ガスからラジカルを生成する際にラジカル化するのは原料ガスの一部であり、残りは未反応のまま残る。通常、原料ガスの温度はPID制御時のコリジョンセル132の内部の温度よりも低温であるため、未反応の原料ガスがコリジョンセル132に流れ込むとコリジョンセル132が冷却されて内部の温度が低下する。コリジョンセル132の内部の温度が低下すると、該コリジョンセル132に進入したプリカーサイオンが冷却されて反応性が低下する。その結果、ラジカル付着反応が生じにくくなり、プロダクトイオンの生成量が減少し、測定感度が悪くなってしまう。
【0045】
これに対し、本実施例では、複数種類のラジカルのそれぞれについて、当該ラジカルを生成する際に使用する原料ガスの流量と、当該流量で原料ガスを供給する際にヒータ1331に供給する電力量と、その電力量の供給を開始及び終了するタイミングを対応付けたヒータ電力情報を予め用意しておき、これに基づいて電源137からヒータ1331に供給する電力量をPID制御時の電力量から増大するため、原料ガスが流入してもコリジョンセル132の温度がPID制御時の温度に維持され、所望のラジカル付着反応を効率よく生じさせることができる。
【0046】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。
【0047】
上記実施例ではプラズマを生じさせて原料ガスからラジカルを生成したが、ラジカルの生成方法はこれに限定されない。例えば、原料ガスを熱解離させることによりラジカルを生成することもできる。この場合、PID制御されているコリジョンセル132よりも高温に加熱された原料ガスがコリジョンセル132に流入することでコリジョンセル132が加熱される。従って、この場合にはガス供給時電力量をPID電力量よりも小さくすればよい。
【0048】
上記測定例では、非測定時にもPID電力量をヒータ1331に供給してコリジョンセル132の温度をPID制御する構成としたが、コリジョンセル132の内部が汚染される可能性が低い場合には、非測定時にヒータ1331に電力を供給しなくてもよい。また、上記実施例では、測定中に常時、ガス供給時電力量をヒータ1331に供給する構成としたが、少なくともプリカーサイオンとラジカルの両方がコリジョンセル132に導入される時間帯、即ちラジカル付着反応によりプロダクトイオンが生成される時間帯にプリカーサイオンが冷却されることを防止すればよく、当該時間帯にのみガス供給時電力量を供給してもよい。
【0049】
上記実施例では、ラジカル生成室51への原料ガスの供給及びスパイラルアンテナ542への高周波電力の供給を開始してから即時にはプラズマが生じず、ラジカルが生成されるタイミングが送れる可能性がある場合を想定して、測定中は常時、原料ガスからラジカルを生成してコリジョンセル132に供給したが、ラジカルの種類や生成条件によっては、ラジカル生成室51への原料ガスの供給及びスパイラルアンテナ542への高周波電力の供給を開始すると即時にラジカルを生成可能である場合がある。あるいは、輸送管58にラジカル生成室51で生成されたラジカルをコリジョンセル132に導入する流路と、外部に排出する流路とに切り替え可能な切り替えバルブを設けることもできる。これらの場合、プリカーサイオンがコリジョンセル132に導入されるタイミングに合わせて即時にラジカルを導入することが可能である。つまり、ラジカルとともに原料ガスがコリジョンセル132に流れ込む時間帯が測定時間全体の一部(プリカーサイオンがコリジョンセル132に導入される時間帯とほぼ同じ時間帯)のみとなるため、その時間帯にのみガス供給時電力量をヒータ1331に供給すればよい。
【0050】
また、上記実施例では、電力量をガス供給時電力量に変更してから第1時間が経過した後に原料ガスをラジカル生成室51に供給し、また、電力量をPID電力量に変更してから第2時間が経過した後に原料ガスの供給を終了したが、コリジョンセル132の精緻な温度制御が求められない場合には、電力量の変更と、原料ガスの供給の開始/終了を同時に行ってもよく、あるいは逆の順番で行ってもよい。
【0051】
上記実施例では、コリジョンセル132にプリカーサイオン及びラジカルを導入してラジカル付着反応を生じさせたが、コリジョンセル132に代えて三次元イオントラップを用いることもできる。また、上記実施例では質量分離部として四重極マスフィルタと飛行時間型質量分離部を用いたが、他の種類の質量分離部を用いてもよい。また、上記実施例では液体クロマトグラフと質量分析装置を組み合わせたが、ガスクロマトグラフと質量分析装置を組み合わせたり、あるいは質量分析装置のみを用いたりする場合にも上記同様の構成を採ることができる。
【0052】
[態様]
上述した複数の例示的な実施例は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0053】
(第1項)
本発明の一態様に係る質量分析方法は、
試料成分由来のプリカーサイオンとラジカルを反応室で反応させることにより該プリカーサイオンからプロダクトイオンを生成して質量分析する方法であって、
原料ガスからラジカルを生成するステップと、
前記ラジカルの生成条件に応じた量の電力を前記反応室に設けられた温度制御部に供給した状態で該反応室に前記ラジカル及びプリカーサイオンを導入するステップと、
前記反応室で前記プリカーサイオンから生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離し検出するステップと
を含む。
【0054】
(第5項)
本発明の一態様に係る質量分析装置は、
プリカーサイオンが導入される反応室と、
前記反応室に設けられた温度制御部と、
前記温度制御部に電力を供給する給電部と、
原料ガスからラジカルを生成して前記反応室に導入するラジカル生成部と、
前記給電部及び前記ラジカル生成部の動作を制御するものであって、前記反応室に前記ラジカルが導入される時間帯に前記ラジカル生成部におけるラジカル生成条件に応じた量の電力を前記温度制御部に供給する測定制御部と、
前記反応室で前記プリカーサイオンから生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、
前記質量分離部で分離された後のイオンを検出するイオン検出部と
を備える。
【0055】
第1項の質量分析方法及び第5項の質量分析装置では、プリカーサイオンが導入される反応室にラジカルが導入される時間帯に、ラジカル生成条件に応じた量の電力を温度制御部に供給する。例えば、ラジカルとともに、低温の原料ガスが反応室に流入する場合には、温度制御部に供給する電力量を大きくし、ラジカルとともに上記所定の温度よりも高温の原料ガスが反応室に流入する場合には、温度制御部に供給する電力量を小さくする。第1項の質量分析方法及び第5項の質量分析装置では、反応室にラジカルを供給する際に該ラジカルの生成条件に応じた量の電力を温度制御部に供給することによって、ラジカルとともに反応室に流入する原料ガスによる反応室の温度変化を補償することにより、ラジカル供給時の反応室の不所望の温度変化を抑制することができる。
【0056】
(第2項)
第1項に記載の質量分析方法において、
測定開始前及び/又は測定終了後の時間帯に、前記温度制御部に所定量の電力を供給して前記反応室を予め決められた温度に維持し、測定中の一部または全部の時間帯に、前記温度制御部に供給する電力量を、前記ラジカルの生成条件に応じた量に変更する。
【0057】
第2項の質量分析方法では、非測定時間帯にも反応室が所定の温度に維持されるため、測定待機時間帯に反応室の温度が低下して該反応室を構成する電極等に種々の化合物が付着して汚染されるのを抑制することができる。
【0058】
(第3項)
第1項又は第2項に記載の質量分析方法において、
前記ラジカル生成条件が、前記原料ガスの種類、該原料ガスから生成するラジカルの種類、及び該原料ガスの流量を含む。
【0059】
ラジカル生成部において原料ガスからラジカルが生成される割合は、原料ガスの種類とラジカルの組み合わせによって異なる。また、反応室に流入する原料ガスの量は、ラジカル生成室に供給する原料ガスの流量によって異なる。第3項の質量分析方法では、原料ガスの種類、該原料ガスから生成するラジカルの種類、及び該原料ガスの流量を含むラジカル生成条件に応じた量の電力を温度制御部に供給するため、反応室の温度をより高い精度で制御することができる。
【0060】
(第4項)
第1項から第3項のいずれかに記載の質量分析方法において、
前記反応室に前記ラジカルが導入される時間帯に、前記プリカーサイオンの導入の有無に関わらず、前記ラジカルの生成条件に応じた量の電力を前記温度制御部に供給する。
【0061】
第4項に記載の質量分析方法では、プリカーサイオンが反応室に導入されるか否かにかかわらず、反応室の温度を一定に保つことができる。そのため、反応室の温度の低下により該反応室を構成する電極等の汚染を抑制することができる。
【符号の説明】
【0062】
100…液体クロマトグラフ質量分析装置
1…質量分析装置
10…イオン化室
101…ESIプローブ
102…加熱キャピラリ
11…第1中間真空室
111…イオンガイド
112…スキマー
12…第2中間真空室
121…イオンガイド
13…第3中間真空室
131…四重極マスフィルタ
132…コリジョンセル
1321…温度センサ
133…多重極イオンガイド
1331…ヒータ
134…イオンガイド
14…分析室
141…イオン輸送電極
142…直交加速電極
1421…押出電極
1422…引込電極
143…加速電極
144…リフレクトロン電極
145…イオン検出器
146…フライトチューブ
2…液体クロマトグラフ
5…ラジカル供給部
51…ラジカル生成室
52…原料ガス供給源
53…高周波電力供給部
54…ラジカル源
541…管状体
542…スパイラルアンテナ
544…磁石
545…プランジャー
546…高周波電力投入部
547…フランジ
548…磁石
58…輸送管
7…制御・処理部
71…記憶部
72…測定条件設定部
73…測定制御部
8…入力部
9…表示部
C…イオン光軸