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特許7601399軟骨を作製するための剤及び軟骨の作製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】軟骨を作製するための剤及び軟骨の作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20241210BHJP
【FI】
C12N5/077
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021558437
(86)(22)【出願日】2020-11-19
(86)【国際出願番号】 JP2020043150
(87)【国際公開番号】W WO2021100796
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2023-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2019209620
(32)【優先日】2019-11-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発効日:令和1年9月8日、刊行物名:第11回プロテオグリカン国際会議(11th Internaional Conference on Proteoglyrcans)プログラムおよびポスター発表情報B-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日:令和1年10月2日、集会名:第11回プロテオグリカン国際会議(11th International Conference on Proteoglycans)、開催場所:石川県立音楽堂
(73)【特許権者】
【識別番号】000119472
【氏名又は名称】一丸ファルコス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003557
【氏名又は名称】弁理士法人レクシード・テック
(72)【発明者】
【氏名】桝谷 晃明
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-183141(JP,A)
【文献】国際公開第2019/142829(WO,A1)
【文献】特開2019-014660(JP,A)
【文献】特表2009-518283(JP,A)
【文献】特開2005-000143(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/077
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インビトロで実施される軟骨の作製方法であって、
軟骨前駆細胞とプロテオグリカンとを接触させて、前記軟骨前駆細胞上に前記プロテオグリカンを含む足場を形成する工程と、
前記軟骨前駆細胞を軟骨細胞へ分化誘導する工程と、を含み、前記分化誘導された軟骨細胞は、軟骨細胞の状態を維持しており、
前記プロテオグリカンは、サケ鼻軟骨由来のプロテオグリカンであり、
前記足場を形成する工程において用いる前記プロテオグリカンの濃度が3.9μg/ml以上であり、
前記分化誘導する工程において、成長因子を添加しない、軟骨の作製方法。
【請求項2】
前記足場を形成する工程は、前記軟骨前駆細胞と前記プロテオグリカン(ただし、前記プロテオグリカンは、プロテオグリカンとコラーゲンとの組成物の形態の場合を除く。)とを接触させて、前記軟骨前駆細胞上に前記プロテオグリカンを含む足場を形成する工程である、請求項1に記載の軟骨の作製方法。
【請求項3】
前記分化誘導では、前記プロテオグリカンの足場が、前記軟骨前駆細胞の細胞膜に接着し、前記細胞膜に存在する上皮成長因子受容体及びインスリン様成長因子1受容体を活性化して、前記軟骨前駆細胞の増殖を促進する、請求項1または2に記載の軟骨の作製方法。
【請求項4】
前記分化誘導では、前記プロテオグリカンの足場が、前記軟骨前駆細胞におけるGDF5の発現を促進することにより、前記軟骨前駆細胞を前記軟骨細胞へ分化誘導する、請求項1から3のいずれか一項に記載の軟骨の作製方法。
【請求項5】
前記軟骨前駆細胞と前記プロテオグリカンを含む足場との接触により、分化誘導された軟骨細胞のRunx2発現を阻害する工程を含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の軟骨の作製方法。
【請求項6】
前記軟骨前駆細胞と前記プロテオグリカンを含む足場との接触により、分化誘導された軟骨細胞の肥大化、および/または軟骨細胞の石灰化を抑制する、請求項1から5のいずれか一項に記載の軟骨の作製方法。
【請求項7】
前記プロテオグリカンが、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカンである請求項1から6のいずれか一項に記載の軟骨の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【クロスリファレンス】
【0001】
本出願は、日本国において、2019年11月20日に出願された特願2019-209620号に基づく優先権を主張するものであり、当該出願に記載された内容は全て、参照によりそのまま本明細書に援用される。また、本願において引用した全ての特許、特許出願及び文献に記載された内容は全て、参照によりそのまま本明細書に援用される。
【技術分野】
【0002】
本発明は、プロテオグリカンを有効成分とする、軟骨を作製するための剤に関する。また、本発明は、この剤を用いて軟骨を作製する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
例えば、変形性関節症は、運動機能に大きな影響を与えるため、QOLの著しい低下につながり、ヒトの健康寿命にとって大きな問題となっている。変形性関節症は、関節にかかる過度の力学的ストレスや加齢変化によって関節の変形が生じる慢性疾患であるが、詳細な分子メカニズムが解明されていないため、有効な対処法がないのが現状である。運動療法やヒアルロン酸などの関節注射に加え、軟骨欠損に対する自己細胞移植による軟骨再生治療も試みられているが、より有効な治療方法の開発が強く望まれている。
【0004】
例えば、特許文献1には、軟骨前駆細胞及び/又は間葉系幹細胞に作用し、それらの細胞の軟骨分化、増殖、成熟を促進し、軟骨細胞分化を増強し、軟骨細胞の増殖を引き起こすRANKL結合分子を有効量投与することにより軟骨細胞の増殖、分化を誘導し、あるいは軟骨基質産生を増加させる方法が開示されている。ここで、RANKL結合分子とは、9アミノ酸から構成され、二つのシステイン残基がジスルフィド結合により結合した環状ペプチドである。
【0005】
また、特許文献2には、多能性幹細胞又は分化多能性幹細胞の集団から軟骨細胞の集団を生成する方法であって、軟骨前駆細胞をTGF-βスーパーファミリーに属する成長因子の存在下で三次元培養する方法が記載されている。
【0006】
しかしながら、TGF-βスーパーファミリーのような軟骨細胞の増殖を誘導する因子には、軟骨細胞増殖作用以外にも、未分化間葉系幹細胞の凝集、軟骨細胞の肥大及び/又は石灰化の促進作用などの機能を有しており、これらの因子を用いて培養した軟骨は、移植後に骨化し、軟骨としての機能を失ってしまう可能性がある。
【0007】
変形性関節症の初期症状としては、軟骨前駆細胞が存在する最表層から変性・破壊が生じること、及び最表層でのEGFRの活性が恒常性に重要であると報告されている。症状の進行に伴って細胞外マトリックスが顕著に減少し、中でも軟骨に豊富に存在しているプロテオグリカンの減少は粘弾性に大きく関係している。軟骨ではコンドロイチン硫酸を主要なグリコサミノグリカン(GAG)として構成しているアグリカン(aggrecan、アグレカンともいう)というプロテオグリカンが主である。一方、アグリカンの粘弾性以外の詳細な機能は不明な点が多い。近年、サケ鼻軟骨から高精度にアグリカンタイプのプロテオグリカン(SPG)を精製することが可能となり、その多様な機能の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第5730018号公報
【文献】特許第6399558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、軟骨前駆細胞の増加及び/又は分化誘導を促進するとともに、軟骨細胞の増殖も促進すること、軟骨細胞の肥大及び/又は石灰化を抑制すること、などにより、変形性関節症等の治療に使用しうる軟骨の維持及び/又は改善のための材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであって、プロテオグリカン(PG)が、軟骨前駆細胞の増加、分化誘導及び石灰化抑制作用などを有するという発見に基づく。
【0011】
すなわち、本発明は以下の実施形態を含む。
(1)プロテオグリカンを有効成分とする、軟骨を作製するための剤。
(2)軟骨前駆細胞を増殖させ、かつ軟骨前駆細胞を軟骨細胞に分化誘導するための足場形成剤である(1)に記載の剤。
(3)軟骨前駆細胞が、哺乳動物の間葉系幹細胞である(1)又は(2)に記載の剤。
(4)成長因子(上皮増殖因子(EGF)、IGF-1、インスリン、BMPなどのTGF-βスーパーファミリーに属する成長因子など)を実質的に含まない(1)~(3)の何れかに記載の剤。
(5)プロテオグリカンが、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカンである(1)~(4)の何れかに記載の剤。
(6)軟骨前駆細胞とプロテオグリカンとを接触させて、軟骨前駆細胞上にプロテオグリカンを含む足場を形成する工程と、軟骨前駆細胞を軟骨細胞へ分化誘導する工程と、を含み、分化誘導された軟骨細胞の肥大及び/又は石灰化が抑制されて軟骨細胞の状態を維持している、軟骨の作製方法。
(7)軟骨前駆細胞とプロテオグリカンとを接触させる工程がインビトロで行われる、(6)に記載の軟骨の作製方法。
(8)プロテオグリカンが、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカンである(6)又は(7)に記載の軟骨の作製方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の剤は、軟骨前駆細胞の増加及び/又は分化誘導を促進するとともに、軟骨細胞の増殖を促進すること、軟骨細胞の肥大及び/又は石灰化を抑制すること、などにより、変形性関節症等の治療に使用しうる軟骨の維持及び/又は改善のための材料を作製するために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、プロテオグリカンが細胞膜に局在し、軟骨細胞の増殖、分化及び維持を制御する作用機構を示した模式図である。
図2図2は、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の増殖に及ぼす影響を調べた結果である。図2では細胞増殖効果(Relative cell proliferation)を定量化したデータを示す。プロテオグリカンを添加しない群(0μg/mL)のときの細胞増殖効果を100%としたとき、プロテオグリカンを3.9μg/mL添加した群が114.4%、プロテオグリカンを7.8μg/mL添加した群が121.5%、プロテオグリカンを15.6μg/mL添加した群が122.0%、プロテオグリカンを31.3μg/mL添加した群が118.1%、プロテオグリカンを62.5μg/mL添加した群が122.0%、プロテオグリカンを125μg/mL添加した群が127.2%、プロテオグリカンを250μg/mL添加した群が131.2%、プロテオグリカンを500μg/mL添加した群が130.8%であった。
図3図3は、プロテオグリカンの添加による、IGF-1受容体及びEGF受容体のリン酸化(受容体活性化)に及ぼす影響を調べた結果である。
図4図4は、軟骨前駆細胞に接触させたプロテオグリカンの局在を、共焦点顕微鏡を用いて空間解析した結果である。
図5図5は、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の軟骨分化に及ぼす影響を調べた結果である。図5Bではアリシアンブルーの陽性のエリア(Relative alcian blue staining area)を定量化したデータを示す。アリシアンブルー染色の陽性のエリアが、プロテオグリカンを添加しない群(0μg/mL)が0.12%、プロテオグリカンを12.5μg/mL添加した群が6.37%、プロテオグリカンを25μg/mL添加した群が7.80%、プロテオグリカンを50μg/mL添加した群が13.54%、であった。また、陽性対象のインスリンの添加群においては、アリシアンブルー染色の陽性のエリアが、インスリンを添加しない群(0μg/mL)が0.43%、インスリンを0.1μg/mL添加した群が3.79%、インスリンを1μg/mL添加した群が7.03%、インスリンを10μg/mL添加した群が24.78%であった。
図6図6は、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の軟骨分化組織の三次元構造の観察結果である。図6Aは、光学顕微鏡で、400倍の倍率で観察した結果(21日間培養した細胞を観察した結果)である。図6Bでは、プロテオグリカンの添加により分化した軟骨細胞が増殖すること(Relative cell growth)を定量化したデータを示す。プロテオグリカンを添加しない群(0μg/mL)が100%として、プロテオグリカンを6.25μg/mL添加した群が118.0%、プロテオグリカンを12.5μg/mL添加した群が121.8%、プロテオグリカンを25μg/mL添加した群が126.0%、プロテオグリカンを50μg/mL添加した群が135.8%、であった。なお、陽性対象のインスリンの添加した群においては、インスリンを添加しない群(0μg/mL)が100%として、プロテオグリカンを10μg/mL添加した群が163.8%であった。
図7図7は、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の軟骨の分化を調節する因子の発現を調べた結果である。図7において、「C」はコントロール(プロテオグリカンの未添加の群)、「P」はプロテオグリカンを添加した群、「I」は陽性対象のインスリンの添加した群、を示す。図7Bではプロテオグリカンの添加によるIGF-1受容体のリン酸化を定量化したデータ(Relative Quantity of Phospho IGF-1R protein(folds))を示す。6時間(6h)において、Cを1としたとき、Pは2.95、Iは19.18であった。24時間(24h)において、Cを1としたとき、Pは1.94、Iは1.77であった。48時間(48h)において、Cを1としたとき、Pは1.53、Iは1.22であった。図7Dではプロテオグリカンの添加によるGdf5の発現を定量化したデータ(Relative Quantity of Gdf5 protein(folds))を示す。7日(Day7)において、Cを1としたとき、Pは1.60、Iは2.24であった。14日(Day14)において、Cを1としたとき、Pは2.17、Iは2.73であった。
図8図8は、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の石灰化に及ぼす影響を調べた結果である。図8Cでは、アリザリンレッド染色の陽性エリア(Relative alizarin red staining area)を定量化したデータを示す。このエリアが、プロテオグリカンを添加しない群(0μg/mL)が42.16%、プロテオグリカンを10μg/mL添加した群が27.03%、プロテオグリカンを50μg/mL添加した群が1.08%、プロテオグリカンを250μg/mL添加した群が0.58%、であった。
図9図9は、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞での軟骨の石灰化を調節する因子(mRNA)の発現を調べた結果である。図9において、「C」はコントロール(プロテオグリカンの未添加の群)、「P」はプロテオグリカンを添加した群、を示す。図9AはRunx2のmRNAの発現量(Relative Quantity of Runx2 mRNA(folds))を示す。28日(Day28)におけるCを1.00としたとき、42日(Day42)においてCが0.86で、Pが0.32であり、52日(Day52)においてCが1.21で、Pが0.44であった。図9BはCol10のmRNAの発現量(Relative Quantity of Col10 mRNA(folds))を示す。28日(Day28)におけるCを1.00としたとき、42日(Day42)においてCが3.87で、Pが0.11であり、52日(Day52)においてCが4.05で、Pが0.34であった。図9CはMgpのmRNAの発現量(Relative Quantity of Mgp mRNA(folds))を示す。28日(Day28)におけるCを1.00としたとき、42日(Day42)においてCが1.20で、Pが1.86であり、52日(Day52)においてCが0.97で、Pが1.91であった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせのすべてが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。また、本明細書において引用されるすべての特許文献及び非特許文献の開示は、全体として本明細書に参照として組み込まれる。
【0015】
(軟骨を作製するための剤)
本発明の一実施形態に係る軟骨を作製するための剤は、有効成分としてプロテオグリカンを含む。ここで、軟骨とは、脊椎動物の鼻、肋骨、関節、気管の周囲、耳殻、椎間板などに存在する結合組織の1つであり、細胞外基質と、軟骨細胞との複合体をいう。軟骨における細胞外基質を、軟骨基質という場合もある。軟骨基質の主成分は、コラーゲン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸及びプロテオグリカンなどを含む。コンドロイチン硫酸に代表される軟骨基質は、大量の陰電荷を持っており、静電的にナトリウムイオンや水和水を引きつけることにより、軟骨は豊富な水分を含んでいる。したがって、本実施形態における「軟骨」とは、少なくとも1つの軟骨基質と軟骨細胞とを含む複合体であればよく、生体内に存在する軟骨組織のみならず、これと類似する様々な複合体材料を意味する。例えば、軟骨細胞と、プロテオグリカンとからなる複合体であってもよい。
【0016】
本実施形態の剤は、軟骨前駆細胞を増殖させ、かつ軟骨前駆細胞を軟骨細胞に分化誘導するための足場形成剤であることが好ましい。軟骨前駆細胞とは、適切な培養条件で軟骨細胞に分化する能力を有する細胞を意味する。好ましくは、軟骨前駆細胞は、間葉系幹細胞、胚性幹(ES)細胞及び人工多能性幹(iPS)細胞などを含み、上記間葉系幹細胞は、脂肪由来、骨髄由来、臍帯由来、臍帯血由来、胎盤由来、滑膜由来、骨膜由来又は軟骨膜由来細胞を含む。足場形成剤とは、軟骨前駆細胞と接着し、足場を提供することにより何らかのシグナルを伝達して、接着した軟骨前駆細胞を増殖させると共に、軟骨細胞への分化を促す作用を有する剤を意味する。
【0017】
本実施形態の足場形成剤が、軟骨前駆細胞を増殖させ、かつ軟骨前駆細胞を軟骨細胞へ分化誘導する作用については、必ずしも明らかではなく、また、いかなる理論にも拘束されるわけではないが、図1で示すような作用機構に基づくと推定される。すなわち、本実施形態の足場形成剤は、軟骨前駆細胞の細胞膜に局在し、細胞周囲基質(PCM)として細胞の環境を制御する。後述する実施例で示すように、プロテオグリカンは、細胞膜の上皮成長因子(EGF)受容体及びインスリン様成長因子1(IGF-1)受容体のリン酸化を促進して、細胞に増殖シグナルを伝達する。軟骨前駆細胞は、関節の形成に重要な役割を果たすことが知られている成長因子であるGDF5(BMP14)により軟骨細胞に分化誘導されるが、プロテオグリカンは、その発現を促進する。
【0018】
一方、プロテオグリカンは、軟骨の石灰化を誘導することが知られているRunx2の発現を阻害して、軟骨の肥大化を抑止する。このとき、軟骨石灰化のマーカーであるコラーゲンタイプXの発現も抑止される。また、マトリックスGlaタンパク質(MGP)の発現を増強することにより、軟骨の骨化を抑制する。このように、プロテオグリカンを含む細胞外マトリックスの減少は、軟骨組織の粘弾性を低下させるだけでなく、軟骨細胞の代謝にも大きな影響を与えると考えられる。したがって、プロテオグリカンを有効成分として含む足場形成剤は、変形性関節症の治療に使用しうる軟骨の維持及び/又は改善のための材料としての軟骨の製造に有用である。
【0019】
(プロテオグリカン)
本発明の有効成分として用いるプロテオグリカンは、コアタンパク質にコンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸等のグリコサミノグリカン(以下GAGと表す。)と呼ばれる糖鎖が共有結合した糖タンパク質である。プロテオグリカンは、細胞外マトリックス(以下ECMと表す。)の主要構成成分の一つとして皮膚や軟骨など体内に広く分布している。GAG鎖は分岐を持たない長い直鎖構造を持つ。多数の硫酸基とカルボキシル基を持つため負に荷電しており、GAG鎖はその電気的反発力のために延びた形状をとる。また、プロテオグリカンは、糖の持つ水親和性により、多量の水を保持することができる。プロテオグリカンに含まれる多数のGAG鎖群はスポンジのように水を柔軟に保持しながら、弾性や衝撃への耐性といった軟骨特有の機能を担っている。
【0020】
プロテオグリカンのコアタンパク質はマトリックス中の様々な分子と結合する性質をもつ。軟骨プロテオグリカンの場合、N末端側にヒアルロン酸やリンクタンパク質との結合領域を持ち、これらの物質と結合すること、同一分子間で会合することもある。C末端にはレクチン様領域、EGF様領域などを持ち様々な他の分子と結合する。この性質により、プロテオグリカンはそれぞれの組織にあった構造を築く。
【0021】
プロテオグリカンのうち、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカンは、コンドロイチン硫酸がコアタンパク質に共有結合されているプロテオグリカンである。また、サケ鼻軟骨由来のプロテオグリカンは、サケの鼻軟骨から抽出して得られたプロテオグリカンである。ここで、サケは、例えばサケ属(Oncorhynchus)に属する魚(通称シロザケ、学名:Oncorhynchus keta)であるが、シロザケ以外にも、タイセイヨウサケ(アトランティックサーモン)、ベニザケ、ギンザケ、キングサーモン等でもよい。好ましくは軟骨前駆細胞の増殖促進の観点で学名が「Oncorhynchus keta」のサケが選択される。この他、ニワトリ(胸軟骨由来)、ブタ(気管支軟骨由来)、カレイ(ヒレ由来)等であってもよい。
【0022】
プロテオグリカンの製造方法についても特に制限はなく、サケ等の魚類の軟骨からグアニジン塩酸塩溶液で抽出する方法、抽出溶液として、酢酸を用いる方法等、適宜選択することができる。
【0023】
以下、実施例で示す実験において、プロテオグリカンとしてサケ鼻軟骨由来のプロテオグリカン(富士フイルム和光純薬株式会社(商品コード:162-22131、168-22133))を用いた。
【0024】
(剤型及び/又は製剤形態)
プロテオグリカンを有効成分として含む軟骨を作製するための剤又は足場形成剤の剤型については、特に限定されず、固体状、半固体状、又は液体状のいずれであってもよく、軟骨を作製する部位、用途、投与方法などに応じて適宜設定することができる。
本発明に係る剤では、IGF-1、インスリン、上皮増殖因子(EGF)、軟骨細胞への分化を誘導することが報告されているBMPなどのTGF-βスーパーファミリーに属する成長因子などの成長因子を実質的に含まないことが好ましい。ここで、実質的に含まないとは、軟骨を作製するための剤をヒト等の動物の生体に適用(投与など)した場合に悪影響を及ぼさない程度であることをいい、好ましくは、下記で記載の分化誘導工程で用いる培養液に成長因子を積極的に添加しないことなどを意味する。
【0025】
(軟骨の作製方法)
本発明の他の実施形態では、プロテオグリカンを用いて軟骨を作製する方法に関する。この方法は、軟骨前駆細胞とプロテオグリカンとを接触させて、軟骨前駆細胞上にプロテオグリカンを含む足場を形成する工程(足場形成工程)と、軟骨前駆細胞を軟骨細胞へ分化誘導する工程(分化誘導工程)と、を含む。そして、このようにして分化誘導された軟骨細胞は、その石灰化などが抑制されて、軟骨細胞の状態を維持していることを特徴とする。
【0026】
足場形成工程で用いる軟骨前駆細胞及びプロテオグリカンについては上述した通りである。軟骨前駆細胞と、プロテオグリカンとを接触させる環境は、試験管内(インビトロ)又は生体内(インビボ)のいずれであってもよい。インビトロの環境としては、特に限定しないで従来公知の各種の培養容器を用いることができる。培養面は、平面又は曲面であってもよく、これらの面にコラーゲン等のECMをあらかじめコーティングしておいてもよい。このような培養容器としては、各種の平面培養用容器を挙げることができ、具体的には、T型フラスコ、角型フラスコ、TD型フラスコ、シャーレ等を挙げることができる。培養表面の材質も限定しないで用いることができる。
【0027】
軟骨前駆細胞と、プロテオグリカンとの接触は、プロテオグリカンをコーティングしておいた培養容器を用いて軟骨前駆細胞を培養する方法、あるいは培養液中に所定量のプロテオグリカンを添加して培養する方法及びこれらの両方であってもよい。培養液中に添加する場合のプロテオグリカンの濃度は、例えば、好ましくは0.5μg/mL以上であり、より好ましくは1μg/mL以上であり、更に好ましくは3.0μg/mL以上である。
【0028】
培養液については、特に制限はなく、通常の細胞培養に使用される培養液を用いることができる。好ましい培養液の例には、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、イーグル最少必須培地(MEM)、イーグル基礎培地(BME)、Click培地、LeibovitzのL-15培地、McCoy 5A培地、グラスゴー最少必須培地(GMEM)、NCTC109培地、ウィリアムE培地、RPMI-1640、199培地、ハムF12培地及びSFM(Gibco)が含まれる。また、本発明では、これらの培地の2以上を混合した培養液を用いることもある。培養液には血清、好ましくは牛胎児血清を含むが、特定のサイトカインを含む無血清培地を用いてもよい。
【0029】
足場を形成するための、軟骨前駆細胞とプロテオグリカンとの接触時間は、プロテオグリカンが軟骨前駆細胞に接着すれば特に制限はない。
【0030】
足場を形成するプロテオグリカンは、軟骨前駆細胞の細胞膜に接着し、細胞膜に存在するEGF受容体やIGF-1受容体を活性化して軟骨前駆細胞の増殖を促進すると考えられる。軟骨前駆細胞の増殖の程度は、培養液の組成、培養時間などによって異なるが、後述する実施例で示すように、例えば4日間の培養で少なくとも20%程度の細胞増殖が認められる。
【0031】
分化誘導工程は、プロテオグリカンの足場を形成した上記の軟骨前駆細胞を、インビトロ又はインビボで培養、維持する工程である。この工程では、軟骨前駆細胞とプロテオグリカンとが接着して複合体を形成しているため、細胞周囲に存在する培養液を交換しても複合体が解離することはない。したがって、インビトロで培養する場合、交換する培養液中にプロテオグリカンを添加することは必ずしも必要ではないが、所定の濃度で添加することが好ましい。分化誘導工程において、培養液中に添加する場合のプロテオグリカンの濃度は、好ましくは0.5μg/mL以上であり、より好ましくは1μg/mL以上であり、更に好ましくは3.0μg/mL以上である。
【0032】
培養液は、上述した足場形成工程で用いた培養液と実質的に同様であるが、特に、IGF-1、インスリン、上皮増殖因子(EGF)、軟骨細胞への分化を誘導することが報告されているBMPなどのTGF-βスーパーファミリーに属する成長因子などの成長因子を実質的に含まないことが好ましい。ここで、実質的に含まないとは、培養液中の成長因子の含量が、軟骨を作製するための剤をヒト等の動物の生体に適用(投与など)した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液に成長因子を積極的に添加しないことを意味する。
【0033】
TGF-β(トランスフォーミング増殖因子-β)スーパーファミリーには、TGF-β、アクチビン、インヒビン、骨形成タンパク質(BMP)など30種類近くの増殖因子と分化因子が含まれる。
【0034】
一方、培養液には、ウシ血清アルブミンなどの、細胞を支持するためのタンパク質を添加してもよい。所望の場合は、培養液には、培地に加えてバッファー(例えば、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-2-アミノエタンスルホン酸(BSE)、ビス(2-ヒドロキシエチル)アミノ-トリス(ヒドロキシメチル)メタン(BIS-Tris)、N-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-N’-3-プロパンスルホン酸(EPPS又はHEPPS)、グリシン、N-2-ヒドロキシエチルピペラジン-N’-2-エタンスルホン酸(HEPES)、3-(N-モルフォリノ)-プロパンスルホン酸(MOPS)、ピペラジン-N,N’-ビス(2-エタン-スルホン酸)(PIPES)、重炭酸ナトリウム、3-(N-トリス(ヒドロキシメチル)-メチル-アミノ)-2-ヒドロキシ-プロパンスルホン酸)TAPSO、(N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸(TES)、N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-グリシン(トリシン)、トリス(ヒドロキシメチル)-アミノメタン(トリス)など)などを、培養物のアシドーシスを制限する試薬をさらに補充してもよい。さらに、必要に応じて、抗生物質やビタミン類などを加えることができる。
【0035】
軟骨前駆細胞の培養は、細胞を加湿状態にて、例えば、37℃で、2~10%のCO、好ましくは5%のCOを加えて培養させるなど、適切な培養条件下で培養させることができる。プレーティングの初期濃度、増殖培地の品質、細胞に固有の遺伝的要因、温度などを含む種々の要因に応じて、特定の細胞群に対する倍加時間は変化することがある。培養時間は特に制限はなく、コンフルエントの状態になってから20~30日間培養してもよい。培養液は、最初の播種後、例えば、3日から4日ごとに完全に又は部分的に交換される。
【0036】
このようにして分化誘導された軟骨細胞は、肥大及び/又は石灰化などが抑制されて軟骨細胞の状態を維持している。本実施形態の方法によれば、分化した軟骨細胞の細胞膜上に足場を形成したプロテオグリカンが、Runx2の発現を阻害し、さらにマトリックスGlaタンパク質(MGP)の発現を増強することで軟骨の肥大及び/又は石灰化を抑制すると考えられる。
【0037】
(軟骨維持及び/又は改善材料)
一実施形態において、本実施形態で開示される方法により作製される軟骨は、軟骨の維持及び/又は改善のための材料として軟骨組織を再生成する方法に使用される。例えば、それ自体、軟骨の欠損領域に直接用いることができる。あるいは、支持生体材料と共に、軟骨の欠損領域に入れられる。これらによって生成される新たな軟骨組織は、軟骨又は骨の表面を修復する。一実施形態において、本実施形態の軟骨の維持及び/又は改善のための材料は、軟骨関連の障害を処置するために用いることができ、該方法は、本実施形態の軟骨の維持及び/又は改善のための材料を、必要とする被験体の軟骨損傷又は欠損部位に投与する工程を含む。幾つかの実施形態において、軟骨関連の障害は、関節軟骨外傷、半月板損傷、軟骨形成障害、関節炎、軟骨疾患、軟骨肉腫、軟骨軟化症、多発性軟骨炎、再発性多発性軟骨炎、大腿骨頭すべり症、離断性骨軟骨炎、軟骨異形成症、肋軟骨炎、骨軟骨腫、脊椎症、骨軟骨症、ティーツェ症候群、骨端異形成症、手根関連性骨軟骨腫症、軟骨無形成症、軟骨石灰化症、遺伝性軟骨種症、軟骨腫、軟骨無発生症、内軟骨種、軟骨低形成症、及びKeutel症候群である。一実施形態において、軟骨関連の障害は関節炎である。他の実施形態において、関節炎は骨関節炎である。幾つかの実施形態において、骨関節炎は、被験体の膝、指、手首、殿部、脊椎、肩、肘、つま先、足首、又は頚部に生じる。
【実施例
【0038】
以下に示す実施例は、単なる例示であって、上述した実施形態と共に本発明を詳細に説明することのみを意図しており、本発明を限定するものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、係る変更も本発明の範囲に含まれる。
【0039】
1.実験材料及び実験方法
(細胞培養)
ATDC5細胞(軟骨前駆細胞)は、軟骨分化及び石灰化までの複雑な内軟骨性骨化のプロセスをインビトロにて多段階で評価可能である。ATDC5は、理研バイオリソース研究センターから購入した。ATDC5は、通常DMEM/F12に5%FBS、トランスフェリン、亜セレン酸、抗生物質を添加して37℃、5%COで培養した。
【0040】
(ATDC5細胞の増殖の確認試験)
図2で示すように、プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の増殖の変化について、CCK-8アッセイキット(株式会社同仁化学研究所)を用いて評価した。軟骨前駆細胞状態のATDC5細胞は、インスリンなしで0.5%牛胎児血清を含むDMEM/F12培地中に、3.9~500μg/mL濃度のプロテオグリカンを添加して96時間培養後の細胞数を、CCK-8キットにより測定した。また、軟骨分化状態の細胞は、5%牛胎児血清を含むDMEM/F12培地中に、プロテオグリカン又はインスリンを添加して数日間培養後に評価した。図2で示すように、対照として、プロテオグリカンを添加しない群(図2の0μg/mlの群)を含まない実験を行った。
【0041】
(軟骨細胞への分化の誘導)
軟骨への分化を確認するため、プロテオグリカンの添加又は未添加の培養条件において、ATDC5細胞がコンフルエントになった後、21日間培養した。軟骨分化の陽性対照としてインスリンを用いた。
【0042】
(分化した軟骨細胞の石灰化の誘導)
所定の培地にて28日間培養して軟骨に分化したATDC5細胞を、プロテオグリカンの添加又は未添加の培養条件において、5%FBSとインスリンとを含むMEM培地で37℃、3%COの条件にて、24日間培養し、軟骨細胞の石灰化の有無を確認した。
【0043】
(RNAの単離とRT-PCR)
培養されたATDC5細胞は、培養液をすすぎ落した後、RNeasyキット(キアゲン社製)を用いて全RNAを抽出した。抽出したRNAは、NanoDrop分光光度計(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を用いて定量した。50ngの全RNAから、RT-PCRのためのPrimeScript(登録商標)逆転写試薬キット(タカラバイオ社製)を用いてcDNAを調製した。RT-PCTは、37℃、15分間の逆転写反応と、85℃、5秒間の酵素失活条件で行った。
【0044】
(リアルタイム定量PCR)
各遺伝子に対する特異的プライマーとSYBR Premix EX Taq II(タカラバイオ株式会社製)を使用してリアルタイム定量PCRを行った。ターゲットとしてのRunx2、Col10、Mgp及び内部コントロールとしてのRps18に対して使用したフォワードプライマー及びリバースプライマーは、北海道システム・サイエンス株式会社から購入した。サーマルサイクラーダイスリアルタイムシステムシングル(タカラバイオ株式会社製)を使用して、リアルタイム蛍光検出を行った。PCRは、94℃で15分間処理した後、94℃で30秒間及び54~60℃で30秒間の40サイクルの条件で行った。
【0045】
(イムノブロット)
細胞を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後、放射免疫沈降アッセイ(RIPA)バッファーを用いて溶解し、総タンパク質を抽出した。抽出液を凍結融解後、5分間の遠心分離により、抽出されたタンパク質から細胞片を除去した。BCA法(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を使用して、タンパク質濃度を測定した。得られたタンパク質を、2-メルカプトエタノールを含む2×SDSサンプルバッファーで5分間煮沸することにより溶出させた。サンプルをSDS-PAGEで分離した後、Trans-Blot Turbo Transfer System(Bio-Rad Laboratories)を使用して、PVDF膜にタンパク質をブロッティングした。タンパク質ブロットされた膜は、室温で1時間、PVDFブロッキング試薬(東洋紡)でブロックした。その後、CanGet Signal Solution 1(東洋紡)の中で、4℃で一晩、1000倍希釈の抗リン酸化IGF-1R Tyr1135/1136抗体(Cell Signaling Technology)、1000倍希釈の抗リン酸化EGFR Tyr1173抗体(メルク社、Anti-phospho-EGFR (Tyr1173) Antibody)、又は10000倍希釈の抗β-アクチン抗体(Sigma-Aldrich)とインキュベートした。TBS-T溶液で5分間3回洗浄した後、膜をさらに1時間、10000倍希釈のホースラディッシュペルオキシダーゼ(GE Healthcare、UK)に結合したヤギ-ウサギIgG又はヤギ-マウスIgG抗体とともに室温で1時間インキュベートした。 Can Get Signal Solution 2(東洋紡)で、検出前にTBS-Tで3回洗浄した。タンパク質の発現は、Chemi Doc Imaging Systems(Bio-Rad Laboratories)を使用したECL検出システム(GE Healthcare)によって検出した。
【0046】
(アルシアンブルー染色)
細胞をPBSで2回洗浄し、-20℃で10分間メタノールにより固定した後、細胞を0.1 MのHCl中の0.1%Alcian blue 8GXで一晩染色した。 染色後、細胞を3%酢酸で3回洗浄し、位相差顕微鏡(オリンパス)とデジタルカメラを使用して画像を取得した。定量分析では、同じピクセル数で取得した画像から閾値処理によりアルシアンブルーの染色領域を選択することにより、比率を計算した。相対アルシアンブルー染色領域は、プロテオグリカン未添加群をコントロールとした。
【0047】
(アリザリンレッド染色)
所定の条件にて培養したATDC5細胞をPBSで3回すすぎ、メタノールにより-20℃で10分間固定した。それらは、pH6.4の1%アリザリンレッドS(富士フイルム和光純薬株式会社)で5分間染色し、蒸留水で洗浄した。画像は、位相差顕微鏡(オリンパス)とデジタルカメラを使用して取得した。定量分析では、同じピクセル数で取得した画像から閾値処理によりアリザリンレッドで染色された領域を選択することにより、比率を計算した。プロテオグリカン未添加群をコントロールとして用いた。
【0048】
(三次元軟骨分化した組織の評価)
三次元軟骨分化した組織の評価のため、ATDC5細胞を、インスリンなしのコンフルエンス後から21日間、プロテオグリカンの存在又は非存在下で、細胞培養インサート上にてインキュベートした。サンプルを4%パラホルムアルデヒドで固定し、脱水し、パラフィンに包埋し、切片を作製した。次に、4~5μmの切片をヘマトキシリンとエオシンで染色(HE染色)し、光学顕微鏡を用いて評価した。
【0049】
(統計解析)
図2図9に示す定量データ(棒グラフで示すデータ)は、JMP8(SAS Institute Inc.、Cary、NC、USA)を使用して、統計解析も行ったデータである。統計解析を行ったデータは、3回以上の実験データから、その実験データの平均値±SDを表しているデータである。当該定量データは、ガウス分布のデータを想定して、データは分散分析(ANOVA)によって分析したデータである。多重比較を実行するために、ANOVAの後、Dunnett又はTukeyのテストを行ったデータである。図2図9において、統計学的な有意のレベルを次のように示した。*又は†(ダガー):p<0.05、**又は††:p<0.01。
【0050】
2.結果
(プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の増殖に及ぼす影響)
ATDC5細胞を用いて、未分化間葉系の軟骨前駆細胞に対する細胞増殖効果を評価した。増殖試験は、血清濃度を0.5%まで下げた状態にプロテオグリカンを添加して4日間培養を行った後、水溶性テトラゾリウム塩(WST)を発色試薬として評価した。図2に示すように、プロテオグリカンは添加によって有意な細胞増殖効果が認められた。
【0051】
(プロテオグリカンの添加による細胞増殖に関連する受容体のリン酸化の確認)
図2で見られたプロテオグリカンの添加による細胞増殖のメカニズムを検討するために、軟骨細胞を含む間葉系細胞の増殖への関与が知られているIGF-1のシグナルに着目し、その受容体の活性化(プロテオグリカン自体のIGF-1受容体リン酸化への関与の有無の検討など)を評価した。ATDC5細胞におけるプロテオグリカン自体のIGF-1受容体(IGF-1Rとも標記する)のリン酸化への関与を検討するために、血清を完全に抜いた状態でのプロテオグリカンの添加により、IGF-1受容体のリン酸化が上昇するかを評価した。また、血清によるIGF-1受容体のリン酸化をプロテオグリカンがさらに上昇させるかについても同時に評価した。その結果、無血清培地でのATDC5細胞の培養において、IGF-1受容体のリン酸化がほとんど見られない状態において、プロテオグリカンの添加により、IGF-1受容体のリン酸化を誘導した(図3A)。また、血清によるIGF-1受容体のリン酸化状態においても、プロテオグリカンの添加によりリン酸化をさらに上昇された。次に、IGF-1受容体以外のチロシンキナーゼ型受容体としてEGFRに関するプロテオグリカンの効果を、ATDC5細胞を用いて、同様に評価した。その結果、無血清培地でのATDC5細胞の培養において、EGFRのリン酸化がほとんど見られない状態において、プロテオグリカンの添加により、EGFRのリン酸化が誘導された(図3B)。また、血清培地でのATDC5細胞の培養(EGFRのリン酸化の状態)において、プロテオグリカンの添加により、EGFRのリン酸化がさらに上昇された。
【0052】
(軟骨前駆細胞に接触させたプロテオグリカンの局在の空間解析)
蛍光ラベルをしたプロテオグリカンを用いて、軟骨前駆細胞に接触させたプロテオグリカンの局在化を、共焦点顕微鏡を用いて、空間解析を行った。
【0053】
まず、この確認で用いた蛍光ラベルをしたプロテオグリカンを作製した。ATTO 488 NHS ester(Sigma-Aldrich)とプロテオグリカンとを、メーカー推奨の方法(製品:ATTO 488 NHS ester (Sigma-Aldrich)に示す方法)にて、室温で2時間反応させた。この反応の後、Zeba Spin Desalting Column(Thermo Fisher Scientific)を用いて精製を行い、蛍光ラベル化プロテオグリカンを回収した。
【0054】
次に、無血清条件下のDMEM/F12培地にあるATDC5細胞に、蛍光ラベル化プロテオグリカンを添加して、37℃、5%COの条件にて30分間培養を行った。この培養の後、常法にてATDC5細胞をPBSで洗浄を行った。この洗浄の後、ATDC5細胞を無血清条件下のDMEM/F12培地におき、ATDC5細胞の細胞膜を染色する為にCellMask(Thermo Fisher Scientific)を添加して、37℃、5%COの条件にて30分間培養を行った。この培養の後、常法にてATDC5細胞をPBSで洗浄を行った。この洗浄後のATDC5細胞を、CO供給装置を搭載したLSM 710 CLSM(Carl Zeiss)を用いて、ライブセルイメージングを行い、光学断層による三次元画像を取得した。
【0055】
この画像(確認した結果)を図4に示す。図4において、プロテオグリカン(+)は上述の蛍光ラベルをしたプロテオグリカンを添加して培養した群の三次元画像であり、プロテオグリカン(-)はプロテオグリカンと反応させていないATTO 488のみを添加した群(上述の蛍光ラベルをしたプロテオグリカンを添加せずに培養した群)の三次元画像である。
【0056】
図4の左図は、上述の蛍光ラベルをしたプロテオグリカンを添加せずに培養した群の軟骨前駆細胞10を示し、右図は上述の蛍光ラベルをしたプロテオグリカンを添加して培養した群の軟骨前駆細胞10を示す。図4に示したように、ATTO 488で蛍光標識したプロテオグリカン20は、軟骨前駆細胞10の細胞膜上に局在化した。プロテオグリカンは、細胞膜の表面に局在化したが、細胞にダメージを与えなかった。細胞膜表面への局在化は、1時間から24時間及び48時間経過後も維持された。
【0057】
(プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の軟骨分化に及ぼす影響)
プロテオグリカンの添加による軟骨分化能の評価を行った。ATDC5細胞をコンフルエントまで培養した後、インスリンの未添加状態で、プロテオグリカンを添加した群において形態の変化が認められるかを、顕微鏡を用いて、画像観察を行った。陽性対照としてインスリンの添加群を用いた。その結果を図5Aに示す。プロテオグリカン未添加群(図5Aのa)に関しては、接触阻止の状態で変化は認められなかったが、プロテオグリカン添加群では、プロテオグリカン添加7日以降で顕著な細胞凝集が見られた(図5Aのc)。また、陽性対照のインスリンの添加群に関しては、インスリンの添加後5日以降で顕著な細胞凝集が見られた(図5Aのb)。その後さらに21日目まで培養を行い、三次元の軟骨様結節の形成及び、アルシアンブルーによる染色にて軟骨分化能を評価した。未添加の細胞に関しては、三次元の軟骨様結節の形成は認められず、アルシアンブルーの陽性も認められなかった(図5Aのd)。一方、陽性対照であるインスリンの添加群では、インスリンの添加によって顕著な三次元の軟骨様結節が形成され、アルシアンブルーも顕著な陽性であった(図5Aのe)。プロテオグリカンの添加群では、顕著な軟骨様結節が認められ、アルシアンブルーも顕著な陽性であった(図5Aのf)。画像解析ソフト(winroof)を用いて、陽性エリア(アルシアンブルーが染色されたエリア)を抽出し、定量解析を行った。その結果、プロテオグリカンに関しては、アルシアンブルーの陽性エリア(アルシアンブルーが染色されたエリア)が有意に増加し、濃度依存性も認められた(図5B)。また、陽性対照のインスリンの添加群に関しては、濃度依存的に、アルシアンブルーの陽性エリアの有意な増加が認められた(図5B)。
【0058】
(プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の軟骨分化組織の観察)
図5で見られたプロテオグリカンの添加による軟骨様結節に関して、三次元構造を確認する為に、HE染色(Hematoxylin-Eosin染色)を行った。ATDC5細胞をインサート上に播種し、ATDC5細胞をコンフルエントまで培養した後、プロテオグリカンの添加及び未添加で21日間培養を行い、パラフィン切片の作製、HE染色を行い、顕微鏡にて画像を取得した。陽性対照にはインスリンの添加群を用いた。プロテオグリカン未添加群に関しては単層の軟骨前駆細胞の単一層のみが認められた(図6Aのa)。インスリンを添加した群(インスリンの添加群)に関しては、三次元に分化した重層構造が認められ、核及び細胞の肥大化が認められた(図6Aのb)。プロテオグリカンを添加した群では、細胞を含んだ三次元の重層構造が認められたが、インスリンを添加した群と比較すると、核の肥大化は抑えられていた(図6Aのc)。また、形態として単層細胞のような扁平化した構造では無く、核が丸い形態をした重層構造であった(図6Aのc)。顕微鏡下で、顕著な軟骨様結節の形成と組織切片による三次元方向への分化が認められたが、生理的な活性が生じているかを検討する為に、コンフルエントからの三次元的な軟骨細胞への分化に伴う、細胞数の増加が認められるかについて、WST法を用いて評価した。その結果、プロテオグリカン未添加群と比較して有意な細胞増殖が認められたことから、三次元的な軟骨細胞の増殖が示唆された(図6B)。また、インスリンに関しても有意な軟骨細胞の増殖が確認できた(図6B)。よって、図6A図6Bに示す観察結果から、プロテオグリカンの添加により、分化した軟骨細胞が増えていることが示された。
【0059】
(プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の軟骨への分化を調節する因子に及ぼす影響)
プロテオグリカンの添加により、軟骨分化の初期に見られる細胞凝集を介してアルシアンブルー陽性の軟骨様結節が形成されたことから、IGF-1活性の関与を検討するために、IGF-1受容体のリン酸化の有無を評価した。その結果、プロテオグリカンの添加により、IGF-1受容体はプロテオグリカンの未添加群と比較してTyr1135/1136における顕著なリン酸化の上昇が認められた(図7AとB)。また、インスリンの添加においても非常に顕著なリン酸化の上昇が認められた(図7AとB)。ただし、プロテオグリカンの添加において6時間から48時間まで、プロテオグリカン未添加群と比較してリン酸化の上昇が見られた(図7AとB)。インスリンの添加においては、6時間でのリン酸化と比較するとそれ以降は全て減少の傾向を示した(図7AとB)。次に、プロテオグリカンの添加により、軟骨分化に関わる遺伝子として顕著な増加が認められたGDF5について、そのタンパク質の発現を特異的抗体で評価した。その結果、プロテオグリカンの添加によるGDF5の発現は、コントロール(プロテオグリカンの未添加群)と比較して7日目で発現上昇の傾向が見られ、14日目では有意な発現上昇が認められた(図7CとD)。また、インスリンの添加群においても、GDF5のタンパク質は有意な上昇を示した(図7CとD)。
【0060】
(プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞の石灰化に及ぼす影響)
ATDC5細胞を用いて、軟骨石灰化誘導条件下において、プロテオグリカンの添加による石灰化抑制能の評価を行った。ATDC5細胞をコンフルエントまで培養した後、インスリン添加状態で28日間培養して軟骨様結節を形成させ、さらに石灰化誘導条件下でプロテオグリカンを添加して24日間(28日間も含めると52日目)まで培養を行い、形態変化については細胞観察像により評価し、石灰化に関してはアリザリンレッドによる染色により評価した。石灰化はプロテオグリカンの未添加群を基準として評価した。プロテオグリカンの未添加のサンプルに関しては、アリザリンレッドの染色により顕著な陽性を示した(図8A、Nonの群)。一方、プロテオグリカンの添加群では、アリザリンレッド染色により染色されたエリアも僅かであった(図8A、Proteoglycanの群)。また、この際に、軟骨様結節の消失を懸念して、同一条件のサンプルをアルシアンブルーで染色した結果、顕著な陽性を示した(図8B)。画像解析ソフト(winroof)にて陽性エリア(アリザリンレッド染色により染色されたエリア)を抽出し、定量解析を行った。その結果、プロテオグリカンの添加により、プロテオグリカンの10μg/mLの添加群から、濃度依存的にアリザリンレッドの陽性は抑制された(図8A、C)。
【0061】
(プロテオグリカンの添加によるATDC5細胞での軟骨の石灰化に調節する因子(mRNA)の発現の変化)
ATDC5細胞において、プロテオグリカンの添加により、軟骨石灰化抑制に関して、どのような因子の変動が認められたかについて、qRT-PCR法を用いて、軟骨の石灰化に関連する因子(Runx2、Col10、Mgp)の遺伝子発現解析を行った。プロテオグリカンの添加により、軟骨石灰化を誘導する中心的因子であるRunx2の発現が有意に抑制された(図9A)。また、プロテオグリカンの添加により、軟骨石灰化の指標であるCol10の発現も有意に抑制された(図9B)。一方、プロテオグリカンの添加により、軟骨石灰化の抑制因子であるMgpの発現は有意に増加された(図9C)。

図1
図2
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図5
図6
図7
図8
図9