(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア機能を評価する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20241210BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
(21)【出願番号】P 2020219130
(22)【出願日】2020-12-28
【審査請求日】2023-12-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】大庭 弘行
(72)【発明者】
【氏名】塚田 秀夫
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2020/0003762(US,A1)
【文献】特表2019-506374(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111481510(CN,A)
【文献】特開2017-206457(JP,A)
【文献】国際公開第14/030709(WO,A1)
【文献】特表2009-535061(JP,A)
【文献】CHIU, P. Y. et al.,Schisandrin B Enhances Renal Mitchondrial Antioxidant Status, Functional and Structural Integrity, and Protects against Gentamicin-Induced Nephrotoxicity in Rats,Bilogical and Pharmaceutical Bulletin,2008年,Vol.31, No.4,pp.602-605
【文献】鈴木透理 ほか,腎病変を合併したミトコンドリア脳筋症(MELAS)の一例,日本腎臓学会誌,1996年,第38巻,第2号,pp.109-114
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出するステップと、算出された比(BUN/CRE)を使用して、被験者の腎臓以外の臓器及び組織におけるミトコンドリア活性を推定するステップとを含み、
前記臓器及び組織が、脳、褐色脂肪組織、心臓、膵臓及び肝臓からなる群より選択される少なくとも1種である、
被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア機能を評価する方法。
【請求項2】
被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出するステップを含む、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア活性を推定するためのデータ収集方法であって、
前記臓器及び組織が、脳、褐色脂肪組織、心臓、膵臓及び肝臓からなる群より選択される少なくとも1種である、
前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア機能を評価する方法に関する。本発明はまた、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア活性を推定するためのデータ収集方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアは、生体を構成するほぼ全ての細胞内に存在しており、「細胞の発電所」と呼ばれることもある。ミトコンドリアは、摂取した食物を分解した糖・脂質から、細胞が活動するために必須なエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生する重要な役割を担っている。このため、細胞の集合体である生体の健康状態がミトコンドリアの活性状態に大きく依存していることは、想像に難くない。
【0003】
ポジトロンエミッショントモグラフィ(PET)を使用してミトコンドリア機能を評価するためのPETプローブが知られている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】J.Nucl.Med.,2020年,61巻,pp.96-103.
【文献】Life Sciences,2005年,76巻,pp.1825-1834
【文献】Clin.Kidney J.,2012年,5巻,pp.187-191
【文献】Intensive Care Med.,2019年,45巻,pp.1813-1815
【文献】Nephrology Reviews,2010年,2巻,e11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に開示されるPETプローブ(例えば、[18F]BCPP-EF)は、ミトコンドリアコンプレックス-I(MC-I)を特異的に計測することができる。このようなPETプローブを使用してPET計測を行うことで、非侵襲的な計測が可能となり、被験者への負担を軽減することができる。一方、PET計測は、サイクロトロンによるポジトロン放出核種の製造、PETプローブの標識合成、画像データの収集、及び画像の定量解析等のために、大規模な設備と各分野の専門家を必要とする。このため、PET計測によるミトコンドリア機能の評価方法は、決して汎用性が高い方法にはなっておらず、より簡便に実施することができる評価方法が求められている。
【0006】
そこで、本発明は、より簡便にミトコンドリア機能を評価することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、腎機能を評価する指標として利用されている血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)とから算出した両者の比(BUN/CRE)が、意外にも、腎臓以外の臓器及び組織におけるミトコンドリア活性と良い相関を示すことを見出した。本発明はこの新規な知見に基づくものである。
【0008】
本発明は、被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出するステップと、算出された比(BUN/CRE)を使用して、被験者の腎臓以外の臓器及び組織におけるミトコンドリア活性を推定するステップとを含む、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア機能を評価する方法に関する。
【0009】
BUN/CREの値は、従来から用いられていた血中尿素窒素濃度(BUN)又は血中クレアチニン濃度(CRE)それぞれの値よりも、腎機能をより正しく評価できるのではないかとの提案がなされている(例えば、非特許文献2~5)。しかし、後述する実施例に記載のとおり、BUN/CREの値は、腎機能の評価指標としての普遍性は認められず、その一方で腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア活性と有意な負の相関を示す。本発明に係る方法は、BUN/CREの値を指標としているため、腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア機能を評価することができる。また、血中尿素窒素濃度(BUN)及び血中クレアチニン濃度(CRE)は、被験者から採取した血液を検体として、例えば、汎用されている生化学自動分析装置を使用して測定することができるため、簡便に実施することができる。
【0010】
本発明はまた、被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出するステップを含む、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア活性を推定するためのデータ収集方法にも関する。
【0011】
上述の方法において、上記臓器及び組織は、脳、褐色脂肪組織、心臓、膵臓及び肝臓からなる群より選択される少なくとも1種であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、より簡便にミトコンドリア機能を評価することができる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】BUN/CREの値に対して各生化学的指標の値(
図1(A):血中尿素窒素濃度、
図1(B):血中クレアチニン濃度、
図1(C):クレアチニンクリアランスレート(CCr)及び
図1(D):アルブミンクレアチニン比)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図2】BUN/CREの値に対して各生化学的指標の値(
図2(A):血中尿素窒素濃度及び
図2(B):血中クレアチニン濃度)をプロットしたグラフである。各プロットは、5/6Nxラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図3】BUN/CREの値に対して各生化学的指標の値(
図3(A):血中尿素窒素濃度及び
図3(B):血中クレアチニン濃度)をプロットしたグラフである。各プロットは、GBMラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図4】BUN/CREの値に対して腎臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。
図4(A)の各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
図4(B)の各プロットは、5/6Nxラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
図4(C)の各プロットは、GBMラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図5】各生化学的指標の値(
図5(A):BUN/CRE、
図5(B):血中グルコース濃度、
図5(C):血中総コレステロール濃度、
図5(D):血中トリグリセリド濃度及び
図5(E):血中インスリン濃度)に対して脳への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図6】各生化学的指標の値(
図6(A):BUN/CRE、
図6(B):血中グルコース濃度、
図6(C):血中総コレステロール濃度、
図6(D):血中トリグリセリド濃度及び
図6(E):血中インスリン濃度)に対して褐色脂肪細胞(組織)への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図7】各生化学的指標の値(
図7(A):BUN/CRE、
図7(B):血中グルコース濃度、
図7(C):血中総コレステロール濃度、
図7(D):血中トリグリセリド濃度及び
図7(E):血中インスリン濃度)に対して心臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図8】各生化学的指標の値(
図8(A):BUN/CRE、
図8(B):血中グルコース濃度、
図8(C):血中総コレステロール濃度、
図8(D):血中トリグリセリド濃度及び
図8(E):血中インスリン濃度)に対して
膵臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図9】各生化学的指標の値(
図9(A):BUN/CRE、
図9(B):血中グルコース濃度、
図9(C):血中総コレステロール濃度、
図9(D):血中トリグリセリド濃度及び
図9(E):血中インスリン濃度)に対して肝臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図10】各生化学的指標の値(
図10(A):BUN/CRE、
図10(B):血中グルコース濃度、
図10(C):血中総コレステロール濃度、
図10(D):血中トリグリセリド濃度及び
図10(E):血中インスリン濃度)に対して腎臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図11】BUN/CREの値に対して各臓器(
図11(A):心臓、
図11(B):肝臓及び
図11(C):腎臓)への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、5/6Nxラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【
図12】BUN/CREの値に対して各臓器(
図12(A):心臓、
図12(B):肝臓及び
図12(C):腎臓)への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、GBMラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
〔ミトコンドリア機能の評価方法〕
本実施形態に係る被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア機能を評価する方法(以下、単に「評価方法」ともいう。)は、被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出するステップ(算出ステップ)と、算出された比(BUN/CRE)を使用して、被験者の腎臓以外の臓器及び組織におけるミトコンドリア活性を推定するステップ(推定ステップ)とを含む。
【0016】
本実施形態に係る評価方法は、被験者から採取された血液を検体とし、血中尿素窒素濃度(BUN)を測定するステップ(BUN測定ステップ)、及び/又は被験者から採取された血液を検体とし、血中クレアチニン濃度(CRE)を測定するステップ(CRE測定ステップ)を更に備えるものであってもよい。
【0017】
血中尿素窒素濃度(BUN)は、常法に従って測定することができる。具体的には、例えば、被験者から採取された血液そのもの、又は血液から分離した血清若しくは血漿を使用して、尿素に含まれる窒素を検出することで測定することができる。尿素に含まれる窒素の検出は、例えば、市販されているキットを利用して実施することができる。また尿素に含まれる窒素の検出を生化学自動分析装置等を使用して実施してもよい。
【0018】
血中クレアチニン濃度(CRE)は、常法に従って測定することができる。具体的には、例えば、被験者から採取された血液そのもの、又は血液から分離した血清若しくは血漿を使用して、酵素法(クレアチナーゼ-ザルコシンオキシダーゼ-ペルオキシダーゼ法)により測定することができる。血中クレアチニン濃度の測定は、例えば、市販されているキットを利用して実施することができる。また血中クレアチニン濃度の測定を生化学自動分析装置等を使用して実施してもよい。
【0019】
算出ステップでは、被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出する。具体的には、例えば、BUN測定ステップで測定した血中尿素窒素濃度(mg/dL)を、CRE測定ステップで測定した血中クレアチニン濃度(mg/dL)で除すことによって、BUN/CREを算出することができる。
【0020】
推定ステップでは、算出された比(BUN/CRE)を使用して、被験者の腎臓以外の臓器及び組織におけるミトコンドリア活性を推定する。BUN/CREの値は、腎臓以外の臓器及び組織におけるミトコンドリア活性と負の相関を示すので、推定ステップではこの相関関係を利用して、算出された比(BUN/CRE)から被験者の各臓器及び組織(腎臓を除く。)におけるミトコンドリア活性を推定することができる。
【0021】
被験者の各臓器及び組織(腎臓を除く。)におけるミトコンドリア活性は、例えば、予め取得された複数のデータ対(BUN/CREの値と、各臓器及び組織(腎臓を除く。)におけるミトコンドリア活性の値)から、BUN/CREの値と、各臓器及び組織(腎臓を除く。)におけるミトコンドリア活性の値との関係を導出し、導出された関係と被験者において測定されたBUN/CREの値とから、推定することができる。より具体的には、例えば、予め取得してある複数のデータ対から相関式を算出し、被験者において測定されたBUN/CREの値を当該相関式に導入することで被験者の各臓器及び組織(腎臓を除く。)におけるミトコンドリア活性を推定することができる。また、膨大なデータを用いた機械学習により、相関関係を導出してもよい。
【0022】
推定ステップで得られたミトコンドリア活性の推定値は、被験者が特定の臓器及び組織(腎臓を除く。)に障害又は疾患を有するか否かを判定することに使用することもできる。この場合、例えば、健常対象から予め取得された1又は複数のデータ対と、特定の臓器及び組織(腎臓を除く。)に障害又は疾患を有する対象から予め取得された1又は複数のデータ対から、BUN/CREの値と、当該臓器及び組織におけるミトコンドリア活性の値との関係を導出し、更に健常対象と当該臓器及び組織に障害又は疾患を有する対象とを識別できる閾値を予め求めておく。そして、推定ステップで得られたミトコンドリア活性の推定値と当該閾値とを比較することで、被験者が特定の臓器及び組織(腎臓を除く。)に障害又は疾患を有するか否かを判定することができる。また、膨大なデータから機械学習させた結果に基づき、障害又は疾患を有するか否かを判定することとしてもよい。
【0023】
被験者は、例えば、ヒト、サル、マウス及びラットであってよいが、ヒトであることが好ましい。
【0024】
評価対象となる臓器及び組織は、腎臓以外の臓器及び組織であれば特に限定されるものではなく、具体的には、例えば、脳、褐色脂肪細胞(褐色脂肪組織)、心臓、膵臓、肝臓及び筋肉等が挙げられる。評価対象となる臓器及び組織は、例えば、脳、褐色脂肪細胞(褐色脂肪組織)、心臓、膵臓及び肝臓からなる群より選択される少なくとも1種であってもよい。
【0025】
〔データ収集方法〕
本実施形態に係るデータ収集方法は、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア活性を推定するためのデータを収集する方法であって、被験者における血中尿素窒素濃度(BUN)と血中クレアチニン濃度(CRE)の比(BUN/CRE)を算出するステップを少なくとも含む。上述のとおり、本実施形態に係るデータ収集方法で得られたBUN/CREの値は、被験者の腎臓以外の臓器及び組織のミトコンドリア活性を推定するために使用することができる。
【0026】
本実施形態に係るデータ収集方法は、被験者から採取された血液を検体とし、血中尿素窒素濃度(BUN)を測定するステップ(BUN測定ステップ)、及び/又は被験者から採取された血液を検体とし、血中クレアチニン濃度(CRE)を測定するステップ(CRE測定ステップ)を更に備えるものであってもよい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0028】
〔試験例1:ミトコンドリアコンプレックス-I活性の評価〕
(PETプローブの合成)
非特許文献(J.Labelled Comp. Radiopharm.,2013年,56巻11号,pp.553-561)に記載された方法に従い、下記式で表される[
18F]BCPP-BFを合成した。得られた最終生成物の放射化学的純度は99.0%、比放射能は73.4GBq/μmolであった。
【化1】
【0029】
[18F]BCPP-BFは、ミトコンドリアコンプレックス-I(MC-I)の検出に使用できることが知られている。[18F]BCPP-BFは、MC-I特異的に集積し、対象臓器・組織のMC-I活性に比例した集積量となることから、[18F]BCPP-BFの集積量を指標として対象臓器・組織のMC-I活性を評価することができる。
【0030】
膵臓の位置を特定するため、小動物の膵臓で高発現しているアミノ酸トランスポーター(LAT-1)を認識するプローブ(D-[11C]MT)を用意した。D-[11C]MTは、国際公開第2005/115971号の実施例1に記載の方法により合成した。得られた最終生成物の放射化学的純度は100.0%、比放射能は56.4GBq/μmolであった。
【0031】
(ZDFラット)
ヒト成人のII型糖尿病に類似した病態を発症するオスのZucker Leprfa/Leprfaラット(以下、「ZDFラット」ともいう。)を日本チャールスリバー株式会社から購入し、5週齢、8週齢、16週齢及び26週齢の時点でPET計測に供した。対照として、オスのZucker Leprfa/+ラット(以下、「コントロールラット」ともいう。)を日本チャールスリバー株式会社から購入して使用した。
【0032】
(5/6Nxラット)
慢性腎臓病モデルとして、腎臓の5/6を摘出したラット(7週齢の時点で摘出処置。以下、「5/6Nxラット」ともいう。)を日本エスエルシー株式会社から購入し、摘出処置から2週間後及び14週間後の時点でPET計測に供した。対照として、腎臓摘出をしないシャム手術を施したラットを使用した。
【0033】
(GBMラット)
急性腎臓病モデルとして、糸球体基底膜抗体(抗GBM抗体)を投与した腎炎ラット(7週齢で投与処置。以下、「GBMラット」ともいう。)を日本エスエルシー株式会社から購入し、投与処置から2週間後及び6週間後の時点でPET計測に供した。対照として、抗GBM抗体を投与しないシャム手術を施したラットを使用した。
【0034】
(PET計測)
ラットをイソフルランで麻酔して、動物用PETカメラ(SHR-38000,浜松ホトニクス株式会社製)のガントリー内に固定した。吸収補正のために15分間のトランスミッション計測を実施した後、ラットの尾静脈から約20MBq/0.5mLのD-[11C]MTを投与して、60分間のエミッション計測を実施した。引き続き、ラットの尾静脈から約20MBq/0.5mLの[18F]BCPP-BFを投与して、60分間のエミッション計測を実施した。
【0035】
PET計測終了後、D-[11C]MTの投与40-60分後のPET集積画像から同定した膵臓に関心領域を設定して、関心領域への[18F]BCPP-BFの集積量を算出した。次いで、算出した集積量を、各個体の体重と投与放射能量で正規化し、膵臓への[18F]BCPP-BFの集積量(放射能集積量(SUV))とした。膵臓及び脳以外の臓器及び組織は、[18F]BCPP-BFのPET集積画像で同定した各臓器及び組織それぞれに関心領域を設定して、膵臓と同様の方法で放射能集積量(SUV)を算出した。脳の放射能集積量(SUV)は、PET計測直後にラットから脳を摘出して算出した。
【0036】
〔試験例2:生化学的指標の測定〕
PET計測直後のラットから採血し、血中尿素窒素濃度、血中クレアチニン濃度、血中グルコース濃度、血中総コレステロール濃度、血中トリグリセリド濃度及び血中インスリン濃度を生化学自動分析装置(日立ハイテク社製7180)を使用して測定した。また、BUN/CREの値は、下記式により算出した。
BUN/CRE=血中尿素窒素濃度(mg/dL)/血中クレアチニン濃度(mg/dL)
【0037】
PET計測直後のラットの尿を回収し、尿中アルブミン濃度及び尿中クレアチニン濃度を生化学自動分析装置(日立ハイテク社製7180)を使用して測定した。また、クレアチニンクリアランスレート(CCr)及びアルブミンクレアチニン比(ACR)は、それぞれ下記式により算出した。
CCr=(尿中クレアチニン濃度(mg/dL)×時間当たりの尿量(dL))/血中クレアチニン濃度(mg/dL)
ACR=尿中アルブミン濃度(mg/dL)/尿中クレアチニン濃度(mg/dL)
【0038】
〔試験例3:MC-I活性と生化学的指標の相関解析〕
試験例1で得られた放射能集積量(SUV)のデータ、及び試験例2で得られた生化学的指標のデータそれぞれの相関を解析した。
【0039】
図1は、BUN/CREの値に対して各生化学的指標の値(
図1(A):血中尿素窒素濃度、
図1(B):血中クレアチニン濃度、
図1(C):クレアチニンクリアランスレート(CCr)及び
図1(D):アルブミンクレアチニン比)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0040】
図2は、BUN/CREの値に対して各生化学的指標の値(
図2(A):血中尿素窒素濃度及び
図2(B):血中クレアチニン濃度)をプロットしたグラフである。各プロットは、5/6Nxラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0041】
図3は、BUN/CREの値に対して各生化学的指標の値(
図3(A):血中尿素窒素濃度及び
図3(B):血中クレアチニン濃度)をプロットしたグラフである。各プロットは、GBMラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0042】
ZDFラットでは、血中尿素窒素濃度及び血中クレアチニン濃度の値とBUN/CREの値は、それぞれ有意な正及び負の相関性を示したが(
図1(A)及び(B))、腎機能を直接反映するクレアチニンクリアランスレート及びアルブミンクレアチニン比の値とは相関性を示さなかった(
図1(C)及び(D))。5/6Nxラットでは、血中尿素窒素濃度及び血中クレアチニン濃度の値とBUN/CREの値は、相関性を示さなかった(
図2(A)及び(B))。同様に、GBMラットでも血中尿素窒素濃度及び血中クレアチニン濃度の値とBUN/CREの値は、相関性を示さなかった(
図3(A)及び(B))。これらの結果から、BUN/CREの値は、腎機能の指標としての普遍性は無いと考えられる。
【0043】
図4は、BUN/CREの値に対して腎臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。
図4(A)の各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
図4(B)の各プロットは、5/6Nxラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
図4(C)の各プロットは、GBMラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0044】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価した腎臓のMC-I活性は、ZDFラットではBUN/CREの値と有意な負の相関性を示したが(
図4(A))、5/6Nxラット及びGBMラットでは相関性を示さなかった(
図4(B)及び(C))。これらの結果から、やはりBUN/CREの値は腎機能の指標としての普遍性は無いと考えられる。
【0045】
図5は、各生化学的指標の値(
図5(A):BUN/CRE、
図5(B):血中グルコース濃度、
図5(C):血中総コレステロール濃度、
図5(D):血中トリグリセリド濃度及び
図5(E):血中インスリン濃度)に対して脳への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0046】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したZDFラットの脳のMC-I活性は、BUN/CREの値(
図5(A))、及び血中トリグリセリド濃度の値(
図5(D))とのみ有意な負の相関を示した。
【0047】
図6は、各生化学的指標の値(
図6(A):BUN/CRE、
図6(B):血中グルコース濃度、
図6(C):血中総コレステロール濃度、
図6(D):血中トリグリセリド濃度及び
図6(E):血中インスリン濃度)に対して褐色脂肪細胞(組織)への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0048】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したZDFラットの褐色脂肪細胞(組織)のMC-I活性は、BUN/CREの値(
図6(A))、血中トリグリセリド濃度の値(
図6(D))、及び血中インスリン濃度の値(
図6(E))とのみ有意な負の相関を示した。
【0049】
図7は、各生化学的指標の値(
図7(A):BUN/CRE、
図7(B):血中グルコース濃度、
図7(C):血中総コレステロール濃度、
図7(D):血中トリグリセリド濃度及び
図7(E):血中インスリン濃度)に対して心臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0050】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したZDFラットの心臓のMC-I活性は、BUN/CREの値(
図7(A))とのみ有意な負の相関を示した。
【0051】
図8は、各生化学的指標の値(
図8(A):BUN/CRE、
図8(B):血中グルコース濃度、
図8(C):血中総コレステロール濃度、
図8(D):血中トリグリセリド濃度及び
図8(E):血中インスリン濃度)に対して
膵臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0052】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したZDFラットの
膵臓のMC-I活性は、BUN/CREの値(
図8(A))とのみ有意な負の相関を示した。
【0053】
図9は、各生化学的指標の値(
図9(A):BUN/CRE、
図9(B):血中グルコース濃度、
図9(C):血中総コレステロール濃度、
図9(D):血中トリグリセリド濃度及び
図9(E):血中インスリン濃度)に対して肝臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0054】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したZDFラットの肝臓のMC-I活性は、BUN/CREの値(
図9(A))、及び血中トリグリセリド濃度の値(
図9(D))とのみ有意な負の相関を示した。
【0055】
図10は、各生化学的指標の値(
図10(A):BUN/CRE、
図10(B):血中グルコース濃度、
図10(C):血中総コレステロール濃度、
図10(D):血中トリグリセリド濃度及び
図10(E):血中インスリン濃度)に対して腎臓への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、ZDFラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0056】
[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したZDFラットの腎臓のMC-I活性は、BUN/CREの値(
図10(A))とのみ有意な負の相関を示した。
【0057】
図11は、BUN/CREの値に対して各臓器(
図11(A):心臓、
図11(B):肝臓及び
図11(C):腎臓)への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、5/6Nxラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0058】
BUN/CREの値は、[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価した5/6Nxラットの心臓及び肝臓のMC-I活性と有意な負の相関を示したが(
図11(A)及び(B))、腎臓のMC-I活性とは有意な相関性を示さなかった(
図11(C))。
【0059】
図12は、BUN/CREの値に対して各臓器(
図12(A):心臓、
図12(B):肝臓及び
図12(C):腎臓)への[
18F]BCPP-BFの集積量(SUV)をプロットしたグラフである。各プロットは、GBMラット及びコントロールラットでの測定値及び算出値に対応している。
【0060】
BUN/CREの値は、[
18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価したGBMラットの心臓及び肝臓のMC-I活性と有意な負の相関を示したが(
図12(A)及び(B))、腎臓のMC-I活性とは有意な相関性を示さなかった(
図12(C))。
【0061】
(まとめ)
上述の試験例で示したとおり、BUN/CREの値には、腎機能の評価指標としての普遍性は認められなかった。一方、BUN/CREの値は、[18F]BCPP-BFの集積(SUV)で評価した腎臓以外の臓器・組織のMC-I活性と有意な負の相関を示すことが明らかとなり、各臓器(腎臓以外の臓器・組織)のミトコンドリア機能の評価指標として使用できることが明らかとなった。