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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】鞍乗型車両
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20241210BHJP
   B62L 3/08 20060101ALI20241210BHJP
   B60T 8/26 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
B60T8/1755 Z
B62L3/08
B60T8/26 H
B60T8/26 K
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023011672
(22)【出願日】2023-01-30
(65)【公開番号】P2024107644
(43)【公開日】2024-08-09
【審査請求日】2023-09-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100160794
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 寛明
(74)【代理人】
【識別番号】100092772
【弁理士】
【氏名又は名称】阪本 清孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119688
【弁理士】
【氏名又は名称】田邉 壽二
(72)【発明者】
【氏名】阿部 陽太郎
(72)【発明者】
【氏名】宮岸 俊一
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 爾
(72)【発明者】
【氏名】戸田 真
【審査官】大谷 謙仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-264278(JP,A)
【文献】国際公開第2020/021382(WO,A1)
【文献】特開2008-207682(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/1755
B62L 3/08
B60T 8/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
操作子(5,39)の操作に応じて前輪ブレーキモジュレータ(70)から前輪(WF)へ制動力を付与する前輪制動部(32)と、後輪ブレーキモジュレータ(71)から後輪(WR)へ制動力を付与する後輪制動部(34)とを有し、単一の前記操作子(5,39)の操作に応じて前記前輪制動部(32)および前記後輪制動部(34)を連動して動作させる鞍乗型車両(1)において、
前記前輪(WF)の制動力が所定値に達すると前記操作子(5,39)の操作量に応じて後輪制動力のみを上昇させ、
前記前輪(WF)の制動力が所定値に達してから所定時間(T1)経過後は、目標制動力の範囲で前記前輪制動力の配分を増加させることを特徴とする鞍乗型車両。
【請求項2】
前記前輪(WF)の制動力が所定値に達することを第1条件とし、
前記第1条件が満たされると、前記前輪制動部(32)の制動力を第1前輪制動力(P1)に保ちつつ、前記後輪制動部(34)の制動力を目標制動力に向けて増加させることを特徴とする請求項1に記載の鞍乗型車両。
【請求項3】
増加させる前記後輪制動部(34)の制動力が第1後輪制動力(P2)に達すると、前記後輪制動部(34)の制動力を前記第1後輪制動力(P2)に保つことを特徴とする請求項2に記載の鞍乗型車両。
【請求項4】
前記第1後輪制動力(P2)は、前記操作子(5)の操作量に応じて変動することを特徴とする請求項3に記載の鞍乗型車両。
【請求項5】
前記第1条件が満たされてから所定時間(T1)が経過すると、前記前輪制動部(32)の制動力が第2前輪制動力(P4)に移行を開始すると共に、前記後輪制動部(34)の制動力が前記第2前輪制動力(P4)より小さい第2後輪制動力(P3)に移行を開始することを特徴とする請求項3に記載の鞍乗型車両。
【請求項6】
前記第2前輪制動力(P4)と前記第2後輪制動力(P3)とは、前記操作子(5)の操作量に応じて変動することを特徴とする請求項5に記載の鞍乗型車両。
【請求項7】
前記操作子(5)の操作に応じて前記前輪制動部(32)を作動させるための作動力発生手段(40)を備え、
前記第1条件は、前記作動力発生手段(40)が発生する作動力が所定値以上となることであることを特徴とする請求項5に記載の鞍乗型車両。
【請求項8】
前記作動力発生手段(40)は、前記操作子(5)の操作に応じて油圧を発生する前輪マスタシリンダであり、
前記作動力は、油圧センサ(50)で検出される油圧であることを特徴とする請求項7に記載の鞍乗型車両。
【請求項9】
前記第1条件が満たされた後に車体のロール角速度が最大となった際に、前記前輪制動部(32)の制動力が第2前輪制動力(P4)に移行を開始すると共に、前記後輪制動部(34)の制動力が前記第2前輪制動力(P4)より小さい第2後輪制動力(P3)に移行を開始することを特徴とする請求項3に記載の鞍乗型車両。
【請求項10】
前記所定時間(T1)は、前記前輪制動力が所定値に達したとき(t2)から、目標制動力の範囲で前記前輪制動力の配分を増加させ始める制動中期開始までの制動初期期間であることを特徴とする請求項1または2に記載の鞍乗型車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鞍乗型車両に係り、特に、単一の操作子の操作によって前輪ブレーキおよび後輪ブレーキを連動して作動させる前後連動ブレーキを適用した鞍乗型車両に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、前後輪の制動力配分を調整することで制動時の車体挙動を良好にすることができるブレーキシステムを備えた車両が知られている。
【0003】
特許文献1には、四輪車のブレーキシステムにおいて、制動動作に伴って停止する際の車体のピッチ挙動を抑制するために前後輪の制動力配分を調整する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2021-112950号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1の技術は、四輪車を停止させる際のピッチ挙動を抑制するためのものであり、制動時の車体姿勢の変化が大きくなりやすい二輪車等の鞍乗型車両における直線走行中やコーナー手前等の減速時に適した前後輪の制動力配分に関しては検討されていなかった。
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、直線走行中やコーナー手前等の減速時の前後輪の制動力配分を最適化することができる鞍乗型車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明は、前輪(WF)へ制動力を付与する前輪制動部(32)と、後輪(WR)へ制動力を付与する後輪制動部(34)とを有し、単一の操作子(5)の操作に応じて前記前輪制動部(32)および前記後輪制動部(34)を連動して動作させる鞍乗型車両(1)において、前記操作子(5)の操作に応じて、まず前記前輪制動部(32)が動作を開始し、その後、前記前輪制動部(32)の制動条件が第1条件を満たすことで前記後輪制御部(34)が動作を開始する点に第1の特徴がある。
【0008】
また、前記第1条件が満たされると、前記前輪制動部(32)の制動力を第1前輪制動力(P1)に保ちつつ、前記後輪制動部(34)の制動力を増加させる点に第2の特徴がある。
【0009】
また、増加させる前記後輪制動部(34)の制動力が第1後輪制動力(P2)に達すると、前記後輪制動部(34)の制動力を前記第1後輪制動力(P2)に保つ点に第3の特徴がある。
【0010】
また、前記第1後輪制動力(P2)は、前記操作子(5)の操作量に応じて変動する点に第4の特徴がある。
【0011】
また、前記第1条件が満たされてから所定時間(T1)が経過すると、前記前輪制動部(32)の制動力が第2前輪制動力(P4)に移行を開始すると共に、前記後輪制動部(34)の制動力が前記第2前輪制動力(P4)より小さい第2後輪制動力(P3)に移行を開始する点に第5の特徴がある。
【0012】
また、前記第2前輪制動力(P4)と前記第2後輪制動力(P3)とは、前記操作子(5)の操作量に応じて変動する点に第6の特徴がある。
【0013】
また、前記操作子(5)の操作に応じて前記前輪制動部(32)を作動させるための作動力発生手段(40)を備え、前記第1条件は、前記作動力発生手段(40)が発生する作動力が所定値以上となることである点に第7の特徴がある。
【0014】
また、前記作動力発生手段(40)は、前記操作子(5)の操作に応じて油圧を発生する前輪マスタシリンダであり、前記作動力は、油圧センサ(50)で検出される油圧である点に第8の特徴がある。
【0015】
さらに、前記第1条件が満たされた後に車体のロール角速度が最大となった際に、前記前輪制動部(32)の制動力が第2前輪制動力(P4)に移行を開始すると共に、前記後輪制動部(34)の制動力が前記第2前輪制動力(P4)より小さい第2後輪制動力(P3)に移行を開始する点に第9の特徴がある。
【発明の効果】
【0016】
第1の特徴によれば、前輪(WF)へ制動力を付与する前輪制動部(32)と、後輪(WR)へ制動力を付与する後輪制動部(34)とを有し、単一の操作子(5)の操作に応じて前記前輪制動部(32)および前記後輪制動部(34)を連動して動作させる鞍乗型車両(1)において、前記操作子(5)の操作に応じて、まず前記前輪制動部(32)が動作を開始し、その後、前記前輪制動部(32)の制動条件が第1条件を満たすことで前記後輪制御部(34)が動作を開始するので、前後連動ブレーキシステムを備える鞍乗型車両において、まず前輪に制動力を与え、その後に後輪に制動力を与えることで、直進走行中の減速時に車体のノーズダイブを抑制するほか、一つの操作子の操作によってコーナー進入前の減速時に車体をバンクさせやすい車体の挙動にしながら連動ブレーキを稼働させることが可能となる。また、第1条件に満たすまでの間に前輪のみに制動力を付与させるため、前後連動ブレーキシステムを備える鞍乗型車両において、運転者が前輪にのみ制動力を付与したいニーズにも応えることができる。
【0017】
第2の特徴によれば、前記第1条件が満たされると、前記前輪制動部(32)の制動力を第1前輪制動力(P1)に保ちつつ、前記後輪制動部(34)の制動力を増加させるので、前輪に一定の制動力を与えながら後輪の制動力を増加させることで、前輪への荷重を徐々に後輪へ移しながら、より安定して前後輪に制動力を付与することが可能となる。
【0018】
第3の特徴によれば、増加させる前記後輪制動部(34)の制動力が第1後輪制動力(P2)に達すると、前記後輪制動部(34)の制動力を前記第1後輪制動力(P2)に保つので、後輪制動部の制動力を第1後輪制動力に保つことで、車体のノーズダイブを抑制することが可能となる。
【0019】
第4の特徴によれば、前記第1後輪制動力(P2)は、前記操作子(5)の操作量に応じて変動するので、運転者の制動意思に沿った第1後輪制動力を得ることができる。
【0020】
第5の特徴によれば、前記第1条件が満たされてから所定時間(T1)が経過すると、前記前輪制動部(32)の制動力が第2前輪制動力(P4)に移行を開始すると共に、前記後輪制動部(34)の制動力が前記第2前輪制動力(P4)より小さい第2後輪制動力(P3)に移行を開始するので、第1条件が満たされてから所定時間が経過すると、後輪の制動力より前輪の制動力の方が高くなるように移行を開始するため、車体のノーズダイブを抑えながら運転者の乗車姿勢を自然と前傾姿勢へと導くことが可能となる。
【0021】
第6の特徴によれば、前記第2前輪制動力(P4)と前記第2後輪制動力(P3)とは、前記操作子(5)の操作量に応じて変動するので、運転者の制動意思に沿った第2前輪制動力および第2後輪制動力を得ることができる。
【0022】
第7の特徴によれば、前記操作子(5)の操作に応じて前記前輪制動部(32)を作動させるための作動力発生手段(40)を備え、前記第1条件は、前記作動力発生手段(40)が発生する作動力が所定値以上となることであるので、操作子の操作に伴って直接的に変化する作動力の所定値を第1条件とすることで、運転者の制動意思をより早く検知することが可能となる。
【0023】
第8の特徴によれば、前記作動力発生手段(40)は、前記操作子(5)の操作に応じて油圧を発生する前輪マスタシリンダであり、前記作動力は、油圧センサ(50)で検出される油圧であるので、前輪マスタシリンダによって発生する油圧を後輪制動部の作動開始条件とすることで、運転者の制動意思をより早く検知することが可能となる。
【0024】
第9の特徴によれば、前記第1条件が満たされた後に車体のロール角速度が最大となった際に、前記前輪制動部(32)の制動力が第2前輪制動力(P4)に移行を開始すると共に、前記後輪制動部(34)の制動力が前記第2前輪制動力(P4)より小さい第2後輪制動力(P3)に移行を開始するので、コーナリング中に車体のロール角速度が最大となった際に車体を直立方向に起こす力が強まることで、次の動作への移行がよりスムーズになる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の一実施形態に係る自動二輪車の右側面図である。
図2】自動二輪車が備える前後連動ブレーキシステムの構成を示すブロック図である。
図3】ブレーキレバーの操作による制動時の前後輪の制動力配分を示す概念図である。
図4】ブレーキレバーの操作に伴う第1油圧センサおよび第2油圧センサの出力信号の経緯を示すグラフである。
図5】直線走行中の制動動作の構成を示す概念図である。
図6図5に対応する各パラメータの経緯を示すグラフである。
図7】コーナー進入前や回避行動における制動動作の構成を示す概念図である。
図8図7に対応する各パラメータの経緯を示すグラフである。
図9】本実施形態に係るブレーキ制御の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る自動二輪車1の右側面図である。自動二輪車1は、パワーユニットPの駆動力をドライブチェーン14を介して後輪WRに伝達する鞍乗型車両である。車体フレームFの前端に位置するヘッドパイプF1には、不図示のステアリングステムが揺動自在に軸支されている。ステアリングステムの上下には、左右一対のフロントフォーク10を支持するボトムブリッジ23およびトップブリッジ24が固定されている。
【0027】
トップブリッジ24の上部にはバックミラー4を支持する操向ハンドル2が取り付けられており、車幅方向右側の操向ハンドル2には、運転者が右手で操作する操作子としてのブレーキレバー5が取り付けられている。フロントフォーク10には、前輪WFと同期回転する前輪ブレーキディスク31に制動力を与える前輪制動部としての前輪ブレーキキャリパ32が取り付けられている。フロントフォーク10には、前輪WFの上方を覆うフロントフェンダ11が固定されている。
【0028】
ヘッドパイプF1の後部には、斜め後方下方に延びる左右一対のメインフレームF2と、下方に延びてパワーユニットPの下側を支持するアンダフレームF5とが取り付けられている。メインフレームF2の後端には、スイングアーム15を揺動自在に軸支するピボット22を有するピボットフレームF3が連結されており、ピボットフレームF3の下端部には、アンダフレームF5の後端部が連結されている。ピボットフレームF3には、運転者が足を乗せる足乗せステップ51が左右一対で取り付けられている。
【0029】
メインフレームF2およびアンダフレームF5で囲まれて支持されるパワーユニットPの駆動力は、ドライブチェーン14を介して後輪WRに伝達される。パワーユニットPの前方寄りの底部には、アンダガード12が取り付けられている。パワーユニットPの燃焼ガスは、アンダガード12の内側を通る排気管37を介して車体後方のマフラ16に送られる。
【0030】
ピボット22で軸支されると共にリヤクッション36によって車体に吊り下げられるスイングアーム15の後端部には、後輪WRが回転自在に軸支されている。スイングアーム15には、後輪WRと同期回転する後輪ブレーキディスク33に制動力を与える後輪制動部としての後輪ブレーキキャリパ34が支持されている。車幅方向右側のピボットフレームF3には、足乗せステップ51に乗せた運転者の右足で操作するブレーキペダル39が揺動自在に軸支されている。
【0031】
ヘッドパイプF1の車体前方は、ヘッドライト9、防風スクリーン6および左右一対の前側フラッシャランプ8を支持するフロントカウル7が配設されている。フロントカウル7の車体後方かつメインフレームF2の上部には、燃料タンク3が配設されている。ピボットフレームF3の後部には、運転者が着座する前側シート21およびパッセンジャーが着座する後側シート20を支持するリヤフレームF4が固定されている。リヤフレームF4の車幅方向左右はリヤカウル19で覆われており、リヤカウル19の後端部には、尾灯装置18および左右一対の後側フラッシャランプ17を支持するリヤフェンダ38が取り付けられている。
【0032】
図2は、自動二輪車1が備える前後連動ブレーキシステムの構成を示すブロック図である。本実施形態に係る自動二輪車1は、単一の操作子としてのブレーキレバー5の操作に応じて前輪制動部32および後輪制動部34を連動して作動させる前後連動ブレーキシステムを備えている。
【0033】
ブレーキレバー5は、制動力を発生させる油圧を生じる作動力発生手段としての前輪マスタシリンダ40に連結されており、前輪マスタシリンダ40の作動力(油圧)は、第1油圧センサ50によって検知される。一方、ブレーキペダル39は後輪マスタシリンダ41に連結されており、後輪マスタシリンダ41の作動力(油圧)は、第2油圧センサ51によって検知される。本発明は、ブレーキレバー5の操作に応じて前後連動ブレーキが作動する際の前後輪の制動力配分の態様に特徴がある。
【0034】
制御ユニット60は、第1油圧センサ50および第2油圧センサ51の出力信号等に基づき、アクチュエータによって油圧を発生する前輪ブレーキモジュレータ70および後輪ブレーキモジュレータ71を制御する。前輪ブレーキモジュレータ70によって生じた油圧は、前輪WFを制動する前輪制動部32に供給される。また、後輪ブレーキモジュレータ71によって生じた油圧は、後輪WRを制動する後輪制動部34に供給される。前輪制動部32および後輪制動部34に生じる油圧は、第3油圧センサ80および第4油圧センサ81によって検知される。
【0035】
制御ユニット60は、前輪ブレーキモジュレータ70および後輪ブレーキモジュレータ71を制御するための記憶部61および演算部62を備える。制御ユニット60は、ブレーキレバー5の操作態様や自動二輪車1の運転状況等に応じて、前後輪の制動力配分を調整しながら前輪制動部32および後輪制動部34を連動動作させる。前後輪の制動力配分はマイクロコンピュータからなる演算部62によって算出され、制動力配分を算出するための演算式等が記憶部61に収納されている。
【0036】
図3は、ブレーキレバー5の操作による制動時の前後輪の制動力配分を示す概念図である。この図では、ブレーキレバー5を操作した際の車両全体の目標制動力を台形で示すと共に、前輪ブレーキおよび後輪ブレーキの配分を区分けすることで制動力配分の全体像を表している。
【0037】
本実施形態では、ブレーキレバー5の操作に応じて、まず前輪ブレーキが作動を開始し、その後に後輪ブレーキが作動を開始するように構成されている。そして、制動動作の初期では後輪ブレーキの配分の方が大きいと共に、制動動作の中期で前後の制動力配分が入れ替わり、制動動作の後期では前輪ブレーキの配分の方が大きくなるように構成されている。これにより、直進走行中の減速時に車体のノーズダイブを抑制するほか、コーナー進入前の減速時に車体をバンクさせやすくすることを可能としている。
【0038】
図4は、ブレーキレバー5の操作に伴う第1油圧センサ50および第2油圧センサ51の出力信号の経緯を示すグラフである。前輪制動部32および後輪制動部34の制動力は、前輪ブレーキモジュレータ70および後輪ブレーキモジュレータ71によって発生する。そして、第3油圧センサ80および第4油圧センサ81の出力信号は、前輪制動部32および後輪制動部34が生じる制動力にそれぞれ対応する。
【0039】
時刻t1では、ブレーキレバー5の操作が開始され、これに伴い第1油圧センサ50の出力が立ち上がる。時刻t2では、第1油圧センサ50の出力が前輪第1制動力に対応する油圧P1に到達し、制動条件としての第1条件が満たされる。本実施形態では、ブレーキレバー5の操作に応じて、まず前輪制動部32が動作を開始し、その後、前輪制動部32の制動条件が第1条件を満たすことで後輪制御部34が動作を開始するように構成されている。すなわち、時刻t2において第1条件が満たされることで、後輪ブレーキモジュレータ71が動作を開始し、後輪制動部34に生じる油圧を検知する第4油圧センサ81の出力が立ち上がる。
【0040】
本実施形態では、前輪制動部32の制動条件が第1条件を満たすと、前輪制動部32の制動力を第1前輪制動力に保ちつつ、後輪制動部34の制動力を増加させるように構成されている。すなわち、時刻t2で第1条件が満たされると、第3油圧センサ80によって検知される前輪制動部32の油圧が第1前輪制動力に対応する油圧P1に保たれると共に、後輪制動部34の油圧が増加を開始する。
【0041】
次に、時刻t3では、時刻t2から増加を開始した後輪制動部34の油圧が第1後輪制動力に対応する油圧P2に到達する。本実施形態では、後輪制動部34の油圧が第1後輪制動力に対応する油圧P2に到達すると、後輪制動部34の制動力を第1後輪制動力に保つように構成されている。すなわち、時刻t3で後輪制動部34の油圧が第1後輪制動力に対応する油圧P2に到達すると、前輪制動部32および後輪制動部34の油圧がそれぞれ一定に保たれるように制御されることとなる。
【0042】
時刻t4では、第1条件が満たされた時刻t2から所定時間T1が経過したことをトリガとして、前輪制動部32および後輪制動部34の制動力がそれぞれ移行を開始する。詳しくは、前輪制動部32の油圧は、第2前輪制動力に対応する油圧P4に向けて増加を開始すると共に、後輪制動部34の油圧は、第2後輪制動力に対応する油圧P3に向けて減少を開始する。本実施形態において、油圧P3は油圧P4より小さく設定されており、時刻t4での移行開始後、前輪制動部32の制動力と後輪制動部34の制動力との大小関係が逆転することとなる。
【0043】
次に、時刻t4から第2所定時間T2が経過した時刻t5では、前輪制動部32の油圧が第2前輪制動力に対応する油圧P4に到達すると共に、後輪制動部34の油圧が第2後輪制動力に対応する油圧P3に到達する。本実施形態では、移行期間としての第2所定時間T2が終了した時刻t5から、前輪制動部32の油圧P4および後輪制動部34の油圧P3がそれぞれ一定に保たれるように構成されている。
【0044】
そして、時刻t6では、ブレーキレバー5の操作の解除が開始される。これに伴い、前輪制動部32および後輪制動部34の油圧は、時刻t7でゼロとなるようにそれぞれ減少を開始する。
【0045】
図5は、直線走行中の制動動作の構成を示す概念図である。また、図6図5に対応する各パラメータの経緯を示すグラフである。図5,6に共通して、図中丸数字で示す(1)は後輪ブレーキ主体の制動初期、(2)は移行開始タイミング、(3)は移行期間としての制動中期、(4)は前輪ブレーキ主体の制動後期を示す。
【0046】
図6のグラフでは、上から順に、ブレーキレバー操作、前輪ブレーキ制動力、後輪ブレーキ制動力、フロントフォークストローク、リヤクッションストローク、車体のピッチ角度、ピッチ角速度を示している。グラフ中では、本願制御の場合を実線で示すと共に、従来制御の場合を二点鎖線で示している。また、時刻tの各表示は図4のグラフと対応している。
【0047】
本発明に係る制動動作は、概ね、後輪ブレーキ主体の制動初期(1)と、前輪ブレーキおよび後輪ブレーキの制動力の大小関係を入れ替える制動中期(3)と、前輪ブレーキ主体の制動後期(4)の3つの期間に分けられる。そして、本発明では、制動初期で後輪ブレーキの制動力配分を高めると共に、制動中期で徐々に前輪制動力を高めることで、フロントフォークストロークおよびリヤクッションストロークの変化速度を小さくして、その結果、車体のピッチ挙動(ノーズダイブ)を小さくすることを可能としている。
【0048】
より詳しくは、自動二輪車1の制動時には、フロントフォーク10が収縮すると共にリヤクッション36が伸長することでノーズダイブが発生するが、本発明では、この前後サスペンションの伸縮タイミングを制動初期(1)と制動中期(3)とに分けることで、急激なノーズダイブを抑制することを可能としている。
【0049】
図7は、コーナー進入前や回避行動における制動動作の構成を示す概念図である。また、図8図7に対応する各パラメータの経緯を示すグラフである。図7,8に共通して、図中丸数字で示す(1)は後輪ブレーキ主体の制動初期、(2)は移行開始タイミング、(3)は移行期間としての制動中期、(4)は前輪ブレーキ主体の制動後期を示す。
【0050】
図8のグラフでは、上から順に、ブレーキレバー操作、前輪ブレーキ制動力、後輪ブレーキ制動力、ロール角度、ロール角速度を示している。また、グラフ中では、実線で本願制御の場合を示すと共に、二点鎖線で従来制御の場合を示しており、時刻tの各表示は図4のグラフと対応している。
【0051】
本発明に係る制動動作は、概ね、後輪ブレーキ主体の制動初期(1)と、前輪ブレーキおよび後輪ブレーキの制動力の大小関係を入れ替える制動中期(3)と、前輪ブレーキ主体の制動後期(4)の3つの期間に分けられる。そして、本発明では、制動初期で後輪ブレーキの制動力配分を高めることで車体をバンクさせやすくなると共に、制動中期で徐々に前輪制動力を高めることで車体を直立させる力が強まることとなり、コーナリングや回避行動時の良好な車体挙動を得ることが可能となる。本実施形態に示した車体特性および運転状態においては、車体のロール角速度が最大となるタイミングと移行開始タイミング(2)とがほぼ同じであるため、コーナー進入時等に車体をバンクさせやすく、かつ過剰なバンクを防ぎながらコーナー脱出時等に車体を起こしやすくする効果が高まっている。
【0052】
図9は、本実施形態に係るブレーキ制御の手順を示すフローチャートである。ステップS1では、ブレーキレバー5が操作されることで前輪制動部32による制動が開始される(図4の時刻t1)。続くステップS2では、前輪制動力が第1前輪制動力P1に達したか否かが判定される。
【0053】
ステップS2で肯定判定されると、前輪制動部32の制動条件が第1条件を満たしたとして、ステップS3に進み、後輪制御部34を動作させる制動力制御が開始される(図4の時刻t2)。ステップS2で否定判定されると、ステップS2の判定に戻る。
【0054】
ステップS4では、後輪制動力が第1後輪制動力P2に達したか否かが判定される。ステップS4で肯定判定されると、ステップS5に進み、後輪制動力を所定制動力としての第1後輪制動力P2に保持する(図4の時刻t3)。ステップS4で否定判定されると、ステップS4の判定に戻る。
【0055】
続くステップS6では、第1条件が満たされてから所定時間T1が経過したか否かが判定され、肯定判定されるとステップS7に進む。ステップS7では、前輪制動力および後輪制動力をそれぞれ第2制動力(第2前輪制動力P4および第2後輪制動力P3)に徐々に移行する制御が開始される(図4の時刻t4)。ステップS6で否定判定されると、ステップS6の判定に戻る。
【0056】
ステップS8では、前輪制動力および後輪制動力がそれぞれ第2制動力に達したか否かが判定され、肯定判定されるとステップS9に進んで、第2制動力(第2前輪制動力P4および第2後輪制動力P3)が保持される(図4の時刻t5)。ステップS8で否定判定されると、ステップS8の判定に戻る。
【0057】
続くステップS10では、ブレーキレバー5がリリースされたか否かが判定され、肯定判定されると、ステップS11に進む。ステップS10で否定判定されると、ステップS9の判定に戻る。そして、ステップS11では、前輪制動力および後輪制動力を徐々にゼロに移行する制御が開始され(図4の時刻t6)、前輪制動力および後輪制動力がゼロになると、一連の制御が終了する(図4の時刻t7)。
【0058】
なお、上述した第1前輪制動力P1、第1後輪制動力P2、第2後輪制動力P3、第2前輪制動力P4のうち、第1後輪制動力P2、第2後輪制動力P3、第2前輪制動力P4は、ブレーキレバー5の操作量(前輪マスタシリンダ40が発生する作動力)に応じてその値が変動してもよい。
【0059】
上記したように、本実施形態に係る鞍乗型車両の前後連動ブレーキシステムによれば、ブレーキレバー5の操作に応じて、まず前輪制動部32が動作を開始し、その後、前輪制動部32の制動力が第1前輪制動力P1に到達することで後輪制御部34が動作を開始するので、まず前輪WFに制動力を与え、その後に後輪WRに制動力を与えることで、直進走行中の減速時に車体のノーズダイブを抑制するほか、一つの操作子の操作によってコーナー進入前の減速時に車体をバンクさせやすい車体の挙動にしながら連動ブレーキを稼働させることが可能となる。また、第1条件に満たすまでの間に前輪のみに制動力を付与させるため、前後連動ブレーキシステムを備える鞍乗型車両において、運転者が前輪にのみ制動力を付与したいニーズにも応えることができる。
【0060】
また、前輪制動部32の制動力が第1前輪制動力P1に到達すると、前輪制動部32の制動力を第1前輪制動力P1に保ちつつ、後輪制動部34の制動力を増加させるので、前輪WFに一定の制動力を与えながら後輪WRの制動力を増加させることで、前輪WFへの荷重を徐々に後輪へ移しながら、より安定して前後輪に制動力を付与することが可能となる。
【0061】
また、後輪制動部34の制動力が第1後輪制動力P2に達すると、後輪制動部34の制動力を第1後輪制動力P2に保つので、車体のノーズダイブを抑制することが可能となる。
【0062】
さらに、前輪制動部32の制動力が第1前輪制動力P1に到達してから所定時間T1が経過すると、前輪制動部32の制動力が第2前輪制動力P4に移行を開始すると共に、後輪制動部34の制動力が第2前輪制動力P4より小さい第2後輪制動力P3に移行を開始するので、前輪制動部32の制動力が第1前輪制動力P1に到達してから所定時間T1が経過すると、後輪WRの制動力より前輪WFの制動力の方が高くなるように移行を開始するため、車体のノーズダイブを抑えながら運転者の乗車姿勢を自然に前傾姿勢へと導くことが可能となる。
【0063】
なお、自動二輪車の形態、前輪制動部および後輪制動部の構造、マスタシリンダやブレーキモジュレータの構造、制御ユニットの構造、油圧センサの構造、所定時間および第2所定時間の設定、第1前輪制動力、第1後輪制動力、第2前輪制動力、第2後輪制動力の設定等は、上記実施形態に限られず、種々の変更が可能である。本発明に係るブレーキシステムは、種々の二輪車や三輪車等に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0064】
1…自動二輪車(鞍乗型車両)、5…ブレーキレバー(操作子)、32…前輪ブレーキキャリパ(前輪制動部)、34…後輪ブレーキキャリパ(後輪制動部)、40…前輪マスタシリンダ(作動力発生手段)、50…第1油圧センサ(油圧センサ)、WF…前輪、WR…後輪、P1…第1前輪制動力、P2…第1後輪制動力、P4…第2前輪制動力、P3…第2後輪制動力、T1…所定時間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9