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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】電磁波吸収シート
(51)【国際特許分類】
   H05K 9/00 20060101AFI20241210BHJP
   H01F 1/37 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
H05K9/00 M
H05K9/00 W
H01F1/37
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023149150
(22)【出願日】2023-09-14
(62)【分割の表示】P 2022076623の分割
【原出願日】2017-11-02
(65)【公開番号】P2023168365
(43)【公開日】2023-11-24
【審査請求日】2023-09-14
(31)【優先権主張番号】P 2016216291
(32)【優先日】2016-11-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005810
【氏名又は名称】マクセル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】廣井 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】藤田 真男
【審査官】山田 拓実
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-078698(JP,A)
【文献】特開2009-124691(JP,A)
【文献】特開2007-250823(JP,A)
【文献】倉橋真司ほか,76GHz帯で吸収特性を有するフェライト系電波吸収体の開発,愛媛県工業系試験研究機関研究報告,第45巻,日本,愛媛県工業技術センター,2007年09月,p.12-17
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 9/00
H01F 1/37
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気共鳴する電磁波吸収材料である磁性酸化鉄とゴム製バインダーとを含む電磁波吸収層を有する電磁波吸収シートであって、
前記磁性酸化鉄100部に対して前記ゴム製バインダーを2~50部含み、
前記電磁波吸収シートの面内の一方向における弾性域の最大伸び率が20%~200%であり、
前記電磁波吸収層は、弾性域の最大伸び率に対して5~75%の範囲のいずれかの伸び率で引き延ばされた状態での入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値と整合する、電磁波吸収シート。
【請求項2】
前記電磁波吸収層における前記磁性酸化鉄の体積含率が30%以上である、請求項1に記載の電磁波吸収シート。
【請求項3】
前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄またはストロンチウムフェライトから選ばれる少なくとも1種である、請求項1または2に記載の電磁波吸収シート。
【請求項4】
前記ゴム製バインダーとして、アクリルゴムまたはシリコーンゴムのいずれかを用いた、請求項1~3のいずれかに記載の電磁波吸収シート。
【請求項5】
前記電磁波吸収層が弾性域の範囲内で引き延ばされた際の入力インピーダンス値が360Ω~450Ωである、請求項1~のいずれかに記載の電磁波吸収シート。
【請求項6】
前記電磁波吸収層の一方の面に接して前記電磁波吸収層を透過した電磁波を反射する反射層が形成されている、請求項1~のいずれかに記載の電磁波吸収シート。
【請求項7】
電磁波吸収材料とゴム製バインダーとを含む電磁波吸収層と、
前記電磁波吸収層の一方の面に接して前記電磁波吸収層を透過した電磁波を反射する反射層とを備え、
前記磁性酸化鉄100部に対して前記ゴム製バインダーを2~50部含み、
前記電磁波吸収層が面内の一方向に引き延ばされた状態での入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値と整合することを特徴とする、電磁波吸収シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電磁波を吸収する電磁波吸収シートに関し、特に、磁気共鳴によって電磁波を吸収する電磁波吸収材料を有してミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を吸収し、面内方向に伸びる弾性を有した電磁波吸収シートに関する。
【背景技術】
【0002】
電気回路などから外部へと放出される漏洩電磁波や、不所望に反射した電磁波の影響を回避するために、電磁波を吸収する電磁波吸収シートが用いられている。
【0003】
近年は、携帯電話などの移動体通信や無線LAN、料金自動収受システム(ETC)などで、数ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域を持つセンチメートル波、さらには、30ギガヘルツから300ギガヘルツの周波数を有するミリ波帯、ミリ波帯域を超えた高い周波数帯域の電磁波として、1テラヘルツ(THz)の周波数を有する電磁波を利用する技術の研究も進んでいる。
【0004】
このようなより高い周波数の電磁波を利用する技術トレンドに対応して、不要な電磁波を吸収する電磁波吸収体やシート状に形成された電磁波吸収シートにおいても、ギガヘルツ帯域からテラヘルツ帯域の電磁波を吸収可能とするものへの要望が高まっている。
【0005】
ミリ波帯以上の高い周波数帯域の電磁波を吸収する電磁波吸収体として、25~100ギガヘルツの範囲で電磁波吸収性能を発揮するイプシロン酸化鉄(ε-Fe23)結晶を磁性相に持つ粒子の充填構造を有する電磁波吸収体が提案されている(特許文献1参照)。また、イプシロン酸化鉄の微細粒子をバインダーとともに混練し、バインダーの乾燥硬化時に外部から磁界を印加してイプシロン酸化鉄粒子の磁場配向性を高めた、シート状の配向体についての提案がなされている(特許文献2参照)。
【0006】
さらに、弾性を有する電磁波吸収シートとして、シリコーンゴムにカーボンナノチューブを分散させたセンチメートル波を吸収可能な電磁波吸収シートが提案されている(特許文献3参照)。
【0007】
また、75~77GHzの周波数帯の電磁波を吸収することができ民生用途としての採算性を備えた低コストの電磁波吸収シートとして、金属体の表面に炭化ケイ素の粉末をゴム製のマトリクス樹脂中に分散させたものが提案されている(特許文献4参照)。さらに、フレキシブルプリント配線板に接着されて外部からの電磁波をシールドする接着シートとして、導電性微粒子が含まれた導電層と絶縁層とが積層されたシートの反発力を所定範囲に保つことで、フレキシブルプリント配線板とともに屈曲可能な耐屈曲性と耐熱性とを備えたものが提案されている(特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008- 60484号公報
【文献】特開2016-135737号公報
【文献】特開2011-233834号公報
【文献】特開2005- 57093号公報
【文献】特開2013- 4854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
電磁波を発生する発生源からの漏洩電磁波を遮蔽する場合、対象となる回路部品を覆う筐体などに電磁波吸収材を配置する必要があるが、特に、配置場所の形状が平面形状ではない場合には、固形体である電磁波吸収体を用いるよりも、可撓性や面内方向に伸びる弾性を備えた電磁波吸収シートを用いる方が、利便性が高く好ましい。
【0010】
しかし、例えば特許文献3に記載された電磁波吸収シートはミリ波帯域である数十ギガヘルツ以上の周波数の電磁波を吸収することができない。また、特許文献4に記載の電磁波吸収シートは伸縮性のない金属体に積層されたものであり、特許文献5に記載の接着シートはフレキシブルプリント配線板に熱圧着するものであるから、いずれも弾性を有するものではない。
【0011】
このように、ミリ波帯域である数十ギガヘルツ以上の周波数の電磁波を吸収することができる電磁波吸収部材として、弾性を有したシート状の電磁波吸収シートは実現されていない。
【0012】
本開示は、従来の課題を解決するために、ミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を良好に吸収することができ、かつ、面内方向に伸びる弾性を有した電磁波吸収シートを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため本願で開示する電磁波吸収シートは、磁気共鳴する電磁波吸収材料である磁性酸化鉄とゴム製バインダーとを含む電磁波吸収層を有する電磁波吸収シートであって、前記磁性酸化鉄100部に対して前記ゴム製バインダーを2~50部含み、前記電磁波吸収シートの面内の一方向における弾性域の最大伸び率が20%~200%である、電磁波吸収シート。
【発明の効果】
【0014】
本願で開示する電磁波吸収シートは、電磁波吸収層にミリ波帯域以上の高周波数帯域で磁気共鳴する磁性酸化鉄を電磁波吸収材料として備えるため、数十ギガヘルツ以上の高い周波数帯域の電磁波を熱に変換して吸収することができる。また、ゴム製のバインダーを備え、面内方向への弾性域での最大伸び率が20~200%であるため、所望する部分への配置が容易となり、さらに、可動部分を覆うことも可能な電磁波吸収シートを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を説明する断面図である。
図2】Feサイトの一部を置換したイプシロン酸化鉄の電磁波吸収特性を説明する図である。
図3】ゴム製のバインダーを含む電磁波吸収層を備えた電磁波吸収シートが、外部から引張応力が加えられた場合の伸びについて説明する図である。図3(a)は、最大伸び率を超えると破断を引き起こす電磁波吸収シートの伸び率の変化を示す。図3(b)は、最大伸び率を超えると塑性変形を引き起こす電磁波吸収シートの伸び率の変化を示す。
図4】実施例の電磁波吸収シートにおける、外部から印加された引張応力と伸び率との関係を示す図である。
図5】第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートの伸びによる電磁波吸収特性の変化を示す図である。
図6】第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートの厚さと電磁波吸収量との関係を示す図である。
図7】第2の実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を説明する断面図である。
図8】第2の実施形態にかかる電磁波吸収シートにおける、電磁波吸収シートの伸び率が変化した際の電磁波吸収特性の変化を示す図である。
図9】第2の実施形態にかかる電磁波吸収シートの厚みと電磁波減衰量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本願で開示する電磁波吸収シートは、ミリ波帯域以上の周波数帯域で磁気共鳴する電磁波吸収材料である磁性酸化鉄とゴム製バインダーとを含む電磁波吸収層を有する電磁波吸収シートであって、面内の一方向における弾性域の最大伸び率が20%~200%である。
【0017】
このようにすることで、本願で開示する電磁波吸収シートは、電磁波吸収材料である磁性酸化鉄の磁気共鳴によってミリ波帯域である30ギガヘルツ以上の高周波帯域の電磁波を吸収することができる。また、電磁波吸収材料とゴム製バインダーを用いて、面内方向での最大伸び率が20~200%という高い伸縮性を有する電磁波吸収シートを実現することができる。このため、シールド対象となる電子回路が収容されている筐体などに電磁波吸収シートを配置する場合に、電磁波吸収シートの取り扱いの容易性が向上し、特に、複雑に湾曲した面に電磁波吸収シートを配置することが容易となる。さらに、アーム部材の関節部分など、形状が変化する部材の可動部分を覆って不所望な電磁波の放射や進入を防止することができる。
【0018】
本願で開示する電磁波吸収シートにおいて、前記磁性酸化鉄がイプシロン酸化鉄であることが好ましい。30ギガヘルツより高い周波数の電磁波を吸収するイプシロン酸化鉄を電磁波吸収材料として用いることで、高周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収シートを実現することができる。
【0019】
この場合において、前記イプシロン酸化鉄のFeサイトの一部が3価の金属原子で置換されていることが好ましい。このようにすることで、Feサイトを置換する材料によって磁気共鳴周波数が異なるイプシロン酸化鉄の特性を活かして、所望の周波数帯域の電磁波を吸収する電磁波吸収シートを実現することができる。
【0020】
また、前記電磁波吸収層における前記磁性酸化鉄の体積含率が30%以上であることが好ましい。このようにすることで、電磁波吸収層の透磁率虚部(μ'')の値を大きくすることができ、高い電磁波吸収特性を備えた電磁波吸収シートを実現することができる。
【0021】
さらに、前記ゴム製バインダーとして、アクリルゴムまたはシリコーンゴムのいずれかを用いることが好ましい。耐熱性の高いゴム材料を用いることで、信頼性の高い電磁波吸収シートを実現することができる。
【0022】
さらに、前記電磁波吸収層は、弾性域の最大伸び率の5~75%引き延ばされた状態での入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値と整合することが好ましい。このようにすることで、電磁波吸収シートの伸び率の広い領域に渡って、入力インピーダンス値を空気中のインピーダンス値に近い値とすることができ、高い電磁波吸収特性を維持することができる。
【0023】
また、前記電磁波吸収層が弾性域の範囲内で引き延ばされた際の入力インピーダンス値が360Ω~450Ωであることが好ましい。このようにすることで、電磁波吸収シートがその弾性領域内で伸び縮みした場合でも、入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値と大きく隔たってしまうことを回避して、一定以上の電磁波吸収特性を発揮することができる。
【0024】
さらにまた、本願で開示する電磁波吸収シートにおいて、前記電磁波吸収層の一方の面に接して前記電磁波吸収層を透過した電磁波を反射する反射層が形成されていることが好ましい。このようにすることで、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域の電磁波の遮蔽と吸収とを確実に行うことができる、いわゆる反射型の電磁波吸収シートを実現することができる。
【0025】
また、前記電磁波吸収シートを貼着可能とする接着層をさらに備えたことが好ましい。このようにすることで、高い電磁波吸収特性を備えるとともに、所望する場所に容易に配置することができる取り扱い容易性に優れた電磁波吸収シートを実現することができる。
【0026】
本願で開示する第2の電磁波吸収シートは、電磁波吸収材料とゴム製バインダーとを含む電磁波吸収層と、前記電磁波吸収層の一方の面に接して前記電磁波吸収層を透過した電磁波を反射する反射層とを備え、前記電磁波吸収材料が所定の周波数の電磁波に対して磁気共鳴する磁性酸化鉄であり、前記電磁波吸収層が面内の一方向に引き延ばされた状態での入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値と整合する。
【0027】
本願で開示する第2の電磁波吸収シートは、このような構成とすることで、実使用時には電磁波吸収シートがある程度引き延ばされた状態となることを前提として、伸び率の広い領域で空気中のインピーダンス値と入力インピーダンス値の整合を行うことができ、弾性を有する電磁波吸収シートにおける実使用状態での電磁波吸収特性を向上させることができる。
【0028】
以下、本願で開示する電磁波吸収シートについて、図面を参照して説明する。
【0029】
なお、「電波」は、より広義には電磁波の一種として把握することができるため、本明細書では、電波吸収体を電磁波吸収体と称するなど「電磁波」という用語を用いることとする。
【0030】
(第1の実施の形態)
まず、本願で開示する電磁波吸収シートの第1の実施の形態として、電磁波吸収シートに入射した電磁波を反射する反射層を備えていない、いわゆる透過型の電磁波吸収シートについて説明する。
【0031】
[シート構成]
図1は、本願の第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を示す断面図である。
【0032】
なお、図1は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を理解しやすくするために記載された図であり、図中に示された部材の大きさや厚みについて現実に即して表されたものではない。
【0033】
本実施形態で例示する電磁波吸収シートは、粒子状の電磁波吸収材料である磁性酸化鉄1aとゴム製のバインダー1bとを含む電磁波吸収層1を備えている。なお、図1に示す電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1の背面側(図1における下方側)に、電磁波吸収シートを電子機器の筐体の内表面、または、外表面などの所定の場所に貼着可能とするための接着層2が形成されている。
【0034】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄1aが磁気共鳴を起こすことで、磁気損失によって電磁波を熱エネルギーに変換して吸収するものであるため、電磁波吸収層1の一方の表面に反射層を設けずに、電磁波吸収層1を透過する電磁波を吸収するいわゆる透過型の電磁波吸収シートとして使用することができる。
【0035】
また、本実施形態の電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1を構成するバインダー1bとして、各種のゴム材料が利用される。このため、特に、電磁波吸収シートの面内方向において、容易に伸び縮みする電磁波吸収シートを得ることができる。なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、ゴム製のバインダー1bに磁性酸化鉄1aが含まれて電磁波吸収層が形成されているため、弾性が高い電磁波吸収シートであると同時に可撓性も高く、電磁波吸収シートの取り扱い時に電磁波吸収シートを丸めることができ、また、電磁波吸収シートを湾曲面に沿って容易に配置することができる。
【0036】
さらに、本実施形態の電磁波吸収シートは、高周波電磁波の発生源の周囲に配置された部材の表面などの所望する場所に貼着し易いように、電磁波吸収層1の一方の表面に接着層2が積層されている。なお、接着層2を有することは、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、必須の要件ではない。
【0037】
[電磁波吸収材料]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収材料として、イプシロン酸化鉄磁性粉、バリウムフェライト磁性粉、ストロンチウムフェライト磁性粉などの磁性酸化鉄の粉体を使用することができる。これらの中でもイプシロン酸化鉄は、鉄原子の電子がスピン運動する時の歳差運動の周波数が高く、ミリ波帯域である30~300ギガヘルツ、またはそれ以上の高周波数の電磁波を吸収する効果が高いため、電磁波吸収材料として特に好適である。
【0038】
イプシロン酸化鉄(ε-Fe23)は、酸化第二鉄(Fe23)において、アルファ相(α-Fe23)とガンマ相(γ-Fe23)との間に現れる相であり、逆ミセル法とゾルーゲル法とを組み合わせたナノ微粒子合成方法によって単相の状態で得られるようになった磁性材料である。
【0039】
イプシロン酸化鉄は、数nmから数十nmの微細粒子でありながら常温で約20kOeという金属酸化物として最大の保磁力を備え、さらに、歳差運動に基づくジャイロ磁気効果による自然磁気共鳴が数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯の周波数帯域で生じる。
【0040】
さらに、イプシロン酸化鉄は、結晶のFeサイトの一部をアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)などの3価の金属元素と置換された結晶とすることで、磁気共鳴周波数、すなわち、電磁波吸収材料として用いられる場合に吸収する電磁波の周波数を異ならせることができる。
【0041】
図2は、Feサイトと置換する金属元素を異ならせた場合の、イプシロン酸化鉄の保磁力Hcと自然共鳴周波数fとの関係を示している。なお、自然共鳴周波数fは、吸収する電磁波の周波数と一致する。
【0042】
図2から、Feサイトの一部が置換されたイプシロン酸化鉄は、置換された金属元素の種類と置換された量によって、自然共鳴周波数が異なる。また、自然共鳴周波数の値が高くなるほど、当該イプシロン酸化鉄の保磁力が大きくなっていることがわかる。
【0043】
より具体的には、ガリウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε-GaxFe2-x3の場合には、置換量「x」を調整することで30ギガヘルツから150ギガヘルツ程度までの周波数帯域で吸収のピークを有し、アルミニウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε-AlxFe2-x3の場合には、置換量「x」を調整することで100ギガヘルツから190ギガヘルツ程度の周波数帯域で吸収のピークを有する。このため、電磁波吸収シートで吸収したい周波数の自然共鳴周波数となるように、イプシロン酸化鉄のFeサイトと置換する元素の種類を決め、さらに、Feとの置換量を調整することで、吸収される電磁波の周波数を所望の値とすることができる。さらに、置換する金属をロジウムとしたイプシロン酸化鉄、すなわちε-RhxFe2-x3の場合には、180ギガヘルツからそれ以上と、吸収する電磁波の周波数帯域をより高い方向にシフトすることが可能である。
【0044】
イプシロン酸化鉄は、一部のFeサイトが金属置換されたものを含めて市販されているため容易に入手することができる。なお、イプシロン酸化鉄粉の好ましい粒径は、平均粒径として5nm~50nmで、略球形または短いロッド形状(棒状)をしている。
【0045】
バリウムフェライト(BaFe1219)、ストロンチウムフェライト(SrFe1219)は、いずれも六方晶フェライトであり、磁気異方性が大きいことから大きな保磁力を有する。
【0046】
バリウムフェライト、または、ストロンチウムフェライトの粉体は、鉄(Fe)とバリウムまたはストロンチウムの塩化物(BaCl2、SrCl2)、必要に応じてさらにBa、Srを含む金属酸化物を原料として配合し、混合、造粒したのちこれを焼成することで合成し、焼成体を粉砕して所定の粒度を有する粉体として製造することができる。なお、焼成条件は、一例として温度が1200~1300℃、焼成雰囲気は大気、焼成時間は1~8h程度とすることができる。
【0047】
作製される粉体の大きさは、粉砕時に加えられる負荷の大きさによって調整することができ、比較的大きな粉体を得る場合には、焼成体をハンマーミルによる衝撃粉砕と湿式粉砕(アトライター、遊星ボールミル等)に供する方法などが利用できる。また、ハンマーミルによる衝撃粉砕のみによって粒度調整することも可能である。バリウムフェライト、または、ストロンチウムフェライトの粉体の好ましい粒径は、メジアン径(D50)で1μm~5μmである。
【0048】
[電磁波吸収層]
電磁波吸収層1を構成するゴム製のバインダー1bには、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、ブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、エチレン・プロピレンゴム(EPDM)、クロロブレンゴム(CR)、アクリルゴム(ACM)、クロロスルホン化ポリエチレンゴム(CSR)、ウレタンゴム(PUR)、シリコーンゴム(Q)、フッ素ゴム(FKM)、エチレン・酢酸ビニルゴム(EVA)、エピクロルヒドリンゴム(CO)、多硫化ゴム(T)など、各種のゴム材料を利用することができる。
【0049】
これらのゴム材料の中では、耐熱性が高いことから、アクリルゴム、シリコーンゴムを好適に用いることができる。アクリルゴムの場合、高温環境下におかれても耐油性が優れるとともに、比較的廉価でコストパフォーマンスにも優れている。また、シリコーンゴムの場合は、耐熱性に加え耐寒性も高い。さらに、物理的特性の温度に対する依存性が、合成ゴム中で一番少なく、耐溶剤性、耐オゾン性、耐候性にも優れている。さらに、電気絶縁性にもすぐれ、広い温度範囲、および、周波数領域にわたって物質的に安定している。
【0050】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層1では、電磁波吸収材料1aとして例えばイプシロン酸化鉄粉を用いた場合、イプシロン酸化鉄粉は上述のように粒径が数nmから数十nmの微細なナノ粒子であるため、電磁波吸収層1の形成時に、バインダー1b内にイプシロン酸化鉄粉を良好に分散させることが重要となる。このため、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1に、フェニルフォスホン酸、フェニルフォスホン酸ジクロリド等のアリールスルホン酸、メチルフォスホン酸、エチルフォスホン酸、オクチルフォスホン酸、プロピルフォスホン酸などのアルキルフォスホン酸、あるいは、ヒドロキシエタンジフォスホン酸、ニトロトリスメチレンフォスホン酸などの多官能フォスホン酸などのリン酸化合物を含んでいる。これらのリン酸化合物は、難燃性を有するとともに、微細な磁性酸化鉄粉の分散剤として機能するため、バインダー内のイプシロン酸化鉄粒子を、良好に分散させることができる。
【0051】
より具体的には、分散剤としては、和光純薬工業株式会社製、または、日産化学工業株式会社製のフェニルフォスホン酸(PPA)、城北化学工業株式会社製の酸化リン酸エステル「JP-502」(製品名)などを使用することができる。
【0052】
ただし、熱硬化性付加型のシリコーンゴムでは、リン酸化合物の添加により加硫阻害を起こす場合がある。その際には、リン酸化合物以外の高分子分散剤、シラン、シランカップリング剤を用いることが好ましい。例えば、デシルシリメトキシシラン「KBM-3103」(商品名:信越化学株式会社製)などを好適に用いることができる。
【0053】
なお、電磁波吸収層1の組成としては、一例として、イプシロン酸化鉄粉(磁性酸化鉄)100部に対して、ゴム製バインダーが2~50部、リン酸化合物の含有量が0.1~15部とすることができる。ゴム製バインダーが2部より少ないと、磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。また電磁波吸収シートとしての形状を維持できなくなるとともに、電磁波吸収シートの伸びが得られ難くなる。50部より多いと、電磁波吸収シートの伸びは得られるが、電磁波吸収シートの中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収効果が小さくなる。
【0054】
リン酸化合物の含有量が0.1部より少ないと、ゴム製バインダーを用いて磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。15部より多いと、磁性酸化鉄を良好に分散させる効果が飽和する。電磁波吸収シートの中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
【0055】
[電磁波吸収層の製造方法]
ここで、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層1の製造方法について説明する。本実施形態の電磁波吸収シートでは、少なくとも磁性酸化鉄粉とゴム製バインダーとを含んだ磁性塗料を作製して、これを所定の厚さで塗布し、乾燥させた後にカレンダ処理することによって電磁波吸収層1を形成する。カレンダ処理は必須ではないが、電磁波吸収シート中の空隙を少なくして磁性酸化鉄粉の充填度合いを向上させることができるため、カレンダ処理を行うことが好ましい。
【0056】
先ず、磁性塗料を作製する。
【0057】
磁性塗料は、磁性酸化物としてのイプシロン酸化鉄粉と分散剤であるリン酸化合物、ゴム製バインダーの混練物を得て、これを溶剤で希釈し、さらに分散した後に、フィルタで濾過することによって得ることができる。混練物は、一例として、加圧式の回分式ニーダで混練することにより得られる。また、混練物の分散は、一例としてジルコニアなどのビーズを充填したサンドミルを用いて分散液として得ることができる。なお、このとき、必要に応じて架橋剤を配合することができる。
【0058】
得られた磁性塗料を、剥離性を有する支持体、一例としてシリコーンコートにより剥離処理された厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)のシート上に、テーブルコータやバーコータなどを用いて塗布する。
【0059】
その後、wet状態の磁性塗料を80℃で乾燥し、さらにカレンダ装置を用いて所定温度と圧力でカレンダ処理を行って、支持体上に電磁波吸収層を形成できる。
【0060】
一例として、支持体上に塗布したwet状態での磁性塗料の厚さを1mmとすることで、乾燥後の厚さを400μm、カレンダ処理後の電磁波吸収層の厚さを300μmとすることができる。
【0061】
このようにして、電磁波吸収材料1aとして用いたnmオーダーの微細なイプシロン酸化鉄粉がゴム製バインダー1b内に良好に分散された状態の電磁波吸収層1を形成することができる。
【0062】
なお、磁性塗料を作製する他の方法として、磁性塗料成分として、少なくとも磁性酸化鉄粉と、分散剤であるリン酸化合物と、ゴム製バインダーとを高速攪拌機で高速混合して混合物を調製し、その後、得られた混合物をサンドミルで分散処理することでも磁性塗料を得ることができる。
【0063】
[接着層]
図1に示すように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1の背面に接着層2が形成されている。
【0064】
接着層2を設けることで、電磁波吸収層1を、電気回路を収納する筐体の内面や、電気機器の内面または外面の所望の位置に貼着することができる。特に、本実施形態の電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1が弾性を有するものであるため、接着層2によって湾曲した曲面上にも容易に貼着することができ、電磁波吸収シートの取り扱い容易性が向上する。なお、接着層2の材料、形成厚み、形成状態などを工夫して、接着層2が、電磁波吸収層1の弾性変形による伸びを妨げないように、例えばガラス点温度(Tg)が低いアクリル系粘着剤やシリコーン系粘着剤、ゴム系の粘着剤などを用いることが好ましい。
【0065】
接着層2としては、粘着テープなどの接着層として利用される公知の材料、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等を用いることができる。特にゴム製バインダーとしてシリコーンゴムを用いた場合は、電磁波吸収層と接着層との密着力を低下させないために、接着層の材料としてシリコーン系粘着剤を用いることが好ましい。
【0066】
また被着体に対する粘着力の調節、糊残りの低減のために、粘着付与剤や架橋剤を用いることもできる。被着体に対する粘着力は5N/10mm~12N/10mmが好ましい。粘着力が5N/10mmより小さいと、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれてしまったり、ずれてしまったりすることがある。また、粘着力が12N/10mmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。
【0067】
また接着層2の厚さは20μm~100μmが好ましい。接着層の厚さが20μmより薄いと、粘着力が小さくなり、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれたり、ずれたりすることがある。接着層の厚さが100μmより大きいと、電磁波吸収シート全体の厚さが厚くなるため、可撓性が小さくなってしまう畏れがある。また、接着層2が厚いと電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。また接着層2の凝集力が小さい場合は、電磁波吸収シートを剥離した場合、被着体に糊残りが生じる場合がある。
【0068】
なお、本願明細書において接着層2とは、剥離不可能に貼着する接着層2であるとともに、剥離可能な貼着を行う接着層2であってもよい。
【0069】
また、電磁波吸収シートを所定の面に貼着するにあたって、電磁波吸収シートが接着層2を備えていなくても、電磁波吸収シートが配置される部材の側の表面に接着性を備えさせて電磁波吸収層1のみで形成された電磁波吸収シートを貼り付けるようにすることができる。また、両面テープや接着剤を用いることで、所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができる。この点において、接着層2は、本実施形態に示す電磁波吸収シートにおける必須の構成要件でないが、電磁波吸収シートが接着層2を備える構成は、両面テープや接着剤を用いることなく所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができるため好ましい。
【0070】
[電磁波吸収シートの伸び]
次に、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの面内方向での伸びについて説明する。
【0071】
図3は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、面内方向に加えた応力(引張応力)と電磁波吸収シート伸び率との関係を示す図である。図3(a)が、最大伸び率を超えると破断する電磁波吸収シートにおける応力と伸び率との関係を示す。また、図3(b)が、最大伸び率を超えたときに塑性変形を起こす電磁波吸収シートにおける応力と伸び率との関係を、それぞれ示している。
【0072】
ここで「伸び率」とは、一方向に応力を加えたことにより伸びた電磁波吸収シートの伸び量を、もともとの長さで割った数値を%で示したものである。すなわち、応力0の時の長さをL1、所定の応力を印加したときの長さをL2とすると、この所定の応力が加わったときの「伸び率」は、(L2-L1)/L1×100、として表される。なお、この「伸び率」は、「歪(ひずみ)」とも称される。
【0073】
図3(a)に示すように、最大伸び率を超えたときに破断する電磁波吸収シートでは、最大伸び率である170%に到達するまでは、外部から加えられる応力が大きくなると、ほほ直線状に電磁波吸収シートの伸び率が増加する(符号11の部分)。その後、最大伸び率である170%を超えて応力が加わると電磁波吸収シートが破断してしまい、伸び率の値は、最大伸び率である170%から大きくならない(符号12の部分)。
【0074】
一方、図3(b)に示す、最大伸び率を超えたときに塑性変形を起こす電磁波吸収シートでは、最大応力を示す伸び率である伸び率30%に到達するまでは、加わる応力が大きくなると比較的緩やかに伸び率が上昇する(符号13の部分)。その後、最大応力を示す伸び率30%に到達した後にさらに電磁波吸収シートを引っ張ると、塑性変形を起こして伸び率が230%に到達するまで電磁波吸収シートが伸びてしまう(符号14の部分)。このため、応力は徐々に低下する。なお、塑性変形を引き起こしているため、符号14で示す状態の電磁波吸収シートは弾性を失っていて、電磁波吸収シートを引っ張る力を解除してもシートの長さは短くならない。
【0075】
なお、バインダー1bとして用いられるゴム材料の弾性変形領域は、適宜選択した加硫剤を用いることで調整することができる。また、使用用途などの関係から、破断してはならない電磁波吸収シートが求められている場合には、破断せずに塑性変形する形態とすることも有効であると考えられる。
【0076】
また、電磁波吸収シートの伸びの大きさの範囲としては、入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値から大きくずれてしまい、インピーダンス整合が取れなくなるため電磁波吸収能力が低下する範囲として、上限は200%とする。また、電磁波吸収シートの伸びが大きすぎると、電磁波吸収シートの厚さが薄くなって電磁波吸収材料の密度が低下するため、電磁波吸収能力も低下する。さらに、電磁波吸収シートの伸びが200%を超える状態では、電磁波吸収シートの可撓性や屈曲性が低下する。
【0077】
一方、電磁波吸収シートの伸びが20%より小さいと、曲面状の被着体に貼着する際に十分引き延ばせなくなって、作業性が低下してしまう。また、形状が変化する可動部への貼着に対応できなくなり、弾性を有するという本実施形態にかかる電磁波吸収シートの特徴を活かすことができなくなる。
【0078】
ここで、本実施形態にかかる電磁波吸収シートについて、磁性酸化鉄とゴム製バインダーの種類が異なるものを実際に作製して、外部からの引張応力と電磁波吸収シートの伸び率との関係を測定した。
【0079】
第1の電磁波吸収シート(実施例1)は、磁性酸化鉄としてイプシロン酸化鉄を用い、ゴム製バインダーとしてアクリルゴムを用いた。表1に、第1の電磁波吸収シートの作製に用いた材料とその割合を示す。
【0080】
【表1】
【0081】
第2の電磁波吸収シート(実施例2)は、磁性酸化鉄として第1の電磁波吸収シートと同様にイプシロン酸化鉄を用い、ゴム製バインダーとしてシリコーンゴムを用いた。表2に、第2の電磁波吸収シートの作製に用いた材料とその割合を示す。
【0082】
【表2】
【0083】
第3の電磁波吸収シート(実施例3)は、磁性酸化鉄としてストロンチウムフェライトを用い、ゴム製バインダーとして第2の電磁波吸収シートと同様にシリコーンゴムを用いた。表3に、第3の電磁波吸収シートの作製に用いた材料とその割合を示す。
【0084】
【表3】
【0085】
表1~表3に示したそれぞれの組成の材料を加圧式の回分式ニーダで混練し、得られた混練物をメチルエチルケトン170部で希釈した後、ジルコニアビーズを充填したサンドミルを用いて分散液を作製した。
【0086】
シリコーンコートにより剥離処理をした厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)シート上に、上記表1に示した分散液を枚葉式のコーターで塗布した。
【0087】
また、非シリコーン系剥離剤により剥離処理をした厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)シート上に、上記表2と表3に示した分散液を枚葉式のコーターで塗布した。
【0088】
wet状態の塗料を80℃で乾燥し、カレンダ処理によってカレンダ後の厚さが500μmとなるように、電磁波吸収層を形成した。
【0089】
このようにして作製された厚さ500μmの電磁波吸収層を、5枚重ねてカレンダ装置によって熱圧縮しつつ2500μmの単膜の電磁波吸収層を作製した。なお、接着層は形成せずに、電磁波吸収層のみからなる電磁波吸収シートとした。
【0090】
作製したそれぞれの電磁波吸収シートに対して、引張試験機を用いて伸び率を測定した。具体的には、ミネベア株式会社製のTGE-1kN型試験機(製品名)、ロードセルとしてTT3E-200Nを用いて、20mm×50mmとしたシートを引張速度10mm/minの条件で延伸させたときの伸び率を測定した。尚、伸び率測定は、温度23℃、湿度50%Rhの環境下で行った。
【0091】
このようにして測定した、3つの電磁波吸収シートの伸び率を図4に示す。
【0092】
図4において、第1の電磁波吸収シートの伸び率を実線(符号15)で、第2の電磁波吸収シートの伸び率を点線(符号16)で、第3の電磁波吸収シートの伸び率を二点鎖線(符号17)で、それぞれ示す。
【0093】
図4に示すように、実施例として作製した3つの電磁波吸収シートは、いずれも、図3(a)として示した最大伸び率を超えたときに破断するタイプの電磁波吸収シートとなっていて、最大伸び率は195%~200%となった。上述のように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、最大伸びは200%とすることが好ましく、作製した3つの電磁波吸収シートは、電磁波吸収特性、可撓性、屈曲性において、好ましい範囲のものである。
【0094】
3つの電磁波吸収シートを比較すると、同じ伸び率となるために必要な応力は、第1の電磁波吸収シート15が最も大きく、第3の電磁波吸収シート17が最も小さくなった。これは、使用したアクリルゴムがシリコーンゴムよりも硬度が高く、また、第2の電磁波吸収シートに用いたシリコーンゴムの硬度が第3の電磁波吸収シートに用いたシリコーンゴムの硬度よりも高いからであると考えられる。また、第1の電磁波吸収シートにおいて磁性酸化鉄として用いたイプシロン酸化鉄と比較して、第3の電磁波吸収シートに磁性酸化鉄として用いたストロンチウムフェライトの粒子径が大きいため、比表面積が小さくなって分散性が高くなり、電磁波吸収シートの硬度を抑えることができたからであると考えられる。
【0095】
次に、本実施形態にかかる電磁波吸収シートについて、シートに応力を印加して伸ばした際の電磁波吸収特性の変化を測定した。
【0096】
測定は、上述の第1の電磁波吸収シートに対し、フリースペース法を用いて電磁波吸収量(電磁波減衰量)を測定した。具体的には、アンリツアジレント・テクノロジー株式会社製のミリ波ネットワークアナライザーME7838AN5250C(製品名)を用いて、送信アンテナから誘電体レンズを介して電磁波吸収シートに所定周波数の入力波(ミリ波)を照射し、電磁波吸収シートの裏側に配置された受信アンテナで透過する電磁波を計測した。照射される電磁波の強度と透過した電磁波の強度とをそれぞれ電圧値として把握し、その強度差から電磁波減衰量をdBで求めた。
【0097】
図5は、本実施形態にかかる第1の電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収シートに張力が加わっていない状態での電磁波吸収特性と、電磁波吸収シートに張力が印加されて、電磁波吸収シートに延びが生じるとともに、その厚みが減少している状態での電磁波吸収特性を示す図である。
【0098】
図5において、符号21として示す実線が電磁波吸収シートに張力が加わっていない状態、すなわち、伸び率が0%の状態の電磁波吸収特性である。なお、このときの電磁波吸収シートの厚みは、作製時の2500μmであった。
【0099】
図5に示すように、第1の電磁波吸収シートは、電磁波吸収物質であるイプシロン酸化鉄の共鳴周波数である75.5GHzにおいて、電磁波吸収量(背面側へ透過する電磁波の入射波からの減衰量)が26dBという高い電磁波吸収特性を示した。
【0100】
これに対し、電磁波吸収シートに張力を加えて、伸び率75%となるように引き延ばした際の電磁波吸収特性は、図5において符号22として示す点線のようになる。なお、この場合の電磁波吸収シートの厚みは、1950μmであった。
【0101】
図5に符号22として点線で示すように、伸び率が75%の状態の電磁波吸収シートでは75.5GHzでの電磁波吸収量が約19dBであり、伸び率が0%の場合(符号21)と比較すると電磁波吸収特性が低下していることが分かる。これは、電磁波吸収シートがその面内方向に引っ張られたことで厚さが薄くなり、電磁波吸収シート内で電磁波が透過する方向での電磁波吸収物質の含有量が実質的に低下したことに起因するものと考えられる。
【0102】
すなわち、第1の電磁波吸収シートのような透過型の電磁波吸収シートの場合は、電磁波吸収シートがその面内方向に引っ張られることで、電磁波吸収特性が低下することが分かった。
【0103】
そこで、発明者らは、電磁波吸収シートの伸び率をさらに大きくした際の電磁波吸収特性を測定して、面内方向に引っ張られることで厚さが薄くなった電磁波吸収シートにおける、電磁波吸収シートの厚さと電磁波吸収量との関係を測定した。測定結果を、図6に示す。
【0104】
図6は、上述した第1の電磁波吸収シートと第3の電磁波吸収シートとについて、電磁波吸収シートを面内の一方向に引っ張った際のシート厚みとその状態における周波数75.5GHzの電磁波吸収量(透過する電磁波の減衰量:透過減衰量)との関係を示したものである。
【0105】
図6において、黒丸と実線31とで示すのが第1の電磁波吸収シートの電磁波吸収量の変化、黒四角と点線32とで示すのが第3の電磁波吸収シートの電磁波吸収量の変化である。
【0106】
図6に示すように、第1の電磁波吸収シートと第3の電磁波吸収シートにおいて、周波数が75.5GHzの電磁波の吸収量(31、32)は、いずれも電磁波吸収シートの厚みにほぼ比例し、電磁波吸収シートがより強く引っ張られてその厚みが薄くなるほど電磁波吸収特性が低下することが確認できた。
【0107】
このように、本実施形態の電磁波吸収シートでは、シートに引張力が加わって伸びた際には、その際の伸び率の大きさに応じて電磁波吸収特性が直線的に低下する。このことから、所望される電磁波吸収量が得られる範囲内であり、かつ、電磁波吸収シートの最大伸び率の範囲内であって弾性領域にある限りにおいて、電磁波吸収シートを引っ張って使用することができるということができる。
【0108】
(第2の実施の形態)
[反射型の電磁波吸収シート]
次に、本願で開示する電磁波吸収シートの第2の構成例である電磁波吸収層の背面に反射層が形成されたいわゆる反射型の電磁波吸収シートについて、具体的な実施形態を示しながら説明する。
【0109】
図7に、第2の実施形態の電磁波吸収シートの断面構成を示す。
【0110】
なお、図7は、第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を説明した図1と同様に、その構成を理解しやすくするために記載された図であり、図中に示された部材の大きさや厚みについて現実に即して表されたものではない。また、図1に示す第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成するものと同じ部材には、同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0111】
本願で開示する電磁波吸収シートは、電磁波吸収材料としてゴム製のバインダーとともに電磁波吸収層を形成する、イプシロン酸化鉄やバリウムフェライト、ストロンチウムフェライトなどの磁性酸化鉄の磁気共鳴によって電磁波を吸収するものである。このため、第1の実施形態として示した反射層を備えない透過型の電磁波吸収シートとして構成する他に、電磁波吸収層の電磁波が入射する側とは反対側の表面に電磁波を反射する反射層を備えた、反射型の電磁波吸収シートとしての構成を採用することができる。
【0112】
第2の実施形態で示す電磁波吸収シートは、電磁波吸収材料である磁性酸化鉄1aとゴム製のバインダー1bとを含む電磁波吸収層1の背面側(図7における下方側)に、電磁波吸収層1の表面に接して反射層3が形成されている。
【0113】
なお、図7に示す第2の実施形態の電磁波吸収シートでは、反射層3のさらに背面側に電磁波吸収シートを所定の場所に貼着することを可能とする接着層2が形成されている。上述の第1の実施形態にかかる電磁波吸収シートの場合と同様に、第2の実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいても接着層2は必須の構成要件ではなく、接着層2を備えない電磁波吸収シートを形成することも可能であるが、電磁波吸収シートが接着層2を備える構成とすることで、両面テープや接着剤を用いることなく所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができるため好ましい。
【0114】
反射層3は、電磁波吸収層1の背面に密着して形成された金属層であればよい。ただし、本実施形態の電磁波吸収シートでは、ゴム製のバインダー1bを用いることで電磁波吸収シートが弾性を有するため、反射層3としては、メッシュ状の導電体や、銀ナノワイヤー(Ag-NW)、導電性高分子膜などを用いて、電磁波吸収層1が伸びた場合でもその表面抵抗値が上昇せずに、1Ω/□程度の抵抗値を維持できるようにする。
【0115】
電磁波吸収層1の背面に反射層を形成する方法としては、銀ナノワイヤー、または、導電性高分子を、電磁波吸収シートの背面側に吹き付ける方法、または、塗布する方法を採用できる。また、反射層と同様のゴム製バインダーに、銀ナノワイヤーや導電性高分子を分散した反射層3を作製して、弾性を有する反射層3を電磁波吸収層に熱圧着する方法、さらには、弾性を有する反射層3に、電磁波吸収層1を作製するための塗料を塗布して、反射層3上に電磁波吸収層1を形成する方法を採用できる。
【0116】
なお、反射層3を構成する金属の種類には特に限定はなく、ナノワイヤーとして用いた銀の他にも、アルミニウムや銅、クロムなど、電気抵抗ができるだけ小さく、耐食性の高い金属を用いることができる。
【0117】
図7に示した、第2の実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1の背面に反射層3を設けることで、電磁波が電磁波吸収シートを貫通する事態を確実に回避することができる。このため、特に高周波で駆動される電気回路部品などから外部へと放出される電磁波の漏洩を防止する電磁波吸収シートとして、好適に使用することができる。
【0118】
[反射型の電磁波吸収シートの伸び]
第2の実施形態にかかる反射型の電磁波吸収シートにおいても、第1の実施形態の電磁波吸収シート同様に、電磁波吸収層1が引っ張られて伸びた場合に、電磁波吸収層1の厚みが変化することによる入力インピーダンス値の変化によって生じる、インピーダンス整合のミスマッチングによる電磁波吸収特性の変化と、電磁波吸収層1の電磁波が通過する部分の電磁波吸収物質の量が少なくなることによる電磁波吸収特性の変化が生じる。
【0119】
さらに、反射型の電磁波吸収シートの場合は、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値を空気中のインピーダンス値に整合させる必要があるという課題が存在する。電磁波吸収シートの入力インピーダンス値が、空気中のインピーダンス値である377Ω(厳密には真空中のインピーダンス値)から大きく異なっていると、電磁波吸収シートに電磁波が入射する際に反射や散乱が生じるため、反射型の電磁波吸収シートとしての電磁波吸収特性、すなわち、入射した電磁波の反射波を低減させるという特性を損なう結果となるからである。
【0120】
ここで、電磁波吸収材料として磁性酸化鉄を備えた電磁波吸収シートにおける、電磁波吸収層1のインピーダンスZinは、下記の数式(1)として表される。
【0121】
【数1】
【0122】
上記の式(1)において、μrは電磁波吸収層1の複素透磁率、εrは電磁波吸収層1の複素誘電率、λは入射する電磁波の波長、dは電磁波吸収層1の厚さである。このため、電磁波吸収シートが伸びた場合に、電磁波吸収層1の厚みdが小さくなり、電磁波吸収材料である磁性酸化鉄の含有量が低下することで、電磁波吸収層1の透磁率と誘電率とがともに変化する。この結果、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値(Zin)は電磁波吸収層1を形成するバインダー1bの厚みに左右されることとなり、電磁波吸収シートの伸び縮みに伴ってその厚みが変動すると電磁波吸収シートの入力インピーダンス値(Zin)が変動することを意味する。
【0123】
このことを踏まえ本願発明の発明者らは、電磁波吸収シートの定常状態、すなわち、外部からの力が加わらずに電磁波吸収シートの伸び率が0%の状態、ではなく、電磁波吸収シートがある程度の伸び率で伸びている状態で、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値を空気中の入力インピーダンス値と整合させることで、実用状態において、より広範囲の条件で入射する電磁波を好適に吸収する電磁波シートを実現できることに思い至った。
【0124】
そこで、実際に反射型の電磁波吸収シートを作製して、一定の伸び率で伸びている状態で電磁波吸収シートの入力インピーダンス値を空気中のインピーダンス値と整合させることについての効果を検証した。
【0125】
先ず、第4の電磁波吸収シート(実施例4)として、反射型の電磁波吸収シートを作製した。
【0126】
第4の電磁波吸収シートである反射型の電磁波吸収シートは、上述の第1の電磁波吸収シートと同様に、表1に示した組成の混合材料を加圧式の回分式ニーダで混練し、得られた混練物をメチルエチルケトン170部で希釈した後、ジルコニアビーズを充填したサンドミルを用いて分散液を作製した。
【0127】
シリコーンコートにより剥離処理をした厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)シート上に、上記の分散液を枚葉式のコーターで塗布した。
【0128】
wet状態の塗料を80℃で乾燥し、カレンダ処理によってカレンダ後の厚さが410μmとなるようにして、電磁波吸収層を形成した。
【0129】
続いて、電磁波吸収層の背面に、反射層を形成した。
【0130】
反射層の形成は、銀ナノワイヤーを電磁波吸収層の背面側に塗布することで行った。
【0131】
第4の電磁波吸収シートの電磁波吸収特性の測定は、上記透過型の電磁波吸収シートにおける電磁波吸収測定と同様にフリースペース法を用いて行った。ただし、反射型の電磁波吸収シートの特性を測定するために、電磁波吸収シートに入射する電磁波の出力と、電磁波吸収シートから放出される反射波の出力とを、送信アンテナと受信アンテナとを電磁波吸収シートの前面側に配置して測定した。
【0132】
なお、第4の電磁波吸収シートとして作製された、バインダーとしてアクリルゴムを主成分とする電磁波吸収層を備えた電磁波吸収シートは、図3(b)として示した、所定の最大伸び率が決まっていて(具体的に第4の電磁波吸収シートの場合は30%)、これを超えた場合に塑性変形を引き起こす電磁波吸収シートであった。
【0133】
また、第4の電磁波吸収シートでは、伸び率が11%の時に厚みが370μmとなり、この厚さ370μの状態での電磁波吸収シートの入力インピーダンス値が空気中のインピーダンス値と整合する377Ωとなる。
【0134】
図8は、第4の電磁波吸収シートにおいて、伸び率を変えた状態での電磁波吸収特性の変化を示している。
【0135】
図8において、符号41で示す実線が、第4の電磁波吸収シートの定常状態、すなわち、伸び率が0%の状態の電磁波吸収量(反射する電磁波での減衰量)を示す。このとき、第4の電磁波吸収シートの厚みは410μmであった。また、符号42で示す点線が、第4の電磁波吸収シートを伸び率3%で伸ばした状態であり、このときの電磁波吸収シートの厚みは400μmであった。さらに、符号43で示す一点鎖線が、第4の電磁波吸収シートを伸び率11%で伸ばした状態であり、このときの電磁波吸収シートの厚みは370μm、符号44で示す二点鎖線が、第4の電磁波吸収シートを伸び率22%で伸ばした状態であり、このときの電磁波吸収シートの厚みは335μmであった。
【0136】
図8に示すように、第4の電磁波吸収シートでは、入力インピーダンスを整合させた状態である電磁波吸収シートが伸び率11%で伸びている状態の電磁波吸収量が、約23dBと最も大きくなっている。これに対し、伸び率が3%の時の電磁波吸収量が約18dB、伸び率が0%の時の電磁波吸収量が約15dBとなっていて、電磁波吸収シートが伸びることによって電磁波吸収量が低下することを示していた、第1の電磁波吸収シートでの電磁波吸収特性を示す図5図6とは異なる結果となっている。つまり、第2の実施形態では、伸び率が高くなると電磁波吸収量が高くなると言う、第1の実施形態とは逆の結果となった。
【0137】
このことは、反射型の電磁波吸収シートにおいては、電磁波吸収シートの伸びによって、電磁波吸収層の電磁波が通過する部分の電磁波吸収物質の量が少なくなることによる電磁波吸収量の低下よりも、電磁波吸収層の厚みが変化することによる入力インピーダンス値の変化によって生じる、インピーダンス整合のミスマッチングによる電磁波吸収量の低下の方がより強く影響することを示している。
【0138】
したがって、反射型の電磁波吸収シートにおいては、電磁波吸収シートの伸び率の変化に伴う電磁波吸収層の入力のインピーダンス値の変化を考慮して、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値と空気中のインピーダンス値との整合を行うことが好ましい。
【0139】
図9は、第4の電磁波吸収シートにおける電磁波吸収シートの厚みと電磁波吸収量との関係を示した図であり、図8に示した、第4の電磁波吸収シートにおける電磁波吸収特性の変化を別の表現形式で示した図である。
【0140】
図9において、符号51が、伸び率が0%の状態(厚み410μm)、符号52が、伸び率が3%の状態(厚み400μm)、符号53が、伸び率が11%の状態(厚み370μm)、符号54が、伸び率が22%の状態(厚み335μm)の電磁波吸収量の値をそれぞれ示している。
【0141】
図9に示すように、第4の電磁波吸収シートでは、電磁波吸収シートが伸び率11%で伸びて厚みが370μmとなった状態で入力インピーダンスの整合を行うことで、伸び率が0%の状態から延び率が22%となった状態までの間、電磁波吸収量を実用上好ましいと考えられる15dB以下、すなわち、電磁波吸収量として92%以上という特性を維持できる。
【0142】
このように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、弾性域の最大伸び率が20%~200%という延伸性を有する電磁波吸収シートであり、この範囲で伸ばして使用されても電磁波吸収量を維持することができる電磁波吸収シートである。さらに、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、弾性域の最大伸び率が20%~200%で、かつ、弾性域の最大伸び率の5~75%伸びた場合で、所定の電磁波吸収量を維持することができる電磁波吸収シートである。
【0143】
上述の説明で明らかなように、磁気共鳴によって電磁波を吸収する磁性部材を電磁波吸収材料として備えた電磁波吸収シートにおいて、シートが弾性を備えていてその厚みが変化する場合には、電磁波吸収シートがある程度伸ばされた状態で電磁波吸収層の入力インピーダンス値を空気中のインピーダンス値と整合することが好ましい。
【0144】
このことは、第2の実施形態として説明したような、電磁波吸収材料がミリ波以上の高い周波数帯域の電磁波に対して磁気共鳴するものには限定されない。したがって、ゴム製のバインダー中に分散された電磁波吸収材料による磁気共鳴で電磁波を吸収する、弾性を有する反射型の電磁波吸収シート全てにおいて、電磁波吸収シートがある程度伸ばされた状態で電磁波吸収層の入力インピーダンス値を空気中のインピーダンス値と整合することが好ましいということができる。
【0145】
第2の実施形態において具体例を説明した第4の電磁波吸収シートでは、最大伸び率が30%の電磁波吸収シートにおいて、伸び率が11%、すなわち、最大伸び率との比較においては約37%の伸び率の状態で、入力インピーダンス値の整合を行った。予め所定量の伸び率で伸びた状態でインピーダンス整合を行う基準としては、バインダーとして用いられたゴム材料の、特に最大伸び率以上に伸ばされた際の変形の種類によって左右されるが、最大伸び率に対して5~75%伸びた状態を基準とすることで、実用上の広い範囲において、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値と空気中のインピーダンス値との差が無くなり、電磁波吸収シートに入射する電磁波の、反射や散乱に起因する電磁波吸収特性の低下を制限することができる。
【0146】
また、逆の視点で言えば、電磁波吸収シートの入力インピーダンスの値を、その弾性域の範囲で空気中のインピーダンス値である377Ωに近い値に維持することで、電磁波吸収シートの実用範囲において、一定以上のインピーダンス整合の項が得られ、電磁波吸収シートの電磁波吸収量の低減を回避することができる。発明者らの検討によれば、その数値範囲は360Ω~450Ωである。電磁波吸収シートの入力インピーダンスの値が、360Ωより小さい場合、または、450Ωよりも大きい場合には、電磁波吸収シートの表面である空間と電磁波吸収シートとの境界面において、電磁波吸収シートに入射する電磁波が大きく散乱、反射されてしまうため、電磁波吸収シート自体が有する電磁波吸収特性を発揮させることができない。
【0147】
なお、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値を空気中のインピーダンスと整合させる場合に、電磁波吸収シートが伸びていない伸び量0%の状態ではなく電磁波吸収シートがその最大伸び率に対して5~75%伸びた状態を基準することによって、電磁波吸収シートの伸び量が変化した場合でも良好に電磁波を吸収できることは、第2の実施形態として説明した反射型の電磁波吸収シートに限られるものではなく、第1の実施形態として示した透過型の電磁波吸収シートにおいても同様である。
【0148】
第1の実施形態で示した透過型の電磁波吸収シートでは、第2の実施形態で示した反射型の電磁波吸収シートとは異なり、電磁波が入射する側に散乱・反射される電磁波の強さが、電磁波吸収特性(電磁波減衰量)の高低には直接影響しないが、例えば、電磁波放射源となる電気回路からの電磁波の外部への漏洩を抑えるとともに、電磁波吸収シート表面での反射波が当該電気回路に悪影響を与えないようにする場合など、透過型の電磁波吸収シートの電磁波入射側での反射波を低減したい場合が考えられる。このような場合には、透過型の電磁波吸収シートであっても、伸び率が変化してもその入力インピーダンスを空気中のインピーダンスに近づけることが好ましく、電磁波吸収シートの最大伸び率に対して5~75%伸びた状態を基準として、その入力インピーダンスを377Ωに設定することが好ましい。
【0149】
また、図8に示したように、第4の電磁波吸収シートにおいて、伸び率が変化してその厚みが変化した場合でも、それぞれの厚みでの電磁波吸収特性において最も大きな吸収量を示す入力電磁波の周波数は75.5ギガヘルツで変化していない。これは、第1の実施形態で説明した第1の電磁波吸収シートと同様に、本願で開示する電磁波吸収シートでは、電磁波吸収材料である磁性酸化鉄の磁気共鳴によって入射した電磁波を吸収しているため、最も大きな吸収特性を示す電磁波の周波数は、電磁波吸収材料が同じであれば電磁波吸収層の厚さに左右されないことの表れである。
【0150】
これに対し、ミリ波帯域の電磁波を吸収可能であり、かつ、弾性を有するものとして現在市販されている電磁波吸収シートは、誘電体層と反射層との積層により形成されていて入射した電磁波の位相を1/2波長ずらすことで反射波の強度を減衰させる、いわゆる波長干渉型の電磁波吸収シートである。波長干渉型の電磁波吸収シートでは、誘電体層の厚さが変化すると吸収される電磁波の波長が変化するため、電磁波吸収シートが弾性を有していて所定の伸び率で伸びた際にその厚さが変化すると、吸収される電磁波のピーク周波数の値も変化してしまう。この結果、例えば車載レーダなどの特定の波長の電磁波を吸収するために配置された電磁波吸収シートが、弾性を有するが故に、却って所望する周波数の電磁波の吸収特性を低下させてしまうという問題が発生する畏れがある。
【0151】
本願で開示する電磁波吸収シートの場合には、最大に吸収される電磁波の周波数は変化しないため、このような問題が生じることはない。
【0152】
(その他の構成)
なお、上記第1および第2の実施形態では、電磁波吸収層に含まれる電磁波吸収材料としての磁性酸化鉄について、主としてイプシロン酸化鉄を用いたものを例示して説明した。上述のように、イプシロン酸化鉄を用いることで、ミリ波帯域である30ギガヘルツから300ギガヘルツの電磁波を吸収する電磁波吸収シートを形成することかできる。また、Feサイトを置換する金属材料として、ロジウムなどを用いることによって、電磁波として規定される最高周波数である1テラヘルツの電磁波を吸収する電磁波吸収シートを実現することができる。
【0153】
しかし、本願で開示する電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層の電磁波吸収材料として用いられる磁性酸化鉄は、イプシロン酸化鉄には限られない。
【0154】
フェライト系電磁吸収体としての六方晶フェライトであるバリウムフェライトならびに一部の実施例としても示したストロンチウムフェライトは、数ギガヘルツから数十ギガヘルツ帯域の電磁波に対して良好な電磁波吸収特性を発揮する。このため、イプシロン酸化鉄以外にもこのようなミリ波帯域である30ギガヘルツから300ギガヘルツにおいて電磁波吸収特性を有する磁性酸化鉄の粒子と、ゴム製バインダーとを用いて電磁波吸収層を形成することで、ミリ波帯域の電磁波を吸収し弾性を有する電磁波吸収シートを実現することができる。
【0155】
なお、例えば、六方晶フェライトの粒子は、上記実施形態で例示したイプシロン酸化鉄の粒子と比較して粒子径が数μm程度と大きく、また、粒子形状も略球状ではなく板状や針状の結晶となる。このため、ゴム製バインダーを用いて磁性塗料を形成する際に、分散剤の使用や、バインダーとの混練条件を調整して、磁性塗料として塗布した状態において、電磁波吸収層中になるべく均一に磁性酸化鉄粉が分散された状態で、なおかつ、空隙率がなるべく小さくなるように調整することが好ましい。
【0156】
上記の実施形態で説明した電磁波吸収シートは、電磁波吸収層を構成するバインダーとしてゴム製のものを用いることで、弾性を備えた電磁波吸収シートを実現することができる。特に、電磁波吸収材料として、ミリ波帯域以上の高周波数帯域で磁気共鳴する磁性酸化鉄を備えることで、高い周波数の電磁波を吸収し、なおかつ、弾性を有した電磁波吸収シートを実現できる。
【0157】
なお、電磁波吸収材料として、磁気共鳴によって電磁波を吸収する磁性酸化鉄を用いた電磁波吸収シートの場合には、電磁波吸収シートにおける電磁波吸収材料の体積含率を高くすることで、より大きな電磁波吸収効果を実現することができる。しかし、一方でゴム製のバインダーと電磁波吸収材料とで構成された電磁波吸収層を備えた電磁波吸収シートにおいて、バインダーを用いていることによる弾性を確保する上では、必然的に電磁波吸収材料の体積含率の上限が定まってくる。本願で開示する電磁波吸収シートでは、電磁波吸収材料である磁性酸化鉄の電磁波吸収層における体積含率を30%以上とすることで、特に反射型の電磁波吸収シートの場合、-15dB以上の反射減衰量を確保することができる。
【0158】
また、電磁波吸収層におけるゴム製バインダーの体積含率を、40%~70%とすることが好ましい。ゴム製バインダーの体積含率をこの範囲とすることで、電磁波吸収シートの面内の一方向における弾性域の最大伸び率を所望する20%~200%の範囲に設定しやすくなる。
【0159】
なお上記の説明において、電磁波吸収層を形成する方法として、磁性塗料を作製してこれを塗布、乾燥する方法について説明した。本願で開示する電磁波吸収シートの作製方法としては、上記磁性塗料を塗布する方法の他に、例えば押し出し成型法を用いることが考えられる。
【0160】
より具体的には、磁性酸化鉄粉と、ゴム製バインダーと、必要に応じて分散剤などを予めブレンドし、ブレンドされたこれら材料を押出成型機の樹脂供給口から可塑性シリンダ内に供給する。なお、押出成型機としては、可塑性シリンダと、可塑性シリンダの先端に設けられたダイと、可塑性シリンダ内に回転自在に配設されたスクリューと、スクリューを駆動させる駆動機構とを備えた通常の押出成型機を用いることができる。押出成型機のバンドヒータによって可塑化された溶融材料が、スクリューの回転によって前方に送られて先端からシート状に押し出される。押し出された材料を、乾燥、加圧成形、カレンダ処理等を行うことで所定の厚さの電磁波吸収層を得ることができる。
【0161】
さらに、電磁波吸収層を形成する方法としては、磁性酸化鉄粉とゴム製バインダーとを含んだ磁性コンパウンドを作製し、この磁性コンパウンドを所定の厚さでプレス成型処理する方法を採用することができる。
【0162】
具体的には、まず、電磁波吸収性組成物である磁性コンパウンドを作製する。この磁性コンパウンドは、磁性酸化鉄粉と、ゴム製バインダーとを混練し、得られた混練物に架橋剤を混合して粘度を調整して得ることができる。
【0163】
このようにして得られた電磁波吸収性組成物としての磁性コンパウンドを、一例として、油圧プレス機を用いて温度170℃でシート状に架橋・成型する。その後、恒温槽内において、例えば温度170℃で2次架橋処置を施して、所定形状の電磁波吸収シートとすることができる。
【0164】
また、上記実施形態では、電磁波吸収層が一層で構成された電磁波吸収シートについて説明したが、電磁波吸収層として複数の層が積層したものを採用することができる。第1の実施形態として示した透過型の電磁波吸収シートの場合には、電磁波吸収層としてある程度以上の厚さを備えた方が電磁波吸収特性が向上する。また、第2の実施形態として示した反射型の電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層の厚みを調整してその入力インピーダンス値を空気中のインピーダンス値と整合させることで電磁波吸収特性をより向上させることができる。このため、電磁波吸収層を形成する電磁波吸収材料やバインダーの特性によって、一層では所定の厚さの電磁波吸収層を形成できない場合には、電磁波吸収層を積層体として形成することが有効である。
【産業上の利用可能性】
【0165】
本願で開示する電磁波吸収シートは、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域の電磁波を吸収し、さらに、弾性を有する電磁波吸収シートとして有用である。
【符号の説明】
【0166】
1 電磁波吸収層
1a イプシロン酸化鉄(磁性酸化鉄)
1b ゴム製バインダー
2 接着層
3 反射層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9