(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】モータ制御装置、電動アクチュエータ製品及び電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/22 20160101AFI20241210BHJP
【FI】
H02P21/22
(21)【出願番号】P 2023571868
(86)(22)【出願日】2023-05-19
(86)【国際出願番号】 JP2023018754
(87)【国際公開番号】W WO2024053167
(87)【国際公開日】2024-03-14
【審査請求日】2023-11-20
(31)【優先権主張番号】P 2022142039
(32)【優先日】2022-09-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】吉田 圭太
(72)【発明者】
【氏名】星 譲
(72)【発明者】
【氏名】菅原 孝義
【審査官】保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-082083(JP,A)
【文献】特開2017-017899(JP,A)
【文献】特開2021-164377(JP,A)
【文献】特開2008-301656(JP,A)
【文献】特開2000-333488(JP,A)
【文献】特開2017-175834(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P21/00-25/03
25/04
25/10-27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを駆動する電流指令値を演算する電流指令値演算部と、
前記モータを流れる電流を検出する電流値検出部と、
前記電流値検出部が検出した電流の検出値である電流検出値と前記電流指令値との偏差に応じて第1電圧指令値を出力
し、前記偏差に対する比例制御、積分制御及び微分制御の特性を有する電流制御部と、
前記電流制御部の後段に配置され、前記電流制御部の前回の制御周期に入力された入力信号に対して前記電流制御部の制御周期
分の遅延を与え
て前記電流制御部の今回の制御周期に前記入力信号を遅延信号として出力する遅延要素の出力を
前記第1電圧指令値に加算して第2電圧指令値を演算するとともに、前記第2電圧指令値を前記遅延要素に入力する電圧外乱抑制部と、
前記第2電圧指令値に基づいて、前記モータを駆動する駆動回路と、
を備えることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記第2電圧指令値のノイズを低減する第1フィルタを備えることを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記第1フィルタは、前記第1電圧指令値と前記遅延要素の出力との加算値のノイズを低減するフィルタであることを特徴とする請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記第1フィルタの出力を前記遅延要素に入力することを特徴とする請求項3に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記第1フィルタは、前記第1電圧指令値のノイズを低減する第2フィルタと、前記遅延要素の出力のノイズを低減する第3フィルタとを個別に備え、
前記電圧外乱抑制部は、前記第2フィルタによってノイズが低減された前記第1電圧指令値と、前記第3フィルタによってノイズが低減された前記遅延要素の出力と、を加算して前記第2電圧指令値を演算することを特徴とする請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記電流指令値のノイズを低減するフィルタと、前記電流検出値のノイズを低減するフィルタと、前記遅延要素の出力のノイズを低減するフィルタとを個別に備えることを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記電流制御部は、前記モータに印加される外乱電圧に対してハイパスフィルタの特性を有することを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
請求項1~
7の何れか一項に記載のモータ制御装置と、
前記モータ制御装置によって制御されるモータと、
を備えることを特徴とする電動アクチュエータ製品。
【請求項9】
請求項1~
7の何れか一項に記載のモータ制御装置と、
前記モータ制御装置によって制御されるモータと、
を備え、前記モータによって車両の操舵系に操舵補助力を付与することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置、電動アクチュエータ製品及び電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、逆起電圧定数とモータ回転速度に基づいて逆起電圧を推定し、逆起電圧を相殺する補正値を電圧指令値に加えることで逆起電圧を補償する技術(以下「フィードフォワード型の逆起電圧補償」と表記することがある)が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
フィードフォワード型の逆起電圧補償は、使用されるモータの個体差によるばらつきや、温度変化、経年変化による物性変化など外乱要因に対するロバスト性が低いという問題があった。
本発明は、使用されるモータの個体差によるばらつきや、温度変化、経年変化による物性変化など外乱要因に対するロバスト性を向上したモータ制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の一態様によるモータ制御装置は、モータを駆動する電流指令値を演算する電流指令値演算部と、モータを流れる電流を検出する電流値検出部と、電流値検出部が検出した電流の検出値である電流検出値と電流指令値との偏差に応じて第1電圧指令値を出力し、偏差に対する比例制御、積分制御及び微分制御の特性を有する電流制御部と、電流制御部の後段に配置され、電流制御部の前回の制御周期に入力された入力信号に対して電流制御部の制御周期分の遅延を与えて電流制御部の今回の制御周期に入力信号を遅延信号として出力する遅延要素の出力を第1電圧指令値に加算して第2電圧指令値を演算するとともに、第2電圧指令値を遅延要素に入力する電圧外乱抑制部と、第2電圧指令値に基づいて、モータを駆動する駆動回路を備える。
【0006】
本発明の他の一形態によれば、上記のモータ制御装置と、モータ制御装置によって制御されるモータと、を備える電動アクチュエータ製品が与えられる。
本発明の更なる他の一形態によれば、上記のモータ制御装置と、モータ制御装置によって制御されるモータと、を備え、モータによって車両の操舵系に操舵補助力を付与する電動パワーステアリング装置が与えられる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、使用されるモータの個体差によるばらつきや、温度変化、経年変化による物性変化など外乱要因に対するロバスト性を向上したモータ制御装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態の電動パワーステアリング装置の一例の概要を示す構成図である。
【
図2】
図1に記載されるコントローラによる操舵補助機能の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図3】電流指令値からモータが駆動される系の第1例を伝達関数で表現したブロック図である。
【
図4】(a)及び(b)は、
図3の系の伝達関数の共通項の分子を1としたときの周波数特性の一例のボード線図である。
【
図5】(a)及び(b)は、
図3の制御フィルタ52の一例のボード線図である。
【
図6】(a)及び(b)は、遅延要素56とフィルタ54の伝達関数を
図3の系の伝達関数の共通項の分子から除いた伝達関数の一例のボード線図である。
【
図7】(a)及び(b)は、外乱電圧Δvがモータ電流iに影響する成分の伝達関数の一例のボード線図である。
【
図8】(a)及び(b)は、比較例のシミュレーション結果を示すボード線図である。
【
図9】(a)及び(b)は、実施形態のシミュレーション結果を示すボード線図である。
【
図10】電流指令値からモータが駆動される系の第2例を伝達関数で表現したブロック図である。
【
図11】電流指令値からモータが駆動される系の第3例を伝達関数で表現したブロック図である。
【
図12】本発明のモータ制御装置を用いる直動テーブル装置の一例の概要を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
なお、以下に示す本発明の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の構成、配置等を下記のものに特定するものではない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0010】
(構成)
図1は、実施形態の電動パワーステアリング装置の一例の概要を示す構成図である。ステアリングホイール(操向ハンドル)1の操舵軸(ステアリングシャフト、ハンドル軸)2は減速機構を構成する減速ギア(ウォームギア)3、ユニバーサルジョイント4a及び4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a、6bを経て、更にハブユニット7a、7bを介して操向車輪8L、8Rに連結されている。
【0011】
ピニオンラック機構5は、ユニバーサルジョイント4bから操舵力が伝達されるピニオンシャフトに連結されたピニオン5aと、このピニオン5aに噛合するラック5bとを有し、ピニオン5aに伝達された回転運動をラック5bで車幅方向の直進運動に変換する。
操舵軸2には操舵トルクThを検出するトルクセンサ10が設けられている。また、操舵軸2には、ステアリングホイール1の操舵角θhを検出する操舵角センサ14が設けられている。
【0012】
また、ステアリングホイール1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介して操舵軸2に連結されている。電動パワーステアリング(EPS:Electric Power Steering)装置を制御するコントローラ30には、バッテリ13から電力が供給されるとともに、イグニション(IGN)キー11を経てイグニションキー信号が入力される。
なお、操舵補助力を付与する手段は、モータに限られず、様々な種類のアクチュエータを利用可能である。
【0013】
コントローラ30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクThと、車速センサ12で検出された車速Vhと、操舵角センサ14で検出された操舵角θhに基づいてアシスト制御指令の電流指令値の演算を行い、電流指令値に補償等を施した電圧制御指令値Vrefによってモータ20に供給する電流を制御する電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)である。
なお、操舵角センサ14は必須のものではなく、モータ20の回転軸の回転角度を検出する回転角センサから得られる回転角度に、トルクセンサ10のトーションバーの捩れ角を加えて操舵角θhを算出してもよい。
また、操舵角θhに代えて、操向車輪8L、8Rの転舵角を用いてもよい。例えばラック5bの変位量を検出することにより転舵角を検出してもよい。
【0014】
コントローラ30は、例えば、プロセッサと、記憶装置等の周辺部品とを含むコンピュータを備えてよい。プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit)、やMPU(Micro-Processing Unit)であってよい。
記憶装置は、半導体記憶装置、磁気記憶装置及び光学記憶装置のいずれかを備えてよい。記憶装置は、レジスタ、キャッシュメモリ、主記憶装置として使用されるROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等のメモリを含んでよい。
以下に説明するコントローラ30の機能は、例えばコントローラ30のプロセッサが、記憶装置に格納されたコンピュータプログラムを実行することにより実現される。
【0015】
なお、コントローラ30を、以下に説明する各情報処理を実行するための専用のハードウエアにより形成してもよい。
例えば、コントローラ30は、汎用の半導体集積回路中に設定される機能的な論理回路を備えてもよい。例えばコントローラ30はフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA:Field-Programmable Gate Array)等のプログラマブル・ロジック・デバイス(PLD:Programmable Logic Device)等を有していてもよい。
【0016】
次に、
図2を参照してコントローラ30による操舵補助機能の機能構成の一例を説明する。
操舵トルクTh及び車速Vhは、電流指令値Iref0を演算する電流指令値演算部41に入力される。電流指令値演算部41は、入力された操舵トルクTh及び車速Vhに基づいて、アシストマップ等を用いてモータ20に供給する電流の制御目標値である電流指令値Iref0を演算する。
【0017】
加算器42Aは、補償信号生成部44からの補償信号CMを電流指令値Iref0に加算して電流指令値Iref=Iref0+CMを算出し、電流指令値Irefを電流制限部43に入力する。補償信号CMの加算によって操舵システム系の特性補償が行われ、収れん性や慣性特性等が改善される。補償信号生成部44は、収れん性44-1と慣性44-2とセルフアライニングトルク(SAT)44-3を加算器44-4、44-5で加算して補償信号CMを算出する。
電流制限部43によって最大電流を制限された電流指令値Irefmが減算器42Bに入力され、フィードバックされたモータ電流値Imとの偏差ΔI(=Irefm-Im)が演算され、その偏差ΔIが操舵動作の特性改善のためのPI(比例積分)制御部45に入力される。PI制御部45で特性改善された電圧制御指令値VrefがPWM制御部46に入力され、更に駆動部としてのインバータ47を介してモータ20がPWM駆動される。モータ20の電流値Imはモータ電流検出器48で検出され、減算器42Bにフィードバックされる。
【0018】
なお、コントローラ30は、電流指令値Irefとしてトルク発生用成分であるq軸電流指令値と磁界発生用成分であるd軸電流指令値とを演算し、q軸のモータ電流検出値とq軸電流指令値との偏差と、d軸のモータ電流検出値とd軸電流指令値との偏差に基づいて電圧指令値を生成するベクトル制御を行ってもよい。
【0019】
図3は、電流指令値Irefからモータ20が駆動される系を伝達関数で表現したブロック図である。電流指令値Irefは、制御フィルタ(Gref(s))50を経て減算器51に入力され、減算器51は、制御フィルタ50の出力とモータ電流検出器48が検出したモータ20の電流値Imとの偏差を算出する。制御フィルタ(A(s))52は、制御フィルタ50の出力とモータ20の電流値Imとの偏差に応じて第1電圧指令値を算出し、加算器53に入力する。制御フィルタ52は、特許請求の範囲に記載の「電流制御部」の一例である。
【0020】
加算器53は、遅延要素(Gdly)55によって遅延した加算器53の出力を第1電圧指令値に加算して第1電圧指令値を積分することにより第2電圧指令値を算出する。加算器53は、特許請求の範囲に記載の「電圧外乱抑制部」の一例である。
遅延要素55は、例えばコントローラ30によるモータ20のモータ電流の電流制御の制御周期に相当する遅延を与える遅延要素であってよい。例えば、加算器53は、電流制御における前回サイクルの加算器53の出力値を今回サイクルの第1電圧指令値に加算することにより第2電圧指令値を演算する。
【0021】
加算器53の出力は、第2電圧指令値のノイズを低減するフィルタ(GLPF(s))54を経て、遅延要素55と遅延要素(GDLY)56に入力される。すなわち、フィルタ54は、第1電圧指令値と遅延要素55の出力との加算値のノイズを低減するフィルタである。フィルタ54は、例えばローパスフィルタであってよい。モータ電流検出器48によるモータ20の電流値Imの検出ノイズを無視できれば、フィルタ54を省略してもよい。
【0022】
遅延要素56は、コントローラ30のハードウエア遅延に相当する遅延を与える遅延要素であってよい。例えば遅延要素56による遅延は、モータ電流検出器48によってモータ20の電流値Imを検出してから、この検出した電流値Imを使ってPWM制御部46のPWMが出力されるまでの遅延であってよい。
遅延要素56からの出力には、演算部57によってモータの逆起電圧EMFが減算されるとともに外乱電圧ΔVが加算される。演算部57は、遅延要素56からの出力(制御電圧)に対する実際にモータに発生している逆起電圧EMFの影響をモデル化したものである。
【0023】
演算部57の演算結果は、モータ20の電気的特性部(1/E(s))58でモータ20のインピーダンスE(s)=L・s+Rで除算されることによりモータ電流iに変換される。なお、定数L、Rはそれぞれモータ20のインダクタンス値と抵抗値である。
モータ電流iは、トルク係数(Kt)59と乗算されることによりトルクτに変換される。トルクτは機械的特性部(1/M(s))61でモータ回転角θに変換される。機械的特性部61の伝達関数の分母は、例えばM(s)=Js2+(D+GCF)s+Kであり、定数J、D、GCF、Kは、それぞれモータの慣性モーメント、粘性係数、クーロン摩擦係数、バネ係数である。
【0024】
逆起電力生成部(s・Ke)62は、モータ回転角θの時間微分(すなわちモータ回転速度)と逆起電圧定数Keとの積と同じ大きさの逆起電圧EMFを生成する。
モータ電流iは、モータ電流検出器48で検出されて減算器51にフィードバックされるが、加算部60で電流検出誤差Δiが混入することによってモータ電流Im=i+Δiとしてフィードバックされる。
【0025】
電流指令値Iref、外乱電圧Δv、電流検出誤差Δi、外乱トルクΔτ、モータ回転角の外乱角度Δθを入力とし、モータ電流iを出力とする伝達関数は次式(1)によって与えられる。
【0026】
【0027】
なお、上式(1)の右辺の項のうち
【0028】
【0029】
の部分を以下の説明において「入力ベクトル」と表記することがある。また、上式(1)の右辺の項の入力ベクトルの各項に共通するモータ20の物理特性の影響を示す部分
【0030】
【0031】
を以下の説明において「共通項」と表記することがある。また、上式(1)の右辺の項入力ベクトルの各項毎の影響を示す部分
【0032】
【0033】
を以下の説明において「感度ベクトル」と表記することがある。なお上式(1)では外乱角度Δθによる影響を無視できるものと仮定して、外乱角度Δθに対する感度ベクトルの成分を「0」と仮定している。
本実施形態では、上式(1)の共通項の分子から遅延要素56の伝達関数(GDLY)とフィルタ54の伝達関数(GLPF(s))を除いて得られる伝達関数
【0034】
【0035】
の周波数応答の変動が小さく(すなわちフラット(平坦)な周波数特性を有し)、かつ外乱電圧Δvがモータ電流iに影響する成分の伝達関数
【0036】
【0037】
が、ハイパスフィルタの特性を有するように(すなわち、低周波成分を減衰する特性を有するように)、制御フィルタ52の伝達関数の特性を設定する。
制御フィルタ(A(s))52の伝達関数は、例えば次式のように設定してよい。
【0038】
【0039】
上式はPID(比例、積分、微分)制御器の例であり、制御フィルタ52の伝達関数の特性は、例えばパラメータKp、ζ、ωcを変更することにより適宜調整できる。
このように制御フィルタ52の伝達関数を設定すると、共通項の分子から遅延要素56の伝達関数(GDLY)とフィルタ54の伝達関数(GLPF(s))を除いて得られる伝達関数の周波数応答の変動が小さくなり、電流指令値Irefの周波数の影響を受けにくい良好な応答特性を実現することができる。
【0040】
また、ベクトル制御を行う場合、逆起電圧やd軸成分とq軸成分との間の干渉項は、dq軸回転座標系上ではステアリングホイール1の操舵周期と同程度の低周波数(例えば10[Hz]以下)の信号として扱える。このため、外乱電圧Δvがモータ電流iに影響する成分の伝達関数が、低周波数成分を減衰するカットオフ周波数のハイパスフィルタの特性を有することにより、逆起電圧やその他の外乱電圧の影響を抑制できる。
【0041】
例えば、上式(1)の伝達関数の共通項の分子を1としたときの
【0042】
【0043】
が、
図4(a)及び
図4(b)に例示する周波数特性を有する場合、共通項の分子から遅延要素56とフィルタ54の伝達関数(GDLY、G
LPF(s))を除いて得られる伝達関数
【0044】
【0045】
の周波数応答の変動を小さくするためには、制御フィルタ52の伝達関数A(s)が、
図4(a)及び
図4(b)に例示する周波数特性と逆の特性を有するように設定する。
図5(a)及び
図5(b)は、共通項の分母の周波数特性と逆の特性を有するように設定した制御フィルタ52の一例のボード線図である。
【0046】
制御フィルタ52の周波数特性を
図5(a)及び
図5(b)に示すように設定した場合に、共通項の分子から遅延要素56とフィルタ54の伝達関数(GDLY、G
LPF(s))を除いて得られる伝達関数の周波数特性は、
図6(a)及び
図6(b)のようになる。
図6(a)及び
図6(b)に示すように、共通項の分子から遅延要素56とフィルタ54の伝達関数(GDLY、G
LPF(s))を除いて得られる伝達関数の周波数応答の変動が抑えられ、比較的平坦な周波数特性を実現している。
【0047】
また、制御フィルタ52の周波数特性を
図5(a)及び
図5(b)に示すように設定した場合に、外乱電圧Δvがモータ電流iに影響する成分の伝達関数
【0048】
【0049】
は、
図7(a)及び
図7(b)のようになる。外乱電圧Δvがモータ電流iに影響する成分の伝達関数がハイパスフィルタの特性を有することにより、上記のように逆起電圧やその他の外乱電圧に影響を抑制できる。
【0050】
次に、
図8(a)及び
図8(b)と
図9(a)及び
図9(b)を参照して、実施形態の効果について説明する。
図8(a)及び
図8(b)は、比較例として従来のフィードフォワード型の逆起電圧補償を行った場合の電流指令値Irefに対するモータ電流iの周波数特性のシミュレーション結果を表すボード線図であり、
図9(a)及び
図9(b)は、実施形態のコントローラ30によるモータ電流制御を行った場合の電流指令値Irefに対するモータ電流iの周波数特性のシミュレーション結果を表すボード線図である。
実線は基準の周波数特性を示し、破線は常温における周波数特性を示し、点線は-40度における周波数特性を示し、一点鎖線は100度における周波数特性を示している。
【0051】
図8(a)と
図9(a)とを比較すると、従来のフィードフォワード型の逆起電圧補償を行った場合には電流検出ノイズの影響を抑えるノーパスフィルタの影響で100Hz以下の周波数帯域においてゲインの低下が発生するが、実施形態によるモータ電流制御を行った場合には、100Hz以下の周波数帯域においてゲインの低下が抑制されていることが分かる。
また、実施形態によるモータ電流制御を行った場合には、低周波帯域において温度変化に伴うゲイン変化が抑制されていることが分かる。また、より高温であるほど、ゲイン変動が抑制されている。電動アクチュエータ製品及び電動パワーステアリング装置は、通電により自己発熱するため極低温状態よりも常温状況下や高温状況下で稼働することが多い。実施形態のモータ電流制御の特性は稼働状況にあったものになっている。
【0052】
(変形例1)
図10は、電流指令値Irefからモータ20が駆動される系の第2例を伝達関数で表現したブロック図である。
図3におけるフィルタ(G
LPF(s))54に代えて、制御フィルタ(A(s))52の出力(すなわち第1電圧指令値)のノイズを低減するフィルタ(G
LPF(s))54aと、遅延要素(Gdly)55の出力のノイズを低減するフィルタ(G
LPF(s))54bとを、個別に備えてよい。
【0053】
例えば、制御フィルタ52と加算器53の間にフィルタ54aを配置するとともに、遅延要素55と加算器53との間にフィルタ54bを配置することにより、フィルタ54aによってノイズが低減された第1電圧指令値と、フィルタ54bによりノイズが低減された遅延要素55の出力とを、加算器53で加算して第2電圧指令値を算出してよい。
【0054】
また、制御フィルタ52の前段にフィルタ54aを配置して、フィルタ54aによりノイズが低減された減算器51の出力を制御フィルタ52に入力してもよい。このような構成でも、制御フィルタ52の出力(すなわち第1電圧指令値)のノイズをフィルタ54aで低減できる。
同様に、遅延要素55の前段にフィルタ54bを配置して、フィルタ54bによりノイズが低減された加算器53の出力を遅延要素55に入力してもよい。このような構成でも、遅延要素55の出力のノイズをフィルタ54bで低減できる。
【0055】
(変形例2)
図11は、電流指令値Irefからモータ20が駆動される系の第3例を伝達関数で表現したブロック図である。
図10における制御フィルタ(A(s))52に代えて、制御フィルタ52と同様の制御フィルタ(A(s))52aを、減算器51の前段(すなわち制御フィルタ(Gref(s))50と減算器51の間)に設けるとともに、モータ電流検出器48によって検出した電流値Imのフィードバック経路(すなわちモータ電流検出器48と減算器51との間)に、制御フィルタ52と同様の制御フィルタ(A(s))52bを設けてもよい。このように構成しても、
図10に示す系の伝達関数と等価となる。
【0056】
また、フィルタ(G
LPF(s))54aに代えて、制御フィルタ52aの出力のノイズを低減するフィルタ(GLPF(s))54a1と、制御フィルタ52bの出力のノイズを低減するフィルタ(GLPF(s))54a2を個別に備えてよい。フィルタ54a1は電流指令値Irefのノイズを低減し、フィルタ54a2は電流検出値Imのノイズを低減する。
制御フィルタ50と制御フィルタ52aとフィルタ54a1の接続の順序は、
図11の順序に限定されず、例えば、電流指令値Irefを入力する制御フィルタ50の後段にフィルタ54a1を設けるとともにフィルタ54a1の後段に制御フィルタ52aを設けて、制御フィルタ52aの出力を減算器51に入力してもよい。
【0057】
また、電流指令値Irefを入力する制御フィルタ52aの後段に制御フィルタ50を設けるとともに制御フィルタ50の後段にフィルタ54a1を設けて、フィルタ54a1の出力を減算器51に入力してもよく、電流指令値Irefを入力する制御フィルタ52aの後段にフィルタ54a1を設けるとともにフィルタ54a1の後段に制御フィルタ50を設けて制御フィルタ50の出力を減算器51に入力してもよい。
【0058】
また、電流指令値Irefを入力するフィルタ54a1の後段に制御フィルタ50を設けるとともに制御フィルタ50の後段に制御フィルタ52aを設けて、制御フィルタ52aの出力を減算器51に入力してもよく、電流指令値Irefを入力するフィルタ54a1の後段に制御フィルタ52aを設けるとともに制御フィルタ52aの後段に制御フィルタ50を設けて、制御フィルタ50の出力を減算器51に入力してもよい。
【0059】
また、電流値Imのフィードバック経路における制御フィルタ52bとフィルタ54a2の配置順序は、
図11の順序に限定されず、モータ電流検出器48によって検出した電流値Imをフィルタ54a2に入力し、フィルタ54a2の後段に制御フィルタ52bを設けて、制御フィルタ52bの出力を減算器51に入力してもよい。
また、制御フィルタ(A(s))とフィルタ(GLPF(s))の両方を減算器51の前段及び電流値Imのフィードバック経路に配置したが、制御フィルタ(A(s))及びフィルタ(GLPF(s))の一方のみを減算器51の前段及び電流値Imのフィードバック経路に配置し、他方のフィルタを減算器51の後段に配置してよい。
【0060】
(実施形態の効果)
(1)実施形態のモータ制御装置は、モータ20を駆動する電流指令値Irefを演算する電流指令値演算部41と、モータ20を流れる電流を検出する電流値検出部48と、電流値検出部48が検出した電流の検出値である電流検出値Imと電流指令値Irefとの偏差に応じて第1電圧指令値を出力する制御フィルタ52と、第1電圧指令値に遅延要素55の出力を加算して第2電圧指令値を演算するとともに、第2電圧指令値を遅延要素55に入力する加算器53と、第2電圧指令値に基づいてモータ20を駆動するインバータ47と、を備える。
【0061】
従来のフィードフォワード型では、逆起電圧定数などのモータ特性のモデルが必要であるが、本発明では用いていない。これにより、使用されるモータの個体差によるばらつきや、温度変化、経年変化による物性変化などにより逆起電圧定数が変化しても、それにより生じる外乱電圧を抑制することができるので、外乱要因に対するロバスト性を向上できる。
また、従来のフィードフォワード型の逆起電圧補償に用いるモータ回転速度は、モータ角度のサンプリング値から算出するため、検出誤差や検出ノイズ等の影響を受けて推定誤差が生じる虞があるが、本発明では外乱電圧の抑制のためにモータ回転速度を用いないため、モータ回転速度の検出誤差や検出ノイズの影響を回避できる。
【0062】
なお、上記のようにベクトル制御によって電圧指令値を演算する際には、電流指令値演算部41は、d軸電流指令値とq軸電流指令値を演算してよい。そして、電流検出値Imをq軸のモータ電流検出値とd軸のモータ電流検出値とに変換してよい。制御フィルタ(電流制御部)52は、q軸のモータ電流検出値とq軸電流指令値との偏差と、d軸のモータ電流検出値とd軸電流指令値との偏差に応じて第1電圧指令値を演算してよい。
【0063】
(2)制御フィルタ52は、モータ20に印加される外乱電圧に対してハイパスフィルタの特性を有してもよい。
上記のとおり、逆起電圧やd軸成分とq軸成分との間の干渉項は、dq軸回転座標系上ではステアリングホイール1の操舵周期と同程度の低周波数の信号として扱える。制御フィルタ52が外乱電圧に対してハイパスフィルタの特性を有することにより、逆起電圧やその他の外乱電圧の影響を抑制することができる。
【0064】
(変形例)
本発明に係るモータ制御装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。
例えば上記実施形態では、本発明に係るモータ制御装置の適用例として、これを備える電動パワーステアリング装置10を例示して説明したが、本発明に係るモータ制御装置の適用範囲はこれに限定されず、モータ制御装置を用いる各種機械装置に適用可能である。
【0065】
図12は、本発明のモータ制御装置を用いる直動テーブル装置の一例の概要を示す構成図である。
直動テーブル装置は、送りねじ装置と、テーブル71と、2個のリニアガイド(直動案内装置)と、基台74を備えている。
送りねじ装置は、ねじ軸70とナット76とモータ77を有し、ねじ軸70がナット76に挿通されている。送りねじ装置の送りねじ機構は、ねじ軸70の螺旋溝とナット76の螺旋溝がボール(転動体)を介して点接触するボールねじである。ねじ軸70の軸方向一端にモータ77が結合されている。
【0066】
2個のリニアガイドは、それぞれ、案内レール72と2個のスライダ(移動体)73と複数の転動体を有する。リニアガイドにおいて、案内レール72およびスライダ73は、互いに対向する位置に、転動体の転動通路を形成する軌道面をそれぞれ有する。両軌道面は案内レール72の長手方向に延び、転動通路内を負荷状態で転動する転動体を介して、スライダ73が案内レール72に沿って直線移動する。
基台74上のテーブル71の移動方向Yと垂直な方向の両端に、各リニアガイドが配置され、2個のリニアガイドの間に送りねじ装置が配置されている。案内レール72とねじ軸70が、テーブル71の移動方向Yと平行に配置されている。
【0067】
この配置で、案内レール72が基台74に固定されている。ねじ軸70は、それぞれの軸方向両端部に転がり軸受が取り付けられ、転がり軸受の外輪にハウジング75が固定され、各ハウジング75が基台74に固定されている。これにより、ねじ軸70が、基台74に対して回転自在に支持されている。
テーブル71は、各リニアガイドの2個のスライダ73と送りねじ装置のナット76の上方に配置され、スライダ73に対しては直接、ナット76に対してはブラケットを介して固定されている。すなわち、各リニアガイドの2個のスライダ73及び送りねじ装置の76がテーブル71の一面に固定されている。
【0068】
この直動テーブルでは、モータ77を駆動して送りねじ装置を稼働させるとねじ軸70が回転し、ボールねじ機構によりナット76が直動する。これに伴い、テーブル71がリニアガイドに案内されながら直動する。
コントローラ78は、モータ77を駆動する電流指令値を設定し、上記の実施形態のコントローラ30と同様の処理により電流指令値から電圧制御指令値Vrefを演算して、モータ20に供給する電流を制御する。
【符号の説明】
【0069】
1…ステアリングホイール、2…操舵軸、3…減速ギア、4a、4b…ユニバーサルジョイント、5…ピニオンラック機構、5a…ピニオン、5b…ラック、6a、6b…タイロッド、7a、7b…ハブユニット、8L、8R…操向車輪、10…トルクセンサ、11…キー、12…車速センサ、13…バッテリ、14…操舵角センサ、20…操舵補助モータ、20、77…モータ、30、78…コントローラ、41…電流指令値演算部、42A、44-4、44-5、53…加算器、42B、51…減算器、43…電流制限部、44…補償信号生成部、44-1…収れん性、44-2…慣性、44-3…セルフアライニングトルク、45…(比例積分)制御部、46…PWM制御部、47…インバータ、48…モータ電流検出器、50、52、52a、52b…制御フィルタ、53…電圧外乱抑制部、54、54a、54a1、54a2、54b…フィルタ、55、56…遅延要素、57…演算部、58…電気的特性部、59…トルク係数、60…加算部、61…機械的特性部、62…逆起電力生成部、70…ねじ軸、71…テーブル、72…案内レール、73…スライダ、74…基台、75…ハウジング、76…ナット