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特許7602090生体組織の瘢痕化を抑制するための創傷用足場材
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】生体組織の瘢痕化を抑制するための創傷用足場材
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/22 20060101AFI20241210BHJP
   A61L 27/54 20060101ALI20241210BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20241210BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20241210BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20241210BHJP
   A61K 45/08 20060101ALI20241210BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20241210BHJP
   A61K 9/70 20060101ALI20241210BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20241210BHJP
   A61K 9/06 20060101ALI20241210BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20241210BHJP
   A61P 41/00 20060101ALI20241210BHJP
   A61L 15/32 20060101ALI20241210BHJP
   A61K 31/551 20060101ALN20241210BHJP
【FI】
A61L27/22
A61L27/54
A61L27/52
A61L27/58
A61L27/36 130
A61K45/08
A61K9/08
A61K9/70
A61K47/42
A61K9/06
A61P17/02
A61P41/00
A61L15/32 100
A61K31/551
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024093673
(22)【出願日】2024-06-10
【審査請求日】2024-06-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】324005042
【氏名又は名称】大石 真由美
(74)【代理人】
【識別番号】100107674
【弁理士】
【氏名又は名称】来栖 和則
(74)【代理人】
【識別番号】100231142
【弁理士】
【氏名又は名称】神谷 優子
(72)【発明者】
【氏名】大石 真由美
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】IOVS,2011年,52(10),pp.7672-7680
【文献】ACS Appl. Mater. Interfaces,2020年,12,pp.29787-29806
【文献】Plast Reconstr Surg. 2011, 128(5),438e-450e, NIH Public Access Author Manuscript,2012年,pp.1-20
【文献】Current Eye Research,2023年,48(9),pp.826-835
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の創傷に適用される人工の創傷用足場材であって、
生体吸収性のバイオマテリアルと抗線維化剤とをそれぞれ主成分とし、少なくとも当該創傷用足場材の使用中、前記バイオマテリアルが前記抗線維化剤を含有するように構成され、
前記バイオマテリアルは、前記使用中、前記生体内において、前記抗線維化剤を保持する物体として機能するとともに、前記生体の筋線維芽細胞の前駆細胞が接着し、その前駆細胞の増殖を支援する性質を有する人工の細胞外マトリックスとして機能するように構成され、
当該創傷用足場材は、前記使用中、前記創傷としての、皮膚に形成される切開創内に留置され、それにより、前記抗線維化剤および前記バイオマテリアルが前記創傷内に局所的に投与され、それにより、前記創傷の治癒過程において抗瘢痕化処置が創傷治癒遅滞化抑制状態で行われることを可能にし、
当該創傷用足場材は、さらに、
前記創傷は、前記生体のうち眼の外科的手術によって形成される創傷を含まないという特徴と、
前記創傷は、欠損創を含まないという特徴と
を含み、
当該創傷用足場材は、前記抗線維化剤が前記皮膚の上皮から隔離された位置に局所的に投与されるように前記創傷内に留置され、
当該創傷用足場材は、前記創傷の治癒過程の初期において前記創傷内に留置される創傷用足場材。
【請求項2】
当該創傷用足場材が前記生体内に留置されると、当該創傷用足場材は、前記生体のうち前記創傷の周辺組織から隔離されたスペースであって、そのスペース内に前記前駆細胞が進入することが可能であるものを画定し、前記スペース内に前記前駆細胞が進入すると、その進入した前駆細胞が当該創傷用足場材内に存在する前記抗線維化剤と反応することを可能にし、それにより、前記前駆細胞の前記筋線維芽細胞への形質転換を阻害し、それにより、前記抗瘢痕化処置が行われることを可能にする請求項1に記載の創傷用足場材。
【請求項3】
当該創傷用足場材は、前記生体内において前記抗線維化剤の投与ルートを画定するという機能と、前記前駆細胞のための足場を前記生体外から提供するという機能と、前記創傷によって断絶した本来の細胞外マトリックスに代わるものを前記人工の細胞外マトリックスとして前記生体外から前記創傷に補充するという機能とを有する請求項1に記載の創傷用足場材。
【請求項4】
当該創傷用足場材は、前記バイオマテリアルおよび前記抗線維化剤が少なくともいずれかが液剤である状態で、かつ、前記抗瘢痕化処置が行われる現場で混合されることにより準備される多剤混合型である請求項1に記載の創傷用足場材。
【請求項5】
当該創傷用足場材は、前記創傷において互いに対向する創面間の間隙内に注入される注入剤として構成される足場材を含む請求項1に記載の創傷用足場材。
【請求項6】
当該創傷用足場材は、前記創傷の創面に局所的に適用される液剤、塗布剤、貼付剤またはエアロゾル剤として構成される足場材を含む請求項1に記載の創傷用足場材。
【請求項7】
当該創傷用足場材は、前記貼付剤として構成される足場材を含み、
その貼付剤は、フレキシブルなフィルムまたはシートという形態を有し、前記創傷の間隙内に前記創傷の創面に沿って延びる姿勢で挿入されるように構成される請求項6に記載の創傷用足場材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷治癒過程において生体組織の過剰な瘢痕化を抑制するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体が局所的に損傷すると、創傷が形成される。ここに、「創傷」は、種々の定義があるが、例えば、外力による皮膚、軟部組織の損傷を意味する。
【0003】
「創傷」は、その発生原因に着目し、事故によって発生する外傷と、外科的手術によって発生する手術創とに分類される。その手術創として、切開創(例えば、手術によって切開された創)、臓器損傷(例えば、開腹手術によって腹腔内臓器や腹膜に生じた創傷)がある。
【0004】
また、「創傷」は、その損傷の程度に着目し、組織欠損を伴う欠損創と、組織欠損を伴わない無欠損創とに分類され、さらに、損傷が真皮までしか達しない浅い皮膚創と、損傷が皮下組織まで達する深部創とに分類される。
【0005】
生体は先天的に自然治癒力を有する。「自然治癒」は、種々の定義があるが、例えば、損傷した生体組織が時間経過とともに再生(すなわち無瘢痕治癒)または瘢痕治癒によって修復されることを意味する。
【0006】
ところで、創傷治癒というメカニズムすなわち生体において創傷が自然治癒するプロセスにおいては、まず、創傷内に、線維芽細胞と豊富な血管を有する柔らかい肉芽が形成される。やがて肉芽は血管が減少し、線維芽細胞がコラーゲン線維を産生するにつれ、固い瘢痕組織に置換される。これが線維化と称される現象であり、これに並行して上皮が再生される。
【0007】
複数のコラーゲン線維は、当初は、肉芽内に疎の状態で存在するが、やがてそれらコラーゲン線維は、密の状態となって均質化する。このような線維化を伴う自然治癒がすなわち瘢痕治癒であり、この過程によって形成された組織が瘢痕組織である。
【0008】
瘢痕組織が生体の皮膚の真皮内に形成され、その瘢痕組織が拘縮ないしは肥厚化すると、皮膚の動きが制限されて運動器官の機能が阻害されるという問題や、疼痛、外観不良に伴う精神的苦痛などの問題を、程度の軽重を問わず、引き起こす可能性がある。
【0009】
また、瘢痕組織が生体の器官や臓器(例えば、眼、肺、心臓、腹腔内の臓器(肝臓、腎臓など)、体腔(腹腔、胸腔、縦隔など))内に形成されると、機能障害や機能不全という症状を引き起こす可能性がある。
【0010】
よって、生体組織の瘢痕化は、創傷修復過程において創傷の自然治癒を目的として不可避的に発生する現象ではあるが、過剰な瘢痕化は生体の本来の自然治癒機能を阻害しない程度に抑制することが望ましく、そのため、その瘢痕化抑制のための新たな技術が開発されることが望ましい。
【0011】
特許文献1は、人間の眼を対象部位とし、眼の事故による障害、眼の外科的切開などに起因する眼の瘢痕化を抑制する技術、すなわち、抗瘢痕化処置法を開示している。
【0012】
同文献は、さらに、その抗瘢痕化処置法として、例えばデコリンなどの細胞外基質(以下「ECM」または「細胞外マトリックス」とも称される。)を抗線維化剤としての作用を期待してヒト患者の眼の表面に局所投与する手法を開示している。
【0013】
また、同文献は、瘢痕化の発生を評価するために注目すべき複数のパラメータ、すなわち、複数の評価パラメータとして、ECM構成成分であって瘢痕化に伴って増加するもの、筋線維芽細胞またはそのマーカーとなるタンパク質であるα-平滑筋アクチン(α-SMA)であって瘢痕化に伴って増加するもの、線維芽細胞の形質転換を促進する増殖因子としてのTGF-β1であって瘢痕化に伴って増加するものなどを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特表2022-517510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明者は、生体組織の瘢痕化を抑制するための処置法を鋭意研究し、その結果、抗線維化剤を生体の創傷の表面にではなく創内にまたは腹腔内に、かつ、生体全身にではなく局所的に、かつ、創傷の初期段階で投与することが瘢痕化抑制に重要であるとの知見を得た。
【0016】
さらに、本発明者は、生体組織の瘢痕化の抑制は、線維症または線維性疾患の抑制、予防または治療という利点がある一方で、創傷の治癒遅滞化という欠点がある(例えば、欠損創、深部創などの創傷が治癒対象となる場面など)ところ、利点がそれで欠点を補っても余りあるように、前記処置法を個体適応的に(例えば、各個体における創傷の部位、程度および特性や、各個体の免疫力などの生理的特性などに適応するように)構築することが重要であるとの知見も得た。
【0017】
それらの知見を背景とし、本発明は、創傷治癒過程において生体組織の過剰な瘢痕化を抑制するための技術を提供することを課題としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明によって下記の各態様が得られる。各態様は、項に区分し、各項には番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、本発明が採用し得る技術的特徴の一部およびそれの組合せの理解を容易にするためであり、本発明が採用し得る技術的特徴およびそれの組合せが以下の態様に限定されると解釈すべきではない。すなわち、下記の態様には記載されていないが本明細書または図面には記載されている技術的特徴を本発明の技術的特徴として適宜抽出して採用することは妨げられないと解釈すべきなのである。
【0019】
さらに、各項を他の項の番号を引用する形式で記載することが必ずしも、各項に記載の技術的特徴を他の項に記載の技術的特徴から分離させて独立させることを妨げることを意味するわけではなく、各項に記載の技術的特徴をその性質に応じて適宜独立させることが可能であると解釈すべきである。
【0020】
(態様1) 生体の創傷に適用される人工の創傷用足場材であって、
生体吸収性のバイオマテリアルと抗線維化剤とをそれぞれ主成分とし、少なくとも当該創傷用足場材の使用中、前記バイオマテリアルが前記抗線維化剤を含有するように構成され、
前記バイオマテリアルは、前記使用中、前記創傷内において、前記生体の筋線維芽細胞の前駆細胞が接着する性質を有する人工の細胞外マトリックスとして機能するように構成され、
当該創傷用足場材は、前記使用中、前記創傷内に留置されるか、および/または、前記生体の腹壁の内面のうち、その腹壁が前記創傷として有する第1創傷部位を有する領域に局所的に接触する第1接触と、前記腹腔内の標的臓器の外面のうち、その標的臓器が前記創傷として有する第2創傷部位を有する領域に局所的に接触する第2接触とのうちの少なくとも一方が行われるように前記腹腔内に留置され、それにより、前記抗線維化剤が前記創傷内に局所的に投与され、それにより、前記創傷の治癒過程において抗瘢痕化処置が行われることを可能にする創傷用足場材。
【0021】
ここに、「当該創傷用足場材が前記創傷内に留置される」という技術事項と、「当該創傷用足場材が、前記生体の腹壁の内面のうち、その腹壁が前記創傷として有する第1創傷部位を有する領域に局所的に接触する第1接触と、前記腹腔内の標的臓器の外面のうち、その標的臓器が前記創傷として有する第2創傷部位を有する領域に局所的に接触する第2接触とのうちの少なくとも一方が行われるように前記腹腔内に留置される」という技術事項とは、いずれにしても、結果的に、当該創傷用足場材から前記抗線維化剤が前記創傷内に移動してそこに留置される点で互いに共通するから、それら技術事項は、同一の技術的特徴であるか、または、そうではないとしても、少なくとも、対応する技術的事項であるとは言える。
【0022】
(態様2) 前記バイオマテリアルは、前記前駆細胞が接着する性質を有する蛋白質もしくは多糖類もしくは糖タンパク複合体を主材料として含む態様1に記載の創傷用足場材。
【0023】
(態様3) 前記バイオマテリアルは、ハイドロゲル状、パウダー状もしくはスポンジ状を成すか、または、フィルムまたはシートという形態を有し、かつ、フレキシブルである態様1または2に記載の創傷用足場材。
【0024】
(態様4) 当該創傷用足場材が前記生体内に留置されると、当該創傷用足場材は、前記生体のうち前記創傷の周辺組織から隔離されたスペースであって、そのスペース内に前記前駆細胞が進入することが可能であるものを画定し、前記スペース内に前記前駆細胞が進入すると、その進入した前駆細胞が当該創傷用足場材内に存在する前記抗線維化剤と反応することを可能にし、それにより、前記前駆細胞の前記筋線維芽細胞への形質転換を阻害し、それにより、前記抗瘢痕化処置が行われることを可能にする態様1ないし3のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0025】
(態様5) 前記足場材は、前記生体内において前記抗線維化剤の投与ルートを画定するという機能と、前記前駆細胞のための足場を前記生体外から提供するという機能と、前記創傷によって断絶した本来の細胞外マトリックスに代わるものを前記人工の細胞外マトリックスとして前記生体外から前記創傷に補充するという機能とを有する態様1ないし4のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0026】
(態様6) 前記足場材は、少なくとも前記生体外から生体内に留置されるまでの期間、前記抗線維化剤を保持するように構成される態様1ないし5のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0027】
(態様7) 当該創傷用足場材が前記生体内に存在する期間において、前記抗線維化剤が当該創傷用足場材内に滞留する一方で、前記生体のうち前記創傷の周辺組織から前記前駆細胞が当該創傷用足場材に浸透し、それにより、当該創傷用足場材内において、前記前駆細胞が前記抗線維化剤と反応して前記筋線維芽細胞への形質転換が阻害される態様1ないし6のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0028】
(態様8) 前記前駆細胞は、線維芽細胞、中皮細胞、間葉系幹細胞、骨髄由来幹細胞、周波細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞および上皮細胞のうち少なくとも線維芽細胞または中皮細胞を含む細胞集団であって、前記創傷の刺激によって前記筋線維芽細胞へ分化するものを含む態様1ないし7のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0029】
(態様9) 前記創傷は、前記生体のうち、真皮および皮下組織を含む体表の軟部組織内に、インプラント周囲の組織(例えば、皮下組織、筋層)内に、または腹腔内に存在する態様1ないし8のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0030】
(態様10) 当該創傷用足場材は、前記創傷の受傷直後のタイミングまたは創傷治癒の初期段階で投与される態様1ないし9のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0031】
(態様11) 当該創傷用足場材は、前記創傷に瘢痕組織が形成される前であって、前記創傷が縫合される前または縫合された後に投与され、それにより、当該創傷用足場材は、前記抗瘢痕化処置を事前に行うために使用される態様1ないし10のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0032】
(態様12) 当該創傷用足場材は、前記創傷に瘢痕組織が形成された状態で前記創傷が自然治癒した後に前記瘢痕組織が前記生体から外科的手術によって切除され、それにより、前記生体のうち、前記切除によって形成された新たな創傷が縫合された後に、その新たな創傷の創面に投与され、それにより、当該創傷用足場材は、前記抗瘢痕化処置を事後的に行うために使用される態様1ないし11のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0033】
(態様13) 当該創傷用足場材は、前記バイオマテリアルおよび前記抗線維化剤が少なくともいずれかが液剤である状態で、かつ、前記抗瘢痕化処置が行われる現場で混合されることにより準備される第1の多剤混合型である態様1ないし12のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0034】
(態様14) 前記バイオマテリアルは、固形剤であり、
前記抗線維化剤は、液剤である態様13に記載の創傷用足場材。
【0035】
(態様15) 当該創傷用足場材は、前記バイオマテリアルおよび前記抗線維化剤がいずれも固形剤であり、かつ、液体が溶媒として添加される状態で、かつ、前記抗瘢痕化処置が行われる現場で混合されることにより準備される第2の多剤混合型である態様1ないし14のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0036】
(態様16) 当該創傷用足場材は、前記バイオマテリアルおよび前記抗線維化剤が予め混合されて1剤の液剤または固形剤として構成される足場材を含む態様1ないし15のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0037】
(態様17) 当該創傷用足場材は、前記創傷において互いに対向する創面間の間隙内に注入される注入剤として構成される足場材を含む態様1ないし16のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0038】
(態様18) 前記注入剤は、インジェクタを用いて前記創傷の前記間隙内に注入され、
前記インジェクタは、
当該創傷用足場材を収容することが可能な収容部であって、外力に応動し、その収容部から当該創傷用足場材が必要量で退出するものと、
その収容部内に収容される創傷用足場材のうち前記収容部から退出した部分が吐出されることが可能な吐出部と
を含む態様17に記載の創傷用足場材。
【0039】
(態様19) 前記収容部は、
前記バイオマテリアルを収容することが可能な第1部分と、
前記抗線維化剤を収容することが可能な第2部分と、
前記外力と同じ第1外力またはそれとは別の第2外力に応動し、前記第1部分内の前記バイオマテリアルと前記第2部分内の前記抗線維化剤とを混合し、それにより、当該創傷用足場材を作成する機能と
を含む態様18に記載の創傷用足場材。
【0040】
(態様20) 当該創傷用足場材は、前記創傷の創面または前記腹壁の内面もしくは前記標的臓器の外面に局所的に適用される液剤、塗布剤、貼付剤またはエアロゾル剤として構成される足場材を含む態様1ないし19のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0041】
(態様21) 当該創傷用足場材は、前記貼付剤として構成される足場材を含み、
その貼付剤は、フレキシブルなフィルムまたはシートという形態を有し、前記創傷の間隙内に前記創傷の創面に沿って延びる姿勢で挿入されるか、または、前記腹腔内に前記腹壁の内面および/または前記標的臓器の外面を局所的に覆うように挿入されるように構成される態様20に記載の創傷用足場材。
【0042】
(態様22) 当該創傷用足場材は、前記貼付剤として構成され、
その貼付剤は、フレキシブルな状態でシート状を成しており、
その貼付剤は、前記生体の腹腔内手術の際に使用され、
前記腹腔内手術は、
前記腹壁を切開し、それにより、その切開部に第1創傷部位が形成される切開工程と、
手術具を体外から前記切開部を通過して前記腹腔内に導入することにより、前記腹腔内の標的臓器に対して手術操作を行い、それにより、その標的臓器の外面に第2創傷部位が形成される手術工程と
を含み、
前記貼付剤は、前記手術工程において、体外から前記切開部を通過して前記腹腔内に挿入され、
前記貼付剤は、前記腹壁の内面のうち、その腹壁が前記第1創傷部位を含む領域に局所的に接触する第1接触と、前記標的臓器の外面のうち、その標的臓器が前記第2創傷部位を含む領域に局所的に接触する第2接触とのうちの少なくとも一方が行われるように前記腹腔内に留置される態様20に記載の創傷用足場材。
【0043】
(態様23) 前記貼付剤に含有される前記抗線維化剤は、前記貼付剤が前記腹腔内に留置される腹腔内留置状態において、前記第1創傷部位の創面と前記第2創傷部位の創面とに移動してそれら第1および第2創傷部位に対して抗瘢痕化処置を行う態様22に記載の創傷用足場材。
【0044】
(態様24) 当該創傷用足場材は、前記創傷が組織欠損を伴う欠損創であり、欠損創に対する再建が行われず、前記創傷の創面が露出する場合に、その投与が禁忌とされる態様1ないし23のいずれかに記載の創傷用足場材。
【0045】
(態様25) 当該創傷用足場材は、他の用途について安全性および有効性が確立された複数種類の市販医薬をそれぞれ、前記バイオマテリアルおよび前記抗線維化剤として用い、かつ、両者を単純に混合させることによって作製される態様1ないし24のいずれかに記載の創傷用足場材。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1図1は、基本的な創傷治癒プロセスを時系列的にかつ概念的に表す断面図および系統図である。
図2図2は、本発明のいくつかの実施形態に従う創傷用足場材を用いる創傷治癒プロセスを時系列的にかつ概念的に表す断面図および系統図である。
図3図3は、本発明のいくつかの実施形態に従う創傷用足場材を液体注入型で創内投与する方法を概念的に示す斜視図である。
図4図4(a)および(b)は、いずれも、本発明のいくつかの実施形態に従う創傷用足場材をシート剤として創面間隙内に挿入して留置する方法を第1シート剤挿入型として説明するための図であり、具体的には、同図(a)は、体表において露出する創面間隙内に前記シート剤が挿入される第1の例を概念的に示す斜視図であり、一方、同図(b)は、筋層下(皮下でも可)に創面間隙として形成される剥離腔内にインプラントを留置する際に前記シート剤が前記剥離腔内に挿入される第2の例を概念的に示す断面図であり、また、同図(c)-(e)は、それぞれ、前記シート剤を生体の腹腔内に挿入して留置する方法を第2シート剤挿入型として説明するための図であり、具体的には、同図(c)は、開腹時において、露出する切開創(創傷の一例)と、腹腔内に留置されたシート剤との相対位置関係を説明するための上方斜視図であり、また、同図(d)は、閉腹時において、前記シート剤が生体の腹腔内に留置される第3の例を概念的に示す断面図であり、また、同図(e)は、前記シート剤が前記腹腔内の2つの標的臓器に跨って留置される第4の例を概念的に示す斜視図である。
図5図5は、本発明のいくつかの実施形態に従う2剤混合型の創傷用足場材のいくつかの類型を表形式で表す図である。
図6図6は、本発明の第1実施形態に従う創傷用足場材を用いる抗瘢痕化処置プロセスを例示的に時系列で表す部分断面斜視図である。
図7図7は、前記第1実施形態に従う創傷用足場材を用いる抗瘢痕化処置プロセスを例示的に時系列で表す断面図である。
図8図8は、前記第1実施形態に従う創傷用足場材の有効性を評価するために行った実験における2つの対照群および2つの処置群(以下、「4群」という。)を表形式で説明するための図である。
図9図9は、前記第1実施形態に従う創傷用足場材の有効性を評価するために行った実験において実験動物としてのマウスに行われた複数種類の作業を説明するための平面図である。
図10図10は、前記実験において、前記4群について皮膚切開後3日目に取得された複数の写真を示す図である。
図11図11は、前記実験において、前記4群について皮膚切開後7日目に取得された複数の写真を示す図である。
図12図12は、前記実験において、前記4群のそれぞれの創傷部位における上皮化の有無を時系列的に表形式で示す図である。
図13図13は、前記実験において、前記対照群1について皮膚切開後7日目に取得された瘢痕組織標本の代表的な顕微鏡写真を示す図である。
図14図14は、前記実験において、前記対照群2について皮膚切開後7日目に取得された瘢痕組織標本の代表的な顕微鏡写真を示す図である。
図15図15は、前記実験において、前記処置群1について皮膚切開後7日目に取得された瘢痕組織標本の代表的な顕微鏡写真を示す図である。
図16図16は、前記実験において、前記処置群2について皮膚切開後7日目に取得された瘢痕組織標本の代表的な顕微鏡写真を示す図である。
図17図17は、前記実験において、前記4群のそれぞれの代表的な顕微鏡写真における瘢痕領域の境界線を示す図である。
図18図18は、前記実験において、前記4群の各群あたりそれぞれ3マウス個体について計算された瘢痕断面積とそれらの平均値とを表形式で示す図である。
図19図19は、前記実験の結果についてのANOVA検定結果を表形式で示す図である。
図20図20は、前記実験の結果についての多重比較を表形式で示す図である。
図21図21は、前記実験の結果についての標準的な複数の統計値に関する記述統計を表形式で示す図である。
図22図22は、前記実験の結果についての前記4群のそれぞれの瘢痕断面積の平均値および標準偏差をグラフで示す図である。
図23図23は、本発明の第2実施形態に従う創傷用足場材を創内投与するために用いるインジェクタを例示的に示す部分断面側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
以下、本発明の例示的ないくつかの実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0048】
<概論>
【0049】
まず、それら実施形態に従う創傷用足場材およびそれを用いる抗瘢痕化処置法であって、創傷治癒過程において組織の瘢痕化を抑制する処置法または治療法(以下、「本処置法」ともいう。)につき、それら実施形態に共通の技術的概要を説明する。
【0050】
本発明者が本処置法を提案した目的は、線維芽細胞を例示的な前駆細胞として、その線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化(形質転換)を抑制することによって、scarless wound healing(スカーレス・ウーンド・ヒーリング、スカーレス・ヒーリング、傷あとを残さない創傷治癒、無瘢痕治癒、軽瘢痕治癒、瘢痕化抑制治療法など)を実現することにある。
【0051】
通説によれば、創傷治癒過程においては、主にTGF-β1(線維芽細胞の形質転換を促進する増殖因子の一例)刺激によって線維芽細胞が筋線維芽細胞へと分化し、この筋線維芽細胞がECM(コラーゲンなど)を過剰に分泌することで瘢痕が形成される。しかし、従来の抗瘢痕化処置法(例えば、テーピングや圧迫療法など)では、その瘢痕化抑制効果が限定的であり、手術や外傷後に傷あとが残ることは不可避であった。
【0052】
一方、筋線維芽細胞への分化を抑制する薬剤は、抗線維化剤、ROCK阻害剤(Rhoキナーゼ阻害剤)などの名称のもと、既に本国において複数認可されており、例えば、肺線維症や緑内障などに対して有効性および安全性が確立されている。
【0053】
これに対し、本発明者は、そのようにして認可された薬剤を非排他的に含む抗線維化剤をバイオマテリアルと組み合わせて創傷治癒に関する医学の領域へ応用することで、安全にして有効な抗瘢痕化処置法を実現可能であると考えた。
【0054】
<総論>
【0055】
1.背景
【0056】
生体の一例としてのヒトにおいては、生後に皮膚損傷を受けるとその損傷部が必ず瘢痕を残して治癒し、その創傷治癒過程においてしばしば肥厚性瘢痕やケロイドといった醜状瘢痕を生じる。瘢痕を目立たなくするための縫合法やアフターケアの面で様々な工夫がされてきたものの、従来の抗瘢痕化処置法での瘢痕化抑制効果は限定的であり、新たな抗瘢痕化処置法が求められている。特に、顔面や手などに露出した醜状瘢痕は、大きな心理的苦痛と社会的スティグマをもたらすため、患者のQOL(Quality of Life:生活の質)を著しく低下させている。「傷あとを残さない創治癒(scarless wound healing)」は外傷や手術を受けた多くの患者の願いであり、その実現が切望されている。
【0057】
図1に基本的な創傷治癒プロセスを概念的に示すように、創傷治癒過程において、前記前駆細胞の一例である線維芽細胞は、主にTGF-β1による刺激でα-SMA陽性の筋線維芽細胞へと分化し、この筋線維芽細胞がECMを過剰に分泌することで瘢痕が形成される。
【0058】
その筋線維芽細胞は肉芽組織を収縮させるため瘢痕拘縮の原因ともなる。その筋線維芽細胞は肥厚性瘢痕やケロイドといった異常瘢痕の組織像でも豊富に存在し、近年のシングルセル解析では筋線維芽細胞の特徴を持つ線維芽細胞の亜集団がケロイド発生に寄与する可能性が示唆されている。
【0059】
一方、線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を抑制する薬剤として、肺線維症に対するピルフェニドン(サイトカインや増殖因子の産生調節作用)とニンデダニブ(チロシンキナーゼ阻害剤)が既に本国において認可され、有効性および安全性が確立されている。
【0060】
また、ROCK阻害剤も細胞骨格の制御を介して筋線維芽細胞への分化を抑制することができ、ROCK阻害剤に分類されるものとして、緑内障に対するリパスジルや脳血管攣縮に対するファスジルが認可されている。
【0061】
2.課題
【0062】
本発明者は、筋線維芽細胞への分化を抑制するこれらの既存薬ならびに代用可能な他の既存薬および後発薬(以下、「抗線維化剤」とも総称される。)を瘢痕治療に応用できると考えた。
【0063】
さらに、本発明者は、抗線維化剤とバイオマテリアルとを組み合わせて局所への投与形態を工夫することで、各薬剤の全身投与より副作用を低減できると考え、以下の「課題」を設定した。
【0064】
(1)抗線維化剤を創傷に作用させるためにはどのようなバイオマテリアルが最適であるか。
【0065】
(2)抗線維化剤を創傷に対して用いることによってscarless wound healingが実現可能であるか。
【0066】
これらの「課題」を解決すべく本発明者は本発明の完成に先立ち、鋭意研究を行った。
【0067】
3.本処置法の目的および効果
【0068】
本処置法の目的は、線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を抗線維化剤を用いて抑制するという独自のアプローチによって、scarless wound healingを実現することにある。
【0069】
その目的を達成するために、本処置法は、図2に概念的に示すように、治癒されるべき創傷に抗線維化剤が局所的に投与される投与形態が実現されるように工夫された人工の足場材を、好適に構成されたバイオマテリアルが好適に選択された抗線維化剤を含有して成るものとして用いて、創傷治癒過程において組織の過剰な瘢痕化を抑制することを特徴とする。
【0070】
本処置法によれば、scarless wound healingの実現のみならず、ケロイドおよび肥厚性瘢痕に対する根本的な治療薬および予防薬として創傷治療の進歩に大きく貢献する可能性がある。
【0071】
さらに、本処置法によれば、既に安全性が検証された既存薬が抗線維化剤として用いられる場合には、その既存薬の有用性または有効性が追加的に検証されれば、本処置法が、早期に臨床応用可能なものとなることが期待できる。
【0072】
よって、本処置法によれば、抗線維化作用を持った人工の足場材が、開腹手術後の癒着防止や乳房インプラントの拘縮予防に有用であることが期待され、外科領域に広く応用できる可能性がある。
【0073】
4.本処置法の着想に至った経緯
【0074】
本発明者は、医師として、形成外科領域での日常診療において、外傷や手術後の瘢痕(例えば、外傷を契機とする瘢痕、手術切開を契機とする瘢痕)による機能障害や疼痛、精神的苦痛などを訴えて瘢痕治療を希望する多くの患者に接しており、scarless wound healingの実現が形成外科領域の重要な課題であると実感している。
【0075】
さらに、本発明者は、ケロイドや肥厚性瘢痕に対する従来の対症療法の効果が限定的であることから、分子メカニズムに基づいた新規治療法が必要であると感じている。
【0076】
そこで、本発明者は、予備実験として成熟瘢痕と未熟瘢痕の組織像でα-SMA陽性の筋線維芽細胞の分布を免疫組織化学染色(Immunohistochemistry:IHC)で観察した。その結果、本発明者は、筋線維芽細胞は未熟瘢痕の深部に局在し、成熟瘢痕では全く存在しないという知見を得た。
【0077】
この知見から、本発明者は、筋線維芽細胞は初期の創傷で出現しECMを分泌し、そのECMが瘢痕を形成した後、瘢痕が成熟するにつれてアポトーシスなどにより消失していくと考えた。
【0078】
そして、本発明者は、創傷の初期段階で筋線維芽細胞への分化を抑制できれば、ECMの過剰な産生は生じずscarless wound healingが可能となることを着想した。
【0079】
さらに、本発明者は、ケロイド組織でα-SMA陽性の筋線維芽細胞を免疫染色で観察したところ、ケロイド病変の広範囲(例えば、全範囲の面積の半分以上の面積の領域)にわたって筋線維芽細胞が分布するという知見を得た。
【0080】
この知見から、本発明者は、ケロイドは、メカニカルストレスやTGF-β1による持続的な刺激によって筋線維芽細胞への分化が恒常的に生じている病態であると考え、筋線維芽細胞への分化抑制はケロイド治療にも応用可能であると考えた。
【0081】
ところで、抗線維化剤については、全身投与に起因する副作用の報告があるため、現実的に、整容的改善のみを目的とした全身投与は困難である。
【0082】
しかし、本発明者は、図2に概念的に示すように、抗線維化剤を、前記前駆細胞の増殖に寄与する人工のECMとして機能するバイオマテリアルと組み合わせて創傷へ局所投与することで、副作用のリスクを可能な限り低減させて使用できる可能性があると考えた。
【0083】
5.足場材の構成
【0084】
(1)全体構成
【0085】
足場材は、前記前駆細胞のための人工のECMとして機能するバイオマテリアルと、抗線維化剤とをそれぞれ主成分とし、その抗線維化剤がバイオマテリアルに含有される構成を有する。
【0086】
足場材は、他の成分として、補助成分または添加剤、例えば、安定剤、保存剤、溶媒、増粘剤などを含んでもよい。また、足場材は、固形もしくは高い粘度を有する液体であってもよいし、水の如く、低い粘度を有する液体であってもよい。
【0087】
(2)構造に関する類型
【0088】
a.液体注入型
【0089】
液体注入型においては、図3に概念的に示すように、足場材が、インジェクタを用いて創面(創傷において間隙を隔てて互いに対向する一対の面のそれぞれ)間隙内に注入される液剤(ゲルを含む。)として構成される。
【0090】
前記インジェクタの例として、押圧ピストンをシリンダ内に押し込んでそのシリンダ内の液剤を必要量押し出すシリンジや、液剤を収容するフレキシブルな収容部を手で圧迫して低容量化してその収容部内から液剤を必要量押し出すシリンジなどがある。
【0091】
b.シート剤挿入型
【0092】
シート剤挿入型においては、図4に概念的に示すように、足場材が、創面間隙内または他の部位、例えば、腹腔内に挿入されるフレキシブルなシート剤(生体吸収性を有するフィルム、テープ、布などを含む固形剤)であって抗線維化剤が含有、接着、塗布または付着させられて成るものとして構成される。そのシート剤は、フレキシブルなサブストレート(支持基体)であってバイオマテリアルより成るものに抗線維化剤が含有させられて構成される。
【0093】
(3)液体注入型の類型
【0094】
液体注入型の足場材は、1液型と2剤混合型(多剤混合型の一例)とを取り得る。
【0095】
1液型においては、前記抗瘢痕化処置が行われる現場に到着する前に、足場材が、バイオマテリアルと抗線維化剤とが混合されて1液として構成される。この場合、足場材は完成品として市販することが可能である。
【0096】
これに対し、2剤混合型は、図5に表形式で示すように、バイオマテリアルと抗線維化剤とのうちの少なくとも一方が液剤である類型1-3と、いずれも粉末剤である類型4とを取り得る。この場合、足場材は、前記インジェクタと組み合わせるかまたはそれなしで、半完成品またはキット品として市販することが可能である。
【0097】
2剤混合型のうち、類型1-3においては、前記抗瘢痕化処置が行われる現場において、バイオマテリアルと抗線維化剤とが混合されて1液として構成される。
【0098】
これに対し、類型4においては、前記抗瘢痕化処置が行われる現場において、バイオマテリアルと抗線維化剤とに共通の溶媒として液体(生理食塩水、精製水など)が、バイオマテリアルと抗線維化剤とのうちの少なくとも一方に添加された状態で、バイオマテリアルと抗線維化剤とが混合されて1液として構成される。
【0099】
(4)シート剤挿入型
【0100】
シート剤挿入型の一例は、図4(a)および(b)に概念的に示すように、足場材としてのシート剤が創傷の創面間隙内に挿入されて留置される間隙内留置を行う第1シート剤挿入型である。このタイプにおいては、足場材が、体表からの突出部を実質的に有しないように創面間隙内に挿入されて留置される。
【0101】
同図(a)には、体表において露出する創面間隙内に前記シート剤が挿入される第1の例が斜視図で概念的に示されている。一方、同図(b)には、筋層下(皮下でも可)に創面間隙として形成される剥離腔(後に詳述する。)内にインプラントを留置する際に前記シート剤が前記剥離腔内に挿入される第2の例が断面図で概念的に示されている。
【0102】
ここで、第2の例について詳説する。
【0103】
この例においては、同図(b)に断面図で示すように、シート剤が、インプラントをヒトの皮下もしくは筋層下に挿入して留置する際に利用される。
【0104】
そのインプラントの一例は、人工乳房用インプラントであり、これは、概して部分球状を成し、ヒトの乳房部内に人工的に形成された空洞(ある組織から別の組織を剥離することによって両者間に形成される空洞という意味で、「剥離腔」とも称される。)内に挿入されて留置され、それにより、乳房再建または乳房増大が行われる。
【0105】
その乳房再建または乳房増大という用途においては、インプラントはシリコンゲル等が充填された柔らかいカプセル状の医療機器である。
【0106】
前記剥離腔の一例は、同図に示すように、ヒトの胸筋下(例えば、大胸筋下、すなわち、胸筋と胸壁との間)に形成されるものであり、この例においては、インプラントが大胸筋下に挿入される。
【0107】
剥離腔の別の一例は、図示しないが、乳腺下に形成されるものであり、この例においては、インプラントが乳腺下に挿入される。
【0108】
いずれの例においても、インプラントが留置されてそのインプラントの表面が接触すべき組織(以下、「対象組織」と称される。)は、他の組織からの剥離が原因で損傷し、対象組織の剥離面全体にわたり創傷が形成される。その創傷は瘢痕化の原因となるから、抗瘢痕化処置を行うことが望ましい。
【0109】
そこで、この例においては、インプラントが、その表面(理想的には、全表面)が前述のシート剤によって被覆される状態で前記剥離腔内に挿入されて留置される。その留置状態においては、インプラントを被覆するシート剤に含有される抗線維化剤が前記剥離腔を形成する対象組織の表面に移動し、その表面のうちの実質的な全表面にわたり(理想的には、完全な全表面にわたり)適用される。その結果、前記剥離腔の瘢痕化が抑制される。
【0110】
この例においては、インプラントの表面がシート剤で被覆されることは、足場材が創傷の間隙(例えば、剥離によって損傷した大胸筋の表面と、剥離によって損傷した胸壁の表面との間の間隙)内に前記創傷の創面(例えば、前記大胸筋の表面および前記胸壁の表面)に沿って延びる姿勢で挿入されることの一例に相当し、また、足場材が創内に局所的に(例えば、乳房部位の全体にではなく)投与されることの一例に相当する。
【0111】
以上第1シート剤挿入型を詳説したが、これに対し、別の例として、同図(c)-(e)に概念的に示すように、足場材としてのシート剤が腹腔内に挿入されて留置される腹腔内留置を行う第2シート剤挿入型が存在する。
【0112】
同図(c)には、開腹時において、露出する切開創と、腹腔内に留置されたシート剤との相対位置関係が上方斜視図で示されている。
【0113】
同図(d)には、閉腹時において、前記シート剤が生体の腹腔内に留置される第3の例が概念的に断面図で示されている。また、同図(e)には、前記シート剤が前記腹腔内の2つの標的臓器に跨って留置される第4の例が斜視図で概念的に示されている。
【0114】
同図(d)に示す第3の例および同図(e)に示す第4の例においては、腹腔内開腹手術が、患者の腹壁を切開し、それにより、その切開部(切開創)に第1創傷部位(例えば、皮膚側創傷部位)が形成される切開工程と、手術具を体外から腹壁の切開部を通過して腹腔内に導入することにより、標的臓器に対して手術操作を行い、それにより、その標的臓器の外面に第2創傷部位(例えば、腹腔内臓器側創傷部位)が形成される手術工程とを含むように構成される。
【0115】
なお、同図(d)においては、「第2創傷部位」という用語が表記されていないが、これは、この例において、足場材による特定の機能、例えば、後述の抗瘢痕化機能および癒着防止機能を説明するために不可欠ではないからである。
【0116】
前記シート剤は、前記手術工程において、体外から切開部を通過して腹腔内に挿入される。
【0117】
同図(d)に示す第3の例においては、前記シート剤は、腹膜のうち、前記第1創傷部位を含む領域に局所的に接触する(例えば、面接触する)第1接触が行われるように腹腔内に留置される。
【0118】
この例において、前記シート剤に含有される抗線維化剤は、前記シート剤が腹腔内に留置される腹腔内留置状態において、かつ、前記シート剤の表面が腹膜に接触する場合には、前記シート剤から第1創傷部位の創面に移動してその第1創傷部位に対して抗瘢痕化処置を行う。
【0119】
同図(e)に示す第4の例においては、前記シート剤は、腹膜のうち、前記第1創傷部位を含む領域に局所的に接触する(例えば、面接触する)第1接触と、前記標的臓器の外面のうち、その標的臓器が前記第2創傷部位を含む領域に局所的に接触する(例えば、面接触する)第2接触との双方が行われるように腹腔内に留置される。
【0120】
前記シート剤に含有される抗線維化剤は、前記シート剤が腹腔内に留置される腹腔内留置状態において、かつ、前記シート剤の表面が腹膜に接触する場合には、前記シート剤から第1創傷部位の創面に移動してその第1創傷部位に対して抗瘢痕化処置を行う一方で、前記シート剤の裏面が標的臓器の外面に接触する場合には、前記シート剤から第2創傷部位の創面に移動してその第2創傷部位に対して抗瘢痕化処置を行う。
【0121】
さらに具体的には、同図(e)に示すように、シート剤が、腹腔内の2つの標的臓器に跨ってそれら標的臓器の2つの表面に留置される。同図(e)には、腹腔内の2つの標的臓器に跨ってそれらの表面に当該足場材が留置される様子が斜視図で示されている。
【0122】
この例においては、シート剤が単一のシート部材として構成される場合に、そのシート剤が、腹壁の切開部(手術創)すなわち第1創傷部位についての抗瘢痕化処置のための前記第1接触と、腹腔内の第1標的臓器の外面についての抗瘢痕化処置のための前記第2接触と、腹腔内の第2標的臓器の外面についての抗瘢痕化処置のための前記第2接触とを包括的に行うように構成される。
【0123】
なお、同図(e)には、2つの標的臓器が縫合される様子が示されているが、そのようなことが行われる2つの臓器として、例えば、胃と小腸の組合せ、肝臓と腸管との組合せがある。
【0124】
さらに、上記のいくつかの例においては、抗瘢痕化処置のために前記シート剤を用いた腹腔内局所投与が少なくとも第1創傷部位について行われるが、これに加え、例えば、第1創傷部位については、追加的に、前述の液体注入型を採用し、足場材としての液剤をインジェクタを用いて第1創傷部位について創内局所投与を行ってもよい。
【0125】
以上要するに、同図(e)に示す前記シート剤は、前記第1接触と前記第2接触との双方を単一のシート部材を用いて行う集中抗瘢痕化処置型の貼付剤の一例を構成しているのである。
【0126】
ところで、前記第3および第4の例においては、シート剤が少なくともバイオマテリアルによって構成されることから、そのバイオマテリアルは、腹壁と腹腔内臓器との癒合を促す可能性を連想するかもしれない。
【0127】
しかし、注目すべきことは、そのシート剤は、そのような癒合という作用よりむしろ、腹壁と腹腔内臓器とを物理的に離隔させる物理的なスペーサという作用および抗線維化剤を標的部位(腹壁にあっては、第1創傷部位のうち腹腔側の開口部であり、腹腔内臓器にあっては、第2創傷部位のうち腹腔側の開口部)に誘導するルーティング(経路定義)という作用を発揮することである。
【0128】
よって、シート剤を腹腔内において、特に、腹壁と腹腔内臓器との間の位置に留置すれば、腹壁および腹腔内臓器のそれぞれの瘢痕化抑制という効果のみならず、手術後に、腹壁と腹腔内臓器とが癒着することが防止されるという効果も得られる。
【0129】
なお、本明細書において、「標的臓器」は、手術操作が行われる腹腔内臓器として定義しても、手術操作は行われないが足場材に接触する腹腔内臓器として定義してもよい。
【0130】
以下、第2シート剤挿入型についての他のいくつかの例を説明する。
【0131】
一例においては、図示しないが、前記シート剤が、それぞれ互いに独立した第1シート部材と第2シート部材とを有する。前記第1シート部材は、それの表面において腹壁内の第1創傷部位を含む領域に局所的に接触する。前記第2シート部材は、それの裏面において腹腔内の標的臓器の第2創傷部位を含む領域に局所的に接触するように構成される。
【0132】
この例においては、前記シート剤に含有される抗線維化剤は、前記腹腔内留置状態において、かつ、前記第1シート部材の表面が腹壁の内面に接触する場合には、前記第1シート部材から第1創傷部位の創面に移動してその第1創傷部位に対して抗瘢痕化処置を行う一方で、前記第2シート部材の裏面が標的臓器の外面に接触する場合には、前記第2シート部材から第2創傷部位の創面に移動してその第2創傷部位に対して抗瘢痕化処置を行う。
【0133】
以上要するに、この例においては、シート剤が、前記第1接触と前記第2接触とをそれぞれ別々のシート部材(互いに独立した複数のシート部材)を用いて場所離散的に行う分散抗瘢痕化処置型の貼付剤の一例を構成しているのである。
【0134】
ところで、第1および第2シート剤挿入型について上述した複数の例においては、シート剤が、いずれも、形態保持性(外力なしでは形態が変化しない性質)を有するもののフレキシブルであるため、腹壁の内面(内側の表面)および臓器の外面(外側の表面)のように曲面状の抗瘢痕化処置面に面接触する状態で留置されることが可能である。
【0135】
このように、シート剤を抗瘢痕化処置のために用いることによる利点として、自身の形態が留置場所の表面に容易に追従する性質を有するから、曲面状の抗瘢痕化処置面に面接触する状態で留置されることが可能であるという利点がある。
【0136】
一般に、腹腔内の臓器の表面に局所的な損傷、例えば、手術創が形成されると、当該臓器においては、その場所を起点として瘢痕化が開始され、その瘢痕化は、当該臓器の表面において平面的に拡大するという特性がある。
【0137】
よって、シート剤を抗瘢痕化処置のために用いることによる利点として、シート剤は、損傷部を覆うのみならずその周辺領域をも覆うように当該臓器の表面に局所的に適用されることが可能であるから、当該臓器の表面における瘢痕化の拡大を効果的に抑制することが容易となるという利点がある。
【0138】
(5)バイオマテリアルの構成材料として利用可能な材料
【0139】
バイオマテリアルは、タンパク質(例えば、コラーゲン、エラスチン、ゼラチン)、多糖類(例えば、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、セルロース)または糖タンパク複合体(例えば、アグリカン、バーシカン)を主成分として含む。バイオマテリアルは、ハイドロゲル状、パウダー状、スポンジ状、またはシート状であり、柔軟性および形態保持性を有する。
【0140】
バイオマテリアルを構成する材料としては、細胞または微生物、生体の本来の生命活動の働きで溶解、分解、代謝または吸収される材料であれば特に制限はない。
【0141】
さらに、バイオマテリアルを構成する市販薬剤(医用製品など)としては、例えば、コラーゲンスポンジ(例えば、Pelnac(登録商標)、Terdermis(登録商標))、コラーゲンシート(例えば、Integra(登録商標))、またはゼラチンハイドロゲル(例えば、Genocel(登録商標))、ゼラチンスポンジ(例えば、スポンゼル(登録商標))などを挙げることができる。
【0142】
(6)抗線維化剤として利用可能な薬剤
【0143】
抗線維化剤として、ファスジル、リパスジル、ピルフェニドン、ニンデダニブなどの低分子量のものを用いることが可能である。抗線維化剤は、液状、粉状または粒子状であるものとすることが可能である。抗線維化剤の濃度は、抗線維化剤の種類、創傷の種類、創傷の程度および投与される個体(生体、ヒト)の特性などに依存して変動し得る。
【0144】
6.実験方法の基本指針
【0145】
(1)目的
【0146】
生体、例えば、ヒト対象における処置法として有効性および安全性が他の用途(例えば、他の疾患の処置)との関係において確立されて市販されている抗線維化剤をバイオマテリアルと共に本処置法において抗瘢痕化処置のために生体の皮膚に適用した場合の薬剤としての有効性(安全性については、市販されていることから、あえて実験を行うまでもなく当然に肯定される)を確認するために、発明品としての足場材を用いた動物実験をin vivo試験として行い、それにより、抗線維化剤の抗瘢痕化効果を確認する。
【0147】
(2)実験の概要
【0148】
マウス創傷モデルの治療実験
【0149】
マウス背部に、表皮から筋膜まで達する切開創を作製し、その切開創を縫合固定する。その後、その切開創の創内間隙(切開創において間隙を隔てて互いに対向する一対の創面間の間隙内、真皮間隙内、など)に抗線維化剤含有足場材が局所投与されてそこに留置される状態で、マウス創傷モデルを作製する。
【0150】
よって、創面において、表皮と真皮との間の境界層から、筋膜までの間の領域内に筋線維芽細胞が形成されることが予想される。
【0151】
(3)対照群の設定
【0152】
2種類の対照群として、
対照群1:バイオマテリアルの投与も抗線維化剤の投与もすることなく、創傷を単純縫合したものと、
対照群2:抗線維化剤を含有しないバイオマテリアルに精製水を含有させたものをゲル状の足場材(抗線維化剤なし)として創傷内に投与するものと
を設定する。各対照群において、3匹のマウスを使用する。
【0153】
ここに、各対照群の存在意義を説明するに、対照群2は、対照群1との比較により、発明品としての足場材を創傷に適用した場合にその足場材のうちのバイオマテリアルによって単独で得られる利害得失を確認することを可能にするという意義を有する。
【0154】
(4)処置群の設定
【0155】
2種類の処置群として、
処置群1:バイオマテリアルに第1の抗線維化剤(例えば、ファスジル)を所定の濃度で含有させたものをゲル状の足場材(抗線維化剤あり)として創傷内に投与するものと、
処置群2:バイオマテリアルに第2の抗線維化剤(例えば、リパスジル)を所定の濃度で含有させたものをゲル状の足場材(抗線維化剤あり)として創傷内に投与するものと
を設定する。各処置群において、3匹のマウスを使用する。
【0156】
ここで、注記されることは、発明品としての足場材は、抗線維化剤を含有するのに対し、実験に使用される足場材は、対照群については、抗線維化剤を含有せず、処置群についてのみ、抗線維化剤を含有するということである。
【0157】
また、各処置群の存在意義を説明するに、処置群1は、対照群1との比較により、発明品としての足場材がバイオマテリアルと第1の抗線維化剤とを有する場合の効果を確認することを可能にするという意義と、対照群2との比較により、発明品としての足場材のうちの第1の抗線維化剤によって単独で得られる利害得失を確認することを可能にするという意義と、処置群2との比較により、発明品としての足場材のうちの第1の抗線維化剤によって単独で得られる利害得失を、発明品としての足場材のうちの第2の抗線維化剤によって単独で得られる利害得失に対して相対的に確認することを可能にするという意義とを有する。
【0158】
また、処置群2は、対照群1との比較により、発明品としての足場材がバイオマテリアルと第2の抗線維化剤とを有する場合の効果を確認することを可能にするという意義と、対照群2との比較により、発明品としての足場材のうちの第2の抗線維化剤によって単独で得られる利害得失を確認することを可能にするという意義と、処置群1との比較により、発明品としての足場材のうちの第2の抗線維化剤によって単独で得られる利害得失を、発明品としての足場材のうちの第1の抗線維化剤によって単独で得られる利害得失に対して相対的に確認することを可能にするという意義とを有する。
【0159】
(5)切開および縫合
【0160】
マウスの皮膚切開として、マウス1個体あたり2か所の創を作製する。具体的には、剃毛したマウス背部に長さ10mmおよび皮膚全層の深さで1個体当たり2か所切開する。その後、縫合糸(例えば、6-0ナイロン糸)で1か所当たり表皮のみにおいて2針縫合する。
【0161】
(6)足場材の局所投与
【0162】
その縫合直後、対照群2と処置群1および処置群2とのそれぞれにつき、前記インジェクタを用いるなどして、ゲル状の足場材を用いて創内単回投与を行う。以上で、マウスごとに一回の処置が完了する。
【0163】
(7)外観評価および瘢痕組織採取
【0164】
術後、切開部の表面(露出した表面)の外観評価と、各マウスからの瘢痕組織の採取とを行う。各マウスの尾側創は処置後3日目に採取し、頭側創は処置後7日目に採取した。
【0165】
(8)標本採取および瘢痕組織評価
【0166】
各群につき、1つの瘢痕組織あたり1つの組織標本を採取しホルマリン固定およびパラフィン包埋を行った。各組織標本につき、瘢痕組織を評価する。
【0167】
その評価方法として、各組織標本ごとに瘢痕断面積を測定することと、α-SMAやSM22などの筋線維芽細胞マーカーを用いて免疫組織化学染色を行い、筋線維芽細胞数の有無を確認した。
【0168】
<各論>
【0169】
用語の定義
【0170】
1.「創傷」
【0171】
本明細書において、「創傷」という用語は、任意の組織の損傷(例えば、急性、亜急性、遅発性、または治癒困難な創傷、および慢性創傷が含まれる)を意味する。また、「創傷」には、開放性創傷および閉鎖性創傷も含まれ得る。創傷が生じる組織には、皮膚・皮下組織、筋組織、腹膜、消化器、消化管などが含まれ得る。
【0172】
「創傷」の治癒過程は、一般的に、止血期、炎症期、増殖期および組織再構築期の4つのステップに分解される。増殖期には、創傷部位に筋線維芽細胞および毛細血管が侵潤し、筋線維芽細胞の増殖およびコラーゲンの産生が促進される。その結果、増殖期において、創傷部位に肉芽組織が形成される。増殖期において形成された肉芽組織の豊富な血管は、その後の組織再構築期においてやがて退縮し、最終的にコラーゲンを主成分とする瘢痕組織に置き換わる。一連の創傷治癒過程でコラーゲンの過剰な沈着が生じると、肥厚性瘢痕やケロイドを形成することが知られている。
【0173】
2.「瘢痕」、「瘢痕化の抑制」など
【0174】
本明細書において、「瘢痕」という用語は、任意の身体組織の損傷部位で形成される線維性結合組織(fibrous connective tissue)を意味する。瘢痕組織は、典型的には、取って代わる組織と同じタンパク質(すなわちコラーゲン)で構成される。しかし、瘢痕組織の線維組成は、瘢痕のない組織の線維組成とは有意に異なる。瘢痕の種類には、萎縮性瘢痕、植皮瘢痕、肥厚性瘢痕、ケロイドなどが含まれ得るが、これに限定されるものではない。また瘢痕部位には、皮膚および皮下組織の瘢痕、腹膜、腹腔および腹腔内臓器の瘢痕、筋肉、腱または関節の瘢痕などが含まれ得るが、これに限定されるものではない。
【0175】
本明細書において、「肥厚性瘢痕」という用語は、外傷後に、傷口(以下、「創傷部位」と表記する場合がある。)を修復しようとしてできたECMが過剰に産生されることによって形成された隆起状の傷あとを意味する。肥厚性瘢痕のうち正常な皮膚にも広がっていく瘢痕のことを特に「ケロイド」と呼ぶ。
【0176】
本明細書において、「瘢痕化(「瘢痕形成」とも称される。)」とは、生体組織の損傷部位がECM(主としてコラーゲン)によって置換されることをいう。
【0177】
ヒトの体表に対する創傷の場合、指尖部などのわずかな例外を除き、皮膚の外層(真皮乳頭層)より深く達しない傷害は、瘢痕化はわずかであるか、まったく生じない(すなわち再生)。しかしながら、真皮網状層に達する傷害を受けた場合、瘢痕化とともに組織が再構築され治癒する(すなわち瘢痕治癒)。
【0178】
本明細書において、「瘢痕化の抑制」、「瘢痕の形成抑制」、「抗瘢痕化」および「瘢痕の形成を抑制する」という用語は、創傷治癒過程の増殖期および組織再構築期における肉芽組織の過剰な増殖またはコラーゲンの過剰な生成を抑制することを意味する。
【0179】
3.「治療」
【0180】
本明細書において、「治療」という用語は、対象疾患の罹患後に事後的に患者に対して行う通常の意味での治療だけでなく、障害を治癒させること、改善することまたは少なくとも部分的に改善することを含み、また、肥厚性瘢痕および/またはケロイドの発生・再発の防止のために事前に行う予防的処置も包含する。
【0181】
4.「細胞外マトリックス(ECM)」
【0182】
本明細書において、「細胞外マトリックス(ECM)」という用語は、生体において細胞の組織化をつかさどる役割を有するものを意味する。ECMは、細胞の構造的な足場となり、組織、器官、臓器の形成における物理的な支持としての主要部分である。ECMは、コラーゲン(例えば、I型、III型)およびエラスチンなどの繊維状タンパク質、フィブリリン、フィブロネクチンおよびラミニンなどの糖タンパク質、ならびにアグリカンおよびバーシカンなどの糖タンパク複合体を含む三つの主要な部類の生体分子から主に構成される。
【0183】
5.「コラーゲン」
【0184】
本明細書において、「コラーゲン」という用語は、ECMに存在する豊富なタンパク質を意味する。
【0185】
6.「線維化」
【0186】
本明細書において、「線維化」という用語は、生体の組織においてECMタンパク質(主としてコラーゲン)が沈着することを意味する。
【0187】
7.「抗線維化」など
【0188】
本明細書において、「抗線維化」、「線維化抑制」および「線維化阻害」という用語は、組織における線維化の進行を抑制することを意味する。
【0189】
8.「抗線維化剤」など
【0190】
本明細書において、「抗線維化剤」、「線維化抑制剤」または「線維化阻害剤」という用語は、組織における線維化に対して予防または治療効果を有する医薬を意味する。例えば、抗線維化剤は、線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を抑制することにより、線維化を予防または治療する。
【0191】
また、抗線維化剤は、分子量の違いにより、分子量の小さいもの(分子量が約300-約400であり、例えば、ピルフェニドンなど)、分子量の大きいもの(分子量が約36,000-約40,000であり、例えば、デコリンなど)などに分類される。
【0192】
9.「バイオマテリアル」
【0193】
本明細書において、「バイオマテリアル」という用語は、単に特定の材料であることを意味する広義の「バイオマテリアル」という用語とは異なり、特定の用途および特定の機能を有する製品を意味する。
【0194】
具体的には、本実施形態において、「バイオマテリアル」は、選択された生物活性細胞を生存可能な状態で維持する、生体組織への導入に適した、天然のまたは合成された生体適合性材料を用いて作製される。
【0195】
さらに、本実施形態において、「バイオマテリアル」は、前記生体適合性材料のうち、前記前駆細胞の足場として機能する人工のECMとして機能し、前記前駆細胞の増殖を支援するのに適した材料を用いて作製される。
【0196】
ところで、前記生体適合性材料として、生体組織への導入後に生体内に留置される体内留置型と、生体組織への導入後に生体内で分解および吸収される体内分解型とがあるが、本実施形態において、「バイオマテリアル」は、体内分解型の生体適合性材料を用いて作製される。よって、「バイオマテリアル」は、体内分解型であり、時間経過に伴い、自己組織に置換され、その結果、体内において消失する。
【0197】
10.「足場」および「足場材」
【0198】
本明細書において、「足場」という用語は、例えば、組織再生の空間を確保するとともに、再生組織の形状を維持しながら、損傷組織の再生を助けるという機能を実現するものとして定義される。また、同用語は、例えば、標的細胞を三次元的に分布させ、特定の形状を付与しつつ、標的細胞の再生のためのスペースを提供する機能を実現するものとして定義されることもある。
【0199】
この「足場」という機能を実現するために体内に投与される実在物ないしは物体が、人工の「足場材」である。よって、本実施形態において、「足場材」は、例えば、標的細胞(例えば、前記前駆細胞)との接着性が良いこと、生体に悪影響を及ぼさない性質としての生体親和性ないしは生体適合性を有すること、低免疫原性を有すること、体内埋設後に不要となった後に生体に吸収され易いこと、身体を動かしても自身が破損しない十分な強度を有する。
【0200】
次に、前記いくつかの実施形態を個別に説明する。
【0201】
<第1実施形態>
【0202】
1.足場材の構成
【0203】
(1)抗線維化剤の選択
【0204】
抗線維化剤の2つの選択肢として、いずれも市販薬剤であるリパスジル塩酸塩水和物(Ripasudil)とファスジル塩酸塩水和物(Fasudil)とが選択された。それらリパスジルおよびファスジルは、いずれも、ROCK阻害剤に分類される。それら抗線維化剤はいずれも液剤である。
【0205】
(2)バイオマテリアルの選択
【0206】
バイオマテリアルの生体足場材料として、ゼラチンハイドロゲル(Genocel(ジェノセル)(登録商標))が選択された。Genocel(登録商標)と命名された薬剤は、株式会社京都医療設計によって製造され、不織布構造のゼラチンを用いた細胞培養足場材である。
【0207】
このゼラチンハイドロゲルには、シートタイプ、ブロックタイプおよびパウダータイプがある。本実施形態に従う足場材に用いられるバイオマテリアルは、パウダータイプであり、粉末剤すなわちパウダーとして構成された。よって、このバイオマテリアルは、固形剤である。
【0208】
2.足場材の製造方法
【0209】
(1)2剤混合型
【0210】
本実施形態に従う足場材は、図5における類型1であり、パウダー状のバイオマテリアルと液状の抗線維化剤とを混合することにより製造される。
【0211】
(2)現場製造型
【0212】
足場材を製造するために、バイオマテリアルと抗線維化剤とは、抗瘢痕化処置が行われる現場(例えば、手術室)で混合される。
【0213】
その混合プロセスは、図3に示す2剤混合型のインジェクタ内において行われる。
【0214】
具体的には、そのインジェクタは、2室を有する本体部と、その本体部の先端に位置するノズルとを有する。このインジェクタは、さらに、常には、前記2室を隔離状態に置くが、外力が作用すると、両者を連通状態に切り換える切換え機能を有する。混合前、前記2室にバイオマテリアルと抗線維化剤とが別々にかつ隔離されて収容される。
【0215】
抗瘢痕化処置が行われる現場において、混合のために前記外力が作用すると、前記2室が互いに連通させられ、それにより、混合が開始される。その後、混合のために前記外力と同じ第1外力またはそれとは別の第2外力が作用すると、足場材が収容部からノズルに移動し、そのノズルから足場材が必要量ずつ吐出される。
【0216】
なお、前記インジェクタは、前記混合液を射出する射出機能に加えて前記2剤を混合する混合機能をも有するが、それに代えて、射出機能は有するが混合機能は有しないタイプのインジェクタを用いてもよい。その場合、そのインジェクタの使用に先立ち、作業者が、現場またはそれとは別の場所で前記2剤を混合し、さらに、それによって作製された混合液を当該インジェクタに充填してもよい。
【0217】
3.足場材の投与方法
【0218】
液体注入型
【0219】
足場材は、創傷において互いに対向する創面間の間隙内に注入される液状の注入剤として構成される。
【0220】
足場材は、抗瘢痕化処置が行われる現場において、創傷に局所投与、例えば皮内投与される。足場材は、創傷治癒過程の初期、例えば、縫合直後、縫合終了後5分以内などのタイミングで創傷に投与される。その投与は、創傷全体についての縫合終了後に行うようにしたり、縫合の進行に並行して行うようにしてもよい。
【0221】
図6および図7に示すように、切開創としての創傷が、縫合糸やステープルにより縫合され、場合によっては無縫合で閉鎖固定(閉創)される。切開創には、真皮縫合および表皮縫合、またはそのどちらか一方が行われる。真皮縫合とは、皮膚の1層目の表皮を貫通せず、2層目の真皮内を運針して縫合する縫合法である。表皮縫合とは、1層目の表皮を貫通して縫合する種々の縫合法の総称である。
【0222】
縫合後、足場材が創傷内に局所投与される。図6および図7に示すように、足場材は、前記インジェクタを用い、それのノズルが創傷間隙内に差し込まれた状態で、創傷内に注入される。これに代えて、足場材は、例えば、針または無針デバイスを用いたり、注射器、ボトル、スポイト、ピペットなどを用いて創傷内に注入することができる。
【0223】
足場材は、縫合後の創傷の傷口であって軸方向に延びるものが、複数本の縫合糸によって仕切られる複数の区域の少なくとも一つに、各区域ごとに注入される。足場材は、それら区域に、それの並ぶ方向に次々に注入したり、一つまたは複数置きに注入することができる。
【0224】
説明の便宜上、図7に誇張して示すように、足場材は、創傷間隙内に注入される。その足場材は、生体吸収性を有するために、やがて自己組織に置換されて消失する。
【0225】
4.抗線維化剤含有型の足場材を用いた抗瘢痕化の作用機序
【0226】
図2に示すように、足場材が創内投与されると、生体組織内の線維芽細胞が足場材へ移動する。
【0227】
その線維芽細胞は足場材に接着し、それに伴い、その線維芽細胞は、足場材内の抗線維化剤と反応する。それにより、線維芽細胞の筋線維芽細胞への分化、ひいては筋線維芽細胞の増加が抑制される。その結果、筋線維芽細胞からのコラーゲン産生が抑制され、それにより、創傷治癒過程において生体組織の過剰な瘢痕化が阻害される。その後、バイオマテリアルが分解して消失する。
【0228】
具体的には、足場材が前記生体内に留置されると、当該足場材は、生体のうち創傷の周辺組織から隔離されたスペースであって、そのスペース内に前記前駆細胞が進入することが可能であるものを画定する。前記スペース内に前記前駆細胞が進入すると、その進入した前記前駆細胞が当該足場材内に存在する抗線維化剤と反応する。それにより、前記前駆細胞の筋線維芽細胞への形質転換を阻害し、それにより、抗瘢痕化処置が行われる。
【0229】
さらに、足場材は、生体内において抗線維化剤の投与ルートを画定するという機能と、前駆細胞のための足場を生体外から提供するという機能と、創傷によって断絶した本来のECMに代わるものを前記人工のECMとして生体外から創傷に補充するという機能とを有する。
【0230】
5.実験方法
【0231】
前述の基本方針のもと、本実施形態に従う足場材の有効性を、生体の皮膚における創傷治癒過程における抗瘢痕化処置との関係において確認するために、実験を行った。
【0232】
本実験の目的は、モデル動物を用いて足場材の有効性を評価することにある。具体的には、8週齢マウスの切開創傷モデルを使用し、創傷治癒過程における瘢痕化抑制効果を評価した。
【0233】
5-1.実験に用いた動物
【0234】
実験動物として、C57BL/6JJcl系統のマウス(雄、8週齢、日本クレア株式会社)を12匹用いた。マウスは、クリーンSケージおよびマウスM2ケージを用いて1ケージ3匹とし、標準的な環境(温度:20℃-26℃、湿度:40%-70%、12時間明暗周期)で飼育した。餌と水は自由に摂取させた。後述する処置後は、他個体が傷口を傷つけるおそれがあるため1ケージ1匹で飼育した。
【0235】
5-2.複数匹のマウスの群分け
【0236】
12匹のマウスを、図8に表形式で示すように、無作為に、
対照群1(n=3)、
対照群2(n=3)、
処置群1(n=3)、および
処置群2(n=3)の4つの群に群分けした。
【0237】
5-3.マウスに対する処置
【0238】
各マウスに、麻酔薬(例えば、イソフルラン吸入麻酔薬「VTRS」(ヴィアトリス製薬株式会社))を吸入して麻酔をかけた。さらに、各マウスの背部を剃毛した。さらに、消毒剤(例えば、ポビドンヨードゲル)で各マウスの背部における切開部位の皮膚を消毒した。
【0239】
さらに、各マウスにつき、10mm程度の長さで、かつ、皮膚全層の深さで、縦方向(体長方向)に離散的に2か所切開した。その後、各マウスにつき、縫合糸(例えば、6-0ナイロン糸)で切開創1か所あたり2針表皮縫合した。
【0240】
各マウスにおいて、創傷部位が2か所形成されるが、一方の創傷部位は、術後3日目に瘢痕組織の採取が行われ、他方の創傷部位は、術後7日目に瘢痕組織の採取が行われる。
【0241】
5-4.対照群の設定
【0242】
2種類の対照群として、図8に表形式で示すように、
対照群1:バイオマテリアルの投与も抗線維化剤の投与もすることなく、創傷を単純縫合したものと、
対照群2:抗線維化剤を含有しないバイオマテリアルに精製水を含有させたものをゲル状の足場材として創傷内に投与したものと
を設定した。
【0243】
各対照群において、3匹のマウスを使用した。対照群1における3匹のマウスの個体番号101,102,103と、対照群2における3匹のマウスの個体番号201,202,203とが同図に示されている。
【0244】
対照群1および2につき、より具体的には、以下のとおりである。
【0245】
投与群:対照群1
抗線維化剤の投与量:0
足場材の投与容量:0
投与群:対照群2
抗線維化剤の投与量:0
足場材の投与容量:20μL/創傷部位(各マウスの2か所の創傷部位にそれぞれ20μLを投与した。)(すなわち、各創傷部位には、合計20μLの足場材を後述の3つの区域すなわち投与位置にそれぞれほぼ均等に分配されるように投与するのであり、このことは、他の群についても同様である。)
調製方法:200μLピペットチップを用いてGenocel(登録商標)パウダー800μgに精製水200μLを加え、ピペッティングまたは転倒混和で懸濁した。その調製後すぐに投与を行った。
【0246】
5-5.処置群の設定
【0247】
2種類の処置群として、図8に表形式で示すように、
処置群1:バイオマテリアルにファスジルを含有させたものをゲル状の足場材として創傷内に投与したものと、
処置群2:バイオマテリアルにリパスジルを含有させたものをゲル状の足場材として創傷内に投与したものと
を設定した。
【0248】
各処置群において、3匹のマウスを使用した。処置群1における3匹のマウスの個体番号301,302,303と、処置群2における3匹のマウスの個体番号401,402,403とが同図に示されている。
【0249】
処置群1および2につき、より具体的には、以下のとおりである。
【0250】
投与群:処置群1
抗線維化剤の投与濃度:30mg/mL
足場材の投与容量:20μL/創傷部位(各マウスの2か所の創傷部位にそれぞれ20μLを投与した。)
足場材の投与量:約53.1mg/kg(各マウスに投与された足場材の、各マウス1kgあたりの重量)
調製方法:200μLピペットチップを用いてGenocel(登録商標)パウダー800μgにファスジル200μL(エリル(登録商標)点滴静注液30mg)を加え、ピペッティングまたは転倒混和で懸濁した。その調製後すぐに投与を行った。
【0251】
投与群:処置群2
抗線維化剤の投与濃度:4mg/mL
足場材の投与容量:20μL/創傷部位(各マウスの2か所の創傷部位にそれぞれ20μLを投与する)
足場材の投与量:約7.1mg/kg(各マウスに投与された足場材の、各マウス1kgあたりの重量)
調製方法:200μLピペットチップを用いてGenocel(登録商標)パウダー800μgにリパスジル200μL(グラナテック(登録商標)点眼液0.4%)を加え、ピペッティングまたは転倒混和で懸濁した。その調製後すぐに投与を行った。
【0252】
処置群1において、ファスジルの濃度は、30mg/mLであったが、本実施形態に従う足場材において、ファスジルの濃度は、例えば、約28mg/mL-約32mg/mLの範囲内のものとしたり、約25mg/mL-約35mg/mLの範囲内のものとしたり、約20mg/mL-約40mg/mLの範囲内のものとすることが可能である。
【0253】
同様に、処置群2において、リパスジルの濃度は、4mg/mLであったが、本実施形態に従う足場材において、リパスジルの濃度は、例えば、約3.5mg/mL-約4.5mg/mLの範囲内のものとしたり、約3mg/mL-約5mg/mLの範囲内のものとしたり、約2.5mg/mL-約5.5mg/mLの範囲内のものとすることが可能である。
【0254】
5-6.投与方法
【0255】
対照群2については、足場材(抗線維化剤なし)の製造後すぐに、その足場材を各マウスに投与した。また、処置群1および2については、足場材(抗線維化剤あり)の製造後すぐに、その足場材を各マウスに投与した。
【0256】
具体的には、図9に示すように、縫合処置後の対照群2,処置群1および処置群2のマウスに対し、麻酔下において、各切開創(各創傷部位)を2か所縫合することによりできた3か所の区域に、200μLピペットチップを用いて足場材20μLを均等に創内投与した。
【0257】
したがって、創傷部位1か所あたり全量で20μLの足場材を投与した。投与後、各マウスを保温マットで保温した。各マウスが麻酔から覚醒したことを確認後、鎮痛剤(カルプロフェン)を自由摂取させた。
【0258】
6.実験結果
【0259】
6-1.創傷部位の観察
【0260】
外科手術(創傷作製)の日を0日目とし、0日目、3日目および7日目の各マウスの創傷部位をスケール付きで写真撮影した。撮影した画像のうち、3日目(Day 3)のものを図10に、7日目(Day 7)のものを図11にそれぞれ示す。
【0261】
各図において、「Sham」というラベルは、対照群1を意味し、また、「Genocel(登録商標)」というラベルは、対照群2を意味し、また、「Genocel(登録商標)+Fasudil」というラベルは、処置群1を意味し、また、「Genocel(登録商標)+Ripasudil」というラベルは、処置群2を意味する。
【0262】
さらに、各図において、「HE」というラベルは、ヘマトキシリン・エオジン染色(以下、「HE染色」と称される。)された標本についての顕微鏡写真であることを意味し、また、「α-SMA」というラベルは、抗α-SMA抗体を用いた免疫組織化学染色(または「α-SMA免疫染色」と称される。)された標本についての顕微鏡写真であることを意味する。
【0263】
図12には、各群につき、創傷部位が3日目および7日目に上皮化したか否かが表形式で示されている。ここに、「上皮化」とは、創傷部位の上皮が完全に連続化し、創傷が治癒したことを意味する。
【0264】
6-2.染色
【0265】
3日目および7日目の各マウスから創傷部位ごとに瘢痕部(瘢痕組織)を摘出し、それに対してHE染色とα-SMA免疫染色とを行った。
【0266】
具体的には、次の複数の作業を順に行った。
【0267】
(1)各マウスに対し、3日目と7日目とに、それぞれ、各創傷部位の観察終了後に、イソフルラン吸入麻酔薬「VTRS」(ヴィアトリス製薬株式会社製)を吸入して麻酔をかけた。
【0268】
(2)各マウスにおいて抜糸を行った後、創傷部位ごとに、各マウスの皮膚から、長径15mm程度のサイズを有するとともにしずく形状を有する部分(例えば、平面視において概して円形または楕円形を成す板状部分)を、各創傷部位が略中央に位置するように切り出し、その切り出された部分を長方形状にトリミングして瘢痕部標本を作製した。
【0269】
(3)このようにして各マウスから創傷部位ごとに瘢痕部標本を摘出した後、各マウスにおいて、創傷部位ごとに皮膚を縫合し、各マウスに、鎮痛薬(カルプロフェン)を飲水にて自由摂取させた。
【0270】
(4)摘出した各瘢痕部標本をホルマリン固定した後、パラフィンに包埋した。
【0271】
(5)パラフィン包埋された各瘢痕部標本から複数の切片を切り出し、各切片をパラフィン切片として作製した。
【0272】
(6)複数のパラフィン切片のうちの第1サブセットは、HE染色し、第2サブセットは、抗α-SMA抗体(M0858、1:300、 Dako)を用いて免疫組織化学染色(以下、「α―SAM免疫染色」とも称される。)を行った。
【0273】
パラフィン包埋した1つの瘢痕部標本あたり、HE染色された標本とα-SMA免疫染色された標本とを、それぞれ1つずつ、組織染色サンプルとして作製した。
【0274】
6-3.瘢痕化の発現の評価
【0275】
(1)瘢痕断面積の測定
【0276】
各群ごとに、7日目の3枚のHE染色標本を光学顕微鏡で観察して撮影した。各顕微鏡写真において瘢痕が形成された瘢痕領域と非瘢痕領域の境界をNDP.view2ソフトウエア(浜松ホトニクス株式会社)上で描画し、その囲まれた瘢痕領域の面積を瘢痕断面積として定量した。
【0277】
図13図16には、対照群1および2ならびに処置群1および2につき、7日目の1つのHE染色標本についての顕微鏡写真がそれぞれ示されている。
【0278】
各図に示す顕微鏡写真においては、瘢痕が形成された領域とそれ以外の領域との間の境界線を、コラーゲン線維の性状の違いに着目して、閉じた1本の線として抽出した。具体的には、真皮層において、周辺領域に対して、細胞数が多く、コラーゲン線維が密であり、かつ、コラーゲン線維束がランダムに並んでいる領域を、他の領域から区別し、瘢痕が形成された領域と判断した。
【0279】
各図に示す顕微鏡写真には、それぞれ、上記のようにして抽出された瘢痕領域の境界線を強調表示するための線が説明を容易にするために付加されている。
【0280】
図17には、4つの群につき、上記のようにして抽出された4つの境界線が、横一列に順に並ぶように示されている。
【0281】
図18には、各群ごとに、かつ、各マウスごと、対応する瘢痕領域について計算された瘢痕断面積が表形式で示されている。同図には、さらに、各群ごとの瘢痕断面積平均値も表形式で示されている。
【0282】
(2)実験データの有意性
【0283】
実験データとしての複数の瘢痕断面積の統計的な信頼性および有意性を評価するために、GraphPad Prism 9(GraphPad Software,LLC)を用いて一元配置分散分析(one-way ANOVA)を行い、引き続き、Tukey検定を行い、それらの検定結果を踏まえて実験データを統計分析した。その結果は、図19図22に表形式で示されている。
【0284】
具体的には、図19は、ANOVA検定結果(「ANOVA Results」というラベル)を表形式で示している。
【0285】
また、図20は、多重比較(「Multiple Comparisons(Tukey検定結果)」というラベル)を表形式で示している。
【0286】
また、図21は、ANOVA検定および多重比較に用いられる実験データに関する標準的な複数の統計値に関する記述統計(「Descriptive Statistics」というラベル)を表形式で示している。
【0287】
また、図22は、各群の瘢痕断面積の平均値および標準偏差をグラフで示し、さらに、対照群2と処置群2との間に瘢痕断面積に関する有意差があることを示している。(P=0.03)
【0288】
それら図において、複数の記号のうち主なものの定義は以下のとおりである。
【0289】
A:対照群1
B:対照群2
C:処置群1
D:処置群2
ns:有意差なし
*:有意差あり
SS:sum of squares、変動
DF:degrees of freedom、自由度
MS:mean square、平均平方
SD:標準偏差
F:F値
Cl:信頼区間
P-value:P値
【0290】
実験データの群間差についてP<0.05が成立する場合に、その群間差は統計的に有意であり、対比された群同士は有意差を有すると判断した。
【0291】
(3)筋線維芽細胞量の評価
【0292】
α-SMA免疫染色をした3日目および7日目の各切片を顕微鏡で観察して撮影し、各顕微鏡写真の画像から筋線維芽細胞の有無を肉眼で評価した。3日目の各切片の顕微鏡写真は、図10に示され、また、7日目の各切片の顕微鏡写真は、図11に示されている。
【0293】
6-4.結果および考察
【0294】
(1)創傷部位の目視
【0295】
3日目のマウスにおいては、いずれの群についても、創傷部位が上皮化しなかった。これに対し、7日目のマウスにおいては、すべての群において創傷部位が上皮化した。
【0296】
(2)統計分析
【0297】
a.リパスジルの抗線維化剤としての有効性
【0298】
図20および図22に示すように、処置群2が対照群2に対して瘢痕断面積に関して減少し、統計上、両者間に有意差があった(p=0.03)。
【0299】
このことから、本実施形態に従う足場材のうちのリパスジルが単独で抗瘢痕化効果を有することが考察された。
【0300】
b.ファスジルの抗線維化剤としての可能性
【0301】
図20および図22に示すように、処置群1が対照群2に対して瘢痕断面積に関して減少した。
【0302】
この場合、統計上、両者間に有意差はなかったが、本実施形態に従う足場材のうちのファスジルが単独で抗瘢痕化効果を有する可能性があることが考察された。
【0303】
なお、処置群1において、ファスジルの濃度および/または投与量が今回の実験値より多く設定されていたら、この処置群1についての抗瘢痕化効果が、図22に示すものより増加していたであろうと推測される。
【0304】
また、処置群1において今回の実験と同じ濃度および投与量のファスジルを使用し、より多くの個体に対して処置を行った場合、対照群2に対して有意に瘢痕面積が減少する可能性もある。
【0305】
よって、抗線維化剤としてリパスジルのみならずファスジルも、バイオマテリアルの存在下で抗瘢痕化効果を発揮することができる薬剤であると判断される。
【0306】
c.バイオマテリアルの存在意義
【0307】
図20および図22に示すように、対照群2が対照群1に対して瘢痕断面積に関して大きかった。
【0308】
この理由として、対照群2では縫合創の間隙に抗線維化剤を含まないバイオマテリアルを留置したことにより、バイオマテリアルが筋線維芽細胞の接着可能な空間として機能し、その内部で盛んに筋線維芽細胞によるコラーゲン産生が行われたため、対照群1より瘢痕断面積が大きくなったと判断される。
【0309】
一方、処置群1および処置群2では対照群1に対して瘢痕断面積は大きくなっていないことから、抗線維化剤が十分に機能し、コラーゲン産生が抑制されていると判断できる。
【0310】
(3)HE染色された標本についての顕微鏡写真の肉眼視
【0311】
HE染色された標本についての顕微鏡写真の肉眼視によれば、図13図16に示すように、7日目のマウスにおいては、すべての群において、創傷部位において瘢痕組織が確認された。
【0312】
さらに、図17に示すように、処置群1および2が対照群1および2に対して瘢痕断面積に関して小さかった。
【0313】
これらのことから、抗線維化剤としてリパスジルおよびファスジルが抗瘢痕化効果を有することが考察された。
【0314】
(4)α-SMA免疫染色された標本についての顕微鏡写真の肉眼視
【0315】
図11に示すように、α-SMA免疫染色された標本についての顕微鏡写真の肉眼視によれば、創傷に、筋線維芽細胞を含む瘢痕組織が形成されていたことが確認された。
【0316】
さらに、同図に示すように、処置群1および2は対照群1および2に対してα-SMA陽性の筋線維芽細胞が少なかった。
【0317】
対照群2は対照群1に対して筋線維芽細胞の数に関して多かった。この理由については前述した。
【0318】
6-5.補足
【0319】
上述の実験の結果および考察は、本実施形態に従う足場材が瘢痕化抑制作用を有することを示すものである。この実験は、マウスの皮膚について行われたが、技術常識および経験を踏まえれば、同種の実験をヒトの皮膚について行えば、同様な作用機序および効果が得られると考えられる。
【0320】
7.効果
【0321】
(1)瘢痕化抑制による副作用としての創傷治癒遅延への対策
【0322】
本実施形態によれば、組織欠損を伴うことなく創面が皮下組織まで達する深部創(例えば、手術創)の自然治癒の過程において、組織の瘢痕化が抑制されるため、患者を瘢痕による機能障害や疼痛、精神的苦痛などの不都合から解放することが容易となる。
【0323】
ところで、本実施形態においては、創傷治癒過程において組織の瘢痕化が抑制されるため、創傷治癒が遅延する可能性がある。しかし、当該足場材においてバイオマテリアルは生体中の線維芽細胞などの前記前駆細胞の移動および接着を補助する機能を有する。
【0324】
よって、本実施形態によれば、組織欠損を伴うために早期の創傷治癒が特に強く要望される場合でない限り、瘢痕化抑制に起因した治癒遅延により上皮化が遷延することはないと予想される。このことは、実験結果のDay 7において、すべての処置群で上皮化が得られたことから検証された(図12参照。)。
【0325】
つまり、本実施形態によれば、足場材が、創傷治癒プロセスにおいて組織瘢痕化を抑制し、その副次的効果として創傷治癒を遅延させる抗線維化剤と、前記前駆細胞の移動および接着を補助することにより創傷治癒遅延効果を減弱させるバイオマテリアルとを、それぞれ互いに拮抗する効果を有する2つの基剤として有すると考えることが可能である。
【0326】
そのため、本実施形態によれば、創傷治癒遅延に対して、抗線維化剤の濃度の調整(濃縮と希釈)および/または用量の調整(増量と減量)によって減弱化可能であることはもちろんであるが、それに代えて、バイオマテリアルの濃度の調整および/または用量の調整によって減弱化可能であり、また、前記調整に加えて、バイオマテリアルの濃度の調整および/または用量の調整によっても減弱化可能である。
【0327】
その結果、本実施形態によれば、副作用として生じる創傷治癒遅延効果を減弱化するために作業者が採択し得る処方上の選択肢が複数化し、それにより、患者の特性や創傷の特性に合わせて個体適応的に前記複数の選択肢を選択し、最適化することが容易となる。
【0328】
(2)足場材の調達の簡易化
【0329】
本実施形態によれば、他の用途について安全性および有効性が確立された複数種類の市販医薬をそれぞれ、足場材の主成分としてのバイオマテリアルおよび抗線維化剤に転用し、かつ、両者を単純に混合させることによって調達できる。
【0330】
よって、本実施形態によれば、創傷治癒過程における抗瘢痕化処置を行うための足場材を簡易にかつ低コストでかつ安全に調達することが容易となる。
【0331】
(3)低分子量の抗線維化剤による高浸透性
【0332】
本実施形態に従う創傷用足場材によれば、分子量が400以下であるというように比較的低分子量の抗線維化剤が用いられる。よって、このように低分子量の抗線維化剤は、分子量が10,000以上であるというように高分子量の抗線維化剤と比べ、化学的に合成することが安価かつ容易であり、さらに、構造が安定していることに加え、このように低分子量の抗線維化剤は細胞内において作用するため、前記前駆細胞から筋線維芽細胞へ分化するシグナル伝達経路を直接的かつ効果的に抑制することが可能である。
【0333】
(4)薬剤の長期保存性
【0334】
本実施形態によれば、図3に示すインジェクタを用いた足場材の創内投与に先立ち、バイオマテリアルや抗線維化剤が液剤ではなく固形剤として、例えば保管場所やインジェクタ内において保管される。よって、本実施形態によれば、バイオマテリアルが液剤である場合より、薬剤の劣化が抑制され、薬剤の長期保存が容易となる。
【0335】
(5)足場材の品質安定性の向上
【0336】
本実施形態によれば、抗瘢痕化処置を行う現場において、今まさにその処置が行われようとしている段階で、作業者または補助者が、インジェクタを用いてバイオマテリアルと抗線維化剤とを混合させて足場材を調製できるから、その混合後に混合液に何らかの変性が起こるおそれがあるとしても、そのようなおそれのある期間が短くて済む。
【0337】
その結果、本実施形態によれば、足場材を所望の性能で使用することが容易となり、足場材の品質安定性が向上する。
【0338】
(6)美容医療の分野への応用の可能性
【0339】
本実施形態に従う創傷用足場材によれば、瘢痕や傷あとの発生を抑制または防止することができる。よって、本実施形態に従う創傷用足場材は、疾病治療に伴う医療の分野のみならず、美容外科の分野にも応用することができる。
【0340】
<第2実施形態>
【0341】
本実施形態においては、図3に示す2剤混合型のインジェクタの一具体例として、図23に示すインジェクタ10が使用される。
【0342】
1.構成
【0343】
同図に示すように、このインジェクタ10は、先端と後端とを有するとともに、先端側には第1室20、後端側には第2室22を有する本体部30を有する。足場材(混合液)100の調製前、すなわち、バイオマテリアル(粉末剤)102と抗線維化剤(液剤)104との混合前、第1および第2室20,22にバイオマテリアル102と抗線維化剤104とがそれぞれ薬剤として別々に収容される。それらバイオマテリアル102および抗線維化剤104はいずれの室20,22内に収容されてもよい。
【0344】
同図に示す例においては、第1室20内に、粉末状のバイオマテリアル102が空気の存在下で収容される。また、同図に示す例においては、第2室22が、ガラス製のアンプル内に形成され、そのアンプル内に液状またはゲル状の抗線維化剤104が封入される。
【0345】
先端側部60の先端からノズル40が延び出している。先端側部60は、少なくとも部分的にフレキシブルであるという特性を有する。また、ノズル40は、少なくとも部分的にフレキシブルであるという特性を有する。ノズル40の横断面形状は、円形であっても扁平状のものであってもよい。ノズル40が、扁平化された横断面形状を有する場合、狭い創傷間隙内をそれの長軸方向に移動させる際に移動抵抗が減り、利便性が改善されるかもしれない。このノズル40の先端において、足場材100(混合液)の吐出口が開口している。
【0346】
本体部30は、第1室20を形成する先端側部60と第2室22を形成する後端側部62とに2分割され、両者は、それぞれ互いに対向する端部において、相対回転可能に連結されている。
【0347】
このインジェクタ10は、さらに、常には、第1および第2室20,22間の隔膜(または隔壁)として機能する隔膜機能部70を破断せず、第1および第2室20,22を隔離状態に維持するが、先端側部60と後端側部62とに相対回転力が付与されて両者が相対回転すると、隔膜機能部70を破断し、第1および第2室20,22を互いに連通させる選択的連通機構72を有する。
【0348】
この選択的連通機構72は、例えば前記相対回転力をインジェクタ10の軸方向に作用する軸力に変換するねじ機構と、その軸力によって前記軸方向に移動させられる係合突起とを含み、その係合突起との係合により、前記軸方向に交差する向きに延びる部分を有する隔膜機能部70を破断するように構成されることが可能である。
【0349】
隔膜機能部70の一例は、前記ガラス製のアンプルの壁部の一部である。その一部の壁部は、前記係合突起(金属などの剛体)と係合すると、破断し、その後、その破断部が、第2室22から第1室20への抗線維化剤104の移動を可能にする通路として機能することになる。
【0350】
2.作用
【0351】
第1および第2室20,22の連通状態において、例えば、第2室22内の抗線維化剤が第1室20内に流入し、その第1室20内において、その流入した抗線維化剤と最初から存在する粉末状のバイオマテリアルとが混合されて1液剤となる。この状態において、作業者は、インジェクタ10を振るなどして、混合液を攪拌し、両薬剤を均一に混合する。
【0352】
それら混合および攪拌の過程(例えば、待機状態)において、作業者の意に反してインジェクタ10内の足場材がノズル40から漏出しないように、例えば、ノズル40を少なくとも局所的に閉塞することを選択的に行い得るロック部材80を用いてもよい。そのロック部材80は、例えば、一対のアームがヒンジにおいて互いに弾性的に連結されて成る弾性クリップである。
【0353】
3.効果
【0354】
先端側部60が少なくとも部分的にフレキシブルであるという特性のおかげで、作業者は、第1室20内に混合液としての足場材が存在する場合に、作業者が先端部側60を押圧して第1室20を低容量化することにより、足場材をノズル40から、その押圧力に応じた必要量で吐出させることが可能である。
【0355】
ノズル40が少なくとも部分的にフレキシブルであるという特性のおかげで、作業者は、足場材を創内に注入する際、例えば、このノズル40が創傷隙間に挿入されるときに、ノズル40が創面に対して傾斜しようとすれば、ノズル40が創面に過大な力を付加することなく、創面に隙間なく追従する状態を維持することが容易である。
【0356】
<他のいくつかの実施形態>
【0357】
先行するいくつかの実施形態においては、バイオマテリアルが、パウダー状という剤型を有するが、これに代えて、ハイドロゲル状もしくはスポンジ状でもよく、また、分散剤という剤型に代えて、連続体、例えば、フィルムまたはシートという形態を有してもよい。
【0358】
先行するいくつかの実施形態においては、足場材が、少なくとも生体外から生体内に留置されるまでの間(例えば、生体外から生体内に移動するまでの間)、抗線維化剤を保持するように構成されるが、それより長期にわたって、例えば、体内に留置されている間(足場材が吸収分解されて消失するまでの間)、抗線維化剤を保持するように構成されてもよい。
【0359】
先行するいくつかの実施形態においては、前記前駆細胞として線維芽細胞が考慮対象とされていたが、これに代えてまたはこれに加えて中皮細胞を考慮対象としてもよい。
【0360】
さらに、前記前駆細胞として、線維芽細胞または中皮細胞の他に、間葉系幹細胞、骨髄由来幹細胞、周波細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞および上皮細胞のうち少なくとも一つを含む細胞集団を考慮対象としてもよい。
【0361】
先行するいくつかの実施形態においては、足場材が、創傷の受傷直後のタイミング(例えば、組織において瘢痕化が開始するタイミング)または創傷治癒の初期段階で創内投与されるが、これに代えてまたはこれに加えて、それらタイミングおよび段階より遅い段階で創内投与されてもよい。
【0362】
先行するいくつかの実施形態においては、足場材が、創傷に瘢痕組織が形成される前であって、前記創傷が縫合された後(または、縫合される前でもよい)に、前記創傷の創面に投与され、それにより、足場材が、前記抗瘢痕化処置を事前に行うために使用される。
【0363】
これに対し、足場材は、創傷に瘢痕組織が形成された状態で前記創傷が自然治癒した後に前記瘢痕組織が生体から外科的手術によって切除され、それにより、前記生体のうち、前記切除によって形成された新たな創傷が縫合された後に、その新たな創傷の創面に投与され、それにより、当該足場材は、前記抗瘢痕化処置を事後的に行うために使用されてもよい。
【0364】
先行するいくつかの実施形態においては、足場材が、バイオマテリアルおよび抗線維化剤が予め混合されて1剤の液剤として構成されるが、これに代えて、1剤の固形剤として構成されてもよい。
【0365】
先行するいくつかの実施形態においては、足場材が、創内間隙内に注入される注入剤および貼付剤として構成されるが、これに代えて塗布剤またはエアロゾル剤として構成されてもよい。
【0366】
前述のいくつかの実施形態または実施例についての詳細な事項は、特許請求の範囲の解説を目的として与えられたものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。本発明についての少ない数の具体例しか上記の説明において文章によって詳細に説明されていないが、当業者であれば、前述の新規な教示事項および本発明の利点から実質的に逸脱することなく、それら具体例において多くの変形例が存在することが容易に理解される。例えば、一具体例に関連して説明された複数の特徴は、全体的にであるか部分的にであるかを問わず、本発明についての他の任意の具体例に合体されてもよい。
【0367】
したがって、すべてのこの種の変形例は、本発明の範囲内に包含されるように意図されており、本発明の範囲は、後続する特許請求の範囲およびそれに対するすべての均等物において定義される。さらに、多くの具体例がいくつかの具体例、特に前述の望ましい具体例の利点のすべてを達成するわけではないものとして想定されており、特定の利点が存在しないことが必ずしも、該当する具体例が本発明の範囲内に存在しないことを意味しない。様々な変更を本発明の範囲から逸脱することなく前述の範囲内において行うことが可能であるから、発明の詳細な説明の欄に含まれるすべての事項は、特許請求の範囲の解説を行うものとして、かつ、限定を行うという意味ではないものとして解釈される。
【要約】
【課題】創傷治癒過程において生体組織の過剰な瘢痕化を抑制するための技術を提供する。
【解決手段】生体の損傷に適用される人工の創傷用足場材は、生体吸収性のバイオマテリアルと抗線維化剤とをそれぞれ主成分とし、少なくとも創傷用足場材の使用中、バイオマテリアルが抗線維化剤を含有する。バイオマテリアルは、創傷内において、生体の筋線維芽細胞の前駆細胞が接着する性質を有する人工の細胞外マトリックスとして機能する。創傷用足場材は、創傷内に留置されるか、および/または、生体の腹壁の内面のうち、第1創傷部位を有する領域に局所的に接触する第1接触と、腹腔内の標的臓器の外面のうち、第2創傷部位を有する領域に局所的に接触する第2接触とのうち少なくとも一方が行われるように腹腔内に留置される。それにより、抗線維化剤が創傷内に局所的に投与され、創傷の治癒過程において抗瘢痕化処置が行われる。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23