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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-10
(45)【発行日】2024-12-18
(54)【発明の名称】非晶性キチンを含む創傷治癒材
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/722 20060101AFI20241211BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20241211BHJP
   C08B 37/08 20060101ALN20241211BHJP
   A61L 26/00 20060101ALN20241211BHJP
【FI】
A61K31/722
A61P17/02
C08B37/08 A
A61L26/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020173214
(22)【出願日】2020-10-14
(65)【公開番号】P2021181423
(43)【公開日】2021-11-25
【審査請求日】2023-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2020085615
(32)【優先日】2020-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100183656
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 晃
(72)【発明者】
【氏名】浅井 純
(72)【発明者】
【氏名】金子 由佳
(72)【発明者】
【氏名】在田 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 達耶
【審査官】三上 晶子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-256402(JP,A)
【文献】特開2014-221905(JP,A)
【文献】特開2008-220388(JP,A)
【文献】ラット肝損傷モデルを用いたキチン類スポンジ止血材の止血効果に関する研究,杏林医学会雑誌,2013年,44,3-11
【文献】非晶性キチンケーキの脱アセチル化とゲル化について,第33回日本キチン・キトサン学会大会 講演要旨集,2019年,25,136-137
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/722
A61P 17/02
C08B 37/08
A61L 26/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶性キチンであって、当該非晶性キチンの脱アセチル化度が0.1~5%の非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒のための皮膚外用組成物
【請求項2】
前記皮膚外用組成物に含有される有効成分としての非晶性キチンが流動性のある状態を保つことのできる状態である、請求項1に記載の皮膚外用組成物
【請求項3】
前記皮膚外用組成物に含有される有効成分としての非晶性キチンにおいてキチン溶液としての水分散液中のキチン濃度が2.3~3%であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の皮膚外用組成物
【請求項4】
創傷治癒のための皮膚外用組成物に含有される有効成分としての非晶性キチンが、脱アセチル化度が0.1~5%の非晶性キチンであり、当該非晶性キチンがゲル状であるか、あるいはゲル状の非晶性キチンを乾燥させた状態である、皮膚外用組成物
【請求項5】
前記皮膚外用組成物に含有される有効成分としての非晶性キチンが、血管新生に重要な因子の亢進作用及び/又は創傷初期の肉芽形成に重要な因子の亢進作用を有することを特徴とする、請求項1~4のいずれかに記載の皮膚外用組成物。
【請求項6】
前記血管新生に重要な因子が、VEGF(血管内皮増殖因子)である請求項5に記載の皮膚外用組成物。
【請求項7】
前記創傷初期の肉芽形成に重要な因子が、TNF(腫瘍壊死因子)及び/又はIL-1である請求項5に記載の皮膚外用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒材に関する。
【背景技術】
【0002】
キチンは、セルロースに次ぐバイオマスとして天然界に広く存在し、特に甲殻類の殻、昆虫、菌類の細胞、イカ類の中骨等に存在する。キチンは生体適合性に優れており、キチンそのものを溶解し、繊維上にして不織布のように加工して、人工皮膚等が実用化されている。
【0003】
例えば、結晶性キチンを用いた創傷治癒材(商品名:ベスキチンF)が既に市販されている。その原理はスポンジ状キチンが滲出液を吸収して創傷部に適度な湿潤環境を創出し、組織新生を助け、治癒を促進するものである。しかしながら、前記創傷治癒材に用いられるキチンは結晶質であり、その強固な結晶構造から有機溶剤にも水にも溶解せず、化学処理をするにも反応性が低く、広範囲な用途開発のための材料として利用するのには制限があった。産業的にはキチンに脱アセチル化処理を行って、キトサンに変換して利用する場合も多い。
【0004】
キトサンは、キチンの脱アセチル化物と定義され、一般的には、脱アセチル化度70~80%以上である。キトサンは水に不溶であるが、キチンでは溶解しない希酸溶液にも溶解する特徴を有する。例えば、キトサンに酢酸をしみこませた止血剤(商品名:ヘムコンドット)が既に市販されている。前記止血剤を注射等による穿刺部位等に適応すると、プラス電荷のキトサンにマイナス電荷の赤血球及び血小板が引き寄せられて血液が凝固し、止血効果が得られる。
【0005】
キチンそのものを広く活用できるようにするには、その強固な結晶構造を非晶状態にすることが重要な課題と考えられている。非晶化キチンは、アルカリキチンドープの粘度を400cps以下として、キチンの脱アセチル化率が35乃至65%となるように部分脱アセチル化し、次いで酸で中和するか又はアルコール類、イオン交換樹脂等で脱アルカリする方法(特許文献1)、粉砕したキチンに高濃度溶剤を加えて均一になるように攪拌しながら溶解し、膨潤させてから、前記高濃度溶剤と略同容量の氷及び前記高濃度溶剤と略同量且つ反対の化学的性質を有する中和剤を加える方法(特許文献2)、等、各種製造方法が試みられている。また非特許文献1(「非晶質キチンケーキの脱アセチル化とゲル化について」 2019年キチンキトサン学会研究発表要旨集(Vol.25, No.2, pp136-137))において、脱アセチル化とゲル化の関係も検討されており、この内容については特願2019-131912として出願されている。
【0006】
非晶質キチンの用途として、非晶質の部分脱アセチル化キチン塩を主成分とするスポンジ状止血剤(特許文献3)、ウシ間接疾患の治療のための非晶質キチン(特許文献4)について開示がある。
【0007】
しかしながら、非晶性キチンを有効成分とする創傷治癒材についての報告はなく、特許文献3及び4においても一切開示も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第2990248号
【文献】特開2018-053067号
【文献】特許第5588465号
【文献】特開2004-256402号
【非特許文献】
【0009】
【文献】2019年キチンキトサン学会研究発表要旨集、Vol.25, No.2, pp136-137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、既存の創傷治癒材に比べてより性能の良い創傷治癒材を提供することを課題とする。より詳しくは、安全性が高く、また低価格で大量生産可能であり、より効果的に作用する創傷治癒材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、流動性のある状態を保てる範囲の脱アセチル化を行った非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒材によれば上記課題を達成しうることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、以下よりなる。
1.非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒材。
2.前記非晶性キチンが流動性のある状態を保つことのできる状態である、前項1に記載の創傷治癒材。
3.前記非晶性キチンが、脱アセチル化度が0.1~50%の非晶性キチンである、前項1又は2に記載の創傷治癒材。
4.前記非晶性キチンが、脱アセチル化度が0.1~10%の非晶性キチンである、前項3に記載の創傷治癒材。
5.前記非晶性キチンが、脱アセチル化度が0.1~5%未満の非晶性キチンである、前項4に記載の創傷治癒材。
6.創傷治癒材に含有される非晶性キチンが、ゲル状あるいはゲル状の非晶性キチンを乾燥させた状態である、前項1及び3~5から選択されるいずれかに記載の創傷治癒材。
【発明の効果】
【0013】
本発明の非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒材によれば、創傷部位において様々なサイトカインや細胞成長因子を分泌させて好中球、マクロファージやリンパ球を浸潤させ、創傷治癒過程で必要な、炎症期、細胞増殖期、再構築期の過程を促進させ、創傷部位の面積を減少させる、優れた創傷治癒材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン溶液又は対照としての蒸留水を塗布したときの創作製時の創部面積を1として時間経過による創部面積を比較した結果を示す図である。(実施例3)
図2】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン溶液又は対照としての蒸留水を初回塗布後7日目のモデルマウスの皮膚組織をホルマリンで固定して組織切片を作製し、病理組織学的に創部の肉芽組織の面積を観察した結果を示す写真図である。(実施例5)
図3図2と同様に作製した組織切片について、新生血管のマーカーであるCD31の発現を病理組織学的に観察した結果を示す図である。キチン溶液を塗布した場合に、新生血管の作製が促進された結果を示す図である。(実施例5)
図4図2と同様に作製した組織切片について、皮膚組織への好中球の浸潤をLy6G染色により観察した結果を示す図である。キチン溶液を塗布した場合に、好中球の浸潤の程度が高く、創傷治癒過程の炎症期に進んだことが確認された。(実施例5)
図5図2と同様に作製した組織切片について、皮膚組織へのマクロファージの浸潤をF4/80染色により観察した結果を示す図である。キチン溶液を塗布した場合に、マクロファージの浸潤の程度がやや高く、創傷治癒過程の炎症期に進んだことが確認された。(実施例5)
図6】急性単球性白血病由来のヒト単球細胞であるTHP-1細胞に各濃度の非晶性キチン溶液又は蒸留水を含む培養液で6、12及び24時間培養したときのVEGF(血管内皮増殖因子、vascular endothelial growth factor)の発現量を、リアルタイムPCR法を用いて測定したときの結果を示す図である。(実施例6)
図7】THP-1細胞に各濃度の非晶性キチン又は蒸留水を含む培養液で6、12及び24時間培養したときのTNF(腫瘍壊死因子、tumor necrosis factor)-αの発現量を、リアルタイムPCR法を用いて測定したときの結果を示す図である。(実施例6)
図8】THP-1細胞に各濃度の非晶性キチン又は蒸留水を含む培養液で6、12及び24時間培養したときのIL(インターロイキン)-1の発現量を、リアルタイムPCR法を用いて測定したときの結果を示す図である。(実施例6)
図9】培地又は各濃度の非晶性キチンを含む培養液を用いてTHP-1細胞を培養したときの細胞増殖試験結果を示す図である。その結果、培地のみの培養系と各濃度の非晶性キチンを含む培養系において、生細胞数の差は特に認められず、非晶性キチンによる細胞毒性は確認されなかった。(実施例7)
図10】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン又は対照としてのベスキチン(登録商標)を塗布したときの創傷治癒における肉芽形成を観察した結果を示す図である。(実施例8)
図11】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン又は対照としてのベスキチン(登録商標)を塗布したときの創傷治癒における肉芽組織面積を測定した結果を示す図である。(実施例9)
図12】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン又は対照としてのベスキチン(登録商標)を塗布したときの皮膚組織をホルマリンで固定して組織切片を作製し、皮膚組織への好中球の浸潤をLy6G染色により観察した結果を示す図である。(実施例9)
図13】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン又は対照としてのベスキチン(登録商標)を塗布したときの皮膚組織をホルマリンで固定して組織切片を作製し、新生血管マーカーであるCD31の発現を病理組織学的に観察した結果を示す図である。(実施例9)
図14】皮膚潰瘍モデルマウスの創部に非晶性キチン又は対照としてのベスキチン(登録商標)を塗布したときの皮膚組織をホルマリンで固定して組織切片を作製し、皮膚組織へのマクロファージの浸潤をF4/80染色により観察した結果を示す図である。(実施例9)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒材に関する。本発明の創傷治癒材の有効成分として用いられる「非晶性キチン」は、非晶化キチンであればよく、製造方法や性質等特に限定されないが、流動性のある状態を保てる範囲において脱アセチル化処理を行った非晶化キチンが好ましく、非晶化キチンを製造後、水等の溶媒や種々の添加剤を加える、凍結乾燥をする等の後処理を行ったものでもよい。このような非晶性キチンとして、脱アセチル化度が0.1~95.0%、好ましくは0.1~50%、より好ましくは0.1~10%未満、さらにより好ましくは0.1~5%の非晶化キチンが好適である。このようにして得られたキチンはゲル状態を維持している。
【0016】
本発明に使用される非晶性キチンは自体公知の方法にて入手することができるが、例えばカニ、エビなど甲殻類の外骨格等に含まれるキチンやイカ、昆虫、貝、キノコ等に含まれるキチンを原料とし、粉砕したものを均一に溶解し、再生・回収させて作製することができる。例えば以下のようにして作製することができる。粉砕したキチンに高濃度溶剤を加えて均一になるように攪拌しながら溶解して膨潤させたのち、前記高濃度溶剤と略同容量の氷及び/又は前記高濃度溶剤と略同量且つ反対の化学的性質を有する中和剤を加えて、前記溶液がpH6~9の範囲内となるように中和させる。このとき発生する中和熱を氷等を用いて温度を低下させ、その後静置してから析出したキチンの分散物から適宜必要に応じて洗浄処理を行い、脱塩処理をし、非晶性キチンを濾別して再生・回収することができる。
【0017】
非晶性キチンの作製工程で使用される「粉砕したキチン」は、市販のキチン粉末、より具体的にはα-キチン粉末等、予め粉砕したものであってもよいし、作製工程で例えばカニ、エビなど甲殻類の外骨格等に含まれるキチンやイカ、昆虫、貝、キノコ等に含まれるキチンを適宜粉砕処理してもよい。キチンの粉砕の方法は特に限定されず、自体公知の方法を適用することができる。例えば、アルカリ水溶液や濃塩酸の化学薬剤を用いることなく、機械的にキチンを結晶状態のまま粉砕する等、自体公知の方法を適用することができる。キチン原料の粉砕方法は例えば高圧ホモジナイザー、グラインダー(石臼)、又はビーズミルなどの媒体撹拌ミルといった、強いせん断力が得られる方法が好ましい。前述の高圧ホモジナイザーを用いてキチン原料を粉砕化する際、微細化や均質化の程度は、高圧ホモジナイザーの超高圧チャンバーへ圧送する圧力と、超高圧チャンバーに通過させる回数(処理回数)及び、水分散液中のキチン濃度に依存することができる。
【0018】
本明細書において、「高濃度溶剤」としてはアルカリ性溶液又は酸性溶液とすることができる。溶剤として高濃度アルカリ性溶液、高濃度酸性溶液を用いているので、キチンを効率よく短時間で溶解、膨潤させることができる。高濃度溶剤がアルカリ性溶液の場合は中和剤として酸性溶液を使用することができ、高濃度溶剤が酸性溶液の場合は中和剤としてアルカリ性溶液を使用することができる。この場合において、アルカリ性溶液としては、水酸化ナトリウム溶液を使用することができる。水酸化ナトリウム溶液の濃度は、30%以下であれば、十分な溶解や膨潤が行われ難しいので、30~48%が好ましい。酸性溶液としては、塩酸溶液、濃硫酸、ギ酸等を使用することができる。酸性溶液の濃度6N未満であれば、同様に十分な溶解や膨潤が行われ難しいので、6~12Nの酸性溶液がより好適である(N=規定度。当量×モル濃度(mol/L))。高濃度アルカリ性溶液や高濃度酸性溶液は入荷し易く安価であることから大量生産に適している。
【0019】
前記粉砕したキチンの7~12倍重量、特に好ましくは10倍重量の高濃度溶液を、前記粉砕したキチンに加えて十分に浸透させ、粉砕したキチンを溶解し、膨潤させる。高濃度溶液の量が粉砕したキチンの7倍重量未満であると、十分な溶解や膨潤が行われ難く、逆に12を超えると、キチンと未反応な溶剤が残留して不経済である。高濃度溶液を粉砕したキチンに十分に浸透させるために、一昼夜、具体的には10~24時間、好ましくは12~16時間処理するのがよい。反応温度は特に限定されることはなく室温でも良いが、例えば15~35℃、好ましくは18~28℃とすることができる。
【0020】
高濃度溶剤は、アルカリ性溶液又は酸性溶液であるため、前記高濃度溶剤と略同容量の水及び/又は前記高濃度溶剤と略同量かつ反対の化学的性質を有する中和剤を加えて、前記粉砕したキチンに浸透した高濃度溶剤がpH6~9、好ましくはpH7.5~9、最も好ましくはpH8.0~8.5の範囲内となるように中和させる。この時発生する中和熱を氷等を用いて温度を低下させることができる。その後静置してから析出したキチンの分散物から適宜必要に応じて洗浄処理を行い、脱塩処理をし、非晶性キチンを濾別して再生・回収することができる。脱塩処理後の残留塩分濃度は、0.1%以下、好ましくは0.05以下、最も好ましくは0.01以下となれば洗浄が完了したものと考えて差支えはない。
【0021】
前記濾別は、自体公知の方法を適用することができる。濾布の材料としては特に限定されず、自体公知の材料を用いることができる。ただし、濾過を濾紙や濾布で行うと濾過物であるキチンとこれら濾材が付着し、混ざってしまう可能性もあるので、化繊のものが好ましく、特にポリエステル製のものが好ましい。例えばフィルタープレスで繰り返し洗浄しつつ濾過を行うことができる。フィルタープレスを使用した場合には、塩分を抜きながら繰り返し洗浄濾過できるので、作業が効率よく行え、結果として非晶性キチンを大量生産することができる。
【0022】
上記の方法で作製されたキチンは非晶性であり、脱アセチル化度が0.1~95.0%、好ましくは0.1~50%、より好ましくは0.1~10%未満、さらにより好ましくは0.1~5%の非晶化キチンが好適である。
【0023】
本発明に用いられる非晶性キチンは流動性のある状態を保てる状態になる程度に脱アセチル化を行い、その分散性を高めたキチンであることが好ましい。本明細書における非晶性キチンは、TEM観察におけるその線維幅を、1~20nm、好ましくは1~10nm、より好ましくは5~10nmにナノ化したものである。また、本発明に用いられる非晶性キチンはゲル状が好ましいが、ゲル状の非晶性キチンを用いて凍結乾燥等にて乾燥した状態であってもよく、さらに、担体等に保持させた後に乾燥した状態であってもよい。
【0024】
本発明において「創傷」とは、例えば外傷性、褥瘡、血管性(動脈性、静脈性)、神経障害性(糖尿病)など様々な原因のものが挙げられる。外傷としては、一般的な外傷に加え、手術後の離開創も挙げられる。各種外傷後の醜形を伴った潰瘍、傷跡・ケロイドやそれに伴うひきつれについても本明細書における創傷に含まれる。例えば糖尿病性の創傷として、足潰瘍や糖尿病性神経障害、末梢循環障害などが挙げられる。足関節部にできる潰瘍は静脈性であることが多い。本発明の「創傷治癒材」は、特に、皮膚の表皮又は真皮の損傷である皮膚創傷の治癒に有効である。ここで、皮膚創傷としては、重傷度や深度は特に限定はされない。例えば、切創、裂創、割創、擦過傷、挫滅創、挫創、刺創、咬創等の一般的な創傷のほか、褥瘡、熱傷、火傷、糖尿病性潰瘍、下肢潰瘍・下肢動脈瘤等が含まれる。
【0025】
創傷治癒過程は、炎症期、細胞増殖期、再構築期の過程を経てすすむ。最初の過程は炎症期で、創ができると血小板が凝集し、創部を塞ぐとともに様々なサイトカインや細胞成長因子を分泌し好中球、マクロファージやリンパ球などが創部に浸潤してくる。細胞増殖期では、表皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞などが増殖し、その結果再上皮化、肉芽組織の形成が起こる。その後に、いったん生じた瘢痕組織などを正常の組織構築に置き換える再構築期という、比較的長く続く過程が生じる。
【0026】
炎症期には好中球、マクロファージ、T細胞などの免疫細胞が浸潤し、細菌や異物の除去といった局所免疫作用や炎症作用を示し、サイトカインや細胞成長因子を放出する。好中球は、TNF-α やIL-1といったサイトカインを産生・放出することで、線維芽細胞や表皮細胞を活性化する。マクロファージ、VEGF、PDGF(血小板由来増殖因子、platelet-derived growth factor)、TGF(トランスフォーミング増殖因子、transforming growth factor)-β、bFGF(線維芽細胞増殖因子、basic fibroblast growth factor)など様々な細胞成長因子、サイトカインを産生・放出することで、線維芽細胞からの細胞外基質の合成を刺激したり、血管新生や肉芽組織の形成を促進し、表皮細胞による再上皮化を誘導することが知られている。さらにTリンパ球も成長因子を産生することで、創傷治癒過程に重要な役割を示す。またB細胞も細胞成長因子を産生して創傷治癒過程に関与していることが近年明らかとなった。このように皮膚の創傷治癒は、皮膚に元来存在している細胞と、創傷後に浸潤してくる様々な炎症細胞が密接に連携して治癒過程が進行する。
【0027】
本発明の創傷治癒材に含有される有効成分としての非晶性キチンは製薬学的に許容される塩であってもよい。本明細書において、製薬学的に許容される塩とは、投与対象に有害な作用を及ぼさず、かつ、医薬組成物中の有効成分の薬理活性を消失させない塩を意味し、具体的には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、マンデル酸、酒石酸、ジベンゾイル酒石酸、ジトルオイル酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、アスパラギン酸、又はグルタミン酸などの有機酸との酸付加塩、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウムなどの無機塩基や、メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン、リシン、オルニチンなどの有機塩基との塩、アセチルロイシンなどの各種アミノ酸及びアミノ酸誘導体との塩やアンモニウム塩などが挙げられる。
【0028】
本発明の創傷治癒材としての医薬組成物は、当分野において通常用いられる製薬学的に許容される担体、賦形剤などを用いて調製することができる。本発明の創傷治癒材は、特に皮膚外用組成物として用いられ、投与は経皮用液剤、軟膏剤、経皮用貼付剤、経粘膜液剤、経粘膜貼付剤などによるいずれの形態であってもよい。
【0029】
本明細書における製薬学的に許容される担体、賦形剤としては、特に皮膚外用組成物において通常使用されている各種成分、添加剤、基剤等を使用することができる。その剤型は、液状、乳液状、クリーム状、ゲル状、ペースト状、スプレー状等のいずれであってもよい。皮膚外用組成物の配合成分としては、例えば、油脂類(オリーブ油、ヤシ油、月見草油、ホホバ油、ヒマシ油、硬化ヒマシ油等)、ロウ類(ラノリン、ミツロウ、カルナウバロウ等)、炭化水素類(流動パラフィン、スクワレン、スクワラン、ワセリン等)、脂肪酸類(ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘニン酸等)、高級アルコール類(ミリスチルアルコール、セタノール、セトステアリルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等)、エステル類(ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、オクタン酸セチル、トリオクタン酸グリセリン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ステアリン酸オクチル、ステアリン酸ステアリル等)、有機酸類(クエン酸、乳酸、α-ヒドロキシ酢酸、ピロリドンカルボン酸等)、糖類(マルチトール、ソルビトール、キシロビオース、N-アセチル-D-グルコサミン等)、蛋白質及び蛋白質の加水分解物、アミノ酸類及びその塩、ビタミン類、植物・動物抽出成分、種々の界面活性剤、保湿剤、紫外線吸収剤、抗酸化剤、安定化剤、防腐剤、殺菌剤、香料等が挙げられる。本発明の創傷治癒材は、上記製薬学的に許容される担体、賦形剤の種類に応じて選択し、適宜配合し、当分野で公知の手法に従って作製することができる。
【0030】
本発明の創傷治癒材としての医薬組成物には、製薬学的に許容される添加物と混合し、患部に適用するのに適した製剤形態の各種製剤に製剤化することができる。薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、その剤形、用途に応じて、適宜選択した製剤用基材や担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、安定化剤、保存剤、防腐剤、増量剤、分散剤、湿潤化剤、緩衝剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、噴射剤、着色剤、甘味剤、矯味剤、香料等を適宜添加し、公知の種々の方法にて経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる各種製剤形態に調製すればよい。
【0031】
本発明の創傷治癒材としての医薬組成物の有効成分は、天然物由来であるため、非常に安全性が高く副作用がないため、創傷治癒材として用いる場合、ヒトのほかマウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等の哺乳動物に対して投与することができる。本発明の創傷治癒材の投与量は特に限定されず、有効量を適宜使用することができる。
【実施例
【0032】
本発明の理解を助けるために、以下に実施例及び実験例を示して具体的に本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものでないことはいうまでもない。
【0033】
(実施例1)非晶性キチンの作製
実施例1では、以下の各実験例で使用する創傷治癒材の有効成分としての非晶性キチンの作製方法の一例について説明するが、記載内容に限定されるものではない。創傷治癒材の有効成分としての非晶性キチンとして、下記の通り、ナノ化キチンを高濃度で含有するウェットケーキ状分散物を調製した。
【0034】
カニ殻由来のα-キチン粉末(42メッシュ篩過品、脱アセチル化度=1.0%~2.0%(「キチンL-PC」、甲陽ケミカル株式会社製)に、10重量倍の48重量%の水酸化ナトリウム水溶液を加え、キチン粉末に水酸化ナトリウム水溶液を浸透させた後、20℃以下で一昼夜静置した。次いで、水酸化ナトリウムの濃度が10(w/v)%程度になるまで、砕いた氷を添加し、-10℃以下にて均一な液状になるまで攪拌し、アルカリキチンドープを得た。
次に、氷を加えながら濃塩酸を添加して、溶液のpHが8.0~8.5程度になるまで中和し、キチンを析出させた。析出したキチンの分散物を、該分散物に対して大量の水で洗浄を繰り返し行い、デジタル塩分濃度計(「ES-421」、株式会社アタゴ製)で測定される塩分が0.01重量%以下になるまで脱塩を行った。
脱塩したキチンの分散物を、フィルタープレス(薮田機械株式会社製)により脱水し、ウェットケーキ状の分散物を得た。得られた分散物を非晶性キチン(ゲル状)として以下使用した。
【0035】
(実施例2)難治性皮膚潰瘍モデルマウスの作製
糖尿病自然発症雄性マウス(db/dbマウス)を7週齢で搬入後、8週齢になるまでゲージ内で予備飼育した。塩酸メデトミジン・ミタゾラム・酒石酸ブトルファノール3種混合麻酔薬の腹腔内注射による全身麻酔下でマウスの背部を剃毛・除毛し、直径6~10mmの円形の皮膚全層欠損創(潰瘍部)を作製した。本実施例及び以下の実施例において、膚潰瘍モデルマウスの「潰瘍」を「創」と表現する。創部の収縮を防ぐため、創部周囲の皮膚にドーナツ型のシリコンシートを、接着剤を用いて貼付した。
【0036】
(実施例3)創部面積に及ぼす効果1
実施例2で作製したモデルマウスの創部に、実施例1で作製した非晶性キチン(ゲル状)を溶媒(純水)に溶かし、キチン濃度2.3~3%としたキチン溶液(100μl)又は対照として蒸留水(100μl)を塗布し、ポリウレタン製ドレッシングフィルムで創部を覆った。キチン溶液又は蒸留水は創作製の初日(1日目)及び4日目の2回塗布した。創作製4、7及び10日後にマウスを麻酔薬の過剰投与により安楽死させ、創部をデジタルカメラで撮影し、創面積を測定した。
【0037】
その結果、創作製後4日目及び7日目において、キチン溶液塗布群では創面積は0日目(Day0)と比較してそれぞれ83%及び56%にまで縮小した。一方、対照群では97%及び86%であり、キチン溶液塗布群でおよそ3倍の創縮小効果が認められた(P=0.23, 0.12)。しかしながら10日後にはその差は縮小する傾向にあった(図1)。
【0038】
(実施例4)難治性皮膚潰瘍モデルマウスの作製2
糖尿病自然発症雄性マウス(db/dbマウス)を7週齢で搬入後、8週齢になるまでゲージ内で予備飼育した。塩酸メデトミジン・ミタゾラム・酒石酸ブトルファノール3種混合麻酔薬の腹腔内注射による全身麻酔下でマウスの背部を剃毛・除毛し、直径6mmの円形の皮膚全層欠損創(潰瘍部)を作製した。創部の収縮を防ぐため、創部周囲の皮膚にドーナツ型のシリコンシートを、接着剤を用いて貼付した。
【0039】
(実施例5)創部の病理組織学的検討1
実施例4で作製したモデルマウスの創部に、実施例1で作製した非晶性キチン(ゲル状)を溶媒(純水)に溶かし、キチン濃度2.3~3%としたキチン溶液(100μl)又は対照として蒸留水(100μl)を塗布し、ポリウレタン製ドレッシングフィルムで創部を覆った。キチン溶液又は蒸留水は創作製の初日(1日目)及び4日目の2回塗布した。創作製4日後、7日後にマウスを麻酔薬の過剰投与により安楽死させ、創部皮膚組織を採取した。採取した創部皮膚組織を用いて、病理組織学的検討を行った。採取した皮膚組織は一部を10%ホルマリン緩衝液にて固定後、パラフィン包埋し、ヘマトキシリンエオジン染色を行った。顕微鏡下で撮影し、肉芽組織の面積を測定した。創作製7日目におけるキチン溶液塗布群の肉芽組織の面積は、対照群と比較して有意に増加していた(P値=0.003)(図2)。
【0040】
実施例5でデジタルカメラで撮影した後の創部皮膚組織を別途採取し、冷アセトンにて脱脂を行った後に、OTCコンパウンドに包埋、凍結し、CD31染色(血管内皮)、Ly6G染色(好中球)及びF4/80染色(マクロファージ)を行った。顕微鏡下で撮影し、単位面積あたりの陽性細胞数をカウントした。キチン溶液を塗布することで、新生血管や炎症性細胞である好中球、マクロファージが増加すると考えられた。キチン溶液の塗布により炎症性細胞が惹起され肉芽組織の増生に寄与していると考えられた(図3、4、5)。
【0041】
(実施例6)リアルタイムPCRによる炎症性マーカー発現の確認
急性単球性白血病・ヒト単球細胞由来THP-1(DS PHARMA BIOMEDICAL)細胞をRPMI 1640培地にFBS(牛胎児血清、fetal bovine serum)及び抗生剤(1%に希釈したペニシリン-ストレプトマイシン混合液(ナカライテスク社製))を混合した培養液を用いて培養した。THP-1細胞に、実施例1で作製した非晶性キチンを各濃度で含む培養液(0.0043%(1000倍希釈)、0.00043%(10000倍希釈)、0.000043%(100000倍希釈))又は対照としての蒸留水を加えた培養液を用いて培養した。培養6時間後、12時間後、24時間後にTHP-1細胞を回収し、リアルタイムPCR法を用いてVEGF、TNF-α及びIL-1の遺伝子発現を測定した。
【0042】
0.0043%の非晶性キチンの添加により、培養6時間目で血管新生に重要な因子であるVEGF、創傷初期の肉芽形成に重要な因子であるTNF-α、IL-1といった炎症性サイトカインの遺伝子発現の亢進が最も顕著に認められた(図6、7、8)。
【0043】
(実施例7)細胞増殖試験
THP-1細胞を培養したときの細胞増殖試験(Cell Counting Kit-8: CCK-8、同人化学研究所)を行った。THP-1細胞を径10cmの培養ディッシュでRPMI-1640にて培養を行い、対数増殖期にあるTHP-1細胞を96穴マイクロプレートの各ウェルに100μlずつ、5000 cells/ウェルになるように播種した。COインキュベータで24時間培養後、5ウェルずつそれぞれに培養液又は実施例1で作製した非晶性キチンを各濃度で含む培養液(0.0043%(1000倍希釈)、0.00043%(10000倍希釈)、0.000043%(100000倍希釈))を用いて6時間、12時間及び24時間した。培養後、CCK-8(WST-8: 2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium)溶液を各ウェルに10μlずつ添加し、COインキュベータで3時間呈色反応を行った。次に、マイクロプレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した(iMark Microplate Reader, BIO-RAD社)。その結果、培地及び濃度希釈別のキチン添加群において差はみられず、非晶性キチンによる細胞傷害性はないと考えられた(図9)。
【0044】
(実施例8)創部面積に及ぼす効果2
実施例4と同手法で作製した皮膚潰瘍モデルマウスの創部に、実施例1で作製した非晶性キチン(ゲル状)を溶媒(純水)に溶かし、キチン濃度2.3~3%としたものを塗布し、対照群として創部面積にサイズをあわせたベスキチン(登録商標)を貼付した。ポリウレタン製ドレッシングフィルムで創部を覆った。非晶性キチン(キチン含有量:0.06 mg/mm2)は初日、4日目の2回塗布した。ベスキチン(登録商標)(キチン含有量:0.2 mg/mm2)は初日に1回のみ貼付した。
【0045】
創作製後、4及び7日後にマウスを麻酔薬の過剰投与により安楽死させた後に、創部をデジタルカメラで撮影し、創部面積を測定した。その結果、非晶性キチン(キチン含有量:0.06 mg/mm2)及びベスキチン(キチン含有量:0.2 mg/mm2)の間で創部面積減少に及ぼす効果にほとんど差を認めなかった(図10)。
【0046】
(実施例9)創部の病理組織学的検討12
実験例8で創部をデジタルカメラで撮影した後の皮膚組織を採取し、組織学的検討、遺伝子発現測定を行った。採取した皮膚組織は一部を10%ホルマリン緩衝液にて固定後、パラフィン包埋し、ヘマトキシリンエオジン染色を行った。顕微鏡下で撮影し、肉芽組織の面積を測定した。また別の一部を冷アセトンにて脱脂を行った後に、OTCコンパウンドに包埋、凍結し、CD31染色(血管内皮)、Ly6G染色(好中球)及びF4/80染色(マクロファージ)を行った。顕微鏡下で撮影し、単位面積あたりの陽性細胞数をカウントした。
【0047】
非晶性キチンとベスキチン(登録商標)の創傷治癒における肉芽形成に有意差はなかった。創作製4日後、7日後において、非晶性キチン外用群では創部面積は創作製0日目と比較してそれぞれ(62%、35%)まで縮小し、対照群(58%、33%)と比較しても創部縮小効果に有意差はなかった(図12)。病理組織学的検討を行ったところ、創作製7日後における非晶性キチン外用群の肉芽組織面積も、対照群と比較して有意差はなかった(図11)。非晶性キチン、ベスキチン(登録商標)ともに新生血管や炎症性細胞である好中球の浸潤及びマクロファージの浸潤が増加したが、その効果に大きな差は認められないと考えられた(図12、13、14)。これらの結果より非晶性キチンは対照であるベスキチン(登録商標)と比較して、より低濃度で同等の創傷治癒促進効果が得られることが明らかになった。
【0048】
(実験例1)非晶性キチンの脱アセチル化度の測定
実施例1で作製した非晶性キチン(ゲル状)及び原料キチンについて、コロイド滴定法により、脱アセチル化度を測定した。
【0049】
非晶性キチン及び原料キチンについて、水分からキチン濃度を計算し、各々キチンとして2.5 gになるように採取した。各々2.5 gのキチンを酢酸2.5 gとともに水(H2O)495 gに加え、3時間攪拌した。溶液を1 g採取し、H2O 50 mlに加え、トルイジンブルー指示液を加え、N/400ポリビニル硫酸カリウム溶液の滴定を行い、各々について計算式より脱アセチル化度を計算した。
【0050】
脱アセチル化度の測定結果は以下の通りである。
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の非晶性キチンを有効成分として含む創傷治癒材について、in vivo及びin vitroで実験を行った。in vivoの系ではキチン溶液塗布群は蒸留水と比較して創縮小効果を認めた。病理組織学的所見では肉芽組織の増生が有意に増加し、新生血管や炎症性細胞である好中球、マクロファージが増加することが確認できた。更に、晶質キチンとの効果の比較において、より低濃度で同等の創傷治癒促進効果を得ることが確認できた。in vitroの系において様々なサイトカインや細胞成長因子を分泌させて好中球、マクロファージやリンパ球浸潤させ、創傷治癒過程で必要な、炎症期、細胞増殖期、再構築期の過程を促進することが期待された。一方、有効成分としての非晶性キチンは、天然物由来のキチンを原料としており、細胞毒性作用は認められず、低濃度のキチンで優れた創傷治癒効果を発揮し得、産業上非常に優れているといえる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14