(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-10
(45)【発行日】2024-12-18
(54)【発明の名称】ポリグリコール酸繊維およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D01F 6/62 20060101AFI20241211BHJP
【FI】
D01F6/62 305Z
D01F6/62 301H
D01F6/62 302D
D01F6/62 302E
(21)【出願番号】P 2020179119
(22)【出願日】2020-10-26
【審査請求日】2023-05-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】三枝 孝拓
(72)【発明者】
【氏名】宝田 亘
(72)【発明者】
【氏名】鞠谷 雄士
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/016321(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/143526(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/066955(WO,A1)
【文献】特開2012-251277(JP,A)
【文献】国際公開第2014/196474(WO,A1)
【文献】特開2017-155094(JP,A)
【文献】特開2004-250853(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00-6/62
D01F 9/00-9/04
D02G 1/00-3/48
D02J 1/00-13/00
D01D 1/00-13/02
D03D 1/00-27/18
D04B 1/00-1/28
D04B 21/00-21/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の特性、
(A)結晶化度は20%以上
50%以下である、
(B)複屈折は35×10
-3以上
80×10
-3
以下である、および
(C)非晶配向係数は0.30以下である、
を有するポリグリコール酸繊維。
【請求項2】
37℃のリン酸緩衝溶液に2週間浸漬させた後の分子量保持率が50%以下である、請求項1に記載のポリグリコール酸繊維。
【請求項3】
示差走査熱量測定によって検出される220℃以上の融解ピークを2つ以上有する、請求項1または2に記載のポリグリコール酸繊維。
【請求項4】
繊維径が5μm以上、40μm以下である、請求項1~3の何れか一項に記載のポリグリコール酸繊維。
【請求項5】
押出機にて溶融温度T℃で溶融したポリグリコール酸を紡糸口金から吐出させる工程と、
前記紡糸口金から気相中に吐出された繊維状のポリグリコール酸の溶融物を紡糸速度Vm/分で回収してなるポリグリコール酸繊維を得る工程と、を含み、下記(i)~(iii)の条件、
(i)250≦T≦300
(ii)V≧3000
(iii)V/T≧11.5
を満たすポリグリコール酸繊維の製造方法。
【請求項6】
前記ポリグリコール酸繊維は、以下の特性、
(B)複屈折は35×10
-3
以上80×10
-3
以下である、
を有する、請求項5に記載のポリグリコール酸繊維の製造方法。
【請求項7】
前記ポリグリコール酸繊維は、以下の特性、
(A)結晶化度は20%以上
50%以下である、
(B)複屈折は35×10
-3以上
80×10
-3
以下である、および
(C)非晶配向係数は0.30以下である、
を有する、請求項5に記載のポリグリコール酸繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリグリコール酸繊維およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性脂肪族ポリエステルであるポリグリコール酸は、力学特性およびガスバリア性に優れた特性を有することが知られている。また、ポリグリコール酸は、生体適合性材料として、生体吸収性縫合糸などの医療材料へ適用されている。さらに、近年では、ポリグリコール酸の用途は拡大しており、例えば、ポリグリコール酸の高い力学特性と加水分解特性を活かして、石油ガスの掘削作業に使用する部材に採用されている。
【0003】
ポリグリコール酸の繊維を製造する方法について、一般に、紡糸工程と延伸工程とを一連のプロセスとして行う直接紡糸延伸法が、ポリグリコール酸繊維の製造に適した紡糸方法であるとされている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
通常、繊維をはじめとする産業用の材料には、低い熱収縮率を有することが求められることがある。しかしながら、上述のような従来技術で製造されたポリグリコール酸繊維は、高い熱収縮率を有する。また、ポリグリコール酸繊維の特徴の1つには、加水分解特性を有することが知られており、さらに加水分解しやすいなどの、用途に応じた加水分解性が求められることがある。
【0006】
本発明の一態様は、低い熱収縮性および易加水分解性を有するポリグリコール酸繊維を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るポリグリコール酸繊維は、以下の特性、(A)結晶化度は20%以上である、(B)複屈折は35×10-3以上である、および(C)非晶配向係数は0.30以下である、を有する。
【0008】
また、上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るポリグリコール酸繊維の製造方法は、押出機にて溶融温度T℃で溶融したポリグリコール酸を紡糸口金から吐出させる工程と、前記紡糸口金から気相中に吐出された繊維状のポリグリコール酸の溶融物を紡糸速度Vm/分で回収してなるポリグリコール酸繊維を得る工程と、を含み、下記(i)~(iii)の条件、(i)250≦T≦300(ii)V≧3000(iii)V/T≧11.5、を満たす。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、低い熱収縮性および易加水分解性を有するポリグリコール酸繊維を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係るポリグリコール酸繊維を製造可能な高速溶融紡糸装置の構成の一例を模式的に示す図である。
【
図2】比較例のポリグリコール酸繊維の製造に使用される直接紡糸延伸装置の構成の一例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[ポリグリコール酸繊維]
〔構成〕
本発明の一実施形態に係るポリグリコール酸繊維は、以下の特性を有する。
(A)結晶化度は20%以上である。
(B)複屈折は35×10-3以上である。
(C)非晶配向係数は0.30以下である。
【0012】
本実施形態において「ポリグリコール酸繊維」とは、繊維を構成する組成物においてポリグリコール酸が主成分である繊維を意味する。「ポリグリコール酸が主成分である」とは、ポリグリコール酸が樹脂成分中で最多の成分であることを意味する。当該組成物におけるポリグリコール酸の含有量は、80質量%以上であってよく、90質量%以上であってよく、100質量%であってよい。
【0013】
ポリグリコール酸は、単独重合体であってもよいし、共重合体であってもよい。共重合体における他の構造単位の由来となる他の単量体は、グリコール酸と重合し得る化合物であればよく、その例には、乳酸、カプロラクトンおよび炭酸トリメチレンが含まれる。当該他の単量体の種類および量は、本実施形態の効果が得られる範囲において適宜に決めてよい。
【0014】
ポリグリコール酸繊維は、本実施形態の効果が得られる範囲において、他の構成を有していてもよい。このような他の構成は、一種でもそれ以上でもよい。他の構成の例には、ポリグリコール酸繊維の表面を覆う被覆層が含まれる。
【0015】
また、ポリグリコール酸繊維は、本実施形態の効果が得られる範囲において、他の成分をさらに含有していてもよい。このような他の成分は、一種でもそれ以上でもよく、その例には、添加剤および他の熱可塑性樹脂が含まれる。添加剤の例には、熱安定剤、末端封止剤、可塑剤、熱線吸収剤およびフィラーが含まれる。他の熱可塑性樹脂の例には、ポリ-L-乳酸、ポリ-DL-乳酸、ポリ(L-乳酸-co-ε-カプロラクトン)、ポリヒドロキシブチレート、ポリブチレンサクシネート、ポリ(R-3-ヒドロキシブチレート-co-R-3-ヒドロキシヘキサノエート)、ポリカプロラクトン、ポリビニルアルコールが含まれる。ポリグリコール酸繊維は、ポリグリコール酸の他に熱可塑性樹脂を含有してもよいが、ポリグリコール酸の単独重合体で実質的に構成されていることが好ましい。
【0016】
〔物性〕
(結晶化度)
本実施形態におけるポリグリコール酸繊維の結晶化度は、20%以上である。ポリグリコール酸繊維の結晶化度が20%以上であると、ポリグリコール酸繊維の熱収縮率が十分に低くなる傾向にある。ポリグリコール酸繊維の結晶化度が低すぎると、ポリグリコール酸繊維の熱収縮率が高くなることがある。ポリグリコール酸繊維の結晶化度が高すぎると、加水分解速度が低下することがある。
【0017】
ポリグリコール酸繊維の結晶化度は、ポリグリコール酸繊維の熱収縮率を低くする観点から、25%以上であることが好ましく、30%以上であることがより好ましい。また、ポリグリコール酸繊維の結晶化度は、ポリグリコール酸繊維の加水分解速度を高める観点から、50%以下であることが好ましく、45%以下であることがより好ましく、40%以下であることがさらに好ましい。
【0018】
ポリグリコール酸繊維の結晶化度は、密度勾配管法により求めることが可能である。また、当該結晶化度は、後述する製造方法におけるV/Tによって調整することが可能であり、V/Tを高くすることで大きくなる傾向にある。
【0019】
[複屈折]
本実施形態におけるポリグリコール酸繊維の複屈折は、35×10-3以上である。ポリグリコール酸繊維の複屈折が35×10-3以上であることは、ポリグリコール酸が高度に配向し、安定した繊維構造を形成することによって熱収縮率を十分に低くする観点から好ましい。ポリグリコール酸繊維の複屈折が低すぎると、ポリグリコール酸繊維は配向した非晶繊維となり熱収縮率が高くなる。ポリグリコール酸繊維の複屈折が高すぎると、分子配向が高すぎてポリグリコール酸繊維の加水分解速度が低下することがある。
【0020】
ポリグリコール酸繊維の複屈折は、ポリグリコール酸繊維の熱収縮率を十分に低くする観点から、40×10-3以上であることが好ましく、50×10-3以上であることがより好ましい。ポリグリコール酸繊維の複屈折は、ポリグリコール酸繊維の加水分解性を高める観点から、80×10-3以下であることが好ましく、70×10-3以下であることがより好ましく、60×10-3以下であることがさらに好ましい。
【0021】
ポリグリコール酸繊維の複屈折は、偏光顕微鏡を用いて測定することが可能である。また、当該複屈折は、後述する製造方法におけるV/Tによって調整することが可能である。
【0022】
[非晶配向係数]
本実施形態におけるポリグリコール酸繊維の非晶配向係数は、0.30以下である。ポリグリコール酸繊維の非晶配向係数が0.30以下であると、加水分解速度を十分に高めることができる。ポリグリコール酸繊維の非晶配向係数が大きすぎると、加水分解速度が低下することがある。
【0023】
ポリグリコール酸繊維の非晶配向係数は、加水分解性を高める観点から、0.25以下であることが好ましく、0.20以下であることがより好ましい。ポリグリコール酸繊維の非晶配向係数は、低い分には構わないが、十分な加水分解性を発現させる観点から、例えば0.05以上であればよい。
【0024】
ポリグリコール酸繊維の非晶配向係数は、結晶と非晶との二相モデルを仮定し、後述の結晶配向係数と複屈折および結晶化度とを用いて算出することが可能である。また、当該非晶配向係数は、後述する製造方法におけるV/Tによって調整することが可能である。
【0025】
[熱収縮率]
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、十分に低い熱収縮性を有する。本実施形態のポリグリコール酸繊維の熱収縮率は、当該ポリグリコール酸繊維の用途に応じて適宜に決めることができる。繊維材料として通常求められる熱寸法安定性の観点から、100℃におけるポリグリコール酸繊維の熱収縮率は、5%以下であることが好ましく、2.5%以下であることがより好ましい。ポリグリコール酸繊維の熱収縮率が5%を越えると、産業用繊維として用途に適さないことがあり、また基布の加工に悪影響を及ぼすことがある。
【0026】
ポリグリコール酸繊維の100℃における熱収縮率は、100℃の環境での特定の熱処理前後の繊維の長さから算出することが可能である。また、当該熱収縮率は、後述する製造方法のV/Tによって調整することが可能であり、V/Tを大きくすることにより小さくなる傾向にある。
【0027】
[加水分解性]
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、十分に高い加水分解性を有する。本実施形態のポリグリコール酸繊維の加水分解性は、当該ポリグリコール酸繊維の用途に応じて適宜に決めることができる。また、当該加水分解性は、用途に応じて適宜に特定し得る。たとえば、ポリグリコール酸繊維の加水分解性は、生体内材料の用途であれば、37℃のリン酸緩衝溶液に2週間浸漬させた後のポリグリコール酸繊維の分子量保持率によって求めることが可能である。当該分子量保持率が低いほど加水分解性が高いと言える。本実施形態のポリグリコール酸繊維における上記分子量保持率は、生体内材料として使用したときの炎症の発生を抑制する観点から、50%以下であることが好ましく、40%以下であることがより好ましく、30%以下であることがさらに好ましい。
【0028】
当該分子量保持率は、上述のリン酸緩衝溶液への浸漬前後におけるポリグリコール酸繊維の重量平均分子量の比によって求めることが可能であり、重合平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーなどの公知の方法によって測定することが可能である。また、上記分子量保持率は、後述する製造方法におけるV/Tによって調整することが可能である。
【0029】
[融点]
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、示差走査熱量測定(DSC)によって検出される融解ピークを220℃以上の温度で2つ以上有してもよい。当該2つ以上の融解ピークは、当該繊維を構成するポリグリコール酸特有の融点とそれよりも高い温度とであることが好ましい。2つ以上の融解ピークを有するポリグリコール酸繊維は、より低い熱収縮性を有する傾向がある。このため、熱収縮率を低くする観点から、ポリグリコール酸繊維は2つ以上の上記融解ピークを有することが好ましい。上記融解ピークの個数は、発達した結晶構造が形成されるほど、例えば結晶化度が高いほど2以上になる傾向にある。
【0030】
[繊維径]
本実施形態におけるポリグリコール酸繊維の繊維径は、ポリグリコール酸繊維の生産性および正常な外観の実現の観点から、本実施形態の効果が得られる範囲から適宜に決めることができる。ポリグリコール酸繊維の繊維径が小さすぎると、生産性が低下することがあり、ポリグリコール酸繊維の繊維径が大きすぎると、巻き癖などのポリグリコール酸繊維の外観に現われる悪影響を及ぼすことがある。ポリグリコール酸繊維の繊維径は、生産性の低下を抑制する観点から、5μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましく、12μm以上であることがさらに好ましい。また、ポリグリコール酸繊維の繊維径は、ポリグリコール酸繊維の外観への悪影響を抑制する観点から、40μm以下であることが好ましく、37μm以下であることがより好ましい。
【0031】
[結晶配向係数]
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、高い結晶配向係数を有することが、低い熱収縮性を実現する観点から好ましい。ポリグリコール酸の結晶配向係数は、熱収縮性を低くする観点から、0.85以上であることが好ましく、0.90以上であることがより好ましく、0.92以上であることがさらに好ましい。
【0032】
ポリグリコール酸繊維の結晶配向係数は、X線回折装置を用いて取得されるX線回折像から得られる回折強度曲線を用い、Wilchinskyの計算方法にしたがって求めることができる。また、当該結晶配向係数は、後述する製造方法におけるV/Tによって調整することが可能である。
【0033】
〔用途〕
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、低い熱収縮性と高い加水分解性とが求められる用途に好適に用いられ得る。本実施形態のポリグリコール酸繊維は、縫合糸、人工血管および細胞培養基材などの生体医療材料、不織布および衣料品などの布製品、あるいは種々の産業用材料、に利用することができる。
【0034】
また、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、低い熱収縮性を有することから、染色性に優れることが期待される。このため、生体に適用する用途において、容易に視認可能な色に着色することにより、当該用途における利便性を高めることが期待される。さらに、加水分解性を有することから、本実施形態のポリグリコール酸繊維を布中に織り込み、加水分解させることにより、特徴的な風合いを有する布を創出するなど、新たな布材およびそのための材料としての用途が期待される。
【0035】
〔作用効果〕
本実施形態のポリグリコール酸繊維の結晶化度は20%以上と高い。当該結晶化度が高いことは、繊維中のポリグリコール酸の結晶量が多いことを意味する。また、本実施形態のポリグリコール酸繊維の複屈折は35×10-3以上と高い。当該複屈折が高いことは、繊維中のポリグリコール酸の分子配向性が高いことを意味する。さらに、本実施形態のポリグリコール酸繊維の非晶配向係数は0.30以下と低い。非晶配向係数は、非晶相の配向性を示しており、当該非晶配向係数が低いことは、繊維中におけるポリグリコール酸の非晶相の配向性が低い(乱れている)ことを意味する。
【0036】
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、結晶化度が大きく非晶配向係数が低い。すなわち、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、微視的には、複屈折が高いことから、分子配向が高く、主に結晶相が発達した構造を有している。
【0037】
一般に、紡糸速度による歪の増加は、熱緩和現象として熱収縮の増大として現れるが、さらなる紡糸速度の高速化により発達した結晶構造と低配向の非晶相を有する安定な構造を形成するとされている。結晶化度が高く、また非晶配向係数が低いと熱収縮率が低い傾向にある。よって、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、低い熱収縮性を有する。
【0038】
また、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、非晶配向係数が低い。ポリグリコール酸の加水分解は、非晶部への水の拡散によって開始される。関根ら((1)Sekine, S., Akieda, H., Ando, I., Asakura, T. A Study of the Relationship between the Tensile Strength and Dynamics of As-spun and Drawn Poly(glycolic acid) Fibers. Polym. J.40, 10-16 (2008).(2)Sekine, S., Yamauchi, K., Aoki, A., Asakura, T. Heterogeneous structure of Poly(glycolic acid) fiber studied with differential scanning calorimeter, X-ray diffraction, solid-state NMR and molecular dynamic simulation. Polymer 50, 6083-6090 (2009).)は、高度に配向した非晶部の存在が加水分解を抑制することを示している。つまり、非晶部への水の拡散速度が非晶部の配向に影響されると仮定すると、非晶配向係数が低い本実施形態のポリグリコール酸繊維は、微視的に、水が入りやすい構造となっている。よって本実施形態のポリグリコール酸繊維は、高い加水分解性を有する。
【0039】
また、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、DSCにおける2つ以上の融解ピークを有し得る。これは、ポリグリコール酸繊維において、発達した結晶相が形成されたときに、当該結晶相が、それ以外の部分に比べて融解しにくくなり、十分な融点の差となって現れるため、と考えられる。よって、このような2つ以上の融解ピークを有するポリグリコール酸繊維は、より低い熱収縮性を有する傾向にある。
【0040】
また、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、5~40μmの繊維径を有し得る。当該繊維径の範囲において、本実施形態のポリグリコール酸繊維は、繊維の良好な形態と前述した良好な微視的構造の特徴とを併せ持つように製造され得る。よって、当該繊維径を有するポリグリコール酸繊維は、良好な生産性を有するとともに、巻き癖などの外観不良の発生が抑制され得る。
【0041】
本実施形態のポリグリコール酸繊維は、以下に述べる製造方法によって製造することが可能である。
【0042】
[ポリグリコール酸繊維の製造方法]
本発明の一実施形態に係るポリグリコール酸繊維の製造方法は、押出機にて溶融温度T℃で溶融したポリグリコール酸を紡糸口金から吐出させる第一の工程と、紡糸口金から気相中に吐出された繊維状のポリグリコール酸の溶融物を紡糸速度Vm/分で回収してなるポリグリコール酸繊維を得る第二の工程と、を含み、下記(i)~(iii)の条件を満たす。
(i)250≦T≦300
(ii)V≧3000
(iii)V/T≧11.5
【0043】
本実施形態の製造方法における第一の工程および第二の工程は、上記の条件を満たす範囲において、高速溶融紡糸法とも言われる公知の方法によって実施することが可能である。
【0044】
[第一の工程]
第一の工程における溶融温度(T℃)は、250℃以上300℃以下である。当該溶融温度が250~300℃であることにより、ポリグリコール酸の良好な溶融物を紡糸口金から吐出させることが可能となる。当該溶融温度が低すぎると、ポリグリコール酸の溶融が不十分となることがある。このため、紡糸口金からポリグリコール酸の溶融物を吐出することが困難になることがあり、また、押出機に対する負荷が大きくなって押出機のスクリューが停止することがある。当該溶融温度が高すぎると、ポリグリコール酸が熱分解し、当該熱分解によるポリグリコール酸の分子量の低下が促進されることがある。
【0045】
第一の工程における溶融温度は、ポリグリコール酸を十分に溶かしきる観点から、255℃以上であることが好ましく、260℃以上であることがより好ましい。また、溶融温度は、ポリグリコール酸の熱分解を抑制する観点から、295℃以下であることが好ましく、290℃以下であることがより好ましい。
【0046】
第一の工程において、ポリグリコール酸の溶融物は、押出機に接続された紡糸口金から吐出される。
【0047】
本実施形態において紡糸口金は、得られるポリグリコール酸繊維の用途に応じて、当技術分野で公知である種類の紡糸口金を用いることができる。紡糸口金が備える吐出穴の形状は、適宜に決めることができる。紡糸口金が備える吐出穴の形状の例には、円形、四角形、三角形、星形などが含まれる。紡糸口金が備える吐出穴の径は、適宜に決めることができる。紡糸口金が備える吐出穴の数は、製造条件に応じて、適宜に決めることができ、1つであってもよいし、複数であってもよい。
【0048】
第一の工程は、公知の押出成形機によって実施することが可能である。紡糸口金からポリグリコール酸の溶融物を安定して吐出させる観点から、ギアポンプなどの定量的な流体供給装置を用いてポリグリコール酸の溶融物を紡糸口金に向けて送り出すことが好ましい。
【0049】
第一の工程において、紡糸口金からのポリグリコール酸の溶融物の吐出量は、製造しようとするポリグリコール酸繊維の繊維径および後述の紡糸速度に応じて適宜に決めてよい。本実施形態では、紡糸口金の吐出穴1つ当たりの吐出量は、例えば0.1~13.7g/分の範囲において適宜に決めてよい。
【0050】
[第二の工程]
第二の工程において、紡糸速度(Vm/分)は、紡糸口金から気相中に吐出された溶融物を冷却固化させ繊維状のポリグリコール酸として回収する速度である。当該繊維は、巻き取り機に巻き取ることによって回収され得る。紡糸速度は、回収時における紡糸の単位時間当たりの長さによって表され、巻き取り機への巻き取りによって回収する場合では、巻き取り機に巻き取られる繊維の単位時間当たりの長さで表される。
【0051】
第二の工程における紡糸速度は、3000m/分以上である。紡糸速度が3000m/分以上であると、紡糸口金から吐出されたポリグリコール酸の溶融物を適切な繊維形状に成形することが可能であり、同時に、ポリグリコール酸繊維におけるポリグリコール酸の分子構造を所期の状態にする。このように第二の工程における溶融物の回収は、繊維の外形を形作ると同時に、繊維の微視的な内部構造を構築している。分子構造における所期の状態とは、ポリグリコール酸の分子鎖が伸長方向に配向しつつ結晶化している状態である。本実施形態では、このような所期の内部構造の構築を「配向結晶化」とも言う。
【0052】
紡糸速度が小さすぎると、ポリグリコール酸繊維の分子鎖の配向が不十分となり結晶化に至らないことがあり、紡糸速度が大きすぎると糸切れが発生することがある。紡糸速度は、配向結晶化を実現する観点から、4000m/分以上であることが好ましい。また、紡糸速度は、糸切れの発生を抑制する観点から、10000m/分以下であることが好ましく、9000m/分以下であることがより好ましく、8000m/分以下であることがさらに好ましい。
【0053】
第二の工程では、紡糸口金から吐出されたポリグリコール酸の溶融物が、繊維状に形成され、伸長され、回収される間に冷却される。紡糸口金の吐出穴から回収される位置までを紡糸線とも言うが、紡糸線の長さは、所望の微視的な内部構造が構築される範囲において適宜に決めることが可能である。
【0054】
また、本実施形態の製造方法において、溶融温度(T)に対する紡糸速度(V)の比率(V/T(m/(分・℃)))は、11.5以上である。当該比率が小さすぎると、前述した配向結晶化が不十分となり、回収されるポリグリコール酸繊維におけるポリグリコール酸の結晶化度が低くなることがあり、あるいは、複屈折が低くなることがある。上記比率は、十分な配向結晶化によるポリグリコール酸繊維を製造する観点から、12.0m/(分・℃)以上であることが好ましく、そして40.0m/(分・℃)以下であってよい。
【0055】
[他の工程]
本実施形態の製造方法は、本実施形態の効果が得られる範囲において、前述した第一の工程および第二の工程以外の他の工程をさらに含んでもよい。
【0056】
たとえば、本実施形態の製造方法は、第一の工程に先立って、ポリグリコール酸を含む材料を押出機に投入する工程をさらに含んでもよい。当該材料の形態は、樹脂の押出成形において公知の形態であればよく、その例には、ペレット状、粉末状、粒状、フレーク状および塊状などが含まれる。当該材料は、押出機に一度に投入されてもよいし、複数回に分けて投入されてもよいし、押出機の複数箇所から一斉に、あるいは順次投入されてもよい。
【0057】
また、本実施形態の製造方法は、第二の工程において、紡糸線上における繊維状のポリグリコール酸の溶融物を冷却する工程をさらに含んでもよい。第二の工程において、繊維状のポリグリコール酸の溶融物は、気相中を移動し、その際に空冷される。当該冷却する工程は、当該繊維状の溶融物に冷風を供給する工程であってもよいし、温風を供給する工程であってもよい。また、冷却する工程は、紡糸口金の吐出穴からポリグリコール酸繊維が回収される位置までの長さを適宜に調整する工程であってもよく、また紡糸速度によって冷却時間を適宜に調整する工程であってもよい。
【0058】
また、本実施形態の製造方法は、第二の工程において、紡糸口金から吐出される溶融物の温度を調整する工程をさらに含んでもよい。このような温度調整工程は、紡糸口金直下に配置され吐出口を囲む加熱筒によって実施することが可能である。温度調整工程は、加熱筒の内側の空間の温度を80~320℃に保つ工程であってよい。
【0059】
さらに、本実施形態の製造方法は、第二の工程で回収されたポリグリコール酸繊維の延伸工程を含まない。ここで言う延伸工程とは、繊維形状に既に形成されているポリグリコール酸繊維を伸ばすことによりポリグリコール酸繊維の分子構造および結晶構造などの内部構造を変化させ、繊維の物性を発現させる内部構造を構築する工程である。本実施形態では、前述した第一の工程と第二の工程によって、繊維形状に形成されるとともに繊維の所期の物性を発現させる内部構造が構築されたポリグリコール酸繊維が製造されるので、上記の延伸工程は不要である。既に所期の物性を発現する内部構造を有するポリグリコール酸繊維に上記の延伸工程を実施することは、ポリグリコール酸繊維の上記内部構造を、所期の物性を発現できない内部構造に変化させることがあるためである。
【0060】
[製造装置]
本実施形態の製造方法は、前述したように高速溶融紡糸法によって実施することが可能であり、それを実施可能な公知の装置を用いて実施することが可能である。
図1は、本発明の一実施形態に係るポリグリコール酸繊維を製造可能な高速溶融紡糸装置の構成の一例を模式的に示す図である。
【0061】
図1に示されるように、高速溶融紡糸装置1は、スクリューが収容されているシリンダを有する押出機11、シリンダに繊維材料を投入するためのホッパ12、シリンダ内の溶融物を送り出すギアポンプ13、ギアポンプ13で送り出された溶融物の流路である導管14、導管14を通過した溶融物を外部に吐出させるための紡糸口金15、および、紡糸口金15から吐出された繊維状のポリグリコール酸の溶融物Fを高速で巻き取る巻き取り機16を有する。押出機11は、前述した溶融温度でポリグリコール酸の溶融物を生成し得る装置であり、巻き取り機16は、前述した紡糸速度で溶融物Fを伸長しながら巻き取ることが可能な装置である。紡糸口金15から巻き取り機16までの距離は、適宜に調整可能であり、例えば1~5mの範囲で適宜に調整される。
【0062】
〔作用効果〕
本実施形態の製造方法では、特定の溶融温度T℃で溶融したポリグリコール酸の溶融物を紡糸口金から吐出させ、吐出した繊維状のポリグリコール酸の溶融物を特定の紡糸速度にて気相中で伸長し、巻き取り機で回収する。溶融温度および紡糸速度は、溶融温度に対する紡糸速度の特定の比率となるように設定される。
【0063】
本実施形態の製造方法では、紡糸口金から十分に高い温度のポリグリコール酸の溶融物が吐出され、吐出した当該溶融物は、その後の回収によって伸長され、巻き取りなどによって回収される。当該溶融物は、この回収までに所望の物性を発現する内部構造が構築されたポリグリコール酸繊維になる。このように、本実施形態の製造方法は、ポリグリコール酸の溶融物からポリグリコール酸の繊維を成形しつつ、その内部では所期の内部構造を構築する。繊維状の上記溶融物は、回収による伸長によって配向結晶化する。溶融温度に対する紡糸速度の比率は、適度な配向結晶化を実現するための一パラメータとも言える。本実施形態の製造方法によれば、(100℃での)熱収縮率が低く加水分解性が高いポリグリコール酸繊維を製造することが可能である。たとえば、本実施形態の製造方法は、前述した特性(A)~(C)を有する本実施形態のポリグリコール酸繊維を製造することが可能である。
【0064】
本実施形態の製造方法は、ポリグリコール酸を高速溶融紡糸法に適用することによって、上記のような特徴的な内部構造を有するポリグリコール酸繊維が得られることが見出され、上記のように実施される。
【0065】
本実施形態の製造方法では、配向結晶化を実現するために、繊維状のポリグリコール酸の溶融物がある程度冷却されている状態で当該溶融物が高速で引き取られることが有効と考えられる。
【0066】
紡糸線における上記溶融物の伸長過程を制御することで、ポリグリコール酸繊維に所望の物性を発現させる内部構造を構築しやすくなる。つまり、紡糸線における紡糸速度または溶融温度の調整により、紡糸線において上記溶融物に大きな伸長応力を作用させることで、配向結晶化を実現することができる。伸長応力の増大は、慣性力または空気抵抗に基づく張力の増大および伸長ひずみ速度の大きさによって生じる変形に抵抗する力の増大によって引き起こされる。このような紡糸線における溶融物の伸長プロファイルは、前述した特徴(i)~(iii)の調整によって、あるいは、前述した冷却する工程の採用によって、あるいは前述した加熱筒の採用によって、適宜に設定可能である。なお、「紡糸線における溶融物の伸長プロファイル」とは、吐出口から巻取りまでの各点における繊維状物の伸長応力の推移を意味する。
【0067】
たとえば、繊維状のポリグリコール酸の溶融温度が低いと、溶融物が高速で回収されることによって十分に強い応力を繊維状のポリグリコール酸に生じさせることが可能になり、配向結晶化を十分に進行させる観点から好ましいことがある。また、当該溶融温度が高いと、固化点(位置)が巻き取り側にシフトするが、さらなる紡糸速度の高速化により、十分な応力を繊維状のポリグリコール酸に生じさせることが可能となる。
【0068】
回収中の繊維状のポリグリコール酸に生じる応力の紡糸線上での位置および強さは、実験による測定値に基づき、あるいはコンピュータシミュレーションでの算出値に基づき、特定し、あるいは推定することができる。このような応力を繊維状のポリグリコール酸に発生させるポリグリコール酸繊維の製造は、製造装置の構成またはその運転条件により適宜に実現することが可能である。
【0069】
したがって、繊維状のポリグリコール酸を回収する工程において、紡糸線上の所望の位置で所望の伸長応力が当該繊維状のポリグリコール酸に発生するように、紡糸線上での伸長プロファイルを調整することにより、ポリグリコール酸繊維の製造の状況に応じた最適化の実現が期待される。
【0070】
本発明は、上述した各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0071】
〔まとめ〕
以上の説明から明らかなように、本発明の実施形態におけるポリグリコール酸繊維は、(A)結晶化度は20%以上である、(B)複屈折は35×10-3以上である、および、(C)非晶配向係数は0.30以下である、との特徴を有する。また、本実施形態におけるポリグリコール酸繊維の製造方法は、押し出し機にて溶融温度T℃で溶融したポリグリコール酸を紡糸口金から吐出させる工程と、紡糸口金から気相中に吐出された繊維状のポリグリコール酸の溶融物を紡糸速度Vm/分で回収してなるポリグリコール酸繊維を得る工程と、を含み、(i)250≦T≦300、(ii)V≧3000、および、(iii)V/T≧11.5、の条件を満たす。よって、本発明の実施形態によれば、低い熱収縮性および易加水分解性を有するポリグリコール酸繊維を提供することができる。
【0072】
本発明の実施形態のポリグリコール酸繊維が、37℃のリン酸緩衝溶液に2週間浸漬させた後の分子量保持率が50%以下であることは、易加水分解性に加えて生体に適用したときの炎症の発生を抑制する観点からより一層効果的である。
【0073】
また、本発明の実施形態のポリグリコール酸繊維が、示差走査熱量測定によって検出される220℃以上の融解ピークを2つ以上有することは、熱収縮性を低くする観点からより一層効果的である。
【0074】
また、本発明の実施形態のポリグリコール酸繊維の繊維径が5μm以上、40μm以下であることは、ポリグリコール酸繊維の生産性の向上および外観上の不良発生を抑制する観点からより一層効果的である。
【0075】
また、本発明の実施形態におけるポリグリコール酸繊維の製造方法において、製造されるポリグリコール酸繊維が、前述の特性(A)~(C)を有していてよい。当該製造方法は、本実施形態のポリグリコール酸繊維の製造に好適である。
【実施例】
【0076】
〔実施例1〕
図1に示すような高速溶融紡糸装置を用い、下記条件でポリグリコール酸繊維1を製造した。
<条件>
材料:ポリグリコール酸(融点220℃、溶融粘度960Pa・s(温度270℃、剪断速度122秒
-1))
溶融温度(T):270℃
紡糸口金:1穴(ノズル孔径1.0mm)
吐出量(1穴あたり):5.0g/分
紡糸速度(V):4000m/分
【0077】
〔実施例2〕
紡糸速度を5000m/分に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリグリコール酸繊維2を得た。
【0078】
〔実施例3〕
紡糸速度を6000m/分に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリグリコール酸繊維3を得た。
【0079】
〔実施例4〕
紡糸速度を7000m/分に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリグリコール酸繊維4を得た。
【0080】
〔実施例5〕
ポリグリコール酸の溶融温度を255℃に変更し、紡糸速度を3000m/分に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリグリコール酸繊維5を得た。
【0081】
〔実施例6〕
紡糸速度を4000m/分に変更したこと以外は実施例5と同様にして、ポリグリコール酸繊維6を得た。
【0082】
〔実施例7〕
紡糸速度を5000m/分に変更したこと以外は実施例5と同様にして、ポリグリコール酸繊維7を得た。
【0083】
〔比較例1〕
紡糸速度を1000m/分に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリグリコール酸繊維C1を得た。
【0084】
〔比較例2〕
紡糸速度を3000m/分に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリグリコール酸繊維C2を得た。
【0085】
〔比較例3〕
紡糸速度を2000m/分に変更したこと以外は実施例5と同様にして、ポリグリコール酸繊維C3を得た。
【0086】
〔比較例4〕
図2に示すような直接紡糸延伸装置2を用いてポリグリコール酸繊維を製造した。
図2は、比較例のポリグリコール酸繊維の製造に使用される直接紡糸延伸装置の構成の一例を模式的に示す図である。
【0087】
図2に示されるように、直接紡糸延伸装置2は、紡糸口金15に代えて複数の吐出口を有する紡糸口金17を有し、巻き取り機16に代えて紡糸により生成した繊維F1を受けて後段の延伸装置に送り出す第一ゴデッドロール19を有する。また、直接紡糸延伸装置2は、延伸装置をさらに有し、加熱筒18を紡糸口金17の直下にさらに有する。これらを除き、直接紡糸延伸装置2は、前述した高速溶融紡糸装置1と同様の構成を有している。
【0088】
当該延伸装置は、繊維F1を延伸するための第二ゴデッドロール21および第三ゴデッドロール22、第四ゴデッドロール23ならびに延伸してなる繊維F2を巻き取る巻き取り機(「ワインダー」とも言う)24を有している。
【0089】
図2に示すような直接紡糸延伸装置を用い、下記条件でポリグリコール酸繊維C4を製造した。なお、繊維F2の張力を維持するために、第二ゴデッドロール21の回転速度を、第一ゴデッドロール19の回転速度よりも1%程度高く設定した。
<条件>
材料:ポリグリコール酸(融点220℃、溶融粘度960Pa・s(温度270℃、剪断速度122秒
-1))
溶融温度:255℃
紡糸口金:24穴(ノズル孔径0.25mm)
吐出量(1穴あたり):0.292g/分
加熱筒:長さ20cm、温度120℃
紡糸速度:
150m/分
紡糸温度(第一ゴデッドロール19の温度):25℃
延伸倍率:5.0倍(第二ゴデッドロール21と第三ゴデッドロール22との間)
延伸温度(第二ゴデッドロール21の温度):65℃
緩和・熱処理温度(第三ゴデッドロール22および第四ゴデッドロール23の温度):90℃
【0090】
〔比較例5〕
延伸倍率を4.0倍に変更したこと以外は比較例4と同様にして、ポリグリコール酸繊維C5を得た。
【0091】
〔比較例6〕
延伸倍率を3.0倍に変更したこと以外は比較例4と同様にして、ポリグリコール酸繊維C6を得た。
【0092】
〔評価〕
[繊維径]
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれの直径を、偏光顕微鏡(「BX53-P」、オリンパス株式会社製)を使用して測定した。各ポリグリコール酸繊維5本の試料について測定した直径の平均値を当該繊維の繊維径とした。
【0093】
[結晶化度]
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれの密度ρを、1,2-ジクロロエタンと四塩化炭素から調製した密度勾配管を用いて、25℃で24時間、試料を密度勾配管内で浸漬した後に測定した。結晶化度Xcは、測定した密度ρ(g/cm3)から下記式(1)を用いて算出した。式(1)中、ρcおよびρaは、それぞれポリグリコール酸の結晶密度と非晶密度を表し、本実施例ではそれぞれρc=1.69g/cm3、ρa=1.50g/cm3とした。
【0094】
【0095】
[複屈折]
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれの複屈折を、Bereckコンペンセータを備えた偏光顕微鏡(「BX53-P」、オリンパス株式会社製)を使用して測定した。各ポリグリコール酸繊維5本の試料について測定した複屈折の平均値を当該繊維の複屈折とした。
【0096】
[結晶配向係数]
(00l)面の回折が得られておらず、c軸の配向を直接評価することができないため、ポリグリコール酸繊維1~7およびC4~C6の結晶配向係数fcは、以下のWilchinskyの計算方法に従って、下記式(2)から算出した。式(2)中、<cos2φc>は、c軸の配向係数を表し、下記式(3)によって算出した。式(3)中、<cos2φ1>および<cos2φ2>は、それぞれ(110)面および(020)面の回折強度曲線から計算した平均自乗配向角の余弦を表し、下記式(4)によって算出した。なお、上記式(3)中、θ1およびθ2は、(110)面および(020)面のそれぞれがb軸となす角を表し、ポリグリコール酸の結晶構造から、本実施例においてはθ1、θ2はそれぞれθ1=49.9°、θ2=0°とした。
【0097】
【0098】
上記式(4)中、N(φ)は回折強度曲線を表す。回折強度曲線は、ポリグリコール酸繊維1~7およびC4~C6の広角X線回折(WAND)像を、X線回折装置(「NANO-Viewer」、理学電機株式会社製)を用いて得ることによって得た。この際、40kV、20mAで発生させたニッケルフィルター処理したCuKα線(波長0.154nm)を試料に垂直に30分照射し、イメージングプレートを用いて、広角X線回折像を得た。
【0099】
なお、回折強度曲線は、空気散乱の補正を行った。(110)面は非晶のハローと(101)面が含まれるため、下記式(5)のGaussian関数でフィッテングして単離した。(020)面もまた、(102)面と回折角が近いため、同様の手法によって単離した。式(5)中、Nは回折強度のピーク強度、φ0はピーク強度の位置、wは半値幅である。
【0100】
【0101】
なお、ポリグリコール酸繊維C1~C3については、回折画像が得られず、結晶配向係数fcを算出することができなかった。
【0102】
[非晶配向係数]
複屈折Δnは、結晶と非晶の2相モデルを仮定すると、下記式(6)で表される。下記式(6)では、全複屈折に対する形態複屈折の寄与は小さいと仮定し、無視している。ここで、Xcは結晶化度、fcは結晶配向係数、faは非晶配向係数、ΔncおよびΔnaは、それぞれポリグリコール酸の結晶および非晶の固有複屈折である。
【0103】
【0104】
上記式(6)中、ΔncおよびΔnaは、それぞれBunnらの原子結合分極率を用いて計算した値を用い、Δnc=0.137、Δna=0.117とした。
【0105】
なお、ポリグリコール酸繊維C1~C3については、結晶配向係数fcを算出することができなかったため、非晶配向係数faを算出しなかった。
【0106】
[融点]
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれの融解ピークを、示差走査熱量(DSC)装置(「DSC-60 A plus」、株式会社島津製作所製)を用いて、測定した。試料を約10mg秤量して、アルミパンに封入した。窒素雰囲気下(流量10mL/分)、昇温速度10℃/分で0℃から280℃まで昇温した。測定された融解ピークを当該繊維の融点とした。
【0107】
[熱収縮率]
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれの熱収縮率を測定した。試料100mを枠周1mの巻返し機にかせ上げし、得られたかせの一端を固定し、他端に20gの分銅をかけて、かせ長さLを測定した。次に、分銅を外し、100℃の乾熱炉中に吊り下げて30分間放置した後、室温まで冷却した。その後、再び、かせの一端を固定し、他端に20gの分銅をかけて、かせ長さLHTを測定し、下記式(7)により熱収縮率(%)を算出した。ここで、Lは熱処理前のかせ長さ(m)、LHTは熱処理後のかせ長さ(m)を示す。熱収縮率が5%以下であれば、繊維材料の用途において、実用上問題ないと判断することができる。
(式)
熱収縮率(%)=(L-LHT)/L×100 (7)
【0108】
[分子量保持率]
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれの加水分解特性を評価した。各ポリグリコール酸繊維の重量平均分子量を測定した。次いで、各ポリグリコール酸繊維をリン酸緩衝液に浸漬し、37℃に設定したオーブンに2週間静置し、各ポリグリコール酸繊維を取り出し、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって各ポリグリコール酸繊維の重量平均分子量を測定した。上記の浸漬および静置後のポリグリコール酸繊維の重量平均分子量に対する上記の浸漬および静置前のポリグリコール酸繊維の重量平均分子量の百分率を求めて分子量保持率とし、当該分子量保持率で加水分解特性を評価した。分子量保持率が50%以下であれば、易加水分解性を利用した用途において、実用上問題ないと判断することができる。
【0109】
なお、各ポリグリコール酸繊維の重量平均分子量は、以下のように測定した。10mgのポリグリコール酸繊維を秤量し、150℃で0.5mLのジメチルスルホキシドに溶解させた。溶液を室温まで冷却し、5mMのトリフルオロ酢酸ナトリウムを含む10mLのヘキサフルオロ-2-プロパノールに溶解させ、0.2μmのメンブレンフィルターで濾過した。この溶液をGPC装置(「Shodex-104」、昭和電工株式会社製)に注入し、ポリメタクリル酸メチル換算値としてポリグリコール酸繊維の重量平均分子量を求めた。
【0110】
ポリグリコール酸繊維1~7およびC1~C6のそれぞれについて、製造条件および上記の評価結果を表1に示す。
【0111】
【0112】
〔考察〕
表1から明らかなように、ポリグリコール酸繊維1~7は、いずれも、十分に低い熱収縮性および十分に良好な易加水分解特性を有している。これは、紡糸の際に繊維状のポリグリコール酸の溶融物が十分に高い速度で巻き取られ、伸長されることにより、当該溶融物に適度な応力が発生し、繊維の形成とともに繊維におけるポリグリコール酸の配向と結晶化が誘起されたため、と考えられる。
【0113】
ポリグリコール酸繊維1~7では、いずれも、その結晶化度が比較的高く、その結晶相が高い配向を示しているのに対して、その非晶相の配向は低い。このように、結晶化度が十分に高く非晶配向係数が十分に低いために、ポリグリコール酸繊維1~7は、低い熱収縮性を有すると考えられる。
【0114】
また、ポリグリコール酸繊維内における非晶相において配向が低いため、ポリグリコール酸繊維1~7では、繊維内に水が浸透し拡散しやすくなって加水分解されやすくなり、十分に高い易加水分解性が出現されると考えられる。
【0115】
また、ポリグリコール酸繊維2~4および7は、およそ220~250℃の融点と、およそ230~245℃の融点との2つの融点を有しており、比較的高い結晶化度を有している。ポリグリコール酸繊維2~4および7における前者の融点はポリグリコール酸の融点と考えられ、後者の融点は、それよりも融けにくい成分、すなわちポリグリコール酸の発達した結晶由来の融点、と考えられる。ポリグリコール酸繊維2~4および7では、前述の配向結晶化において結晶化がより進行し、そのためにより低い熱収縮性を発現していると考えられる。以上より、一概には言えないが、低い熱収縮性は、非晶相における低い配向性とポリグリコール酸の発達した結晶構造の両方が寄与していると考えられる。
【0116】
一方、ポリグリコール酸繊維C1~C3は、易加水分特性を有するが、高い熱収縮性を有しており、低い熱収縮性の観点で不十分である。ポリグリコール酸繊維C1、C3は、いずれも、紡糸速度が遅くかつV/Tが小さい。ポリグリコール酸繊維C2は、V/Tが小さい。そして、これらの繊維では、結晶化度が著しく低く、またX線照射による回折像が得られていないために結晶配向係数が求められていない。したがって、ポリグリコール酸繊維C1~C3は、非晶の繊維であると考えられる。
【0117】
また、ポリグリコール酸繊維C4~C6は、ポリグリコール酸繊維1~7に比べて熱収縮性が高く、また加水分解速度が遅い。ポリグリコール酸繊維C4~C6では紡糸速度およびV/Tが著しく低く、また製造工程に延伸工程を含んでいる。このため、延伸による配向結晶化により結晶構造が発達するとともに、非晶相における配向性も高くなり、その結果、熱収縮性が高くなり、また水の拡散速度が抑制され、加水分解性が不十分になると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明は、生体吸収性縫合糸をはじめとした医療材料などの、低い熱収縮性と高い加水分解性とが要求される繊維または布材料、およびそれを含む製品、に利用することができる。
【符号の説明】
【0119】
1 高速溶融紡糸装置
2 直接紡糸延伸装置
11 押し出し機
12 ホッパ
13 ギアポンプ
14 導管
15、17 紡糸口金
16、25 巻き取り機
18 加熱筒
19 第一ゴデッドロール
21 第二ゴデッドロール
22 第三ゴデッドロール
23 第四ゴデッドロール
24 巻き取り機(ワインダー)