IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日立産機システムの特許一覧

特許7602442インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法
<>
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図1
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図2
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図3
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図4
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図5
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図6
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図7
  • 特許-インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-10
(45)【発行日】2024-12-18
(54)【発明の名称】インクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法
(51)【国際特許分類】
   B41J 2/025 20060101AFI20241211BHJP
   B41J 2/085 20060101ALI20241211BHJP
   B41J 2/09 20060101ALI20241211BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
B41J2/025
B41J2/085
B41J2/09
B41J2/01 451
B41J2/01 401
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021130470
(22)【出願日】2021-08-10
(65)【公開番号】P2023025327
(43)【公開日】2023-02-22
【審査請求日】2023-10-17
(73)【特許権者】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】前田 彬
【審査官】高松 大治
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-78059(JP,A)
【文献】特開2010-17981(JP,A)
【文献】特開2007-313808(JP,A)
【文献】特開2006-224501(JP,A)
【文献】国際公開第2020/158759(WO,A1)
【文献】特開2019-217709(JP,A)
【文献】特開2019-181727(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インク液滴を噴出するインクノズルに設けられた圧電素子に励振電圧を印加する励振電圧回路と、噴出されたインク液滴を帯電させる帯電電極と、前記帯電電極により帯電されたインク液滴の飛翔方向を偏向させる偏向電極と、前記帯電電極により帯電されたインク液滴の電荷量を計測する電荷量センサと、前記励振電圧回路、前記帯電電極、前記偏向電極、及び前記電荷量センサを制御する制御部とを備える連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置において、
前記制御部は、
前記偏向電極に通電しない状態で前記圧電素子に対して、所定の電圧範囲で高電圧側から低電圧側に向けて掃引するように、励振電圧値を複数の掃引回に亘って印可する励振電圧掃引設定部と、
印可された励振電圧値で生じたインク液滴に、任意の複数の印字位相で帯電電圧を加えることで電荷を与え、インク液滴に与えられた電荷量を前記電荷量センサで検知して適切な印字位相を求める印字位相計測部と、
掃引回毎に検出された前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立したとき、1回目の減少判定の2つ前~2つ後の間の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする励振電圧決定部を備えている
ことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項2】
請求項1に記載のインクジェット記録装置において、
前記励振電圧決定部は、前記1回目の減少判定の1つ前の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする
ことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項3】
請求項2に記載のインクジェット記録装置において、
前記制御部は、前記励振電圧決定部によって最終励振電圧値が求まると、前記励振電圧掃引設定部による掃引を実行しない
ことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項4】
請求項2に記載のインクジェット記録装置において、
前記制御部は、全ての掃引回において、前記励振電圧決定部によって前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立しないと判定された場合はアラームを発報する
ことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項5】
インク液滴を噴出するインクノズルに設けられた圧電素子に励振電圧を印加する励振電圧回路と、噴出されたインク液滴を帯電させる帯電電極と、帯電電極により帯電されたインク液滴の飛翔方向を偏向させる偏向電極と、帯電電極により帯電されたインク液滴の電荷量を計測する電荷量センサと、励振電圧回路、帯電電極、帯電電極、偏向電極、及び電荷量センサを制御する制御部とを備える連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置におけるインクジェット記録方法において、
前記制御部は、
偏向電極に通電しない状態で圧電素子に対して、所定の電圧範囲で高電圧側から低電圧側に向けて掃引するように、励振電圧値を複数の掃引回に亘って印可し、
印可された励振電圧値で生じたインク液滴に、任意の複数の印字位相で帯電電圧を加えることで電荷を与え、インク液滴に与えられた電荷量を電荷量センサで検知して適切な印字位相を求め、
掃引回毎に検出された前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立したとき、1回目の減少判定の2つ前~2つ後の間の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする
ことを特徴とするインクジェット記録装置におけるインクジェット記録方法。
【請求項6】
請求項5に記載のインクジェット記録装置におけるインクジェット記録方法において、
前記1回目の減少判定の1つ前の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする
ことを特徴とするインクジェット記録装置におけるインクジェット記録方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインクジェット記録装置に係り、特に連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的な連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置は、本体にインクを貯留するインク容器を設けており、そのインク容器のインクをインク供給ポンプによって印字ヘッドへ供給している。印字ヘッドに供給されたインクは、インクノズルから連続的に噴出され、インク液滴化される。インク液滴のうち、印字に使用するインク液滴には、帯電・偏向処理を行い、印字対象物の所望の印字位置へ飛翔させて文字や記号(以下、代表して文字と表記する)を形成し、印字に使用しないインク液滴には、帯電・偏向処理を行わず、ガターで捕集してインク回収ポンプによりインク容器へ戻す構成とされている。
【0003】
そして、連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置においては、例えば、特開2007-136839号公報(特許文献1)にあるように、インクノズルに設けた圧電素子を、所定の励振電圧値で駆動することによってインクノズルからインクをインク液滴として噴出させている。
【0004】
ところで、インクノズルの圧電素子を駆動する励振電圧値は、インク液滴の形成に影響を与え、最適な励振電圧値を設定することが必要である。特に環境温度によってインク特性が変動するの、これを補償するような励振電圧値を設定することが重要である。
【0005】
このためには、例えば印字を実行する際に、インクノズルの圧電素子の励振電圧値を調整しながら、インクノズルから噴出されたインク液滴をルーペで目視観察し、印字に適したインク液滴形状のときの励振電圧値を最適励振電圧値として決定する方法、或いは、圧電素子の励振電圧値を調整しながら実際に文字を印字し、良好な印字が実施できたと作業者が判断できる励振電圧範囲の中央値を、最適励振電圧値として決定する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-136839号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら上述の方法による場合は、インクノズルから噴出されたインク液滴をルーペ等で目視しながら、圧電素子に供給される励振電圧値を変更して、テスト印字を繰り返し行うことで最適な励振電圧値を決定している。また、インクジェット記録装置に備えられた、「温度-励振電圧特性」にしたがって励振電圧値を変更することで、環境温度に対応して良好な印字品質を得るようにしている。
【0008】
しかしながら、インク液滴をルーペで目視観察し、印字に適したインク液滴形状の判断を正確に行うには、熟練者の技量が必要であり、目視で判断するため個人差が生じるという問題がある。また実際に印字する場合は、ワークを無駄にする、或いは印字結果を人間が目視で判断するため個人差がでるという問題がある。
【0009】
本発明の目的は、インク液滴を形成するのに適切な圧電素子の励振電圧値を自動的に決定することができるインクジェット記録装置、及びインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
インク液滴を噴出するインクノズルに設けられた圧電素子に励振電圧を印加する励振電圧回路と、噴出されたインク液滴を帯電させる帯電電極と、帯電電極により帯電されたインク液滴の飛翔方向を偏向させる偏向電極と、帯電電極により帯電されたインク液滴の電荷量を計測する電荷量センサと、励振電圧回路、帯電電極、帯電電極、偏向電極、及び電荷量センサを制御する制御部とを備える連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置において、
制御部は、
偏向電極に通電しない状態で圧電素子に対して、所定の電圧範囲で高電圧側から低電圧側に向けて掃引するように、励振電圧値を複数の掃引回に亘って印可する励振電圧掃引設定部と、
印可された励振電圧値で生じたインク液滴に、任意の複数の印字位相で帯電電圧を加えることで電荷を与え、インク液滴に与えられた電荷量を電荷量センサで検知して適切な印字位相を求める印字位相計測部と、
掃引回毎に検出された前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立したとき、1回目の減少判定の1つ前の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする励振電圧決定部を備えている
ことを特徴とする。
【0011】
本発明は、
インク液滴を噴出するインクノズルに設けられた圧電素子に励振電圧を印加する励振電圧回路と、噴出されたインク液滴を帯電させる帯電電極と、帯電電極により帯電されたインク液滴の飛翔方向を偏向させる偏向電極と、帯電電極により帯電されたインク液滴の電荷量を計測する電荷量センサと、励振電圧回路、帯電電極、帯電電極、偏向電極、及び電荷量センサを制御する制御部とを備える連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置におけるインクジェット記録方法において、
制御部は、
偏向電極に通電しない状態で圧電素子に対して、所定の電圧範囲で高電圧側から低電圧側に向けて掃引するように、励振電圧値を複数の掃引回に亘って印可し、
印可された励振電圧値で生じたインク液滴に、任意の複数の印字位相で帯電電圧を加えることで電荷を与え、インク液滴に与えられた電荷量を電荷量センサで検知して適切な印字位相を求め、
掃引回毎に検出された前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立したとき、1回目の減少判定の1つ前の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、インク液滴を形成するのに適切な圧電素子の励振電圧値を自動的に決定することができるので、熟練を要することなく容易に最適な励振電圧値の決定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】インクジェット記録装置による印字方法を説明する概略図である。
図2】インクジェット記録装置の構成を示す構成図である。
図3】インクジェット記録装置の構成要素を制御する制御部を示すブロック図である。
図4】インクノズルの圧電素子の励振電圧とインク柱長の環境温度による影響を説明する説明図である。
図5】本発明の実施形態になるインクジェット記録装置の制御部の要部を示すブロック図である。
図6】インクノズルの圧電素子に与える励振電圧と印字位相の関係を説明する説明図である。
図7】最終的な励振電圧値を求めるための説明図である。
図8図5に示すブロック図の処理を説明するための処理フローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されることなく、本発明の技術的な概念の中で種々の変形例や応用例をもその範囲に含むものである
先ず、一般的な連続噴射式荷電制御型のインクジェット記録装置の構成と動作について簡単に説明する。
【0015】
図1に、インクジェット記録装置の外観構成を示している。図1において、インクジェット記録装置の本体Aには表示用のディスプレイBが備えられている。印字ヘッドDにはケーブルCを介してインクが供給されており、また決定された印字内容は、ケーブルCを介して印字ヘッドDに送られ、これに基づいてインク液滴が連続的に噴出されることで、ベルトコンベア等の搬送ラインEで搬送される印字対象物Fに印字される。
【0016】
図2には、インクジェット記録装置の構成を模式的に示している。図2において、インクジェット記録装置100内には、メインインク容器1が備えられおり、メインインク容器1には、インク2aが充填されるようになっており、メインインク容器1は、供給弁3、供給ポンプ4、メインフィルタ5、調圧弁6、噴出弁7、及びインクノズル8とインク供給管9を介して接続されている。インクノズル8には、圧電素子(図示せず)が設けられており、インクノズル8のインクに対して振動を与えている。
【0017】
インクノズル8から吐出されたインク液滴10の進行方向には、帯電電極23、及び偏向電極24が配置されており、印字に使用されるインク液滴10は、帯電電極23により文字信号に応じた電圧を帯電させられる。帯電したインク液滴10は、偏向電極24により作られる電界中を飛翔し、その帯電量に応じて偏向させられて被印字物26に到達して、文字や記号等を形成する。
【0018】
インクノズル8から吐出されたインク液滴10のうち印字に用いられないインク液滴10の進行方向には、印字に用いられないインク液滴10を回収するためのガター11が配置されている。ガター11は、インク回収管13を介して帯電されたインク液滴10の電荷量を測定する電荷量センサ25、回収ポンプ12、及びメインタンク容器1に接続されている。
【0019】
ガター11によりインク液滴10を回収する際には、インク液滴10と共に、その周囲の空気も同時に取り込まれてメインインク容器1に搬送される。メインインク容器1に搬送された空気は、メインインク容器1に接続されている外部排気管22を介して、インクジェット記録装置100に備えられている排気口(図示せず)より、インクジェット記録装置100の外部へ排出されるようになっている。
【0020】
また、インクジェット記録装置100には、サブインク容器14が備えられており、サブインク容器14内にはインク2bが充填されるようになっている。サブインク容器14は、インク供給管16を介して補給弁3、供給ポンプ4と接続されている。
【0021】
更に、インクジェット記録装置100には、補力液容器17が備えられており、補力液容器17には、補力液18が補充されるようになっている。補力液容器17は、補力液補給管21を介して補力ポンプ19、及び補力弁20と接続されている。
【0022】
図3に示すように、インクジェット記録装置100には、バス200を介してインクジェット記録装置100内部の各構成要素を制御する制御部として機能する、MPU32(マイクロプロセッシングユニット)が備えられている。
【0023】
MPU32(マイクロプロセッシングユニット)には、インクジェット記録装置100内で一時的にデータを記憶するRAM30(ランダムアクセスメモリ)、プログラム等を予め記憶するROM29(リードオンリーメモリ)、インク液滴10に帯電させるビデオデータ記憶しておくビデオRAM31、ビデオデータを帯電信号にする帯電信号発生回路27、電荷量センサ25、電荷量センサ25の信号を増幅する電荷量増幅回路28、インクノズル8を励振、駆動するための励振電圧印可回路33が接続されており、これらの回路等を制御するようになっている。
【0024】
また、MPU32(マイクロプロセッシングユニット)には、バス200を介して、供給弁3、ノズル8、供給ポンプ4、回収ポンプ12、補力液ポンプ19、供給弁3、調圧弁6、噴出弁7、補給弁15、補力弁20、帯電電極23、偏向電極24、及び操作表示部300が接続されており、MPU32(マイクロプロセッシングユニット)は、これらの動作を制御するようになっている。
【0025】
次に印字を行なう際の動作について説明する。印字を行なうに際しては、操作表示部300から入力された信号に応じて供給ポンプ4、回収ポンプ12、補力液ポンプ19がそれぞれ動作し、供給弁3、噴出弁7が開放され調圧弁6で任意の圧力に調圧される。
【0026】
そして、励振電圧印可回路33よりインクノズル8の圧電素子に励振電圧を印加し、インクがインクノズル8より吐出される。そして、インクノズル8から吐出されたインク液滴10には、帯電信号発生回路27より帯電電極23に帯電電圧が印加され、帯電電極23によりインク液滴10は帯電させられる。
【0027】
帯電させられたインク液滴10は、偏向電極24により発生させられた電界により飛翔方向が偏向され、被印字物26に着滴して印字が行なわれるようになっている。印字に用いられないインク液滴10は、ガター11の方向に飛翔する。ガター11に補足されたインク液滴10は、回収ポンプ12により吸引され、回収管13を介してメインインク容器1に回収されるようになっている。
【0028】
そして、励振電圧の印可によってインクノズル8の圧電素子が加振されると、インクノズル8内のインクの圧力脈動、及び噴出されたインクの表面張力により、インクは液滴化される。ここで、インク液滴10の形状は、励振電圧値の大きさの影響を受け、印字の品質に影響を与える。更に、この励振電圧値は、印字品質が担保される適正な範囲の励振電圧範囲が存在する。
【0029】
図4は、横軸に励振電圧(図では励起振動電圧と表記)、縦軸にインク柱長をパラメータとして、環境温度毎の励振電圧/インク柱長特性の変化を示している。インク柱長が長くなれば印字品質が劣化する傾向を示しており、破線Aは帯電系エラーとして印字品質が不良となり、破線Aと破線Bの間で印字品質が不安定となる。したがって、インク柱長が破線Bより短くなると印字品質が担保されることがわかる。
【0030】
このように、インク柱長が破線Bより短い範囲で励振電圧値を設定することになるが、環境温度が変わると励振電圧/インク柱長特性が変動し、励振電圧範囲もこれに倣って変動する。図4でわかるように、環境温度が高いほど、インク柱長が長くなる、励振電圧範囲が狭くなる、励振電圧値が低くなるといった特性変動を生じる。
【0031】
したがって、作業員による励振電圧値の適切な設定は難しく、印字に適したインク液滴形状の判断を正確に行うには、インク液滴をルーペで目視観察して判断するといった熟練者の技量が必要であり、更には目視で判断するため個人差が生じるという問題がある。このため、インク液滴を形成するのに適切な圧電素子の励振電圧値を自動的に決定することができるインクジェット記録装置が求められている。
【0032】
そして、本発明者等は種々の実験やシミュレーションの結果から、適切なインク液滴が得られる励振電圧値として、インク柱長が最短になる励振電圧値より低電圧側で、しかもインク柱長が最短になる励振電圧値に近接した励振電圧値に設定すれば良いことを見出し、また、このための具体的な手法も見出した。これによって、印字結果を目視で判断することなく、また、熟練者の技量に頼ることもなく適切な励振電圧値の設定を自動的に行うことができるようになる。
【0033】
以下、本発明の具体的な実施形態を図面に基づき説明する。図5は、本実施形態になる励振電圧値の設定を自動的に行う励振電圧自動設定機能部を示している。この励振電圧自動設定機能部は、MPU32(マイクロプロセッシングユニット)によって実行される制御プログラムによって構成される。
【0034】
図5において、励振電圧掃引設定部40は、偏向電極24に通電しない状態でインクノズル8の圧電素子に対して、所定の電圧範囲で高電圧側から低電圧側に向けて掃引するように、励振電圧値を複数の掃引回に亘って印可する機能を備えている。
【0035】
また、印字位相計測部41は、印可された励振電圧値で生じたインク液滴に、帯電電極23から任意の複数の位相で帯電電圧を加えることで電荷を与え、インク液滴に与えられた電荷量を電荷量センサ25で検知して適切な印字位相を求める機能を備えている。
【0036】
更に、励振電圧決定部42は、印字位相計測部41によって掃引回毎に検出された前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立したとき、1回目の減少判定の1つ前の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする機能を備えている。
【0037】
次に励振電圧掃引設定部40、印字位相計測部41、及び励振電圧決定部42の具体的な機能について、図6を用いて説明する。ここで、図6の横軸には励振電圧設定値とこれの掃引回数を示している。また、縦軸は夫々の励振電圧設定値における印字位相を示している。尚、図6に示す印字位相は、後述するように、圧電素子の励振周波数の1周期を16等分した位相に対応している。
【0038】
励振電圧掃引設定部40は、インクノズル8に設けた圧電素子に与える励振電圧の掃引回数と、励振電圧設定値を設定する。本実施形態では、1回について所定時間の長さを有する励振時間(例えば100ms)を連続して20回(N=0~19)の掃引を繰り返し、夫々の掃引回での励振電圧設定値(Vn)を変更しながら掃引する。
【0039】
尚、隣り合う掃引回の励振電圧設定値の差分(ΔV)は任意であるが、差分(ΔV)は2[V]~4[V]程度に設定されている。したがって、励振電圧設定値「Vn」は、低電圧側から高電圧側に向かって差分(ΔV)だけ増加していくことになる。
【0040】
印字位相計測部41は、夫々の掃引回における印字位相を計測する。印字位相は周知の通り、電荷量センサ25によって求めることができる。本実施形態では、インク液滴の分離タイミング(印字位相)を検出するために、非印字中に、図6の縦軸にあるように、励振周波数の周期を16等分(M=0~15)に位相を分割し、分割した位相に同期して、インク液滴を帯電させる帯電タイミングを変えた位相探索電圧(パルス電圧)を発生させてインク液滴に帯電を行っている。
【0041】
そして、夫々の位相毎に帯電されたインク液滴の電荷量を電荷量センサ25で検出し、検出された電荷量と所定の閾値と比較して正常な帯電を行うことができる位相を印字位相として判定している。尚、正常な帯電を行うことができる位相は、通常は連続して複数発生するが、これの代表的な位相を選択すれば良く、一般的には複数の連続した印字位相の中央の印字位相を選択している。
【0042】
例えば、図6において、励振電圧設定値(Vn)が「V15」の場合は、「○」で示す印字位相「Ph11~Ph15」までが、正常に帯電できる位相となる。そして、この印字位相「Ph11~Ph15」の間で、「★」で示す印字位相「Ph12」が、選択された代表印字位相として決定される。
【0043】
同様に、励振電圧設定値(Vn)が「V11」の場合は、「○」で示す印字位相「Ph~Ph11」までが、正常に帯電できる位相となる。そして、この印字位相「Ph~Ph11」の間で、「★」で示す印字位相「「Ph」が、選択された代表印字位相として決定される。以下、夫々の励振電圧設定値(Vn)の印字位相も同様である。
【0044】
したがって、励振電圧設定値と代表印字位相の特性は、「★」で示す特性となり、この関係は、環境温度が変化しても同様の傾向を呈する。尚、この特性は16等分された位相内での特性である。
【0045】
そして、最終的に、図6の横軸に示す印字可否「○、×」で示すように、励振電圧設定値(Vn)として、励振電圧設定値「V~V15」までが印字可能な励振電圧範囲となる。次に、この励振電圧範囲の中から、最適な励振電圧設定値(Vop)を求めることが必要となり、これは以下の励振電圧決定部42で決定される。
【0046】
上述したように、本発明者等は種々の実験やシミュレーションの結果から、適切なインク液滴が得られる励振電圧値として、インク柱長が最短になる励振電圧値より低電圧側で、インク柱長が最短になる励振電圧値に近接した励振電圧値に設定すれば良いことを見出した。
【0047】
そして、このインク柱長が最短になる励振電圧値に近接した励振電圧値は、隣り合う掃引回の印字位相の値の増減方向が、増加側から減少側に反転した直後の励振電圧値であることが望ましいことが知見として得られた。
【0048】
このため、図6において、印字位相の値の増減方向が、増加側から減少側に反転する励振電圧値より低電圧側で、しかも印字位相の値の増減方向が反転する励振電圧値に近接した励振電圧設定値「V」が最適励振電圧値として決定される。以下、励振電圧設定値「V」の決定方法を説明する。
【0049】
印字位相計測部41は、夫々の掃引回毎に適切な代表印字位相を検出しており、この計測結果は、励振電圧決定部42に入力される。ここで、夫々の掃引回毎に代表印字位相を検出する場合は、高電圧側側から低電圧側に向けて掃引される。つまり、励振電圧設定値「V19」、「V18」、「V17」‥‥‥「V」、「V」、「V」の順で代表印字位相が検出される。
【0050】
この理由は、インク柱長が最短となる印字位相の値の増減方向が反転する励振電圧値より低電圧側に、最適な励振電圧値が存在するためである。したがって、励振電圧を掃引する場合は、印字位相の値の増減方向の反転が早く判断できる高電圧化側から低電圧側に向けて印字位相を検出した方が得策であることに基づいている。
【0051】
仮に低電圧側から高電圧側に向けて掃引すると、印字位相の値の増減方向の反転を超えた後に、低電圧側の最適な励振電圧設定値を求めねばならず、制御プログラムのルール化が煩雑となる課題を生じるからである。ただ、低電圧側から高電圧側に向けて掃引しても、最適な励振電圧値を求めることはできる。
【0052】
そして、励振電圧決定部42は、計測された印字位相の変化方向(増減方向)を判断して、印字位相の値の増減の反転を検出している。図7図6とは異なった事例)において、例えば、前回の掃引回(N=10)における印字位相「Ph9」と、隣り合う今回の掃引回(N=9)における印字位相「Ph12」の差分(ΔPh=Ph-Ph12)から印字位相の値が増加していることを判定でき、印字位相の増減方向が反転する領域に近づいていることを表している。
【0053】
逆に、例えば、前回の掃引回(N=4)における印字位相「Ph1」と、隣り合う今回の掃引回(N=3)における印字位相「Ph14」の差分(ΔPh=Ph-Ph14)から印字位相の値が減少していることを判定でき、印字位相の増減方向が反転する領域から遠ざかることを表している。
【0054】
そして、印字位相の値の増減方向が反転してから、今回の掃引回(N=3)における印字位相「Ph14」においては、連続して2回減少判定されているので、減少判定された1回目の掃引回(N=4)における印字位相「Ph1」に対して、1つ前の掃引回(N=5)における励振電圧設定値「V」を、最適励振電圧設定値「Vop」として最終的に決定する。
【0055】
尚、インクの種類やインクの粘度等の条件によっては、励振電圧値は許容幅を有しており、許容範囲としては減少判定された1回目の励振電圧値の1つ前だけではなく、2つ前~2つ後の間の励振電圧値を自動設定することもできる。
【0056】
次に、図5に示す励振電圧自動設定機能部の動作を、MPU32(マイクロプロセッシングユニット)によって実行する場合の処理フローについて、図8に基づき簡単に説明する。この処理フローは励振電圧自動設定機能部の動作の考え方を説明するものである。
【0057】
尚、以下において、偏向電極24の電圧は、0[V]に設定して、インク液滴が偏向されないように設定している。これは、インク液滴10に電荷を与えてからインク液滴10がガター11に入るまでの間は、帯電されたインク液滴10がガター11に回収されないという状態が生じることを防止するためである。
【0058】
≪ステップS10≫
ステップS10においては、高電圧側から第1回目の掃引回(N=19)として、励振電圧設定値「V19」を設定する。この励振電圧設定値「V19」はインクノズル8の圧電素子に印可され、圧電素子を加振する。励振電圧設定値「V19」を設定すると、ステップS11に移行する。
【0059】
≪ステップS11≫
ステップS11においては、励振周波数を16等分した複数の印字位相でインク液滴を帯電させ、帯電したインク液滴の電荷量を閾値と比較して印字位相が検出されたかどうかを判定している。この判定は先に説明した通りである。印字位相が検出されるとステップS12に移行する。一方、印字位相が検出されないと、良好な印字ができないとして、次の掃引回を実行するようにステップS13に移行する。
【0060】
≪ステップS12≫
ステップS12においては、検出された複数の印字位相から中央値である代表の印字位相の値を決定し、これをRAM領域に保存する。第1回目の掃引回で印字位相の検出処理が終了するとステップS13に移行する。
【0061】
≪ステップS13≫
ステップS13においては、第2回目の掃引回(N=18)として、励振電圧設定値「V18」を設定する。この励振電圧設定値「V18」は、同様にインクノズル8の圧電素子に印可され、圧電素子を加振する。励振電圧設定値「V18」を設定すると、ステップS14に移行する。
【0062】
≪ステップS14≫
ステップS14においても、励振周波数を16等分した複数の印字位相でインク液滴を帯電させ、帯電したインク液滴の電荷量を閾値と比較して印字位相が検出されたかどうかを判定している。この判定も先に説明した通りである。印字位相が検出されるとステップS15に移行する。一方、印字位相が検出されないと、良好な印字ができないとして、次の掃引回を実行するようにステップS13に移行する。ステップS13では、掃引回数を増やしながら、以下同様の処理が実行される。
【0063】
≪ステップS15≫
ステップS15においても、検出された複数の印字位相から中央値である代表の印字位相の値を決定し、これをRAM領域に保存する。第2回目の掃引回で印字位相の検出処理が終了するとステップS16に移行する。
【0064】
≪ステップS16≫
ステップS16においては、RAM領域に保存された前回の印字位相の値と、これもRAM領域に保存された今回の印字位相の値とから、(1)印字位相の値が増加方向にあるのか、減少方向にあるのか、更には(2)増加方向後に2回連続して減少しているかどうかを判定(減少判定)する。この判定は先に説明した通りである。
【0065】
そして、(1)印字位相の値が増加方法にある、減少方向にあると判定するとステップS18に移行し、(2)増加方向後に2回連続して減少判定されているとステップS17に移行する。
【0066】
≪ステップS17≫
ステップS17においては、印字位相の値の増減方向が反転してから、連続して2回減少判定されているので、減少判定された1回目の掃引回における印字位相に対して、1つ前の掃引回における励振電圧設定値を、最適励振電圧設定値「Vop」として最終的に決定し、その後にエンドに抜ける。
【0067】
尚、上述したように、インクの種類やインクの粘度等の条件によっては、励振電圧値は許容幅を有しており、許容範囲としては減少判定された1回目の励振電圧値の1つ前だけではなく、2つ前~2つ後の間の励振電圧値を自動設定することもできる。
【0068】
ここで、最適励振電圧設定値「Vop」が求まると、これ以降の掃引を行わないので、不要な掃引時間を省略して早い稼働を行うことができる。
【0069】
≪ステップS18≫
ステップS18においては、(1)掃引回がN=0まで完了し、印字位相の値の増減方向が反転せず、依然として増加方向、或いは減少方向にあるか、或いは、(2)掃引回がN=0まで未達かどうかを判定している。
【0070】
(2)掃引回がN=0まで未達と判定されるとステップS13に移行し、現在の掃引回に対して次の掃引を実行する。一方、(1)掃引回がN=0まで完了し、印字位相の値の増減方向が反転せず、依然として増加方向、或いは減少方向にあると判定されるとステップS19に移行する。
【0071】
≪ステップS19≫
ステップS19においては、掃引回がN=0まで完了し、印字位相の値の増減方向が反転せず、依然として増加方向、或いは減少方向と判定されているので、これは異常が発生していると見做して、アラーム(警報)を発報し、その後にエンドに抜ける。尚、アラームが発報されると、作業員によるによる点検が行われる。
【0072】
以上述べたように、本発明は、偏向電極に通電しない状態で圧電素子に対して、所定の電圧範囲で高電圧側から低電圧側に向けて掃引するように、励振電圧値を複数の掃引回に亘って印可し、印可された励振電圧値で生じたインク液滴に、任意の複数の印字位相で帯電電圧を加えることで電荷を与え、インク液滴に与えられた電荷量を電荷量センサで検知して印字位相を求め、掃引回毎に検出された前回の印字位相に対する今回の印字位相の関係が増加側から減少側に反転し印字位相の2回の減少判定が連続して成立したとき、1回目の減少判定の1つ前の掃引回の印字位相に対応する励振電圧値を最終励振電圧値とする、ことを特徴としている。
【0073】
これによれば、インク液滴を形成するのに適切な圧電素子の励振電圧値を自動的に決定することができるので、熟練を要することなく容易に最適な励振電圧値の決定が可能となる。
【0074】
尚、本発明は上記したいくつかの実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。上記の実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。各実施例の構成について、他の構成の追加、削除、置換をすることも可能である。
【符号の説明】
【0075】
1…メインインク容器、2…インク、3…供給弁、4…供給ポンプ、5…メインフィルタ、6…調圧弁、7…噴出弁、8…ノズル、9…供給管、10…インク液滴、11…ガター、12…回収ポンプ、13…回収管、14…サブインク容器、15…補給弁、16…補給管、17…補力液容器、18…補力液、19…補力液ポンプ、20…補力弁、21…補力補給管、22…排気チューブ、23…帯電電極、24…偏向電極、25…電荷量センサ、26…被印字物、27…帯電信号発生回路、28…電荷量増幅回路、29…ROM、30…RAM、31…ビデオRAM、32…MPU、33…励振電圧印可回路、100…インクジェット記録装置、200…バス。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8