(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-10
(45)【発行日】2024-12-18
(54)【発明の名称】固体電解質及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 1/10 20060101AFI20241211BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20241211BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20241211BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20241211BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20241211BHJP
H01M 4/139 20100101ALI20241211BHJP
【FI】
H01B1/10
H01B1/06 A
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/62 Z
H01M4/139
(21)【出願番号】P 2023505310
(86)(22)【出願日】2022-02-28
(86)【国際出願番号】 JP2022008382
(87)【国際公開番号】W WO2022190940
(87)【国際公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-05-30
(31)【優先権主張番号】P 2021039747
(32)【優先日】2021-03-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 崇広
(72)【発明者】
【氏名】市木 勝也
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/095936(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 1/10
H01B 1/06
H01M 10/0562
H01M 10/052
H01M 4/62
H01M 4/139
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み、
前記ハロゲン(X)元素は少なくとも臭素(Br)元素を含み、
アルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含み、
Cukα1を線源とするX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.2±1.0°の範囲にピークAを有し、
前記ピークAを波形分離操作によってピークA1及びピークA2の2つのピークに分離し、前記ピークA1の強度をI
A1、前記ピークA2の強度をI
A2としたとき、前記I
A1に対する前記I
A2の比率(I
A2/I
A1)が0.37以上であり、
前記ピークA1の半値幅をW
A1、前記ピークA2の半値幅をW
A2としたとき、前記W
A1に対する前記W
A2の比率(W
A2/W
A1)が3.2以上である、固体電解質。
【請求項2】
前記ハロゲン(X)元素に対する前記臭素(Br)元素のモル比(Br/X)0.5以上である、請求項1に記載の固体電解質。
【請求項3】
前記リン(P)元素に対する前記ハロゲン(X)元素のモル比(X/P)が1.0以上3.0以下であり、
前記リン(P)元素に対する前記硫黄(S)元素のモル比(S/P)が3.0以上5.0以下である、請求項1又は2に記載の固体電解質。
【請求項4】
前記I
A1に対する前記I
A2の比率(I
A2/I
A1)が1.40以下である、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項5】
前記W
A1に対する前記W
A2の比率(W
A2/W
A1)が15.0以下である、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか一項に記載の固体電解質と活物質とを含む、電極合剤。
【請求項7】
請求項1ないし5のいずれか一項に記載の固体電解質を含有する、固体電解質層。
【請求項8】
正極層と、負極層と、前記正極層及び前記負極層の間の固体電解質層とを有する電池であって、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の固体電解質を含有する、電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質及びその製造方法に関する。また本発明は、固体電解質を含む電極合剤、固体電解質層及び電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多くの液系電池に用いられている電解液の代わりとして、固体電解質が注目されている。固体電解質を用いた固体電池は、可燃性の有機溶媒を使用した液系電池に比べて安全性が高く、更に高エネルギー密度を兼ね備えた電池として実用化が期待されている。固体電解質としては、例えばリチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びハロゲン元素を含む硫化物固体電解質が提案されている(特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】US2016/156064A1
【文献】US2019/148769A1
【発明の概要】
【0004】
硫化物固体電解質は、例えばドライルームなどの低露点環境下において、硫化水素が発生する場合がある。
したがって本発明の課題は、硫化水素の発生が抑制された固体電解質を提供することにある。
【0005】
本発明は、リチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含み、
前記ハロゲン(X)元素は少なくとも臭素(Br)元素を含み、
アルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含み、
Cukα1を線源とするX線回折装置(XRD)により測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.2±1.0°の範囲にピークAを有し、
前記ピークAを波形分離操作によってピークA1及びピークA2の2つのピークに分離し、前記ピークA1の強度をIA1、前記ピークA2の強度をIA2としたとき、前記IA1に対する前記IA2の比率(IA2/IA1)が0.37以上であり、
前記ピークA1の半値幅をWA1、前記ピークA2の半値幅をWA2としたとき、前記WA1に対する前記WA2の比率(WA2/WA1)が3.2以上である、固体電解質を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、回折ピークの波形分離操作のフローチャートである。
【
図2】
図2は、実施例1で得られた固体電解質の回折ピークを波形分離操作した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の固体電解質はアルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含む結晶性の物質からなる。アルジロダイト型結晶構造とは化学式:Ag8GeS6で表される鉱物に由来する化合物群が有する結晶構造である。本発明の固体電解質がアルジロダイト型結晶構造の結晶相を有していることによって、該固体電解質はそのリチウムイオン伝導性が高まるので好ましい。本発明の固体電解質がアルジロダイト型結晶構造の結晶相を有しているか否かは、X線回折装置(XRD)による測定などによって確認できる。
【0008】
本発明の固体電解質は、アルジロダイト型結晶構造の結晶相を含むことに加えて、構成元素として、リチウム(Li)元素、リン(P)元素、硫黄(S)元素及びハロゲン(X)元素を含んでいる。アルジロダイト型結晶構造の結晶相に由来するX線回折パターンは、該結晶相の組成に応じて異なるところ、本発明の固体電解質が上述の元素を含む場合には、Cukα1を線源とするXRDにより測定されるX線回折パターンにおいて、2θ=25.2±1.0°の範囲に、アルジロダイト型結晶構造の結晶相に由来する特徴的なピークAを有する。
このピークAのほかに、本発明の固体電解質は、2θ=15.3°±1.0°、17.7°±1.0°、30.0°±1.0°、30.9°±1.0°及び44.3°±1.0°の範囲にピークを示す場合もある。
更に本発明の固体電解質は、該固体電解質を構成する元素の組成によっては、前記回折ピークに加えて、2θ=47.2°±1.0°、51.7°±1.0°、58.3°±1.0°、60.7°±1.0°、61.5°±1.0°、70.4°±1.0°及び72.6°±1.0°の範囲にピークを示す場合もある。
アルジロダイト型結晶構造に由来するピークの同定には、例えばPDF番号00-034-0688のデータを用いることができる。
【0009】
本発明においては、2θ=25.2±1.0°の範囲に観察されるピークAを波形分離操作によって2つのピークであるピークA1及びピークA2に分離したとき、ピークA1及びピークA2が後述する関係を満たすことが、高いリチウムイオン伝導性を維持しつつ、硫化水素の発生を効果的に抑制する観点から好ましい。なお、対象とする回折ピークとして2θ=25.2±1.0°の範囲に観察される回折ピークを選定した理由は、この範囲であれば、不純物等の回折ピークの影響を受けにくく正確なピーク分離が可能であることによる。
【0010】
前記ピークAを波形分離操作することで、該ピークAがピークA1及びピークA2に分離されることは、本発明の固体電解質が、アルジロダイト型結晶構造の結晶相に加えて他の結晶相を含むことを意味している。本発明の固体電解質においては、アルジロダイト型結晶構造の結晶相が主相であることが好ましい。本発明においては、該ピークA1及びピークA2のうち、相対的に高強度のピークは、アルジロダイト型結晶構造の結晶相に由来するピークA1となる。一方、相対的に低強度のピークは、アルジロダイト型結晶構造の結晶相以外の他の結晶相に由来するピークA2である。本発明の固体電解質におけるほかの結晶相の存在の程度は、ピーク強度及び半値幅によって評価することができる。
ピーク強度に関しては、ピークA1の強度に対して、ピークA2の強度の比率が大きいほど、他の結晶相の存在比率が大きいと判断できる。
半値幅に関しては、ピークA1の半値幅に対して、ピークA2の半値幅の比率が大きいほど他の結晶相の結晶性が低いと判断できる。
【0011】
なお、上記「主相」とは、固体電解質を構成する全ての結晶相の総量に対して、最も割合の大きい相を指す。よって、固体電解質に含まれるアルジロダイト型結晶構造の結晶相の含有割合は、固体電解質を構成する全結晶相に対して、例えば60質量%以上であることが好ましく、中でも70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上、90質量%以上であることが更に好ましい。結晶相の割合は、例えばXRDにより確認することができる。
【0012】
ピークA1及びピークA2の強度については、以下の式(1)を満たすことが好ましい。
IA2/IA1≧0.37 (1)
式(1)において、IA1はピークA1のピーク強度を表し、IA2はピークA2のピーク強度を表す。本明細書においてピーク強度とは、XRDの回折パターンにおけるベースラインからのピーク高さのことである。IA1に対するIA2の比率(IA2/IA1)が式(1)を満たす固体電解質は、高いリチウムイオン伝導性を示しつつ、硫化水素の発生が効果的に抑制されたものとなる。この利点を一層顕著なものとする観点から、IA2/IA1の値は0.40以上であることが更に好ましく、0.43以上であることが一層好ましい。
IA2/IA1の値は、硫化水素の発生抑制効果を維持しながら固体電解質として機能するのに十分なリチウムイオン伝導性を確保するという観点からIA2/IA1≦1.40であることが好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、IA2/IA1の値は1.00以下であることが更に好ましく、0.60以下であることが一層好ましい。
【0013】
ピークA1及びピークA2の半値幅については、以下の式(2)を満たすことが好ましい。
WA2/WA1≧3.2 (2)
式(2)において、WA1はピークA1の半値幅を表し、WA2はピークA2の半値幅を表す。WA1に対するWA2の比率(WA2/WA1)が式(2)を満たす固体電解質は、高いリチウムイオン伝導性を示しつつ、硫化水素の発生が効果的に抑制されたものとなる。この利点を一層顕著なものとする観点から、WA2/WA1の値は3.4以上であることが更に好ましく、3.6以上であることが一層好ましい。
WA2/WA1の値は、ピークA2の由来となるほかの結晶構造について、固体電解質として機能するのに十分なリチウムイオン伝導性を確保するという観点からWA2/WA1≦15.0であることが好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、WA2/WA1の値は10.0以下であることが更に好ましく、7.0以下であることが一層好ましい。
【0014】
ピークA1及びピークA2は、いずれも2θ=25.2±1.0°の位置に観察される。ピークA1のピークトップの位置と、ピークA2のピークトップの位置とは、概ね同じ位置であり、両者の差は0.5°以内、特に0.1°以内であることが、高いリチウムイオン伝導性を維持しつつ、硫化水素の発生を効果的に抑制する観点から好ましい。
【0015】
本発明の固体電解質が上述した式(1)及び(2)を満たすようにするためには、例えば後述する方法によって固体電解質を製造すればよい。
【0016】
回折ピークの波形分離操作においては、メインピークであるピークA1をガウス関数で近似し、アルジロダイト型結晶構造以外の結晶相に由来するピークであるピークA2を非対称二重シグモイド関数で近似すると、精度の高い波形分離操作を行い得ることが本発明者の検討の結果判明した。
【0017】
ガウス関数(Gaussian Function)ygは以下の式(3)で表される。式中、Agは、ピーク強度に対応する定数でありxcgはピーク位置を表す定数であり、wgはピーク幅に対応する定数である。
【0018】
【0019】
非対称二重シグモイド関数(Asymmetric Double Sigmoidal Function)ysは以下の式(4)で表される。式中、Asは、ピーク強度に対応する定数であり、xcsはピーク位置を表す定数であり、w1sはピーク幅に対応する定数であり、w2s及びw3sはピーク幅の偏りに対応する定数である。
【0020】
【0021】
回折ピークの波形分離操作及びカーブフィッティングは適切なソフトウェア等を用いて実施できる。一例として表計算ソフトウェアであるエクセル(マイクロソフト)のソルバー機能を用いた最小二乗法が挙げられる。
具体的には、以下の式(5)で表される信頼性因子Rについてソルバー機能を用いてGRG非線形で最小化することでフィッティングを行う。式(5)におけるI(2θ)は実データのシグナル強度を示す。また、式(5)におけるP(2θ)はフィッティングカーブである。具体的には式(6)に示すように、ピークA1に対応するガウス関数yg、ピークA2に対応する非対称二重シグモイド関数ys、及びベースラインに対応する定数y0の総和で表される。
信頼性因子Rを算出する際の回折角2θの範囲は、2θ=25.2±1.0°の範囲に観察される回折ピークを包含する任意の範囲を採用することができる。例えば23.0°以上27.0°以下の範囲に設定することができる。
フィッティングの際のパラメータとしては、式(3)で表されるピークA1のガウス関数に対する定数Ag、xcg、Wg、及び式(4)で表されるピークA2の非対称二重シグモイド関数に対する定数As、xcs、W1s、W2s、W3s及びベースラインy0を用いる。R因子が20%以下となった場合にのみカーブフィッティングが収束したと判断し、R因子が発散した場合や、値が20%より大きくなった場合には次のステップに移行する。
【0022】
【0023】
【0024】
回折ピークの具体的な波形分離操作は、
図1に示すフローチャートに沿って行われる。以下、このフローチャートについて詳述する。
【0025】
先ずステップ1において、式(3)で表されるピークA1のガウス関数に対するパラメータAg、xcg、Wg、及び式(4)で表されるピークA2の非対称二重シグモイド関数に対するパラメータAs、xcs、W1s、W2s、W3sについて同図に示す初期値を用い、カーブフィッティングを行う。カーブフィッティングにおいてR因子が収束した場合には、そこで解析を終了し、ピークA1及びピークA2が決定される。
【0026】
図1における用語の定義は以下のとおりである。
「実データピーク強度」とは、2θ=25.2±1.0°の範囲に観察される回折ピークの中で、最も強度の大きいピークについて、その頂点となるシグナルの高さからベースラインを除いた値のことを指す。
「実データピーク位置」とは、2θ=25.2±1.0°の範囲に観察される回折ピークの中で、最も強度の大きいピークについて、その頂点となるシグナルにおける回折角2θの値のことを指す。
「実データ半値幅」とは、2θ=25.2±1.0°の範囲に観察される回折ピークにおいて、ベースラインを除いたうえで、強度が実データピーク強度の1/2となるシグナルにおける回折角2θの差分の絶対値のことである。なお、強度が実データピーク強度の1/2となるシグナルにおける回折角2θが3点以上存在する場合は、実データピーク位置の高角側で最も近いシグナルと、低角側で最も近いシグナルの2点の差分を取ることとする。
「実データ1/4値幅」とは2θ=25.2±1.0°の範囲に観察される回折ピークにおいて、ベースラインを除いたうえで、強度が実データピーク強度の1/4となるシグナルにおける回折角2θの差分の絶対値のことである。なお、強度が実データピーク強度の1/4となるシグナルにおける回折角2θが3点以上存在する場合は、実データピーク位置の高角側で最も近いシグナルと、低角側で最も近いシグナルの2点の差分を取ることとする。
【0027】
ステップ1においてR因子が収束しなかった場合には、ステップ2に進み、
図1に示す規則に従い初期値を変更して再度カーブフィッティングを行う。カーブフィッティングにおけるR因子が収束した場合には、そこで解析を終了し、ピークA1及びピークA2が決定される。
ステップ2においてR因子が収束しなかった場合には、ステップ3に進み、
図1に示す規則に従い初期値を更に変更して再度カーブフィッティングを行う。カーブフィッティングにおけるR因子が収束した場合には、そこで解析を終了し、ピークA1及びピークA2が決定される。
ステップ3においてもR因子が収束しなかった場合には、ステップ4に進み、
図1に示す規則に従い初期値を更に変更して再度カーブフィッティングを行う。カーブフィッティングにおけるR因子が収束した場合には、そこで解析を終了し、ピークA1及びピークA2が決定される。カーブフィッティングにおけるR因子が収束しなかった場合には、ガウス関数及び非対称二重シグモイド関数によるカーブフィッティングは不可能であると判断し、ガウス関数のみでカーブフィッティングを行い、ピークA1のみを決定する。ピークA2については強度は0であると判断する。
【0028】
このようにして得られた波形分離結果の一例を
図2に示す。
図2は、実施例1で得られた固体電解質の回折ピークを波形分離操作した結果を示している。同図に示すとおり、回折ピークAはガウス関数で近似されたピークA1と、非対称二重シグモイド関数で近似されたピークA2とに分離される。
カーブフィッティングにより得られたピークA1を表す関数y
gを用いて、ピーク強度I
A1及び半値幅W
A1を算出することが出来る。具体的には関数y
gのうち最も高い値をピーク強度I
A1とし、強度がI
A1の1/2となる2点の回折角2θの差分を半値幅W
A1とする。同様に、カーブフィッティングにより得られたピークA2を表す関数y
sを用いて、ピーク強度I
A2及び半値幅W
A2を算出することが出来る。具体的には関数y
sのうち最も高い値をピーク強度I
A2とし、強度がI
A2の1/2となる2点の回折角2θの差分を半値幅W
A2とする。
【0029】
本発明においては、一層高いリチウムイオン伝導性を達成し且つ硫化水素の発生を一層効果的に抑制する観点から、固体電解質は、その構成元素の組成をコントロールすることが有利である。具体的には、P元素に対するX元素のモル比であるX/Pを1.0以上3.0以下に設定することが好ましい。特にX/Pモル比を、1.2以上2.8以下、とりわけ1.3以上2.5以下に設定することが好ましい。
【0030】
固体電解質における構成元素の組成に関しては、P元素に対するS元素のモル比をコントロールすることも有利である。具体的には、P元素に対するS元素のモル比であるS/Pを3.0以上5.0以下に設定することが好ましい。特にS/Pモル比を、3.5以上4.8以下、とりわけ4.0以上4.5以下に設定すると、固体電解質のリチウムイオン伝導性が更に一層高くなり且つ硫化水素の発生が更に一層効果的に抑制されるので好ましい。
【0031】
更に、固体電解質における構成元素の組成に関しては、固体電解質が、X元素として少なくともBr元素を含むことが、固体電解質のリチウムイオン伝導性が一層高くなり且つ硫化水素の発生が一層効果的に抑制されるので好ましい。X元素に占めるBr元素の割合(モル%)は、例えば50%以上であることが好ましく、60%以上であることが更に好ましく、70%以上、80%以上、更には90%以上であることが一層好ましい。また、Br元素の割合は100%であってもよい。すなわち、X元素としてBr元素のみを含んでいてもよい。固体電解質がX元素としてBr元素に加えてその他のX元素を含む場合には、その他のX元素としては、例えば塩素(Cl)元素、フッ素(F)元素及びヨウ素(I)元素などが挙げられ、特にCl元素を用いることが好ましい。
【0032】
本発明の固体電解質は、組成式LiaPSbXc(Xは少なくともBr元素を含むハロゲン元素である。)で表されることが、固体電解質のリチウムイオン伝導性を高める観点から好ましい。
【0033】
前記の組成式において、リチウム元素のモル比を示すaは、例えば3.0以上6.5以下の数であることが好ましく、3.2以上6.5以下の数であることが更に好ましく、3.4以上6.5以下の数であることが一層好ましい。
前記の組成式において、硫黄元素のモル比を示すbは、例えば3.5以上4.8以下の数であることが好ましく、3.8以上4.6以下の数であることが更に好ましく、4.0以上4.6以下の数であることが一層好ましい。
前記の組成式において、cは、例えば0.1以上3.0以下の数であることが好ましく、0.2以上2.8以下の数であることが更に好ましく、0.4以上2.5以下の数であることが一層好ましい。
a、b及びcがこの範囲内である組成を有する固体電解質は、そのリチウムイオン伝導性が十分に高いものとなる。
【0034】
本発明の固体電解質は、Li元素、P元素、S元素及びX元素以外の元素を含んでいてもよい。例えば、Li元素の一部を他のアルカリ金属元素に置き換えたり、P元素の一部を他のプニクトゲン元素に置き換えたり、S元素の一部を他のカルコゲン元素に置き換えたりすることができる可能性がある。
【0035】
本発明の固体電解質は、固体の状態においてリチウムイオン伝導性を有するものである。本発明の固体電解質は、室温、すなわち25℃においては、例えば、0.5mS/cm以上、中でも1.0mS/cm以上、特に1.5mS/cm以上、とりわけ1.7mS/cm以上のリチウムイオン伝導率を有することが好ましい。リチウムイオン伝導率は、後述する実施例に記載の方法を用いて測定できる。
【0036】
本発明の固体電解質は、粒子の集合体としての粉末からなることが好ましい。本発明の固体電解質の粒径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による累積体積50容量%における体積累積粒径D50で表して、例えば10μm以下であることが好ましく、中でも8.0μm以下であることが好ましく、特に7.0μm以下であることが好ましい。一方、前記体積累積粒径D50は、例えば0.1μm以上であることが好ましく、中でも0.3μm以上であることが好ましく、特に0.5μm以上であることが好ましい。粒径をこの範囲に設定することで、固体電解質の粒子どうしの接触点及び接触面積が大きくなり、リチウムイオン伝導性の向上を効果的に図ることができる。また、比表面積が過度に大きくならないことから硫化水素の発生を効果的に抑制できる。
【0037】
本発明の固体電解質は、好適には以下に述べる方法で製造することができる。原料としては、Li元素源、P元素源、S元素源及びBr元素源を用いる。Li元素源としては例えば硫化リチウム(Li2S)を用いることができる。P元素源としては例えば五硫化二リン(P2S5)を用いることができる。S元素源としては、Li元素源及び/又はP元素源が硫化物である場合には、当該硫化物をS元素源として利用できる。Br元素源としては、臭化リチウムを用いることができる。これらの原料を、Li元素、P元素、S元素及びBr元素が所定のモル比となるように混合してなる原料組成物を粉砕する。そして粉砕された原料組成物を、不活性ガス雰囲気下で焼成するか、又は、硫化水素ガスを含有する雰囲気下で焼成する。
【0038】
特に本製造方法においては、原料組成物の粒径や結晶構造を制御することによって、目的とする固体電解質を首尾よく製造することができる。詳細には、原料組成物の混合粉砕に用いるメディアミルの運転条件を適切に調整して、原料どうしが凝集、複合化して粒成長することを抑制し、原料の粒径を比較的小さな状態にとどめることが有利である。また、原料組成物の混合粉砕に用いるメディアミルの運転条件を適切に調整して、ガラス体やアルジロダイト型結晶構造が生成することなく、原料由来の結晶構造が残存していることが有利である。こうすることによって、後述する焼成工程にて、原料組成物の固相反応を不均一に進行させることができる。その結果、上述したピークA1及びピークA2に波形分離し得るピークAが観察される固体電解質を容易に得ることができる。また、過度に粉砕しないことによって、後述する焼成工程で得られるアルジロダイト型結晶構造を有する化合物の結晶子サイズが過剰に大きくなることが抑制され、更に、後述する粉砕工程において過剰な粉砕エネルギーを加える必要がなくなるので、不安定な新生面の露出が抑制されて硫化水素の発生が抑制される。
【0039】
原料組成物の混合粉砕にはビーズミルやボールミルなどのメディアミルを用いることが好ましい。粉砕時に加えるエネルギーは、原料組成物の粉砕は生じるが、メカノケミカル反応は生じない程度とすることが好ましい。メディアミルの台盤回転数は、例えば、500rpm以下であることが好ましく、400rpm以下であることが更に好ましく、300rpm以下であることが一層好ましい。また、メディアミルの処理時間は、例えば、5分以上であることが好ましく、30分以上であることが好ましい。一方、上記処理時間は、例えば、15時間以下であることが好ましく、12時間以下であることが更に好ましく、10時間以下であることが一層好ましい。
【0040】
このようにして原料組成物の混合粉砕が完了したら、次に該原料組成物を焼成する。焼成は、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うか、又は、硫化水素ガスを含有する雰囲気下で行うことが好ましい。硫化水素ガスを含有する雰囲気は、硫化水素ガス100%でもよく、あるいは硫化水素ガスとアルゴン等の不活性ガスとの混合ガスでもよい。中でも、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気がより好ましい。雰囲気中の硫黄分圧を低くすることで原料組成物中の固相反応が進行しにくくなり、アルジロダイト型結晶構造の生成を不均一にすることができ、それによって上述したピークA1及びピークA2に波形分離し得るピークAが観察される固体電解質を容易に得ることができるからである。また、工業的な観点からも、取り扱いが容易である不活性ガス雰囲気で焼成を行うことが好ましい。
焼成温度は、例えば350℃以上であることが好ましく、420℃以上であることが更に好ましく、470℃以上であることが一層好ましい。一方、焼成温度は、例えば、600℃以下であることが好ましく、550℃以下であることが更に好ましく、520℃以下であることが一層好ましい。
焼成時間は、例えば0.5時間であることが好ましく、2時間以上であることが更に好ましい。一方、焼成時間は、例えば、20時間以下であることが好ましく、10時間以下であることが更に好ましく、5時間以下であることが一層好ましい。アルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含む固体電解質を好適に得ることができるからである。
【0041】
このようにして得られた焼成物を所定の粉砕工程に付す。焼成物を粉砕する場合、乾式粉砕及び湿式粉砕のいずれを行ってもよく、あるいは両者を組み合わせて行ってもよい。上述した原料組成物の混合粉砕及び焼成によって得られた焼成物は、不均一な固相反応に起因して、組成比率や結晶性が異なる複数のアルジロダイト型結晶構造化合物の複合体となっている。このことに起因して、均一な固相反応によって作製した焼成物と比較して結晶粒界が多く、焼成物の粉砕工程において少ない粉砕エネルギーであっても所望の粒度とすることができる。その結果、本製造方法によれば、アルジロダイト型結晶構造中の欠損の生成が抑制される。その結果、水分との反応性が抑制され、硫化水素発生の少ない固体電解質粒子を容易に得ることができる。また本製造方法によれば、焼成物に結晶粒界が多いことから、粉砕工程において露出する反応性の高い新生面の割合を少なくできるので、この観点からも硫化水素の発生が抑制される。
【0042】
上述した不均一な固相反応を生じさせるという観点からは、固体電解質を構成するX元素として、原料の融点が高く固相反応に多くの熱エネルギーを有するCl元素に比べて、原料の融点が比較的低く、少ない熱エネルギーでも固相反応を生じさせることができるBr元素やI元素を採用することがより望ましい。
一方で、アルジロダイト型結晶構造を有する結晶相を含む固体電解質のイオン伝導性を向上させるという観点からは、Cl元素やBr元素を採用することがより望ましい。
以上のことを勘案すると、本発明の効果を十分に発現させるためには、固体電解質を構成するX元素として、Br元素を単独で用いるか、又はBr元素とCl元素との2種を用いることが特に望ましい。
【0043】
以上の方法で得られた固体電解質は、固体電解質層、正極層又は負極層を構成する材料として用いることができる。具体的には、正極層と、負極層と、正極層及び負極層の間の固体電解質層とを有する電池に、本発明の固体電解質を用いることができる。つまり固体電解質は、いわゆる固体電池に用いることができる。より具体的には、リチウム固体電池に用いることができる。リチウム固体電池は、一次電池であってもよく、あるいは二次電池であってもよい。電池の形状に特に制限はなく、例えばラミネート型、円筒型及び角型等の形状を採用することができる。「固体電池」とは、液状物質又はゲル状物質を電解質として一切含まない固体電池のほか、例えば50質量%以下、30質量%以下、10質量%以下の液状物質又はゲル状物質を電解質として含む態様も包含する。
【0044】
固体電解質層に本発明の固体電解質が含まれる場合、該固体電解質層は、例えば固体電解質とバインダー及び溶剤からなるスラリーを基体上に滴下し、ドクターブレードなどで擦り切る方法、基体とスラリーとを接触させた後にエアーナイフで切る方法、スクリーン印刷法等で塗膜を形成し、その後加熱乾燥を経て溶剤を除去する方法等で製造できる。あるいは、粉末状の固体電解質をプレス等によって圧粉体とした後、適宜加工して製造することもできる。
固体電解質層の厚さは、短絡防止と体積容量密度とのバランスから、典型的には5μm以上300μm以下であることが好ましく、中でも10μm以上100μm以下であることが更に好ましい。
【0045】
本発明の固体電解質は、活物質ともに用いられて電極合剤を構成する。電極合剤における固体電解質の割合は、典型的には10質量%以上50質量%以下である。電極合剤は、必要に応じて導電助剤やバインダー等のほかの材料を含んでもよい。電極合剤と溶剤とを混合してペーストを作製し、アルミニウム箔等の集電体上に塗布、乾燥させることによって、正極層及び/又は負極層などの電極層を作製できる。
【0046】
正極層を構成する正極材としては、リチウムイオン電池の正極活物質として使用されている正極材を適宜使用可能である。例えばリチウムを含む正極活物質、具体的にはスピネル型リチウム遷移金属酸化物及び層状構造を備えたリチウム金属酸化物等を挙げることができる。正極材として高電圧系正極材を使用することで、エネルギー密度の向上を図ることができる。正極材には、正極活物質のほかに、導電化材を含ませてもよく、あるいは他の材料を含ませてもよい。
【0047】
負極層を構成する負極材としては、リチウムイオン電池の負極活物質として使用されている負極材を適宜使用可能である。本発明の固体電解質は電気化学的に安定であることから、リチウム金属又はリチウム金属に匹敵する卑な電位(約0.1V対Li+/Li)で充放電する材料であるグラファイト、人造黒鉛、天然黒鉛、難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)などの炭素系材料を負極材として使用できる。それによって固体電池のエネルギー密度を大きく向上させ得る。また、高容量材料として有望なケイ素又はスズを活物質として使用することもできる。一般的な電解液を用いた電池では、充放電に伴い電解液と活物質が反応し、活物質表面に腐食が生じることに起因して電池特性の劣化が著しい。このこととは対照的に、電解液の代わりに本発明の固体電解質を用い、負極活物質にケイ素又はスズを用いると、上述した腐食反応が生じないので電池の耐久性の向上を図ることができる。負極材についても、負極活物質のほかに導電化材を含ませてもよく、あるいは他の材料を含ませてもよい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。
【0049】
〔実施例1〕
以下の表1に示す組成となるように、Li2S粉末と、P2S5粉末と、LiBr粉末とを秤量した。これらの粉末を、遊星ボールミル(フリッチュ社製P-5)を用いて粉砕混合して原料組成物を得た。得られた原料組成物を焼成して焼成物を得た。焼成は管状電気炉を用いて行った。焼成の間、電気炉内に窒素ガスを流通させた。焼成温度は500℃に設定し、4時間にわたり焼成を行った。焼成物をボールミルによって粉砕し、目的とする固体電解質の粉末を得た。XRD測定の結果、この粉末はアルジロダイト型結晶構造の結晶相を有するものであることが確認された。
【0050】
〔実施例2ないし4〕
以下の表1に示す組成となるように原料組成物を調製した以外は実施例1と同様にして固体電解質の粉末を得た。この粉末はアルジロダイト型結晶構造の結晶相を有するものであることが確認された。
【0051】
〔比較例1ないし3〕
以下の表1に示す組成となるように各原料粉末を準備した。また、同表に示すとおり、遊星ボールミルの回転数を実施例よりも高くし且つ時間を実施例よりも長くした条件で原料組成物を粉砕した。そして同表に示すとおり、実施例よりも低温度で且つ長時間にわたり原料組成物を条件で焼成した。これら以外は実施例1と同様にして固体電解質の粉末を得た。
【0052】
〔XRD測定〕
実施例及び比較例で得られた固体電解質について、以下の条件でXRD測定を行い、
図1に示すフローチャートに従い回折ピークの波形分離操作を行った。そして、波形分離操作によって得られたピークA1及びピークA2について、ピーク位置、I
A2/I
A1及びW
A2/W
A1を求めた。それらの結果を表1に示す。また
図2に、実施例1で得られた固体電解質の回折ピークを波形分離操作した結果を示す。
XRD測定は、株式会社リガク製のX線回折装置「Smart Lab」を用いて行った。測定条件は、大気非曝露、走査軸:2θ/θ、走査範囲:10°以上120°以下、ステップ幅0.02°、走査速度1°/minとした。X線源はヨハンソン型結晶を用いたCuKα1線とした。検出には一次元検出器を用いた。測定は21.3±1.0°の強度が100以上700以下のカウント数となるように実施した。また、10°以上120°以下の最大ピーク強度が1000以上のカウント数となるように実施した。
【0053】
〔リチウムイオン伝導率〕
実施例及び比較例で得られた固体電解質について、以下の方法でリチウムイオン伝導率を測定した。その結果を以下の表1に示す。
各固体電解質を、十分に乾燥されたアルゴンガス(露点-60℃以下)で置換されたグローブボックス内で、約6t/cm2の荷重を加え一軸加圧成形し、直径10mm、厚み約1mm~8mmのペレットからなるリチウムイオン伝導率の測定用サンプルを作製した。リチウムイオン伝導率の測定は、株式会社東陽テクニカのソーラトロン1255Bを用いて行った。測定条件は、温度25℃、周波数100Hz~1MHz、振幅100mVの交流インピーダンス法とした。
【0054】
〔硫化水素の発生量〕
実施例及び比較例で得られた固体電解質について、以下の方法で硫化水素の発生量を測定した。その結果を以下の表1に示す。
固体電解質を、十分に乾燥されたアルゴンガス(露点-60℃以下)で置換されたグローブボックス内で2mgずつ秤量し、ラミネートフイルムで密閉された袋に入れた。その後、乾燥空気と大気を混合することで調整した露点-30℃雰囲気で、室温(25℃)に保たれた恒温恒湿糟の中に、容量1500cm3のガラス製のセパラブルフラスコを入れた。セパラブルフラスコをその内部が恒温恒湿糟内の環境と同一になるまで保持してから、固体電解質が入った密閉袋を恒温恒湿糟の中で開封し、素早くセパラブルフラスコ内に固体電解質を入れた。セパラブルフラスコ内にはガスの滞留を抑制する目的でファンを設置し、ファンを回転させてセパラブルフラスコ内の雰囲気を撹拌した。セパラブルフラスコを密閉した直後から30分経過するまでに発生した硫化水素の濃度を、30分後に硫化水素センサー(理研計器製GX-2009)によって測定した。硫化水素センサーの最小測定値は0.1ppmである。
【0055】
【0056】
表1に示す結果から明らかなとおり、各実施例で得られた固体電解質は、比較例の固体電解質に比べてリチウムイオン伝導率が高く且つ硫化水素の発生が抑制されていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によれば、硫化水素の発生が抑制された固体電解質が提供される。