(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-10
(45)【発行日】2024-12-18
(54)【発明の名称】生体検査装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/11 20060101AFI20241211BHJP
【FI】
A61B5/11 310
(21)【出願番号】P 2024067603
(22)【出願日】2024-04-18
(62)【分割の表示】P 2020082583の分割
【原出願日】2020-05-08
【審査請求日】2024-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000005810
【氏名又は名称】マクセル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104547
【氏名又は名称】栗林 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100206612
【氏名又は名称】新田 修博
(74)【代理人】
【識別番号】100209749
【氏名又は名称】栗林 和輝
(74)【代理人】
【識別番号】100217755
【氏名又は名称】三浦 淳史
(72)【発明者】
【氏名】中村 泰明
(72)【発明者】
【氏名】神鳥 明彦
(72)【発明者】
【氏名】水口 寛彦
【審査官】後藤 昌夫
(56)【参考文献】
【文献】特表2020-511206(JP,A)
【文献】国際公開第2018/180779(WO,A1)
【文献】特開2018-130199(JP,A)
【文献】特開2009-213592(JP,A)
【文献】国際公開第2013/146436(WO,A1)
【文献】特開2007-260273(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00-5/398
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
嚥下時の甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動に伴って生じる被検者の喉頭部における2つの位置間の距離の変化を検出する喉頭部変位検出部と被検者が嚥下する際の嚥下音を検出する嚥下音検出部とを保持する可撓性保持具を備える生体検査装置において、
前記可撓性保持具は、被検者の首に当て付けられる押さえ部と被検者の喉頭部に当接される2つのセンサ部とから成る4箇所の押圧ポイントで被検者の首に装着されるようになっており、前記2つのセンサ部にそれぞれ前記喉頭部変位検出部及び前記嚥下音検出部の少なくとも一方が設けられることを特徴とする生体検査装置。
【請求項2】
前記可撓性保持具は、その開放端を利用して被検者の首に装着されるようになっている略環状の首装着部材と、この首装着部材の内側に位置される一対の円弧状のセンサ保持部材とから構成され、
前記首装着部材は、その内側において、前記一対のセンサ保持部材の他端間が開放されるように前記一対のセンサ保持部材の一端をそれぞれ両側で保持し、
前記一対のセンサ保持部材のそれぞれの他端に前記センサ部が配置され、前記首装着部材の前記開放端を形成する対向する末端部に前記押さえ部が形成される、
ことを特徴とする請求項1に記載の生体検査装置。
【請求項3】
前記センサ部は、被検者の首と接触することなく位置される前記各センサ保持部材と共に前記首装着部材とは独立に甲状軟骨の動きに追従することを特徴とする請求項2に記載の生体検査装置。
【請求項4】
前記喉頭部変位検出部は、甲状軟骨を両側から挟み込むように配置されて高周波信号を送受信する発信コイルおよび受信コイルにより構成され、前記嚥下音検出部がマイクロフォンから構成されることを特徴とする請求項1に記載の生体検査装置。
【請求項5】
前記喉頭部変位検出部および前記嚥下音検出部からの検出データを処理する処理部をさらに備え、
前記喉頭部変位検出部から距離情報をサンプリングするサンプリング周波数と、前記嚥下音検出部から音声情報をサンプリングするサンプリング周波数とが互いに異なり、
前記処理部は、前記音声情報の嚥下音波形から包絡線を示す波形を得るとともに、前記距離情報の前記サンプリング周波数と前記音声情報の前記サンプリング周波数とが一致するように前記包絡線を示す波形に対応する包絡線信号をリサンプリングする、
ことを特徴とする請求項1に記載の生体検査装置。
【請求項6】
前記距離情報をサンプリングする前記サンプリング周波数がA(Hz)であり、前記音声情報をサンプリングする前記サンプリング周波数がA×N(Hz)であるときに、前記処理部は、前記包絡線信号を1/Nにリサンプリングして、前記距離情報の前記サンプリング周波数と前記音声情報の前記サンプリング周波数とを一致させることを特徴とする請求項5に記載の生体検査装置。
【請求項7】
前記処理部は、前記包絡線に関して最大振幅を示すピーク点に対応する時間を取得することを特徴とする請求項5に記載の生体検査装置。
【請求項8】
前記処理部は、前記包絡線において、嚥下音が生じている時間区間を取得することを特徴とする請求項5に記載の生体検査装置。
【請求項9】
前記喉頭部変位検出部からの検出データを処理する処理部をさらに備え、
前記処理部は、嚥下動作をモデル化したモデル関数を前記喉頭部変位検出部によって検出される前記検出データに基づく距離情報にフィッティングさせたフィッティング結果から、甲状軟骨の上下動に伴う上下動成分と、甲状軟骨の前後動に伴う前後動成分とを抽出し、これらの抽出された上下動成分および前後動成分に基づいて、甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動を同時に1つの軌跡グラフで示す2次元軌跡データを生成するとともに、前記軌跡グラフ上における各点の符号付きの曲率を算出することを特徴とする請求項1に記載の生体検査装置。
【請求項10】
前記処理部は、最大の曲率をとる前記軌跡グラフ上の点の符号を取得するとともに、この取得した点の座標原点からの幾何距離を取得することを特徴とする請求項9に記載の生体検査装置。
【請求項11】
前記処理部が前記嚥下音検出部からの検出データも処理し、
前記処理部は、前記嚥下音検出部からの音声情報の最大値をとる時間と前記喉頭部変位検出部からの前記距離情報の前記前後方向の最大値をとる時間との時間差を取得することを特徴とする請求項9に記載の生体検査装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の嚥下に関する検査を行なうための生体検査装置、および、生体の嚥下に伴って得られる生体情報を分析するための生体情報分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
主要な死因の一つに肺炎が知られている。その中で、嚥下(swallow)にまつわる障害を意味する嚥下障害(dysphagia)が誘発する誤嚥性肺炎は約6割以上を占めている。
【0003】
嚥下障害の主要な原因疾患は脳卒中であり、その急性期患者の8割に嚥下障害が生じることが知られている。また、脳卒中のような明らかな原因疾患がなくても、年齢が上がるにつれて嚥下障害を有する割合が増加することも知られており、高齢化社会においては、今後、誤嚥性肺炎および嚥下障害の増加が見込まれている。
【0004】
そのため、従来から、嚥下障害を診断するための様々な検査が試みられている。例えば、嚥下障害を正確に評価および把握できる方法として、嚥下造影(Videofluoroscopic Examination of Swallowing: VF)が一般的に知られている。このVFでは、硫酸バリウムなどの造影剤を含む食塊とX線透視装置とを用いて、被検者における嚥下時の食塊の動きや舌骨・喉頭部の挙動がモニターされる。この場合、嚥下運動は、一連の早い動きであるため、一般にビデオに記録して評価される。しかしながら、VFは、潜在的に誤嚥や窒息などの可能性を有する検査であることから注意を要し、また、大型装置であるX線透視装置が必要であることから、被曝や時間的制約、高コストなどの問題も伴う。また、内視鏡を用いて嚥下障害を評価する嚥下内視鏡検査(Videoendoscopic Examination of Swallowing:VE)も知られているが、VFと同様の問題を伴う。このように、VFやVEのような臨床検査は、直接的に喉の動きを見るため、正確に診断できるが、侵襲性が高く、また、所定の設備が必要であるため、どこでも簡単に行なえるというものでもない。
【0005】
これに対し、嚥下障害の簡便な検査法として、触診(反復唾液嚥下テスト(RSST:Repetitive Saliva Swallowing Test))、聴診(頸部聴診法)、観察(水飲みテストおよびフードテスト)、または、質問紙による主観評価などのスクリーニング検査も知られているが、日常的な検査として実施できるものの、定量的な評価が難しく、再現性および客観性に乏しいという問題がある。
【0006】
以上のような問題に鑑み、近年、嚥下状態を共有・記録する方法が幾つか提案されている。例えば、特許文献1は、頸部にマイクを装着し、聴診に相当する音声データをデジタルデータとして保存して、波形解析により嚥下を検出する装置を開示している。また、特許文献2は、マイクに加えて頸部に磁気コイルを装着し、音声データに加えて触診に相当する嚥下時の甲状軟骨の動作データをデジタルデータとして保存して、生体の嚥下に関する検査およびその結果表示を行なう生体検査装置を開示している。この生体検査装置は、具体的には、甲状軟骨を挟み込むように送信コイルと受信コイルとを配設することにより、嚥下時の舌骨の上下前後の2次元的な挙動に付随して生じる甲状軟骨部の左右方向の変位をコイル間の距離情報として計測している。このような検査形態によれば、触診および聴診に相当する距離情報および音声情報を同時に非侵襲的に取得でき、それにより、距離情報と音声情報とを組み合わせて嚥下動作を評価することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013―017694号公報
【文献】特開2009―213592号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、前述した特許文献2の生体検査装置では、距離情報と音声情報とが時系列波形として独立に表示される。そのため、嚥下状態の評価は、時間的な変化のタイミングなどに関し、2種類の波形、すなわち、距離情報に基づく動作波形と音声情報に基づく嚥下音波形とを見比べることによりなされることになる。しかしながら、特に距離情報に基づく動作波形は、舌骨の挙動を甲状軟骨を介して間接的に観測した結果であり、甲状軟骨の上下前後の2次元的な動作を間接的に左右の1次元の動作に見立てていることから、実際の嚥下ダイナミクスを時系列波形から解釈することが困難であり、検査者は、音声情報および距離情報の波形変化から総合的な嚥下挙動を推測するしかない。このような2つの独立した時系列波形の表示に基づく評価形態では、嚥下挙動が具体的にどのようになっているかを一見して把握しづらいという問題がある。
【0009】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、非侵襲的な検査により、嚥下音を伴う甲状軟骨および舌骨の上下前後の2次元的な動作を嚥下ダイナミクスとして一見して把握できるようにする生体検査装置および生体情報分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明の生体検査装置は、
嚥下時の甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動に伴って生じる被検者の喉頭部における2つの位置間の距離の変化を検出する喉頭部変位検出部からの検出データを処理する処理部を備え、
前記処理部は、嚥下動作をモデル化したモデル関数を前記喉頭部変位検出部によって検出される前記検出データに基づく距離情報にフィッティングさせたフィッティング結果から、甲状軟骨の上下動に伴う上下動成分と、甲状軟骨の前後動に伴う前後動成分とを抽出し、これらの抽出された上下動成分および前後動成分に基づいて甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動軌跡を示す2次元軌跡データを生成することを特徴とする。
【0011】
本発明者らは、前記検出データに基づく距離情報、すなわち、
図11に一例として示される、嚥下時の甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動に伴って生じる被検者の喉頭部における2つの位置間の距離の経時的な変化を示すW型の距離波形701(横軸が時間を示し、縦軸が前記2つの位置間の距離を示す)に関し、甲状軟骨の錘状形状に起因して、甲状軟骨および舌骨の2次元動作(前後動作及び上下動作)が1次元(左右)空間に埋め込まれていることを認識し、距離波形701における成分の捉え方を従来とは異なる独自の捉え方に改め、それにより、嚥下音を伴う甲状軟骨および舌骨の上下前後の2次元的な動作を嚥下ダイナミクスとして一見して把握できる従来にはない画期的な情報提示形態を見出した。具体的には、距離波形701では、甲状軟骨の上昇から下降への一連の挙動において、下に凸の波形成分を生じさせ、一方、甲状軟骨の前進から後進への一連の挙動において、上に凸の波形成分を生じさせるが、本発明者らは、W型のこの距離波形701を、
図11の(a)に示されるように、下に凸の波形710aと、上に凸の波形720と、下に凸の波形710bとの組み合わせと捉える従来とは異なり、
図11の(b)に示されるように、緩やかな下に凸の波形710と、鋭い上に凸の波形720との重ね合わせと捉えて、嚥下動作をモデル化したモデル関数を距離波形701にフィッティングさせたフィッティング結果を得るとともに、このフィッティング結果から、上に凸の波形720に対応する甲状軟骨の前後動に伴う前後動成分と、下に凸の波形710に対応する甲状軟骨の上下動に伴う上下動成分とを抽出し、これらの抽出された上下動成分および前後動成分に基づいて甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動軌跡を示す2次元軌跡データを生成する生体情報分析形態を見出した。
本発明の上記構成によれば、嚥下動作をモデル化したモデル関数を喉頭部変位検出部によって検出される検出データに基づく距離情報にフィッティングさせてフィッティング結果を得るようにしているため、非侵襲で甲状軟骨(舌骨)の動作を二次元的に再現(嚥下動作のモデリング)可能になるとともに、嚥下時の甲状軟骨の全ての動作方向に関連する挙動成分、すなわち、上下方向および前後方向の動きにそれぞれ対応する2つの前後動成分および上下動成分をフィッティング結果から抽出し、これらの2つの成分に基づいて甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動軌跡を示す2次元軌跡データを生成するようにしているため、前述した特許文献2のように総合的な嚥下挙動の推測を要することなく甲状軟骨(舌骨)の上下前後の2次元的な動作を嚥下ダイナミクスとして一見して把握する(嚥下挙動が具体的にどのようになっているかを一見して把握する)ことも可能となる。すなわち、本発明によれば、嚥下動作のモデリングおよび成分分解によって嚥下ダイナミクスの可視化が可能となり、その結果、熟練を要することなく嚥下障害の評価を容易に行なうことができる。
【0012】
なお、上記構成において、喉頭部変位検出部は、嚥下時の甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動に伴って生じる被検者の喉頭部における2つの位置間の距離の変化を検出できれば、どのような検出形態を採用しても構わない。例えば、喉頭部変位検出部は、甲状軟骨を両側から挟み込むように配置されて高周波信号を送受信する発信コイルおよび受信コイルにより構成されてもよく、あるいは、喉頭部(甲状軟骨)をステレオカメラなどで三次元的に撮影してその画像データを解析することにより前記距離の変化を検出してもよい。
【0013】
また、上記構成において、処理部は、上下動成分および前後動成分に基づいて、甲状軟骨の上下方向および前後方向のそれぞれの経時的な挙動軌跡を個別に示す2次元軌跡データを生成してもよい。これによれば、甲状軟骨の上下動および前後動の軌跡を個別に把握することも可能となり、嚥下動作の細かい分析にも寄与し得る。
【0014】
また、上記構成において、処理部は、上下動成分および前後動成分に基づいて、甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動を同時に1つの軌跡グラフで示す2次元軌跡データを生成してもよい。これによれば、2つの物理情報(甲状軟骨の上下動情報および前後動情報)からなる嚥下ダイナミクスを1つの軌跡グラフに統合して可視化でき、甲状軟骨(舌骨)の上下前後の2次元的な動作を一見して把握できるようになる。この場合、2次元軌跡データは、互いに直交する2つの座標軸によって規定される座標平面上に示される座標データとして生成され、一方の座標軸が前後動成分の軌跡データ値に対応し、他方の座標軸が上下動成分の軌跡データ値に対応していることが好ましい。実際に、このような軌跡データ値に基づく表示形態は、嚥下造影検査(VF)による舌骨運動等の嚥下動態解析における舌骨の運動軌跡にほぼ対応することが本発明者らにより確認されている。
【0015】
また、上記構成において、生体検査装置は、被検者が嚥下する際の嚥下音を検出する嚥下音検出部を更に備え、処理部は、嚥下音検出部によって検出される検出データに基づいて嚥下音の振幅の経時的な変化を示す嚥下音波形を生成するとともに、嚥下音波形と軌跡グラフとを時間的に対応付けて軌跡グラフ上の各軌跡データ値のプロットを嚥下音の振幅の大きさに応じて識別表示するための識別表示データを生成してもよい。
これによれば、喉頭部変位検出部および嚥下音検出部から得られる2つの物理情報(距離情報及び音声情報)に基づいて喉頭部の挙動と嚥下音の変化とを1つの軌跡グラフに統合して可視化することができるため、嚥下動作と嚥下音とのタイミングなどの嚥下ダイナミクスが非侵襲的に一目で分かるようになる。また、これに加え、軌跡グラフ上の各軌跡データ値のプロットが嚥下音の振幅の大きさに応じて識別表示されるため、どのタイミングで嚥下音が発せられたかが視覚的に一目で分かり、口に入れた物質がどのタイミングで食道から胃へと送り込まれたのかを一見して判別できる。
【0016】
なお、上記構成において、「識別表示」とは、各軌跡データ値のプロットを嚥下音の振幅の大きさに応じて色分け表示する、各軌跡データ値のプロット(マーク)の大きさまたは形状を嚥下音の振幅の大きさに応じて変えるなど、嚥下音の振幅が異なる軌跡データ値同士を識別できる表示形態であれば、どのような表示形態であっても構わない。
【0017】
また、上記構成において、処理部は、フィッティング結果に関連付けられる所定の特徴点、嚥下音波形に関連付けられる所定の特徴点、および、軌跡グラフ上にプロットされる軌跡データ値の発生時間を含む補足情報を軌跡グラフ上に重ねて表示するための補足表示データを生成してもよい。これによれば、喉頭部の挙動と嚥下音の変化とに関連する補足情報によって軌跡グラフ表示を補完でき、軌跡グラフから読み取れる情報量を増やすことができる。したがって、嚥下障害の評価をより正確に且つ迅速に行なうことができるようになる。なお、「特徴点」としては、フィッティング結果(例えばフィッティングされた動作波形)および嚥下音波形またはこれに関連する波形の上限ピーク値および下限ピーク値を含めて、波形における特異点や変曲点などを挙げることもできる。
【0018】
また、上記構成において、処理部は、軌跡グラフの移行方向と軌跡グラフから算出される所定の特徴量とを含む参照情報を軌跡グラフと共に表示するための参照表示データを生成してもよい。これによれば、軌跡グラフだけからは把握し難い情報を軌跡グラフと共に付加して表示でき、軌跡グラフの理解度を高めることができるとともに、正確且つ迅速な嚥下障害評価に寄与し得る。なお、「特徴量」としては、例えば、甲状軟骨の前後方向の変位の最大量、上下方向の変位の最大量、前記動作波形と前記嚥下音波形とがそれぞれ最大値を取る時間の時間差、甲状軟骨の前後方向の変位の分散値に対する前記時間差の割合などを挙げることができる。
【0019】
また、本発明は、前述した特徴を有する生体情報分析方法も提供する。このような生体情報分析方法によれば、前述した生体検査装置と同様の作用効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、嚥下動作をモデル化したモデル関数を喉頭部変位検出部によって検出される検出データに基づく距離情報にフィッティングさせたフィッティング結果から、甲状軟骨の上下動に伴う上下動成分と、甲状軟骨の前後動に伴う前後動成分とを抽出し、これらの抽出された上下動成分および前後動成分に基づいて甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動軌跡を示す2次元軌跡データを生成するようにしているため、非侵襲的な検査により、嚥下音を伴う甲状軟骨および舌骨の上下前後の2次元的な動作を嚥下ダイナミクスとして一見して把握できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る生体検査装置の機能ブロック図である。
【
図2】
図1の生体検査装置の喉頭部変位検出部を保持する可撓性保持具の概略斜視図である。
【
図3】
図1の生体検査装置の計算機の機能ブロック図である。
【
図4】
図3の計算機の処理部の動作解析部の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図5】
図3の計算機の処理部の音声解析部の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図6】
図3の計算機の処理部の分析部の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図7】
図1の生体検査装置の喉頭部変位検出部により検出される典型的な距離情報に基づく距離波形図である。
【
図8】(a)は、
図1の生体検査装置の喉頭部変位検出部によって検出される検出データに基づく距離情報および該距離情報から得られるフィッティングされた動作波形(フィッティング波形)であり、(b)は、甲状軟骨の上下方向および前後方向のそれぞれの経時的な挙動軌跡を個別に示す成分波形である。
【
図9】
図1の生体検査装置の嚥下音検出部により検出される典型的な音声情報に基づく包絡線を含む嚥下音波形図である。
【
図10】
図1の生体検査装置の処理部で得られる2次元軌跡データに基づいて表示される軌跡グラフの一例を示す。
【
図11】(a)は、距離波形における成分の従来の捉え方を示す波形図、(b)は、距離波形における成分の本発明の捉え方を示す波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照しながら本発明の一実施の形態について説明する。
図1は、本発明の一実施の形態に係る生体検査装置100の構成例を示す機能ブロック図である。図示のように、生体検査装置100は、被検体(被検者)101の嚥下時の甲状軟骨(俗称:喉仏)の上下方向および前後方向の挙動に伴って生じる被検体101の喉頭部(甲状軟骨の周囲の生体部位)における2つの位置間の距離の変化を検出する喉頭部変位検出部としての送信コイル102および受信コイル103と、被検体101が嚥下する際の嚥下音を検出する嚥下音検出部としてのマイクロフォン106とを有し、これらのコイル102,103およびマイクロフォン106は
図2に関連して後述する可撓性保持具113に保持される。
【0023】
送信コイル102および受信コイル103は、甲状軟骨を両側から挟み込むように互いに対向して配置され、送信コイル102は送信機104に接続されるとともに、受信コイル103は受信機105に接続される。また、マイクロフォン106は、被検体101の甲状軟骨近傍に配置され、嚥下時にマイクロフォン106により捕捉される嚥下音を検出する検出用回路107に電気的に接続されるとともに、検出用回路107から電源供給等を受けて動作する。なお、マイクロフォン106は、嚥下音以外の周囲音を極力拾わないように例えばピエゾ素子(圧電素子)を用いたマイクロフォンであることが好ましいが、コンデンサー型マイクロフォン等であってもよい。
【0024】
また、生体検査装置100は、制御装置108と、計算機109と、表示装置110と、外部記憶装置111と、入力装置112とを更に有する。制御装置108は、送信機104、受信機105、検出用回路107、計算機109、および、外部記憶装置111の動作を制御し、電源供給や信号の送受信タイミング等を制御する。また、計算機109は、CPU、メモリ、内部記憶装置などを備える情報処理装置であり、様々な演算処理を行なう。計算機109が行なう制御や演算は、CPUが所定のプログラムを実行することによって実現される。ただし、演算の一部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programable Gate Array)等のハードウェアにより実現することも可能である。なお、この計算機109には、表示装置110、外部記憶装置111、および、入力装置112が電気的に接続される。
【0025】
また、表示装置110は、ディスプレイにより計測波形や計算機109による解析情報を表示するインタフェースである。なお、特定の機能に関してはLEDや音声等により報知されてもよい。また、外部記憶装置111は、前記内部記憶装置とともに、計算機109が実行する各種の演算処理に用いられるデータ、演算処理により得られるデータ、入力装置112を介して入力される条件、パラメータ等を保持する。また、入力装置112は、本実施の形態において実施される計測や演算処理に必要な条件等をオペレータが入力するためのインタフェースである。
【0026】
このような構成では、送信機104により生成される高周波信号が送信コイル102に送信されることによって送信コイル102から高周波磁場が照射され、それに伴って受信コイル103で受信される信号が受信機105で受けられるようになる。また、受信機105で受けられた信号は、コイル間電圧の出力電圧計測値として計算機109に送られる。一方、マイクロフォン106により捕捉された嚥下音は、検出用回路107で検出されて電圧信号に変換され、この検出用回路107から出力電圧計測値として計算機109に入力される。
【0027】
図2には、送受信コイル102,103およびマイクロフォン106を保持する可撓性保持具113が示される。この可撓性保持具113は、各種樹脂などの任意の可撓性材料によって形成されており、図示のように、その開放端を利用して被検体101の首に装着されるようになっている略環状の首装着部材202と、この首装着部材202の内側で略同一の円弧に沿うように位置される一対の円弧状のセンサ保持部材203a,203bとから構成され、首装着部材202がその内側において一対のセンサ保持部材203a,203bの一端をそれぞれ両側で保持するように一体結合されるとともに、センサ保持部材203a,203bの他端間が開放されて被検体101の喉頭部付近に位置されるようなっている。そして、一対のセンサ保持部材203a,203bのそれぞれの他端にはセンサ部204a,204bが配置され、これらのセンサ部204a,204bは、被検体101の喉頭部に当接されるとともに、被検体101の首と接触することなく位置される各センサ保持部材203a,203bと共に首装着部材202とは独立に嚥下の動き(甲状軟骨等の動き)に追従できるようになっている。
【0028】
センサ部204a,204bの一方の内部には送信コイル102が、他方の内部には受信コイル103が固定状態で配設されるとともに、センサ部204a,204bのいずれかの内部にマイクロフォン106が固定状態で配設されている。特に本実施の形態において、送信コイル102および受信コイル103は、互いに対向し易い(被検体101の首表面の鉛直方向に近い)向きに配置されるようにセンサ部204a,204bに装着されており、それにより、信号対ノイズ(SN)比が高い検出を可能としている。そのため、マイクロフォン106と送信コイル102又は受信コイル103とを略直交する位置に配置することができ、マイクロフォン106から発生する磁場ノイズが送信及び/又は受信コイル102,103へ混入するのを低減することができる。ただし、送信コイル102および受信コイル103の対応の位置やマイクロフォンとの直交の位置については、記載の配置に限定されるものではなく、SN比が十分に高い検出を実現できる位置であればよい。
【0029】
また、首装着部材202の開放端を形成する対向する末端部(被検体101の首の裏側に位置される首装着部材202の部位)には、被検体101の首に当て付けられる押さえ部205a,205bが円筒状または球状等の押圧に適した形状を成して形成されている。これらの2つの押さえ部205a,205bとセンサ保持部材203a,203bの他端に設けられる前述の2つのセンサ部204a,204bとから成る4箇所の押圧ポイントによって被検体101の首の大きさに関係なく可撓性保持具113を首に容易に装着できるようになっている。なお、センサ部204a,204bに内蔵される送受信コイル102,103およびマイクロフォン106から延びる電気配線201a,201bは、
図1に示される送信機104、受信機105、および、検出用回路107にそれぞれ電気的に接続される。
【0030】
図3には計算機109の機能ブロック図が示される。図示のように、計算機109は、嚥下計測部410と、処理部420と、表示部430とを備える。嚥下計測部410は、
図1に関連して説明した送信コイル102、受信コイル103、送信機104、受信機105、マイクロフォン106、検出用回路107、および、制御装置108を用いて嚥下動作および嚥下音を計測する(喉頭部変位検出ステップおよび嚥下音検出ステップ)。また、処理部420は、距離情報を解析する動作解析部421と、音声情報である嚥下音を解析する音声解析部422と、距離情報と嚥下音とを組み合わせて分析を行なう分析部423とを有し、これらによって嚥下計測部410で計測されたデータを処理する(処理ステップ)。具体的には、処理部420は、後述するように、嚥下動作をモデル化したモデル関数(本実施の形態では、後述する式(1))を送受信コイル102,103によって検出される検出データに基づく距離情報(本実施の形態では、被検体101の甲状軟骨を間に挟み込むように配置されるコイル102,103間の距離の経時的な変化を示すデータ(後述する
図7に示される距離波形701))にフィッティングさせたフィッティング結果(本実施の形態では、後述する
図8の(a)に示されるフィッティングされた波形1103)を得るとともに、このフィッティング結果から、甲状軟骨の前後動に伴う前後動成分(本実施の形態では、後述する
図8の(b)に示される前後動成分波形1105またはそれを形成するデータ値)と、甲状軟骨の上下動に伴う上下動成分(本実施の形態では、後述する
図8の(b)に示される上下動成分波形1106またはそれを形成するデータ値)とを抽出し、これらの抽出された上下動成分および前後動成分に基づいて甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動軌跡を示す2次元軌跡データ(本実施の形態では、後述する
図10に示される軌跡グラフ901を形成するためのデ-タ)を生成する。また、処理部420は、後述するように、マイクロフォン106によって検出される検出データに基づいて嚥下音の振幅の経時的な変化を示す嚥下音波形(本実施の形態では、後述する
図9に示される嚥下音波形801)を生成するとともに、嚥下音波形と軌跡グラフとを時間的に対応付けて軌跡グラフ上の各軌跡データ値のプロットを嚥下音の振幅の大きさに応じて識別表示するための識別表示データを生成する。また、表示部430は、嚥下計測部410および処理部420により計測および処理された情報(データ)を表示装置110に表示する(表示ステップ)。なお、嚥下計測部410、処理部420、および、表示部430は独立に動作する。
【0031】
図4には、
図3の計算機109の処理部420の動作解析部421の処理の流れが示される。動作解析部421は、送受信コイル102,103によって検出される検出データを処理するものであり、具体的には、まず最初に、ステップS501において、嚥下計測部410で計測されたデータに対して平滑化を施す。特に本実施の形態においては、Savitzky-Golayフィルタによる区分的多項式近似を用いて平滑化を実施する。この場合の平滑化は、窓数および多項式の次数を例えばそれぞれ5,51などと設定することによって実施される。なお、平滑化の手法は、例えば、単純移動平均などであってもよく、これらによって本発明が限定されるものではない。
【0032】
続いてステップS502では、ステップS501において平滑化された計測信号に対してフィッティングがなされる。これに関連して、
図7には、被検体101の喉頭部における2つの位置間の距離である送受信コイル102,103間の距離の経時的な変化を示す距離波形701の典型例が示される。計測されるこのような距離波形701は、甲状軟骨(舌骨)の2次元動作(前後動および上下動)を1次元(左右)で観測した結果であり、甲状軟骨が錘状の形状をしていることから、図示のようにW型の波形形状を呈する。具体的には、被検体101が食塊を口に入れて飲み込む嚥下を開始する開始点(時間T
0)702から食塊が食道へと送り込まれるにつれて甲状軟骨が挙上し、それにより、送受信コイル102,103間の距離がD
0からD
1へと狭まり、距離波形701が第1の谷部(第1の下限ピーク値;時間T
1)703に達する。なお、この食塊送り込み過程では、被検体101の喉頭蓋が下方へ移動して鼻腔から気道への経路が塞がれる。その後、食塊が食道を通過する際に、食道を開放するべく甲状軟骨が前方(被検体の顔が向いている方向)へ移動し、それにより、送受信コイル102,103間の距離がD
1からD
2へと広がり、距離波形701が第1の谷部703から山部(上限ピーク値;時間T
2)704へと移行する。そして、食塊が食道(喉頭蓋)を完全に通過して胃へと送り込まれると、喉頭蓋の上方への移動に伴って甲状軟骨も後方へ移動し、それにより、送受信コイル102,103間の距離がD
2からD
3へと狭まり、距離波形701が山部704から第2の谷部(第2の下限ピーク値;時間T
3)705へと移行する。その後、喉頭蓋および甲状軟骨が元の位置へ戻るべく、甲状軟骨が下降し、それにより、送受信コイル102,103間の距離がD
3からD
4へと広がって、距離波形701が第2の谷部705から終了点(時間T
4)706へと移行する。
【0033】
以上から分かるように、このような距離波形701では、甲状軟骨の上昇から下降への一連の挙動において、下に凸の波形成分を生じさせ、一方、甲状軟骨の前進から後進への一連の挙動において、上に凸の波形成分を生じさせる。したがって、このことから、本実施の形態では、W型の距離波形701を、
図7に短破線および長破線により区別して示されるように、緩やかな下に凸の波形710(
図8の(b)に示される上下動成分波形1106に対応する)と、鋭い上に凸の波形720(
図8の(b)に示される前後動成分波形1105に対応する)との重ね合わせと捉え、以下の式(1)のようにモデル化する。
【数1】
ここで、tは時間、y(t)は計測した距離波形、rAP(t)は前後方向の成分、rHF(t)は上下方向の成分、d(t)は体動など(例えば、首の太さなどの個体差により生じる初期値からのオフセット)から生じるトレンド成分、eは計測ノイズを示す。
【0034】
また、本実施の形態では、前後方向および上下方向の成分rAP,rHFを正規分布で、トレンド成分d(t)を一次方程式でモデル化するが、これらのモデルは自己回帰モデルや非線形モデルでもよく、これらによって本発明が限定されるものではない。また、本実施の形態のこのようなモデリングでは、数理最適化手法を用いてパラメータフィッティングすることによって各成分を求める。なお、本実施の形態では、非線形最小二乗法を用いてパラメータフィッティングを実施するが、これによって本発明が限定されるものではない。また、パラメータフィッティングを行なう際に、例えば、rAPの分散値がrHFの分散値よりも小さくなる、といった制約を設けても構わない。
【0035】
このような正規分布を使用したモデル関数(式(1))をフィッティングした結果が
図8の(a)に示される。図中、ドットで表わされるデータ値により形成される波形1102は、
図7に示される距離波形701に対応し、また、実線で表わされる波形1103は、波形1102を形成する距離情報にモデル関数をフィッティングさせた動作波形(フィッティング波形)である。ここで、横軸は時間であり、縦軸は、
図7に示されるコイル間の距離に基づく正規化された振幅である。
【0036】
以上のような信号フィッティングステップS502が終了したら、今度は、ステップS503において、フィッティングしたモデル関数からパラメータを抽出する。本実施の形態では、甲状軟骨の前後方向および上下方向の挙動をそれぞれ独立した正規分布でモデル化したため、このステップS503では、これらの挙動のそれぞれの「振幅」、「平均値」、「分散」を抽出する。なお、「振幅」は甲状軟骨の動作の大きさ、「平均値」は動作が発生した時間、「分散」は動作の持続時間にそれぞれ対応する。
【0037】
これに関連して、
図8の(b)には、
図8の(a)に示される動作波形(フィッティング波形)1103から甲状軟骨の前後方向および上下方向の成分のみを個別に抽出して表示させた波形(上に凸の前後動成分波形1105および下に凸の上下動成分波形1106)が示される。このように、本実施の形態の生体検査装置100の動作解析部421を含む処理部420は、上下動成分および前後動成分に基づいて、甲状軟骨の上下方向および前後方向のそれぞれの経時的な挙動軌跡を個別に示す2次元軌跡データを生成できるようになっている。
【0038】
このような成分抽出ステップS503が終了したら、今度は、ステップS504において、ステップS503にて抽出したパラメータを用いて再構築した波形から、W型波形の特徴点、すなわち、
図7の距離波形701上のピーク点等702~706(D
0~D
4およびT
0~T
4のデータ値)に対応する特徴点を抽出する。具体的には、本実施の形態では、式(1)のように計測信号をモデル化して成分分離していることから、ノイズおよびトレンド成分を加味することなく簡便に特徴点の抽出を行なう。より具体的には、一例として、T
2をrAPの平均値として取得し、T
1およびT
3をそれぞれT
2の前後における最小値を示す時間として取得し、T
0およびT
4をそれぞれrHFの平均値から負および正の方向に分散値分だけ進んだ点の時間として取得する。そして、時間T
0~T
4に対応する値としてD
0~D
4をそれぞれ取得する。
【0039】
このようなピーク値検出ステップS504が終了したら、今度は、ステップS505において、前述の各ステップS501~S504で算出された波形、パラメータ、特徴点等が計算機109の内部記憶装置および/または外部記憶装置111に保存される。なお、以上の各ステップS501~S505は、嚥下計測部410による嚥下動作および嚥下音の計測中に実施されてもよく、また、複数回実施されてもよい。
【0040】
図5には、
図3の計算機109の処理部420の音声解析部422の処理の流れが示される。図示のように、ステップS601では、マイクロフォン106から嚥下計測部410を通じて計測された音声情報(一般に正負両方の値を含む音声信号)に対して整流処理が施される。ここで、整流処理とは、絶対値を取って負の値を正の値へ変換する処理を示す。
図9には、典型的な音声情報を整流処理して成る嚥下音波形801が示される。
【0041】
ステップS602では、ステップS601で得られる整流処理された信号が対数変換される。この処理によって、嚥下音に混入するスパイク状の信号の影響を低減することができる。
【0042】
ステップS603では、ステップS602で得られる対数変換された信号に対して平滑化が施される。特に本実施の形態では、移動平均を用いて平滑化処理が行なわれ、移動平均の窓幅が400点に設定される。なお、この平滑化手法によって本発明が限定されるものではない。
【0043】
ステップS604では、ステップS603で得られた平滑化信号に対して指数変換が施される。これにより、当初の計測した音声情報の包絡線を示す波形を得ることができる。
図9には、そのような典型的な音声情報(嚥下音波形801)から得られる包絡線802が破線で示されている。
【0044】
ステップS605では、ステップS604で得られた包絡線信号がリサンプリングされる。具体的には、本実施の形態では、
図3に示される嚥下計測部410での音声情報および距離情報のサンプリング周波数がそれぞれ4000Hzおよび100Hzであるため、包絡線信号を1/40にリサンプリングして距離情報のサンプリング周波数と一致させる処理を行なう。
【0045】
ステップS606では、ステップS605で得られるリサンプリングされた包絡線信号に関して特徴点としての最大値が求められる。これは、嚥下音信号(嚥下音波形801)において最大振幅が得られる区間が摂取物の流動を示していると考えられており、嚥下音の重要な特徴だからである。そのため、このステップ606では、
図9に示される包絡線802に関して最大振幅を示すピーク点803に対応する時間S
2が取得される。
【0046】
ステップS607では、ステップS605で得られるリサンプリングされた包絡線信号の嚥下音区間が求められる。すなわち、包絡線802において、嚥下音が生じている時間区間Ts得るために、嚥下音区間の両端の時間が取得される。具体的には、
図9中に一点鎖線で示される振幅閾値804を設定するとともに、ステップS606で求められた最大値(ピーク点803)からみて閾値804を下に横切る点、すなわち、時間的に早い開始点805および時間的に遅い終了点806にそれぞれ対応する時間S
1,S
3を特徴点として取得する。また、本実施の形態においては、閾値804として中央値に正規化中央絶対偏差を加えた値を用いる。なお、閾値804の設定方法によって本発明が限定されるものではなく、平均値に標準偏差を加えた値などを用いてもよい。
【0047】
最後に、ステップS608では、前述の各ステップS601~S607で算出された波形および特徴量等が計算機109の内部記憶装置および/または外部記憶装置111に保存される。なお、以上の各ステップS601~S608は、嚥下計測部410による嚥下動作および嚥下音の計測中に実施されてもよく、また、複数回実施されてもよい。
【0048】
図6には、
図3の計算機109の処理部420の分析部423の処理の流れが示される。図示のように、ステップS1001では、フィッティングされた波形である動作波形1103(または距離波形701)の前後方向および上下方向の最大変位(最大値)が算出される。
【0049】
ステップS1002では、
図10を参照して以下で詳しく説明する前述の軌跡グラフ901上における各点の符号付き曲率が算出される。このステップS1002では、軌跡グラフ901の時間進展方向(移行方向)が抽出され、前記最大変位をとる点を抽出するために、軌跡グラフ901上の各点における符号付き曲率が計算される。
【0050】
ステップS1003では、ステップS1002で得られた符号付き曲率において符号が取得される。具体的には、軌跡グラフ901においては、その座標原点から最も遠い点において曲率の振幅が最大となるため、軌跡グラフ901上の各点の曲率を算出した後に最大の曲率をとる点の符号を取得する。座標系として、反時計回りが正、時計回りが負、といったように符号を決定することにより、時間進展方向が一意に求まる。なお、符号の正負を決定付ける要因は、前後方向の成分rAPおよび上下方向成分rHFの平均値の大小であり、時間進展方向が反時計回りである後述する
図10の軌跡グラフ901においては、前後方向の変位の平均値(すなわち、最大値をとる時間)の方が上下方向のそれよりも早いことを示す。
【0051】
ステップS1004では、ステップS1002で算出された符号付き曲率の最大値が得られた点の座標原点からの幾何距離が取得される。軌跡グラフ901では、座標原点から最も遠い点において曲率の振幅が最大となるため、曲率の振幅が最大となる点から座標原点までの幾何距離を計算する。これによって、甲状軟骨の上下方向および前後方向の成分を合成したときに最も変位が大きい時点(時間)を取得することができる。
【0052】
ステップS1005では、音声情報の最大値をとる時間と距離情報の前後方向の最大値をとる時間との時間差が取得される。これは、特に、最大値をとる時間差が、嚥下状態を特徴付ける上で重要なパラメータだからである。本実施の形態においては、後述する軌跡グラフ901の表示形態からも分かるように、このパラメータが視覚的に把握できるだけでなく、定量値としても表示できる。なお、これらの定量値によって本発明が限定されるものではなく、例えば、軌跡グラフによって取り囲まれる領域の面積を特徴量として表示するなどしてもよい。
【0053】
ステップS1006では、ステップS1005で得られた時間差の、距離情報の前後方向の成分を示すモデル(
図8の(b)に示される前後動成分波形1105)の分散値を基準にした割合(分散値に対する時間差の割合)を取得する。健常者モデルでは甲状軟骨が前進しているタイミングで嚥下音が発生することから、このステップS1006では、個人内でどの程度の嚥下音発生ずれがあるのかを表示するために前記割合を算出する。
【0054】
最後に、ステップS1007では、前述の各ステップS1001~S1006で算出された波形および特徴量等が計算機109の内部記憶装置および/または外部記憶装置111に保存される。なお、以上の各ステップS1001~S1007は、嚥下計測部410による嚥下動作および嚥下音の計測中に実施されてもよく、また、複数回実施されてもよい。
【0055】
以上のような処理ステップに基づき、処理部420は、更に、前述した上下動成分および前後動成分に基づいて、甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動を同時に1つの軌跡グラフ901(
図10参照)で示す2次元軌跡データを生成するようになっている。具体的には、そのような2次元軌跡データは、互いに直交する2つの座標軸によって規定される座標平面上に示される座標データとして生成され、一方の座標軸が前後動成分の軌跡データ値に対応し、他方の座標軸が上下動成分の軌跡データ値に対応する。より具体的には、
図10に示されるように、前述した動作解析部421による信号フィッティング(
図4のステップS502)及び成分抽出(
図4のステップS503)に基づき、前述した上下動成分波形1106上のデータ値と前後動成分波形1105上のデータ値とを時間的に対応付けて、横軸を前後動成分の軌跡データ値(前後方向の変位;前後動成分波形1105における正規化された振幅)、縦軸を上下動成分の軌跡データ値(上下方向の変位;上下動成分波形1106における正規化された振幅)としてプロットする。すなわち、横軸は、
図4のステップS503にて式(1)のrAPに対して抽出されたパラメータを有する正規分布の値を示し、縦軸は、式(1)のrHFに対して抽出されたパラメータを有する正規分布の値を示す。
【0056】
図10に示されるこのような軌跡グラフ901は、計算機109の表示部430を介して表示装置110に表示されるが、特に本実施の形態では、軌跡グラフ901上の各軌跡データ値のプロットが嚥下音の振幅の大きさに応じて識別表示、例えば色分け表示されるようになっている。このような識別表示を実現するため、処理部420は、前述したようにマイクロフォン106を通じて検出される検出データに基づいて嚥下音の振幅の経時的な変化を示す嚥下音波形801および包絡線802を生成するとともに、嚥下音波形801または包絡線802と軌跡グラフ901とを時間的に対応付けて軌跡グラフ901上の各軌跡データ値のプロットを嚥下音の振幅の大きさに応じて識別表示するための識別表示データを生成する。また、このような識別表示に関連して、色分け表示される本実施の形態では、縦軸に沿う嚥下音振幅値の大小に伴って色がどのように変化するのかを示す参照用の帯グラフ909が軌跡グラフ901に隣接して表示される。例えば、ここでは、嚥下音の振幅が大きくなればなるほど黄色を帯び、振幅が小さくなればなるほど青色を帯びるような識別表示形態を成す。あるいは、白黒で色分けし、振幅が大きくなればなるほど色が薄くなるような識別表示形態であってもよい。なお、識別表示形態は、これに限定されず、各軌跡データ値のプロット(マーク)の大きさまたは形状を嚥下音の振幅の大きさに応じて変えるなど、嚥下音の振幅が異なる軌跡データ値同士を識別できる表示形態であれば、どのような表示形態であっても構わない。
【0057】
軌跡データ値を時系列的な散布図としてプロットしたこのような軌跡グラフ901は、甲状軟骨の前後方向および上下方向の挙動を2つの座標軸で分離して表示するものであり、嚥下における甲状軟骨の挙動を一目で把握できるようにする。また、このように嚥下動作の挙動に加えて嚥下音情報の特徴を1つの軌跡グラフ901に表示させることにより、嚥下音が甲状軟骨の挙動に対してどの時点で発生したかを視覚的に確認することができ、嚥下動作を定量的に把握できるのみならず、正常な状態からの嚥下音のずれや嚥下音のパワーも一目で把握できる。
【0058】
また、この軌跡グラフ901には、様々な補助的な情報が付加して表示される。この目的のため、本実施の形態において、処理部420は、動作波形1103(または距離波形701)に関連付けられる所定の特徴点、嚥下音波形801(または包絡線802)に関連付けられる所定の特徴点、および、軌跡グラフ901上にプロットされる軌跡データ値の発生時間を含む補足情報を軌跡グラフ901上に重ねて表示するための補足表示データを生成するとともに、軌跡グラフ901の移行方向と軌跡グラフ901から算出される所定の特徴量とを含む参照情報を軌跡グラフ901と共に表示するための参照表示データも生成するようになっている。
【0059】
具体的に、そのような補助的な表示に関し、
図10中、902は、軌跡がどちらの方向に進展したか(軌跡グラフ901の移行方向)を示す矢印である。本実施の形態においては、軌跡が座標原点から始まって反時計回りに回転した後に座標原点に戻ることを示している。また、903は、軌跡グラフ901から算出される特徴量を示す。具体的には、前後方向の変位の最大量、上下方向の変位の最大量、904により示される座標原点からの最大変位、動作情報と音声情報とがそれぞれ最大値をとる時間の時間差(σ)、および、前後方向の変位(rAP)の分散値を基準にした前記時間差の割合、がそれぞれ特徴量として示される。これらの情報は、前述した分析部423による処理によって得られる。なお、この特徴量の表示の仕方としては、本実施の形態のように軌跡グラフ901の座標領域よりも上側に表示するのではなく、軌跡グラフ901の座標領域中に表示したり、あるいは、別図に表示したりしてもよく、これらによって本発明が限定されるものではない。
【0060】
また、
図10中、905は、軌跡グラフ901上にプロットされる軌跡データ値の発生時間を示しており、本実施の形態においては0.1秒ごとに表示される。また、906は、
図4のステップS504により求められた距離情報におけるピーク点を示す。また、907は、
図5のステップS606により求められた音声情報の最大値をとる時点を示す。この表示により、音声情報の最大値を示す時点と、距離情報における甲状軟骨の前後方向の成分の最大値を示す時点、との時間的なずれが図中にて確認できる。また、908は、
図5のステップS607により求められた音声情報の開始点805および終了点806(
図9参照)を示す。
【0061】
以上説明したように、本実施の形態によれば、嚥下動作をモデル化したモデル関数を送受信コイル102,103によって検出される検出データに基づく距離情報にフィッティングさせてフィッティング結果を得るようにしているため、非侵襲で甲状軟骨(舌骨)の動作を二次元的に再現(嚥下動作のモデリング)可能になるとともに、嚥下時の甲状軟骨の全ての動作方向に関連する挙動成分、すなわち、上下方向および前後方向の動きにそれぞれ対応する2つの前後動成分および上下動成分をフィッティング結果から抽出し、これらの2つの成分に基づいて甲状軟骨の上下方向および前後方向の挙動軌跡を示す2次元軌跡データを生成するようにしているため、総合的な嚥下挙動の推測を要することなく甲状軟骨(舌骨)の上下前後の2次元的な動作を嚥下ダイナミクスとして一見して把握することも可能となる。
【0062】
なお、本発明は、前述した実施の形態に限定されず、その要旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。例えば、前述の実施の形態では、本発明が甲状軟骨の挙動に適用されているが、本発明は、甲状軟骨以外の生体部位の動作の検査にも適用できる。すなわち、本発明は、甲状軟骨(舌骨)と同様の動き(前後上下動)を成す身体部位であれば、喉頭部以外の部位の動きの解析にも適用できる。具体的には、所定の検出部によって検出される距離の変化を、複数方向の動きに分解して解析可能な身体部位であれば、本発明が適用できる。また、本発明の生体検査装置は、前述したように喉頭部変位検出部、嚥下音検出部および表示装置を有していなくてもよい。すなわち、生体検査装置と、喉頭部変位検出部、嚥下音検出部および表示装置とが別箇のシステムとして構成されていてもよい。また、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、前述した実施の形態の一部または全部を組み合わせてもよく、あるいは、前述した実施の形態のうちの1つから構成の一部が省かれてもよい。
【符号の説明】
【0063】
100 生体検査装置
102 送信コイル(喉頭部変位検出部)
103 受診コイル(喉頭部変位検出部)
106 マイクロフォン(嚥下音検出部)
420 処理部
430 表示部