(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-11
(45)【発行日】2024-12-19
(54)【発明の名称】エラスチン分解酵素
(51)【国際特許分類】
C12N 9/66 20060101AFI20241212BHJP
C07K 14/36 20060101ALN20241212BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20241212BHJP
【FI】
C12N9/66 ZNA
C07K14/36
C07K14/78
(21)【出願番号】P 2018082217
(22)【出願日】2018-04-23
【審査請求日】2021-03-17
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-27
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】藤井 大樹
(72)【発明者】
【氏名】見村 晃紀
(72)【発明者】
【氏名】寺内 美結
(72)【発明者】
【氏名】平野 啓太
(72)【発明者】
【氏名】衛藤 晋一
(72)【発明者】
【氏名】飯田 章博
【合議体】
【審判長】上條 肇
【審判官】小金井 悟
【審判官】中村 浩
(56)【参考文献】
【文献】Database Uniprot [online],07-JUN-2017,Accession No.A0A1E7LF33、[検索日:2024.6.13]、URL<https://rest.uniprot.org/unisave/A0A1E7LF33?format=txt&versions=5>
【文献】Database prosite [online],May 2002,PDOC00124、[検索日:2024.6.13]、URL<https://prosite.expasy.org/PDOC00124.txt>
【文献】生化学辞典(第3版)、日本、1998.発行、978-979頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
UniProt/GeneSeq
BIOSIS/CAPLUS/EMBASE/MEDLINE(STN)
PubMed
JSTPlus/JST7580/JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エラスチンに対して分解活性を有するポリペプチドであって、当該ポリペプチドが
、配列番号1であらわされるアミノ酸配列と同一配列からなるポリペプチド
のN末端が切断されたポリペプチドであり、かつ、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で示される分子量が14kDaまたは11kDaである、エラスチンに対して分解活性を有するポリペプチド。
【請求項2】
請求項1のポリペプチドが、ストレプトマイセス属に由来するものである、ポリペプチド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエラスチンに対して分解活性を有するポリペプチドであって、以下の性質を有する酵素。
(1)至適反応pH:pH7.0~11.0
(2)至適反応温度:50~80℃
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エラスチンを分解する活性を有するポリペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
エラスターゼは、タンパク質分解酵素の一種で、通常のタンパク質分解酵素では、分解しにくいエラスチンを分解する酵素である。エラスチンは、脊椎動物の動脈、真皮等に存在し、通常、生体内においては、3次元の網目構造の不溶性のタンパク質として存在している。水に不溶性のエラスチンは、酸、アルカリ処理、又は酵素で処理することによって、加水分解し、水溶性エラスチンが得られている。そして、水溶性エラスチンは、化粧品、特に保湿剤として利用され、皮膚に弾力を与える等の美容効果があるとして、コラーゲン等と共に健康食品としても利用されている。更に、水溶性エラスチンは、人工血管等の再生医療分野においても利用が進んでいる。
【0003】
水溶性エラスチンは、酸、アルカリ処理、パパイン、種々の微生物由来のプロテアーゼ等により加水分解することで、得られているが、処理方法、エラスチンの由来により得られるエラスチンの分子量が異なる。かつお由来の分子量43,000以上のエラスチンに血小板凝集阻害効果を有することが報告されているが(特許文献2)、化粧品、健康食品として利用する場合に、どの分子量の水溶性エラスチンが最適化は不明な点も多い。そのため、エラスチンを分解する方法の多様性が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-45722号公報
【文献】特開2011-093872号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新規なエラスチン分解酵素を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、特定のアミノ酸配列を含有するタンパク質にエラスターゼ活性が有していることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、
(a)エラスチンに対して分解活性を有するポリペプチドであって、当該ポリペプチドが、下記の(1)又は(2)のアミノ酸配列を有するポリペプチド。
(1)配列番号1から選択されるアミノ酸配列と同一配列を有するポリペプチド
(2)配列番号1から選択されるアミノ酸配列と少なくとも80%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b)本発明のポリペプチドが、ストレプトマイセス属に由来するものである、ポリペプチド、
(c)本発明のポリペプチドが、エラスチンに対して分解活性を有する酵素であって、以下の性質を有する酵素。
(1) 至適反応pH:pH7.0~11.0
(2) 至適反応温度:50~80℃
(3) 分子量が、約18kDa、約14kDa、又は約11kDa
【発明の効果】
【0008】
本発明のエラスチン分解酵素は、分解したエラスチンの分子量分布が広く、さらにエラスチン分解の特異性が高い酵素となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のエラスチン分解活性を有するポリペプチドに関する。
【0011】
本発明の酵素作用は、エラスチン基質とし、当該基質を加水分解する活性をいう。本発明の基質となるエラスチンに特に制限なく使用できる。エラスチンは、動脈、靭帯、皮膚など弾性組織に広く分布しているタンパク質である。畜産物の項靭帯や動脈、魚介類の動脈球などに存在するエラスチンを使用することができる。
【0012】
本発明の酵素は、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動において、約18kDa、約14kDa、又は約11kDaの分子量をしめし、単体の分子量組成としても良いが、約18kDa及び約14kDa及び約11kDa、18kDa及び14kDa、18kDa及び11kDa、又は14kDa及び11kDaの複合分子量を組成物としても良い。
【0013】
本発明のポリペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列を含むものである。本発明のポリペプチドは、配列番号1アミノ酸配列に対して、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。
【0014】
本発明のポリペプチドは、分子量約18kDa、約14kDa、又は約11kDaを示し、配列番号1のアミノ酸配列に対して、少なくとも80%、少なくとも90%、又は少なくとも95%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドである。配列同一性は、例えば、配列番号1の配列に対して、クエリー配列( 評価対象の配列) を、適切にアラインメントし、算出された値である。具体的には、本願においては、配列同一性は、CLUSTALアルゴリズムで算出された値である。また、約14kDa及び約11kDaの分子量を示すポリペプチドのアミノ酸配列は、不明だが、配列番号1のアミノ酸配列のうち、N末端側、又はC末端側が切断されているポリペプチドである。
【0015】
本発明のエラスチン分解活性を有するポリペプチドは、遺伝子工学的に製造することができる。本発明のポリペプチドをコードする遺伝子は、配列番号1をコードする塩基配列、又は配列番号1に対して少なくとも80%、少なくとも90%、又は少なくとも95%配列同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列から選択し、利用することができる。塩基配列の配列同一性は、CLUSTA L アルゴリズムで算出された値である。
【0016】
本発明のエラスチン分解活性を有するポリペプチドは、当該ポリペプチドの発現用担体を用いて、例えば、Streptomyces属などの放線菌を宿主として、製造することができる。使用するベクターは、放線菌用ベクターであれば利用でき、特開2014-207898に記載のベクターなどを利用することができる。宿主とする放線菌は、一般に入手可能な放線菌を利用することができるが、特にStreptomyces属に属する放線菌を利用することが望ましい。具体的には、例えば、Streptomyces erythraeus、Streptomyces griseus、Streptomyces omiyaensis、Streptomyces fradiae、Streptomyces roseoflavus、Streptomyces septatus、Streptomyces lividans、Streptomyces lavendulae、Streptomyces virginia、Streptomyces coelicolor などがある。本発明の組み換えポリペプチドの製造では、培地組成、培地pH、培養温度、培養時間などは、適宜最適条件を決定することで効率よく製造することができる。
【0017】
本発明のポリペプチドは、組み換えによる遺伝学的製造以外に、Streptomyces属の微生物から単離することができる。例えば、Streptomyces erythraeus、Streptomyces griseus、Streptomyces omiyaensis、Streptomyces fradiae、Streptomyces roseoflavusなどがある。当該微生物から、一般的なタンパク質を分離し、配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチド、又は配列番号1のアミノ酸配列に対して、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであり、且つ分子量約18kDa、約14kDa、又は約11kDaを示すポリペプチドを単離する。
【0018】
培養工程で用いる培地は、本発明で使用する細胞が資化できる炭素源、窒素源、無機塩類を含有する培地を使用することができる。天然培地、合成培地のいずれを用いても良い。
【0019】
炭素源として、ブドウ糖、酢酸、エタノ-ル、グリセロ-ル、糖蜜、亜硫酸パルプ廃液等が用いられ、窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸塩などが使用される。リン酸、カリウム、マグネシウム源も過リン酸石灰、リン酸アンモニウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の通常の工業用原料でよく、その他亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を添加する。その他は、ビタミン、アミノ酸、核酸関連物質等を使用しないでも培養可能であるが、これらを添加しても良い。カゼイン、酵母エキス、肉エキス、ペプトン等の有機物を添加しても良い。
【0020】
培養条件は、培地の種類、培養方法などにより適宜選択すればよく、細胞が増殖し、本発明の酵素を産生できる条件であれば特に制限はない。一般には、液体培地中で振盪培養または通気攪拌培養などの好気的条件下で、25~35℃、好ましくは27℃~30℃で6~96時間行われる。pHは、3.0~9.0、好ましくは5.0~8.5、より好ましくは6.0~8.0、さらに好ましくは6.0~7.0に調整し培養する。pHは、培養開始時に調整後、一定pHになるよう調整してもよいし、培養調整後、一定時間おきに調整する方法でもよい。培養pHの調整は、無機酸または有機酸、アルカリ溶液などを用いて行うことができる。
【0021】
培養後、培養上清を得る。培養上清は、細胞と培地成分を分離することで得られる。分離方法は、遠心分離、フィルタープレスなど、一般的な方法でよい。
培養上清を酵素液として使用することもできるが、UF濃縮、疎水クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等により処理し、精製し、酵素液を得ても良い。
【0022】
酵素液は、そのままエラスチン分解酵素として使用できるが、乾燥してもよい。乾燥方法に制限はないが、酵素活性を損なわない乾燥方法を適宜選択する。
【0023】
本発明の至適反応pHは、7.0~11.0である。本発明の至適反応pHは、pH8.0の活性値を100%とした時の相対値で評価し、80%以上の活性を維持するpHをいう。
【0024】
本発明の至適温度は、50~80℃である。本発明の至適温度は、70℃の活性値を100%とした時の相対値で評価し、80%以上の活性を維持する温度をいう。
【0025】
本発明の酵素のpH安定性は、pH7.0以下である。本発明のpH安定性は、一定のpHで24時間置いた後でも、反応前の活性の90%以上が保たれるpHである。
【0026】
本発明の温度安定性は、5~60℃である。温度安定性とは、pH7.5で一定の温度で10分回置いた後でも、保温前の活性の70%以上が保たれる温度である。
【0027】
前段までの方法により得られた本発明のポリペプチドは、従来のエラスチンを分解する方法により得られたエラスチペプチドと異なるため、従来の方法とは、異なる分解活性を示す。
【実施例】
【0028】
以下の実施例により、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
(酵素の製造)
(1)Streptomyces nanshensis(JCM 16226)の胞子懸濁液(107個/ml以上)白金耳を種培地(可溶性コーンスターチ30g/l、コーン・スティープ・リカー30g/l、硫酸アンモニウム1g/l 、硫酸マグネシウム0.5g/l、炭酸カルシウム3g/l、pH7.0)20mlに接種し200ml容三角フラスコで28℃、200rpmで12時間培養し、種培養終了液を得た。
(2)得られた種培養終了液1mlを主培地(可溶性コーンスターチ300g/l、コーン・スティープ・リカー150g/l 、脱脂大豆粉250g/l 、硫酸アンモニウム10g/l 、硫酸マグネシウム5g/l 、炭酸カルシウム30g/l、pH7.0)2000mlに移植し、10l容フラスコで28℃ 、200rpmで40時間培養し、主培養終了液を得た。
(3)酵素処理液をフィルタープレス濾過により、菌体等の固形分を除去し、分画分子量6000のUF膜で処理を行い、濃縮液画分を回収し、これをスプレードライ乾燥してポリペプチドを得た。
【0030】
(酵素活性)
精製した酵素をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分子量を検討した。電気泳動後、クマシーブリリアントブルー染色法( シグマ社製) により染色した。結果を
図1に示す。約18kDa、約14kDa、約11kDaの付近にバンドが確認された。
【0031】
(エラターゼの活性発現)
約18kDa、約14kDa、約11kDaのタンパク質は常法により内部アミノ酸配列、N末端アミノ酸配列を解析した結果、すべて同一のタンパク質がN末端よりプロセッシングを受けて短くなっていたタンパク質であった。さらに、本エラスターゼ遺伝子の全長を常法により決定した結果、726bpの塩基配列からなる遺伝子であった。約18kDa、約14kDa、約11kDaそれぞれのタンパク質に該当する塩基配列をpNCMO2又はpNY326(タカラバイオ株式会社製)のマルチクローニングサイトにクローニングし、Brevibacillus発現システム(タカラバイオ株式会社製)にて発現解析を行った。その結果、3種いずれのタンパク質についてもエラスチン分解活性を確認した。
【0032】
(基質特性の検討)
筋原線維の分解性ならびにエラスチンの分解性について実施例1で調製した酵素を用いて検討を行った。エラスチン分解活性はエラスチンコンゴーレッド(ナカライテスク社製)を基質として用いて、1時間に495 nmの吸光度を1変化させる酵素活性を1Uとした。 筋原線維の分解性は、ウシ肩肉より調製した1%筋原線維溶液900μlに1U/mlに調製した酵素溶液100μlを加え、pH8.0、25℃で6時間反応させた。その結果、
図2で示すように市販の中性、アルカリプロテアーゼ4種(ビオプラーゼOP、ビオプラーゼSP-20FG(以上ナガセケムテックス社製)、アルカラーゼ(ノボザイムズ社製)、プロチンSD-AY10(天野エンザイム社製))よりも筋原線維の分解性が弱いことが明らかになった。エラスチンの分解性は、0.6%ウシ靭帯由来のエラスチン900μlに2U/mlに調製した酵素溶液100μlを加え、pH8.0、25℃で8時間反応させた。その結果、
図3示すように本酵素のエラスチンの分解性は市販酵素に比べ、顕著に強いことが明らかとなった。
【0033】
(至適温度、至適pHおよび温度安定性の検討)
基質特性の検討と同様に、各種温度、pH、及び温度安定性を測定した。
至適pHは、pH5.0~7.0(リン酸緩衝液)、pH7.0~8.5(トリス塩酸緩衝液)、pH8.5~11.0(炭酸緩衝液)の各条件下でエラスチン分解活性を測定した。pH8.0の活性値を100%とした時の相対値で評価した結果、pH7.0から11.0までの幅広いpHで高い酵素活性を示しており、80%以上の活性が保持されていた(
図4)。また、至適のpHは8.0であった。
至適温度を4℃~80℃の各条件下でエラスチン分解活性を測定した。その結果、4℃~80℃の幅広い温度帯で活性があり、至適の温度は70℃であった(
図5)。
温度耐熱性は、30℃~70℃の各温度で10分間処理した後の残存活性で評価した。その結果、30℃~60℃では高い残存活性を有していた(
図6)。
【0034】
(分解活性の説明)
カツオ動脈球に含まれるエラスチンの分解活性を検討した。製造例により得られたポリペプチドと特開2005-343851に記載の方法によりエラスチンを分解しエラスチンペプチドを比較した。さらに、製造例に得られたポリペプチドについては、キハダマグロ、ビンチョウマグロの動脈球から得られたエラスチンを処理した。結果は
図7示す。
【産業上の利用可能性】
【0035】
以上のように、本願発明の酵素により、これまでのエラスチン分解酵素と比較し、分解パターンの異なるエラスチンペプチドを得ることができる。さらに、エラスチン分解活性が高いが、本願発明の酵素は、食肉の赤身は分解しないため、食肉のすじ等を分解し、食肉軟化する酵素として使用することができる。
【配列表】