(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-11
(45)【発行日】2024-12-19
(54)【発明の名称】ソラナム・リコペルシカム及びその作出方法
(51)【国際特許分類】
A01H 6/82 20180101AFI20241212BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20241212BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20241212BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20241212BHJP
【FI】
A01H6/82 ZNA
C12Q1/6844 Z
C12Q1/6813 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020211366
(22)【出願日】2020-12-21
【審査請求日】2023-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大井 有希
(72)【発明者】
【氏名】吉田 美穂
【審査官】千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-507977(JP,A)
【文献】Acta Horticulturae,2009年,Vol. 877,pp. 947-952
【文献】Horticultural Plant Journal,2016年,Vol. 2, No. 1,pp. 26-34
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H、C12Q、C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しない、ソラナム・リコペルシカム
であって、
配列番号1の塩基配列を野生種型とし、配列番号2の塩基配列を栽培種型とする第1のDNAマーカーが野生種型のホモ接合型又はヘテロ接合型であり、配列番号3の塩基配列を野生種型とし、配列番号4の塩基配列を栽培種型とする第2のDNAマーカーが栽培種型のホモ接合型である、
ソラナム・リコペルシカム。
【請求項2】
野生種ソラナム・ペネリLA0716系統と栽培種ソラナム・リコペルシカムM82とのイントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)の後代系統である、請求項1記載のソラナム・リコペルシカム。
【請求項3】
γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有する第1のソラナム・リコペルシカムと、任意の第2のソラナム・リコペルシカムを祖先とする交雑系統を作製する工程と、
上記γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しない、ソラナム・リコペルシカム交雑系統を選抜する工程とを備
え、
上記選抜する工程では、配列番号1の塩基配列を野生種型とし、配列番号2の塩基配列を栽培種型とする第1のDNAマーカーが野生種型のホモ接合型又はヘテロ接合型であり、配列番号3の塩基配列を野生種型とし、配列番号4の塩基配列を栽培種型とする第2のDNAマーカーが栽培種型のホモ接合型である交雑系統を選抜することを特徴とする、
ソラナム・リコペルシカムの作出方法。
【請求項4】
上記交雑系統を作製する工程は、自殖交雑系統及び/又は戻し交雑系統を作製することを特徴とする請求項
3記載のソラナム・リコペルシカムの作出方法。
【請求項5】
上記第1のソラナム・リコペルシカムは、野生種ソラナム・ペネリLA0716系統と栽培種ソラナム・リコペルシカムM82とのイントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)であることを特徴とする請求項
3記載のソラナム・リコペルシカムの作出方法。
【請求項6】
配列番号1の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号2の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドとからなる一対のポリヌクレオチドに含まれる複数の変異部位、並びに配列番号3の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号4の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドとからなる一対のポリヌクレオチドに含まれる複数の変異部位のうち、少なくとも1つの変異部位を検出する検出手段を含む、DNAマーカー検出キット。
【請求項7】
上記検出手段は、検出対象の変異部位を含む領域を増幅する一対のプライマー、及び/又は、検出対象の変異部位における野生種型にハイブリダイズする野生種型プローブ及び栽培種型にハイブリダイズする栽培種型プローブからなる一対のプローブを含むことを特徴とする請求項
6記載のDNAマーカー検出キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来にない特徴を有する新規なソラナム・リコペルシカム及びその作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
γ-アミノ酪酸(GABA又はギャバと称される場合もある)は、グルタミン酸デカルボキシラーゼによる脱炭酸反応によってグルタミン酸から作られる。γ-アミノ酪酸は、ヒトや哺乳動物の中枢神経系において抑制性伝達物質として機能する。γ-アミノ酪酸は、頭部外傷後遺症に伴う諸症状を適応症とした医療用医薬品としての利用、食品の健康機能成分としての利用が可能となっている。
【0003】
γ-アミノ酪酸は野菜(トマトやケール、パプリカ等)や果物(メロンやブドウ、バナナ等)、乳酸菌発酵製品(漬物やヨーグルト等)といった食品に多く含まれる。特に、トマト(学名:ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum L.))については、γ-アミノ酪酸含量を高める改良が行われている。
【0004】
例えば、特許文献1には、グルタミン酸(Glu)からγ‐アミノ酪酸を合成するグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)として、植物由来のGADをコードする遺伝子に関する開示ある。そして、特許文献1には、植物にGABAを高蓄積させるため、機能的植物GAD酵素をコードするポリヌクレオチドを植物ゲノムに組み込み形質転換植物したことが開示されている。また、特許文献1には、公知情報としてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)におけるGAD、タバコにおけるGAD、ペチュニアにけるGAD、トマトにけるGADの配列情報が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、γ-アミノ酪酸を高濃度に含有するトマト果実、具体的には生果1kgあたり800~3000mgのγ-アミノ酪酸を含むトマト果実を用いた、γ-アミノ酪酸を高濃度に含有する組成物を開示している。非特許文献1には、塩ストレスによってトマト果実に含まれるGABA量が増加することが開示されている。ただし、非特許文献1には、塩ストレスによって果重の低下や、尻腐れ果実の発生を引き起こすことが開示されている。
【0006】
また、非特許文献2には、トマトのGABA含有量を増やすために、ゲノム編集技術を利用して、内在する2種類のGAD遺伝子に対して自己抑制ドメインを削除したところ、GABAの7~15倍量蓄積したことが開示されている。さらに、非特許文献3には、ゲノム編集によってGABAを高蓄積するトマトと、純粋系統トマト品種「愛知ファースト」を交配してハイブリッド系統を作出し、GABAの蓄積などの果実形質を評価したことが開示されている。非特許文献3で作出したハイブリッド系統は、GABAを果実に高蓄積するといった特徴を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2005-506034号公報
【文献】特開2009-027987号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Metabolic Alterations in Organic Acids and γ-Aminobutyric Acid in Developing Tomato (Solanum lycopersicum L.) Fruits, Plant and Cell Physiology, 2010, Aug; 51(8): 1300-1314
【文献】Efficient increase ofγ-aminobutyric acid (GABA) content in tomato fruits by targeted mutagenesis, SCIENTIFIC Reports, 2017, volume 7, page 7057
【文献】Utilization of a Genome-Edited Tomato (Solanum lycopersicum) with High Gamma Aminobutyric Acid Content in Hybrid Breeding, J Agric Food Chem, 2018, 66, 4, 963-971
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、遺伝子組み換え技術やゲノム編集技術を用いた高GABA蓄積トマトの作出例はあるものの、これらの技術によらず交配育種によってGABA高蓄積するような特性を有するトマトは知られていなかった。そこで、本発明は、上述した実情に鑑みて、遺伝子組み換え技術やゲノム編集技術によらず交配育種によってGABAを高蓄積する新規なトマト(ソラナム・リコペルシカム)及びその作出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有するソラナム・リコペルシカムを使用することで、当該γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しないソラナム・リコペルシカムを作出できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は以下を包含する。
(1)γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しない、ソラナム・リコペルシカム。
(2)配列番号1の塩基配列を野生種型とし、配列番号2の塩基配列を栽培種型とする第1のDNAマーカーが野生種型のホモ接合型又はヘテロ接合型であり、配列番号3の塩基配列を野生種型とし、配列番号4の塩基配列を栽培種型とする第2のDNAマーカーが栽培種型のホモ接合型である(1)記載のソラナム・リコペルシカム。
(3)野生種ソラナム・ペネリLA0716系統と栽培種ソラナム・リコペルシカムM82とのイントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)の後代系統である(1)記載のソラナム・リコペルシカム。
【0012】
(4)γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有する第1のソラナム・リコペルシカムと、任意の第2のソラナム・リコペルシカムを祖先とする交雑系統を作製する工程と、上記γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しない、ソラナム・リコペルシカム交雑系統を選抜する工程とを備える、ソラナム・リコペルシカムの作出方法。
(5)上記交雑系統を作製する工程は、自殖交雑系統及び/又は戻し交雑系統を作製することを特徴とする(4)記載のソラナム・リコペルシカムの作出方法。
(6)上記選抜する工程では、配列番号1の塩基配列を野生種型とし、配列番号2の塩基配列を栽培種型とする第1のDNAマーカーが野生種型のホモ接合型又はヘテロ接合型であり、配列番号3の塩基配列を野生種型とし、配列番号4の塩基配列を栽培種型とする第2のDNAマーカーが栽培種型のホモ接合型である交雑系統を選抜することを特徴とする(4)記載のソラナム・リコペルシカムの作出方法。
(7)上記第1のソラナム・リコペルシカムは、野生種ソラナム・ペネリLA0716系統と栽培種ソラナム・リコペルシカムM82とのイントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)であることを特徴とする(4)記載のソラナム・リコペルシカムの作出方法。
【0013】
(8)配列番号1の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号2の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドとからなる一対のポリヌクレオチドであって、配列番号1の塩基配列を野生種型とし、配列番号2の塩基配列を栽培種型とし、交雑系統が野生種型のホモ接合型又はヘテロ接合型である場合にγ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有すると判断できる当該一対のポリヌクレオチドのDNAマーカーとしての使用。
(9)配列番号1の塩基配列と配列番号2の塩基配列とに含まれる複数の変異部位のうち、少なくとも1つの変異部位に基づいて、交雑系統が野生種型のホモ接合型又はヘテロ接合型であるか判定することを特徴とする(8)記載の使用。
【0014】
(10)配列番号3の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号4の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドとからなる一対のポリヌクレオチドであって、配列番号3の塩基配列を野生種型とし、配列番号4の塩基配列を栽培種型とし、交雑系統が栽培種型のホモ接合型である場合にソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しないと判断できる当該一対のポリヌクレオチドのDNAマーカーとしての使用。
(11)配列番号3の塩基配列と配列番号4の塩基配列とに含まれる複数の変異部位のうち、少なくとも1つの変異部位に基づいて、交雑系統が栽培種型のホモ接合型であるか判定することを特徴とする(10)記載の使用。
【0015】
(12)配列番号1の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号2の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドとからなる一対のポリヌクレオチドに含まれる複数の変異部位、並びに配列番号3の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号4の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドとからなる一対のポリヌクレオチドに含まれる複数の変異部位のうち、少なくとも1つの変異部位を検出する検出手段を含む、DNAマーカー検出キット。
(13)上記検出手段は、検出対象の変異部位を含む領域を増幅する一対のプライマー、及び/又は、検出対象の変異部位における野生種型にハイブリダイズする野生種型プローブ及び栽培種型にハイブリダイズする栽培種型プローブからなる一対のプローブを含むことを特徴とする(12)記載のDNAマーカー検出キット。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、単位果重あたりのγ-アミノ酪酸の蓄積量が極めて高く、且つγ-アミノ酪酸の高蓄積に伴う果重の低下が極めて少なく、その結果、γ-アミノ酪酸含量が極めて高いという特性を有する。
【0017】
また、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの作出方法は、γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有する第1のソラナム・リコペルシカムを利用することによって、当該γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しない、ソラナム・リコペルシカム交雑系統を作出することができる。したがって、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの作出方法によれば、γ-アミノ酪酸含量が極めて高いソラナム・リコペルシカムを作出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】マーカーNo.2で増幅するDNA領域のアライメント
【
図2】マーカーNo.32で増幅するDNA領域のアライメント
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、γ-アミノ酪酸を蓄積するソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しないといった特徴を有する。ソラナム・ペネリとソラナム・リコペルシカムとのイントログレッションラインのうち、ソラナム・ペネリの第3染色体の特定の領域を含むものが果重は比較的に小さいものの、γ-アミノ酪酸を高蓄積することに着目した。そして、当該特定の領域に、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子と低果重関連遺伝子が存在することを想定した。
【0020】
本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、これらγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子と低果重関連遺伝子を分離して、単位果重あたりのγ-アミノ酪酸の蓄積量が極めて高く、且つγ-アミノ酪酸の高蓄積に伴う果重の低下が極めて少ないといった新規な特徴を有する。
【0021】
ここで、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子とは、果実中のγ-アミノ酪酸量が増加する形質に関連する遺伝子を意味し、例えば、γ-アミノ酪酸合成に関与する遺伝子(例えば、グルタミン酸デカルボキシラーゼ遺伝子)、γ-アミノ酪酸の代謝を抑制する遺伝子、γ-アミノ酪合成の基質となるグルタミン酸の生合成に関与する遺伝子、グルタミン酸の代謝を抑制する遺伝子などが含まれると考えられる。ソラナム・ペネリの第3染色体上に位置するこれらγ-アミノ酪酸合成に関与する遺伝子(例えば、グルタミン酸デカルボキシラーゼ遺伝子)等が、ソラナム・リコペルシカムにおける相同遺伝子と比較して、γ-アミノ酪酸をより高蓄積させるように機能すると考えられる。
【0022】
また、低果重関連遺伝子とは、果実の重量を低下させる形質に関連する遺伝子を意味し、例えば、果実の成長に関連する遺伝子等が含まれると考えられる。ソラナム・ペネリの第3染色体上に位置するこれら果実の成長に関連する遺伝子等が、ソラナム・リコペルシカムにおける相同遺伝子と比較して、果重をより低下させるように機能すると考えられる。
【0023】
なお、ソラナム・ペネリとソラナム・リコペルシカムとのイントログレッションラインとしては、特に限定されないが、例えば栽培種ソラナム・リコペルシカムM82の染色体の一部を、野生種ソラナム・ペネリLA0716の染色体に置換したものを使用することができる。UC DAVIS C.M. Rick Tomato Genetics Resource Center(TGRC http://tgrc.ucdavis.edu)は、栽培種ソラナム・リコペルシカムM82の染色体の一部を、野生種ソラナム・ペネリLA0716の染色体に置換した様々なイントログレッションラインを提供している。これらイントログレッションのうち、第3染色体の一部が置換されたイントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)は、果重は比較的に小さいものの、γ-アミノ酪酸を高蓄積するといった形質を示す。
【0024】
したがって、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、例えば、イントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)から作出することができる。すなわち、イントログレッションラインIL3-3と、他の栽培種ソラナム・リコペルシカムを両親として、交配によって多数の後代系統を作出する。得られた後代系統のうち、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しない遺伝子型のものを選択する。
【0025】
ここで、交配とは、特に限定されず、品種改良などにおいて通常用いられている交配技術を使用することができる。例えば、交配技術としては、自殖交配及び戻し交配を挙げることができる。本発明に係るソラナム・リコペルシカムを作出するにあたり、上述したイントログレッションラインIL3-3と、他の栽培種ソラナム・リコペルシカムを両親として、数世代に亘って自殖交配を行ったり、数世代に亘って戻し交配を行ったり、自殖交配と戻し交配を適宜繰り返す等の方法を採用することができる。
【0026】
栽培種ソラナム・リコペルシカムとは、特に限定されず、一般に入手可能なものを使用することができる。使用可能な栽培種ソラナム・リコペルシカムとしては、例えば、M82、ふりこま、とまと中間母本農3号、NT604、なつのこま、イエローキャロル、デルハーベスト2号、タキイ大玉193、オルメカ、リコボール、TYファースト、KRN-2011、スイートメモリー、TTM056、アイタキ1号、SAKTOM12、DG07-1、TONTELLE、NINIVE、PRS等を挙げることができる。
【0027】
得られた後代が、上述したγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記低果重関連遺伝子を有しない遺伝子型であるかは、具体的には、第1のDNAマーカーと第2のDNAマーカーを用いて判断することができる。すなわち、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーは、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、上記低果重関連遺伝子を有しない遺伝子型を判別できるDNAマーカーである。より具体的には、得られた後代から定法に従ってゲノムDNAを抽出し、抽出したゲノムDNAにおける第1のDNAマーカーと第2のDNAマーカーを解析する。
【0028】
第1のDNAマーカーは、例えば、配列番号1の塩基配列を野生種型とし、配列番号2の塩基配列を栽培種型とすることができる。すなわち、配列番号1の塩基配列が野生種ソラナム・ペネリLA0716由来の塩基配列であり、配列番号2の塩基配列が栽培種ソラナム・リコペルシカムM82由来の塩基配列である。配列番号1の塩基配列と配列番号2の塩基配列とをペアワイズアライメントして比較した結果を
図1に示す。なお、
図1に示す第1のDNAマーカーは、後述する実施例に示したように、DNAマーカー解析の結果、上から3行目及び4行目の「PK993」と「Heinz1706」が栽培種型の塩基配列であり、上から1行目及び2行目の「TK8728」と「19F273」が野生種型の塩基配列である。配列番号1の塩基配列と配列番号2の塩基配列とを比較した結果を表1にまとめる。
【0029】
【0030】
なお、第1のDNAマーカーは、配列番号1及び2の塩基配列で特定されるが、配列番号1及び2そのものに限定されるものではなく、上記変異部位1-1~1-10のうち少なくとも1種以上、好ましくは3種以上、より好ましくは5種以上、更に好ましくは7種以上、最も好ましくは10種の変異部位を保存する限り、配列番号1及び2とは異なる塩基配列であっても良い。第1のDNAマーカーに含まれる配列番号1とは異なる塩基配列としては、上記変異部位1-1~1-10のうち少なくとも1種以上、好ましくは3種以上、より好ましくは5種以上、更に好ましくは7種以上、最も好ましくは10種の変異部位を保存し、且つ、配列番号1に対して90%以上の一致度、好ましくは配列番号1に対して95%以上の一致度、より好ましくは配列番号1に対して97%以上の一致度、最も好ましくは配列番号1に対して99%以上の一致度を有する塩基配列を挙げることができる。同様に、第1のDNAマーカーに含まれる配列番号2とは異なる塩基配列としては、上記変異部位1-1~1-10のうち少なくとも1種以上、好ましくは3種以上、より好ましくは5種以上、更に好ましくは7種以上、最も好ましくは10種の変異部位を保存し、且つ、配列番号2に対して90%以上の一致度、好ましくは配列番号1に対して95%以上の一致度、より好ましくは配列番号1に対して97%以上の一致度、最も好ましくは配列番号1に対して99%以上の一致度を有する塩基配列を挙げることができる。
【0031】
また、第2のDNAマーカーは、例えば、配列番号3の塩基配列を野生種型とし、配列番号4の塩基配列を栽培種型とすることができる。すなわち、配列番号3の塩基配列が野生種ソラナム・ペネリLA0716由来の塩基配列であり、配列番号4の塩基配列が栽培種ソラナム・リコペルシカムM82由来の塩基配列である。配列番号3の塩基配列と配列番号4の塩基配列とをペアワイズアライメントして比較した結果を
図2に示す。なお、
図2に示す第2のDNAマーカーは、後述する実施例に示したように、DNAマーカー解析の結果、上から1行目~3行目の「PK993」、「19F273」、「Heinz1706」が栽培種型の塩基配列であり、上から4行目の「TK8728」が野生種型の塩基配列である。配列番号3の塩基配列と配列番号4の塩基配列とを比較した結果を表2にまとめる。
【0032】
【0033】
なお、第2のDNAマーカーは、配列番号3及び4の塩基配列で特定されるが、配列番号3及び4そのものに限定されるものではなく、上記変異部位2-1~2-4のうち少なくとも1種以上、好ましくは2種以上、より好ましくは3種以上、更に好ましくは4種の変異部位を保存する限り、配列番号3及び4とは異なる塩基配列であっても良い。第2のDNAマーカーに含まれる配列番号3とは異なる塩基配列としては、上記変異部位2-1~2-4のうち少なくとも1種以上、好ましくは2種以上、より好ましくは3種以上、更に好ましくは4種の変異部位を保存し、且つ、配列番号3に対して90%以上の一致度、好ましくは配列番号3に対して95%以上の一致度、より好ましくは配列番号3に対して97%以上の一致度、最も好ましくは配列番号3に対して99%以上の一致度を有する塩基配列を挙げることができる。同様に、第2のDNAマーカーに含まれる配列番号4とは異なる塩基配列としては、上記変異部位2-1~2-4のうち少なくとも1種以上、好ましくは2種以上、より好ましくは3種以上、更に好ましくは4種の変異部位を保存し、且つ、配列番号4に対して90%以上の一致度、好ましくは配列番号4に対して95%以上の一致度、より好ましくは配列番号4に対して97%以上の一致度、最も好ましくは配列番号4に対して99%以上の一致度を有する塩基配列を挙げることができる。
【0034】
以上で説明した第1のDNAマーカー及び/又は第2のDNAマーカーは、それぞれゲノムDNAに存在する所定の領域のポリヌクレオチドであって、野生種型であるか栽培種型であるか判別できるポリヌクレオチドである。
【0035】
すなわち、配列番号1の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号2の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドは、交雑系統が上記γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有するといった特徴を有するかの判定に使用することができる。また、配列番号3の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドと配列番号4の塩基配列で特定されるポリヌクレオチドは、交雑系統が上記低果重関連遺伝子を有しないといった特徴を有するかの判定に使用することができる。
【0036】
一方、これら第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定するには、通常の方法に基づいて適宜行うことができる。具体的には、第1のDNAマーカーに含まれる上記複数の変異部位及び第2のDNAマーカーに含まれる上記複数の変異部位のうち、少なくとも1つの変異部位を検出する検出手段を使用することで、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。
【0037】
例えば、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーは、それぞれ野生種型と栽培種型との相違点として56塩基の欠失型変異(変異部位1-3)と10塩基の欠失型変異(変異部位2-3)を有している。したがって、上記検出手段として、それぞれ変異部位を挟みこみよう一対のプライマーを設計し、当該プライマーを用いた核酸増幅反応によって増幅したDNA断片の塩基長に基づいて第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。核酸増幅は、例えばPCR法によって行うことができるが、他の公知の増幅方法、例えば、LCR(ligase chain reaction)法やLAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法等によって行ってもよい。
【0038】
また、この方法以外にも、シーケンサー等を利用し、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーの塩基配列を直接読み取ることによって、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。さらに、いわゆる、SSCP(Single Strand Conformation Polymorphism:一本鎖高次構造多型)法を用いて第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。
【0039】
さらに、異なる方法としては、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーのそれぞれに対して、変異部位の配列パターンによって制限酵素の認識配列となる場合には、当該変異部位を含むDNA断片を増幅し、得られたDNA断片に対する制限酵素による切断の有無に基づいて第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。なお、その他、意図的に設計したミスマッチプライマーを含むプライマーセットによって制限酵素認識部位を作製するdCAPS(derived CAPS)法を用いてもよい。
【0040】
さらにまた、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれについて、上記検出手段として、各変異部位について配列パターン毎に特異的にハイブリダイズするプローブを設計する方法を適用することができる。具体的には、検出対象の変異部位における野生種型にハイブリダイずる野生種型プローブ及び栽培種型にハイブリダイズする栽培種型プローブからなる一対のプローブを設計する。そして、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれについて、検出対象の変異部位を含むDNA断片を増幅し、増幅したDNA断片と上記一対のプローブとをハイブリダイズにさせることで、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。
【0041】
さらにまた、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれについて、各変異部位の配列パターンを一部に含ませてプライマーを設計する方法を適用することができる。この場合、設計したプライマーを用いて第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーを増幅させ、増幅の有無によって、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーそれぞれの接合型を判定することができる。
【0042】
上述した第1のDNAマーカーは、1箇所の欠失型変異と、9箇所の一塩基多型とを含んでいる。第1のDNAマーカーが野生種型であるとは、表1に示した10種の変異部位の全ての配列パターンを明らかにしたときに、少なくとも5箇所、好ましくは6箇所、より好ましくは7箇所、より好ましくは8箇所、更に好ましくは9箇所、最も好ましくは10箇所が野生種型の配列パターンであることを意味する。第1のDNAマーカーが栽培種型であるとは、表1に示した10種の変異部位の全ての配列パターンを明らかにしたときに、少なくとも5箇所、好ましくは6箇所、より好ましくは7箇所、より好ましくは8箇所、更に好ましくは9箇所、最も好ましくは10箇所が栽培種型の配列パターンであることを意味する。
【0043】
ただし、第1のDNAマーカーの接合型を判定する際、上述した10箇所の変異部位の配列パターンを全て同定する必要はなく、10種類の変異部位のうち、少なくとも1箇所、あるいは2~9箇所の変異部位の配列パターンを同定すればよい。これら10箇所の変異部位は連鎖不平衡にあるため、少ない数(例えば1箇所)の変異部位の配列パターンを同定すれば、他の変異部位についても配列パターンが高精度に予測できるためである。
【0044】
また、第1のDNAマーカーがヘテロ接合型であるとは、表1に示した変異部位に関して野生種型の配列パターンと栽培種型の配列パターンとを共に有する場合を意味する。
【0045】
一方、上述した第2のDNAマーカーは、1箇所の欠失型変異と、3箇所の一塩基多型とを含んでいる。第2のDNAマーカーが野生種型であるとは、表2に示した4種の変異部位の全ての配列パターンを明らかにしたときに、少なくとも2箇所、好ましくは3箇所、最も好ましくは4箇所が野生型の配列パターンであることを意味する。第2のDNAマーカーが栽培種型であるとは、表2に示した4種の変異部位の全ての配列パターンを明らかにしたときに、少なくとも2箇所、好ましくは3箇所、最も好ましくは4箇所が栽培種型の配列パターンであることを意味する。
【0046】
ただし、第2のDNAマーカーの接合型を判定する際、上述した4箇所の変異部位を全て明らかにする必要はなく、4種類の変異部位のうち、少なくとも1箇所、あるいは2~3箇所の変異部位の配列パターンを明らかにすればよい。これら4箇所の変異部位は連鎖不平衡にあるため、少ない数(例えば1箇所)の変異部位の配列パターンを同定すれば、他の変異部位についても配列パターンが高精度に予測できるためである。
【0047】
また、第2のDNAマーカーが栽培種型のホモ接合型であるとは、表2に示した変異部位に関して栽培種型の配列パターンを有する場合を意味する。
【0048】
以上のようにして交配で得られた後代について、第1のDNAマーカー及び第2のDNAマーカーを解析することで、ソラナム・ペネリにおける第3染色体に位置するγ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、当該第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しないといった特徴を有するか否かを判定することができる。そして、判定の結果、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子を有し、且つ、当該第3染色体に位置する低果重関連遺伝子を有しないといった特徴を有するソラナム・リコペルシカムは、単位果重あたりのγ-アミノ酪酸の蓄積量が極めて高く、且つγ-アミノ酪酸の高蓄積に伴う果重の低下が極めて少ないため、γ-アミノ酪酸含量が極めて高いという特性を有する。
【0049】
ここで、単位果重あたりのγ-アミノ酪酸の蓄積量とは、特に限定されないが、例えば、果実の単位重量(例えば1mg)あたりに含まれるγ-アミノ酪酸の重量として評価することができる。本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、片方の親として利用した栽培種ソラナム・リコペルシカムにおけるγ-アミノ酪酸蓄積量と比較して有意に高いγ-アミノ酪酸蓄積量を示す。有意とは、統計的に有意の意味であり、スチューデントのt検定やウェルチのt検定などの手法により判断できる。例えば、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、片方の親として利用した栽培種ソラナム・リコペルシカムと比較して105%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは110%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは130%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは150%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは170%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは200%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは230%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは250%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは300%のγ-アミノ酪酸蓄積量、好ましくは350%のγ-アミノ酪酸蓄積量となる。
【0050】
また、γ-アミノ酪酸の高蓄積に伴う果重の低下については、特に限定されないが、例えば、果実の重量や果実の直径などによって評価することができる。後述する実施例に示しているように、γ-アミノ酪酸蓄積量の高いソラナム・ペネリと栽培種ソラナム・リコペルシカムとを交配して得られるγ-アミノ酪酸の高蓄積後代は、当該栽培種ソラナム・リコペルシカムと比較して果重が顕著に低下する傾向にある。しかしながら、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、γ-アミノ酪酸を高蓄積するにも拘わらず、片方の親として利用した栽培種ソラナム・リコペルシカムの果重と比較して果重が高いか、果重が低下するとしても、その程度は極めて小さいという特徴を有する。例えば、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、片方の親として利用した栽培種ソラナム・リコペルシカムの果重と比較して100~110%の果重であることが好ましく、55~100%の果重であることが好ましく、60~100%の果重であることがより好ましく、70~100%の果重であることがより好ましく、80~100%の果重であることが更に好ましく、85~100%の果重であることが最も好ましい。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
[実施例1]
実施例1では、加工用トマトを用いて、γ-アミノ酪酸を高蓄積する新規な交雑系統を開発した。
<材料>
本実施例で用いたソラナム・リコペルシカムの系統を表3に示した。TK8728は、UC DAVIS C.M. Rick Tomato Genetics Resource Center(TGRC http://tgrc.ucdavis.edu)から入手したものである。TK8728は、野生種ソラナム・ペネリLA0716系統と栽培種ソラナム・リコペルシカムM82とのイントログレッションラインIL3-3(アクセッションNo.LA3488)である。
【0053】
これと、カゴメ株式会社が育成した加工用トマト品種PK993と交雑して、F1世代を得た。F1世代を自殖してF2世代(16F280、16F281、16F282)を得た。F2世代の自殖を2回繰り返してF4世代(18F308、18F307)を得た。F4世代の自殖を2回繰り返してF6世代(19F273)を得た。これらの植物体は、カゴメ株式会社が所有する圃場にて、栽培を行った。
【0054】
【0055】
<方法>
<DNAマーカーの作出>
公知のデータベース(Sol Genomics Network https://solgenomics.net/)で公開されている、野生種ソラナム・ペネリLA0716系統とソラナム・リコペルシカムの塩基配列情報に基づいて、野生種ソラナム・ペネリLA0716系統とソラナム・リコペルシカムHeinz1706との間で多型が検出可能なDNAマーカーを作製した。作製したDNAマーカーにおける、プライマーの第3染色体上の位置及び塩基配列、アニーリング温度並びにバンドパターンを表4に示す。プライマーの第3染色体上の位置の特定には、公知のデータベースで公開されているマップのバージョンSL3.0を用いた。
【0056】
【表4】
なお、表4に示した各プライマーの塩基配列を上から順に配列番号5~18とした。
【0057】
<DNAマーカー検定>
各ソラナム・リコペルシカムの系統から抽出したDNAをテンプレートとしてPCRを行った。当該PCR産物について、キャピラリー電気泳動装置(DNA/RNA分析用マイクロチップ電機泳動装置MCE-202、島津製作所社製)で電気泳動を行った。電気泳動の結果得られたバンドパターンから、遺伝子型を特定した。PCRの反応条件を表5に示す。キャピラリー電気泳動は、前記装置の所定のプロトコルに従い行った。
【0058】
【0059】
<GABA含有量と果重の測定>
各ソラナム・リコペルシカムの系統から、赤く熟した果実を収穫した。収穫後に果重を測定した。果重の測定は、電子天秤(ME1002E、メトラー社製)で行った。果重の測定が終了した果実をミキサーで1分間破砕した。破砕後、ビン容器に充填し、沸騰湯浴中で30分間加熱した。加熱後、ろ紙(定量濾紙No.5A、ADVANTEC社製)でろ過した。ろ液をGABA含有量測定用サンプルとした。GABAの測定は、次の方法で行った。ろ液を3%スルホサリチル酸で10倍(容量)に希釈した後、メンブレンフィルター(DISMIC-25CS0.20μm 25CS020AN、ADVANTEC社製)で濾過し、アミノ酸自動分析計(L-8900、日立製作所社製)を用いて測定した。GABA量は、市販の標品を用いて作成した検量線から算出した。
【0060】
<結果>
GABA含有量と果重を測定した結果を表6に示した。
【0061】
【0062】
また、本実施例で作出した後代について、GABA含有量、果重及びDNAマーカー解析の結果をまとめて表7に示した。
【0063】
【0064】
<TK8728の解析>
表6に示したように、イントログレッションTK8728は、バックグラウンド品種であるソラナム・リコペルシカムM82に比べ、GABAの含有量が約3倍まで増加するが、果重は約50%まで低下していた。TK8728は、第3染色体の一部が野生種ソラナム・ペネリLA0716系統の遺伝子型に置換されている。このことから、当該領域に、GABAを高含有させる遺伝子(以下、「γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子」という。)と、果重を低下させる遺伝子(以下、「低果重関連遺伝子」という。)が座上している可能性が示唆された。
【0065】
<F2世代の解析>
F2世代において、16F281は16F280と比べ、GABA含有量は高く、果重は低くなった。スチューデントのt検定の結果、16F281のGABA含有量は、16F280と比較すると有意に高く(p=0.000051<0.05)、果重は有意に低く(p=0.020<0.05)なった。この結果と、DNAマーカー解析の結果から推察されるのは、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子及び低果重関連遺伝子は、No.1からNo.3の間に存在することである。F2世代において、No.2がヘテロ型となっている個体を自殖してF3世代を得た。さらにF3世代において、No.2がヘテロ型となっている個体を自殖してF4世代を得た。
【0066】
<F4世代の解析>
F4世代において、18F308は18F307と比べ、GABA含有量は高く、果重は低くなった。この結果と、DNAマーカー解析の結果から推察されるのは、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子及び低果重関連遺伝子は、No.2の近傍に存在することである。F4世代において、GABA含有量及び果重が高い個体を選抜し、自殖してF5世代を得た。さらにF5世代において、GABA含有量及び果重が高い個体を選抜し、自殖してF6世代を得た。
【0067】
<F6世代の解析>
F6世代において、対照品種であるPK993と比較して、GABA含有量が約2倍に増加しつつも、果重が85%以上を保持している系統(19F273)が得られた。DNAマーカー解析の結果について見ると、19F273は、No.2及びNo.31が野生種型であり、No.32、No.8、No.6、No.3が栽培種型である。スチューデントのt検定の結果、19F273のGABA含量は、PK993と比較して有意に高くなった(p=0.01<0.05)。他方、19F273の果重は、PK993と比較して有意に低くなった(p=0.047<0.05)。しかし、19F273の果重は、GABA含有量が高い系統である16F281と比較すると有意に高く(p=0.0008<0.05)、GABA含有量が通常の系統である16F280と比較すると有意な差はみられなかった(p=0.27>0.05)。
【0068】
これらの結果から、19F273では、γ-アミノ酪酸代謝関連遺伝子と低果重関連遺伝子を分離することができたと判断した。以上より、No.2及びNo.31の遺伝子領域が野生種型であり、No.32の遺伝子領域が栽培種型であるソラナム・リコペルシカムを選抜することで、GABAを高含有しつつも、果重の低下が抑えられた新規なソラナム・リコペルシカムを育成できることが明らかとなった。
【0069】
<DNAマーカーで増幅する領域のシークエンス解析>
TK8728、19F273、PK993、Heinz1706について、マーカーNo.2で増幅する領域のシークエンス解析を行った。シークエンスは、ユーロフィンジェノミクス株式会社に外注した。シークエンスのアライメント結果を
図1に示した。マーカーNo.2に関して、野生種型の塩基配列を配列番号1に示し、栽培種型の塩基配列を配列番号2に示した。マーカーNo.2で増幅する領域において、GABA含有量が高くなる形質に連鎖する変異が10個確認された(第1のDNAマーカー)。
【0070】
TK8728、19F273、PK993、Heinz1706について、マーカーNo.32で増幅する領域のシークエンス解析を前述と同様の方法で行った。シークエンスのアライメント結果を
図2に示した。マーカーNo.32に関して、野生種型の塩基配列を配列番号3に示し、栽培種型の塩基配列を配列番号4に示した。マーカーNo.32で増幅する領域において、果重が低下する形質に連鎖する変異が4個確認された(第2のDNAマーカー)。
【0071】
[実施例2]
実施例2では、生鮮用トマトを用いて、γ-アミノ酪酸を高蓄積する新規な交雑系統を開発した。
<材料>
本実施例で用いたソラナム・リコペルシカムは、以下のとおりである。TK8728は、実施例1で用いたものと同様である。これと、カゴメ株式会社が育成した生鮮用トマト品種PK941とを交雑して、F1世代を得た。F1世代にPK941を4回戻し交雑し、BC4F1世代を得た。さらにBC4F1世代を自殖して、BC4F2世代(20K101-1、20K101-2、20K101-3)を得た。これらの植物体は、カゴメ株式会社が所有するフェンロ―型温室にて、栽培を行った。
<方法>
DNAマーカーは、実施例1で作出したものと同じものを使用した。DNAマーカー検定、GABA含有量の測定、果重の測定は、実施例1と同様の方法で行った。
<結果>
GABA含有量と果重を測定した結果を表8に示した。
【0072】
【0073】
また、本実施例で作出した後代について、GABA含有量、果重及びDNAマーカー解析の結果をまとめて表9に示した。
【0074】
【0075】
<BC4F2世代の解析>
表8に示す用に、BC4F2世代において、20K101-1は、GABA含有量も果重も、PK941と同程度であった。他方、20K101-3は、PK941と比べ、GABA含有量は高くなるものの、果重が低下した。20K101-2は、PK941と同等の果重でありながら、GABA含有量も高くなった。また。表9に示したDNAマーカー解析の結果から、20K101-2は、No.2だけがヘテロ型であり、No.31、No.32は栽培種型であったことから、No.2の遺伝子領域が野生種型又はヘテロ型であり、No.32の遺伝子型が栽培種型であるソラナム・リコペルシカムを選抜することで、GABAを高含有しつつも、果重の低下が抑えられたソラナム・リコペルシカムを育成できることが明らかとなった。なお、No.31は、実施例1及び2の結果から、野生種型であっても、栽培種型であってもよいと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、例えば、GABAを高蓄積するソラナム・リコペルシカム新規品種の育種に利用することができる。
【配列表】