(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-11
(45)【発行日】2024-12-19
(54)【発明の名称】異物を低減したナノ粒子組成物およびその製法
(51)【国際特許分類】
B02C 17/00 20060101AFI20241212BHJP
B02C 17/16 20060101ALI20241212BHJP
B02C 17/20 20060101ALI20241212BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20241212BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20241212BHJP
A61K 47/20 20060101ALI20241212BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20241212BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20241212BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20241212BHJP
B82Y 5/00 20110101ALI20241212BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20241212BHJP
A61K 31/4166 20060101ALN20241212BHJP
【FI】
B02C17/00 C
B02C17/16 B
B02C17/20
A61K9/14
A61K45/00
A61K47/20
A61K47/24
A61K47/38
A61K47/32
B82Y5/00
B82Y40/00
A61K31/4166
(21)【出願番号】P 2021504065
(86)(22)【出願日】2020-02-28
(86)【国際出願番号】 JP2020008441
(87)【国際公開番号】W WO2020179701
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2019037358
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001926
【氏名又は名称】塩野義製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】505279215
【氏名又は名称】株式会社広島メタル&マシナリー
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【氏名又は名称】落合 康
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏典
(72)【発明者】
【氏名】落井 裕也
(72)【発明者】
【氏名】茨城 哲治
【審査官】佐々木 典子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-070133(JP,A)
【文献】特開平05-294610(JP,A)
【文献】国際公開第2014/009436(WO,A1)
【文献】特開2003-175341(JP,A)
【文献】国際公開第2019/208725(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B02C 17/00-17/24
A61K
B82Y
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビーズミルを用いた粉砕プロセスに起因する、ジルコニアビーズ由来の不純物の低減方法であって、
工程a)被粉砕物および分散媒を含むスラリーを調製する工程、
工程b)工程a)で得られたスラリーのpHを6.5~9に調整する工程、および
工程c)工程b)で得られたスラリーおよびジルコニアビーズを含む混合物をビーズミルにて攪拌する工程
を含むか、または
工程a’)被粉砕物、ジルコニアビーズおよび分散媒を含むスラリーを調製する工程、
工程b’)工程a’)で得られたスラリーのpHを6.5~9に調整する工程、および
工程c’)工程b’)で得られた混合物をビーズミルにて攪拌する工程
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ビーズミルを用いた固体粒子の微細化方法、および該方法により微細化された粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
固体粒子を微細化する手段として、ビーズミル等の粉砕装置を用いた湿式粉砕が知られている。ビーズミルによる湿式粉砕は、粒子の粉砕能力が高く、サブミクロンオーダーの粒径にまで粒子を微細化することが可能である。
【0003】
ビーズミルは、粉砕室(チャンバー)内でアジテータにより粉砕メディア(ビーズ)を攪拌することでビーズに大きな運動エネルギーを与えて、ビーズの衝突力やせん断力により粒子を微細化する装置である。このため、ビーズミルを用いた湿式粉砕では、粉砕メディア(ビーズ)やミルの部材(アジテータなど)の磨耗に起因する製品へのコンタミネーションが起こり得る。
【0004】
特に、高純度の電子部品原料や、医薬品などの分野では、少量の不純物の混入でも製品の性能悪化や健康被害等の悪影響をもたらし得る。そのため、このようなコンタミネーションは避けなければならない。
【0005】
特許文献1には、攪拌器内部の攪拌表面を、継目もしくは凹所が無い平滑で連続的な表面とすることで、攪拌表面上での汚染物質の蓄積を防止することが記載されている。
【0006】
特許文献2には、ポリマー樹脂からなる又はポリマー樹脂のコーティングを施したビーズを含む粉砕媒体の存在下で薬物を粉砕することにより、薬物の微粒子を少ない汚染で製造できることが記載されている。
【0007】
特許文献3には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の粒子を液状分散媒に分散させ、硬質粉砕媒体の存在下、pH2~6の酸性条件下で湿式粉砕し、平均粒径約400nm未満の粒子とすることが記載されている。
【0008】
非特許文献1には、分散媒中にラウリル硫酸ナトリウムおよびポリビニルピロリドンの存在下、効率よくミル粉砕できたことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】米国特許第6582285号明細書
【文献】特開2003-175341号公報
【文献】特表平8-501073号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Engineering of nano-crystalline drug suspensions(Archive ouverte HAL)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本開示は、ビーズミルを用いた粉砕プロセスに起因するコンタミネーションを低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示者らは、ビーズミルを用いた粉砕プロセスにおいてコンタミネーションに影響する因子を種々検討した結果、粉砕時のスラリーのpHが大きく影響していることを見出した。すなわち、本開示は、ビーズミルによる粉砕処理の際に被粉砕物のスラリーのpHを制御することにより、粉砕処理に起因するコンタミネーションを低減することができるという発見に基づく。
【0013】
本明細書は、以下を開示するものである:
(1)ビーズミルを用いた粉砕プロセスにより微粒子を製造する方法であって、
a)被粉砕物、ビーズおよび分散媒を含む混合物をビーズミルにて攪拌する工程、および
b)当該混合物のpHを調整する工程
を含む、被粉砕物の微粒子の製造方法;
(2)分散媒中に、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム塩、モノアルキルリン酸塩、ラウリル硫酸ナトリウム、セルロース系高分子およびビニル系高分子からなる群から選択される1以上を含有する上記(1)に記載の製造方法。
(3)分散媒中に、ポリビニルピロリドンを含有する上記(1)に記載の製造方法。
(4)分散媒中に、ラウリル硫酸ナトリウムを含有する上記(1)に記載の製造方法。
(5)分散媒中に、ポリビニルピロリドンおよびラウリル硫酸ナトリウムを含有する上記(1)に記載の製造方法。
(6)b)のpHを調整する工程が、酸性物質または塩基性物質を添加することによってpHを調整する工程である、上記(1)~(5)のいずれかに記載の製造方法。
(7)pH調整前と比べて、粉砕プロセスに起因する不純物が低減されている、上記(1)~(6)のいずれかに記載の製造方法。
(8)不純物がビーズおよび/またはビーズミルに由来するものである、上記(1)~(7)のいずれかに記載の製造方法;
(9)不純物の量が、粉砕前の被粉砕物の重量に対し50ppm未満である、上記(1)~(8)のいずれかに記載の製造方法;
(10)ビーズが、ジルコニアビーズである上記(1)~(9)のいずれかに記載の製造方法;
(11)ビーズが、ジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウムを含んでなる上記(1)~(10)のいずれかに記載の製造方法;
(12)不純物が、ジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウムからなる群から選択される1以上である、上記(1)~(11)のいずれかに記載の製造方法;
(13)工程b)が、混合物のpHを6.5~9に調整する工程である、上記(1)~(12)のいずれかに記載の製造方法;
(14)ビーズミルを用いた粉砕プロセスにより微粒子を製造する方法であり、被粉砕物、ビーズおよび分散媒を混合し、pHが6.5~9の当該混合物を攪拌し、不純物の量が、被粉砕物の重量に対し50ppm未満である、被粉砕物の微粒子の製造方法;
(15)微粒子がマイクロ粒子である、上記(1)~(14)のいずれかに記載の製造方法;
(16)微粒子がナノ粒子である、上記(1)~(14)のいずれかに記載の製造方法;
(17)被粉砕物が、医薬化合物である、上記(1)~(16)のいずれかに記載の製造方法;
(18)上記(1)~(17)のいずれかに記載の製造方法によって得られる微粒子;
(19)マイクロ粒子である、上記(18)記載の微粒子;
(20)ナノ粒子である、上記(18)記載の微粒子;
(21)医薬化合物を含んでなる上記(18)~(20)のいずれかに記載の微粒子;
(22)ジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウムからなる群から選択される1以上の不純物の量が、0.0001ppm以上50ppm未満である、上記(18)~(21)のいずれかに記載の微粒子;
(23)上記(17)~(22)のいずれかに記載の微粒子を含んでなる医薬組成物;
(24)ビーズミルを用いた粉砕プロセスに起因する不純物の低減方法であって、
a)被粉砕物、ビーズおよび分散媒を含む混合物を攪拌する工程、および
b)当該混合物のpHを調整する工程
を含む方法;
(25)ビーズミルを用いた粉砕プロセスに起因する不純物の低減方法であって、
a)被粉砕物、ビーズおよび分散媒を混合する工程、
b)a)で得られた混合物のpHを調整する工程、および
c)当該混合物をビーズミルにて攪拌する工程
を含んでなる、方法;
(26)工程b)が、工程a)で得られた混合物のpHを6.5~9に調整する工程である、上記(25)に記載の方法;および
(27)不純物の量が、粉砕前の被粉砕物の重量に対し、0.0001ppm以上50ppm未満である、上記(25)または(26)に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本開示の方法により、ビーズミルでの粉砕プロセスに起因するコンタミネーションを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1で得られた微粒子サンプルに対するビーズ由来のコンタミネーションを示す。横軸は、粉砕処理に付したスラリーのpHを示す。縦軸は、サンプル中のビーズ由来の元素(ジルコニ
ウム(Zr)、イットリウム(Y)およびアルミニウム(Al)の合計)の量(ppm/API:薬物微粒子に対する重量ppm)を示す。
【
図2】試験例1のビーズ成分の溶出に対するpHの影響を示す。横軸は、浸漬時間を示す。縦軸は、サンプル中のビーズ由来の元素量(ジルコニ
ウム(Zr)、イットリウム(Y)およびアルミニウム(Al))を示す。
【
図3】試験例2の粉砕効率に対するpHの影響を示す。横軸は粉砕処理の時間を示す。縦軸は、粉砕処理後の薬物微粒子の粒径(D
50)を示す。
【
図4】試験例3のコンタミネーションに対するpHの影響を示す。横軸は粉砕処理の時間を示す。縦軸は、サンプル中のビーズ由来の元素量(ジルコニ
ウム(Zr)、イットリウム(Y)およびアルミニウム(Al))を示す。
【
図5】試験例4の、コンタミネーションに対する粉砕処理とpHの影響を示す。横軸は粉砕処理の時間を示す。縦軸は、サンプル中のビーズ由来の元素量(ジルコニ
ウム(Zr)、イットリウム(Y)およびアルミニウム(Al))を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示の一態様では、ビーズミルを用いた粉砕プロセスにより微粒子を製造する方法が提供される。
【0017】
本明細書で使用される「微粒子」(本明細書では「微細化粒子」ともいう)なる語は、ビーズミルを用いた粉砕技術(本明細書において「粉砕プロセス」ともいう)によって得られる、平均粒径が1000μm以下の固体粒子を意味し、球形に限らず任意の形状を有し得る。
【0018】
本明細書では、粒子の平均粒径は、体積基準のメジアン径(D50)で示す。当業者は、慣用の方法を用いてメジアン径を測定することができる。
【0019】
本明細書で使用される「マイクロ粒子」なる語は、平均粒径がミクロンオーダーである、上記微粒子を意味し、例えば、約1μm~約1000μm、約1μm~約100μm、約1μm~約10μm、約10μm~約1000μm、約100μm~約1000μm、約10μm~約50μm、約50μm~約100μm、約1μm~約50μm、約1μm~約30μm、約1μm~約10μmの範囲の平均粒径を有する微粒子を意味する。
【0020】
本明細書で使用される「ナノ粒子」なる語は、平均粒径がナノオーダーである、上記微粒子を意味し、例えば、約1nm~約1000nm、例えば約1nm~約100nm、約1nm~約10nm、約10nm~約1000nm、約100nm~約1000nm、約10nm~約50nm、約50nm~約100nm、約1nm~約50nm、約1nm~約30nm、約1nm~約10nmの範囲の平均粒径を有する微粒子を意味する。
【0021】
本明細書で使用される「被粉砕物」なる語は、本開示の粉砕プロセスによって微細化される固形物質を意味し、通常は固形物質の粉粒体である。粉砕前の被粉砕物の粒子の大きさは、ビーズミルによりナノ粒子またはマイクロ粒子にまで微細化することができる範囲であれば特に限定されない。本開示の粉砕プロセスによって微細化することができる被粉砕物の粒径は、例えば、1μm~100μm、1μm~75μm、1μm~50μm、1μm~25μm、1μm~10μm、1μm~5μmの範囲である。
【0022】
本開示の粉砕プロセスで使用される被粉砕物は、例えば、誘電体、圧電体、磁性体などの電子部品材料、蛍光体、電池用電極材料、顔料、塗料、ファインセラミックス原料、研磨材、医薬品、農薬、粉末食品等の様々な分野で用いられる任意の固体物質であってよい。例えば、医薬品の分野で用いられる被粉砕物としては、医薬品の有効成分となる医薬化合物が挙げられ、結晶性であっても非結晶性のものであってもよい。被粉砕物は、湿式粉砕されるので、水に不溶性、あるいは難溶性のものでなければならない。
【0023】
一実施形態では、本開示の粉砕プロセスは、
a)被粉砕物、ビーズおよび分散媒を含む混合物を攪拌する工程、および
b)当該混合物のpHを調整する工程
を含んでなる。
【0024】
本開示の粉砕プロセスで使用されるビーズは、ビーズミルを用いた粉砕技術に通常使用されるものであれば特に限定されない。
ビーズの材質および粒径は、当業者であれば、ビーズミルの仕様、被粉砕物の特性(例えば粒子の硬さ、密度および粒径等)、目標とする粉砕後の微粒子の粒径、スラリーの粘度等の様々な因子を考慮して適宜選択することができる。
ビーズミルで用いられる材質としては、例えば、ガラス、アルミナ、ジルコン(ジルコニア・シリカ系セラミックス)、ジルコニア、スチールなどが挙げられるがこれらに限定されない。特にジルコニアは、硬度が高くビーズ劣化による破片の混入が少ない傾向にあるため、ビーズの材質として好ましい。
ビーズの粒径は、例えば0.03mm~1.0mm、0.1mm~1.0mm、0.1mm~0.8mm、0.1mm~0.5mmの範囲が挙げられるがこれらに限定されない。
【0025】
本開示の粉砕プロセスで使用される分散媒は、被粉砕物が本質的に不溶性である液状媒体であれば特に限定されず、当業者であれば、被粉砕物の性状に応じて適宜選択することができる。例えば、水、または様々な有機溶媒(例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール等のアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン、イソプロピルエーテル、メチルセロソルブ等のエーテル、エチレングリコール、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート等のグリコールエステル、酢酸エチル等のエステル、塩化メチレン、トリクロロエタン等のハロゲン化炭化水素、シクロヘキサン等の非芳香族炭化水素、トルエン等の芳香族炭化水素、ノルマルヘキサン等の直鎖状炭化水素等)が挙げられる。
【0026】
分散媒の量は、被粉砕物を十分に分散させることができ、ビーズミルでの粉砕プロセスに際して適当な粘度のスラリーが得られる量であれば特に限定されず、当業者は、被粉砕物および分散媒の性状に応じて適宜選択することができる。
【0027】
上記工程a)における混合物の攪拌は、ビーズミルを用いる粉砕技術において慣用の手順に従って行うことができる。即ち、混合物は、適宜設定されたビーズミルの運転条件にて、ビーズミルの攪拌室内のアジテータにより攪拌される。
【0028】
上記工程b)のpHの調整は、工程a)の後に行ってもよいし、工程a)の前に行ってもよい。工程a)の前に行うpHの調整としては、例えば、1)被粉砕物を分散媒に分散させたスラリーのpHを調整した後にビーズを加え、上記工程a)の混合物とする場合、あるいは、2)分散媒にビーズを加えた後、分散媒中に被粉砕物を分散させたスラリーのpHを調整し、上記工程a)の混合物とする場合がある。pHの調整は、酸性物質、塩基性物質、あるいは中性物質、特に、酸性物質、塩基性物質を加えることによって行うことができる。例えば、酸性、塩基性、あるいは中性の溶液、特に酸性、塩基性の溶液を加えることによって、pHを調整することができ、溶液は緩衝化されていても緩衝化されていなくてもよい。すなわち、酸性側のpHの分散媒、あるいは塩基性側のpHの分散媒に上記溶液を添加することによって、金属異物が減少するpHに調整し、金属異物を減少することができる。ここで、酸性物質とは、水に溶けて電離し、水素イオン(H+)となる水素原子を有する化合物のことをいい、広義には他の物質に水素イオンを与える物質である。塩基性物質とは、水に溶けて電離し、水酸化イオン(OH-)となる水酸基を有する化合物のことをいい、広義には、水素イオンを受け入れる物質である。本開示のpHの調整に使用される溶液としては、例えば、酢酸水溶液、塩酸水溶液、クエン酸緩衝液、炭酸緩衝液、リン酸緩衝液水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、アンモニア水溶液等が挙げられるが、これらに限定されない。当業者は、目標とするpH、被粉砕物、分散媒、スラリーに含まれる他の成分の性質等の様々な因子を考慮して、pH調整に用いる溶液の種類、並びにそのpH、濃度および使用量を適宜選択することができる。
【0029】
ジルコニアビーズを用いる一実施形態では、上記工程b)において、pHを6~9の範囲、例えば6~8.5の範囲、6~8の範囲、6.5~9の範囲、6.5~8.5の範囲、6.5~8の範囲、7.5~9の範囲、7.5~8.5の範囲、7.5~8の範囲に調整することができる。
【0030】
本開示の粉砕プロセスは、市販のビーズミル装置を使用して実施することができる。使用するビーズミル装置の仕様・形式は特に限定されない。ビーズミル装置に備えられているアジテータの形状も限定されず、例えばディスクタイプ、ピンタイプ、シングルロータータイプ等のいずれであっても良い。粉砕室は縦型又は横型等のいずれで形式であってもよい。また、ビーズミルの運転方式も限定的ではなく、例えば循環方式、パス方式、バッチ式等のいずれであってもよい。
【0031】
使用するビーズの量は、当業者であれば、ビーズミルの仕様(例えば粉砕室の容量)や運転条件、スラリーの粘度等の様々な因子を考慮して適宜選択することができる。
【0032】
ビーズミルに投入される、被粉砕物、ビーズおよび分散媒を含む混合物の合計量は、ビーズミルの仕様(例えば粉砕室の容量)や運転条件等に応じて当業者が適宜選択することができる。
一般的には、粉砕室の容量に対する、ビーズの体積比として10~90%の範囲内で適宜設定することができ、例えば25~90%、50~90%、60~90%の範囲に設定することもできる。
【0033】
ビーズミル装置の運転条件、例えばアジテータの周速、ミル冷却温度、滞留時間(処理時間)等は、使用するビーズミル装置の仕様に応じて、慣用の手順に従い、様々な因子(被粉砕物の性質、分散媒の種類、スラリーの粘度、ミル中のビーズの充填率、ビーズの種類、粉砕後に得られる微粒子の粒径、粉砕効率等)を考慮して適宜設定することができる。
【0034】
本開示の粉砕プロセスに際して、必要に応じ、スラリーに添加剤を配合することができる。例えば、スラリー中の被粉砕物の分散性の向上、凝集の防止または分散状態の安定化を目的として、分散剤をスラリーに配合することができる。
【0035】
分散剤は、被粉砕物および分散媒の性状、ビーズミルの仕様および運転条件等の様々な因子を考慮して適宜選択することができるが、例えばカルボン酸塩(脂肪酸塩等)、スルホン酸塩(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム等)、リン酸塩(モノアルキルリン酸塩等)、硫酸エステル塩(ラウリル硫酸ナトリウム等)等の界面活性剤やヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒプロメロース(ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC))、メチルセルロース(MC)、ポリビニルピロリドン(PVP)等の高分子化合物、特に水溶性高分子化合物があげられる。好ましくは、ラウリル硫酸ナトリウム、ポリビニルピロリドンである。分散剤の量は、当業者が慣用の手順に従って適宜選択することができる。分散剤が界面活性剤の場合、その量は、例えばスラリー全量に対して、0.01~10.0重量%、好ましくは、0.05~7.5重量%、より好ましくは0.1~5.0重量%である。また、分散剤が高分子化合物の場合、その量は、例えばスラリー全量に対して、0.1~20.0重量%、好ましくは、0.25~15.0重量%、より好ましくは、0.5~10.0重量%である。これらの分散剤を分散媒中に配合しなければ、被粉砕物が分散媒中に分散しない、あるいは粉砕効率が低下する恐れがある。なお、分散媒中に分散剤および/または高分子化合物を溶解または懸濁させた場合、分散媒中のpHが、金属異物量を低減できないpHとなる場合がある。この場合、pHの調整に使用される溶液、すなわち、酢酸水溶液、塩酸水溶液、クエン酸緩衝液、炭酸緩衝液、リン酸緩衝液水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、アンモニア水溶液等を使用し、金属異物が低減できるpHに調整することができる。
【0036】
本開示の粉砕プロセスにより微細化された粒子は、ビーズミル内のセパレータによりビーズを分離した後、微粒子を含むスラリーとしてビーズミルから排出される。セパレータの仕様・形式は、使用するビーズミルによって異なり、特に限定されない。
【0037】
ビーズミルから排出されたスラリーは、微粒子を含むスラリー状のままの組成物であってもよいし、スラリーを当分野における慣用の手順に従い乾燥して分散媒を留去し、微粒子を含んでなる粉体としてもよい。
【0038】
本明細書で使用される「コンタミネーション」なる用語は、ビーズミルによる粉砕プロセスの間に、ビーズミルの部材(例えば、攪拌室、アジテーター等)またはビーズを構成する材料の成分が、不純物として混入することをいう。このような不純物は、粉砕プロセスの間に生じるビーズミルの部材やビーズの摩耗に起因するものである。
【0039】
一実施形態では、本開示の粉砕プロセスに起因するコンタミネーションにより混入する不純物の量は、得られた微粒子の重量に対して、例えば、0.0001ppm以上~50ppm未満、0.0001ppm以上~40ppm未満、0.0001ppm以上~30ppm未満、0.0001ppm以上~20ppm未満、0.0001ppm以上~10ppm未満である。
【0040】
一実施形態では、本開示の粉砕プロセスに起因する不純物は、ビーズ由来の成分である。
ビーズとしてジルコニアビーズを用いる一実施形態では、不純物は、ジルコニアビーズの構成成分(例えば、ジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウム)の1つ以上である。
【0041】
一実施形態では、本開示の粉砕プロセスに起因する不純物は、ビーズミルを構成する材料に由来する成分であり、例えば鉄、モリブデン、クロムおよびニッケルなどのステンレス鋼の構成要素が挙げられる。
【0042】
本開示のさらなる態様では、本開示の方法によって得られる微粒子が提供される。
一実施形態では、本開示の微粒子はマイクロ粒子である。さらなる実施形態では本開示の微粒子はナノ粒子である。
一実施形態では、本開示の微粒子は、医薬化合物を含んでなるナノ粒子である。
【0043】
本開示の方法により得られる微粒子の形態は特に限定されず、本開示の粉砕プロセス後に得られるスラリーのままの組成物であってもよいし、スラリー状態の組成物と添加剤を混合し、製剤を製造してもよいし、得られたスラリーを乾燥し、粉体化して組成物としもよい。なお、ビーズ等の異物の除去は、スラリーを微細な湿式篩でろ過処理して、異物等を除去してもよいし、スラリーを遠心分離して、金属異物(ビーズコンタミ)を分離し、除去してもよい。
【0044】
本開示のさらなる態様では、本開示の方法によって得られる微粒子を含んでなる組成物または材料が提供される。このような組成物または材料としては、例えば、誘電体、圧電体、磁性体などの電子部品材料、蛍光体、電池用電極材料、顔料、塗料、ファインセラミックス原料、研磨材、医薬品、農薬、粉末食品等が挙げられる。
【0045】
本開示のさらなる態様では、本開示の方法によって得られる微粒子を含んでなる医薬組成物が提供される。
【0046】
本開示の医薬組成物は、本開示の方法によって得られた微粒子を用い、目的とする剤形に応じて適宜、医薬製剤の分野で通常用いられているいくつかの工程(例えば、造粒、整粒、打錠、コーティング等)を経た後、最終製品として得ることができる。
【0047】
以下の実施例は、本開示をさらに詳細に説明するものであって、いかなる意味においてもその範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例】
【0048】
実施例1
薬物としてフェニトイン(静岡カフェイン工業所)7.5g(5w/w%)、高分子としてポリビニルピロリドン(PVP K-25、BASFジャパン)4.5g(3w/w%)、界面活性剤としてラウリル硫酸ナトリウム(コグニスジャパン)0.375g(0.25w/w%)を、精製水137.6g中に分散させてスラリーとした。このスラリーのpHは3.88であった。このスラリーに1N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを調整し、各種pH(pH6.07、6.68、7.36、8.14、8.96、10.37)のサンプルを調製した。
各サンプル(100g)およびビーズ(217.3g,充填率70%)を、ダイノーミルリサーチラボ(WAB社製)に仕込み、ビーズミルによる粉砕処理を120分間行った(ディスク周速:4m/s,品温;20℃,液速度:45g/分)。粉砕処理に用いたビーズは、YTZボール(粒径0.5mm,ニッカトー社製のジルコニアビーズ)であった。ここで、充填率とは、ビーズの真容積の割合(嵩容積に対する百分率)であり、以下も同様とする。
粉砕処理後の薬物粒子径は1μm以下(D
50値)のナノオーダーであった。粒子径はMicrotrac UPA 150 M(マイクロトラック・ベル株式会社)によって測定した。
測定条件:
粒子屈折率:1.61
Set Zero:60秒
測定時間:60秒
測定回数:2回
形状:非球形
溶媒屈折率:1.333
粉砕処理後のサンプル0.5gをメタルフリーの容器に秤取し、内部標準物質(Co)を添加した後、NMP/HCl/HNO
3混液(90:5:5)を加え、超音波照射により溶解させ、試料溶液とした。この試料を、誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)装置(iCAPQ(商標)、サーモフィッシャー社)を用いて、サンプル中の薬物に対するビーズ成分(ジコニウム、イットリウムおよびアルミニウム)の量(重量ppm/API)について測定した。
測定条件:
測定元素:Zr(m/z=90),Y(m/z=89),Al(m/z=27)
ネブライザー:同軸型ネブライザー
スプレーチャンバー:サイクロン型
スプレーチャンバー温度:3℃付近の一定温度
インジェクター内径:1.0mm
サンプル導入方法:自然吸引
高周波パワー:1550W
冷却ガス流量:14L/min
補助ガス流量:0.8L/min
測定モード:KED
コリジョンガス:ヘリウム
添加ガス:酸素
ペリスタポンプ回転数:20rpm
積分時間:0.1秒
積算回数:3回
結果を
図1に示す。
図1に示されるように、スラリーのpHを6.68~8.14に調整して粉砕処理を行った場合、ビーズ成分(ジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウム)によるコンタミネーションが顕著に減少した。
【0049】
試験例1:ビーズ成分の溶出に対するpHの影響
薬物としてフェニトイン(静岡カフェイン工業所)2.5g(5w/w%)、高分子としてポリビニルピロリドン(PVP K-25、BASFジャパン)1.5g(3w/w%)、界面活性剤としてラウリル硫酸ナトリウム(コグニスジャパン)0.125g(0.25w/w%)を、精製水45.88g中に分散させてスラリーとした。このスラリーのpHを測定すると3.88であった。このスラリー(45mL)に1N NaOHを加えてpHを6.17に調整した。
YTZボール(0.925g,YTZ-0.5、ニッカトー社製、直径0.5mm)をファルコンチューブに秤取し、スラリー(5mL)を加えて25℃にて静置した。対照として、上記スラリー(pH3.88)をpH調整することなく用いた。
所定の時間(1440分、2880分)浸漬後、上澄みを採取し、誘導結合プラズマ質量分析装置(iCAPQ(商標)、サーモフィッシャー社)を用いて、ジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウムの量(重量ppm/API)を実施例1の記載と同様に測定した。
結果を
図2に示す。
図2に示されるように、スラリーのpHを調整することにより、ビーズ成分の溶出は減少した。
【0050】
試験例2:粉砕効率に対するpHの影響
試験例1で調製したスラリー(pH3.88)を、1N水酸化ナトリウム水溶液でpHを調整し、各種pHのスラリーとした(pH6.68、7.36および8.14)。対照として、試験例1で調製したスラリー(pH3.88)をpH調整することなくそのまま用いた。
各スラリー(100g)およびビーズ(217.3g,充填率70%)を、ダイノーミルリサーチラボ(WAB社製)に仕込み、ビーズミルによる粉砕処理を行った。粉砕処理に用いたビーズは、YTZボール(粒径0.5mm,ニッカトー社製のジルコニアビーズ)であった。
粉砕処理中の所定の時点でサンプリングを行い、サンプル中の薬物粒子の粒子径を実施例1に記載した方法と同様に測定し、D
50値を算出した。結果を
図3に示す。
図3に示すとおり、粉砕効率に対するpHの有意な影響は認められなかった。
【0051】
試験例3:コンタミネーションに対するpHの影響
試験例2で調製した各種pHのスラリー(pH3.88、6.68、7.36および8.14)それぞれについて、試験例2に記載したとおりに、ビーズミルによる粉砕処理を行い、粉砕処理中の所定の時点でサンプリングを行った。各サンプルを、実施例1に記載したとおりに、溶解処理し、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いて、サンプル中のジコニウム、イットリウムおよびアルミニウムの量を測定した。結果を
図4に示す。
図4に示されるとおり、スラリーのpHを6.68~8.14に調整して粉砕処理を行った場合、各ビーズ成分(ジルコニウム、イットリウム、アルミニウム)によるコンタミネーションはいずれも減少した。
【0052】
試験例4:
試験例2で調製したスラリー(pH3.88およびpH7.36)100gと、YTZボール(ニッカトー社製のジルコニアビーズ)217.3g(充填率70%)をダイノーミルリサーチラボ(WAB社製)に仕込み、ビーズミルによる粉砕処理(ディスク周速4m/s)を行うか、または粉砕処理を行わずに(ディスク周速0m/s)そのまま静置した。
ビーズミルによる粉砕処理中、所定の時点でサンプリングを行い、実施例1に記載したとおりに、粉砕処理後のサンプルを溶解処理し、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いて、サンプル中のジルコニウム、イットリウムおよびアルミニウムの量を測定した。結果を
図5に示す。
図5に示されるように、粉砕処理を行った場合(ディスク周速4m/s)にビーズ成分によるコンタミネーションが増大した。これは粉砕処理に伴う粉砕媒体(ビーズ)の摩耗によるものと考えられる。また、粉砕処理に起因するコンタミネーションは、スラリーのpHを調整した場合(pH7.36)に減少した。