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  • 特許-不織布及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-11
(45)【発行日】2024-12-19
(54)【発明の名称】不織布及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D04H 1/587 20120101AFI20241212BHJP
   D04H 1/09 20120101ALI20241212BHJP
   D04H 1/4266 20120101ALI20241212BHJP
【FI】
D04H1/587
D04H1/09
D04H1/4266
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021512164
(86)(22)【出願日】2020-04-01
(86)【国際出願番号】 JP2020014985
(87)【国際公開番号】W WO2020204057
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-03-28
(31)【優先権主張番号】P 2019070344
(32)【優先日】2019-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000151221
【氏名又は名称】株式会社島精機製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100086830
【弁理士】
【氏名又は名称】塩入 明
(74)【代理人】
【識別番号】100096046
【弁理士】
【氏名又は名称】塩入 みか
(72)【発明者】
【氏名】鳥越 昌三
【審査官】大▲わき▼ 弘子
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-188972(JP,A)
【文献】特開2010-254909(JP,A)
【文献】特開平11-172578(JP,A)
【文献】特開2008-280326(JP,A)
【文献】特開平11-350352(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04H1/00-18/04、
D06M13/00-15/715
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルク繊維のウェブを形成する、ウェブ形成ステップと、
形成したウェブを、数平均分子量が500以上5000以下の加水分解ケラチンから成るバインダの水溶液に浸す、浸漬ステップと、
バインダの水溶液に浸したウェブを乾燥させることにより、ウェブ中の繊維と繊維とが交差する部分に前記バインダを集め、繊維と繊維とをバインダにより架橋させる,乾燥ステップ、とを行う不織布の製造方法。
【請求項2】
前記ウェブ形成ステップでは、シルク繊維のワタをカーディングすることにより、ウェブを形成することを特徴とする、請求項1の不織布の製造方法。
【請求項3】
前記ウェブ形成ステップでは、形成したウェブの繊維を互いに絡ませ、ウェブに強度を付与することを特徴とする、請求項1または2の不織布の製造方法。
【請求項4】
前記ウェブ形成ステップでは、スパンレース法あるいはニードルパンチ法により、形成したウェブの繊維を互いに絡ませることを特徴とする、請求項3の不織布の製造方法。
【請求項5】
前記乾燥ステップの後に、ウェブを弱酸性の水溶液に接触させた後に乾燥させるステップを行うことを特徴とする、請求項1~4のいずれかの不織布の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は不織布及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
不織布中の繊維は互いに絡み合うことにより結合され、あるいはバインダにより互いに結合されている。バインダの多くは合成樹脂であるため、天然物あるいはそれに類する素材のみから成る不織布には不適当である。このため天然物由来あるいは天然物に類似の物質から成るバインダを用いる不織布が必要とされている。
【0003】
関連する先行技術を示す。特許文献1(特開平7-236373)は、不織布表面にコンニャク粉、大豆粉等の層を設けることにより、水、空気の流通を阻止することを開示している。しかし特許文献1では、コンニャク粉等は不織布のバインダではなく、不織布の表面層を構成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平7-236373
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明の課題は、天然物由来あるいは天然物に類似の物質から成るバインダにより繊維を結合した不織布と、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の不織布は、ウェブを構成する繊維がバインダにより互いに結合されている不織布において、バインダがペプチドであることを特徴とする。
【0007】
この発明の不織布の製造方法は、繊維のウェブを形成し、次いでバインダによりウェブを構成する繊維を互いに結合する。この発明の不織布の製造方法は、バインダがペプチドであることを特徴とする。
【0008】
この発明では、ペプチドから成るバインダが、繊維と繊維の交差部で繊維間を架橋する。これによってウェブを構成する繊維は互いに結合され(図4)、強度のある不織布が得られる。ペプチドはアミノ基がペプチド結合により互いに結合した物質である。この明細書では、タンパク質の加水分解により製造したペプチドを、タンパク質の加水分解生成物という。なおタンパク質の加水分解生成物に類似のペプチドを合成することもできる。
【0009】
好ましくはバインダは、フィブロイン、セリシン、あるいはケラチンの加水分解生成物の少なくとも一員である。フィブロインとセリシンはいずれもシルク由来のタンパク質で、フィブロインは繊維状であり、セリシンはシルク繊維中のフィブロインを互いに結合している。ケラチンは羊毛等の獣毛、水鳥の羽毛、家禽の羽毛等に含まれ、硬タンパク質である。また水鳥及び家禽の羽毛は用途が少ないため廃棄されることが多く、羽毛由来の加水分解ケラチンをバインダとすることには環境保護上の意義がある。
【0010】
フィブロイン、セリシン、及びケラチン等のタンパク質の加水分解生成物はいずれも天然物に由来し、人体への適合性が高い。従って、人工皮膚、あるいは体内に埋め込む膜等に、不織布を使用できる。これらの他に、患部を覆うシート、包帯、フェイスマスク、就寝時の保湿マスク、就寝時の頭髪カバーなど任意の用途に不織布を用いることができる。この発明の不織布は人体に直接接触する用途に適している。
【0011】
バインダは比較的小さな分子量のものが好ましく、例えば数平均分子量が500以上5000以下とし、より好ましくは750以上3000以下とする。分子量が大きなバインダでは、不織布の通気性が損なわれ、また不織布が固くなって風合が損ねられる。
【0012】
好ましくは、ウェブを構成する繊維を、タンパク質繊維、レーヨン、及びポリ乳酸から成る群の少なくとも一員の繊維とする。これらの繊維は天然物に由来するので、人体に接触してもアレルギー等のリスクが少ない。またナイロン等の石油由来の化学繊維はケラチン等に由来するバインダとは馴染みが悪く、この発明には適していない。
【0013】
特に好ましくは、ウェブを構成する繊維はシルク繊維である。繊維をシルク繊維とし、バインダをシルク由来のフィブロインあるいはセリシン、もしくは水鳥、家禽、羊毛等に由来するケラチンとすると、人体への馴染みが良く、また人工皮膚、人体に装着する膜などに用いても安全な不織布が得られる。特に、ゲノム編集した蚕を無菌状態で育て、アレルゲン物質等の人体に有害な物質を含まないシルク繊維を採取し、このシルク繊維を不織布の母体とすると、人体への安全性が特に高い不織布が得られる。またこの発明の不織布は濡れても強度とサイズは大きくは変化しないので、人体に直接接触する用途に適している。なおタンパク質繊維でも、羊毛等の獣毛は元々スケールを備え、スケールとスケールとの接触により繊維間に摩擦が働く。このためバインダ無しで不織布を製造できるので、この発明には余り適していない。
【0014】
好ましくは、タンパク質の加水分解生成物から成るバインダにより、ウェブを構成する繊維を互いに結合した後、ウェブを弱酸性の水溶液に接触させる。この水溶液は例えばpHが4.5以上6以下、好ましくは5以上6以下である。酸の種類は例えば酢酸であるが、不織布を染色する場合、酸性染料、あるいは酸性の羊毛反応染料などを酸として用いても良い。後処理としての酸処理によりバインダは重合し、不織布の強度が増す。
【0015】
ウェブは例えばスパンレース法により形成し、この時、繊維を互いに絡ませる。次にバインダにより繊維を互いに結合すると、スパンレースによる繊維の絡み合いとバインダによる繊維の結合により、不織布の強度が得られる。
【0016】
バインダの添加方法は任意であるが、例えばスパンレース法によりウェブを形成した後、バインダの水溶液にウェブを浸すと、均一にバインダをウェブに添加できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例での不織布の製造工程図
図2】スパンレース法で処理した不織布の電子顕微鏡写真(×250)
図3】実施例の不織布の電子顕微鏡写真(×550)
図4】実施例の不織布の電子顕微鏡写真(×2000)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、発明を実施するための最適実施例を示す。
【実施例
【0019】
図1は不織布の製造工程を示し、原料となる繊維は、シルク等のスケールを持たないタンパク質繊維、キュプラ等のレーヨン、ポリ乳酸等で、これらはタンパク質繊維のように天然物であるか、レーヨン、ポリ乳酸のように天然物を加工したものあるいは天然物に近い組成のものである。これらの中で最も好ましいものは、人体との馴染みが良くかつ安全なシルクである。特に、ゲノム編集によりシルクからアレルゲン物質を除き、かつ無菌で育成した蚕からのシルクが好ましい。実施例では、市販のベニーシルクのワタを用いた。なおベニーシルクではシルク繊維が捲縮しており、カーディングによりウェブを製造するのに適している。
【0020】
石油由来の化学繊維はケラチン水溶液との馴染みが悪く、繊維と繊維の交差個所をケラチンで架橋することはできなかった。またナイロン等の石油原料の化学繊維は、人体への刺激がある。従って、石油原料の化学繊維は好ましくない。
【0021】
タンパク質繊維には、羊毛等の獣毛繊維も含まれる。しかし獣毛繊維は元々スケールを備え、不織布にすると、スケール間の摩擦により、強度が保たれる。そこで特に排除するわけではないが、獣毛繊維は重要ではない。
【0022】
バインダはタンパク質の加水分解生成物であり、例えばシルクのフィブロイン、セリシンを加水分解した加水分解フィブロイン、加水分解セリシン、あるいは水鳥及び家禽の羽毛、獣毛を加水分解した加水分解ケラチンが好ましい。これらのものは天然物由来のバインダで人体への刺激が少なく安全である。また水鳥及び家禽の羽毛は需要が少ないため廃棄されることが多いので、鳥の羽毛を加水分解したケラチンは環境保護の点でも優れている。なお合成ペプチドをバインダとしても良い。
【0023】
ケラチンはアルカリあるいは酸により加水分解でき、透析により分子量の上限を制御できる。実施例では、羽毛をアルカリで加水分解し、分子量の上限が5000で、数平均分子量が1500の加水分解ケラチンを用いた。シルクのフィブロイン、セリシンも同様にアルカリあるいは酸で加水分解でき、透析により分子量の上限を制御できる。また加水分解ケラチン等の数平均分子量は、ゲルクロマトグラフィーにより測定できる。数平均分子量の好ましい範囲は500以上5000以下で、特に750以上3000以下である。
【0024】
原料繊維からウェブ、即ち繊維が互いに接触して層状になったものを製造し、ウェブはフリースと呼ばれることもある。実施例ではカード機によりシルクワタからウェブを形成し、スパンレース法により繊維を絡ませウェブに強度を付与した。スパンレース法では水流をウェブに吹きつけ、繊維を水流により曲げて絡ませる。スパンレース法で処理した不織布(ウェブ)を図2に示し、繊維は屈曲して絡まっている。スパンレース法の代わりにニードルパンチ法(針をウェブに突き刺し、繊維を曲げて絡ませる)などを用いても良く、ウェブの形成法は任意で、繊維を絡ませる手法とこの処理の有無は任意である。
【0025】
数平均分子量が1500の羽毛由来の加水分解ケラチン水溶液の浴(5mass%濃度で20℃)に、スパンレース後のウェブを、浸漬時間が5秒間となるように通し、ウエブに加水分解ケラチンを添加した。浴での加水分解ケラチン濃度は例えば1mass%以上8mass%以下で、好ましくは4mass%以上6mass%以下である。浸漬時間は例えば1秒以上1分以下で、好ましくは1秒以上10秒以下である。また浴の液温は例えば15℃以上25℃以下の常温である。
【0026】
この処理では、比較的濃厚な加水分解ケラチン水溶液にウェブを短時間浸す。加水分解ケラチンはシルク、レーヨン、ポリ乳酸等の繊維との馴染みがよいので、ウェブを乾燥させると、繊維と繊維とが交差する部分に加水分解ケラチンが集まり、繊維間を加水分解ケラチンが架橋する。乾燥法は、加熱ロールによる加熱、赤外線の照射、オーブンでの加熱、熱風乾燥、自然乾燥、等任意である。
【0027】
図3は加水分解ケラチンで処理した後、乾燥した不織布の写真で、図4はその拡大写真である。図4では、加水分解ケラチンの膜により繊維が互いに結合されている個所が見える。加水分解ケラチンの水溶液に浸すことにより繊維が互いに結合され、不織布の強度が増す。なお加水分解ケラチン水溶液をウェブにスプレーしても良く、加水分解ケラチンの添加法自体は任意である。
【0028】
不織布の強度をさらに高めるには、加水分解ケラチンを添加し乾燥した不織布を、弱酸性の水溶液と接触させることが好ましい。例えば常温でpH5.5の酢酸水溶液の浴に不織布を浸すように通過させ、次いで不織布を乾燥する。加水分解ケラチンは酸との接触により重合し、不織布の強度と形状の安定性が増す。pHは4.5以上6以下が好ましく、特に5以上6以下が好ましい。例えばシルクの不織布は、水に浸して水流等により力を加えるとサイズが大きくなる。しかしシルクの不織布に加水分解ケラチンを添加すると、水に浸した際のサイズの増加を抑制できた。ケラチン処理を行わなかった不織布を水に浸し力を加えた際のサイズの増加を100%として、ケラチン処理をしたが酢酸で処理しなかった場合、サイズの増加は8%程度と小さくなり、加水分解ケラチン添加後に酢酸で処理すると、サイズの増加は2%程度まで小さくなった。また酢酸処理では加水分解ケラチンは溶出せず、不織布中の含有量は変化しない。
【0029】
シルクの不織布の乾燥重量の変化から、加水分解ケラチンの含有量を測定した。実施例では、ケラチン処理前の目付量55g/m2の不織布に加水分解ケラチンが5.3g/m2含まれ、不織布での加水分解ケラチン濃度は8.8mass%であった。不織布中のケラチン濃度は3.5mass%以上20mass%以下が好ましい。
【0030】
得られた不織布(幅50mm×長さ200mm)を長さ方向に100mmの間隔を置いて把持し、引張強度と破断までの伸び率、及び5%,10%,15%伸ばした際の応力(モジュラス)を測定した。結果を表1に示す。なお加水分解ケラチン添加試料は、ケラチン添加後に酢酸水溶液(pH5.5)でケラチンを重合させたものである。
【0031】
表1
不織布の強度
試験項目 スパンレースのみ 加水分解ケラチン添加
引張強度(N) 240 220
伸び率(%) 40 31
5%モジュラス(N) 7 32
10%モジュラス(N) 22 60
15%モジュラス(N) 43 99
【0032】
加水分解ケラチンの添加により、モジュラスの値が著しく増加している。このことは不織布が伸び難くなり、形状安定性が高まったことを意味している。
【0033】
実施例では、天然物由来のバインダにより、繊維と繊維の間を架橋し、不織布の強度を増すことができる。バインダは天然物なので人体への刺激が少ない。また不織布中のシルク繊維を、フィブロイン、セリシン、あるいはケラチンの加水分解生成物バインダで結合すると、人体との馴染みが良く、濡れても形状が安定で、かつ強度があるため、医療用等にも使用可能な不織布が得られる。不織布に添加したバインダを弱酸性水溶液により重合させると、不織布の強度がさらに増す。
図1
図2
図3
図4