(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】ステンレスボルトの製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/00 20060101AFI20241213BHJP
C21D 7/06 20060101ALI20241213BHJP
【FI】
C21D9/00 B
C21D7/06 B
(21)【出願番号】P 2020187354
(22)【出願日】2020-11-10
【審査請求日】2023-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000004617
【氏名又は名称】日本車輌製造株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591171677
【氏名又は名称】株式会社メイドー
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】弁理士法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】塩野 勝久
(72)【発明者】
【氏名】武居 克英
(72)【発明者】
【氏名】三林 雅彦
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-193823(JP,A)
【文献】特開2001-342519(JP,A)
【文献】特開2006-028623(JP,A)
【文献】特開昭59-162224(JP,A)
【文献】特開昭61-006209(JP,A)
【文献】特開昭53-103923(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0247835(US,A1)
【文献】国際公開第2020/110597(WO,A1)
【文献】特開2011-256412(JP,A)
【文献】特開2005-320626(JP,A)
【文献】特開2012-188727(JP,A)
【文献】特開平11-350151(JP,A)
【文献】米国特許第05419948(US,A)
【文献】特開2009-091636(JP,A)
【文献】特開2007-146284(JP,A)
【文献】特開平04-064705(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00
C21D 7/00
B24C 1/00
F16B35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼からなり、雄ねじが成形されたステンレスボルトを用意する工程と、
用意した前記ステンレスボルトを、400℃~500℃の範囲内の温度で加熱処理する加熱処理工程と、を備え
、
前記加熱処理工程では、前記加熱処理の時間を、15分間以上60分間未満の範囲内とする
ステンレスボルトの製造方法。
【請求項2】
オーステナイト系ステンレス鋼からなり、雄ねじが成形されたステンレスボルトを用意する工程と、
用意した前記ステンレスボルトを、400℃~500℃の範囲内の温度で加熱処理する加熱処理工程と、を備え、
前記加熱処理工程を行った前記ステンレスボルトに対し、ショットピーニングまたはショットブラストを行うショット工程と、
前記ショット工程を行った前記ステンレスボルトの表面に犠牲腐食被膜処理液を塗布し、これを300℃~400℃の範囲内の温度で焼き付けて、前記ステンレスボルトの表面に犠牲腐食被膜を形成する犠牲腐食被膜形成工程と、を備える
ステンレスボルトの製造方法。
【請求項3】
請求項
2に記載のステンレスボルトの製造方法であって、
前記犠牲腐食被膜形成工程を行った前記ステンレスボルトの表面に、摩擦係数安定剤を塗布して乾燥させることで、摩擦係数安定化被膜を形成する
ステンレスボルトの製造方法。
【請求項4】
請求項1~請求項
3のいずれか一項に記載のステンレスボルトの製造方法であって、
前記ステンレスボルトは、鉄道車両用のステンレスボルトである
ステンレスボルトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレスボルトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステンレスボルトの製造方法として、様々な方法が提案されている。例えば、特許文献1には、オーステナイト系ステンレス鋼素材を、冷間鍛造または300℃以下の温間鍛造により成形して、ステンレスボルトを製造する方法が開示されている。オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトは、非磁性体であるため、強い磁気力が作用する環境下(磁場の強い環境下)で使用される被締結物の締結に好適である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ステンレスボルトは、耐クリープ性が低い(クリープ変形し易い)ことが知られている。特に、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトは、常温クリープを起こしやすい。その理由は、オーステナイト系ステンレス鋼が、FCC(面心立方)の結晶構造を有するために、常温における材料中の窒素(N)及び炭素(C)の移動速度が非常に遅く、N,Cによる転移の固定が不十分であるためと推定される(例えば、ステンレス鋼の常温におけるクリープ変形挙動、鉄と鋼、Vol.79,No.1,P98-104 参照)。このため、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトを用いて被締結物を締結した後、被締結物からの反力である引張り力によって、時間の経過に伴ってステンレスボルトが徐々に変形(伸長)し、ステンレスボルトの軸力が低下してしまうことがあった。このため、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトによって、被締結物を長期間適切に締結することができないことがあった。
【0005】
本発明は、かかる現状に鑑みてなされたものであって、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトの耐クリープ性を向上させる(クリープ変形を低減する)ことができるステンレスボルトの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、オーステナイト系ステンレス鋼からなり、雄ねじが成形されたステンレスボルトを用意する工程と、用意した前記ステンレスボルトを、400℃~500℃の範囲内の温度で加熱処理する加熱処理工程と、を備え、前記加熱処理工程では、前記加熱処理の時間を、15分間以上60分間未満の範囲内とするステンレスボルトの製造方法である。
【0007】
上述のステンレスボルトの製造方法では、まず、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS316L)からなり、雄ねじが成形されたステンレスボルトを用意する。このステンレスボルトは、公知の手法によって得ることができる。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼からなる円柱形状の材料に対し、鍛造加工等の処理を行って、頭部と軸部とを成形し、その後、ねじ転造加工によって、軸部に雄ねじを成形することで、ステンレスボルトを得ることができる。
【0008】
さらに、上述のステンレスボルトの製造方法では、用意したステンレスボルトを、400℃~500℃の範囲内の温度で加熱処理する。具体的には、例えば、400℃~500℃の範囲内の温度に調整された加熱炉内に、ステンレスボルトを所定時間入れておく。このような加熱処理を行うことで、ステンレスボルトの耐クリープ性を向上させる(クリープ変形を低減する)ことができる。その理由は、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトを、400℃~500℃の範囲内の温度で加熱処理することによって、予め、材料中の窒素(N)及び炭素(C)を転移の周りに移動、固着させることができるためと推定される。これにより、加熱処理工程を行ったステンレスボルトにおいて、常温におけるN,Cの転移の移動が低減され、耐クリープ性が向上すると推定される。
【0009】
しかしながら、500℃よりも高い温度でステンレスボルトを加熱処理すると、鋭敏化(粒界腐食)が生じたり、ボルトが熱変形したりする虞があるので好ましくない。従って、ステンレスボルトに対する加熱処理温度は、400℃~500℃の範囲内の温度にするのが好ましい。
以上説明したように、上述の製造方法によれば、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトの耐クリープ性を向上させる(クリープ変形を低減する)ことができる。
【0011】
上述の製造方法では、加熱処理工程において、ステンレスボルトに対し、400℃~500℃の範囲内の温度で、15分以上60分以下の範囲内の時間、加熱処理を行う。加熱処理を15分以上行うことで、ステンレスボルトの耐クリープ性を良好にすることができる。しかしながら、加熱処理の時間を長くするほど、ステンレスボルトの製造時間が長くなり、製造コストも増大するため、加熱処理の時間は、60分以内に止めるのが好ましい。従って、ステンレスボルトに対する加熱処理の時間は、15分間~60分間の範囲内とするのが好ましい。
【0013】
前記加熱処理を60分以上行うと、ボルトの材料組織(結晶構造)が部分的に変わる(これにより、材料特性(磁性)が変わる)虞があるため、加熱処理時間は60分間未満とするのが好ましい。
【0014】
さらに、前記いずれかのステンレスボルトの製造方法であって、前記加熱処理工程を行った前記ステンレスボルトに対し、ショットピーニングまたはショットブラストを行うショット工程と、前記ショット工程を行った前記ステンレスボルトの表面に犠牲腐食被膜処理液を塗布し、これを300℃~400℃の範囲内の温度で焼き付けて、前記ステンレスボルトの表面に犠牲腐食被膜を形成する犠牲腐食被膜形成工程と、を備えるステンレスボルトの製造方法とすると良い。
【0015】
上述の製造方法では、ショット工程において、前述した加熱処理工程を行ったステンレスボルトに対し、ショットピーニングまたはショットブラストを行う。これにより、ステンレスボルトに対して圧縮残留応力を付与し、ステンレスボルトの疲労寿命を向上させることができる。さらには、ステンレスボルトの表面に、後述する犠牲腐食被膜が付着し易くなる。
【0016】
さらに、上述の製造方法では、犠牲腐食被膜形成工程において、前述のショット工程を行ったステンレスボルトの表面に犠牲腐食被膜処理液を塗布し、これ(ステンレスボルトの表面に塗布した犠牲腐食被膜処理液)を300℃~400℃の範囲内の温度で焼き付けることにより、ステンレスボルトの表面に犠牲腐食被膜を形成する。このような犠牲腐食被膜を有するステンレスボルトを被締結物の締結に用いた場合には、優先的に当該ステンレスボルトの犠牲腐食被膜を溶出させることができるので、被締結物の腐食(ガルバニック腐食)を抑制することができる。
【0017】
なお、犠牲腐食被膜処理液は、ステンレスボルトの表面に犠牲腐食塗膜を形成するための処理液(塗料)であり、ステンレスボルトの表面に塗布した当該犠牲腐食被膜処理液をステンレスボルトの表面に焼き付けることによって、犠牲腐食被膜になる処理液である。犠牲腐食被膜としては、例えば、ジオメット(商標名)を挙げることができる。
【0018】
ところで、犠牲腐食被膜形成工程では、ステンレスボルトの表面に塗布した犠牲腐食被膜処理液を、300℃以上400℃以下の範囲内の温度で焼き付ける。300℃以上の温度で焼き付けることにより、ステンレスボルトの表面に対する犠牲腐食被膜の密着性等を良好にすることができる。
【0019】
また、犠牲腐食被膜の焼き付け温度を高くするほど、焼き付け時に、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放が大きくなる。具体的には、焼き付け温度を400℃よりも高くすると、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放が顕著になり、疲労強度を確保できなくなる虞がある。これに対し、上述の犠牲腐食被膜形成工程では、焼き付け温度を400℃以下にすることによって、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放を小さくしている。これにより、ステンレスボルトの疲労寿命を良好にすることができる。
【0020】
さらに、前記のステンレスボルトの製造方法であって、前記犠牲腐食被膜形成工程を行った前記ステンレスボルトの表面に、摩擦係数安定剤を塗布して乾燥させることで、摩擦係数安定化被膜を形成するステンレスボルトの製造方法とすると良い。
【0021】
ステンレスボルトの表面に摩擦係数安定化被膜を形成することで、ステンレスボルトの軸力のバラツキを小さくすることができる。これにより、ステンレスボルトの締め付けトルクを大きくすることができる(従って、初期軸力の下限値を高くすることができる)ので、ステンレスボルトのクリープによる軸力低下に対するマージンを大きくすることができる。具体的には、例えば、常温クリープによってステンレスボルトの軸力が許容範囲の下限値にまで低下する期間を長くすることができる。なお、摩擦係数安定剤としては、例えば、ex Torquer(商標名)を挙げることができる。
【0022】
さらに、前記いずれかのステンレスボルトの製造方法であって、前記ステンレスボルトは、鉄道車両用のステンレスボルトであるステンレスボルトの製造方法とすると良い。
【0023】
鉄道車両では、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトを使用することがある。また、鉄道車両では、耐クリープ性の高いボルトの使用が要求される。
これに対し、上述の製造方法によれば、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルトの耐クリープ性を向上させる(クリープ変形を低減する)ことができる。従って、上述の製造方法は、鉄道車両用のステンレスボルトの製造方法として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施形態にかかるステンレスボルトの側面図である。
【
図5】焼き付け温度と圧縮残留応力最大値との相関図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は、実施形態にかかるステンレスボルト10の側面図である。ステンレスボルト10は、オーステナイト系ステンレス鋼からなり、頭部11と軸部12とを有する。軸部12には、雄ねじ13が成形されている。
【0026】
オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルト10は、非磁性体であるため、強い磁気力が作用する環境下(磁場の強い環境下)においても、磁気力の影響を受けにくい。このため、本実施形態のステンレスボルト10は、強い磁気力が作用する環境下(磁場の強い環境下)で使用される被締結物の締結に好適である。なお、本実施形態のステンレスボルト10は、鉄道車両用のステンレスボルトである。
【0027】
ここで、本実施形態にかかるステンレスボルト10の製造方法について説明する。
まず、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS316L)からなり、雄ねじ13が成形されたステンレスボルト10を用意する。このステンレスボルト10は、公知の手法によって得ることができる。具体的には、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS316L)からなる円柱形状の材料に対し、鍛造加工等の処理を行って、頭部11と軸部12とを成形し、その後、ねじ転造加工によって、軸部12に雄ねじ13を成形することで、ステンレスボルト10(
図1参照)を用意することができる。
【0028】
次に、加熱処理工程において、用意したステンレスボルト10を、400℃~500℃の範囲内の温度で、所定時間(例えば、15分間~60分間の範囲内の時間)、加熱処理する。具体的には、400℃~500℃の範囲内の温度に調整された加熱炉(図示なし)の中に、所定時間(例えば、15分間~60分間の範囲内の時間)、ステンレスボルト10を入れておく。このような加熱処理を行うことで、ステンレスボルト10の耐クリープ性を向上させる(クリープ変形を低減する)ことができる。その理由は、オーステナイト系ステンレス鋼からなるステンレスボルト10を、400℃~500℃の範囲内の温度で、所定時間加熱処理することによって、材料中の窒素(N)及び炭素(C)を転移の周りに移動、固着させることができるためと推定される。これにより、加熱処理工程を行ったステンレスボルト10において、常温における転移の移動が低減され、耐クリープ性が向上すると推定される。
【0029】
しかしながら、500℃よりも高い温度でステンレスボルト10を加熱処理すると、ステンレスボルト10において鋭敏化(粒界腐食)が生じる虞があるので好ましくない。従って、ステンレスボルト10に対する加熱処理の温度は、400℃~500℃の範囲内の温度にするのが好ましい。
【0030】
また、前述の加熱処理工程では、ステンレスボルト10に対する加熱処理の時間を、15分間~60分間の範囲内とするのが好ましい。すなわち、加熱処理工程において、ステンレスボルト10に対し、400℃~500℃の範囲内の温度で、15分以上60分以下の範囲内の時間、加熱処理を行うようにするのが好ましい。ステンレスボルト10に対する加熱処理を15分以上行うことで、ステンレスボルト10の耐クリープ性を良好にすることができる。しかしながら、加熱処理の時間を長くするほど、ステンレスボルト10の製造時間が長くなり、製造コストも増大するため、加熱処理の時間は、60分以内に止めるのが好ましい。従って、ステンレスボルト10に対する加熱処理の時間は、15分間~60分間の範囲内とするのが好ましい。
【0031】
さらに、前述の加熱処理工程では、ステンレスボルト10に対する加熱処理の時間を60分間未満とするのがより好ましい。ステンレスボルト10に対する加熱処理を60分以上行うと、ステンレスボルト10の材料組織(結晶構造)の一部が変わる(これにより、材料特性が変わる)虞があるからである。従って、ステンレスボルト10に対する加熱処理の時間は、15分間以上60分間未満の範囲内とするのがより好ましい。
【0032】
その後、ショット工程において、加熱処理工程を行ったステンレスボルト10に対し、ショットピーニングまたはショットブラストを行う。これにより、ステンレスボルト10に対して圧縮残留応力を付与し、ステンレスボルト10の疲労寿命を向上させることができる。さらには、ステンレスボルト10の表面に、後述する犠牲腐食皮膜が付着し易くなる。
【0033】
次に、犠牲腐食被膜形成工程において、ショット工程を行ったステンレスボルト10の表面に犠牲腐食被膜処理液を塗布し、これ(ステンレスボルト10の表面に塗布した犠牲腐食被膜処理液)を300℃~400℃の範囲内の温度で焼き付ける。これにより、ステンレスボルト10の表面に犠牲腐食被膜(図示省略)を形成する。このような犠牲腐食被膜を有するステンレスボルト10を被締結物の締結に用いた場合には、優先的に当該ステンレスボルト10の犠牲腐食被膜を溶出させることができるので、被締結物の腐食(ガルバニック腐食)を抑制することができる。
【0034】
なお、犠牲腐食被膜処理液は、ステンレスボルトの表面に犠牲腐食塗膜を形成するための処理液(塗料)であり、ステンレスボルトの表面に塗布した当該犠牲腐食被膜処理液をステンレスボルトの表面に焼き付けることによって、犠牲腐食被膜になる処理液である。本実施形態では、犠牲腐食被膜として、ジオメット(商標名)を用いている。
【0035】
ところで、犠牲腐食被膜形成工程では、ステンレスボルト10の表面に塗布した犠牲腐食被膜処理液を、300℃以上400℃以下の範囲内の温度で焼き付ける。300℃以上の温度で焼き付けることにより、ステンレスボルト10の表面に対する犠牲腐食被膜の密着性等を良好にすることができる。
【0036】
また、犠牲腐食被膜の焼き付け温度を高くするほど、焼き付け時に、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放が大きくなる。具体的には、焼き付け温度を400℃よりも高くすると、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放が顕著になり、疲労強度を確保できなくなる虞がある。これに対し、本実施形態の犠牲腐食被膜形成工程では、焼き付け温度を400℃以下にすることによって、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放を小さくしている。これにより、ステンレスボルト10の疲労寿命を良好にすることができる。
【0037】
その後、犠牲腐食被膜形成工程を行ったステンレスボルト10の表面に、摩擦係数安定剤を塗布して乾燥させることで、摩擦係数安定化被膜(図示省略)を形成する。これにより、本実施形態のステンレスボルト10(
図1参照)が完成する。なお、本実施形態では、摩擦係数安定剤として、ex Torquer(商標名)を用いている。
【0038】
ステンレスボルト10の表面に摩擦係数安定化被膜を形成することで、ステンレスボルト10の軸力のバラツキを小さくすることができる。これにより、ステンレスボルト10の締め付けトルクを大きくすることができる(従って、初期軸力の下限値を高くすることができる)ので、ステンレスボルト10のクリープによる軸力低下に対するマージンを大きくすることができる。具体的には、例えば、常温クリープによってステンレスボルト10の軸力が許容範囲の下限値にまで低下する期間を長くすることができる。
【0039】
<クリープ試験>
次に、クリープ試験について説明する。
図2は、クリープ試験を説明する図である。
図3は、クリープ試験の結果を示す図である。まず、本クリープ試験について説明する。
図2に示すように、実施例1~4のステンレスボルト10と、鉄製のナット20とを用いて、円筒形状の被締結物30を締結した。より具体的には、公知のナットランナーを用いて、ステンレスボルト10の軸力が95kNになるのを狙って、所定の締め付けトルクで、ステンレスボルト10とナット20とによって被締結物30を締結した。
【0040】
なお、ステンレスボルト10の頭部11と被締結物30の一方端31(
図2において左端)との間には、鋼製の研磨座金41を介在させている。また、ナット20と被締結物30の他方端32(
図2において右端)との間には、鋼製の研磨座金42を介在させている。被締結物30は、S50相当の材質からなり、HV400の硬度を有し、表面には亜鉛メッキ処理が施されている。
【0041】
被締結物30の外周面には、4つのひずみゲージ(図示省略)を設けている。より具体的には、4つのひずみゲージは、被締結物30の外周面のうち、被締結物30の軸線方向(
図2において左右方向)について中央の位置に、周方向について等間隔で設けられている。本クリープ試験では、
図2に示す締結状態で、被締結物30の外周面に設けられている4つのひずみゲージの出力値を取得し、取得した4つの出力値の平均値に基づいて、被締結物30を締結しているステンレスボルト10の軸力を算出している。なお、本クリープ試験は、常温環境下(具体的には、22℃~23℃の範囲内の温度環境下)で行っている。
【0042】
<実施例1>
実施例1では、加熱処理工程において、ステンレスボルト10に対する加熱処理を、400℃の温度で15分間行った。
【0043】
<実施例2>
実施例2では、加熱処理工程において、ステンレスボルト10に対する加熱処理を、450℃の温度で15分間行った。
【0044】
<実施例3>
実施例3では、加熱処理工程において、ステンレスボルト10に対する加熱処理を、500℃の温度で15分間行った。
【0045】
<実施例4>
実施例4では、加熱処理工程において、ステンレスボルト10に対する加熱処理を、500℃の温度で60分間行った。
【0046】
本クリープ試験では、各実施例のステンレスボルト10を3本ずつ用意し、各実施例において、3本のステンレスボルト10のそれぞれについて上述した軸力を算出し、3つの軸力の平均値(以下、軸力平均値とする)を求めている。さらに、本クリープ試験では、各実施例のステンレスボルト10について、まず、締結時に軸力平均値(kN)を求め、その後、2日目(すなわち締結した日の翌日)、3日目、4日目、7日目、8日目、9日目、10日目、11日目、14日目、15日目においても、被締結物30を締結しているステンレスボルト10の軸力平均値を求めた。
【0047】
そして、各実施例のステンレスボルト10について、締結後の軸力平均値の低下率(以下、単に、軸力低下率ともいう)を求めた。より具体的には、上述した2日目以降の各測定日の軸力平均値について、締結時の軸力平均値からの低下量の割合を、軸力低下率(%)として求めた。なお、軸力低下率(%)は、下記の演算式によって求めている。
軸力低下率(%)={(締結時の軸力平均値-締結後の各測定日の軸力平均値)/締結時の軸力平均値}×100
【0048】
また、本クリープ試験では、比較例1として、実施例1と比較して加熱処理工程を行っていない点のみが異なるステンレスボルトを用意し、この比較例1のステンレスボルトについても、実施例1~4のステンレスボルト10と同様のクリープ試験を行って、軸力低下率を求めている。
本クリープ試験の結果を、
図3に示す。
【0049】
図3に示すように、実施例1~4のステンレスボルト10では、比較例1のステンレスボルトに比べて、軸力低下率の値が小さくなった。具体的には、比較例1では、軸力低下率が15日間で4%以上であったのに対し、実施例1~4においては、軸力低下率が15日間で4%未満であった。すなわち、実施例1~4のステンレスボルト10では、比較例1のステンレスボルトに比べて、締結後の軸力低下を抑制することができた。軸力低下率の値が小さいほど、ステンレスボルトの耐クリープ性が良いといえる。従って、実施例1~4のステンレスボルト10は、比較例1のステンレスボルトに比べて、耐クリープ性が良好であるといえる。
【0050】
本クリープ試験の結果から、400℃~500℃の範囲内の温度で、ステンレスボルト10を加熱処理することで、ステンレスボルト10の耐クリープ性を向上させることができるといえる。なお、加熱温度を高くしすぎると、ステンレスボルト10において鋭敏化及び強度低下が生じる虞があるため、加熱温度は500℃に止めるのが好ましい。また、本クリープ試験の結果から、加熱処理の時間は、15分間~60分間の範囲内の時間にするのが好ましいといえる。
【0051】
<ステンレスボルトの切断面観察1>
次に、サンプル1~5のステンレスボルト10を用意し、これらについて、軸部を軸線方向に直交する方向に切断し、その切断面を研磨した。その後、切断した各サンプルのステンレスボルト10を、濃度10%のシュウ酸水溶液に浸漬して、30秒間の電解腐食処理を行って、切断面に金属組織を現出させた。各サンプルのステンレスボルト10について、この切断面を金属顕微鏡によって観察した。その結果を表1に示す。
【0052】
サンプル1は、加熱処理工程を行っていないステンレスボルト10であり、サンプル2は、実施例3のステンレスボルト10(すなわち、500℃の温度で15分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10)であり、サンプル3は、500℃の温度で180分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10である。
【0053】
また、サンプル4は、700℃の温度で15分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10であり、サンプル5は、700℃の温度で180分間の加熱処理を行ったステンレスボルト10である。
【0054】
【0055】
切断面観察の結果、表1に示すように、サンプル4及びサンプル5の切断面では、サンプル1の切断面に比べて、結晶粒界が明瞭になっており、鋭敏化(粒界腐食)が生じていた。すなわち、500℃よりも高い700℃の温度で加熱処理工程を行ったステンレスボルト(サンプル4,5)では、加熱処理の時間に拘わらず、加熱処理を行ったことによって、鋭敏化(粒界腐食)が生じていた。
【0056】
一方、サンプル2及びサンプル3の切断面の組織状態は、サンプル1の切断面の組織状態とほぼ同じであった。すなわち、500℃の温度で加熱処理工程を行ったステンレスボルト(サンプル2,3)では、加熱処理の時間に拘わらず、加熱処理の前後において、ステンレスボルトの組織状態に変化は見られず、鋭敏化(粒界腐食)は生じていなかった。
これらの結果から、加熱処理工程における加熱温度は、500℃以下にするのが好ましいといえる。
【0057】
<ステンレスボルトの切断面観察2>
更に、サンプル6~10のステンレスボルト10を用意し、これらについて、軸部を軸線方向に直交する方向に切断し、その切断面を研磨した。その後、切断した各サンプルのステンレスボルト10を、濃度10%のシュウ酸水溶液に浸漬して、30秒間の電解腐食処理を行って、切断面に金属組織を現出させた。この切断面を金属顕微鏡によって観察した結果を表2に示す。
【0058】
サンプル6は、加熱処理工程を行っていないステンレスボルト10であり、サンプル7は、実施例1のステンレスボルト10(すなわち、400℃の温度で15分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10)であり、サンプル8は、実施例2のステンレスボルト10(すなわち、450℃の温度で15分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10)である。
【0059】
また、サンプル9は、実施例3のステンレスボルト10(すなわち、500℃の温度で15分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10)であり、サンプル10は、実施例4のステンレスボルト10(すなわち、500℃の温度で60分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10)である。
【0060】
【0061】
切断面観察の結果、表2に示すように、サンプル10では、ステンレスボルトの切断面において、フェライトの結晶が確認された。すなわち、500℃の温度で60分間の加熱処理工程を行ったステンレスボルト10では、加熱処理工程を行ったことで、フェライトの結晶が生じた。
【0062】
一方、他のサンプル6~9では、ステンレスボルト10の切断面において、フェライトの結晶は確認されなかった。すなわち、400℃~500℃の範囲内の温度で、60分間未満の時間、加熱処理工程を行ったステンレスボルト10では、加熱処理工程を行っていないステンレスボルト10と同様に、フェライトの結晶は確認されなかった。
これらの結果から、加熱処理工程における加熱処理の時間は、60分未満にするのが好ましいといえる。
【0063】
<引張試験>
加熱処理工程における加熱処理温度及び加熱処理時間が異なる複数種類のステンレスボルト10を用意し、それぞれのステンレスボルト10について引張試験を行って、降伏応力を測定した。その結果を
図4に示す。
図4は、加熱処理工程における加熱処理温度とステンレスボルトの降伏応力との相関図である。なお、
図4では、加熱処理時間を15分としたステンレスボルト10のグラフを実線で示し、加熱処理時間を60分としたステンレスボルト10のグラフを破線で示している。また、
図4において温度20℃(すなわち常温)のデータは、加熱処理工程を行う前のステンレスボルト10のデータである。
【0064】
図4に示すように、加熱処理温度を300℃以上とすると、降伏応力が向上する。
具体的には、加熱処理を行う前のステンレスボルト10の降伏応力が900MPa程度であったのに対し、300℃以上で加熱処理を行うことで、降伏応力を1000MPa以上に向上させることができた。ステンレスボルトにおいて、降伏応力が向上すれば、耐クリープ性が向上すると推測できる。従って、本試験の結果より、加熱処理工程における加熱処理温度を300℃以上とすることによって、ステンレスボルト10の耐クリープ性が向上すると推測できる。
【0065】
<焼き付け温度と圧縮残留応力>
図5は、犠牲腐食被膜形成工程における犠牲腐食被膜の焼き付け温度と、犠牲腐食被膜形成工程後のステンレスボルト10の圧縮残留応力最大値との相関図である。なお、ステンレスボルト10の圧縮残留応力は、犠牲腐食被膜形成工程前のショット工程において付与している。
図5において、焼き付け温度0℃のデータは、ショット工程を行った後で、犠牲腐食被膜形成工程を行う前のステンレスボルト10における圧縮残留応力最大値である。
【0066】
図5に示すように、焼き付け温度を高くするほど、焼き付け時に、ショット工程において付与した圧縮残留応力の解放が大きくなる。特に、焼き付け温度を400℃よりも高くすると、圧縮残留応力の解放が顕著になるので、ステンレスボルト10の疲労強度を確保できなくなる虞がある。そこで、下記の引張疲労試験を行って、焼き付け温度とステンレスボルト10の疲労寿命との関係を調査した。以下に説明する。
【0067】
<引張疲労試験>
犠牲腐食被膜形成工程における犠牲腐食被膜の焼き付け温度が異なる複数のステンレスボルト10を用意し、それぞれのステンレスボルト10について引張疲労試験を行って、疲労寿命を調査した。具体的には、各ステンレスボルト10に対し、軸方向への引張りの繰り返し荷重を掛け、各ステンレスボルト10が破断するまでの繰り返し荷重の回数を調査した。
【0068】
図6は、犠牲腐食被膜形成工程における犠牲腐食被膜の焼き付け温度と、ステンレスボルト10の疲労寿命(繰り返し荷重の回数)との相関図である。
図6の横軸の温度は焼き付け温度であり、「なし」は、焼き付けなし、すなわち、ショット工程を行った後で犠牲腐食被膜形成工程を行う前のステンレスボルト10である。また、
図6の縦軸は、ステンレスボルト10が破断するまでの繰り返し荷重の回数(×10
5回)であり、疲労寿命を表している。
【0069】
図6に示すように、焼き付け温度を高くするほど、疲労寿命が低下する。特に、焼き付け温度を500℃にする(すなわち400℃よりも高くする)と、疲労寿命の低下が顕著になる。従って、ステンレスボルト10における疲労強度を確保するためには、犠牲腐食被膜形成工程における犠牲腐食被膜の焼き付け温度は、400℃以下にするのが好ましいといえる。
【0070】
以上において、本発明を実施形態に即して説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0071】
10 ステンレスボルト
11 頭部
12 軸部
13 雄ねじ
20 ナット
30 被締結物