(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】新規化合物、架橋剤及び架橋フルオロエラストマー
(51)【国際特許分類】
C08C 19/32 20060101AFI20241213BHJP
C09K 3/10 20060101ALI20241213BHJP
【FI】
C08C19/32
C09K3/10 M
(21)【出願番号】P 2023109200
(22)【出願日】2023-07-03
(62)【分割の表示】P 2021565694の分割
【原出願日】2020-12-18
【審査請求日】2023-07-10
(31)【優先権主張番号】P 2019229486
(32)【優先日】2019-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000110804
【氏名又は名称】ニチアス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】清水 智也
(72)【発明者】
【氏名】藤 亜由美
(72)【発明者】
【氏名】今野 勉
【審査官】中川 裕文
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/019581(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/017187(WO,A1)
【文献】特開2014-221919(JP,A)
【文献】特開2014-081073(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08C 19/32
C09K 3/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋構造に芳香環以外の不飽和結合を含まない架橋フルオロエラストマーであって、芳香環を連結する連結基がパーフルオロアルキレンであ
り、
架橋構造が下記式であり、
(式中、mは1~15の整数である)
330℃の飽和水蒸気に24時間暴露した後のゲル分率が45%以上である、架橋フルオロエラストマー。
【請求項2】
請求項
1に記載の架橋フルオロエラストマーから得られる成形体。
【請求項3】
シール材である請求項
2に記載の成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、架橋剤として有用な新規化合物、及び該架橋剤を使用して得られる架橋フルオロエラストマーに関する。
【背景技術】
【0002】
耐熱性、耐蒸気性、耐急減圧性に適したシール材として、架橋フルオロエラストマー製のシール材が用いられる。架橋フルオロエラストマーの架橋剤として様々な架橋剤が知られている。例えば、トリアリルイソシアヌレート(TAIC)や1,6-ジビニルパーフルオロヘキサン(特許文献1、2参照)がある。
【0003】
近年発電プラントでは、発電効率の向上を狙って、水蒸気の温度を従来よりも上げる傾向にあり、これに伴い、シール材にもより高温の水蒸気に対する耐性が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第98/00407号
【文献】特開2006-9010号公報
【発明の概要】
【0005】
架橋フルオロエラストマーの基材であるフルオロエラストマーは、十分な耐高温蒸気性を有する。一方、特許文献1及び2の架橋剤とフルオロエラストマーとの結合部である架橋点は、熱や蒸気に対して弱い結合を含んでいるために、十分な耐高温蒸気性を有するとは言えず、分解及び劣化の原因となっている。
本発明の目的の一つは、架橋フルオロエラストマーの耐高温蒸気性を改善し得る架橋剤、及び耐高温蒸気性が改善された架橋フルオロエラストマーを提供することである。
【0006】
本発明によれば、以下の化合物等が提供される。
1.下記式(1)で表される構造を有する化合物。
【化1】
(式中、R
1~R
6はそれぞれ、水素、置換基又は脱離基であり、R
1~R
6の2つ以上は脱離基である。R
a~R
cはそれぞれ、水素又は置換基である。nは2~5の整数である。)
2.下記式(2A)で表される化合物である、1に記載の化合物。
【化2】
(式中、R
1~R
6、R
11~R
16はそれぞれ、水素、置換基又は脱離基であり、R
1~R
6の2つ以上は脱離基であり、且つ、R
11~R
16の少なくとも2つは脱離基である。A
1は、単結合又は連結基である。)
3.下記式(2B)で表される化合物である、2に記載の化合物。
【化3】
(式中、R
1、R
6、R
11及びR
16はそれぞれ脱離基である。A
1は、式(2A)と同様である。)
4.A
1が、単結合、-O-、-S-、ヘテロ原子含有基、直鎖アルキレン基、分枝アルキレン基、シクロアルキレン基、フッ化アルキレン基又はアリーレン基である、2又は3に記載の化合物。
5.前記脱離基が、ハロゲン原子、水酸基、アルコキシ基、カルボニル含有基、リン系置換基、硫黄系置換基、1~3級アミノ基、シアノ基及びニトロ基から選択される基である、1~4のいずれかに記載の化合物。
6.1~5のいずれかに記載の化合物を含む架橋剤。
7.フルオロエラストマー、架橋開始剤、及び6に記載の架橋剤を含む組成物。
8.7に記載の組成物を架橋して得られた架橋フルオロエラストマー。
9.7に記載の組成物を加熱して、フルオロエラストマーと架橋剤を反応させる工程と、前記架橋剤に由来するシクロヘキサン環を芳香環に変換する工程と、を含む、架橋フルオロエラストマーの製造方法。
10.330℃の飽和水蒸気に24時間暴露した後のゲル分率が45%以上である、9の方法で製造した架橋フルオロエラストマー。
11.330℃の飽和水蒸気に24時間暴露した後のゲル分率が45%以上である架橋フルオロエラストマー。
12.架橋構造に芳香環以外の不飽和結合を含まない11に記載の架橋フルオロエラストマー。
13.8及び10~12のいずれかに記載の架橋フルオロエラストマーから得られる成形体。
14.シール材である13に記載の成形体。
【0007】
本発明によれば、架橋フルオロエラストマーの耐高温蒸気性を改善し得る架橋剤、及び耐高温蒸気性が改善された架橋フルオロエラストマーが提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[化合物及び架橋体]
本発明の一実施形態に係る化合物は、下記式(1)で表される構造を有する。
【化4】
(式中、R
1~R
6はそれぞれ、水素、置換基又は脱離基であり、R
1~R
6の2つ以上は脱離基である。R
a~R
cはそれぞれ、水素又は置換基である。nは2~5の整数である。)
【0009】
本実施形態の化合物は、例えば、架橋剤として有用である。上記構造において、シクロヘキセン環の二重結合がフルオロエラストマーの反応部位と反応し、フルオロエラストマーとシクロヘキサン環が直接結合した構造となる。その後、シクロヘキサン環を芳香環に変換することにより、従来の架橋構造、例えば、ビニル基やフルオロビニル基を有する架橋剤により得られる架橋構造と比べて、熱や蒸気に対して弱い結合を含まないために耐高温蒸気性が向上する。
【0010】
式(1)において、R1~R6はそれぞれ、水素、置換基又は脱離基である。
置換基は、後述する脱離基以外の基であり、本願発明の効果を損なわない基であれば、特に限定はない。例えば、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基等が挙げられる。
アルキル基は直鎖でも分枝でもよく、炭素数は好ましくは1~15(より好ましくは炭素数1~6)である。シクロアルキル基の炭素数は好ましくは3~8(より好ましくは炭素数3~6)である。アリール基の炭素数は好ましくは6~18(より好ましくは炭素数6~12)である。アリール基として、フェニル、ナフチル等が挙げられる。
置換基の炭素原子は、一部又は全部がフッ素化されていてもよい。
【0011】
脱離基は、加熱等の操作によりシクロヘキサン環から脱離して、シクロヘキサン環を芳香環に変換する機能を有する基である。具体的には、ハロゲン原子、水酸基、アルコキシ基、カルボニル含有基、リン系置換基、硫黄系置換基、1~3級アミノ基、シアノ基、ニトロ基等が挙げられる。
【0012】
ハロゲン原子としては、I、Br、Cl、F等が挙げられる。
アルコキシ基は-ORx1で表される基であり、Rx1としては、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基等が挙げられる。好ましくは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基等のアルキル基である。
【0013】
カルボニル含有基は、好ましくは、ホルミル基、カルボキシ基、-C(=O)Rx2表されるカルボニル基、-C(=O)ORx2表されるアルコキシカルボニル基である。Rx2としては、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基等が挙げられる。
Rx2は、好ましくは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基等のアルキル基である。
【0014】
リン系置換基としては、ホスホリル基、ホスフィニル基、ホスファニル基等が挙げられる。
硫黄系置換基としては、スルホン酸基、スルホニル基、スルフィニル基、スルフェニル基、メルカプト基等が挙げられる。
具体的に、スルホニル基は-S(=O)2Rx3、スルフィニル基は-S(=O)Rx3、スルフェニル基は-SRx3で表される基が好ましい。Rx3としては、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基等が挙げられる。
Rx3は、好ましくは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基等のアルキル基である。
【0015】
脱離基は、水酸基又はアルコキシ基が特に好ましい。
【0016】
一実施形態では、式(1)で表される構造を有する化合物は、下記式(2)で表される。
【化5】
(式中、R
1~R
6、R
a~R
cは式(1)と同様である。A
1は単結合又は連結基である。2つのR
1~R
6及びR
a~R
cは、同じでもよく、また、異なっていてもよい。)
【0017】
連結基としては、-O-、-S-、ヘテロ原子含有基、直鎖アルキレン基、分枝アルキレン基、シクロアルキレン基、フッ化アルキレン基、アリーレン基等が挙げられる。
直鎖又は分枝のアルキレン基の炭素数は好ましくは1~15(より好ましくは炭素数1~6)である。シクロアルキレン基の炭素数は好ましくは3~8(より好ましくは炭素数3~6)である。アリーレン基の炭素数は好ましくは炭素数が6~18(より好ましくは炭素数6~12)である。
これらの基は一部又は全部がフッ素化されていてもよい。例えば、シクロアルキレン基、アリーレン基がフッ素化される。
【0018】
前記アルキレン基として、メチレン基、エチレン基、プロピレン基等が例示できる。前記アリーレン基として、フェニレン、ナフタレニレン等が例示できる。
フッ化アルキレン基は、アルキレン基の水素の一部又は全部がフッ素化された基である。好ましくは-(CF2)m-(式中、mは1~15(好ましくは1~6)の整数である。)である。
【0019】
また、一実施形態では、式(1)で表される構造を有する化合物は、下記式(3)で表される。
【化6】
(式中、R
1~R
6、R
a~R
cは式(1)と同様である。A
2は連結基である。3つのR
1~R
6及びR
a~R
cは、同じでもよく、また、異なっていてもよい。)
【0020】
連結基としては、ホウ素(B)、≡C-H、シクロアルカン環、芳香族環、複素環、芳香族複素環等のように、式(1)で表される構造を3つ結合することができる基を挙げることができる。
【0021】
本実施形態の化合物としては、下記式(2A)で表される化合物が好ましい。
【化7】
(式中、R
1~R
6、R
11~R
16はそれぞれ、水素、置換基又は脱離基であり、R
1~R
6の2つ以上は脱離基であり、且つ、R
11~R
16の少なくとも2つは脱離基である。A
1は、単結合又は連結基である。)
【0022】
また、下記式(2B)で表される化合物が好ましい。
【化8】
(式中、R
1、R
6、R
11及びR
16はそれぞれ脱離基である。A
1は、式(2)と同様である。)
式(2B)においては、シクロヘキセン環に結合する水素を省略している。
本実施形態の化合物の具体例を以下に示す。
【0023】
【化9】
(式中、mは1~15(好ましくは1~6)の整数である。)
【0024】
本実施形態の化合物は、例えば、後述する実施例を参照することにより合成できる。
【0025】
[組成物]
本実施形態に係る組成物は、上述した架橋剤(化合物)、フルオロエラストマー及び架橋開始剤を含有する。
【0026】
架橋剤は、フルオロエラストマー100gに対して、好ましくは0.5~50mmol、より好ましくは0.5~40mmol、より好ましくは1~30mmol、より好ましくは1~25mmol、さらに好ましくは2.0~20mmol添加する。添加量が多い程、耐蒸気性、耐熱性が改善される傾向が有る。ただし多すぎると硬くなるおそれが有る。
【0027】
フルオロエラストマーは、パーフルオロエラストマーでもよく、また一部がフッ素化されているエラストマーでもよい。
例えば、以下のモノマー由来の繰返し単位を例示できる。1又は2以上のモノマー由来の繰返し単位を含むことができる。
CF2=CH2(ビニリデンフロライド)、
CF2=CF2(テトラフルオロエチレン)、
CF2=CFCF3(ヘキサフルオロプロピレン)、
CH2=CH2、
CH2=CHCH3
【0028】
本実施形態で用いるフルオロエラストマーは、架橋(硬化)の際のラジカルのアタック部位として、好ましくはヨウ素及び/又は臭素、より好ましくはヨウ素を含む。過酸化物により硬化可能なパーフルオロエラストマーは、例えば、特開2006-9010号公報等に記載されている。
【0029】
(パー)フルオロエラストマーは一般に、全ポリマー重量に関して0.001重量%~5重量%、好ましくは0.01重量%~2.5重量%でヨウ素を含む。ヨウ素原子は鎖に沿って及び/又は末端位に存在し得る。
【0030】
(パー)フルオロエラストマーは、好ましくは末端位に、エチレンタイプの1つの不飽和を有する(パー)フッ素化オレフィン等のコポリマーから製造される。
コモノマーとして以下を例示できる。
・ CF2=CFOR2f (パー)フルオロアルキルビニルエーテル類(PAVE)
(式中、R2fは炭素数1~6の(パー)フルオロアルキル、例えばトリフルオロメチル又はペンタフルオロプロピルである)
・ CF2=CFOXo (パー)フルオロオキシアルキルビニルエーテル類
(式中、Xoは1以上のエーテル基を含む炭素数1~12の(パー)フルオロオキシアルキル、例えばパーフルオロ-2-プロポキシプロピルである)
・ CFX2=CX2OCF2OR’’f (I-B)
(式中、R’’fは、炭素数2~6の直鎖又は分枝(パー)フルオロアルキル、炭素数5,6の環状(パー)フルオロアルキル、又は酸素原子1~3個を含む炭素数2~6の直鎖又は分枝(パー)フルオロオキシアルキルであり、X2はF又はHである)
【0031】
式(I-B)の(パー)フルオロビニルエーテル類は、好ましくは、以下の式で表わされる。
CFX2=CX2OCF2OCF2CF2Y (II-B)
(式中、YはF又はOCF3であり、X2は上記で定義した通りである。)
【0032】
下記式のパーフルオロビニルエーテル類がより好ましい。
CF2=CFOCF2OCF2CF3 (MOVE1)
CF2=CFOCF2OCF2CF2OCF3 (MOVE2)
【0033】
好ましいモノマー組成物として、以下を例示できる。
テトラフルオロエチレン(TFE) 50~85モル%、PAVE 15~50モル%;
TFE 50~85モル%、MOVE 15~50モル%。
【0034】
フルオロエラストマーは、ビニリデンフルオライド由来のユニット、塩素及び/又は臭素を含んでもよい炭素数3~8のフルオロオレフィン類、炭素数3~8の非フッ化オレフィン類を含むこともできる。
【0035】
架橋開始剤は、通常使用されるものを使用できる。例えば、過酸化物、アゾ化合物等を例示できる。
【0036】
架橋開始剤は、フルオロエラストマー100gに対して、好ましくは0.3~35mmol、より好ましくは1~15mmol、さらに好ましくは1.5~10mmol添加する。添加量が多いほど、耐蒸気性、耐熱性が改善される傾向がある。ただし多すぎるとスコーチや発泡する場合がある。
【0037】
一実施形態において、組成物は架橋補助剤を含んでいてもよい。
架橋補助剤としては、酸化亜鉛、活性アルミナ、酸化マグネシウム、第四級アンモニウム塩、第四級ホスホニウム塩、アミン等が挙げられる。架橋補助剤を含むことにより、架橋効率、耐熱性を向上できる。架橋補助剤は、フルオロエラストマー100gに対して、通常0.1~10g添加する。
【0038】
一実施形態において、組成物は芳香環化促進剤を含んでいてもよい。
芳香環化促進剤としては、酸、塩基が挙げられる。
酸は有機酸及び無機酸のどちらでも使用することができる。有機酸としては、カルボン酸、スルホン酸等が好ましい。無機酸としては硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、ホウ酸、クロム酸、オキソ酸、ハロゲン化水素、塩化チオニル等が好ましい。
塩基は、水酸化物、1~3級アミン、オキシド等が挙げられる。
酸と塩基は、どちらか一方を、又は予め両方を反応させて塩として添加してもよい。
芳香環化促進剤は、フルオロエラストマー100gに対して、通常0.1~10g添加する。
【0039】
また、組成物に機械的強度を高める目的で充填剤を配合することができる。充填剤は、本発明の効果を損なわない限り、エラストマーの充填剤として一般的に知られているものを使用できる。例えば、カーボンブラック、シリカ、硫酸バリウム、二酸化チタン、半晶質フルオロポリマー、パーフルオロポリマー等が挙げられる。
【0040】
また、必要に応じて、増粘剤、顔料、カップリング剤、酸化防止剤、安定剤等を適量配合することも可能である。
【0041】
[架橋フルオロエラストマー及び成形体]
本実施形態に係る架橋フルオロエラストマーは、上述した組成物を架橋させることにより得られる。例えば、下記の工程1及び2を有する製法により製造できる。
工程1:上記組成物を加熱して、フルオロエラストマーと架橋剤を反応させる工程
工程2:架橋剤に由来するシクロヘキサン環を芳香環に変換する工程
【0042】
上記工程1における加熱条件は、使用する架橋剤等に合わせて適宜設定することができる。一般的に、加熱温度は100~200℃であり、加熱時間は5~60分である。
本工程により、フルオロエラストマーと架橋剤が反応し結合する。その結果、架橋剤のシクロヘキセン環がシクロヘキサン環となる。
工程1は、例えば金型に組成物を入れプレス加工しながら実施してもよい。
【0043】
工程2では、工程1で形成したシクロヘキサン環を芳香環に変換する。加熱条件は、芳香環化促進剤の使用の有無等により適宜調整することができる。例えば、100~350℃で1~100時間加熱する。本加熱は電気炉等を用いて行うことができる。
【0044】
なお、製造方法の一例として、上記工程1及び2を有する方法を示したが、これに限定されない。例えば、加熱条件等を最適化することにより、上記工程1及び2を纏めて実施できる場合がある。
【0045】
加熱は不活性ガス雰囲気又は大気中で行ってよい。
不活性ガスとして、窒素、ヘリウム、アルゴン等を用いることができ、窒素が好ましい。不活性ガス雰囲気下において、酸素濃度は、好ましくは、10ppm以下、より好ましくは、5ppm以下である。
【0046】
本実施形態に係る架橋フルオロエラストマーは、好ましくは芳香環以外の不飽和結合を含まない。
また、本実施形態に係る架橋フルオロエラストマーは、好ましくは330℃の飽和水蒸気に24時間暴露した後のゲル分率が35%以上であり、より好ましくは45%以上である。前記ゲル分率は、前記飽和水蒸気に曝露する前の架橋フルオロエラストマーの質量(A)を測定し、前記飽和水蒸気に24時間暴露した後の架橋フルオロエラストマーを溶剤(例えば、フロリナートFC-3283(3M))に浸漬して残留する固形分の質量(B)を測定し、下記式から算出することができる。
ゲル分率=質量(B)/質量(A)×100
【0047】
上記の製法で得られる架橋フルオロエラストマーは、シール材として使用でき、Oリング、ガスケット又はシールリング等の成形体にして使用できる。
【実施例】
【0048】
架橋構造モデルの耐蒸気性計算結果
水分子が反応するのに必要な活性化エネルギーを、分子軌道計算によって求めた。結果を表1に示す。計算はGaussian 09W(Rev. C.01)を用い、B3LYP/6-31+G*の基底関数系で行った。活性化エネルギーが大きいほど蒸気との反応が起こりにくく、耐高温蒸気性の高い架橋構造であると言える。本発明の架橋剤から誘導できる架橋構造(i)は芳香環以外の不飽和結合を含まないため、活性化エネルギーが大きく、耐蒸気性に優れる。一方、従来の架橋剤から誘導される架橋構造(ii)、(iii)は蒸気に弱いビニル基などの不飽和結合を含むため、活性化エネルギーが小さく、耐蒸気性に劣る。
【表1】
【0049】
実施例1
[化合物1の合成]
下記化合物1を合成した。なお、化合物及び触媒は、いずれも市販の試薬を使用した。
【化10】
【0050】
(1)中間体1の合成
撹拌機を具備した200mLの二つ口フラスコに、窒素雰囲気下で削り状のマグネシウム(1.10g,45.3mmol)とジエチルエーテル(20mL)を仕込んだ。該フラスコに、ジエチルエーテル(20mL)に溶解させた4-ブロモ-1-ブテン(5.43g,40.2mmol)を、室温で撹拌しながらゆっくりと滴下した。その後、さらに室温で30分間撹拌した。
得られた溶液(34mL,20.4mmol)を、窒素雰囲気下で別の100mLの二つ口フラスコに仕込み、これにジエチルエーテル(4mL)に溶解させたドデカフルオロスベリン酸(1.57g,4.0mmol)を室温で撹拌しながらゆっくりと滴下した。滴下後、45℃で1.25時間撹拌し、室温に戻してから15時間撹拌した。氷を入れた50%塩酸をゆっくりと加えた後、ジエチルエーテル(15mL×3回)で有機層を抽出した。有機層を炭酸水素ナトリウム飽和溶液(20mL×3回)と水(20mL×3回)で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後に、ろ液を減圧濃縮した。得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、ジケトン化合物である下記中間体1を1.19g得た。
【0051】
【0052】
(2)中間体2の合成
撹拌機を具備した50mLの二つ口フラスコに、窒素雰囲気下で削り状のマグネシウム(0.53g,21.9mmol)とジエチルエーテル(10mL)を仕込み、これにジエチルエーテル(10mL)に溶解させたアリルブロミド(2.43g,20.1mmol)を室温で撹拌しながらゆっくりと滴下した。その後、さらに室温で30分間撹拌した。
得られた溶液(11mL,6.3mmol)を、窒素雰囲気下で別の30mLの二つ口フラスコに仕込み、-78℃まで冷却した。該フラスコにジエチルエーテル(2mL)に溶解させた中間体1(1.19g)を、-78℃で撹拌しながらゆっくりと滴下した。1時間撹拌した後、室温に戻してから10%塩酸に反応液を入れた後、ジエチルエーテル(15mL×3回)で有機層を抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後に、ろ液を減圧濃縮した。得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、ジオール化合物である下記中間体2を1.13g得た。
【0053】
【0054】
(3)中間体3の合成
撹拌機を具備した100mLの二つ口フラスコに、窒素雰囲気下で中間体2(1.13g,2.05mmol)とジクロロメタン(41mL)と第一世代グラブス触媒(0.086g,0.105mmol)を仕込み、50℃で21時間撹拌した。室温に戻した後、反応液をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、下記中間体3を0.853g得た。
【0055】
【0056】
得られた化合物について、1H-NMR及び19F-NMR(BRUKER社製AVANCE II 400)で構造解析した。結果を以下に示す
・1H-NMR(CDCl3,400MHz):δ=1.79(td,J=25.30Hz,6.07Hz,2H),1.90~2.08(m,2H),1.97(s,2H),2.09~2.37(m,6H),2.57(d,J=17.41Hz,2H),5.53~5.67(m,2H),5.73~5.86(m,2H)
・19F-NMR(CDCl3,CFCl3,376MHz):δ=-119.60(d,J=8.70Hz,4F),-121.09~-125.29(m,4F),-121.82~-122.30(m,4F)
【0057】
(4)化合物1の合成
撹拌器を具備した30mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で化合物1(0.148g,0.3mmol)とN-ブロモスクシンイミド(0.112g,0.63mmol)とアゾビスイソブチロニトリル(AIBN:0.0014g,0.009mmol)、及び四塩化炭素(3mL)を仕込み、80℃下で2時間撹拌した。室温に戻してから、減圧濃縮し、得られた濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、化合物1を得た。
1H-NMR、19F-NMR及び質量分析(MS)により、化合物1が合成されていることを確認した。以下の化合物も同様である。
【0058】
実施例2
[化合物2の合成]
下記化合物2を合成した。
【化14】
(式中、Meはメチル基である。)
【0059】
撹拌機を具備した500mL二つ口フラスコに、窒素雰囲気下で1,4-シクロヘキサジエン(8.01g,100.0mmol)とジクロロメタン(250mL)を仕込み、0℃下で撹拌しながら、メタクロロ過安息香酸(23%含水,23.55g,105.1mmol)をゆっくり加え、室温で48時間撹拌した。撹拌後、0℃下で炭酸ナトリウム溶液(2.5M,100mL)を加えて15分間撹拌した。次いで、室温まで昇温した後、有機層を炭酸水素ナトリウム飽和溶液(200mL)と20%食塩水(100mL×3回)で水洗し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後に、ろ液を減圧濃縮し、無色透明液体の1,2-エポキシ-4-シクロヘキセンを6.62g得た。
【0060】
次いで、撹拌機を具備した500mL二つ口フラスコに、窒素雰囲気下で前述の1,2-エポキシ-4-シクロヘキセン(8.63g,89.8mmol)とメタノール(180mL)と2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン(0.509g,2.2mmol)を仕込み、室温で17時間撹拌した。撹拌後、減圧濃縮し、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、淡黄色オイル状の1-ヒドロキシ-2-メトキシ-4-シクロヘキセンを8.43g得た。
【0061】
次いで、撹拌機を具備した500mL二つ口フラスコに、窒素雰囲気下で前述の1-ヒドロキシ-2-メトキシ-4-シクロヘキセン(2.95g,22.9mmol)とアセトニトリル(115mL)とペルオキシ一硫酸カリウム(12.69g,20.6mmol)と2-ヨード-5-ニトロ-ベンゼンスルホン酸ナトリウム(0.804g,2.29mmol)を仕込み、70℃で14時間撹拌した。室温に戻し、シリカゲルショートカラム(ジエチルエーテル)で塩を除去した後に減圧濃縮した。濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、淡黄色オイル状の2-メトキシ-4-シクロヘキセン-1-オンを0.913g得た。
【0062】
撹拌器を具備した30mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で1,6-ジヨードドデカフルオロヘキサン(0.111g,0.2mmol)とジエチルエーテル(2.5mL)を仕込み、-78℃下で撹拌しながら、エチルマグネシウムブロミド(3.0M:ジエチルエーテル溶媒,0.146mL,0.44mmol)を滴下し、-78℃下で1時間半撹拌した。その後、2-メトキシ-4-シクロヘキセン-1-オン(0.0555g,0.44mmol)をジエチルエーテル(1.0mL)に溶解させて滴下し、18時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液を加えた後、室温に戻し、ジエチルエーテルを用いて水層から有機物を抽出し、有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した。濾過により無水硫酸ナトリウムを除去し、減圧濃縮した後、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、化合物2を得た。
【0063】
実施例3
[化合物3の合成]
下記化合物3を合成した。
【化15】
【0064】
上記化合物2から以下の手順で化合物3を合成した。
撹拌器を具備した30mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で水素化ナトリウム(0.072g,3mmol)とテトラヒドロフラン(7mL)を仕込み、0℃下で撹拌しながら、化合物2(0.277g,0.5mmol)をテトラヒドロフラン(2mL)に溶解させ滴下し、0℃下で30分撹拌した。ヨードメタン(0.426g,3mmol)をテトラヒドロフラン(1mL)に溶解させて滴下した後、室温まで昇温させ、21時間撹拌した。反応溶液をヘキサンで希釈し、飽和塩化アンモニウム水溶液を加えた後、ヘキサンを用いて水槽から有機物を抽出し、有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した。濾過により無水硫酸ナトリウムを除去した後、減圧濃縮し、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、化合物3を得た。
【0065】
実施例4
[化合物4の合成]
下記化合物4を合成した。
【化16】
【0066】
撹拌器を具備した30mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で上記化合物2(0.291g,0.5mmol)と塩化メチレン(5mL)を仕込み、三臭化ホウ素(1M:塩化メチレン溶媒,5mL,5mmol)を加え、室温下3時間撹拌した。0℃下でアンモニア水を加え、30分撹拌した。塩化メチレンを用いて水層から有機物を抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。濾過により無水硫酸ナトリウムを除去し、減圧濃縮した後、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、化合物4を得た。
【0067】
実験例
本願式(1)で表される構造が、所望の架橋構造を形成することを、以下の実験により確認した。
架橋剤として、上記化合物2の構造を有する下記化合物2Aを用いた。また、フルオロエラストマーの架橋反応部位にはフルオロアルキルヨージド(-CF2CF2I)が導入されているので、実験ではパーフルオロエラストマーの代わりに、トリデカフルオロヨージドを用いた。両者をラジカル開始剤存在下で反応させて、化合物2Aのシクロヘキセン環をシクロヘキサン環に変換した下記化合物2Bを合成した。その後、化合物2Bのシクロヘキサン環を加熱により芳香環に変換した下記化合物2C、2C’を合成した。これにより本願架橋剤がフルオロエラストマーと架橋反応し、その後加熱によって芳香環化することが確認できた。なお、化合物2Aは実施例2において、1,6-ジヨードドデカフルオロヘキサンに代えてトリデカフルオロヨージドを使用することにより合成できる。
【0068】
【0069】
撹拌器を具備した20mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で化合物1(0.444g,1.0mmol)と二塩化エチレン(3.3mL)とトリデカフルオロヘキシルヨージド(1.326g,3.0mmol)を仕込み、過酸化ベンゾイル(0.102g,0.30mmol)を加え、90℃で24時間撹拌した。室温に戻して、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、化合物2Bを得た。
撹拌器を具備した20mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で化合物2B(0.089g,0.10mmol)とピリジン(1.0mL)を仕込み、塩化チオニル(0.026g,0.22mmol)をゆっくり加えた後に、室温で18時間撹拌した。エーテルで希釈し、有機層を希塩酸、炭酸水素ナトリウム水溶液、純水の順で洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。濾過により無水硫酸ナトリウムを除去し、減圧濃縮した後、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、化合物2C及び化合物2C’を得た。
【0070】
[化合物2Bの構造分析]
・1H-NMR(CDCl3,400MHz):δ=1.70~3.59(m,9H),3.59~4.09(m,1H),4.21~4.82(m,1H)
・19F-NMR(CDCl3,CFCl3,376MHz):δ=81.12~81.35(m,6F),106.10~124.41(m,16F),125.32~128.00(m,4F)
【0071】
[化合物2Cの構造分析]
・1H-NMR(CDCl3,400MHz):δ=7.76(s,4H)
・19F-NMR(CDCl3,CFCl3,376MHz):δ=-81.26(t,J=19.50Hz,3F),-111.77(t,J=28.46Hz,2F),-121.71~-122.08(m,2F),-122.12~-122.33(m,2F),-123.18~-123.46(m,2F),-126.52~-126.74(m,2F)
【0072】
[化合物2C’の構造分析]
・1H-NMR(CDCl3,400MHz):δ=7.70(t,J=7.76Hz,1H),7.82(s,2H),7.84(s,1H)
・19F-NMR(CDCl3,CFCl3,376MHz):δ=-81.49(t,J=19.69Hz,3F),-111.78(t,J=28.73Hz,2F),-121.81~-122.18(m,2F),-122.37~-122.68(m,2F),-123.23~-123.59(m,2F),-126.67~-126.92(m,2F)
【0073】
実施例5並びに比較例1及び2
[化合物5の合成]
下記化合物5を合成した。
【化18】
【0074】
撹拌器を具備した30mL二口フラスコに、アルゴン雰囲気下で上記化合物4(0.080g,0.15mmol)と塩化メチレン(15mL)とトリエチルアミン(0.090g,0.9mmol)と4-ジメチルアミノピリジン(2mg,0.015mmol)を仕込み、0℃に冷却した。そこにトリフルオロメタンスルホニルクロリド(0.103g,0.9mmol)を滴下し、40℃で20時間撹拌した。反応容器を室温に戻し、アンモニア水で反応を停止させた。塩化メチレンを用いて水層から有機物を抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。濾過により無水硫酸ナトリウムを除去し、減圧濃縮した後、得られた濃縮物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、化合物5を得た。
[試料製造方法]
各試料を下記表2の通りに調製した。
表2に示す配合量の各成分を耐圧容器に入れて、Arで置換した。パーフルオロエラストマー(3M製PFE40z)が溶解するまで放置した。耐圧容器を100℃×30min加熱し、FFKMを架橋させた。真空オーブンで130℃×2hr加熱し、溶剤を揮発させた。窒素置換したオーブンで310℃×4時間加熱した。
【表2】
【0075】
[耐蒸気性評価]
上記方法で作成した試料(架橋成形体)の重量(A)を測定し、330℃の飽和水蒸気に24時間晒した。蒸気暴露後の試料をフロリナートFC-3283に室温で72時間浸漬した。浸漬後、固形分として残っている試料を取り出し、真空オーブンで130℃×2hr加熱し、溶剤を揮発させた。乾燥後の重量(B)を測定し、下記の式でゲル分率を算出した。結果を表3に示す。
ゲル分率=質量(B)/質量(A)×100
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の化合物はフルオロエラストマーの架橋剤として使用できる。本発明の架橋フルオロエラストマーは、発電、半導体装置、化学プラント等、耐薬品性や耐高温蒸気性が求められるシール材料(Oリング等)として利用できる。