(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】輸送に関連する牛の状態又は症状を軽減、抑制又は改善する方法
(51)【国際特許分類】
A23K 50/10 20160101AFI20241213BHJP
A23K 20/142 20160101ALI20241213BHJP
A23K 40/35 20160101ALI20241213BHJP
【FI】
A23K50/10
A23K20/142
A23K40/35
(21)【出願番号】P 2022102361
(22)【出願日】2022-06-27
【審査請求日】2022-06-27
(31)【優先権主張番号】P 2022011452
(32)【優先日】2022-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】平野 和夫
【審査官】小林 直暉
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-167195(JP,A)
【文献】特許第3728738(JP,B1)
【文献】特許第5040919(JP,B1)
【文献】中国特許出願公開第111328913(CN,A)
【文献】国際公開第2005/112660(WO,A1)
【文献】特開昭61-280239(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2014-0016066(KR,A)
【文献】再公表特許第2002/076445(JP,A1)
【文献】特開2015-186445(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 50/10
A23K 20/142
A23K 40/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶食かつ絶水条件下で輸送された育成期の肉牛に、バイパス加工したリジンを
少なくとも輸送前1日から輸送後28日まで給与することを含む、輸送に関連する牛の状態又は症状を軽減、抑制又は改善する方法
であって、輸送に関連する状態又は症状が、輸送後の牛における肉質低下及び枝肉成績の低下から選択される少なくとも1種である、前記方法。
【請求項2】
前記輸送が短距離輸送である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記短距離輸送が、8時間以内の輸送である、請求項
2記載の方法。
【請求項4】
バイパス加工したリジンの1日の給与量が、リジン換算で1g~100gである、請求項1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
バイパス加工したリジンの給与が輸送の前1日に開始される、請求項
1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
輸送後の牛に対し、バイパス加工したリジンを少なくとも週に1日の頻度で給与することを含む、請求項1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送に関連する牛の状態又は症状を軽減、抑制又は改善する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、素牛の商業的な輸送が常態化し、輸送に伴うストレスの増大が素牛の体重を減耗させることが経験的に知られている。輸送条件も多様であり、本州-九州もしくは北海道間を輸送する長距離型、各地域の農家、公共牧場および家畜市場の間を輸送する短距離型等がある。輸送は絶食および絶水で行われることが多い。絶食および絶水を伴う輸送により体重の低下や生理学的変化が生じるが、部分的に輸送距離により生じる変化が異なる。例えば、(1)輸送は甲状腺と副腎機能の活性化を引き起こし、この活性化は短距離輸送よりも長距離輸送のほうが大きい、(2)短距離輸送のほうが長距離輸送よりもストレスと関連しているホルモンであるコルチゾールの血液中濃度が増加する、などがある。
【0003】
一方、反すう動物のルーメン(第一胃)で分解されないように、ルーメンをバイパスする加工(バイパス加工)を施した飼料添加物が種々利用されており(例えば、特許文献1)、リジンをバイパス加工したもの(以下、バイパスリジンということがある)も公知である(特許文献2、3)。バイパスリジンは、乳牛において不足しやすいリジンを補給し、泌乳成績を改善する飼料添加剤として利用されている(非特許文献3)。また、乳量、乳蛋白生産の向上のほか繁殖成績の改善、脂肪肝やケトーシスに対する効果も得られる牛用の飼料添加剤として、リジン及びメチオニンを併用した製品が知られている(非特許文献4)。
【0004】
リジンと動物のストレスに関しては、例えば、ラットにおいてリジン欠乏により扁桃体内のセロトニン放出が増大し、ストレスによる不安症状が増大すること(非特許文献1)、ヒトにおいてリジン及びアルギニンの経口補給が不安症状を低減すること(非特許文献2)が知られている。しかしながら、牛の輸送ストレスに対するリジン給与の効果は全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2020-145962号公報
【文献】特許第3728738号公報
【文献】特許第5040919号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Smriga et al., The Journal of Nutrition, December 2002, Volume 132, Issue 12, Pages 3744-3746
【文献】Smriga et al., Biomedical Research, 2007, Volume 28, Issue 2, Pages 85-90
【文献】味の素ヘルシーサプライ株式会社、“AjiPro(登録商標)-L 乳牛用リジン製剤”、[2021年12月27日検索]、インターネット<URL: https://www.ahs.ajinomoto.com/products/feed/feed_4.html>
【文献】バイオ科学株式会社、“バイパスサプリ「乳肝プラスリジン」”、[2021年12月27日検索]、インターネット<URL: https://www.bioscience.co.jp/products/livestock/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%B3-%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%B3/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、牛の輸送ストレスに関連する状態又は症状を軽減、抑制又は改善する新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、輸送後の牛にバイパス加工したリジンを給与することにより、体重減少、増体抑制、肉質低下等の輸送に関連する状態又は症状を軽減、抑制又は改善できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、輸送された牛に、バイパス加工したリジンを給与することにより、輸送に関連する状態又は症状を軽減、抑制又は改善する方法であり、以下の態様を包含する。
(1) 絶食かつ絶水条件下で輸送された育成期の肉牛に、バイパス加工したリジンを少なくとも輸送前1日から輸送後28日まで給与することを含む、輸送に関連する牛の状態又は症状を軽減、抑制又は改善する方法であって、輸送に関連する状態又は症状が、輸送後の牛における肉質低下及び枝肉成績の低下から選択される少なくとも1種である、前記方法。
(2) 前記輸送が短距離輸送である、(1)記載の方法。
(3) 前記短距離輸送が、8時間以内の輸送である、(2)記載の方法。
(4) バイパス加工したリジンの1日の給与量が、リジン換算で1g~100gである、(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) バイパス加工したリジンの給与が輸送の前1日に開始される、(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6) 輸送後の牛に対し、バイパス加工したリジンを少なくとも週に1日の頻度で給与することを含む、(1)~(5)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、輸送後の牛において見られる輸送ストレスに関連する状態又は症状、例えば、体重減少、増体の抑制、肉質低下、枝肉成績の低下、炎症反応の誘導、肝臓機能低下等の状態又は症状を軽減、抑制又は改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】対照区及びリジン区における、血清中のリジン濃度(上段)及びα-アミノアジピン酸濃度(下段)の推移を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において、輸送という語には、輸送時間が8時間以内の短距離輸送、及び輸送時間が8時間を超える長距離輸送が包含される。陸路を車両で輸送する場合、短距離輸送は概ね450km程度以内の輸送であり、450kmを超える輸送が長距離輸送である。下記実施例に記載した例は短距離輸送の例であるが、本発明の範囲はこれに限定されない。
【0012】
本発明の方法が適用される牛は、食肉用の牛でも乳生産用の牛でもよい。本発明において、食肉用の牛を肉牛という。肉牛という語には、黒毛和種のような食肉用の品種の牛の他、ホルスタイン種やジャージー種のような乳牛品種の牛で食肉用とされるものも包含される。後者の例として、乳牛品種の雄牛や、雌の乳牛の廃用牛で食肉用とされるものが挙げられる。本発明の方法が適用される牛の性別は制限されず、雄でも雌でもよい。月齢も特に限定されず、例えば肉牛の場合には育成期の牛(育成牛)であってよい。本発明の実施の一態様として、例えば、繁殖農場から肥育農場への育成牛の輸送に対して本発明の方法を適用する場合、対象とする肉牛の月齢は一般に7か月齢~10か月齢程度であるが、これよりも若齢又は高齢の肉牛の長距離輸送に対して本発明の方法を適用してよい。なお、一般に4か月齢~10か月齢までの肉牛を「育成牛(育成期)」、11か月齢から出荷される約30か月齢までの肉牛を「肥育牛(肥育期)」と呼ぶ。
【0013】
本発明では、バイパス加工したリジン(バイパスリジン)が給与される。ルーメンをバイパスするバイパス加工自体は、この分野において周知である。例えば、バイパス加工は、硬化油などのバイパス加工に使用される原料を加工する原料に対してスプレーコーティングやパンコーティングをすることにより行うことができる。バイパスリジンは市販されているので、市販品を用いて本発明を実施することもできる。
【0014】
本発明の方法におけるバイパスリジンの給与量は特に限定されないが、通常、1日の給与量がリジン換算で1g~100g程度であり、例えば、1g~90g、1g~80g、1g~70g、1g~60g、1g~50g、1g~40g、1g~35g、1g~30g、1g~25g、1g~20g、5g~100g、5g~90g、5g~80g、5g~70g、5g~60g、5g~50g、5g~40g、5g~35g、5g~30g、5g~25g、又は5g~20gであってよい。なお、1日の給与量とは、給与期間中の1日当たり平均給与量ではなく、給与日における1日の給与量であり、例えば1週間に1日の頻度で給与する場合は、バイパスリジン給与日における給与量が上記の範囲であればよい。1日の給与を数回に分けて行なう場合、その数回の合計量が上記の範囲であればよい。
【0015】
本発明の方法において、バイパスリジンを給与する期間は特に限定されないが、少なくとも輸送の前1日~輸送後21日の期間、例えば輸送の前1日~輸送後28日の期間、給与することが好ましい。給与開始時期は、例えば輸送前2日、輸送前3日、輸送前5日、又は輸送前7日であってもよい。輸送後の給与は、輸送後21日まで、輸送後25日まで、輸送後28日まで、輸送後30日まで、又はそれ以上の期間行なってもよい。輸送直後にバイパスリジン給与を行なうことが好ましいが、その後の給与は、毎日でもよいし、数日おきに1日、例えば1週間に1日の頻度でもよい。
【0016】
バイパスリジンは、飼料又は飲料水に添加して給与することができる。
【0017】
輸送に関連する状態又は症状には、輸送後の牛における各種の望ましくない状態又は症状が包含される。具体的には、体重減少、増体の抑制、肉質低下、枝肉成績の低下、炎症反応の誘導、肝臓機能低下が包含される。本発明によれば、これらの状態又は症状から選択される少なくとも1種を軽減、抑制又は改善することができる。
【0018】
枝肉成績という語には、枝肉重量(大きい方が良)、ロース芯面積(大きい方が良)、ばらの厚さ(厚い方が良)、背脂肪の厚さ(厚い方が良)、歩留基準値(高い方が良)、牛脂肪交雑基準(beef marbling standard; BMS、数値が高い方が良)、牛肉色基準(beef color standard; BCS、淡すぎず濃すぎない中間の色沢が良)、しまり(数値が大きい方が良)、きめ(数値が大きい方が良)、牛脂肪基準(beef fat standard; BFS、脂肪の色沢と質、数値が小さい方が良)が包含される。下記実施例に記載されるように、輸送後の牛において一時的な筋肉組織の損傷および分解が生じるが、バイパスリジン給与によりこの筋肉組織の損傷・分解を軽減できる。従って、バイパスリジン給与は、輸送後の牛における肉質低下や枝肉成績の低下を軽減ないし抑制することができ、輸送後の牛から得られる枝肉の上記した成績のうちの1項目又は2項目以上を向上させることができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0020】
実施例1 バイパスリジン補給が輸送に関連する各種状態・症状に及ぼす影響
1.材料および方法
平均月齢約8.1ヶ月の黒毛和種去勢育成牛12頭(対照区およびリジン区、各区6頭)を試験に供した。各区とも、絶食、絶水条件下で、繁殖農場から肥育農場まで約300 kmを陸路で約6時間かけて輸送した。輸送前日の17:00に給餌し、輸送当日の14:00まで絶食であった。飼料は1日2回給与とし、自由飲水とした。対照区は、各農場の慣行に従い飼養管理した。リジン区は、対照区の管理に加えて、輸送前(-1日)、輸送直後(0日)、及び輸送7日後(7日)、14日後(14日)、21日後(21日)、28日後(28日)の採血時に、バイパスリジン(Bioscreen Technologies Srl社「スプレイリジン」)を原物25g/頭/日(リジン換算で10g/頭/日)経口的に補給した。
【0021】
以下の項目について調査を行なった。
(ア)飼料摂取量;毎日測定した。
(イ)体重;輸送前(-1日)、輸送直後(0日)、7日後(7日)、14日後(14日)、21日後(21日)、28日後(28日)、及び出荷時に測定した。
(ウ)生化学検査;体重測定に併せて採血し、遠心分離後の血清を用いて総タンパク質(TP)、アルブミン(Alb)、タンパク質分画、クレアチンキナーゼ(CK)、尿素態窒素(BUN)、総コレステロール(Tcho)、遊離脂肪酸(NEFA)、ビタミンA(VA)、グルコース(Glu)、コルチゾール、カテコールアミン、ヘマトクリット、各血球数、遊離アミノ酸濃度を測定した。
(エ)枝肉成績;輸送後の牛を農場の慣行に従い約30か月齢まで肥育して屠殺し、社団法人日本食肉格付協会の評価基準に従い枝肉成績を評価した。
【0022】
飼料摂取量、体重、及び生化学検査のデータは、JMP Ver.15のモデルあてはめにより処理および時間を要因とした二元配置反復測定分散分析を行った。有意差(P<0.05)が認められた場合、Student t検定を実施した。
枝肉成績のデータは、JMP Ver. 15.0.0を使用し、モデルあてはめによりStudent t-testを行なった。p<0.05を有意差ありとした。
【0023】
2.結果および考察
ア.28日目までの飼料摂取量および体重(表1)
飼料摂取量は示していないが、すべての牛において肥育農場の給与体系通りに飼料を摂取しており、区間差は確認されなかった。対照区の体重は輸送により減少し、その後21日目まで高増体を示した。この農場到着後一時的に高増体を示す結果は、我々が過去に実施した試験における対照区の結果と一致した。リジン区の体重も輸送により減少したものの、対照区より体重減少量が小さかった。輸送後対照区と同様、21日目まで高増体を示した。リジン区の21-28日DG(1日増体量)は対照区の同期間のDGより大きい傾向を示した。したがって、28日目までのADG(1日平均増体量)はリジン区で対照区に比べ高かった。以上の結果は、育成牛に対するリジン補給が、輸送による体重減少を抑え、輸送後の体重増加を促進することを示唆している。
【0024】
【0025】
イ.血清中リジン濃度、α-アミノアジピン酸濃度(
図1)
0日目の対照区の血清中リジン濃度は-1日目に比べ低下した。輸送期間中は絶食状態であることから、リジン補給源がないため、血清中リジン濃度が維持されず低下した可能性がある。14、28日目の対照区の血清中リジン濃度は-1日目の血清中リジン濃度と差はなかったが、7、21日目の血清中リジン濃度は-1日目に比べ低下した。このことから、リジンが日常的に供給されている状態であっても、輸送による悪影響により一時的にリジン消費が促進され、血清中リジン濃度が低下する可能性が示唆された。
【0026】
リジン区の血清中リジン濃度は0日目において、対照区と同様に-1日目に比べ低下したが、輸送後の血清中リジン濃度は-1日目の値と差がなかった。したがって、輸送前に補給したリジン量では、リジンの速やかな代謝もしくはリジン消費促進により血清中リジン濃度を維持できなかったと考えられる。また、輸送後のリジン区の血清中リジン濃度はリジン補給により維持されたと考えられ、7、21、28日目のリジン区の血清中リジン濃度は対照区に比べ高かった。
【0027】
リジンの異化により生成されるα-アミノアジピン酸濃度の0日目の血清中濃度は、対照区において、-1日目に比べ低下した。輸送期間中のリジン補給がなかったため、体内で生成されるα-アミノアジピン酸濃度も少なかったと考えられた。また、14、28日目の対照区の血清中α-アミノアジピン酸濃度は-1日目の血清中リジン濃度と差はなかったが、7、21日目の血清中α-アミノアジピン酸濃度は-1日目に比べ低下した。この結果は血清中リジン濃度と類似しており、血清中α-アミノアジピン酸濃度はリジン栄養に大きく影響されると考えられる。
【0028】
リジン区の血清中α-アミノアジピン酸濃度は、-1日目に比べ、0日目に低下した。一方、リジン区の血清中α-アミノアジピン酸濃度は対照区に比べ、高値を示した。このことから、輸送前に補給したリジンは速やかに代謝され、α-アミノアジピン酸生成に利用されたと考えられる。また、輸送後のリジン区の血清中α-アミノアジピン酸濃度はリジン補給により維持されたと考えられ、7、21、28日目のリジン区の血清中リジン濃度は対照区に比べ高かった。
【0029】
ウ.血清中生化学検査(表2)
リジン区の血清中Alb濃度は対照区に比べ21日間増加した。また、リジン区の血清中Tcho濃度は対照区に比べ21日間増加した。リジン区の血清中Glu濃度は0日目と28日目に対照区に比べ高かった。ウシでは肝臓の機能が低下する結果、血清中Glu濃度やAlb濃度が低下する(Pearson, In : Large Animal Internal Medicine (Smith SB ed). Mosby, St. Louis, Mo: 790-795 (2002).)。また、泌乳牛において、血清中Tcho濃度は肝臓機能の低下に伴って減少することが報告されている(Katoh, J Vet Med Sci, 64: 293-307 (2002).)。以上のことから、輸送により肝臓機能は低下するが、リジン補給は輸送による肝臓機能低下を軽減する可能性が示唆された。
【0030】
0日目のリジン区の血清中CK活性は対照区より低く、輸送によるCK活性の増加を抑えた。CKは外傷や激しい運動など筋肉に損傷がある場合に血液中に放出されることが知られている。したがって、本試験の輸送距離や輸送時間でも、身体への負荷の結果、血清中CK活性が上昇することが示され、輸送前のリジン補給は血清中CK活性の増加を抑制することが示された。0日目のリジン区の血清中3-メチルヒスチジン(3-MH)濃度もCK活性同様、対照区より低く、輸送による3-MH濃度の増加を抑えた。3-MHは、搾乳牛において体タンパク質動員の指標として利用されている(Sawada et al., Livest Sci, 143:278-282 (2012).)。Swanepoelらは、搾乳牛において、リジン補給が血漿中3-MH濃度を低下させたことを報告している(Swanepoel et al., Anim feed sci technol, 157:79-94 (2010).)。この要因として、リジン補給による筋肉タンパク質合成促進および/または筋肉タンパク質分解軽減による変化であると考察している。したがって、輸送は体タンパク質動員を引き起こすが、輸送前にリジン補給を行うと、筋肉タンパク質合成促進および/または筋肉タンパク質分解軽減が生じ、体タンパク質動員を軽減する可能性が示唆された。
【0031】
0日目のリジン区の血清中NEFA濃度は対照区より低い傾向を示し、輸送によるNEFA濃度の増加を抑えた。NEFAはエネルギー不足の指標として用いられており、エネルギー不足時に血液中濃度が高まる。本試験では、上述したように、リジン補給により0日目の血清中Glu濃度が増加したことから、リジン区では糖新生が亢進されたと推察される。0日目のリジン区では、糖新生の結果として対照区よりエネルギー不足が解消されており、輸送による体脂肪動員を軽減した結果、血清中NEFA濃度が低かったと考えられる。
【0032】
リジン区の血清中α2グロブリン濃度は対照区に比べ、0、7、14日目に低かった。また、リジン区の血清中γグロブリン濃度は対照区に比べ、0、7日目に低かった。タンパク分画は炎症反応の指標として利用されており、炎症反応が生じると、高値を示す。ウシの輸送は、炎症性サイトカインや急性期タンパク質の血液中濃度の増加などの炎症反応を引き起こすことが報告されている(Van Engen et al., Anim Health Res Rev, 19:142 154 (2018).)。したがって、輸送する育成牛に対するリジン補給は、輸送により生じる炎症反応を低減する可能性が示された。
【0033】
【0034】
エ.血清中コルチゾール、カテコールアミン濃度(表3)
0、7日目のリジン区の血清中コルチゾール濃度は対照区より低く、輸送によるコルチゾール濃度の増加を抑えた。また、0、7、14日目のリジン区の血清中アドレナリンおよびノルアドレナリン濃度は対照区より低く、輸送によるこれらカテコールアミン濃度の増加を抑えた。神経内分泌系の活性化と応答を引き起こす外因性または内因性の刺激に対する生理学的応答であるストレスは、副腎からのカテコールアミンおよびコルチゾールなどのグルココルチコイドの放出を促す。したがって、輸送する育成牛に対するリジン補給は、輸送により増加するストレス反応を軽減する可能性が示された。
【0035】
【0036】
オ.血球計数(データ省略)
すべての血球計数に差はなかった。輸送は各血球数に影響せず、血球計数に対してリジン補給は影響しないことが示された。
【0037】
カ.白血球分画(表4)
0、7、14日目のリジン区の単球数、好中球数、N:L比は対照区に比べ低下した。0日目のリジン区の好酸球数は対照区に比べ低下した。好塩基球およびリンパ球数に差はなかった。ストレスはリンパ球数の低下、好中球数の増加、結果としてN:L比を増加させることが報告されている(Dhabhar et al., J Immunol, 157:1638-1644 (1996).)。アヒルの輸送を行うと、血中全白血球数、好中球数、好酸球数、単球数の増加が生じること(Seo et al., Asian-Australas J Anim Sci, 29: 471-478 (2016).)、搾乳牛の輸送により、血中好中球数、単球数の増加が生じること(Hong H et al., Asian-Australas J Anim Sci, 32: 442-451 (2019).)が報告されている。さらに、子豚において、リジン制限は、血清中IgGやIgM濃度を増加させること、腎臓や脾臓における炎症性サイトカイン関連遺伝子発現を高めることが報告されており(Han, H et al., Sci Rep, 8: 2451 (2018).)、リジン不足は炎症反応を誘導する可能性がある。上述したように、本試験では、0、7、21日目の対照区の血清中リジン濃度が低かった。以上のことから、0、7日目においては、リジン不足により単球数、好中球数、N:L比、好酸球数(0日目のみ)が増加している可能性があり、14日目の単球数、好中球数、N:L比の増加はリジン不足以外の要因で変化した可能性が示された。また、本試験のリジン区の血清中リジン濃度は0日目では対照区と差がなかったが、代謝産物であるα-アミノアジピン酸の血清中濃度は対照区より高かったこと、7日目のリジン区の血清中リジンやα-アミノアジピン酸濃度は対照区より高かったこと、リジン区の0および7日目の単球数、好中球数、N:L比、好酸球数(0日目のみ)が対照区に比べ低かったことは、リジン不足が炎症反応に関与している可能性を支持している。一方、21日目の対照区の血清中リジン濃度は輸送前に比べて低かったが、白血球分画に影響しなかった。おそらく、ストレス指標であるコルチゾールやカテコールアミンの血清中濃度が輸送前と差がなかったため、炎症反応に対するリジン不足の影響が軽微であったと考えられる。
【0038】
【0039】
キ.肥育期間中の発育成績及び枝肉成績(表5、表6)
肥育期間中の1日平均増体量(DG)は、リジン区で対照区に比べて有意に高く、出荷体重もリジン区で大きい傾向にあった。枝肉成績においても、リジン区の枝肉重量、ばらの厚さが大きい傾向にあった。
【0040】
【0041】
【0042】
3.結論
(1)リジン補給は、輸送による体重減少を抑え、結果的に試験期間中の1日平均増体量を増加させた。
(2)対照区では、0、7、21日目の血清中リジン濃度が輸送前に比べて低下し、輸送はリジン不足を長期的に招く可能性が示された。リジン補給により、0日目の血清中リジン濃度は輸送前に比べて低下し、リジン不足が生じたが、7日目以降リジン不足は生じなかった。
(3)対照区では、輸送後持続的に肝臓機能の低下や一時的な筋肉組織の損傷および分解を招いたが、リジン補給は輸送による肝臓機能の低下や一時的な筋肉組織の損傷および分解を軽減した。
(4)輸送はストレス指標であるコルチゾール、カテコールアミンの血清中濃度を増加せたが、リジン補給はこれら濃度の増加を軽減した。
(5)リジン補給区では対照区に比べて出荷体重、枝肉重量及びばらの厚さが大きい傾向にあった。