(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】水系顔料分散体
(51)【国際特許分類】
C09D 17/00 20060101AFI20241213BHJP
C09D 11/322 20140101ALI20241213BHJP
【FI】
C09D17/00
C09D11/322
(21)【出願番号】P 2020179136
(22)【出願日】2020-10-26
【審査請求日】2023-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中西 亮
(72)【発明者】
【氏名】百田 博和
【審査官】橋本 栄和
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/059668(WO,A1)
【文献】特開2018-065997(JP,A)
【文献】特開2018-076531(JP,A)
【文献】特開2009-108116(JP,A)
【文献】特開2019-163387(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0315983(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 17/00
C09D 11/322
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)と多官能エポキシ化合物とによる架橋構造を有するポリマー(A)、及び顔料を含有する水系顔料分散体であって、該ポリマー(A)のカルボキシ基の少なくとも一部がアルカリ金属化合物で中和されてなり、かつ、下記〔条件1〕
、〔条件2〕
及び〔条件3〕を満たす、水系顔料分散体
であって、
〔条件1〕:水不溶性ポリマー(a)の酸価が180mgKOH/g以上320mgKOH/g以下である。
〔条件2〕:下記式(1)で表される、水系顔料分散体中の顔料に対するアルカリ金属化合物の量pが、顔料が有機顔料である場合0.07以上0.19以下であり、カーボンブラックである場合0.15以上0.45以下である。
アルカリ金属化合物の量p(mmol/g)=[水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル量(mmol)/水系顔料分散体中の顔料の質量(g)] (1)
〔条件3〕:下記式(2)で表される、水系顔料分散体中の顔料比率xが、顔料が有機顔料である場合0.85以上0.98以下であり、カーボンブラックである場合0.85以上0.95以下である。
顔料比率x=[水系顔料分散体中の顔料の質量/〔水系顔料分散体中の顔料の質量+水系顔料分散体中のポリマー(A)の質量〕] (2)
顔料がカーボンブラック及び有機顔料から選ばれる1種以上であり、
下記式により算出されるポリマー(A)の架橋度が40モル%以上90モル%以下である、水系顔料分散体。
架橋度(モル%)=(水系顔料分散体中のエポキシ化合物のエポキシ基のモル数/水系顔料分散体中のポリマー(a)のカルボキシ基のモル数)×100
【請求項2】
下記式により算出される水不溶性ポリマー(a)の中和度が20モル%以上150モル%以下である、請求項
1に記載の水系顔料分散体。
中和度(モル%)=〔水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル数/水系顔料分散体中のポリマー(A)のカルボキシ基のモル数〕×100
【請求項3】
多官能エポキシ化合物の[炭素原子数/酸素原子数]比が、2.0以上4.0以下である、請求項1
又は2に記載の水系顔料分散体。
【請求項4】
顔料が、顔料を含有する水不溶性ポリマー(A)粒子の形態である、請求項1~
3のいずれかに記載の水系顔料分散体。
【請求項5】
水不溶性ポリマー(a)が、スチレン-α-メチルスチレン-アクリル酸共重合体である、請求項1~
4のいずれかに記載の水系顔料分散体。
【請求項6】
下記式により算出されるポリマー(A)の中和度が、70モル%以上500モル%以下である、請求項1~5のいずれかに記載の水系顔料分散体。
ポリマー(A)の中和度(モル%)=〔水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル数/水系顔料分散体中のポリマー(A)のカルボキシ基のモル数〕×100
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の水系顔料分散体、及び水溶性有機溶剤を含有する、水系インク。
【請求項8】
インクジェット記録用である、請求項7に記載の水系インク。
【請求項9】
下記工程1~3を含む、請求項1~6のいずれかに記載の水系顔料分散体の製造方法。
工程1:水不溶性ポリマー(a)のカルボキシ基の少なくとも一部をアルカリ金属化合物で中和して、該水不溶性ポリマー(a)の水分散液を得る工程
工程2:工程1で得られた水不溶性ポリマー(a)の水分散液と顔料とを分散処理して、顔料が水不溶性ポリマー(a)に含有された顔料を含有するポリマー粒子の顔料水分散体(i)を得る工程
工程3:工程2で得られた顔料水分散体(i)に多官能エポキシ化合物を添加し、架橋処理して、顔料を含有する架橋構造を有するポリマー(A)粒子の水系顔料分散体を得る工程
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系顔料分散体、それを含有する水系インク、及び水系顔料分散体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方式は、微細なノズルからインク液滴を直接吐出し、記録媒体に付着させて、文字や画像が記録された記録物を得る記録方式である。この方式は、フルカラー化が容易でかつ安価であり、記録媒体として普通紙が使用可能で、記録媒体に対して非接触、という数多くの利点があるため普及が著しい。近年特に、記録物の耐候性や耐水性の観点から、着色剤に顔料を用いるものが広く用いられている。
【0003】
ところで、水系顔料分散体及びこれを用いる水系インクにおいては、顔料表面に水に親和性の高い官能基を付与して、分散剤なしに又は分散剤を用いて、顔料を水系媒体又はインクビヒクルに分散させて用いられる。しかし、顔料分散体を用いるインクは、水系媒体又はインクビヒクルに均一に溶解する染料を用いるインクと異なり、長期間にわたって顔料粒子の分散状態を維持することが難しく、また、インク吐出ノズル部分でポリマーや顔料が固着してしまうことがある。
【0004】
この問題点を改善する水系顔料分散体として、種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、インク吐出ノズルでの顔料やポリマーの固化を抑制できる再分散性と、高温下における保存安定性を確保できる水系顔料分散体として、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(A)と水不溶性多官能エポキシ化合物によって架橋してなるポリマー分散剤、及び顔料からなる水系顔料分散体であって、該水不溶性ポリマー(A)のカルボキシ基の少なくとも一部はアルカリ金属化合物で中和されており、かつ、中和された水不溶性ポリマー(A)の酸価と中和度と架橋度が特定の関係を有する水系顔料分散体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の水系顔料分散体は、保存安定性は優れているものの、普通紙にインクジェット記録する場合は、画像濃度を改善する余地があった。
本発明は、保存安定性に優れ、水系インクに用いることにより、再分散性が高く、かつ、普通紙へのインクジェット記録においても画像濃度を向上させることができる水系顔料分散体、それを含有する水系インク、及び水系顔料分散体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、特定の構成を有するポリマー(A)を分散剤として用いて顔料を分散させた水系顔料分散体が、上記の課題を解決しうることを見出した。
すなわち、本発明は、次の[1]~[3]を提供する。
[1]カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)と多官能エポキシ化合物とによる架橋構造を有するポリマー(A)、及び顔料を含有する水系顔料分散体であって、該ポリマー(A)のカルボキシ基の少なくとも一部がアルカリ金属化合物で中和されてなり、かつ、下記〔条件1〕及び〔条件2〕を満たす、水系顔料分散体。
〔条件1〕:水不溶性ポリマー(a)の酸価が180mgKOH/g以上320mgKOH/g以下である。
〔条件2〕:下記式(1)で表される、水系顔料分散体中の顔料に対するアルカリ金属化合物の量pが、顔料が有機顔料である場合0.07以上0.19以下であり、カーボンブラックである場合0.15以上0.45以下である。
アルカリ金属化合物の量p(mmol/g)=[水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル量(mmol)/水系顔料分散体中の顔料の質量(g)] (1)
【0008】
[2]前記[1]に記載の水系顔料分散体、及び水溶性有機溶剤を含有する、水系インク。
[3]下記工程1~3を含む、前記[1]に記載の水系顔料分散体の製造方法。
工程1:水不溶性ポリマー(a)のカルボキシ基の少なくとも一部をアルカリ金属化合物で中和して、該水不溶性ポリマー(a)の水分散液を得る工程
工程2:工程1で得られた水不溶性ポリマー(a)の水分散液と顔料とを分散処理して、顔料が水不溶性ポリマー(a)に含有された顔料を含有するポリマー粒子の顔料水分散体(i)を得る工程
工程3:工程2で得られた顔料水分散体(i)に多官能エポキシ化合物を添加し、架橋処理して、顔料を含有する架橋構造を有するポリマー(A)粒子の水系顔料分散体を得る工程
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、保存安定性に優れ、水系インクに用いることにより、再分散性が高く、かつ、普通紙へのインクジェット記録においても画像濃度を向上させることができる水系顔料分散体、それを含有する水系インク、及び水系顔料分散体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[水系顔料分散体]
本発明の水系顔料分散体は、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)と多官能エポキシ化合物とによる架橋構造を有するポリマー(A)、及び顔料を含有し、該ポリマー(A)のカルボキシ基の少なくとも一部がアルカリ金属化合物で中和されてなり、かつ、下記〔条件1〕及び〔条件2〕を満たす。
〔条件1〕:水不溶性ポリマー(a)の酸価が180mgKOH/g以上320mgKOH/g以下である。
〔条件2〕:下記式(1)で表される、水系顔料分散体中の顔料に対するアルカリ金属化合物の量pが、顔料が有機顔料である場合0.07以上0.19以下であり、カーボンブラックである場合0.15以上0.45以下である。
アルカリ金属化合物の量p(mmol/g)=[水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル量(mmol)/水系顔料分散体中の顔料の質量(g)] (1)
なお、本明細書において「水系」とは、顔料を分散させる媒体中で、水が質量比で最大割合を占めていることを意味する。
また、「記録」とは、文字や画像を印字、印刷することを意味する。
本発明の水系顔料分散体は、インクジェット記録用インク、グラビア印刷用インキ、フレキソ印刷用インキ等に用いられる水系顔料分散体として好適であり、特に再分散性に優れることから、インクジェット記録用インクに用いることが好ましい。
【0011】
本発明の水系顔料分散体は保存安定性に優れ、水系インクに用いることにより、再分散性が高く、かつ、普通紙へのインクジェット記録においても画像濃度を向上させることができる。その理由は定かではないが、以下のように考えられる。
本発明の水系顔料分散体は、顔料の分散剤として作用する水不溶性ポリマー(a)の酸価が180~320mgKOH/g〔条件1〕と大きい。ポリマー(a)のこの大きな酸価はカルボキシ基に由来するが、架橋処理によりそのカルボキシ基部分が多くの架橋構造を形成し、該ポリマーが顔料表面に強固に固着する。そのため、この水系顔料分散体を含むインクが乾燥し、インク中の有機溶剤の比率が高くなった場合においても、顔料からのポリマーの脱離が起こりにくく顔料同士の強固な凝集が起こりにくいため、再び液体成分と接触した際にはその乾燥物が液体成分によってほぐれて液体状態となることができ、高い再分散性を発現できると考えられる。
【0012】
一方、普通紙に対する画像濃度は、普通紙に微量に含まれるカルシウム塩による影響を最大化することで向上できると考えられる。本発明においては、顔料に対するアルカリ金属化合物の量pが〔条件2〕を満たすことによって、顔料の分散に用いるポリマー(a)のカルボキシ基の中和量を小さくして、顔料の分散に必要な電荷反発力を最低限度とし、インクが普通紙に接触した際(着弾時)には、顔料粒子に強い凝集力を働かせることができる。すなわち、インクが普通紙に接触した際にインクの液体成分が紙繊維に吸収されてインク中の顔料粒子の比率が高くなった状態で速やかに粘度が上昇し、インクが普通紙の内部まで浸透しないため、高い画像濃度を発現することができると考えられる。
【0013】
<顔料>
本発明に用いられる顔料は、カーボンブラック及び有機顔料のいずれであってもよく、有機顔料にはレーキ顔料、蛍光顔料も含まれる。また、必要に応じて、それらと体質顔料を併用することもできる。
カーボンブラックとしては、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック等が挙げられる。
有機顔料の具体例としては、アゾレーキ顔料、不溶性モノアゾ顔料、不溶性ジスアゾ顔料、キレートアゾ顔料等のアゾ顔料類;フタロシアニン顔料、ペリレン顔料、ペリノン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、ジオキサジン顔料、チオインジゴ顔料、イソインドリノン顔料、キノフタロン顔料、ジケトピロロピロール顔料、ベンツイミダゾロン顔料、スレン顔料等の多環式顔料類等が挙げられる。
【0014】
色相は特に限定されず、ブラック、グレー等の無彩色顔料;イエロー、マゼンタ、シアン、ブルー、レッド、オレンジ、グリーン等の有彩色の有機顔料をいずれも用いることができる。
好ましい有機顔料の具体例としては、C.I.ピグメント・イエロー、C.I.ピグメント・レッド、C.I.ピグメント・オレンジ、C.I.ピグメント・バイオレット、C.I.ピグメント・ブルー、及びC.I.ピグメント・グリーンから選ばれる1種以上の各品番製品が挙げられる。
体質顔料としては、例えば、シリカ、炭酸カルシウム、タルク等が挙げられる。
上記の顔料は単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0015】
顔料は、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)と多官能エポキシ化合物とによる架橋構造を有するポリマー(A)(以下、単に「ポリマー(A)」ともいう)により水系媒体中に分散されている。
顔料の分散形態としては、保存安定性及び画像濃度を向上させる観点から、顔料を含有する水不溶性ポリマー(A)粒子の形態、すなわちポリマー(A)が顔料を包含する形態、ポリマー(A)と顔料からなる粒子の表面に顔料の一部が露出している形態、ポリマー(A)が顔料の一部に吸着している形態、ポリマー(A)の粒子に顔料が付着している形態等のいずれか、またこれらの混合物であることが好ましい。
【0016】
<ポリマー(A)>
ポリマー(A)は、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)(以下、単に「ポリマー(a)」ともいう)と、多官能エポキシ化合物とを反応させてなる架橋構造を有する。すなわちポリマー(A)は、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)由来の構成単位と多官能エポキシ化合物由来の構成単位からなる。
また、ポリマー(A)は、ポリマー(a)由来のカルボキシ基を有し、そのカルボキシ基の少なくとも一部はアルカリ金属化合物(中和剤)で中和されている。
本発明においては、カルボキシ基の中和剤としてアルカリ金属化合物を使用することで、中和後に発現するポリマー(A)粒子の電荷反発力を高めることができ、水系顔料分散体や水系インクを高温下で長期間保存する場合においても、増粘や凝集の発生を抑制し、保存安定性を向上できると考えられる。
また、本発明の水系顔料分散体においては、前記顔料比率xを特定の範囲に調整しているため、分散剤であるポリマー(A)の殆どは、顔料表面に吸着して存在していると考えられる。
【0017】
ポリマー(a)は水不溶性であるが、「水不溶性」とは、後述する〔条件2〕で設定される「顔料に対するアルカリ金属化合物の量p」を満たす条件でポリマーを中和したときに、水に溶解しないことを意味する。
具体的には、中和したポリマーを水と混合した場合に、(i)不溶分が目視で確認できる場合、(ii)不溶分が微小で目視で確認できない場合でもレーザー光や通常光による観察でチンダル現象が認められる場合、又は(iii)実施例に記載のレーザー粒子解析システムによる測定で平均粒径が観測される場合は「水不溶性」と判断される。
【0018】
〔条件1〕:ポリマー(a)の酸価
ポリマー(a)の酸価はカルボキシ基に由来するが、その酸価は180mgKOH/g以上320mgKOH/g以下である。
ポリマー(a)の酸価は、本発明の水系顔料分散体の保存安定性を高める観点から、好ましくは200mgKOH/g以上、より好ましくは220mgKOH/g以上、更に好ましくは230mgKOH/g以上であり、そして、好ましくは310mgKOH/g以下、より好ましくは300mgKOH/g以下、更に好ましくは290mgKOH/g以下である。酸価が前記の範囲であれば、カルボキシ基の量は十分である。また、ポリマー(a)がポリマー(A)となった際の水系媒体との親和性や、顔料との相互作用とのバランスの点からも好ましい。
ポリマー(a)の酸価は、実施例に記載の方法により測定することができる。また、構成するモノマーの質量比から算出することもできる。
【0019】
〔カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)〕
ポリマー(a)としては、(a-1)カルボキシ基含有ビニルモノマー(以下、「(a-1)成分」ともいう)と、(a-2)疎水性ビニルモノマー(以下、「(a-2)成分」ともいう)とを含むビニルモノマー混合物(以下、「モノマー混合物」ともいう)を共重合させてなるビニル系ポリマーが好ましい。このビニル系ポリマーは、(a-1)成分由来の構成単位と(a-2)成分由来の構成単位を有する。このビニル系ポリマーは、更に(a-3)ノニオン性モノマー(以下、「(a-3)成分」ともいう)由来の構成単位、更にはマクロモノマー由来の構成単位を含有していてもよい。
【0020】
〔(a-1)カルボキシ基含有ビニルモノマー〕
(a-1)カルボキシ基含有ビニルモノマーは、本発明の水系顔料分散体及びそれを含有する水系インクにおいて、顔料の分散安定性を発現させる源として、ポリマー(A)を構成するポリマー(a)のモノマー成分として用いられる。
(a-1)成分としては、カルボン酸ビニルモノマーが挙げられる。
カルボン酸ビニルモノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、2-メタクリロイルオキシメチルコハク酸等から選ばれる1種以上が挙げられるが、アクリル酸及びメタクリル酸から選ばれる1種以上が好ましい。
【0021】
〔(a-2)疎水性ビニルモノマー〕
(a-2)疎水性ビニルモノマーは、顔料の分散安定性を向上させ、水系顔料分散体の保存安定性及び水系インクの画像濃度を向上させる観点から、ポリマー(a)のモノマー成分として用いられることが好ましい。
ここで「疎水性」とは、モノマーを25℃のイオン交換水100gへ飽和するまで溶解させたときに、その溶解量が10g未満であることをいう。疎水性モノマー(a-2)の前記溶解量は、ポリマーの顔料への吸着性の観点から、好ましくは5g以下、より好ましくは1g以下である。
(a-2)成分としては、炭素数1以上22以下のアルキル基又は炭素数6以上22以下のアリール基を有するアルキル(メタ)アクリレート又は芳香族基含有モノマーが好ましく挙げられる。
【0022】
アルキル(メタ)アクリレートとしては、好ましくは炭素数1以上18以下、より好ましくは炭素数1以上10以下のアルキル基を有するものが好ましい。例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、アミル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、ターシャリーブチル(メタ)アクリレート、イソアミル(メタ)アクリレート、イソオクチル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、イソドデシル(メタ)アクリレート、イソステアリル(メタ)アクリレート等が挙げられる。
なお、「(メタ)アクリレート」とは、アクリレート及びメタクリレートから選ばれる1種以上を意味する。以下における「(メタ)」も同義である。
【0023】
芳香族基含有モノマーとしては、ヘテロ原子を含む置換基を有していてもよい、炭素数6以上22以下の芳香族基を有するビニルモノマーが好ましく、スチレン系モノマー、芳香族基含有(メタ)アクリレートがより好ましい。芳香族基含有モノマーの分子量は、500未満が好ましい。
スチレン系モノマーとしては、スチレン、α-メチルスチレン、ビニルトルエン、ビニルピリジン、及びジビニルベンゼン等から選ばれる1種以上が好ましく、スチレン及びα-メチルスチレンから選ばれる1種以上がより好ましい。
また、芳香族基含有(メタ)アクリレートとしては、フェニル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、及びフェノキシエチル(メタ)アクリレート等から選ばれる1種以上が好ましく、ベンジル(メタ)アクリレートがより好ましい。
(a-2)成分は、前記のモノマーを2種以上使用してもよく、その場合は、スチレン系モノマーを2種以上とすることが好ましく、スチレンとα-メチルスチレンを併用することがより好ましい。
【0024】
〔(a-3)ノニオン性モノマー〕
(a-3)ノニオン性モノマーは、顔料の分散安定性を調整する観点から、ポリマー(a)のモノマー成分として用いることができる。
(a-3)ノニオン性モノマーとしては、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート;ポリプロピレングリコール(n=2~30、nはオキシプロピレン基の平均付加モル数を示す。以下のnは当該オキシアルキレン基の平均付加モル数を示す。)(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(n=2~30)(メタ)アクリレート等のポリアルキレングリコール(メタ)アクリレート;メトキシポリエチレングリコール(n=1~30)(メタ)アクリレート;フェノキシ(エチレングリコール・プロピレングリコール共重合)(n=1~30、その中のエチレングリコール:n=1~29)(メタ)アクリレート等が挙げられる。これらの中では、ポリプロピレングリコール(n=2~30)(メタ)アクリレート、フェノキシ(エチレングリコール・プロピレングリコール共重合)(メタ)アクリレートが好ましく、ポリプロピレングリコール(n=2~30)(メタ)アクリレートがより好ましい。
(a-3)成分の市販品例としては、新中村化学工業株式会社のNKエステルMシリーズ、日油株式会社のブレンマーPE、PME、PP、APシリーズや、50PEP-300、50POEP-800B、43PAPE-600B等が挙げられる。
【0025】
以上の観点から、ポリマー(a)は、(a-1)成分がアクリル酸及びメタクリル酸から選ばれる1種以上であり、(a-2)成分がスチレン及びα-メチルスチレンから選ばれる1種以上であることが好ましく、スチレン-α-メチルスチレン-アクリル酸共重合体であることがより好ましい。
【0026】
ポリマー(a)製造時における、モノマー混合物中における各成分の含有量(未中和量としての含有量。以下同じ)又はポリマー(a)中における各成分に由来する構成単位の含有量は、顔料の分散安定性を向上させ、水系顔料分散体の保存安定性及び得られる水系インクの画像濃度を向上させる観点から、次のとおりである。
(a-1)成分の含有量は、好ましくは15質量%以上、より好ましくは20質量%以上、更に好ましくは25質量%以上であり、そして、好ましくは70質量%以下、より好ましくは60質量%以下、更に好ましくは50質量%以下である。
(a-2)成分の含有量は、好ましくは30質量%以上、より好ましくは40質量%以上、更に好ましくは50質量%以上であり、そして、好ましくは85質量%以下、より好ましくは80質量%以下、更に好ましくは75質量%以下である。
【0027】
(a-3)成分を含有する場合、(a-3)成分の含有量は、好ましくは30質量%以下、より好ましくは20質量%以下、更に好ましくは10質量%以下、より更に好ましくは5質量%以下である。
[(a-1)成分/(a-2)成分]の質量比は、好ましくは0.2以上、より好ましくは0.3以上、更に好ましくは0.35以上、より更に好ましくは0.38以上であり、そして、好ましくは2以下、より好ましくは1.5以下、更に好ましくは1以下、より更に好ましくは0.8以下である。
【0028】
〔ポリマー(a)の製造〕
ポリマー(a)は、原料のモノマー混合物を塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法等の公知の重合法により共重合させることによって製造される。これらの重合法の中では、溶液重合法が好ましい。
また、ポリマー(a)として市販品を使用することもできる。市販品の具体例としては、BASF社製のジョンクリル等が挙げられる。
【0029】
ポリマー(a)の重量平均分子量は、好ましくは4,000以上、より好ましくは6,000以上、更に好ましくは8,000以上であり、そして、好ましくは80,000以下、より好ましくは50,000以下、更に好ましくは30,000以下、より更に好ましくは20,000以下である。顔料への吸着を高めて保存安定性を発現させる観点から、ポリマー(a)の重量平均分子量は前記の範囲であることが好ましい。
なお、前記重量平均分子量は、実施例に記載の方法により測定される。
【0030】
〔中和〕
ポリマー(a)のカルボキシ基の少なくとも一部は、水系顔料分散体の保存安定性及び得られる水系インクの画像濃度を向上させる観点から、アルカリ金属化合物によって中和されていることが好ましい。
アルカリ金属化合物は、本発明の水系顔料分散体の調製時に、水や、水を含む媒体中でアルカリ金属イオンを生じる化合物の形態で用いられる。
アルカリ金属イオンを生じる化合物としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化セシウム等のアルカリ金属水酸化物、炭酸二ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸二カリウム等の炭酸のアルカリ金属塩、ホウ酸ナトリウム等のホウ酸のアルカリ金属塩等から選ばれる1種以上が挙げられる。アルカリ金属化合物は、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
これらの中では、アルカリ金属水酸化物が好ましく、金属としては、ナトリウム、カリウムが好ましく、ナトリウムがより好ましい。すなわち、アルカリ金属化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましく、水酸化ナトリウムがより好ましい。
【0031】
本発明においては、水溶性アミン化合物、アンモニアを用いないことが好ましいが、本発明の効果を損なわない範囲で、水溶性アミン化合物、アンモニアを用いることができる。水溶性アミン化合物、アンモニアを用いた場合においても、ポリマーの中和度を算出する際は、アルカリ金属化合物の量のみを使用し、水溶性アミン化合物、アンモニアの使用量は算入しない。
なお、本発明の水系顔料分散体を含有する水系インクには、水溶性アミン化合物が配合されていてもよい。
【0032】
ポリマー(a)の中和度は、多官能エポキシ化合物と反応させる前の分散安定性を確保する観点から、好ましくは20モル%以上、より好ましくは30モル%以上、更に好ましくは40モル%以上、より更に好ましくは50モル%以上であり、そして、好ましくは150モル%以下、より好ましくは140モル%以下、更に好ましくは130モル%以下である。
ここでポリマー(a)の中和度(モル%)は、下記式により算出される。
ポリマー(a)の中和度(モル%)=〔水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル数/水系顔料分散体中のポリマー(a)のカルボキシ基のモル数〕×100
本発明においては、ポリマー(a)のカルボキシ基のモル数よりもアルカリ金属化合物を過剰に用いた場合は、中和度が100モル%を超える値となることもあり得る。
【0033】
〔多官能エポキシ化合物〕
本発明に係るポリマー(A)は、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)と、多官能エポキシ化合物(以下、「エポキシ化合物」ともいう)とを反応させてなる架橋構造を有する。この架橋構造により、ポリマーが顔料表面に強固に吸着又は固定化され、水系媒体中での顔料の凝集が抑制され、更にポリマーの膨潤も抑制されるため、保存安定性が向上すると考えられる。
エポキシ化合物(架橋剤)は、水溶性でも水不溶性でもよいが、水を主体とする媒体中でより効率的にポリマー(a)のカルボキシ基と架橋反応させる観点から、水不溶性であることが好ましい。水不溶性エポキシ化合物を用いる場合、その水溶率(質量%)は、好ましくは50質量%以下、より好ましくは40質量%以下、更に好ましくは35質量%以下である。ここで、水溶率(質量%)とは、室温25℃にて水90質量部にエポキシ化合物10質量部を溶解したときの溶解率(質量%)をいう。
【0034】
エポキシ化合物としては、好ましくは分子中にエポキシ基を2以上有する化合物、より好ましくはグリシジルエーテル基を2以上有する化合物、更に好ましくは炭素数3以上8以下の炭化水素基を有する多価アルコールのポリグリシジルエーテル化合物である。
エポキシ化合物の分子量は、架橋反応の効率性、得られる水系顔料分散体の保存安定性及び水系インクの再分散性を向上させる観点から、好ましくは120以上、より好ましくは150以上、更に好ましくは200以上であり、そして、好ましくは2,000以下、より好ましくは1,000以下、更に好ましくは800以下である。
エポキシ化合物のエポキシ当量は、上記と同様の観点から、好ましくは90以上、より好ましくは100以上、更に好ましくは110以上であり、そして、好ましくは300以下、より好ましくは200以下、更に好ましくは170以下である。
エポキシ化合物のエポキシ基の数は、上記と同様の観点から、1分子あたり2以上であり、そして、1分子あたり好ましくは6以下であり、市場入手性の観点から、より好ましくは4以下、更に好ましくは3以下である。
【0035】
エポキシ化合物の[炭素原子数/酸素原子数]比(以下、「[C/O]比」ともいう)は、上記と同様の観点から、好ましくは2.0以上、より好ましくは2.2以上、更に好ましくは2.4以上、より更に好ましくは2.6以上であり、そして、好ましくは4.0以下、より好ましくは3.9以下、更に好ましくは3.8以下、より更に好ましくは3.7以下である。
エポキシ化合物中の[C/O]比は、JIS M 8813:2006「石炭類及びコークス類―元素分析方法」により算出することができる。また、エポキシ化合物の構造や組成が既知である場合は、それらの情報から炭素原子数、酸素原子数を求めて計算することもできる。
【0036】
エポキシ化合物の具体例としては、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、1,6-ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、水添ビスフェノールA型ジグリシジルエーテル等のポリグリシジルエーテル等から選ばれる1種以上が挙げられる。
これらの中では、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX-216L、エポキシ当量:150、[C/O]比:3.5、水溶率:0質量%)、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX-850L、エポキシ当量:145、[C/O]比:2.0、水溶率:100質量%)、1,6-ヘキサンジオールジグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX-212L、エポキシ当量:150、[C/O]比:3.0、水溶率:0質量%)、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX-211、エポキシ当量:138、[C/O]比:2.8、水溶率:0質量%)、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX-321、エポキシ当量:140、[C/O]比:2.4~2.5、水溶率:27質量%)、及びペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX-411、エポキシ当量:229、[C/O]比:2.1、水溶率:0質量%)から選ばれる1種以上が好ましく、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテルがより好ましい。
【0037】
〔ポリマー(A)の架橋構造〕
本発明に用いられるポリマー(A)は、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)と多官能エポキシ化合物とによる架橋構造を有している。この架橋構造は、ポリマー(A)を構成するポリマー(a)とエポキシ化合物とが、エポキシ化合物のエポキシ基の開環反応によりエステル基を形成して両者が結合し、このときポリマー(a)が分子中に複数のカルボキシ基を有し、またエポキシ化合物も分子中に2以上のエポキシ基を有することから、二次元構造であるポリマー(a)がエポキシ化合物との架橋によって三次元構造となったものと考えられる。
【0038】
ポリマー(A)の架橋度は、水系顔料分散体の保存安定性及び水系インクの再分散性を向上させる観点から、好ましくは20モル%以上、より好ましくは25モル%以上、更に好ましくは30モル%以上、より更に好ましくは35モル%以上であり、そして、好ましくは90モル%以下、より好ましくは85モル%以下、更に好ましくは80モル%以下、より更に好ましくは75モル%以下である。
ここで、架橋度(モル%)は、「(水系顔料分散体中のエポキシ化合物のエポキシ基のモル数/水系顔料分散体中のポリマー(a)のカルボキシ基のモル数)×100」で算出される。
【0039】
〔中和〕
ポリマー(A)のカルボキシ基の少なくとも一部は、水系顔料分散体の保存安定性及び水系インクの画像濃度を向上させる観点から、アルカリ金属化合物によって中和されている。すなわち、カルボキシ基の少なくとも一部は、カルボキシレートアニオンとアルカリ金属カチオンがイオン結合した状態になっている。
ここで、アルカリ金属化合物は、前記のポリマー(a)のカルボキシ基の〔中和〕の段落で説明したとおりであり、アルカリ金属水酸化物が好ましく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムがより好ましく、水酸化ナトリウムが更に好ましい。
【0040】
ポリマー(A)の中和度は、得られる水系顔料分散体及び水系インクの保存安定性を向上させる観点から、好ましくは70モル%以上、より好ましくは80モル%以上、更に好ましくは90モル%以上であり、そして、好ましくは500モル%以下、より好ましく300モル%以下、更に好ましくは200モル%以下である。
ここでポリマー(A)の中和度(モル%)は、下記式により算出される。
ポリマー(A)の中和度(モル%)=〔水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル数/水系顔料分散体中のポリマー(A)のカルボキシ基のモル数〕×100
ここで、ポリマー(A)のカルボキシ基のモル数は、ポリマー(A)を調製するときに用いるカルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a)のカルボキシ基のモル数から、ポリマー(A)を調製するときに用いる多官能エポキシ化合物のモル数を差し引いた差である。
本発明では、ポリマー(A)の中和度はポリマー(A)のカルボキシ基のモル数とアルカリ金属化合物のモル数から計算するため、ポリマー(A)のカルボキシ基のモル数よりもアルカリ金属化合物を過剰に用いた場合は100モル%を超える値となることもあり得る。
【0041】
ポリマー(A)の架橋構造は、ポリマー(a)と顔料とを所定の粒子径になるまで水系媒体中に微分散させた中間体を得た後、更にポリマー(a)の一部又は全部のカルボキシ基と多官能エポキシ化合物とを反応させて化学結合を形成させることによって形成され、これによって、顔料を含有する水不溶性ポリマー(A)粒子の形態が形成される。
【0042】
〔条件2〕:顔料に対するアルカリ金属化合物の量p
本発明の水系顔料分散体は、水系顔料分散体の保存安定性及び水系インクの画像濃度を向上させる観点から、下記〔条件2〕を満たす。
〔条件2〕:下記式(1)で表される、水系顔料分散体中の顔料に対するアルカリ金属化合物の量pが、顔料が有機顔料である場合0.07以上0.19以下であり、カーボンブラックである場合0.15以上0.45以下である。
アルカリ金属化合物の量p(mmol/g)=[水系顔料分散体中のアルカリ金属化合物のモル量(mmol)/水系顔料分散体中の顔料の質量(g)] (1)
本発明において〔条件2〕を満たすことによって、ポリマー(A)のカルボキシ基を中和することで得られる電荷による反発力を、水系インク中の揮発性成分が一旦蒸発して顔料粒子の凝集が起こったとしても、該水系インクが液体成分に再度接触した際には再分散して分散状態を再び獲得できる程度に高めることができる。またこのとき、普通紙に存在するカルシウム塩との相互作用を最大にし、画像濃度を高めることができる。
顔料が有機顔料である場合は、顔料に対するアルカリ金属化合物量の量pは、好ましくは0.1以上、より好ましくは0.11以上、更に好ましくは0.12以上、より更に好ましくは0.13以上であり、そして、好ましくは0.18以下、より好ましくは0.17以下、更に好ましくは0.16以下、より更に好ましくは0.15以下である。
また、顔料がカーボンブラックである場合は、前記pは、好ましくは0.18以上、より好ましくは0.2以上、更に好ましくは0.22以上、より更に好ましくは0.25以上であり、そして、好ましくは0.42以下、より好ましくは0.4以下、更に好ましくは0.35以下、より更に好ましくは0.32以下である。
【0043】
本発明の水系顔料分散体は、水系顔料分散体の保存安定性及び水系インクの再分散性を向上させる観点から、下記〔条件3〕を満たすことが好ましい。
〔条件3〕:下記式(2)で表される、水系顔料分散体中の顔料比率xが、顔料が有機顔料である場合0.85以上0.98以下であり、カーボンブラックである場合0.82以上0.95以下である。
顔料比率x=[水系顔料分散体中の顔料の質量/〔水系顔料分散体中の顔料の質量+水系顔料分散体中のポリマー(A)の質量〕] (2)
顔料が有機顔料である場合は、顔料比率xは、好ましくは0.88以上、より好ましくは0.90以上、更に好ましくは0.91以上であり、そして、好ましくは0.97以下、より好ましくは0.96以下、更に好ましくは0.95以下である。
顔料がカーボンブラックである場合は、顔料比率xは、好ましくは0.83以上、より好ましくは0.84以上、更に好ましくは0.85以上であり、そして、好ましくは0.94以下、より好ましくは0.92以下、更に好ましくは0.91以下である。
【0044】
[水系顔料分散体の製造方法]
本発明の水系顔料分散体は、下記工程1~3を含む方法により効率的に製造することができる。
工程1:水不溶性ポリマー(a)のカルボキシ基の少なくとも一部をアルカリ金属化合物で中和して、該水不溶性ポリマー(a)の水分散液を得る工程
工程2:工程1で得られた水不溶性ポリマー(a)の水分散液と顔料とを分散処理して、顔料が水不溶性ポリマー(a)に含有された顔料を含有するポリマー粒子(以下、「顔料含有ポリマー粒子」ともいう)の顔料水分散体(i)を得る工程
工程3:工程2で得られた顔料水分散体(i)に多官能エポキシ化合物を添加し、架橋処理して、顔料を含有する架橋構造を有するポリマー(A)粒子(以下、「顔料含有架橋ポリマー(A)粒子」ともいう)の水系顔料分散体を得る工程
【0045】
(工程1)
工程1では、ポリマー(a)のカルボキシ基の少なくとも一部をアルカリ金属化合物で中和して、ポリマー(a)の水分散液(以下、「ポリマー水分散液(D)」ともいう)を得る。
工程1における中和は、pHが7以上11以下になるように行うことが好ましい。中和に用いるアルカリ金属化合物及びポリマー(a)の中和度は、前記のとおりである。
アルカリ金属化合物は、十分かつ均一に中和を促進させる観点から、水溶液として用いることが好ましい。その水溶液の濃度は、好ましくは5質量%以上、より好ましくは10質量%以上、更に好ましくは15質量%以上であり、そして、好ましくは50質量%以下、より好ましくは25質量%以下である。
【0046】
(工程2)
工程2では、工程1で得られた水不溶性ポリマー(a)の水分散液と顔料とを分散処理して、顔料含有ポリマー粒子の顔料水分散体(i)を得る。
工程2における分散処理は、剪断応力による本分散だけで顔料粒子を所望の粒径となるまで微粒化することもできるが、均一な顔料水分散体を得る観点から、顔料混合物を予備分散した後、更に本分散することが好ましい。
予備分散に用いる分散機としては、アンカー翼、ディスパー翼等の一般に用いられている混合撹拌装置を用いることができる。
【0047】
本分散に用いる分散機としては、ロールミル、ニーダー等の混練機、マイクロフルイダイザー等の高圧ホモジナイザー、ペイントシェーカー、ビーズミル等のメディア式分散機が挙げられる。これらの中でも、顔料を小粒子径化する観点から、高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。
高圧ホモジナイザーを用いて分散処理を行う場合、処理圧力やパス回数の制御により、顔料水分散体(i)中の顔料粒子の平均粒径を調整することができる。
処理圧力は、生産性及び経済性の観点から、好ましくは60MPa以上300MPa以下であり、パス回数は、好ましくは3以上30以下である。
【0048】
顔料混合物に有機溶媒が含まれている場合は、公知の方法で有機溶媒を除去することで、顔料水分散体(i)を得ることができる。得られた顔料水分散体(i)中の有機溶媒は実質的に除去されていることが好ましいが、本発明の目的を損なわない限り、例えば0.1質量%程度以下残存していてもよい。
得られた顔料水分散体(i)の不揮発成分濃度(固形分濃度)は、分散安定性を向上させる観点及び水系インクの調製を容易にする観点から、好ましくは10質量%以上、より好ましくは15質量%以上であり、そして、好ましくは30質量%以下、より好ましくは25質量%以下である。
顔料水分散体(i)の固形分濃度は、実施例に記載の方法により測定される。
【0049】
顔料水分散体(i)のキュムラント平均粒径は、粗大粒子を低減し、保存安定性及び画像濃度を向上させる観点から、好ましくは50nm以上、より好ましくは60nm以上、更に好ましくは70nm以上であり、また、好ましくは200nm以下、より好ましくは160nm以下、更に好ましくは150nm以下である。
なお、顔料水分散体(i)のキュムラント平均粒径は、実施例に記載の方法により測定される。
工程2で得られる顔料水分散体(i)中の顔料比率x’は、前述の水系顔料分散体の顔料比率xの好ましい範囲と同様である。
【0050】
(工程3)
工程3では、工程2で得られた顔料水分散体(i)に多官能エポキシ化合物を添加し、顔料を分散させているポリマー(a)を架橋処理して、顔料含有架橋ポリマー(A)粒子の水系顔料分散体を得る。
好ましいエポキシ化合物及び架橋度は前述のとおりである。
架橋処理の温度は、架橋反応の完結と経済性の観点から、好ましくは50℃以上、より好ましは70℃以上であり、そして、好ましくは95℃以下、より好ましくは92℃以下である。また、架橋処理の時間は、上記と同様の観点から、好ましくは0.5時間以上、より好ましくは1時間以上であり、そして、好ましくは10時間以下、より好ましくは6時間以下である。
水系顔料分散体の不揮発成分濃度(固形分濃度)は、分散安定性を向上させる観点及びインクの製造を容易にする観点から、好ましくは10質量%以上、より好ましくは15質量%以上であり、そして、好ましくは40質量%以下、より好ましくは35質量%以下である。水系顔料分散体の固形分濃度は、実施例に記載の方法により測定される。
【0051】
(水系顔料分散体)
水系顔料分散体中の顔料の含有量は、保存安定性及び水系インクの画像濃度を向上させる観点から、好ましくは4質量%以上、より好ましくは8質量%以上、更に好ましくは10質量%以上であり、そして、好ましくは25質量%以下、より好ましくは22質量%以下、更に好ましく20質量%以下である。
また、水系顔料分散体中のポリマー(A)の含有量は、保存安定性を向上させる観点から、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、更に好ましくは0.4質量%以上であり、そして、好ましくは6質量%以下、より好ましくは3質量%以下、更に好ましくは2質量%以下である。
【0052】
[水系インク]
本発明の水系インクは、本発明の水系顔料分散体、及び水溶性有機溶剤を含有する。
水溶性有機溶剤における「水溶性」とは、水と任意の割合で混合できる性質を意味する。
水溶性有機溶剤としては、多価アルコール、多価アルコールアルキルエーテル、含窒素複素環化合物、アミド、アミン、含硫黄化合物等が挙げられる。これらの中でも、水系インクの画像濃度を向上させる観点から、多価アルコール及び多価アルコールアルキルエーテルから選ばれる1種以上が好ましい。
多価アルコールとしては、グリセリン、トリエチレングリコール、トリプロピレングリコール等の沸点が250℃以上の多価アルコールがより好ましく、グリセリンとトリエチレングリコールとの併用が更に好ましい。
【0053】
本発明の水系インクは、更に必要に応じて、インクに通常用いられる定着助剤、保湿剤、湿潤剤、浸透剤、界面活性剤、粘度調整剤、消泡剤、防腐剤、防黴剤、防錆剤等の各種添加剤を含有することができる。
定着助剤としては、顔料を含有しない水不溶性ポリマー粒子を含有するエマルションが挙げられ、水不溶性ポリマー粒子としては、ポリウレタン及びポリエステル等の縮合系樹脂;(メタ)アクリル系樹脂、スチレン系樹脂、スチレン-(メタ)アクリル系樹脂、ブタジエン系樹脂、スチレン-ブタジエン系樹脂、塩化ビニル系樹脂、酢酸ビニル系樹脂及びアクリルシリコーン系樹脂等のビニル系樹脂の粒子が挙げられる。
【0054】
(顔料の含有量)
水系インク中の顔料の含有量は、画像濃度を向上させる観点から、好ましくは1質量%以上、より好ましくは2質量%以上、更に好ましくは2.5質量%以上である。また、溶媒揮発時のインク粘度を低くし、高温下における保存安定性を向上させる観点から、好ましくは15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、更に好ましく8質量%以下である。
(ポリマー(A)の含有量)
水系インク中のポリマー(A)の含有量は、保存安定性、再分散性を向上させる観点から、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、更に好ましくは0.3質量%以上であり、そして、好ましくは5質量%以下、より好ましくは3質量%以下、更に好ましくは2質量%以下、より更に好ましくは1質量%以下である。
(水溶性有機溶剤の含有量)
水系インク中の水溶性有機溶剤の含有量は、保存安定性及び画像濃度を向上させる観点、定着性及び光沢度を向上させる観点、及び保湿性の観点から、好ましくは10質量%以上、より好ましくは15質量%以上、更に好ましくは20質量%以上であり、そして、好ましくは45質量%以下、より好ましくは40質量%以下、更に好ましく35質量%以下である。
水系インク中の水の含有量は、定着性、保存安定性及び再分散性の観点から、好ましくは30質量%以上、より好ましくは40質量%以上、更に好ましくは50質量%以上であり、そして、好ましくは90質量%以下、より好ましくは80質量%以下、更に好ましくは70質量%以下である。
【0055】
(水系インク物性)
水系インクの32℃の粘度は、保存安定性、画像濃度を向上させる観点から、好ましくは2mPa・s以上、より好ましくは3mPa・s以上、更に好ましくは5mPa・s以上であり、そして、好ましくは12mPa・s以下、より好ましくは9mPa・s以下、更に好ましくは7mPa・s以下である。水系インクの粘度は、E型粘度計を用いて測定できる。
水系インクのpHは、保存安定性、画像濃度を向上させる観点から、好ましくは7.0以上、より好ましくは7.2以上、更に好ましくは7.5以上である。また、部材耐性、皮膚刺激性の観点から、pHは、好ましくは11以下、より好ましくは10以下、更に好ましくは9.5以下である。水系インクのpHは、常法により測定できる。
【実施例】
【0056】
以下の調製例、製造例、実施例及び比較例において、「部」及び「%」は特記しない限り「質量部」及び「質量%」である。
なお、各種の物性の測定は、以下の方法で行った。
【0057】
(1)水不溶性ポリマー(a)の重量平均分子量の測定
N,N-ジメチルホルムアミドに、リン酸及びリチウムブロマイドをそれぞれ60mmol/Lと50mmol/Lの濃度となるように溶解した液を溶離液として、ゲル浸透クロマトグラフィー法〔東ソー株式会社製、GPC装置(HLC-8320GPC)、東ソー株式会社製カラム(TSKgel SuperAWM-H、TSKgel SuperAW3000、TSKgel guardcolum Super AW-H)、流速:0.5mL/min〕により、標準物質として分子量既知の単分散ポリスチレンキット〔PStQuick B(F-550、F-80、F-10、F-1、A-1000)、PStQuick C(F-288、F-40、F-4、A-5000、A-500)、東ソー株式会社製〕を用いて測定した。
測定サンプルは、ガラスバイアル中にポリマー0.1gを前記溶離液10mLと混合し、25℃で10時間、マグネチックスターラーで撹拌し、シリンジフィルター(DISMIC-13HP PTFE 0.2μm、アドバンテック株式会社製)で濾過したものを用いた。
【0058】
(2)水不溶性ポリマー(a)の酸価の測定
JIS K0070において、測定溶媒を、エタノールとエーテルとの混合溶媒から、エタノールとトルエンとの混合溶媒〔エタノール:トルエン=1:1(容量比)〕に変更したこと以外は、JIS K0070に従って測定した。
【0059】
(3)顔料分散体のキュムラント平均粒径の測定
レーザー粒子解析システム(大塚電子株式会社製、ELS-8000)を用いてキュムラント解析を行い、キュムラント平均粒径を測定した。測定条件は、温度25℃、入射光と検出器との角度90°、積算回数100回であり、分散溶媒の屈折率として水の屈折率(1.333)を入力した。測定サンプルの濃度は、5×10-3%(固形分濃度換算)で行った。
【0060】
(4)顔料分散体の固形分濃度の測定
赤外線水分計(株式会社ケツト科学研究所製、FD-230)を用いて、測定試料5gを乾燥温度150℃、測定モード96(監視時間2.5分、水分量の変動幅0.05%)の条件にて乾燥させ、顔料分散体の水分量(質量%)を測定した。固形分濃度(質量%)は次式により算出した。
固形分濃度(質量%)=100-水分量(質量%)
【0061】
調製例1(水不溶性ポリマー(a1)の調製)
アクリル酸(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬)30.8部、スチレン(富士フイルム和光純薬株式会社製 試薬)59.2部、α-メチルスチレン(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬)10.0部を混合し、原料モノマー混合物を調製した。
反応容器内に、メチルエチルケトン(MEK)10部、2-メルカプトプロピオン酸(重合連鎖移動剤)0.3部、及び前記原料モノマー混合物の10%を入れて混合し、窒素ガス置換を十分に行った。
一方、滴下ロートに、前記原料モノマー混合物の残りと、前記重合連鎖移動剤0.27部、MEK40部、及びアゾ系ラジカル重合開始剤(富士フイルム和光純薬株式会社製、V-501;4,4’-アゾビス(4-シアノ吉草酸))1.1部の混合液を入れ、窒素雰囲気下、反応容器内の前記モノマー混合液を撹拌しながら65℃まで昇温し、滴下ロート中の混合液を3時間かけて滴下した。滴下終了から65℃で2時間経過後、前記重合開始剤0.15部をMEK2.5部に溶解した溶液を加え、更に65℃で2時間、70℃で2時間熟成させ、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a1)(重量平均分子量:11,800、酸価240mgKOH/g)の溶液を得た。
【0062】
調製例2~5
調製例1において、表1に示すように原料モノマーの組成を変更した以外は、調製例1と同様にして、カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a2)~(a5)の溶液を得た。結果を表1に示す。
【0063】
【0064】
製造例1-1(工程1:ポリマー水分散液(D1)の製造)
調製例1で得られたポリマー溶液を減圧乾燥させて得られたカルボキシ基を有する水不溶性ポリマー(a1)80部にイオン交換水271部、アルカリ金属化合物(中和剤)として5N水酸化ナトリウム水溶液(水酸化ナトリウム固形分16.9%)48.6部を加え、水不溶性ポリマー(a1)のカルボキシ基のモル数に対する水酸化ナトリウムのモル数の割合が60モル%(中和度60モル%)になるように中和した。得られた水溶液を150rpmで撹拌しながら90℃で5時間加熱して、ポリマー水分散液(D1)(ポリマー(a1)濃度20%)を得た。
【0065】
製造例1-2~1-7
製造例1-1において、表2に示すように水不溶性ポリマー(a)の種類、水酸化ナトリウム水溶液の量、又はイオン交換水の量を変更した以外は、製造例1-1と同様にして、ポリマー水分散液(D2)~(D7)を得た。結果を表2に示す。
【0066】
【0067】
製造例2-1(工程2:顔料水分散体(i-1)の製造)
製造例1-1で得られたポリマー水分散液(D1)26.3部に、イオン交換水400部、マゼンタ顔料(PV19:大日精化工業株式会社製、Pigment Violet 19)100部を加え、ディスパー(淺田鉄工株式会社製、ウルトラディスパー)を用いて、20℃でディスパー翼を7,000rpmで回転させる条件で60分間撹拌した。得られた混合物をマイクロフルイダイザー(Microfluidics社製、商品名)で200MPaの圧力で10パス分散処理し、分散処理物を得た。
得られた分散処理物を孔径5μmのフィルター(Sartorius Stedim Biotech社製、ミニザルトシリンジフィルター、フィルター径:26mm、材質:セルロースアセテート)を取り付けた容量25mLの針なしシリンジ(テルモ株式会社製)で濾過し、粗大粒子を除去した後、イオン交換水を固形分濃度が20%になるよう添加し、顔料水分散体(i-1)を得た。
得られた顔料水分散体(i-1)における、下記式で表される顔料比率x’は、0.95であった。
顔料比率x’=[顔料水分散体中の顔料の質量/〔顔料水分散体中の顔料の質量+顔料水分散体中のポリマーの質量〕]
また、顔料水分散体(i-1)調製後、1時間後にキュムラント平均粒径を測定したところ121nmであった
【0068】
製造例2-2~2-8、及び比較製造例2-1~2-10
製造例2-1において、表3に示すようにポリマー水分散液の種類、顔料の種類、又はイオン交換水の量を変更した以外は、製造例2-1と同様にして、顔料水分散体(i-2)~(i-8)、(i-C2)~(i-C8)、(i-C10)を得た。結果を表3に示す。
なお、表3の比較製造例2-1、比較製造例2-9において、得られたものは孔径5μmのフィルターでろ過することができず、対応する顔料水分散体(i-C1)、(i-C9)を得ることができなかった
表3中に記載の顔料の詳細は以下のとおりである。
・PV19 :マゼンタ顔料(大日精化工業株式会社製、Pigment Violet 19)
・PB15:3:銅フタロシアニン顔料(DIC株式会社製、Pigment Blue 15:3)
・PY74 :イエロー顔料(山陽色素株式会社製、Pigment Yellow 74)
・M717 :ブラック顔料(キャボット社製、MONARCH 717 Carbon Black)
【0069】
【0070】
実施例1-1(工程3:水系顔料分散体1の製造)
製造例2-1で得られた顔料水分散体(i-1)の100部(固形分20%)をねじ口付きガラス瓶に取り、水不溶性ポリマー(a1)が有する全カルボキシ基の40モル%が架橋されるように(架橋度40モル%)、多官能エポキシ化合物としてシクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル(ナガセケムテックス株式会社製、デナコールEX-216L、エポキシ当量:150、[C/O]比:3.5、水溶率:0%)0.26部を加えて密栓し、スターラーで撹拌しながら90℃の熱水浴に浸漬した。2時間経過後に熱水浴から取り出して室温まで降温させてから、孔径5μmのフィルター(Sartorius Stedim Biotech社製、ミニザルトシリンジフィルター、フィルター径:26mm、材質:セルロースアセテート)を取り付けた容量25mLの針なしシリンジ(テルモ株式会社製)で濾過し、イオン交換水を加えて固形分濃度を20%に調整して、水系顔料分散体1を調製した。水系顔料分散体1を調製後、1時間後にキュムラント平均粒径を測定したところ132nmであった。
また、得られた水系顔料分散体1を5g取り分けて10mL容量のスクリュー管(株式会社マルエム製)に入れて密栓し、70℃に設定した恒温チャンバー(エスペック株式会社製、PU-1KT)内にて24時間静置した後、再度キュムラント平均粒径を測定したところ133nmであった。
70℃、7日間静置後のキュムラント平均粒径は、水系顔料分散体の安定性を表しており、調製後1時間後に測定したキュムラント平均粒径に対して1.05倍以内であれば好適である。キュムラント平均粒径が1.05倍を超えるようになってしまう水系顔料分散体は、経時的に粒径が増大していくことを意味し、製造や流通の過程で品質が悪化することを意味する。
【0071】
実施例1-2~1-11及び比較例1-1~1-9
実施例1-1に示した工程3において、表4及び表5に示すように、顔料水分散体(i)又はエポキシ化合物の種類又は量を変更した以外は、実施例1-1と同様に行い、水系顔料水分散体2~11及びC1~C9を得た。結果を表4及び表5に示す。
なお、表4及び表5中のEX-850Lは、ナガセケムテックス株式会社製の多官能エポキシ化合物、デナコールEX-850L(ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、エポキシ当量:145、[C/O]比:2.0、水溶率:100質量%)であり、EX-321は、ナガセケムテックス株式会社製の多官能エポキシ化合物、デナコールEX-321(トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、エポキシ当量:140、[C/O]比:2.4~2.5、水溶率:27質量%)である。
また、表4及び表5中の顔料比率xは、前記式(2)で表される値である。
【0072】
【0073】
【0074】
表4及び表5から、実施例1-1~1-11で得られた水系顔料分散体は、条件1(水不溶性ポリマー(a)の酸価)を満たさない比較例1-1~1-2、及び顔料の分散に用いるポリマーが架橋構造を有しない比較例1-6で得られた水系顔料分散体に比べて、保存安定性が優れていることが分かる。
【0075】
実施例2-1(水系インク1の製造)
得られた水系顔料分散体1を用いて、水系インク中の顔料の含有量を5.6部、有機溶剤としてグリセリン(花王株式会社製、化粧品用濃グリセリン)の含有量を18部、及びトリエチレングリコール(富士フイルム和光純薬株式会社製、試薬)の含有量を10部、非イオン性界面活性剤(川研ファインケミカル株式会社製、アセチレノールE100、2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールのエチレンオキシド10モル付加物)の含有量を0.5部とし、イオン交換水を加えて全量を100部とした。次いで、マグネチックスターラーで2時間撹拌してよく混合し、孔径1.2μmのフィルター(Sartorius Stedim Biotech社製、ミニザルトシリンジフィルター、フィルター径:26mm、材質:セルロースアセテート)を取り付けた容量25mLの針なしシリンジで濾過して、水系インク1を得た。
【0076】
実施例2-2~2-11及び比較例2-1~2-9
実施例2-1の水系インク1の製造において、水系顔料分散体1に代えて、表6及び表7に示す各水系顔料分散体を用いた以外は、実施例2-1と同様にして、水系インク2~11及びC1~C9を得た。
【0077】
実施例及び比較例で得られた水系インクを用いて、以下の方法により、インクの再分散性、及び普通紙への印刷における画像濃度を評価した。結果を表6及び表7に示す。
【0078】
(インク再分散性)
グリセリン5部、トリエチレングリコール10部、非イオン性界面活性剤(アセチレノールE100)0.5部に、イオン交換水を加えて全量を100部とし、マグネチックスターラーで撹拌してよく混合し、再分散性評価用ビヒクルを調製した。
マイクロピペットを用いてスライドガラス上に水系インクを10μL滴下し、60℃、40%RHの環境で24時間静置して水系インクを蒸発乾固させた。所定の時間が経過した後、スライドガラスを取り出して青色シリカゲルを底部に備えたガラス製デシケータ中に1時間静置し、室温に戻した後に該スライドガラスをデシケータから取り出した。
スライドガラス上の固形物に、再分散性評価用ビヒクルを200μL滴下し、該再分散性評価用ビヒクルの滴下1分後に、前記固形物を目視で観察し、下記の評価基準に従って評価した。
さらに同様の手順で60℃、40%RHの環境における静置時間を48時間とした評価も併せて行った。
(評価基準)
〇:固形物が均一に再分散した。
△:固形物が再分散したが、スライドガラス上に残渣が残存していた。
×:固形物が再分散せず、液体部分は透明のままであった。
静置時間が48時間の条件で評価が〇であれば最適であるが、静置時間が24時間で評価が〇であれば実使用上の支障はない。結果を表6及び表7に示す。
【0079】
(普通紙印刷物の画像濃度)
インクジェットプリンター(セイコーエプソン株式会社製、型番:EW-M-660FT、ピエゾ式)に、水系インク1~12及び比較例の水系インクC1~C8をそれぞれ充填し、室温23℃、相対湿度50%の条件で、普通紙(ゼロックス社製、商品名:XEROX 4200に、印刷条件を、用紙種類:普通紙、印刷品質:標準とし、ベタ画像の印刷を行い、普通紙印刷物を得た。
普通紙印刷物の画像濃度の測定は、分光光度計(X-Rite社製、品番:Spectro Eye)を用い、測定条件を、観測光源D65、観測視野2度、濃度基準を DIN16536とし、各色の色濃度成分の数値を読み取って行った。測定回数は、測定する場所を変え、合計10点の平均値を求めた。数値が大きいほど画像濃度が高い。結果を表5に示す。
画像濃度は高い方が好ましいが、実使用上は、カラーインク(有機顔料)においては0.90以上、黒インク(カーボンブラック)においては1.05以上であれば支障はない。
【0080】
【0081】
【0082】
表6及び表7から、実施例2-1~2-11で得られた水系インクは、比較例2-1~2-9で得られた水系インクに比べて、優れた再分散性と高い画像濃度を両立できることが分かる。
比較例2-1~2-2で得られた水系インクは、条件1(水不溶性ポリマー(a)の酸価)を満たさず、比較例2-6で得られた水系インクは、顔料の分散に用いるポリマーが架橋構造を有しないため、再分散性が劣ることが分かる。
比較例2-3~2-5、2-7~2-9で得られた水系インクは、条件2(顔料に対するアルカリ金属化合物の量)を満たさないため、画像濃度が低いことが分かる
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の水系顔料分散体は保存安定性に優れ、該水系顔料分散体を含有する水系インクは、再分散性が高く、かつ、普通紙へのインクジェット記録においても高い画像濃度を有する記録物を得ることができる。