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特許7603492画像処理方法、プログラムおよび記録媒体、ならびに画像処理装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】画像処理方法、プログラムおよび記録媒体、ならびに画像処理装置
(51)【国際特許分類】
   G06T 7/00 20170101AFI20241213BHJP
   G01N 21/17 20060101ALI20241213BHJP
【FI】
G06T7/00 630
G01N21/17 630
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021044302
(22)【出願日】2021-03-18
(65)【公開番号】P2022143660
(43)【公開日】2022-10-03
【審査請求日】2023-12-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000207551
【氏名又は名称】株式会社SCREENホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】100105935
【弁理士】
【氏名又は名称】振角 正一
(74)【代理人】
【識別番号】100136836
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 一正
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 涼
【審査官】秦野 孝一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-130806(JP,A)
【文献】特開2019-133429(JP,A)
【文献】特開2019-132710(JP,A)
【文献】特開2014-226464(JP,A)
【文献】特開平06-189910(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06T 7/00-7/90
G01N 21/01-21/61
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
胚盤胞期の胚を光干渉断層撮像して、前記胚の三次元像を表す三次元画像データを取得する工程と、
前記三次元画像データに基づき、前記三次元像のうち栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を抽出する工程と、
前記栄養外胚葉の厚さを位置ごとに表す厚さ分布を取得する工程と、
前記厚さ分布の取得結果に基づき、周囲の領域よりも前記胚の胞胚腔に向けて突出した突起部位を検出しその数を計数する工程と、
前記計数の結果と、前記胚の透明帯の内側表面の総面積と、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われた被覆領域の面積とに基づき、前記栄養外胚葉を構成する細胞の数を算出する工程と
を備え
前記細胞の数は、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われていない領域の単位面積当たりに検出された前記突起部位の数と、前記内側表面の総面積との積により求められる、画像処理方法。
【請求項2】
前記三次元像から前記栄養外胚葉および前記内細胞塊に対応する領域を一括して抽出した後に、当該領域を前記栄養外胚葉に対応する領域と前記内細胞塊に対応する領域とに分割する、請求項1に記載の画像処理方法。
【請求項3】
前記一括して抽出された領域の外側表面から、前記栄養外胚葉の平均厚さに相当する厚さの領域を削除し、残った領域のうち体積が最大のものを、前記内細胞塊に対応する領域とする、請求項に記載の画像処理方法。
【請求項4】
前記胚を光学顕微鏡撮像して得られる二次元画像データに基づき、前記三次元像における前記栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域と前記透明帯に対応する領域とを分割する、請求項1ないしのいずれかに記載の画像処理方法。
【請求項5】
前記三次元画像データから、前記胚の各点の位置を極座標空間内の位置として表した極座標データを作成し、
前記極座標データに基づき前記栄養外胚葉の厚さ分布を求める、請求項1ないしのいずれかに記載の画像処理方法。
【請求項6】
前記胚の重心を前記極座標空間の原点とする、請求項に記載の画像処理方法。
【請求項7】
前記極座標空間における動径方向と、当該動径方向において求められた前記栄養外胚葉の厚さとを関連付けた厚さプロファイルに基づき前記突起部位を検出する、請求項またはに記載の画像処理方法。
【請求項8】
胚盤胞期の胚を光干渉断層撮像した、前記胚の三次元像を表す三次元画像データに基づき、前記三次元像のうち栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を抽出する工程と、
前記栄養外胚葉の厚さを位置ごとに表す厚さ分布を取得する工程と、
前記厚さ分布の取得結果に基づき、周囲の領域よりも前記胚の胞胚腔に向けて突出した突起部位を検出しその数を計数する工程と、
前記計数の結果と、前記胚の透明帯の内側表面の総面積と、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われた被覆領域の面積とに基づき、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われていない領域の単位面積当たりに検出された前記突起部位の数と、前記内側表面の総面積との積を求めることにより、前記栄養外胚葉を構成する細胞の数を算出する工程と
を、コンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項9】
請求項に記載のプログラムを非一時的に記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項10】
胚盤胞期の胚を光干渉断層撮像して得られる前記胚の三次元像を表す三次元画像データおよび前記胚を光学顕微鏡撮像して得られる前記胚の二次元像を表す二次元画像データを取得する画像取得部と、
前記三次元画像データおよび前記二次元画像データに基づき、前記三次元像のうち栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を抽出し、前記栄養外胚葉の厚さを位置ごとに表す厚さ分布を取得し、前記厚さ分布の取得結果に基づき、周囲の領域よりも前記胚の胞胚腔に向けて突出した突起部位を検出しその数を計数し、前記計数の結果と、前記胚の透明帯の内側表面の総面積と、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われた被覆領域の面積とに基づき、前記栄養外胚葉を構成する細胞の数を算出する画像処理部と
を備え
前記細胞の数は、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われていない領域の単位面積当たりに検出された前記突起部位の数と、前記内側表面の総面積との積により求められる、画像処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、胚(受精卵)、特に内部に胞胚腔と呼ばれる空洞を有する胚盤胞期の胚を撮像しその構造を解析するための画像処理に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば不妊治療を目的とした生殖補助医療においては、体外で受精させ一定期間培養した胚(受精卵)を体内に戻すことが行われる。しかしながら、その(生殖補助医療における)妊娠成功率は必ずしも高くなく、患者の精神的および経済的な負担も大きい。この問題を解決するために、培養される胚の状態を的確に判断する方法が模索されている。
【0003】
例えば、胚盤胞期まで発生が進んだ胚では、透明帯で覆われた胚の内部に胞胚腔と呼ばれる空洞構造が生じ、その周囲を栄養外胚葉と呼ばれる細胞の層が覆っている。特に発達した胚盤胞においては、栄養外胚葉の一部を覆うように内細胞塊が成長する。栄養外胚葉を構成する細胞の数は胚の状態を評価する指標となるものであり、したがってその数を非侵襲的に計数する技術が求められる。
【0004】
このような要求に応えることが期待される技術として、本願出願人は先に特許文献1、2を開示した。特許文献1には、光干渉断層撮像(光コヒーレンストモグラフィ、Optical Coherence Tomography;OCT)等の非侵襲の断層撮像技術により撮像した胚(受精卵)の三次元像から、栄養外胚葉と内細胞塊とを識別し分割する方法が記載されている。また、特許文献2には、OCT撮像された胚をその重心位置を原点とする極座標により表し、各動径方向における反射光強度を輝度値に置き換えた二次元マップで視覚化することで、観察者による胚の評価作業を支援する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-133429号公報
【文献】特開2019-132710号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した従来技術は、観察対象物の三次元構造を観察者にわかりやすく提示するものであるが、観察や評価作業を支援するのに有効な定量的な情報を自動的に抽出するには至っていない。例えば、上記した栄養外胚葉を形成する細胞の数を計数する方法については開示されていない。特に、内細胞塊で覆われた部分の栄養外胚葉については、個々の細胞の形状が判別できるレベルでこれらを識別するには至っていないため、現時点では計数が事実上不可能である。これらのことから、胚盤胞期の胚を撮像した画像データから、内細胞塊で覆われた部分も含めて栄養外胚葉の細胞数を自動的に求めることのできる技術が望まれる。
【0007】
この発明は上記課題に鑑みなされたものであり、胚盤胞期の胚をOCT撮像することにより得られる画像データから、栄養外胚葉を形成する細胞の数を自動的に導出することのできる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の一の態様は、上記目的を達成するため、胚盤胞期の胚を光干渉断層撮像して、前記胚の三次元像を表す三次元画像データを取得する工程と、前記三次元画像データに基づき、前記三次元像のうち栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を抽出する工程と、前記栄養外胚葉の厚さを位置ごとに表す厚さ分布を取得する工程と、前記厚さ分布の取得結果に基づき、周囲の領域よりも前記胚の胞胚腔に向けて突出した突起部位を検出しその数を計数する工程と、前記計数の結果と、前記胚の透明帯の内側表面の総面積と、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われた被覆領域の面積とに基づき、前記栄養外胚葉を構成する細胞の数を算出する工程とを備え、前記細胞の数は、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われていない領域の単位面積当たりに検出された前記突起部位の数と、前記内側表面の総面積との積により求められる、画像処理方法である。
【0009】
また、この発明の他の一の態様は、上記各工程をコンピュータに実行させるためのプログラムである。また、この発明の他の一の態様は、上記プログラムを非一時的に記憶したコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【0010】
内細胞塊が形成されるほどに発達した胚では、栄養外胚葉は、胚の表面を覆う透明帯の内面に貼り付くように概ね1層の細胞からなる層を形成している。細胞核等の細胞の内部構造に起因して、各細胞は周縁部に比べて中央部が膨らんだ構造を有している。このため、細胞同士が互いに横方向につながって形成される細胞層では、各細胞の形状に起因する凹凸が生じる。特に胚盤胞期の胚(受精卵)のように、内部の胞胚腔を覆うように1層の細胞により構成される細胞層では、1つ1つの細胞に対応する突起部位が当該層に現れることになる。したがって、突起部位の数が、層を構成する細胞の位置や数を表す指標となり得る。また、突起部位の間隔は個々の細胞の大きさを表す指標となり得る。
【0011】
上記発明では、OCT撮像された胚の三次元画像データに基づき、栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域が抽出され、このうち栄養外胚葉について求めた厚さ分布から上記のような突起部位が検出される。栄養外胚葉の厚さは微視的には均一ではなく、特に1層の細胞により構成され胞胚腔に向けて露出している栄養外胚葉では、個々の細胞の中央部分で厚く、周縁部ではより薄い。したがって、検出された突起部位は、1つの細胞の位置を指し示すものである蓋然性が高いと言える。このことから、突起部位の数を計数することで細胞数を求めることが可能である。
【0012】
一方、内細胞塊で覆われた部分についても、他の部分の栄養外胚葉と同様の細胞層が形成されていることが知られている。これを直接計数することは困難であるが、本願発明者の知見では、細胞層を形成する細胞の密度は、他の部分の栄養外胚葉における密度と同程度であることがわかっている。
【0013】
このことから、栄養外胚葉のうち胞胚腔に露出している部分と内細胞塊に覆われた部分との面積比がわかれば、前者における細胞数の計数結果から後者における細胞数を推定することが可能である。すなわち、突起部位の計数結果と、透明帯の内側表面の総面積と、そのうち内細胞塊に覆われた領域の面積とから、栄養外胚葉全体の細胞数を算出することが可能である。
【0014】
また、この発明の他の一の態様は、胚盤胞期の胚を光干渉断層撮像して得られる前記胚の三次元像を表す三次元画像データおよび前記胚を光学顕微鏡撮像して得られる前記胚の二次元像を表す二次元画像データを取得する画像取得部と、前記三次元画像データおよび前記二次元画像データに基づき、前記三次元像のうち栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を抽出し、前記栄養外胚葉の厚さを位置ごとに表す厚さ分布を取得し、前記厚さ分布の取得結果に基づき、周囲の領域よりも前記胚の胞胚腔に向けて突出した突起部位を検出しその数を計数し、前記計数の結果と、前記胚の透明帯の内側表面の総面積と、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われた被覆領域の面積とに基づき、前記栄養外胚葉を構成する細胞の数を算出する画像処理部とを備え、前記細胞の数は、前記内側表面のうち前記内細胞塊に覆われていない領域の単位面積当たりに検出された前記突起部位の数と、前記内側表面の総面積との積により求められる、画像処理装置である。
【0015】
このように構成された発明では、同一の胚について、光干渉断層撮像による三次元画像データと光学顕微鏡撮像による二次元画像データとを取得することができる。詳しくは後述するが、同じ胚に対する三次元画像データと二次元画像データとを併用することで、三次元像における栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域と透明帯に対応する領域とを分割することが可能である。こうして抽出された栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域に対し、上記方法と同様の画像処理を施すことによって、栄養外胚葉全体の細胞数を算出することが可能である。
【発明の効果】
【0016】
上記のように、本発明によれば、胚盤胞期の胚を撮像することにより得られる画像データから、栄養外胚葉を形成する細胞の数を自動的に導出することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る画像処理装置の構成例を示す図である。
図2】本実施形態において試料となる胚の構造を模式的に示す図である。
図3】本実施形態における画像処理を示すフローチャートである。
図4】焦点深さと抽出される透明帯の面積との関係を示す図である。
図5】XYZ直交座標系と極座標系との対応関係を示す図である。
図6】栄養外胚葉の厚さの求め方を例示する図である。
図7】栄養外胚葉の厚さを求める処理を示すフローチャートである。
図8】二次元マッピング手法の一例を示す図である。
図9】二次元マッピング手法の他の一例を示す図である。
図10】三次元マッピング手法の例を示す図である。
図11】ピーク検出処理の原理を示す図である。
図12】ピーク検出処理を示すフローチャートである。
図13】二次元マップ上で検出されるピーク位置の例を示す図である。
図14】三次元マップ上で検出されるピーク位置の例を示す図である。
図15】細胞数の算出処理を示すフローチャートである。
図16】被覆領域の面積を求める方法を示す原理図である。
図17】画像処理の変形例を示すフローチャートである。
図18】内細胞塊と栄養外胚葉とを分離する処理を示すフローチャートである。
図19】この処理におけるオブジェクトの変化を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は本発明に係る画像処理方法の実行主体として好適な画像処理装置の構成例を示す図である。この画像処理装置1は、液体中に担持された試料、例えば培養液中で培養された胚(受精卵)を断層撮像し、得られた断層画像を画像処理して、試料の一の断面の構造を示す断面画像を作成する。また、複数の断面画像から試料の立体像を作成する。以下の各図における方向を統一的に示すために、図1に示すようにXYZ直交座標軸を設定する。ここでXY平面が水平面を表す。また、Z軸が鉛直軸を表し、より詳しくは(-Z)方向が鉛直下向き方向を表している。
【0019】
画像処理装置1は保持部10を備えている。保持部10は、撮像対象物となる試料Sを収容する試料容器11を水平姿勢に保持する。試料容器11は例えば板状部材の上面に液体を担持可能な窪部が形成された、ディッシュと称される平底で浅皿形状の容器である。試料容器11には培養液などの培地Mが注入されており、その内部に試料Sとしての受精卵が担持される。この例では試料容器11としてのディッシュに複数の試料Sが担持されているが、これに限定されない。
【0020】
この例では単一の窪部を有する試料容器11に複数の試料Sが担持されているが、これに限定されない。例えば試料容器11は、ウェルと呼ばれる窪部が1つのプレート状部材に複数配置されたウェルプレートであってもよい。この場合、複数の試料Sを1つずつ、複数のウェルにそれぞれ担持させることができる。また例えば、それぞれが試料Sを担持する複数のディッシュが、水平方向に並んだ状態で保持部10に保持され、撮像に供される態様であってもよい。
【0021】
保持部10に保持された試料容器11の下方に、撮像部20が配置される。撮像部20には、被撮像物の断層画像を非接触、非破壊(非侵襲)で撮像することが可能な光干渉断層撮像(Optical Coherence Tomography;OCT)装置が用いられる。詳しくは後述するが、OCT装置である撮像部20は、被撮像物への照明光を発生する光源21と、光ファイバカプラ22と、物体光学系23と、参照光学系24と、分光器25と、光検出器26とを備えている。
【0022】
撮像部20はさらに、光学顕微鏡撮像を行うための顕微鏡撮像ユニット28を備えている。より具体的には、顕微鏡撮像ユニット28は、撮像光学系281と、撮像素子282とを備えている。撮像光学系281は、焦点が試料容器11内の試料Sに合わせられる対物レンズを含む。また撮像素子282としては、例えばCCD撮像素子、CMOSセンサー等を用いることができる。顕微鏡撮像ユニット28としては、明視野撮像または位相差撮像が可能なものが好適である。物体光学系23と顕微鏡撮像ユニット28とは、水平方向に移動可能な支持部材(図示省略)により支持されており、水平方向における位置を変更可能となっている。
【0023】
画像処理装置1はさらに、装置の動作を制御する制御ユニット30と、撮像ユニット20の可動部を駆動する駆動部40とを備えている。制御ユニット30は、CPU(Central Processing Unit)31、A/Dコンバータ32、信号処理部33、撮像制御部34、インターフェース(IF)部35、画像メモリ36およびメモリ37を備えている。
【0024】
CPU31は、所定の制御プログラムを実行することで装置全体の動作を司り、CPU31が実行する制御プログラムや処理中に生成したデータはメモリ37に保存される。A/Dコンバータ32は、撮像ユニット20の光検出器26および撮像素子282から受光光量に応じて出力される信号をデジタルデータに変換する。信号処理部33は、A/Dコンバータ32から出力されるデジタルデータに基づき後述する信号処理を行って、被撮像物の画像を作成する。こうして作成された画像データは、画像メモリ36により適宜記憶保存される。
【0025】
撮像制御部34は、撮像部20の各部を制御して撮像処理を実行させる。具体的には、撮像制御部34は、OCT撮像用の物体光学系23と光学顕微鏡撮像用の顕微鏡撮像ユニット28とを選択的に、撮像試料Sを撮像視野に収める所定の撮像位置に位置決めする。物体光学系23が撮像位置に位置決めされると、撮像制御部34は、撮像部20に後述するOCT撮像処理を実行させて、試料Sの立体構造を表す三次元画像データを取得させる。一方、顕微鏡撮像ユニット28を撮像位置に位置決めしたときには、撮像制御部34は、撮像光学系281により撮像素子282の受光面に結像される試料Sの平面像を表す二次元画像データを、顕微鏡撮像ユニット28に取得させる。
【0026】
インターフェース部35は画像処理装置1と外部との通信を担う。具体的には、インターフェース部35は、外部機器と通信を行うための通信機能と、ユーザからの操作入力を受け付け、また各種の情報をユーザに報知するためのユーザインターフェース機能とを有する。この目的のために、インターフェース部35には、装置の機能選択や動作条件設定などに関する操作入力を受け付け可能な例えばキーボード、マウス、タッチパネルなどの入力デバイス351と、信号処理部33により作成された断層画像や3D復元部34により作成された立体像など各種の処理結果を表示する例えば液晶ディスプレイからなる表示部352とが接続されている。
【0027】
撮像部20では、例えば発光ダイオードまたはスーパールミネッセントダイオード(SLD)などの発光素子を有する光源21から、広帯域の波長成分を含む低コヒーレンス光ビームが出射される。細胞等の試料を撮像する目的においては、入射光を試料の内部まで到達させるために、例えば近赤外線が用いられることが好ましい。
【0028】
光源21は光ファイバカプラ22を構成する光ファイバの1つである光ファイバ221に接続されており、光源21から出射される低コヒーレンス光は、光ファイバカプラ22により2つの光ファイバ222,224への光に分岐される。光ファイバ222は物体系光路を構成する。より具体的には、光ファイバ222の端部から出射される光は物体光学系23に入射する。
【0029】
物体光学系23は、コリメータレンズ231と対物レンズ232とを備えている。光ファイバ222の端部から出射される光はコリメータレンズ231を介して対物レンズ232に入射する。対物レンズ232は、光源21からの光(観察光)を試料に収束させる機能と、試料から出射される反射光を集光して光ファイバカプラ22に向かわせる機能とを有する。図では単一の対物レンズ232が記載されているが、複数の光学素子が組み合わされていてもよい。被撮像物からの反射光は対物レンズ232、コリメータレンズ231を介し信号光として光ファイバ222に入射する。対物レンズ232の光軸は試料容器11の底面に直交しており、この例では光軸方向は鉛直軸方向と一致している。
【0030】
CPU31が撮像制御部34に制御指令を与え、これに応じて撮像制御部34は撮像部20に所定方向への移動を行わせる。より具体的には、撮像制御部34は、撮像部20を水平方向(XY方向)および鉛直方向(Z方向)に移動させる。撮像部20の水平方向の移動により、撮像範囲が水平方向に変化する。また、撮像部20の鉛直方向の移動により、対物レンズ232の光軸方向における焦点位置が、被撮像物である試料Sに対して変化する。
【0031】
光源21から光ファイバカプラ22に入射した光の一部は光ファイバ224を介して参照光学系24に入射する。参照光学系24は、コリメータレンズ241および参照ミラー243を備えており、これらが光ファイバ224とともに参照系光路を構成する。具体的には、光ファイバ224の端部から出射される光がコリメータレンズ241を介して参照ミラー243に入射する。参照ミラー243により反射された光は参照光として光ファイバ224に入射する。
【0032】
参照ミラー243は、撮像制御部34からの制御指令によって作動する進退部材(図示省略)により支持されて、Y方向に進退移動可能である。参照ミラー243がY方向、つまりコリメータレンズ241に対し接近および離間方向に移動することで、参照ミラー243により反射される参照光の光路長が調整される。
【0033】
試料の表面もしくは内部の反射面で反射された反射光(信号光)と、参照ミラー243で反射された参照光とは光ファイバカプラ22で混合され光ファイバ226を介して光検出器26に入射する。このとき、信号光と参照光との間で位相差に起因する干渉が生じるが、干渉光の分光スペクトルは反射面の深さにより異なる。つまり、干渉光の分光スペクトルは被撮像物の深さ方向の情報を有している。したがって、干渉光を波長ごとに分光して光量を検出し、検出された干渉信号をフーリエ変換することにより、被撮像物の深さ方向における反射光強度分布を求めることができる。このような原理に基づくOCT撮像技術は、フーリエドメイン(Fourier Domain)OCT(FD-OCT)と称される。
【0034】
この実施形態の撮像部20は、光ファイバ226から光検出器26に至る干渉光の光路上に分光器25が設けられている。分光器25としては、例えばプリズムを利用したもの、回折格子を利用したもの等を用いることができる。干渉光は分光器25により波長成分ごとに分光されて光検出器26に受光される。
【0035】
光検出器26が検出した干渉光に応じて光検出器26から出力される干渉信号をフーリエ変換することで、試料のうち、照明光の入射位置における深さ方向、つまりZ方向の反射光強度分布が求められる。試料容器11に入射する光ビームをX方向に走査することで、XZ平面と平行な平面における反射光強度分布が求められ、その結果から当該平面を断面とする試料の断層画像を作成することができる。その原理は周知であるため、詳細な説明は省略する。
【0036】
また、Y方向におけるビーム入射位置を多段階に変更しながら、その都度断層画像の撮像を行うことで、試料をXZ平面と平行な断面で断層撮像した多数の断層画像を得ることができる。Y方向の走査ピッチを小さくすれば、試料の立体構造を把握するのに十分な分解能の画像データを得ることができる。これらの断層画像データから、試料の立体像に対応する三次元画像データ(いわゆるボクセルデータ)を作成することができる。
【0037】
このように、この画像処理装置1は、試料容器11に培地Mとともに担持された試料Sの画像を取得する機能を有する。画像としては、光学顕微鏡撮像により得られる二次元画像データと、OCT撮像により得られる断層画像データおよびそれに基づく三次元画像データとを取得可能である。
【0038】
以下、上記のように構成された画像処理装置1を用いて実行可能な、本発明に係る画像処理方法の一実施形態について説明する。この実施形態における画像処理は、試料Sとして胚盤胞期の受精卵(以下、単に「胚」という)を撮像し、その画像から、当該胚を構成する主たる構造体である透明帯、栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を個別に抽出する、という内容を有するものである。そして、最終的には、栄養外胚葉を形成する細胞の個数が求められる。
【0039】
これにより得られたデータに基づき、ユーザ(具体的には医師または胚培養士)による胚の評価作業を効果的に支援することが可能となる。例えば不妊治療を目的とする胚の培養において、培養が良好に進行しているか否かを判断するための知見を得ることを目的として、本実施形態の画像処理方法を適用することができる。
【0040】
図2は本実施形態において試料となる胚の構造を模式的に示す図である。既に知られているように、卵子が受精すると卵割が開始され、桑実胚と呼ばれる状態を経て胚盤胞が形成される。図2(a)は胚盤胞期における胚の内部構造を模式的に示すものである。胚盤胞期においては、胚Eは内部に胞胚腔Bとよばれる空洞を有している。より具体的には、卵割の進んだ細胞が胚の表面に薄い層として並び栄養外胚葉Tを形成し、栄養外胚葉Tで囲まれる内部空間が胞胚腔Bを形成する。また、内部空間の一部に、多数の細胞が密集した内細胞塊Iが形成される。
【0041】
さらに、栄養外胚葉Tの外側表面を覆うように透明帯ZPが形成される。透明帯ZPは糖タンパク質を主体とする略均一な厚みを有する膜である。一方、多数の細胞が集まって形成される栄養外胚葉Tは、位置により様々な厚みを有し、透明帯ZPの内側表面全体に貼り付くように分布している。図2(b)に示すように、栄養外胚葉Tは、多数の細胞Cが透明帯ZPの内面に沿って並ぶことにより形成される。個々の細胞Cの形状や大きさが異なることにより、栄養外胚葉Tは、位置により厚さが異なった層となる。なお、図2においては、栄養外胚葉Tの厚さのばらつきが実際よりも強調されている。
【0042】
胚Eを構成するこれらの構造体、すなわち透明帯ZP、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iは、胚の評価における着目領域として重要な意味を有するものである。このため、撮像された画像からこれらの構造体に対応する領域を自動的に抽出する技術は、ユーザによる胚の評価作業を支援する上で大きな意義を有するものとなる。しかしながら、OCT撮像により得られる断層画像あるいは三次元画像では、これらの構造体の間で輝度情報にほとんど差異がない。このため、単純な輝度の違いによる分離では、これらの構造体を精度よく分離することが困難である。
【0043】
このように、OCT画像から透明帯ZP、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iを自動的に分離する技術は、これまで確立されていなかった。本願出願人が先に開示した特許文献2は、このような問題に鑑み、OCT画像から栄養外胚葉と内細胞塊とに対応する領域を分離することができるようにしたものである。ただし、この技術においても、透明帯と栄養外胚葉とが明確に分離されているとは言えなかった。具体的には、この技術により栄養外胚葉として抽出される領域が、透明帯に対応する領域まで包含している可能性がある。
【0044】
本実施形態における画像処理の第1の目的は、光学顕微鏡撮像により得られた二次元画像から得られる情報を利用してOCT画像を解析することにより透明帯ZPと栄養外胚葉Tとを分離し、最終的には三次元像において透明帯ZP、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iが占める領域をそれぞれ個別に特定することである。また、第2の目的は、こうして分離された栄養外胚葉Tを構成する細胞の個数を求めることである。
【0045】
光学顕微鏡撮像により得られる明視野画像または位相差画像においては、その輝度およびテクスチャの違いから透明帯ZPと栄養外胚葉Tとを区別することは比較的容易である。そして、良好に培養された胚盤胞期の胚では、透明帯ZPは概ね均一な厚みを有している。言い換えれば、胚のうち、その表面から一定の深さまでの領域は透明帯ZPが占めていると考えることができる。これらのことから、光学顕微鏡撮像により得られた二次元画像データから透明帯ZPの厚さを特定し、OCT撮像により得られた三次元画像データから、胚Eの表面から見て透明帯ZPの厚さに相当する深さまでの領域を特定することで、透明帯ZPに対応する領域を栄養外胚葉Tとは分離して抽出することが可能である。また、内細胞塊Iの分離については、例えば特許文献2に記載された方法を適用可能である。これらにより、第1の目的を達成することができる。
【0046】
こうして他の構造体から分離された栄養外胚葉Tは、図2(b)に示したように、個々の細胞Cの形状に起因する凹凸を有している。より具体的には、栄養外胚葉Tの胞胚腔Bに臨む表面には、個々の細胞Cの形状に起因する突起が生じている。したがって、このような突起部位を検出し、その数を計数すれば、栄養外胚葉Tを構成する細胞Cの個数を知ることができる。このようにして第2の目的が達成される。
【0047】
図3は本実施形態における画像処理を示すフローチャートである。この処理は、CPU31が予め用意された制御プログラムを実行し、装置各部に所定の動作を行わせることにより実現される。評価対象となる胚が収容された試料容器11が保持部10にセットされると(ステップS101)、当該胚を撮像対象物として、撮像部20による光学顕微鏡撮像およびOCT撮像が実行される。
【0048】
図3において、ステップS102ないしS105は、光学顕微鏡撮像およびこれにより得られる二次元画像データを用いたデータ処理を表す。一方、ステップS111およびS112は、OCT撮像およびこれにより得られる三次元画像データを用いた画像処理を表す。これら2つの処理は、時系列的に前後して行われてもよく、この場合いずれの処理を先に行うかは任意である。また、これらの処理を併行して行うことで処理時間の短縮が図られてもよい。
【0049】
まずステップS102ないしS105の処理の概要について説明する。この処理では、胚を光学顕微鏡撮像することで胚の二次元画像データを取得し、画像データに基づき透明帯の厚さを算出する。具体的には、顕微鏡撮像ユニット28が撮像位置に位置決めされ、焦点位置が深さ方向(Z方向)に多段階に変更設定されるとともにその都度撮像が行われる。これにより、焦点深さを互いに異ならせた複数の画像セット、いわゆるZスタック画像が取得される(ステップS102)。
【0050】
これらの画像の各々から、透明帯ZPに対応する領域が抽出される(ステップS103)。そして、複数の画像のうち、透明帯ZPに最もよく合焦した1枚が選出され(ステップS104)、選出された画像に基づき、透明帯ZPの厚さが算出される(ステップS105)。これらの処理、すなわち透明帯ZPに対応する領域を抽出する処理(ステップS103)、最も合焦した画像を選出する処理(ステップS104)および透明帯ZPの厚さを算出する処理(ステップS105)の詳細については後述する。ここまでの処理により、評価対象の胚Eにおける透明帯ZPの厚さが既知となっている。
【0051】
一方、ステップS111では、物体光学系23が撮像位置に位置決めされ、撮像位置を走査させながら胚Eが断層撮像されることにより、胚Eの三次元画像データが取得される。三次元画像データで示される各部の輝度が所定の閾値で二値化されることにより、胚Eの三次元像は、比較的高密度な何らかの構造体で占められて高輝度となる領域(以下、「構造領域」と称する)と、これより低密度で低輝度の領域とに分離される。例えば培地MはOCT画像において低輝度である。
【0052】
構造領域を占める構造体としては、前述の通り、透明帯ZP、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iを含み得る。ステップS113、S114ではこれらが相互に分離される。具体的には、ステップS113において、透明帯ZPに対応する領域が他の構造領域とは分離される。そして、ステップS114において、栄養外胚葉Tと内細胞塊Iとが分離される。
【0053】
ここまでの処理(ステップS101~S114)により、胚Eの三次元像から透明帯ZP、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iが占める領域をそれぞれ特定する、という第1の目的が達成される。続くステップS115~S120の処理は、分離された栄養外胚葉Tを構成する細胞の個数を計数するという第2の目的のためのものである。この処理については後で詳しく説明する。
【0054】
以下では、上記処理の各工程(ステップS103~S105、S111)を実行するための各要素技術について順に分説する。なお、ステップS102のZスタック画像を取得するための処理は周知であるため、説明を省略する。また、ステップS114の処理についても、特許文献2に記載された技術を適用可能であるため説明を省略する。
【0055】
ステップS103では、胚Eを光学顕微鏡撮像して得られた二次元画像データから、透明帯ZPに対応する領域が抽出される。この処理は適宜の画像処理技術を用いて実行することが可能である。例えば、画像内から特定の特徴を有する領域を抽出するパターン認識技術を適用することができる。具体的には、予め取得された透明帯の画像を教師画像とする教師付き学習により分類モデルを構築し、これを用いて評価対象の胚Eの光学顕微鏡画像を領域分割することにより、画像から透明帯ZPに対応する領域を抽出することができる。
【0056】
この実施形態では、領域分割処理の一例として公知のセマンティックセグメンテーション法を用いる。セマンティックセグメンテーション法は、ディープラーニングアルゴリズムにより予め構築された分類モデルを用いて、画像内の各画素にラベル付けを行う技術である。本実施形態では、次のようにしてこの方法を利用することができる。
【0057】
まず、透明帯が良好な画像品質で撮像された胚の光学顕微鏡画像を用意し、当該画像中の透明帯に対応する領域の各画素に、その旨を表すラベル付けを行う。そして、元の顕微鏡画像を入力データ、ラベル画像を正解データとしてディープラーニングを実行することで、分類モデルが構築される。こうして予め構築された分類モデルに未知の画像を入力データとして与えることで、当該画像のうち透明帯に対応する領域にその旨のラベルが付された出力画像を得ることができる。このような領域を出力画像から抽出することで、結果的に透明帯を抽出することが可能である。
【0058】
分類モデルを構築するための具体的手法の一例を説明する。この処理は、画像を表示する機能およびユーザからの操作入力を受け付ける機能を有する各種のコンピュータ装置により実行可能である。例えば画像処理装置1、あるいはパーソナルコンピュータ等の汎用コンピュータ装置によって実行することが可能である。
【0059】
最初に、透明帯に合焦した(ピントが合った)状態で予め撮像された、胚の光学顕微鏡画像を表示する。画像処理装置1では、表示部352に当該画像を表示させることができる。こうして表示された画像に対し、ピントの合った透明帯に相当する領域を指定するためのユーザからの教示入力を受け付ける。この場合のユーザは、胚の画像に対する十分な知見を有する熟練者であることが望ましい。また、画像処理装置1が用いられる場合、入力デバイス351を介して教示入力を受け付けることができる。
【0060】
透明帯として指定された領域にはその旨を示すラベルが付与される。こうしてラベル付けされた画像を正解データとし、元の画像を入力データとしてディープラーニングを実行することで、画像から透明帯を抽出するための分類モデルが構築される。必要に応じ、透明帯以外のラベルが用いられてもよい。
【0061】
この分類モデルは、透明帯にピントの合った画像を入力画像として構築されたものである。そのため、これを未知のテスト画像に適用してセマンティックセグメンテーション法を実行すると、テスト画像から透明帯としての特徴を強く有する領域が抽出されることになる。こうして透明帯が抽出されると、その厚さを求めることが可能となる。厚さを精度よく求めるためには、画像内のできるだけ広い領域で、透明帯に合焦していることが望ましい。すなわち、透明帯の厚さの算出は、セマンティックセグメンテーション法で抽出される領域の面積ができるだけ広い画像に基づき行われることが望ましいと言える。なお面積については画素数によって表すことが可能である。
【0062】
一方、評価対象の胚Eは立体的構造を有しているため、焦点深さを適宜に定めて撮像した画像では、透明帯ZPへの合焦状態が必ずしも良好でない場合があり得る。そこで、深さ方向(Z方向)に焦点位置を異ならせて取得されたZスタック画像から、透明帯ZPに相当するものとして抽出される領域の面積が最も大きい1つの画像を選出し、この画像を透明帯ZPの厚さ算出に用いる。
【0063】
ステップS104では、Zスタック画像から透明帯ZPに最も合焦した画像が選出される。この実施形態におけるセマンティックセグメンテーション法では、画像からピントが合った透明帯の領域が抽出されるから、この領域の面積が最大である画像が、透明帯ZPに最も合焦した画像である蓋然性が高いと言える。そのような条件に該当する画像を選出すればよい。
【0064】
図4は焦点深さと抽出される透明帯の面積との関係を示す図である。図4(a)の上部には、深さ方向における種々の焦点位置で撮像される光学顕微鏡画像(Zスタック画像)と、それらの画像からセマンティックセグメンテーション法により抽出される領域(透明帯ZPに相当する領域)との関係が模式的に示されている。また、図4(a)の下部のグラフは、撮像時の焦点位置と抽出された領域の面積(画素数)との関係が例示されている。これらに示されるように、Zスタック画像のうち最もよく合焦し透明帯ZPが鮮明である画像Iaにおいて、抽出される領域の面積が最大になる。言い換えれば、Zスタック画像のうち抽出された面積が最大である画像に対応する焦点位置を合焦位置とみなすことができる。したがって、この画像Iaを、透明帯ZPの厚さ算出の基となる画像として選出すればよい。
【0065】
ただし、例えば撮像時の振動等に起因して、画像にブレが生じ、結果として透明帯の見かけ上の面積が実際より大きく画像に現れる場合があり得る。図4(b)はこのような状況を表したものである。例えば画像Ibにおいて、振動に起因する画像のブレが生じているとする。そうすると、透明帯に相当するとして抽出される面積は見かけ上大きくなり、この位置が合焦位置と誤判定されるおそれがある。
【0066】
この実施形態では、抽出された領域の周縁部を挟む画素の間の輝度差を用いることで、この問題の解消が図られている。すなわち、よく合焦した画像では、透明帯に対応する領域とその周囲領域との境界が明りょうであり、したがってそれらの領域の輝度の間にも明確なコントラストがあると考えられる。一方、合焦していない画像では、これらの領域間の境界が明確でなく、したがってコントラストも鮮明でない。
【0067】
このことから、単に抽出された領域の面積(画素数)の大小だけで評価するのに代えて、当該領域のエッジ部分における輝度変化の大きさ、すなわちシャープネスも反映させた評価値を導入することで、上記のような誤判定を低減することができると考えられる。このようなエッジ変化量を定量化する方法としては種々のものがあり、それらを適宜選択して適用可能である。
【0068】
この実施形態ではその一例として、抽出された領域の面積に、エッジ部分における輝度変化の大きさを反映した係数を乗じた値を評価値とする。この係数としては、例えばエッジを挟んだ画素間における輝度の差を二乗した値を用いることができる。より具体的には、抽出された領域のうちエッジに隣接する全ての画素の輝度の平均値と、当該エッジの外側でエッジに隣接する全ての画素の起動の平均値との差を求め、それを二乗することで上記係数が求められる。
【0069】
このようにすると、図4(b)下部のグラフに示されるように、画像Ibにおけるズレの影響による抽出面積の増大が合焦位置の誤判定の原因となるリスクを低減させることができる。なお、ここでは係数を正の値とするために輝度差を二乗しているが、これに代えて輝度差の絶対値を係数として用いてもよい。
【0070】
透明帯に合焦した画像を選出するための処理は、以下のように構成することができる。この処理は、図3のステップS104に相当するものである。Zスタック画像を構成する各画像に対しては、ステップS103において透明帯に相当する領域が抽出されている。こうして抽出された領域の面積を求めるため、当該領域に属する画素の数を画像ごとに計数する。そして、抽出された領域のエッジの内外においてそれぞれ隣接する画素の平均輝度を求め、その差を算出する。これらの値に基づき、各画像の合焦度合いを示す評価値を算出する。具体的には、抽出領域の画素数に、エッジ内外での輝度差の二乗で表される係数を乗じることで、評価値を算出する。こうして求められる評価値が最大の画像が、透明帯に最も合焦した画像として選出される。
【0071】
次に、Zスタック画像から選出された1つの光学顕微鏡画像から透明帯ZPの厚さを算出する、ステップS105の処理内容について説明する。選出された画像については、ステップS103において透明帯ZPに相当する領域の抽出が行われる。良好に培養された胚Eにおいては、概ね一定の幅を有する円環状の領域が、透明帯ZPに相当する領域として抽出されていると考えられる。透明帯ZPに合焦した画像では、この円環の幅、つまり円環の内側のエッジと外側のエッジとの距離が、透明帯ZPの厚さに対応している。
【0072】
円環の幅を求める方法としては種々のものが考えられるが、簡便なものとしては、OpenCV(Open Source Computer Vision)ライブラリに装備されているDistance
Transform関数を利用した方法がある。円環の内側エッジ上の1つの画素を注目画素としてDistance
Transform関数を適用することで、当該画素から最も近い、円環の外側エッジ上の画素までの距離を特定することができる。この距離が当該位置における円環の幅、つまり透明帯ZPの厚さを表す。これとは逆に、円環の外側エッジ上の画素を注目画素とし、これから内側エッジまでの最短距離を求めても等価である。こうして円環上の各位置で求められる幅の平均値を、透明帯ZPの厚さの平均値とすることができる。以下ではこの厚さの平均値を符号Taにより表すこととする。
【0073】
以上、ステップS103~S105の詳細な処理内容について説明した。次に、ステップS113における、透明帯の分離処理について説明する。ここでは、OCT撮像により得られた胚Eの三次元像のうち、表面から深さTaまでの範囲を透明帯ZPとみなす。したがって、三次元像からこの範囲のみを抽出することで、透明帯ZPに対応する構造体のみを取り出すことができる。一方、この範囲の構造体を消去することで、透明帯ZP以外の構造体、すなわち栄養外胚葉Tと内細胞塊Iとを取り出すことができる。
【0074】
透明帯ZPに相当する領域が消去された三次元像に対しては、特許文献2に記載されているように、残された構造体に対し例えばLocal Thickness演算を利用した領域分割処理を実行することで、栄養外胚葉Tに相当する領域と、内細胞塊Iに相当する領域とを分離することができる。このようにして、胚Eの三次元像から、透明帯ZP、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iがそれぞれ占める領域を個別に抽出することができる。
【0075】
次に、本実施形態の第2の目的を達成する、すなわち栄養外胚葉Tを構成する細胞数を求めるための処理(ステップS115~S120)について説明する。この処理の概略の流れは、栄養外胚葉Tの各位置における厚さ分布を算出し、求められた厚さ分布におけるピーク位置を検出し、有意なピークが個々の細胞に対応するものとしてその個数を計数する、というものである。以下、各工程について順に説明する。
【0076】
ステップS115では、XYZ直交座標系で表されている三次元画像データが極座標表現に変換される。胚Eは概ね球形で内部が空洞であるため、栄養外胚葉Tは球殻に近い形状を有している。このような構造をより端的に表現するためには、胚Eの中心を原点とする極座標(球座標)で各位置を表す方が好ましい。そこで、図5に示すように、XYZ直交座標系から、動径rおよび2つの偏角θ、φを座標変数とするrθφ極座標系への座標変換を行う。
【0077】
図5はXYZ直交座標系と極座標系との対応関係を示す図である。よく知られているように、直交座標系における点Pの座標(x,y,z)と球座標系における点Pの座標(r,θ,φ)との間には、原点Oが共通であれば下式:
x=r・sinθ・cosφ
y=r・sinθ・sinφ
z=r・cosθ
の関係がある。
【0078】
具体的には、三次元画像データから胚Eの中心位置を特定し、この中心位置を球座標系の原点Oとする。この原点Oは、原信号データにおけるXYZ直交座標系の原点とは一致する必要はない。そして、適宜の変換処理により直交座標から球座標への座標変換を行う。このように座標変換を行うことにより、XYZ直交座標系で特定される三次元空間内の各位置を、極座標表現することができる。
【0079】
「胚の中心」については、三次元画像データに基づき例えば次のようにして求めることができる。三次元画像データで表される胚Eの三次元像の表面が球面とみなせる場合には、画像における当該球の重心を胚の中心とすることができる。三次元画像処理において、中実のオブジェクトの重心を求める方法は公知であり、そのような方法を適用することが可能である。また、例えば胚の表面を近似的に表す球面または回転楕円面を特定し、該近似面の中心を胚の中心としてもよい。
【0080】
ステップS116では、こうして極座標変換された三次元画像データから、栄養外胚葉Tの厚さ分布が求められる。具体的には、極座標空間内の1つの動径方向における栄養外胚葉Tの厚さを算出し、これを種々の動径方向について行うことにより、栄養外胚葉Tの厚さ分布を求めることができる。
【0081】
図6は栄養外胚葉の厚さの求め方を例示する図である。図6(a)に示す例では、原点Oから延びる一の動径r1を考え、当該動径r1方向における栄養外胚葉Tの内側表面つまり胞胚腔Bに臨む面Siと、外側表面つまり透明帯ZPに臨む面Soとの距離T1を、当該動径方向における栄養外胚葉Tの厚さとする。
【0082】
また、図6(b)に示す例では、動径r1が栄養外胚葉Tの内側表面Siに交わる点P1に着目し、当該点P1と栄養外胚葉Tの外側表面Soとの最短距離を、当該動径r1方向における栄養外胚葉Tの厚さとする。あるいは、動径r1が栄養外胚葉Tの外側表面Soに交わる点P2に着目し、当該点P2と内側表面Siとの最短距離を、当該動径r1方向における栄養外胚葉Tの厚さとしてもよい。最短距離の算出には、前記した透明帯ZPの厚さ算出処理と同様に、OpenCVライブラリ中のDistance Transform関数を利用することが可能である。
【0083】
図7は栄養外胚葉の厚さを求める処理を示すフローチャートである。最初に、一の動径方向が選択される(ステップS201)。具体的には、偏角θ,φの値が適宜に仮設定されることにより、1つの動径方向が特定される。次に、極座標空間内で当該動径方向における栄養外胚葉Tの内側表面Siの位置(図6(b)に示す点P1の位置)、または外側表面Soの位置(図6(b)に示す点P2の位置)に対応する画素が、注目画素として特定される(ステップS202)。後の処理のために、このときの原点Oから注目画素までの距離を、偏角θ,φの組で特定される動径方向と関連付けて記憶させておくことが望ましい。この情報を関数R(θ,φ)により表すこととする。
【0084】
続いて、当該動径方向における栄養外胚葉Tの内側表面Siと外側表面Soとの距離、すなわち栄養外胚葉Tの厚さが求められる(ステップS203)。厚さは図6(a)、図6(b)のいずれかに示した方法で求めることができる。
【0085】
このようにして求められる栄養外胚葉Tの厚さは1つの動径方向と関連付けられており、したがって偏角θ,φの関数として表すことができる。以下では、偏角θ,φの組により特定される1つの動径方向における栄養外胚葉Tの厚さをT(θ,φ)と表すこととする。求められた厚さT(θ,φ)はメモリ37に記憶保存される(ステップS204)。種々の動径方向について上記処理を繰り返すことにより(ステップS205)、各方向における栄養外胚葉Tの厚さを表す厚さ分布を取得することができる。
【0086】
ステップS117では、こうして求められた栄養外胚葉Tの厚さの空間分布を表すマップを作成する。厚さ分布マップとしては、二次元マップおよび三次元マップが考えられる。また二次元マップとしては、全ての方向を1つのマップに収める方法と、極座標空間をいくつかの空間に分割し、それぞれを1つずつのマップに収める方法とが考えられる。以下、これらのマッピング方法の具体的な作成例につき説明する。
【0087】
図8は二次元マッピング手法の一例を示す図である。極座標で表現される各方向を二次元平面上にマッピングするには、例えば擬円筒図法を用いることが可能である。すなわち、図8(a)に示すように、偏角θ、φをそれぞれ緯度、経度に相当するものとして、略球体である地球表面の地形を平面地図上に表現する場合と同様の図法を用いることができる。このような作図法はいくつか知られており、目的に応じて適宜選択することができる。
【0088】
ここでは、偏角θを緯度、偏角φを経度として扱い、実体における面積を図上で維持することのできる地図図法であるサンソン図法が用いられている。偏角θ,φの組み合わせで特定されるマップ上の各点には、各動径方向において算出された栄養外胚葉Tの厚さT(θ,φ)に対応する輝度値を有する画素が配置される。このようにして各方向での厚さをマップ上に表すことで、厚さ分布を可視化することができる。図8(b)は、各点での栄養外胚葉Tの厚さを輝度で表したマップを、直接輝度により表現するのに代えて等輝度線を用いて表したものである。単に各方向での厚さを等高線で表したものとも言える。この他、栄養外胚葉Tの厚さを色や濃淡によって表すことも可能である。
【0089】
なお、図8(b)においてハッチングを付した右上の領域は、内細胞塊Iが存在する領域を表している。内細胞塊Iと透明帯ZPとの間にも栄養外胚葉Tは存在するが、内細胞塊Iに接している表面の形状は必ずしも個々の細胞の形状を表さない。このため、この実施形態では、内細胞塊Iが存在する領域については厚さ分布の導出対象から除外している。
【0090】
地図作成の場合においても問題となっているように、略球体の表面を二次元マップによって表す場合、全ての情報を正確に表現することができない。例えば正積擬円筒図法の一種であるサンソン図法の場合、地表の面積を正確に表現できるが、距離や方向は必ずしも正しく表現できない。本実施形態のマッピングの場合、特にマップ平面の周縁部において歪みが大きくなる。
【0091】
図9は二次元マッピング手法の他の一例を示す図である。図9(a)に、極座標空間で略球面として表される栄養外胚葉Tの三次元像を、原点Oを通り互いに垂直な2つの平面によって4つに分割する。そして、分割された各区画Ta~Tdをそれぞれ1つのマップに表す。このとき、区画Taに対応するマップでは、区分された球面の中心、より具体的には、原点Oを通り、かつ2つの平面のそれぞれに対し45度の角度で交わる直線と球面との交点Caが、マップにおいて概ね中心となるようにする。他の区画Tb,Tc,Tdについても同様である。
【0092】
このようにすると、図9(b)に示すように、極座標空間で4分割された栄養外胚葉Tが、マップ平面の中央部のみを使って表現されることになる。このため、マップは4面となるものの、各マップでは、歪みが大きくなる周縁部を使わずに栄養外胚葉Tの全体における厚さ分布を精度よく表現することが可能となる。
【0093】
なお、現実的には、栄養外胚葉Tに対応する球面の分割を考える際に各区画を部分的にオーバーラップさせておき、マッピングの際には、図9(b)に点線で示すように区画Ta内のみならずその外側の一定範囲まで厚さ分布が示されていることがより好ましい。マッピングの便宜上の理由により分割されるものの、実際の栄養外胚葉Tは各区画よりも外側まで連続しており、区画外の一定範囲までマッピングを行っておくことで、各区画の外縁における厚さ分布の連続性を表現することができるからである。
【0094】
この意味においては、分割を行うのに代えて、マップの中心となる位置を異ならせた複数の二次元マップを作成し、それらの中央部分のみを使用するようにすることも考えられる。また、分割数も上記の4に限定されず任意である。
【0095】
上記のような二次元マッピング手法は、例えば画面上あるいは印刷紙面において全体の厚さ分布を俯瞰するような用途に適しているが、その周縁部において正確性が低下することは避けられない。このため、精度の面では三次元マップの方が優れている。三次元マップにおいては、極座標空間における全ての方向について、同程度の精度を確保することが可能である。
【0096】
三次元マップを画面表示するのに際しては、例えば、ある1つの視線方向に投影されたマップを一時的に表示させておき、ユーザ操作に応じて視線方向を変化させるようにすればユーザの利便性を向上させることが可能である。例えばユーザ操作に連動してリアルタイムで視線方向が変化するアニメーション表示とすれば、ユーザはあたかも眼前の胚Eを直接観察しているかのような感覚で評価作業を行うことが可能となる。
【0097】
栄養外胚葉Tについての三次元マッピングの手法としては、栄養外胚葉Tの概略形状を表す近似球面(または回転楕円面)に各方向における厚さ分布を表す情報を付与する方法と、実際の栄養外胚葉Tの三次元形状に相当する曲面に厚さ分布の情報を付与する方法とがある。さらに後者の場合、曲面の形状を、栄養外胚葉Tの内側表面Siに相当するものとするか、外側表面Soに相当するものとするかの選択肢がある。
【0098】
栄養外胚葉Tの外側表面Soは透明帯ZPに接しており、したがってその表面形状は比較的滑らかである。この意味において、栄養外胚葉Tの外側表面Soに相当する曲面は、実質的には球面とあまり変わらない。一方、栄養外胚葉Tの内側表面Siは、栄養外胚葉Tを構成する個々の細胞の形状に対応する凹凸を有している。このため、栄養外胚葉Tの内側表面Siに相当する曲面にマッピングを行う方が、実際の凹凸形状をイメージしやすいという利点がある。
【0099】
なお、マップ表面で厚さを可視化する方法としては、二次元マッピングの場合と同様に、厚さを輝度に変換して表示する方法、等高線(等輝度線)や色分け、濃淡等による表現方法等を適用可能である。以下では、球面にマッピングを行うケースと、栄養外胚葉Tの内側表面Siに相当する曲面にマッピングを行うケースとを例示する。マッピング方法としては等高線を用いたものとする。
【0100】
図10は三次元マッピング手法の例を示す図である。図10(a)は球面にマッピングを行った例、図10(b)は栄養外胚葉Tの内側表面Siに相当する曲面にマッピングを行った例をそれぞれ示す。ここでは三次元マップが二次元平面に投影された状態で示されているが、実際には三次元曲面上でのマッピングがなされている。画面への表示出力の場合、視線方向を種々に異ならせた表示を行うことが可能である。なお、これらのマップにおいても、ハッチングで示される領域は内細胞塊Iに対応している。
【0101】
例えば図10(a)の三次元マップは、極座標空間中の原点Oを中心とする球面上の各位置に、当該位置を通る動径の方向における厚さ算出結果に対応する輝度の画素を配置することにより作成可能である。すなわち、2つの偏角(θ,φ)で表される動径と球面との交点に、厚さT(θ,φ)に対応する輝度値の画素を配置すればよい。
【0102】
三次元マップでは二次元マップで生じる歪みの問題が解消される。二次元マップでは歪みの問題とは別に、動径の長さ、つまり原点Oからの距離の情報がマップに反映されないという問題がある。特に試料Sの形状が球面から大きく乖離したものである場合には、マップに表示される凹凸が実際の形状をよく反映したものとならない場合があり得る。三次元マップであれば、例えば試料の形状により近い回転楕円体を近似曲面とすることで、このような乖離を低減することが可能である。
【0103】
特に図10(b)に示すように、実際の形状を反映させた曲面にマッピングを行うことで、より現実に即したマップを作成することができる。マッピングのために必要な情報は、各動径方向における栄養外胚葉Tの内側表面Si(または外側表面So)の位置(動径の長さ)と、当該方向における栄養外胚葉Tの厚さとである。これらの情報は、栄養外胚葉Tの厚さを算出する工程(図3のステップS116)においてそれぞれR(θ,φ)、T(θ,φ)として既に求められている。したがって、極座標空間において座標(R(θ,φ),θ,φ)で表される位置に、厚さT(θ,φ)に対応する輝度値を有する画素を配置することで、三次元マップが作成される。
【0104】
なお、図10(b)に示す三次元マップを二次元の表示画面に投影表示する場合、マップ曲面の凹凸形状と各位置での栄養外胚葉Tの厚さとを識別可能に表示する必要がある。特に投影された二次元図形の外周部以外の曲面の形状については、表示画像からは読み取りにくいものとなる可能性がある。この問題を回避するためには、曲面の形状と各点での厚さとを異なる方法で表現する必要がある。例えば曲面の形状を等高線によって表す一方、各部での厚さを濃淡や色分けにより表すようにすればよい。
【0105】
図3に戻って、このようにしてマッピングされた厚さ分布から栄養外胚葉Tを構成する細胞の数を計数する方法についての説明を続ける。上記のようにして可視化される栄養外胚葉Tの表面の凹凸は個々の細胞の形状に起因するものである。このことから、例えば厚さが輝度で表現されている場合、マップ上に散在している周囲よりも高輝度の領域は、栄養外胚葉T内で1つ1つの細胞に対応する突起部位に対応しているものと考えられる。したがって、このような周囲より厚い、つまり高輝度の領域を抽出すれば、個々の細胞がどこにあるかを推定することができ、また栄養外胚葉Tを構成する細胞の個数を計数することができる。
【0106】
このことから、栄養外胚葉Tの厚さプロファイルに現れるピークは、栄養外胚葉Tを構成する個々の細胞に対応する突起部位を示すものである可能性が高い。そこで、ステップS118では厚さプロファイルにおける有意なピークを見出すことで、間接的に突起部位を検出する。
【0107】
図11はピーク検出処理の原理を示す図である。また、図12はピーク検出処理を示すフローチャートである。図11(a)に実線で示すように、マップ上のある方向に沿って当該方向の位置と輝度(すなわち厚さ)との関係(厚さプロファイル)をプロットすると、位置ごとに輝度の変動があり、周囲に対して輝度が突出して高いピークが現れる。これらは細胞の位置に対応するピークの候補となるものである。
【0108】
まず、このように周囲よりも輝度の高い領域を抽出する。具体的には、実線で示される厚さプロファイルに対し最大値フィルタ処理を実行する(ステップS301)。ウィンドウサイズを適宜に設定して最大値フィルタ処理を実行することで、図11(a)に点線で示すように、プロファイルのピーク幅が膨張する。最大値処理によって、ピーク以外の位置では輝度値が上昇するが、ピーク位置では輝度値に変化はない。そこで、このように輝度値の変化のない位置(図に破線で示す)を、ピーク候補として抽出する(ステップS302)。
【0109】
図11(b)は抽出されたピーク候補を示している。ピークにおける輝度が極端に高い、あるいは極端に低い場合、当該ピークは、画像ノイズや細胞に対応しないピークなど検出対象とは異なるものである可能性がある。そこで、輝度値に対し閾値Lth1、Lth2を設定し、ピーク候補のうち輝度値が上限値を規定する閾値Lth1を超えるもの、および輝度値が下限値を規定する閾値Lth2を下回るものについてはこれを消去する(ステップS303)。図12ではこの処理を「上限・下限処理」と記載している。図11(b)において、黒丸印はこの処理により消去されるピーク候補を示している。また白丸印は消去されずに残るピーク候補を示している。
【0110】
栄養外胚葉Tを構成する個々の細胞を特定するという本実施形態の目的においては、閾値Lth1、Lth2については、栄養外胚葉Tを構成する細胞として妥当なサイズの上限値および下限値に対応して設定することができる。これにより、1つの細胞と見なせないような極端に大きな、あるいは小さなピーク候補を除外することができ、細胞数の計数結果に及ぼす誤差を低減させることができる。なお、ここではピーク輝度値に上限値および下限値を設定しているが、いずれか一方であってもよい。また、大きな誤差要因とならないのであれば、上限・下限処理を省いてもよい。
【0111】
一方、栄養外胚葉Tの面に沿った方向においても妥当な細胞のサイズがある。言い換えれば、ピーク候補が個々の細胞を適切に表すものであるならば、それらのピーク間の距離は所定の範囲内に収まっているはずである。そこで、残るピーク候補のうち互いに隣接するものの間の距離を算出し(ステップS304)、極端に近接したピーク候補がある場合には、それらの一方をノイズとみなして消去する(ステップS305)。より小さなピークを消去するのが現実的である。図11(c)は、隣接ピークとの距離が予め設定された最小距離Dminに満たないピーク候補を消去した結果の例を示している。
【0112】
このようにして、図11(c)において白丸印で示されるピークが最終的に残る。これらのピーク位置が、個々の細胞に対応する突起部位の位置を表しているものと考えられる。つまり、ここまでの処理により、胞胚腔Bを取り囲む栄養外胚葉Tに存在する突起部位が検出されたことになる。
【0113】
なお、ここでは概念を理解しやすくするために一次元の厚さプロファイルを用いて原理説明を行ったが、実際の厚さプロファイルは、二次元マップを用いる事例では二次元、三次元マップを用いる事例では三次元である。このため、二次元マップを用いる事例では、ステップS301における最大値処理は二次元フィルタリングとなる。各方向に一定のウィンドウサイズを適用するため、この場合には円形フィルタが用いられる。また、ピーク間の距離についても、二次元マップ平面上での距離となる。
【0114】
二次元マップでは、動径の長さの情報が反映されておらず、また周縁部に近づくほど歪みが大きくなる。このため厳密には、円形のフィルタウィンドウで理想的なフィルタリング処理が実行されるとは言えない。しかしながら、個々の細胞位置に対応するピークを検出するという目的においては、実用的には十分な精度を得ることが可能である。特に、図9に示すように対象物を複数に分割してマッピングする方法では、歪みが大きくなるマップの周縁部を使用しないため、このような要因による誤差を十分に抑えることが可能である。図9(b)に点線で示す範囲については、少なくともフィルタウィンドウのサイズよりも大きくしておくことで、フィルタ処理によって誤差が生じることは避けられる。
【0115】
また、厚さプロファイルが三次元マップで示される場合、フィルタウィンドウは三次元の球形となる。すなわち、最大値フィルタ処理は球形フィルタリングとなる。また、ピーク間の距離も三次元空間内での距離となる。
【0116】
各位置での栄養外胚葉Tの厚さが球面に投影された三次元マップ(図10(a))では、原点Oから注目画素までの動径の長さの情報が処理に反映されない。このことは処理を簡単にする効果を有するが、フィルタ処理における誤差要因ともなり得る。一方、栄養外胚葉Tの表面形状に対応させた曲面へ投影される三次元マップ(図10(b))では、注目画素の位置には原点Oからの距離が反映されているため、当該注目画素を中心とする球形フィルタ処理により、誤差を排除し適切にピーク検出を行うことが可能である。
【0117】
図13は二次元マップ上で検出されるピーク位置の例を示す図である。図13(a)に点線で示すように栄養外胚葉Tの厚さが周囲に比べて局所的に突出している領域のうち、上記した条件に該当するものが有意なピーク(黒丸印)として検出され、これらのピークは、栄養外胚葉Tを構成する細胞の1つ1つに対応していると考えられる。図13(b)は検出された有意なピークのみを二次元マップにプロットしたものである。このように、個々の細胞に対応する有意なピークが検出されると、それらの個数を計数することで突起部位の数が求められ(ステップS119)、間接的に栄養外胚葉Tを構成する細胞の数を知ることができる。
【0118】
内細胞塊Iが占める領域においては、栄養外胚葉Tを構成する細胞の分布を知ることは困難であるが、他の領域と同程度の密度で細胞が分布していると仮定することで、胚E全体としての細胞の個数を推定することが可能である。すなわち、計数された細胞の個数を内細胞塊Iと接する部分を除く栄養外胚葉Tの表面積で除することにより細胞密度を求め、内細胞塊Iと接する部分を含む栄養外胚葉Tの表面積に細胞密度を乗じることで、栄養外胚葉Tの全体を構成する細胞の総数を見積もることが可能である。
【0119】
図14は三次元マップ上で検出されるピーク位置の例を示す図である。三次元マップにおいても上記と同様に、栄養外胚葉Tの厚さが周囲に比べて局所的に突出している領域のうち、条件に該当するものが細胞に対応する有意なピーク(黒丸印)として検出される。これをマップ曲面の全体において計数することで、栄養外胚葉Tを構成する細胞の数を推定することが可能である。内細胞塊Iが占める領域の取り扱いについても、二次元マップのケースと同様にすることができる。
【0120】
ここまでの処理により、透明帯ZPの内側表面に沿って形成される栄養外胚葉Tのうち胞胚腔Bに臨んで露出している部分について、細胞の個数が計数された。一方、内細胞塊Iにより覆われた部分については、上記の計数結果には含まれていない。内細胞塊Iと透明帯ZPとの間にも、露出部分と同様の栄養外胚葉Tが形成されていることがわかっている。しかしながら、栄養外胚葉Tと内細胞塊Iとを分離する画像処理では、個々の細胞の形状まで再現されるような方法は確立されていない。このため、内細胞塊Iに覆われた栄養外胚葉Tについては、上記のような細胞の計数方法を適用することができない。
【0121】
本願発明者の知見によれば、内細胞塊Iと透明帯ZPとの間で栄養外胚葉Tを形成する細胞の密度は、内細胞塊Iに覆われない部分における密度と有意な差がない。このことから、内細胞塊Iの下でも露出した部分と同等の細胞密度で細胞が分布していると仮定することで、栄養外胚葉Tのうち内細胞塊Iに覆われた部分における細胞の個数を推定することが可能である。具体的には以下の通りである。
【0122】
栄養外胚葉Tを構成する細胞は、透明帯ZPの内側表面に貼り付くように薄い層を形成している。以下の説明では、透明帯ZPの内側表面のうち内細胞塊Iで覆われた領域を「被覆領域」、それ以外の領域、つまり栄養外胚葉Tにより覆われ、かつその栄養外胚葉Tは胞胚腔Bに向かって露出している領域を「露出領域」と称することとする。
【0123】
このうち露出領域を覆うように形成されている栄養外胚葉Tについては、上記した計数方法により細胞の個数が求められている。この個数を露出領域の面積で除することにより、栄養外胚葉Tを形成する細胞の単位面積当たりの密度を算出することが可能である。そして、こうして求められる細胞密度を、透明帯ZPの内側表面全体の面積に乗じることで、透明帯ZPの内側表面に栄養外胚葉Tを形成する細胞の総数を算出することができる。
【0124】
したがって、透明帯ZPの内側表面全体の表面積と、そのうち露出領域の表面積とがわかれば、上記計数結果を用いて細胞の総数を算出することができる。具体的には、次のような原理式:
(細胞の総数)=(内側表面全体の表面積)×(計数結果)/(露出領域の表面積)
により、栄養外胚葉Tを構成する細胞の総数を算出することが可能である。
【0125】
なお、透明帯ZPの内側表面は露出領域と被覆領域とに区分されるから、内側表面全体の面積、露出領域の面積および被覆領域の面積のうちいずれか2つがわかれば他の1つは自動的に求められる。また、上記式から明らかなように、内側表面全体の表面積と露出領域の表面積との面積比がわかれば足りる。これらの考えに基づき上記原理式は適宜変形可能であるが、それらは技術的に等価であり、いずれも本実施形態の技術思想に含まれるものである。例えば以下のような処理により、細胞数を算出することが可能である。
【0126】
図15は細胞数の算出処理を示すフローチャートである。この処理は、図3におけるステップS120に相当する処理である。この処理では、透明帯ZPの内側表面全体の面積(総面積)と、そのうち内細胞塊Iに覆われた被覆領域の面積とが求められる(ステップS401、S402)。これらの差により表される露出領域の面積により、当該領域における細胞数の計数結果を除することで、当該領域における細胞密度が求められる(ステップS403)。この細胞密度に総面積を乗じることで、露出領域および被覆領域を含めた栄養外胚葉T全体の細胞数を算出することができる(ステップS404)。
【0127】
次に、透明帯ZPの表面積を求める方法について説明する。図3に示す画像処理によって、胚の三次元像は透明帯ZPに対応する領域、栄養外胚葉Tに対応する領域および内細胞塊Iに対応する領域に分割される。したがって、これらの各領域の境界に当たる画素が三次元画像空間において占める位置は特定されている。
【0128】
このことから、透明帯ZPに対応する領域と、栄養外胚葉Tおよび内細胞塊Iに対応する領域との境界にある画素の数が、透明帯ZPの内側表面の総面積を表す情報としての意味を有していることになる。三次元像における画素(ボクセル)は三次元方向それぞれに所定のサイズを有するものであるから、ボクセルの数は体積の次元を有する。したがって、ボクセルの数をボクセルの1辺の長さで除すれば面積の次元となり、その値により、求めようとする面積を近似的に表すことが可能である。なお、ボクセルサイズは一定であるから、面積比を求めるという目的においては画素(ボクセル)の数を面積の指標としても差し支えない。
【0129】
このようにして透明帯ZPの内側表面の総面積を求めることができる。一方、被覆領域の面積については、例えば次のようにして求めることができる。
【0130】
図16は被覆領域の面積を求める方法を示す原理図である。胚Eの三次元像において、胚の中心Oから任意の動径方向に延びる半直線を考える。それらのうち内細胞塊Iに対応する領域を通るものの1つが、図16に示す半直線L1である。このように胚中心Oから延びて内細胞塊Iに対応する領域を通る半直線上にあり、かつ当該半直線と透明帯ZPの内側表面とが交わる位置にある点Qに対応するボクセルが、被覆領域にあるボクセルであると言える。このような条件に該当するボクセルの数を計数することで、被覆領域の面積(より厳密には体積)を求めることができる。
【0131】
また特殊なケースとして、例えば透明帯ZPの内側表面が球殻とみなせる場合には、胚Eの中心Oから内細胞塊Iを見込んだときの立体角α(単位:ステラジアン)を以って被覆領域の面積を簡易的に表すことができる。具体的には、例えば図16に示す半直線L2,L3のように、胚の中心Oから種々の方向に取り得る半直線のうち内細胞塊Iの周縁部を通る半直線を特定し、それらの集合体がつくる錐体面の開き角度として立体角αを特定することが可能である。
【0132】
一方、球殻である透明帯ZPの内側表面の総面積は4πステラジアンで表せるから、立体角αと4πとを用いて面積比を表すことができる。なお、実際の面積の次元で表すためには中心Oから透明帯ZPの内側表面までの距離を考慮する必要があるが、面積比での議論においてはその必要はない。
【0133】
なお、上記実施形態においては、胚Eの三次元像から栄養外胚葉Tと内細胞塊Iとを分離するのに特許文献2に記載の方法を用いることとしている。この方法では、光干渉断層撮像により取得された干渉信号から栄養外胚葉Tに対応するピークと内細胞塊Iに対応するピークとを分離することにより、これら2つの領域を分割している。しかしながら、特に内細胞塊Iが薄い場合には2つのピークを精度よく分離することは容易でなく、これにより被覆領域の周縁部を特定する際の精度が低下するおそれがある。このことは、被覆領域の面積の算出結果にも影響を及ぼし、結果的に細胞数の算出精度の低下を招くことになる。
【0134】
この問題は、内細胞塊Iと栄養外胚葉Tとを分離するための処理を改変することで回避可能である。その基本的な考え方は、栄養外胚葉Tが透明帯ZPの内面に沿った薄い層であるのに対して、内細胞塊Iはより厚く大きな塊をなすことから、透明帯ZPの内面に沿って形成された構造物のうち「一定以上の厚さを有するものの中で最大のもの」を内細胞塊Iとみなす、というものである。具体的には、例えば以下のようにすることができる。
【0135】
図17は画像処理の変形例を示すフローチャートである。この変形例では、図3に示すフローチャートと比較すると、図3ではステップS113の後に実行されていた内細胞塊Iと栄養外胚葉Tとを分離するための処理(ステップS114)が、ステップS117の後に移動されステップS121として記載されている。そして、その処理内容も上記とは異なっている。
【0136】
この点を除く処理内容は図3に示されるものと同じである。そのため、図3と同一の処理については同じステップ番号を付して説明を省略することとなる。なお、ステップS116およびステップS117については、処理内容に実質的な差異はないが、内細胞塊Iが栄養外胚葉Tと区別されない状態で取り扱われる点において上記実施形態とは異なっている。ステップS121における処理内容は以下の通りである。
【0137】
図18は内細胞塊と栄養外胚葉とを分離するための処理を示すフローチャートである。また、図19はこの処理におけるオブジェクトの変化を模式的に示す図である。この処理は、図19(a)に示すように、透明帯ZPに対応する領域が分離された胚Eの三次元像に対して施される。このときの三次元像に含まれるオブジェクトは、内細胞塊Iと栄養外胚葉Tとが未分離で一体となったオブジェクト(I+T)である。
【0138】
最初に、オブジェクト(I+T)のうち栄養外胚葉Tに相当する領域の平均厚さが求められる(ステップS501)。この時点では栄養外胚葉Tと内細胞塊Iとが未分離であるため、厳密な意味では栄養外胚葉Tのみの厚さを求めることはできないが、ここではさほど精度を必要としない。例えばオブジェクト(I+T)のうち、厚さが所定値以下の領域を栄養外胚葉Tと仮定してよい。あるいは、特許文献2に記載の方法で内細胞塊Iと栄養外胚葉Tとを仮分離してもよい。
【0139】
次に、オブジェクト(I+T)の外側表面から、求められた平均厚さ分に対応する領域を削除する(ステップS502)。図19(a)に示された破線は、オブジェクト(I+T)の外側表面から平均厚さ分だけ内側の位置を表している。この線より外側の領域を削除すると、図19(b)に示すように、オブジェクト(I+T)のうち破線より内側まで延びた部分だけが残る。こうして離散的に残ったオブジェクトのうち、体積が最大であるものを抽出し、これを内細胞塊Iとみなす(ステップS503)。
【0140】
こうして内細胞塊Iに対応する領域が特定されると、元のオブジェクト(I+T)からこの領域を分離すると(ステップS504)、図19(c)に示すように、残った領域が栄養外胚葉Tに対応するものとなっている。
【0141】
このような分離方法によれば、内細胞塊Iが薄い場合でも栄養外胚葉Tとの分離を良好に行うことが可能である。特に内細胞塊Iはその周縁部で薄くなっており、この部分で栄養外胚葉Tとの区別が適切に行えないと、上記した被覆領域の面積の算出誤差が大きくなってしまう。ここに示した方法は、このような目的にも好適に適用可能である。
【0142】
以上説明したように、この実施形態の画像処理装置1においては、撮像部20が本発明の「画像取得部」として機能している。また、制御ユニット30、特にCPU31および信号処理部33が本発明の「画像処理部」として機能している。
【0143】
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて上述したもの以外に種々の変更を行うことが可能である。例えば、上記実施形態の画像処理装置1は、試料SをOCT撮像および光学顕微鏡撮像する機能、ならびに撮像データに基づく画像処理を実行する機能を有するものである。しかしながら、本発明の画像処理方法は、自身は撮像機能を持たず、撮像機能を有する他の装置での撮像により得られた撮像データを取得したコンピュータ装置によって実行することも可能である。これを可能とするために、図3の各処理ステップのうちステップS101以外をコンピュータ装置に実行させるためのソフトウェアプログラムとして、本発明が実施されてもよい。
【0144】
このようなプログラムの配布は、例えばインターネット等の電気通信回線を介してダウンロードする形式によって行うことが可能であり、また当該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を配布することによっても可能である。また、既存のOCT撮像装置にインターフェースを介してこのプログラムを読み込ませることで、当該装置により本発明を実施することも可能となる。
【0145】
また、上記実施形態では三次元画像データを極座標データに変換した上で各種の処理を実行しているが、このような座標変換を行わなくても、上記と同様の突起部位の検出は可能である。例えば厚さ検出にDistance Transform関数を用いる場合、必ずしも胚の中心(重心)を設定する必要はないから、直交座標系で表された栄養外胚葉の三次元画像データから直接厚さを求めることが可能である。そして、図10(b)に示される三次元マップを用いる場合、内側表面または外側表面の位置が特定されている限り、XYZ直交座標空間内でマップ作成が可能である。したがって、これらを組み合わせた処理であれば、極座標系への変換は必須ではないと言える。
【0146】
また例えば、上記実施形態では、胚Eの三次元像から透明帯と栄養外胚葉とを分離した上で、栄養外胚葉における厚さ分布を求めている。しかしながら、例えば透明帯の厚さが一定と見なせるのであれば、透明帯と栄養外胚葉とを分離することなくその厚さ分布を求めても、それに現れる厚さの変化は実質的に栄養外胚葉の厚さを反映したものとなる。また、透明帯を分離する方法についても、上記のように光学顕微鏡画像を用いる方法に限定されず任意である。
【0147】
以上、具体的な実施形態を例示して説明してきたように、本発明に係る画像処理方法において、細胞の数は、例えば透明帯の内側表面のうち内細胞塊に覆われていない領域の単位面積当たりに検出された突起部位の数と、内側表面の総面積との積により求めることができる。単位面積当たりの突起部位の数は、栄養外胚葉における細胞密度を表している。したがって、細胞密度に内側表面の総面積を乗じることで、栄養外胚葉を形成する細胞の総数を求めることが可能である。
【0148】
また例えば、三次元像から栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を一括して抽出した後に、当該領域を栄養外胚葉に対応する領域と内細胞塊に対応する領域とに分割することができる。内細胞塊は、透明帯内面の全体に形成された栄養外胚葉の一部を覆うように形成される。このため、透明帯と栄養外胚葉との境界は必ずしも明確でない。一方で、これらの外側を覆うように形成される透明帯は厚さが概ね均一で一様な膜である。このため、まず栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域を一括して抽出することで透明帯に対応する領域を分離してから、栄養外胚葉と内細胞塊とを分割することで、より効率的に領域の分割を行うことが可能である。
【0149】
具体的には例えば、一括して抽出された領域の外側表面から、栄養外胚葉の平均厚さに相当する厚さの領域を削除し、残った領域のうち体積が最大のものを、内細胞塊に対応する領域とすることができる。栄養外胚葉および内細胞塊を含む領域の外側表面から一定厚さ分を削除してゆくと、当該領域のうち胞胚腔に向かって突出した部分が離散的に残った状態となる。そのうち最大のものが内細胞塊である蓋然性が高いから、上記方法により、内細胞塊が占める領域を特定することができる。この原理を利用して、栄養外胚葉と内細胞塊とを精度よく分割することが可能である。
【0150】
また例えば、胚を光学顕微鏡撮像して得られる二次元画像データに基づき、三次元像における栄養外胚葉および内細胞塊に対応する領域と透明帯に対応する領域とを分割することが可能である。OCT撮像により得られる三次元像では、透明帯とその内面に付着する栄養外胚葉との間で明確な輝度の差がなく、これらを分離することは容易でない。一方、光学顕微鏡画像では透明帯を輝度の違いにより他の領域と区別することがより容易である。このことを利用して、同じ胚を光学顕微鏡撮像した二次元画像データに基づき、三次元像における透明帯とその他の領域とを精度よく分離することが可能である。
【0151】
また例えば、三次元画像データから、胚の各点の位置を極座標空間内の位置として表した極座標データを作成し、極座標データに基づき栄養外胚葉の厚さ分布を求めることができる。特に、胚の重心を極座標空間の原点とすることが好ましい。このような構成によれば、球体または回転楕円体に近い形状を有する胚盤胞期の胚についてのデータ処理を容易にすることができる。
【0152】
この場合において、例えば、極座標空間における動径方向と、当該動径方向において求められた栄養外胚葉の厚さとを関連付けた厚さプロファイルを作成し、これに基づき突起部位を検出するようにしてもよい。このような構成によれば、厚さプロファイルにより示される栄養外胚葉の厚さの変化から、周囲に対し厚さが突出する突起部位を容易に検出することが可能である。
【0153】
具体的には、例えば厚さプロファイルに対し最大値フィルタ処理を実行し、その前後で値に変化のない位置を突起部位の位置とすることができる。突起部位の位置では栄養外胚葉の厚さが周囲より大きいため、最大値フィルタ処理によっても厚さの値が変化しない。一方、周囲により厚い部分がある領域では、その厚さの影響により、最大値フィルタ処理後の値が変化する。このことを利用して、周囲よりも大きな厚さを有する部位を検出することができる。
【0154】
例えば、栄養外胚葉の内側表面または外側表面に対応する位置に、当該位置における栄養外胚葉の厚さに応じた輝度値を有する画素を配した三次元マップにより厚さプロファイルを表すことが可能である。また例えば、極座標空間内で栄養外胚葉を球体近似した近似球の表面の各位置に、当該位置を通る動径方向における液用外肺葉の厚さに応じた輝度値を有する画素を配する三次元マップにより厚さプロファイルを表すことが可能である。これらの場合、注目画素を中心とする球形領域に対する空間フィルタ処理として最大値フィルタ処理を実行することができる。
【0155】
一方、極座標データが表す2つの偏角を座標軸とする座標平面に、当該2つの偏角により極座標空間内で特定される一の動径方向における栄養外胚葉の厚さに応じた輝度値を有する画素を配した二次元マップにより厚さプロファイルを表すことも可能である。この場合、二次元マップ上の注目画素を中心とする円形領域に対する二次元フィルタ処理として最大値フィルタ処理を実行することができる。なお、三次元空間での厚さ分布を二次元マップにより表現する方法としては、例えば擬円筒図法を用いることが可能である。
【0156】
また例えば、極座標空間を原点を通る平面で複数に分割し、分割された空間のそれぞれについて個別に二次元マップの作成および前記突起部位の検出を実行してもよい。三次元空間内の物体の形状を二次元マップで表す場合、マップ上の物体に歪みが生じることは避けられない。空間を分割して個別にマップを作成することで、特定の箇所に大きな歪みが生じるのを回避することができ、厚さ分布の検出精度を高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0157】
この発明は、胚盤胞期の胚(受精卵)の観察および評価作業を支援するのに好適なものであり、例えば培養された胚の状態を評価する作業を支援して、生殖補助医療における、より妊娠成功率が高い良好な胚を選択する目的に利用することができる。
【符号の説明】
【0158】
1 画像処理装置
10 保持部
11 試料容器
20 撮像部(画像取得部)
30 制御ユニット(画像処理部)
31 CPU(画像処理部)
33 信号処理部(画像処理部)
B 胞胚腔
E 胚
I 内細胞塊
S 試料
T 栄養外胚葉
ZP 透明帯
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19