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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】軟磁性粉末及び圧粉磁心
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20241213BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20241213BHJP
   B22F 1/05 20220101ALI20241213BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20241213BHJP
   B22F 1/102 20220101ALI20241213BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241213BHJP
【FI】
B22F1/00 Y
B22F1/16 100
B22F1/05
B22F3/00 E
B22F1/102 100
C22C38/00 303S
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023135530
(22)【出願日】2023-08-23
(62)【分割の表示】P 2021048236の分割
【原出願日】2021-03-23
(65)【公開番号】P2023162305
(43)【公開日】2023-11-08
【審査請求日】2023-09-05
(73)【特許権者】
【識別番号】390005223
【氏名又は名称】株式会社タムラ製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【弁理士】
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【弁理士】
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【弁理士】
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【弁護士】
【氏名又は名称】木内 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】深澤 真之
(72)【発明者】
【氏名】大島 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】山本 豊
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/015581(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-1/18
H01F 1/12-1/38、1/4
C03C 1/00-14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe-Si系合金粉末及び絶縁層を含み、
前記Fe-Si系合金粉末の表面にNbとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物が付着し、
前記絶縁層は、前記Nbと前記リン酸塩ガラスが結合して成る化合物が付着したFe-Si系合金粉末の表面に形成され
前記Fe-Si系合金粉末の平均粒子径は、メジアン径D50において、13.76μm以上であり、
前記化合物の添加量は、前記Fe-Si系合金粉末に対して、0.2wt%以上0.6wt%以下であり、
前記化合物における前記Nbの含有量は、0.090wt%以上0.27wt%以下であること、
を特徴とする軟磁性粉末。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性粉末を含むこと、
を特徴とする圧粉磁心。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性粉末及びこの軟磁性粉末を含む圧粉磁心に関する。
【背景技術】
【0002】
OA機器、太陽光発電システム、自動車など様々な用途にリアクトルといったコイル部品が用いられている。コイル部品は、コアにコイルが装着されている。そして、このコアとしては、圧粉磁心が用いられることが多い。
【0003】
圧粉磁心は、軟磁性粉末と、軟磁性粉末の周囲に形成された絶縁層を含み、この絶縁層が形成された軟磁性粉末を数ton~数十tonといった高い圧力で押し固め、成形体を作製する。そして、この成形体を焼鈍といわれる熱処理することで圧粉磁心が作製される。
【0004】
圧粉磁心は、エネルギー交換効率の向上や低発熱などの要求から、磁束密度変化におけるエネルギー損失が小さいという磁気特性が求められる。エネルギー損失に関する磁気特性とは、具体的には鉄損(Pcv)である。鉄損(Pcv)は、ヒステリシス損失(Ph)と、渦電流損失(Pe)の和で表される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5929819号公報
【文献】特開2017-098426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来からヒステリシス損失の低減を図る研究が進められている。例えば、特許文献1のように、結晶粒が粗大な場合に、低いヒステリシス損失が得られるなどといった研究が進められている。また、特許文献2のように、コアとコイルとを一定距離以上離間させることで渦電流損失の低減が図れるといった研究が進められている。しかし、近年では、コイル部品の用途も多様化しており、ヒステリシス損失及び渦電流損失の低減、即ち、鉄損の低減が一層求められている。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、ヒステリシス損失及び渦電流損失の低減でき、鉄損の低減を図ることができる軟磁性粉末及び圧粉磁心を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究の結果、Fe-Si系合金粉末を含む軟磁性粉末の表面にNbとガラスが結合して成る化合物を付着させることで、NbによってFe-Si系合金粉末の表面の結晶構造を規則的な構造に修復し、ヒステリシス損失が低減できるという知見を得た。また、ガラスが絶縁被膜として作用することで、渦電流損失が低減するという知見を得た。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、本発明の軟磁性粉末は、Fe-Si系合金粉末及び絶縁層を含み、前記Fe-Si系合金粉末の表面にNbとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物が付着し、前記絶縁層は、前記Nbと前記リン酸塩ガラスが結合して成る化合物が付着したFe-Si系合金粉末の表面に形成され、前記Fe-Si系合金粉末の平均粒子径は、メジアン径D50において、13.76μm以上であり、前記化合物の添加量は、前記Fe-Si系合金粉末に対して、0.2wt%以上0.6wt%以下であり、前記化合物における前記Nbの含有量は、0.090wt%以上0.27wt%以下であること、を特徴とする。
【0010】
また、この軟磁性粉末を含む圧粉磁心も本発明の一態様である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヒステリシス損失及び渦電流損失の低減でき、鉄損の低減を図ることができる軟磁性粉末及び圧粉磁心を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例及び比較例1、2のヒステリシス損失を示すグラフである。
図2】軟磁性粉末の平均粒子径とヒステリシス損失の関係を示す図である。
図3】軟磁性粉末の平均粒子径と渦電流損失の関係を示す図である。
図4】軟磁性粉末の平均粒子径と鉄損の関係を示す図である。
図5】Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量とヒステリシス損失の関係を示す図である。
図6】Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量と渦電流損失の関係を示す図である。
図7】Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量と鉄損の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態に係る軟磁性粉末及び圧粉磁心について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものでない。
【0014】
圧粉磁心は、OA機器、太陽光発電システム、自動車などに搭載されるコイル部品のコアに用いられる磁性体である。圧粉磁心は、軟磁性粉末から成る。軟磁性粉末の表面には、ニオブ(以下、Nbと称する。)とガラスの化合物が付着している。また、Nbとガラスが結合して成る化合物が付着している軟磁性粉末は、絶縁層で被覆される。この絶縁層で被覆された軟磁性粉末を加圧成形して成形体を作製し、この成形体を熱処理することで圧粉磁心は作製される。
【0015】
軟磁性粉末としては、鉄を主成分としてSiを含有するFe-Si系合金粉末が用いられる。Fe-Si系合金の粉末は、例えば、Feに対して5.5wt%のSiを含有させたFe-5.5%Si合金粉末、又はFeに対して6.5wt%のSiを含有させたFe-6.5%Si合金粉末が挙げられるが、Feに対するSiの比率は、5.5%や6.5%以外であっても良い。また、Fe-Si系合金粉末には、Co、Al、Cr又はMnが含まれていてもよい。Fe-Si系合金粉末の粒子径(メジアン径D50)は、13.76μm以上であることが好ましい。粒子径を13.76μm以上とすることで、Nbを付着させることによるヒステリシス損失低減効果が顕著に現れる。
【0016】
Fe-Si系合金粉末は、Nbとガラスが結合して成る化合物を付着させる前に、真空雰囲気や不活性ガス雰囲気である非酸化雰囲気又は大気中で熱処理を行う方が好ましい。不活性ガスとしては、HやNが挙げられる。熱処理温度としては、500℃以上700℃以下が好ましい。500℃以上700℃以下の温度範囲でFe-Si系合金粉末の熱処理を行うことで、ヒステリシス損失が低減される。熱処理の時間は2時間程度である。
【0017】
Fe-Si系合金粉末の表面には、Nbとガラスが結合して成る化合物が付着している。この化合物は、Fe-Si系合金粉末の各粒子の表面に付着してもよいし、粒子の凝集体の表面に付着していてもよいし、これらの両方の態様が混在していてもよい。また、Nbとガラスが結合して成る化合物は、粒子又は粒子の凝集体の全表面を覆うように付着していてもよいし、粒子又は粒子の凝集体の一部の表面を覆うように付着していてもよい。
【0018】
これは推測であり、このメカニズムに限定されるものではないが、Fe-Si合金粉末の表面に付着したNbがFe-Si合金粉末の結晶中の格子欠陥を修復することでヒステリシス損失を低減させていると思われる。また、リン酸塩ガラスがFe-Si合金粉末の表面に付着することで、絶縁被膜として作用し、渦電流損失が低減させていると思われる。
【0019】
そして、金属と親和性の高いガラスとNbを結合させることで、微量のNbであっても効率的にFe-Si合金粉末の表面にNbを付着させることができる。仮に、Nb粉末を樹脂と混合させた混合物をFe-Si合金粉末に添加した場合、Fe-Si合金粉末の表面には樹脂が付着し、Nbが付着しないことがある。換言すれば、混合物が付着しているからといって、Nbが付着しているとは限らない。Nbが付着していないFe-Si合金粉末の表面は修復されず、ヒステリシス損失の低減を効果的に得ることができないことがある。NbをFe-Si合金粉末の表面に付着させる可能性を高めるために、混合物に含有させるNbの含有量も多くする必要がある。
【0020】
一方、本発明のように、Nbとガラスが結合した化合物とすると、この化合物にはNbも含まれているため、化合物をFe-Si合金粉末の表面は、Nbが付着したことになる。そのため、Nbとの混合物の場合と比べて、効率良くNbをFe-Si合金粉末の表面に付着させることができる。
【0021】
ガラスは、融点が900℃以下のものを用いることができる。例えば、リン酸塩ガラスなど周知のものを用いることができる。融点を900℃以下にすることにより、圧粉成形体の熱処理において、ガラスが軟化し、よりFe-Si合金粉末の表面にガラスが広がりやすくなる。例えば、圧粉成形体の熱処理温度が650℃であり、ガラスの融点が900℃のように、熱処理温度とガラスの融点が離れている場合には、熱処理の時間を調整することでガラスを軟化されることは可能である。
【0022】
Nbとガラスが結合して成る化合物の添加量は、Fe-Si系合金粉末に対して、0.1wt%以上0.6wt%以下であることが好ましい。また、この化合物に含有するNbの含有量は、0.045wt%以上0.27wt%以下であることが好ましい。化合物の添加量や化合物に含有するNbの含有量をこの範囲にすることで、ヒステリシス損失の低減が図れる。
【0023】
更に好ましくは、Nbとガラスが結合して成る化合物の添加量は、Fe-Si系合金粉末に対して、0.2wt%以上0.6wt%以下であることが好ましい。また、この化合物に含有するNbの含有量は、0.09wt%以上0.27wt%以下であることが好ましい。化合物の添加量や化合物に含有するNbの含有量をこの範囲にすることで、ヒステリシス損失の低減のみならず、渦電流損失の低減も図れ、その結果、鉄損が低減する。
【0024】
Nbとガラスが結合して成る化合物を添加した後、窒素雰囲気中において、熱処理を行う。熱処理温度は、350℃~800℃が好ましい。熱処理の時間は10時間程度であるが、熱処理温度によって適宜変更してもよい。なお、Nbとガラスが結合して成る化合物を添加する際に、例えば、アクリルバインダーなど既知のバインダーを添加してもよい。バインダーは、この熱処理により蒸発し、Fe-Si系合金粉末の表面には付着していない場合もあるし、残留物として残っている場合もある。
【0025】
Nbとガラスが結合して成る化合物が付着したFe-Si系合金粉末の外側には絶縁層が形成されている。即ち、Nbとガラスが結合して成る化合物が粒子又は粒子の凝集体の全表面を覆うように付着している場合には、絶縁層はNbとガラスが結合して成る化合物の表面に形成され、Nbとガラスが結合して成る化合物が粒子又は粒子の凝集体の一部の表面を覆うように付着している場合には、絶縁層の一部は、Fe-Si系合金粉末の表面にも形成されている。
【0026】
絶縁層を構成する絶縁材料としては、シランカップリング剤、シリコーンオリゴマー、シリコーンレジン又はこれらの混合物が含まれる。絶縁層は、単層であってもよいし、複数層であってもよい。例えば、絶縁層は、種類ごとに各層に分けた複数層で構成してもよいし、1種類又は2種類以上を混合した絶縁材料の単層であってもよい。
【0027】
シランカップリング剤としては、アミノシラン系、エポキシシラン系、イソシアヌレート系のシランカップリング剤を使用することができ、特に、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、トリス-(3-トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレートが好ましい。シランカップリング剤の添加量としては、Fe-Si系合金粉末に対して、0.10wt%以上、1.0wt%以下が好ましい。シランカップリング剤の添加量をこの範囲にすることで、軟磁性粉末の流動性を向上させるとともに、成形された圧粉磁心の密度、磁気特性、強度特性を向上させることができる。
【0028】
シランカップリング剤を添加した後、Fe-Si系合金粉末とシランカップリング剤の混合物を加熱乾燥する。乾燥温度は、25℃~200℃が好ましい。乾燥温度が25℃より低いと、溶剤が残留し絶縁被膜が不完全となる場合があるためである。一方、乾燥温度が200℃より高いと、分解が進み絶縁被膜として形成されなくなる場合があるためである。乾燥時間は、2時間程度である。
【0029】
シリコーンオリゴマーとしては、アルコキシシリル基を有し、反応性官能基を有さないメチル系、メチルフェニル系のものや、アルコキシシリル基及び反応性官能基を有するエポキシ系、エポキシメチル系、メルカプト系、メルカプトメチル系、アクリルメチル系、メタクリルメチル系、ビニルフェニル系のもの、又はアルコキシシリル基ではなく、反応性官能基を有する脂環式エポキシ系のもの等を用いることができる。特に、メチル系またはメチルフェニル系のシリコーンオリゴマーを用いることで厚く硬い絶縁層を形成することができる。また、絶縁層の形成のしやすさを考慮して、粘度の比較的低いメチル系、メチルフェニル系を用いてもよい。
【0030】
シリコーンオリゴマーの添加量は、Fe-Si系合金粉末に対して0.1以上2.0wt%以下が好ましい。添加量が0.1wt%より少ないと絶縁被膜として機能せず、渦電流損失が増加することにより磁気特性が低下する。添加量が2.0wt%より多いと、圧粉磁心の密度低下を招く。
【0031】
シリコーンオリゴマーを添加した後、Fe-Si系合金粉末とシリコーンオリゴマーの混合物を加熱乾燥する。乾燥温度は、25℃~350℃が好ましい。乾燥温度が25℃未満であると膜の形成が不完全となり、渦電流損失が高くなり、損失が増大する。一方、乾燥温度350℃より大きいと粉末が酸化することによりヒステリシス損失が高くなり、損失が増大する。乾燥時間は、2時間程度である。
【0032】
シリコーンレジンは、シロキサン結合(Si-O―Si)を主骨格に持つ樹脂である。シリコーンレジンを用いることで可撓性に優れた被膜を形成することができる。シリコーンレジンは、メチル系、メチルフェニル系、プロピルフェニル系、エポキシ樹脂変性系、アルキッド樹脂変性系、ポリエステル樹脂変性系、ゴム系等を用いることができる。この中でも特に、メチルフェニル系のシリコーンレジンを用いた場合、加熱減量が少なく、耐熱性に優れた絶縁層を形成することができる。
【0033】
シリコーンレジンの添加量は、Fe-Si系合金粉末に対して、0.8~2.0wt%であることが好ましい。添加量が0.8wt%より少ないと絶縁被膜として機能せず、渦電流損失が増加することにより磁気特性が低下する。添加量が2.0wt%より多いと圧粉磁心の密度低下を招く。
【0034】
シリコーンレジンを添加した後、Fe-Si系合金粉末とシリコーンレジンの混合物を加熱乾燥する。乾燥温度は、100℃~200℃が好ましい。乾燥温度が100℃より小さいと絶縁被膜の形成が不完全となり、渦電流損失が高くなる場合があるためである。一方、乾燥温度が200℃より大きいと粉末が無機物となりバインダーとしての役割を果たさず、保形成が悪くなり、成形体の密度及び透磁率が低下する場合があるためである。乾燥時間は、2時間程度である。
【0035】
なお、絶縁層を形成させる際に、水分を添加してもよい。水分としては、水、エタノールを挙げることができる。水分を添加するタイミングとしては、軟磁性粉末にシランカップリング剤やシリコーンレジン等を混合させた後、又は、シランカップリング剤やシリコーンレジン等を加熱乾燥させる初期段階で添加する。水分は、ミスト状またはスプレー状に散布させたり、或いは細かな水滴として滴下させることで添加する。水分を添加することで、シランカップリング剤等に必要な加水分解や縮合反応が良好となり、コアの強度が向上する。水分は、加熱乾燥することで蒸発し、絶縁層には残っていない。
【0036】
絶縁層が周囲に形成されたFe-Si系合金粉末に対して、潤滑剤を添加したうえで、加圧成形工程及び成形体熱処理工程を経て、圧粉磁心は作製される。潤滑剤としては、例えば、ステアリン酸及びその金属塩並びにエチレンビスステアルアミド、エチレンビスステアロアマイド、エチレンビスステアレートアミドなどが挙げられる。
【0037】
加圧成形工程は、絶縁層が形成されたFe-Si系合金粉末を加圧成形することにより、圧粉成形体を作製する工程である。まず、Fe-Si系合金粉末を金型に充填し、その後、10~20ton/cmで加圧し、圧粉成形体が形成される。
【0038】
成形体熱処理工程では、窒素ガス中、水素ガス中、窒素と水素の混合ガス、0.01%等の低酸素雰囲気等の非酸化性雰囲気中にて、650℃以上且つFe-Si系合金粉末の周囲に形成された絶縁層が破壊される温度(例えば、900℃とする)よりも低い温度で、圧粉成形体の熱処理を行う。熱処理を経ることで圧粉磁心が作製される。
【0039】
実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0040】
まず、実施例1及び比較例1、2の軟磁性粉末を作製し、各軟磁性粉末を用いて圧粉磁心を作製した。実施例1及び比較例1、2は、軟磁性粉末の表面にリン酸塩ガラスの有無やリン酸塩ガラスと結合している金属の種類が異なる。具体的には、実施例1は、Nbとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物を軟磁性粉末の表面に付着させているのに対し、比較例1はNbとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物を添加せず、比較例2は、Snとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物を付着させている点が異なる。その他については、共通の工程及び条件で作製された。実施例1及び比較例1、2の軟磁性粉末及び圧粉磁心の作成手順は以下のとおりである。
【0041】
まず、Fe-5.5%Si合金粉末を用意した。Fe-5.5%Si合金粉末を650℃の窒素雰囲気中で2時間熱処理した。
【0042】
熱処理を行ったFe-5.5%Si合金粉末に対して、実施例1は、Nbとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物を0.3wt%及びアクリルバインダーを0.75wt%添加した。比較例2は、Snとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物を0.3wt%及びアクリルバインダーを0.75wt%を添加した。そして、実施例1及び比較例2は、窒素雰囲気中において、380℃の温度で10時間熱処理を行った。一方、比較例1は、NbやSnといった金属と結合したリン酸塩ガラスを添加しておらず、Fe-5.5%Si合金粉末の表面にはNbやリン酸塩ガラスは付着していない。換言すれば、比較例1は、本工程を行うことなく以下の工程を行った。
【0043】
その後、Fe-5.5%Si合金粉末に対し、シリコーンオリゴマーを0.5wt%混合し、200℃の大気中で2時間乾燥させた。凝集を解消する目的でFe-5.5%Si合金粉末を目開き250μmの篩に通した。篩に通したFe-5.5%Si合金粉末に対して、固形分が50%のシリコーンレジンを1.6wt%混合し、150℃の大気中で2時間乾燥させ、凝集を解消する目的でFe-5.5%Si合金粉末を目開き250μmの篩に通した。これにより、実施例1及び比較例2は、Nb又はSnとリン酸塩ガラスの化合物が付着したFe-5.5%Si合金粉末の外側にシリコーンオリゴマーの層が形成され、さらに、シリコーンオリゴマーの層の外側にシリコーンレジンの層が積層された。一方、比較例1は、Fe-5.5%Si合金粉末の表面にシリコーンオリゴマーの層が形成され、さらに、シリコーンオリゴマーの層の外側にシリコーンレジンの層が積層された。
【0044】
その後、潤滑剤(Acrawax(登録商標))を0.5wt%混合した。潤滑剤を添加した軟磁性粉末を金型に充填し、プレス成形を行い、外径16.5mm、内径11.0mm、高さ5.0mmの各圧粉成形体を得た。プレス成形の圧力は、15ton/cmで行った。各圧粉成形体を窒素雰囲気において850℃で2時間熱処理を行った。
【0045】
以上のとおり作製された実施例1及び比較例1、2の圧粉磁心に、φ0.5mmの銅線で1次巻線20ターン、2次巻線20ターンの巻線を巻回し、ヒステリシス損失を測定した。測定条件は、周波数100kHz、最大磁束密度Bm=100mTとした。磁気計測機器は、BHアナライザ(岩通計測株式会社:SY-8219)を用いた。そして、次の(1)~(3)式で最小2乗法により、ヒステリシス損失係数、渦電流損失係数を算出することでヒステリシス損失、渦電流損失及び鉄損を算出した。
【0046】
Pcv =Kh×f+Ke×f2・・(1)
Ph =Kh×f・・(2)
Pe =Ke×f2・・(3)
Pcv:鉄損
Kh :ヒステリシス損失係数
Ke :渦電流損失係数
f :周波数
Ph :ヒステリシス損失
Pe :渦電流損失
【0047】
測定されたヒステリシス損失の結果を表1及び図1に示す。図1は、実施例1及び比較例1、2のヒステリシス損失を示すグラフである。
【表1】
【0048】
表1及び図1に示すように、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物を添加した実施例1は、ガラスを添加していない比較例1及びSnとリン酸塩ガラスの化合物を添加した比較例2と比べて、ヒステリシス損失が低減していることが確認された。これは、Fe-5.5%Si合金粉末の表面にNbを付着させることで、Fe-5.5%Si合金粉末の表面の結晶構造が規則的な構造になったためと推察する。よって、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物をFe-Si系合金粉末の表面に付着させることでヒステリシス損失が低減することが確認された。
【0049】
次に、実施例2乃至5及び比較例3乃至8の軟磁性粉末を作製し、各軟磁性粉末を用いて圧粉磁心を作製し、ヒステリシス損失、渦電流損失及び鉄損を測定した。実施例2乃至5及び比較例3乃至8は、下記表2に示すように、軟磁性粉末として用いるFe-5.5%Si合金粉末の粒径が異なる。
【0050】
実施例2乃至5及び比較例3乃至8は、軟磁性粉末として用意したFe-5.5%Si合金粉末を650℃の窒素雰囲気中で2時間熱処理した。熱処理を行った。そして、熱処理を行ったFe-5.5%Si合金粉末を篩いをかけ、下記表2に示す粒子径(メジアン径D50)となったFe-5.5%Si合金粉末をそれぞれ得た。
【0051】
また、実施例2乃至5及び比較例3は、実施例1と同様に分級されたFe-5.5%Si合金粉末に、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物を0.3wt%及びアクリルバインダーを0.75wt%添加して、Fe-5.5%Si合金粉末の表面にNbとリン酸塩ガラスが結合した化合物を付着させた。一方、比較例4乃至8は、比較例1と同様、リン酸塩ガラスを添加していない。その他については、実施例1及び比較例1、2と共通の工程及び条件で作製した。
【0052】
以上の測定結果を表2及び図2~4に示す。図2は、軟磁性粉末の平均粒子径とヒステリシス損失の関係を示す図である。図3は、軟磁性粉末の平均粒子径と渦電流損失の関係を示す図である。図4は、軟磁性粉末の平均粒子径と鉄損の関係を示す図である。
【0053】
【表2】
【0054】
表2及び図2、3に示すように、Nbとリン酸塩ガラスが結合して成る化合物を添加した方が、ヒステリシス損失のみならず、渦電流損失が低減することが確認され、その結果、図4に示すように、鉄損が低減することが確認された。これはリン酸塩ガラスがFe-5.5%Si合金粉末の表面に付着することで、絶縁被膜として作用することで渦電流損失が低減が図れるものと推察する。
【0055】
もっとも、平均粒子径が5.527μmである比較例3を見ると、実施例2乃至5と同様にNbとリン酸塩ガラスが結合した化合物を添加しているにもかかわらず、ヒステリシス損失の低減効果が得難いことが確認された。これは、推測であり、このメカニズムに限定されるものではないが、平均粒子径が5.527μmという微粉末の場合、そもそも密度を上げることが困難であり、密度は低下する傾向にある。そのため、密度低下によるヒステリシス損失の増加の影響の方が、Nbによる結晶構造の修復によるヒステリシス損失低減効果よりも大きく作用したものと思われる。
【0056】
また、平均粒子径が5.527μmである比較例3と比較例8を比べると、比較例3は渦電流損失は低減しているものの、ヒステリシス損失が悪化することが確認された。これも推察であり、このメカニズムに限定されるものではないが、ガラスを添加したことによってガラスを添加していない比較例8よりも密度が低下した結果、ヒステリシス損失が増加したものと思われる。そのため、平均粒子径を13.76μm以上にするとヒステリシス損失の低減効果が得られることが確認された。
【0057】
最後に、実施例6乃至14及び比較例9乃至29の軟磁性粉末を作製し、各軟磁性粉末を用いて圧粉磁心を作製した。実施例6乃至14及び比較例9乃至29においても、軟磁性粉末として、Fe-5.5%Si合金粉末を用意した。もっとも、Fe-5.5%Si合金粉末の平均粒子径(メジアン径D50)は、13.76μmの1種類となるように熱処理を行ったFe-Si系合金粉末を篩いをかけた。
【0058】
また、下記表3~5に示すように、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物を0.3wt%を添加量が異なる。さらに、成形体作製後の熱処理雰囲気を、実施例6乃至8及び比較例9乃至15の圧粉磁心は、窒素雰囲気中で熱処理を行い、実施例9乃至11及び比較例16乃至22の圧粉磁心は、0.01%の低酸素雰囲気中で熱処理を行い、実施例12乃至14及び比較例23乃至29の圧粉磁心は、水素雰囲気中で熱処理を行った。その他については、実施例1及び比較例1、2と共通の工程及び条件で作製した。
【0059】
そして、上記磁気計測機器を用いて、ヒステリシス損失、渦電流損失及び鉄損を算出した。その結果を表3~5及び図5~7に示す。表3は、窒素雰囲気で成形体を熱処理した実施例6乃至8及び比較例9乃至15の結果である。表4は、低酸素雰囲気で成形体を熱処理した実施例9乃至11及び比較例16乃至22の結果である。表5は、水素雰囲気で成形体を熱処理した実施例12乃至14及び比較例23乃至29の結果である。なお、各表に示すNbの含有量は、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物を解析した結果、Nbの含有量が45%であったことから導いた。図5は、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量とヒステリシス損失の関係を示す図である。図6は、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量と渦電流損失の関係を示す図である。図7は、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量と鉄損の関係を示す図である。
【0060】
【表3】

【表4】

【表5】
【0061】
表4~6及び図4~6に示すように、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量を0.01wt%と微量添加した場合には、ヒステリシス損失及び渦電流損失が増加するものの、そこから添加量を増やしていくと、ヒステリシス損失及び渦電流損失が低減し、0.1wt%(Nbの含有量が0.0450wt%)添加すると、ヒステリシス損失は700(kW/m)よりも小さくなることが確認された。そして、0.2wt%(Nbの含有量が0.0900wt%)添加すると、渦電流損失の低減も図れ、鉄損が1000(kW/m)よりも低くなっていることが確認された。そして、この傾向は、何れの雰囲気で成形体を熱処理した場合であっても同様であった。
【0062】
一方、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量が0.6wt%(Nbの含有量が0.2700wt%)より多くなると、ヒステリシス損失が増加し、鉄損が増加し出す。これは推測であり、このメカニズムに限定されるものではないが、添加量が多くなると、Nbが修復のみならず、結晶構造に歪みも生じさせてしまうため、ヒステリシス損失が増加するものと思われる。そのため、Nbとリン酸塩ガラスが結合した化合物の添加量は、0.1wt%以上0.6wt%以下(Nbの含有量が0.0450wt%以上0.2700wt%以下)が好ましいことが確認された。また、この結果は、成形体の熱処理雰囲気が窒素、酸素、水素何れの場合であっても同様であることが確認された。
【0063】
(他の実施形態)
本明細書においては、本発明に係る実施形態を説明したが、この実施形態は例として提示したものであって、発明の範囲を限定することを意図していない。上記のような実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の範囲を逸脱しない範囲で、種々の省略や置き換え、変更を行うことができる。実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7